Coolier - 新生・東方創想話

~ただ会いたくて~Lunatic run

2008/05/02 08:12:10
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~ただ会いたくて~Lunatic run

いつもより、ほんの少しだけ騒がしい紅魔館。
紅魔館の門には、いつもの中国的門番、紅美鈴の他に、無数の妖精達が立っていた。
もちろん、メイド長こと十六夜咲夜も妖精メイド達の前に立って門に立つ二人の吸血鬼を真っ直ぐに見つめている。
視線の先には、この紅魔館の主、レミリア。
そして、普段は絶対に館の外に出ることがない悪魔の妹、フランドール。
背中には二人のリュックサック。
レミリアのリュックは薄い水色に赤いリボンの付いたリュック、フランのリュックはオレンジに黄色い花の模様のリュックを背負っている。
フランは初めて見る外の世界に瞳を輝かせている。
レミリアは少し心配そうだったが、自身も落ち着き無く翼を少し動かしている。

「それでは……行ってらっしゃいませ。お嬢様、妹様」

静かに頭を下げる咲夜。
それに合わせて、後ろに立つ妖精メイドと美鈴も頭を下げる。

「ええ、行ってくるわ。じゃあ、家事はよろしくね咲夜」

「めーりん、昼寝したらレーヴァティンだからねー!」

「は、はいっ!」

そして、二人は並んで歩き出す。

フランはスキップをしながら。
レミリアはフランの後ろで微笑みながら。
二人の背中のリュックは二人の歩みで揺れていた。
それは、二人の踊り、揺れる心のよう。
そして、少しずつ、しかし確実に二人の吸血鬼の心も歩み寄っていた。
長い時の中で離れていた二人の姉妹の絆が。

フランとレミリアのリュックを背負った後ろ姿が見えなくなり、
妖精メイドと美鈴がそれぞれの持ち場に戻った頃、
静かにハンカチで目元を押さえている人物が一人。

「お嬢様……妹様……いつの間にあんなに立派になられたのでしょう……」

小さく呟いてハンカチをそっとポケットにしまうのはメイド長。
門の前に立つ門番も、静かに涙しているのは、お互い気付いていなかったようだ。


「じゃあ……気を付けて行って来るんだぞ?」

「はい!では、行って参ります、藍様!」

自らの式を見送るのは、大妖怪の式である九尾の狐、八雲藍。
心配そうな表情を浮かべて、落ち着き無く尻尾と耳がぴくぴくと動く。
一方、大妖怪の式の式、化け猫の橙はチャームポイントである
深緑色の帽子と同じ色で、丁寧に「橙」と名前を入れられている
リュックを背負い、二股に分かれている尻尾を嬉しそうに揺らしている。
足取りは軽く、おやつをもらった子猫のような笑顔で
マヨヒガから人里への行くための道を歩いている。

「怪我するんじゃないぞ~!寄り道もしちゃダメだぞ~!」

遠くから、小さく「はーい」と返事が返ってきたのを聞いた藍は、
しばらくその場で橙の通った道を見つめていたが、
橙の家の片付けをしようと、橙の家へと入っていった。




太陽は空の真上に昇り、朝よりも暖かさが増し、活動する妖怪も人も増えた。
その日はとてものどかで異変も事件も無く、巫女は暇で縁側に寝転び、
人食いの闇の妖怪は花畑で眠り、氷の妖精はカエルを凍らせて遊んでいる。
天狗の新聞記者は、部下の白狼天狗と散歩に出かけ、
いたずら白ウサギは月のウサギとニンジンをかじり、
その師匠は、共に地上にやってきた姫に「パソコン」の使い方を教えてもらっている。
山の神社では、青い巫女と二人の神様が叩いて被ってジャンケンポンをしている。



紅魔館では、メイド長が主人の留守と言う慣れない状況の中で、
落ち着き無く休息をとっていた。
いつも、主人であるレミリアの外出にはメイド長である咲夜がついていた。
しかし、今回の外出はどうしても自分達だけで行かせてくれ、と
主人自らが咲夜に頼みに来たのだ。
どうにも心配で、許可しようか迷っていたのだが、
最終的には涙目で咲夜に泣きついてきたのだ。
そんなことをされて、お嬢様命のメイド長は許可を出さないわけには行かなかった。

そうして、許可を得て、館の主とその妹は今日の日に外出していった。
それでも、咲夜はどうにも心配で心配でたまらなかった。
館の主とその妹の強さは、咲夜はしっかりと理解している。
日に当たって倒れてしまわないか、川から飛び出してきた鰯にやられないか。
もし、誰かのイタズラで炒り豆が二人の上に山ほど降り注いできたら。
地面から突きだしていた十字架に転んで動けなくなってしまわないか。
ありもしない被害妄想を膨らませるメイド長。
しかし、もっと気になる重大なことが頭一杯に広がる。

そう、フランの能力である。

『あらゆるものを破壊する程度の能力』

この能力のせいで、フランは495年もの間、地下に幽閉されていたのだ。
今は、紅霧事件の時にやってきた者達のおかげで少しまるくなったため、
館の内部を自由に動けるようになったのだが。
この館の主は、見た目は幼い子供でも、とても頭がいい。
何の策も無しで連れ出すことは無いはず。
それでも、咲夜には心配で心配でたまらなかった。
本人は気付いていないのだが、さっきからずっとベットの上で転がり続けているのだ。
頭を抱え、変な奇声を上げながらベットの上で転がるメイド長。
部屋には入らないものの、メイド長の部屋の前にはたくさんの妖精メイド達がいた。
口を押さえて床を叩いている者もいれば、とても心配そうな者もいる。

そこに、小さな羽根を頭に、大きい羽根を背中につけた赤髪の少女が、
奇声の響くメイド長の部屋の戸を、恐る恐る開ける。

「あ、あのぅ……咲夜さーん……?」

「うのぉおうああ゛ぁぐがががぉぇ……って、あら小悪魔じゃないの」

何も気付いていないメイド長。
知らぬが仏と言う言葉があるのを思い出す小悪魔だった。

「あの……これって確――」

「のぅあぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」

突然の叫び声に、全身と羽根を震わせる小悪魔。
般若の如く恐ろしい顔、そして完全に戦闘モードの赤い瞳。
全力で小悪魔の元に突進するかのように走り寄り、
小悪魔の手にあった二つの小包を素早く、しかし丁寧に奪い取る咲夜。
そしてそのまま、窓を突き破り、見事に着地したかと思うと、
門番ごと門を蹴り飛ばし、土煙を起こしながらアッという間に走り去って行ってしまった。

「こ……怖かったぁ……」

泣きながら、力無くその場にへたり込む小悪魔。
門番は鉄の門の下敷きになり、気絶していた。



同時刻、マヨヒガの橙の家。

「ふぅ……やっぱり片付けをサボっていたな、橙……」

輝くように綺麗になった橙の家。
朝に藍が橙の家に入っていった時は、足の踏み場も無いほどに散らかっていた。
おもちゃはそこらじゅうに放り出され、服はたたまずに物干し竿に掛けられていた。
絵本は開いたままで部屋中に散らばっていた。
もともと広くない、むしろ狭そうな橙の家だが、片付けをするとなると、
半日以上はかかりそうな程に散らかりまくっていた。
それを数時間で完了させてしまう藍には、多大な拍手を送るべきである。
これも日頃雑用を任されている藍だからこそ成せる技。

しかし、流石に疲れたのか、少し広くなった部屋で寝転ぶ藍。
大きく息を吸って、吐く。
ピカピカの天井を眺めて、そっと目を閉じる。

その時、思わず胸騒ぎを感じて、目を見開く。
激しく打つ鼓動に思わず立ち上がる。
そして、勝手に体が動き出した。
橙の家から飛び出して、猛スピードで自宅へ飛ぶ。
扉を荒々しく開き、居間へ走る。
そこには一つ、ポツリと置かれた小包。
橙色の布で包まれた、可愛らしい小包だ。
藍はそれを丁寧に、優しくそれを抱き締めるように持つと、
風のような速さで外へ駆け出した。
その瞳はいつもの穏やかなものではなく、正真正銘の獣の目。

狐は鋭く標的を射抜く鋼の矢の如く、走る。




「うおおおおおおぉおぉ嬢様ぁぁぁー!」

「ちぇえええええええええええええん!」


人里を嵐のように駆け抜ける二つの影。
一つは銀色に光る優雅なるメイド。
一つは黄金に輝く妖美なる式神。
狼のような、鋭く突き刺して切り裂くかのような紅の瞳。
狩る者にふさわしい、獲物を金縛りにさせる見開かれた金色の瞳。

紅と金、二つの風……いや、嵐は止まることなく突き進む。
的に向かって、一寸の狂いもなく、光る刃。
獲物に向かって、白く妖しく光る、狩猟者の牙。

最強のメイドと式神は、自身の求める者に向かって、駆け走る。

二人の走る先にいるものは、そのただならぬ殺気に思わず身を震わせた。
地響きの様に聞こえる二人の足音に、獣どころか妖怪までもが逃げ出した。
遙か先の太陽の畑を越えて、冥界にまで届く吼える声に、
眠っていた人食い妖怪は飛び起きて逃げ出し、
氷の妖精はカエルを抱えて湖に飛び込んだ。
花を操る大妖怪は、思わず日傘を手からすべらせ、
練習をしていた幽霊楽団は全員が同じタイミングで音を外し、
三途の川の船頭である赤髪の死神は船の上でバランスを崩しかけ、
判決を言い渡そうとしていた白黒つける能力を持つ閻魔は驚きの余り叫び声を上げ、
冥界の姫様は、饅頭を喉に詰まらせ、庭師は乗っていた脚立から足を滑らした。

二つの嵐は人里を抜け、開けた草原に飛び出した。
獣どころか妖怪も妖精もおらず、音一つない草原。
聞こえるのは二つの嵐の吼える声と地響きのような足音だけ。
草の影から、二つの嵐が過ぎ去るのを待つ妖怪、妖精、獣たち。
力自慢の妖怪も、イタズラ好きで怖いもの知らずの妖精も身を震わせ、
大きなバスケットを抱えた、虫を従える妖蟲さえも、
嵐が過ぎ去るのを木の陰から除いている。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉー!」

「うがあああああああああああぁぁぁぁぁぁー!」

吼える狼と狐。
小高い丘でも、風のような速さは落ちることはない。
丘の頂上の木が少しだけ見えてきた。
水色の空に、ぽつりと映る鮮やかな緑の葉。
その瞬間、二つの嵐が空へ飛び立った――

「うぉおおおぉおおおおおぉ嬢様ぁぁぁぁー!」

「ちゅぇえぇええええぇぇぇええぇぇぇえーん!」

再び、幻想郷中に二つの嵐の吼える声が木霊した。


二つの嵐は丘の上に見える、求める者へと飛びかかる。
矢の如く、二人の獣は真っ直ぐに。

「さ、咲夜!?」

「危ないお姉ちゃん!」

「きゃああああああ!」

「橙、来なさい」

フランがレミリアに抱きついて押し退け、橙は自らを呼ぶ落ち着いた声に飛び込んだ。
レミリアが嵐に押される草の上に背を付け、橙が声の主の胸に飛び込んだと同時に、
鈍い音が辺り一面に響き渡った。
思わず、周りにいた者達は妖怪、人を問わずに耳を塞ぎ目を閉じた。



「……ま……ん…さ……らん…さ…ま……藍様ぁ!」

「うぅ……橙……!いたっ」

背もたれとなっていた木を支えにして立ち上がろうとするものの、
頭部を襲う痛みに、思わず藍は苦痛に顔を歪め、再び座り込む。
心配そうに橙が藍の側に寄る。
そっと、藍が開けた瞳には、今にも泣き出しそうな橙が映った。
視界の端に映った紫色に、ハッと顔を上げると、そこには最強の式神の主、

「紫様……」

「まったく……もう少し前をよく見なさい、藍」

はい……と、申し訳なさそうに頭を下げる藍。
ズキズキと頭部を襲う痛みと、申し訳無さに、自然と瞳に涙が溜まる。
すると、藍の涙が零れるよりも先に、橙が泣きながら藍に飛びついた。
大声で泣きじゃくる橙を藍はよしよしと撫でる。
飛びついた衝撃で再び頭に痛みが走ったことに、藍は気付かない。

「あぁもう橙、どうしたの?」

「だって、だって藍しゃまがっ……倒れて動かなくなって……っ!」

そこまで言って、更に大きな声で泣き出す橙。
それを藍は優しく抱き締める。
紫はやれやれ、とため息をつきながらも、穏やかな微笑みを浮かべている。
紫の腕には、藍がこれだけ急いでまで持ってきた小包があった。
もちろん、それには傷どころか砂粒一つ付いていなかった。



「お嬢……様……フラン……ドール……お嬢様……」

「咲夜!大丈夫?変なもの見えたりしない?」

「さくやぁぁ!ヒック……起きて良かったぁ……!」

そっと、藍とは反対側の場所に背を預ける咲夜の腕に抱きつくフラン。
レミリアも心配そうに咲夜の隣りに座る。
咲夜も、藍と同じように酷い痛みが頭に走っている。
しかし、彼女の顔は笑顔だった。
主人に仕えるメイドと言う立場でありながら、
これだけの愛情を受けていられる幸せが、自然と彼女を笑顔にしたのだ。
そして、二人の吸血鬼姉妹の隣りには、咲夜が持ってきた小包。
小包にはしわ一つ無く、小悪魔が持ってきた時のように美しいままだった。



「それじゃあ、手を合わせて下さい。それでは……」

『いただきまーす!』

子供達の元気な声が、草原に響き渡る。
上白沢塾の塾長、上白沢慧音は、ふっと笑みを零す。
そして、自身の弁当を手に取り、隣りに座る白髪の少女にも弁当を渡す。
その少女は振り返り、軽く礼を言うと、再び元の方向を向いて
目の前の相手と睨み合いを始める。

「さぁ、妹紅。あなたの弁当を見せてみなさい!」

「見なさい輝夜!これが私の弁当よ!」

妹紅は慧音に手渡された二段弁当の蓋を開ける。
そこには綺麗な黄色の出汁巻きや、美味しそうなおにぎりが。
漂う香りからして、その美味しさが分かるほど。
二人とも、喜びの声を上げる。

「ふふ、楽しそうで何よりですわ」

「まぁ、妹紅も楽しそうだし……ここは一時休戦としようか、八意氏」

お互い、大切な人が楽しげに弁当を見せ合い、
自慢しあっているのを見て、悪い気にはならない。
弾幕勝負をするときとは全く違う和やかな雰囲気に、二人は笑みを浮かべた。

「永琳特製のウサギリンゴを食べてみなさい!」

「ならばこっちは慧音特製の焼き鳥だ!」

パクッと、お互いの出し合ったおかずを口に入れる。
すると、みるみるうちに二人の敵意むき出しだった表情が緩む。

「「うますぎるッ!」」



「あ、リグルの蜂蜜クッキー美味しいわね」

「そうでしょ!みんなも食べてみてよ」

因幡のいたずらウサギこと、因幡てゐは、
さっきまで木の陰に隠れていた妖蟲の持ってきたおかしを食べてにっこりと笑う。
すると、そこにどんどん人も妖怪も集まってくる。

「わー、すっごく美味しい!八目鰻にも負けない美味しさね」

パタパタと翼を羽ばたかせながら頬に手を当てるミスティア。
何故か帽子の羽根まで動いている。

「みすちー、あたいにもちょーだいよー!あたいサイキョーなんだかんね!」

いっぱいあつまる人や妖怪の中から飛び上がって声を上げるチルノ。
やはり⑨、漢字が使えない。

「さいきょーとかんけーないのかー」

いつもの様に手を真横に広げて、明らかに邪魔なルーミア。
その瞬間、後ろから押されて、案の定転ぶ。

「自分で聞いてどうするんですか!ルーミア、あなたは黒!」

後ろから押したのは四季映姫・ヤマザナドゥ。
手に持った棒で倒れたルーミアを指して叫ぶ。
ちなみに、閻魔様でも人がたくさんいる場所で人を押して良いというルールはない。

「映姫様、闇の妖怪は元々黒ッスよ。あ、あたいにもちょーだい」

身長の高い小町は、楽々とクッキーを手に取る。
と、言うよりも手に持った鎌の先にクッキーを刺して取っているのだが。
ちなみに、これもルール違反である。



「幽々子様、蜂蜜クッキーを持って参りました」

二枚ほど、その蜂蜜色の甘い香りのクッキーを手に、自らの主の元へ駆け寄る妖夢。
いつもの少し険しい顔でも、涙の浮かんだ顔でもなく、明るい笑顔である。

「ありがとう妖夢~。んー……あら、美味しい。妖夢も食べてみて」

音速を超える速さでクッキーを一枚手に取り、
光速を越える速さで口に放り込む幽々子。
とても嬉しそうに一枚のクッキーを食べ終わると、妖夢の手にある
もう一枚の蜂蜜クッキーを指さして言う。

「は、はい……あ、美味しい」

そっ、と一口囓ってみると、甘くて柔らかな味が口一杯に広がった。
すぐに小さなクッキーは無くなってしまったが、蜂蜜の甘さがほんの少し口に残っていた。



「その……珍しいですね、あなたが外に出てくるのって」

「まぁ、あれだけ大きな叫び声を聞いたら、誰でも出て来るさ」

レイセンの隣りに座って、彼女の二段重ねの弁当の片方を食べているのは、
魔法の森の入り口の店、「香霖堂」の店主である森近霖之助。
珍しい組み合わせであるが、面識が無かった訳ではないため、会話は進む。
美味しい料理のおかげか、気まずい空気にはならない。

「それにしても、美味しいね、この人参サラダ」

「そうですか?そういってもらえると嬉しいです」

白くて、他のウサギとは違う薄く、途中で折れ曲がった耳を揺らして、
愛らしい笑顔を浮かべる月のウサギに、霖之助は目を奪われた。
その赤い瞳は狂気の瞳であることなど、すっかり忘れてしまっている。
しかし、その瞳は相手を落ち着かせることも暢気にさせることも出来るため、
霖之助は狂気には染まらない。

「……どうかしましたか?」

「あ、いや……今度このサラダの作り方でも教えてくれないかな、とか……」

思わず見とれていたなんて言えるはずがない。
と、言い訳として口に出した言葉に、レイセンは少しだけ驚いた顔をする。
でも、すぐににっこりと笑って言葉を返した。

「もちろんいいですよ!今度、お伺いしますね」

「あ、あぁ。ありがとう」

店主になど向かない、いつも無気力な店主の目に、ポツリと光が灯る。
そうして、口には出さないで、心の中でそっと思う。

『帰ったら久しぶりに、店の掃除でもしよう』



「おーい、アリスー」

「あら、どこ行ってたの魔理沙。
 遠足の付き添いで呼ばれたのに急にいなくなって……」

手を振りながら歩いてきた白黒魔法使い魔理沙に、
七色の人形遣いアリスは呆れ気味に言葉を投げかける。
アリスの隣りにドスンと座ると、おもむろに頭の上の
大きな帽子の中に手を入れて、自分の弁当を取り出した。
それをアリスは自分の持ってきた水筒の蓋を取り、それにお茶を注ぐ。
すぐにそれを飲み干すと、軽く蓋を振って水を切り、水筒に蓋をする。

「あ、喉乾いたしちょっともらうぜ」

「ちょ、魔理沙っ」

アリスが声を掛けたときには、既に魔理沙は
蓋一杯にお茶を入れ、それで喉を潤していた。
隣りで慌てるアリスになど目もくれず、そのお茶を一気に飲み干した。

「ぷはーっ、やっぱアリスのお茶は美味いんだぜ」

「ちょっと魔理沙!まさか全部飲んじゃってないでしょうね!?」

魔理沙が少しだけムッとした表情になるのに全く気付かないアリス。
水筒を開けてみると、中には数滴しか残っていないお茶。
ため息を付いて水筒を閉じるアリス。
少し嫌味でも言ってやろうかと魔理沙の方を振り向くと、

「…………」

「な、何よ。こんな近くに来て……」

目の前には不満げな表情の魔理沙。
お互いの息が感じられるほど近く。
そのままじっとアリスの青い目を見つめ続ける魔理沙。

「ア、アリスは……その、私のことをだな……」

「あーら、何してるのかしら。ねぇ……魔理沙?」

穏やかな口調ではあるが、魔理沙は強烈な殺気を感じる。
少し赤い顔のアリスから顔を離し、視線を上げる。
そこには、普段は絶対に外に出ようとしない、動かない大図書館パチュリー。

「あ、パチュリー……えっと、その……」

「いいのよ、アリスは。クッキー持ってきたんだけど、どう?」

アリスは、と言う部分を強調して言うパチュリー。
そっと、魔理沙とは反対側に座り、アリスに蜂蜜クッキーを手渡す。
ちなみに、自分の分のクッキーはもっているが、魔理沙には渡していない。
と、言うよりも、魔理沙の分がない。

「おいパチュリーさんよぉ。私の分のクッキーはどこなんだぜ?」

「泥棒野良魔法使いは木の上のリスにドングリでも分けてもらうのがお似合いよ」

フッと勝ち誇ったかのような笑みを魔理沙に向けるパチュリー。
魔理沙は、目の前の紫魔法使いを、強く睨み付けている。
その紫魔法使いも、冷たい眼差しで白黒魔法使いと
目と目、詳しく言えば視線の弾幕勝負を繰り広げている。
アリスは美味しそうにクッキーを頬張っていて、まったくその勝負に気付いていない。

「………隙ありィ!」

「しまった!」

「美味しかったぁ~」

クッキーを食べ終わり、ハンカチで口元を拭くアリスは、二人の勝負にまだ気付かない。
のんびりと、口の中の甘い余韻を楽しんでいる。

静かなる視線の弾幕勝負の最中、魔理沙がパチュリーの手のクッキーを奪い取る。
パチュリーは手を伸ばすも、魔理沙は素早く手を引いてかわす。
その瞬間、魔理沙の口元がニィッと笑っていたのを、パチュリーは見逃さなかった。

「アリス」

「ん?どうかしたの、魔理――」

その瞬間、アリスの口に再び甘い蜂蜜の味が広がった。
それだけではなく、今度はアリスよりもずっと暖かい魔理沙の体温も伝わってきた。
唇には、柔らかい魔理沙の唇。

「アリス……そんな……」

パチュリーはその場でがっくりと膝を付く。
見る見る、顔は青ざめてゆく。
しかし、顔色に反して、目には炎が揺らめいている。
それは小さな火の粉から、火炎の渦へと変わって行く。

「このパチュリー・ノーレッジが……
 あんな野良魔法使いに負けてなるものですか……!」

目の前でキスを続ける七色と白黒の魔法使い、特に白黒の方に向けて、
瞳の中に燃え上がる火炎を飛ばした。
いわゆる宣戦布告である。
一方の白黒魔法使いは、人形遣いの青い瞳を見つめたまま、
その宣戦布告を受け取った。
七色の人形遣いは、そんなことなど微塵も知らず、
この蜂蜜より甘い時間を味わっていた。



「あややややや。これは凄いものが撮れましたよ椛……!」

「文さん、目が鷹になってます!すごいです!何かが!」

「感謝しなさいよ。こうなることを予想して、
 あのツルペタ発光虫妖怪にクッキー注文して、
 遠足の同伴者としてアリスと魔理沙とパチュリーを呼んだんだからね」

凄まじい速さで、先程の三人を写真に収めまくる鴉天狗、射命丸。
それを、尻尾を振りながら見つめる白狼天狗、椛。
そして、先程の出来事を謀った紅白巫女、霊夢。
射命丸は、椛が箸に乗せて口元へ運んでくれる弁当を、
シャッターを切ってフィルムを巻く合間にぱくぱく食べている。
霊夢は普段なら絶対に食べることのないような、
豪華で大きな弁当を片手に持って、美味しい料理を口一杯に頬張っている。

「さて……で、報酬は賽銭箱にお願いね」

「むふふ……もちろんですよ、霊夢さん……」

二人は明らかに悪い笑みを浮かべ、ダラダラとよだれを垂らしている。
鴉天狗は今、とても美味しいネタにありつけた嬉しさに。
紅白巫女は、賽銭箱がずっしりと重くなっているのを想像して。
椛は幸せそうな射命丸に、絶えず弁当を口に運んでいる。
彼女自身も、とても幸せそうである。
射命丸の幸せが、彼女にとっての幸せなのだろう。
純粋なこの白い狼の幸せになど気付かない鴉天狗と巫女は、
よだれを垂らし、にやにやと笑みを浮かべて弁当を頬張り、シャッターを切っていた。



「あ!お姉ちゃん、その卵焼きちょーだい!」

「いいわよ。じゃあフランのミニトマト、私にくれない?」

「いーよ!はい、ミニトマト。私には卵焼きぃ~」

フランの弁当箱ミニトマトが一つ、レミリアの弁当箱に移され、
卵焼きがフランの弁当箱に入る。
どちらも、咲夜が朝一番に起きて作った弁当だ。
どれも美味しいものばかり。
おにぎりに卵焼き、ミニトマトのサラダ、ハンバーグ。
他にもウサギリンゴやタコさんウィンナーなど、可愛らしいおかずもてんこもり。

「ねえ、さくやのお弁当はないの?」

「私はメイド。主人に仕える身ですから……
 それに、結局お嬢様達だけで外出される許可を出したのに
 来てはならない私が来てしまいましたし……」

「さくや……」

うつむいてしまう咲夜を心配そうに見つめるフラン。
しかし、それとは裏腹に、咲夜の主人その人であるレミリアは微笑んでいる。

「フフ……咲夜、顔を上げなさい」

「はい、お嬢様……」

スッと顔を上げる咲夜。
フランもレミリアに顔を向ける。
フランは咲夜が叱られてしまうのではないかとドキドキしていた。

「私はね、フランに自分自身で外の世界を感じて欲しかったの。
 咲夜がいたら、勝手に遠ざけられちゃうかもしれないでしょ?
 外の世界に存在する、数多の自然や人々から。
 壊しちゃいけない、大事なものがたくさんあることを知って欲しかったの」

「お姉ちゃん……」

図星である。
咲夜は、主人に危険を及ぼすものには、何が何でも主人を近づけないつもりだった。
実際、館にいたときも気が気じゃなかったのだから。
本人は知らないが、普段の落ち着き払っていて、
いつでも冷静な咲夜とはかけ離れた、明らかにおかしい咲夜になっていたのである。
もしも本人が知ったりすれば、数日間そのことで苦しむことになるだろう。

「でも、やっぱり寂しいのよ。咲夜がいないと。
 だから、来てくれてホントは嬉しかったんだからね」

「お嬢様ぁ……!」

そう言うと、そっと咲夜に寄りかかるレミリア。
それを見たフランが、飼い主に甘える子犬のように咲夜の腕にすり寄る。
この時、咲夜は改めて、主人達の愛情に涙したそうな。



「藍様ぁ~、お弁当とっても美味しいですぅ~!」

「橙……!ちぇええええん!」

ずっと笑顔で弁当を食べる橙。
藍は思わず橙を抱き締める。
それに答えるように、橙は藍の暖かい腕の中で甘える。
ゴロゴロと喉を鳴らすその様は、まさに愛らしい子猫。
紫もその横で藍の作った弁当を食べる。
藍が早朝、朝日が昇ると同時に起きて、腕によりをかけて作った弁当。
どんなに味覚が狂いに狂った妖怪でも、不味いなんて言えないほどの旨さだ。

「まったく……親バカって言うか、式バカって言うか……」

そう言いながら、紫はデザートのミカンを口に入れる。
噛めば噛むほどに甘みと酸味が口一杯に広がる。
ふと、ミカンを見て橙を見てみる。
橙と橙色のミカン。
甘える姿は子猫そのもので、柔らかな橙の笑顔はミカンのようだと思った。
その反面、舐めてかかると鬼の力で痛い目を見る。
その辺りがミカンの酸っぱさになるのかしら……と思い浮かべてみる。
しかし、まだまだ橙は修行中。
きっと、甘い甘いミカンなのだろう。
紫が最後に手に取ったミカンの味は、今まで食べたどのミカンよりも甘かった。



太陽は半分ほど隠れ、空は赤と橙と黄色のグラデーション。
夜の妖怪や牙を持つ獣達が目を覚ます時間だ。
遠くの空に、取材から帰った鴉天狗達が見える。

「では、寄り道をせずに!道に迷わないように!
 危ないところには近づかないように!
 ちゃんと、各自安全に帰宅するように。
 えーっと……家に帰るまでが遠足だ。
 では解散!」

慧音が全員を集めて、遠足の終了を告げる。
と言っても、正確には家に帰るまでが遠足だが。
大きく背伸びをするものも、まだ遊び足りないと走り回るものもいる。
夜の妖怪であるルーミアやミスティアはまだまだ遊び回っている。
⑨なチルノは、自分の体力の限界も分からないのか、その二人と鬼ごっこを始めた。
それに萃香が後で混じっていたり、霊夢が混ざっていたのはまた別の話。
ちなみに、霊夢は遊んでもいいが、神社の掃除を手伝うことを条件にしているが、
それは声に出してはいない。
無条件で遊んでいると思っている妖怪達は、
この巫女にこき使われることになるとは微塵も思っていなかった。

「わぁ……!夕日ってこんなに綺麗だったんだ……!」

フランが夕日を見て瞳を星のように輝かせた。
赤色のフランの瞳の中の光は、まさに夕日の中の一番星のよう。
その後ろで、レミリアと咲夜がそっと笑い合っていた。
そこに、藍と橙を引き連れた紫がやってきた。

「ご機嫌いかが?紅魔館のお嬢様方」

「えぇ、気分は最高よ。で、何かご用かしら?スキマ妖怪さん」

赤色の目で、紫を見上げるレミリア。
咲夜は横でナイフに手を添える。

「面白いことを考えたのよ。それをお嬢様に聞いていただきたく思いましてよ」

「あらそう、それはどんなこと?」

扇子を口元に当て、そっと口元を上げる紫。
妖怪らしい妖しさが漂う。
小さく後ろで橙を撫でる藍と、ナイフに手を添えたままの咲夜に目をやる紫。

「私の式神とあなたのご自慢のメイド、一体どちらが速いのか……
 今ここで勝負してみるのはどうかしら?
 私は藍に絶対の自信があるけど」

「面白いわ。咲夜、あの狐を点にも見えない程に引き離して帰ってらっしゃい」

「分かりました」

「ん~、ちぇ~ん。もっとモフモフしてもいいんだよぉ~
 ……って、今はそんなことしてる場合じゃないようだな」

式神とメイドは、まっすぐに沈みかけの夕日を睨む。
ゴールは妖怪の山の頂上。
制限時間は月が登り切るまで。
帰り支度をしていた者も、帰ろうとしていた者も、どんどんそこへ集まり始める。
霊夢は藍と咲夜のどちらが早く妖怪の山の頂上に着くか、
と言う内容で、賭事を始めた。
最初に、紫は藍のところ、レミリアとフランは咲夜のところに票を入れる。
すると、次々と票を入れる者が出てきた。
ここにいる全員が、何よりも二人の主が胸を躍らせた。
もちろん、式神の式神も、メイドの主の妹も。

「それでは、よーい……」

勝手にスタート係にされた霖之助が、手を空に向けて上げる。

丘の頂上で、緊張と期待と興奮が渦巻く。

そして、皆の興奮が最高潮に達した瞬間、
腕が振り下ろされ、戦いの火蓋が斬って落とされる!

『スタートォ!』

金色と銀色の風が、幻想郷を駆け抜けた――

えーっと、初めまして。
今回初投稿になります。
やたら長くてすいません!
あとジャンルはこれ……ほのぼの目指して書いたつもりなんですよ。
ギャグも入れたのですが、笑えますかね?
不安で一杯ですよ、もう。
一応一話完結……にしては、何か続きそうな感じが至る所に(汗
ちなみに、森近さんは今回変態スイッチOFFと言うか、作者の好みで普通っぽく。
違和感のある所などがありましたら、何でも言って下さい。
誤字脱字の報告などもどうぞ。
B級不良品ねじ
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コメント



0.250簡易評価
1.30名前が無い程度の能力削除
砂を噛むようなお話、ひどく味気ない。悪くはありませんけれど、良くもないです。
初投稿では仕方がないのかもしれませんが、文章に個性がないような気がします。
難しいでしょうけど、貴方らしさ、を出してみてはどうでしょうか。
次に期待しております。
5.-30名前が無い程度の能力削除
次に期待という意味でこの点数です。
埋もれてしまう作品では評価がつけにくいので
個性を出したらいい味になるんではと思います
6.-20名前が無い程度の能力削除
細かいところでの行動や台詞に違和感が有り、それが合わさって何か変な作品になっています。

ただ、点数はマイナスを付けましたが文章の節々から「こういう作品が書きたい」というような気概を感じましたので、点数にめげることなく頑張って欲しく思います。他の方も言っていますが次に期待しています。
8.50☆月柳☆削除
スピード感はあって、さくさくと読み進めることはできたんですが、視点が結構変わるので目まぐるしくちょっと疲れたかなと。
でも、初投稿とは思えない気迫というかなんというか、そういうのが感じられる作品だったと思います。
次回の作品に期待を込めて。
9.70名前が無い程度の能力削除
個人的には色々な小ネタも楽しめたし。高評価

小説とか詳しくないからわかんないけど、面白かったです。

次頑張ってください         うますぎるがMGSにしか見えない俺は何?
10.無評価ビス削除
コメントと評価、ありがとうございます。



>酷く味気ない

なるほど……見返してみればそうかもしれません。

個性を出していけるように、精進いたします。



>細かいところでの行動や台詞に違和感が有り~

結構気を付けては見ましたが、やはりそういう部分がありましたか……

登場人物の気持ちになって、台詞などは考えてみてはいますが、やはり文章力が足りていないのか、注意力不足か。



>「こういう作品が書きたい」という~

そういうところを感じ取っていただけたなら幸いです。

この作品自体、書きたいものを詰め込んだ様な感じでもありますし。



>☆月柳☆さん

なるほど……さくさくと読めるようには書きましたが、視点がころころ変わって目まぐるしすぎる……

繋ぎの部分をもう少し丁寧にしてみたり、努力します。



>個人的には色々な小ネタも~

ほのぼのだけじゃなく、笑い成分も含ませようとした結果がこれでもあります。

自分の知ってるマンガやアニメのネタやら何やらを入れてみたり、自分で考えたネタも混ぜて見たり。

面白かったと言っていただける作品をこれからも書いていけるよう、頑張ります。



ちなみに、「「うますぎるッ!」」はMGSです。

魔理沙がツチノコを飼ってる=ツチノコを見つけたor食べた某蛇の人。

ツチノコつながりですね。



次に期待、という声が多くて、やる気もかき立てられます。

どんどん腕を上げていけるよう、頑張りますので、生暖かく見守ってやって下さいな。