Coolier - 新生・東方創想話

ワルツの相手は空けておくから(元第5回コンペ作)

2008/03/01 09:47:23
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*メディスン・メランコリー主人公のシリアスもの。
*コンペ云々についてはあとがき参照。
*オリキャラ1体+鈴蘭畑に関するオリジナル設定が幾つかあります。なるべく原作設定から離れないよう心がけたつもりですが、お嫌いな方は避けて通るようお願いいたします。






###################################################


朝。
幻想郷に陽が昇る。



山の端から頭を覗かせた太陽は徐々にその身を持ち上げて、朝靄の中で眠る幻想郷をゆっきと照らし出していく。

紅魔館、湖畔のきらめき。

白玉楼、ししおどしの鳴る庭。

永遠亭、青竹が風に揺れている。

魔法の森、木々の梢が鳴る。夜を巡る狼たちが欠伸をして眠りにつき、目覚めたばかりの花を求めて蝶が飛ぶ。

博麗神社の紅い鳥居が朝日を浴びて眠たそうな色をしている。誰もいない境内にチチチと小鳥たちの声、そして羽ばたき。
石段。まだ人の通らない道。人里、誰かの家、また誰かの家。何処かでガタガタと雨戸が開く。
幻想郷がゆっくりと目を覚ましていく。



そして、此処でも。



丘の上。
幻想郷の中でも特に濃く朝靄が立ちこめている場所。
此処は鈴蘭の畑。
空気に混じる毒気でうっすらと紫色に染まった靄が厚く垂れ込め、外からはもちろん、内側からの視界も遮っている。其処にもし立つ者があれば数m先すら見通せないだろう。
ただ足元に鈴蘭の花が咲くばかり、やがては毒に倒れるだろう。それを知っているから此処に立ち入る人間はいない。人はおろか他の動物の気配もしない。虫の羽音すらせず実に静かなものだ。



鈴蘭畑。毒の園。
紫色の朝靄の中で鈴蘭の花だけが揺れる。
その真ん中で、メディスン・メランコリーが目を覚ます。

鈴蘭たちの柔らかな葉と花に包まれたまま、ゆっくりと瞼が開いた。
鈴蘭と同じ色の瞳が二つ。ふらりと起き上がり、うーんと大きく伸びをする。球体の関節がキチキチ鳴った。靄の中、水気と毒の魔力とをたっぷり含んだその空気を、彼女はすぅと一つ吸って、吐いた。そしてニッコリと笑う。

「おはよう、スーさん」

目覚めの一呼吸に含まれていた純度の高い毒に満足する。
今朝は靄がヒンヤリと肌に冷たく、久しぶりに目覚めが気持ちいい朝だ。
スーさん達もご機嫌なようで、ひっきりなしに欠伸をしては新鮮な毒を吐き散らしている。
他の人には聴こえない、メディスンだけに聞こえるその吐息に耳を澄ませながら、彼女はやおら歩き出した。


小さく風が吹き始めた。鈴蘭の葉がサワサワとざわめく。
風に流されて靄の塊が一つ、また一つと鈴蘭の野の上をゆっくり動いていき、少しの間だけ視界が開けて、また閉じる。
視界が閉じても開けても、見えるのは変わらず鈴蘭畑だ。常人ならすぐに方向感覚が狂ってしまう道なき道を、けれどメディスンは迷いなくある方向へと進んでいく。


鈴蘭の花がさわさわとざわめく。
やがてメディスンは目的の場所に辿りついた。


其処は鈴蘭畑のはずれの方。
少し向こうには鈴蘭ではない樹木が鬱蒼と生い茂る森が見える。けれど此処はまだ鈴蘭の野の中だ。にもかかわらず、鈴蘭ではない樹が一本だけ生えていた。


濃い緑色の木肌、葉は明るい色をしている。
幹は幾本かの樹がぐにぐにと捩れ絡まり、太い一本となっている。
同じく捩くれた枝は大きく広がって、遮るもののない鈴蘭の野には其処だけ影ができている。


鈴蘭畑の終端近く、メディスンが眠っていた中心部に比べれば毒素が薄いにしても普通の植物が生きていくには酷過ぎる。
それでも此処にこの樹が生えていられるのは、この樹自体も毒を吐いているからだ。毒と毒とが拮抗しあって、結局この樹はいまだ此処に生えている。
半分くらい妖怪化しているのかもしれない。


鈴蘭の毒とは種類が異なるが、同程度に強い毒。
それはメディの好みに合うものでもあった。
朝起きた後にまず鈴蘭の毒を胸いっぱいに吸い込んで、次に朝の散歩がてらこの樹の毒に触れに来るのが最近のメディの日課である。


毒に触れる……この樹の毒は樹皮より発せられているのだ。
触れたなら、植物ならばたちどころに枯れ、動物ならば皮膚が焼け爛れるだろう。
けれど人形であるメディスンには効かない、むしろ彼女にとっては魔力となりうる大事な栄養だ。今日もまたその木の肌に触れ、額をコツリとくっ付ける。


樹に触れた額がヒヤリと冷たく、けれど其処から流れ込んでくるモノは温かい。
樹の中には水が流れていて、樹に触れればその流れの音が分かると言っていたのは何処の白黒魔女だったか。


すっと消えていくような鈴蘭の毒とはまた違ったその毒気をしばらく堪能し、額を離す。
「ごちそうさま」
声をかけ、そういえばこの樹の名前は知らないな、とふと思い当たる。
まあ別に困らないが。そもそも名前を呼ぶ機会がない。
毎朝顔を合わせている(?)のだからおはようぐらい言ってもいい気がするが。
おはようは、スーさんに言ったし。
おやすみなさいも、スーさんに言うし。
スーさんだってちゃんと返事をしてくれる。だけどこの樹がメディスンに語りかけてくることはない。だからメディスンの方から何か言うこともない。


寂しくなんかない。
思い出されるのは、たった数日とはいえ、初めて鈴蘭畑の外で過ごした日々。
朝目が覚めて誰かの寝顔が傍にある事に、最初は酷く驚いた。
続けて、またいらっしゃいと微笑んでいた何処かの薬師の顔が思い浮かんだがすぐにフルフルと頭を振って消した。
それよりも次の日課をこなさなければ。




カツンと、その場で踵を合わせる。
そしてメディスンはそっと踊りだした。
小さく即席のメロディを口ずさみながら、くるくる回ってちょっと止まり、1、2、3とステップを踏んでまたクルリくるくると回る。
その繰り返し。

以前いきなり巻き込まれた宴会で踊ったのが、なかなか好評だった。
大勢から沢山の拍手を貰えたのが嬉しくて、それ以来、毎朝こうして練習している。

クルリくるくると回る。
スカートがフワリと浮かび、リボンが風に流れる。
くるくると小さな円を描く。
クルリくるくる。まわる回る。クルリくる。
やがてメロディが終わり、またカツンと踵を合わせて止まる。
お辞儀を一つ。拍手はなく、ただ鈴蘭の葉と花がサワサワさわさわと揺れた。
「……ありがとう、スーさん」
自分だけが分かる賞賛の声に、少女は小さく微笑を浮かべる。




……なぜ淋しいなどと思うのだろう。

なぜ目が覚めた時に、おはようと微笑む人形師の顔が思い浮かぶのだろう。

なぜ眠りにつく時に、おやすみと仏頂面に言う図書館の魔女の顔が思い浮かぶのだろう。

なぜ踊り終った時に、スゴーイと手を叩く幽霊の顔が思い浮かぶのだろう。

そしてなぜ、少しだけ淋しくなるのだろう。

なぜ。そしてどうすればいいのだろう?
イヤ、本当は悩む必要もない。
ただ会いに行けばいいだけだ。誰かに。
それが誰であろうとこの幻想郷の住人は自分を温かく迎えてくれるだろう。


まったりとお茶をしたり、あるいは楽しくお喋りして、其処では時間が飛ぶように過ぎるのだろう。
淋しいだなんて思う間もなく。


でも、自分は結局は此処に帰ってくる。
この鈴蘭畑に帰ってくる。当たり前だ。此処は自分が生まれた場所であり、家であり、そしてスーさんは家族だ。帰る家があり待っていてくれる家族がいる。それはとても幸せな事なのだとメディにもなんとなく分かる。
だがやはり朝目覚めた時に、夜眠る前に、そして今。
傍に誰かがいて話しかけてくれない事に、一抹の寂寞が生まれる。


鈴蘭がサワサワさわさわと揺れる。
「…………うん、そうだね。わたしにはスーさんがいてくれるものね」
分かっている。
もとより無駄な考えなのだ。
自分はこの鈴蘭畑を出る気はないし、逆は望むべくもない。スーさんという家族だっている。これ以上を求めようとすればそれは他人に無理を強いる事であり、そんなのはただの我が侭だ。
だけど。
だけど朝のこの時間を誰かと共有したいと思うのは、我が侭なのだろうか。
誰かと手をつないで眠り誰かの隣で目覚めたいと願うのは我が侭なのだろうか。
思考はループする。




「やめよ……」
そう言って、メディは自分の思考を無理やり断ち切った。考えすぎるのも体に毒だ。
思いを振り切りように空を見上げ、そこでメディは妙なものを見つけた。


陽が高く上って暖かくなってきたせいか鈴蘭畑の上の靄はあらかた消えてしまっていた。
だから見上げた先には、青い空。しかしそのある一点だけが墨汁を垂らしたように澱んでいたのだ。
うねり、歪み、バチバチと稲光も見える。

似たようなものを見た事がある。
幻想郷のスキマに棲まう大妖怪がしょっちゅう出たり入ったり挟まったりしているのが、あんな感じの空間だ。
だがアレに比べたらどうにも不安定だし、なによりあんな高い所に開いているのがおかしい。
もしかして噂に聞く博麗大結界の綻びというヤツだろうか。
以前スキマ妖怪が茶飲み話に語ったところによると、その綻びというヤツは結構な頻度で生まれるものであり、またそういう場所を通して時々外界のものが流れ着くのだという。メディの身体である人形も元はそうしたスキマから流れ着いたらしいのだが、メディ自身にはもちろん記憶がない……。

そんな事をつらつら思い出しながら何とはなしにその黒い澱みを見上げていたら、やがて其処から何かがポトリと落ちた。
なんだろう。遠くてよく見えなかったけど、なんとなく人の形をしていた気がする。
もしかしたら、本当にもしかしたらだが自分と同じ人形かもしれない。
まずは見に行こうと、飛び立った。




#############################################




再び鈴蘭畑のはずれの樹の下で、メディスンは腕を組み考え込んでいた。
樹に背を預けるような形で座らせたソイツを、しげしげと眺める。


朝の空のスキマから落ちてきたモノ。
鈴蘭畑の真ん中の、いつもメディが寝床にしている辺りに降ってきたソイツを、彼女は此処まで運んできた。
黒い澱みはあの後もしばらく空の上にあり、そして其処を中心にだんだん天気が悪くなってきた。抜けるような青空だったのが何処からかどんよりした雲が流れてきて、もしかしたら雨が降るのかもしれない。あまり良くない空模様。
雨はスーさんにとっては歓迎だけれど、そうすると降ってきたソイツは雨ざらしになってしまう。
それはなんだか可哀想だったので、スーさんの力も借りてこうして運んできたのだった。


ソイツはある意味、人形かもしれなかった。
メディはむーんと目をすがめて観察する。
まず人の形をしている。しかし人間ではなかったし妖怪でもない。さっき触れた時に鼓動がなかったし呼吸もしていないようだ。体臭も異臭もしない。
座っていると分かりにくいが背丈はかなり高い、手足も長い。ついでに頭部も円柱状に長い。全体的に丸みを帯びて縦長の印象だ。
顔に鼻と口はなくて、眼だろうか、赤い南天の実ほどの粒が二つ。毛髪はなく、もっと言えば体毛に当たるものがなく、皮膚は色は枯れかけた蔦の色のような茶味の濃い緑、滑らかそうだが硬そうだ。
ここまでなら人形と言ってもいいのかもしれないが、肩や肢などの各部関節に歯車だか螺子だかのようなものが複雑に組み合わさっている。そんな造りの人形は知らない……。

「………………」

樹の裏へコソコソと回り、辺りに誰もいないのを確認してからそっと服をはだける。
あらわになった肩は球体状。あんな変な部品の組み合わせではない(魔法の森の人形師の所の人形たちも同じような造りだった)。
偽りながらも人の肌と同じ色をしているし、今朝吸った良質の毒のおかげか、いつもより張り艶もよく薄桃色に輝いている……。
風がぴゅうと吹いてむき出しの肩を撫でた。
……メディは少し赤くなって、服を直す。


改めて表に回り、観察を再開する。
よく見ると色々と壊れているらしい。
右手は中指と薬指が欠けているし、左肩は外れているみたい。下駄みたいな足の平の、左側の親指がない。表面が所々変色しているのは焦げているのだろうか。


しかしやはり、人形のようだ。
人間でも妖怪でもなさそうだし、それらの亡骸にしてはいろいろ硬いしシッカリしている。匂いもしない。ただ在るだけのヒトの形をしているモノ。
『人形』以外に、こういうモノを表す言葉をメディは知らなかった。

「アナタはだれ?」
尋ねても、応えは返ってこない。
当たり前か。
見たところ魔力も感じられない。この人形は生きていないのだ。
(新しいお友達ができるかも……ってちょっと思ってたんだけど)
残念な気分半分で、ソレにそっと触れた。

ガコン、と大きな音がした。

「え……っ!?」
驚いて思わず飛び退る。
目の前の人形が細かく振動していた。カタカタカタカタガタガタカタカタ。頭部が揺れている。赤い目がチカチカと明滅を繰り返している。そして何処からか大量の異音を吐き出し始めた。

<Restart:Restart......Error:E魏or,res寫rt er..r 7614.Sy*.em no433骸 炎wn.Memories dis燕??ar.All posi*蝋on ?s missing.OK.Start上g back boost p藍g*am β.Call text,b**k up 甲le 01-訓6.Reading...租Clear,joint.System reatart from back up time 6a15892fqk-2p39711gsw.So cool.Wainting......>
チキチkiチきtikitikiちきチキチキチキチキチキ……ガキャがきゃGakヤガガガ

呪文めいたその音にメディスンは眉を顰め、それでもそのまま見守った。
一応、万一の場合は背後のスーさんを守れるように身構えておく。
やがて振動と異音が止まり、震えていた頭部が明確な意思をもってゆっくりと動き。
こちらを見た。

「はじめまして」

口がないからどこから喋っているのかわからない。だが確かにソイツが喋ったのだ。最後にガガ、とノイズが入る。少しこもっているが、意外にも流暢な言葉。
続けてカコンと、ソイツの頭部が前に揺れた。
どうやらお辞儀をしたらしい。
「あ、初めまして」メディスンも慌ててお辞儀を返す。

湿った風が鈴蘭の野を吹き抜けた。メディスンの髪があおられる。
青空を灰色の雲が幾つも流れていく、ねじくれた樹の下。
それが彼との出会いだった。




#############################################




「あたしはメディスン・メランコリー。あなたは?」
けれど彼は名前を覚えていなかった(性別はわかんないけどとりあえず彼とした)。
データが壊れてたとかで。
でもそれじゃ呼ぶのに不便だからと名前を贈った。
「そう、じゃあガーさんね」
ガーガーいってたから。
ありがとうございます、と言われた。
嬉しかったから思わず笑みがこぼれた。
それが彼との最初の会話だった。




ガーさんは首から上しか動かせないようだった。
ケイツイギセツの何処かが壊れているのだという。
メディスンはガーさんの前にしゃがんで座り、ガーさんを見上げながらお喋りをしていた。

「ガーさんは人形なの? 生き物には見えないけど。わたしの毒も効かないし」
「いいえ。私は人形ではなく機械……擬人型電脳匣体、ロボットです。機械に毒は効きませんよ」
「?? 人形とどう違うの?」
「人の形をしているのはあくまで便宜上の都合にすぎません。一定程度に物が分かる自律経絡と演算儀と限定力池を緩衝材に詰め込んで、作業用に手と足を付けたのが私です」

ガーさんは少し難しい言葉を使う。

「よくわからないけど、人形じゃないのね」
「人形は自律して……ひとりでには動きませんから」

メディスンは首をコテンと傾げて反駁した。

「わたしは動いてるわ」
「はい、それは私にも不思議です。どうやって動いているのですか」
「動いてるんじゃないわ、生きてるの」

フルフルと首を振って否定する。
ガーさんは首をカクンと傾げた。二つの小さな瞳が点滅する。分からない、というように。

「人形は無機物……いわば石と同じです。生物ではありません。もちろん、ただ其処に在るだけでは動くことはおろか考えたり喋ったりする事も出来ないはずです。私の場合は、まあ色々と詰め込んでいますからこうして貴女とお喋りしていますが、生きてはいません」
「そうね。アリスの所の人形たちもアリスが魔力を注ぐまでは動かないわ。でも上海たちはいっつも元気にパタパタ飛んでるし、泣いたり笑ったり怒ったりするわよ。アリスが操ってるらしいのだけど、ああいうのは生きているって言わないのかしら」
「魔力で、ですか」
「そうよ」
「魔力というものは私の知識では架空のものです。それで動いているというのは理解できません」
「それは……ウン、わたしもね。私はスーさん達の毒で生きているから。魔力ってナニって聞かれるとわかんないなぁ」
「毒で生きているというのも……不可解です」

二人揃ってうーんと首を傾げる。
やがてガーさんがポツリと、しかしハッキリと言った。

「原因はともあれ、貴女は生きています。ヒトのように動き、表情に溢れ、そして笑っている。不思議です」

「そう? わたしはあなたがこんなにお喋りしてるのに生きてないって方が不思議よ」

もし生きてたら私の毒で死んじゃうけど、と笑って付け足した。
そうですか。そう言ったガーさんも、表情はないけど、笑っているみたいだった。




ふと思ったので聞いてみた。ちょっとワクワクしながら聞いてみた。
「生きてないって事は、死なないって事よね」
もしそうなら、スーさん以外では初めての、ずっと一緒にいられるお友達ができるかもしれない。
そうなれば……。
だけどガーさんは首を横に振った。
「生物的な意味では死にません。ですが私を動かしている力池の残量はあともって二、三日でしょう。力池の残量が零になれば自律経絡と演算儀も停止、私という人格も動かなくなります。力池の補充が難しいと想定される現状を鑑みれば、それは私にとっての死になるでしょう」
難しい言葉が多かったけれど、
「それはつまり結局……、……ガーさんはあと数日の命ってこと?」
「はい、そうです」
なんでもない事のようにガーさんは言う。
その答えに、私はどんな表情浮かべたのだろう。
「そんな悲しそうな顔をしないでください。死ぬといっても厳密な意味でh......」
ぴちゅぅぅん、と音がしてガーさんの赤い瞳が光を失う。
「…………えっ? ちょっと!? ガーさんっ!?」
慌ててメディスンが揺すっても、ガーさんは沈黙したままだった。


気づけば灰色の雲が空を覆いつくし、太陽は白っぽく、弱々しい光を見せるばかり。
湿った風が吹き始めていた。




#############################################




河童のにとり。河城にとり。幻想郷随一の機械いじりでマシン・フリーク。整備および分解マニア。
以前、鳥人間に失敗して鈴蘭畑に墜落したにとりをメディスンが助けて以来、ちょくちょく遊ぶ仲だ。
ガーさんが自分の事を『機械』だと言っていたから急いで来てもらった。
もしかしたら急に死んでしまったわけではなく、やはり鈴蘭の毒に当てられたか、あるいは病気かもしれない。もしそうなら、『機械』に詳しいにとりになら直せるのではないかと思ったのだ。


お手製の紙みたいに薄い防毒マスクに、仕事場一つ分の工具が詰め込まれたリュックを背負ってやって来たにとりは、最初こそ『ニっとりぃぃーん』と叫んで狂喜乱舞していたが、作業を始めると真剣な表情で黙りこくり、ずっと手だけを動かしていた。その横でメディスンが心配そうに見守っていた。


空はもうすっかり曇ってしまっていて太陽は厚い雲の向こう。それでも昼間だから変に明るい。
生温い風がずっと吹いていた。
やがてにとりの手が止まる。
「ぷはぁーっ」
「どう?」
立ち上がって、大きく伸びをしたにとりにメディスンが聞いた。
「ウーン。一応、壊れてそうな所は直したんだけどねぇ」
作業用のモノクルを外しながらにとりは難しそうに言う。

「えーと。まず病気とか毒のせいじゃないから。機械に病気もなんにもないからね」
「うん」
「で……要はこのロボット?を動かしてる動力部、ンー、心臓とお脳を繋ぐ一番デカイ回線が焼き切れちゃってたわけなんだけどソコは別の回路でバイパスしたし、四肢の伝達中枢も手持ちの部品で一応修復できたし、脚とか腕の関節周りも螺子締めて溶接して油も差したし、あとは外部からの起動スイッチもないみたいだからこれで動かないって事はそれこそ頭をパックリ割って解析かけないと分かんないかなぁ……」
「要するに分かんないのね?」
「うん……ゴメンね。このコの構造はあたしの知ってる化学より数段階上みたいで……。構成が人型だから整備ぐらいは何とかなったけど、ぶっちゃけ一つ一つの部品は初めて見るようなのばっかなんだ」
「ううん、ありがとう」
「いわば体調は万全なんだけど眠ってるって状態だから……うーん、テレビだったらこうすれば直るんだけどなー」
ボカンとガーさんの頭を叩く。
ガインといい音がした。主ににとりの手の方が。
「ちょっとにとり、叩くのはやめて」
「あはは、ゴメンごめん。でもメディが触ったら起きたんでしょう、今度はチューすれば目覚めるかもよ~」
キャっきゃと笑いながらにとりは帰っていった。メディスンは手を振り振りそれを見送る。
そして残されたメディスンはガーさんを振り返り、
「……どうしようかしら」
真面目に困っていた。
「で、でも、キスだなんて……」
チューとか。
にとりは簡単に言ってくれたが。
頬が熱くなるのを止められない。
いやいや、ガーさんは男だとは限らないのだ。その……色々ノッペリしてたし。いや女性だったらいいとかそういうわけでもなく……。……初めてだし。でもガーさんが起きてくれるなら。
二、三日の命だとは本人も言っていたが、正直、もう少しお喋りしたかった。
眠っているだけなら、なおさら、起きてほしい。


「…………よし」
何がよしなのか、本人も良く分かっていない。
が、それでもガーさんの前に回り、そっと顔を近づける。
いくらキスを知らなくても唇を突き出すのは変だという事ぐらい知っているのだ。だからできるだけ顔を近づけようとする。目を瞑ってしまうのはしょうがないだろう。


ちなみにガーさんは座っていて、その頭部は前のめりになっている。
だからメディスンは屈み込んで、なおかつ上を向くようにしなければならない。
結構保つのが辛い姿勢だ。
そして今は目も瞑っている……。
必然といえば必然的に。
ゴツンと二つの額がぶつかった。
「イタっ!」
拍子に、唇が触れたような気がしなくもない。


「......aチガいます。機能停止するだけでメモリーは保存されますから……おや、メディ。どうしたんですか?」
おでこを抑えて真っ赤になりながらメディは首を振る。
「う、ウウンっ。なんでもない……、なんでもないよ!」
「……そうですか。ン、いつの間にか太陽が動いていますね。もしかして私はスリープ……眠ってしまっていましたか」
「う、うんっ。ソウソウ」
「それは申し訳ありませんでした。話の途中でしたのに」
「い、イイっていいって。ちゃんと起きてくれたんだしっ」
不自然なほど大仰に言うメディスンに、ガーさんはハテと首を傾げて、チカ、と目が赤く光った。


ポツリと音がした。
鈴蘭の葉に水滴が弾け、地面に落ちて黒い染みになる。
二人の頭上ではパラパラと音がし始めた。
雨が降りだしていた。




#############################################




雨はすぐに強くなって、辺りには雨滴のカーテンが下りた。
二人は樹の下に立っていた。
樹の下は深く茂った葉が屋根となっている。パシャパシャと、頭の上で音がする。
「どう?」
「はい、大変調子がいいようです」
にとりが直したといっていたのでガーさんに立ってみるように促したのだが、問題ないようだった。
まっすぐ立ったガーさんはメディスンの倍くらいあって、頭などは木の枝の間に入りそうだった。


「でも残念」
くりくりと肘やら首やらを回しているガーさんに、メディスンは言った。
「雨が降ってくるなんて。動けるようになったんだから、一緒に幻想郷を案内してあげられたのに」
「ゲンソウ、キョウというのですか、此処は」
「そうよ。あらゆる幻想が辿り着く場所、辿り着いた場所。幻想たちの棲まう郷」
メディはちょっと茶目っ気を出して、ふわりとスカートを持ち上げると礼をした。
「ようこそ。幻想郷へ」


でも、と残念そうに溜息をつく。
「こんな雨じゃねぇ」
はふぅ、とまた溜息。
そんなメディスンを見ていたガーさんが不意に言った。
「メディスン。この樹に上った事はありますか?」
「え……? ううん、ないけど」
「ちょっと失礼しますね」
「え? わっ、ちょっと」
ガーさんはメディスンを片腕に乗せるように抱え上げると、そのまま樹の一番下の太い枝に乗せた。
「どうですか? こういう景色も珍しいでしょう」
メディスンは飛べるから、高い所からの景色は別に珍しくない。
だがこの枝のような微妙に高くて低くない所から景色を見た事は確かになかった。
そうガーさんに伝えると、飛べるのですか、と吃驚していた。幻想郷の住人たちの多くが飛べる事を教えてあげたら、もっと吃驚していた。


そんな風にして、二人は幻想郷の事をあれやこれやと話していた。
博霊神社に魔法の森。吸血鬼の館。冥界。竹林の奥にある館と其処に住まうお姫様。勝手気ままな妖精たちに妖怪たち。幻想郷最速を謳う天狗の新聞の話。最近越してきた神様たちと風祝の話。色々な話をした。
ガーさんはその話の一つ一つに驚き、笑い、あるいは質問してきた。その度に瞳が赤く明滅する。


そうこうしているうちに、いつの間にか時間がたっていった。
少しだけ雲の薄くなった所からボンヤリと黄色い太陽が覗く。天頂付近。
そろそろ昼だ。
ふとメディスンが言った。
「歌っていいかな」
「歌ですか?」
「うん。まだ、練習中であんまり上手くないんだけど」
「どうぞ、お願いします。私もメディスンの歌がぜひ聞きたいです」
そう言われると少し照れる。
メディスンは少しはにかみながら、息を一つ吸った。
それはこんな歌。



それは一人ぼっちの少女の歌、
いつかの日の午後、花が満開の丘の上、
空は済みきって、温かい風が春の香りを運んでくる、
少女は野原でお花を摘んでいる、一人ぼっちで、
やがて少女は帰るのだ、一人ぼっちで、
一人ぼっちの、自分の家に。



どうして、この歌を歌う気になったのだろう。
ホントは練習していたんじゃないのだけれど。
練習していたのは本当、でも別の歌。もっと明るい歌。誰かに聴かせるには、この歌は悲しすぎるから。淋しすぎるから。スーさんにしか聴かせた事なかったのに。ずっと一緒にいられると分かっているスーさんにしか。

あるいはあと数日でいなくなってしまうと分かっているガーさんだから、聴いて欲しかったのか。

わからない。

それでも。
今の歌は、スーさん以外の他の誰にも言った事のない、にとりにも、永琳にも、アリスにも言った事のない、メディスンの心の底を真っ直ぐに表したものだった。
そうしたらガーさんも、
「淋しいのですか?」
そのまま、尋ねてきた。
だけど答えは遠まわし。
「……わたしにはスーさんが、いるし。友達だって、幻想郷にはいっぱいいるんだよ。それに、こんなわたしを好きだって言ってくれる人がいる……」
「…………」


ガーさんは何も言わなかった。二つの瞳にも、今は光がない。
黙っているのが辛くて、メディスンは殊更に明るく言った。
「雨が止んだら、さっき話したみんなを紹介するからねっ」
遠くで雲の切れ間から幾筋か、太陽の光が差し始めた。
もうすぐ雨が止む。


しばらくして小ぶりになってきた。
そしたら雨に変わって、パサパサと文々。新聞が降ってきた。
見上げれば、晴れ上がった蒼穹に天狗の飛行機雲。
拾ってみればそれは号外。
樹の下のメディスンとガーさんの写真が一面にでかでかと載っていた。




#############################################




鈴蘭畑を出て、二人はまず永遠亭におもむいた。
一番近かったからというのもあるけれど、何よりも人が多そうだったから。


途中、文々。新聞の号外記事を読んだのか、あちらこちらから妖精たちがガーさんを一目見ようと集まってきた。
悪戯好きの妖精たちのこと、見ただけで終わるはずもなく、一度などお馬鹿にも氷の雨を降らせた氷精と弾幕ごっこになりかけた。
そんな風にわいわいと騒がしく永遠亭に着くと、てゐの指揮で大勢の兎たちが竹を刈っていた。
その兎たちがとお仕事そっちのけでワイワイやっていると館から永琳たちも出てきて、魔法の森からは魔理沙とアリスもやって来た。
騒々しさに引かれて騒霊たちもやって来た。賑やかな音楽を奏で始める。
萃香が来た辺りからおかしくなって、いつの間にか宴会になっていた。


もうこうなると、誰かにガーさんを紹介するどころではない。
三々五々ふらりふらりと誰かしら集まってきてはちょっと挨拶し、即座に転進、宴会の環に突貫して行く。
やがて夜になり、閻魔さまやら吸血鬼のお嬢様たちなど珍しい面子まで集まってきた。
篝火が焚かれ、夜の闇に竹林が赤々と照らし出される。
あちらこちらで杯をぶつけ合う音やかましく、笑い声が絶え間なく響く。
何処かで売り言葉に買い言葉の喧嘩が始まれば、あちらでは酒飲み合戦が始まる。
誰かが音頭を取れば誰かが踊り始める。
メディスンも最初はガーさんと離れた場所に一緒にいたが、てゐに誘われてみんなの環の中に入り、歌って踊った。
練習の成果を遺憾なく発揮できたと思う。
みんなも沢山拍手してくれた。
ガーさんも拍手してくれた。チカチカと赤い明滅。
心の底から楽しかった。
心の底から、笑うことができた。


……そして宴が終わり、始まりと同じように、誰が言うともなく三々五々散っていく。
誰かと連れ立って、あるいは誰かに担がれて。
それぞれの家へ帰っていく。

兎たちに混じって最後の片づけまで手伝っていたメディスンも、月が空の真上に来る頃には帰途についた。
いつもなら一人きりのその道を、今日は二人で歩いた。
手を繋いで。




#############################################




月明かりが鈴蘭の野を満遍なく照らしている。
冷たい風が酒精に火照った頬に気持ちいい。
鈴蘭の花達がさわさわ揺れている。


メディスンもゆらゆら揺れている。酩酊に。すっかりへべれけに酔ってしまっているようだ。宴の最後に子鬼と飲み比べをしたのが良くなかったのかもしれない。
メディスンはガーさんに寄りかかるように立っていた。
平衡感覚が揺らぐのに身を任せながら可笑しそうに言う。

「…………ガーさんはお酒飲まない人なのね……」
「ロボットですから。機械はお酒を飲めません」

今が光っていない瞳からはどこか呆れたような感じが伝わってくる。

「あたしはぁ、飲めるわよ」憮然としてメディスン。
「人形も普通は飲めません……」「飲めろってば……」

でもちょっと飲みすぎたかもしれない。呂律が怪しい。
「酒は百薬の長っていうから毒のわたしは酒に弱いのね」
そんなメディスンの背中をガーさんが優しくさすりながら言う。

「あまり強くないのならそんなに飲まなくても……」「ふふ……不思議ね」「何がですか」
「わたし、此処に住んでるから、今日みたいに、誰かと帰り道が一緒だったのって、ハジメテかも」
いつもは一人でちゃんと帰れないといけないから、足元がふらつくまで飲むなんてのはした事がなかった。誰かと一緒に帰るのって、だからなんか不思議だった。そこまで詳しくは語らなかったけど、なぜかガーさんには伝わっている気がした。
ガーさんは何も言わない。
別に寂しいわけじゃない。一人で歩く帰り道が寂しいと思っていたわけじゃない。
だからなにか慰めの言葉とかを期待したわけでもない。


「いい夜ね」
メディスンは夜空を仰いだ。
浴びるような月明かりが眩しい。星々の煌きが輝かしい。
心地よい夜風に含まれた芳醇な夜の匂いが頭を隅から隅まで澄み渡らせる。
こんな夜はスーさん達もホラ、こんなに花や葉を揺らして喜んでいる。
同じような喜びを、スーさん達の毒を吸うメディスンも感じていた。
この喜びを他の誰か分かち合いたいと思わなくもないけど……。

ひときわ強く吹いた風にメディスンは髪を抑えた。

ブワリと、

鈴蘭の毒が立ち上ぼる。

こんな夜はスーさん達もホラ、こんなに喜んで、毒をいっぱい吐いている。
曇るような紫色の吐息は常人には見えない。
メディスンにだけ見える。メディスンとスーさんが家族であるという証だ。
ガーさんには、見えない。
そう思ったらもう駄目だった。

「淋しくないワケないじゃないっ!」

叫んでいた。
腹の底から心の底まで。全身で叫んでいた。
思わずガーさんの腕をギュッと掴んでいた。ミシリと鳴った。
「スーさんは家族よっ。大切な家族っ。この丘は私の家っ」
それもやはり心からの叫び。わたしは此処を離れない、離れたくもないっ。
「でもっ…………でも他に大切な人が欲しいと思うのは我が侭なの……っ?」


一人ぼっちの帰り道が淋しかった。スーさんはおかえりと迎えてくれる。でも隣に誰もいない夜道は歩くのはとても心細かった。


一人ぼっちの夜が淋しかった。スーさんは温かく包み込んでくれる。でも眠る前におやすみと額を撫でてくれる誰かがいないのが切なかった。


一人ぼっちの朝が淋しかった。スーさんはおはようと言ってくれる。でも誰かの手を求めて伸ばした先が、何も掴まずに空を切るのが虚しかった。


朝目を覚ました後に鈴蘭の野を誰かと歩きたかった。
あの樹の下で踊りを踊り歌を歌った時に誰かの拍手が欲しかった。
夜は誰かと一緒に寝っ転がって星を数えて一晩中話をしてみたい。
スーさんたちに囲まれてその誰かと夜明けを眺めたい。


求めはじめたらキリがない。あの狂い咲きの春の後、鈴蘭の野を出て永遠亭の皆や他の幻想郷の住人たちと触れ合うようになって生まれた思い、想い。
この身がただ触れただけで他者を害す猛毒なのは承知の上。スーさん達の吐く息に満ちたこの場が他者を喰らう生簀なのは承知の上。その上で他者の温もりを求めるのは自分の我が侭なのだろうか。


今日一日。たった一日だったけどガーさんと共に過ごした時間はとても楽しかった。
満ち足りていた。
だからこそ分かってしまった。
ほんとは今日一日、あるいは後数日で諦めるつもりだったのだ。
でももう自覚してしまった。
それに気づかない振りはもう駄目だ。
ほんの少しの時間、遊んだり、話したり、笑い合ったりするだけでは満足できない。
わたしは、いつでも誰かに隣にいて欲しい。
自分と同じ、人の形をした誰かに。



「答えてよ…………」
何を、とは言わなかった。
何でもいいから言葉をかけてほしかった。
弱々しくガーさんの胸を叩く。
溢れた涙が止まらない。まともにガーさんを見ることができなくて俯く。

ああ、ああ、自分は何を言っているのだろう。
何をみっともなく脈絡のない事を吠えているのだろう。
叫びと一緒に酔いまで吐き出してしまったようだ。
唐突に恥ずかしさが戻ってくる。
本来、体内の毒を自由に操る事ができるメディスンにとって体の中のアルコールを排出する事など造作もない事だった。それをしなかったのは、誰かに甘えてみたかったから。溢れ出す羞恥心と自己嫌悪。
それごとそっと、抱きしめられた。
「私が××××××」
ぽんぽんと、優しく背中を叩かれる。
自分の嗚咽で耳が聞こえない。「え?」と聞き返す。
「私が貴女の傍にいますよ、メディスン。だから泣かないで」
「……無理よ。だってあなたはもう少しで停まっちゃうんでしょ」

無責任なこと言わないで、と嬉しさよりも怒りが先に出る。

「それなんですけど。ちょっと考えてみたんですが力池がなくなっても、何年か此処にいれば毒を吸って、貴女と同じように動けるようになるかもしれません」
「毒で動くなんて、信じられないって……」
「でも貴女はこうして『生きている』。私とお喋りして、沢山の人達と笑い合い、今は泣いている。それが何よりの証左であり、例え毒であったとしても生命を与えると信じるに足ります」
「でもムリよ……」

一度は自分も考えたのだ。ガーさんがそれを望むかは別として。でも、

「わたしはね、此処に来る前の記憶がないの。気づいたらこの野原に倒れていた。だからあなたも……、もし新しい命を得ることができたとしたって……」

私の事を覚えていないかもしれない。

「覚えていますよ」

ガーさんは力強く言った。
「私は覚えています。今日メディスンと一緒に話した事、見聞きした事、幻想郷の皆さんに会ったのだってちゃんと覚えています。もし明日、この全機能が停止しても、いつか目覚めて貴女と今日の話をしましょう」
だから、
「だから泣かないでください」



泣かないで、と彼は言ったが、もう一度涙が溢れてしまった。

ひとしきり泣いたあと、優しく背中を撫でてくれながら彼が言った。



指きりをしましょう
指きり?
ご存知ですか
知ってるわ、それくらい
よかった
でしたら今夜の約束を忘れないために
そう言って彼は関節の歪んだ小指を差し出した




いつ涙は止まったのだろう。わからない。
だけど今は自然と微笑を浮かべられている。
嬉しさでいっぱいになっているから。喜びではない、嬉しさだ。どこかワクワクするような、楽しさにも似た、幸せにも似た、そんな嬉しさだ。
明日目覚めた時に誰かが隣にいると思うだけで、こんなにも嬉しくなる。


月明かり。鈴蘭の囁きが、さわさわとサワサワと。
最初に二人が言葉を交わした樹の下。
幹に背を預け、二人で月を見上げる。
ふと思いついたので立ち上がる。
「ねぇ、踊りましょうか」
答えを待たずに腕を引っ張る。
慌てたように赤い光が明滅する。
思えば今日一日、自分は思い付きばかりで彼を引っ張ってきたような気がするが、最後の最後くらい、ついでの我が侭も聞いてもらいたい。


木陰から出て、月光を一身に浴びる。
夜風を吸い、そこに含まれる毒の純度に満足する。
儀式のようなものだ。
それを終えると手を繋いでいるガーさんを見上げ、
「ワルツは知ってる?」
「知識だけは」
「じゃあリードするわ、まずはゆっくりね」
3、2、1と、踊りだす。メディスンが小さくメロディを唄い、二人でゆっくりと踊っていく。
ぎこちないながらも、踊りは停まることなく。

クルリくるくると回る。

スカートがフワリと浮かび、リボンが風に流れる。
くるくると、二人だけの小さな環ができる。

クルリくるくる。まわる回る。クルリくる。

やがてメロディが終わり、拍手はなく、ただ鈴蘭の葉と花がサワサワさわさわと揺れて、
「……ありがとう」
「こちらこそ」
二人は互いに微笑んだ。
ざっと、風が吹いた。
ちょっと照れくさくなったのか、メディスンがおどけたように言う。
「次の機会までに、もっと練習しておくわ」
「楽しみにしています」
もう一度、微笑みが交わされた。




#############################################




樹の下で、二人寄り添うように眠りにつく。
今日だけだからゴメンねスーさん。
寝る前にガーさんが妙な事を聞いてきた。
「いつ起きるんですか?」
「そりゃあ朝になったらよ」
「何時間後ですか」
「うーん……わかんない」
「……ここの太陽は一つだけですね」
「うん」
「では太陽が昇ったら目覚めるようにセットしておきます」
メディスンより先の起きて、おはようと起こしてあげますよ、と彼が言った。
そんな寝ぼすけじゃないよっ、とメディスンは反論した。
「それでは……おやすみなさい」
「おやすみ……」
そうしてメディスンは眠りに落ちる。
とても幸せな気持ちで……。



……。
一つだけの太陽が昇っても、彼が目覚めることはなかった。
そんな気はしていた。
だから涙は出なかった。
それに、約束したから。
いつか目覚めると。
おはようは、それまで待ってあげよう。




#############################################




朝。
幻想郷に陽が昇る。


此処は鈴蘭の丘。
立ち込める紫色の朝靄の中、メディスン・メランコリーは目を擦りながら起き上がる。
うーんと大きく伸びを一つすると、球体の関節がキチキチ鳴った。
次は大きく深呼吸。靄の中、水気と毒の魔力とをたっぷり含んだその空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐いた。そしてニッコリと笑う。

「おはよう、スーさん」

朝の挨拶に鈴蘭たちが毒の息で返す。
ふわふわ舞う毒に微笑んで、彼女は朝の散歩に出かけた。


小さく風が吹き始めた。メディスン迷いなくある方向へと進んでいく。
鈴蘭の花がさわさわとざわめく。
やがてメディスンは目的の場所に辿りついた。


其処は鈴蘭畑のはずれの方。
鈴蘭ではない樹が一本だけ生えていた。
濃い緑色の木肌、葉は明るい色をしている。
幹は幾本かの樹がぐにぐにと捩れ絡まり、太い一本となっている。
その絡まりに溶け込むようにして、樹木でないものがある。
それは人の形をしていた。樹と一体の色をして眠る彼に、朝の挨拶をする。
「おはよう、ガーさん」
そしてまたすぐに踵を返す。


彼がいるから、踊りの練習は別の場所でするのだ。





END.





タイトルにもありますが、
第5回東方SSコンペ(お題:きかい、投稿期間2008.01.11~02.10)に投稿......
......させていただこうとして間に合わなかったものです。
推敲と手直しを加えて、改めてこちらに投稿させていただいています。


これだけ長いものを書いたのは初めてなので(言うほど長くはありませんが)、
あとオリキャラを登場させるのも初めてなので、
そこら辺の批評などいただけましたら幸いです。


以下どうでもいい解説。

テーマは、お題の『きかい』を『機械』として、
裏テーマは『メディに鈴蘭畑で戯れるお友達を作ってあげたいね』。
お友達というか、途中から家族→恋人っぽくなってきたのは失敗。
いつも百合っぽいのばっかり書いているので、
すぐそっち方面にもって行きたくなる悪い癖。
なおさんと。



あとがきに長文失礼しました。

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コメント



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1.80名前が無い程度の能力削除
いいね
4.100名前が無い程度の能力削除
メディスン良いね
ほかの作品とかだと鈴蘭畑に引きこもりのメディスンばかりだけど…
5.60つくね削除
結局ガーさんは樹の化身だったのかな? 淋しい思いを抱える彼女をせめて支えようとして出てきてくれた。短い間ではあっても、彼女を今までよりずっと生き生きと輝かせてくれた、とても良い役でした。やはり良いキャラクターと良い配置があると、物悲しい話でも気持ちよく読めますね。
良い話を読ませていただきました。

強いて上げるとするなら、
最後の方、メディがこらえきれなくなって「淋しくないワケないじゃないっ!」と叫ぶのがやや唐突という印象がありました。恐らく前日に初めてガーさんに歌を披露した後の心境、そして永遠亭の帰りから繋がるものだと思いますが、もう少し"ガーさんには、見えない。"の辺りに加筆していただければ、より一層良いものになったと思います。
6.100三文字削除
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
ロボットは生を持つか?
幻想になったのならあるいは・・・
良いお話でした。
7.70☆月柳☆削除
「考えすぎるのも体に毒だ」
違う意味の毒だというのはわかるけど、ここは気を使って違う描写にしたらよかったんじゃないかな。
後、気になったのは会話の部分は改行してほしかったのと、ちょっと冗長的な部分があって読みづらかった個所がありました。
でも、お話自体は良くできてると思います。
つくしさんも書いてますが、悲しい結末のはずなのにそれをすんなりと受け入れることができましたので。
恐らく、指きりによる約束をしたことで、まだ救いがあると思わせることにより、悲しみのダメージを押さえることができたのかと。それにしてもキスしそうなメディが可愛いんですがwww
9.70たくじ削除
いやー、好きだなぁこの話。
メディの他者との関わりを知ってしまったが故の寂しさはわかる気がします。そしてガーさんの優しさがいいですね。いつかまた動き出すことも、メディのことを覚えていることも、保証なんてどこにもないのに力強く言われてしまうと、本当にそうなるんだろうなって気がしてきます。
でもガーさんにそこまで言わせるほどの思いが何なのかが描かれていないように思います。だからガーさんの台詞がやや唐突な感じで、それが残念でした。
コンペなら7点をつけます。
10.80名前が無い程度の能力削除
好いです。
11.100名前が無い程度の能力削除
胸にキュンと来る、良いお話です。
13.無評価削除
音速が遅いどころじゃないですが……今更ひっそりとコメント返し。



>名前が無い程度の能力(■2008-03-20 01:29:59)さま
>>胸にキュン
ヤバイww言われて一番嬉しい褒め言葉かもしれないw
ちょっといい話、であると同時にメディの恋っぽい話やメディの少女たる話を目指してました。ちょっと乙女チックに胸にキュンと来ていただいたのならもう本望です!


>名前が無い程度の能力(■2008-03-18 11:25:09)さま
好いね、の一言、ありがとうございます。
下でも書いたのですが、ちょっといい話を目指していたので、なんかいいなぁと感じていただけたならそれだけでもう書き手として満足です。


>たくじ さま
ガーさんの約束には裏打ちとなる確かな根拠がありません。それでも思わず信じてしまうような、不確かだけど確かな約束というのが一つ書きたいものとしてありました。だけど下手するとなんかよくわかんない約束で終わってしまいそうですごく不安だったのですが、『本当にそうなる感じ』が伝わったようで嬉しいです。
ガーさんの思いの部分は書き込み不足でしたね。メディの方で手一杯で(そちらも十分に描けてはいないのですが)ガーさんは不思議なキャラとして済ませてしまおうという邪な打算がありました。でもこういう思いを大事にするストーリーなら、そこは確かに書いておいた方が良かったと今では思います。もうちょっと心理描写とか上手く書けるように目指します。


>☆月柳☆ さま
長編を初めて(しかもかなり急いで)書いたので描写の不安な部分はもうあちらこちらにあったのですが、まさにその一つを指摘されてしまいました。毒は一つのキーワードとして確立しときたかったのでアレコレ書いていたので、「考えすぎるのも~」の所はやはり浮いていたようですね。文章が冗長になるのはやっぱり推敲が足りないからですね。気をつけたいと思います。
あとキスしそうな部分も含めて、ちょっとメディが乙女過ぎたかなぁという不安があったのですが、可愛いって言っていただけたのですごく嬉しいですw


>三文字 さま
ガーさんは初めて書くオリキャラということもあり試行錯誤しながら作っていったのですが、楽しく読んでいただけたようで何よりでした。


>つくね さま
ガーさんは一応ロボットという設定でした。実はモデルがありまして、天海超史郎『ラスト・ビジョン』(電撃文庫)に出てくる筐体というやつで、外見はほぼそのままだったりします。
最後の方の、心理描写やそれに伴う展開は私が一番苦手とする所で、自分でもぎりぎり及第点というくらいでした。でもまだまだ書き込む余地がありますね。加筆点の指摘いただいたのでこれを参考にしながら、もうちょっと精進していきます。


>名前が無い程度の能力(■2008-03-01 23:59:30)さま
メディは花映塚以降、鈴蘭畑の外にもどんどん出て行く活動的な良い子です……と信じてますw
ゲームの台詞だと、結構妖精とかに近い気質じゃないかと思うんですけど。
ちょっと活動的で多感なメディスンですが気に入っていただけたようで嬉しいです。


>名前が無い程度の能力(■2008-03-01 09:07:10)さま
いいね、の一言、ありがとうございます。
ちょっといい話を書きたかったので、そう思っていただけたのなら幸いです。


また匿名評価してくださった皆様もありがとうございました。
次の機会がありましたら、また読んでやってください。