Coolier - 新生・東方創想話

貴族は空に憧れる?

2008/03/10 01:17:20
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 いい年したおっさん分が含まれているので苦手な方はブラウザで戻るをどうぞ




― 紅魔館、館内 ―


「――それでは、お互いの益々の繁栄を願い、大いに飲み、歌い、
 今日という”幻想”をたたえましょう。どうぞ乾杯を!」

『乾杯!』

ある日、紅魔館で大規模なパーティが開かれた。


「お嬢様」
「ん、咲夜。どうだった?」

紅魔館の主、レミリア・スカーレットは一際高い段上にある豪勢な椅子に座り、
従者の十六夜 咲夜の持つ盆に『乾杯用』のワイングラスを返す。

紅魔館でのパーティはいつもなら支配下の人間の里の豪族や貴族達に向けて開くのというのに、

『今回は幻想郷の各地にいる上流階級の妖怪、亡霊、その他諸々を集めてみたい。一人一匹残さず』
と、当主が言ってきたのだ。

おかげでメイド達は幻想郷中を駆けずりまわる羽目になり

結果……

「素晴らしい開宴の辞でしたわ」
「ありがとう。……それにしても」
「はい、まさか私もこれほどまでいるとは思いませんでした」

わいわいと賑わうパーティの現在の様子はまさに圧巻の一言。
かってない規模の人数のために紅魔館内の空間体積を一部大幅に増やさざるをえなくなった程だ。

別種族の者がこうも一同に揃っているという事自体あまり無い上に、
全員が人外として社会的地位が高い者達……いや、多すぎだろう。

その多さゆえ、メイドたちがあわあわと忙しそうに右往左往しているが、
高みの見物をしているレミリアはその様子も含めて楽しんでいるようだった。

「見た顔もいるわね」
「ええ。亡霊嬢、永遠の姫、八雲、山の……」
「あ、パチェだ……と、人形遣いもいるじゃないか」

レミリアが親友であるパチュリーと話す、
煌びやかな黒のドレスを着ている人形遣いを見つけた。

その回りではその主人と同じようなドレスを着ている二体の人形が浮いていて、
小悪魔がわさわさと二体の人形を触って遊んでいる。

「ええ、彼女は母親が……」

「ふぅん、そう……七色だけに七光りというヤツか」
ニヤニヤとレミリアが人形遣いを見る。
知ってか知らずか人形遣いは相も変わらず七曜の魔女と談笑していた。

「間違っても本人の前で言わないでくださいね」

「……冗談だよ」
「承知しておりますわ」

従者の淡々とした態度にレミリアは「食えない奴だ」と嘆息する。

「そういえばフランは?」
「遊戯室で奇術師と遊んでおります」

それは奇術師がバラバラにされるのではないかと思ったが、
まあうちに損害は無いか、とレミリアは割合あっさり自己解決させた。

「じゃあ、そろそろ私は挨拶しに降りようか」
と、レミリアが椅子から立ち上がろうとした時、
「お嬢様、その前に」

ぱさり、と従者から紙の束を渡された。

「今回の参加者の一覧です」
「別にいいわよこんなもの。……まあ一応目を通そうか」

パラパラとレミリアは面白い名前でもないかなー、という心持で斜め読みする。

「む」
「お嬢様、面白い名前でもありましたか?」

従者には心を見抜かれていたらしい。

「あ、いや……と、とにかく、面白そうなのを見つけた。名前は」
「私は個人的にはこのサンドイッチ伯爵という亡霊が面白いと思うのですが」
「聞けよ」
「だってサンドイッチですよ? 食べ物の名前付けられるなんて不運な方……」

よよよ、とわざわざハンカチを出してまで咲夜は悲しみを表現していた。
どうやら従者の頭の中はサンドイッチしかないらしい。

「じゃあ会ってくるなりなんなりしていいから。私は勝手に周るよ」
「そうですか? ではお嬢様、御気をつけて」

そう言うと、お約束のように咲夜はレミリアの前から姿を消した。

自分の従者だというのに付き添う気は全く無いのか。……いや、
「もしかして私ってサンドイッチより魅力ないのかな……」
とちょっぴり肩を落としつつ、レミリアは目的の人物のいる場所へと足を運んだ。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

パーティ会場を歩き、目的の人物のいる場所へとレミリアは進む。

わいわいとした会場の中にひっそりと『その人物』はいた。
なんのこともない、ただパーティを楽しんでいる者のうちの一人で、
ワイングラスを片手に他の者と談笑している。

「――ごきげんよう」

話し終わるのを見計らってレミリアはその人物の隣へ行き、軽く挨拶をする。
すると、その人物は自分が声を掛けられたと知り、深々と頭を下げた。

「これはこれは、レミリアお嬢様。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「まあ、そう堅くならずに」
「いえ、我が一族より高位な方を前にしているのですから」

「当主がそうでは他の者に示しがつきませんわよ。もっと胸を張って」

「では、僭越(せんえつ)ながら」

スッとその人物は顔を上げる。
まあ中の上、若さと渋さ、粋と雅をバランスよく保っている感じの男だった。

「と、何か御用ですかな。レミリア様のお役に立てるなら出来うる限りのご協力を致しますが」
「いえ、少しお話をと思いまして」
「ほう。如何なお話で?」

コン、と男は持っていたグラスを近くのメイドに預けた。

「そちら様の御息女、のことですわ」

笑顔のレミリアの言葉に男の眉がぴく、と動いた。
しかし、すぐに何事でもないかのように振舞う。

「ええ、箱入りでしてね、可愛い子ですよ。……ほら、こっちに来なさい」

「はい、お父様」

男が呼ぶと、その男の娘らしい女の子がこちらに来た。

――レミリアがどこかで見たことがある顔とよく似ていた。

「こちらの方が紅魔館城主、レミリア・スカーレットお嬢様だ。挨拶なさい」
男が娘にそう話すと、

「こ、こんにちは。レミリア様」
と多少ぎこちなく娘はお辞儀をした。

堅いながらも礼儀正しく挨拶する姿はレミリアの知る人物と全く違うもので、
そのギャップにレミリアは内心、笑いを堪えるのに必死だった。

「ふふ、貴女も父親に似て堅いのね。こんにちは」
それでも面目は保つためにレミリアは娘に軽く微笑んで会釈をする程度に留める。

「え、っと……お父、様?」

挨拶をしたけど、他になにかあるのかな、といった目で娘は父親を見る。

「ん、ああ、すまんな、急に呼び出して。ほら、もういいからほかの子と思う存分遊んできなさい」
「はい。……それでは」

子供はぺこ、と可愛らしくお辞儀をしてぱたぱたと他の子供妖怪達の処へと戻っていった。
男もレミリアもその可愛らしい背を見送りながら微笑んだ。

「可愛らしいお嬢さんですわね」
「そうでしょう。自慢の……あ、いや」
こほん、と男は少し顔を赤くして咳払いする。
「あら、恥じることはありませんわ。自慢できる御子がいるのは良き事なのですから」

そこでちらり、と男に目線をやりながら「でも」とレミリアは区切る。

「私がお話したいのは別の子のお話」

目を軽く細め意地悪っぽくレミリアが言うと、またぴくり、と男の眉が動いた。

「ずいぶんやんちゃな御子をお持ちのようで」

もう一段畳み掛けるように言うと、男は苦虫を噛み潰したような、なんともいえない顔になった。

「……すみませんが、少し場所を移してもよろしいですかな」

「ええ、もちろんですわ」

レミリアは悪魔らしい微笑を浮かべつつ、満足そうに頷いた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


― 次の日、とある森の中 ―

屋台を満月が照らす。

光が射す場所が少ない深い森の中、
真上だけがぽっかりと空いたような場所に夜雀は屋台を構えていた。

「うー、ミスティアさん、もう一瓶~」
「はいはーい。飲んで飲んで~♪息絶えて~♪」

「や、みすちーって何この酒瓶の数!?」

夜雀のミスティア・ローレライが経営するその屋台に
リグル・ナイトバグが遊びに来た所、すでに先客がいた。

『先客』はすでに相当の量の酒を飲んでたらしく、酒瓶がごろごろと地面にまで転がっている。

「あ、りぐるんいらっしゃーい」
と、そんな目の前の惨状は気にもせず、
何時も通り、笑顔でミスティアはリグルを迎えた。

「うーん、おつまみ?」
店主の声に反応したのか、むくり、と『先客』である射命丸 文が顔をあげた。
「あ、新聞のヒトか」

ぱくり。

「……ってやめっ! 触覚かじんないで! 真っ直ぐ飛べなくなるから!」

酔っているのか文がいきなりリグルの触覚にかじりついてきた。

こりこりと小気味良い音がする。

「ああああ、取れる、取れるから!」

自分の蟲としての大事な一部分、触覚がピンチだと、リグルは必死に文を引っぺがそうとするが、
助けになりそうな店主はというとあはははーと能天気そうに笑っているだけだった。

「みすちー、見てないで助けて!!」
「あ、じゃあこのまな板の上に頭置いてー」

助けを求められたんなら仕方ない、と言った様子で
ミスティアは笑顔で柳刃包丁を片手にまな板をぽんぽんと叩いた。

「なにナチュラルに触覚切り取ろうとしてんの!?」
「もぐもぐ」
「いや、両方切り取れば安定するかな、って」
「しないよ!? むしろ悪化するよ! だいたい――」

ぷちっ

「もぐもぐ」
「うわあああっ! 取れたああああっ!!」
「さ、まな板の上に……」
「やんないから! っひぃ! もうかじんないで!」

どうやらリグルの触覚は珍味に匹敵するものだったらしく、
酔っ払いはもう一本、というか残りの一本にもかじりついてきた。

「もう一本~」
「あああああっ!!」

ぽりぽりという音と
季節外れの蟲の鳴き声が満月の夜空に響き渡った。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

十数分後。

「いやすみませんねホント」
少し素面に戻った射命丸はリグルに平謝りする。
あれだけ飲んでこの早さで回復するのはさすが天狗、といった所だろう。

「…………うう」

しかし当のリグルはというと、頭を押さえて絶望的な顔で落ち込んでいた。
ちなみに触覚は二本とも無くなっている。

妖怪なのだからそのうち生えてくるだろうが、
いつも当たり前のようにあるものが突然無くなる、というのはかなり辛いものだった。

「まさか天狗の私が酒に呑まれるとは久しく思いもしなかったので……」

「気を落とさないでりぐるん。きっといいこ……なんかニンゲンっぽくなってて美味しそうゴクリ」
「ひっ!?」
ミスティアは励ましつつもなんか本音っぽいことが口から漏れていた。

……確かに触覚の無いリグルは人間の子供に見えなくもない。

「まあまあ、こう見えても立派な妖怪なんですから。多分美味しくないですよ」
「こうなったのはあんたのせいだよ!」

とまあ、漫才のようなやりとりが行われたのはさておき、

酒豪である天狗があそこまで酔っ払っていた、というのは余り聞いたことが無い話だった。
勿論、宴会なんかで呑み比べすれば天狗でも酔うこともあろうが、
天狗と言う奴は、どうしてなかなか一線を越えようとしないからだ。

「で、何で天狗があそこまで悪酔いするほど飲んでたの?」

しきりに頭を気にしながらもリグルは文に尋ねると、文は急に暗い顔になった。

「ん、……私はとんだ親不孝者だと、まあそんな感じです」
少しばかり目を細め、俯きがちになって答える。

そして再び屋台の椅子に座り杯に酒を注ぎ始めた。
リグルも触覚が無いせいでかなりふらついていたが、なんとか椅子に座った。

「……何かあったの?」
「聞かせて、詠って~」
ミスティアは歌いながらぱちぱちと二人分の鰻を焼き始めた。

「あれ、ミスティアさんにはさっき話したような……」
「ごめん、何て言ってたか忘れちゃった~」

こうもあっさりと忘れるあたり、相談をするには向いているようで向いてないのかもしれない。

「……まあ、リグルさんにも話しておきますね」
こくり、と文は杯の中の酒を飲み干すと、話を始めた。

「昨日、紅魔館で大規模な妖怪や亡霊、
 まあその他諸々の人外のみのパーティがあったのは知っていますか?」
「ううん」
ふるふる、とリグルが首を振る。

「珍しい事だったので是非取材を、と思ったんですがねえ。
 なにせ幻想郷中の豪族が集まる催しでしたから……
 私のような一天狗がそう易々と取材にいけなかったんですよ。
 仮に行けたとしても着飾るものが私にはありませんでしたし、まあ、お門違いと言う奴です」

そこで一旦区切る。杯に酒を注ぎ、飲み干す。

「こく、ん。……で、『これは無理だな』って諦めて、
 他にもっといい記事作ってやるってヤケになったんですよ、
 ……いや結局見つけられなかったんですが。笑っちゃいますよね」

文は、はははと乾いた笑いを漏らし、続けてはあ、と溜息を漏らした。

リグルもミスティアも何も言わず黙って聞いていて、
屋台はしん、と静まり返り、ぱちぱちと鰻の焼ける音のみが聞こえた。

「……昨日の朝に出て、今日の昼に帰宅したんです。
 そうしたらですよ、見知らぬ手紙が机にあったんです」

一呼吸置き、文が再び思い出したように話し出す。

「で、何かと思って見てみると、自分の父からだったんですよ。
 『自分も催しに出席することになったからお前も来たらどうだ』と。
 いや、父はそれなりに地位はある方だと思っていましたが、
 どう考えても上に無理言ったに違いありません」

そこでぽん、と文は手を叩く。
「ああー、もしかしたら私に楽しい思いでもさせようとしたんでしょうかね。記者とか関係無しに」

しかしなんでこう、タイミングが悪いのかなあ、とぼやき、言葉を続ける。

「まあどんな理由があったにせよ、親の厚意を無下にしたんだなあって思うと……」


ぽと、と酒ではない水が杯に落ちた。


リグルには横からその俯いた文の表情を伺うことは出来なかったが、
顔をあげた時には泣いてるような様子はなかった。

しかし、悲しそうな顔ではあった。

「で、ヤケ酒です。ヤケにヤケを重ねるなんて自分でも愚の骨頂とは思うんですがね」

先程とは打って変わってニコリ、と文が笑う。

「無理してない?」
「してます。お酒がしょっぱく感じるぐらいには」
リグルの質問に対する文の返事は簡素なものだった。

それきり、文は何も言わずにただ杯に酒を注ぎ、飲むことを繰り返した。

「んー、よくわかんないけどほら、サービスするよー」

コト、と焼き鰻が文の前に置かれ、
文はミスティアに「ありがとうございます」と礼を言った。

「ここは愚痴るには丁度いいものでして、……すみませんね」
「気にしない気にしない」
「……うん、まあその、ミスティアさんのいつも明るく振舞ってる所見てると、
 萎びてる暇なんかないなって思えてくるんですよ。聞き上手ですし」

要するに能天気であると言いたいのだが、愚痴を聞いてもらっている手前、
さすがにストレートには不味いかと文は視線を少し泳がせつつ、言葉を濁した。

ついでに聞き上手と言えば聞こえはいいが実質右から左へ流しているだけような節がある。

「え、そう? ありがとう。……あとこれ、リグルの分の鰻ね」

言葉の裏に潜むものにミスティアは気付かず、
上機嫌な様子でリグルの分の焼き鰻を渡す。

「……みすちーのことだから忘れられてるかと思ったよ」
「むう、リグルのことは忘れないよ」

と、ミスティアは熱っぽい目でリグルを見るが、
愛情とかそういうのとはまた違ったベクトルの目線だった。

「……今すっごい悪寒が走ったんだけど……」
「まあ今日は少し肌寒いですからね。」
「え、ああ、確かに寒いかも」

それともベクトルは違うのだが、
悲しいかな、”狩られない”と安心している草食獣には木陰に潜む肉食獣に気付かないものだ。

「ポンポン貸しましょうか?」
もふり。
「ありが……いやなにこの毛玉みたいなの。いらないから」

ぺしん、とよくわからない毛玉を手で弾くリグル。
弾かれ、地面に落ちた”それ”を慌てて文は拾い上げた。

「ちょ、言うに事欠いて毛玉とはなんですか! うちの部下の毛100%なんですよ!?」
「そりゃすごい」
「いや、知らないよ!」

また漫才のようなやりとりがあったりして、夜は更けていき、
あまり何事もなく三人の小さな宴会はしばらく続いた。


「こく、あ、そうそうリグルさん」
「ん?」
「蟲の触覚って美味しいんですね」

真顔で文がリグルにそう言ってきた。

リグルは無言で天狗の顔を手に持つ焼き鰻でひっぱたいてやった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


― 前日、紅魔館外 ―


黄色く丸い月が紅魔館を照らしていた。

しかし、その”円”は不完全であり、
レミリアは大体決まってあのような
『満月になるかならないか』という中途半端な月の時にパーティを催していた。

満月の日になる直前、妖怪が活性化する直前が一番落ち着いた心境になるからだ。

俗に言う『嵐の前の静けさ』というヤツである。



――そしてレミリアと件の男は紅魔館の広い庭で散歩をしていた。

もしレミリアが隣で歩く男と見合うような背丈だったら、
”いいムード”と言えなくもなかったが
今はどちらかというと親子で散歩しているように見える。

いや、二人ともそんな気なぞさらさらなかったが。

「――お恥ずかしい事なんですがね。
 私は権力者であり、当主である前に親としてどうしようもないのかもしれません」

とまあ、それとは関係なしに男はぽつぽつと語り始めた。

「というと?」

「もうお気付きでしょうが、あの子は第二子でして、
 長女は家を出て行ってしまったんです」

「ええ、私が会った事があるのはその長女でしょう」

「レミリア様が申された通り、やんちゃな所があって
 たまにこっそりと屋敷を抜け出して一人、遊びに出かけたりしていたらしいのですが……」

「ある日、運悪く博麗の巫女に遭ったと」

「恐らく。なにせその日帰ってきた長女を見た使用人が
 『見るも無残なほどボロボロだった』と後々言っておりました」

「それはさぞかしトラウマになったでしょうね」

「いえ、それが……」
「?」
「何がどう起因したのか、何かが吹っ切れた様子でその次の日いきなり『家を出る』、と」
男は困ったように頬を掻く。
「どうやら箱入りが箱の外に強く興味を持ってしまったようで……」

「あら、止めませんでしたの?」
「そりゃあ、勿論…………」
言いかけ、むう、と気まずそうに男は押し黙った。

「……その様子だと押し負けたようですわね」

クスクスとレミリアが笑う。

「はっはっは、いや、本当に不甲斐無い父親だ」

男もまたすまなそうに笑う。

「ふふ、その時娘を引き止められなかった自分が?」
「いえ、その時娘の真意に気付けなかった自分が、です」

そう言い、男は満月のようで満月ではない月を見上げた。
ただ、羨ましそうな目で。

「……やはりあの子と私は親子ですよ。
 私も昔、この空を自由に飛びたい、と思っていた時期がありました。
 しかし私には枷を外す勇気が無かった。あの子にはあった。
 ただ”それだけの”差です。……いえ、それだけなんてものじゃない、”決定的な”差でしょう」

「ですが、何ででしょうかねえ、大事な大事な娘が大怪我したってのに、
 何でか枷を外すきっかけを作った巫女に感謝しなくちゃいけない気がするんです」

だから私は親としてどうしようもないんです。と男は言った。

「……私は、その御息女の居場所を知っておりますが」

「はは、自立しようとする娘にちょっかい出すのは野暮な事ですよ。
 その御様子だと元気なようで……それだけ知れれば満足です」

「あら、その御様子ですと
 てっきりいつ大事があってもいいように常に周りに忍びでも置いているのかと」
ふふふ、と意地の悪い笑みを浮かべるレミリア。

「まあ探そうと思えばいつでも探せる状態にはしてありますがね」
それにあわせるかのように男は、ははは、と笑顔で答える。

「それは何故?」とレミリアが問う。

対する男は胸を張って答えた。





「我がローレライ家、継ぐのはミスティアと決めておりますから」





男は再び月を見上げた。
何度見ても満月のようで満月でない月であったが、
その中途半端さが男が物思いに耽るには丁度よかった。

「……では、最後に」
「おや、もう最後ですかな? 私としてはもう少し自慢話をしたかったのですが」

「他人(ひと)の娘に己(おの)の娘の自慢話をするのは酷ですわ」
「む、そうですな。先程から僭越が過ぎました」
男はまた深々と頭を下げる。

「いえ、……娘さんが大怪我した、という『あの日』とは?」

「レミリアお嬢様もご存知とは思いますが、『永夜異変』の日でございます。
 恐らく、娘もその日は誰彼構わず攻撃するぐらいには気分が高揚していたのでしょう。」

「そう……」


『あの日』自分は夜を引き伸ばした。

あの夜雀を『世間を知らない餓鬼』と、羽虫を払うように墜とした。

―ならば自分があの夜雀の運命を捻じ曲げたというのか?


「まったく、運命とは底が知れませんな」
「ぷっ」
男が何気なく呟いた言葉にレミリアはつい、ぷっと吹き出してしまった。

「む、何かおかしな事でも――ああ、そうでしたか。レミリア様は――」

「あ……え、ええ。『運命を操れる』身としては、少し」


一体何が起因するかわからない。

まったく、運命と言うヤツは底が知れない。

なんだ、結局運命なんて誰にも判らないんじゃないか。


運命を操る悪魔は心の中で苦笑する他無かった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ミスティアは夜空を見上げた。
綺麗な丸い満月だった。

「そういえば、あの時も満月だったかなあ。少し欠けてた気がするけど……」

独り言を呟いたが、誰も聞く者はいなかった。
天狗の記者は屋台に突っ伏し、
蟲の王もまた酔った天狗に飲まされ、ぐでんと横になっていたからだ。

「あーあ、世界って広いなあ。お父さん」
なら誰にも聞かれないだろうと、父が隣にいると見立てて独り言を呟き続けた。
「でもまだまだ頑張れるよ。だって友達もいるし、楽しいも……っとと」

――ざり、と誰かが土を踏む音がしたので、慌ててミスティアは火の具合を見る振りをした。

「……席は空いてるか。二人だ」
そして屋台に二人の客が来た。
時間からして最後の客かもしれない。

「あ、いらっしゃーい」

ミスティアは何時も通り、笑顔で客を迎えた。

(了)

――少女はまだ知らない、その世界は箱庭の中の世界だと――


こんにちは、おっさ……青年、さねかずらです。

毎度の事ですがオリ設定、オリキャラ、
さらに今回はオリおっさんを加えてみましたが如何だったでしょうか。
オリキャラ分はミスティアの妹さんとおまけの一人です。
おっさんはローレライ公とサンドイッチ伯爵とおまけのもう一人です。

各々でお好きなおっさんを想像して下さい。あ、妹さんも。

……と、オリ設定である『ミスティアは貴族の令嬢説』は
以下の理由から、妄想で成り立たせました。

①ローレライという由緒ありそうな性名(セイレーンの伝説に通ずる)
②レミリアの永での『餓鬼の夜遊びか』発言
(運命を覗いたレミリアが
 『子供じみた奴だ、早く帰って寝てたほうが家の為になるぞ』と言いたかったと解釈)
③わざわざ見知らぬ相手に話しかけてに遊ぼうという友達がいなさそうな感
(リグルはどちらかというと蟲の力を知らしめるために挑んだ)
④服装がドレスに見えなくも無い
⑤永→花でのはっちゃけ具合(心境の変化)

他にもいくつかありますが、以上から『ミスティアは貴族の令嬢説』を掲げます。
不可解な行動はお嬢様ゆえんです。多分。
まあ掲げた旗は自分ですぐにへし折ると思いますが……

……でも実は作業中、ずっとアリスの黒ドレス姿ばかり考えてました。
前から見ると露出控えめだなー、
かと思うと背中が腰の辺りまで開いてたりする油断ならんオトナっぽいドレスだろうかとか。

さて、夢想しつつ恒例のおまけをどうぞ! 

……アレ? 誰かの出番忘れてるような……め、めい、……明治維新?



―おまけ―

― 紅魔館、門付近 ―

パーティー会場から少し離れた紅魔館の門前にどっかりと鴉天狗の男が座っていた。
別に紅魔館が警備に天狗を置いたわけではない。

鴉天狗の男は本当に、ただ座っているだけなのだ。

――と、
「鴉」
そこへもう一人別の人物が降り立った。
修験者の服に、物々しい野太刀を腰に佩いた白狼天狗の青年だ。

「駄目だな、文は家にはいない」
青年は地に足を着けるなりそう言い、
「そうか。……犬、もういいぞ」
対する男は座ったままやる気無く答えた。

「そうはいかん。私とそちら、どちらが行くか賭けたのだ。このままでは私がやるせない」
その態度が気に食わないのか、青年は男に突っかかるようにそう言った。
「私だってやるせないのは変わらん」
男は変わらずやる気無く答える。

「……鴉、ふざけるなよ」
座った男の胸倉を荒々しく掴み、青年は無理矢理男を立ち上がらせた。

そしてギロリ、と鋭い目線で鴉天狗の男を見る。
「……なにがだ」
男も青年にギリッ、と睨み返した。

一瞬即発の空気の中、辺りには誰も、毛玉一匹すらいない。
まあ毛玉に仲裁どころか何か出来るはずもないが……

青年が口を開き、
「ならば、椛にやろうとした服をどうすればいいというのだっ!?」
と大真面目な顔で吼えた。
「私だって文にやろうとした服をどうすればいいかわからんわ!!」
男も同じくして心の葛藤を言葉にして吼える。

……数秒の間が空いた。
パッと青年が無言で手を離し、男もまた無言で皺を直すように自分の服に手を払う。

そして、しんと静まり返ったかと思うと二人してはあ、と同時に溜息をついた。

「選ぶの悩んだな」
「ああ、悩んだな」

「……飲むか」
「……飲もう」

そして二人は居合わせたように「飲む」と言い出した。
なんだかんだで仲は良いらしい。

「明日、どこかの屋台へ行こう」
「そうだな。お互い非番だし」
「じゃあな」
「ああ」

男は紅魔館に、青年は天狗の山へとお互い別の場所へ戻っていった。

(了)
さねかずら
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コメント



0.1100簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
なんだろう。何も違和感なく自然に作者様の考えてるようなドレスのアリスを想像しながら読んでた^^後書き読んで初めてドレスについての描写が無いのに気がついたorz 面白くて不思議な発想でした^^
咲夜さん、サンドイッチ知らないの!!僕はフランシス・ベーコンで同じ考えをもってます。
6.80名前が無い程度の能力削除
グッド、なかなか良い話だ。
ミスティア令嬢説も悪くない……むしろいいぞもっとやれ。
7.80三文字削除
なあるほど、ミスチー令嬢説・・・素敵だ!
ところで、文のあのぼんぼん……
そして、椛と文の親父たち……
8.90名前が無い程度の能力削除
まったく、また俺の脳内公式設定が増えたじゃないか……というわけでもっとやってくれ。親父たちも良い感じ。
10.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さんwwwww
14.100名前が無い程度の能力削除
だ~まされた。素であややの親だと思ってたのに・・・・
ミスチーが家を飛び出して屋台を始めるまでの話も気になる。

そしておまけの親父どもwwwww
本編に80点、そして親父どもに+20点。
21.90名前が無い程度の能力削除
親父たちに乾杯。
23.80名前が無い程度の能力削除
サンドウィッチって言うと、砂の魔法使いって感じがするなぁと思いつつ、サンドイッチ食べ中
26.90名前が無い程度の能力削除
某所で紹介されていたので読ませて頂きました
くやしいっ!先にオチを教えられたせいで・・・ビクンビクン
この後の展開はあまりにもオリジナルになっちゃうんで難しいと思いますが
もし良ければ令嬢みすちーの話をもっと見たい物です
29.100アズサ2号削除
ミスティアの令嬢というのは初めて見ましたが、実にお見事
オリキャラ・オリ設定を出すと違和感を感じることが多々ありますが、そうはならないのはさねかずらさんの力量によるものでしょうね。
最高でした!
37.100名前が無い程度の能力削除
nice・親父。
天狗の二人が悲哀をそそる…