Coolier - 新生・東方創想話

雪融け

2008/02/29 06:22:26
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 「ほらみなさい。これじゃあ今日のパーティは出られないわね。」
「うぅ~っ・・!」

雪がはらはらと舞う湖畔に佇む紅い館。その主と主の妹君は朝から少々機嫌が悪かった。






「全くフランの我侭にも困ったものね。」
「クリスマスパーティの事ですか?」
「まさか、大晦日パーティなんて紅魔館(ココ)でやるわけがないでしょ?」
「大晦日はパーティでも何でもありませんが。」

不機嫌そうにどさっと音をさせて腰掛けたレミリアは手先でくいくいと従者に茶を要求する。
咲夜もまたそれを見越していたかのように紅茶を淹れて差し出した。

「お茶受けは如何致しましょうか?」
「要らない。その代わり、フランの面倒をみられるメイドを探しといて。」
「かしこまりました。」

咲夜が一礼し、レミリアが瞬きすると、もうそこに咲夜の姿は無かった。
紅茶を一口飲み、ほぅ、とため息を吐くと机に肘を乗せて手を組み、物想いに耽る。

―いつもお姉様は私を除け者にする、か。

こちとらそんなつもりは毛頭無いのだが、妹がそう思えてしまうのも無理が無いだけあって、余計にため息が漏れる。







 発端は、レミリアがつい先日まで患っていた流感だった。
永遠亭の医者もとい薬師によれば、今年は幻想郷中で猛威を振るっているらしく、
特効薬を作る暇が無い程に往診が多いのだと言う。とりあえず、ということで
試しに薬を置いて帰って行ったのだが、飲んでみたら嘘のように治ってしまった。
ところが病気というのはタチの悪いもので、今度は妹に伝染(うつ)ってしまったのである。
幸いにしてレミリアの時には良く効く薬があったので、薬を届けてもらおうと要請したものの、
あちらがよこすと言っていた使いの兎が未だにやって来ない。

「とにかく、熱を測ってみましょう。」

ぼーっとしているフランドールの額に自分の額をぴたっとくっつけるという何とも古い方法で咲夜が熱を測る。

「あら、少し熱っぽいですね。今日は安静にお休みになられたほうがよろしいかと。」
「そうね・・フラン、今日は部屋で大人しくしていなさい。」
「嫌よ。だって今日は霊夢達が来るんでしょ!?」

レミリアに反発してガタン、と席を立ったフランの体がぐらりと傾いた。

「おっと。」

すかさず咲夜が支えて一旦椅子に座らせる。

「ほらごらんなさい。これじゃ、今日のパーティは出られないわね。」
「お姉様の鬼!悪魔!人でなし!!」
「吸血鬼だし悪魔といえば悪魔だし当然人じゃないわね。はい、お休みなさい。」

そう言って、フランドールに催眠術を掛ける。

「うぅ~っ・・!お姉様はそうやっていつも私を除けも・・のに・・・。・・。」

姉を睨み付けていたフランドールの眼差しが、次第にとろんとしていく。

「・・美鈴。」
「は、はい!」
「外に出る前に、フランを部屋に寝かせておいて頂戴。」
「かしこまりましたっ!」

フランドールの我侭に付き合わされた後のレミリアは決まって不機嫌になる為、美鈴の返事はやけに気張ったものであった。
レミリアはその後姿を暫く眺めて、やがて勢いよく腰を下ろした。そうして今に至るのである。

「かといって今更中止にもできないわね・・。」

どうしたものかと両手に顔をうずめてみる。紅魔館で催す以上、主である彼女がパーティを抜け出して
妹の傍に付きっきりという訳にもいかない。雪はかなり積もっているが、あの連中はそんなことはお構いなしに
やってくるに違いない。というよりは、呼んでしまった以上「今日になってやっぱりナシ」というのはどうにも気が引けた。









結局、そのまま日は暮れ切って、騒がしい客人がやってきた。


「それで、お姉様は楽しくパーティに出てるってわけ?」
「フランドール様、レミリア様は紅魔館の主ですから、
主が会場を抜け出すわけには行かないのですわ。代わりに私が、今夜はずっとお傍に居ますから。」

紅魔館地下、フランドールの私室。
レミリアはフランドールの面倒をみられるメイドを探しておけとは言っていたが、咲夜は経験上
その役目が自分に回ってくることは分かっていた。美鈴が気遣って申し出てはくれたが、
彼女にしても若干腰が引けているのは見え見えである。はっきりいってビクビクしながら
フランドールに接していると、逆に彼女を不機嫌にしてしまい危険なのだ。

「嫌!私もパーティに出たい!」

フランドールが跳ね起きて歩き出すが、平衡感覚が狂っているらしく足元がおぼつかない。
と、よろりとフランドールがバランスを崩した。

「あっ・・。」
「危ない!」

ゴツン。

戸棚に突っ込みそうになったフランドールの頭をとっさに手を伸ばして庇った、
が、代わりに咲夜の右手が戸棚の角とフランドールの頭に挟まれる形となった。
響いたのは鈍い音だけ。

「・・っ・・!」

思わず呻吟する。最初は右手の筋がおかしくなったのかと思われた。程なくして熱を持った手の甲から血が流れだす。
それを見て咲夜は顔を顰めたが、自分の怪我をどうにかしようとせず、自分にもたれているフランドールを気に掛ける。

「妹様、お怪我はありませんか?」

熱いという感覚しか無い右手を後ろに隠してフランドールを覗きこんだ。

「あ、うん。大丈夫・・。」
「そうですか、良かった・・。」

これ以上こじらせてしまうと、せっかくお外に出られる来年の初詣にも行かれなくなってしまいますよ、
という説得でどうにかフランドールをベッドに押し止める事が出来た。

「今、何かお飲み物をお持ちしますね。」

そう言い残して、フランドールの部屋を後にする。
改めて右手の甲を見ると血が滴っており、紺色のメイド服のスカートの裾に赤茶の染みを作ってしまっていた。

「痛・・。」

恐る恐る傷をなぞってみると途端にズキズキと痛み、思わず身震いしてしまう。

「咲夜さん?」
「誰?」

暗がりの廊下では少し離れた他人の姿が良く見えない。が、どうやら相手は見知った門番らしい。
反射的に手を後ろにやって隠す。

「美鈴?」
「はい。妹様の様子を見に行かれるというので、お嬢様をお連れしたんですけど・・。」
「フランは寝てる?」

美鈴の後ろにはレミリアが居た。美鈴の方が背が高いため、すっぽり隠れてしまって正面からでは見えない。

「いえ、今はベッドで横になっておられますが、
起きていらっしゃいますわ。今、飲み物をお持ちしようと思っていた所です。」
「そう、それじゃ、私の分も頼むわね。アルコール抜きで。」
「かしこまりました。」
「私も手伝います!」

咲夜がレミリアに一礼してすれ違い、調理場に向かおうとすると、不意に呼び止められる。

「あ、待ちなさい咲夜。フランがまた大暴れしたのね?」
「何の事でしょう?」
「それだけ濃い血の匂いをさせておいて、何も無かった訳ないでしょうに。」
「敵いませんわ、お嬢様には。」
「病気だからといって大暴れが許されるわけじゃないわね。きついお灸を据えてやらないと。」
「お待ち下さいお嬢様。この怪我は妹様のせいではありません、単なる私の不注意です。」
「庇わなくていいよ。フランの為にならない。」
「庇っているわけではありませんわ。」
「・・まぁいいよ。とにかく手当てを済ませてしまうこと。」
「はい。」

レミリアはそれ以上深く追求せず、踵を返してフランドールの部屋へ入って行った。
咲夜はそれを見送ってから前掛けを外して傷を縛り、調理場へ向かおうとするが、今度は美鈴に手を掴まれる。

「駄目ですよ咲夜さん。まずはその怪我を手当てしないと。」
「大丈夫よこれくらい。」
「駄目です。放っておくと傷口から雑菌やらなにやらが入って大変なんですから。直ぐ済みますから、こっちに来てください。」
「ちょっと・・!」

引きずられるままに広間に隣接する調理場を通過して外へ出る。そのまま美鈴の門番小屋に来てしまった。

「えーっと、確かこの辺に・・あ、あったあった。」

美鈴が取り出したのは茶色の薬瓶のようなもの。

「ねぇ美鈴、何それ・・。」

瓶の中から彼女が取り出したのは、いかにも怪しいですといわんばかりのしわくちゃになった植物だった。
まさかこれを刻んで飲めとでもいうのか。流石の咲夜も顔が引き攣っている。

「これはですね、私の秘蔵の薬草なんですよ。今調合しますからちょっと待ってて下さいね。」
「いやいやいや。その草花で何をしようっていうのよ。」

ものすごい勢いで首を振る咲夜。

「大丈夫ですってば。これは私も何度も飲んでますし、結構良く効くんですよ?」
「説明になってないわ。」
「頑固ですね咲夜さんは。分かりました、それじゃこっちに来てもらえます?」

そういって備え付けられた小さな調理台に咲夜を誘った。
誘われるままに湯の煮立っている鍋を覗き込むが、まだ何も入ってはいない。

「このお湯を使って煎じ薬を作るんですよ。まずはこっちですね。」

そう言って美鈴が手に取ったのはいわゆるひげ根という形をした根っこの植物。
但し、もはや枯れた後のようで全体的に黄ばんでいる気がする。

「それ、賞味期限切れじゃないの?賞味期限と言うのかどうか知らないけど。」
「いえいえこれでいいんですよ。これはワレモコウと言いまして、使うのはこの根茎の部分なんです。」

適当な量を鍋に放り込み、火を弱める。そのまま暫くぐつぐつと煮込むとおもむろに鍋を火から揚げ、
茶漉しで濾して液体だけを残す。

「さてと、あれを冷ます間にこっちですね。咲夜さんもこっちは見た事があると思いますよ。」
「これは・・随分縮れているけどミツバかしら。」
「その通りです。生薬名だと鴨児芹と言います。
さっきのワレモコウは消毒・止血。こっちのミツバは内服して消炎用として使うんです。」
「意外と薬草に詳しいのね。」
「いやはや、実は通りすがりのご老人に教えて頂いたんですよ。とは言っても、
使っている植物の名前を教えて頂いただけですけどね。お恥ずかしい事ですが私が作れるのはこれだけだったりします。」

あはは・・という照れ笑いは後姿に隠されては居たものの、想像には難くなかった。

「門番の仕事サボってそんなことばっかりやってたわけね・・。」
「ち、違いますって!弾幕ごっこに負けて倒れていたら、その方が通り掛かってこのお薬を下さったんです。」
「負けたって、誰に?」
「それは、その・・。」
「まぁ、どうせ魔理沙でしょう。いつものことね。」
「い、いえ・・咲夜さんがここに来る前のお話ですから、きっと知らないと思います。」
「そう。」

咲夜は興味なさ気に空返事をしたが、その方がありがたかった。
美鈴としては口が裂けても、居眠りしていた為にご立腹だった「お嬢様」を「侵入者」と勘違いして、
寝ぼけたまま弾幕ごっこを仕掛けたなどとは言えなかったからだ。もちろん結果は悲惨極まりないもので、
パチュリーが止めなければ美鈴は今頃ここに存在しなかったと言っても差し障りなかろう。

ワレモコウを煎じた汁で傷を洗い、汁に浸したガーゼを傷にあてがって包帯を巻き直す。
手渡されて飲んだミツバの煎じ薬は、非常に苦かった。もしかすると気休め程度なのかも知れないが、
それでも幾分マシになったように思えた。

「さて、急いで戻らないとお嬢様がご立腹だわ。」
「でしたら、これを持って行きませんか?」

美鈴が手にしているのはガラスで出来ているらしいポット。
中には黄色味を帯びた薄茶色の液体が入っている。

「ジャスミン茶ね・・いつも紅茶ばかりだから、たまにはいいかも。」

雪が一層降り積もる中、門番小屋を後にして地下にあるフランドールの部屋へ急ぐ。
広間では皆が酒盛りをしており、いつも通りの連中が大騒ぎしている。
そんな喧騒を背に聞き取りながら、咲夜はふと思い出した。

病人にはやっぱり栄養のあるものが良いわね・・妹様、玉子酒は飲めるのかしら。

美鈴に先に行っていてくれと伝えて、咲夜が時たま嗜む程度に飲む日本酒と玉子を探して調理場へ向かう。
程なくして日本酒と玉子を見つけると、日本酒を火にかけてアルコールを飛ばし、火を止めて暫くしてから
溶き玉子を混ぜ合わせる。砂糖が見当たらなかったので、補充しなければと思いながら蜂蜜で代用した。

「・・・よし、こんなものね。」

鍋に蓋をしてそのまま地下へ持って行こうとすると、それを見つけた魔理沙が寄ってきた。

「おっ、玉子酒じゃないか。美味そうだな、飲んでも良いか?」
「残念だけどこれは駄目よ。妹様にお出しするものだから。」
「あー、そういやフランのやつはどうしたんだ?今日はずっと姿を見せないが。」
「妹様は不運にもお嬢様の流感が伝染ってしまったのよ。」
「それは大変だな。良く効くキノコなら格安で譲ってやるぜ?」
「あなたのキノコは美鈴の漢方薬より信用ならないわ。」
「そんな馬鹿な!」

愕然とした表情でぽろりとキノコを取り落とす魔理沙。

「なんでそんなに自信満々なのよ。大体それ、ドクツルタケじゃない。」
「え、これタマゴテングタケじゃなかったのか!」
「どっちにしても猛毒。弱ってる妹様に食べさせたら大変なことになるでしょう!」
「ちぇっ、折角美味そうだと思ったのに・・・。」
「見た目でキノコ採取してるのに未だ中毒(あた)ってない幸運に感謝なさい。」
「あぁうん、いつもキノコを採るのはあの兎がいる竹林だからな。幸運アイテムのフル活用ってやつだ。」
「教えなければ今日がその不運なキノコ採取の記念すべき第一回だったのかしら。」
「いや、こいつは薬にして霊夢のお茶に混ぜる気だったやつだぜ。」
「・・・まぁ、片付けが面倒にならない程度に騒いで頂戴。」
「任せといてくれ。あぁ咲夜、これなんかどうだ?」
「何が?」

呼び止められて振り向いた咲夜が目にしたキノコは赤い傘に白い水玉模様、
ついでに柄の部分に目らしきモノに見える模様があった。

「食べると多分巨大化す―」
「却下。」

ピシャリと魔理沙の説明をシャットアウトし、踵を返してつかつかと地下へ向かう。
広間の華やかな雰囲気とは打って変わり、地下のフランドールの部屋へ続く廊下は薄暗く
冷たい空気が漂っている。普段この廊下を通るのはあまり良い気分はしないのだが、
この冷気が腫れぼったい右手には心地良かった。

「失礼致します。」

部屋に入ると、ベッドで身を起こしているフランドールとそこに腰掛けるレミリア、
その傍のテーブルで茶を入れる美鈴。

「栄養補給に玉子酒をお持ちしましたが、飲めますか?妹様。」
「玉子酒って何?」
「アルコールを飛ばしたお酒に玉子を混ぜて甘くした飲み物よ。私もこの前咲夜に作ってもらったわ。」
「ふ~ん・・じゃ、試しにちょっとくれる?」
「かしこまりました。お嬢様は如何なされますか?」
「そうね・・もう散々飲んだけど、まぁいいわ。折角だから貴女達も飲みなさい。乾杯くらいは、ね。」
「では失礼して。」
「パチュリー様をお呼びしなくてよろしかったのですか?」
「パチェに伝染ったら大変だからいいわ。」
「・・私はいいんですかお嬢様~・・。」
「この寒いのに相変わらずスリットの華人娘が何を言う。」
「う・・。」
「お戯れはその辺にして、頂きましょうか。」

咲夜に促されてレミリアが杯を掲げる。

「そうね。それじゃ・・Happy Christmas!」
「「「かんぱーい!」」」

チン、と小気味良いガラス音で祝福を告げた。



 暫くの談笑の後、レミリアはゆっくり休みなさいと言い残して、腰掛けていたベッドを降りた。
妹の頬に軽く口付けて、頭を撫でる。火照った額に当てられた姉の冷たい手が心地良くて
フランドールは大人しく身を預けていた。それ故に、それじゃフラン、また後で。と言って
スッとその手が離れてしまったのには、寂しげに顔を曇らせた。

「妹様、トランプやりませんか?」

美鈴が裏返しにした手札を差し出してフランドールを誘う。
が、フランドールは気の乗らない表情でふるふると首を振り、小さく「いい。」とだけ呟いた。

「あ~・・。」

気まずそうにおろおろする美鈴に、咲夜は見ていられないと言わんばかりに助け舟を出す。

「それでは妹様、私達はちょっと洗い物をしてきますので、少しの間失礼致します。」

グラスを盆にのせ、強引に美鈴を引っ張って部屋を後にする。
部屋を出ているというのに、未だに美鈴はうろたえていた。

「あ~っ・・咲夜さんまずいですよこれぇ・・
絶対次に入った時には不機嫌モードになっちゃってズゴーンとかドカーンとか・・」
「心配要らないわ。」
「え?」

ピッ、と美鈴の目の前に錠剤を突きつける。

「これは?」
「即効性睡眠薬。服用5分でバタンキュー。」
「・・製造元は?」
「ヤゴコロ製薬。」
「・・・。」

二人とも無言で、階段を昇りきった。










 夜中、暗闇の中でフランドールはふと目を覚ました。即効性の物というのは、
効き目が表れるのは早いが、その代わり持続時間は短い物が多い。
暗い私室は、冬は殊更に冷える。
耳を澄ませてみても、廊下の冷気を震わせて聞こえてよさそうな喧騒の一つも、聞こえはしない。
霊夢や魔理沙達は帰ってしまったんだろうか。そんな事を独り、思案していると自分の横に人影が浮かび上がる。

「!!!」

驚いて身を強張らせるが、直ぐにそれが咲夜である事が分かった。
夜通しフランドールの事を看ているつもりだったのだろう。
しかし、このような暗く、寒い部屋で一睡もせずに朝を迎えるのは流石に不可能だったと見え、
咲夜の首はこくりこくりと舟を漕いでいた。


―咲夜、風邪引くよ?

「す・・う・あ・・」

―あれ・・?

「・・・!」

―声が、出ない。


フランドールは目を見開いた。「さくや。」その一言すら、喉を突いて出なかった。
反射的に自分の喉を手で抑えた。炎でも吐き出そうとするかのように息を吐き出し
言葉を紡ごうとするが、彼女の腫れ上がった喉はそれを許さなかった。

―うそ。ウソ。嘘だ!!

訳の分からない恐怖感に、フランドールの目から雫が頬を伝った。今度はその恐怖から逃れようと
暴れ回った。枕を投げ、天蓋を引き千切って遂にはベッドを破砕してしまう。
舟を漕いでいた咲夜がハッと目を覚まし、暴れるフランドールを見て絶句した。

―何故。どうして。何が妹様を。

フランドールの噂だけを聞いたことがある者なら、単なる暴走だと勘違いしていただろう。
しかし咲夜は知っていた。彼女が暴れるのには必ず訳がある。例えどんな些細な我侭が原因だとしても、
フランドールはなんとなく、という理由で暴れた事などない。だから、自然と身体が動いた。
暴れ回るフランドールに飛びついて、宥めるように耳元で話し掛ける。

「妹様落ち着いて下さい!何があったのですか!?訳を・・理由を話して下さい!」

普段のフランドールならこれで大抵は一時的に暴れるのを止める事が出来る。が。

―うるさい!咲夜なんかに私の気持ちが分かってたまるか!!

予想外のこの事態は、フランドールをパニックにするには十分過ぎたのだ。
言語による意思疎通という手段を奪われたフランドールにそれをさせようとしてしまった咲夜へ、
声にならない叫びを上げながらレーヴァティンが叩きこまれた。

―そう・・か・・妹様は・・。

自分の身体が宙を舞う刹那、咲夜の頭に答えが浮かんだ。
しかし、今の一撃で身体は壊滅的なダメージを受け、踏ん張る事など出来る筈も無く
吹き飛ばされていく。仰け反った先には真鍮のドアノブが目に入った。

―不味い。

そう思っても、もはや頭部の衝突を避ける事は出来そうに無かった。

―万事休す・・ね・・。








 目を瞑った咲夜を受け止めたのは、館の主。
そっと咲夜を横たえて、ずんずんとフランドールの傍へ寄って行く。

「フラン。」

フランドールの射程圏内に踏み込んで、レミリアは初めて口を開いた。
その視線は伏せられており、表情までは伺えなかった。

―やっぱりお姉様も私が邪魔なんだ。私の気持ちも知らないくせに・・・!!

熱のせいもあって興奮しているのか、フランドールの感情の暴走は飛躍し、
怒りに変換された恐怖がレーヴァティンに載せられ、レミリアに襲い掛かった。

「お嬢様!!」

意識を振り絞って、動けない咲夜が後ろから叫ぶがレミリアはかわそうともしない。



ズドン!!



 辺りを揺るがす衝撃と爆風で巻き上げられた粉塵の中心に、咲夜は二人の影を認めた。


「・・!!」

フランドールが顔を真っ赤にしてレミリアを押し切ろうとしている。
対してレミリアは、片手だけでそれを制していた。

「・・っ!」

息が荒くなってきたフランドールは躍起になってぐいぐいと剣を押したり引いたりして
レミリアの手中から離そうとするが、レミリアの片手はがっちり剣を掴んでおり、びくともしない。
そのままレミリアは剣を掴んだ手を思い切り引っ張り、空いている手をフランドールの方へ伸ばした。

―しまった!

剣に続いてフランドールの身体がレミリアの方へ引き寄せられ、反対にレミリアのもう片手は
フランドールの方へ伸びてくる。鉄拳制裁を覚悟したフランドールが目を瞑る。




 顔面に伝わるはずだった衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。

「ごめんなさいフラン。せめて、一緒に寝てあげるべきだったのに。」
「・・・!?」

レミリアの片手は妹の顔の真横をすり抜け、その背をしっかと抱きしめた。

「あなたが辛いのに私だけ楽しんで・・姉失格ね、私は。」

―・・・違う、違うよお姉様。私はただ・・・
ただ、声が出なくて、もう一生出なくなっちゃったんじゃないか、って・・怖かった、だけの、筈なのに。

「ち・・か・・。」

それを伝えようとして再三、自分の声が失われている事を思い知らされ、フランドールは泣きじゃくった。
レミリアも只静かに、自分の胸で泣く妹の頭を撫でていた。
剣を素手で受け止めて、火傷した掌が疼くのも構わずに。

―・・邪魔者は退散しないと。

咲夜は、よろめきながら何とか立ち上がり、静かに部屋を出た。その先で、聞き慣れた
うろたえ声を耳にしながらずるずると壁にもたれ、意識を失ってしまった。








 








 翌朝―といっても午前10時頃だが―咲夜が目を覚ますと横に居たのは紅魔館の知識人。
がばっと跳ね起きると、全身に鋭い痛みが走った。呻き声が聞こえたのか、彼女も本から目を上げた。

「随分酷い目に遭ったのね。貧乏くじでも引いたの?」
「いえ、私の至らなさが原因ですから、自業自得ですわ。」
「そう。まぁそれはそれとして、レミィが昨晩私に貴女への言付けを頼んできたのよ。『絶対安静。』以上。」
「はぁ・・。」

ポカンとしている昨夜を尻目にパチュリーは本を閉じて立ち上がり、
半開きにした扉から半身を覗かせて振り返った。

「貴女の世話はこぁに頼むから、今日は大人しくしていなさいな。」
「申し訳ありません、お気遣いありがとうございます。」

動けるものなら直ぐにでも仕事に戻ろうと思ったが、そうもいかないらしい。

「あぁ、レミィの言う通り無理な動きはしては駄目よ。右手骨折、全身強打撲の重症なんだから。」
「えぇ・・肝に銘じておきます。」

自分の右手ががっちり固定されているのを見て、さらに身をよじると骨が軋んだ。
パチュリーと入れ替わりに小悪魔が朝食を手に入ってきた。

「貴女も大変ね・・。」
「お互い様ですから。」

仕える者同士、通じるものがあるのかも知れない。
差し込む朝日に照らされながら、二人は顔を見合わせて笑った。






 広間兼食堂―
「ふー・・やっと落ちつけるわね。」
「何処行ってたんだパチュリー。朝飯ならまだだぜ?」
「貴女と一緒にしないでくれる?それより霊夢。」
「ん?」

ずず・・と紅茶を啜る手を止め、紅白の巫女がこちらを振り返った。

「悪いけど、レミィと妹様を起こしてきて貰えないかしら。
あの二人は寝覚めが悪いから、私がやっても効果が無いのよ。」





「だからって何で私なのよ全く・・。」

ぶつくさ文句を言いつつ、レミリアの寝室へ向かう。

―そういえばレミリアの部屋とフランの部屋じゃ方向も階層も真逆じゃない。
パチュリーめ、喘息なのをいい事に謀ったわね・・。

そうこう考えているうちにレミリアの部屋に着いてしまった。

コンコン。

「レミリア?入るわよ~?」

カチャリと扉を開けて、ベッドの方へ。

「ほらいつまで寝て・・あら・・。」

霊夢が上からベッドを覗くと、レミリアとフランドールが並んで寝息を立てていた。
部屋に入った時は呼吸に合わせて上下するこの掛け布団を引っぺがしてやるつもりで居たのだが。

「参ったわね・・流石の私もこれは邪魔できないわ。」

白旗を振って階下に戻ろうと踵を返すと、後ろから呼び止められた。

「う~咲夜・・?」

振り返るとレミリアが目を擦りながら身を起こしている。

「おはようございますお嬢様。朝食のお時間ですわ。」
「分かった、直ぐ行く~・・ほらフラン、起きなさい。朝よ。」
「んう”~・・」

続いてフランドールが低く唸った。
寝ぼけて霊夢を咲夜と間違えているようだが、霊夢は何となくのってみた。
バタンと扉が閉まって、レミリアは初めて咲夜が動けるはずもない事を思い出した。

「・・?今の、誰だったのかしら・・」
「お姉様?」
「ま、いいわそんなこと。それより喉、治って良かったわね。」
「え?あ・・本当だ・・その・・ごめんなさい。」

昨晩、突然出なくなったフランドールの声は、かすれてはいたが喋ることはできるようになっていた。

「私より咲夜に謝ること。人間は脆いんだから・・さ、行くわよ。」
「は~い。」


レミリアは着替えて、フランドールは寝間着のまま階下へ降りて行く。
咲夜の玉子酒が効いたのか、幸いにして熱も微熱まで下がっており、
喉の症状も昨晩よりは軽減してきたようだった。


食堂に辿り着くと、丁度美鈴の指揮の下、メイド達が朝食を運んできているところだった。

「ようフラン、もう具合はいいのか?」
「あれ、魔理沙・・と霊夢・・とついでに萃香だ。どうして居るの?」
「それなんだがなぁ・・昨日、宴会が終わって帰ろうとしたら、外が物凄い吹雪でな。」
「ついでにレミリアが泊まっていけってしつこいから」
「お言葉に甘えたの。」
「ふぅん・・他の皆は?」
「後の連中は私らより早く帰ってったからどうにかなったんじゃないか?」
「そうなんだ。・・って、お姉様が泊まっていけって?」
「そうですよ。」

フランドールが声のした方を振り返ると、美鈴がエプロンを着けたまま盆を持って立っていた。
その盆の上には深皿に盛られたおじやがのっているようだった。

「お嬢様は妹様のために、三人に泊まっていって欲しいとおっしゃったんです。」
「ちょっと、美鈴。」
「いいじゃないですか、減るものじゃありませんし。」

にこやかに言ってレミリアの制止をやんわり払い、席に着いたフランドールの前に皿を置き、続けた。

「『あの子が目を覚ました時に、いつもの顔ぶれしか残って居なかったらきっと寂しがるから』って。」
「まぁ、どっちにしろ吹雪だったから帰るに帰れなかったけどな。ついでに図書館で読みたかった本もあったし。」
「言っておくけど、持ち出しは禁止よ。」
「分かってるぜそのくらい。」

ひらひらと右手を振りながらも、左手はしっかり腹の辺りを押さえており、
パチュリーは如何にも左手が怪しいと言うようにじっと視線を注いでいた。

「お姉様が・・・。」
「な・・何よどうしたのフラン。・・私がそんな事を言うのがおかしい?」

やはり自分は薄情な姉だと思われていたのか、と目を逸らしながらレミリアがやけ気味に口走る。

「ううん。お姉様が私のお姉様で良かった、って思ったの。」
「・・・何言ってるの。当たり前でしょう。」
「うん!咲夜に謝ってこないと・・ちょっと行ってくるね。」

パタパタと廊下を駆けて行くフランドールの後姿に、「廊下を走っては駄目よ。」と声を掛ける。
「は~い」という返事をしながらも、依然として足音のペースは落ちなかった。

「ふぅ・・美鈴が余計な事を言うから・・。」
「いいじゃないですか。家族は相思相愛こそ在るべき形だと思います。それに・・私の―」
「あー、もういいよ分かった。私が悪かった。だからそれ以上言わないこと。」

ジロリと美鈴を睨んでみせる。今まで彼女から血の繋がった家族の話を聞いた事は、ない。

「すみません。でしゃばった真似を・・」
「・・・ねぇ美鈴。」
「はい?」
「家族って、何?」
「え・・・。」
「血が繋がっている事が条件かしら?それとも同じ屋根の下で生活している事?」
「それは・・」
「まぁ―」

椅子の後脚だけでバランスをとりながら座っていた魔理沙が口を挟んだ。

「私らから見れば、レミリアもフランも、咲夜もお前も。皆まとめて家族に見えるぜ。」
「え?」

なぁ、と霊夢や萃香に同意を求める。二人ともコーヒーを啜ってはいたが話は聞いていたようで、
ええ、とかうん、という返事は返ってきた。

「そういうわけだ。誰がどうだから家族だとか、家族じゃないとか、
そんな理屈は要らないと思うぜ。大体、そんな事当人同士が一番分かってる事なんじゃないのか?」
「・・・そうですね。」
「まぁ、私が家族と呼べるのはフランだけなんだけど。」
「お嬢様ぁ~・・。」
「だってパチェは親友ではあるけど、親友=家族って等式は妙だし。
でも、そうね・・あなたや咲夜も、家族ではないけど似たようなものかしら。」

そう言ったきりレミリアはコーヒーに没頭してしまった。
もう、手元の角砂糖を7つも8つも溶かしてはかき混ぜている。

「私には十分過ぎる幸せです。今、スープをお持ちしますので。」

一礼して、厨房の奥に美鈴が消えた後、霊夢がぽつりと言った。

「素直じゃないわねぇ。」
「せめてシャイと言ってくれる?」

コーヒーをかき混ぜる手を休めてレミリアが噛み付いた。

「それ、一番レミリアに似合わない・・。」

と萃香。余計なお世話よ、と一蹴してコーヒーを口へ運び、ぶっ、と吐き出した。

「甘ッ!!」
「・・貴女は今まで入れた砂糖の数を覚えていないの?」
「・・13個は入れたかなぁ・・。」

その頃。フランドールはカーテンから差し込む日差しを避けながら
咲夜の休んでいる部屋へ向かっていた。積もった雪に反射して差し込む光が眩しい。
けれど、人間には多分この光が健康的なのだろう。咲夜の部屋の前で、ふと立ち止まった。

―どんな顔をして入ればいいんだろう。咲夜、きっと怒ってる。
あれだけの怪我を負わされて、怒らない方がおかしい。
私は、顔を合わせない方がいいのかな・・。でも・・・。

一人で考えあぐねている内に、カチャリと扉が開いた。
フランドールは思わずびくっと背筋を強張らせる。

「あら?おはようございます。メイド長、フランドール様がお見えですよ。」
「あっ・・・!」

小悪魔が、自分の来訪を伝えてしまった。
思わず走って引き返そうとしたが、それは咲夜の返答に止められた。

「妹様?どうされたのですか?」
「・・・?」

その声色に、咲夜の怒りは滲んでいないようだった。
むしろ、フランドールの来訪に驚いているようにすら思える。

「こぁ、悪いけど妹様を中にお招きしてもらえる?」
「分かりました。こちらへどうぞ。」

手を引かれて中へ入っていく。
フランドールは咲夜の顔を見るのが怖くて、目を頑なに瞑っていた。

「妹様・・?」

咲夜は小首をかしげた。ぎゅっと目を瞑っている理由が、解せなかったから。

「咲夜・・怒ってないの?」
「怒る?何をです?」
「だって・・その・・。」

おそるおそる目を開ける。どうやら食事中だったらしく、
咲夜のベッドの横にあるテーブルの上にはまだ湯気の上っているおじやがあった。

「何をお気になさっているのかは存じませんが―」

咲夜は笑ってみせた。

「昨晩の事は事故だったのです。
私が妹様のお気持ちを考えることができなかったのですから、
あれは当然の結果。妹様がお気になさる必要はありませんわ。」
「駄目!それじゃ駄目なの!」

ムキになったようにフランドールがねじ伏せた。
咲夜は困惑気味に「駄目、とおっしゃいますと・・?」と先を促す。
フランドールは深呼吸した。

―ごめんね、とただ一言。それだけでも言わなければ。
それが自分の素直な気持ちだから。そうでないと私は、自分に嘘をつき続ける事になる。

「咲夜。」
「はい。」
「―――







 湖畔に佇む紅魔館。昨晩までの天気はうって変わり、真冬には似つかわしくない
強い日差しが燦々と雪原を照らしていた。彼女の心に積もった雪は、
ゆっくり、しかし確実に融けている。春は、もうすぐそこかもしれない・・・。







 薄氷の張っていた湖に誤って踏み込み、
行方不明になっていた月の兎が湖底から薬瓶と一緒に
氷漬けで引き上げられたのはその翌日の事だったという。
衰弱は酷かったが、奇跡的に命に別状は無かったとか。


Fin.
 こんばんは。先ずは、お付き合い頂きありがとうございました。
風邪なんかで喉の状態が酷い時、本当に声が出なくなるものなんですよね。
私は幼少の頃に一度それを経験して本気で焦った記憶があります。
話の時間軸であるクリスマスからは大分経ってしまいましたが
まだまだ冬、と言わんばかりの寒さです。もうそろそろリリーの時期だというのに・・。
皆様もお身体には十分お気をつけてお過ごし下さい。
小麦粉
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コメント



0.770簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
良い話だな~
中国の漢方薬のワレモコウが“我妹紅”と見えてしまった…
フラン可愛いよ
2.80三文字削除
ウドンゲええええ!!
それはそうと、良いお話でした。
病気の時、家族に優しくされると嬉しくて泣きそうになるときってありますよね。
紅魔大家族、うん、和むなぁ
10.80SAM削除
素敵な紅魔館ほのぼの話ですね。
20.90irusu削除
妹想いのレミリア
21.無評価名前が無い程度の能力削除
竹林にキノコは生えないんじゃないかなあ
24.100南条削除
面白かったです
やさしい紅魔館でよかったです
フランの成長を感じました