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沈黙の鈴仙・日常編

2008/05/06 03:15:19
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沈黙の鈴仙・日常編


 迷いの竹林に、一軒の屋敷があった。
 古い屋敷である。笹葉の覆う竹林に小さな虫食いを作り、そこへ嵌り込んでいる。
 青い匂い漂う敷地は土塀に囲まれ、中心に小さな家ほどもある正殿が建てられていた。正殿の周囲には正殿より一回り小さい対殿が整然と配置され、あとは仙郷こしらえの庭となっている。
 夜も更けた屋敷の廊下に、丸い明かりが並んで灯っていた。
 世に言う竹取物語の光る竹と同じく、支柱の一部分が光を放つ月の光燈である。
 橙色の強すぎず眩しすぎない暖かな光は、障子戸に一つの影絵を映していた。
 しわくちゃ耳が特徴の兎影。鈴仙である。
 鈴仙の影は周囲をきょろきょろ見回しながら廊下を歩き、誰かを捜しているようだった。
 しばらくは歩くだけだった鈴仙の影が、ふいに大口を開けて息を吸った。
「てゐー! てゐ、どこー!?」
 てゐー! てゐ、どこー!? と鈴仙の叫び声が屋敷の奥に響いていく。少しの間耳を澄ました鈴仙だったが、返事が返らないことが分かると再び大声を上げた。
「てゐー! 聞こえてるんでしょー!? 返事しなさいよー!」
 声を張り上げながら再び歩き出す。鈴仙が声を上げるたび、その表情はどんどん険しくなっていっているようだった。
「ちょっといるんでしょう!? 里に持っていくタケノコの在庫が全然足らなかったんだけど、あんた今日ちゃんと仕事した? ちょっとてーゐー! 夕暮れから私が代わりに集めてくるはめになったんだけど!? なんでこの私がそんなことしなくちゃならないのよー! 泥臭い土いじりはあんたたちの役目でしょー! ちょっときーいーてーるーのー!?」
 愚痴とも非難とも取れる声を残して鈴仙が廊下の奥に消えていく。
 しばらくして。
 鈴仙の影絵を映していた障子戸が音もなく開いた。かと思うと中からふさふさ耳がぴょこりと覗く。
 てゐだ。障子戸の開いた部屋からゴスロリ姿のてゐが廊下に顔を出し、後から数少ない人化した妖兎たちの一団がそれに続く。
 まずはてゐが華麗な身のこなしで廊下に躍り出た。左右を指さし確認、後に続く妖兎集団もそれにならう。
「うどんげおーけー?」
「「うどんげおーけー!!」」
 ノリのいい元気な妖兎たちに満足げなてゐ。
「うんうん、今日もうちの子たちは健やかでいいわね。それに比べて……」
 てゐはくるりと廊下の奥を睨み付けた。
「なあにがこの私が、よ、あの折れ耳! 自分は楽しといてしんどい仕事は私たちにやれっていうのかしら!? 皆も聞いたわよねー!?」どんどんどんと足踏み。
「「聞いたーっ!」」
 皆から小気味よい反応が返る。てゐはそうよねと大きく頷くと
「あいつ、最近ちょっといい気になってると思わないー!?」
「「なってるー!」」
「じゃあちょっとここらで目を覚まさせないといけないわよねー!?」
「「しゃっきりしろうどんげーっ!!」」
 本気で激怒する妖兎たちの叫びに、うんうん頷くてゐ。
 てゐや妖兎たちが兎角同盟まで結んでいた鈴仙にここまで敵愾心を持つようになったのには理由がある。
 最近の鈴仙は、永遠亭が外に開かれた開放感からか、てゐですら眉を潜めたくなるような振る舞いが非常に多くなっていたのである。
 永琳に叱られるとその後必ず立場の低い兎に当たって鬱憤を晴らす。畑仕事や厠の掃除など皆が嫌がる仕事を難癖付けて避ける。この程度ならまだてゐやてゐに鍛えられてきた兎たちには我慢できるものであったが、この間など、輝夜が茶会を開くというので永遠亭上げて必要なものをかき集めている最中に、突然うちにも紅魔館のように門番が必要だと言い出して皆がかけずり回っている数日の間、ほとんど正門で立ち寝してやがったのだ。
 許さん、とてゐは思う。
 うどんげがさぼっている数日の間、永遠亭の外にお使いに出ていた兎の十数羽が行方知らずになり、てゐとて七回も霊夢に出会い「あんたはそのうち私にとってとても腹の立つことをするような気がするわ。特に賽銭がらみで」という訳の分からない理由で強制的にスペカ決闘を申し込まれ、すべてにおいてボロカスにされていたのである。
 皆が死線の間を行ったり来たりしていたとき、ただ一人さぼり続けたうどんげ許すまじ、だ。
 今こそてゐたちなりの復讐の時が到来したのだ。
「うどんげをしゃっきりさせるのは、罠にかけるのが一番だと思うけどどうかしらー!」
「「おぅいえいっ!!」」
「仕掛ける罠は昨日説明したわよね!?」
「「いぇーすっ!!」」
「最初は廊下の幅一杯に真四角に切り抜くのよ! 覚えてるー!?」
「「覚えてるーっ!!」」
「じゃあ皆作業道具をよーい!」
 言うなり、てゐは両腕を胸の前で交差させた。瞬間、まるで暗器のようにその手に無数の大工道具が飛び出した。なにに使うか分からない道具からノミやノコギリ、L字定規といった定番の道具まで様々だ。
「「いぇあーっ!!」」
 妖兎たちも思い思いのポーズを取る。
 偉ぶる妖兎たちの構え、企む妖兎たちの構え、人差し指で力こぶを偽装する妖兎の構え、怯える振りをする妖兎の構え、視線の先になにかありそうなそぶりを見せる妖兎の構えなど多種多様だ。ただ、そこに共通するのは、どこに隠していたのか、いつの間にか彼女らの手から何本もの大工道具が飛び出て収まっていることだけである。
 皆の完璧な様子に、てゐは仰々しく頷くと歌うように叫ぶ。
「さー、やるわよーっ! あ、最初は廊下にっ、穴あけてーっ!」
「「あっなあけてーっ!!」」
 皆から合いの手のような返事が返る。
「きーれいに切り取ったらっ! さあさあ早く罠仕掛けー!」
「「わっなしかけーっ!!」」
「つっかえ棒は、こっれでいいー!?」
「「いいよーっ!!」」
「仕上げに雑巾でお掃除よー!」
「「お掃除よーっ!!」」
「できたわねー!」
「「できたーっ!!」」
 てゐは慎重に罠の仕掛けられている場所を凝視した。
 今回の罠は罠を踏むと床ごと空に真上に飛ばされる人間大砲のような代物だった。踏んでもらわなければ罠は作動しないため、見てなにかあるのが分かっては具合が悪い。
 ただ、罠のできばえは心配するに及ばなかった。てゐの目から見てそこに罠があると知らなければ気づかないレベルだ。完璧だとしかいいようがない。
「よーしよし、上出来よーっ!」
 皆に親指を立てるてゐ。
「「いぇーっ!」」
 妖兎たちは空に腕を突き上げ、またはお互いに腕を交差し健闘をたたえ合って罠設置完了の喜びを分かち合った。誰も彼も非常に満足げである。
 てゐは、しばらくの間そうやって騒ぐ妖兎たちを見守っていたが、妖兎たちの声が徐々に大きくなってきたのを見計らって撤収の号令をかける。てゐにはうどんげが引っかかってはじめて一仕事終わった感覚なのである。皆もそこを忘れられては困るようで、少々複雑なようであった。ただし、ここまでくればあとは鈴仙が引っかかるだけなのか、もはやてゐから「注意深く」の文字はなくなっている。
「さあうどんげが来る前に隠れるわよ! 左右確認よーそろー! 皆、うどんげの姿は?」
「「あるー!!」」
「どこにー?」
「「てゐのうしろーっ!!」」
「はははは、こやつらめー!」
 そんな馬鹿な、皆冗談が上手くなったわねー、と勢いよく振り向いたてゐは、すぐ背後でほほをひくつかせながら仁王立ちする鈴仙を見て噴きそうになった。
「……てゐ、あんたなにやってるの?……」
 てゐに、体の芯から凍りそうな声が降り注いだ。
 てゐにつられて笑っていた妖兎たちも鈴仙の顔を見て次々と口を閉ざしていく。そうした妖兎たちが皆そろってリーダーであるてゐに視線を投げかける。
 周囲の妖兎たちから見つめられたてゐは、誰かを身代わりにして一人逃げ出せなくなったことを悟った。絶体絶命。
 ゆっくりと鈴仙から視線を外す。てゐは必死に考えた。
 現状、仕掛けた罠はまず間違いなくバレていると考えて良いはずだ。なら、もはや復讐どころではない。復讐する機会は何度でも訪れるが、復讐しようとしていることを悟られるのは非常に悪い。この場をなんとかごまかして乗り切る算段をたてなければ。なにかいい言い訳があるはず。あるはずなのだ。智慧を働かせろ、この私! 
 次の瞬間、てゐの口を突いて出た言葉は
「……べ、別に……?」
「へぇ!?」
 うどんげの声にヒステリックな声が混じる。カンがなにがなんでも全力で逃げろと叫び、とっさ、てゐは皆に指示を出そうとして
「皆! 散か……うわわわわっ!?」
「逃がさないわよ!」
 てゐの言葉と同時にうどんげの瞳が赤く発光し、その場に居た全員を囲んで無数の弾丸帯できた円輪群が出現した。
 縦横無尽に張り巡らされた弾幕結界は、てゐたちを狙う輪とあらぬ方向へ向く円輪が入り交じり、すべての弾丸の把握は困難きわまりない代物であった。スペルカード方式ではない弾幕はあたれば大怪我を負うのは確実で、誰も逃げ出すことができない。
 てゐはうどんげのあまりにも見事な弾幕密度と展開速度にうめき声を上げた。
「おのれ……腕を上げたわねうどんげ……」
 そういったてゐにだけは、首の回りにまるで首輪のように弾帯が浮かんでいる。ちょっとでもおかしな真似をすれば容赦しないと言っているようなものだ。
「あんたが誰かを持ち上げるときが一番危ないって事、もう十分思い知らされたわ……さあ、さっさと白状しなさい。こんなところでなにやってるの? たしかあんたの今日の仕事って、明日人里に持っていくタケノコの足りない分を集めるはずじゃなかったっけ? そうよね、あんたの今日の仕事って!」
 永夜異変以来、永遠亭は僅かずつではあったが人の住む里と交流を持つようになっていた。それは永琳の医療行為であったり、鈴仙の薬売りであったり、迷路結界で採れる筍を里に持っていって、お金や牛乳など品物と交換してもらうことだった。
 てゐは無言。
 うどんげも無言でてゐを睨む。
 てゐは自分の首回り覆う弾丸を指さす。
 うどんげは一層不機嫌そうに顔をしかめたが、一つため息をつくと指を鳴らした。
 その瞬間、周囲に存在していた弾幕結界が消滅する。
 弾丸に狙われている圧迫感から解放されたてゐは安心して息を吐いた。
「ふぅ、やれやれ……」
「……で? さっさとどういうことか説明しなさい!」
 首がまだあるのかを確認するように自分の首をなで少しでも時間を稼ごうとしながら、てゐはまたも必死に智慧を絞る。なにかいい言い訳、なにか良い言い訳……はっ!?
「そう、そうよ! 屋敷の改良をしてたのよ」
「かい、りょう……? ……そんな話師匠から聞いてないけど?」
 いぶかしげな視線をてゐに向ける鈴仙。
 く、弱かったか。考えろ。考えろ、私!
 瞬間、頭の中にそのときのてゐには完璧だとしか思えない答えが浮かび上がってきた。これだ!
 てゐは胸を反らせて偉そうに答えた。
「うどんげが三倍罠に掛かりやすくなるよう改良してたのよ!」
 その言葉に表情をつり上げた鈴仙は抜き足差し足忍び足で逃げようとしていた一匹の妖兎の首根っこをつかみ、怒りをたたきつけるように罠を設置したであろう場所にどかんとおいた。
 どかんと罠が発動する。
 どかんと床下で火薬かなにかが爆発し、切り抜かれていた部分が急上昇。もちろんそこに乗せられた妖兎も一緒に持ち上げられていく。その急上昇は天井にぶち当たっても止まることはなく、妖兎は悲鳴一つ会えず屋根を突き破って夜空に打ち出された。その後、空へ打ち上げられた妖兎はいくらまっても落ちてこない。
 てゐと鈴仙の間に生暖かい風が吹いた。
「わ、罠の名前はボンボヤージュ月に4649! とかどうかしら……」
 そう呟いたてゐの言葉にも多少同情が混じっていたとかいなかったとか。
 ずっと空を……いや、罠の結末を見上げていたうどんげの瞳からじわっと涙の粒が浮かび上がった。その様子に気づいたてゐはやばいと思ったのか、
「れ、鈴仙? あの……レーセン?」
 泣きそうな顔のまま鈴仙がてゐに指先を向ける。
 てゐは顔色を変えてジャンプ!
 同時に叫んだ。
「散開!」
 てゐの言葉に、妖兎たちは訓練された軍隊のような機敏さで八方に散る。ただの一人も逃げた方向がかぶってないのはさすがとしかいいようがない。
 間髪入れず、それまでてゐがいた場所を高密度の弾帯がえぐった。
 弾の集まりであるはずなのに光線にしか見えない弾幕。地面を削る音よりも風切り音のほうが大きいという恐怖の弾帯だ。
 てゐは空中で悲鳴を上げた。
「ウッサアアー!? 死ぬ死ぬ死ぬ!! そんなの食らったら死んじゃうっ! うどんげしゃれになってないよ!」
「あ、あんたの仕事は天井突き破るような罠を仕掛けることじゃないでしょう!! あんたのせいでね! あんたのせいで私は仕事の不備を師匠に怒られるし、ぐすっ、あんたたちの代わりにタケノコ探し回るはめになって、泥まみれになりながらタケノコ担いで、どれだけ倉庫と外を往復したと思ってんのよ! 全部あんたのせいよ! 全部! 全部!! もう絶対に許さない!!」
「あ、あはっ! それはご愁傷様! でもうどんげ、あんたは一つ勘違いしてるわ!」
「なにがよ!!」
「罠は趣味よ、しゅーみ。そんで今日はさぼりなの、さーぼーりー。ドゥーユー un-der-stand? おまけにお師匠様に怒られたって? ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ災難だったわね! でもいい気味だわ!!」
 てゐの言葉に絶句した鈴仙は二の句を継げなくなる。
 だが、鈴仙の正体が抜けていたのは一瞬だけだった。
 ゆっくりと鈴仙が俯いた。紫色の前髪に顔が隠れたせいで表情を読み取ることはできなくなったが、入れ替わるように震えはじめた体がすべてを物語っていた。
 古今東西、こうなった妖怪がやることといえばただ一つ。
「……こ、このグロ兎、今日こそ新薬の被験体にしてやるー!!」
 勢いよく顔を持ち上げた鈴仙がてゐに向かって罵詈雑言をぶちまけると、躊躇せず飛びかかっていった。


 その後、泥沼の様相を呈してきた兎角同盟内戦が永琳のプライベートルームで第三次大規模遭遇戦闘を行い、両軍とも堪忍袋の緒が切れた永琳によって甚大な被害を被って和解させられることとなる。
 どでかい問題を抱えてメディスン・メランコリーが永遠亭を訪れるのは、未だ兎角同盟内部で小競り合いの続く和解後一ヶ月経った頃のことであった。

初めまして。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
急に永遠亭の話が書きたくなり、気持ちの赴くままキーボードを打ちました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
てとらぽっと
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コメント



0.230簡易評価
3.10名前が無い程度の能力削除
なんか殺伐としてていやな永遠亭でした。読んでて気持ち良く無かったです。

傲慢になって部下に八つ当たりするうどんげ、精神年齢低くて騒ぎまくるてゐ、力で押さえ付けるしかしないえーりん・・・・・・

ドタバタギャグはいいのですがもう少し愛が欲しかったです
6.10名前が無い程度の能力削除
 てゐと鈴仙が争い、二人とも永琳に叱られる……この展開から考えるに、「賑やかで楽しい永遠亭」を演出する意図があったのかもしれませんが、これは、その意図に反してただ2人が憎しみ合うだけの話になってしまっていると思います。てゐと鈴仙の争う理由は、「鈴仙の傲慢な振る舞い」と言う、特に微笑ましさや面白みがあるものではないですし、てゐが反撃として仕掛ける罠も、単に危険度が高いと言うだけで、何らかの楽しさがあるものではありませんでした。更に、怒り狂った鈴仙がてゐに対して言う「あんたのせいで……」の部分も、実際のところ、その言い分が正当なのかどうなのか判別せず、その結果として、例えば、「実は鈴仙の方が酷い目にあっていた」とか、そういう起承転結の「転」のような部分の楽しみも感じられませんでした。オチとしての永琳についても、結局「堪忍袋の緒が切れ」て、双方をボコボコにしたと言うことが分かるのみで、問題の解決方法としては、普通で、特殊な部分も無く、特に面白いと思える場面になっていませんでした。折角、永琳をオチ担当にするならば、何らかの機転を利かせた終了の仕方とか、もしくは、もっと多く「永琳のプライベートルーム」で争いが行われる過程を描写して、ただ巻き込まれただけの永琳の不運さとか、何らかの笑えたり、感嘆できたりする部分が示されていたら、もう少し楽しく読めたのに、と勿体無く思いました。
8.無評価てとらぽっと削除
>>0

ありがとうございます。

>>3

>>6

意見ありがとうございます。

そして、気分を害したようで本当にすみません。

なんというか、どうも俺には永遠亭にあるのは強力な仲間意識で、そこ以外は皆が好き勝手生活をしているイメージがありまして、永夜、花映の後の、行動範囲が外に広がった永遠亭でのてゐと鈴仙は、そういうお互いの好き勝手が我慢できず必ず大喧嘩するだろうなーてなことを考えてたんです。で、それを思うがままに文章にしてみたらこうなってしまいました。ほんとすみません。

次のはもっとマイルドに……マイルドにできるといいなあ(´・ω・`)
9.60名前が無い程度の能力削除
おk
15.80名前が無い程度の能力削除
ワロシュ