Coolier - 新生・東方創想話

萃夢

2008/06/24 16:24:46
最終更新
サイズ
7.2KB
ページ数
1
閲覧数
989
評価数
9/45
POINT
2480
Rate
10.89

分類タグ


※今作は、同作品集内の『宴の後』の設定を引き継いでいます

  と言いますか、その直後のお話として作りました。

  ですので、前作をお読みいただければ、より読みやすいと思われます。

  
 























きっとそれは偶然だった。

夜雀の屋台に、向かう途中に見上げた月が見事だったから。

静かにお酒を飲むこともたまにはいいかと思ったから。

たまには、霊夢と二人でお酒を飲みたいと思ったから。

だから私は神社に踵を返したのだ。

だから、それを見たのは偶然でしかなかった。

霊夢が月を見上げて何かを堪えていた。

紫がそれを悟ったように現れて、霊夢を優しく包んでいた。

暗くてよく見えなかったけど、霊夢の体が震えているのはわかった。

でも、なぜ震えているかは、わからなかった。

それがどこか歯がゆくて、二人の寄り添う姿はこの胸を締め付けた。






-----------------------------------------------






「霊夢」




しばらくして、紫がいなくなってから声をかけた。




「萃香…」




霊夢の声は弱々しく、いつもの凛とした雰囲気が感じられない。

どうしたというのだろうか?

そこまで考えて、私は霊夢の目が少し赤くなっていることに気づいた。

遠目では気付かなかったが、確かに赤みを帯びている。




「どうしたの霊夢? 目が赤いよ?」

「…なんでもないのよ」




そんなはずがない。

なんでもないならどうしてそんな声を出す?

どうしていつものように飄々としていない?

そういえば、さっきの霊夢の様子は変だった。

まるで何かを堪えながら、堪え切れなかったようだった。

霊夢の頬には、何かが流れた跡。

二つの瞳から伝うものは、他には無い。




「霊夢… 泣いてたの?」

「………」




霊夢は答えなかったが、それが答えだ。

信じられない。

私を、鬼を打ち破るほどの力を持った彼女が何を思って涙する?




「霊夢、どうしたの? まさか紫に何かされたの?」

「…見ていたの?」




正直、墓穴を掘った気分だ。

私はただ、霊夢が涙する理由を知りたかっただけだ。

それゆえ、こんな返事が返ってくるなんて思わなかった。




「…ごめんなさい」




まさに、返す言葉もないというやつだ。

覗き見していたことは確かだし、その点で私に非があることは疑いようがない。

だから、私は霊夢に謝らなければならない。




「いいのよ… 気にしないで」

「うん…」




霊夢の纏う雰囲気に、私も言葉が少なくなってしまう。

本当にどうしてしまったのだろうか。

こんな霊夢は見たことがない。

こんな霊夢は見たくない。

だから、私は思い切って聞かなくてはならない。




「霊夢… どうして泣いてたの?」




霊夢の体が少し震えた。

やはり、聞いて欲しくないことだったのだろう。

でも、こんな霊夢は似つかわしくない。

だからこそ、私は聞かなければならなかった。




「…どうして、聞くの?」




どうして?

そんなの簡単だ。

霊夢がそんな顔するからいけないんだ。

でも、うまく言葉にできない。




「そ…それは、霊夢の様子がいつもと違ったし…

 それで心配になって、何とかしてあげなくちゃって…!」




口を衝いて出た言葉は支離滅裂で、でも本心だ。

私はきっと、霊夢が心配だったのだ。

だから、聞かなければならない理由は、きっとそれでいい。




「どうして、私が心配なの?」




言葉に詰まってしまう。

私はどうして霊夢が心配になったのだ?

ただ、聞かなければという思いだけが先走っていて、そこまで考えていなかった。




「それは…」

「…ごめんなさい、萃香。

 意地悪な質問しちゃったわね」




口ごもる私を見かねたのか、霊夢が口を開いた。




「あなたの、真剣さは伝わったわ…

 だから、あなたの問いに答えてあげる」




私の思いが伝わったかはわからない。

だけど、霊夢は答えてくれるようだ。

私が黙ったままでいると、霊夢は言葉をつづけた。




「なんで泣いていたか… きっと、寂しかったのよ…」

「寂し…かった?」




その言葉に、古い記憶が舞い戻る。




「そう… 認めたくはないけど、私は寂しいから泣いたの…」

「どうして…寂しいの?」




人に追われ、仲間もいなくなり、私が一人そこにいる。

そんな、古い記憶が…




「それはね… 私だけが独りぼっちだから」

「独り…?」




霊夢の言葉はよくわかる。

独りで寂しいのは、とてもとても辛いこと。

だけど、どうして霊夢は独りなの?




「そう… 独り…

 私はみんなと違う。

 帰る場所はあっても、誰もそこに居ない。

 みんなには、いつも傍にいてくれる友、家族がいる。

 でも、私は独り…」

「霊夢…」




なんという、深い悲しみ。

この年端もいかない少女が、なぜこんな孤独を感じなければならない?

形は違うけど、この思いはまるで、かつての私。

こんな霊夢は許せない。

霊夢がいたから、私はこの幻想郷で笑っていられる。

だから、私は霊夢が大好きで、愛おしい。

心配する理由なんて、それで十分。

霊夢が私の壁を壊してくれた。

私が孤独を感じないのは霊夢のおかげ。

だから、霊夢を助けたい。

でも、どうしたらいいかわからない。

だから…




「霊夢! 勝負しよう!!」




私の言葉に霊夢は驚いた様子だった。

でも、構っていられない。

どうしていいかわからないから、私は私らしく振る舞うだけだ。




「私と飲み比べしよう!

 霊夢が勝ったら褒美をあげるし、霊夢が負けたら…」




私は私、鬼らしく振る舞うだけ。




「…霊夢を攫うことにするわ!!」




これが、人と鬼の関係。

裏切られ、廃れ、失われた信頼。

だからこそ、この幻想郷にはふさわしい。




「突然どうしたの?

 それに、私を攫うって… もしかして食べるの?」

「そんなことしないよ」




そう、そんなことする気はない。

霊夢がいなくなるのは嫌だ。

私は自分が楽しくやるために行動するのだ。




「じゃあ、私を攫ってどうするって言うの?」

「簡単だよ。

 霊夢を攫って、別の場所に連れていくだけ」




ただ、それだけのこと。

でも、私には他に何もできない。

だから、思いついたことを口にするだけ。




「別の場所って、一体どこのことを言ってるの?」

「どこでもいいの。

 霊夢が負けたら、私は霊夢をずっと連れ回す。

 みんなが萃まる場所に引っ張り回す。

 もう二度と、そんな顔できないように、そんな顔する暇がないくらいに!」




我ながら単純だ。

だけど、一番私らしいと思う。




「…じゃあ、私が勝ったらどうするの?」

「私がずっと傍にいてあげる!

 それで、霊夢を引っ張り回すの!!」




私は譲らない。

霊夢を救ってみせる。

でも、この思いを伝える方法がわからない。

だから、こんな勝負しか思いつかなかった。




「それじゃあ一緒じゃないの…」

「鬼らしいでしょ?」




霊夢は少し呆れた様子だ。

でも、あんな顔するよりずっといい。




「えぇ… 萃香らしいわ…」




そう言って、霊夢は静かに涙を零した。

月を背に、微笑みを湛えたその顔は、今まで見たどの霊夢よりも、綺麗だった。




「霊夢…」

「私の負けよ。 あなたには敵わないわ…」




泣いてはいるけど、その口調は霊夢そのものだ。

私が大好きな、霊夢の声だ。

そんなことを思っていると、突然目の前が真っ暗になった。




「ありがとう… 萃香…

 あなたの勝ちよ…」




頭上から声が聞こえる。

なんだ、霊夢に抱きしめられたのか。

暖かいなぁ…




「…私の勝ち?」

「そう… あなたの勝ち…」

「勝負、してないよ?」

「きっと勝てないわ…」




私も抱き返す。

この温もりを離したくないから、強く、だけど優しく…




「でもね、萃香?」

「なに…?」

「ずっとは、私も困っちゃうわ」

「うん…」

「だから、たまにでいいから、あなたの気が向いたときに、私を攫って?」

「…うん!」




私は霊夢に救ってもらった。

私は霊夢を救えただろうか?

今はそんなことわからない。




「…霊夢」

「なに?」






今はわからなくてもいいから…






「一緒に、お酒飲もう!!」
これは、この物語を繋ぐお話…



「さて、私はそろそろ帰るとするわ。

 もう忘れものも見つけたし」

「…? やけにあっさりじゃないの」

「別にいいじゃない。

 それに、今のあなたには私よりふさわしい子がいるのよ。

 だから、早くあの子に譲ってあげないとね」

「あの子…? なに言って、って帰るの紫?」

「ええ。 私はここまで。

 あとはあの子に譲るわ。 あくまで今回は、だけどね」

「…行っちゃった。 意味わかんないわよ…」

「霊夢」



声がしたので振り返ると、そこには一人の少女がいた。



「萃香…」



-----------------------------------------------------------------------------------------------



きっと、不器用でもまっすぐな想いが、一番心に響くのでしょうね

萃香はいい子です

以上、『萃』香と霊『夢』 のお話しでした

※6月27日 ちょっと手直し
お腹が病気
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1600簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
今日は熱燗にしよう
4.100名前が無い程度の能力削除
うん、萃香は優しい子だよね。
11.100名前が無い程度の能力削除
この二人、あったけぇなぁ…
12.100名前が無い程度の能力削除
涙が止まらないよ…
13.100霞と靄削除
前回に引き続き暖かいお話ありがとうございます、優しいなぁ…
16.90名前が無い程度の能力削除
すいか粋だなぁ
19.100名前が無い程度の能力削除
あったけぇなぁ・・・
24.100名前が無い程度の能力削除
萃香いい子すぎる・・・
25.90名前が無い程度の能力削除
>…霊夢を攫うことにするわ!!
ここから先が特に素晴らしいと思いました。
26.無評価お腹が病気削除
>2
月見酒なら、なお美味しいでしょうねぇ…

>4
こんないい子はほかにいない! …と思います

>11
あったけぇですよね…

>12
その気持ちを持ったままお酒を飲みましょう…

>13
二作とも読んで頂き、かつコメントまでいただいて、感謝のしようが無いです…

>16
萃香だからこそ出せる空気ですよね

>19
心温まっていただいたようで… 安心しました

>24
萃香は心の痛みがわかる子です。
だからこんなにいい子なのでしょう…

>25
前半が少し冗長な文体なだけに、後半は言葉少なにたたみかける。
このギャップを意識して作りました。
その契機となる言葉こそ >…霊夢を攫うことにするわ!!
だったのです。
楽しんで頂けたようで、幸いです。