Coolier - 新生・東方創想話

庭に錦を飾りましょう。

2008/06/09 16:08:26
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梅の花が散り、桃の花や桜の花もその蕾を膨らませる頃、冥界・白玉楼は例年通りの見事な桜並木を誇示していた。
「んん?」
その白玉楼の庭師、魂魄妖夢は自らが管理する庭園の奥に不思議な光景を見つけた。
梅の花が咲ききったばかりだというのに、紅葉や銀杏が、紅く、黄金に色づいているのだ。
「なんでこんな時期に」
疑問を口に出してみる、が答えてくれる者は彼女の傍にいない。


彼女は丁度何時ものように庭の手入れを終えたばかりであった。
別段やることも無かったので、普段行かないような、余り手入れの行き届かない奥庭でも弄ろうかと思ってここまで来たのだ。
そして目にしたのが季節外れのこの紅葉。
庭師としての知識を持つ妖夢からすれば、考えられないことであった。
ふと、不思議な光景から目を離せば、すっかり秋の様相を呈している木々のさらに向こう側に、小さな庵を見つけることが出来た。
「こんな場所があったんだ……」
時期外れだが、それでも美しい光景に目を奪われながら、その庵に向かって歩を進める。
色とりどりの葉を散らす木々の下を通り、不揃いで、だが規則的な石畳を渡っていくと、そこは見知らぬ庭園。
庵の茅葺の屋根は、長い年月の間に苔でも生やせたのだろうか、うっすらと碧に染まり、涼しげな色合いをしていた。
一目にはこの庵が何かは分からなかった。だが、庵を少し周ってみれば、小さな小さな、それこそ四つん這いにならなければ入れない程の扉を見つけた。
茶室、だろうか。
中に人のいる気配は無い。だが、此処の庭は隅まで手が行き届いており、ついさっきまで人がいた風である。


「あらー、見つかっちゃったわねえ」
後ろから聞きなれた声がした。
「幽々子様」
振り返り見れば、己が主、西行寺幽々子が紅と黄金の極彩色をたたえた木々の下に居た。
「よく見つけたわね、結界も引いてあったというのに」
結界。その言葉に妖夢は僅かに反応する。

この場所は、庭師の自分にさえ、従者である自分にさえ隠していたものなのか。

「此処は一体何なのですか。まだ春だというのにこんなにも紅葉が始まっているなんて……」
「見つかってしまったものは仕方ない。妖夢、貴方に私の『秘密基地』を教えてあげる」
妖夢の言葉を遮る様に、幽々子は彼女に歩み寄った。
悪戯を企む童のような、楽しげな瞳。それでいて尚も柔らかな笑み。

「此処はね、私と紫の我侭で作った箱庭なの」
「箱庭、ですか」
妖夢に並んで立ち、石燈篭が幾つか建つ庭を見渡しながら言った。
ゆったりと歩を進ませる。妖夢もそれに付き従う。
「昔の話。紫と一緒に、一年中美しい四季を自由に鑑られたらって思って。ちょっと庭の一角に結界で囲った場所を作ってみたの」
「一年中……好きな時に紅葉や桜や雪を楽しもうと?」
そうよと幽々子は続ける。
「でも、それでは些か情緒に欠ける。季節の移ろいと共に楽しむからこそ、これらは美しいのだから」
「確かに、そうかもしれませんね」
「ええ、だからね・・・妖忌に怒られちゃったの」
「師匠が」
話の流れから矢張り、とは思いながらも、幽々子の顔を見上げ、妖夢は驚いた。



「では何故、未だに此処に在るのですか?」
妖夢の師であり、祖父である妖忌は白玉楼の先代の庭師である。
自分の管理する庭に勝手なことをされては黙っていないだろう事は簡単に予想がつく。
「そこが、妖忌の困った所なの」
ふうと嘆息し、過去をゆっくりと吟味するように幽々子は空を仰いだ。
「私達の我侭に、ちょっとだけ目を瞑ってくれたの」
妖夢は再び、目を丸くして驚いた。
妖夢も大概生真面目な性格であるが、その師は自分以上の頑固者の職人気質なのだ。
その師が折れた、ということは、彼女にとって俄かには信じがたいことであった。


「実際は結界で隠した此処を、気づかない振りしてただけなんだけどね。やっぱり最後には私を甘やかしてくるのよ」
「と、言いますと」
「妖忌が失踪する直前ね、偶の手入れしかしていなかったこの四季の庭が綺麗に整えられていたのよ」
嗚呼、随分とまあ不器用な方だったのだなあ、と妖夢は行方知れずの師に思いを馳せた。






「本当に、素直じゃないんだから」






「ところで、結界引いてある割には普通に入れましたよ?」
話の腰を折って妖夢が切り出した。
「んん。まあ妖忌が手入れしてからずっと放置だったからかしらね。結界に綻びが出来てたんでしょ」
「放置って……折角創ったのに使っていなかったのですか」
「そりゃあ、ねえ? 折角妖忌が手を加えてくれたのに、なまじ弄ってしまうのも気が引けたの」
もう、彼は居ないのだから、と幽々子は締めた。

そこまで聞いてやっと、妖夢は理解した。
此処は自分の知らない、昔の幽々子達の思い出の場所なのだ。
自分の知らない主や師や、その他諸々の記憶が此処には残っている。
それこそ、わざわざ結界を引いて保存する程に、此処は大切な場所なのだ。

「わ、私なんかが勝手に入っても良かったのでしょうかっ」
何か、不味い事でも仕出かしてしまったかのような気分になる。
主人の思い出を汚してしまってはいないだろうか、この思い出に割り込んでも良かったのだろうか。
「勿論よ、妖夢」
そんな妖夢の心情を知ってか知らずか、柔和な笑みを浮かべて幽々子は微笑む。
「貴方は此処、白玉楼の庭師なのでしょう? なら庭に入ってはいけない道理は無いわ」
「幽々子様……」
くすり、と笑い、嘆息して安堵の表情を浮かべる妖夢の肩に手をかける。
「さて、そんな貴方にお仕事よ、妖夢」


「今から此処で、紫と一緒にお茶会でもしようと思うの。私が紫を誘ってくるまでに、お庭のお手入れ、宜しくね?」
「……お任せ下さい、幽々子様」

私は、此処に居ても良いんだ。
彼女達と一緒に思い出を刻んでも良いんだ。
そう思うと、妖夢は何か、胸の奥がほっこりと暖かくなった気がした。

「じゃあ、お願いね妖夢」
「はい」

幽々子を見送り、妖夢はさて、と手入れに取り掛かった。



茶室、庵がある庭園だとしても、庭は庭だ。木々の枝葉を整え、見栄えが悪くならないように落ち葉を掃いて終わり。
実際、結界で保存されていた此処は、当時からほとんど変わっていないのだろう、特に手を加える所は見当たらなかった。
とりあえず、地面に散りばめられた落ち葉を掃くことから始めた
そして燈篭を磨き、こびりついていた葉も落とした。
己が師が手入れしただけあって、庭は随分と見事なものであったことに、よくよく見ると気がついた。


それほど手間のかかる作業では無かったが、こんなものかな、と妖夢が仕事に満足した時には、既に半刻が経過していた。



「これまた、懐かしい物が出てきたものね」
「んー、まだ妖忌が出て行ってから何年も経ってないのにね。不思議」

間もなく、紫を連れた幽々子が戻ってきた。

「ああもう、お茶の作法なんて長い間やってないから忘れてしまったかも」
大仰に頬に手をあてて紫は騒いだ。
「あら、私なんてもうほとんど覚えてないわよ?」
負けじと幽々子が言った。

―――幽々子様……呆けすぎです

「あの、お庭のお手入れは終わったのですが・・・・・・何か他に用意することはありますか?」
妖夢は庭師であって、茶の道に詳しい訳ではない。故に茶室の中は弄ることが出来なかったのだ。
「それなら大丈夫よ。結界張って保存しておいたから大して荒れてないだろうし」
それを聞いて妖夢は僅かに安堵した。
「それでは私はこれで――」
「いやいや妖夢」
出た。亡霊のお嬢様のお決まりの台詞。
これが口から飛び出す時はほぼ確実に厄介ごとを任される故、妖夢はいつも警戒していた。


「な、なんでしょう幽々子様」
「庭のお掃除、やりなおし~」
歌うように、扇で口元を隠しながら言う幽々子。
「はあ、解かりましたよう」
自身の見解ではこれ以上弄る所など無いように見えたのだが、なにしろ自分の主人が言うのだ。
仕方なく熊手を手に取り再び掃除に取り掛かった。



「よし、今度こそ」
そう、今度こそ完璧のはずである。
紅葉や銀杏の葉は残さず掃き、石も綺麗に磨いた。
「終わりましたよ、幽々子様ー」
これで文句は無いだろうと、ちょっとだけ胸を張って、縁側で茶をすすっている主を呼んだ。
「あらあら。随分すっきりしちゃったのね」
掃除の終わった庭を見て幽々子が驚いたように言った。
「いかがでしょうか」
尋ねながらも、妖夢は幽々子の口から例の言葉が出ないことを祈った、が。

「いやいや妖夢」

まただ。
これ以上どこをどう弄れば良いというのだろうか。
二度目のダメ出しに、妖夢は僅かなやるせなさと、憤りを覚えた。
「幽々子様、石は全て磨いておきました。草木も師匠の剪定を整えました。地面の苔は露をたたえて光っております。
葉のひとつも残さずに掃きました。……私に、これ以上何をしろとおっしゃるのですかっ」
つい、語気が強くなってしまった。
「妖夢」
しまった、と妖夢が思い、彼女が二の句を継ぐ前に幽々子が鋭く言い放った。
「ただ整えるだけが庭師の仕事じゃないでしょう?」
そう言うと、一番近い、真っ赤に色づいた葉を持つ木に近寄り。
「幽々子様何を―――」
「こうするの」
突然、その細腕で木を揺らし始めた。


あ、という声が妖夢の喉から漏れた。


揺らされた木は、真っ赤に色づいた紅葉を、露の滴る紺碧の絨毯に散りばめる。

「銀杏も少し欲しいわね」

別の木を揺らすと、黄金の小さな扇がさらにそこへ飾られた。


豊かな碧の苔の絨毯に、秋の錦が極彩色の模様を描いた。





嗚呼、何故こんなにも美しいものを。
何故、私は気づけなかったのだろうか。






足元に広がる、季節外れの見事な秋染反物に、妖夢の心の中で何かが紅葉した。



「お庭を美しく飾るのが、貴方の役目よ。はい、一つお勉強ね」

振り返った幽々子の顔には、相変わらずの柔和な笑み。

「……あ、はい!幽々子様!」



元気良く、嬉しそうに返事をする妖夢。
また諭されてしまった、と頭を掻きながらも、その表情はどこか満ち足りていた。







彼女が師を越えるのは、まだ当分先の話になりそうだ。
プチでちまちま書いていた乳輪大納言改め大納言と申します。
茶道をかじったことのある人なら誰でも知っている、千利休の有名な説教のリスペクトです。
つまりパクr(
ガクガクブルブルしながら投稿しました。
至らない文章ですが、叱咤激励感想など大歓迎です。これからもどうぞよしなに。
大納言
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コメント



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1.80からなくらな削除
シンプルにまとまっていていいですね
私は茶道をかじってないので、それについては何にも言えませんが
一言言うなら、読みやすかったですよ
8.100名前が無い程度の能力削除
和めましたし良かったです
スラスラ読めましたし絵が浮かびました
これからも頑張ってください 之意を籠めて
12.70名前が無い程度の能力削除
読みやすいし良い文とは思うんだけど。
自分的に早苗さんブレイクの印象が強すぎて別人かと思いましたw
20.無評価大納言削除
呼んでくれた全ての人に読了感謝!
>自分的に早苗さんブレイクの印象が強すぎて別人かと思いましたw
Σ そんなに印象強かったんですかw