Coolier - 新生・東方創想話

ある男子高校生の初恋

2008/06/16 06:06:44
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 教室の中は、日常となんら変わらない喧騒で満たされている。
 主立ってその喧騒の輪に居る女子と少数の男子は、昨日放送されたドラマの話題で持ちきりだった。
 対照的に、大多数の男子は殺気立った表情で黙々と、ひたすらノートに誰かから借りた解答を写している。
 
 僕はといえばそのどちらにも属さず、教室の隅の席に座ってぼんやりと、ただ一点のみを眺めていた。
 視線の先にある、教室の中にぽっかりと開いた穴のような机に、僕は『彼女』の後姿を幻視していた。
 物静かな、しかし確かな存在感を感じさせる『彼女』の後ろ姿は、僕の瞼の裏にはっきりと形作ることが出来た。 
 
 『彼女』が居なくなってから、どれくらい経っただろう?
 
 ふと、そんなことを思った。
 可笑しな話だけど、この程度の事を思い出すのに、僕は何分もの時間を使わなければならなかった。
 しかし思い出せるのならばまだ良い方だ。
 酷い時は霧がかかったかのように思い出すことが出来ない。

 そんなことだから、これから僕の言うことは酷く可笑しな事に聞こえるかもしれないけど、僕は『彼女』が好きだった。
 小学生の頃から今この瞬間も、ずっと深い恋心を抱いている。
 この恋心を練って練って練り上げて放出すれば、光の波動砲になって、何もかも破壊できるのではないかと思うくらい、大きなモノだ。
 
 しかしそんな強い恋心を抱いていて尚、僕は『彼女』の傍らに居たい望んだことはあっても、実現すべきではないと思っていた。
 同い年でありながら、どこか人間らしくない神秘性に満ちた『彼女』の傍らに居るのは、僕なんかでは相応しくないと常々感じていたからだ。
 いや、僕どころか、『彼女』に相応しい人間なんて居るのだろうか、と思ったくらいでもある。
 そんなことだから必死に勉強して同じ高校に入っても、つまりある程度の付き合いがあるにも関わらず、僕は『彼女』とまともに話したことは無かった。
 
 ああ、でも。
 『彼女』の必死に祈る表情が、『彼女』のどこか悪戯っ子のような表情が、上気した頬で笑っている表情が、突如として僕の頭に浮かんできた。
 それは何時も眺めているだけの、何処か手の届かない場所にあったような表情ではなく、確かに僕に向けられたものだった。
  
 どうして忘れていたんだろう?
 そんな大切なものを。何を積んでも手に入らないような宝物を。
 目を瞑ってそれを探っていく。暗闇の中に埋没してしまい、しかし確かに光り輝いている宝物を必死で探した。
 やがておぼろげに光る宝物の断片を手にしたかと思うと、それは止め処なく、連鎖的に僕の脳の表層に現れた。
 
 ……思い出した。

 僕は確かに『彼女』とまともに話したことは無かったが、例外が一つだけあった。
 
 まだ夏の気配が色濃く残る、秋の始まりのことだ。
 その日は確か僕も含めて、なんだかんだ言いながらも、日常の中の非日常にみんな心を躍らせていたと思う。
 事あるごとに面倒くさいと言っていた奴も含め、その日は誰一人として休むことが無かったからだ。
 一年に一回しかない行事。それは高校生になってくると、漠然と慣れてきてなんて事の無い日常と化すのだが、その日は間違いなく、僕にとっては特別な日だ。

 僕が『彼女』と……東風谷早苗と始めてまともに会話をした日だからだ。
 話は、体育祭まで遡る。

――――
 
「え~、本日はまるで生徒諸君の普段の品行を褒め称えるような体育祭日和であり、それに感謝の心を忘れずに諸君の若く瑞々しい力を……」
 
 陽炎がゆらゆら揺れて、蝉時雨の降る体育祭の朝。
 小中高と同一人物が喋っているのではないかと錯覚するくらいに聞き飽きた校長の宣誓は、今日が体育祭であると僕に教えた。
 グラウンドで光が反射し、手で庇を作っても目をまともに開けることすら出来ない炎天下の中、僕は……というより教師陣を含めた全校生徒は、まるで拷問のようにグラウンドに立たされていた。
 右手で額の汗を拭った拍子に左の方を見てみると、俄に慌しくなっている数人の教師と、その教師にもたれかかっている一年生が居た。
 話の長さに耐えかねて、熱中症で倒れたらしい。
 何となく、気の毒に思った。

「……であるからして、本日は真に夏真っ盛りかと錯覚するような体育祭日和であり、諸君を見守ってくれている森羅万象全てのものに感謝の意を忘れず……」

 確かに、倒れる生徒が居るくらいには真夏日だ。
 そんな生徒が居ることには気付いていないようだ。 
 辺りを見回すと意識が朦朧としかけている生徒が何人か居た。
 僕は東風谷の具合が心配になって、気付かれないように目を向けた。
 東風谷はすごいもので、生真面目に校長の話を聞くのは当然、汗一つかいていなかった。
 彼女は、ただ立っているだけでも絵になる。
 生来の整った顔立ちも起因しているだろうけど、それ以上に彼女からは内側から滲み出る神秘的な何かがあった。
 それはきっと幼い頃から巫女をしているからとか言うものではなく、彼女自身の全てを平等に包み込むような包容力や誠実さから来るものなんだと思う。

 僕とはまるで正反対だ。だから惹かれるのかもしれない。
 さっきだって、東風谷が心配だから目を向けたと言ったけど、本当は僕がただ見ていたかっただけだ。
 いつもいつも気付いたら彼女に目を向けているけど、その度に僕は取ってつけたような言い訳を自分に囁く。
 そんな風に、僕は自分を偽ったり言い訳をしたりするのが病的に上手い人間だった。
 だから彼女を見ていると、無意味な万能感や幸福感に包まれるのだけれど、その度に自分の心に鏡を突きつけられるようで苦しかった。
 
「……以上で、校長先生のお話を終わります。気をつけ、礼」

 自己嫌悪に陥る寸前に、校長の話が終わった。
 僕は急いで東風谷から目を逸らした。
 束縛から解放されたように、浮かれた声が辺りを包んだ。
 体育祭が始まった。

 ☆

 僕は、選手集合場所と書かれた所へ向かっていった。
 第一種目、スウェーデンリレーに僕の出番があるのだ。
 スウェーデンリレーというのは、百メートル、二百メートル、三百メートル、四百メートルの合計千メートルを、計四人のチームで走る、極めて不平等な競技だ。
 一人一人の走る距離がてんでばらばらなのだから、当然だろう。
 考案した人は最終走者に何か恨みでもあったのか。
 夏休み前に走者を決めて以来、僕は頭の中で何度もそうぼやいた。
 勿論僕が第一走者なら、そんなキリストのような平等愛をぼやいたりはしない。
 何の不幸か、僕は見事に、遥か昔にこの協議を考案した人の恨みを買った位置に居るのだ。
 ため息が出る。憂鬱だ。
 なんで僕が大昔の人の尻拭いをしないといけないんだろう。
 
「おお、ニシじゃないか。どうしたんだよ。んな陰気な表情で。根暗が尚更根暗に見えるぞ」
「うるさい」

 これ以上憂鬱になんてなることは無いと思っていたけど、目の前のクラスメートの出現で、それはあっさりと砕かれた。
 憂鬱を運んできたこいつの名前は、田中竜太という、極めて平凡な名前の持ち主だ。羨ましい。
 ちなみにニシ、というのは僕のあだ名で、本名は西野山遅穂(にしのやまちほ)という。 
 苗字をとっても名前をとっても、僕の知る限りでは全く良い思い出は無い。
 兎に角、突っ込みどころが満載な名前だった。
 大器晩成な子になりますようにとの思いを込めて遅穂と名づけたらしいが、どうやら字面にこだわりすぎて読みに頭が回らなかったらしい。
 お陰で、生まれてから現在に至るまで名前が女の子みたいだ、という理由でからかわれ続けている。 
 まあ、名前の方はまだ良い。
 名付け親である親を矛先に恨めば、まだ幾らか気が楽になるのだから。

 問題は苗字だ。
 西野山。
 これが何とも難儀な苗字なのだ。
 一発で人に覚えてもらえるほどインパクトがある訳ではないし、寧ろ平凡そうに見えて珍しいから、非常に覚えづらいのだ。
 電話に出て対応したりすると、

「西野さんのお宅でしょうか?」

 とか、

「西山さんのお宅でしょうか?」

 とか。
 酷い時には、

「野山さんのお宅でしょうか?」

 等といった、明らかにわざととしか思えないような間違いをする相手もいる。
 猿か、僕は。
 
 そんな感じで、思い出と漫談を繰り広げていると、田中が一人合点したように言った。

「あー、そうか、お前もスウェーデンリレーに選ばれたって言ってたな。じゃ、一緒に行こうぜ」
「お前何番?」
「四番。ついてねーよなぁ」
「そうか。僕も四番」
「マジでか。やったね、これでビリは免れた」
「ああ、途中退場するもんな。貧弱すぎて」

 良くある軽口だった。
 実際には、お互いそんな事は微塵も思ってはいない。
 中学時代、僕が野球部で田中がサッカー部だった。
 どちらの部も相当キツイところだったので、部活をしていない今でもそこらの運動部には負けはしないという自負がある。
 
「集合場所はここで良いんだよな? 座ってようぜ」
「あ、うん」
 
 キツかっただけあって、サッカー部も野球部も県大会でまあ相当良い所まで行った。
 僕も田中も、その実績が無かったらこの学校に入ってなかったかもしれない。
 僕達は東風谷ほど……いや、それ以前に他の同級生達ほど頭が良かった訳じゃないし、ほんの少しだけど、落ちこぼれているからだ。
 それを裏付けるかのように入学初日の放課後、僕と田中は様々な部から熱烈な勧誘をされた。
 しかし、僕達はどの誘いも断った。
 正直なところ、僕は東風谷と同じ学校に入ることしか考えてなくて受験で完全燃焼していたし、田中にいたっては、勧誘をめんどくさいの一言で斬り捨てた。
 時折、コイツは何しにこの学校に来たんだろうと考える。
 しかし考えても考えても、田中だからという結論にしか至らなかった。

「おい、立てよ。入場時間が来たってよ」

 思考の沼に陥りかけていた僕を、田中の声が引き上げた。
 綺麗な正方形方に並んだ僕達の先頭には、「先導係」という刺繍の入った鉢巻をしている女の子がいる。
 女の子の持つ笛が甲高い音を鳴らし、僕達は足踏みを踏むようにして行進した。
 ニヤニヤしながら、田中が話しかけてきた。

「なあ、ただ勝負して、はい終わりじゃあイマイチ盛り上がらねぇだろ? っつーわけでジュースでも賭けようぜ」
「突然だな……まあ良いけど」
「決断早ぇな」
「いや、どうせ強引に決定するだろ?」
「俺はいつでも正々堂々をモットーに生きてるぜ?」
「どうだか……あ、始まるぞ」

 白線から数歩引いて立っているトップランナーを見て、僕はそう告げた。
 トラックは一周二百メートル。つまり、トップランナーとアンカーは同じ場所でバトンを貰うことになる。
 こういうのは、近くで見ているだけでもドキドキするのは何故だろうか。 

「位置について」
 
 その声一つで、空気が張り詰めた。緊張がピリピリと伝わってくる。
 四人の選手が所定の位置につき、クラウチングの体勢をとった。

「用意」

 ――パァン。
 銃声が大きく響き、大量の砂埃が舞う。
 スタートと同時に、様々な歓声が上がった。

「おいコラ抜き出ろ石黒ぉー!」
「良いぞ! そのまま着いていけよ!」
「行けぇ! 負けるな! 黄組ぃ!」

 心臓が高鳴り、汗が一筋流れた。
 隣の田中を気にもかけずに、僕はレースに見入っていた。

「おお、なんか凄ぇな」
「うん」

 レースは全くの互角だった。
 トラック競技なので外の者が先頭を駆けているように見えるが、スタートから四人の位置は固定されているかのように変わっていなかった。
 勝負はそのまま、次のランナーに引き継がれる。
 バトンパスと同時に歓声は殊更大きくなった。

「やべ、すげえ緊張してきた。俺で負けたらどうしよ」

 僕の、いや、アンカー全員の気持ちを、田中が代弁した。
 第二走者。二百メートル走だ。
 これもまた見事なまでに、拮抗を保っていた。
 
 歓声が次第に止んでいく。
 緊張した頭でも理由は良く解る。
 駄目なんだ。
 むやみに騒いではいけない。拮抗が途端に、見えないガラス細工を砕くことくらい容易く崩れてしまうだろうから。
 むやみに騒ぐことが出来ない。今この瞬間は、緊張という化け物が見るもの全ての口を閉じさせているのだから。

 第二走者に至っても、未だ互角。
 全員確かに速い。全身の毛穴という毛穴を貫くような緊張感は未だ変わらない。
 だが第一走者のときとは明らかに異質な緊張感だ。
 第一走者の気迫が動の殺陣だとしたら、こちらは静の殺陣。
 張り詰めすぎた空気の中に、何処かわざとらしく緩んだ空気。
 互いが互いを、牽制しあっている。
 誰かが抜きん出ないように。また誰がかわざと遅れて油断させないように。
 全員が道化を気取っている。全員が同じ狙いを秘めている。
 解る。
 走者全員、あそこで勝負を仕掛ける。
 第三走者までの距離が次第に縮まる。
 残り八十メートル
 七十、
 六十、
 五十まで辿り着いた、その時――
 
 全員が、一斉に道化の仮面を剥いだ。
 途端に、動の殺陣が始まる。それでも静寂は壊れない。
 緊張が全員の脳を掌握した。
 思考も、行動も、声も、果ては心臓の鼓動でさえ、緊張に支配されている。
 そして尚も互角。
 第二走者と第三走者の差は次第に詰まって行き、このまま引き継がれるかと思ったその時、

「あっ……」

 一瞬、何が起こったのか解らなかった。
 しかし視界に飛び込んだ光景は嫌がらせのように、いつもと変わる事無く電気信号として僕の脳に伝わった。
 バトンが、落ちた。
 直後、八割の喜びに満ちた大歓声と、二割の悲しみに満ちた叫びが耳朶を響いた。
 バトン一つが相当な影響を与えたようで、各五チームの差ははっきりと分かれた。
 トップに赤組、次いで黄組、緑組、白組と続き、最後に僕の居る青組だ。
 緊張から解放され、田中が一息ついてから言った。

「あー怖っ。心臓に悪ぃレースだな」

 その声は幾らか浮かれた気色を帯びていた。
 無理もない。こいつはただいまトップ独走中の赤組なのだ。
 僕を含めたアンカーの四人が立つと、順位の高い者から内側に並んだ。
 
「賭けは俺の勝ちだな」

 三年生と思われる二人の走者を挟んで、田中が言った。
 何か気の利いた啖呵の一つでも吐ければいいが、それは出来なかった。
 田中の赤組と僕の青組はゆうに五十メートルも離れている。
 いや、赤組どころか青組は、四番手の白組にすら三十ートルは引き離されている。
 これでは、一人抜くことが出来れば良い方だ。
 降伏宣言と同時に、僕の関与しない第三者をもつい皮肉に巻き込んだ。

「……ま、精々三位に転落しないようにな」
「するわけ無いだろうがよ。そうそうなまっちゃないぜ」

 皮肉なのかそれとも素なのかは……いや、九分九厘素だろうけど、田中の言葉は三年生の二人に油を注いでしまったようだ。
 これじゃあ尚更ビリの可能性が高くなるじゃないか、と思いながら何の気なしの田中を睨んだ。
 緊張のお陰で忘れていた憂鬱がよみがえった。
 そんな事は知りもせずに、他の組の第三走者が次第に近づいてくる。
 田中は助走を始める瞬間に、

「じゃな、お先に。一人くらいは抜けよ」

 とんでもない爆弾発言を残して走り去った。
 その言葉がどれだけ僕の勝率を下げるか、あいつは解っているんだろうか。
 バトンを受け取り田中を追いかける三年生の恨みがましい視線を受けながら、僕はとんだ貧乏くじを引いたとため息をついた。
 僕はもう殆ど諦めていた。
 だって、もう無理じゃないか。
 差を縮めれたら良い方だ。一人抜ければ万々歳だ。
 皆もそう思っているだろう。
 だって、テントを見ていると皆あの三人に目を向けて――

 ――息を、呑んだ。
 テントが落とす深い陰と太陽の澄んだ光の境界。
 東風谷が、祈っていた。真剣な表情で、強く手を握って。
 これだけ差をつけられているにも関わらず、東風谷は僕達の勝利を祈っていた。
 大きな声を張り上げるわけでもない。持て余したエネルギーを体全てで表すわけでもない。
 ただのなんでもない、だけど必死な思いがひしひしと伝わってくる応援。
 たった一人の、勝利を願う祈り。
 だけど僕には、それだけで充分だった。
 
 もう無理、
 一人抜ければ万々歳、 
 挙句の果てには差を縮めれたら良い方。
 そんな唾棄すべき弱気を一つにまとめて、鼻で笑って握りつぶした。
 心は決まった。
 僕は必ず勝ってみせる。

 それが僕程度のために勝利を祈ってくれた、東風谷に対する唯一の恩返しだ。
 
 高鳴る胸の緊張は、全てが体の血となった。
 今の僕なら何でも出来る。
 ペース配分、敵との駆け引き、小細工なんて何も要らない。
 助走はしなかった。
 そんなことをしたらきっと、バトンを貰わずに駆け出してしまうだろうから。
 東風谷の思いを乗せたバトンが、次第に近づいてくる。 
 青いハチマキをした男の手から、僕にバトンが渡る。 
 東風谷の祈りを、僕が全て独占した瞬間だった。
 頭からは余計な思考が全て排され、僕はスタートから全力で走り出した。
 
 三十メートルも、四百メートルも今の僕にとっては同じことだ。
 どんなに差があろうと関係ない。全力で駆けて、抜き去るだけだ。
 やがて、ペース配分をしながらちんたら僕の前を走っている三年生の姿が見えてきた。
 僕の気配に気付いたのか後ろを振り向くと、顔をゆがめてペースを上げた。
 遅い。
 後のことを考えているのが丸わかりだ。
 抜き去るのは容易だった。

「……っ! ……っ!!」

 途端に歓声が上がる。残り二百五十メートル。
 前の二人が状況に気付き、一気にペースを上げた。
 差が中々詰まらない。
 しかしスタートしてからちょうど一週したところで、前を走る黄組と緑組の三年生のペースが落ちた。
 差が確実に詰まっていく。

「……ッ! ……ッ!!」

 僕は目の前の三年生は全く気にかけず、ひたすら田中だけを見ていた。
 ペースは落ちていない……が、必ず追いつける。
 残り百五十メートル。
 次第に次第に距離を詰めていき、残り百メートルの地点で並んだ、
 瞬間に、
 田中がラストスパートをかけた。

「……ッ! ……ッ!!」

 嘗めていた。
 前の二人があっけなかったからってコイツを抜くことも容易だと決め付けていた。
 差が、詰まらない。
 どころか、少しづつ開いていく。
 足はもう立つことも出来ないほどにがくがくと震えはじめた。
 無様な走り方をしていると、自分でも解った。
 ずっと心の奥底に幽閉していた弱気が、突如として増え始めて僕の心を侵食し始める。
 絶体絶命、満身創痍で疲労困憊。
 もう駄目か、と思ったその時。

「頑張れぇ!」

 声が、聞こえた。有象無象の雑音の中で一際光り輝き、僕の耳なんて顔パスしたかのように、脳に直接響く声だった。
 その声は、
 どんな轟音の中にあっても僕の耳に届き、
 どんな陰鬱な気分にあろうとも僕の心を躍らせ、
 死に掛けた細胞を蘇らせるような、
 そして僕の脳を溶かしてしまいそうなくらい甘美な響きの、
 東風谷の声だった。
 東風谷の声に貫かれた僕の脳に、体に、不思議な力が蠢く。
 蓄積された乳酸が、瞬く間も無く不思議な力に蹂躙された。
 体が、蘇る。
 体の悲鳴は、全てが狂喜乱舞の雄たけびに転じた。
 
 東風谷の応援を受けるだけで、僕は世界一の幸せ者になれる。
 火の中水の中溶岩の中地獄の果て、どこに行くことも厭いはしない。
 だから走ることなんて、毛ほどの痛みもありはしない。
 
 僕はひたすら駆けた。
 今まで感じたことも無いような力が体を満たし、僕をひたすら走らせる。
 田中の背中が、風船のように次第に大きくなっていく。
 残り三十メートル。
 差は縮まる。
 残り二十メートル。
 右斜め後方に身を置く。
 残り十メートル。
 並んだ。
 
 僕は一歩でも抜け出そうとして無様に、もしくはゴールテープを掴むように腕を振る。
 そして思いっきり胸を張って……ゴールテープが僕の体に巻きついた。
 
――おおおおおおおぉぉぉ!!

 地面を揺るがすような大歓声が上がった。
 ああ、僕は勝ったのか。
 どこか曖昧で実感が無いその考え。
 しかし、テントの落とす影と意識すら焼くような日光の境界で大喜びしている東風谷を見て、僕はやっと信じることが出来た。

 ああ、良かった……。

 東風谷が喜んでくれて……。
 灼熱の日光の下で焼かれていく意識の中――僕はそんなことを思った。

 ☆

 夢を見ていた。
 仲の良い奴も悪い奴も、会ったことある人もない人も、挙句の果てには見たことすらない人まで集まって、悩みなんて何も無いとばかりに思いっきり騒いでいる夢。
 ……いや、悩みは抱えているんだけど、それが悩みですら無いと言う事にも気付いていない。
 そんなどうでも良い事ででうじうじと悩んでいると、誰かが僕を、悩んでいる人を連れまわして悩みなんて無くしてしまう。
 気付かぬうちに笑いながら、別れ際には「また明日」
 そんな自覚の無い幸せが毎日続く夢。
 普通なら絶対に手放したくないほどの素晴らしいことなのに、夢の中の僕は今その瞬間を当たり前のものとして享受している。
 それを手放すまいとする努力もしないまま、幸せだけを貪って、時間ばかりが過ぎていく。
 
 ああ、そうか。
 なら、今がその努力をするときなんだ。
 この夢を、もっと見ていられる努力をしよう。
 願わくばずっと……。

「……っ?」

 そんな僕の願いは、突如頬に触れた冷たさと、目覚ましのように鳴る蝉時雨に妨害されて叶わぬ夢となった。
 どうやらここは保健部のテントらしい。
 影で覆われているというのに、満足に目を開くことが出来なかった。
 頬には何故かコーラが当てられていた。
 一瞬戸惑ったけど、すぐに一人合点してコーラを掴んでいる手をたどっていくと、田中が居た。

「よう、やっと起きたか貧弱ヤローめ。ほれ、これが景品のコーラだ」
「……温いぞ、これ」
「悪ぃな。それくらいしか嫌がらせを思いつかなくて」
「まぁ、お前だからな」

 力の入らない手でコーラのキャップを外そうとしながら、僕は物思いにふけた。
 僕はどんな夢を見ていたんだろう。
 頭の中にぽっかりと穴の開いたように、それだけが思い出せなくなっていた。
 でも何故か酷く優しく、楽しい夢だったことだけは覚えていて、僕の胸が突如、ゆっくりと掴まれるように哀愁を帯びて、ふいに涙がこぼれそうになった。
 僕はなんでその夢を簡単に手放してしまったんだろう。
 ……いや、手放さないための努力はしたけど、僕はそれを手放さざるを得なくなったんだ。
 
 そうだった。
 日常のように続く幸せなんていうものは、何時の日か、環境の変化などといった外部のどうしようもない力で、努力もろとも蹂躙されてしまう。
 僕は何度もそれを繰り返してきたのに、幸せを維持する努力をしようとしない。
 きっと、何が幸せか解らないからだろう。
 いつもいつも、失ってはじめて気付く。
 今の僕にとって幸せとは何だろう?
 そんなことを考えていると、やっとキャップが外れた。
 その途端、キャップが物凄い勢いで射出され、中身がクジラの潮のように噴出して僕の顔にかかった。
 状況が掴みきれていない僕の隣で、田中が腹を抱えて笑っていた。

「おま、振ってただろっ!? これ!」
「いや、悪ぃ悪ぃ! それくらいしか思いつかなくて」

 僕が掴みかかろうとすると、田中は目の端に涙を浮かべながら応戦しようとした。
 このまま思いっきり殴ってやろうと思ったけど、保健の先生に止められて僕達はテントから出た。

「覚えてろよ、お前」
「悪役みたいな台詞。お前がボコボコにされる運命が見えるな」
「良いんだよ、悪役で。主役じゃなくても」
「その割にゃあ、お前がバタンキューする直前はヒーローだったじゃねぇか」

 田中の言い方からは、長くも無く短くも無い時間が過ぎたことを感じられた。
 そういえば、今は何時なんだろう。
 グラウンドに聳え立っている、大きくて豪奢な時計台は僕にそれを教えてくれない。
 歴史を感じさせるオンボロ校舎とは対称的な時計台。
 十年前から、時間感覚を忘れて周囲から浮いているそれは、まるで僕のようだ。
 将来から目を背けて、何も失いたくは無いと駄々を捏ねている、僕のようだ。
 いずれ来る別れの時から、僕は全力で目を逸らしている。
 何も、失いたくは無かった。
 学校生活もそうだし、
 クラスメイトもそうだし、
 一応隣のこいつもそうだし、
 何より、東風谷の近くに居れる場所を失いたくは無い。
 田中が僕の心情を見透かしたかのように、ため息をつきながら言った。

「そんなに東風谷が良いのか」

 僕の顔は一瞬にして、長い月日をかけてそうしてきた奴らよりも、日に焼けるように紅く染まった。

「え、いや……え?」

 状況が飲み込めずに僕が慌てふためいていると、田中が何かに気付いたように言った。

「いや、さっきのリレーの話だぜ? もしかしてお前今も東風谷のこと考えてたのか? このむっつりめ」
「ああ、リレー……リレーのことね」

 後半は全部聞き流して、僕は溜飲を下した。
 ちなみに田中は、僕が東風谷のことを好きだということを知っている。
 いや、田中だけでなく、東風谷といつも一緒に居る新垣と日下部も知っている。
 昔、好きだということを何度否定してもその三人は諦めないので、とうとう観念して何故解るのかと聞いてみたら、

「顔に書いてある」

 だそうだ。
 ……僕はそこまで解りやすいんだろうか。
 新垣曰く、「本人は気付いてないから大丈夫だよ」とのことだ。
 良い奴だと思う。

「あ、そろそろ昼だし、東風谷に喋られたくなかったら飯奢ってくれ」

 人の気持ちをダシにして昼飯を奢らせるコイツや日下部に比べると。
 
「奢らねえよ……あー、もう昼か……結構長く寝てたなぁ……」

 狂っていた体内時計が、グルグル回って噛みあった。
 日光に晒されて白くなっていた砂が、多くの生徒に踏まれて宙に舞っている。
 どうやらもう昼休みのようだ。
 僕は教室に帰ろうとしている生徒の大群の中に混じろうとしたら、夜空に光る月を見るように、東風谷の姿を捕まえた。
 好きな人はすぐ目に付いてしまうのは何でだろう、と思っていると、東風谷が何かに気付いた様子でこっちに近づいてきた。
 まさか僕に用があるわけじゃないだろう、という思いとは裏腹に期待を少しだけ抱き、さりげなく東風谷から目を離した。
 でも、

「あ、西野山」

 話しかけられた。
 心臓が一度高く跳ねて、次第に落ち着いたかと思うと、また徐々に高鳴っていった。
 隣で田中が高い口笛を吹いた。
 目線でうるさいとだけ言っておいた。
 
「大丈夫? 物凄い勢いで気絶してたけど」

 怒りか羞恥か戸惑いかはわからないけど、とにかく顔が赤く蒸気していた。
 田中が見た目無表情に笑いをこらえながら、言った。

「あ、大丈夫大丈夫。コイツさっきのリレーじゃあ応援されたからってだけで気絶ほど走るくらい東風谷のこと好きだから。適当に慰めればすぐに元気になるぜ」

 奇襲だった。
 空襲警報を鳴らす暇さえ無く、突如ミサイルを打ち込まれたように、何が起こったのかが解らなかった。
 理解の遅い脳に心臓が多量の血液を送るが、体だけが田中の言葉を理解していた。
 そんなギャップのせいか、言いたいことが月まで届く程にあったのに、口は何も言葉を発せずただ空を切った。
 遠くから、新垣の声が聞こえた。
 
「……あ、ちょっと美里が呼んでるから行くね」

 東風谷は笑っていた。
 少しだけ困ったような表情に見えたのは、きっと錯覚ではないだろう。
 笑ってくれるだけ、まだ有り難かった。
 手を振りながら、東風谷は次第に遠ざかっていった。
 東風谷の姿が見えなくなると、田中が笑い出した。

「おい、良かったな! あの笑顔は絶対脈ありだぞ! うん、俺が言うんだから間違いない」

 やっと言葉が理解できるようになったがしかし、今度は体が動かなくなっていた。
 ロボットのように、ギギギと顔が田中の方に向いた。
 
「いやぁ、親友の俺も嬉しいよ。やっとお前にも彼女が出来るのか。しかも相思相愛なんて、妬けるねぇ、おめでとう!」

 田中は笑顔で僕の肩を持ち、余った手でグッと親指を立てた。
 まるで全てを祝福する天使のような笑顔だった。
 僕は邪気一つ無い満面の笑みで田中を見返すと、全力で田中の腹を殴り飛ばしていた。
 田中は気絶した。
 風景がゆらゆら揺れて滲んでいるのは、きっと陽炎が強いせいだと思う。
 ……畜生。

 ☆

 僕は田中と弁当を持って、石段の上に座った。
 とても大きな木が影を落とすこの場所は、避暑に非常に便利で、余り人には知られていない。
 しかしそれでも空気が原子単位で熱せられているようなこの酷暑では、精々焼け石に水といった程度だ。
 顔を上に向けると、葉の隙間を縫って落ちてくる日差しがちょうど僕の目に差し込んだ。
 その拍子に目の中に滴りこんできた汗も、酷く不快だった。
 これといいリレーの時の気絶といい、僕は太陽に喧嘩を売られているのだろうか。
  
 何となく、弁当に手をつけないまま空をぼうっと見ていた。 
 先程から見つめているその光景に形容し難い既視感を覚えていたからなのだが、ふとした記憶の断片から一気に思い出せた。
 強引に白状しろと迫ってくる田中、さりげなく聞き出そうとする日下部、止めながらも興味津々と言った様子の新垣――
 去年の夏休み補習の放課後に何となく立ち寄って話したのは確か……
 
「ここだったっけなー」
「何が?」

 後ろから、日差しと共に降りてくるような声がした。
 僕はえびぞりのような体勢で後ろを見た。

「東風谷?」
 
 そこには東風谷が居た。
 僕は訳も解らずえびぞりの体勢のまま阿呆面を引っさげてしまった。
 なんでここにいるんだ?
 疑問がそのまま顔に出たのだろう。
 東風谷は赤いスカーフに包まれた弁当箱を掲げて、ニッと笑いながら言った。

「隣、良い?」
「あ、うん」

 律儀に返事を待ってから、東風谷は僕の隣に腰掛けた。
 座ったときに髪から甘い匂いが漂った。
 僕は自分の汗が臭っているんじゃないかと気が気でなかった。
 女の子ってどうしてこんなに甘い匂いがするんだろう。
 僕は暫く東風谷に見とれていたけど、赤いスカーフから弁当が表れるのを見て、倣うように僕も弁当を開けた。
 いただきま~すと言う少し間延びした声が聞こえて、僕もまた倣うようにいただきますと言った。 
 ……なんだか情けないと思った。

「そういえば田中が倒れてるけど良いの?」
「大丈夫だと思うけど……田中だし」
「そっか、田中だしね」

 ちなみに田中の扱いが酷いのは、修学旅行のことがあるからだ。
 修学旅行で行った宿で、男湯と女湯が竹の壁で遮られた露天風呂に入った。
 そこで田中は何を思ったのか女湯を覗こう等と言い出し、単身器用にも竹の壁をよじ登り、さあ覗こうといったときに……落ちたのだ。
 それも頭から。
 天を貫く勢いの水柱を立て、担任が駆けつけ、騒ぎは広がり、そして救急車に乗った頃にはもうみんな田中の痴態を耳にしていた。
 ある者は最悪のレッテルを貼りある者は腹を抱えて大爆笑だ。
 それでもそのまま病院に居ればまだ同情をもらえたのだろうが、田中は幸か不幸か切り傷程度で済んでしまった。
 傷が無いなら作ってやる、と言わんばかりに、田中は修学旅行中に女子から総スカンを食らった。
 女子が居ないと生きていけねー、と日ごろから豪語する田中にとっては、最悪の修学旅行に終わった……らしい。
 
「無粋なこと聞くけどさ」

 ん? といった表情で箸の先端を咥えた東風谷が振り向く。
 まあ、折角東風谷と話せるんだ。
 斜め後方で死体の如く眠っている田中は、この際死体だということにしておく。
 
「何でわざわざこんなところに?」

 ……そんなに難しい質問だったのだろうか。
 東風谷は一つむうと唸ったかと思うと、誰も居ない筈の左隣の空間に迷いを含んだような目配せをした。
 そして僕に心底不安げな表情を向けて言った。

「無粋なこと聞かれたお返しに変なこと聞くけど、西野山って神様を信じる?」

 そんなに難しい質問だったようだ。
 お返しの質問へ感じた困惑は、東風谷の感じたそれときっと同等なのだろう。
 神職者の手前、こんなことを言って良いのか迷ったが、嘘をつくのは気が引けたので思ったことそのまま話した。
 
「一応信じてる。都合の良い願い事をするとき限定で」
「あー、駄目な心がけね。最低限の努力はしてないと、呆れられるばかりよ。……気まぐれな神様は別だけどね」
「人事を尽くしてってやつか。それなら、気まぐれな神様に目をつけて欲しいな。……東風谷、巫女さんやってるんだし、そういう神様知らないのか?」
「かぜはふり」

 やんわりと訂正が入ったので、謝っておいた。
 ……まあ、知っててわざと間違えたんだけど。
 東風谷は言葉を続ける。

「知ってるも何も」

 東風谷は、少しだけもごもごと口ごもり、平常を装って続けた。 
 
「ずっと私の隣に居る神様がそうよ。少し前から西野山に言いたいことがあるんだって」

 そういえばそれを言いに来たんだっけ、と東風谷が独り言ちた。

「へえ、何て?」

 神様、というのはきっと方便だ。東風谷本人が僕に何か言いたいのだろう。
 平静を装いながら、心は少し浮き足立っていた。
 しかしそれとは裏腹に東風谷の表情は次第に沈んでいき、視線は宙を泳ぎ、仕舞いには「あーうー」などといった擬音語とも擬声語ともつかない声が飛び出した。
 その表情に惹かれて僕も少し不安になる。
 そして意を決したように、東風谷が言う。
 まるで斬首刑でギロチンを振り下ろす時の、人の善い執行人のような表情で。

「その神様が、西野山にずっと見られてるような気がするんだって」

 ……直観のメカニズムをご存知だろうか。
 勘というのは適当に見えて実は、それまで本人の経験してきた出来事、蓄積した知識、生まれついての感性を総動員して一瞬のうちに的確な答えを導き出すという、本能の超高速演算マシーンのようなもの……らしい。
 答えだけ書かれた数学の解答用紙のようなものと言い換えることも出来るかもしれない。
 そして僕はその状態に非常に近い。
 体は汗を噴出し、心臓はこれでもかというほどに脈打っているのに、脳だけが取り残されて必死で追いつこうとしている。
 先程斬首刑を引き合いに出したが、僕は今まさに首が取れた状態で自分の体を見つめながら自分が死んだ理由を考えているようだ。
そしてその理由は、勘が働いて三つだけ思いついた。
 一つ目。神様は居ないけど、東風谷は居ると思い込んでいて、その幻聴を僕に話している。
 可能性からすれば、非常に低い。だいたいこんな状況で易々と僕に話すくらいなら、東風谷は今頃危険人物とみなされているだろう。
 二つ目。神様は本当に居て、その神様の言ったことを東風谷が代弁している。
 これも……さっきよりは救いがあるけど、可能性はとっても低い。
 いや、この低いというのは、僕の今まで生きてきた常識の中での判断だから、何とも言えないのだが。
 そして最後、三つ目。これは非常に確率が高い。というか、さっきも話したことだ。
 つまり神様が居るというのは真っ赤な嘘で、東風谷がやんわりと婉曲的に伝えるために神様という表現を使った。
 うん。僕が見ているという自覚がある分、とってもしっくり来る。
 でもそれだとつまり僕がいつも東風谷ばかり見ていることが本人にばれてああああああああああ!!
 
「ごめんっ!!」

 突如体を急旋回して、東風谷に向けて土下座する。
 急に起こった奇行に対し、東風谷が驚いて体を竦ませた。
 数秒間あっけに取られていたが、流石にずっとこの空気は辛いと思ったのか、東風谷が恐る恐る言った。

「えっと……別にいいよん、だって」

 別にいいよん。東風谷なりの気遣いだろうか。
 その気遣いが逆に悲しい。
 どうせなら記憶ごと存在を消して欲しかった。
 太陽は何故僕をこの場で溶かしてくれなかったのかと理不尽な恨みを抱きつつ、体を起こす。
 弁当に箸をつけようとするが、全く進まない。
 口に運ぼうとする度、まるで人質のように先程の言葉が頭に出てくる。「見られてるような気がする」
 もしかしたら、いや、きっと気持ちが悪いと思われている。
 僕は、ひょっとしたら東風谷にずっと不快な思いをさせていたのではないだろうか。
 そう思うと自然と気持ちが沈んでしまう。
 誰にも迷惑をかけまいと思っていた癖が、よりにもよって本人に迷惑をかけてしまった。
 なんて、馬鹿なんだろう。

「えっとね、西野山」

 東風谷の声。
 僕は視線を地面に落としたまま、話を聞いた。

「本人が気にしていることを気にしないのは問題だけど、本人が気にしていないことをずるずる引きずるのも問題なんだって」

 顔を上げた。
 心の中の葛藤を見通して許しているように感じたのは、都合の良い解釈だろうか?



「それも神様が?」

 うん、と東風谷が頷く。
 地面が光を反射しているせいか、東風谷の体が少し発光したように見えた。

「……時間を無駄にしなさんな、少年。残念ながら時間が無い。後悔する間に高嶺の花が遠いて、そしてしまいにゃ見えなくなる。後悔したことを後悔して、その行為が出来ることすらありがたいと思える時が来ちゃうよ。全てが泡になる日が、来てしまう。それが嫌なら、もしも奇跡を信じるのならば、今から必死に掴みに行くこと。以上、それが気まぐれな神様からの、気まぐれな忠告。自己嫌悪に陥ってる暇なんか無いよ」
「東風谷……?」

 声色こそ東風谷のそれだったが、口調や語勢は明らかに違っていた。
 そしてそれ以上に、いつもより強い東風谷の雰囲気。
 親しみのある言葉の中にどこか達観した口調。
 かと思えば、忠告すらも自分が楽しむ為といった風な余裕。
 そして言葉の節々から時折顔をだす威圧感。
 これはまるで――

「あ、あれ?」

 教室の中で、白昼夢から覚めたような表情だった。
 東風谷は何が起こったのか解らないと言いたげに辺りを見渡して、探るような感じに言った。
 
「……私、さっきなんて言ったっけ?」
「えっと……時間を無駄にしたら、後悔するとか何とか。……ひょっとして、覚えてないの?」
「え、あ、いやいや、覚えてるわよ。ただちょっとボーっとしてて……」

 腹では無く口から咄嗟に作り出されたような、解りやすい嘘だった。
 次々と溢れ出す言い訳のようなそれは、何かを隠しているようにも感じた。
 もしかしたら、神様というのは本当に居るのかもしれない。
 人から見えない世界を生きる、とっても愉快な人間らしい人間以外。
 新たに沸いた自分の世界観に心地が良くなる。
 東風谷の体を借りた神様の言葉も相まって、不思議なことに後悔はあっという間に消え去った。
 
「そ、そういえばさっき西野山酷く落ち込んでたみたいだけど何かあったの?」
 
 強引に話題を変えようとする東風谷。
 変な言い方かもしれないけど、東風谷も人間なんだなと思って何となくホッとした。

「何でもないよ。ただちょっと……なんて言えばいいのかな。痛々しい過去を思い出して急に恥ずかしくなったみたいな……」
「ああ、そういうこと良くあるよね」
「え、東風谷にもそういうことはあるのか」

 それでも、ちょっと意外だった。
 少し色眼鏡がかかっているとはいえ、東風谷のそういう行動は少し想像がつかなかった。
 東風谷は、少し呆れたような表情で言った。

「それはもちろんあるわよ」
「……意外だなぁ」

 思ったことをそのまま口にする。
 いうべきかどうか憚れたけど、好奇心の方が勝ったので聞いたみた。

「どんなことがあったの?」
「え~……言わないと駄目なの?」
「うんまあ、ぜひとも」
「……言葉にすればそんなに面白くも無いんだけどね。小学生のころに初めて公式的に人前で神楽を踊ったの。その時に随分緊張しちゃって、まともに踊れず大恥をかいた、ってだけ」
「神楽……」

 その言葉が何を刺激したのかは解らない。
 僕の頭の中には化学反応のように、鮮やかで正確に祭の景色が浮かんだ。
 何月何日何曜日という時間までははっきりしないが、みんな浴衣を着ているからきっと御船祭か御射山祭のどちらかだろう。
 戦隊モノの仮面をねだる子供、高すぎる屋台の商品に何の疑問も持たない中高生、大きな音に反応して振り向くと花火が上がり、そして――
 
 しゃらん!

 ――巫女鈴が鳴り、喜色の仮面を被った童子達と顔に能面を貼り付けた東風谷が表れる。
 花火から一瞬、目を離してそちらを見る。
 そこに老若男女の差異は無い。
 見た瞬間、誰も彼もが魅了される。
 花火は雑音にすらならず、空で弾けて散っていく。
 囃子と太鼓の調子に合わせて、仮面を被った童子が踊る。
 能面の風祝はゆったりとした神楽を舞う。
 人ごみが道を遮る時、風祝が神罰の如く御幣を振るう。
 その場限りの神の信徒は、幼き少女の御幣一つで道を開けるべく二分する。
 人の海を割るような、あの光景はまるで――

「モーゼ、みたいだよな」
「モーゼって、出エジプトの?」
「うん。今、いつのことか解らないけど、祭のこと思い出してたんだ。夏だったから、御船祭か御射山祭だと思うけど……。そこで、神楽の時に東風谷が御幣を振ったら人の波が真っ二つになったのを思い出してさ。ああなんかモーゼみたいだなぁ、って」
「ああなるほど……モーゼ、モーゼかぁ。それ良いかも……うん、それでいこう! ありがとう西野山。結構、センス良いね」
「べ、別にそんな事はないけど……」

 自己完結した内容を聞いてみたかったが、照れ隠しに全力を注いだので無理だった。
 憎まれ口や不毛な言い合いは慣れているけど、正面切って褒められるのはやっぱり慣れない。相手が相手だから、というのもある。
 このまま黙っていると悟られそうなので、すぐに話題を変えた。

「そういえば、東風谷さ。いっつもその蛇と蛙のアクセサリーしてるけど、何か特別なものなの?」

 口から適当に出た言葉だが、そういえば、と思う。
 東風谷は学校の時は勿論、神事や祭のときもそのアクセサリーをつけている。
 ということは、神社伝統のアクセサリーなのだろうか。
 ……多分、そうだろう。
 流行に敏感な女子高生が好みそうにはないし、センスの良い代物とも思えない。
 本当は外したいんだけどね、といった感じの言葉が出るだろうと思っていたら、予想外の言葉が出てきた。

「ああ、これ?」

 東風谷は丁寧に髪をすくって、やわらかく微笑んだ。
 それを見た僕の心臓は、二つの相反する感情が溶ける事無く混ざり合い、拮抗して、終いには爆発したかのように大きく跳ね上がった。
 だって、その表情は今まで見た事の無いものだったから。 
 その誰かに憧れるような――そう、まるで恋をしているような表情は……今まで見た事が無くて、そして今まで見た中で一番綺麗な表情だったから。
 見とれる程にときめく心の中ではしかし、正反対の黒い感情を抱いていた。

(でも、そんな表情を浮かべるって事は……)
 
 拳を硬く握って、思いっきり強く歯軋りをする。
 何を馬鹿なことを考えているんだ、僕は――

(嫉妬なんて、する権利は無いのに)

 複雑な感情に惑わされる中、東風谷は言った。

「これね、神様から貰ったものなの」
 
 東風谷が神様と言う時には、多少冗談めいた口調になる。
 でもそれは多分、周囲に合わせる為だろう。
 口調の中からは確かに、自分の事のような誇らしさが感じられたから。 
 湧き上がる感情への戸惑いを必死に抑えて、僕は聞いた。

「それって、どんな神様?」

 蛇のアクセサリーはきっと、建御名方神に由来するんだろう。
 だけど、蛙のアクセサリーの方は皆目検討もつかない。
 まさか自分に全く関係の無いものを神様が贈るとは思えないので、特徴を聞いて類推してみようと思った。

「ん~どんなって言われても……説明に困るかな。実際に見るのが一番手っ取り早いかも」

 しかし、返ってきたのは予想外のものだった。
 驚きの感情を隠さずに、僕は言った。
 
「見れるのか?」
「さぁ。それは自分次第。本気で信じられるか、信じられないかによって変わってくる」

 試すような、諦めのような……そんな似ても離れてもいない二つの感情を浮かべて、東風谷が言った。
 雲のように真意を掴めずに、思考がぐるぐると低回している。
 回す速度を早くして考えてみたけど、それは冗談めいた表情を浮かべた東風谷によって断ち切られた。
 
「ほら、漫画とかであるじゃない。約束的な展開。誰々が信じていてくれるから私は強くなれる、みたいなの。あれって結構、ご都合主義っぽく見えるけどそういうわけでもないのよ? 想いは信仰となって、信仰は力となる。力を得た神様は信じてくれた人たちに様々な神徳を与えて、それによって再び信仰を得ていく。それが繰り返されていくうちに神様は実態を得られる程に力を蓄える」
「なんか……気の遠くなりそうな話だな……」
「いつ叶うか解らない願いを想い続けるよりも、すぐに叶って何も考えずに済む科学に頼る方が楽だしね。神様を信じていても、心は生まれつき科学に依存しているから、凄い勢力を誇る宗教でも神様は実態できる程に力を得られない」
「僕一人が信じたところで、何か変わるのかな」
「解らないけど……喜ばれると思うわよ。神様を信じる人すら少なくなってきてるから。――まあ、でも」

 東風谷は弁当に蓋をし、ごちそうさまでしたと言って手を合わせた。
 赤いスカーフに包まれた弁当箱を持って立ち上がり、こちらを向いてニッと笑った。
 ちょうどその時東風谷の背後から日の光が差し込んだ。
 太陽みたいな、笑顔だと思った。

「効果に疑問があるのなら、まずは近くの風祝さんから信じるのも良いかもね」

 果たして僕が恋慕の感情を抱いているからだろうか。
 その言葉に対しておかしな方向へ解釈がいきそうだったけど、すぐに理解した。
 
「応援するだけでも良いのか?」

 僕の疑問に、正解とばかりに東風谷はかぶりを振って言った。
 
「そう、最初はそんなもの。始めから大きな事をする必要なんて無い。お試し版からやってみて、効果が解れば製品版を買えば良いの」

 僕は笑って返した。

「代金は応援、ってことか。効果の保証は?」
「絶対に保障できる。代金さえ払ってくれれば、だけどね。でも、信じてくれれば必ず――」

 その瞬間。
 東風谷が、グラウンドまで五メートルはある石段から飛び降りた。
 そっと、ふわっと、まるで歩く時には足を前に出すという事と同じくらい自然な動作だったから、それが何を意味するのか解らなかった。
 黒い影の落ちている石段から、砂浜のように白く光るグラウンドへ、東風谷が吸い込まれていく。
 まるで交通事故を受けた時のように、スローモーションで世界が流れていった。
 それはきっと、本能では理解していたから。こんな高さから飛び降りたら、下手したら骨折してしまうということを。
 光の速さで光景を受信する双眸を介し、カタツムリの如き遅さの電気信号がようやく脳に伝わる。
 
「東風――」

 状況を理解した僕は、反射の如く反応速度で中途半端な声を絞り出していた。
 そうする間に東風谷は次第にグラウンドに迫っていく。
 骨を折ってしまったらどうするかを速やかに演算、処理。
 考えるばかりで体の一つも動かない自分に嫌気が差す。
 体も動かぬ須臾の間にどうするどうすると考える。
 ――が、東風谷は飛び降りた時と同じように、そっと、ふわっと、グラウンドに着地していた。
 呆然としている僕に、童女のような悪戯染みた笑みを浮かべて、言った。

「――勝つから」

 動転している僕に手を振りながら、東風谷は校舎へ戻っていった。
 突如の事だったから、僕は何も考えずに手を振ることしか出来なかった。
 適応能力というのは不思議なモノで、ボーっと弁当を食べているうちに、まあそんなものだろうと結論付けていた。
 自分の常識の範疇を超えた事態が起こると、持ちうる限りの理屈で範疇に収めるのは人間の得意技だ。
 でもそれ以上に大きな要因がある。
 
 東風谷と、初めてまともに話をした。
 
 その出来事が自分の中で、まるで竹のようにすくすくと大きくなっていき、表情となって表れた。
 どうしようも無いくらい頬を緩めて弁当を食べる図というのは、大層間抜けだろう。
 その間抜けな表情のまま、血が駆け巡る体を持て余したのか、立ち上がってうろうろし始めた。
 ニヤつきながら人の倒れた近くをうろうろ徘徊して弁当をゆっくりと味わう。紛う事無く奇人のそれだ。
 しかしそれは留まるどころか勢いを増し、抑え切れなくなった僕はとうとう危害を加える奇人になった。

「はははははははっ!」
「おぶっ!?」

 哄笑を響かせて田中の腹に殴りかかる。
 田中は潰された蛙のような悲鳴を上げて、またもぐったりと倒れこんだ。
 しかし残忍にも追撃が続く。

「おい、起きろよ! 見てたか? 見てないよな? 見てろよ! ああ、いいから起きろって!」

 終わらない腹部殴打。
 繰り出される拳。
 跳ねる田中の体。
 ああ、どうしてこいつはこんな時に寝ているんだろう!
 強制睡眠につかせた犯人(僕)は、無責任にもそんなことを考えていた。
 ようやく落ち着き拳が止んでも、たるんだ頬はそのままだった。 
 蝉時雨の降る空を仰ぐ。
 太陽が祝福しているかのような、良い天気だった。

 ☆
 
 弁当を食べ終わってからは、僕の奇行を何一つ覚えていない田中と共に競技を眺めて過ごした。
 東風谷の出る競技は午前中に終わってしまったようで、それだけが残念だった。
 だが、まだ残っている。これから始まる、東風谷どころか、二年生全員が出る大トリの競技が。
 その名も、二年生総動員リレー。
 これは一番最後のプログラムで、そして一番盛り上がるプログラムでもある。
 走順は、レース前に抽選で一から四十までの札を引いていき、それで出てきた出席番号の順番に走ることになる。
 そしてこれは毎年、同じ番号の者の力量や、チームの力関係が同等のパターンが多いので、この競技を基準にクラス編成が行われているのではないかと噂されている。
 普段なら冗談として一蹴していただろうが、いざ本番、正確には二年生になった瞬間から、あながち冗談と言えないのではないかと思えてきた。
 その理由の一端が、田中がかけてきた声に含まれている。

「またお前とか。もっかい賭けるか?」
「百メートルだからバトン貰った時の順位で勝敗が決まるんじゃないのか……? まあ良いけど」

 田中と僕は、クラスは違えども出席番号は同じだった。
 妙な縁があるものだと思ったが、この学校の出席番号順は男女混合の五十音順なので、「た」と「に」ならばそう不自然ではないだろう。
 入場口の前は、相手を油断させる八方美人の喧騒に包まれていたが、アナウンスのノイズが聞こえた瞬間、何かを溜め込むように静かになった。
 
「あ~、え~、只今ぁ~抽選中ぅ~です。え~、第一走者、出席番号三十六番」

 出席番号三十六番の落胆を中心とし、波紋のように喧騒が広がっていく。
 そして次々と走者の番号が読み上げられる。それに合わせて新たな各所から新たな波紋が誕生、拡散する。
 それが同調して大きくなると、「静かに!」という大きく乱暴な波紋に飲み込まれた。
 しかしすぐに、ちょうど二十番目の走者の番号が読み上げられた辺りで再び騒がしくなった。
 いたちごっこのように繰り返される上記のやり取りの中、まだ呼ばれていない僕はアンカーにはなってくれるなよと願った。 
 しかし無常にも、僕を避けるように番号が呼ばれていく。
 架空のバトンで、パスの練習をしている奴らの気楽さを少し呪った。
 三十五番を越えた辺りから圧し掛かってくる、言いようの無い絶望感を田中と共に味わっていると、そこで、
 
「第三十九走者、出席番号十九番」
 
 とうとう自分の番号を呼ばれた。
 こういう時だけ無駄に気が合う田中と、無言でハイタッチを交わした後、共に所定の位置へ向かった。
 安堵に胸を撫で下ろしていると、僕達の身代わりになった番号が読み上げられた。

「最終走者、出席番号十一番」

 突如。
 安堵がそのまま別の感情に色を変えた。

「おわっ、十一番っつったら日下部の番号じゃねぇか」

 ツイてないねぇ、アイツも。
 そう呟く田中の隣で、僕は似て非なる事を考えていた。不安と喜びを混ぜ合わせたような……どちらかといえば喜びのほうが強い感情の中で。
 日下部……?
 くさかべ、だからカ行……で……いや、それ以上に出席番号十一番と言ったら……。
 
(東風谷じゃないか……)

 神様がくれたかと錯覚するような奇跡に舞い上がる中、総勢二百人の走者が滲んだ白線のトラックに入って行った。

 ☆

 耳朶を聾するような音が響き、雌雄を決するレースが始まる。
 銃声に反応して駆け出すその様は小動物だがしかし、気迫を充満させひた走る姿は肉食獣を想起させた。
 日焼けしたかの様に黄色く染まっている土が、十の足に蹂躙されて宙を舞う。
 陸上選手のような精密さはないが、それでも勝負は互角だった。
 そのままバトンが渡る。
 走者も、応援も、前だけを見据えるその目は充血しているかのように赤い。
 今までの競技とは比べ物にならないくらいの盛り上がり方だが、或いはそれも、当然といえば当然かもしれない。
 得点の貼り出されている時計台へ目を向けてみる。
 互いに遠慮しあって最初の一歩を踏み出せないような、似たり寄ったりな点数だった。

 これが、最後の競技。これで、全てが決まる。
 そう思うと、漠然とした寂寥に駆られた。
 みんなもどうやら同じようで、必死な表情の中には確かに、哀愁の影が落ちている。

 このレースの勝敗がそのまま、最終的な順位となる。
 そのことだけで考えると、これまでの競技は全て前座だったのかもしれない。
 それでも全員、そんなことも知らずに全力で駆けて来た。
 めんどくさいなんて思っていても、きっと心の底では願っている。
 非日常が、ただの非日常で終わらないように。
 終わった後に、『あー、楽しかった!』と笑えるような日になるように。
 その思いが競技から競技へ受け継がれ、そして今は――

「はい!」

 ――バトンに、受け継がれている。
 必死に叫ぶバトンパスの声を聞くと、嫌が応にもそう感じる。
 走者を見ると、みんな一様に同じ顔をしている。
 足の速いヤツも、足の遅いヤツも、お調子者のヤツも、滅多に口を開かないヤツも、自分の意思を持たないかのように他人の言いなりになるヤツも、全てに逆らうかのように斜に構えたヤツも、死の淵を綱渡りして走るレーサーのような表情で、今はただ一つの目標のみを見据えている。
 この普段は味わえない心地の良い連帯感を、誇示したいかのように勝利を欲している。
 全員が一つになった証を、誇示したいかのように勝利を欲している。
 それは、どのチームでも同じだった。
 走者は死に物狂いで走る。
 前を走る者を親の敵の如く睨みつけ、歯を食いしばり目を見開いて股が裂けん勢いで走る。
 観戦者は死に物狂いで叫ぶ。
 相手を抜けば地も割れんばかりの狂喜を表し、相手に抜かれれば天も割れんばかりの激励を叫ぶ。
 
 きっと、みんな解っているからだ。
 非日常は、すぐに終わるから非日常だと。
 終わって欲しくないと願いながらも、今日という祭の終焉に向かって走り続けている。
 一人一人の走る距離はたった百メートルぽっちだ。
 それでも、みんな走り続けている。
 バトンに、自らの権化である思いを……無念、歓喜、悲哀、狂喜、後悔、信頼……様々な感情を、剥き出しのまま込めているから。
 バトンは三十五人目の手に渡る。
 未だ拮抗が崩れていないのもそうだが、それ以上に凄いのは、願いを背負った流れ星のようなバトンが、一度も地に落ちていないことだった。
 ……いや、凄くなんてない。考えてみれば、当たり前のことだ。
 落とすはずが無い。
 落とせるはずが、無いんだ。
 だって、見てみろ。
 ――再び、バトンが渡る。
 悔しさで凄絶に顔を歪めた走者が、自分の全てを込めるようにして次の者に託す。
 剥き出しにされた感情を、隠す者は一人も居ない。
 それは、無条件の信頼。
 自らの意思を必ず受け継いでくれるという、信頼。

 バトンは走者全員の感情が込められており、とっても重い。
 しかし、いや、だからこそ、落とすことなど出来やしない。
 様々な感情が込められたそれを、手を抜いて受け取ることなど出来やしない。

 全身全霊の感情をバトンに宿して、受け手を信じる走者。
 何に変えてもバトンを受け取り、走者の思いを受け継ぐ受け手。
 そうか、これが――

(やっと解ったよ。東風谷)
 
 ――これが、『信じる』って言うことなんだな。
 
 僕は立ち上がった。
 同じく立ち上がった田中を見ると、いつに無く真剣な表情だった。
 バトンを持った走者は鬼気とした表情で、しかしその目は確かに僕を『信じて』いる。
 間違ってもバトンを落とすことは出来ない。
 大変緊迫した場面だというのに、不思議と、緊張感は無かった。
 相手の信頼がそのまま僕の力になるかのように、体はひたすら軽かった。
 期待ではなく、信頼。
 無責任な願いを投げかけて終わるのではない。
 思いが確かに、自信に繋がる。
 走者が近づいてくるにつれ、まるで準備運動のように心臓が鼓動を始めた。
 
 そして僕は、バトンを受け取る。
 三十八人の思いが込められたバトンは、肩が外れそうになるくらい重かった。
 受け取った時こそ僅差でリードをしていたが、後方から田中がじりじりと追い上げてきていた。
 きっと、僕は負けるだろう。
 不思議と、そう判断してしかも、甘んじて受け止めるだけの余裕はあった。
 それは多分、東風谷なら必ず思いの全てを背負って勝つだろうと思ったから。
 そう、東風谷ならきっと。
 東風谷なら。
 ……東風谷。
 
 思う。
 このバトンに、僕の『想い』を乗せたらどうなるだろうか、と。
 小学一年生の頃から宝物のようにひたすら抱えてきたそれは、重い。
 このバトンに溜め込まれた思いの全てと比べても尚、重すぎるかもしれない。
 東風谷でも、受け止められないかもしれない。
 もしそうなってしまったら、みんなの思いが泡のように弾けて、夏の熱気に蒸発させられてしまうだろう。
 それでも。
 ただの我侭かもしれないけれども。
 自分の気持ちを、偽ることは出来なかった。
 斜め前方に目をやると、いつの間にか僕を抜いていた田中の背中が見えた。
 最終走者の東風谷の姿が、次第に大きくなっていく。
 地平線から見えた東風谷の影を追うようにして走り、そしてバトンを持った手を伸ばした。
 
 もしこのバトンを東風谷が無事受け取った、その時は……。
 その時は――
 
 ――そして僕は、東風谷にバトンを渡す。
 溢れ出しそうなみんなの『思い』と、
 同じくらいの『想い』を込めて。
 自分に対する誓いと共に、東風谷にバトンを手渡した。

 落ちる事無く引き継がれたバトンを見た瞬間、体が重力に引きずられ、僕はその場に倒れこんだ。
 
「よおお疲れ」

 一息で吐き出すように言った田中は、空気すら満足に吸い込めそうにない様子だった。

「……お疲れ。ジュースのリクエストは今のうちに。無かったら、年中売れ残ってるあったか~いジュースを買ってくるよ」
「……いややっぱジュースはいらねぇ」

 その言葉の意味を、酸素不足の脳は中々理解できなかった。
 働こうとやっきになる脳を尻目に、アクセントも何も無い言葉が口から出ていた。

「なんで」
「今日は記念日になるからな」

 田中は呼吸を整えるようにしてすっと息を吸って、力を抜くかのようにそっと吐いた。
 柄にも無い、だけど嬉しさを必死に抑えるような微笑を携えて、言った。

「十年越しの臆病者が、やっと覚悟を決めた日だ」

 焼肉の一つでも奢ってやりたいねぇ、とおどけるように続けた。
 目が潤んで光ったように見えたのは、きっと太陽のせいだと思だろう
 全てを察してくれていた友人に向かって、一言だけ呟く。

「……悪いな」
「おーっとぉ、何処かの誰かさんの不甲斐なさ故に二位に甘んじて実力の発揮できない東風谷さんが走っているじゃあないかぁ。不甲斐ないなぁ。誰かさんは実に不甲斐ない」

 ……真面目になったと思ったら、すぐこれだ。
 反論を考え付かない脳は、苦し紛れのようにレースを見ろと命じた。
 日下部が少し前を走って、東風谷が続いている。
 平行線のようにつかず離れずの状態のまま、レースは続いていく。
 それでも、

「流石に、陸上部に追いつくのはキツイんじゃないのかねぇ」
「大丈夫だよ。東風谷なら」

 勝つと、信じている。

 しかしその差は縮まらない。
 理由は、今日の空と同じくらいはっきりとしていた。
 僕がまだ、何処か信じきれていないのだ。
 ……いや、違うんだ。
 信じては、いる。
 ここに地球があるように、夜空に星が浮かぶように、ただ当然のことと為し、信じた思いをバトンに込めた。
 でも、それだけじゃ駄目なんだ。
 昼に聞いた東風谷の言葉が、心に深く突き刺さる。

 ――最低限の努力はしてないと、呆れられるばかりよ。

 僕はまだ、解っていなかったんだ。
 僕は一体、何をした?
 思いっきり走って、思いっきり祈って、それだけじゃないか。
 それはただ、願っているだけだ。
 碌に努力もせずただ手をこまねいて幸運がその身に訪れることを、期待しているだけだ。
 だからあのバトンは、三十九人の思いがあるのに、信じているのは三十八人だけなんだ。

 夏の如く短い距離を、電光石火で走る走者を見る。
 時間が止まっているかのように変わらない、拮抗した勝負だった。
 グラウンドからは局地的な大地震を起こさんとする程の歓声が響き渡っている。
 込めた思いを成就させんと、ひたすら声を張り上げる。
 喉がつぶれてしわがれようとも、言霊を出して思いを込める。

 これで、良いんだ。
 
 もう既に役目を終えた者に出来ることなど、これしかない。
 声を出す程度。
 それは最低限の努力。
 でも、最低ならば最低なりに、なりふり構わずやってやる。
 その程度かと思うのならば、喉潰すくらいしてみせろ!
 残り一つの空席を埋めて、レースの勝利をその手に掴め!
 僕は、叫んだ。
 六十兆の細胞を、壊死するほどに震わせながら。

「行けぇ、東風谷!」

 叫んだ言葉は鮮やかに、目に見えるように力になるのを感じた。
 バトンから溢れる思いが止まった時間を破るように、勝負の均衡は崩れた。
 残り約二十メートルで徐々に差は詰まり始める。
 そして残り五メートル地点で完全に差は無くなり、ゴールテープを胸の差一つで、何とか東風谷が勝った。
 荒れ狂う蝉時雨よりも、逆転劇を演じた僕の時よりも、何倍も大きな歓声が起こった。
 東風谷は膝に手をつき、肩で息をしながら、目線だけこっちに送った。
 笑った、気がした。

「……やっぱり、東風谷は凄いなぁ」
 
 気付かぬうちに出ていた言葉は、何故か誇らしそうだった。

 ☆

 黄昏と夜の境の時間。
 深い蒼空の下、大勢の生徒に囲まれながら、キャンプファイヤーが揺れていた。
 近所迷惑ではないかと思う程の大音量で、フォークダンスの定番といえる曲が流れていた。
 手を繋ぎ、ステップ踏んで、ターンをしてから、次の人へ。
 コンパスのように、東風谷へ向いた意識のせいで、それすらも十分に果たせなかった。
 曲はもう、何曲目かも覚えていないし、あとどれくらい流すのかも解らない。
 いつ終わってしまうのか解らない不安の反面、曲が終わるに連れ東風谷に近づいていく待ち遠しさも感じていた。
 見当違いの方向を向いた意識と、螺旋状に絡み合うような感情のせいで、ステップで相手の足を踏んでしまった。
 怪訝な顔をされた。
 すいません。
 次の人へ。
 手を掴もうとして虚空を泳いだ。
 最初の一歩をミスしたせいで、他のみんなから大分浮いてしまった。
 しかしやはり上手く行かず、周りに合わせようとして泥沼にはまっていく様は、まるでボタンが一つずつずれたカッターシャツのようだった。
 ごめんなさい。
 謝罪を込めたお辞儀をしてから、顔を上げた。
 次の人……は……。
 
「だらしないわね。ほら、しっかりしないと」

 しょうがないなぁ、といった笑みを浮かべた東風谷が居た。
 完全な、不意打ちだった。
 中毒者のように震える右手はしかし、今度は虚空を掴むことは無かった。
 東風谷の冷たい右手が、しっかりと僕の手を包んでくれたから。
 生まれ故郷から新天地へ向かう少女が、繋がりを絶ちたくないと願うような力強さで。
 そして僕は、東風谷と踊った。
 意識がきっちりと前を向いたからか、混乱の余り自我を失った体が功を奏したのかは解らないけど、僕はその日で……いや、一生で一番上手く、踊ることが出来た。
 戸惑いと忘我の中にありつつも、全身をもってしてさえ表しがたい喜びは確かに感じる。
 この瞬間を切り取って、永遠になれば良いのに、と願った。
 もちろん、叶わない願いだった。
 右足でステップを踏んで、左足でステップを踏んで……そんななんでもない動作一つ一つが鮮やかに彩られても、急速に時間は過ぎ去っている。
 
 もうちょっとだけ、続いてほしかったな……。
 キャンプファイヤーの火が弱くなり、滲んだ影法師に一抹の切なさを感じながら、そんなことを思った。 

 ターンをして、お辞儀をして、そして次の人へ。
 機械的に繰り返した、だけど東風谷の時しか満足に出来なかった作業がまた続くと思った。
 でも、そんな僕の予想は、結局外れることとなる。
 それはキャンプファイヤーが消えてしまったからか、昼に出会った気まぐれな神様のせいかは解らない。
 けど、僕と東風谷は、もうちょっとだけ話すこととなる。
 永遠には届かなくても、僕には十分な時間だった。
 
 曲が、終わりを告げた。
 祭の終わりを象徴するかのような、綺麗なフェードアウトだった。
 
 それと同時に、僕達は繋いだ手を離して、糸の切れた人形のように、盛大にその場に座り込んだ。
 東風谷が空を仰ぎ、まるで世界に対して叫んでいるかのように言った。
 
「あー、楽しかった!」

 満面の、笑みだった。
 全てを包み込み祝福する太陽のように、華やいでいた。
 蘇ったキャンプファイヤーに、東風谷の顔が照らされて、蒸気して紅くなった顔がよく見えた。
 解っていた。けど、見るたびに心臓が爆ぜるように鼓動をする。

 きっかけは、なんだったかは解らない。
 でも、今しかないと思った。
 今日という非日常の幕引きに、この上なく相応しいと。

 バトンパスの時に決めていた覚悟は、そんなことをするまでも無く、自然と言葉になるだろう、と思った。
 だから、体の主導権は口に移した。
 最高の告白をしろよ、という他の細胞からのエールを受けて、任せておけと言わんばかりに、口角が少しつりあがる。
 僕は、ちゃんと向き直って東風谷の方を見た。
 目が、合う。
 東風谷がゆっくりと微笑んだ。
 それもきっと、僕を大胆にさせる一因だったと思う。
 流れ出す十年間の思いは、もう誰にも、止めることは出来ない。

「東風谷」

 ――思えば。

『はじめまして、こちやさなえです』

 あの時から、今この瞬間は約束されていたのかもしれない。
 小学生になったばかりの時、僕はなんでも出来ると思っていた。
 両手を広げれば空を飛べるし、話せばみんな笑わせられるし、世界が敵に回っても負けないと思っていた。
 でも、黒板の前で自己紹介をする彼女を見たら、そんな考えは吹き飛んだ。
 一瞬で惹かれていた。
 世界が、恐ろしいものに変転した。
 しかし同時に、世界中の人が祭で騒いでいるのに、自分だけが小さな部屋に閉じこもって寝ているような哀れさを感じた。
 あの時感じた感情の名前は、未だ解らない。
 でも、小学生ながらに理解していた。
 彼女とは、住む世界が違う。
 彼女は星だ。
 彼女は生まれながらに一際輝く星であり、自分はそれを眺めることしか出来ないのだ。
 でも、それで良かった。
 眺めるだけで、良かった。
 だから、彼女の来ている日は、何も無くとも楽しかった。
 逆に、彼女の来ていない日は、憂鬱以外の感情は顔を出さなかった。
 休日なんて、要らなかった。
 二日も彼女に会わないなんて、気が狂うかと思った。
 長期休暇が始まると、決まって三日は泣き通した。
 でも、胸を張って言える。
 彼女が居なければ、僕は絶対に今ほど満足な人生は送っていなかった。
 だから、届かないと解っていても、断られると解っていても、言わなければならない。
 負けの決まった真剣勝負。
 だけどそれはいい加減な気持ちなんかじゃなくて――。
 
 僕は、何年間も、何十年間も溜め込んできた思いを、一言一言に全て詰め込んで言った。


「僕は、東風谷が好きだ」


 東風谷の目が、一瞬大きく見開いた。
 目は驚きに染まって現状を把握できていなかったが、少しだけ悲しみが混じっていた。
 手が、少し震えていた。
 
「付き合ってくれなんて言わない。返事をしろとも言わない。ただ、知っておいて欲しい。僕は、東風谷が好きだ。大好きだ。小学一年生の頃から、ずっとずっと好きだ。東風谷一人のお陰で僕の人生が輝いたって言える位に、片思いすらも、楽しかった。だから……」

 僕は、すうっと息を吸い込む。
 これが、最後の言葉だ。

 一番伝えたかった、最後の言葉だ。

「ありがとう、東風谷」
 
 心臓が、ありえないほどに興奮していた。
 脳はこの上なく冴え渡っており、心臓が跳ねるたびに目の血管が浮かんだ。
 送り出される血液は、体の部位からもう要らないと言われたかのように、巡りが速くなっていた。
  
 全身を震わせながら、表情を隠すように俯いて、東風谷が言った。

「ご……めん……」

 蝉の儚さのような、小さくか細い声だった。
 先程よりも少し大きく、しかし上ずった声で、東風谷が続けた。

「ごめん……なさい……」

 思いっきり息を吸って、何年間も肺の中に居座っていた後ろめたさと共に吐き出した。
 不思議と、悲しくは無かった。
 最早過去となってしまった出来事のように、そうなるのは当たり前だと思っていたから。
 僕は今にも泣き出してしまいそうな東風谷に向かって、言った。
 
「ごめん、東風谷」
「……なんで、謝るの」

 鼻をすする音が聞こえた。
 今にも、嗚咽が聞こえてきそうだった。
 水の中で広っていく絵の具のように、少しずつ申し訳のない気持ちに駆られた。
 僕は慰めとも独り言とも取れないような声で、囁くように言った。

「こういうのってさ、振る方がずっと辛いらしいから」

 しばらくの間、東風谷はうずくまったかのように下を向いていた。
 涙を拭おうとしたのか、右手を目の前まで持っていって……止めた。
 強く握った手をすぐに元に戻し、顔を上げて言った。

「田中の言ってたこと、本当だったのね」
 
 悲しみを、笑顔という化粧で無理矢理塗りたくったような、ぎこちない笑みだった。
 水がただ触れただけでたちまち剥がれ落ちそうな、不自然な表情だった。
 
「あいつがああいう奴で良かったよ。お陰で、珍しい表情を見れたし」
「……もう」

 東風谷はすぐに、照れか怒りか解らないような表情で、顔を紅く染めた。
 いささか不自然だったけどそれでも、化粧を塗ったような表情でないことだけは確かだった。
 安心して余裕が出来た心の中で、ふと気付いたことがあった。

 そういえば、東風谷の泣き顔なんて今まで見たことが無かったな。

 小学一年生の頃からずっと、東風谷が泣くのを見たことは無かった。
 いや、それどころか、悲しみを表すような感情すら、殆ど見たことが無かった。
 家が家だから、幼い頃から大人であることを強要されていたのかもしれない。
 勿論それは、誰かがはっきりと言葉として東風谷の心に刻み付けたのではない。
 きっとその無言の重圧を本人が感じ取って、ずっと実践していたのだろう。
 演じることの辛ささえ、東風谷は押さえ込んでいたのだろうか? 
 それとも、そんなことすら感じなかったんだろうか?
 僕には、解らない。
 解るわけが、無い。
 そもそも全ては仮定なのだ。
 僕の、根拠も何も無い、ただの妄想と思い込み。
 初めて見た表情が、初めて見た泣き顔が……『初めて見た』のが悔しかったから。
 きっと、心の片隅にある東風谷のことなら自分が一番知っているという傲慢が、そんな突飛な考えを持ち出したのだ。
 馬鹿馬鹿しい。煙草の火を足で消すように、傲慢な考えを踏み潰した。
 
 踏み潰したら、結局自分は何も知らなかったという悲しみだけが残った。

「……自分でこんなこと言うのもなんだけどさ、気持ち悪いとか思わないの? 十年間も、ずっとそんなこと想われてたなんて」
 
 流れた数秒間の沈黙を埋めるように、悲しみから逃げるように、僕は言った。
 口から出たのは、ずっと抱えていた不安だった。
 縮まっても居ない距離が離れるのを怖がっている間に、いつしか別種のものに変わっていた不安だった。
 キャンプファイヤーを揺らした風が僕の心を撫でると同時に、少し笑って東風谷は言った。
 
「ううん、寧ろ嬉しかった。一生の半分以上、ずっと誰かのことを好きでいるなんて、なんだかとってもロマンチックだしね」
「そっか……」

 安堵と、喜びと、どっちの感情の方が強かったのかは解らない。
 ただ、嘘をついてはいなかったので、体から魂が抜け出しそうになる程の脱力感を覚えていた。
 視野狭窄だった視界はたった一言で一気に開けた。
 そういえば周りに人が居たんだということを思って、急に赤面した。
 しかし、みんなもう立ち上がって帰路へ着こうとしており、僕の告白が聞かれた様子は無かった。
 空はもう、蒼の時間から、眠りの時間に移ろうとしている。
 地面に手を着いて、足をだらりと伸ばしている僕に向かって、東風谷が言った。

「……私もそろそろ、行こうかな」

 その言葉が、どんな出来事よりも強く、今日の終わりを告げていた。
 僕は呟く。

「そっか……」

 続ける。

「もう、遅いもんな」
 
 僕は立ち上がって、尻についた砂を手で払った。
 東風谷が真っ直ぐ僕の目を見た。
 様々な感情が入り混じっていて、何を考えているのかが全く読めなかった。
 口から出てきた東風谷の声は、まるで初めて使う言葉のように、どこか違和感で覆われていた。
 
「それじゃあ……ばいばい、西野山」
「ああ、また明日な」

 僕が言うのと同時に、東風谷の顔が一瞬歪んだ。
 まるで何処か繊細な部分を剃刀で切った時のような、痛みを伴った表情だった。
 一日中走り回っていたから、体のどこかを痛めたのだろうという結論に帰着した。
 東風谷が僕に背を向けて歩き出した。
 そのずっと向こうには、時を止めて永遠になった時計台があった。
 一歩、二歩、三歩と東風谷が歩むたびに、何故か時計の秒針が動き出した気がした。
 そして不意に……東風谷が立ち止まる。
 体が、震えているように見えた。
 いつも静かに、しかし確かな存在感を漂わせていた彼女の背中は、驚くほど儚げに見えた。
 今にも、消えてしまいそうな程に。
 僕は、思いっきり叫ぼうとした。
 頭の中に巣食い始めている、最悪の予想を跳ね除けるかのように。
 
「東風……っ!」

 しかし、東風谷が手を振り下ろした途端、声は途切れた。喋れなかった。
 東風谷が背中を向けたまま、ゆっくりと語りだした。

「ごめん……西野山」

 東風谷の姿が、風に吹かれてそっと揺らいだ。

「想いがやっぱり、強すぎる。……ううん、それ自体は本当に嬉しかった。幻想になる前に、初めて普通の女の子になれた気がした」

 そこに居るのに、彼女はとても遠かった。

「それでもやっぱり、私は幻想でありたい。そこなら何も、偽る必要が無いから」

 闇が深まり、彼女がいきなり溶けてしまいそうだった。

「私は、今日この世界から去る」

 幽体離脱した意識が突如、自分の体の中に戻ってくるのを感じた。
 急な言葉に戻ってきた意識は、寝ぼけたように混乱しており、何を言うべきか選べなかった。

「だから、私のことは忘れて欲しいの。私の影が残っていると、きっとこれからの人生の邪魔になるから」

 肺に溜め込んで選んでいた言葉が、全て喉元にせり上がる。
 声という声が喉に詰まって、窒息してしまいそうだった。
 声が出ないもどかしさを、息が詰まるという表現を、今日始めて理解した。
 思いを伝える充実感と、思いが伝わらない苦しさを、一日で体験した。
 行き場を無くしてしまった声が、水となって目から零れた。
 一番言いたい言葉だけ喉元に残った。
 他の言葉は、発狂しそうになる程の悔しさや無力感や切なさと混ざり、涙となって零れ落ちた。
 
 ――想っているだけでも、充分満足なんだ――
 
 その一言を言えないのがこれ程、苦しいとは思わなかった。
 東風谷が、最後の言葉を放った。

「ばいばい、西野山。出来ればもっと前から、友達として居たかった」

 東風谷は再び、歩き出す。
 出来ることなら、今この場で思いっきり叫んで駆け出したかった。
 でも、無理だった。
 僕の体は夏の熱気に身を置きながら、極寒の地に居るかのように底冷えしており、蛇に睨まれた蛙のように、足がすくんで動けなかった。
 東風谷の姿が見えなくなってからもずっと、脳は冷凍されていた。
 それから永遠と思える数分が過ぎ去り、立ちくらみのように倒れこんだ僕は、這うようにして東風谷の向かった方へ駆け出した。
 目の方に脳を働かせる余裕が無く、風景が断片的に、脳に切り取られていった。
 駐車場へ続く階段を駆け下り、坂を下り、裏門から出て、ずっと走った所で、僕は見知った顔を見つけた。
 田中だった。

「お、おいお前大丈夫かよ。顔真っ青だぞ。何があったんだよ」

 無視する。
 息も切れ切れに、僕は尋ねた。

「た、たなか……こち、こっちに、東風谷を、見なかったか?」
 
 すると田中は、何言ってんだコイツといった怪訝な表情で、言った。

「こちや……って、誰だよ?」
「えっ……?」

 その一言は。
 酷く現実味の無い言葉だった。
 
 でも、
 
 一瞬眉間に寄った眉が、
 馬鹿みたいに開かれた口が、
 呆れるように出てきた表情と声が、
 質問よりも僕を心配する目が、
 そんななんでもないといった感じの田中の仕草一つ一つが、物言わぬ答えだと僕に教えていた。
 
 蝉時雨の声と共に、東風谷早苗は、僕の前から姿を消した。
 それからもう、二度と会うことは無かった。

――――
 
 長いあの日の回想終えて、ふと我に帰ると、ざわめきは消え、先生の太い声が教室を震わせていた。
 いつの間にか、授業が始まっていた。
 休み時間からずっと、ある一点を穴が開くほどに見つめていたので気付かなかった。
 教室の真ん中には、主の居ない机がぽつんと立っている。
 まるで教室の中に出来た大きな穴のようなそれは、自分の心を映しているようだった。
 東風谷が居なくなってからというもの、僕は機械のように日々を過ごしている。
 誰かに喋って、楽になりたかった。
 体育祭の夜の、一夏に咲いた蓮華のような、遠く去ってしまった恋を誰かに語りたかった。
 でも、それは星に手を届かせようとするくらい、無理なことだった。
 この学校に……いや、この世界に、東風谷が居なくなったことを知る者は居ないからだ。
 もっとも、新垣と日下部はあの体育祭以降、一週間ほど学校に来なかったので何か知っているのかもしれない。
 しかし、聞けなかった。
 聞いたらきっと日下部たちを深く傷つけてしまうので、何も聞かなかった。
 いや、それも言い訳だ。
 本当は、怖いんだ。
 日下部たちの口から、「東風谷って誰?」という言葉を聞くのが怖いんだ。
 だから、東風谷が居なくなったのを知るのは僕だけだと、そう思い込むことにした。
 ……いや、あいつも、知っているかもしれない。
 時計台だ。
 十年前、東風谷と僕が出会った年に動かなくなった時計台。
 十時ちょうどで時間を止めていたそれは、別れたあの日の午後十時、何事も無かったかのように時を刻み始めた。
 
「じゃあこの問題を……西野山」

 ふと、思う。
 時計の動かない間は、全て夢だったんだ、と。
 
 東風谷の近くに居た十年間。
 あれは実は夢で、意識は夢の中にいるまま、今僕が居る現実の世界を夢遊病患者のように過ごしてきたのではないだろうか、と。
 だから時計は十時きっかりに止まって十時きっかりに動き出したんだ。
 だから、東風谷のことを覚えているのは僕だけで――
 
 ――馬鹿馬鹿しい。
 心の中で、かぶりを振った。 
 自分の妄想が非常に滑稽なそれであると自覚した瞬間、僕の意識は一気に現実へ引き戻された。
 でも、そんな馬鹿げた考えも、つまらなくは無かった。
 東風谷のことを考えている時は、何が無くとも幸せだったから。
 十年前から、ずっと。
 これだけは、変わらない。

「おい西野山、聞こえてるのか」

 突然の先生の声が、体全てに染み渡るように響いた。
 体と頭を一気に起こす。
 話を全く聞いていなかった僕は、今何をしているのかを聞こうとした。
 でも。
 ――声が、出なかった。

「……西野山……?」

 先生が怪訝な表情をした。
 怒りがどんどん、困惑の表情に変わっていった。
 周りのみんなも同様に、多量の困惑と少量の好奇を目に浮かべていて、先生がみんなの気持ちを代弁するかのように言った。

「お前……泣いているのか?」
「……へっ?」
 
 間抜けな声を出すと同時に、僕は自分の頬を拭った。
 乾燥していた手の甲が、少しだけ濡れていた。

「あ、あれっ?」

 僕はおどけて見せながら、何度もその目を必死に擦った。
 それでも涙は止まらない。
 ひび割れた水道のように、際限なく流れていく。
 流れるたびに、大切な何かを失っている予感がした。
 まるで、教室の中に空いた穴のような、僕の心にぽっかりと空いた穴のような、喪失感。

 最悪の想像が、走り出した。

 頭の中の記憶をおもちゃ箱のようにひっくり返して、体育祭での東風谷のことを思い出そうとした。
 でも。
 
 右目から、涙が流れた。
 東風谷の浮かべた、恋する乙女の表情が、弾けるように消えていく。
 左目から、涙が流れた。
 東風谷の浮かべた、童女のような微笑みが、溶けるようにして消えていく。

 自然忘却の華麗さと、記憶喪失の残酷さ。
 それら二つを併せ持ち、僕の記憶からは東風谷の記憶が消えていった。
 
 まるで、
 夢のように、
 幻のように、
 泡のように、
 影のように、
 あっという間に消えていく。
 それを自覚した瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出しそうになるのを感じた。
 ――もう、限界だった。

「う、ああああああああぁぁ!!!!」
 
 僕は、学校中に響くような大声を出して、泣いた。
 
 流れていく。
 東風谷との思い出も、
 東風谷への思いも、
 この、東風谷のみを想った十年間も。
 その何もかもが、余す事無く涙となって流れていった。
 
 両目を覆う手の平の中に、大粒の涙がいくつも流れた。
 涙は指の間から少しづつ零れていって、やがてタイル張りの床に落ちて溶けるようにして消えていく。

 自分の泣き声以外は、何も聞こえなかった。
 
 
 蝉時雨はもう、聞こえなかった。
私と出会った全ての人が、私を信じてくれた全ての人が、私のことを好きになってくれた人が、私を忘れて生きていけますように
イセンケユジ
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コメント



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6.80名前が無い程度の能力削除
せつねぇ・゚・(ノД`)・゚・
これぐらいしか感想だせません。
15.80翔菜削除
先に見ちゃったブログで主人公が気持ち悪いかもみたいに仰られてましたが見た感じこのくらいはいたって普通の思春期男児であり(ry
若いっていいなぁ。10代っていいなぁ。

アウトとセーフの境界線を常に低空飛行で駆け抜けているような危うさもありましたが、作りの丁寧さもあってか、個人的にはいい方ばかりに傾いてくれた感じでした。危うい境界線ってのは上手く抜ければ、実に面白さに繋がる。
この手のお話は大好きです。
しかしわざわざ体育祭を最後の日にしちゃってるあたり、この日に重なったのではなく本当はもっと早く行かなきゃいけなかったのを早苗さんがこの日までとお願いしたんじゃないかと言うそんな妄想が広がる。
18.100名前が無い程度の能力削除
すごくよかったです。
まさに青春って感じの話でした。
初恋は実らないとよく言われますが、だから美しいのかもしれませんね。

後高校生のノリの早苗さんってステキ!!
19.100名前が無い程度の能力削除
ヤバイ切ない

大切なものはずっと忘れずにいたい
24.90名前が無い程度の能力削除
付け加えるとすれば、オリキャラ有りと書くべきでしたね。
26.100名前が無い程度の能力削除
うおおぉぉぉん切ないよー
こいつは危ない
30.90名前が無い程度の能力削除
とっても切ないお話ですね…。

よい早苗さんでした。乙です。
36.80名前が無い程度の能力削除
なんという青春…
かと思いきや最後はすごく切なかったです。
ありがとうございました。
37.100名前が無い程度の能力削除
切ない
38.100名前が無い程度の能力削除
これは不意打ち……
素晴らしきかな、ジュブナイル。
40.90名前が無い程度の能力削除
オレも東風谷に恋してしまった…!
オレにも乳酸菌くださいw
41.100名前が無い程度の能力削除
なんと言う青春小説。今まで見た早苗さんのSSの中で一番素敵に女の子らしく、一番素敵に、ええと…くっ!語彙が足りない!
とにかく最高の早苗さんでした。
特に競技の描写は考えられないくらい素晴らしかったです。

>失われた乳酸菌を、その不思議な力が全て埋めた
?たしか筋肉でATPが使われて乳酸が増えると疲れるのでは?
>胸の差一つで
思わず目を留めてしまった自分がいた。吊ってきます。
46.90名前が無い程度の能力削除
素晴らしいの一言です。
早苗の信仰が主人公の力になり、主人公の信仰が早苗の力になった。
きっと早苗にとって最高の一日だったんでしょうね。

↑補足ですが、ATPが分解されて乳酸が溜まると筋肉の疲労となります。これは人体の生産する酵素等によるものなので乳酸菌は関係ありません。
「溜まっていた乳酸が全て消え去った」が正しいでしょうか。
48.無評価INOSSOSU削除
切ない。けどこれが幻想入りというものなんでしょうね…
主人公の男の子は幸せになると信じてます。
いや、幸せになるはずですよね。
早苗さんと出会えたのですから…。
49.100名前が無い程度の能力削除
自身の学生生活の思い出とダブる場面があり非常に懐かしくまた切ない気持ちでいっぱいです。
時間の残酷さと懐かしい日々に涙と拍手と満点を。
51.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいです。色々と青春のトラウマスイッチを押されまくって悶絶した。
しかし、野暮を承知であえて言わせてもらうと「さぁ早くハッピーエンドルートを書く作業に戻るんだ!」
54.80名前が無い程度の能力削除
自分と重ねるとあまりに自分が惨めで
悲しくなった
56.無評価イセンケユジ削除
誤字を修正しました。ご報告、ありがとうございます。
59.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。これは書籍で出してもらいたいと思うほどに素晴らしい
ただ一つ訊きたい
俺の青春時代は何だったんだと
61.100名前が無い程度の能力削除
> 私のことを好きになってくれた人
「全ての人」ではなく「人」というところが切ないなぁ。
心に残るいい作品だった。
62.100朝夜削除
ちょっと前に読ませていただき、もう少ししたらコメントをしようかと思っていたのですが、ちょっと事情が変わりましたので今行わせていただこうかと。

最後まで読みましたが、素晴らしかったです。
面白い(この場合面白いと申して良いのかはわかりませんが……)作品でしたし、休むことを忘れさせられました。
切なく終わっただけでも心に響いたのですが、あとがきもまた悲しく、二重で心を動かされました。

……もう一度、読ませていただきます。
良作をありがとうございました。
63.90名前が無い程度の能力削除
gj
67.100名前が無い程度の能力削除
俺、こういうの、ホントダメなの。泣いちゃう
「ああ、僕はどうして大人になるんだろう
ああ、僕はいつ頃大人になるんだろう」
脳内で少年期が流れて、涙も流れた
70.100乳脂固形分削除
何か大切なことを思い出した気分になれました。感謝。
72.100名前が無い程度の能力削除
gjだけど悲しすぎる
73.100☆月柳☆削除
まさに幻想
79.90名前が無い程度の能力削除
うおおおおおお
あまずっぱー
凄く良い青春小説でした。GJ。
81.90幽霊が見える程度の能力削除
かなり切ない話ですね、
オリキャラのことを冒頭に行ったほうがいいかもしれません。
86.100名前が無い程度の能力削除
すごく・・・よかったです・・・。・゚・(ノД`)・゚・。
87.100名前が無い程度の能力削除
全俺が泣いた
88.100名前が無い程度の能力削除
魅力的なキャラクター達だ…
オリキャラの男×東方キャラでここまで素晴らしいものが書けるとは
89.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷に来る前の早苗さんか…いいものを読ませてもらいました。
101.90名前が無い程度の能力削除
優しくて、でもとても悲しい願いに泣いた。
彼の流した涙が人生を幸福にしていく道しるべであることを願います。
105.無評価イセンケユジ削除
>コメント番号101番さん
大変遅れましたが修正しました。
ありがとうございます。
115.100名前が無い程度の能力削除
せつねえええええええええええ
「奇跡」は起こりますよね!?
116.100名前が無い程度の能力削除
切ない…
118.100名前が無い程度の能力削除
胸が張り裂けそうそうです。
素晴らしいものを読ませていただきありがとうございます。
121.100名前が無い程度の能力削除
まさかオリ男×東方キャラでこんな良作に出会えるとは思いもしなかった。
124.100名前が無い程度の能力削除
こんな良作を見逃していたというのか
田中の最後の台詞で思わず俺も声に出してしまった。
何これ、本当に切ない、せつなすぎる……
128.無評価名前が無い程度の能力削除
ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!!
130.100名前が無い程度の能力削除
うえーん
131.100名前が無い程度の能力削除
良かったよ。
134.100名前が無い程度の能力削除
最高だ…
137.100名前が無い程度の能力削除
『凍てついた永劫と、一瞬の燃焼と、人はどちらを貴重なものと見なすのか』
っていう名言を思い出しました。青春っていいですね。
139.100INOSSOSU削除
4年ぶりに書き込みます。
また読んでしまいました…。
本当、傑作です。
早苗さんと主人公の男の子の幸せを願っています。
142.100名前が無い程度の能力削除
ただ素晴らしいとしか
151.100名前が無い程度の能力削除
この男は幻想郷に入ることができるほどの情愛を持っている、そう感じるほどオリキャラの男を書ききっているように思います 。
幻想郷に早苗が去って行くことはあらかじめ分かっている悲しい話ですが、わずかな救いは告白をすることができたことと、その日の非日常の思い出の記憶、早苗と出会ってから別れるまでの記憶くらいなものです。それすら消し去ることは凄惨にして残酷。最後の結末は真に悲しい。
152.100名前が無い程度の能力削除
切ない、あまりにも切なくて、けれどどこか甘酸っぱい青春でした。
153.100絶望を司る程度の能力削除
とりあえずこいつをスキマにぶっこんで幻想入りさせたくなった。
せつねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!
154.100名前が無い程度の能力削除
久々に東方熱が降りかかってきて、ふと、このSSのことを思い出しました。
二度目の読了となりますが、何とも美しい情景描写。
西野山くんの何処かヒネた(?)ような心情描写も、また素敵。
そして、諏訪子様のありがたい助言は、「さすが神様」と思わせてくれました。
また、シリアスになった田中のかっこよさにもグッときました。ギャップっていいもんですね。

初恋……私事になりますが、自分も小6の卒業式の後日、相手を呼び出して「好きだ」と伝えたことがありました。その時の相手の反応は、「うん」。肯定でもなく、否定でもなく。その子はその後、遠くへ引っ越してしまいました。
そんな顛末でしたが、不思議と晴れ晴れとしていたことを、つい昨日のことかのように思い出すことが出来ました。

ありがとうございました。このSSには、それくらいのパワーがあります。
160.100INOSSOSU削除
またしても4年ぶりに書き込みます。本当に素晴らしい作品だと思っています。主人公の男の子と早苗さんの幸せを…願っています!お互い幸せな人と巡り会えると、そう信じてます!早苗さんが私の一番好きなキャラクターとなりました…早苗さん大好き!一生愛してるよ…!