Coolier - 新生・東方創想話

喜劇と悲劇 ~前~

2008/06/10 05:08:20
最終更新
サイズ
46.99KB
ページ数
1
閲覧数
828
評価数
1/18
POINT
740
Rate
8.05
―――あんな事を、言う気はなかった


私は他人に興味を持てないと思っていた。
一人で生き、一人で夢を追い、一人で生涯を終える。
そんな生き方を、人形の製作に取り掛かった頃から私は常に夢想し、あたりまえのように感じていた。


―――傷つける気なんてなかった

私はその事に、悲しくも、寂しくも思った事はない。
生涯が短い人間ならば、友人でも知り合いでも作って一人の寂しさを紛らわせる人生を歩んだかもしれない。
けれど、私は妖怪。
人間を辞めた私が、そんなしがらみや感情に囚われる事はない。
少なくとも当時、“あいつ〟に会うまではそう思っていた。


―――好きだから


あいつは、まるで星のようだった。
人間の身でありながら“こちら〟側の世界に踏み込んで来て、知識を蓄積し、珍しい事に常に目を輝かせ、色褪せる事のない笑顔を振りまいていた。
霧雨魔理沙。それが私を狂わせ、悩ませる存在の名前。
一人で人形に囲まれる私にちょっかいを出し、私を一人で居させなくなった存在。



―――悲しむ顔なんて見たくない



私は当初、魔理沙の事なんて好きじゃなかった。
むしろ嫌いな方だ。こっちの都合なんて考えずに人の家に上がりこみ、あげく人の物を借りると称して盗んで行く様な奴を好きになんてなれるわけがない。
魔理沙は私の暴言とも取れる言葉を聞いても、いつもニコリと笑って気にせず次の日には顔を出すような奴だった。
なんなんだこいつはと頭を抱え、来るたびに帰れと言っていた気がする。



―――貴方の悲しむ顔なんて見たくない



見方が変わったのは、とある地下図書館に誘われ、半ば無理やり連れて行かれた時だ。
そこには私よりももっと先達の魔法使いが住んでいた。
パチュリー・ノーレッジと名乗る紫の魔法使いに出会い、目が合った時に、同類を見つけてしまったと思った。
パチュリーも私と同じ、魔理沙に振り回されている魔法使いなんだなと。
盗んでいかないでよ? と、念押しするパチュリーに、魔理沙は盗んでないぜ? 借りてくだけだと笑って言ったのを聞いて、それは確信に変わってしまった。
少し違ったのは、魔理沙は適当に本を見繕うと、真剣な表情で読み始め、興味がある事はメモを取っていた事だ。



―――私は、いつだってそう望んでいたのに


ああ、こいつに負ける理由がわかったと、感じた時でもある。
いつもニコニコしている魔理沙が、時折り見せる努力している一面は、皆に見られていないだけで、血の滲むような努力をしているんだなと。
パチュリーもそう思っているから、きっと本を盗られる事に、傍にいる事に本気で怒らないんだろう。
それからだ。私が、魔理沙の事を目で追うようになったのは。


―――どうしてこんな事になってしまったのか


そして、魔理沙の事が好きになったきっかけがあるとしたら、あの夜が明けない満月の時。
いつまで経っても夜が明ける気配がない夜空に私が痺れを切らせ、外に出て魔理沙と出会わした。
魔法の森の上空に佇み、満月を見上げるその姿は、何処か幻想的だったのを覚えている。
目が合い、声をかけられて何故か、心臓が高鳴った。
魔理沙はそんな私の事なんて知らず、声を掛けてきた。
異変が起きているが、これも何かの縁だから、一緒に行かないか? って。
私はその言葉に渋々頷いた。渋々だった事には嘘はない。本当なら、一人で行こうとしていたからだ。


―――もう、二度と魔理沙は来ないのだろうか?


道中、色んな奴に出会った。
黒いマントを靡かせる蛍の妖怪、幸せそうに歌う夜雀の妖怪、里を守る高圧的な半獣。
どいつも私と魔理沙が組めば敵ではなかった。
あいつが力なら、私は技でことごとくを粉砕し、退治して行き、事件の真相に徐々に向かっていった。
そして、雑多に生える大きな竹林で、紛れもない、“強者〟に出会う。


―――私が、あんな事を言わなければ


威圧、殺気、そして、立ち昇る霊気に対峙しながらも息を呑んだ。
幻想郷の守護者。博麗の化身。今代の巫女。
博麗霊夢。目を合わせるだけでも悪寒が走り、息をする事さえままならない。
初めてそこで会ったわけでもないのに、宴会や、春が来ない異変で見た彼女とは完全に別の存在になっていた。
震えが止まらない私は、チラリと魔理沙を一瞥する。
妖怪である私がこれだけ戦慄しているのに、彼女は気絶しかねないんじゃ? という心配をした為に。


―――私が、もっと自分の気持ちに素直になれたら


だが、魔理沙は笑っていた。
まるで、好敵手に会ったように。
魔理沙にその時聞いたわけでもない。何でそこまで魔術に興味を持ち、努力をし続けるのか。
霊夢と満月の下対峙したそれ以降の宴の時、聞いたのだ。
どうしてあの時笑って勝負出来たのか。

魔理沙はその時、同じように酔って、吸血鬼や隙間妖怪とお酒を飲んでいる霊夢を遠くから見つめて語ってくれた。
私は魔法使いだから、手を伸ばし続けないといけないんだって。

それは、例えばとどくはずのない星空だったり。
敵うはずのない背中だったり。
見たこともない明日だったり。

いつか掴み取る為に、私はそう在り続けないといけないんだって。
それが私の場合、あいつだったって話なだけだと。
たった一人で空を支えようとする生意気な、その生き方しかないと思っている“親友〟に、思い知らせないと気がすまないと。
それくらい、私にだってできるんだって。

お前一人で支えなくても、皆がいるんだって、わからせないといけないって。
だから、今なら何でああいう笑い方が出来たかわかる。
二人がかりで勝てるかわからない相手を前にしたというのに。
魔理沙は、“こちら〟の世界に踏み込んだ原因と、本気で勝負出来る事に感謝して笑っていた。

その時の結果は良い目で見て引き分け、悪い目で見て惨敗だったが。

あの時の魔理沙は頼もしく、形は違えど夢を追う存在なのだと、初めて他者に共感を持てた。




―――貴方を、好きと言えるのだろうか?



以来、私は変わらぬ関係を魔理沙と取り続けている。
家に来ては珍しい本を見て読んでは盗み、私が用意したお茶やクッキーを食べ、笑って話せる関係。
語り合う、友人を得たのだ。
一人で、生涯を終えると思ったこの私が。

そこで友人で留まればよかった。初めての他者というものを味わった私は、それ以上を望み、夢想し始める。



―――壊れてしまった関係を、元に戻せないだろうか?




好きだと、この感情に気づいた時は、胸がバクバクと鳴り響いて顔を紅くさせ、ベットの上でゴロゴロと転がる程だった。
女同士なのにこんな感情おかしいと思ったが、それでも意識してしまった。

例えば、魔理沙のあの柔らかそうな白金の髪を撫でたら、どれだけフワフワしているんだろうとか。
例えば、魔理沙のあの頬を指で突付いて見たら、どれだけスベスベしているんだろうとか。
例えば、魔理沙のあの唇に、口付けしたら、どれだけ気持ちがいいんだろうとか。

考える度に頬が熱くなっていくのを感じるのに、止められない。
けれど、口に出すのは怖かった。

魔理沙と友人の関係が壊れ、傍から離れたら、耐えられないと思ってしまったから。





―――ここで、こうやって泣く事しか出来ないのか?





悶々とした感情は私を苛々とさせた。
いつものように人形を作り初めるも、いつの間にか魔理沙の姿を真似た人形を作る程の憂鬱さ。
何をしているんだろう自分はと溜息を吐き、針を置いた時だ。

突拍子もなく、ドアを開いて入ってくる魔理沙に思考が止まった。
何でドアの鍵が開いているとか。
どうしてこのタイミングで魔理沙が来るんだとか、一瞬頭の中に空白が出来た程だ。

いつものように笑って歩み寄って来る魔理沙は、よ、今日も来たぜアリス! とか言って来る鈍感ぶり。
私は慌てて、隠すように魔理沙に似た人形を隠した。
それがいけなかった。魔理沙は首を傾げ、何隠したんだ? とか言う始末。

アンタには関係ないものよと言っても聞かない魔理沙は、私の手から人形を奪おうとした。
私は羞恥から取られまいと、必死に抵抗した。
魔理沙はそんな私を見て火が点いたのか。何がなんでも奪おうと手を伸ばす。
伸ばされた手は、人形の端を掴み、私と引っ張り合う形になって、作りかけだった人形は。

あっけなく、縦に引き裂かれた。




―――けれど、今更どうやって会えと言うのか







壊れてしまった人形。苛々が募っていた私は、感情を抑制する事等出来なかった。
いや、そもそもここで私が人形が壊れた事を許してしまえば、それは、最早私じゃない。
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドの夢の柱となっている人形を蔑ろにされ、許せるわけがない。

激情に任せ、怒りに怒り、しまいには頬に流れる水滴にも気づかず魔理沙を罵倒した。
そして、肩で息をしながら、激情に身を任せた報いが、目の前にあった。
魔理沙は呆然と、自分の手の中にある引き裂かれた人形と、私を交互に見ながら笑顔とは程遠い、後悔するような表情をしていた。

静かにごめんと言って踵を返し、扉の先に消えていくのを見るので限界だった。
身体は力が抜けたように、ぺタリと木造りの床に自分を座らせてしまう。
あんな事を言う気はなかったのに。

私はそうやって、魔理沙を傷つけてしまった。
後悔しても遅すぎる。

一人泣き崩れ、声を押し殺して泣きに泣いて。





既に、一月が経過していた。




















カーテンから漏れる光に目を開けるも、身体は重い。
蹲ったベットに身を預けていた身体は徐々に衰弱の一途を辿っている。
まるで病人のような自分の身体に溜息を吐きたくなるも、起き上がろうとする意志は全くなかった。

「……来ないわよね」

あれだけ罵倒して来る筈がない。
もしかしたら魔理沙が来て謝りに来るかもと思った自分の甘い考えは見事に打ち砕かれ続けている。
もう二度と来ない可能性だってある。
出て行け、二度と顔を見せないで。
そんな事を泣きながら言って、誰が来るものか。

「…………はぁ」

気を緩めれば、ふとした拍子に未だに眼から涙が溢れる始末。
嫌われたくないと身体が精一杯叫んでいるようだった。

「……嫌われたくないに決まってるじゃない」

それは、心も同じで。

「……ひく」

ギリッっと歯を食いしばり、枕に顔を埋め、涙が出るのを我慢する。
少なくとも、自分から出向く勇気は湧いてこない。

そのまま再び眼を閉じて、意識を無くすのに、そうはかからなかった。

















泣いている姿を見て歯痒く思うのは当たり前だ。

悲しい顔をしておられ、怒りたくなる自分の感情にも当然と言える。

私はあの人の笑顔が見れればそれでいい。

それ以上なんて望んでいない。

あの人をこれ以上狂わせないで。

二度と来ないで。

私は、きっとあの魔法使いを許す事は出来ないから。

















「……あー、駄目だ」

光が差し込んでくる窓を見ながらも、魔理沙は困ったように机の前に人形をそっと置く。
それは、アリスとの喧嘩になってしまった原因の人形だった。

「………アリスの奴、よく簡単にこんな人形作れるな」

いつもなら賞賛の念を送りたい所だが、今は忌々しい程に、自分の技術の無さに呆れるのが先だった。
針を刺し、糸を通しながら引き裂いてしまった部分を直そうとするも、どうしてもうまくいかない。
結局一月かかっても、自分一人の力では直せず、魔理沙は頭を抱えるはめになる。

「……しょうがないか」

座っていた椅子から立ち上がり、窓を開けて朝日を見ながら、魔理沙は頼みたくない相手に頼みに行く事にした。

「そうと決まったら、早速準備しないとな」

気持ちを切り替え、徹夜によってグラグラしている頭をシャキっとさせる為に洗面台へと向かう。
人形は直さないといけない。

アリスがどれだけ人形に想いを込めているか、それを魔理沙は知っている為に、直してからちゃんと謝りに行こうとしていた。









桜が散って既に二月程立つ。
梅雨の時期になり、空には曇り空が漂う時が多くなった。
そんな中、快晴である今日は幸運と言うべきか不運と言うべきか。

魔理沙は青空が広がる中、箒に跨って空を駆けていた。
朝の身支度を済ませ、既にお昼時。
前方に霧が立ち込めた湖を確認し、箒の速度は加速する。

魔理沙が向かっている所は、吸血鬼が住まう紅い屋敷。
霧に飛び込み、数分とせずに抜けた先にある、太陽によって更に紅く輝いた紅魔館を見て箒を下へと向けた。
本来なら既に臨戦態勢に入っていなければならない。眼下に見える門に仁王立ちしている人物を見て、数度、深呼吸した。

昼時なせいか、いつも寝ているはずの紅魔館の門番は起きていた。
降りてくる魔理沙を見つけ、何やら構えているが、先に手を上げるようにして何もしないとジェスチャーを降りながらしてみせる。

「よ。美鈴」

軽い挨拶をして見せ、そのまま歩み寄って行く。

「………強行しないの? 今日は」

だが、美鈴は歩み寄って来る魔理沙に疑惑の目を向けたままだった。
紅く編んだ髪は揺れ、美鈴はあくまでも構えを解かない。

「ちょっと今日は、図書館にじゃなくて、ここのメイド長に用があってな……」

頭を掻いて魔理沙は美鈴にそう言うと、案の定、美鈴は構えたまま首を傾げた。

「咲夜さんに? 魔理沙が?」
「うん。咲夜はいるのか?」

頷いて見せながら美鈴に聞いて、ようやく美鈴は構えを解いた。

「いるけど……一体魔理沙が咲夜さんに何の用事かしら?」
「野暮な話になるから聞かないでほしいんだぜ」

魔理沙は美鈴に聞かれても、事情を話はしなかった。
本来なら一人で解決する事を、わざわざここに持ってきた理由は、他に針仕事が出来そうな人がいなかったからである。
霊夢に頼んでもよかったかもしれないが、事情を言うのは嫌だった。

「ふーん……ちょっと待っててね。呼んで来るから」
「ああ。わかった」

美鈴は野暮な話というだけで、気を遣ったのかニコリと笑って、鉄格子の門を少し開けると、中に入ってそのまま走って行く。

「……」

魔理沙は美鈴を見送り、門の外で待つ。

「…………ん?」

数分後、行った時と同じように走って戻ってくる美鈴を確認して首を傾げる。

「あれ? 咲夜は?」
「今お嬢様が昼食を取られているから、話があるなら大広間まで来なさいって」
「何だって?」

息を弾ませ、美鈴から出た言葉に眉を寄せた。

「お嬢様って……レミリアだよな? 何だってこんな時間に起きてるんだあいつ?」

口に手を当てて考えるも、どうやらこの時点で来なさいではなく、“行かないといけなくなった〟のは明白であった。
今ここで帰るものならレミリアの誘いを断った事になる。となると次に会った時に何を言われるかわかったもんじゃなかった。

「わかった。大広間だな?」
「ええ。案内するからついてきて」

踵を返し、緑色のチャイナ服を靡かせて美鈴は前を歩いていく。
魔理沙は一人で行こうと思ったが、案内すると言った美鈴におとなしくついていった。
ゆっくりと歩いていき、門から屋敷までの道を歩いていく。

周囲を見渡して見れば、ピンク色や白い花々が咲き誇っている。

「綺麗だな」
「え?」
「いや、花がさ。箒でいつも飛び越してたから気づかなかった」

魔理沙の小さく呟いた言葉に反応して、美鈴は振り返って聞くも、苦笑して再び前を向いた。

「いつも強行突破している人に、そんな風に言われるなんて不思議ね」
「強行突破する気はないんだぜ? 退かないからそうするだけで」

魔理沙は美鈴に弁明するように言った。

「そりゃあ、私は紅魔館の門番なんだから。退かないわけにはいかないでしょ?」
「……だから強行突破になるんだって」

美鈴にとって、強行突破はされるが、立ち向かわないという選択は最初から頭にないようだった。

「こうやってちゃんと話が出来るのだから、入っていいか聞けばいいのに」
「今日は図書館に用事じゃないからな。借りるわけじゃないから強行突破する必要ないんだよ」

魔理沙は図書館から本を借りるたびにパチュリーが怒っているのを知っている。
それは怒って当然だと思うが、あそこには興味を惹き立てる本が数多く存在するせいか、どうしても何度も足を伸ばしてしまうのだ。
話をしながら歩いていくと、広大な庭を抜け、屋敷の入り口にいつの間にか着いていた。

木造りの大きなドアを美鈴が開き、薄暗い中へと魔理沙は招かれる。
屋敷の中は紅一色の世界で統一されている。
壁や天井。石造りの柱や階段も全て紅。

外だけではなく、中も紅い紅魔館の作りは、あまり目には優しくない。
禍々しい赤は人外の内部に入ったようで、入るものを竦ませるには充分だ。

「こっちよ」

尤も、魔理沙はここに何度も来ているせいか、慣れてしまっている。
美鈴と一緒に中央の階段を上っていき、二階の廊下を歩いていく。
屋敷に入ってからは二人とも無言であった。
程なくして、目的の場所である大きな扉の前に立つ。

「お嬢様、咲夜さん。私です。魔理沙を連れてきました」

コンコンと二度軽いノックをして、そう言った美鈴は、少し待った。
中からガチャリと開けられる扉。
少し開いた扉から覗いたのは、銀の髪にメイド服を着た女性。

「ありがとう美鈴。貴方は持ち場に戻っていいわ」
「はい! わかりました!」

咲夜にニコリとしながらそう言われ、美鈴は深くお辞儀をすると、そのまま元来た道を戻っていった。

「……よ」

軽く手を上げて挨拶をする。声をかけられたメイド服を着た女性―――紅魔館のメイド長である完全瀟洒な十六夜咲夜は、微笑んだまま扉を大きく開いた。

「いらっしゃい魔理沙。お嬢様もお待ちになっているわ」

扉を開かれ、中の大広間へと足を踏み入れる。
そこは、何度も来ている割には、未だに圧巻という言葉が尽きない広間であった。
弾幕勝負が出来そうな程広い空間。

豪華に天井にはシャンデリアが吊るされており、誰の絵とも知れない風景画が壁に飾られ、部屋の中央には、白いテーブルクロスが敷かれた長い机があった。
何処かのパーティー会場にも使えるその場所で、一人の紅い吸血鬼と、紫の魔法使いが使い魔である紅い髪の女性を背後に控えさせながら優雅にお茶を飲んでいた。

「いらっしゃい魔理沙」
「……こんにちは」
「よ。パチュリーもいたのか」

フランドールを除けば、ほぼ紅魔館の面子が揃っている事に魔理沙は苦笑してしまう。

「揃いも揃って、夜型じゃなかったのか」
「こういう日もあるんだよ。おかげで面白い話が聞けそうだから、起きたかいはあったようだけれど」

レミリアは置かれている紅茶に口を付けながらも、魔理沙を見てニヤッと笑う。
咲夜に用事があるという話は、既に伝わっているのだろう。魔理沙は被っている帽子を脱いで、机に備えられた適当な椅子の一つに腰掛ける。

「面白い話ではないぜ?」
「それを決めるのは私だよ。それとも、私やパチェが居たら出来ない話の類かしら?」

魔理沙は苦々しくも、レミリアを見て溜息を吐いた。こうなるだろうとは予想出来ていたが、出来れば、レミリアやパチュリーにまで話たくはなかった。

「魔理沙、どちらにしろここでお嬢様やパチュリー様に席を外してもらっても、聞かれれば私はお嬢様に話すわ」
「……そうなんだが、出来れば話したくない類なんだよ」

自分で直せないのが今更になって重く後悔するハメになりそうだと腹をくぐりながらも、懐を漁る。

「だけど、今はちょっとなりふり構ってられないよな」

アリスを泣かせてしまって既に一月経ってしまっている。
このまま仲直りが出来ないままだと、本当に縁が切れかねない。

「咲夜に、こいつを直してもらいたくて来たんだ私は」

そっと壊れた人形を白いテーブルクロスが敷かれた机の上に置く。
レミリアやパチュリーはそれを見て首を傾げた。

「……これを、私に?」

レミリアの背後に控えていた咲夜も首を傾げてしまう。
それ程、魔理沙の懐から出された物は、紅魔館の面々にとって意外であった。

「他にこういう直す作業が出来る奴を知らなくてな。咲夜なら出来るんじゃないかと思って」
「……それは、魔理沙の物なのか?」

レミリアは目を細めて聞く。口がニヤリと笑っている辺り、察しがついているのかもしれない。

「いや、私のじゃない。これは、アリスの人形だぜ」
「………アリスと何かあったの?」

パチュリーは不思議そうに聞いてくるが、魔理沙は目を逸らし、明後日の方向に視線を送りながら事情を説明した。

アリスと喧嘩をしてしまった事。その原因となった人形を直したい理由を。











私はアリスが笑顔でいてくれればそれでいい。

私たちだけしかいなかった世界に、あの人は手を伸ばして広い世界に連れ出してくれた。

寂しい顔も、今のように泣いてる時もあったけれど、それでも昔のように、一人で居るより笑うようになった。

だから私は祈る。アリスに笑顔を与えてくれるあの人が来てくれる事を。

きっと、それがアリスにとって一番いい事だから。
















「それは魔理沙さんが悪いですね~」

一言、笑顔のまま小悪魔は魔理沙の話を聞いてそう言った。

「……うん。私が悪いんだろうな」

魔理沙はその言葉に、否定はしなかった。
どう考えても自分が悪いのだ。勝手に家に上がり込んで、隠した人形を見たくて捕り合って、あげくの果てに壊してしまったのだから。

「……アリスも同罪な気がするのだけど」
「あら、パチェもそう思う? なんでだろうね。あれがもう少し素直になればいいものを」

だが、レミリアはクスクスと笑いながら、パチュリーは少し怒ったような表情をしながら口々に感想を零す。

「? 素直にって、どういう事だ?」
「……わからないならいいのよ。魔理沙自身が気づかないといけない事なのだから」

パチュリーはコホンッと咳払いをするようにして、机に置かれた紅茶に再び口を付ける。

「まぁ、そういう話なら咲夜。その人形、直してやれば?」
「……」

後ろをチラリとレミリアは咲夜を見るが、何か考え込むようにしながら人形を見つめる咲夜を見て首を傾げる。

「咲夜?」
「あ、はい。そうですね……」

名前を呼ばれ、咲夜は少し困った顔をしながら人形を指差した。

「私でも直せると思いますが、私より、美鈴にやらせた方がいいかもしれません」
「? 美鈴に?」

先ほど持ち場に戻った美鈴の名前が出て、魔理沙は驚く。

「何で美鈴なんだ? あいつは門番だぜ?」
「その門をいつも破壊してる貴方なら知ってるはずよ。壊しても直ぐに直ってる事を」

咲夜の溜息混じりの台詞に魔理沙は首を傾げた。

「門を壊すのと直すのが何の関係が……」

はたと、そこまで言って魔理沙は気づく。

「……もしかして、直してるのが美鈴って事か?」
「ええ。直す作業なら私より美鈴の方が、きっとうまくやるわ。それに、私がその人形を直す作業をしたら紅魔館の掃除が滞るし」
「……後半は本音ね」

仕事中毒者らしい言葉に、聞いていたパチュリーは溜息を吐くが咲夜は対して気にしない。

「そういう事だから美鈴に頼みなさい。お嬢様、よろしいですね?」
「咲夜がそう言うのなら、私からは何も言わないよ」

レミリアのその言葉にすっと一度礼をし、咲夜は魔理沙の方へと歩いていく。

「さ、行くわよ」
「あ、ああ。悪いな、無理言って」

壊れた人形を懐に戻し、帽子を被り直して椅子から立ち上がる。

「私もそろそろ戻るわ」

パチュリーも椅子から立ち上がる。飲んでいた紅茶はそのままに、魔理沙の横に並ぶようにして歩いていく。

「小悪魔、片付けお願いね」
「は~い。わかりました!」

微笑んで返す小悪魔は、パチュリーや魔理沙達が出て行くのを見送った。

「……私も二度寝しようかしら」

一人残されたレミリアは、抑えていた欠伸をしながら、同じように席を立ち、ふらふらと部屋から出て行った。

























「私が直すんですか?」

太陽が頭上に輝き、暖かな風が流れる門の前。
咲夜に連れられ、再び門の方へと戻った魔理沙は、美鈴に事情を話していた。
結局言いたくなかった話は、今やフランドールぐらいしかこの紅魔館で知らない事に苦笑するはめになったが。

「ああ、こういう作業は美鈴の方が得意だって話だからな」
「……けど、門はどうしましょう?」
「その事なんだけど」

美鈴の疑問に咲夜が口を挟む。

「今日は他のメイド妖精に任せるわ」
「いいんですか?」
「いいのよ。この屋敷に来る侵入者なんて、魔理沙ぐらいのものなのだから」

咲夜はチラリと魔理沙の方を見てフッと笑う。

「咲夜さんがいいって言うんでしたら構いませんが……」

美鈴は渋々と言った感じに承諾した。
美鈴は美鈴なりに門の仕事に誇りがあるのかもしれない。

「悪いな、こんな事頼んで」

魔理沙は美鈴に頭を下げる。

「……魔理沙は、自分で直す事は出来なかったのよね?」

美鈴の言葉に魔理沙は頷く。

「ああ。色々直そうとしてみたが、無理だったから、こうして頼みに来たんだぜ」
「………私が直して、ホントにいいの?」
「……出来れば、自分で直したいんだけどな」

自分が壊してしまった人形。
誰かの手によって直してもらおうとする事に、ためらいがないと言えば嘘になる。

「けど、私の手じゃ直せないから、頼む」
「うーん……」

美鈴は頭を再び下げた魔理沙を見て複雑な気持ちであった。

「……咲夜さん、門の仕事なんですが、今日一杯、誰かに任せてもいいですかね?」
「? いいけど、貴方ならそんなに時間かからないと思うけど」

美鈴は咲夜の言葉を聞いて、首を横に振る。

「私が直すのでしたら数刻で終わらせますけど……それじゃ駄目な気がして」
「……ああ、成る程」

咲夜はその言葉に納得するように声を上げるが、再び溜息を吐く。

「完全にお節介になるわよ?」
「あはは。それが性分ですから私」
「? 何の話だ?」

笑って頭を掻く美鈴を見て魔理沙は首を傾げるが。

「魔理沙。貴方の手で人形を直すのよ」
「は?」

咲夜の溜息混じりの言葉に、驚く。

「ちょ、話聞いてなかったのかよ? 私じゃ……」
「大丈夫。私がちゃんと指示しますから! 貴方の手でその人形を直さないと、アリスだって許してくれないかもしれないじゃないですか」

豊満な自分の胸をドンっと叩いて笑う美鈴の言葉に、魔理沙は言葉をなくしてしまった。
美鈴の言っている事が、どれだけ正しい事か。
それが、自分の心を抉った為に。

「………はっきり言って、私は器用な方じゃないぜ?」
「私も器用じゃないから大丈夫よ」

ニカリと笑う魔理沙に、美鈴も笑って返した。

「魔理沙も美鈴も、いいのなら私は仕事場に戻るわ」

そんな笑いあう美鈴と魔理沙を見て、咲夜は踵を返す。

「ああ。ありがとな、咲夜」

礼を言う魔理沙に、咲夜は顔だけ向けてふっと笑う。

「精々、巧くいくといいわね」

そんな言葉を言い残して、咲夜は屋敷の方へと戻っていった。

「さて、それじゃあ何処で直そうかしら?」

意気込むように美鈴は腕をグルグルと回す。

「そうだな……出来たら、集中出来る場所がいいんだが」

魔理沙はそう言いながらも歩き始める。
自分が集中出来る身近な場所なんて一つしかない。

「……もしかして、地下図書館でやるの? パチュリー様が何か言いそうだけど……」
「パチュリーも事情を知ってるから、大丈夫だろ」

魔理沙の後を付いて行く様に、美鈴も歩き始める。


紅魔館の地下へと向かう為に。










「………ここは本を読む場所なのだけど?」

広大に広がる本の列。雑多に広がる本の群れ。
日の光を差し込まない地下図書館。
七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジが管理するこの図書館で、魔理沙と美鈴は本を山のように積み上げるパチュリーの机の横で、裁縫箱を置いて作業をしようとしていた。

「まぁまぁ、パチュリー様。本を盗られるよりましじゃないですか」

パチュリーの言葉を拾うように小悪魔は話すも、パチュリーは無言のまま、小悪魔の方をじっと見て威圧する。

「悪い。他に集中出来る場所がなくってな」

パチュリーの顔を見ずに謝る魔理沙は、帽子を脱いで、既に裁縫針に糸を通す作業に入っていた。

「……はぁ」

パチュリーは真剣な表情で作業をし始める魔理沙を見て溜息を吐くも、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、読んでいた本を山のように積まれた本の上に置いて席を立つ。

「小悪魔、そこの山片付けて置いて頂戴」
「あ、わかりました~」

パチュリーに命令され、小走りに小悪魔は本を片付け始める。

「じゃあ、こっちも始めましょ」
「ああ」

美鈴に言われ、魔理沙は懐から縦に引き裂かれた人形を出す。

数度深呼吸して、魔理沙は人形に針を通し始めた。



















「……ん」

まどろみから目を覚ます。
光は起きていた時より明るい。
カーテンの隙間から漏れ出ている光は、容赦なく自分の身体にかかっていた。

「……今、何時かしら」

ぼやけた目を手でこすりながら周囲を見渡し、壁に掛けられている時計を視界に留める。
時刻はお昼を少し過ぎたぐらい。

「……はぁ」

寝過ぎだと思うものの、身体は未だにダルイ。
一ヶ月程前からこんな生活を繰り返し、自分に嫌気が差してくるが、それでも前向きな気持ちにはなれない。
起き上がった身体をそのまま寝ていたベットから立ち上がらせ、着ていた寝間着を脱ぎ始める。

寝間着をベットに脱ぎ捨て、そのまま部屋の端にあるクローゼットを開け、白いブラウスや青いスカートを取り出し着替え始める。
ぼんやりとした視界は未だにぼんやりとしたまま。
まるでまだ夢の中にいるような身体だったが、習慣故か、着替えは問題なく済んだ。

紅いタイを手に持ち、そのまま洗面台へと歩いていき、ぼんやりとした視界を治す為に顔を洗う。

「上海、タオル用意しておいて」

寝室から居間へと出る時に、自分の人形に命令する。

「……シャンハーイ」

命令された上海は、座っていた棚から身体を起こすと、フワリと浮きはじめ、アリスの横に着くようにして飛んだ。
アリスはその様子を見る事なく洗面台へと向かい、蛇口を捻った。
勢い良く出る水を両手ですくい、顔にかける。
二度三度それを繰り返し、冷水は容赦なくぼんやりとした視界を綺麗さっぱりなくした。

「ふぅ……」

横に控えていた上海からタオルを受け取り、水で濡れた顔を拭う。
そのまま居間へと移動し、机に備えられた椅子に腰掛けて天井を見上げる。

「………」

時刻は既に昼を回っている。
今日は何をしようと考えるものの、耳元に残るように笑い声が脳内で聞こえてきて、バッと家の入り口の方に顔を向けてしまう。

「……」

入り口には誰もいない。
当たり前だ。聞こえて来た笑い声は、もう一ヶ月も聞いていないのだから。

「馬鹿ね、ホントに」

机に拳を叩きつけたくなる衝動に駆られるが、そんな事は決してしない。

「シャンハーイ」

そんな私を見て、心配したのか。上海がふよふよと横で飛んだまま声を上げる。

「……上海、私、馬鹿よね?」

声を上げた上海に顔を向けるも、返って来る言葉がないのをわかっていながらも言ってしまう。
上海は、精魂込めて自分が作った人形の一つ。
魔法の糸を介さないで動ける自動人形。
けれど、私の夢には一歩届かなかった。

「来ないとわかっているのに、未だに魔理沙を待ち続けてるなんて……」

弾幕勝負も、自分の命令も聞いて動けるのに。
自動“自律〟には届かなかった。
上海は私の命令でしか動かない。

「……シャンハーイ」

だから、こうやって心配するように声を上げるのも、自分の錯覚だろう。

「……はぁ」

椅子から立ち上がる。
どうやらホントに自分の心は病んでしまっているようだ。

「こういう時は、何か食べれば落ち着くのよね」
食べなくてもいい身体だが、気を紛らわすには丁度いいかもしれない。
そう思い、台所へと足を運ぶ。

「……シャン、ハーイ」

寂しそうに、上海の声が聞こえた気がした。
























「………」

ざわめく木々の声も、流れる風の音も、鳴り響く動物達の声もしない。
人形に糸を通し、縫い始めて数刻。

「ここまで縫って、一度切った方がいいわ」
「……そうするとバランスが悪くならないかしら?」

静寂に包まれるはずの図書館に、魔理沙を挟んでやり取りをする声が二つ。

「……どっちだよ」

思わず突っ込みを入れたく成る程ああでもないこうでもないと美鈴と、何故か本を片手に、パチュリーが口を挟んできていた。
パチュリーの手元にある本のタイトルには、「人形の作り方」等という、人形の絵が描かれた表紙の本がある。

「……美鈴、ここは一気に縫ってしまうべきよ。本の通りなら」
「知識より経験です。パチュリー様の仰られる事も尤もですが、一気にやってしまわれては、その後がうまくいきません」

自分が指示すると言った手前、美鈴はいつになく強気な口調のままパチュリーにそう告げる。

「……その経験とやらは、人形の製作によって、培われたものなのかしら?」
「……そういうわけではありませんが」

だが、パチュリーもその程度の強気では、引こうとはしなかった。

「貴方の経験というのは、あくまで門を直す作業、服の修繕、レミィのドレスの裾上げ程度のものでしょう? それを経験と言うには、あまりにもおこがましいわ」
「む、むむ」

優雅にふっと笑ってパチュリーは美鈴をあざ笑うも、美鈴は事実を指摘され、冷や汗を掻いてしまう。
だが、それを認めるわけにもいかず、妙な声を上げて押し黙った。

「……反論すら出来ないなら―――」
「なぁ、とりあえず頼むからここからどうすればいいか指示をくれよ……」

パチュリーは好機と見て美鈴を沈めようと喋るが、挟まれた魔理沙の涙声を聞いてふとそっちに視線を映す。
見れば、プルプルと針を突き立てたままそのままの姿勢で、人形から目を離さずに魔理沙は固まっていた。

「……パチュリー様、どちらにしろ今の魔理沙の状態じゃ数秒ともちません。一度切りましょう」
「………仕方ないわね。下手に今の状態でこれ以上進めたらおかしくなりそうだし……いいわ、美鈴の言うとおりにしましょう」

軽く舌打ちしながらも、パチュリーは魔理沙の様子を見て懸命な判断を下した。
急いで美鈴の方からハサミが針と糸の間に挟まり、プツンと返し糸を切って見せる。

「はぁ……」

集中しながら固まっていたせいか。魔理沙は大きく机に突っ伏しながら息を吐いた。

「パチュリー、何だってお前まで手伝おうとするんだよ」

本を片手に、魔理沙の様子と本に書かれている事を交互に見ていたパチュリーに魔理沙はそのままじろりと目を向ける。

「何でって……唯の興味よ。気分転換とも言うかもしれないけれど」

目を逸らして、少しばかり頬を紅くして言うパチュリーだったが、魔理沙は何の興味だよと溜息を吐いてしまう。

「……迷惑かしら? 私も手伝ったら」

そんな溜息を吐く魔理沙を見て、パチュリーは今度は不安気な顔を覗かせる。

「……そういうわけじゃないが」

魔理沙は、そんなパチュリーの姿を見て苦笑する。

「パチュリーがこういうお節介を焼いてくるの、初めてなんじゃないか?」
「……そうかしら?」
「そうだぜ」

首を傾げるパチュリーを見て、魔理沙は突っ伏していた身体を起こす。

「皆様~! おやつの時間ですが、クッキーなんていかがでしょうか?」

と、駆け足でニコニコと笑ったまま小悪魔がトレイを持って本棚の奥から姿を現した。

「お? もう、そんな時間か」

小悪魔の方に顔を向け、一瞬微笑んだ魔理沙だったが、直ぐにその表情もガクリと落ち込んでしまう。
お昼頃に来て大体約三時間弱。
人形は、パチュリーと美鈴の口論により、直す速度が遅れていた。

「夜中までに、この調子で間に合うかな……?」
「うーん、難しいかも?」

美鈴は困った笑みをしながらも、小悪魔が机に置いた皿に盛られたクッキーを一つ、ひょいと掴んで口に入れた。

「夜までに、直さないと行けないの?」

そんな話は聞いてないと、パチュリーは怪訝な表情をしつつ、美鈴と同じようにクッキーをつまんでいた。

「出来たらな……」
「そういえば、どうしてその人形を直すのに拘るんですか?」

小悪魔は興味本位から聞いたのだろう。
うなだれる魔理沙を覗き込むように聞いてくる。

「…………アリスにとって、人形は大事な物なんだよ」

少し間を空けて、魔理沙は聞いてきた小悪魔に答える。

「かなり前の話だが、宴会の席で酔った勢いで聞いた事があるんだよ。アリスは何の為に人形を作るんだって」

それは同じ魔法の森に住まう魔法使いとして、聞きたい事だった。
彼女が何故人形を造り続けるのか。
自分のように、打ち負かしたい人物でもいるのかと思って。

「そしたらアリスの奴さ、夢の為って言ったんだ」
「夢、ですか?」
「ああ。あいつは、自分で考えて、自分で動く人形を作りたいって言ったんだ」

魔理沙は懐かしむように話し続ける。

「聞いたときはなんだそれって思ったけど、私の目標より、全然立派でさ。あいつ、一人でその夢の為に、あの魔法の森に住んでるんだよ」

じっと、まだ直しかけの人形を見つめる。

「だからこの人形を壊しちゃって、本当にすまないと思ってるんだ。あいつの夢を、壊しちゃったみたいでさ」
「……アリスさんを気にかける理由はそれだけなんです?」

ふと、小悪魔は首を傾げ、魔理沙に聞く。

「いや、それだけでもないんだが……その、友達と喧嘩したままじゃ嫌だろ?」

何処か照れくさいのか。
魔理沙は、当たり前のようにそう言った。

「この人形を直して、仲直りしたいんだ私は。……友達だから」
「……」

聞いた三人は、静まり返った様に魔理沙を見る。

「な、なんだよ。私、変な事言ったか?」
「い、いえ。変と言うか……」

美鈴は取り乱すように言葉を返すも、どう言うべきか困ってしまう。

「……鈍感」

ぼそりと、パチュリーは呟く。

「あ、あははは。良い人過ぎて逆にアリスさんが可哀想ですね~」
「? どういう事だよ?」

パチュリーや小悪魔の言っている事に首を傾げる魔理沙を見て、パチュリーは溜息を吐いてしまう。

「貴方にとって、皆友達なのかしら?」
「? 当たり前だろ? 弾幕勝負をした奴も、宴会をした奴らも、全員友達だぜ?」
「………それは、私も友達って事なの?」

パチュリーは眉を寄せる。

「……? 違うのか?」
「………………はぁ」

きょとんと首を傾げたままの魔理沙を見て、パチュリーは再び大きな溜息を吐いた。

「鈍感、泥棒、馬鹿魔理沙」
「お、おい?」

不貞腐れたように話すパチュリーは、それだけ言うと、椅子から立ち上がってしまう。

「……邪魔になりそうだから自室に戻るわ。ええ戻るわ。精々、アリスと仲直りが出来るといいわね」

むすっとしたままパチュリーは歩いていく。

「あ、パ、パチュリー! ありがとな、付き合ってくれて!」

ガタンっと椅子から立ち上がって、魔理沙は戻ろうとするパチュリーに礼を言った。

「……」

パチュリーは無言だったが、顔を向けず、手を一度空に高々と上げて魔理沙に応え、そのまま図書館から出て行った。

「………パチュリーの奴、何で最後怒ってたんだ?」
「……パチュリー様も乙女だったって事ですね~」

小悪魔は主人の様子を微笑んだままみつつ、魔理沙と美鈴に深く、頭を下げる。

「私もパチュリー様のお世話をするので戻りますね。何かあったら呼んで下さい」
「あ、ああ。わかった」

駆け足で小悪魔も部屋から出て行く。

「……まぁ、そんな話を聞いちゃったら、夜までには間に合わせないといけないわね」

美鈴は気を取り直し、再び魔理沙の方へと顔を向ける。

「間に合う……よな?」
「何弱気な事を言ってるのよ。間に合うじゃなくて、“間に合わせるのよ〟」

ニコリとそう言って笑う美鈴に、魔理沙は一瞬言葉を無くすも、ニカリと笑ってみせる。

「そうだな」

再び針と糸を手に持つ。

アリスが作った人形を、直す為に。



















苛々する。
一言で表すなら、私は今の気持ちをそう言う事だろう。
歩く足はいつもより数倍速い。
胸がむかむかしてたまらない。

「……ゴホッ」

喉に迫った吐息を、吐くようにして出してみても、痛みさえ湧いてこない。

「ゴホッ……ゴホッ……」

苛々する。
魔理沙の言った言葉に。魔理沙のしている事に。

「……魔理沙の馬鹿」

歩き、むせながらも目の前を向いて歩き続け、自分の部屋の扉を開いて、転がるように入って扉を閉める。
バタンっと閉まる扉。
その扉にもたれかかるようにして、身体はずるずると床に降りていった。

「ゴホッ……」

アリスが、魔理沙の事を目で追っていたのは知っている。
私も、そうだったから。

「ゴホッ……! ゴホッ……!」

退出して正解だ。喘息が急に自分の心に合わせる様に酷くなっていく。
こんな無様な姿を見せれば、きっと魔理沙は人形を直す作業をほおり投げて、私を心配してしまう。

「……皆友達、か」

魔理沙の言った台詞に、つい苦笑してしまう。
仲直りをしたいと言った魔理沙。
けれど、きっとあの人形遣いは、そんな事を望んでいない。

「そうよね……? アリス」

出来る事ならば、自分だけの者にしたい。
あの白金の柔らかい髪を、白く透き通る肌を。
闇夜に煌く、星々のように輝くあの笑顔を。
そして、純粋すぎるその心を。

全部、全部自分の物に出来たら、どれだけ満足する事か。

「………けれど、それはしてはいけない事」

魔理沙は、友人として自分を望んだ。
ヴワル地下図書館の主、数百年の歳月を生きた魔女である私を、友として望んだのだ。

「ゴホッ……」

自分から望めば、色んな物を捨てる事になる。

友人という関係を捨てる覚悟。
いつか来る終わりに怯える覚悟。
そして、他の者を蔑ろにする覚悟を、持たないといけない。

私に、そんな勇気はない。

「ゴホッ……ゴホ!」

でも魔理沙から友達だと言われ、胸が痛くなる。
ほんの少しでも、甘い自分の希望が打ち砕かれたみたいで。
あの鈍い魔法使いは、言わないとわからないのに、言えるわけがないジレンマに余計胸が苦しくなる。

「……パチュリー様?」

コンコンっと、背もたれになっている扉に二度ノック音がした。
声からして、小悪魔が追いかけて来たのだろう。

「ゴホッ……小悪魔?」
「大丈夫ですか? 咳が、出ているようですが」

扉越しの門答をしつつも、私は立ち上がる。

「……大丈夫よ。少し、発作が酷くなっているだけ」

ガチャリと扉を開ければ、さっきの笑っている顔は何処に行ったのか。
心配するように、自分より背の高い赤い髪の使い魔が見下ろすように立っていた。

「………てっきり、泣いておられるかと思いました」
「……ゴホッ。私はそこまで、弱くないわ」

小悪魔は察しがいい。
こっちの気持ちを考えて話すからそれ以上、余計な事を言わなくて済む。

「……紅茶を持ってきてくれないかしら? それと、お水もお願い」
「わかりました。直ぐにお持ちしますね」

ニコリと、最後に笑って小悪魔はそのまま扉を閉める。
パタパタと背に生えた翼の音と、駆け足で歩いていく音が遠ざかっていった。

「………私は泣かないわ。こんな事じゃ」

目から溢れそうな水滴をぐっと堪え、身体は踵を返して部屋にある机と向かわせる。
机に備えられた椅子に座り、そのまま机に突っ伏して目を閉じる。
小悪魔が来るまで、しばらくこうしていよう。

視界を暗闇に閉ざし、パチュリーは気持ちを切り替えるように、小さく深呼吸を繰り返しながら小悪魔を待った。















「……」
空は快晴、梅雨の時期にしては青空が広がり、暖かな風が自分を打つ。
窓辺から見える景色をぼうっーと見上げ、人形を作るでもなく、ただただ外の景色を見ていた。

昼食を取ったものの、空腹が満たされただけで、気分は良くならなかった。
身体は気だるいまま。心は沈んだまま。
見上げた太陽がとても眩しい。

気がつけば、ずっと空を見続けている。
あいつが、空からふらふらと飛んでこないかと。

「……はぁ」

そう、思うたびに胸が苦しくなるのに。
いつから、私はこんなに弱くなってしまったのか?
昔の私なら、こんな事に悩まされず、自分の夢へと唯走れたはずなのに。

「悩むぐらいなら……会いに行けばいいのにね」

一人、自傷気味に笑って言うものの、それが出来たら苦労しない。
突き放したのは私だ。今更、どうやって会えばいいかわからない。

「……魔理沙」
アリスは窓辺から空を見続ける。

そんなアリスの様子を、見ている者がいるとも知れず。













日が傾き、紅魔館は茜色の空の中、なお紅く輝き続ける。
数刻も経てば、茜色の空は闇夜へと変わる事だろう。

「……で、出来たぁぁ……」

そんな紅魔館の地下図書館にて、嘆きとも感嘆とも取れる声が上がった。
声を上げた魔理沙の手には、糸を縫い、修繕が完了した黒白の人形が出来上がっている。

「よかったわね。間に合って」
「ああ、本当にありがとな美鈴!」

パチュリーが居なくなってから、美鈴の指示通りにひたすら縫い続けた結果、どうにか間に合った。
美鈴の手を握って、ブンブンと上下に腕を揺らして感謝する。

「私は指示しただけよ。直したのは魔理沙、貴方なんだから」

そう言う美鈴だったが、頬を紅くし、頭を掻いて照れているのを見ると、感謝されて嬉しいのは確かなようであった。

「さ、行きましょ。もう日が落ちるまで、そんなにないわよ?」

美鈴は微笑んだまま魔理沙にそう言うと、裁縫箱に針や糸を戻し、手に持って座っていた椅子から立ち上がる。

「あ、ああ。そうだな。急がないと……」

魔理沙は直った人形を今度こそ壊さないように、そっと懐に入れると、同じように立ち上がった。
脱いでいた黒い帽子を被り、机に立てかけてあった箒を手にとって、裁縫箱を持つ美鈴の後ろに付いていくように歩いていく。
図書館から出て、直ぐにでもアリスの元に向かおうとする魔理沙だったが。

「ああー! マリサだー!!」

こんな時に、会っちゃいけない類の声を聞いた。
声がしたほうを振り返ってみれば、満面の笑顔でこちらに走ってくる吸血鬼が一人。
虹のように輝く翼を広げ、白い帽子を被った金髪の少女。

走る速度を止めず、魔理沙にダイブするように、その少女は地面を蹴り、両手を広げ飛んだ。

「おわっ……!? フ、フラン!?」
「マリサー、遊ぼう!」

フランドール・スカーレットは、そのまま魔理沙に抱きつき、満面の笑みを見せる。

「……あ、遊ぶって、弾幕勝負だよな?」
「うん! 起きたばっかりで何をしようか考えてたんだー。ねぇ、魔理沙、いいでしょ?」

抱きついてきたフランドールの申し出に、魔理沙は困った顔をしてしまう。

「……い、妹様。魔理沙は、もう帰ろうと」
「美鈴には聞いてないよ」

言いかけた言葉をピシャリと遮られ、美鈴は息を呑む。
フランドールの満面の笑みはそこにはない。美鈴に向けられた顔は、冷徹な表情であった。

「……駄目なの? 魔理沙」

甘えるように、上目遣いに魔理沙に向ける視線に戻った時には冷徹な表情等存在していなかったが。

「………あの、な。フラン」

魔理沙はそんな顔を見て、困った顔をしながら頭を掻き、何て言えばフランドールは諦めてくれるだろうかと考える。
今勝負をしてしまえば、終わる頃には真夜中になっている事だろう。
出来たら、傷つけずに諦めて貰いたいと願い、魔理沙はフランドールの頭を撫でる。

「ん……」

撫でられる行為に、フランドールは目を瞑って受け入れた。

「今日はな、遊びに来たんじゃないんだ」
「……そうなの?」

撫でられ、とろんとした目つきになっているフランドールに魔理沙は頷いた。

「アリスは、フランドールも知ってるよな?」
「うん。お人形みたいな人だよね?」

フランドールの言葉に、魔理沙は薄く笑う。

「ああ、人形みたいな奴だ。そのアリスとな。ちょっと喧嘩をしちゃってな」

子供をあやすように、魔理沙はフランドールに語った。

「仲直りをしたくて、ここに相談に来ただけなんだ」
「……仲直りは、出来そうなの?」

薄く笑う魔理沙に、フランドールは首を傾げて聞く。

「それは………正直わからない。仲直りする方法は出来たが、あいつが許してくれるかわからないからな」

寂しく、そう言って笑う魔理沙だったが、フランドールの頭を撫でる行為から、少し、自分の視線を落として、フランドールの顔をじっと見つめる。

「けど、それでも今から謝りに行きたいんだ。だから、フラン。また今度じゃ駄目か? お前と遊んでやりたいのは山々なんだが、今遊び始めたら、真夜中になるだろうし」
「………んー」

フランドールは、魔理沙の言葉に複雑な顔をしていた。

「フラン、ダダをこねてやるな。魔理沙が困ってるでしょ?」

と、グルグルと悩んでいたフランドールに声を掛ける者がいた。

「あ、お姉様!」

ゆっくりと、フランドールとは別の方向から歩いてくるレミリアと、背後に控える咲夜がいた。

「人形は、直ったのかしら? 魔理沙」
「ああ、おかげさまでな」

レミリアの問いかけに、魔理沙はフランドールの為に落としていた視線を上げて、レミリアを見つめて笑って話す。

「レミリアは何でここに?」
「パチェとお茶でもと思ったのだけど……フランのダダをこねる声が聞こえて来てね」
「……だって、遊びたいんだもん」

レミリアの言葉に、フランドールは目を逸らして頬を膨らませる。

「……困った妹ね」

そんなフランドールを見てクスリと笑うレミリアだったが、そのまま歩いて行き、フランドールをあやすように抱きしめた。

「あ……」
「魔理沙の事を大事に想うのなら、引いてあげるべきよフラン。退屈なら皆と一緒にお茶でも飲みましょ?」
「……皆と?」

フランドールのぼんやりとした問いかけに、レミリアはええ、と答えた。

「美鈴もパチェも、咲夜も小悪魔も一緒に、皆でお茶を飲んで暇を潰すの」
「……お、お嬢様、私は門の仕事……むぐ」

水を差すように美鈴が言おうとしたが、いつの間にか背後に立たれた咲夜に手で口を塞がれ、ナイフをちゃきんと、首元に突きつけられている。

「今水を差さないの」
「むぐ、むぐぐ……」

口を塞がれたまま、美鈴はコクコクと咲夜に頷いて見せるが、塞がれた口元はそのままだった。

「フランは私達とお茶を飲むのは楽しくないかしら?」

そんなやりとりを、フランドールを抱きしめたままレミリアは見つつ、問いかける。

「ううん。お姉様達と一緒にお茶を飲むのは楽しいよ」
「なら、今日はそうしましょ? 魔理沙は魔理沙のする事があるみたいだし」
「……うん、わかった」
「良い子ね」

じろりと、レミリアは今度は魔理沙の方に顔を向け、ニヤリと微笑んだ。
顔だけ見ると、一つ貸しにしといてやるからとっとと行きなさいと言っているように見える。
魔理沙は帽子を深く被り直して、レミリアに一礼して、無言のまま抱きしめ合う吸血鬼達の横を駆け抜けた。

廊下を駆け抜け、地下から地上に昇る階段を駆け上がり、息を弾ませて紅魔館の入り口に当たる扉を開け放って、空を見上げた。
茜色に染まる空に、魔理沙は息を整えながらもニカリと笑ってみせる。
もうすぐ夜中だが、寝静まるには程遠い。

「魔理沙」

茜色の空を見上げていると、後ろから声をかけられる。
振り返って見れば、先ほど美鈴の口を塞いでいた咲夜の姿があった。
時間を止めて追いかけて来たのか。息を弾ませる自分とは違い、涼しげに咲夜は立って腕を組んでいた。

「咲夜、ありがとな今日は」

自分を追いかけて来た咲夜に礼を言うが、咲夜はふっと笑って首を横に振った。

「私は何もしてないわ。感謝するなら、お嬢様や美鈴に感謝しなさい」
「……なら、私からありがとうって言ってたって、伝えておいてくれ」

手に持っていった箒に跨り、ふわりとその場で浮き始める。

「……伝えておくけど、魔理沙」
「ん?」
「仲直り、出来るといいわね」

咲夜なりに、心配してくれていたのかもしれない。
短くそれだけ言って、踵を返した。

「お茶に誘われてるから行くわ。またね」
「……ああ、またな!」

手を振って、屋敷の中に戻っていく咲夜を見送り、魔理沙も両手で箒を持って、空へと徐々に昇っていく。
茜色の空へと昇り、重心を前へ傾け、流れる風を切り裂くようにして魔理沙は空を駆け抜けた。
行く場所は一ヶ月も空けてしまった人形遣いが住まう家。

許してくれるだろうか?
仲直りしてくれるだろうか?

もう一度、自分に笑顔を向けてくれるだろうか?

そんな思考に染まりながらも、速度を緩める事はない。
茜色の空は徐々に闇夜に染まっていく。
着く頃には、きっと星空が出ている事だろう。

どうやって話を切り出すか考えながら、魔理沙はアリスの家へと向かっていった。


















夜中になって、ぼんやりと虚ろな瞳は、台所で作っている鍋に向けられている。
灯りを点けても薄暗く感じる部屋だったが、構いはしなかった。
誰が来るというわけでもない。自分が困らなければこのぐらいの灯りで丁度いいと。

「……」

今日も、魔理沙は来なかった。
それが重く圧し掛かるが、そろそろこの状況から脱しなければとも思う。
人形を作る作業もおぼつかない今の自分では、夢なんて語れない。

「………」

―――トントン

扉の方から音がしたような気がした。

「……?」

―――トントン

繰り返されるノック音。鍋に掛けていた火を消して、ノックをする誰かに扉越しに声をかける。

「誰……?」

か細い自分の問いかけに、それは何も返して来なかった。
聞こえなかったのかと思い、もう一度声をかけようとした時。

「………私だ。アリス」

聞こえた言葉に、心臓が高鳴った。

「……ま、魔理沙?」

信じられなかった。きっと、二度と来ないと思っていたのに。

「……な、何しに来たのよ」

自分の言葉につい口元を手で塞いでしまう。
会いたいと願っていたのに、出た言葉は刺々しい。

「……前に来た時に、アリスの人形を壊しちゃって、随分怒らせたよな」

扉越しに聞こえてくる言葉に、私は心臓を高鳴らせながら黙って聞いた。

「………ごめん。私は、お前の夢を知っているのに、随分と軽率な事をしたと思ってる」
「……」

扉越しに聞こえてくる言葉は、真剣な色を帯びて、自分の耳元に伝わってくる。

「……ここを、開けてくれないか? 渡したい物があるんだ」

私はその言葉に少し躊躇ったが、意を決して、扉の鍵を開けた。
ギギギと、木で出来た扉はゆっくりと音を立てながら開けられる。

「……アリス」

扉から入ってきた魔理沙の姿に、一ヶ月ぶりに見た変わりない姿に、私は胸がしめつけられる。
何処も変わっていない。黒い帽子を被り、黒白のエプロンドレスを着る少女は、今も私の心の中心にいる。

「これ、さ。大分時間かかったけど直したんだ」

魔理沙はいつものようにニカリと笑って、懐から何かを取り出す。
取り出した物を見て、私は驚いた。

「これって……」

それは、いつかの喧嘩の原因になった物。
縦に引き裂かれた筈の、人形だった。
魔理沙に似せた人形。
それは、しっかりと引き裂かれた部分が縫われ、直されていた。

「ごめんなアリス。許してくれるとは思ってないけれど、それを言いたくて、今日は来たんだ」

ニカリと笑っていた表情は、何処か寂しげな笑みへと変え、魔理沙はそのまま一歩、アリスに近づいた。

「………馬鹿」

くしゃりと、顔が歪んでしまう。
縫われた部分は素人目で見てもわかる。
何度も、何度も縫い直してやっと出来上がったのが。

「馬鹿よ、魔理沙は……」

そんな事をしなくても、自分は許したのに。
一ヶ月も、自分を待たせて。

「……ごめんな」

近づいてきた魔理沙にぽふっと抱きしめられ、暖かい温もりに、とうとう、頬から流れる水滴が止まらなくなってしまう。

「魔理沙………」

そのまま目を閉じて、抱き返そうと、腕を伸ばし。











                           許さない












自分の夢が、最悪の形で成就する。
トスッという軽い音。

「……え?」

それは、どちらから漏れ出た言葉か。
魔理沙の自分を抱きしめていた手から、力が抜けていく。
ズルズルと自分にもたれかかり、目を見開いたまま、ガタンっと、床にうつ伏せに倒れこんだ。

「………まり、さ……?」

抱きしめていた手にぬるりと、温もりとは違う、暖かい液体がついているのを見て、手を掲げる。

真っ赤な、鮮血がこびりついていた。
そのまま倒れた魔理沙を見て、私は呆然とする。
彼女の黒白のエプロンドレスを染めるように。

真っ赤な、真っ赤な池が彼女から広がっていく。

「……なに、よ。これ」

魔理沙から視線は、前へ。
理解出来ない。わからない。何で、こうなったのか。

前を見れば。

「………ユルサナイ」

紅い返り血に染まる、剣を持った上海の姿があった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
喜劇に転がるのか、悲劇に転がるのか。

続きます。
七氏
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.640簡易評価
15.100名前が無い程度の能力削除
すごく面白かった。
貴方様の過去作を読み返していたらここにたどり着きました。