「ぎゃはははは!」
色気に欠ける声が響く。ついでに品もない。酒を飲んでは笑い、笑っては飲む。果てがない。酒豪の天狗や鬼はさておいて、妖怪も兎も人間も、皆酔って騒いで暴れる。静かな酒は宴に似合わないが、こうも騒がしい酒しかない宴も珍しいと思う。
と、何やら余興が始まった。空に舞い上がった藤原の娘。相対するのは、月から訪れた不死の姫。飽きもせず、消えない命を削り合う。
「今日こそ殺す、輝夜!」
不死だというに……今更か。
消えぬからこそ、削り合うのかも知れない。伸びすぎた鼠の歯は、やがて顎を貫くという。だからこそ、不死となった彼女たちはお互いでお互いを殺し合うのだろうか。そういえば、木を削るには木の刃、鉄を削るには鉄の刃が良いと、何かの本に書いてあった。とするならば、なるほど、理に適う。
「妹紅、あんた実はマゾなんじゃない? また死ぬほど苦しんでまた生き返る……え、もしかして私ってSMプレイに巻き込まれてるの、永琳?」
「そうですね」
……空から、そこはかとなく不穏当な科白が聞こえてきた気がする。
「な、何ぃ!?」
言われた藤原妹紅は、顔を赤らめて言葉に詰まる。意味は判るのか。
その後、空では自分の顔と同様に赤い炎に操る妹紅と、七色に輝く玉を弾幕として戦う輝夜。見ている分には美しい。巻き込まれたら命がない。この宴は見事なまでに特等席だが、どうせならもう少し離れたところから見たいものだ。打ち上げ花火を真下から見ようとする愚か者が、そうはいないように。
「あら、陰気」
と、随分と酷い声の掛けられ方をした。
「何か用かい?」
声を掛けてきたのは八雲紫。仕入れでお世話になる、とても便利な能力を持つ大妖怪である。
申し遅れたが、僕は森近霖之助。人形の森の入り口付近で古道具屋『香霖堂』を営んでいる。もしも訪れる機会があれば、珍しい道具の使い方でも教えて欲しい。
「少し良いかしら?」
疑問系ではあったが、既に横に座っている。その腰を乗せているスキマだが、いつ見ても便利そうだ。
「断ってどこかへ言ってくれるのなら、断ることも考えよう」
嫌みらしく言ってみるが、そんな言葉は聞こえないように、大妖怪は自分の話を始めた。
「あなたは何故、酔って乱れないのかしら」
酔って乱れるとは、例えば屋台で泣きながら愚痴をこぼしている半霊の剣士と門番の妖怪を指したりするのだろうか。
「遠くから見るのが好きなんです。絵画は、触れるより眺めるものでしょう」
すると、そんな返答は求めていないと、
「あら。これは絵画でも演劇でもないわ。それに、郷に入っては郷に従うものよ」
確かに、乱れるのが礼儀と錯覚するほどの乱れっぷりだ。
「朱に混じって赤くならないものがあっても良いと思いませんか」
十人十色。だからこそ、この世界は彩られるのである。
「酒に酔えば赤くなるわ」
……上手い返しだと、少し感心してしまった。しかし、感心しては負けた気がするので、こちらも言葉を返す。
「青くもなる」
が、負けん気を出した所為だろうか、風雅さに欠けた。
「あれの様に?」
「あれの様に」
紫が扇子で指す先には、一気に飲みすぎて……というより飲ませられすぎて倒れた東風谷早苗がいた。神社の縁側で横になり、暴雨の神である八坂神奈子に扇がれている。無茶に飲ませた天狗と鬼は、懲りた様子もなく次の獲物に取りかかる。ちなみに、次の獲物は七色の人形使いであった。
こちらが言いたいことを言い切ったと感じると、すぐにこの大妖怪は言葉を返してくる。
「けれど、遠くから見ているだけだと、あなたのことが人の記憶には残らないわよ」
それは、少し衝撃を受ける言葉だった。
「驚いたな。あなたがそんなことを言うなんて」
てっきり、自分だけの存在で完結している妖怪かと思っていた。だから、そんな彼女から人の記憶に残るなどという言葉を聞くとは想像していなかった。
「あなたは、今日と明日が繋がっていると思う?」
話が跳んだ。結構大きく。
「……質問の意図が掴めない」
おかしい。記憶に残る、という衝撃が大きすぎて、まるで記憶に空白があるように繋がらない。
「例えば、数秒前の自分と今の自分。それは果たして、同じものかしら?」
僕の戸惑いなどお構いなしに、紫は言葉を続けていく。
どうも、さっきの話とは別物と考えた方が良いように思えてきた。
「僕には同じものとしか思えないけど」
意図が掴めないので、特に考えもなくそのままを口にする。
「同じものなら、何故老いるの?」
……困った。本当に意図が判らない。
「そうだね。時間が川だというのなら、流され続けて、その結果摩耗して小さくなるんじゃないかな」
「なるほど」
思いつきを口にしただけなのだが、紫はうんうんと頷く。しかしこの表情から察するところ、頷いただけで、実のところさほど興味を持っていないように見える。
「私はね、こういうものだと思うの」
と、スキマから取り出したのは紙の束。受け取ってみると、似たような絵が連続している。
「……漫画?」
それは手作りの漫画であった。
「そう。動く漫画よ」
パラパラとめくると、それは動き出す。動きが細かく随分と丁寧な仕上がりだ。よほど暇のあった人物の作品なのだろう……ん?
……最後のページに、著・小野塚小町とあったことには触れないこととしよう。
「それは返してね。幻想郷の閻魔へのお土産だから」
鬼がいた。
「さて、話を戻すわね。生き物は、常に今の時間しか認識できない。それは、今にしか存在しないからじゃないかしら」
過去と未来に生きるのなら、過去と未来が認識できる、ということだろうか。納得するにしては、随分と強引な論理に思える。
「そして常に、一瞬先の未来へと模写を繰り返して時間を進んでいく。さっきの漫画のようにね」
判ったような、判らないような。
「そしてその過程で劣化をして、病にかかり、年老いて、消えていく」
「つまり病気や怪我は、描き手の描き損じってことになるのかな。面白い話だね」
もしもそうなら、精々丁寧に描いて欲しいと思う。
「でも、何らかの事故があれば、突然描かれなくなることがあるかもしれない。今居る存在が、数瞬先には消えているかもしれない」
先程の漫画で言うのなら、あの漫画をめくり終えた瞬間、あの登場人物は死を迎えると言うことだろう。
「明日、私やあなたはいないかもしれない」
突然目の前の相手が消えるとして。突然自分自身が消えるとして。そのどちらも、恐怖でないはずがない。
「……ゾッとしないね」
軽く、足が震えた。風が寒かった所為だと思いたい。
「だから、騒ぎなさい。あなたを憶えていてくれる子なら、何人かいるでしょう。読み終えられれば死ぬとしても、憶えている人がもう一度読み返せば、生き返ったりする者かも知れないわよ」
くすりくすりと、おかしそうに笑う。最後の言葉は冗談としても、それ以前の言葉はそれほど不真面目に言った言葉ではないように思えた。
「そんな子たちより、恐らく僕は長生きするさ」
「ふふ、弱いくせに」
この人は素直に言葉にし過ぎる。
「明日死んで、後悔はない?」
酒を口に含みつつ、そんな質問を投げかけてくる。そんな問い、考えるまでもない。
「命を失うことを悔やまない生き物はいない。そんな存在がいるとすれば、それは既に心が死んでいる」
すると、おかしそうにけらけらと笑う。
「なら、あなたはまだ生きているのね」
生きているのなら騒げ。そんなことを言われた気がした。
「失礼な。まだ君より遙かに若くて……痛い!」
傘で頭を何度か叩かれる。随分と痛い。
充分に叩くと、満足したように立ち上がり、背を向ける。
「それじゃ、私は騒ぎに行くわ」
そして、ゆっくりと歩き出す。
「僕は相変わらず、離れて見ていよう」
それに、返答はない。
彼女はもしかすると、あの調子で、やる気のない奴に渇でも入れているのだろうか。だとすると、僕は心配されたのだろうか。なんか調子が狂うな。
「香霖、そんな離れたところにいないでこっち来い。美味い物なくなるぜ」
「霖之助さん。こんなこと言ってる本人がほとんど食い尽くしてますよ」
と、突然、二人の人間が僕に声を掛けてきてきた。まだ幼く、未熟な子ら。だが、喧嘩でもしようものなら、僕に勝ち目があるとも思えない。全く、物騒な子らだ。
しかしもし、僕が消えていなくなるとして、それでもこの子らが残っていたとして、僕はこの子らに何かを残せるのだろうか。
ふと、そんなことが頭を過ぎる。
……あぁ、馬鹿げている。こんなことを考えるのは、もう酔っているからだろうか。
さて、仕方がない。笑って酔う子らに逆らって、生傷を負うのは利口じゃない。
「判った、今行く。だから食べ物を残していてくれ」
そう言って向かっていく僕を、何かスキマが覗いていた気がする。が、気のせいとしておこう。
視界の隅で、閻魔が船頭に説教をしていた。本当に渡したのか。
上を見ると、騒がしい三姉妹の霊と夜雀とが騒いでいる。因縁の対決は既に決着していたようだ……と思ったら、少し離れたところで地味に殴り合っていた。
吸血鬼の姉妹はどうかと思って見ると、誰が用意したのか知らないが、メイドと三人で金魚すくいに興じていた。
皆が皆、自らを省みずに騒いでいる。もしかすると、理性を働かせることは、ここでは罪悪となるのかも知れない。お堅い閻魔と半獣人は否定すると思うが、今日くらいはこの場の多数派の一員となるのも良いかも知れない。
よし。それなら今日は、もう少し酔うとするか。
離れた所から見る馬鹿騒ぎってのは、中々乙なものがあります。
ちなみに自分も何故か主役であるはずの霖之助と紫の影が薄く感じてしまいました。
でもこのお話はそれでいいのかもしれませんね。
次作も楽しみにしています。
あははは……主人公のスポットが今ひとつなのは実感です。
なので! 脇役が中心でも良いかと!(書き途中の開き直り)
お祭りって、目に映る全ての人が主人公になる不思議な場所ですしね。
とはいっても、また書く場合はもうすこし主人公たちも目立つよう努力します(汗)
主人公の影が薄いのは、まぁ、あの人だしねぇ。(ぉぃ
この作品はもっと評価されても良いと思いますよ。