Coolier - 新生・東方創想話

散る野

2007/12/13 14:20:52
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 *注意書き*


 1、このSSは花映塚のチルノクリア後を想定して書いています。

   その為、花映塚のチルノをクリアしていない人はネタバレにご注意ください。

 2、このSSに出てくる博麗霊夢の設定について。

   博麗神社の巫女である博麗霊夢は世襲制であるか、また代ごとに名前が変わるか、という点について公式では不明になっていますが、このSSでは博麗霊夢は世襲制であるという設定で書いてあります。

   その設定に不快感や拒否感を覚える方は読まれないことをお勧めします。

 以上の2点にご了承いただけた方は、以下の文章にお進みください。
















 山奥にある名のない池。あまり大きくもない池の周りには、暖かで穏やかな風が吹いていた。木々の葉は風に揺られ、太陽の光を浴び、互いに身をこすらせる。それは心地よい演奏となり、せせらぎのように清々と流れていく。
 そのほとり、一匹の氷精が岩の上に座り、物憂げな表情で虚空を見つめていた。
「……ふう」
 氷精――チルノは、今日何度目かになるため息を吐いた。ここ数日で何度ため息を吐いただろう、と考える。でも、思い出せなくてすぐに止めた。
 この所、チルノは蓮の花浮かぶ、名も無い池のほとりにやって来ては、ぼんやりと時を過ごしていた。いつからこうなってしまったのかは、はっきりしている。紫色の桜の下で、あの小うるさい奴に説教をされてからだ。
 あの時、小うるさい奴が口にした言葉が耳から離れない。あんまり真面目に聞いてなかったから説教の内容なんて覚えてないけれど、たった一つの言葉が何度も何度も頭の中で響く。
 ――死ぬのです。
「……はあ」
 また、ため息。どうしてだろうと考えても、やっぱり答は見つからない。
 ……死ぬ。人間は死ぬ。弱いから。死ぬ。木や草も死ぬ。弱いから。精霊も……死ぬ。
 死んで――もし、死んでしまったら、あのうるさい奴が言ってたように、本当に……?
 と、ここまで考えてまたかと思った。説教の後に初めてここを訪れて考えたことが、思い出したように浮かび上がってくる。
 死ぬ。気にもならないはずの言葉が、なぜこんなにも引っかかるのだろう。
 確かに最初は自分が死んだらと考えると怖くなった。でも今はそうではない。怖いというよりも、何かを思い出しそうで、気になって仕方がない。
「……はあ」
 チルノはまたぼんやりと池の花を見つめた。淡い桃色をした蓮の花は、柔らかな風に揺られ、静々と池の表面に波紋を作る。赤子の揺り籠のようにゆったりと、ゆっくりと、蓮の花は揺れる。
 そうして蓮の花を眺め続けて一時間が経過しただろうか。飽きてきたわけでもないのだろうが、チルノは両手を空高く掲げ、一度大きな伸びをした。最後にちらと蓮の花を流し見て、その場から飛んでいった。









散る野











時は巡り循環の年。巡り巡って全ては元へ。
 ならば凍った記憶も雪解けと、流れ流れて元通り。




Ж  Ж  Ж




 幻想郷には花が咲き乱れていた。四季折々の花が、好き勝手に咲いては散っていく。朝咲いては夜に散り、朝に散っては夜に咲く。輪廻する花たちは、しかしまだまだその姿を消すことはなさそうだった。
 そんな花びら舞う中を、チルノはどこへ行くともなく飛んでいた。数メートル先を舞う花びらに冷気をぶつけては突進して砕いていく。千々と散った花びらが日の光を反射させながら宙に消えていく。その光景の何が楽しいのか、チルノはきゃっきゃと笑いながら飛んでいく。
 ふと見下ろした先に花畑が広がっていた。数秒ほど花畑を眺めていたチルノは、にんまりと笑みを浮かべ、急降下を始めた。地面から僅かに離れた場所で停止すると、一面に冷気を撒き散らせて花を凍らせていく。花畑が氷に覆われたのを見渡すと、満足げに頷いて、そこに体を飛び込ませた。
 両手を頭の上に伸ばして花畑の上を勢いよく転がっていくチルノの後を、パリンパリンと涼やかな音が追いかける。
 しばらく転がって、チルノは仰向けに止まった。
 静かに空を眺めるチルノの体に、花びらが一枚、二枚と舞い落ちてくる。
 今この瞬間も幻想郷では止まることなく、花は咲き、そして散っているのだ。その循環は、人というものを連想させる。人の生き死になんて、他人には与り知らぬところで起こるものなのだから。
「はぁー……ほんと、花ばっか」
 呆れを通り越して達観に近いため息を吐きながら、チルノは呟いた。馬鹿みたいに花を凍らせて砕く遊びも、何日もしていれば流石に飽きてくる。氷となった花びらが粉々になる瞬間だけは心躍らせることができるのだが、こうしてぼんやりと空を眺めてくるとため息が漏れてくる。
 おいしい物だって食べ続ければ飽きがくるように、どんなに美しい景色だって見させられ続ければ辟易とした気分になってしまうもの。いっそ、幻想郷の花全てを散らしてやろうか。そんな途方もなく馬鹿なことを考えながら、チルノは先ほど凍らせた花をつまんだ。
 目の前に持ってきて、少し力を入れると、花は砕けて宙へと消えた。
「あ~あ」
 残滓を残して消えていく花を見つめていたその時、脳裏を何かがよぎった。
 まただ。また、何か思い出しそうになった。何だろう。一瞬脳裏をかすめるだけで、もの凄く胸が苦しくなる。だけど、とても大切だと思えるこれは、一体何だろう。
 上体を起こして目を瞑る。真っ暗になった視界の向こうに、見えない記憶を探した。けれども、そこには暗黒の世界しか存在しない。
「うー……!」
 いくら目を瞑ろうとも見えてこない。段々と腹が立ってきた。このムカつきをどこに向ければいいのか分からないので、取り合えずチルノは傍らの凍った花を握り締めて宙に投げた。
 ――氷が宙に散り、溶けていく。
 それはまるで、冬に積もった雪が春の訪れと共に溶けていくようで。
 思い出すことの無いように凍らされた記憶が溶け出すようで。
「あ……」
 ちらと、誰かの背中が見えた気がした。
 泣きたくなるような苦しさが胸を襲う。知っていた。確かにチルノは今の背中を知っていた。名前も顔も思い出せないけれど、あの人の背中だけは忘れることができない。
 あの、優しい――
「ぶっ!?」
 あと僅かで思い出せそうになったその時、チルノの脳天を強い衝撃が襲った。その衝撃に、チルノは頭から氷畑に突っ込む。
「いっ……たぁ~……!」
「なぁにやってんの、この馬鹿妖精は」
 一体誰がやったのかと顔を上げて振り返った先には、呆れ顔の巫女が浮いていた。
「何すんのさっ!」
 立ち上がると同時に氷の弾を幾つか飛ばす。しかし霊夢は当然のように軽くそれらを避けると、チルノの正面まで近づき、花畑に降り立った。
「こらこのお馬鹿妖精、迷惑な悪戯はやめなさい」
「誰が馬鹿なのさっ」
 霊夢は何も言うことなく、すっとチルノを指差した。
「むきーっ! あたいは馬鹿じゃないっ」
「そういう所が馬鹿だって言ってんのよ」
 言って、霊夢は中指を親指で押さえつけると、チルノの額に持っていった。
「痛っ」
 霊夢のでこピンに、チルノは額を押さえてうずくまった。
「まったく……何か空気が冷たいと思って見てみたら、どこぞの馬鹿が花畑一面を氷張りにしてるし」
「ああもうあんたもあの墓の番人みたく煩いなぁっ」
「寒いのが嫌なのはもちろんなんだけど、暇だしついでだからからかってやろうと思ったのよ」
「馬鹿にしてるのっ!?」
「何をいまさら」
 ――瞬間、チルノの周囲に氷の結晶が現れ、霊夢目掛けて襲い掛かった。



Ж  Ж  Ж





時は巡り循環の年。
 永久凍土に封じられ、相見えん記憶とも、今再びの邂逅を。




Ж  Ж  Ж




「ああもうこのこのこのぉっ! 大人しく当たれっ!」
「当てたければ当てればいいじゃない。当たってなんかあげないけど」
「むきーっ!」
 唐突に始まった弾幕戦は、一方的な展開を続けていた。
 頭に血の上りきったチルノは、もはや華麗という言葉から遠くかけ離れた弾幕をばら撒いていた。霊夢が右へ動けば右へ氷を飛ばし、左へ動けば左へ雹を飛ばす。しかし単調過ぎる弾幕で霊夢を捕らえれるはずもない。チルノは何故当たらないのかと腹を立て、結果、勢いと数は増したものの、余計単調になった弾幕が霊夢へと飛んでいく。
 霊夢は早くも退屈な気分になっていた。進行方向、角度、タイミングという弾幕の避けに必要な要素を一つとして気にかけなくてもいい。これでは暇つぶしにもならないではないか。動けば脇を過ぎていく弾幕になど、美しさもなければ面白味もない。
「あんたねぇ、どうせやるならもうちょっと真剣にやってくれない? 退屈なんですけど」
「だーっ! 煩い煩い煩い煩いぃっ!」
 癇癪起こしたチルノが、辺りに冷気をばら撒きながら弾幕を張る。その際、絶えること無く恨みがましい視線をこちらに向けてくるが、やはり弾幕は愚直に飛んでくるばかり。
 もう帰ろうかしら、と霊夢はため息を吐いた。こんなことなら、家でお茶でも飲みながら漫然と空を眺めているほうが余程有意義な時間を過ごせそうだ。
「……ん?」
 霊夢がそう思った時、視界の端を何かが落ちていった。疑問に思いながら視線を上げてみると、そこには勢いよく落ちてくる、凍った花びら群があった。
「……なにこれ」
 その光景に、思わず言葉が漏れた。霊夢は驚きと呆れが混合した表情を浮かべながら、取り合えず回避行動を取り始めた。その最中、ちらとチルノに視線を送ってみると、何故か唖然と口を開いてこちらを見ていた。どうやらこの幻象はチルノにとっても予想外の出来事だったらしい。
 霊夢はここに至り、初めて自分から弾幕を展開した。避けれないことはないが、氷に覆われその身を鋭い刃と化している花びらは、かする度に服を切り刻んでいく。今着ている服はこの間新調したばかりなので、これ以上傷つけられるのは少々億劫だった。
 霊夢が弾幕を張り始めた光景にチルノは何か気付いたのか、にんまりと意地悪っ子な笑みを浮かべると、懐から一枚の札を取り出した。
「パーフェクトフリーズ!」
 宣言と共に辺り一面が冷気に覆われ、霊夢の周囲を氷の弾幕と、凍らされた霊夢自身の弾幕が囲む。
 霊夢は眉を顰めた。たったこの程度で被弾させられると思っているのだろうか。こんなスペルなど、過去に幾度も破っている。
「コールドディヴィニティー!」
 立て続けてのスペル宣言に、僅かに瞠目した。チルノから冷気が発せられ、その正面から鋭く尖った氷柱が形を作り始める。
 なるほど、と霊夢は納得の表情を浮かべる。確かに連続スペルならば、チルノとはいえそれなりの攻撃にはなるだろう。
「……ん?」
 霊夢は納得しかけて、ある疑問に突き当たった。
 チルノの表情を伺う。自信満々な笑みを浮かべているチルノには、疲労の色はこれっぽっちも見当たらない。
 ――おかしい。
 その疑問の正体に気づきかけた瞬間、霊夢は何か予感じみたものを覚え、空を見上げた。
 先ほどよりも大量の花びらが、勢いよく落下してくる。霊夢の周囲に張り巡らされたパーフェクトフリーズがゆっくりと動き出し、チルノの方向からはコールドディヴィニティーが襲ってくる。
 ――考えるじゃない。
 パーフェクトフリーズで動きを限定し、上空の花びらと側面からのコールドディヴィニティーで追撃という、パターン皆無のごり押し戦法。しかし、それは決して馬鹿にできるような代物ではない。
 馬鹿にしては上出来、と霊夢は少しだけ楽しそうに微笑を浮かべた。
 今度は弾幕で迎撃することなく、予測と感の気合避けで霊夢はかわし始めた。折角馬鹿が馬鹿なりに頭を働かせて素敵な弾幕を張ってくれたのだ、これをかわさず潰すなんて、些か雅に欠けると言うもの。こうなってしまっては服を気にしている暇はない。刹那の逡巡さえなく、ひたすらに避け続ける。
 花びらというナイフが、氷柱という槍が、雹弾という弾丸が、四方八方から博麗霊夢を殴殺せんと襲い掛かる。しかしそれらはまるで、初めから宿命付けられていたかのように、霊夢の一寸先を通り過ぎていく。
 視界には覆い尽くさんばかりの氷。ここが極寒の地であると言われても信じてしまえる程に、辺りは冷気に包まれている。しかし、先ほどまでは寒いと感じていたこの冷気も、今では火照る体に気持ちいい。
 ――なんだ、馬鹿もやればできるのね。
「あー……」
 なんだか本当に楽しくなってきた。弾幕の合間から、ちらと見えたチルノの微笑み。服の所々がボロになっている霊夢の姿を見て、効果があると踏んだのだろう。益々量を増した弾幕が向かってくる。
 ――さて、そろそろ反撃の時間かしら。
 唇の端を上げる。気分が高揚しているな、と思う。自分で不思議に感じるほど、胸が躍る。何故なら、弾幕勝負とは、避けるだけが楽しみではない。自身で展開することもその楽しみの一つだ。
 とは言っても、これから展開するのはただの弾幕ではなく、――スペルなのだが。



Ж  Ж  Ж




「もうちょっとっ!」
 霊夢の避け続ける姿に、チルノは思わず拳を握り締めた。追い詰めるどころか、まだ一発も被弾させていないのだが、当のチルノはそのことに気が回っていない。今までこれだけの弾幕を張った経験が無いためか、自分が展開した目の前の光景に、少しばかり興奮しているのかもしれない。
 宣言したスペルの効果はまだ続いている。既に辺り一帯は吹雪に包まれていて、もし一発でも当てることができたなら、その瞬間にチルノの勝利は決まるだろう。被弾し動きの止まった巫女は、次々に襲い掛かる弾幕に押しつぶされ、そしてこの雪に埋もれてしまう。

 ――雪に、一人、巫女は、埋まる。

 一瞬その光景が脳裏を過ぎり、心臓がはねた。冷たい、嫌な汗が噴出す。冷気は心地よく感じるはずなのに、この冷たさはその真逆だ。体を震えが襲い、湧き上がる怖気に吐き気すら覚える。
 思うのはただ、怖い、苦しい、嫌だ。
 チルノは両腕で自身を掻き抱いた。寒い。どうしてだろう。寒いなんて感じたこと、今まで一度としてないのに、今はこんなにも寒さで震えてしまう。
 キン――と、何かが割れる音がした。
 それはひび割れる音だったのかもしれない。風鈴の様に涼やかで、カマイタチの様に鋭い音が、どこかから聞こえた。
 誰かの背中が見える。美しい長髪を靡かせ、無数の妖怪達に向かっていく彼女の姿が見えた。
 彼女が、振り返る。氷が、溶けて――割れた。



 巫女がいた。寒く冷たい雪の中、温かな雰囲気を纏う巫女がいた。
 
怖い。


 嬉しいと思った。だって、彼女は誰よりも優しかった。
 
寒い。


 布団で一緒に寝むった。永遠に触れることのできなかった筈の温もりに、自然と涙があふれた。
 
苦しい。


 いつもの境内に、巫女は居なかった。
 
嫌だ。


 不安に駆られて探し回った。けれど、巫女は居なかった。
 
嫌だ。


 雪の舞う空を駆け巡り、湖の隅から隅を飛び回り、棲家の森を探し回った。
 
思い出すな。


 そこに、居た。
 
思い出したくない。


 そこには、
 
嫌だ。


 そこには、
 
嫌だ嫌だ。


 そこには、
 
嫌だ!


 雪に埋もれた――



 
ちるの……





「あ……」
 チルノは顔を上げて霊夢を見た。粛然と瞑目する霊夢は、札を指の間に挟んだ右手を天に掲げ、胸の前に添えた左手に飴玉程度の陰陽球を載せている。その姿に、チルノは思わず溢れ出してきた涙を抑えることができなかった。その姿は、あの日のあの人と瓜二つだったから。
 霊夢は目を瞑ったまま、凛とした声で、宣言した。
「夢想、天生」
 言葉に反応して、陰陽球が静かに浮き上がる。霊夢の頭上まで浮き上がると、飴玉程度の陰陽球は急激に膨れ上がり、瞬く間にその数を増やし、霊夢の周囲を回りだした。
「――」
 回転する陰陽球から、次々に御札が吐き出されていく。気が付けば、空は札で覆われていた。
 今まさに襲いかかろうとする、幻想郷に於いて最強の部類に入るそのスペルを目の当たりにしても、しかしチルノは札の波に目がくれることもなく、大きく見開いた瞳で、ひたすらに霊夢を見つめていた。
 陰陽球を守護に囲ませ、無限の札を吐き出させる。その存在にはどんな例外も許されず、近づくことあたわず。そんな彼女が誇らしく、そんな彼女がとても大きく見えて、そんな彼女が大好きになった。
「あ……」
 声が、震えた。それ以上に、心が、震えた。
「ああああ……」
 唇が小刻みに揺れ、心臓が高鳴る。脳裏には思い出した記憶の数々が、走馬灯よりも疾く速く駆け巡る。


 ――こっちにおいで、ちるの


「あああああああああああ――!」
 空が落ちてくるかのように、空一面の札がチルノに降りかかる。チルノは湧き上がる思いを叫びに変えながら、それら全てを凍らさんばかりの冷気を振りまいた。


 そうして、世界は冷気で覆われた。



Ж  Ж  Ж




「う……ひっく……」
「全く……」
 宙に浮いたまま、霊夢はため息を吐いた。見下ろした先では、仰向けに倒れたチルノが、両腕で顔を隠してしゃくり泣いている。
「一体何がしたかったのよ、あんたは」
 瞳を眇め、眉を寄せる。
 連続スペル宣言といい、先ほどの冷気といい。こんなにもチルノの力は強かったのかと思わされる。
 スペル宣言は大体、一度に一回が普通だ。スペルを使用すると、気をもっていかれる。魔法使いなら魔力、拳法家なら気力、巫女なら霊力といったような、その存在の生命力そのものを用いて、スペルは発動させられる。自然の顕現した形であるチルノならば、差し詰め精霊力(マナ)といったところだろう。
 いくらチルノが有象無象と居る雑魚の中でずば抜けている精霊とはいえ、そうぽんぽんとスペルを発動させるだけの力はない筈だ。
 だがしかし、事実としてチルノは連続スペル宣言をし、ここいら一帯を冷気で覆いつくした。
 そればかりか、
「……ったく」
 ――チルノは、夢想天生を全て凍らせたのだ。
 自分の弾幕が防がれようと特に思うところはないが、流石に取っておきを相殺されて心穏やかなままではいられない。その相手は馬鹿の名代で、しかも現在進行形で泣き続けているのだ。
 その事実の、なんとも情けないやら、悲しいやら。
「泣きたいのはこっちよ、もう」
 それだけを言い捨てると、霊夢はその場から去ろうと背を向けた。地面から足が離れ、一気に空へと浮かび上がる。数秒ほど飛んで、ふと霊夢は視線を落とした。見下ろした先では、今もチルノが泣いている。
 子供の様に泣くその姿に、霊夢は僅かな既視感を感じていた。



 仰向けに寝転がったまま嗚咽を漏らすチルノは、霊夢が去ったことにも気がつかず、ただひたすらに涙を流し続けていた。
「ひっく、う……ひっぅ……」
 熱を持った涙が止め処なく溢れてくる。とまらない。とめられない。

 ――思い出したから。
 氷の中にあった記憶が、溶けた氷とともに流れ出てきたから。

 とめられる筈がない。だって、こんなにも哀しい。こんなにも、寂しい。自分で凍らせた花びらの冷気に、殺されてしまうそうなほどに、寒い。冷たい。体も心も、なにもかも。世界はこんなにも冷たかったんだ。そう思うしかない。
 だって、

 ――思い出したから。
 大切な大切なあの人との、温かな日々を。
 苦しくて苦しくて死んでしまいそうに切なく、だからこそ幸せだった、あの頃を。



Ж  Ж  Ж




 
時は巡り循環の年。
 思い出すは麗しく、温もり篭ったあの人よ。





Ж  Ж  Ж




 今よりも少しばかり前。とある村の傍に生い茂る森に、一匹の氷精が住んでいた。氷精は名を持っていなかったが、有象無象と存在するちっぽけな妖精たちよりも遥かに力を持ち、賢かった。氷精がその気になれば、瞬く間に広大な森は氷に覆われ、人々から生きる糧を奪うことができただろう。
 しかし氷精はそれをしなかった。氷精は賢く、またそれ以上の優しさと思いやりを兼ね備えていた。だから、氷精は人々が困るようなことは決してしなかった。
 氷精は明るい少女だった。一切の濁りを無くした氷の様な、透き通った青い髪と瞳が印象的な、幼く愛らしい少女だった。
 森の中を風と共に駆け巡ってははしゃぎ、開けた草原に寝転んでは鳥と笑い、せせらぎに足を踏み入れては水しぶきを立てて声を上げる。氷精はいつもいつも、楽しそうに笑っていた。
 氷精は明るく、賢く、強く、そして――独りだった。
 彼女は、一介の妖精にしては力を持ちすぎたのだ。同属には忌まれ、人間達からは石を投げられ遠ざけられた。
 氷精は元来明るく人懐こい性格をしていたが、生まれて此の方、動物や自然以外の存在と遊んだことはない。生まれ持ったその力故に、氷精は常に独りだった。そしてずば抜けた知能を持っていたが故に、理解もしていた。
 自分が嫌われるのは仕方がない、と。
 自分がもし力を持たないただの妖精だったならば、自分のように力を持った同属には恐ろしくて近づかないに違いない。
 人間達から遠ざけられている理由なんて、考えるまでもなかった。氷精は常時体から冷気を発している。もし一日でも氷精が一定の場所に留まっていたなら、その場所に生きる植物は全て冷気によって枯れさせられてしまう。それは即ち、田畑を耕し糧を得る人間にとっては忌み嫌うべき存在以外の何者でもない。
 だから、氷精は思ったのだ。――自分は嫌われても仕方の無い存在なのだと。
 そう思うことで、独りが当たり前だと思い込ませた。寂しくなんて無いと、自分に言い聞かせることができた。仲良くしたいと願った村人達に、忌避の目で見られたことだって、何でも無いと考えることができた。


 ある夜、氷精は森の中を歩いていた。既に魑魅魍魎が跳梁跋扈する刻の闇に包まれた森の中は、不気味さを通り越しておぞましい。蟲さえも眠りについてしまったのか、森には氷精の足音しかない。まるで、世界そのものが眠りについてしまったかのような静謐。けれども氷精の歩みには、恐怖というものがなかった。
 この森は氷精のテリトリーだった。木々はこすり合わせた葉で語り掛けてくれる。森の中に漂う青臭い葉の匂いは心地良さを与えてくれる。だから氷精は物怖じすることなく、陽気ともいえる明るさで、暗闇の中を闊歩できた。
 しかし……ある一歩を踏み出した時、何かが変わった。
 木々が慄きざわめいている。葉を揺らす柔らかな風は、まるで啼いているかのような阿鼻叫喚の悲鳴を響かせ、語りかけてくる葉の囁きも、今では暗闇に満ちる喧騒と化した。
 言い知れぬ不気味さを覚えながら、氷精は歩を進めた。
 だが、すぐに足は止まってしまう。幾つモノ視線と、そこから発せられている、五臓六腑を握りつぶさんばかりの殺気に、足がすくんでしまったのだ。自然の眷属でありながらも、生きるものとしての本能が自分に知らせている。
 ここは、危険だ。
 見られている、と、今になってようやく気がついた。森の奥の闇に、何かの気配がある。気取られないようにゆっくりと、俯いていた顔を上げてみる。
 視界の端、暗闇の中――怪しく光る双眸がこちらを見ていた。
 それで、完璧に動けなくなった。小刻みに震えていた体も石像の様に固まる。
 氷精は悟った。自分はここで死ぬのだと。自然と共に生き、自身が自然そのものであるからこそ、これから訪れるであろう死を受け入れた。
 自然は巡り廻る。精霊の死も、また自然の摂理の一つでしかない。
 辺りに充満する殺意が、濃さを増す。氷精は静かに目を瞑った。自分という存在はここで消える。既に恐怖は失せた。今更死にたくないとは、これっぽっちも思わない。自分が死んでも、また自分という存在は生まれる。
 新しく生まれた自分は、今の自分ではないけれど。
 生まれてこの方、目的もなく生きてきた。自然に生まれ、自然と遊び、自然と学び、自然と育ち、そして自然の摂理に従い死んでいく。そのあり方は正に自然そのもの。今更それに逆らおうなんて思いもしない。
 ――ただ、一つだけ叶えたい夢があった。
 村落で見た、親子の風景。雪の中、楽しそうに手をつないで歩く、小さな女の子と、母親の姿。木の陰から見たその光景が、まぶしく見えた。その時、初めて人の温もりというものを求めた。温もりというものを感じたことはない。だけど、雪の降る最中、母親に繋いでもらった女の子の手は、とても温かそうだった。
 一度だけでいい、その温もりを感じたかった。
 今となっては願っても詮無きこと。闇に蠢いていた怪物たちが、月の光に姿を晒した。
 怪しく光る紅の双眸が氷精をねめつける。
「――」
 妖怪達が何かを口にしたが、氷精の耳には届かない。最後の最後、氷精は天を仰いだ。
 夜空には丸い丸い、金色の月が浮かんでいた。
 そこに、一つの影を見つける。その正体は判然としない。分かるのは、それが人影ということくらいだ。
「――ここにいたのね」
 空高くに浮かんでいるというのに、声は朗々と氷精の元に届いた。妖怪たちもその声で影の存在に気が付き、一斉に空を見上げた。
「じゃあ、早速消えなさいね……この迷惑妖怪共が」
 人影はそう言って、片腕を上げた。手の先で紙のような何かがひらひらと風に揺れている。
「人の眠りを妨げる下衆共に、――夢想天生」
 丸い玉が幾つも現れ、人影を中心に水車の如く高速回転を始める。玉からは数え切れないほどの札が飛び出し、次々に妖怪たちを殲滅し始めた。
 数分もしないうちに、数百といた妖怪は、その全てが死肉と化した。
 先ほどまで禍々しい妖気を漂わせていた妖怪たちが、塵屑の如く鏖殺されていく様を、氷精は呆然と瞳に映していた。抵抗をすることもできず、断末魔をあげる間さえなく、彼らは死んだ。
 氷精は緩慢に空を見上げた。ゆっくりと、影が降りてくる。それにつれて、月光によって見えなかった影の姿がはっきりとしてくる。完璧にその姿が見えたとき、氷精は瞠目した。
 少女だった。古臭く、酷く地味な着物を着た少女が影の正体だった。
 あれほど居た妖怪を、塵のように惨殺した主は、自分とさして変わらぬ容貌をした少女だった。その事実が、氷精から言葉を奪った。
「……」
 少女は辺りを見渡している。生き残りが居ないかどうかを確かめているのだろう。しばらくして、全て死んでいると分かったのか、氷精の方へと近づいてきた。その顔には表情というものが欠けていた。村落でみた幼女に比べると、対面する少女がまるで人形のように思えてしまう。
「……」
 氷精が佇む場所から一メートルの所で、少女は立ち止まった。
 殺される、と思った。氷精の脳裏に、先ほどの映像が浮かび上がる。自分も、あの妖怪たちのように殺されてしまう。恐怖からそんな考えに至ったわけではない。人形のような彼女を見て、この少女なら何の躊躇いもなくやるだろうと確信しただけだった。
 少女が手を伸ばしてくる。終わった、と氷精は静かに目を閉じる。そのまま、訪れる死を待ち受ける。
 しかし、少女からは何の攻撃もない。その代わりに、頭に何かが乗った。
「……ほら、もう大丈夫よ」
 目を開けると、少女が頭を撫でていた。人形の顔なんて嘘だったかのように、柔らかな笑みを浮かべて。
 その顔を見た途端、ふっと力が抜けた。目頭と鼻先がつんとしびれる。
 ――なんで? どうして――?
 もう怖くなんてなかった。水が川から海へ流れる様に、太陽が空に昇る様に、大気がそこにある様に。死というものを自然と受け入れていたというのに、どうして、目の前の人間に頭を撫でられただけで、涙が溢れ出るのだろう。
 どうして、――どうして、こんなにも安心できるのだろう?
「あんた、棲家は?」
「ぇ――あ、え、あっと、あ、っち……」
 唐突の問いに上手く答えられず、氷精は焦る様にして棲家の方角を指した。
「近いの?」
「う、うん」
「ああ、だから……」少女はため息を吐いた。「じゃあ仕方がないっか……何か、最近さっきみたいな馬鹿共が色んなところでうろうろしてるから、気をつけなさいよ? お陰でこっちは寝不足でいい迷惑だわ」
 あふ、と少女は小さく欠伸を漏らした。それから、んーと辺りを見回して、
「まぁ、今日はもう大丈夫でしょうけど、明日からは寝床を変えたほうがいいわよ。どこに居ても危ないかも知れないけど、ここよりは幾分ましな筈だから、分かった?」
 氷精は視線を少女の顔に固定したまま、頷いた。
「じゃ、あたしは帰って寝るわ」少女は言って、氷精の頭をぽんぽんと叩いた。「気をつけるのよ」
 ふわり、と少女が浮かび上がる。重力というこの世界において当然の概念が、少女の身体を捕まえることができないでいる。
「あ――!」と、氷精は声を上げた。
「ん……?」と、少女は振り返った。
 呼び止めた氷精は何かを言いたげに口ごもる。呼び止めてしまったのに、何を言えばいいのか自分でも分からないのだ。少女がこの場から居なくなるのだと思った瞬間、考えるよりも先に声を発していた。呼び止めてしまった以上何か言わなければいけない。けれど、何も言うことがなくて、無理に何かを言おうとして言えないでいる。
「何?」ともう一度少女が言った。「何もないなら、帰るわよ?」
 それは嫌だった。まだ氷精は少女のことを何も知らないのだ。そう、何も――
「あ――な、名前っ」と、少し大きめの声で氷精は言う。名前。無数の存在を判別するための記号にして、その個体を表す証明。少女を知るどころか、氷精は少女の名前すら聞いていない。少女の存在を知らない。氷精は少女との繋がりを紡ぎたい一心で、叫ぶように言った。「名前……っ!」
 必死の氷精に何が可笑しいのか、少女は微笑を浮かべると、小さく、それでいてどこまでも響く音で言った。
「――博麗霊夢、巫女よ」
 それが、氷精と博麗霊夢との、初めての出会いだった。



Ж  Ж  Ж




 チルノは泣いていた。胸の奥底で凍っていた記憶が、次々に溶け出して胸の中を満たしていく。胸から溢れ出した感情が涙となって、目尻から流れていく。
 霊夢が去って数刻、チルノの身体は舞い落ちる花びらによって埋まっていた。あれからずっと、チルノは泣き続けていた。涙は、止まることを知らない。
 チルノにとって、その記憶は初めての温もりだった。慧敏であるが故に得てしまった感情に苦しんだあの頃。決して温もりなど得ることのできない宿命を負った精霊の、与えられた賢さ/呪い。
 そんな宿命を太陽の様に温かく、月の様に優しく包み込んでくれた。
「――っ」
 思い出す。あの人を、あの頃を、温もりを。
 チルノは腕で目を覆ったまま立ち上がった。ごしごしと涙を拭う。けれど涙が止まることはない。何度も涙を拭いながら、チルノは宙に浮いた。そのままある程度の高さまで浮かび上がり、最初はゆっくりと、そして段々と速度を上げていく。
 目は開けていない。目的の場所も、方向も見えない。だけど、そこへ行くのに目を開ける必要なんてない。
 だって、そこは自分の棲家【帰る家】だったのだから。



Ж  Ж  Ж




 次の日、氷精は博麗神社を訪れていた。
 場所が分からなかったけれど、唯一とも言える妖精の友達が場所を教えてくれた。わざわざ自分の為だけに、色々な妖精に聞きまわってくれた。その甲斐あって、博麗霊夢という少女の居場所はすぐに分かった。
 その少女は物凄く有名な人物だった。普段はあまり人里に降りてこず、幻想郷の隅っこにある神社にいるから、誰も近寄らないという話だ。
 氷精は神社の鳥居から境内の様子を伺っていた。急ぎ来てみたものの、いざ到着してみると、自分は何をしに来たのかという疑問が浮かんできたのだ。少女に会って何を言えばいいのか分からない。昨日のお礼を言いに来た、とでも言えばいいのだろうか。しかし、わざわざ人間にお礼を言いに来る妖精なんておかしくないだろうか。
 そもそも、あの少女は自分を助けようとしたわけではないかも知れない。あの場に居た妖怪達を退治しただけ。そう考えると、ここに来る理由が無くなってしまった。ひょっとしたら、あの少女は自分のことなど覚えていないのではないだろうか。来たことが迷惑に思われるのではないだろうか。
 一度生まれた不安は、目を逸らそうとすればする程に膨らんでいく。
 もしも、迷惑に思われたら――それは、何よりも恐ろしかった。初めてなのだ。何の思惑もなく、それが当然のように触れてくれた人間は。普通ならば人間は自分に触れようとしない。氷精というものを知らない子供と仲良くなっても、次の日には子供の親を筆頭に追い立てられてしまう。折角仲良くなった子供も、親に何かしら言われたのか、憎しみすら篭った瞳で睨んでくる。それは仕方のないことだと分かっている。
 だけど、あの少女はそんな自分の頭を、優しく撫でてくれたのだ。
 その少女に、もしも迷惑に思われたら……考えただけで、不安が胸を埋め尽くす。どうしようか、このまま帰ったほうがいいかも知れない。会って嫌な顔をされるよりは――仲良くなった子供に憎悪の視線を向けられた時のような思いをするよりは――引き返した方が、いいのかも。
 片手を鳥居に触れさせ、石が敷き詰められた地面に視線を落とす。
 うん、帰ろう。
 そう思い、顔を上げて神社を見た。
「あ」
「ん……?」
 思わず声が出た。境内には、昨日の少女が箒を手に立っていた。少女が顔を向けてくる。訝しげに目を細め、首をかしげるとこっちに歩き出した。咄嗟に逃げそうになる。けれども、逃げてどうするのかと自分を思いとどまらせる。折角来て、会えたのだ。逃げる必要なんてない。でも、もし嫌な顔をされたら? それ以前に、何と言おう。おはようございます――違う。元気ですか――昨日の今日だ。
「あんた」
 埒の明かない思考をぐるぐると回しているうちに、少女は目の前に来ていた。身長は自分よりも頭一つ、二つほど高いのに、容姿は幼い。腰まである漆黒の長髪は、僅かな風にすらさらさらと音を立てそうなほど繊細だ。
 綺麗だ、と思った。
「あ、えと」氷精は口ごもった。何と言えばいいのか。会う前ですら戸惑っていたというのに、いざ会ってみると頭が真っ白になって、本当に自分が何をしているのかが分からなくなる。「あの、昨日、は」
「昨日?」と少女は言った。
「あ、はい。き、昨日は、えと、ありがとうございました」と、氷精はたどたどしい口調で言った。咄嗟に口にした『昨日』という単語に、自分がここに来る理由を続けた。結局、それしか納得してもらえる理由がなかった。それすらも、氷精自身納得できていない動機だったけれども。
「ああ、あれね。気にしなくていいわよ」
 ――どうせ、ついでだったしね。そう続いてしまいそうで、不安になる。でも、少女はそんな言葉を発することはなく、苦笑して私の頭を撫でてくれた。
「で、ただそれだけの為に、わざわざここへ?」
「あ、えと……はい」
「あはは」氷精の返事に、少女は笑った。「お馬鹿ね」
 氷精の頭から手を離し、神社へと歩いていく。
「来なさい、お茶……は無理だろうけど、饅頭くらいは食べられるでしょう」



 それから、氷精は毎日神社へ通った。
 朝、太陽が昇れば神社へと向かい、少女と過ごし、日が暮れれば自分の棲家へと帰る。毎日来る氷精に、少女も苦笑を浮かべたが、嫌な顔は一度もしなかった。来たければ来て、帰りたければ帰ればいい。それが少女の応えだった。
 少女は昼間に妖怪退治へと出かける。一人で神社に居ても意味がないので、氷精も当然の如くそれに付いていった。話を聞いてみると、最近あちらこちらで妖怪が暴れているらしく、少女はそれらを退治するために、毎日見回りをしているという。
「最近、やけに妖怪の数が多いのよね。別に多いのはいいんだけど、夜に暴れるのだけは勘弁してほしいわ」
 氷精が助けられたあの夜も、近くの村落で妖怪が暴れていた。村落を好き勝手に蹂躙した妖怪たちは、氷精の棲家の森へと入った。自分はそれに遭遇してしまったのだ、と氷精は気づいた。しかし、それで少女に助けられたのだから、運がいいのか悪いのか。
 少女は、強かった。恐ろしく強大な妖怪たちに囲まれても、怯むことなく、淡々と作業をするように殲滅していく。
 初めて見たとき、その姿は恐しいものとして瞳に映った。今は、少女の凛々しい姿を見ているだけで、何故か誇らしさが生まれてくる。
 少女が笑うと嬉しいし、少女が勝つと誇らしく、一緒にいてくれると温かかった。
 こんなことは初めてだった。誰かに対してこんな思いを抱いたこともなければ、ずっと一緒居たいと思ったことも無い。
 氷精は、いつしか神社に住み着いていた。
 一緒にお風呂に入ることはできないが、濡れたタオルで体を拭いてもらった。
 温かなご飯を食べることはできないが、少女と一緒ならばおいしかった。
 同じ布団で寝たいという我侭を、仕方がないわねと笑ってくれたのが嬉しかった。
 ある日の朝、少女が滝にうたれていた。同じことをしたくなって、隣で滝にうたれた。見よう見まねで目を閉じて、集中していたら少女に声をかけられた。何だろうと目を開けると、凍った滝に体を固められた少女が視線だけをこっちに向けていた。どうやら集中し過ぎて、冷気を全開にしてしまったようだった。
「あれじゃあ修練にならないでしょ!」
 怒られた。
 ある日、少女が縁側で目をつぶっていたので、驚かせたくて、そっと近寄って、背中に抱きついた。次の瞬間、少女は「つめたー!」と叫び声を上げながら滝がある方向へと走っていった。当たり前だけど、その後、物凄く怒られた。背中に凍傷ができてしまったらしい。
 私がうっかり冷気を強くしてしまったのも理由の一つだけど、どうやら少女は瞑想をしていて、集中するために張っていた結界を解いていたらしい。今まで私に遠慮なく触れることができたのも、結界のお陰なんだとわかった。
 今度からは、凍傷がおきない程度に、抱きつく。そう言ったら、少女は最初頷いていたけれど、次に疑問の声を上げた。私はその時にはもう逃げ出していた。
「あんた、全然分かってないじゃないのー!」と後ろで少女が怒る声が聞こえるけれど、私は笑いながら境内を逃げ回った。
 ある日、少女が好んで飲む熱いお茶を、熱に耐えて淹れてあげた。凄く熱かったし、上手くできたかわからなかったけれど、これで少女は喜んでくれる、と思うと頬が緩んだ。
 おいしい、ありがとう……と、頭を撫でてくれるのを想像すると、凄く、嬉しくなった。
 けれども、少女のところへ着いたときには、お茶はすっかり冷えていた。それに気づかず渡すと、冷たいわね、と少女は苦笑した。
 頑張って淹れたのに、と涙をこぼした。少女が頭を撫でてくれた。頭を撫でてもらっても、悲しさはとれなかった。飲んで欲しかった。ただ、喜んで欲しかった。

 楽しかった。幸せだった。生きてきた中で、もっとも充実している時間だった。

 ある夜のことだった。少女の胸に抱きついて寝ようとしたら、突然聞かれた。
「ねえ、あなた、そういえば名前は?」
「あ、うん……っと、ね」
「ん?」
「ない……」
「ない?」
「うん……生まれたときから、なかったし、つける必要もなかったから」
「ふむ」
「ただ、村の人間からは、『野散る者』ってよく言われてた。あたしが近くに居ると、食物とかが全部だめになっちゃうから」
「なるほどねー」
 少女の声に、同情の色は全く感じられなかった。そう長くは無い付き合いだけれども、氷精は少女について強く感じさせられることがある。博麗霊夢という少女は、在りのままを受け入れる。善でもなく、悪でもなく、天秤がどちらに傾くこともなく、ただそこに在り、全ての事象に対して平等に接する。それは彼女が、博麗霊夢という存在だからかも知れない。この世界【幻想郷】を見守る存在であるからかも知れない。
 だけど――だからこそ、彼女だけは氷精を見てくれた。馬鹿にするでもなく、哀れむでもなく、また特別な扱いをするでもなく、ただの氷精として接してくれた。得ることができなかった、『当たり前』をくれた。
「そーねぇ……ふむ」呟いて、少女は何やら考え込む。「『野散る者』、ねぇ……」
 むー、と考え事をしている少女を上目に、氷精は抱きついた。あまりふくよかとは言えない体に腕を回すと、目の前にいるのは本当の意味で少女なんだ、と気づかされる。どんな化生でも、どんな変化でも、何の問題もないとばかりに消滅させる博麗霊夢という人間は、まだ年端もいかぬ、少女なのだ。
 この細身のどこに、あんな力が秘められているのか――ここに至り、一つの疑問が浮かぶ。そもそも、博麗霊夢という少女は何故妖怪退治を行ったり、幻想郷を見回ったりしているのだろうか。どうにも知識が足りていない。あれだけの力を持ち、目立つことをしている巫女が名を知られていないわけがない。だとすると、単純に氷精の見聞が狭いことが知らぬ理由だろう。
 博麗霊夢とは、一体?
「ねぇ」と、思考は少女の呼びかけによって途切れた。「あなたさ、『野散る者』って言われて、嫌?」
 その問いかけに、氷精はどう応えようか悩む。そもそもその呼び名は、忌み嫌いからきたものだ。人間達からその呼び名で遠ざけられるたび、胸の内に澱んだものが溜まっていくのを覚えている。だけど不思議なもので、少女の口からその呼称が出てくると、いやな印象が全く感じられない。だから、氷精は今の気持ちをそのまま伝える。
「ん……あんまり嫌いじゃない」
「そう、それじゃあ、あなたの名前、ちるのっていうのはどうかしら?」
 突然何を言い出したのかと、顔を上げる。
「『野散る者』じゃあ呼びづらいから、『散る野』ってね。どう?」そう言って、少女は笑った。「折角『野散る者』っていう名前をもってたんだから、有効活用しないとね」
 ……どうして、この人はこうなのだろう。目から溢れるものを感じ、少女の服に顔を押し当てる。どうして、この人はこんなにも私に喜びを与えてくれるのだろう。この人の前では、全ての負が無意味と化してしまう。もう、その名に寂しさを覚えることができないではないか。
「何よ」と少女は苦笑した。『ちるの』の頭を撫でながら、「泣くことなんてないじゃない。別に特別なことをしたわけでもあるまいし」
 その言葉に、首を振る。それは違う。少女が気づいていないだけで、この世界で貴女だけしかできないだろうことを、貴女はした。特別じゃないなんて、ない。
 何度も何度も首を振っていると、やれやれといった感じの声で、
「ほんと、あんたってばお馬鹿ねぇ……その辺の子たちよりもよっぽど賢しいくせに」
 笑った。



Ж  Ж  Ж




 花びら舞う空を、全速力で飛んでいく。コントロールできない冷気が体から撒き散らされて、花びらたちは凍り地面へと落ちていく。まるで昔、あの人に怒られたみたいだ。ちょっとしたことで、はしゃぎ、騒いだ私を、あの人は叱ってくれた。

 春。いつもは冬が去って嫌だと感じる季節も、彼女と一緒にいたから楽しかった。
 夏。熱いわねという彼女に、大きな氷塊を作ってあげて、一緒に涼んだ。
 秋。段々と涼しくなっていくなか、彼女が焼いた焼き芋を一緒に食べた。

 胸が、苦しい。思い出す記憶が、胸を壊そうとする。
 どうして思い出してしまったのか。こんなにも苦しいのに、どうして記憶は溶けてしまったのだろう。この辛さから逃げるために、私は記憶を凍らせたというのに。賢さを封印することで、理解することから逃げたというのに。なぜ、今になって記憶は溶けてしまうのか。

 苦しい。胸を掴んでも痛みは消えてくれない。
 寂しい。求めても抱きしめてくれる人はいない。
 辛い。誰も助けてくれる人はいない。

 往く先に、神社が見える。あと少しで、彼女に会える。会って、頭を撫でてもらおう。抱きしめてもらおう。この苦しさを全部取り払ってもらおう。
 あと少し、あともう少しで、この苦しみから救われる。

 だって、



 あの時とは違い――彼女はそこにいるはずだから。



Ж  Ж  Ж




 冬まであと僅かという時のことだった。
 ちるのと霊夢は、縁側に座っていた。風は冷たく、枯れた木の葉を揺らす。空の色も夏に比べれば全体的に灰がかっている。
 もう、冬がそこに来ている。
 霊夢はいつもの地味な巫女服の上に、これまた地味な半纏を着こんでいた。湯気がたつ茶のみにふぅふぅと息を吐きかけて冷ましている。熱いのが苦手なら、温度が下がるのを待っていればいいのに、霊夢はこうしてわざわざ自分で冷ます。
「こうした方がおいしいのよ」と霊夢は言った。まだまだ若いくせに、なぜか年寄りくさいことを言う。それを指摘したら、一度げんこつを食らったことがあるので二度と口にはしていないけれど。
 霊夢は寒そうにするけれども、ちるのにとっては嬉しい季節が目の前に来ようとしている。森の木々も動物たちも、もうすぐ眠りについてしまう。静かなのが好きなわけではない。皆と遊び話すのは大好きだ。しかしそれとは別に、冬という季節はやはり心地がいい。それは自分が氷精だからだろう、と思う。自分が存在するための世界。冬とは、氷精にとって居場所ができることを指す。
 ようやく飲める温度まで下がったお茶をすすって、霊夢がほぅと息を吐く。白い息が空気に溶けていく様を見ていると、ちるのもお茶を飲みたくなる。だけど、ちるのに飲めるのは冷たくなったお茶だけなので、飲んでも霊夢のようにおいしくは感じることができないだろう。
「ねー、霊夢」と、横顔を見ながら声をかけた。
「なぁに?」
「今思ったんだけど、霊夢はさ、何でここに一人でいるの? お父さんやお母さんは?」
「ああ……」
 なんだ、そんなこと、という風に霊夢は一度ちるのに向けた視線を空へと戻した。
「いないわよ」
「ふぅん……」
 その返事が本当にどうでもいい、といった感じだったのと、ちるの自身もそう気になることでもなかったのでそれ以上は聞かなかった。
「ねー、霊夢」と、もう一度声をかけた。
「なぁにー?」と、今度は視線を動かすことなく、返事が返ってくる。
「今日は妖怪退治に行かなくてもいいの?」
「ああ……」と、これまた先ほどの繰り返しのように、霊夢は呟いた。「もういいのよ。今はこわーい妖怪が馬鹿な妖怪たちを退治してくれてるから」
「ふぅん……」
 それは以前一度だけ見たことがある、あの隙間から姿を現した女性のことだろうか、とちるのは思う。しかしそれは一瞬で、すぐに意識は霊夢のことを考えるようになった。
 出会った瞬間からついこの間まで、霊夢は休むことなく妖怪退治を続けていた。だけど、最近になってその活動はなりを潜めていた。妖怪たちの活動が大人しくなったのかと聞くと、そうではないと返ってくる。ぶしつけなのを覚悟して、面倒くさくなった? と聞くとそれも違うと返ってくる。まぁ、面倒なのには違いないけれど、それが理由じゃないわね、と。
 結局、今日まで霊夢はその理由を話してくれることはなかった。けれど、ちるのには懸念があった。それは、最近の霊夢の様子だった。
 霊夢の生活は以前とは明らかに違う点がある。朝の水浴びをしなくなった。妖怪退治をしなくなった。行動範囲が神社の中に限られるようになった。他にも挙げれば切りが無いけれど、それら全てに共通しているのは「元気がなくなった」ということだ。
 もっと正確にいうなら、生気が薄れている。目の前に彼女は存在しているのに、その存在が希薄に感じられるのだ。ともすれば、瞬きをしたら居なくなっていそうな錯覚さえ感じてしまう。
 そのことをちるのが聞かなかったのは、霊夢が何も言わなかったからだ。生活習慣は変わった。しかし霊夢は変わらない。初めて会ったときと同じ様に、確かな温もりと安心を与えてくれる。だから、ちるのは何も聞けなかったのだ。
 ――だって、返ってくる答えが怖いから。
 薮蛇になるのを恐れた。隣に霊夢がいて、一緒にいてくれて、頭を撫でてくれて、――それでいい。見えない何かに手を突っ込んで、わざわざ見たくないものを見る必要も無い。それが恐れなければいけないもの、という確証はない。しかし、だからこそ、そんなものに触れようとは思わない。
 霊夢はいつまでも一緒にいてくれる、と自分に言い聞かせる。
 そして……と、そこで思考は止まった。

 人間の霊夢と、氷精の自分が、“いつまでも”――?

 そんなこと、できるわけが、ない。自分だって馬鹿じゃない。人間が如何に脆弱で、短命か位知っている。どれだけ最強無敵を誇る博麗霊夢とて、人間という枠から外れることなどできるはずも無い。
 どうしてこんなことを考えてしまったのか、と自分を呪った。どうしてそんなことに気がついてしまうのだろう。霊夢の様子の変化も、そしてこの先の自分達のことも、何もかも分からないままでおけばよかったのに。
 生まれて初めてかもしれない。己の賢しさを呪ったのは。
「ねぇ」と、霊夢は言った。「あのね、まぁ、今から言うのは独り言だから聞いてても聞かなくてもいいんだけどさ」
 突然喋りだした霊夢を見ると、彼女は前を向いていた。視線は空へ向けられているけれど、見ているものは違う。視線を追ってみても、見えるのは、灰色の空だけだった。
「この世、というか、浮世っていうのはさ、基本的に一人なわけなのよ。私には親はいないけど、普通はいるものなの。でもね、例え親がいてもね、極端に言ってしまえば、人間ってのは一人なの。親だってね、自分じゃなくて、他人なのよ」そう言って、霊夢は湯気のたたなくなったお茶を飲んだ。「だからさ、たとえ一人になっても、孤独になっても、それは決して孤独ってわけじゃないの。だって、この世界に存在する全ての存在が孤独なんだから、本当の意味で孤独なんてありえないの」
 わかる? と、霊夢がちるのに顔を向けた。ちるのは黙って首を振った。何となく言いたいことは分かる気もするのだけど、言葉に秘められた本質が読み取れなかった。
 そんなちるのに、霊夢は微笑を浮かべた。
「言っておいてなんだけどね、それでいいの。それが分かるってことは、孤独を知っちゃう、ってことだから」
「じゃあ――」と口にしそうになって、止めた。霊夢が何かと目で訊いてくるけれど、ちるのは首を振って何でもないと応えた。
 言えなかった。
『じゃあ、霊夢は、孤独なの?』
 それだけは、決して口にしてはいけない気がした。笑ってくれるだろう。そうね、と言って頭を撫でてくれるだろう。だけど、それだけは、絶対に、してはいけないことだと思った。
「どうしてそんな話をしたの?」
 代わりにちるのは疑問を投げかけた。話題を変えるために思いついた疑問を口にしただけなのだけれど、それは意外に核心をついている気がした。
 ふ……と霊夢は笑った。
「どうしてかしらね」



 数日が経った。凍るような冷たさを孕んだ空気の中を、はらはらと白い結晶が舞い降りてくる。それは満開に咲いた桜の花が散っていく様に似ていた。途切れることの無い雪の舞いが、幻想郷中で披露されている。
 ついに、冬が来たのだ。
 ちるのは起きぬけに障子を開いて、瞳に映ったその光景に、しばらく言葉を失った。ちるのの澄んだ瞳の中に、雪の花びらが映りこんでいる。開きっぱなしの部屋の中に、外の空気が入り込んでくる。過ぎる程に冷えたその空気も、ちるのにとっては心地よいそよ風でしかない。
 ぼす、とちるのの頭に何かが当たった。振り返ると、上半身を起こした霊夢が投げた体制のままで氷精をにらんでいる。
「寒い」
 言ってから、自分が投げたばかりの枕を指差す。とれ、と言っているのだろう。ちるのは後頭部を抑えながら枕をとった。霊夢の元へと持っていき、手渡す。
「ああ、そうそう」ちるのから開かれた障子の向こうに視線を送り、霊夢は言った。「今日、ちょっと用事があるから、あんた外に出てなさい」
「用事?」
「ええ。神社の結界を弄ったりもするから、一人の方がやりやすいのよ」
 掃除なら手伝おうと思っていたちるのは、その言葉に納得のうなずきを返した。それに、本音を言えば久方ぶりの冬空を存分に味わいたかった。
「じゃあ、ちょっとお出かけしてくるねっ」ちるのは縁側まで走り、勢いをつけて飛んでいった。「夕暮れには返ってくるから!」
 快活な姿を、霊夢は弱弱しい笑みを浮かべて見送る。
 その後、覇気のない息を吐き出して、枕に頭を沈めた。しかし瞼は閉じず、天井を見つめている。右の腕を額において、息を吐く。
「掃除、しないとね……」
 霊夢が床を起きたのは、一つの刻が過ぎてからだった。  



 初めに感じたのはこの上ない心地よさ。身を切るような冷気と全てを埋め尽くしそうな雪を全身で感じる。次に感じるのは安心感。世界が己の棲家と化したような安堵が体中を包み込む。
 ちるのは制御しきれない興奮の赴くまま、空を駆け巡った。心なしか普段よりも体の調子がいいように感じるのも、恐らくは気のせいではないだろう。吸い込む空気は美味しいし、感じる風が気持ち良い。
 気分が良いままに、ちるのは唯一の友の元へと向かった。碧色の髪の毛をした友達は、ちるのとは反対に、冬の到来に震えていた。
 友達は両の腕を抱くようにしながら、ちるのを見た。初めは震えるだけだった妖精も、ちるのの様子に何か思ったのか、しばらくすると寒そうにしたままに言った。
「よかったね、ちるのちゃん」
 何が良いのか、と一瞬思い、すぐに理解した。この友達には、自分が今喜んでいるのが伝わっているのだ。
「ありがとう」
「うん」
「あたし、行くね!」
「うんっ」
 ちるのは手を振って、再び空へと舞い戻っていった。
 開放感というものが全身を包み込む。いや、溢れ出しているのか。
 世界が冬に覆われて、その空間の中に居ると認識できるからこそ、自由を感じることができる。柵がないとか、何にも縛られないとか、そういうのは本当に意味での自由とは言えない。自由とは、何かと接していて初めて実感できるものだ。
 霊夢と出会う以前、ちるのには『縁』がなかった。唯一の友達はいるけれど、彼女との間にははっきりとした境界線があった。彼女はあちら側で、自分はこちら側という、絶対的な境目が。けれど、自由というものを感じたことは一度もなかった。
 霊夢と出会って、初めて『縁』ができた。霊夢はどこにも属さない、唯一の存在だったからこそ、ちるのは関係を持つことができた。
 そうして今、冬という自分の世界を感じることによって、自由を感じている。霊夢という存在と知り合えたからこそ、幸せというものを知った。
 ちるのはそれこそ無邪気に笑った。誰に憚ることも遠慮することもなく、ただ心の赴くままに飛び回り、声をあげ、全身で喜びを表現した。
 久方ぶりに森を駆けた。眠そうな木々と話をした。雪に埋もれた草原を転げまわった。小川で水しぶきをあげた。
 楽しかった。幸福を、感じていた。この感覚をどんな美辞麗句で飾り立てようとも、それらは全て蛇足と化してしまう程に。
 どれくらいその感覚に心身を預けていただろうか。気づけば結構な刻が過ぎていた。積もった雪の量が、時間の経過を教えてくれる。
 そろそろ霊夢は用事を終わらせた頃だろうか。神社のある方向を見て、ちるのはもう帰っても良いかどうか悩む。しばしの間考えて、きっと大丈夫だろう、と神社に向かって飛んだ。
 神社まであと少しのところで、雪だるまを作って帰ろうと思った。考えるや否や、地面目掛けて急降下する。木々が疎らに生えているため、地面は積もった雪で真っ白に染まっている。
 ちるのは自分のすね辺りまで積もった雪を乱雑にかき集めると、おにぎりを作るかのように強く握り始めた。ある程度固まってはまた雪を集め、足していく。それを続けていくと、赤子程度の大きさの雪球ができた。それを一度地面において、もう一度雪をかき集める。今度は先ほどの半分くらいの雪球を作る。
 出来上がったそれを、先ほど作った雪球の上に置いた。
 ちるのは満足そうに笑ってから、雪だるまに目と口が無いことに気がついた。辺りを見渡すと、裸の木に、小さな実を見つけた。浮かび上がって、二つ木の実をつまみ、雪だるまにつける。木の実をつまんだ箇所の枝を短く折ってから、それを雪だるまの口にした。
 今度こそ、ちるのは満足げに頷いた。
「――」
 その時、誰かに呼ばれた気がした。本当に小さな声だったので、どこから聞こえたのかすら分からない。辺りを見回すけれど、誰もいない。それは酷く聞きなれた声だったので、ちるのは何度も視線を周囲に巡らせた。
 しかし、誰もいない。
 きっと気のせいだったのだろう。そう結論付ける。ちらと、もう一度だけ地面を見る。
「……」
 ちるのは落とさないようしっかりと、やさしく雪だるまを手にしたまま、再び神社へ向けて飛んだ。



 神社の鳥居前に着地した時、違和を覚えた。これが霊夢の言っていた、結界を弄った結果なのだろうな、と考えながら、ちるのは神社の裏手に足を向けた。
 静かだった。元々ここの神社は人の気配がなく、ひっそりとしている。それに加えて、今は雪が降っているからか、尚一層の静けさで満ちている。
 何となく、嫌だな、と思った。結界を弄ったからなのか、どうにも嫌な感じがしてならない。静か、というよりも、淋しい、といった空気がちるのの肌をなでる。
 今朝ちるのが飛び出した縁側に回る。嫌な感じが増した。淋しさは空虚さに変貌し、胸が苦しくなった。
 嫌だな、と思った。今度ははっきりと、そう思った。胃が重くなったような気がして、雪だるまを持っていないほうの手で胸を掴んだ。澱んだ何かが溜まっていくのが分かる。
 弱く、深呼吸をする。けれど、胸に溜まったそれは、吐き出すには少々重過ぎた。
 雪を踏みしめ、縁側へ近づいていく。縁側の傍まで来たとき、自分が裸足だったと気がついた。でもまぁ、雪のお陰でそんなに汚れてもいないし、いいかと開き直ることにした。
 廊下にあがる。左手は雪だるまを持ち、右手は霊夢の部屋の障子を開けようとしている。
「――」
 手が動かなかった。少しの力を入れて横に引けばいいだけというのに、何故か手が動こうとしてくれない。胸が苦しくて、呼吸するのが辛い。静かな空間の中、自分の高鳴る心音が聞こえる。
 気のせいだ。そう思って、障子を開けた。
「――」
 部屋は、今朝見たときと何も変わっていなかった。布団が部屋の隅に畳んであるだけで、他は箪笥があるだけの、簡素な部屋だ。
 部屋に霊夢はいなかった。
 ちるのは障子をそのままに、土間へ足を向けた。もう時刻も遅いし、きっと今頃炊事をしているに違いない。しかし、土間にも霊夢の姿は見えなかった。いつもより片付いた炊事道具だけがちるのを迎えた。
 慌てて他の部屋を探した。部屋数はそんなに多く無いので、すぐに霊夢は見つかるはずだ。その思いを抱いたまま、全ての部屋の障子を開けた。
 いなかった。試しに神社の上空で大声を出して呼んでみたけれど、返事はなかった。もしかするとどこかで倒れてしまったのかと心配して、隅から隅まで、それこそ蔵の中や厠の中まで確認したけれども、霊夢はいなかった。

 ――どうしてかしらね。

 唐突に、つい先日霊夢が口にした言葉を思い出した。霊夢の言葉や笑顔は好きだけれど、今は思い出したくなんてなかった。あの時の、霊夢の儚い笑顔を、今は思い出したくなかった。
 ちるのは雪だるまを放って、空へと飛び上がった。
「霊夢ー!」叫び声はしかし、雪に全て吸い込まれてしまっている。それでも、何度も何度も、彼女の名を呼んだ。「霊夢ー!」
 返事はない。ちるのは泣き出しそうな心を、下唇を噛んで耐えた。そのまま、全速力で神社をあとにする。

 ――この世、というか、浮世っていうのはさ、基本的に一人なわけなのよ。

 真っ白に染められた大地を、瞬き一つせずに探す。彼女の黒髪ならば、この白い世界ですぐに見つけられるはずだ。

 ――だからさ、たとえ一人になっても、孤独になっても、それは決して孤独ってわけじゃないの。

 雪が視界を悪くしている。下を見ても白一色で、そこに誰かが居ても見過ごしてしまいそうだ。全てを多い尽くそうと降り続ける雪に、初めて憤りの感情を覚えた。あたしの邪魔をするな、と心の中でわめいた。

 ――この世界に存在する全ての存在が孤独なんだから、本当の意味で孤独なんてありえないの。

「っ!」
 ついに耐え切れなくなって、しゃくりを上げた。どうして彼女は、自分にあんな話をしたのだろう。どうして霊夢は、あたしにあんなやさしい言葉をくれたのだろう。
 霊夢はやさしい。しかしそのやさしさは全て、受動的なものだった。求めれば応えてくれるけど、求めなければ何も与えてくれない。だというのに、何故霊夢はあの時、あたしにあんな話をしたのだろう。あの時は何の思いも浮かばなかった。けれど、今なら強く思う。そんな話は聞きたくなかった、そんな助言なんて欲しくなかった。いつも通りの霊夢で、いつも通りのやさしさでよかったのだ。
 だって、あれではまるで、残される私を気遣ったようではないか。
「れ……ぅ……」
 霊夢の名を呼んだ。寂しかった。怖かった。間違いなく、自分は独りなんだと感じた。
 全て理解してしまった。ここ最近の霊夢の不調も、言葉の意味も、そして何故、神社から自分を遠ざけたのかも全部。
「れぃ……む……ぅ…………」
 霊夢の胸が恋しい。今すぐに抱きしめて欲しい。手を繋いで欲しい。頭を撫でて欲しい。いつもの様に「お馬鹿ねぇ」と言って欲しい。何でも言うことを聞くから。もういたずらなんてしない。良い子でいるから。だから、一緒に居て欲しい。
「れぃ……むぅ…………!」



 …………ち…………の……



 その時、声が聞こえた。慌てて止まり、辺りを見渡す。雪だけが見える景色の中で、彼女の姿を探す。
 誰も居ない。誰も返事をしない。けれど確かに聞こえたのだ。「ちるの」と。彼女が自分だけにくれた、大切な名を呼ぶ声が。
 目を閉じて耳を澄ませる。それこそ雪の舞う微音すら聞き漏らさぬように。世界の誰もが聞こえぬとも、自分だけは聞こえるように。
 ――そして聞いた。
 目を開けてその方向を見る。
 ――そして飛んだ。
 その場所は先ほどまで雪だるまを作っていた場所だ。
 ――そして見つけた。
「霊夢!」
 身体の殆どが、雪で隠れてしまっている。ちるのは霊夢の傍に降りると、積もっている雪を払い落とした。見えた肌は、雪のように白くなっていた。触れた頬は、氷のように冷たくなっていた。
「霊夢ぅ!」
 肩に手を置いて、身体を揺さぶった。目を閉じた霊夢は、何の反応も返さない。薄れていながらも確かにあった生気が、まるで感じられない。
 ちるのは泣きじゃくった。今度こそ、自分は独りになろうとしている。唯一の温もりをくれた人が、自分の前から消えようとしている。
「れ゛い゛む゛ぅ!」
 泣きながら、身体を揺する。人形のように整った顔が雪の上で動く。美しい黒髪が雪に装飾される。皮肉なことに、その姿は今まで見た中で、一番綺麗に見えた。
 その時、閉じていた霊夢の瞼がぴくりと動いた。
「っ!?」
 ちるのは手の動きを止めて顔を近づけた。まつ毛が微細に動き、そして、酷く緩慢に、霊夢の瞼が開いた。
「……」
 彼女の唇が小さく動く。しかしそれは声にならず、息が漏れる音が微かに聞こえる程度だ。
「なにっ? 喋らないでいいから、帰ろう!」
「……」
 ちるのの声が聞こえていないのか、霊夢はそれでも尚、何かを伝えようとしている。
「喋らないでいいから! お願いだから! ――あたしを独りにしないでよぉ――!」
「――」
「え――?」
 ちるのは、霊夢の唇が紡ごうとしているそれに気がついた。辺りから音が消えた。無音の世界の中で、ちるのは確かにその言葉を聞いた。




 ――ち――――る、の――――――




 最後に霊夢は笑い、そして、目を閉じた。
 ちるのは、独りとなった。
「あ――」
 理解した。自分は今、独りになった。
「ああぁ――」
 自分の過ぎる程に賢しい頭が、今の状況を強制的に理解させる。
 独りになったのだ。
 もう彼女はいないのだ。
 頭をなでてもらえない。
 抱きしめてもらえない。
 共に在ってもらえない。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!!!」
 魂の抜けた霊夢の抜け殻にしがみ付いた。
 痛い。胸が、壊れそう。誰か助けて。霊夢、霊夢、と心が阿鼻をあげる。

 どうして誰も助けてくれないのか?
 自分はこんなにも苦しんでいるのに、どうして誰も助けてくれないのか?
 この世界に生み出され、一人で生きてきた。
 力を持ち、賢さを持ち、人々や自然の邪魔とならぬよう生きてきた。
 だというに、唯一、寂しさから救い出してくれた人すら奪うのか。
 私は苦しむために生まれてきたのか。
 ならば私はこんな智慧などいらない。
 こんなに苦しまなければならないのなら――


 記憶を、感情を、聡明さを、凍らせる。
 良い子であることがこの苦しさを感じさせるのなら、悪い子でいい。
 賢さが自分の境遇を理解させてしまうというのなら、馬鹿でいい。
 もう、こんなに苦しい思いはしたくないから。


 ――皆、凍れ。 



Ж  Ж  Ж




 鳥居の前で地面に降りた。再びこの場所に足をつけるまでに、どれほどの月日が流れただろう。思い返せばあれ以来、自分は神社に足を向けた覚えが無い。記憶は思い出せずとも、無意識に逃げていたのだろうか。自分は独りなのだと認めぬよう、目を背けていたのだろうか。
 境内には、花が舞い踊っていた。幻想郷の隅、誰も見ていない神社の境内で、散った花びらたちが誰の為でもない舞いを踊っていた。
 涙を拭い、歩を進める。石敷きの地面に落ちた花びらたちを踏みしめながら、ゆっくりと、そこへと足を踏み入れる。
 鳥居をくぐる。
 唐突に、景色が変わった。花びらなどなく、木枯らしが心地よく肌を撫でていく。辺りを見渡すと、枯れた葉が境内のそこかしこに散らばっていた。ああ、きっと彼女がこれを見たら怒っちゃうだろうな、と思った。
 砂利を踏む音が聞こえる。慌てて顔を向けると、そこには彼女が居た。
「あー、もう……昨日掃いたばっかりなのに」
 辟易とした表情を浮かべる彼女を見て、やっぱりな、とつい笑ってしまった。彼女がこっちに気がつく。
「こーら、ちるの。笑ってないであんたも手伝いなさい」
 うん、と頷いて、彼女の元へと走る。彼女の前で足を止めて、箒を受け取ろうと手を伸ばす。
 お願いね、と彼女が箒をこっちに渡そうとして――景色は再び花びら舞う世界へと戻った。
「……」
 周囲に視線を巡らせて、鳥居で止まった。遥か向こうまで、花びらが散っている。こんなにも美しい光景はそう見れたものではないだろう。この世界は、今日も、そして明日も美しい姿を保ったまま続いていくのだろう。
 でも、そこに彼女はいない。
「――ぃむ」
 どうして彼女はここに居ないのだろう。一度は止まっていた涙が、頬を伝って落ちていく。
「れ――ぃむ」
 ねぇ、なんで、いないの?
 私が泣いているのに、独りでいるのに、どうして、ここにいないの?
「れぃ、む゛ぅ――」
 呟きに答えるものなど居はしない。だって、彼女が言ったのだ。この世は独り、と。


 ――そして、こう言った。本当の孤独など、ありはしないと――


「うわぁ……今朝掃いたばっかりだってのに……あの死神、まだサボってやがるのかしら……」
 紅白の巫女服を着た少女が、箒を片手に姿を見せた。右の手で頭をかきながら、さてどうしたものかと眉を寄せている。
「あら……?」と、少女はこちらに気づくと、訝しげな表情を浮かべた。しかしそれも一瞬のことで、まぁいいかと呟いて箒を突き出した。「丁度良いところにいるじゃない。ちょっと掃除手伝いなさい」
 そう言って、手招きする。誘われるままに、自然と足は少女の元へと向かっていた。初めはゆっくりと、そして数歩目から全速力で。
 突き出された箒にも、少女の驚く顔も、何もかも無視して、抱きついた。
「ぅ――ぁ――」
 声にならない喘ぎがもれる。寒くも無いのに背筋に怖気が走り、胸の中は高揚している。手が震えるほどの情動に心地よさと気持ち悪さを覚える。求めていた少女の胸の中に居ると居るというのに、孤独が離れない。
「なによ――こら」
 少女が肩を掴んで引き剥がそうとするも、軽く力を入れた程度では、満身でしがみつく私を離させることはできなかった。



Ж  Ж  Ж




 変な既視感はずっと続いていた。今の今まで、その正体が判然とすることはなかった。しかし、自分の胸の中で泣くこの妖精の姿を見て、疼きを感じた。苦しくなるような切なさと、抱きしめてやりたくなるような母性じみたものが、自分の中で暴れている。それは卵から孵ろうとしている雛の姿を連想させる疼き。
 ああ……と、極々自然に理解した。これは自分の心の動きではない。自分の中にある、『博麗霊夢』の記憶がうずいているのだと。
 しゅるり、と髪留め兼、お札を解く。
 お札とは簡単に言えば、神の力が宿ったものだ。お守りになったり、結界の礎となったり、その用途は様々であるが、その一つに『何かを封印する』というものがある。何を封印するかによって宿す力も変わったりするが、そういった用途がある。
 解いたお札の用途は、『記憶と力の封印』というものだ。自分の中にある、『博麗霊夢』の記憶と力を封印するものだ。
 どの代が出てくるのかは知らないけれど、この泣き虫妖精に懐かれるだけあって、余程のお人よしだったに違いない。
 そうこう考えているうちに、思考が混濁してくる。今映っている景色と過去の景色、今の記憶と過去の記憶が交じり合い、何が何だか分からなくなる。
 そんな中、特別強い感情と記憶を持った自分が浮かび上がってきた。
 瞳に映るのは、雪が降る空を背景に、泣きじゃくるあの子。
 賢い癖に馬鹿で。
 強い癖に泣き虫で。
 誰よりもしっかりしている癖に、誰よりも甘えん坊だったあの子の姿。
 気がつけば、肩に置いた手を背中に回し、目の前の子を抱きしめていた。



Ж  Ж  Ж




 それは小さな声だった。けれど、温かな声だった。
 ちるの。
 たった一言、たった一つだけの、私だけに与えられた名前を呼ぶ声が聞こえた。
 背中に手がまわされる。胸にうずめていた顔を上げる。
「――」
 そこに居た。柔らかな黒髪をなびかせ、全ての負を浄化してしまう笑みを浮かべた、彼女が居た。
「ほぉら」
 彼女は背中に回した手を頬に持ってくると、涙を拭ってくれた。手は目尻から頬を撫で、額へと移り、そして頭上へと向かう。
「泣き虫は相変わらずね、『散る野』……?」
 ぽんぽん、と、頭を叩いてくれた。




「れいむ――――――――――!」











 

時は巡り循環の年。巡り巡って全ては元へ。

 ならば凍った記憶も雪解けと、流れ流れて元通り。

 時は巡り循環の年。

 永久凍土に封じられ、相見えん記憶とも、今再びの邂逅を。

 時は巡り循環の年。

 思い出すは麗しく、温もり篭ったあの人よ。













Ж  Ж  Ж




「~♪」
 山奥にある名の無い池。あまり大きくもない池には、澄んだ歌声が響いていた。誰が作ったのでもない、心の中に浮かぶ感情をそのまま声に出しているだけの、しかし純粋な歌が風に乗り、葉を揺らし、辺りに響いている。
「~♪」
 歌は、一匹の氷精が奏でていた。と、そこに一人の魔法使いが現れた。
「お、何だ何だ。いい音が聞こえるから来てみれば、どこぞの馬鹿妖精じゃないか」
 氷精はその声に、ぴたと歌を止めた。辺りに流れていた歌が消えた瞬間、少し、ほんの僅かだが、木々がざわめいた。それはまるで、歌を止めさせた魔法使いを非難しているようだった。
「何をしにきたのよ?」氷精は怒った風もなく、問う。
「別に? ただ暇だったからな。そんなところに丁度いい暇つぶしがいるからな」
 魔法使いはけらけらと笑う。言っていることは嫌味でしかないのだが、この人間が言うと嫌味には聞こえないから不思議だ。
「はー……」
 やれやれ、と、氷精は腰掛けていた岩から立ち上がった。その様子を見て、魔法使いはにやりと頬を上げた。
「話が早いじゃないか。馬鹿の癖に」
「ああもう、なんでもいいけどさ」
 そう言って、氷精は小さな指をぴっ、と立てる。
 何だ、と魔法使いは不思議そうな顔をする。

「あたしはさ」

 暖かで穏やかな風が吹いていた。木々の葉は風に揺られ、太陽の光を浴び、互いに身をこすらせる。それは心地よい演奏となり、せせらぎのように清々と流れていく。

「馬鹿じゃない」

 魔法使いが笑う。続きを促すように、氷精を見る。

「あたしの」

 彼女は言の葉に乗せる。脳裏に彼女の姿を思い浮かべながら。

「あたしの名前は――」


















 先ずは長々とした文章をお読みいただき、ありがとうございます。

 後書きというものをあまり書かない方なので、何を書いていいのかさっぱりですが、とにかくお礼を言わせてください。

 ありがとうございます。


 言いたいことというか、チルノや霊夢への思いは文章の中に詰め込んだのであえて何も書かないでおきます。

 取り合えずチルノ可愛いよ、ってことで一つ。



 また、この場に投稿するにあたって、勝手ながら少女セクトさんのタグを参考にさせていただきました。

 この場を借りてお詫びとお礼を申し上げます。



 もしよろしければご指摘・ご感想の程、よろしくおねがいします。

 ではでは、また次の作品のときにでも。



 炎氷刺丸
炎氷刺丸
http://www.geocities.jp/enju1162/
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コメント



0.1970簡易評価
7.60名前が無い程度の能力削除
チルノは過去(先代?)の霊夢に好意わ抱いてる訳で、今の霊夢に好意を抱いてる訳で無く、ただ影を重ねているだけなんですね。
そこが、ちょっとショッキングでした。


しかし、なかなか面白かったです

9.80卯月由羽削除
途中がかなり切ないお話で、自分は正直こういうの苦手なのですが、
それでも最後まで読みたくなるような素敵なお話でした。
12.90三文字削除
読み終わって、自然と感嘆の声が出てしまった・・・・・・
チルノの一人称が最初は「あたい」で最後は「あたし」なんですね。
だけど、前の霊夢の死んだ理由が書かれてないのがちょっと気になりました。
それはともかく、最後の場面がとても綺麗で、良い余韻が残りました。
素敵なお話をありがとうございます。
14.90幻想入りまで一万歩削除
「泣き虫は相変わらずね、『散る野』……?」
私は泣いた。 『散る野』と一緒に泣いた。 感動をありがとう。
15.90名前が無い程度の能力削除
思えば、本来十把一絡の妖精が「名前」を持っていること自体が
凄いことなんだなあ、とか思いました(じゃ、三月精はどうなんだ、って気もするけど)
素敵な⑨、いやいやチルノ・ビギニング、堪能いたしました。

しかしまあ、霊夢ってか博麗は代々無敵なんだなあ。色んな意味で。
16.90名前が無い程度の能力削除
久々に泣かしていただきました。
17.100名前が無い程度の能力削除
こんなに切ないチルノの話は初めてかもしれない
19.100名前が無い程度の能力削除
切ないなぁ…
だが、それがいい
20.100名前が無い程度の能力削除
凄く泣けました。
21.90名前が無い程度の能力削除
泣かされました……
28.90蝦蟇口咬平削除
氷の精の話なのに心があったかくなった
切なさもあるけど
29.無評価炎氷刺丸削除
皆さん、感想のお言葉、ありがとうございます。

今回の感想などを励みに、次の作品を頑張りたいと思いますので、その際はどうぞよろしくお願いします。
43.100SA削除
泣いてしまいました
44.100名前が無い程度の能力削除
このチルノのその後が見てみたい!
47.100名前が無い程度の能力削除
泣けた、泣けました