Coolier - 新生・東方創想話

紅色の狂月下 一章

2004/07/23 09:03:39
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8月7日。忘れもしない、忌々しい悪夢が始まった朝。恐らく全員が、この日が始まりだったと思っているだろう。私も、最初はそう思っていた。
だが、今にして思うに、あの8月6日の夜以前から、既に悪夢は始まっていたのかもしれない。
何故なのか。それは、私にも分からない。
だが、それは『偶然』でもあるし『必然』でもある出来事の後に生まれた結果であり、それが悪夢へと繋がったのだと、すべてが終わった今、確信をもって言える。
そして、当事者にとって、真の意味で始まりを告げられたのが、10月20日の夜だ、ということも。

あの夜――蒼い満月が、静寂と恐怖に包まれた街を照らしていた、あの夜から。


スコットランドヤード アクター・ディヴァド警部の日記「11月9日」より。






『満月の祝福を受けし者』


――今、僕は、誰かにナイフを向けていて。
――誰かが動く前に、僕はそのナイフを手に、向かっていって。
――誰かは、まったく動かない。
――目の前に立ち、その手を振り上げ、躊躇いなく振り下ろして――


「アルバート。アルバート・フィッシュ巡査」

ナイフが振り下ろされる直前に、低い男性の声が響いた。


「起きろ」
「ん・・・・・・?」

静かに、脳に直接響くような声に、僕はゆっくりと目を開けた。
目の前にいたのは、耳を隠す程度にまで伸ばされた金髪に、所々白い部分が目立ち始めていて、手にはパイプ煙草を持っている中年の男性だった。
そして、僕はこの人を知っている。

「何ですか?アクターさん」

アクター・ディヴァド警部。僕の直属の上司であり、信頼する人でもある。
本来なら、今日は午後から非番の筈なのだけれど、ここにいるということは、何かあったのだろうか。
ねむけ眼をこすりながら聞くと、アクターさんは呆れたような表情になった。
呆れる理由が分からずに首を傾げる僕に、アクターさんは煙草をふかしながら言った。

「お前、今日は巡回の当番だろうが。忘れたとは言わさんぞ」
「あ・・・・・・」

思いっきり忘れていた。そう言えば、今まで寝ていたのも、巡回に備えての仮眠だったような。

「まったく・・・・・・まあいい、いくぞ」
「はい」

慌てて立ち上がり、近くの椅子にかけていたコートを掴み、着込む。
そして、アクターさんの後に続いて外に出る。足元には微かな霧と、空には蒼い満月。
もう季節は秋だ。夜はコートがないと肌寒い。

「あれから1ヶ月近く経ちますが、動きがないのが、かえって不気味ですね」
「手紙は4日前にきたが、事件自体は、な。あの手紙も、妙に模倣みたいだったがな」
「そうですか?」
「ああ、先月の30日の事件の時にあった壁の血文字は、文法、スペル共に間違えていたからな。わざと間違えたのか、本当に間違えたのかは判断しづらいが・・・・・・恐らく後者だと思うね。あくまで勘だが」

そう言って、アクターさんは周囲を見渡す。
静まりかえり、物音一つない、完全な静寂に包まれた街。
これが、圧倒的な工業生産能力を誇るイギリスはロンドンの、昼間の喧騒とはあまりにもかけ離れた夜の顔。
なぜなら――

「正体不明の殺人者『Jack the Ripper』・・・・・・か」

アクターさんは忌々しげに呟いた。

「何の目的か分からんが、あんな殺しが出来るなんて、まともな精神じゃないな」



ロンドンを恐怖に陥れた悪夢が始まったのは、忘れもしない8月7日。
最初の犠牲者は、マーサ・タブラム。全身に刃物で刺された跡があり、内9箇所は喉だった。
それから約1ヵ月後の9月1日から30日までの間に、分かっているだけで4名の女性が殺されており、全員の死体は直視できない程の凄惨さだった。
そして、30日には、現場から少し離れた場所に、血文字で「ユダヤ人は何も悪いことをしていない」と書かれてあったが、文法、スペル共に間違いがあった。
それから2週間以上経った、10月16日、警察署に、日付が9月25日と記され、肉片の入った手紙が送られてきた。この手紙の文法に間違いはなかった。

そして――奇妙なことは、これらすべての事件において、目撃者はおろか、不審な物音を聞いた人が、一人もいなかった、という点だ。
口を塞いだ上で喉を切った、と言うのが、今のところ有力な殺害方法だけど、本当かどうかは勿論分からない。

夜のロンドンの街を巡回する、というのは、10月17日に決められた。
16日のユダヤ人達の居住区で大規模な捜索が行われた際――明確な根拠はなく、激しい差別のせいで――逮捕者が出たにも関わらず、その全てが誤認逮捕だった、ということに、上の連中もやっきになったんだろう、とアクターさんは呟いた。
巡回する、という点には、僕も賛成なのだけれど。

「ま、何事もなければいいんだよ。何事もなければ・・・・・・な」

どこか含みを持たせた言葉に、僕はその理由を聞きかけて――その後すぐ、その理由を身をもって知ることになった。


――ドンッ


「うわ?」
「きゃ・・・・・・!」

角を曲がろうとした瞬間、向こうから走ってきたと思われる人物と正面衝突してしまったのだ。
僕のほうはなんとか踏ん張れたが、ぶつかってきた人のほうはそうもいかなかったらしく、尻餅をついていた。

「あいったぁ・・・・・・」
「すみません、大丈夫でしたか?」

手を差し伸べると、その人――肩まで伸ばした銀髪に奉仕服を着ている少女は、涙目になっていたけれど、僕の手を掴んで「はい」と答えた。

「すみませんね、うちの部下がそそっかしいばかりに」
「アクターさん」

僕は憮然とした声を上げる。
今のは決して僕だけのせいではない・・・・・・筈だ。

「あ、いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」

僕の声色で不機嫌だと判断したのか、少女は微笑んで言って、急に真顔になった。

「申し訳ありません、助けてもらえませんか?」
「「は?」」

あまりにも唐突に言われたせいか、僕とアクターさんはそろって間抜けな声を上げた。
が、その意味を理解するのも、そのすぐ後のことだった。

誰かが走ってくるような音が、少女が曲がってきた角から聞こえてきた。
すぐに僕は少女の手を引いて後ろにかばうように立ち、アクターさんは右手を、懐にある銃へと手を伸ばす。
そして、角を曲がって僕達の前に現れたのは、あからさまに怪しい、と言わんばかりの風貌と、手に鈍く光るナイフを持った、見た目40~50歳の男だった。
疲れたのか、多少肩が上下していたが、見なかったことにした。

「まち・・・・・なんだ、お前達は」
「見た目通りで言ってもいいが」

右手を懐におさめたまま、アクターさんは左手で煙草をふかす。
緊張感がほとんど感じられない。けれど、動きがあれば、即座に銃を構える。それくらいの反射神経は持っている。

「見た目は、同じ不審人物に見えるな」
「自分が不審人物だって自覚はあるわけだ。・・・・・・残念、警察だよ」

その言葉を聞くや否や、男は回れ右をして逃げようとした。

「アルバート」

アクターさんが呼ぶ。このタイミングで呼ぶ時、何をすればいいのかは分かっていた。
角を曲がって逃げようとする男を追い、僕も角を曲がる。距離は、5メートル。
これなら、いける。
僕は呟いた。

「未世『インコンプリート・ワールド』」

瞬間、すべての時が止まる。

――1秒

考えている時間はない。僕は急いで男との距離をつめて、

――2秒

残り1メートルにも満たない距離で、飛び掛って、

――3秒

止まっていた世界が、動き出して――

「うわぁ!!」

男は、後ろから僕の体当たりを食らって、顔面から地面に転んだ。

「相変わらず見事だな」

懐から、銃の代わりに手錠を取り出しながら、アクターさんは言った。


――僕が生まれながらに持っていた、人とは違う能力『インコンプリート・ワールド』
満月の間の、しかもたった3秒間のみ、時間を止められる力。
そのたった3秒間の時間停止のために、僕は住む場所を失い、彷徨っていたところを、アクターさんに拾われた。
自分の能力も隠さず話すと、アクターさんは「それを生かすも殺すもお前次第だ」と言って、警察官になるために色々と手を焼いてくれた。
だからこそ――例え利用しているのだとしても――役に立つのなら、この能力を使うことに、躊躇いはなかった。


「さて・・・・・・と?」

押さえ込んでいる男の顔を確認するなり、アクターさんは眉を上げた。

「知っているんですか?」
「ああ、2~3年前か。私が逮捕した奴だよ。その時は窃盗未遂だったか、一応反省はしてたみたいだったから、すぐ釈放になったんだが・・・・・・まあいいか」

どうでもよさそうに――実際どうでもいいのだろう――呟き、アクターさんは男に手錠をかける。

「今度は殺人未遂か、傷害未遂がつくな。しばらく外に出られると思うなよ」
「う・・・・・・」

返事をしたのではなく、うめき声を上げただけだ。打ち所が悪かったのか、気絶している。

「しょうがないな・・・・・アルバート、手伝え。未遂とは言え犯罪は犯罪だからな。ほっておく訳にもいかん」
「はいはい」
「と、言うわけだ。事件の証人なんだから、おまえさんもきてくれ」
「私もですか?」

少女の疑問の声に、アクターさんは当然、と言わんばかりに頷いた。

「何の用事があってこんな夜中に歩き回ってたかは知らないけれど、世間を騒がせているJack the Ripperの件もあるし。一旦警察署まで来てもらえないかな。ええと・・・・・・」

言いよどんでいると、少女はああ、と頷いて、

「ライア。ライア・ツァイトです」
「それじゃあ、ライアさん。一緒にきてください」
「Es war, ve・・・・・・はい、分かりました」

最初に言いかけたのは何語なのだろう、そう思いながら、僕達は警察署へと向かった。
ようやく第一章書き終えました。多分後で手直しする部分出てくるでしょうが(ぉ

舞台はみなさん分かると思いますが、19世紀後半のロンドンです。
ジャックザリッパーと霖之助(アルバート)。そして今とは違う能力。
少しずつ書いていきたいと思います。
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コメント



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15.無評価名前が無い程度の能力削除
おもしろいのですが、東方と関係あるでしょうか?