Coolier - 新生・東方創想話

タンポポ/夏の日

2008/06/17 14:27:03
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     『タンポポ』
 

 紫が一人の人間を連れてきたのは、はるか昔。
 その人間は「普通」という印象だけが強すぎて。
 もう最初が男だったか女だったかも覚えていない。
 ただ、老人ではなかった。
 紫がその人間の見えない境目を開く。
 幽々子が気づいてみれば、目の前には大きな人魂が浮かんでおり。
 その下では、老人が倒れていた。


 とにかく、喋らない男だった。
 何を言いつけるにしても、ただ一礼をして、黙々と仕事をこなす。手先は
器用らしく、細々と作業を必要とする用事は何でも上手くやっていた。
 妖忌が幽々子の言葉を聞き逃すような事はなかったが、それでも聞いているのか
いないのか気になって、幽々子の手が離せないような時であっても、妖忌の顔を
見てから用事を言いつけた。
 妖忌は、幽々子の顔を見る。

 幽々子はぼんやりと考える。「見る」という行為は、それだけで相手に強い刺激を
与える。武将に家来がいた時代。下の者は上の者に三度、「面をあげよ」と命じ
られなければ、貴人のご尊顔を拝むことはできなかった。面倒なことこの上ないが、
当時はそれが「礼」として、上の者を尊ぶ手段であり当然の道だったのだろう。
 呪術においても、「見る」という行為を一つの儀式として見なしていた事例は数多い。
 視線というものは、狩猟の頃より猛獣などの外敵の目を機敏に察知し、危機を
回避するために意識され、磨かれてきたものなのか。それとも、「目は口ほどにものを言う」
のことわざの通り、表情筋やら何やらの学っぽいものからくる意思伝達、洞察のために
育まれてきたものなのか。下らないことではあるが、「見る」という人間のコミュニケーション
手段は、相手を捉えるということ以上に何か強いものを感じる。

 妖忌のそれは力強く、どこか空虚に感じた。
 目頭は細く鋭く切れ上がり、相手の全てを捕まえるような視線。
 マナコはどれだけ時間が経とうと揺らぐことはない。
 妖忌は誰かから話を聞くとき、微動だにしたことがなかった。
 その全身で言葉を受けようとする様は見事なものだったが、どんな些細なことであっても
同様の姿勢を崩さないところを、幽々子はうっとおしく感じることもあった。


 「入るわね」
 返事は待たず、妖忌の部屋へと足を入れる。刀の手入れをしていたらしい妖忌は、
すぐさま片膝を立て幽々子の正面を向き、命を受ける姿勢を取った。
 「いいのよ、手入れを続けなさい」
 二秒ほど、幽々子の顔を見つめ、視線を外すと座り込んで自らの作業に戻った。と、
背中に軽い重みが伝わった。
 幽々子は妖忌の背中に自分の背中をくっつけて、膝を抱える。
 背中越しに、幽々子の冷たい温もりが感じられる。

 「私の顔を見ちゃ駄目よ」

 初めての命だった。妖忌は少しの間無言で、それからそのまま頭を下げた。
 下げた分だけ、幽々子は揺り籠に座っているかのように揺られた。
  「妖忌、欲しいものある?」
 無言。
 「妖忌、あなたが来てから庭が綺麗になったわ、ありがとうね」
 頭を下げる。ゆらゆら。
 「……」
 妖忌が打ち粉を手に取る。幽々子が揺れる。
 「妖忌、前に来た騒霊の音楽、楽しかった?」
 無言。騒がしいのが嫌いらしい。
 「……」
 幽々子は妖忌の大きな半霊を抱く。柔らかい感触に包まれる。
 「妖忌、庭の石組みの傍に咲いたタンポポ、抜かなかったわね。気に入ってるの?」
 頭を下げる。ゆらゆら。 

 「主様に、黄がお似合いになると思いますれば」


 花弁がしおれたかと思えば、もう綿毛になっていた。
 石組みの苔の蒸し具合を見ていれば、タンポポの綿毛が視界に入る。
 妖忌は花の前で、膝を折る。指でそっと、茎を挟む。
 傷めないように気を使いながら、短く強く、息を吹きかけた。
 小さな羽でさえ、舞う。

 迷いて周りの霊を脅かす霊を斬り、稀に訪れる侵入者を防ぎ、庭を管理する。
 妖忌が白玉楼に来てから数年だったろうか、数十年だったろうか。
 とにかく、その位の時が経って、妖忌は倒れた。


 妖忌は床に就いている。寿命だった。
 その枕もとには幽々子が座っていた。
 微かな呼吸の音だけが、耳を打つ。
 妖忌はその強き目を閉じ、幽々子はそんな妖忌の顔を見つめた。
 いつもの強さは、今はない。枯れた老骨が、秋の乾いた落ち葉のように清らかだった。
 風に撫でられて飛んでゆけ。
 妖忌が薄く目を開く。微かにしか見えないマナコが、幽々子の静かな顔を捉えた。
 「よく出来ました」
 幽々子の顔が、笑った。
 「そうね、じゃあ、最後に一言。
  別れのない人生なんて、つまらないでしょう?
  だから、うん」

 「またね」

 妖忌の最後の目の光が閉じられた。
 妖忌の体が人魂へと移り変わる。
 そして、妖忌の体の上を漂っていた人魂は、少女の体を形作り始めた。




     『夏の日』


 葉桜が朝日に燃える初夏。
 妖夢は庭の掃除をしている。
 一本の木の幹に、蝉の抜け殻を見つけた。
 そっとつまみ、手のひらへ置く。
 割れた背中を手でなぞる。

 目を閉じて、握りつぶした。


 少女は、名を魂魄妖夢と言った。
 いつも忙しそうに働いているが、要領は余り良くない。やるべきことを探しすぎるせいで、
一つ一つのことを完全に行えないのだ。自らもそれを恥じているらしい。
 妖夢がやりたくないことを言いつけると、しっかり返事をするけれど、嫌そうな顔は
隠しきれない。そんな時の妖夢は、とても可愛い。
 妖夢はよく喋るというわけではないけれど、騒がしい日常だ。
 妖夢には祖父がいる。
 「幽々子様、師は、先代は今どこにいるのでしょう」
 ホントのことを教えようと思って、妖夢の周りを漂う半霊を指さす。
 「これは私です。師は今何をしているのでしょう」
 「浮かんでるじゃない」
 「これは私です」


 閻魔様と一度、妖夢について話をしたことがある。霊達の管理の問題で、
幽々子が閻魔様に呼ばれた時のことだ。
 問題自体は大した事にならずすぐに片づけられ、幽々子は閻魔様に茶を勧められた。
 「まんじゅうの方が良かったわ」
 「相変わらずですね」
 切り分けられたようかんを次々に平らげる幽々子を見ながら、閻魔様は苦笑する。
 「妖夢も連れてくれば良かった」
 「あの半霊ですか」
 幽々子はすっ、と笑う。
 「あなたはあの子をどう裁くの?」
 「裁けやしませんよ。第一彼女達はここへは来ない。人間にはなりきれませんから」
 閻魔様は笑わない。
 「人としての境目が変化した彼女達は、最早一つの完全な輪廻の内にある」
 「人が死ねば霊となり、霊が死ねば人となる」
 「彼女の体が死んでも、半霊が彼の体となり、彼女は半霊となる」
 「経た歳月も、性別も、意志でさえも不安定な、余りに不完全で、それ故に
  永遠で完結したヒト」
 「あの子を一つの道に落ち着かせるには、白楼剣を以て殺す他はない」
 幽々子が口を挟む。閻魔様は幽々子を見据える。

 「しかしあなたは彼女達に与えた。彼等を滅ぼす剣を」

 おもちゃをあげる、と紫は言っていた。
 まぁいいか、と思って私はその贈り物を受け取った。
 捨てたくなったらこれを使いなさい、と紫は私に剣を渡した。
 まぁいいか、と思って私はその剣を妖忌に与えた。
 死ぬことを、自由に与えられるのが私だから。
 私は、私の自由で死ぬことを選んだのだから。

 「あなたはあの子を憐れだと思う?」
 「彼女達は人ではありませんよ、そんな者に一つの職掌が何を感じることが
  できるというのです。あなたとは違う」

 
 庭の石組みを見ると、あの目立つ黄色はなく、一つの場面として完結した
庭が造られていた。
 「妖夢、ここに咲いてたタンポポ抜いた?」
 「ええ、鼓草は雑草ですから。お気に召しませんでした?」
 草をむしりながら妖夢は答える。
 いいのよ、と幽々子も返す。妖夢の傍に立ち、半霊に触れる。
 くすぐったいです、と妖夢がむずがゆい顔をする。
 幽々子は半霊を見る。

 何て鮮やかな、無色。

 二度と思い出したくないほどに大好きな―――
 

  ※常々コメントありがとうございます。今回は自己設定が多く、独りよがりな
   文章になっていたとは思いますが、それでも皆様の温かいお言葉を頂いて、
   もうなんでしょう、バク転したいです。できないけど。

     )秘月様
     初コメントありがとうございます。こんなあやふやな文体ですが、気に入って
     頂けましたならば、とても嬉しいです。紫様視点とか書いてみたいんですけれど、
     あの方は余りに好き過ぎて私如きの文章ではとても恐れ多く……。

     )名無し5番様
     コメントありがとうございます。丁寧なご指摘本当にありがとうございます。
     ご指摘を受けて、文字、後書きの一部を変更させて頂きました。
     もう、ホント作品の裏設定を使用しておきながら、矛盾した場所には
     目をつぶれってなんという暴挙。いつも反省がどうのこうのいってるのに……。
     自分妖忌を褒めて頂きもうなんていうか光栄至極。バタ足です。

     )名無し7番様
     コメントありがとうございます。神主がおっしゃっている妖忌像とはかなり違っていた
     と思いますが、関心していただけるなんてもう心臓バクバクです。
     素敵だなんて!拙い作品ではありましたが、私の文章があなた様の
     東方を汚さないでホント良かったです。

     )500様
     いつもコメント、ホントありがとうございます。一部は『第二実験室』より、
     「夏の日」を一部引用させて頂いているので、詩的になったのかも
     しれません。設定は……やっぱり無理矢理過ぎたかもしれませんね。

     )名無し11番様
     コメントありがとうございます。なんという褒め言葉!
     あなたの一言で私にも鳥肌が立ちました!!
     ホント、感涙です。ありがとうございました。

     )名無し13番様
     コメントありがとうございます。ご指摘ありがとうございます。
     以下に、参考元を表示させて頂きます。
      cali≠gari
     ・『第二実験室 改訂版』より「夏の日」(葉桜が朝日に燃える)
                            (割れた背中を手でなぞり)
                            (目を閉じて握りつぶした)
     ・『第七実験室』より「東京病」(鮮やかに無色です)
                       (二度と思い出したくないほどに大好きな)
     ・『グッドバイ』ジャケットより(別れのない人生なんてつまんないでしょ?)
     「夏の日」は十代の若者に是非聞いて欲しいですね。僅かではありますが
     cali≠gariを通してあなた様と交流が出来たことを、幸せに思います。


  ※今一度、この感謝を伝えたく。ありがとうございました。
 このような処まで読んで頂き誠に有難う御座います。
 本文章は各東方作品の一ファンとして書かれたものであり、
設定など、原作に影響を及ぼすものではありません。自己満足ですので
皆様の世界観を汚すようなことをしてしまっていたら申し訳ありません。
 拙い文章ではありますが、皆様の御意見・指摘・感想など、筆者は心より
お待ちしています。宜しければ、お言葉を一言、残していって下さいませ。
 また、本文の一部に cali≠gariの歌詞の一部を引用させて頂いて
おります。問題・不快な方がおられましたら、削除致します。
 では今一度、有難う御座いました。
慶賀
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コメント



0.490簡易評価
1.80秘月削除
何とも言い難い雰囲気が好ましい。
別キャラ視点からのも読んでみたい。
5.90名前が無い程度の能力削除
なんと言う新解釈。
妖忌の描写がとても素敵でした。
これだと妖夢が妖忌に会っていないことになるんじゃないかとか、妖忌は確か300年くらい仕えたんじゃなかったかとか
突っ込みたいところはいくつかありますが、
>設定など、原作とは一切関りがありません。ご了承ください。
これを言われてしまうと…
東方のキャラと設定を使っていて「設定など、原作とは一切関りがありません」は無いような気もします。
でも多少設定を崩して新しい解釈をするのはありだと思います。この作品も雰囲気その他素晴らしいと思います。
それでも引っかかったので10点引きます。

誤字という訳ではないかもしれませんが「希に訪れる侵入者を防ぎ」は「稀に」の方が一般的で読みやすいと思います。
7.100名前が無い程度の能力削除
面白い解釈するなぁ…素直に関心。
素敵な作品ありがとうございました。これだから東方ファンはやめられない。
8.70500削除
いや、なんと言いますか、
本当にこう、ぼんやりとした空気、うっすらとした雰囲気を描写するのが上手いですね。
まるで何かの詩を読んでいるようです。
設定も面白かったですよ。
11.100名前が無い程度の能力削除
鳥肌が立った。
13.70名前が無い程度の能力削除
最後の一文、東京病は第7実験室位だった気がします
夏の日、良い曲ですよね。懐かしい