Coolier - 新生・東方創想話

厄神は滅多に酔わない

2008/02/16 07:45:34
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  もりのなかのジプシーと
  あそんじゃだめとかあさんはいった
  もりはくらく くさはみどり
  タンバリンもってサリーがきた

 月明かりが照らす獣道、そこを行く女性が一人。彼女は、耳を素通りした長い髪の右と左の先端を喉元で結び、茂みから伸びる枝葉にスカートを引っ掛けもせず、すいすいと歩いて進んでいた。
 彼女、鍵山 雛が進む先には赤い光、近付いてみればそれは屋台の赤提灯。その暖簾をくぐって「いらっしゃい」と声を掛けたのは、自分より頭一つ低くて大きな羽を持つ見た目少女の女将……ではなく、自分と同じ身長で青白衣をまとった立派な女将、レティ・ホワイトロックだった。
 しばらくそのままでいた雛は、一歩下がって暖簾を潜り直し、踵を返した。
「ちょっと待って」
 呼び止めるのも無視していく雛を、レティは追い掛ける。

 少しあって、屋台にて。女将、レティは満面の笑顔で。
「何になさいますか?」
 仏頂面で座る雛は。
「いつもの女将」
 真向かいのレティは笑顔そのもので応じる。
「いつもの女将はちょっとかじられましたので、たまたま居合わせた私が代理を務めております」
 雛は、それはそれは、深い溜め息をついた。
「人選、間違えすぎよ。温まりにきた挙げ句、貴女の顔を見るなんて普通の客には堪ったものではないわ」
 レティは首を傾げた。
「そう?私、人情はあるつもりだけど」
「心理的に冷たいのではなくて、物理的に寒いと言っているの」
「仕方ないでしょ、それが私の主成分なんですもの」
「いやな女将」
 吐きたい溜め息を飲み込んで、雛は気を取り直して注文。
「熱燗とおつまみ頂戴」
「おつまみは枝豆ぐらいしか出せないのは堪忍して」
 レティは手を合わせながら言った。
「貴女、料理できたでしょう?」
「ん~、赤提灯にパイが並ぶのは、さすがに気がひけるから」
 少し考えて答えたレティの言葉を受けて、雛も少し考える。
「ウナギパイは?」
「八目で?」
「違う、バターと砂糖で」
「それだったら、塩のビスケットの方がいいわよ」
「それ頂戴」
「でも、枝豆の方がすぐ出せるわよ」
「……なら、枝豆で」
「は~い」
 早速、行動に移るレティ。雛も、覚悟して注文を待つ。
 そんな雛の目の前にいるレティは、お湯に浸かっているお銚子を菜箸で持ち上げようとしていた。
「……普通に出してよ」
「あら、それでいいの」
 レティは温めたお銚子とお猪口を雛の前に並べる。そして、すぐに雛に横を見せ、枝豆を湯からあげる。
「何だったの、さっきのは」
「だって、『熱燗が冷えるから触るな』とか難癖つけてくるかと思ったから」
 言いつつも手を進めるレティ。小皿に盛られ、真っ白な塩をふられた枝豆からは、真っ白な湯気が立ち上る。
「ほほう、厄神相手に意趣返しかしら?」
「滅相もない。そのようなこと、とても恐れ多くて」
 雛の前に枝豆が置かれる。
「恐れ多くてお酒も飲めない?」
 雛はお銚子とお猪口に手をつけた。
「あら、それとこれとは別」
 レティは自分の分の熱燗を用意しだした。
「そう、それ。……って、貴女、今は女将だったわね。客と一緒に飲んでいいの?」
「いいのよ。貴女と私が一緒にいたら他の客は来ないだろうし、それに女将云々以前に、私は貴女と飲む約束を守る為にここにいるのよ」
 雛が自分のお猪口に熱い一杯を注ぎ終わった頃、レティもお猪口を手にする。
「あ、そう。ま、場を寒くする貴女と、場を湿っぽくする私だものね。居たら居たで、間に挟まれる女将が可哀相か」
「そう、だから今日は貸し切りよ」
 少しして、レティも熱い一杯にありついた。

 とくとくと酒を飲む二人。
 頬が紅潮させた雛が、手を、顎を、首を、腰を、傾けて、お猪口の酒を飲み干す。次いで、大きく息を吐いた。
「ぷはー、酔ってきた酔ってきた」
「あら、早いのね」
 かく言うレティの顔も赤い。
「お前な、気分だしているだけに決まってるだろ。私は滅多に酔えないんだから、酔った気分を満喫したいんだよ」
 そういって雛はお銚子をお猪口に傾ける、が何も出ない。
「気分だけじゃなくて酒の進みも早いわね、お互いに」
 レティは自分のお銚子を逆さまして、何もこぼれない様子を見せる。
 雛は自分の傍らに目をやる。剥かれた枝豆が横たわる小皿の隣に、空のお銚子がずらりと並んでいた。

 改めて。お酒を温める鍋の前に陣取るレティと見守る雛。雑談の種火をつけたのは雛。
「そういえば、川原の鍋大会は今年も盛況だったの」
「ええ、それはもう。初日に負けた方がお代を持つって決まりで飲み比べをやって、それが好評だったんで翌日もやったら噂を聞き付けた鬼がやってきて、もう目茶苦茶。大変だったらしいけど、その分、毎日大盛り上がりだったみたいね」
 言い終わった頃に、お銚子が二本並ぶ。
「そうか、なら、みーんな、お腹いっぱいになった訳だ」
「まぁね、あの分だと、この冬の間、空腹で人が襲われることはないでしょう」
「うんうん」
 雛は笑って頷きながら酒を注ぎ、一杯あおる。その一杯にことさら「うまい」と付け加えた。
 レティは自分で用意したお銚子に触れもせず、雛を眺め、一言浴びせた。
「気を遣いすぎよ」
 雛はレティを見た。目が合ったのは、自分を凝視する彼女の瞳だった。
「厄が払われた人間に噂が立たぬように人目を避けて厄を集め、今度は厄をこぼさぬようにお酒も控える。けれど人間達は、貴女を疎みはせずとも自然と避けている」
 レティを見つめ返す雛が口をついて出た言葉は。
「酔っているのか」
「……タチの悪い方に、少しね。だから、心に溜め込んだこともこぼしちゃうの」
 雛は、ふぅ、と浅く息を吐く。
「いいじゃないか。お前なら良くわかるだろう、『触らぬ神に崇りなし』だ」
 そこで口を開きかけたレティに、「それに」という雛の言葉が覆い被さる。
「私に言わせれば、私が人間にする気遣いなんかより、いくら人間の厄程度じゃ暖冬にならないからって、私と二人きりで飲みたがるお前の方が、よ~~~っぽど私に気を遣ってるよ」
 押し切られたレティは言葉一つ一つを吟味しながら文章を作る。
「私の場合は、気遣いじゃないわ。宴会とかの熱気に、どうしても馴染めないだけよ」
 すると。
「なぁ~んだ、私はただの宴会除けか、それだったら一人で飲もうかな~」
「……酔っているのね」
「私は全然酔ってないわよ~、だ」
 みっともないくらいにふて腐れてみせる雛に、レティは吹き出して、声を上げて笑った。雛も一緒になって笑った。
 酔った勢いで、大声で、何に対してかも忘れて、二人して、笑った。

 ひとしきり笑って、言い換えれば少し笑い疲れてから。
 雛はお猪口を置いて、空のお銚子を手にとった。
「よ~し、熱燗はもういい。レティ、一升瓶持って隣に来い、こいつで飲も!」
「さすがに飲みすぎじゃない……」
 せっかくの気遣いの言葉も。
「今日は誰にも気は遣いませーん。飲みたいだけ飲~みま~す!」
「どうしようもないわね、この酔っ払いは」
 諦めた。
 レティは屋台をぐるっと回り、手に持った酒の満ち満ちた一升瓶を仕切り台の上に、どん、と置いて、雛の隣に腰を落ち着ける。
「付き合うわ」
 レティは、にっこり笑った。
「うん。そう、それ」
 雛もにっこり笑った。
 レティは雛に、雛はレティに、一升瓶を持って相手のお銚子に酒を注ぐ。そして。
「お人好しな厄の神様に」
「お節介な冬の災いに」
 同時に。
「乾杯」
 お銚子は、ちん、と鳴って、ぱき、と割れ、お酒がぽたぽた、こぼれていった。
 お酒は嗜む程度に、飲み過ぎは体に毒です。特に喫煙とセットで発症リスクが跳ね上がる成人病は本当に怖いので。




 ん?他に突っ込む箇所などございませんが、なにか?
やっぱりレティが好き
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コメント



0.1150簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
ああん、確かに宴会に居ると厄介な組み合わせだわ
どっちも無くなると困るのに
5.80三文字削除
ふむ、雛様は酔うとは男口調になるのか、なんだか新鮮。
それにしても、二人とも粋だなぁ・・・
寒くても厄まみれになってもいいから、この二人と飲んでみたい。
6.80司馬貴海削除
ラストでほろりと笑いました。脆いですもんね、あれ。
気付けばもうすぐ冬も終わりますね……
7.100名前が無い程度の能力削除
本編の二人への感想は点数にて表させて頂くとして。
一言……女将、お大事に(涙
10.100苦有楽有削除
厄神と聞いて飛んできましたよw。

私も一緒に飲んでみたいですね。
下戸ですがw。
11.100名前が無い程度の能力削除
二人の雰囲気が素晴らしいね。面白かったです。
しかしレティ好きさん仕事が速いですねwww
次回作も期待してます。
13.70#15削除
クールな雛もまた・・・
15.80床間たろひ削除
いいなぁ、この酔っ払いどもw
疎まれる性を持つが故に人恋し。たまには自身の厄も酒で流してみたい。
飲んで飲んで飲まれて飲んで、寒気も厄も飲み干して。
これぞ正に幻想郷。いやー良い話だ。

冒頭からいきなり出てくるレティに「流石だwww」と吹きましたw
17.90名前が無い程度の能力削除
嫌われ者同士なかよくしようってか?
和む^^
24.90bobu削除
厄神と聞いて飛んできました。
二人はたとえ宴会に出たとしてもはしっこで皆が騒いでるのを温かく見守ってるんでしょうね。
ありがとうございました