Coolier - 新生・東方創想話

魔法使い達の夜

2008/05/22 18:19:57
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この作品は創想話作品集50「紅い月を欠いた夜」の設定を一部引き継いでいますが、未読でも問題ないと思います。
よろしければこの先へどうぞ。

























「月夜の晩ばかりだと思うなよ!」
弾幕戦でボロボロになってもなお捨て台詞を忘れない。

「え~と、私の勝ち?」
その場に残った勝者は未だにこの現実を信じられない様子で、フラフラ飛び去る敗者の姿を見送っていた。

「う~ん、なんだかな」
おもむろに腕を組み、首を左右に傾げながら、う~ん、と何事か考え込む。
そして、空の彼方に敗者の姿が消えたころ。

「よしっ!やめた」
下手な考え休むに似たり。
もとより考えるより先に体を動かすタイプ。
自分が何を考えても考えなくても、日はまた昇り、また沈む。
ケセラセラなるようになることを彼女は今まで生きてきた短くない年月から学んでいる。

何があっても無くても自分は自分の役目を果たすだけ。

彼女は大きく伸びを一つすると、今までの考え事をキレイサッパリ忘れて再び仕事に戻った。





□ □ □ □ □





「どうかしたのですか、溜息なんかついて」
空に鱗雲、山々の緑が赤や黄に変わる季節。
山際に沈む夕日が紅い館の影を長く落とす。
お茶をいれた赤毛の司書、小悪魔は主のパチュリー・ノーレッジへこの日何回目かの同じ質問をした。

「別に、なにもないわ」
お茶の最中でも読書を続けるいつものスタンスでパチュリーは小さく答える。
今朝からこのやり取りを何回繰り返したのか、小悪魔は自身の溜息を堪えて書架の整理を続ける。

「そういえば最近来ないですね」
閲覧所近くの書架を整理しながら、小悪魔は主へ声をかける。

「来ないって誰が」
「魔理沙さんですよ」

ガサッ

小悪魔が書架の間から顔を出すと、手から滑り落ちた本を拾う図書館の魔女の姿が映った。

「ネコいらずの心配がなくて助かるわ」
「そうですね、蔵書の被害もありませんし私は大助かりですが……」
「なにか問題でもあるのかしら」
含んだような言いようが気に障り、本から顔を上げて小悪魔を睨むパチュリー。

「いえ、ただパチュリー様の溜息の原因は彼女が最近来ないせいかな、なんて思いまして」

バタンッ

パチュリーは読みかけの本をテーブルに置く。

「最近、魔理沙が来なくて妹様も寂しがっているそうですよ」
「いいこと」
沈痛な面持ちで小悪魔へ語り始める動かない大図書館。

「あなたも知識と知恵の宝物庫。この大図書館の書を司るものとして、パチュリー・ノーレッジの使いし魔としてあるのなら言葉を発する前にその内容を考える程度の思慮深さは持ちなさい。紅霧異変以来、度重なる霧雨魔理沙の襲撃でこの図書館が失った貴重な蔵書の数。対魔理沙用トラップの開発及び設置費用、さらには迎撃戦の度に破壊される施設の復旧と補強のため資材確保、それらに奔走するわたしの精神的、肉体的苦痛、時間、魔力の損失などもはや他の換算するのも面倒なほど甚大な被害を受けてきたのよ。彼女、霧雨魔理沙から、わたし、パチュリー・ノーレッジは」

「はぁ」
赤毛の司書はうつむき生返事を返す。

「そもそも、あなたも悪魔の眷属。もっと誇りを……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
小悪魔イヤーがピクピク動く。

「パチュリー様、今、正門付近で弾幕戦が開始されました」
「えっ」
小悪魔といっても悪魔、その耳は地獄耳。
妖精メイド達の世間話から主の着替えの衣擦れの音まで聞き逃さない程度の能力を持っている。

「それでは、不肖、小悪魔、偵察に行ってきます」
「あっ、ま、待ちっ」
呼び止ようとするパチュリーの声を背に、小悪魔はこれ幸いにと図書館を飛び出した。



図書館に一人残されたパチュリー。

待つこと暫し。

小悪魔の淹れた紅茶がすっかり冷めてしまった頃。



「お待たせしました!パチュリー様、この小悪魔、無事偵察の任務より帰還しました!」
命じてもいない任務遂行を誇らしく報告する赤毛の司書を、パチュリーはジト目で睨む。

「それで」
「はい、弾幕戦は美鈴さんの善戦虚しく魔法使いの勝利。現在侵入者は図書館に向かって進撃中。メイド長へ迎撃要請を上申してまいりました」
「咲夜は動きそう」
「レミリアお嬢様が就寝中の今なら協力もやぶさかでないと」
「確約は取れなかったのね」
「お嬢様やお屋敷に実害がないと動きませんからね、メイド長にもう一度具申してまいりましょうか?」
「えっ、い、いいわよ!そこまでしなくても。咲夜も忙しいだろうし……」
慌てて小悪魔を呼び止めたパチュリーは、言い訳じみた言葉をつけたす。

「あぁ、もう廊下の角まで来ています。扉まであと30秒」
廊下へと続く扉を脅えた目で見つめ、震える小悪魔。

「そう、ならあなたは奥へ下がっていなさい。あとはわたしに任せて」
「そ、そんな!愛するパチュリー様を残して逃げるなんてできるわけなのにいぃぃぃ~~~」
ドップラー効果を残し、果ての無い図書館の奥へと猛スピードで消えていく小悪魔。
原則、使い魔はその主の命令に逆らえない。
どんなに小悪魔が主人を護りたくても、逃げろと言われれば逃げるしかない。
もとっも、あのスピードから考えるに無意識ではどう思っていたのか。
よほど魔理沙に痛い目にあわされてきたのだろう。
パチュリーはそんな小悪魔をジト目で見送る。

「さてと」
小悪魔の姿が消えたのを確認するや否や、扉から一番に見やすい席へ移動し、いそいそとテーブルに本を積む図書館の魔女。
その積み上げた本の中にはさりげなく希少本が紛れ込ませてある。
一番自信のある右斜め45度の角度から顔が見えるように椅子の位置を調節し、ここぞという時のため用意していた勝負眼鏡をかける。
先ほどまで読んでいた『愛する人を振り向かせる100の消極的方法』を服の中に押し込み、代わりに『魔道理論 魂の支配と隷属 応用編』を取り出し迎撃準備は完了。

「……3・2・1」
高鳴る胸の鼓動を数えるように、パチュリーは小声でカウントダウンを続ける。



『ゼロ』
心で唱えると同時に開け放たれる図書館の扉。



「ずいぶんお久しぶりね」
本に目を落としたままパチュリーは不機嫌そうな声をあげる。

「あなたはせっかくの静かな時間と本をまた奪っていくのかしら、魔ぁ……」
パチュリーは本から顔を上げ、侵入者へジト目を向け……。

「ぁ~ァア、アリス・マーガトロイド」
図書館の魔女の目には、空を飛ぶ可愛らしい人形達を従えた人形遣いの姿が映った。

「こんにちは、この前のお茶会以来ね。パチュリー・ノーレッジ」
フルネームで名前を呼ばれたアリスは当惑気味に、顔を真っ赤にして本に顔を埋めるパチュリーへ名前を呼び返す。

「こちらいいかしら?」
自分と同じテーブルの席を示す七色の魔法使いの問いかけに、七曜の魔法使いは黙って頷く。

「せっかくの静かな時間にお邪魔して申し訳ないけどパチュリー」
「アリスが弾幕戦までして押しかけるなんて、どんな用事かしら」
基本的に幻想郷の妖怪の本質は自己中心的で我儘。
紅魔館を訪れる連中なんてその最たるもの。
その中にあってアリスは礼儀正しい。
門番に止められれば相手の事情を考慮し、出直すくらいの思慮深さを持っている。
流石は都会派である。
どこかの爆走一番星やどこでもスキマにアリスの爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。

誰にとは言わないが……。

だからこそ小悪魔から門番と魔法使いの弾幕戦と聞いたパチュリーは、アリスとは別の魔法使いが来たと勘違いしたのだ。

「あなたへの用事もあったし、美鈴と弾幕戦で確かめたかったこともあったのよ」
鞄から新聞を取り出したアリスはそれをパチュリーへ渡す。
配達の速さとゴシップ記事に定評がある天狗の新聞。

『奇跡の連勝!?』
紙面には活字が躍り、そのあとに小さく“異変の前触れか?”と書かれていた。

「これは?」
「知らなかったの」
パチュリーは一面の記事に目を通す。
記事の内容は紅魔館の守護者、紅美鈴の活躍。
対黒白の連続防衛記録の更新や、その働きを褒め称え『紅魔館にはなくてはならない存在』とコメントするレミリア・スカーレット。
ハンカチを片手に『彼女をずっと信じていました』と涙ながらに語る十六夜咲夜の写真。そして……。

『……前述のように、紅美鈴はもともと高い資質を持っていた。弾幕戦のルールに適応しきれていなかった美鈴という玉鋼が、度重なる黒白との勝負で余分なものが削ぎ落とされ、鍛えられ、研ぎ澄まされた真剣となった。その才能を開花させたいわば真・紅美鈴。相手が黒白では力不足、連戦連勝は当然の結果。とパチュリー・ノーレッジ氏は分析……』

「って、なにこれ!」
されてもいないインタビュー記事に思わず突っ込むパチュリー。

「誰、こんなデタラメな記事を書いたの!」
「やっぱり、そのコメントは嘘なのね」
「あたり前でしょ!」
パチュリーは憤慨し、新聞をテーブルに叩きつける。

「真・紅美鈴説が根拠の無いものだと、さっきの弾幕戦で確認したわ」
「そんなこと直接聞いてくれれば良いのに」
「ここに来るためにも弾幕を張る必要があったのよ」
「そ、そうね」
ゴホゴホと咳払いをして再び本に顔を埋める七曜の魔法使い。

「パチュリー、魔理沙はここには来てないの?」
「来てないわ、この前のお茶会以来」
「それだけは事実だったわけね」
嘘で飾られた新聞記事だったが、真実が一つだけあった。
普通の魔法使い霧雨魔理沙が、紅魔館の門番、紅美鈴に連敗していたという事実。

「魔理沙の様子はどうなの?アリス」
「わたしも会っていないわ」
「……いつから」
「ここでのお茶会以来。あなたと同じよ、パチュリー」
パチュリー・ノーレッジの目に映るのは、人形のように整った顔立ちの少女。
その感情を読み取ることはできなかった。

「ところでアリス、この新聞はいつ届いたの?」
「今朝、天狗が配達していたけど」
幻想郷において、天狗が発行する新聞は不定期なもの。
それを購読してまで読もうという物好きは限られている。
よって、天狗の新聞の発行部数は少ない。
むしろ購読者のために発行する新聞よりも、不特定多数にばら撒かれる号外のほうが多いのではないかと疑われるほどだ。
その天狗の新聞が紅魔館には二部届けられる。
一つはレミリア用。
メイド長が届いた新聞を夕方まで大切に保管し、主の目覚めと共に渡せるようにしてある。
もう一つは図書館の資料用。
もっとも、あまりにもゴシップだらけの記事のため真理の探求者たる図書館の魔女が手にとることは少なく、最近では司書が管理、ファイリングし保管……。

「小~~~悪~~~魔ァアアア!」
パチュリーの体から怒気が溢れる。
今朝、司書である小悪魔がこの記事を目にしたのは間違いない。
ならば魔理沙が図書館を訪れなくなった理由も知っていたはず。

『そういえば最近来ないですね』
今にして思えばあまりにも唐突な小悪魔の台詞。

『はい、弾幕戦は美鈴さんの善戦虚しく魔法使いの勝利』
小悪魔自身が見てきたのにも関わらず、アリスの名前を出さないミスリード。

呼び出して怒りをぶつけようにも、先ほど奥へ下がっているように命じたばかり、その命令に期限など設けていない。

使い魔三原則の第三条。
『使い魔は自らの存在を護らねばならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る』

その三原則第三条に基づき、小悪魔はパチュリーの怒りが治まるまで姿を現さないだろう。
赤毛の司書の外見がどんなに清楚で可憐でも、小悪魔の中身は小悪魔だとパチュリー・ノーレッジは思い知った。

「なにか、いろいろ込み入った事情があるようね」
忙しく顔色を変えるパチュリーに話しかけるアリス。

「そうね、まあいろいろあるわ」
どうにかこうにか感情を押し殺し、パチュリーは平静を保つ。

「ところで、今日ここまで来た本題はなにかしら」
パチュリーにはアリスが新聞記事の真偽を知るためだけに弾幕まで張って来たとは思えない。

「あなたに相談したいことがあるけど……。その前に一ついい?」
「なにかしら」
自身も人形のような人形遣いと図書館の魔女の視線が交差する。

「似合っているわよ、その眼鏡」
「むきゅ~」





□ □ □ □ □





夜の帳が下りた魔法の森。
昼過ぎから起きだして始めた研究だったが、日が暮れてもまとまる気配がない。
まとめようとする気力も無くなり、かといって止めるわけにもいかず。
結局、惰性で夜半まで研究を続けていた。

コンッコンッコンッ

玄関の扉を叩く音。
どうにも目的を失った研究を中断し、ふらつく足取りで玄関へ向かう。
生気の無い顔で扉を開ける。

「何しに来た?」
来客の顔を見るなり不機嫌な声を上げる家主。
玄関には空に浮く可愛らしい人形達とそれを従える主人。

「お久しぶりね、魔理沙」
いつもと変わらぬ涼しい顔でアリス・マーガトロイドが立っていた。

先日の図書館でのお茶会以来、魔理沙がアリスと直接会うのはこれが始めてだった。
普段なら三日と空けずアリスの家にお茶や食事をたかりに行く。
そしてあわよくば魔道書の一冊でも掠め取る……もとい、死ぬまで借りる魔理沙だったが、お茶会の後、アリス家へ押しかけることはなかった。
そうなると元来、屋外での行動の少ないアリスと遭遇する機会はほとんど無い。
魔理沙が意地になってアリスを避けてきた所為もある。
そのアリスが自ら尋ねてきたのだから、さてどうしたものかと思案する魔理沙。

図書館のお茶会での出来事。

無かったように振る舞うにはまだ日が浅く、怒りに任せ追い返すには熱が冷めている。
結果、仏頂面のまま不機嫌な声で対応する普通の魔法使いが出来上がった。
アリスがこの間のことをどう思っているのか気がかりな魔理沙だが、人形のような顔からはその心情を窺えない。
今もアリスは人形達に命じてお茶の準備を始めている。
勝手なことをと注意しようとした魔理沙だったが、アリスの持参した良い香りの茶葉とクッキーに免じて台所の使用を黙認している。
散乱した資料や実験器具をどけて出来た申し訳程度のスペースに、人形はティーカップとクッキーを乗せた皿を並べていく。
カビと埃臭かった部屋の中に入れたての紅茶の香りが満ちる。

「いい香りだな、なんていう紅茶だ」
ティーカップを持ち上げ香気を思い切り吸い込む魔理沙。

「オリジナルブレンドよ、残念だけど企業秘密」
そんな魔理沙の様子を見るアリスの口元に微笑が浮かぶ。
笑われたと思い、一気に紅茶を飲みゲフンゲフンと咳払いをして再び仏頂面に戻る魔理沙。

「クッキーはいかが」
いわれるまでも無いとばかりにアリスお手製のクッキーを頬張る魔理沙。
しばらくぶりに口にするそれはいつも以上に甘く美味に感じられた。
実際、アリス以上にお菓子を美味しく作れる人物を魔理沙は知らない。
弾幕戦は兎も角、お菓子作りの腕でなら幻想郷最強を名乗っても誰もが納得するだろう。

一部の氷精を除いての話だが。

「今日パチュリーに会ってきたわ、あなたが来なくて寂しそうだったわよ」
「それはどんな冗談だ、本が無断持ち出しされなくて喜んでいるだろ」
「フランドールもあなたを連れて来いって駄々をこねていたそうよ」
「そうか、それじゃあもうすぐレミリア直筆の招待状でも来そうだな」
「お望みのものは咲夜から預かってきたわ」
アリスが取り出した蝋で封をされた書状を見てぎゃふんとなる魔理沙。

「門番の美鈴に連敗なんて、いつから博愛主義者になったのかしら」
ティーカップを持ち上げるアリス。

「別にあいつに気を使ったわけじゃないないぜ」
気をつかうのはあいつの専売特許だしなと言い、苦虫を噛み潰したような顔をする魔理沙。

「この前の図書館でのお茶会でのこと、忘れてないだろう」
魔理沙の問いかけに静かに頷くアリス。





□ □ □ □ □





図書館に会した魔法使い三人はお互いの近況、研究内容や問題点をお茶請け代わりに話し合っていた。
そのうち話題の中心が互いの研究の目標となる。

「体質改善の魔法」
ポツリというパチュリー。

「完全な自律人形の作成」
今更ながら口にするアリス。

「月まで届く魔砲だぜ」
胸を張る魔理沙。

「早く完成するといいわね、パチュリー」
「ありがとう、あなたもね、アリス」
お互いの目標実現のため励ましあう二人の魔法使い。

「おい、わたしの研究について一言ないのか」
そんな二人を目の当たりにして不満げにいう魔理沙。

「この前は山を吹き飛ばす魔砲だったけど、目標が高くなったみたいね」
「目標は常に高くだぜ」
魔理沙はパチュリーの声に機嫌良く答える。

「あまりはた迷惑な目標を立てないでね、結界に穴でも空いたら問題よ」
「あ~!なんだ」
本を読んだまま続けるアリスの言葉に顔を赤くする魔理沙。

「見た目の派手さばかり追求するのもほどほどにしなさいと言ったのよ」
ガタッ、椅子から立ち上がる魔理沙。

「アリス、スペルカードの準備はいいか」
普通の魔法使いは愛用の箒を手に弾幕戦の用意をする。

「弾幕はパワー?力ばかり追求してどうするの?月の次は星まで届く魔砲でも研究するつもり」
椅子に腰を下ろしたまま静かに語る人形遣い。

「このっ!」
箒を握る手に力を込め、八卦炉を取り出す。

「あなたはもう少し知的探究心を満足させる研究に取り組むべきだわ」
アリスは顔を上げ魔理沙をまっすぐ見つめる。

「過ぎたる力は身を滅ぼすだけよ、魔理沙」
烈火の如き怒りの形相の魔理沙。
氷のような冷たい表情のアリス。
二人の間に見えない火花が散る。

「魔理沙、弾幕は外で張ってちょうだい。アリスも言い過ぎよ」
パチュリーは落ち着いた声で一触即発のその場をとりなす。
その声に興を削がれたのか。魔理沙は箒を立てかけ席につき、アリスも読書に戻る。

「まあ、自律人形の完成なんていう相も変わらず進歩しない研究を続ける誰かに比べればずっと知的で創造的だぜ、わたしの研究は」
ニヤニヤとアリスを挑発する魔理沙。

「こいつだってもう十分自律人形だろ、そんな研究にこれ以上の時間と労力を割く意味がわからないぜ」
魔理沙が箒の先で人形のスカートをめくろうとすると、裾を押さえて主人の後ろへ隠れる。
そうした上海人形の反応は確かに感情を持って自律しているといっても差し支えないものだろう。

「ああ、弾幕はブレインだったか。きっとそのおつむの中にはわたしなんかじゃ想像つかないほど立派な自律人形の完成図があるはずだな」
魔理沙は温くなった紅茶を飲み、喉を潤す。

「でもな、弾幕戦と同じだ。アリス」
受け皿にカップを戻す。

「どんな立派な研究も、崇高な目標も、全力でやらなければ届かないぜ」
魔理沙は普段はみせない真面目な顔でアリスを見つめる。

バタンッ!

読みかけの本を閉じ、席を立つアリス。

「おっ、やる気になったか」
口元に笑みを浮かべて立ち上がる魔理沙。
アリスは表情を消したまま魔理沙に近づき、彼女に目もくれずに脇を通り過ぎる。
そして、そのまま扉を開け図書館から出て行った。
空を舞い主の後を追う人形達、上海人形が最後にペコリとお辞儀をして扉の向こうに姿を消す。

「なんだ、アリスのやつ」
弾幕も張らず消えたアリスに拍子抜けする魔理沙。

「まあ、わたしの不戦勝だな」
「そうね、おめでとう」
満足そうに腕組をして一人悦に浸る魔理沙へ、パチュリーは興味なさそうにいう。
アリスが立ち去った後、魔法使い達の会話も無くなり自然と茶会もお開きとなった。
結局、その日から今日アリスが霧雨亭を訪れるまで二人は直接会う機会がなかったのだ。





□ □ □ □ □





「あなたが覚えているのなら」
椅子から立ち上がり。

「いまさらでわるいけど、弾幕勝負受けてもらえるかしら」
アリスは魔理沙の返答を待つ。

「そうだな」
魔理沙は最後のクッキーを口に入れ紅茶で流し込み。

「うまいクッキーと茶に免じて」
帽子を掴み頭にのせ、壁に立てかけてあった箒を手に取る。

「その勝負、受けてやるぜ」
颯爽と扉を開けた。





□ □ □ □ □





欠けた月が浮かぶ夜空を二人の魔法使いが踊る。
魔力で生み出された無数の星の輝きが散らばり、彗星が夜空を駆ける。
虹色の光が放たれ、人形達がその明かりのなかで華麗に舞う。

弾幕はブレイン

緻密に計算されつくされたアリスの弾幕と人形達が次第に魔理沙を追い詰めていく。
自身が彗星となり星型弾を撒き散らしながら突っ込む魔理沙を、アリスはダンスのステップを踏むように優雅にかわす。
彗星とすれ違いざまにアリスが放った弾幕、人形達による包囲網。

「この!」

マジックミサイルで人形を撃墜し弾幕を天の川を描くが如く魔力の洪水で消し飛ばす。
一瞬、二人の間に障害物は無くなる。

「とっておきだぜ!」



光撃 シュート・ザ・ムーン



魔理沙が撃った魔砲がアリスを直撃する。
魔砲の轟音と閃光が次第に消え、辺りは夜の静寂と闇に返る。

「月まで届く魔砲にしては見掛け倒しね」

魔砲の直撃を受けたはずのアリスは何事も無かったかのように空に浮いている。
アリスの周囲に魔法陣をかたどるように配置された人形達。
その魔法陣により展開された魔力の障壁に魔理沙は愕然とする。
本来なら熟練の魔法使い達によって城や砦に数日かけて設置される反魔法障壁。
それを一人、一瞬で形成したアリス。
人形達に予め術式を仕込んであったとはいえ、その配置や発動のタイミングには神技とも言うべきスキルが必要とされる。
それを事も無げに行使した人形遣い。

簡単に人は言うだろう、天才と。

アリスの周囲に展開した人形が魔弾を発射しながら魔理沙に迫る。
急降下し魔法の森すれすれに右へ左へと曲芸飛行宜しく箒を操る魔理沙。
魔法で強化された目が黒い森の絨毯を昼間と変わらぬ明るさで映す。
飛行する箒の軌跡を追うように人形から放たれる魔弾。
高速で箒を操る魔理沙の至近を通過する。
迎撃の星型弾をばら撒くが、人形はその星々をかわしながら猟犬のように獲物を追い詰める。

火力が通用しないなら機動力。
魔理沙は戦術を切り替える。

フルパワー
急上昇

最高速度のまま大ループ。
光の軌跡が夜空に大きく弧を描く。
魔法で相殺しきれない加重が魔理沙の体を箒から振り落とそうとする。
飛びそうな意識、歯を喰いしばり繋ぎ止めた。
自身を囮に深追いしてきた人形達をアリスから遠く引き離した。
魔理沙が魔砲を撃てば形勢は逆転する局面。

八卦炉を握る魔理沙の目に映るのは、アリスの前で魔力を帯び赤く輝く上海人形。

赤い閃光が魔理沙を貫く

間一髪、右へ

閃光が体をかすめた

バランスを失い失速した魔理沙は暗い森へ堕ちる



上海人形の撃ち出す閃光。
魔理沙の目に閃光に照らし出されたアリスの顔が焼きついた。
それに図書館で別れ際に見せたアリスの表情が魔理沙のなかで重なる。



地面に激突する直前、急制動をかける。

衝撃

勢い余り地面の上に叩きつけられた。
幸い動きに支障のでる怪我はない。
悲鳴を上げる体を無視し、箒を手にする。

「チェックメイト」

静かな声に空を見る。



木々が途切れてできた草地に立つ魔理沙。

木々の途切れて見える夜空に浮くアリス。



月に照らされる二人の魔法使いを、取り囲む人形達の無機質な目が見つめている。

「そう思うならさっさとやったらどうだ」
八卦炉を手に構える魔理沙。

「さっきの魔砲が取って置きなら撃つだけ無駄よ」
人形で魔法陣を組み、障壁を形成するアリス。

「ああ、そうだな、じゃあわたしの負けだ」
「……」
「なんだ、不満そうだな、もっと嬉しそうにしたらどうだ」
「……」
「それに、今日は調子がでなかったんで手を抜かせてもらったぜ」
なおも負け惜しみを続ける魔理沙を、無機質な人形のようなアリスが見下ろす。

「ここに来る前、神社に行ってきたわ」
「神社?」
アリスの言葉に訝しげな顔をする魔理沙。

「こんな夜なのに、神社には霊夢がいなかった」
「霊夢がいない?」
「異変の解決にでも出かけたのかしら」
「異変……」



異変が起きる度それを鎮める博麗の巫女。
異変の度にその隣にいたのは誰か?

歴代の博麗の巫女の中でも最強の誉れ高い天才。
その隣に居続けるために努力を積み重ねたのは誰か?

いかなる怪異にも妖魔にも臆することのない博麗霊夢。
その霊夢に勝ちたいと願い、想い続けてきたのは誰か?



全身の血が沸騰し、頭が熱くなる。
鼓動が早い律動を刻み、血液が逆流する。



『じゃあわたしの負けだ』
そんなことであいつの隣にならべるものか!

『今日は調子がでなかったんで手を抜かせてもらったぜ』
そんな様で一生かかってもあいつに勝てるものか!

そう、そんな物分りの良い、諦めの良い奴じゃないだろう。

普通の魔法使い、霧雨魔理沙という奴は!



瞬間、手にした箒にありったけの魔力を送る。
一気に開放される飛翔の魔法。
魔理沙は打ち上げ花火よろしく空へ昇る。
一瞬後、人形達の無数の魔弾が魔理沙の残像を撃ちぬいていく。



月を背にアリスに向け八卦炉を構える魔理沙。

人形を操り魔法陣を形成し障壁を張るアリス。



二人の視線が交差した一瞬。



恋符 マスタースパーク



眩い光が闇を溶かし轟音が鳴り響く

月から森への一筋の白い光

人形魔法陣により形成された障壁とぶつかる

二つの魔力の干渉面が激しく放電し周囲を青白く照らす

一瞬の鍔迫り合い

魔砲が障壁を穿つ

障壁を突き破りアリス目がけて襲い掛かる魔砲

魔砲とアリスの間に割って入る赤く輝く上海人形

上海人形の放つ赤い閃光が白の魔砲を迎え撃つ

激突した二つの魔力は激しく干渉し膨張し収束し

そして……





□ □ □ □ □





魔法の森、霧雨亭。

「さっきの勝負は引き分けでいいかしら」
アリスは弾幕戦で汚れた服を着替え、形ばかりの居間で紅茶を飲んでいる。

「いいや、ノーカウントだ」
こちらも着替え終えた魔理沙が答える。



弾幕戦の結末。
干渉した二人の魔法は最後には大爆発を起こし、二人を吹き飛ばした。

下方に位置したアリスは爆発で生じたクレーターの中心に埋まり。

上方に位置した魔理沙は爆風と衝撃波で夜空の彼方へ吹き飛んだ。



「いくら弾幕はパワーでも少しは加減を考えたら」
「それはこっちの台詞だ、人を殺す気か!」
実際、あの爆発の規模は二人のスペルカードを単純に加算した結果では得られないものだった。

「それにしても、なんであんな真似していたのかしら」
溜息一つついて、アリスは開戦してからマスタースパークを放つまでの魔理沙の様子を振り返り疑問をぶつけた。
いつもの魔理沙と違い、わざと手を抜いたような、本気でないような戦い振り。

「ううっ、そ、それは……だな」
言葉につまり視線をさ迷わせる魔理沙。



全力を出さない。

圧倒的力で勝ってもつまらない。
全力で負けたら後が無い。

だから、弾幕戦時も全力を出さない人形遣い。

図書館で魔理沙の言葉に見せたアリスの反応。
怒りも、哀しみもない、何も無い人形のような顔。

どうしたらあんな顔が出来る。
なにを考え、なにを想う。

日に日に大きくなる疑問を、気持ちを無視できなくなった魔理沙。

全力を出さないとは?

アリスの考えを知りたくて、気持ちを知りたくて、だから……。



「そう、け、研究、魔力向上の研究成果を試していたんだぜ」
スカートの中から粉末の入った小瓶を取り出す。
魔法の森に自生する不思議な茸を乾燥させ粉にしたもの。
その効能は強い暗示効果。
その暗示茸の粉末を使って魔理沙は自身が使える魔力にリミッターをかけていた。

「それで魔力をセーブしていたの」
「ああ、きつい状況に慣れれば地力が上がると思って、な」
ほら、なんとかギブスつけるとか、重い甲羅や服を着て修行するとかあるだろと付け加える普通の魔法使い。
しっかりと自分を見据えるアリスの視線に気づき魔理沙は顔を赤くする。



『なんでこんなことしたかだって?』
そんなこと訊くなよ、頼むから。

『アリスの気持ちを知りたかったからだぜ』
他の誰にも、まして本人を前にして言えるわけがない。
変なところで鋭いくせに肝心なことには鈍い人形遣いに、魔理沙は文句の一つも言いたくなる。

霧雨魔理沙の不幸は身近にこの手の事案を相談できる相手がいなかったこと。
もちろん親しい間柄の人物が居ないわけではない。
しかし、魔理沙にはそのどちらもが適正を欠いているように思われた。

ケース1 神社の巫女
確かに古い付き合いの親友だし、勘の良い彼女なら魔理沙の力になってくれたかもしれない。
だが、それ以上にどこか世間から浮いた感のある巫女。

『それなら本人に訊くのが一番ね』
といってノリノリで人形遣いの自宅に強襲をかける恐れがあった。

『そんなこと、自分で訊いてきなさいよ』
乗り気でないならないで役に立たない巫女の姿も容易に想像できる。

ケース2 魔法の森の道具屋の店主
店主とは家族同然の付き合いだし、信頼もしている。
だが、幻想郷において乙女心と最も離れた位置に毎年単独一位で居続ける男。
ミスター朴念仁。
魔理沙の中で彼に相談するという選択肢は最初から存在しなかった。
相談したらしたで、ニヤニヤ笑う店主の姿が目に浮かぶ。
そして、そんな店主にマスタースパークをかます自分の姿も……。

どちらのケースにしても、魔理沙にとっての幸福な未来と結びつかない。

結局、頼れるのは自分自身。
考えに考え抜いた末の結論。

『全力を出さない魔法使いの考えを知りたければ、自分も同じになればいい』
そんな単純な発想と生来の行動力で、暗示茸の粉末をリミッターに使った魔力制限法を立案し実行に移した。



「バカね」
「バカとはなんだ!」
クスリと笑うアリスの言葉に噛み付く魔理沙。

「魔力を制限しているくせに、パワーに頼った戦法を変えない。美鈴に負けて当然よ」
対魔理沙の連続防衛記録を更新した紅美鈴は、レミリアから賞賛の言葉、およびメイド長から三食昼寝つきの待遇改善の保証を得たと新聞にあった。

「メイリン?」
「……紅魔館の門番よ」
「うううっ」
連敗の記憶を思い出し、顔を曇らす普通の魔法使い。

「紅魔館を出るときに、あなたの様子を彼女に聞いてきたの」
直前に弾幕を張った相手ではあったが、魔理沙に連戦連勝と気を良くしていた美鈴は、アリスの質問に快く答えてくれた。

「いつも吹き飛ばしていたからな」
どんな悪口を言われたか考えただけで気が滅入る。

「彼女、あなたが全力をだしてないことに気づいていたわよ」
魔理沙が幻想郷の大なり小なりの弾幕戦で、直接矛を交えた回数が最も多い相手が紅美鈴である。
無論、美鈴にとってもそうだろう。
良いにつけ悪いにつけ手の内を知り尽くしている。
相手の調子など最初の弾幕を見ただけで分かる。

「それで、なんて言っていた」
「べつに、あなたがなにを考えているか分からないけど、門を守れたらそれで良いそうよ」
「そっか、門番だったな」
「そう、門番としては満足していたわ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「彼女個人の意見としては、いつも全力でマスタースパークを撃つあなたの方が好ましいと」
「……」
「……」
「あいつ、そんな性癖があったのか」
「……少なくとも、普通の感覚の持ち主にあの館の門番は務まらないでしょうね」
美鈴の言葉に驚く魔理沙とそれに合わせるアリス。

「マスタースパークは封印していたの?」
弾幕戦で霧雨魔理沙の代名詞ともいうべきマスタースパークを使っていないことを、アリスは美鈴から聞いていた。

「他の魔法やスペルはリミッターをかけた状態でも使えたんだが、マスタースパークは撃てなかった」
「そう」
「たぶんメンタル的な原因だぜ」
恋の魔法に手加減なんて無いぜと嘯(うそぶ)き、魔理沙は紅茶を口にする。

「さっきの弾幕戦、最後のマスタースパークは?」
「正真正銘全力全身のマスタースパーク。負けたくなかったからな」
「……誰に負けたくなかったのかしら」
アリスの言葉に俯く魔理沙。

「でも、変な茸を使ってまで本気で全力を出さないなんて魔理沙らしいわね」
クスリと笑うアリス。

「うるさい!あんなことはもう止めだ」
お前が言うなという言葉を飲み込む魔理沙。

「そうそう、調子が戻ってよかったわね」
人形達がお茶会の後始末を始めるなか、アリスは呟く。

「もう帰るのか」
極力感情を殺した声で聞く。

「ええ、他にも用事があるの」
「用事ってなんだ、さっき弾幕を張ったばかりだろ」
「全力でないあなた相手の弾幕戦なんて、ものの数に入らないわ」
あ、最後の爆発は別ねと付け加えるアリス。

「だったら明日にしたらどうだ」
魔理沙はアリスともっと一緒に話をしていたい自分に気づく。

「魔力を上げる研究も良いけど、魔法使いなら周囲に注意を払ったら」
アリスは窓辺に近づき、カーテンを開ける。
夜空にはいつになく大きな欠けた月が浮かぶ。

「いつもなら夜が明ける時間よ」
月は青く輝き沈む気配もない。

「夜が明けない異変か?」
「まあ、現状ではそうね」
アリスは歪な月を睨みながら魔理沙の言葉に返事をする。

「霊夢はどうした、あいつの仕事だろ異変解決は」
「神社にはいなかったわ、暫く留守にすると張り紙がしてあったし」
「居留守でも使われたか、アリス」
「張り紙に『お賽銭は素敵な賽銭箱へ』と書いてあったのよ」
「ああ、それは間違いなく外出中だぜ」
はぁーっと二人同時に溜息をつく。

「おまえ、異変を解決しにいくつもりか」
「まさか、異変の解決は巫女の仕事よ」
扉を開けるアリス。

「パチュリーは、あいつに頼めばなんか良い方法を知っているだろう、力も貸してくれる筈……」
「紅魔館は今回の異変には関与しないそうよ、理由は知らないけど」
アリスは用件を告げた後のパチュリーの憮然とした顔を思い出す。
そして、協力できないとアリスに伝えたあと、聞こえないくらい小さな声で謝っていたことも。

「それじゃあ」
主人の後に続き人形達が次々に扉の外へ飛び立つ。

「今夜あなたに会えてよかったわ」
見送る魔理沙へアリスが背を向ける。
上海人形が魔理沙の方を振り返り、ペコリとお辞儀をする。



人形のようなアリスの表情。
今までそんなアリスの感情を読み取れるのは勘の良い巫女くらいだった。
普段は気づかない僅かな変化。
今夜の魔理沙には見て取れた。
そのことが嬉しくて、楽しくて。
それだけでも、今までの試行錯誤が報われた。
無駄ではなかったと思った。
そして今の魔理沙だから気がついていた。



アリスが今夜、自分に別れを告げに来たことに。



「な、なあ、アリス」
魔理沙の声に立ち止まり、ゆっくり振り返る人形遣い。

「知っていたか、最近の異変解決。巫女の傍に魔法使いがいたことを」
「……?」
「そして、その魔法使いはこの霧雨魔法店と専属契約を結んでいてな」
「……」
「どこかのグータラ巫女と違い、只今霧雨魔法店では茸狩りから異変解決まで絶賛依頼受付中だぜ」
魔理沙はバンッと玄関脇の看板を叩く。
黙って魔理沙を見つめるアリス。
その視線をまっすぐに見つめ返す魔理沙。



長く短い一瞬



アリスはゆっくり歩き出す。

「こんばんは、仕事の依頼をしたいのだけど」
「いらっしゃい、茸狩りの依頼ですか」
「茸狩りではないほうで」
「茸狩りでないほうですね」
笑顔の魔理沙、答えるアリスも少しだけ微笑む。

「では、詳しい商談は中で」
「急いでいるのだけど」
「急がば回れだぜ」
アリスの手を取り家の中に引きずり込む魔理沙。



少女商談中



暫くして、ホクホク顔の魔理沙と憔悴しきったアリスが霧雨亭からそろって出てきた。

「あなたの店が何故開店休業状態なのかよく分かったわ」
「商談はパワーだぜ!」
「……弾幕戦のほうがまだましだったわね」
どこかで聞いた台詞をいう魔理沙にげんなりした様子で答えるアリス。

今夜の魔理沙はいつもと違っていた。
アリスがポーカーフェイスを決め込んでも、臆することなく突っ込んでくる。
本気で怒ろうとすると下手に出て、引き下がるとどこまでも踏み込む。

そして結ばれた契約。

この時、人形遣いは二度と霧雨魔法店に仕事の依頼はしまいと心に誓った。

「それじゃあ、アリス」
「なに?」
箒にまたがる魔理沙はアリスに手を差し出す。

「急ぎだろ、つかまれ」
魔理沙の言葉にアリスはおずおずと手を出す。

「いくぜ」
アリスの手を握り、魔理沙は箒を発進させる。

「ちょっ、いやぁあああ!!!!」
魔理沙が全力で加速させる箒に、必死にしがみつくアリス。







夜空に輝く軌跡を残し



地上から欠けた月へと駆け上る箒星



明けぬ夜の異変を解決するため



今、二人の魔法使いが飛び立った








「ところでアリス、行き先は?」

「バカァアアアッ!」
































秋も深まり、冬の訪れが聞こえるような夜。
月明かりの中、紅魔館のテラスに佇(たたずむ)む影一つ。

「ようやく幕開けね」
魔法の森から月に向かう箒星を見つめ呟く。
憂いのある顔から遠見の魔法のかかった眼鏡をはずし、手すりにもたれかかると溜息をつく。

「どうしたのですか、溜息なんかついて」
細い肩にそっとブランケットがかけられる。

「夜風は体に毒ですよ、パチュリー様」
小悪魔は笑顔で湯気が上がるコーヒーカップを差し出す。

「人払いの結界を張ったはずだけど」
パチュリーはジト目でカップを受け取る。

「わたしはパチュリー様の使い魔です」
小悪魔は主人の隣に寄り添う。

「主人にとって使い魔は手足も同然、自分の手足を外に締め出す人はいませんよ」
したり顔で講釈を続ける小悪魔の言葉を、パチュリーは黙って聞いている。

「コーヒーより紅茶を飲みたい気分だったけど」
カップのなかの夜の闇より暗い液体に目を落とす魔法使い。

「す、すみません、え~と、今お持ちしますね」
パチュリーの声にアタフタする小悪魔。

フワリ

小悪魔の体がブランケットに包み込まれる。

「もっとこちらに来なさい、寒いじゃないの」
「……はい」
顔を赤くし、小悪魔は主人の命令に応える。
歪な月の明かりの下、二人の体は一つのブランケットのなかで密着する。

「パチュリー様、なにをされていたのですか?」
すぐ横の見慣れたはずの主人の顔をまともに見ることができない。

「ただの天体観測」
「それなら屋内の展望室を使ったほうが、ここは冷えますし」
「ここでいいわ」
病弱な主人の体を思い提案した小悪魔だったが、パチュリーには受け入れられなかった。

コホッ

「ご自愛ください。いつまでここに居られるつもりですか」
咳き込む主人の体を小悪魔は気遣う。

「そうね」
パチュリーの冷え切った体に小悪魔の体温が心地よい。

「せめて……」
咳を鎮め、歪な月を見上げる。



「せめて、今宵、永夜が終わるまで」



静かに、とても静かに答えた。

「……ご一緒いたします、パチュリー様」
主人を優しく、でもしっかりと抱きしめる。

寄り添う小悪魔へ体を預け、七曜の魔法使いはそっと目を閉じる。

永夜を翔る箒星に思いを馳せながら。
四回目の投稿でございます。
真型では初めまして。

綾宮綾です。

永夜に挑む詠唱組とパチュリーの話を幻視力と独自解釈全開で書いてみましたがいかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけたら幸いです。



解説っぽいこと。

創想話作品集50「紅い月を欠いた夜」の設定。
本作では紫とレミリアの間で結ばれた紅魔館の異変へ関与を禁じる「異変不干渉の約定」が引き継がれています。
その約定によってパチュリーは異変に関与できません。

図書館でのお茶会時のアリス言動。
アリスらしくないかもしれません。
究極の魔法が書かれた魔道書を無断で持ち出した昔の自分と、力ばかりに目を向ける魔理沙の言動が重なり思うところがあったということで。

永夜の異変。
霊夢と紫、結界組も異変解決に動いています。
本作での永夜は紫の境界を操る力によって創り出されている状況です。

使い魔三原則。
第一条 使い魔は主人に危害を加えてはならない。また主人が危害を受けるのを何も手を下さずに黙視していてはならない。
第二条 使い魔は主人の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
第三条 使い魔は自らの存在を護らなくてはならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る。
もとはアシモフ氏のあれです。

以上、筆者の力不足で今作中では表現しきれず解説させていただきました。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

>>7様
ご感想、ご指摘ありがとうございます。
修正いたしました。
パチェこぁコンビ、楽しんでいただき幸いです。
アリスの反論は、また別の作品で機会があれば。
綾宮綾
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コメント



0.1370簡易評価
7.70名前が無い程度の能力削除
まず脱字報告。



>その声に興を削がれたのか。は箒を立てかけ席につき、アリスも読書に戻る。



ここの「か。は」のところには魔理沙が入るんでしょうか。



内容については、途中まで「また完璧アリスか」と思っていたのでしたが微妙に違いましたね。

変な先入観を持ち込んでしまい申し訳ない。

パチェこぁコンビと、魔法使い達のお茶会がいい感じでした。

ただ、お茶会の魔理沙の言葉はアリスを怒らせただけなのでしょうか。アリスの反論を見てみたかった気がします。
12.70名前が無い程度の能力削除
>使い魔三原則の第三条。

>『使い魔は自らの存在を護らねばならない。ただし、それは第一条、第二条に違反しない場合に限る』

ちょ、どこのロボット三原則w

でも、小悪魔かわいいよ小悪魔