Coolier - 新生・東方創想話

そして彼女らは今日も働く。

2008/03/02 19:43:56
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 まだ日も高い、午前中の紅魔館。
 そこの門番である紅美鈴は、自分の守っている門の前で、里に住んでいる初老の鍛冶屋の親父に太極拳を教えていた。

「……と、こんな感じです」
「ほぉ、見た目簡単そうですが、意外に難しいんですね」

 型を一通り見せてから、細かな動作を手取り足取りで教えていく。
 教わる方はすぐには手足が動かないものの、次第に動きも滑らかなものへと変わっていった。覚えはかなり良い様である。

「はい、そうです。上手いじゃないですか」
「そう言われると、年甲斐もなく照れますな」

 しばらくして、美鈴は区切りの良いところまで教え、今日はお開きとした。

「ふぅ、結構疲れます」
「慣れれば結構楽にできるようになりますから」
「そうなんですか。いやぁ、丁寧にありがとうございます」
「いえいえ。あ、でも、無理をし過ぎちゃ駄目ですよ。適度に休んでください」
「はは。判りました。美鈴様も、体は壊さないようにしてくださいよ」
「様付けは止めてくださいって」

 苦笑いを浮かべる美鈴に対して、鍛冶屋の親父は嬉しそうな顔をして去っていった。妖怪が自分より高齢であることは知っているが、それでも親父にとって、見た目にも精神的にも若い美鈴が自分の娘の様に見えたとしても、それは仕方のないことであった。



 その後、しばらくしてから昼食を取り、美鈴は改めてのんびりと門番の仕事に精を出していた。
 すると、一人の少女が紅魔館に駆けてくる。

「ミスズお姉ちゃーん!」
「あれ、どうしたの?」

 その少女は里の子で、この前ここいらで迷っていたところを美鈴が送り届けたのだ。尚、無断で出かけたために、返ってきたら鬼のメイド長に延々と説教をされた。

「こないだのお礼に、お母さんがこれをって」

 そう言いながら、少女は大きな中華まんを二つ美鈴に差し出した。ちなみに、これは美鈴が作り方を里に教えた代物でる。

「あ、美味しそう。ありがとう……でも、私の名前はメイリンだからね」
「めーりん?」
「そうそう」

 少女は顎に人差し指を添えて、んーと唸りながら考え始めた。

「でもミスズって書くよ?」
「えっとね。鈴って字は、風の鈴って書くとフウリンって読むでしょ」
「あっ、ほんとだ」
「それでね、美しいって言う字もメイって読むことがあるの」
「へー、そうなんだ、それじゃ憶えた。めーりんお姉ちゃん」
「うん、そうだよ。憶えてくれてありがとう」

 言いながら、少女の頭を優しく撫でる。すると少女は、くすぐったそうに顔をほころばせると、嬉しそうに笑った。
 まだ少女は話したいこともあったのだが、寺小屋があるのでとろくに話しもせずに別れを告げる。

「えへへ。それじゃあね、冷める前に食べてね」
「あ、送らなくて大丈夫?」
「平気ぃ! 妹紅お姉ちゃんに送ってもらったから!」

 そんな少女の向こうに、木に寄り掛かっていた藤原妹紅が見えた。その気配のなさにゾクリとしつつ、それなら安心だと頷いた。

「またねぇ! めーりんお姉ちゃん!」
「うん、またねぇ! お饅頭ありがとうねぇ!」

 駆けていく少女に、精一杯手を振って別れを告げる。一瞬だけ美鈴を見た妹紅の表情は、とても優しいものであった。
 去っていく少女と妹紅を見送ってから、手にした饅頭をどうするか考え始める。だが、貰ったと申告をするには少ない数なので、食べてしまうことを決定するまでにそれほど時間は掛からなかった。

 ぱく、ほむほむ。ぱく、ほむほむ。

『あぁ、美味しい……至福ですねぇ♪ お茶が欲しかったりしますが』

 そんなことを考えながらまったりと饅頭を食べていると、トトトントトンと軽快な旋律を奏でて、美鈴に数本のナイフが突き刺さる。

「いつまでも時間を掛けてお饅頭を食べてるんじゃないわ」
「……いくらなんでも理不尽ではないかと」

 ナイフの勢いに押されて、地面に伏した美鈴。涙と血が地面を濡らしていく。
 ナイフを投げたのは、この紅魔館をほぼ一人で支える敏腕メイド長、十六夜咲夜である。

「まったく、良い身分よね。里の人間に太極拳を教えて感謝されて、迷子送ってお饅頭なんて貰って。それに、侵入者がいない内は座っていられるなんて」
「あー、いえ、いつもそういうことがあるわけでは」

 美鈴の反論はどこ吹く風と、咲夜は自分の言葉を止めない。

「私なんて、使えもしない妖精メイドに教育と命令をして、結局はほぼ私一人で全てをこなしてるのよ。メイド長なんて肩書きだけ。実際は私一人しかメイドがいないようだわ。あぁ、他のメイドが使えないったらない!」

 その苛立たしげな横顔に、美鈴は身の危険を悟る。

『まずい! 咲夜さんが久しぶりの愚痴語り状態! 逃げないと。このまま愚痴を聞いていたら日が暮れてしまいます! すみません、咲夜さん……でも、愚痴って聞いてる方は結構疲れるんです!』

 そう思うや否や、美鈴はすくりと立ち上がる。

「あー、すみません。そろそろ見回りに行かないといけませんので、また後ほど」

 上手く切り出せたと、内心でガッツポーズを取る。そしてそのまま、何も言わずに背を向けて歩き出した。
 そんな美鈴を、咲夜は追ってこない。良かったと思いつつ、少し緊張を保ちつつ歩を進める。
 しかし、すぐに美鈴は異変に気付く。

『……あれ? 鳥の声や、葉の擦れる音がしなくなったような』

 途端、肌がざわつくような戦慄を覚えた。

「……時符『プライベート・スクウェア』」

『閉じ込められたぁぁぁぁぁぁ!』

 まさかのスペルカード宣言。

「さ、咲夜さん!?」

 思わず振り返るが、そこには鬼でも宿したような笑顔のメイド長が立っている。

「ふふふふ……時間は止めたわ。これで、急いで見回りなんてしなくて良いわよね? ほら、ここに紅茶とお菓子もあるし、少し早いティー・ブレイクとしましょうよ」

『脱出不能のご様子!?』

 無理に逃げようとしても不可能。むしろ、この狭い空間で咲夜を敵に回すと言うことは、この狭い世界全てに喧嘩を売ることとなってしまう。

「で、でもぉ、早すぎる休憩は怠慢の素かと」
「そう? なんなら、看護しながら寝室で話しをしても良いのだけど」

 ナイフがチラリ。

「……お話しを伺います」
「よろしい」

 飾らない脅しに、さすがに美鈴も挫けた。
 咲夜が門の横の腰掛けに座ったので、並ぶように美鈴も腰を下ろす。

「それで、なんなんですか?」
「はい、紅茶とスコーン。生クリームもあるわよ」
「あ、ありがとうございます」

 何故か準備は万端だった。長話をする気のようである。

「お嬢様のお願いで作った納豆クリームもあるけど、いる?」
「お嬢様のものをもらうわけにはいかないという建前で遠慮させてください」

『レミリア様に、何故そんなゲテものっぽいものを思い付いたのか訊きたい。いや、食べる前からゲテものと断言してしまうの問題だけど……何故そんなゲテものっぽいものを思い付いたのか訊きたい』

 あまりのことに二度同じことを考えた。

「美鈴」
「はい?」
「メイドにならない」

 ブハッ!

 美鈴噴射。

「けほけほ、けほっ!」
「大丈夫? 美味しいからって慌てて飲むからよ」
「驚きのあまりむせたんです!」
「そうなの?」

 キョトンとした顔で、美鈴が立ち直るまでを黙って咲夜は眺めていた。

「といいますか、だいたい、なんでいきなり私がメイドに、なんてお話になるんですか?」
「妖精メイドが使えないからに決まってるじゃない!」

 鬼気迫る叫びであった。

「美鈴、あなた私の一日の睡眠と休憩の合計時間知ってる!?」
「えっと……三時間くらいですか」

 多く言い過ぎても怒らせる気がしたので、少なすぎる程度を答える。

「二十五時間よ」
「えーっ!? 一周してちょっと越えてますけど!?」
「時間止めてるのよ」
「あぁ、なるほど。でも、それだけ休息を取れば充分では……ナイフ仕舞ってください」
「あま~い」
「マフィンがですか?」
「話しの流れからしてそっちじゃないでしょう。あなたの考えがよ。そしてそれはマフィンじゃなくてスコーン」

 呆れつつ訂正されると、美鈴もちょっと恥じた。マフィンとスコーンの間違いだけ。

「私にとっての一日の時間は……およそ百五十時間よ」
「えーっと……およそ六日間分ですね」
「そう。つまり私は、普通の人間や妖怪より六倍の時間を生きてるのよ」

 このまま百歳まで生きれば、既に妖怪としても立派すぎる六百歳となる。そのままいけばなんと、その前後でレミリアやフランドールさえ抜いてしまう。

「だって、そうでもしなければ無理に決まってるじゃない! お嬢様のお世話に、里への買い出し、妖精メイドの芽のでない教育に、調理に、何より清掃!」

 指折り数えて仕事を挙げる。そして、挙げる度に怒気が増していく。

「お、落ち着いてください」
「私だって時間止めたくないわよ! 普通に流れる時間を漫然と過ごしたいの! 働くことは嫌いじゃないけど、いくらなんでもしんどいのよ!」
「そ、それはお嬢様に直接言った方が良いのでは?」

 このままだと咲夜が心労で倒れてしまうと、美鈴は少しばかり焦った。

「……人事雇用は私に一任してくれるという返事が来たわ」
「良かったじゃないですか」
「良くない! ウチの待遇はそれほど良くないの!」
「え? そうなんですか」

 ポカンとした顔の美鈴。

「そもそも、給金の出ない仕事なんて奇特な奴じゃないとやってくれないわよ」
「そういうもんなんですか」
「人はね。妖怪は……素直にいつまでも働きそうなの見たことないし」
「はぁ」
「だからここは、お嬢様が直接雇っていただかないと、全然期待できないのよ!」
「な、なるほど」
「と、いうわけでね」
「はぁ?」
「メイドやらない?」
「あぁ、そういえばそういう話題でした!」

 すっかり本題を忘れていた門番。

「無理ですって!」
「大丈夫、妖精メイドより無能な妖怪なんていないから!」
「比べるレベルが低いですねぇ……」

 素直に喜べない一言である。

「さすがにね、私一人はつらいのよ。他にもメイドが欲しいのよ」
「いくらなんでも一人っていうのは」
「自分の身の回りの清掃と食事しか作れない自己完結型妖精メイド、いる?」
「そんなに欲しくないですね」
「それが大部分よ」
「……置いておくとそこだけ綺麗になる道具みたいですね」
「使われない部屋は駄目になるから、綺麗に使ってくれる店子を入れてるようなものよ」
「部屋の管理人ですか」
「良く言えばね。悪く言えば……なんとでも言えそう」
「あはははは……」

 渇いた笑いが響いた。

「でもさ、美鈴。私がもし死んだら、あなたメイド長になるかもよ?」
「……はい?」

 寝耳に豆鉄砲でも受けた様な珍妙な顔で、美鈴は固まった。
 およそ三十秒の硬直の後、突然美鈴は動き出す。

「そ、そんなわけないじゃないですか! 私はしがない門番ですよ!」
「だって、他に人材いないじゃない」

 妖精メイドは使えない。小悪魔たちは図書館の専属だからこっちに回されない。となれば、現在メイド長となり得るのは美鈴、ということになってしまう。

「その時にはまた別の人を……あ、いえ、咲夜さんが竹林の薬屋で蓬莱の薬を貰えば」
「御免よ」
「早い返事ですね」
「確かに、お嬢様の世話をするのは嫌いじゃないわ。でも、私は人だから、無限なんて堪えられない。竹林に住む蓬莱人のように、殺し合う仲の相方もいないし」
「しみじみ言われると嫌な仲ですね」
「だからね、メイドやらない?」
「どうか勘弁してください」
「ちぇ」

 心底残念そうに、咲夜は口を尖らせた。優雅さに欠ける行為だが、それを見せる相手が美鈴しかいないのだから、咲夜の生活態度は瀟洒である。

「あ、蓬莱の薬以外にも、レミリア様が運命を操作すれば、人妖になって長寿になるかもしれませんよ」
「……魅力的なようで、その実死ぬまで働かされると思うとあまりに苦い話ね」

 四次元を二次元に封じ込めたような芸術を描くやたら長い名前の画家の絵を彷彿とさせるような、そんな顔で咲夜はぬぅと唸った。
 と、不意に思い付いたことを口にする。

「美鈴は、なんでここで働いてるの?」
「あははは……お恥ずかしながら、この生き方以外を知らないものですから」
「なるほど」

 その回答に、何か色々と思いを馳せる。主や図書館の知識人はさておいて、この門番しか知らぬと言う友人に、咲夜はもっと色々なものを見せてやりたいと感じたのだ。

「いつか一緒に、旅にでも出てみる? 幻想郷の外にでも」
「それは巫女に殺されてしまうような」
「あ、そうか。あれも幻想郷の門番だったわね」

 颯爽と登場した巫女のイメージに考えを邪魔され、どこか不機嫌そうに顔をしかめる。

「まぁ、いいか」

 そう口にしながら、咲夜は立ち上がる。それほど長く愚痴ることもなく終わり、美鈴は内心でホッとした。

「美鈴。さっきの話、考えておいてね」
「旅ですか?」
「違うわよ! メイドの方!」
「えぇ! ……ナイフは私の額ではなく咲夜さんのスカートに仕舞うべきです。痛い痛い、ちょっと刺さってます!」

 ツンツンと額を突くナイフ。もう少し力を込めたら、美鈴の額に刃が沈んでしまう。

「まったく」
「あ、あははは」

 渇いた笑いは、時の止まった空間で溶け込むように響き消えていった。

「私も、一応考えておくから」
「えっと、門番になることですか?」
「ていっ!」
「痛っ!」

 今度はしっかりと額に突き刺さる。

「まったく、素なのかはぐらかしてるのか判りゃしないわ」
「……すみません。でも、とりあえずナイフ抜いてください」
「さて、ティー・ブレイクは終了ね。私は屋敷に戻るわ」
「あ、ナイフ抜いてくれない気だ」
「そのナイフはあげるわ。門を破ろうとする強盗にでも使いなさい」
「うぅ、自分の血付きナイフなんて」

 むくっと体を起こし額からナイフを引き抜くと、ハンカチで血を拭ってから自分の持つ武器に挟むように仕舞い込んだ。
 あっという間に休憩の品々を片付けると、咲夜は止めていた時間を動かす。
 こういう何気ない会話の御陰で咲夜の心労が溜まらないということを、まだ美鈴は知らない。

「それじゃ、お仕事がんばりなさい」
「咲夜さんはほどほどに力抜いてくださいねぇ」

 二人は笑い合って、お互いの場所へと歩んでいく。

 そして彼女らは今日も働く。
 しばらく短編は書かないつもりだった、もう七回目になる大崎屋平蔵です。
 速攻で書いてしまいました。すみません。

 本当は美鈴の一人称で進めるつもりだったのですが、途中で止めてしまいました。そういえば一人称視点を最近書いていないので、次の次あたりの短編で挑戦することにします。

 今回は描写を少なくしてみたのですが、読みやすいか少々不安です。
 それと、科白が多いので科白を一行置きにしようかとも思いましたが、それは読みにくそうなのでやめました。

 ここまで読んでいただきありがとうございました♪



 ……知らぬ間にこっちも千点を超えていた!
 うわぁ……これは嬉しいです♪
 ありがとうございました。
大崎屋平蔵
[email protected]
http://ozakiya.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.3730簡易評価
6.70SAM削除
咲夜さんにとって人材不足は切実ですね。て言うか今何歳ですか?

>美鈴の額に葉が沈んでしまう
刃では?
7.無評価大崎屋平蔵削除
SAMさん
 ありがとうございます。訂正しました。
 ……体感的には既に三十代だったりとかっていうのも考えました……物腰落ち着いた人ですし。
8.80名前が無い程度の能力削除
時を止めてそんなに働いていたら老化も早いでしょうね。
それとも時を止めている間は老化しないって設定なんでしょうか。
ま、どちらにしても心労が絶えなさそうです。
10.70名前が無い程度の能力削除
>……魅力的なようで、その実死ぬまで働かされると思うとあまりに苦い話ね
人妖にならんでも、今のままだとそうなる(咲夜が死んだら美鈴がメイド長になるかも。つまり、死ぬ時までメイド長?)って話だったのでは?
11.無評価大崎屋平蔵削除
20:58:15さん
 私としては、咲夜さんは時間操作で見た目の成長を遅らせるor止めているのではないかなぁ、などと思っています。
 心労については……原作の咲夜さんはマイペースそうなので実はそんなに心労ないんじゃないかなぁと書いてて思いました。

22:58:37さん
 あー、その科白は変ですよね。
 えーっと『自分のために一生懸命考えている美鈴に対して、それとなく「長生きしたい人には魅力的な提案だけど、私は不死も長寿も望んでない」という意思を込めた実にやんわりと断り方』という拡大解釈をしていただけると助かります。
13.60三文字削除
咲夜さん、美鈴がいなかったら胃に穴でも開いてそうだww
23.70名前が無い程度の能力削除
面白かった。
咲夜さんは幾つなのかイマイチ分からんですよねw
10~20なのか、ずっと昔から生きてるのか。
25.70☆月柳☆削除
なんだかんだで、咲夜にとって美鈴は結構大きい存在なんですのぉ。
60.100名前が無い程度の能力削除
美鈴かこいこみが瀟洒すぎる咲夜さんに天晴れと言わざるをえないw
ほのぼのなよい従者組でした。
66.90名前が無い程度の能力削除
1000点なんて軽く越えちゃうぜ☆
88.100名前が無い程度の能力削除
咲夜さんは相変わらず有能ですなぁ。
二人の旅物語・・・ちょっと読んでみtいえなんでもありません