Coolier - 新生・東方創想話

満月 永遠亭にて

2008/02/29 23:06:23
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年の暮れも押し迫った夜。
星明りひとつ無い夜空に、弾幕の花が咲く。
流れ弾が、眼下の竹林を焼き払う。
空を翔るは、月の姫と炎の不死鳥。
四半刻に及ぶ弾幕戦。

「これで終わりよ」
月の姫が放つ宝玉の光は、炎の翼ごと不死鳥を吹き飛ばした。
眩い光の後、竹林に静寂が戻る。
年末最後の大勝負は月の姫、蓬莱山輝夜の勝利に終わった。




*******




迷いの竹林。
その奥に存在する永遠亭へは、幸運のウサギの案内がないと辿り着けない。
冬の澄んだ空気の中、夜空には真円の青い月。
知識と歴史の半獣、上白沢慧音は竹林の歴史を読み解き、迷うことなく歩みを進めていく。

「こんばんは、里の半獣さん」
永遠亭の門前には八意永琳とその弟子、鈴仙が立っている。
哨戒のウサギが半獣の接近を伝えていた。

「月の頭脳が自らお出迎えとは恐れ入る」
慧音は頭を下げ、争いに来たのではないことを示す。

「こんな月夜に来るなんて、用件はなにかしら」
「今日は薬の件で来たのではない」
永遠亭の存在が幻想郷に知れ渡って以降、薬を求める里ものの往来が絶えない。
しかし、迷いの竹林を走破し永遠亭に辿り着ける人間は少ない。
里の守護者である慧音が代表し、永遠亭を訪れることになる。
その慧音と永遠亭の間で薬以外の用件といえば、他に一つしかない。

「どうぞこちらに」
永琳は慧音を屋敷に迎え入れた。



長い板張りの廊下。
永琳と鈴仙に付き添われて、長い廊下を屋敷の奥へ向かう。

「私一人の為、そんなに警戒しなくても良いだろう」
永遠亭のトップ3に入る実力者に囲まれて慧音は苦笑する。

「普段なら兎も角、今日のあなたを軽く見るほど馬鹿ではないわ」
慧音の頭にはトレードマークの帽子はなく、角があり、おまけに尻尾まで生えている。
夜空には満月、半獣が白沢としての本来の力を発揮できる日。
輝夜の居る奥座敷に入る。
広い和室。庭に面した障子は開けられており、月の光と冷気が入り込む。
その広間を仕切る御簾の前に永琳が座り、鈴仙は部屋を出、外から襖を閉める
奥座敷の御簾の向こう。月の姫、蓬莱山輝夜の姿が見える。

「わざわざこんな竹林の奥までご苦労様ですね、上白沢慧音」
輝夜は御簾を上げ、慧音と直に言葉を交わす。
普段の洋装と違い、月明かりの中でさえ艶やかに映える着物を着込んでいる。
まるで平安絵巻からそのまま抜け出たかのような姿。

「永琳が年始くらいはと五月蝿くてね」
口元に手をあてクスリと笑う。

「夜分、急に押しかけてすまない」
「気にしなくて良いのよ、ちょうど月見をしていたから」
屋敷の主人に対し正座をし、深々と頭を下げる慧音。

「前置きはいいわ、妹紅のことね」
「ああ、察しが良くて助かる」
慧音は大きく息を吸い込む。

「輝夜殿、妹紅との争いを止めていただけないか」

永琳が輝夜と慧音の前に茶を置く。

「いい月ね」
輝夜は作法もなにもなくそれを口に含む。
見上げた月の青い光が庭園を照らしている。
慧音は屋敷の主に習い、出された茶を口にする。

「あなた、永琳の入れたお茶なんか良く飲めるわね」
着物の袖で口元を隠し、ころころと鈴がなるような声で笑う。
薬師である永琳がいれたもの。
何らかの薬を盛られていても文句は言えない。
輝夜と同じもの出されたとはいえ、そもそも相手は不死の蓬莱人。毒見役にもなるまい。
結果、薬も何も入っていないただの茶だった。

「その提案、拒否したら」
輝夜は慧音を見る。
慧音はさらに一口茶を口にする。

「永琳殿の淹れたお茶を飲んだだろう」
慧音の返答に少し考えて、にんまりする輝夜。

「一命を賭してもかしら」
無言で肯定する慧音。
輝夜は彼女から視線をはずし、再び庭園を照らす月を見る。

「妹紅は私を殺すに足る理由を持っている。でも私も妹紅にむざむざ殺されるつもりはない。顔を合わせれば殺し合いになるのは必定。不死の体を持つ蓬莱人同士の殺し合いに終わりはないわ。どちらかがこの幻想郷から出て行けば争う必要もなくなるのだろうけど、私も妹紅も外の世界では生きていけない。そして、この狭い幻想郷で顔を合わせずに暮らしてくのは不可能なこと」



「結論から言えば、妹紅との関係、変えるつもりないわよ」



室温が下がる。

「永琳」
輝夜は僅かに腰を浮かした従者の動きを制した。

「輝夜殿、あなたは聡明だ。蓬莱人同士の殺し合いなどという愚行をいつまで続ける」
慧音は姿勢を正し、朗々と理を語る。

「永遠亭の主は寛大で慈悲深い、屋敷のもの誰もがその主を好いていると聞く」
部屋に慧音の声が低く響く。

「礼節を弁え、仁を知るものが何故」
声が次第に大きくなる。

「何故、妹紅と争う。何故、冷酷に無慈悲に妹紅を傷つける」




*******




昨年最後の弾幕勝負、一年の総決算とあって妹紅も輝夜も気合が入っていた。
双方の提案で結果がどうあれこの戦い後、正月明けまでの休戦協定が結ばれた。
妹紅と慧音は里の年始の行事(博麗神社への初詣の警護)を取り仕切っており、永遠亭は正月用の餅の生産、配達でてんてこ舞い。
両陣営の利害が一致したことによりもたらされた協定であった。

結果、妹紅の惨敗。

妹紅の肉体は半日で復活したものの、意識不明のまま年を越しても目覚めなかった。
いつものように、傷ついた妹紅を自分の庵へ運んだ慧音だったが。
今まで妹紅が、このように長い時間意識を戻さないことはなかった。
年末から昼は里の行事を取り仕切り、夜は目覚めぬ妹紅に付きっ切り。
慧音は不安を募らせながら年を越した。

「……慧音、慧音」
妹紅の声ではっと目を覚ます。
年末年始の溜まった疲れでいつの間に寝入っていた。

「どうした、慧音。すごく魘されていたぞ」
汗を吸った服が、慧音の肌に纏わりつき不快感を増す。
意識を取り戻した妹紅を見て安堵するとともに、今まで見ていた悪夢を反芻した。

永遠の眠りにつく蓬莱人という悪夢。

「大丈夫か、具合でも悪いのか」
妹紅は慧音を気遣う。

そのとき、夢の中で妹紅を失い流した涙が、現実でも慧音の頬を伝っていた。




*******




「永琳殿、蓬莱の薬は完璧か」
「完璧とは」
質問の意図が掴めず首を傾げる永琳。

「神であらざる人が造った不死の薬、効能は完全なものなのか」
「あなたもその目で何度も見てきたはずよ」
「ああ、今までは」
完全に死した後の復活。
妹紅の復活を何度も見てきた。

「しかし、この先未来永劫、不死の効能を絶対に保証できるのかと聞いている」
語気荒く問い詰める。

「奇跡も含めて起こり得る事象の確率なんて、保証できる訳ないでしょう」
それこそ神でもない限り。

慧音の脳裏に、今朝見た悪夢が蘇る。

「ならば、妹紅との争いを止めてくれ。妹紅をもう二度と…」

「殺さないでくれ」

慧音は額を畳に擦り付ける。



「顔を上げなさい、上白沢慧音。誇り高き種族、白沢が頭を下げるなんて人一人どころか一国を救うに値する行為よ」
輝夜は慧音から目をそらし、寂しそうに呟く。

「綺麗ね」
輝夜は夜空の月を見つめた。

「もし、あの夜空に浮かぶ月がただの石炭みたいな塊なら、人は月に幻想を抱いたかしら」
広い座敷に入り込む青白い月光。

「人の命は脆く儚い。でも、その命が織り成す灯火は美しい」
頭を下げた半獣に月の姫は語り続ける。

「限りある命が、夢に向かい、愛を求め放つ輝き。半妖であるあなたが人側に立つのは、その美しさを知っているから?」
輝夜に言われるまでもない。歴史の半獣である慧音は、人の命が織り成す灯火を愛で、護って来た。

「藤原妹紅、彼女の命が織り成すは決して消えることのない炎。我が身を、そして周囲を焼き尽くしてなお消えない復讐の業火。その輝きを、あなたはどのように感じたかしら」
慧音がいかに愛そうと、どんなに護ろうとも、人の命は尽き灯火は消えてしまう。
次々に生まれては消えていく灯火。
そんな中、決して消えることのない。眩いばかりの輝きを見つけた時、慧音はなにを思ったか。

「この世界で妹紅と会った時、驚いたわ。蓬莱の薬は捨てられたと聞いていたから。いえ、それ以上に」
輝夜は幻想郷で妹紅と再会した時を思い出す。

「地上の人間が、千年の時を経てもなお、人で在り続けたことに」
悠久の時の流れは全を風化させる。怒り、憎しみ、愛情さえも。

「藤原妹紅にとって蓬莱山輝夜は敬愛する父を誘惑し、辱め、自分に不死の呪いをかけた魔性の月人。殺して八つ裂きにしても飽き足らない敵。私への憎悪の炎は千年の時を経て消えるどころか、なお燃え盛っていた。妹紅は千年の時を経て驚くほど人なのよ。私との勝負に勝っては喜び、負けては怒る、自分を残し消える命を哀しみ、あなたと共に在る時間を楽しむ」
輝夜は慧音に歩み寄る。

「慧音。あなたが惹かれた妹紅の輝きは、復讐の炎。それを無くしたとき妹紅はどうなるか、分かるでしょう」
「……それが妹紅との争いを止めない理由か」
輝夜は遠い昔を振り返る。

「私は覚悟の上で蓬莱の薬を使った。望みを叶える術が他になかったのだから。永琳もそう。でも、妹紅は違う。知らずに蓬莱の薬を飲み、永遠の生という牢獄に繋がれた。流れる時に心をすり減らし、訪れぬ死を渇望する」
慧音は半眼に閉じられた輝夜の眼に、どこまでも深い漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。

「彼女はそんな生き方を望んではいなかったでしょうね」
瞳を閉じ、月の姫は自嘲気味に呟いた。

「永遠を生きる妹紅の糧が復讐なら、この輝夜、冷酷に無慈悲にありましょう。彼女の父を誘惑し、辱め、彼女に不死の呪いをかけた魔性の月人としてありましょう。それが望まぬ永遠へ彼女を巻き込んだ私のせめてもの償い」
「その結果、妹紅がこの世から消えたとしたら」
「望まずして永遠を生きる者には死こそ救い。そのことが分からないあなたではないでしょう。そして、妹紅から無理に復讐を取り上げることはできない。仮にそうしたなら、妹紅の心は流れる時に侵食され磨耗し消えてしまう。心なき生など草花と同じ。草花ならその容姿を愛でる事もできるけど。それとも、そんな妹紅をあなたは見たいのかしら」
「そんなことを、望む訳ないだろ」
頭を振って即答する慧音を、輝夜はさらに問い詰める。
「知識と歴史の半獣のあなたがその力の全てを使えば、私と妹紅の過去を、歴史を無かったことにすることも可能でしょう。私の返答次第ではそうしていたのでしょうが、今でもその覚悟がありますか。妹紅が妹紅でなくなることに耐えられますか」

慧音は視線を落とし俯く。
今のままの妹紅の傍に、今のまま在り続けたい。
この想いはただのエゴなのか。

輝夜と妹紅の過去を、歴史を無かったことにする。

妹紅の為にやろうとしたことは、本当に正しかったのか。
妹紅の命が消えることに耐えられないなら。
その在り方が変わることに耐えられるのか。
妹紅が妹紅でなくなることに耐えられるのか
ただ自分勝手な理由で、取り返しのつかない事になるところだったのではないか。



“月がただの石炭みたいな塊なら、人は月に幻想を抱いたかしら”

輝夜の言葉が頭をよぎる。



「……月は、月のままで良い」
「落ち着いたようですね」
輝夜はじっと慧音を見つめる。

「すまない、輝夜殿、今夜はどうかしていたようだ」
慧音から永遠亭に来た当初の狂気に満ちた想いが消えていた。
満月の夜だというのに、体から高揚感は無く、心は波ひとつない水面のように穏やかだった。

「ほんと、どうかしていたわよ。まるでなにかに憑かれていたみたい」
広間より庭に面した廊下に出て、月の光を一身に浴びる輝夜。

「人は色々な灯火を心に灯す。今は復讐の業火で燃えている妹紅の心にも、別の火を灯すことができるのではないかしら。例えば」
「例えば、なんだ」
月明かりを背にした輝夜に見つめられ、慧音は嫌な汗を流す。

「誰かを想い、燃え盛る愛の炎なんて良いじゃない」

一瞬意識を失いかけた。

「な、な、な、な、なにを」
「あら、真っ赤になって、ほんとに可愛いわね」
慧音自身、顔から火が出るほど赤くなっているのが分かる。

「ば、ば、ば、馬鹿をいうな、わ、私と妹紅はただの、その、そう、ただの知り合いで」
「誰もあなたが妹紅の想い人なんて言ってない…」
「なに!?じゃあ、あれか、黒白か?黒白なのか!?あの与太郎が、いつのまに妹紅を毒牙に……。そんな歴史は無かったことに」
廊下から飛び出そうとする慧音。



「ブリリアントドラゴンバレッタ」



「落ち着いたかしら」
「度々すまない」
輝夜の弾幕を、つっこみ程度ですます。
満月の夜の白沢の面目躍如といったところだろう。

「この幻想郷で、妹紅を好きで好きで大好きで。妹紅が心配で心配で堪らなくて。単身永遠亭に殴りこんでくるような奇特な人が、あなた以外いますか」
「ふむ、私の他居るまい」
エヘンと大きな胸を突き出す。

「……いろいろ言いたいけど、まあいいわ。妹紅もあなたの想いに気づかないほど鈍感じゃない筈。少なくとも憎からず思っているのは間違いないわ」
「本当か、なら妹紅の心を私への想いで満たせば…」
己の夢と希望を満たす方法を見出し、歓喜する慧音。

「千年早いわよ、上白沢慧音」

慧音の前に立ちはだかる輝夜。

「妹紅のわたしへの想い(憎悪)に比べたら、あなたへの想い(愛情)は千分の一にも満たない」
「なにっ」
まるでようやく征服した最高峰、頂上で喜びをかみ締めるのも束の間。
雲の切れ目の向こうにさらに高い山の頂を見たかのような敗北感。
小柄な輝夜が放つプレッシャーは、聳え立つ山の如く慧音を圧倒する。

「時の長短が全てを決めると思うな、蓬莱山輝夜」
悔しげに言葉を吐き出す慧音。

「せいぜいがんばりなさい」
慧音の挑戦を真っ向から受けて立つ輝夜。
見えない戦いの火花が彼女達の間で飛び散る。



突然、夜の帳を裂き竹林に炎が巻き上がる。
警報が鳴り響き、永遠亭のイナバたちが慌しく動き出す。

地震、雷、火事と妹紅。

自然災害と並び称される迷いの竹林名物。
藤原妹紅の襲来である。

「てゐ、てゐ!」
輝夜に呼び出された幸運の白兎。
今は焦げて半分黒くなっていた。

「あなた、ちゃんと妹紅に慧音を迎えにくるように伝えたの」
「ちゃんと伝えたウサ。間違いないウサ」
「きちんと手紙も渡したの」
「もちろん、姫の手紙もそのまま渡したウサ」
「一緒に行った鈴仙はどうしたの」
「鈴仙ちゃんは、いきなり暴れだした妹紅から私を逃がすため、自分が犠牲に……ウサ」
輝夜に答えながら、てゐは目を真っ赤にして涙を流す。

「良くやったわ、てゐ」

月の姫は満足そうに迫り来る炎を見る。
永遠亭の直上。
夜空に現われた炎を纏った不死鳥。

「「妹紅」」
輝夜と慧音から彼女の名が飛び出す。

「慧音、大丈夫か」
無事を確認し、輝夜に厳しい視線を向ける。

「慧音を人質にとるなんてどういうつもりだ、こんな脅迫状まで送りつけて」
投げつけられた分厚い書状を目にする輝夜。

「さすがてゐ、いい仕事しているわね」
慧音と永琳は辺りを見渡すが、すでにウサギの姿はなかった。

「どういうつもりなんて、聞くまでもないでしょう」
輝夜は着物を脱ぎ捨てる。
その下は普段の洋装。

「まて、妹紅、話をッ」
戦いを止めようとする慧音は突然倒れこむ。

「慧音」
「どこへ行くの、妹紅」
輝夜は蓬莱の玉の枝を手に妹紅の行く手を塞ぐ。

「輝夜、おまえ慧音に何をした」
「べつに、ただ“お茶”をご馳走しただけよ」
悪ぶるでもなく輝夜は答える。
満月の夜、妖よりになった慧音を動けなくする“ただのお茶”を淹れるとは、恐るべき月の頭脳。

「さて、休戦協定中だけど。どうする妹紅」
「慧音をこんな目に遭わせて休戦も何もあるか」
妹紅はスペルカードを取り出す。

「年末のことをもう忘れるなんて、ボケたのかしら」
気の毒そうに言う輝夜。

「今年は勝って、気分良く始めてやるさ」
その言葉を合図に、今年最初の弾幕戦が始まった。



「あなたも大変ね」
倒れた慧音に歩み寄る永琳。

「あの姫に仕える従者ほどではない」
あっさりと起き上がる。

「私が煎れた“お茶”を飲んで、こんなにすぐ動けるようになる筈ないのだけど」
「“お茶を淹れた”歴史を無かったことにしただけだ」
慧音の言葉に、なるほどと得心する永琳。
夜空に飛び交う華麗な弾幕を見上げる二人。

「いいの、止めなくて」
「ああ、好きなだけやらせてやるさ」
「来た時と同一人物とは思えないお言葉ね」
弾幕戦の形勢は妹紅が有利へと傾いている。

「おまえの姫はなかなか凄いな」
「ええ、一緒にいて飽きないわ」
「……あの姫にして、この従者ありか」
「ありがとう、今お茶を淹れなおすわね」
満面の笑みで答える永琳を見て、溜息をつく慧音。
「今の輝夜があのようにあるのは、幼少時育った環境が多大に影響しているのだろうな」
「それ以上ほめても、茶請けくらいしか用意できないわよ」
照れながら羊羹を出す月の頭脳。

幻想郷の平和のために、この月人師弟の歴史を無かったことにすべきではないのか?

慧音は、新たな懸案事項を新年そうそう抱え込む羽目になった。



弾幕戦も終盤、輝夜を追い詰めた妹紅は止めのスペルカードを出す。

「パゼストバイフェニックス」

避けられないと悟った輝夜。
一瞬後。

「ブディストダイアモンド」

捨て身の輝夜の放ったスペルは、勝利を確信し油断した妹紅を直撃。



「相打ちか」
「そのようね」
慧音の問いに答える永琳。
試合に勝って勝負に負けた。
死に体の輝夜の放ったスペルはルール上無効だが、輝夜はそれを認めないだろう。
苦労人の割に根が素直で単純な妹紅に対し、月の頭脳の英才教育を受けた輝夜。
弾幕勝負なら兎も角、口論では妹紅の分が悪い。
結果、今年最初の弾幕戦は引き分けとなるだろう。
やれやれと、それぞれ妹紅と輝夜の墜落ポイントに回収にむかう。

「ねえ、訊いて良いかしら」
「なんだ」
救出に向かう道すがら、永琳は慧音に話しかけてきた。

「姫と妹紅を取り合って。あなたに勝ち目はあるの」
「言っただろ、時の長短だけが全てじゃない」
「よければ、惚れ薬でも調合しましょうか」
永琳の提案を、慧音は首を左右に振って断った。



「このバカ輝夜、最後のスペルは無効だ」
「自分の未熟さが生んだ結果よ、倒された事実を認めなさい」
「お前だって動けないだろうが」
「あら、妹紅は動けないのかしら。その有様で勝ちを主張するなんて無様ね」
「殺す、絶対殺してやるからこっちへ来い」
「嫌よ。高貴なものは自ら動いたりしないの。あなたが私の下へ来ればいいでしょ」
「今すぐその舌引き抜いて、喉下掻っ切ってやるからそこを動くな」
「まあ、怖い。ほんとによく吠える負け犬ね」
「だれが負け犬だ、蓬莱ニート」

竹林の中で、妹紅と輝夜の聞くに堪えない言葉の応酬が繰り広げられる。
二人の墜落ポイントは三間と離れていない。
輝夜の炭化した体からはプスプスと煙が立ち上り、妹紅の体に開いた無数の穴からゴボゴボ血が溢れ出る。
慧音と永琳が回収に来たときも、目を覆いたくなるような惨状のなか、両者の口喧嘩が続いていた。

「頭が吹き飛んでくれていたほうが、静かで良かったのに」
永琳は輝夜に肩を貸し。

「妹紅、帰るぞ」
慧音は妹紅を抱えあげる。

「「次は絶対殺す」」

最後に輝夜と妹紅は物騒な別れの挨拶を交わし、それぞれ保護者に連れられ帰路に着く。



「姫、もう行ってしまいましたよ」
妹紅と慧音が飛びさるのを確認した永琳

「最近、妹紅も手強くなってきたわ。少しは手加減しなさいよね」
なんとか永琳の肩を借り、立っていた輝夜だったが、ガクリと膝から崩れ落ちた。
永琳はしっかりと輝夜を支え、妹紅と慧音が飛び去った夜空を見上げる。

藤原妹紅と上白沢慧音。

鳳凰と白沢。

両者は古代より、優れた為政者の前にのみ姿を現わす、吉兆の聖獣。
今は敵対しているが、その聖獣が輝夜の前に姿を現した。
それが、なにを意味するか。

見上げた、夜空には輝く月。

治める国は遥か遠く。従う民も今は昔の月の姫。

それでも……。

「帰るわよ。永琳」

ハッと驚き、輝夜の顔を覗き込む永琳。

「永遠亭へ、いいわね」
「……はい、姫様」
永琳は思考を中断し、自身に言い聞かせる。

あせることは無い、時間は十分あるのだからと。

月の姫と従者は永遠亭へ帰っていく。




*******




夜明け前の深い闇の中。
慧音は妹紅を胸に抱え飛んで行く。

「輝夜の奴、絶対私の勝ちだったのに」
「そうだな、妹紅」
「あの小憎らしい顔を悔し涙でグチャグチャにしてやる」
「がんばれよ、妹紅」
「……」
「どうした妹紅」
妹紅は戦場を後にしてからずっと輝夜への悪態を吐いていたが、それも尽きたのか慧音の腕の中で寝息を立てている。

「それにしても……」
小さく溜息を吐く。
輝夜の悪口になると幾らでも出てくるらしい。
千年を超える二人の確執からくるものだろうが、妹紅の輝夜への想いの深さ、重さを感じずにはいられない。

今宵、月の姫が知識と歴史の半獣に与えた難題。

蓬莱山輝夜への怨念にも似た想いを凌駕するほど、上白沢慧音は藤原妹紅の想いを得られるのか。

この難題の答えなど分からない。

しかし、慧音は信じている。
満月の夜。妹紅のため、永遠亭を訪れた慧音。
勘違いとはいえ、慧音の身を案じ、永遠亭に乗り込んできた妹紅。
二人の想いが同じであると。

“よければ、惚れ薬でも調合しましょうか”

永琳の言葉を思い出し苦笑する。
妹紅と輝夜の間に流れた、千年を超える歴史が想いを創ったのなら。

「白沢の名にかけて」
妹紅の寝顔に微笑みかける。

「これから歴史を創っていくさ」




*******




「てぇぇぇぇえ~ゐぃぃぃぃい~!」

イナバたちが群がる大広間の襖が乱暴に開けられると同時に、
月のウサギの怨嗟の叫びが低く響いた。
両手に銃器を構え、血走った眼で広間を見回す。

妹紅襲来の復旧作業がようやく終わり。
遅い朝食をとっていた永遠亭のイナバたち。
しかし、その中に探すウサギの姿はなかった。

「どうしたのウドンゲ」
月のウサギの師匠が話しかける。

「てゐなら荷物をまとめてさっき出かけたわよ。なんでも自分探しの旅とかなんとか言っていたけど」
永琳は遠くを見つめる。
妹紅の弾幕でズタボロにされた、鈴仙=優曇華院=イナバの永遠亭への帰還をもって、今回の騒動は幕となった。

初投稿でございます。

カリスマ溢れる輝夜を書いてみたかったのですが、

いかがでしたでしょうか。
綾宮綾
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コメント



0.970簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
非常に面白かった

・・・うどんげが部長w
2.80名前が無い程度の能力削除
gj
4.70三文字削除
凄い・・・まさに殺し愛の二人の関係が良く書かれていました。
憎い敵であり続けるのが、妹紅への償い・・・なるほど。
6.70名前が無い程度の能力削除
なんでもかんでもうどんげを不幸にすれば落ちるってところがなければよかったのに。
8.80桶屋削除
 中盤の言い回しあたりが最高に面白かったです♪
9.80名前が無い程度の能力削除
てゐが良い仕事をしててふいたww
13.80名前が無い程度の能力削除
あえて、こんなときでも出てくる彼女のプレイボーイ(?)ぶりに敬意を表したいww
15.無評価綾宮綾削除
感想ありがとうございます。
作品で応えるのが本来のすじですが、遅筆故この場で失礼いたします。

初めていただいた感想が高評価。感謝いたします。最後の場面はご指摘通り、あのシーンを脳内再生して書きました。

感想ありがとうございます。読んでいただき、楽しんでもらって幸いです。

三文字様 感想ありがとうごさいます。東方キャラクターに破綻がないようにと気をつけました。

感想とご指摘ありがとうございます。未熟者故思いついたネタを詰め込みすぎました。ご容赦ください。

桶屋様 感想ありがとうございます。拙作は輝夜と慧音の対話シーンがどんどん膨らんでできました。

感想ありがとうございます。妹紅を引っ張り出すのにてゐは適任でした。輝夜の台詞は某鑑定の人のを拝借。

感想ありがとうございます。場面転換のアクセントのためご登場願いました。彼女の存在感は凄いですね。
17.70名前が無い程度の能力削除
てゐはさすがだなw
24.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!永遠亭もけーね先生も妹紅もみんな魅力的でした。
27.100名前が無い程度の能力削除
輝夜と妹紅の罵り合いが酷い。あえて悪の字を背負う輝夜、妹紅は気づいているのかいないのか…。
32.100名前が無い程度の能力削除
簡潔だけど必要十分なSS。