裸足で駆けてく、陽気な早苗さん作者: しまうま

昨日は寒い幻想郷、今日も寒い幻想郷、そりゃそうだ冬場だし。
カエルの全盛期だった夏の季節はとっくに過ぎ去り、その歌声は夜になっても響きやしない。
外の景色を覗いてみる。夏に青々としていた銀杏の若葉は、今となると葉はすっかり黄ばんでおり、葉の数を減らしていた。
あれだけ悠々と若葉を靡かせていた木々が、冬になったらいとも簡単に散っていく。
外を眺めるたびに、改めて、冬が来たんだなと再認識させられる風景だった。

ここは守矢神社の居間。季節は冬だってのに、目の前にいる早苗は夏のごとき暑さだ。

「はーい諏訪子様あ、それじゃーお着替えしましょうねーフンハフンハ」
「その息遣い……すごく変態臭い」
「変態でけっこうけっこうコケコッコー。それで今日はですね、八雲紫から新しい洋服をいただいちゃったんですっ」
「年増ビッチめ余計なことを……。そしてこれは幼稚園児が着る服かしら？　私ってなに、小学生にも満たないと？」
「そこがいいんですよう。諏訪子様ったらもう！」

こら、悶えながら鼻息を撒き散らかすなよ早苗。
こんなのが私の子孫って一体……まあ可愛いんだけどさ。
そして手渡された幼稚園児服は、上半身を水色に、下半身のスカートは黄色に染まっていた。
あれなんか胸の所に名札が貼ってあるよ？　諏訪子しゃまってなんだこれ。
早苗に私の気持ちを暗に示すため、顔いっぱいに渋面を作る。……おい、反応しろ。
私は相手の心を読み取れない子に育てた覚えはありません！　畜生め、神奈子のやろうだな。
でも、まあ、手遅れだろうね。

「しょうがないなあ……ほれ、着替えるから後ろを向きなしゃい」
「分かりましたー」

私は渋面を解き、心だけは渋々ながらも幼稚園児服に着替え始める。
断ればいい話なんだけれど、そうもいかないんだよなあ……。
以前、毅然とした態度で早苗を叱りつけたら、なんか涙を滲ませながら隅っこで体育座りをしちゃって……。
その涙の原因は『私が思いっ切り叱ったから』なのか、それとも『私のコスプレ姿が見れなかったから』なのかは、未だに分かっていない。
できれば前者と信じたい。
それでも可愛い子孫が泣いちゃった事には、さすがに私も堪えた。
だから今ではこうして素直に応じている。う～む、私もつくづく甘いなあ。
どうだ早苗、着替えたぞ。これで満足したか？　私の、私の可愛い早苗よ……。

「着替えたからこっち向いていいわよ」
「はーいぅえあ！　あ、あ、うあ……い」

人語を喋ろう！　なに言っているのか分からんわ。
早苗は口をぽかーんと開きながら、わなわなと震えている。
ついに精神に異常をきたしてしまったのかしら……。

「くぅーっ！　最高ですよ諏訪子様諏訪子様あ！」
「そりゃどうも……ってうあっ」

こ、こら抱き付くんじゃない！
早苗が私の胸に顔を埋めてスリスリとしながら、両手を私の体にまわしてギュッと抱きしめてくる。
なんだか嬉しくて、すごく嬉しくて、つい口元がほころんでしまう。
それにコスプレ姿だけれど、ここまで嬉しく思ってくれることには、不思議と悪い気はしなかった。
だったら……これからもコスプレをしてあげてもいいかな……って

「んなわけないでしょっ！　続けんよ、私はいつかやめるからねっ！」
「どうしたんですか諏訪子様？」

早苗が埋めていた顔を上げて、私を見上げている。その眼は自然と上目遣いになっていた。
ああそんな眼つきで私を見るんじゃない、頭を撫でたくなっちゃうじゃないか。

「やっ、なんでもないよ。……でもそろそろ抱き付くのをやめてもいーんじゃないかなんて。恥ずかしいよ」
「うふふ、だあって可愛いんですもん」
「嬉しいけど、ご先祖様をもっと敬うんだよ？　早苗」
「はーい」

全く、返事だけはいいんだから……。
ニコニコと笑う早苗に、思わず手が伸びる。
早苗の、さらりとした緑色の綺麗な髪をゆっくりと撫でる。
何度も何度も、この手は止まることなく勝手に動いていく。

「えへへー」

うふふ、ほーんと憎めない子。
でもコスプレ要請は程々にね、てかなんで私だけなのだろうか……

「そうよ、なーんで私ばっかりなのよ！　神奈子とかでもいいじゃない」
「えー？　神奈子様はロリ……もとい、少女ではありませんから」
「それはそれは……」

早苗はロリが好き、と……いや、そんなことはとっくに理解している。
そういえばまだ外の世界にいた頃かな、早苗は前々から言ってたわ。「幻想郷に移ったら、私が神奈子様と諏訪子様のために信仰をいーっぱい集めますよ」ってね。
ガッツポーズしながらそう宣言されたんだけど、正直目頭が熱くなったわ……なんて良い子を持ったのかしらってね。
しかし蓋を開けてみれば愕然。ついこの間博麗の巫女が攻めてきた時ね、早苗が迎撃に出たんだけれど

『侵入者め、我らが信仰に反発するか。幻想郷の少女達はこの守矢神社が……ていうか私が支配する！　えーと霊夢だったかしら、あなたも可愛いわね』

という仰天発言をかましてくれたわ。早苗が信仰を集める目的？なにそれ。
あと早苗が霊夢も可愛いって言った時、ちょっとムカついた。
いや、嫉妬しているわけでなくてね？　なんていうかこう……悔しかったというか。本当だよ？
結局早苗は敗北したけれど、なんとなく安心してしまった。

「さて写真写真と……」

早苗がなにやらタンスを漁っている。そこから取り出した物はカメラ……。
ペタンと女の子座りでお願いしますだって？　分かったわよう。
私は足を内股に広げて、おしりを床にペタンとくっつける。

ペタ

そして軽く右手の人さし指を噛み、パッチリとウインク！
……余計なことまでしてしまった。体に染みついているんだろうか。

「シャッタアアアアチャンスッ！！　ひょっほーい」
「ん……んん？　あれ？」
「いいですねいいですねー諏訪子様。その調子でいきましょ！　笑顔お願いしまーす」
「はーい。……お？」

なんだなんだこの感じ。写真を撮られていることが、なんか気持ちいいような。
快感というか、心地よいというか。嫌だ、という気持ちが消散している気が……

「は、ははは、まっさかー。私はコスプレイヤーになるつもりはないよ？」
「諏訪子様はもう立派なコスプレイヤーです。もっと胸を張りましょう！もっとも、張るべき諏訪子様のそれは……」
「みなまで言うな。泣いちゃうよ？」
「潤んだ目って最高にキュンするんですよ。ねえ諏訪子様？」
「うるせえ泣かないぞ私は……」

そう、神様は強いのだ。体つきなんぞで泣いたりはせんのよ。
それにあれよ

「神奈子みたいなんかになるなら、まだ今の方が良いわよ。年増なんて呼ばれたくないしねー」
「……ああ、おいたわしや諏訪子様。早苗はこのあとの展開が容易に想像できてしまいます」

あれ、うしろに、だれか、いる、よ？
神聖なる神々とは違う、まるで大妖怪から漂うオーラのような、とても禍々しい空気が私を震わせる。
私にとっての邪神は蛇神を指す。そしてその蛇神はというと……

「蛙の味は、鶏肉の味。調理して食したら、それはさぞかしおいしいんだろうねえ……」

メリークリスマス。今日を飾る七面鳥は、どうやら私らしい。