Coolier - 新生・東方創想話

陽気な妖忌 ~日々是鍛錬の場合~

2008/05/05 15:24:17
最終更新
サイズ
4.67KB
ページ数
1
閲覧数
1655
評価数
16/73
POINT
4130
Rate
11.23

分類タグ


 春も穏やかな日差しの中で、師と弟子は茶と団子を味わっていた。

「師匠。何故団子を、わざわざここまで食べに来たのですか?」
「ふむ。良いか、妖夢。生きること、それ即ち鍛錬じゃ。自らを高め白玉楼を守る為、儂らは日々の鍛錬を怠るわけにはいかない。判るな?」
「はい」

 その返事に、満足そうに妖忌は言葉を続ける。

「刀使いにとって、大事なのは足じゃ。それを鍛える為、団子一つとはいえ、このような場所まで歩むことにしておる」
「な、なるほど」

 完全に納得したのか、と訊かれると首を傾げるが、あまりに堂々と重々しく口にされたので、気圧されて妖夢は頷いてしまった。

「生きるといっても、生きるには必要のないこと、自らを高めるためには邪魔なものもある。それを行わず、道を踏み外すことなく生きることが大事なのじゃ。判るな」
「はい、師匠」

 欲に溺れず、本能に流されず。そういう言葉だと、妖夢は胸に刻んだ。

「そうじゃ、ここの店主に渡しておくものがあった」
「え?」

 そう言うと、妖忌は懐から金を取り出す。それはかなりの額であり、団子屋に払うような金額ではない。

「な、なんですかそれ」
「これかの。何、気にするな」

 気になります。妖夢の目がそう語っていたが、妖忌は妖夢に待っていろと言い残し、店の中へと入っていった。
 そして、しばらくすると普通な顔をして現れる。
 何かを訊きたいものの、訊いて良いものか計りかね、妖夢はうずうずと師の顔を窺うことしかできなかった。

「何、気にするな。眠っている友への、ささやかな気持ちじゃ」
「ね、寝ている」

 妖夢はその言葉に、何かとても重いものが込められているように感じた。

「まさか、その友人って」

 口にしてから、言うべきじゃないと思い直し、慌てて口を塞ぐ。

「古くからの知り合いでな。今ここで働いている小僧の祖父に当たるのじゃが……はて、もう共に競い合い、何十年経つのやら」

 師の言葉に、悲哀はない。だからこそ、妖夢は胸を僅かに痛めた。

「すみません、師匠!」
「何を謝るか」
 
「……すみません」

 それでも、妖夢は小さくそう呟いた。
 そんな妖夢の頭を撫で、妖忌も呟く。

「何事も、果てがあるものじゃ。じゃからな、悔いなきよう生きろよ、妖夢」
「はい」
「その身が朽ちる時、無念などは残さぬよう生きろ」
「はい!」
 
 師匠のその言葉に、不覚にも涙が溢れた。

「泣く奴があるか……ほれ、団子を食え。茶を飲め。これが生きるということじゃ」
「はい、師匠」
 
 妖忌は、自分の団子を一本妖夢の皿に乗せた。

 やがて妖夢が落ち着き、お茶と団子が空になると、妖忌は空を見上げて呟いた。
 
「さて、妖夢。刀使いに大事な鍛錬はなんじゃと言うたか?」
「え? あ、足です」

 妖夢がそう答えると、妖忌は笑う。

「そうじゃ。では、足腰の鍛錬を始める。遅れるなよ」
「え?」

 次の瞬間、座っていたはずの妖忌は前のめりに倒れつつ飛び出し、凄い勢いで駆けだしていた。

「し、師匠!?」

 驚きながらも姿勢を整え、妖夢も妖忌に続く。妖忌が全力ではなかったので、なんとか横に並ぶことができた。

「ふむ、良く反応した」

 満足そうに妖忌が歯を見せて笑うと、次の瞬間後から稲妻のような声が響く。

「あ、あぁ!? またかっ!」
「……また?」

 背後から聞こえる、敵意を孕む声。それに、妖夢が首を傾げる。

「妖忌の爺さんがまた食い逃げしたぞっ!」 
「えぇぇぇぇぇ!?」

 今の現状を理解すると、妖夢が絶叫した。
 すると、食い逃げを叫ぶ孫の声をスタートの合図に、飛び出してくる老人。

「あんなろっ、ようやく食い逃げした分を七割近くを払ったと思ったら!」

 スプリンターの様に飛び出してくる老体。その速度は歳を感じさせず、むしろ空を裂く矢のそれに似ていた。

「……えっ、食い逃げした分」

 そして、粘り着くように耳に残る言葉。
 その言葉を噛み締め、妖夢は理解をする。

「ま、まさか、さっきのお金って!」

 並走する師に、自分の確信をぶつける。これが肯定された場合、あのご老人が「眠っている友」ということになる。

「今までのツケじゃ」

 かっかと、悪びれず笑う。騙されたと気付いた妖夢は、怒る気力さえ奪われてしまった。いや、言葉では騙されていない。妖夢がただ勘違いをしただけなのだ。妖忌の思惑通りに。

「な、な、なっ……」

 眠っているとは、まさにそのもの、ただ昼寝をしていただけのことであった。

「待て、妖忌! それと、その食い逃げ二代目!」
「に、二代目!?」

 不本意な、そして何より屈辱極まる呼称が聞こえてくる。

「師匠! 何故こんな恥さらしな真似を!」

 半ば本気で怒る妖夢。

「言ったじゃろ、生きるのに必要でないこと、自らを高めることに必要のないことは行わぬと。食うことは必要じゃが、金を払うことは、さて、生きることに必要か?」
「なっ!?」

 ここに、詭弁極まる。
 ニッと笑う老獪の表情に、妖夢はこの一瞬、自分でも理解のできない数多い感情を抱いた。そして、表情が抜け落ちる。引き攣る頬を残して。

「ほれ、叫んで転んでも知らんぞ。転んで捕まれば、儂とお前の料金分、ただ働きじゃ」

 そう口にしたと思うや、妖忌はその速度を上げ、途端弟子の視界から消えていってしまった。

「し、師匠ぉぉぉぉ!」

 愛弟子の声を耳に入れつつ、師は不敵に笑う。



 ちなみに、追いつかれるに饅頭一つ。追いつかれぬに饅頭一つ。白玉楼での、妖忌と幽々子の賭けである。果たしてどっちがどっちに賭けたのかは判らない。ただ唯一の事実は、妖忌が二つの饅頭を食べたことくらいである。
 二十一回目になります、大崎屋平蔵です。
 長編書いてますが進みません。まずいです、長編は新作出てもキャラ使えないのに……夏までには終わらせないと。

 本作は、また短いですねぇ。
 私の中の妖忌はこんな人。でも、設定上は厳格なご老人。誤差が酷いですね。
 
 それでは、お読みいただきありがとうございました♪
大崎屋平蔵
[email protected]
http://ozakiya.blog.shinobi.jp/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2540簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
短くても内容がしっかりとしてるので楽しめました。

妖忌爺さんなにやってんのw

2.100名前が無い程度の能力削除
なんてひどい爺さんw
5.100名前が無い程度の能力削除
こういう妖忌もアリwww
6.100ひぃや削除
えぇ、こんな事だろうと思ってましたよw

9.100名前が無い程度の能力削除
このダメ爺めwww
14.100名前が無い程度の能力削除
このままシリーズ化してほしいです。

こんな爺ちゃん大好き。
17.100華月削除
途中までのシリアスな展開とその後のギャグ展開のギャップが凄く良いです^^

凄く笑えましたw

こんな妖忌も良いですね^^
20.100名前が無い程度の能力削除
元気な爺様だw

ストレスとは無縁だろうなこの爺様w
24.100名前が無い程度の能力削除
ちょwww爺さん何やってんだwww
元気すぎるwwww
30.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべき
35.無評価名前が無い程度の能力削除
じぃさん最速過ぎるwwww
36.100名前が無い程度の能力削除
すみません。点数入れ忘れました
49.90名前が無い程度の能力削除
妖忌の屁理屈に吹いた。
楽しい作品ですね。
55.100irusu削除
爺さん、かっけーな。
56.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいお爺さんだと感心はするがどこもおかしくはない。
58.100通りすがりの東方ファン削除
正に陽気な妖忌。
オフィシャルよりもこちらの飄々とした妖忌さんが大好きです。
73.100削除
本当に何してんのこの爺さんwww。今までいくらくらい食い逃げしてるのこの万能爺さんwww