Coolier - 新生・東方創想話

あなたと合体したい

2008/06/08 00:57:24
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「はぁ……」


 青空に伸びる飛行機雲を仰ぎ見つつ、宇佐見蓮子は溜息をついた。
 夏を迎える直前の青々とした山は生命の息吹に溢れ、突き抜けるような空の青と相まって息を飲むほどに美しかった。
 では、彼女が吐いた溜息が感嘆の意であったかと言うと、決してそうではなかった。
 ――メリーはきっと、忘れている。
 今日は特に何もない、ただの休日。月の巡りが変われば今日は平日で、いつも通り大学に行っていつも通りに駄弁っていただろう。そんな、何でもない日。
 だが二人にとっては――と言うよりは、蓮子にとっては――特別と言える日であった。年に一度の、彼女にとっての祝日。
 そう、今日は宇佐見蓮子の誕生日だったのだ。
 例年通りなら、二人は小洒落たカフェにでも行って、小さなケーキとコーヒーでささやかに祝っていたであろう。
 ささやかではあったが、それは蓮子にとってこの上ない喜びであった。
 だのに、今年は何故か山にいる。それも大荷物を担いで。


「……ねぇ、ここに何かあるの?」
「もう、これで三回目よ、蓮子。――夢でみたのよ。ここが幻想郷への入り口よ、きっと」
「それはもう三回も聞いたわよ。聞いたけど、何もないじゃない。あるのはブナと、コナラと、えぇと……名もない雑草。まだ裏の博麗神社の方が可能性高くない?」
「うーん、確かこの辺の祠だったと思うんだけど……。その祠を回したら行けるはずなのよ」


 不安げに呟く彼女、マエリベリー・ハーンこそが、蓮子のサークル仲間にして唯一無二の親友である。
 メリーの愛称で呼ばれるこの親友は、頭部全体を覆う愛用の帽子の下に汗だくの顔を覗かせて、鎌を片手にせっせと下草を刈っていた。
 どう見ても、花の女子大生の画ではない。だが自身は全く気にしていないのか、首から掛けたタオルで顔を拭いつつ、辺りをキョロキョロと見渡していた。
 森林と草原の境目で比較的開けた場所ではあったが、太陽の位置が僅かに西にある為、二人は日光の直射を避ける事ができた。
 それでも、暑いものは暑い。蓮子は始終ふくれっ面であった。
 暇潰しに辺りの草を刈り、ヒラヒラと舞う蝶を目で追い、それにも飽きると近くにあった岩に腰掛け、足をブラブラと揺らし始めた。
 そして再び仰空し、嘆息するのである。


「……ねぇ、何もないしさ、お茶しに行かない? 私、疲れちゃった」
「あとちょっと、あとちょっと」
「……それも三回目だよ……」


 欠伸を一つ、んー、と伸びをして蓮子は岩から飛び降り、今度はもたれ掛かった。
 先ほどまで直線を描いていた飛行機雲は、もうぼやけてしまっている。
 空の青に徐々に滲んでいく白を見て、目が潤んでいる事に気付いた。もう一度大きく欠伸をして、涙を拭う。


「ねぇ、飛行機雲がどうやってできるか知ってる?」
「えぇと、確か飛行機の排するガスとかに水蒸気の粒がくっついてできるんじゃなかったかしら」
「そ。案外単純なんだよね、そう考えると」


 右手を天にかざして、蓮子は空を透かし見た。飛行機雲は涙のせいでなく滲んでいる。脇では少し気の早い入道雲がむくむくと起き上がっていた。
 ザッ、と一陣の風が、草の切れ端を舞い上がらせる。青い草いきれに、蓮子は夏の足音を聞いた。


「……それだけ? 急にどうしたの?」
「いやぁ、我ながら単純な事に、雲を見てると駅前のシュークリームが食べたいなぁ、とか」


 タイミング良く――或いは、悪く――蓮子の胃が悲鳴を上げた。
 その音にメリーは小さく噴出し、泥の付いた顔を綻ばせながら立ち上がった。


「分かった分かった、じゃあ、中止して下山――」


 言いかけた言葉を飲み込む。
 漸くの言葉が最後まで聞けず、蓮子は眉を顰めてメリーの顔を覗き込んだ。メリーの目は、大きく見開かれていた。


「……どったの?」
「――シュークリームは中止よ、蓮子。あなたの座っていた岩こそが、探していた祠だわ」


 え、と振り向く。蓮子の目の前に、文字が彫刻された古い祠が佇んでいた。


「え? これなの? 祠って言うから、もっと建築物的なものだと思ってたわ」
「古い祠なんてこんなものよ。蓮子、お手柄ね」
「いやぁ、まぁ、ははは」


 実の所、既に見つけていたという脱力感やシュークリーム中止という哀愁感も大いにあるのだが、無邪気に喜ぶメリーを見ているとどうでも良くなってきた。
 偶にはこんな誕生日もいいだろう。苦笑したまま僅かに三回目の嘆息を漏らし、蓮子は声を張り上げた。


「さぁ、メリー! 久々の活動よ! 心の準備はOK!?」
「OK!」


 二人で石に手を掛ける。せーの、で一気に右へ。祠は大した抵抗も見せず、あっさりと右へ九十度回転した。
 ――その後何が起こったのか、彼女達には説明ができない。言えるとしたら、視界が暗転したという事くらいだった。









 入道雲が湧き上がる空の下、博麗神社には霧雨魔理沙に加え、アリス・マーガトロイドが訪れていた。
 宴会や異変でもない限り、アリスが神社に来る事はそうない。普段は家で人形の手入れか、魔法の研究をしている為である。
 ならばアリスが神社にいるのは宴会か変事があったのか。――いや、彼女からすれば異変と言えたのかも知れない。
 尤も、変事と言うよりは、催事であった。


「胸が、小さい」
「帰れ」


 湯呑みを手にしてから口に運ぶまで、その間とも言えぬ刹那に紅白の巫女、博麗霊夢は判決を下した。
 横では一人蚊帳の外で事情を知る魔理沙が、寝転んだまま頬杖をついてニヤニヤとしていた。
 霊夢が反応しようが、反応せずにアリスがやきもきしようが、自分には害が及ばず高みの見物ができる。そんな顔だった。
 魔理沙は人間であるが、今の行動はどちらかと言うと妖怪のそれに近かった。


「まぁ聞いてよ。魔理沙ったら、自分を棚に上げて人の事を貧乳だの何だの好き放題言うのよ。そりゃ確かに大きくはないけれど、魔理沙ほどじゃあ、ねぇ。
そう言えば霊夢も小さいわよね」
「あんたは愚痴を言いに来たのか、喧嘩を売りに来たのか」


 霊夢は笑みを湛えながら煎餅を後ろに下げた。彼女は確かに笑ってはいたが、その額には青筋が浮かんでいるのが見て取れる。
 何事にも無関心とは言え、年頃の少女らしい悩みは持ち合わせているようだ。
 懐に手を入れ、針を出そうとした霊夢を見て、アリスは慌てて言葉を紡いだ。


「いやいや、そうじゃなくて。小さい者同士で対策を練らないか、って事よ。まだまだこれからとは言え、努力したほうが確実でしょう?」
「でもあんた、成長止まってるんじゃなかったっけ? 捨虫の法だか何だかで」
「問題ないわ!」


 良くぞ聞いてくれた、とばかりにいきり立つアリス。右手を力強く握り締め、右足をちゃぶ台に掛け、彼女は燃えていた。
 無論、外見に変化があった訳ではない。炎を操る程度の能力を得た訳でもなければ、衣服が焦げている訳でもない。
 だが彼女の目は闘志に満ち、放つオーラは火炎の如く渦巻いていた。その迫力に気圧されながら、霊夢は辛うじて口を開いた。


「えっと……何で?」
「確かに捨虫の法は体の成長を止める法……故に私の体はこれ以上育つ事はない。
だけど、それは自ずからの場合! 逆に考えれば、外からの力で大きくすれば、それは元に戻る事はないのよ!
古代中国の偉い人は言いました! 育たないなら助けてあげればいいじゃない、即ち助長!」
「一応言っとくと、結果は枯れるからね、それ」
「引けば引くほど長くなる。揉めば揉むほど強くなる。胸の強さとは何か。敢えて言おう、サイズであると!
これで『サイズ……たったの70か……ゴミめ……』なんていわれるあの雪辱の日々ともオサラバよ!」


 一際強い風が吹き込み、熱弁するアリスの髪を浮き上がらせた。
 西寄りの陽光も相まって後光の差す、神々しくも煩悩に塗れたアリスの圧倒的な姿に、霊夢は最早何もいう事ができなかった。


「話は聞かせてもらったわ!」


 だから、突然響いた聞き慣れない声に最初に反応できたのは、煎餅を盗み食いしていた魔理沙だった。
 ――ただ、反応こそしたものの、突然の声に煎餅を喉に詰まらせるという失態を晒してしまったのだが。
 咽る魔理沙、未だ興奮冷めやらぬアリス、そして呆然とする霊夢の前に、その二人組の影は砂利を踏みしめ現れたのである。


「いつの世も 乙女が抱く 悩みかな、サイズ測って 判定無在! ハイ次蓮子の番!」
「え? 私も? うーん……ここはどこ 私はだぁれ いや待てよ、私の名前 宇佐見蓮子だ。はい次あなた」


 そう言って彼女、宇佐見蓮子は手の平を霊夢へ向けた。
 眉の根を寄せていた霊夢であったが、問答を挑まれれば応えるしかあるまい。一応は、神職であるのだから。


「あんた誰 も一度聞くわ あんた誰、別に名前は 聞いてないわよ」
「私はね マーガトロイド 名はアリス、人形遣いの 十九歳よ」
「いや今の お前に聞いちゃ いないだろ、ついでに言うと 字余りしてる」
「な、なかなかやるわね……! だけど、こちらでは私たちの圧倒的勝利のようね!」


 メリーは得意気に胸を張る。衣服の上からでも分かる豊かな双丘が大袈裟に震え、その存在を主張した。
 隣に立つ蓮子も、メリーほどではないにしろ、それなりのものを持っている。
 幻想少女連合代表アリスはと言うと、決して持ち得ないそのサイズに打ちひしがれるのであった。


「いきなり出てきてこの狼藉……あんた、一体何者よ!」
「私はマエリベリー・ハーン。メリーって呼ぶ人の方が多いわね。初めまして、博麗霊夢、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド。昨日以来かしら?」









「夢で、ねぇ」


 一通り話が終わった後、霊夢は呆れたように呟いた。
 単に『夢が現実になりました。それがあなたの住む世界です』なんて言われていたら話を最後まで聞かず放り出していた所だ。
 だが、メリーの話は昨夜の霊夢の記憶と一致している。
 名前だけなら天狗の新聞や稗田の幻想郷縁起で知れようが、個人の行動を逐一記した書物もあるまい。
 俄かには信じがたい話ではあったが、信憑性は十分だった。


「えぇ、遂に会えたわ。いつも夢の中で話すだけだったもの。ついテンションが上がってしまって」
「ホントだよ、もう。メリーらしくもない」


 苦笑交じりのメリーと呆れた風の蓮子、秘封倶楽部の二人は世界を違えても特に動じた様子は見せなかった。
 当然である。足を踏み入れた事こそなかったものの、メリーは夢で何度も訪れ、蓮子もメリーの話を嫌と言うほど聞いていたのだ。
 彼女らは外の世界に居ながらにして、既に幻想郷の空気に馴染んでいたのである。


「折角だから異変を起こしてみたり、解決する所も見てみたいじゃない?」
「あれじゃただの変人だって」
「そうねぇ……興味本位で異変を起こすのはもう勘弁してほしいわねぇ……」


 相変わらず呆けたように、霊夢は気のない返事で応えた。だが秘封倶楽部の二人にしても、それを別段気にしてはいなかった。
 三人は、一人は前述の通り呆けた様子で、一人は割りと好奇心に満ちた様子で、一人は事情がよく分かっていない様子で、それぞれ目の前の光景に見入っていたのである。
 彼女らの目の前では、アリスが魔理沙に胸を揉ませていた。
 時に優しく、時に強く、マッサージにも似たその手つきはどこの誰を相手に覚えたのか、驚くほどに慣れていた。


「まだやるのか? そろそろ疲れてきたんだが」
「せめてDになるまで続けて」
「死ぬまで続けても無理だと思うぜ」


 魔理沙は既にダブルコーンを頭にこさえていたが、アリス怒りの鉄拳により、トリプルコーンへと華麗な進化を遂げた。
 一体何の借りがあるのか、魔理沙は目尻に涙を滲ませながら再びアリスの胸に手を掛けるのであった。


「健気ねぇ。揉めば大きくなると言う話がデマだって教えたら、どうなるかしら?」


 あくまでにこやかに、何かを髣髴とさせる笑みを浮かべながらメリーは言った。
 もちろん狭い神社の本殿の中、アリスに聞こえない訳がない。
 顔を真っ青にしたそれは怒りか悲しみか、緩やかな丘を魔理沙に好きにさせながら、アリスは己が耳と世界を呪った。
 この世は地獄、生きる事は罪なのか。何故生まれながらにしてこのような枷を背負わねばならない。
 アレか、母の貧乳が血も繋がってないのに、しかも今頃になって世界を越えてまで遺伝したのか。隔世遺伝とかいうヤツか。
 だが、そんなものに屈する訳にはいかない。壁は乗り越えるもの、困難は打ち砕くもの。
 これが母の課した試練だと言うのなら、見事耐えてみせよう。


「だから霊夢、魔理沙! 合体よ!」
「はぁ!?」
「私たちはそれぞれAカップ……でも合体して合計すれば、まだ望みはあるわ!
三人寄れば文殊の乳とも言うし……あれ、三つの乳だっけ? 一つ一つは小さいけれど、三つ集まれば大きな乳に……」


 小首を傾げて悩むアリスを前に、霊夢と魔理沙は硬直していた。――魔界人は合体できるのだろうか、と。
 だがこちらは二束幾らのか弱い人間。残念ながらそんな特殊な細胞は持ち合わせていないのだ。
 それでも研究職である魔法使いのサガなのか、魔理沙は恐る恐る尋ねるのだった。


「……なぁ、アリス。合体って……どうやるんだ?」
「え? 三人の合体なら、縦列接続したらいいんじゃない? 三人の並び順によって空・陸・海で活躍する三形態に変形できるはずよ」
「変形……ですか……さいですか」
「ほら、霊夢がメインだったら空でしょ? 魔理沙がメインだったらスピードもあるし……あれ、私海中専門?」


 何を思い浮かべているのか、アリスは腕を組んで悩んでいた。
 その美しいブロンドの髪は悩み更ける彼女を一層引き立てていたのだが、今までの発言を聞いた者に、その姿に見惚れろというのは無理な話であった。
 それでも、これからによってはまだ可能かもしれない。そもそも、彼女は黙して居れば深窓の令嬢とすら言える美貌の持ち主である。
 故にまだイメージ回復は図れるはずなのだ。なのだが。


「名前は博麗、マーガトロイド、霧雨のイニシャルを取ってHMK……ハマーン・カーンね!」


 もうダメなようだった。


「さぁ魔理沙! 合体よ!」
「えー」
「つべこべ言わない!」


 言うが早いか、アリスは魔理沙の背後にしゃがみ込み、股に頭を突っ込んだ。そしてそのまま立ち上がる。
 思わぬ肩車に驚いた魔理沙は、思わず帽子を落としてしまった。普段箒で飛んでいても、人に持ち上げられるというのは、また別の感覚がするものである。
 思うように体が動かず、不安な事この上ない。


「さぁ霊夢! 魔理沙の上に乗るのよ!」
「えー」
「つべこべ言わない!」


 言うが早いか、アリスは霊夢の首根っこをむんずと鷲掴みにし、力一杯上に放り投げた。
 とは言え、狭い社殿の中の事。すぐに天井にぶつかり、星と彼女との間に生まれる引かれ合う力に従い、自由落下するのであった。
 これを見て、後に魔理沙は重力を発見するに至る。
 そして林檎よろしく落ちる霊夢はと言うと、ポップコーンを口でキャッチする人の如く絶妙に位置を合わせたアリスによって、見事魔理沙の上に肩車されるのであった。
 ――そしてその時、奇跡は起こる。
 奇跡を起こすのは神ではない。人の持つ、想いである。その想いが強ければ強いほど、奇跡は起こるのだ。
 運命論者からすれば、それは事前に決まっていた事だと言うだろう。
 だがその運命の糸を手繰り寄せたのは、やはり奇跡を起こそうとする人の想いなのである。
 あと、外から来た巫女さんとかも起こせるかもしれない。


「が……合体した……!」


 開いた口が塞がらない、という言葉をこれ以上ないくらいに体現して、蓮子は己が目を疑った。
 無理もない。一瞬の閃光の後、目の前で三人の人間が消失し、一人になったのだ。
 人類が二千年もかけて築いてきた生態学、物理法則、その他諸々が一瞬の内に崩れ去ったのである。
 床に落ちた帽子を被り直しつつ薄煙の中から現れた彼女は、想いの強さからか容姿こそアリスに似るものの、後頭部にリボン、手には箒とそれぞれの特徴を備えていた。
 唯一三人の誰にも似つかわしくないその箇所――微乳どころか、まな板も真っ青の平らなその胸部を自慢げに張って。


「って、なんで逆に小さくなってるのよ!」
「あー、あれじゃない? Aカップが三人集まったから、AAAカップになったとか」
「いやいや蓮子、そこは想いの強さの関係じゃないかしら? 多数決を取ったらアリスが賛成、霊夢と魔理沙が反対だったのよ」
「三人寄っても勝てないなんて……なら、弾幕で勝負よ!」


 弾幕勝負は幻想郷では至極当然のものであると言える。
 だが秘封倶楽部の二人は、いかに空気に馴染んでいようと幻想郷の人間ではない。弾幕など張れよう筈もないのだ。
 加えて相手は三体の人妖が合体した何だかよく分からないもの。通称ハマーン。
 その能力をフルに生かし、辺り一面をレーザーで囲い、人形で更に動きを封じてくる。そしてそこに陰陽玉を放り込んでくるのだ。一体普通の人間の誰が勝てよう。


「ちょっと何これ! 私達は弾幕なんて無理だってば!」
「大丈夫よ蓮子! こんな事もあろうかと、これを持ってきたわ!」


 メリーは背中の大荷物から鈍い光沢を放つそれを掴み取ると、蓮子の手に握らせた。
 妙に重量感があるその独特のフォルムを、蓮子はしげしげと眺める。
 無駄なく手の平にフィットし、重ささえ気にしなければ扱いやすいコンパクトさ。
 把手には手の平を保護するグリップが、上部には狙いを定める照準が、先端には弾を打ち出す銃口が。


「こっ、こここれ拳銃じゃないのメリー! 何でこんなもの持ってるの!」
「あなたを……あなたを守る為には力が要る。だから私は……ッ!」
「どこからツッコめばいいのか分からないけど、その守る役を私にやらせるのね……」


 ――事実、今は生命の危険と呼ぶに値する。今まで直撃こそしていないものの、レーザーや人形の槍撃は何度も掠めた。
 この拳銃は確かに人の生命を奪う凶器ではあるが、今は正当防衛になるのではないだろうか。
 とは言え、人を撃つ――殺す事に変わりはない。自分に、人を殺めてでも生き延びる度胸があるのか。
 銃把を両手でしっかりと握り、恐る恐るハマーンに向けてみる。手が震えて照準なんか合うはずもない。
 首を垂れ、蓮子はかぶりを振った。


「……ダメだよメリー……撃てないよ……」
「しっかりするのよ蓮子! 戦わなければ死んでしまう。何も頭や心臓を狙わなくていい、行動できなくすればいいのよ!」
「でも……でも……こんなの使った事ないよ……頭に当たっちゃうかも知れない、心臓に当たっちゃうかも知れない……怖いよ、怖いんだよ!」
「蓮子!」


 蓮子の耳元を陰陽玉が掠め、背後の地面を大きく抉った。その強い風圧は蓮子の帽子を飛ばし、栗色の髪をかき乱す。
 頬を切ったのか、薄く赤が滲んでいる。蓮子は足を震わせ、為す術もなく立ち尽くしていた。
 あんなの、当たったら死んでしまう。運が良くても全身複雑骨折は免れまい。
 何でこんな事をしなくてはいけないのだろう。私はただの大学生で、こんな危険な世界の住人ではないのだ。
 だから体も動かない。避けられない。今発射された陰陽玉はきっと私を直撃するだろう。でも、体が動かないのだ。
 刻一刻と迫る玉をスローモーションで見ながら、蓮子は半ば絶望した。だから、銃口を前に向けたのはきっと彼女の意思ではなく、生存本能だったのだろう。
 目を大きく見開き、声にならない声を上げながら蓮子は引き金を引いた。
 ――パン、とその重厚なフォルムには似つかわしくない軽い音が響いた。反動も全くない。それどころか、飛んでいくべき弾もない。
 彼女が決死の思いで引いた銃口からは――カラフルな万国旗がはためいていた!


「蓮子! お誕生日おめでとう!」


 この日の為に用意したのであろう、その拳銃型クラッカーを友人に引かせるという念願が叶ったのがよほど嬉しかったのか、メリーは満面の笑みを浮かべて拍手していた。
 彼女は決して親友の誕生日を忘れたりはしない。ちょっとしたドッキリイベントを企画していただけなのである。
 この状況下においての親友の無邪気な笑みに、蓮子は不意を突かれたのだろう。思わず微笑を返していた。
 そして――その顔面に陰陽玉がめり込む。
 慌てたメリーはもんどりを打って倒れこむ蓮子に駆け寄った。そして、ハマーンに向って静かに手を挙げた。
 試合中断の合図は相手に伝わったのか、ハマーンも撃つ手を休める。
 メリーは暫く蓮子の顔を覗き込んでいたが、やがてニッコリ笑うと高らかに宣言した。


「顔面セーフ!」


 どう見ても蓮子の様子はセーフではなかったが、試合は続行らしい。
 ハマーンも何かを得心したのか、メリーに向けて頷くと再度あの凶悪な弾幕を張ってきた。
 心底楽しそうに撃つ彼女は、もはやこれが弾幕ごっこだという事を忘れているのではなかろうか。
 弾幕量も心なしか増加しているようにすら見えた。


「メ、メリー……」
「蓮子! 無事だったのね!」
「……もうどこからツッコんだらいいのか分からないけど、私はもう、ダメみたい」
「平気よ蓮子! 相手が合体してるなら、私達も合体すればいいのよ!」
「……あなたも、もうダメみたいね……」


 奇跡的に目立った傷はかすり傷程度であったが、蓮子は精根尽きたようにガックリと肩を落とした。
 言わずもがな、この状況下において蓮子には活路を見出せるものは何一つなかったのだ。
 ならば、後は相方の独壇場となるが道理であろう。


「名前はどうする? やっぱり二人の名前を合わせるのがいいかしらね? そうなると、うーん……ウサミ・ベリー・レンコーン?」
「……宇佐見、とっても蓮根。あぁ、素晴らしい名前ねメリー。もうそれだけで逝ってしまいそうだわ」
「レンコーンよりレンコHaaaan!!!の方がいいかしら。んー、やっぱりレンコーンの方が言いやすいわね」


 至極どっちでもよかった。蓮子はもう疲れ果てていた。楽になれるのなら、何でもいいとさえ思っていた。
 だから、メリーが腕を組んできた時も反応できなかった。
 否、反応しなかったと言うべきか。きっと彼女は蓮子を助ける為に腕を組んで立ち上がらせた訳ではないと、心で分かってしまっていたのだ。
 諦めに似た境地で、蓮子は右腕を交差させたまま、その身体を相方に差し出していた。


「ひふー、クロース!」


 もしメリーに蓮子を思いやる心が残っていたら、彼女は合体などしなかったであろう。
 しかし、それは無理な相談だろうな、と蓮子は思った。彼女は最初から言っている。テンションが上がってしまっているのだ、と。
 薄れ行く意識の片隅で蓮子は、駅前のシュークリーム、もう一回食べたかったなぁ、なんて思うのだった。


「合体は成功ね! さぁ、反撃開始よ!」
「ちょっと待って、なんであなた達は合体したのに胸が更に大きくなってるの? 私そこはちょっと納得いかないんだけど」


 ハマーンの言うとおり、レンコーンの胸はホルスタインとでも言うべきサイズになっていた。
 元々ゆったりとした衣服を着ていたメリーであるが、その余裕をゼロにして余りあるほどのサイズであった。
 小町の胸がソフトボールなら彼女の胸はバレーボール。しかも決して垂れる事なく、ツンと上を向いている。
 しかし肌はきめ細かく、程よい潤いを持ったしっとりとした質感で、ハリのある極上の胸である。
 色白な彼女の肌の色と相まって、マシュマロという比喩がこの上なく的確な表現であった。
 おっぱいヒエラルキーにおいては、かなりの上流階級に位置するだろう。


「うーん、プラス同士は足したらプラス方向に増えると言うか……マイナス同士は足したらマイナス方向に増えると言うか……」
「貧乳はマイナスじゃないわよ!」
「じゃあ、試してみる?」


 レンコーンの言わんとするところはもちろんハマーンにも伝わっていた。
 つまり、巨乳と貧乳を足してみるか、と言っているのだ。それは即ち、二人の合体に他ならない。
 今やそれぞれ貧乳代表と巨乳代表と化した二人にとってそれは、お互いの存在証明、引いては世界を二分する大戦であるとも言えよう。
 貧乳と巨乳、相反するそれは言わば不可侵の境界。お互いにそれぞれのアイデンティティを誇り、ニーズとサプライは拮抗しているとも言える。
 それはお互いに両端を極めた、言うなれば究極の発展形であるからではないだろうか。
 適度にある訳ではない。無難なサイズでもない。『ある』か『ない』か、二者択一である。
 ――それが故にハマーンにはその申し出に躊躇した。決して相容れざる存在であるが、同時に手を組む事で相手のシェアをも手に入れられる可能性は少なからず有る。
 貧乳がナウなヤングにバカウケの時代がもし到来したならば、バストアップに固執する理由などないのだ。
 今まで彼女の胸を笑った者は、尽く彼女の前に平伏すだろう。それはとても素晴らしい快感をもたらすように思えた。
 だが、逆の場合――つまり、貧乳支持層が巨乳に鞍替えしてしまったら――それはつまり、世界が彼女を殺す事に等しい。
 町は巨乳で溢れ、貧乳には市民権も与えられないのだろう。会う人誰もが自分を男だと思うに違いない。
 そして貧乳の女だと気付くや否や、侮蔑の視線を投げて寄越すのだ。そんな世界、誰が耐えられよう。


 しかし、合体となればこれはある種ボーイミーツガール的な、革新とも言える出会いではないのか。
 お互いに不支持層は存在する。と言うか、実際の所は支持層の方が少ない。
 もし巨乳と合体する事で無難なサイズになれたなら……鯛じゃなくていい、むしろ鯵くらいの方が庶民派には受けがいいのだ。
 小さいと馬鹿にされる事もなく、大きすぎると気持ち悪がられる事もなく――理想ではないのだろうか?
 ハマーンはニヤリと、片頬を歪ませて笑った。それはつまり、首肯の意であった。


「美にゅー、クロース!」


 ハマーンの声とレンコーンの声、どちらが先だったろうか。
 否、どちらでもない。二人は阿吽の呼吸で同時に右腕を出し、見事なフォーメーションでクロスさせていたのだった。
 今この瞬間、おっぱい界に確執はなく、世界は慈愛に満ちていた。争いのない、平和な世界だった。
 そしてそれを体現すべく、一人の少女が幻想の地に降り立つ。バストサイズ、トップ、アンダー、共に『普通』。黄金率に極めて近い比率であった。


「ふ、ふふ……そうか、こうして合体していけばいいのね。全ての女性と合体した時――私は、究極体になれる!」


 彼女は全女性と合体する事で、真なる普通を獲得しようと考えていた。
 それは言わば原初の女性、イブにも相当するだろう。彼女が巨乳だったのか普通だったのか、はたまた貧乳だったのか、史実には記されていない。
 つまりそれは、比較対象がないからである。『大きい』にしろ、『小さい』にしろ、誰かと比べて初めて意味を成すものだ。
 ならば唯一、アルティメットワンになればよいのだ。その上、全女性の平均を取る為、まさに理想体をなす事は間違いない。


「さぁ、私達の戦いはまだ始まったばかりよ!」


 拳を胸に、彼女は夕日に瞳を煌かせるのであった。





 しかし天狗の竜巻「天孫降臨の道しるべ」によって遠心分離機の如く分解されたのは、また別の話。



(了)
先日、友人達と胸の話になりまして。その時発作的に書いたものを、終わらせてみました。
意見は色々と分かれたのですが、私からすれば、胸において大事なのは「柔らかさ」です。
いくら形が良くても筋肉質な胸なんて考えたくもない。と言うか、考えなくていい。

タイトルはご存知、恐らく全国のお茶の間を凍りつかせたであろうあのCMから引用。
さすがにアレはどうかなぁ、なんて。幸いにも、家族と居る時に見た事はありませんでした。


それでは、読んで頂きありがとうございました。
私はちょっとキュベレイに撃たれてきます。
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コメント



0.1090簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
吹いたわ。これはいい。
3.100名前が無い程度の能力削除
……え、なにこのおっぱい!?
4.60翔菜削除
突っ込みどころ多い気がしたしこれはえーみたいなのもあったけどもうなにもかもがどうでもいい。
じゃなくてなにもかもがおっぱいでいい。
7.100名前が無い程度の能力削除
拳銃に吹いた。命の危険よりドッキリを取るとは。
分離したときにサイズが変わってるという可能性も。

あと……獣妖怪と合体したらふくにゅーか。
9.80名前が無い程度の能力削除
なんだこれはww
10.80からなくらな削除
で・・出だしと内容がほとんど変わってる・・
まあでも、面白かったです
11.80名前が無い程度の能力削除
蓮子に涙が止まりません

>大荷物を担いで
この荷物は?
出てきたのは、タオルと鎌と拳銃型クラッカーだけなのですが
14.80名前が無い程度の能力削除
だんだんカオスに成っていくのが楽しかったです。
出だしの穏やかさと最後のはっちゃけぶりの差がいいです。
17.80名前が無い程度の能力削除
最後はミニスカが勝つということかー。
19.100極夜削除
オモロー!
22.90名前が無い程度の能力削除
何というカオスwもうこいつらダメだwww

>胸において大事なのは「柔らかさ」
激しく同意せざるを得ない。
26.70名前が無い程度の能力削除
>胸において大事なのは「柔らかさ」です。
>いくら形が良くても筋肉質な胸なんて考えたくもない。
あえて言おう。  前者が「おっぱい」、後者が「胸」で別物であると。

作品?  カオスですね。
28.90名前が無い程度の能力削除
誤字報告 気のない変事で→返事で
     天孫光臨の道しるべ→降臨

霊夢、魔理沙、アリスの三人肩車で遊戯王のゲートガーディアンを思い出した。
>名前はどうする? やっぱり二人の名前を合わせるのがいいかしらね?
そこはやっぱり宇佐見メリーか蓮子・ハーンでしょう。
>「天孫光臨の道しるべ」によって遠心分離機の如く分解
その発想はなかった。

おっぱいを抜いてもカオスギャグだけでもう十分面白い。
31.90名前が無い程度の能力削除
べりーは「とっても」より「まさに」のほうが的確かなぁとおもいます。
まあそんなことはどうでもいい。
>胸において大事なのは「柔らかさ」
きっと小町のおっぱいはマシュマロよりやわらかいんですが、しっかりとした弾力って・・・うへへへへへ
夢ですよね!
34.無評価St.arrow削除
コメントありがとうございます。
返信は抜粋してお送り致します。
ご了承下さい。



>>翔菜氏

こうして世界はおっぱいに包まれた ~おっぱいEND~
ですね。分かります。


>>からなくらな氏

場面の推移をお楽しみ下s……いえ、書いた時期がズレていただけです。
申し訳ございません。


>>極夜氏

もう一つ前だったら3の倍数だったのに!
残念です。


>>7氏

ランダムおっぱいはある種アリかも、とか思ってしまいました。いや、思えるようになりました。
ふくにゅーについては検索しても良く分からなかったので、お暇でしたらまたご教示下さい。


>>11氏

>この荷物は?
山に行く為にそれなりに用意をさせてみたものの(汗をかいたときの着替えとか飲み物とか)、それ以降不要となった為書いてませんでした。


>>26氏

ふむ、別物とする考え方も確かにありますね。
しかし筋肉質でもマシュマロでも、それはやはり一個のおっぱいであると思うのですよ。
人種みたいな感じで。


>>28氏

ご指摘頂いた点を含めて数箇所訂正しました。
ありがとうございます。


>>31氏

ですよね!
37.80名前が無い程度の能力削除
ここにはすごいカオスがあった。
嫌いじゃなかった。