Coolier - 新生・東方創想話

パチュリーと苦い紅茶

2008/06/06 21:03:37
最終更新
サイズ
19.16KB
ページ数
1
閲覧数
645
評価数
11/81
POINT
4240
Rate
10.40

分類タグ


苦しげに、呻くような声が響く。

暗い、暗い、通路の向こう。

闇に埋もれた向こう側。

助けを求めるように、呻く。

それを、私は冷徹に細められた目で見据える。

呻き声はまだ続く。

私の名を呼んで。

助けるつもりなど、毛頭ない。

しかしながら、このままずっとうるさいのはとても迷惑。

そう、哀れみでも優しさでもなく、

ただ純粋に、鬱陶しかったから、私は腰を上げた。



「小悪魔、うるさい。」



目の前には、本の山。

無造作に積み上げられた、

まるで上から大量の本が突然降ってきたかのような、造形美の欠片も無い山。

その山の中から、わずかな隙間を縫うように乱反射した声が漏れる。

「パチュリー様、た、助けてください・・・。」

パチュリーは不機嫌そうに口を尖らせる。

先ほどの、雪崩のような騒音の正体はこれか。

察するに、小悪魔が本の整理中にドジを踏んだのだ。

で、頭上から降り注ぐ本の雨に生き埋めにされた、と。

面倒くさい。

どうしたものか、とパチュリーは視線を巡らせ、

その視線の端に、ちょうどいいものを捕らえた。

パチュリーはそれを拾い上げると、

小悪魔が埋もれている本の山の一番上に、そっと乗せた。

それは、『墓標』と銘打たれたホラー小説で、

「た、たしかにちょうどいいですけど!! 解決してませんから!!」

洒落てると思ったのに・・・。

表情を変えずに肩をすくめると、

パチュリーは手当たり次第に本を避けていった。

やがて、

―ずぽっ

と、黒い袖に通した腕が突き出した。

ホラーな光景だ。

墓場から突然、死者の腕が突き出したかのよう。

ん、そういえば、

この『墓標』という小説にはそんなシーンがあったような・・・。

「ナイス、小悪魔。」

「早く助けてください!!」

ぽいぽいと軽快に本を避けていく。

やがて、小悪魔の上半身が姿を現した。

「ふぅ、助かりましたぁ。」

小悪魔は、変な風にひしゃげていた羽をパタパタと振ると、

ふわりと宙に浮き上がった。

怪我は特にないらしい。

パチュリーは使い魔の生還を喜ぶように、

「ドジ。」

「喜んでるように聞こえませんよ。」

訂正。

心底どうでも良さそうに言った。

「しょうがないじゃないですか。最近本当に本が増えてきたんですから・・・。」

小悪魔は両手を広げて、周囲の本の山を示した。

この本の山は、全て新しくこの図書館に入ってきた本だ。

どういうわけか、この魔法図書館には、次々と新しい本が舞い込んでくる。

どういう仕組みなのかは、良く知らない。

この館の主に聞いてみても、

「いちいち仕入れる必要がないから楽でいいでしょう?」

という答えが返ってきただけ。

いまいちピントがずれた答えだが、きっと本人も知らないのだろう。

まあ事実便利だし、仕組みはどうでもいい。

空間を操作できる者がいるので、スペースには困らないが、

整理整頓する側はとにかく大変なのだった。

「まったく。読書と研究に専念出来るようにあなたを召喚したのに、

 私が手伝わされるんじゃあ本末転倒だわ。」

「できればもう一人くらい人員が欲しいところなんですけど・・・。」

じろっ、とパチュリーの視線が飛ぶ。

贅沢を言い過ぎたか・・・?

「ちょっと来なさい。」

ええっ!? まさかお説教!?

そこまで怒らせるような発言をしただろうか。

たまたま虫の居所が悪かったとか。

またミルクだけ入れて砂糖入れ忘れた紅茶飲んじゃったとか。

「小悪魔。」

「はいィ!」

小悪魔は慌ててパチュリーの元まですっ飛んで、

・・・行こうとして、ぴたりと足を止める。

その場の本の山を軽く、形だけ整頓してから、

改めてパチュリーの元まで急行した。



                     * * *



「遅い。」

「はい、すみません。」

パチュリーが居たのは研究机の方。

ちなみに、普段は読書机の方に居る。

どちらの机も、機材や本が積みあがる運命にあるので、両立はできないそうだ。

で、その研究机の上には、今は機材が一つだけ乗っている。

別に珍しく整頓されているとか、そういうことじゃない。

どでかいビーカーのような透明な容器が、机一杯に頓挫しているのだ。

もちろん、中身入りで。

「あの、これは・・・?」

薄く緑がかった、粘性の強そうな液体の中、

なにかが背中を丸めて浮かんでいる。

なにか、というか、一見すると人間のようなのだが、

とんがった耳が人間のものではないので、とりあえずなにかと呼んでみている。

「ホムンクルス。聞いたことない?」

「人工生命体ですか?」

「そう、それ。」

ホムンクルス。

錬金術師が生成したといわれる人工生命体。

しかし、いかな錬金術師といえども人の身。

神の所業である生命創造を完璧に模倣するには至らず、

ホムンクルスには人に至らぬ様々な欠点があるという。

パチュリーがビーカーの側面を、コンコンと爪で突つく。

すると、中のホムンクルスがうっすらと目を開けて、

パチュリーのことをじっと見つめた。

「そろそろ出せるわ。」

「そうですか。」

「そうよ。」

「・・・あの、出せってことですか?」

「タオルも持ってきてね。」

「・・・・・・はい。」



                     * * *



小悪魔がビーカーの中に手を突っ込むと、

ぬるっ、というなんとも嫌な感触で液体が絡みつく。

「うひっ。」

「気持ち良さそうな声上げないで。」

「気持ち悪いんですよ!!」

ビーカーの中ほどに浮かんでいるホムンクルスを抱き上げると、

敷いたタオルの上に引き揚げた。

まるで人間の子供のようだ。

ごしごしと、顔に付いている液体を擦り落とすと、

ホムンクルスは嫌そうに手をばたつかせた。

「あっ、ごめんね。痛かった?」

今度は手つきを変えて、優しく目蓋についた液体をふき取る。

うっすらと、灰色がかった瞳が小悪魔を捕らえた。

「・・・かわいいですね。母性本能を刺激されます。」

「悪魔にそんなものがあるか。」

「それもそうですね。」

全身をくまなく拭き終えた。

小悪魔が手を離すと、

意外にもしっかりと二本の足で立ち上がった。

身長は、たぶん60~70cmくらい。

確かに子供だが、元気に走り回っているくらいの年齢だろう。

まあ、ホムンクルスだし。生まれた時に赤ん坊じゃあ使い道がないか。

「女の子なんですね。」

「というより、どちらでもないわ。生殖機能は必要ないから。」

とりあえず、服の代わりにタオルを巻きつけてみるものの、

このままではあまりにもかわいそうだ。

なにか服を用意してあげないと。

「どうしましょう。私のもパチュリー様のも合いませんよね。」

「咲夜に頼みなさい。メイド服なら売るほどあるでしょ。」

「そうですね。ただ、このサイズだとオーダーメイドになるかもしれませんけど・・・。」

いかに紅魔館広しといえど、これほど小柄な使用人は居ないだろう。

無い可能性も大いにあるが・・・。

「アレに付いて行きなさい。」

パチュリーが小悪魔を指してそう命じると、

ホムンクルスはこくんと頷いた。

「おお。」

「簡単な命令なら聞けるわ。

 それ以上の知能はないけどね。」

小悪魔が少し歩くと、ホムンクルスはとことこ付いてくる。

ひょいっと位置を変えると、それにあわせて向きを変えて。

(か、かわいい・・・。)

こっちこっち、と小悪魔が手を叩くと、

小悪魔に向かってとことこ

「さっさと行く!!」

「はいィ!!」

パチュリーの怒声に、小悪魔は大慌てで図書館の外にすっ飛んでいった。

それに、ホムンクルスはマイペースに付いて行った。



                     * * *



「じゃーん!! どうですか? かわいいですよね!!」

小悪魔が突き出してきたのは、メイド服を着せられたホムンクルス。

妙に早かったので、やっぱりちょうどいいサイズがあったのかもしれない。

改めて、その容姿を見る。

身長は小悪魔の腰までもない。

無造作に伸びたショートカット。

その髪を、とがった耳が突き破っている。

表情は鉄仮面のような無表情。

その灰色がかった瞳は、常に眠そうに半分閉じている。

かわいい・・・か?

「ま、服があったならよかったわね。」

「咲夜さんに言ったら2秒で用意してくれましたよ。

 なんだか妙にやり遂げたような、さわやかな表情が気に掛かりましたけど。」

パチュリーはホムンクルスのメイド服に軽く目を走らせる。

あんまり見たことの無いデザイン、のような気がする。

おまけに、糸の切断面がきっちり揃っている。

まるでまだ一度も洗ったことがないような。

極めつけに、ちょっと真新しい糸くずが付いていたりして。

「ペド。」

「はい?」

「咲夜は趣味がいいと言ったのよ。」

はぁ、と納得言ってない様子で頷く小悪魔。

できればそのまま納得いかないでいて欲しい。

「ふむ。まあこんなところね。

 小悪魔、仕事に戻りなさい。」

「あっ、はい。」

残念そうな顔をする小悪魔。

そんなにこのホムンクルスが気に入ったのだろうか。

ならちょうどいいか。

「アレの真似をしなさい。」

こくっ、と頷くホムンクルス。

小悪魔の後をとことこ付いていくと、

本を本棚に差し込んでいく小悪魔を、じぃ~っと見つめる。

「あの、パチュリー様? ひょっとして私の手伝いをさせるためにこの子を・・・?」

「研究のためよ。」

「そ、そうですか。」

小悪魔は半端な笑みを浮かべてから、作業に戻る。

そう、研究のためだ。

嘘ではない。

小悪魔にまたドジを踏まれると、うるさくてかなわないし。

「おいで~、クーちゃん。」

「・・・クーちゃん?」

「この子の名前ですよ。ホムンクルスなのでクーちゃんです。」

(一文字しか使ってないし。)

気にしないことにした。

どう名前をつけようが自分は構わないし。

小悪魔のネーミングセンスをどうのこうの言うつもりはない。

本人には名前すら付いてないけど。



                     * * *



「さあ、まずは簡単なお仕事から始めましょう。」

小悪魔が先生ぶって人差し指を立てる。

ホムンクルスは眠そうな半眼のまま、こくりと頷いた。

「よく見ててね。」

まずは本の整理からだ。

さっと背表紙に目を走らせ、タイトルの綴りを確認。

ジャンルごとに、A~Z、あ~んの順に並べるのが基本だ。(この間『ん』から始まるタイトルの本をみてびっくりした。)

この本のタイトルは『属性名鑑2008』なので、頭文字は『そ』。

妙にアニメ調な表紙が気になるが、属性というからには魔術関連の本なのだろう。

魔術区画の『さ』行。

整列された本の背表紙を目で追いかけ、本棚の該当の場所に本を差し込む。

これで一連の作業が完了だ。

「わかった?」

ホムンクルスはこくこく頷いた。

(か、かわいい・・・。)

緩みきった顔で、小悪魔はホムンクルスに本を一冊手渡した。

「それじゃあこれをお願いするね。」

『にとりによる改造といったらドリル理論』

一見無造作に選んだ本のようだが、

タイトルは平仮名で始まるものだったし、

機械区画は本の数が少ないから、それほど難しい仕事ではないだろう。

もちろん、こっそり簡単そうなものを選んだのである。

ホムンクルスは心なしか自信ありげに本を受け取ると、

迷うことなくトタトタ駆け出していた。

おおっ、仕事が早い。

小悪魔が慌ててそれを追いかけると、丁度ホムンクルスが本棚に本を差し込んでいるところだった。

任務を完了したホムンクルスが、次を期待するように小悪魔を見上げている。

小悪魔は苦笑すると、次の一冊を手渡した。

また迷うことなく走っていくホムンクルス。

「ははは・・・。」

先ほどの本が刺さった場所を見て、小悪魔は乾いた笑い声を上げる。

生活の知恵区画の、『稗田の知恵袋』の横に上下逆さまに突き刺さっていた。

人工生命体であるホムンクルスの知能は高くない。

結局仕事が増えただけか・・・。

あとであの子にバレないようにこっそり直しておこう。



                     * * *



うきゃー、という絶叫が響く。

小悪魔が侵入者に撃墜された音だろう。

性懲りもなく、よく来るネズミだ。

なにか新しい猫イラズを用意する必要があるかもしれない。

今日は相手をする気力も起きないので、放っておくことにした。

いまさら一日分くらい盗られたって、被害は対して変わらない。



「~♪」

小悪魔を軽く撃墜して、霧雨 魔理沙は意気揚々と本棚を漁る。

パチュリーに動く気配はない。

小悪魔があれだけ大きな絶叫を上げたのだから、気付いていないはずはない。

めんどくさいから放っておくことにした、というところだろうか。

そいつはいい。パラダイスだ。

魔理沙は背表紙に適当に目を走らせ、

なんとなく目に付いた本を引き抜く。

勘だけに頼っているくせに、希少な本ばかり選び抜くのは一種の才能かもしれない。

もちろん、今魔理沙が引き抜いた本も、

この世に二つと無いきわめて希少な一冊で。

背中の風呂敷にひょいっと放り込み、次の本を物色し始めて、

―ぎゅむっ

魔理沙が前のめりにつんのめった。

「・・・なんだぁ?」

後ろを見下ろすと、メイド服を着込んだ小柄な少女が、

魔理沙のスカートの端っこを小さな手で掴んでいた。

じぃ~っと、こちらを眠そうな瞳で見上げながら。

「なんだ、お前。迷子か?」

無反応。

「遊んで欲しいのか?」

無反応。

「・・・急ぐんだ。じゃあな。」

―ぎゅむっ

「・・・・・・。」

なんなんだ、一体・・・。

あれか?

ひょっとして、パチュリーが新たに仕掛けた侵入者対策?

これなら小悪魔のほうがまだ強そうだが・・・。

試しに、今しがた引き抜いたばかりの本を、

元あった場所に差し込み直してみる。

―ぱっ

手を離した。

同じ本を引き抜く。

―ぎゅむっ

・・・どうやらそういうことらしい。

魔理沙がここの本を持っていくことが気に入らないようだ。

といっても、お世辞にも強そうには見えない。

マジックミサイル一発で、あっさり撃沈できそう。

そのうえ、

―ひょいっ

軽い。

持ち上げるのも簡単だ。

これじゃあ碇の役目も果たせていない。

これごとお持ち帰りすればいいだけの話だ。

なんだって、こんな穴だらけの侵入者対策を・・・。

―じぃ~っ

「うっ。」

魔理沙は思わずたじろぐ。

この、威圧感の欠片も無い、眠そうな半眼。

―じぃ~っ

「だ、だからどうしたっていうんだ。」

―じぃ~っ

「気にしなければ話だろ!」

―じぃ~っ

「ええい、目を塞いでやる。」

―......

「よし、どうだこんにゃろ。まいったか。」

―......

「・・・・・・もう外しても大丈夫か?」

―じぃ~っ

「うわっ、まだ見続けてる!! なんだよこれもう!!」



「・・・魔理沙は行ったみたいね。

 さて、今日の被害は・・・?」

魔理沙が居た辺りの本棚を眺める。

特に不自然な穴はない。

あれ、持って行かれてない?

足元に目を落とすと、ホムンクルスがこちらを見上げていた。

こころなしか、ちょっと誇らしげ。

いや、気のせいだろう。

いつものように眠そうな半眼と無表情だ。

「・・・やるじゃない。」



                     * * *



今日は来客が来ていた。

珍しい。アリスだ。

こいつは人の本を無断で持っていったりしないからいい。

一人でいるほうがもっといいけど。

「お茶ですよ、どうぞ。」

ティーセットを盆で持ってきた小悪魔が、2人分の紅茶を注ぐ。

ミルクポットを机に置いて、

「ありがと、クーちゃん。」

ホムンクルスの持ってきたシュガーポットを机に。

果たして、ホムンクルスにシュガーポットを持たせる意味はあったのだろうか。

盆にはまだシュガーポットを乗せる程度のスペースは残っていたし。

小悪魔が本の整理に戻ると、ホムンクルスもそれに続く。

床に積まれた本の塔から、ホムンクルスが一冊手にとって小悪魔に渡す。

小悪魔はそれを受け取って、本棚に入れていく。

しつこいようだが、ホムンクルスに本を持たせる意味はあるのだろうか。

「あれは?」

「ホムンクルスよ。」

アリスは砂糖を紅茶に入れながら、ふぅん、と興味なさそうに相槌を打つ。

いや、興味なさそうというよりも、

彼女がホムンクルスを見る目は、妙に冷めていた。

パチュリーは紅茶にミルクを入れながら続ける。

「文献で見てね、試しに作ってみたのよ。

 簡単な命令くらいなら聞くわ。あなたもどう?」

「結構よ。後悔するのが目に見えてる。」

後悔、といったアリスに、パチュリーが首を傾げる。

しかし、アリスがそれ以上語ろうとしないのが態度でわかったので、

パチュリーはそれ以上の詮索を諦めて、カップを口に運んだ。

「ところで、パチュリー。」

「なに?」

「あなた、砂糖は入れない派?」

「・・・忘れてたわ、ありがとう。」



                     * * *



今日は、小悪魔は一人で作業をしていた。

ホムンクルスは、本を読むパチュリーの傍で待機させられている。

ホムンクルスがパチュリーの指示を待つように、

じぃ~っと、パチュリーを見上げている。

ぱたん、とパチュリーが本を閉じた。

「今日は仕事をしなくていいわ。好きにしてなさい。」

ホムンクルスは無反応。

好きにする、ということが出来る程度の知能がないのかもしれない。

実際、誰かの命令で動くよりも、自分の意思で動くほうがずっとも困難なものだ。

「ホムンクルスは人工生命体。

 人工であるが故、神の所業である生命創造を完璧に模倣するには至らず、

 ホムンクルスには人に至らぬ様々な欠点がある。」

パチュリーはぽつぽつと語りだした。

ホムンクルスにはきっと理解できないだろう。

だから、これはただの独り言。

「たとえば、知能。

 人のように完全な意思を持たず、誰かの命令を聞くことしか出来ない。」

ホムンクルスは無反応。

「たとえば、感情。

 人のように完全な自我を持たず、誰かに自身を伝える術を持たない。」

ホムンクルスは無反応。

「たとえば、寿命。

 人のように完全な魂を持たず、人造の肉体と不完全な魂は何倍もの速度で朽ち果てる。」

ホムンクルスは無反応。

「ホムンクルスの平均寿命はわずか5日よ。

 あなたをビーカーから出したのは、ちょうど5日前だったわね。

 あなたの肉体も、もうすでに気化が始まってる。」

ホムンクルスは無反応。

「最期の時くらい、好きに過ごしなさい。

 小悪魔の手伝いをするもよし。

 外に散歩に出かけるもよし。」

ホムンクルスが、動いた。

なにをするのか決めたらしい。

ホムンクルスは机を回り込むと、椅子に座るパチュリーの前へ。

パチュリーのスカートの裾を掴んでよじ登り、

ちょこん、とパチュリーの膝の上に収まった。

続いて、パチュリーの右手を掴んで、自分の前に。

左手も同様に、自分の前に持ってきて、右手と交差させる。

・・・満足したようだ。

ホムンクルスは動くのをやめた。

「・・・これが、あなたの好きなこと?」

こくん、と頷く。

「・・・そう。意外と賢い子ね。」

パチュリーは背もたれに全ての体重を預けて、

遥か高い天井を見上げた。

ホムンクルスもパチュリーにもたれかかって、

パチュリーの真似をしているらしかった。



                     * * *



「パチュリー様、お休みですか?」

パチュリーは背もたれに体重を預けて天上を見上げたまま、

目を閉じていた。

あまりに静かだったので、小悪魔は眠っているのかと思った。

「起きてるわ。」

口だけで、そう返事をした。

微動だにせず、目も閉じたまま。

ひざ掛けのように膝に掛かった、小さなメイド服を見て、

小悪魔はわずかに目を細めた。

「お茶でも淹れて―――」

―きゅっ

パチュリーが腕だけ動かして、

小悪魔の袖を掴んだ。

「―――来てもらえるように咲夜さんにお願いしましょうか。」

小悪魔は少しだけ悲しげに微笑んで、

―がちゃっ

図書館の扉が開いた。

それと同時に、パチュリーの手が離れて。

「その必要もなかったみたいですね。

 私は向こうで作業に戻りますので。」

小悪魔は現れた人物に軽く会釈をして、席を外す。

パチュリーは目を閉じたまま、動こうとしない。

「こんばんわ、パチェ。お茶でもどう?」

来たのはレミリアだった。

咲夜を伴わず、自分でティーセットを持って。

ようやく、パチュリーは体を起こしてレミリアに向き直った。

「椅子はそこらへんのを適当に使って。」

「お心遣いどうも。」

近場にあった椅子を自分の蝙蝠に持ってこさせると、それに腰掛ける。

そして、レミリアは自分で茶の用意を進める。

「咲夜は?」

「呼んでないわ。」

「そう。」

パチュリーとレミリアの二人分、紅茶を淹れ終えると、

レミリアはシュガーポットに手を伸ばす。

―ざっぱ、ざっぱ、ざっぱ

「入れすぎ。砂糖湯が飲みたいの?」

「咲夜が居ない時くらい好きに飲ませて。」

もともと数えていなかったので、結局何杯入れたのかはわからないが、

ようやく満足したのか、レミリアが紅茶を口に運んだ。

それにパチュリーの方が顔をしかめる。

「さて。」

澄ました顔でカップを置くと、レミリアはパチュリーの膝元に視線を落とした。

ひざ掛けとは到底思えない、メイド服。

「生物にはいずれ寿命がくるわ。遅かれ早かれ、ね。」

「そうね。」

「それは仕方のないこと。辛くても、受け入れるしかない。

 特に私のような吸血鬼や、貴方のような魔女は、

 寿命が長い分、なおのことそれを思い知らされるわね。」

「そう、ね。」

「残されるほうが幸せなのかしら。それとも残すほう?

 あなたはどう思う?」

「さあ。」

「そうね。私にもわからないわ。

 きっとどっちもどっちなのね。」

「かもね。」



「全てのものには、いずれ寿命が来る。辛いわね。」



「・・・誰のことを言っているの?」

「さあ。誰のことかしら。」

「からかうの?」

「哀れんでるのよ。私と、貴方をね。」

レミリアは紅茶を一口、口に運んだ。

それで彼女の言いたいことは終わりらしい。

パチュリーは膝にかかったメイド服に目を落とした。

これは縮図だ。

いずれ来るであろう、未来の縮図。

私と、おそらく、彼女の。

「パチェ。ずっと一緒に居てね。」

「そうね。ここの本はなくなりそうにないから。」

紅茶の入ったカップを手に取る。

それを胸元で軽く回して、

「砂糖もミルクも入ってないわよ?」

「知ってるわ。」

一口。

苦い。

やっぱり苦かった。

二度と飲みたくない。



「苦いわね。涙が出そう。」
やっぱりね。後悔するって言ったでしょ。
アリスは図書館の訪問を中止して、二人の邪魔をしないようにそっと扉を離れた。
だから私は人形に依存する。
人形は嫌わない。
人形は裏切らない。
人形は、私よりも先に死ぬことはない。

投稿24作目。
濃いのが続いたのでちょっと薄口。
ホムンクルスは魔理沙や咲夜と合わせていただけると、より一層美味しくお召し上がりいただけます。

追記します。
パチュリーは、そしてレミリアは別れの時、後悔するのだろうか。
僕は後悔すると思います。彼女達とて完璧ではありません。
むしろ体が強い分、心はもっと弱いのではないかとすら考えます。
だから、こんな思いをするくらいなら始めから出会わなければよかったと、きっと後悔すると思います。
そして同時に、その後悔が別のものに変わるための長い時間も、彼女達には十分にあります。
永い永い時を経た後で、懐かしい思い出を振り返り、
「ああ、やっぱり出会えてよかった。」と感じるのではないだろうか。というのが僕なりの考え方です。
このパチュリーの後悔も、ゆっくりと時間をかけて変わっていくでしょう。
暇人KZ
http://www.geocities.jp/kz_yamakazu/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3260簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
パチェは後悔してるんでしょうか。
11.90名前が無い程度の能力削除
これ読むと改めて思いますね
神綺様すげえ

ただ、小悪魔が埋もれている本の山の一番上に乗せた本、なぜ全身が埋もれてる小悪魔が分ったのかが?
小悪魔だからかな
12.80コマ削除
なんともやりきれないものですね。
いずれ必ず訪れる、避けることの出来ない運命。
でも、彼女達は悲しみはするだろうけど、後悔はしないんじゃないだろうか。
氏のお話を読んで、何年か前にどこかで目にした一節が浮かびました。
『別れることの悲しみよりも、出会えたことの喜びを』
14.80名前が無い程度の能力削除
これは切ないSS
15.80名前が無い程度の能力削除
いつまでも肉体的な寿命が来ない者達もいます、がね・・・
24.100時空や空間を翔る程度の能力削除
形在るのも何れは壊れる・・・
だけど壊れるからこそ美しい・・・
31.80名前が無い程度の能力削除
後書きのアリスがまた何とも…。
ホムンクルスが消える前後はパチュリーに焦点を当てていましたが
小悪魔の心情も気になります。
34.80名前が無い程度の能力削除
蓬莱人たちはどうなるんだか
どうにもならんかなあ
44.90名前が無い程度の能力削除
考えさせられました
67.100名前が無い程度の能力削除
アーティフィシャルチルドレン、ってやつですか。

万物には創造者が付きものですね。
因みに後で人体錬成云々で閻魔様に怒られるんだろうな、パッチェさん。
81.100名前が無い程度の能力削除
よかったです