――幻想郷を覆っていた紅い霧が消え去ってから、一ヵ月後の、ある昼下がりのこと――
「いつもいつも、仕事熱心なのは感心してもいいけどな。私は図書館に用事があるだけだぜ、邪魔するなよ、門番中国!」
「門番だから邪魔するんですよ!それに、私の名前は紅美鈴です!」
「めんどいから門番中国でいいだろ」
「それは仇名です!名前で呼んでくださーい!!」
「・・・・・・仇名なのは認めるのか。まあいいや、邪魔するなら排除するだけだぜ。恋符・・・・・・」
「え、ちょっ、いきなりそれははんそ・・・・・・」
「『マスタースパーク』!!」
一瞬の間の後、紅魔館を中心に爆音が響き、その地鳴りは遠く、博麗神社まで届いたという。
「―――また」
最早日常茶飯事となった、美鈴と白黒魔法使いである魔理沙のやりとりの後の爆音に、私はそっとため息を漏らした。
魔理沙がくるたびに、繰り返される言葉と魔砲の応酬。というより、内容も結果も、ほとんど変わっていないような気がするのは、決して気のせいではないはず。
それでも、被害が美鈴だけに留まっているのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
「しょうがないわね・・・・・・」
美鈴と魔理沙が向かう先は分かっている。
私は掃除の手を止め、図書館へと向かった。
「――あら、ハートのジャック。どうしたの?」
扉を開けるなり、図書館の主――パチュリー様が、妙なことを言ってきた。
一瞬、誰のことを指しているのか分からず立ちすくみ、周りに誰もいないことから、私に対する言葉だということを理解。
そして、またため息を漏らす。
「パチュリー様、またレミリアお嬢様と言葉遊びですか?」
「ええ。咲夜がハートのジャック、私がハートのクイーンらしいわ」
「その心は?」
「さあ?」
本当に分からない、といった具合に、パチュリー様は肩をすくめた。
時々。本当に時々、唐突に、お嬢様は人の呼び名を変えてくる。大抵は一日か二日経つと「飽きちゃった」の一言で、また唐突に終わりを告げる。
周期は完全にランダムとしか言いようがない。前に呼び名が変わったのは二週間前で、その前が確か、三ヶ月前だった。
その二週間前の呼び名の時、美鈴はお嬢様から「中国」と呼ばれていた。それを、運悪くと言うべきか、丁度遊びにきていた魔理沙に聞かれ、以来、ずっとからかわれ続けている。
――ちなみに、私は「奇術師」だった。
「ところで、魔理沙は、やはりこちらに?」
「ええ、ここから奥に二十五個分の本棚を進んで、右に五分程進んだ場所にいるわ。・・・・・・動いてなければ、だけど」
多分動いているのだろう。何故だか分からないけれど、そう確信を持てた。
だから、魔理沙のことは、一旦頭から除去する。
「美鈴は無事・・・・・・でしょうか?」
そう――傷を治すために図書館を訪れている美鈴の姿が見当たらない。
いつもなら、入り口のすぐ近くにいる筈なのに・・・・・・。
――正直、不安だ。
私の言葉に、パチュリー様は無言で部屋の隅を指差し、視線も自然とそちらへと向かって、
「・・・・・・」
「私の名前は紅美鈴です・・・・・・名前で呼んでください・・・・・・名前で・・・・・・」
服のところどころが焼け焦げた状態で部屋の隅で座り込み――傷は既に癒えているけれど――地面に『の』の字を書きながらいじけていた。
――哀愁が漂いすぎていて、逆に近寄りがたい。
「・・・・・・」
「さっきから、ずっとあの調子よ」
「名前で・・・・・・」
「あれの直撃をくらって、よくこの程度ですみましたね」
「多分手加減はしたんでしょうね」
「呼んでください・・・・・・」
「それにしても・・・・・・」
言いかけて、私ははたと気がついた。
「・・・・・・つかぬことを伺いますが、美鈴の今回の仇名は?」
「レミィの今のマイブームはトランプみたいね。ハートの10よ」
私は思わず天を仰いだ。
傷を治しにきた美鈴は、普段なら名前で呼んでくれる筈のパチュリー様からハートの10と呼ばれ――名前で呼ばれなくて、更に落ち込んだらしい。
――前に中国呼ばわりされて落ち込んでた時と、状況が似ている。最も、あの時いじけていたのは、私の部屋だったけれど。
「名前で呼んでくださーい・・・・・・」
このまま放っておけば、日付が変わってもいじけ続けているのだろう。そう確信をもてた。
今日何度目になるか分からないため息をそっと漏らし、相変わらずいじけ続ける美鈴の背後に立って、
「名前で・・・・・・」
「美鈴」
「はい!?」
名前で呼ばれ、即座に反応する美鈴。心なしか、嬉しそうな表情を浮かべている。
――返事をするまで、1秒と経過していない気がするのは、きっと私の気のせい。
私はわざとらしく咳払いをする。
「気持ちはわからなくもないけど、あなたはこの館の門番なのよ。それを忘れてないかしら?」
その言葉に、嬉しそうな美鈴の顔から、血の気が一気に引いていった。
「す、すみません・・・・・・」
「まあいいわ。傷も治ってるみたいだし、戻りましょう。パチュリー様、失礼致しました」
「いいわよ別に。それより、霊夢と魔理沙は顔パスにしたほうがいいんじゃないかと思えてきたわ。毎回毎回、こんな騒ぎを起こされたら、落ち着いて読書もできないし」
「それについては、私も異論はございません。お嬢様に口ぞえをお願いいたします」
「分かったわ。ハートの10、お大事に」
「パチュリー様~」
パチュリー様のスカートにしがみつく美鈴の首根っこをつかみ、
「さ、いくわよ」
私は美鈴を引きずるように、退室した。
――私は多分、今、口元が引きつっていると思う。
いつも通りの騒動なら、美鈴以外は何事もないはず。なのに、これは一体どういうことなのだろう。
外へ出た私の目に飛び込んできたのは、半分に破壊された扉――『元』というべきなのだろう――が、辛うじて佇む光景だった。
深いため息が漏れる。
「掃除が大変だわ・・・・・・」
「咲夜さん、問題点はそこなんですか・・・・・・?」
美鈴のつっこみに、私は平然と――少なくとも表面上であって、殺意を押し隠しながら――答えた。
「修理は魔理沙にやらせるわ。自業自得だし」
「でも、絶対にやらないと思いますよ?」
「やるやらないの問題じゃなくて、『やらせる』のよ」
私は袖と腰に隠してあるナイフの感触を確かめながら言った。
――まあ、魔理沙を相手にするなら、部屋にあるコレクション用のナイフも持ち出さないといけないでしょうけど。
「ああ、けど、掃除がもっと大変になりそうな気がするわ」
「今も大変ですけど・・・・・・まさか?」
「さ、さっさと掃除を始めるわよ」
「やっぱり~」
泣きそうな声で、懇願するように足にしがみつく美鈴。破片の片付けだけでも、半日は覚悟したほうがいいかもしれない量なのだから、気持ちは分かる。
だけど、弱音を吐いたからといって、目の前の現実が変わるわけでもない。
私は肉体的にも精神的にも疲れを感じながら、美鈴と一緒に、片付けを始めた。
――結局、私の能力をフル活用しても、破片を片付けるだけで、半日かかってしまった。
そしてその間、事の張本人である魔理沙は、姿すら見せなかった。
片付けが終わり、疲れた体と精神に鞭打って、部屋中のナイフをかき集めて図書館に向かった私が見たのは、パチュリー様とフランドールお嬢様にきつい灸――つまり弾幕ゴッコ――をすえられ、煙を上げて倒れている魔理沙の姿だった。
「いつもいつも、仕事熱心なのは感心してもいいけどな。私は図書館に用事があるだけだぜ、邪魔するなよ、門番中国!」
「門番だから邪魔するんですよ!それに、私の名前は紅美鈴です!」
「めんどいから門番中国でいいだろ」
「それは仇名です!名前で呼んでくださーい!!」
「・・・・・・仇名なのは認めるのか。まあいいや、邪魔するなら排除するだけだぜ。恋符・・・・・・」
「え、ちょっ、いきなりそれははんそ・・・・・・」
「『マスタースパーク』!!」
一瞬の間の後、紅魔館を中心に爆音が響き、その地鳴りは遠く、博麗神社まで届いたという。
「―――また」
最早日常茶飯事となった、美鈴と白黒魔法使いである魔理沙のやりとりの後の爆音に、私はそっとため息を漏らした。
魔理沙がくるたびに、繰り返される言葉と魔砲の応酬。というより、内容も結果も、ほとんど変わっていないような気がするのは、決して気のせいではないはず。
それでも、被害が美鈴だけに留まっているのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
「しょうがないわね・・・・・・」
美鈴と魔理沙が向かう先は分かっている。
私は掃除の手を止め、図書館へと向かった。
「――あら、ハートのジャック。どうしたの?」
扉を開けるなり、図書館の主――パチュリー様が、妙なことを言ってきた。
一瞬、誰のことを指しているのか分からず立ちすくみ、周りに誰もいないことから、私に対する言葉だということを理解。
そして、またため息を漏らす。
「パチュリー様、またレミリアお嬢様と言葉遊びですか?」
「ええ。咲夜がハートのジャック、私がハートのクイーンらしいわ」
「その心は?」
「さあ?」
本当に分からない、といった具合に、パチュリー様は肩をすくめた。
時々。本当に時々、唐突に、お嬢様は人の呼び名を変えてくる。大抵は一日か二日経つと「飽きちゃった」の一言で、また唐突に終わりを告げる。
周期は完全にランダムとしか言いようがない。前に呼び名が変わったのは二週間前で、その前が確か、三ヶ月前だった。
その二週間前の呼び名の時、美鈴はお嬢様から「中国」と呼ばれていた。それを、運悪くと言うべきか、丁度遊びにきていた魔理沙に聞かれ、以来、ずっとからかわれ続けている。
――ちなみに、私は「奇術師」だった。
「ところで、魔理沙は、やはりこちらに?」
「ええ、ここから奥に二十五個分の本棚を進んで、右に五分程進んだ場所にいるわ。・・・・・・動いてなければ、だけど」
多分動いているのだろう。何故だか分からないけれど、そう確信を持てた。
だから、魔理沙のことは、一旦頭から除去する。
「美鈴は無事・・・・・・でしょうか?」
そう――傷を治すために図書館を訪れている美鈴の姿が見当たらない。
いつもなら、入り口のすぐ近くにいる筈なのに・・・・・・。
――正直、不安だ。
私の言葉に、パチュリー様は無言で部屋の隅を指差し、視線も自然とそちらへと向かって、
「・・・・・・」
「私の名前は紅美鈴です・・・・・・名前で呼んでください・・・・・・名前で・・・・・・」
服のところどころが焼け焦げた状態で部屋の隅で座り込み――傷は既に癒えているけれど――地面に『の』の字を書きながらいじけていた。
――哀愁が漂いすぎていて、逆に近寄りがたい。
「・・・・・・」
「さっきから、ずっとあの調子よ」
「名前で・・・・・・」
「あれの直撃をくらって、よくこの程度ですみましたね」
「多分手加減はしたんでしょうね」
「呼んでください・・・・・・」
「それにしても・・・・・・」
言いかけて、私ははたと気がついた。
「・・・・・・つかぬことを伺いますが、美鈴の今回の仇名は?」
「レミィの今のマイブームはトランプみたいね。ハートの10よ」
私は思わず天を仰いだ。
傷を治しにきた美鈴は、普段なら名前で呼んでくれる筈のパチュリー様からハートの10と呼ばれ――名前で呼ばれなくて、更に落ち込んだらしい。
――前に中国呼ばわりされて落ち込んでた時と、状況が似ている。最も、あの時いじけていたのは、私の部屋だったけれど。
「名前で呼んでくださーい・・・・・・」
このまま放っておけば、日付が変わってもいじけ続けているのだろう。そう確信をもてた。
今日何度目になるか分からないため息をそっと漏らし、相変わらずいじけ続ける美鈴の背後に立って、
「名前で・・・・・・」
「美鈴」
「はい!?」
名前で呼ばれ、即座に反応する美鈴。心なしか、嬉しそうな表情を浮かべている。
――返事をするまで、1秒と経過していない気がするのは、きっと私の気のせい。
私はわざとらしく咳払いをする。
「気持ちはわからなくもないけど、あなたはこの館の門番なのよ。それを忘れてないかしら?」
その言葉に、嬉しそうな美鈴の顔から、血の気が一気に引いていった。
「す、すみません・・・・・・」
「まあいいわ。傷も治ってるみたいだし、戻りましょう。パチュリー様、失礼致しました」
「いいわよ別に。それより、霊夢と魔理沙は顔パスにしたほうがいいんじゃないかと思えてきたわ。毎回毎回、こんな騒ぎを起こされたら、落ち着いて読書もできないし」
「それについては、私も異論はございません。お嬢様に口ぞえをお願いいたします」
「分かったわ。ハートの10、お大事に」
「パチュリー様~」
パチュリー様のスカートにしがみつく美鈴の首根っこをつかみ、
「さ、いくわよ」
私は美鈴を引きずるように、退室した。
――私は多分、今、口元が引きつっていると思う。
いつも通りの騒動なら、美鈴以外は何事もないはず。なのに、これは一体どういうことなのだろう。
外へ出た私の目に飛び込んできたのは、半分に破壊された扉――『元』というべきなのだろう――が、辛うじて佇む光景だった。
深いため息が漏れる。
「掃除が大変だわ・・・・・・」
「咲夜さん、問題点はそこなんですか・・・・・・?」
美鈴のつっこみに、私は平然と――少なくとも表面上であって、殺意を押し隠しながら――答えた。
「修理は魔理沙にやらせるわ。自業自得だし」
「でも、絶対にやらないと思いますよ?」
「やるやらないの問題じゃなくて、『やらせる』のよ」
私は袖と腰に隠してあるナイフの感触を確かめながら言った。
――まあ、魔理沙を相手にするなら、部屋にあるコレクション用のナイフも持ち出さないといけないでしょうけど。
「ああ、けど、掃除がもっと大変になりそうな気がするわ」
「今も大変ですけど・・・・・・まさか?」
「さ、さっさと掃除を始めるわよ」
「やっぱり~」
泣きそうな声で、懇願するように足にしがみつく美鈴。破片の片付けだけでも、半日は覚悟したほうがいいかもしれない量なのだから、気持ちは分かる。
だけど、弱音を吐いたからといって、目の前の現実が変わるわけでもない。
私は肉体的にも精神的にも疲れを感じながら、美鈴と一緒に、片付けを始めた。
――結局、私の能力をフル活用しても、破片を片付けるだけで、半日かかってしまった。
そしてその間、事の張本人である魔理沙は、姿すら見せなかった。
片付けが終わり、疲れた体と精神に鞭打って、部屋中のナイフをかき集めて図書館に向かった私が見たのは、パチュリー様とフランドールお嬢様にきつい灸――つまり弾幕ゴッコ――をすえられ、煙を上げて倒れている魔理沙の姿だった。
日常であるが故に何の脈絡も必要無く、それでいてどこかくすりとさせる要素がふんだんに含まれたお話でした。
>ギャップがあってこその美鈴だと思ってますし
思わず頷いてしまいました。美鈴は弄ってこそ真価を発揮しますよね。
ぷすぷすと煙を立てて(私の脳内ではうつ伏せに)倒れている魔理沙がいいオチでした。
元ネタからのアレンジがなかなか上手いと思います。脈絡の無さというか必然性の無さも逆にレミリア様っぽくて良い感じです。
物語の雰囲気も見慣れた馴染み深いもので好感が持てますね。
妹様はエース辺りでしょうか?