Coolier - 新生・東方創想話

妖夢と月と幽々子と庭と-白玉楼にて-

2008/06/10 22:21:58
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 障子越しに月明かりが差し込んでくる。今夜は望月みたいだ。布団の中でもぞもぞと体の位置を直しながら妖夢は思った。
 6畳程の広さの寝室には今は妖夢一人が床についている。鈍い金属を思わせる銀髪に、強固な意志を持つ瞳。まるで童のようなこの少女が、町の道場を片端から潰せるほどの剣の腕を持っていることは幻想郷ではよく知られている。ただ今夜はその鋭い眼差しをぼんやりと外に投げかけていた。白の長襦袢は豆腐に添えられた葱のように彼女によく似合っていた。彼女が半人半霊であることも理由の一つかもしれない。この格好で夜道をうろついていたら十中八九幽霊に間違われるだろう。妖夢はそっと苦笑した。そんなことを思いついてしまった自分が可笑しかったのだ。幽霊は寝るときに着替えないし、床についてから悶々と過ごすこともない。   妖怪桜「西行妖」を有する広大な屋敷「白玉楼」。最近では桜の名所という噂が顕界にまで届いてしまって、桜の時期になると様々な人や妖怪が訪ねてくるようになった。しかし時期外れの今は白玉楼も静けさを保っている。

「眠れない…」

 妖夢は静かに呟いた。何度も寝返りを打つ。寝室は妖夢一人で寝るには多少広い部屋だが、白玉楼にはもっと広い部屋がたくさん余っている。妖夢は体を起こし、大きく一つ深呼吸。ふと思いついて立ち上がる。外に出てみようかな。夜風にあたれば気分も変わるかもしれない。
 妖夢は出来るだけゆっくりと障子に近づいた。妖夢が歩くたびに衣擦れの音が白玉楼に大きく響く。冥界には虫の声もない。幽々子様を起こさなければいいけど。もっとも妖夢が仕えてきた時間の中で幽々子が夜中に目を覚ますことなどほとんど無かったが。障子をゆっくりと引く。いつもの白玉楼の庭が見えた。毎日欠かさず手入れをしているお陰で白玉楼の庭は一年中変わることが無い。それは当然のことだ。魂魄の名にかけていい加減な仕事は出来無い。今夜も月明かりを浴びて粛々と庭は在り続けていた。
 妖夢は廊下の角の縁側に腰を下ろした。ふわりと夜風が髪を撫でる。白い庭を月明かりがうっすらと浮かび上がらせている。やっぱり満月だった。そのままぼんやりと満月を見上げていると、幽々子様から教わった詩がふと口をついた。

「もろともに影をならぶる人もあれや 月の洩りくる楼の縁に」

 意味はどういう意味だったかな。妖夢は目を閉じてしばらく物思いにふけった。風が吹く。さらさらと桜の木が揺れている。白玉楼の桜は春には桃色の花を咲かせ、秋には黄の葉を繁らせる。中秋である今夜、スタートの合図を待てない短気な木々が、ゆるやかな風に早々と葉を落としていた。その風を感じながら妖夢はしばらく自然の雑踏の中に身を投じた。

「誰来なん」
「ひゃああああ!」

 突然の声に驚いて妖夢が振り返ると、いつの間にか幽々子が廊下に立っていた。桜色の髪に雪色の肌。おっとりとした目元には常に微笑が浮かんでいる。いつも被っている帽子は就寝時なので外しているようだ。衣服もいつもの薄藍に白抜きの桜があしらわれた物ではなく、妖夢と同じ襦袢姿である。幽々子は優雅に妖夢の側まで歩いてくる。幽々子様がこんな遅くに起きてくるなんて。妖夢はまだ全力疾走中の心臓を押さえながら思った。声を掛けて下さる前に心の準備をさせてください。草原で様子を伺い、隙を見て時速100kmで草食動物を狙うチーターじゃないんですから。

「月の光にさそはれてと 思ふに妖夢の来たりけるかな 」

 幽々子は、宙に浮船のようにさらりと詩の続きを浮かべると、軽く首をかしげて顔に満開の桜を咲かせた。

「びっくりした?」

 幽々子はそっと妖夢の隣に座った。庇の下から抜け出した桜と雪を月光が照らす。生を感じさせない美しさがそこにはあった。妖夢はようやく整った呼吸に区切りをつけるように大きく息を吐いた。

「こんなにビックリしたのは幽々子様が死んだふりなさった時以来です。死ぬかと思いました」
「そうしたら転生するまでの間、庭のお手入れをお願いしようかしら~」
「あの、私現在進行形で頑張ってます…」

 肩を落とす妖夢。本気なのか冗談なのか、妖夢には分からなかった。これから分かる予定も無いのが残念だ。
 それはそれとして気になることがある。妖夢は気を取り直すと幽々子に尋ねた。

「それよりどうしたんですか?こんな夜更けに」
「妖夢こそどうしたの?」
「私は別に…」
「ほんとーに?」
「本当です」

 幽々子は面白いネタを手に入れたブン屋のような顔で妖夢を見ると、耳元でそっと囁いた。

「縁側で一緒に月見てくれる人がいればいいのになーって言ってたのに?」
「う」

 あああ、聞かれてたぁぁぁ。妖夢は顔を屋台の提灯の様に赤く染めて俯いた。膝のあたりをぎゅっと握り締める。よりによって幽々子様に教えてもらった詩を聞かれるなんて。しかもなんて内容なんだろう。恥ずかしい。

「私が教えてあげた歌を覚えてたのは嬉しいけど、嘘を吐くのは良くないわね~」
「ううう」

 妖夢は両足を縁側の上に引き上げ膝を抱えると、顔を隠すように膝の間にうずめた。別に嘘をついてる訳じゃなくて、本当になんとなく外に出ただけなのに。さっきの詩だってつい出てきただけで意味までは覚えてなかった。でもきっとどんなに弁解しても、ちゃんと聞いてもらえないんだろうな。いや、聞いてもらえるけど聞いてもらえないんだ。チラッと見た幽々子様の顔はまだ楽しそうだった。このままだとしばらく虐められかねない。妖夢は顔を上げると(足は下ろさずに)幽々子を見て言った。

「幽々子様こそ、どうしてこちらに?」

 幽々子は一瞬鴉が水鉄砲を食らったような顔をした。顎に指をあてうーんと唸り、何か考えるようなそぶりを一瞬だけ見せて、良いことを思いついたようにその指をピッと立てる。

「妖夢に会いに来たのかも」
「…そうですか」

 幽々子の言葉に妖夢はあっさりと返し、そっぽを向く。幽々子と逆を向きながらまた頭を膝の間に(まだ下ろしていない)戻した。幽々子は拍子抜けしたように立てていた指をくにゃりと曲げた。

「あら、案外淡白なのね。白身魚?」
「こういう時は聞いても本当のことは教えてくださらないじゃないですか」

 妖夢はそっぽを向いたまま口早に言った。幽々子は少しの間黙って妖夢を観察していたが、妖夢の頭に手をやると二三度撫でてから言った。

「拗ねたの?」

 真剣での試合中にも匹敵するほど素早い反応で妖夢は幽々子に向き直った。唇を尖らせて、顔には明らかに不快の色を浮かべている。

「拗ねてませんよ」
「も~私は妖夢の事が好きだからやってるのよ~?」
「拗ねてませんってば」
「だから怒らないで。妖夢」
「ううう」

 妖夢は唸ってまた足の間に顔をうずめた。妖夢の頬をぷにぷにと幽々子が突っついている。からかわれてるのは分かってるのに器用に対応できない自分が悔しい。

「でも妖夢に会いに来たっていうのは本当なのよ」

 意外な言葉を聞いて妖夢は足を下ろして、顔をあげようとした(まだ頬をぷにぷにされている)。外に出たのが本当に私に会いに来るためだったら、幽々子様の意図をしっかり分かっておかないと。従者としての本能が妖夢に活を入れる。癖で腰の白楼剣の柄に手を当てようとして、寝間着だったのを思い出した。ほんの数秒前とは打って変わって、妖夢は神妙な面持ちになった。

「何か御用ですか?」
「そうね」

 幽々子はすっと立ち上がった。そのまま妖夢の後ろに膝を折って座ると、そのまま優しく妖夢を抱きしめた。

「一緒にお月見しようと思って」

 突然後ろから抱かれて妖夢は今置かれている状況が理解できなかった。目線だけで幽々子様の顔のある左側を見る。幽々子はいつもと変わらない微笑を浮かべていた。

「幽々子様?」
「妖夢は体温低いわね~。低血圧?」
「いや半分幽霊ですから」

 幽々子の行動をどう捉えたら良いのか妖夢は迷っていた。困惑した妖夢には構わず幽々子は続ける。

「この前は妖夢を慰めてあげたから、今度は慰めてもらおうと思って~」

 亡霊が半霊を抱き、死にゆく木々が二人を葉吹雪で飾り立てる。それを照らすは死の光。生あるものを育む光を命無きその身に受けて、生者の住む顕界も死者の住む冥界も区別無く、闇を薄める白い光。周りを死に囲まれながら、命あるものが鳴らす音はただ一つ。妖夢の心臓だけがゆっくりと鼓動していた。そして幽々子は全身で妖夢の心音を感じ取っていた。

「月を見て心乱れしいにしえの秋にもさらにめぐりあいけり」

 その詩はどんな意味だったんだろう。妖夢には分からなかった。幽々子はそれきり黙って妖夢を抱いていた。ふわりと風が銀と桃の髪を撫でる。うっすらと月明かりが白い庭と白い二人を浮かび上がらせていた。

「もう寝ましょう。ちょっと寒くなってきたわ。それに月の光を浴びすぎると体にも悪いわよ」
「あ、はい」

 幽々子はようやく妖夢から離れた。妖夢は着衣を直しながら思った。結局幽々子様は何をしたかったんだろうか。よく分からない。多分私もなんとなく外に出ただけだから、幽々子様もなんとなくなんじゃないかな。妖夢は勝手に納得した。まさか本当に私に慰めて欲しかったって事は…無いと思う。多分。でも今日の幽々子様はちょっと変だ。いつもよりちょっとだけ。妖夢にはよく分からなかったが、考えても詮の無い事なので考えるのを止めた。ぺこりと一礼する。

「それでは、おやすみなさいませ」
「おやすみ~」

 そのまま妖夢は幽々子が寝室に帰るのを待っていた。しかし幽々子はいつまで経ってもその場を動こうとしない。もしかしてまだ寝ないつもりなのかな?

「あの…寝所に行かれないんですか?」
「今夜は妖夢と一緒に寝るわ~」
「ふぇ?」

 いつもなら動く者のいない白玉楼の廊下に、向かい合った二つの影伸びている。満月は南中し、夜中を知らせている。
 しかし今夜の白玉楼では、眠るにはまだ早いようだ。
皆さんこんばんは。
一年間で三コマしか授業が無いノモンハンです
前回の作品は少し助長な表現が多かった気がするので
今回は多少あっさりと作ってみました。淡白すぎるぐらいに
おしゃべり幽々子に「エロ」とかキーワード入れてる場合じゃないですね。すみません
短歌は一部改変してますが原文があります。西行寺家にゆかりのある歌です
次回は白玉楼とは関係ない…はず
ノモンハン
[email protected]
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コメント



0.780簡易評価
6.70煉獄削除
そんな・・・・妖夢と幽々子様が一緒に寝たら・・・・それはもう妖夢が色々な目に!?(ぁ
妖夢、変わってくr(永劫斬
この二人の雰囲気は良いですね。
面白かったです。
9.70名前が無い程度の能力削除
ゆったりした雰囲気をもう少し文章に出して欲しかったかも
17.80からなくらな削除
なんか、良かったです
18.100名前が無い程度の能力削除
ゆゆ妖夢分補給完了。個人的には二人とも可愛いから100点。
一カ所だけ気になったところは
>樹上からいきなり飛びかかるチーターじゃないんですから
木に登るのはヒョウです。チーターは普通木に登りません。
19.無評価ノモンハン削除
皆さん読んでくださってありがとうございます
>木に登るのはヒョウです。チーターは普通木に登りません
指摘されて気がつきました。ありがとうございます
しかもヒョウも樹上から狩りはしないようです。不勉強でした
23.100非現実世界に棲む者削除
ゆゆみょん最高ー!