Coolier - 新生・東方創想話

小野塚小町はいかにして仕事をするのをやめて怠惰を愛するようになったか

2008/06/20 23:05:48
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 小野塚小町は仕事熱心な死神だ。
下っ端仕事とはいえ、三途の渡しで稼ぎ出す銭は他の同僚連中の倍以上で、羨望と尊敬の眼差しを一手に集めていた。
無論、平常の倍働いているという訳では無い。
そんな事をしていては、例え丈夫な死神であったとしても、いつかは体を壊してしまう。
荒稼ぎの秘密は、その特殊な作業内容にあった。


/


「さあて、今日のお客はーっと……」

 小町は額に手を翳して中有の道の出口あたりに目を向けた。
ほど近くにあるそこからは喧騒が漏れ聞こえ、なんとも騒がしい。
初めて来る者であれば、此処が三途の川岸であるとは思いもするまい。
 しばらくすると、ふわふわと浮かぶ、透き通った人魂がいくつかやってきた。
表面がつやつやとしていて、輪郭がハッキリしたもの。
逆に風景に溶け込んでしまいそうなほどに、うすぼんやりとしたものと、人魂にも色々と個体差がある。
死神達は大抵、そういう外見で人魂をある程度判断し、選びだしては自分の船に乗せる。
くっきりと存在感のあるものほど、やはり生前の徳が高く、それ相応のお金を持っている。
殆どの者は出来る限りお金の持った人魂を好むのだが、小町が他の死神と決定的に違うのはそこだった。
 同僚達が上客を探し出して、意気揚々と三途の河を渡り始める中、小町は出来る限り徳の低そうな者を探す。
小町の視線の先には、誘われずに戸惑っている人魂が数体。
その中でも辛うじて色が判る程度の、御世辞にも徳が高そうには見えない人魂に小町は声を掛けた。

「今日の一人目はアンタだ。どうだい、あたいの船に乗らないかい?」

 気さくな笑みを浮かべて搭乗を促す小町に、声を掛けられた人魂は嬉しそうに頭らしき部分で頷いた。
小町は人魂が承諾したのを確認すると、すっと何も言わずに手を出す。
人魂はどうすれば良いのか戸惑っていた様子だったが、小町の「渡し賃をおくれ」という言葉を聞いて、得心した様子で青錆びた六文銭を一枚、差し出された掌に落とした。
 ニイと、小町が口の端を吊りあげる。
六文とは、三途の川を渡るために最低限必要な金子である。
小町にとっての上客とは、丁度六文銭だけ持った、生前の徳があまり高くない相手なのだ。
 渡し賃を受け取った小町はさっさと人魂を船の上に引き上げると、控え目に輝く霧の中へと漕ぎ出した。
視界が悪いにも関わらず、まるではっきりと周りが見えているかのように、水面から突き出る円錐状の岩の間を縫って進む。
座礁しないか不安な様子の人魂は、ふるふると体を震わせて居た。
しばらくすると小町の巧みな櫂さばきを信頼したのか、深い霧に包まれて周りが全く見えなくなる頃には船底に身を投げ出して寛いでいた。

「ここいらでいいかな」

 唐突に止まった船に、人魂は身を起して訝しげに周囲をキョロキョロと見回す。
四方八方は濃い霧が立ち込めていて、彼岸に着いたのかどうかすら解らない。
船縁に身を預けて、恐る恐る霧の向こう側を覗こうとしている人魂を、小町は手のひらで力いっぱい押した。
 ボチャンと音がして、三途の川の暗い水面に波が立つ。
人魂がいくら浮かびあがろうとしても、逆に川の水が絡みついて、沼に嵌ってしまったかのようにずぶずぶと沈んでいく。
小町は必死にもがいている人魂の頭を、櫂の先で水中に押し込んだ。

 この後此岸へ戻った小町は、再び同じようにうすぼんやりとした人魂を探しては、無慈悲に川へ突き落とした。
何度も何度も、水底に徳の低い人魂を沈めた。
そして月が昇る頃には、六文銭で溢れかえる小町の懐。笑いが止まらない。
 もともと、六文しか持たない死者が三途の川を渡れるかどうかは、死神次第である。
数の多い死者を出来る限り効率的に彼岸に送り届けるためには、どうしても切り捨てなければならない者達も居る。
裁量権限は死神個人個人に認められており、その死神が裁判を受けることすら適わぬと判断した場合、川の底に沈めても良い事になっていた。
 小町はそれを逆手にとって、三途の川に突き落としても咎められる事のない死者ばかりを選んで荒稼ぎをしていたのだ。


/


 幻想郷の最高裁判官である映姫は、執務室の安楽椅子に体を預けていた。
 映姫の表情は苦々しい。
原因はどうも手元にある業務報告書らしく、映姫は何度もそれ視線を落としては、その度に深いため息をついた。

「小野塚小町……渡し賃の総額は優秀ですが、一体この……彼岸に渡した死者の数の少なさは何なのかしら?」

 稼ぎ出した渡し賃は、死神史上でも前例が無い程に優秀。
逆に、送り出した死者も前例がない程に少ない。
映姫は悔悟の棒で自分の額をペチペチと叩きながら、思案に暮れていた。

「やはり、私が動くべきかしら……それとも、ううん困ったわ。取りあえず様子だけでも見ておかないと」

 きゅっと唇を引き締め、決意の表情で頷く。
映姫が悲鳴をあげながら、翌日の業務予定とにらめっこをする羽目になるのは、その直ぐ後の事だった。


/


 三途の川のほとりは朝も夜も大した差がない。
常に薄い霧で覆われており、日も当たらずに仄暗い。
小町は今日も、そんな寂しい風景の中を、徳の低そうな人魂を探して徘徊していた。
 とはいえ、ここ数日、三途の川へとやってくる人魂の量は多い。
外では戦争でも起きているのだろうか。
そう考えていた小町の元に、探すまでもなく死者の団体様御一行がやってきた。
皆が皆小町好みの徳の低そうな人魂達で、一様に存在感が希薄だった。
 ここまで徳の低い者達が同時に来ることは滅多にないので、小町は若干不審に思う。
けれど、どうせやる事は変わらないのだからと、小町は頭を切り替えた。
団体の中の一人に声を掛けて、普段通りに船へと導く。
怯えた様子の小さな人魂は、幾ら小町が声を掛けても動こうとしなかったので、強引に船に引き揚げた。
 今日は数も多そうだし、近場で済ませてしまおうと考えた小町は、川に漕ぎ出して直ぐに船を止め、小柄な人魂をえいやと川に投げ込む。
しかし、いつまでたっても霧の中から水音はせず、不思議に思った小町はじいっと目を凝らして投げ込んだ方向を見つめる。
霧に浮かぶのは、投げ込んだ人魂の何倍もある大きな影。
小町は首をかしげながら、人魂って水を吸うと膨らむのか等と馬鹿馬鹿しい事を考えながら、船を影の方向へと寄せた。

「――何故、このような事を?」

 濃霧越しに、影の正体がはっきりと見える所まで近づいた時、小町に聞き覚えのある声が投げかけられた。

「おや、四季様じゃないですか。こんな所で何を……」
「――何故、このような事を?」

 再び映姫が尋ねる。
彼女の胸元には、先ほど小町が川に放り投げた小さな人魂が抱かれている。
面倒な事になったなとでも言いたげに、小町は肩を竦めて溜息をついた。

「死者が多いですからね、こうでもしないと川岸が人魂で溢れちゃいますよ。
徳の低い死者は、水底に沈めるのも止む無し、でしょう?」
「ええ、貴方の言う通りよ。けれど――」

 映姫は一度言葉を区切り、懐袋から小さな手鏡を取り出して、目の前に翳した。

「これを目にしても同じ事が言えるかしら?」

 映姫が取り出した鏡は、浄玻璃の鏡。
亡者の生前の行いをすべて映し出すという鏡だ。
しかし、水晶の鏡面越しに人魂を覗いてみても、周囲の霧と同じようにぼんやりと白く濁っているだけ。
人魂の善行や悪行が映し出される気配は微塵も無い。

「壊れてるんじゃないですか、それ? 何も映ってませんけど……」
「いいえ、壊れてはいないわ。でも、何も映っていないというのは全くもって正しい!」

 不思議そうに首を傾げる小町に対して、映姫は語尾を強めて言い放った。

「……へ?」

「生前の行いがなにも無ければ、浄玻璃の鏡は何も映し出すことはない。例えば生まれてすぐに死んでしまったなら?」

 呆と口を開けて目を瞬かせている小町を尻目に、映姫は畳みかけるように言葉を繋ぐ。
悔悟の棒を突き出して、詰問するように言い捨てる様子は威厳があって、映姫が閻魔であることを強く想起させた。

「徳が低いのも当然。この子は生まれてすぐに、口減らしの為に捨てられたんだから。
それでもこの子みたいに、少しだけでもお金は使って貰えた子はまだ幸せなんだろうけど……」

「そ、そんな……じゃああたいが川に沈めたのは……」

 漸く上司の言わんとしている事を理解した小町の顔は、気の毒な程に青ざめた。

「飢饉。外では、動けない赤子や老婆を養う余裕は無いのよ。
それを貴方は三途の川へ沈めたの……可哀そうに、一切の喜びすら知らずに冷たい水底で――」
「うああぁ……そ、そんな……だってあたいはそんなつもりじゃ……」

 淡々とした声色で続ける映姫。
大柄な体を縮こまらせてしゃがみ込んでしまった小町は、両耳を手で塞ぎ、擦れた声で悔いの言葉を呟く。

「断わっておくけど、貴方がした事は十把一絡げに悪いとは言えないわ。
増え続ける死者に対して、ある程度選別しなければならないという現実は確かにある。
けれどそれは、貴方達死神の良心に基づいて行うべきよ。さあ、小野塚小町――貴方が今出来る善行は何ぞや?」
「で、でもあたいはっ!」

 小町はしゃがみ込んだまま、ばっと顔だけを起して悲痛な声を上げる。

「貴方が自分の行動を過ちだと感じ、そして悔いたなら貴方の死神としての魂は死んではいない。
ならば、今からでも改めれば良い、と私は思うわ」

 そう言うと、先ほどまで硬かった表情を緩めて、今にも泣き出しそうな小町に向かって菩薩のような温かい笑顔を見せた。

「その子、あたいが運んでも良いですか……?」
「ええ、勿論」


/


 小野塚小町は怠惰な死神だ。
下っ端仕事なうえ、稼ぎも同僚に比べて半額以下と、目も当てられないほどに業績は振るわない。
けれどそれは仕事が嫌いだからでも、やる気がないからでもない。
何時報われない死者が来ても良いように、上客には目もくれないからだ。
 飢饉も去り、人々は少しだけ幸せになったと小町は風の噂で聞いた。
とはいえ、不幸な死者が居なくなることは決してない。
 今日も彼女は三途の川岸にある大きな岩に身を預けながら、薄ぼんやりとした人魂を探して、中有の道に目を向けているのだ。
あやたんとちゅっちゅしたいお
ちょっとだけ直したのでもみじたんとちゅっちゅしたいお
あやまる
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コメント



0.2270簡易評価
2.100nanasi削除
おい最後wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

中身はイイハナシダナー。身に染みる。
6.70煉獄削除
小町が怠惰と呼ばれるようになったお話・・・なのかな?
過去にこういうことがあってその事実をしった小町が悔い改める。
良い話ですね。 悔いた小町とそれを成した映姫様がとても素敵です!
11.80名前が無い程度の能力削除
コメントと作者名の相性が抜群です。
なんというか、SS自体を壮大なフリにしてしまうくらいに。
だが許す
12.60名前が無い程度の能力削除
もう少し、もう少しだけヒールな小町を長く書いて欲しかった
映姫に注意されて、仕事もできないくらいに傷を負う。けど、そこからどう這い上がるか

そんな感じだと思ったら、何だかあっさりと性格まで変わってしまって……最後が少しついていけなかった気もします
13.70名前が無い程度の能力削除
いい作品だったような気がするのだが、他の方の書かれているように
あとがきと作者名で全部吹っ飛んだwwww

逆にいうと作品自体の印象が薄すぎる(ありきたりすぎる)気がするんですがね
17.70過酸化水素ストリキニーネ削除
これはいい小町。
これならちょっとくらいサボタージュしても四季様なにも言えないね! たぶん!
19.100名前が無い程度の能力削除
こういうの好きです。
21.100名前が無い程度の能力削除
最後で台無しwwwwwwwwwww
24.100名前が無い程度の能力削除
いい話だった。

それと最後色々と台無しwwww
25.100欠片の屑削除
なるほどなぁ、と丁寧に出来たお話に感心してしまいました。
映姫様がおいしいところを持っていきましたね。かっこいい!
ただ、
>五文とは、三途の川を渡るために最低限必要な金子である。 
とありますが、三途の川を渡るに必要なの冥銭は六文では?(真田氏の家紋とかも『六文銭』)
後の文章で、
>もともと、五文しか持たない死者が三途の川を渡れるかどうかは、死神次第である。
とあるので、ちょっと気になってしまいました。
31.80名前が無い程度の能力削除
ラストがあっさりし過ぎかなぁ、と。
あとがき自重www
34.80名前が無い程度の能力削除
最後自重しろwwww
37.80名前が無い程度の能力削除
はいはい。この椛の尻尾でももふもふしてなさいよ!

話は面白かったからもふもふしてなさいよ!
38.90名前が無い程度の能力削除
コメントが酷いww
45.90名前が無い程度の能力削除
こまっちゃんのダークサイド怖いな!
あとがき自重ww
49.90名前が無い程度の能力削除
良い作品でした~^^

だが・・・後書きが・・・w
56.70名無し毛玉削除
もうちょっと小町が改心するまでに段階を踏むと
一段と深い話になったかもしれません。
58.90名前が無い程度の能力削除
話はイイ!

ん?何故10点引いたか、だと?
 もち後g(ry