Coolier - 新生・東方創想話

笑顔と寝顔に誘われて

2007/12/02 21:03:00
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※この作品には、作者のある程度の主観が入っております。
※なお、壊れ要素ははいっておりませんが、作中に頭の悪い部分が多少見受けられます。

以上をご了承の上、お楽しみを。




 目まぐるしく風景が回転するのは、自分がこの空を忙しなく動き回っているからなのだろうか。
 アリス・マーガトロイドは、相手が繰り出してくる次なる一手の予測を行いながら、ふと考える。
 ぐるぐるとする視界の中で雲一つない夜空に流れていくのは、鋭角な三日月と無数の星達の煌き。高台に上ってゆっくりくつろぎながらこの空を眺めることが出来たら、どれだけ素敵なことか。特に、今目の前に居る少女なんかと……。
「魔符・ミルキーウェイ!」
 されど、そんな自分のささやかな願望を知る由もなく、彼女は夜空に映える天然ではなく魔力で構成される幾多の星々をこちらへと降り注がせてきた。
 綺麗とさえ思える色とりどりのお星様達が夜空を埋め尽くすのに、アリスは一瞬見惚れてしまいそうになるのだが、これは自分への攻撃を目的として放たれたものだ。気を抜けば、それこそ一瞬で撃ち落されてしまう。
「っ……!」
 周囲に追従させていた人形達に魔力を注ぎ込み、防御、および迎撃で魔力星達を防ぎきる。弾幕の隙間を掻い潜りながらアリスは空の飛翔を続け、一定の距離を詰めたところで、
「魔符・アーティフルサクリファイス!」
 一体の人形を中空に放り投げ、自分と彼女のほぼ中間で炸裂させる。
 黄金の閃光が夜空を焦がし、一帯の視界は闇ではなく光によってゼロになった。
 何も見えなくなった世界の中でも、標的の位置は既に把握済みだ。
 正面……!
 全速力で飛翔を再開。
 展開される閃光、炸裂によって四散する星達を一瞬にして突き抜け、視界が戻ったその先には――いつも見ていた、彼女の強気な笑顔がすぐそこにあった。両手にチャージされている、大きな魔力と共に。
 彼女の次の一手が、もう始まっている。だが、先読み済みだ。
 それに耐え切ることが、自分の次なる一手であると既に決めている。
 彼女の代名詞とも言われる恋の魔砲に近距離で立ち向かうのは、はっきり言ってとても危険な賭けなのだが、今この時に於いてはこれくらいしか勝利する術がない。
 来る、と直感すると同時に、こちらも身構えた。
「恋符・マスタースパーク!」
 彼女の両手から放たれるのは、大規模大出力の光の奔流。夜空の何もかもを飲み込んでいきそうな大砲光に対し、アリスは眼前に魔力による金色のシールドを構成し、全力で防御する。
 わずか数秒で、シールドがヒビ割れ崩落しようとするが……周囲に追従している人形達が、普段アリスが供給している魔力をシールドに注いでくれたおかげで、防御の力は何とか持ちこたえてくれた。一人ではない、皆が居る、と実感した瞬間だ。
 十数秒の光の放出が終わり、夜空の光に闇が戻ると同時、役目を終えた人形達はヘナヘナと墜落していく。
 ごめんね、後できちんと拾いに行くからね、と心の中で謝っておきながら、アリスは再び突進を開始する。
 一気に、片を付けにいく。
「ふっ!」
 短い気合と共に、アリスは少女に向かって突進スピードの乗ったケリを放つ。魔力放出直後の彼女は障壁を展開させる隙間もなく、持っていた箒でケリを防ぐが、衝撃を全て吸収できなかったのか、ドンと下方へと吹き飛ばされる。
 地面に向かって落下していく少女に追い打ちするかのように、アリスは下方向へと我が身を飛翔させようとしたところで――
「――……?」
 ふんわりとした香りが、鼻腔をくすぐったような気がした。
 柑橘系だろうか。少々の甘酸っぱさがある。
 どこかで嗅いだことがあるような……。
「……って、行けない、集中しないと」
 今はそちらに思考を回している余裕はない。アリスは彼女を追って飛翔する。
 数秒もしないうちに、落下中の彼女を射程に捉え、それを確認してから魔法の構成イメージを脳内で完成させる。
 タイミング、スピード、密度、陣形、全て問題なし。
「魔光・デヴィリーライトレイ!」
 スペル発動。
 キリモミ落下していく彼女の行く先で、四体の人形が菱形のフォーメーションを敷き、四方向から彼女に向けて蒼白のレーザーを撃ち出す。
 四方向からの閃光は、まさに一点に重なる箇所で彼女へと命中。光の重複空間から直径十メートル近くの規模にわたって間欠泉の如く光柱が吹き上がり、彼女の小柄な体がゴム毬のように跳ね飛んだ。
 手応えアリ。
「決まった……!」
 自分と人形達の絶妙な連携が決まったのを満足しつつ、アリスはフッと息をついて肩の力を抜きながら、衝撃に煽られて彼女が落下していく様を見下ろそうとしたところで――
 彼女が、ニヤリと唇に笑みを形取らせたのが見えた。
「魔符・スターダストレヴァリエ!」
 その笑顔を認識したときには既に、彼女は、跳ね飛ばされた勢いそのままに上昇を開始していた。
 箒の上に立ち、箒の先端から溢れる星々の推進力をプラスさせて、一気にこちらへと突進する。
「わっ、わわっ!」
 アリスは慌てて身構えようとするが、間に合わない。
 ジェット上昇する勢いそのままに、彼女はこちらにドシン、とぶつかってきて。
 ――抱き締められた。
「へ?」
 これまた、自分の首っ玉に腕を回して、ぎゅーっと力強く。
 一瞬、サバ折りでもしているのかと思ったのだが、こんな空中でサバ折りなんかしても効果は怪しく、むしろ体当たりの方がダメージが大きかったのでは? などと一瞬で考えたのだが……生憎、サバ折りとは全く雰囲気が違った。
 なんというか、そう、情熱的なのだ。
 交わる互いの柔らかさ。衣服越しに感じる温かさ。近距離で交わされる息遣い。一切合財。
「わ、ちょ、ど、どうしたのよ、魔理沙。いきなりこんな……!」
 さすがに顔に熱を持っていくのがわかった……否、顔どころか、全身に熱を持ってきた。
 バクバク言い始めた鼓動を感じつつアリスは少女の名を慌てて呼ぶが、聞こえていないかのように、彼女は抱擁を解かない。
 それどころか、
「好きだぜ、アリス」
「――――!?」
 耳元にそのように囁いてきたのに、頭の中が真っ白になった。
 さっきまでは弾幕ごっこだったと言うのに、なんだってこんな――!
「惚れてるぜ、愛してるぜ、一目会ったころからおまえにフォーリンラブだぜ」
「ぬな……っ!」
 なんか古っ! ものすごく古っ! なんてツッコミを入れたいのだが、相手が相手であるだけに、どうにも胸に来るものがあった。
 そんな自分の心情を察しているのか、彼女は、じっと真っ直ぐな視線をこちらに向けてくる。
 持ち前の明るさでいつもは爛々とした輝きを放って居るその瞳は、どこか潤んでおり、吸い込まれてしまいそうな切なさに満ちている。
 駄目だ、頭がくらくらしてきた、もうどうにかなっちゃいそうだ……と、我欲に白旗を揚げようとしたところで。
 ふわりと、また。
 鼻腔をほのかな香りがくすぐったのを感じた。
「――――」
 甘酸っぱい香りを、アリスはリアルに感じる。
 今のこの状況よりも、ずっとリアルに感じる。
 そう、これは――
「アリス……」
 彼女が目を閉じて、スッと顔を寄せてくる。先程の潤んだ瞳、そして今のような上気した頬なんかを見ていると、このまま行ってしまいたい衝動に駆られるが。
 それにも負けず、手先のみを動かして自分の腰辺りをつねってみる。
 ……痛くない。
「あ、夢だ、これ」
 そのように気付いて、呟いた直後に。
 以前から感じる香りの中、アリス・マーガトロイドは自分の居る世界が急速に浮上していくのを感じた。


 次に目を覚ましたとき――というより、ガバッと跳ね起きたとき、そこがベッドの上だとわかるのに、アリスは一秒も要さなかった。
 起き上がった勢いそのままにキョロキョロと周囲を見回すと、輝く星々が煌く夜空も弾幕が埋め尽くす力の風景も視界にはなく、大小の人形がずらりと並べられている見慣れた室内がある。
 魔法の森の一角に存在する屋敷、マーガトロイド邸。いうなれば、慣れ親しんだ我が住処の一室だ。
 ……やっぱり、夢だったのね。途中からどうもおかしいと思った。
 未だにドキドキしている鼓動をどうにか抑え込むように、アリスは一つ深呼吸。吸って……吐いて……よし、落ち着いた。
 周辺視野が広がっていき、窓から刺してくる陽の柔らかさを感じる。朝方の時刻だ。
「…………」
 寝起きともなれば欠伸の一つくらいありそうなものなのだが、先程の夢の内容が内容であるためかバッチリと目は冴えてしまっており、そんなものは全然浮かんでこない。ただ、朝の脱力感は残っており、ゴソゴソと緩慢な動作で寝床から這い出す。
 それにしても、なんだってあんな夢を見たのかしら……。
 ボーっとした頭で着替えをしながら、アリスは物思いに耽る。
 弾幕ごっこの夢を見るのは、別に珍しいわけではない。
 好きでやっているわけでもないのだが、この幻想郷に於いては日常的に行われることだし、それが印象に残って夢に出たりもする。紅白の巫女や、さっき見たような白黒の魔法少女なんかとは頻度が高いので、弾幕の夢を見るときは大体相手がその二人のウチのどちらかだ。
 となれば、今回の相手は白黒の魔法少女ということでさして珍しいことでもないのだが……いきなりああいう行動に出てきたのは、初めてのことだった。
 思い返すだけで、ドカァーッと顔に熱を持っていく。
 アレはいうなれば、なんなのだろうか。願望というものなのだろうか。いやいや、普段からそういうことを思っているわけでもなくて、別にそうありたいと願っていないというわけでもなくて、だけどやっぱり世間には犬猿の仲で通っているわけだし実際そういうことが何回もあったりするし、でもやっぱりもうちょっと仲良くなりたいなーと言うか……。
 などと堂々巡りできるほどに思考が活性化した頃に、ふと、アリスの嗅覚に察知できるものがあった。
 ふわりと、甘酸っぱい香り。
 夢の中でも感じた、柑橘系。
「ん……?」
 香りの源を辿ってみると、窓際にソレはちょこんと置かれてあった。
 小さなドーム型の陶器。穴が三つ空いており、そこから微かな霊力によって構成されるお香が漂っているのを感じる。
 はて、こんなものあったっけ……と思ったのだが、すぐさま『ああ』と思い至った。
「確か一昨日、天音がくれたやつだったわね」
 数ヶ月前から魔法の森に住み着くようになった自称・魔法使いからの贈り物である。
 過去に一度、彼女には大きな貸しを作っているためか、彼女からいろいろと物品を貰うことが多い。そんなにも恩義を感じられるのもこちらとしては恐縮なのだが、蒐集家である者の性か、貰えるものはついつい貰ってしまうアリスである。
 それはともかく、確か、この香の効果はと言うと――
『集中時は疲れ目の防止。休憩時は全身のリラックス効果。就寝時は全ての雑音を遮断して夢心地。起床時は疲労回復&爽快なお目覚めを約束しますのよ』
 簡単な疲労緩和と回復のアイテムだ。
 なんでも、彼女の中では最も基本的な術式であるらしい。柑橘系の香りは自分がリクエストしたものだった。リビングホール、研究室として使っている部屋にも同種のものが置いてある。
 湿度が多い魔法の森の中で、こういったお香は少なくとも効果を成せる代物だ。彼女がいつも微笑でいられるのは、普段から溜まりそうな疲労の具合を管理できているからなのかも知れない。
 今度、その術式の詳細を教えてもらうのも良いかな、などと思いつつ、アリスは寝巻きからの着替えを完了させる。
 青色のワンピースドレスにフリルつきの白色のケープ、サラサラのショートの金髪に赤のカチューシャはいつもどおりの自分の出で立ちだ。
 寝室を出ると、上海を始めとする人形達がパラパラと寄ってきて、めいめいに朝の挨拶のお辞儀をしてくる。それを微笑みで返しながら、アリスは食卓に向かって軽く朝食の準備をしようとしたところで。
 コンコン、と。
 小さなノックが二つ、屋敷の玄関から響いた。
 そして、こちらが返事をするよりも先に、
「ういーっす」
 ガチャリと玄関の戸を開けて、一人の少女が入ってきた。
 クセのかかった金髪に大きな三角帽子。小柄な体躯で、白のブラウスと黒の上着、黒のスカート姿はどこからどう見ても魔法使い然としている。
 自分の知り合いである普通の魔法使いで……さっきの夢に出てきていた少女、霧雨魔理沙だった。
 見ていた夢が影響して、アリスは一瞬ドキリとなってしまうのだが、表情には出さず、ぶっきらぼうに答える。
「魔理沙。入ってくるのはこっちがせめて返事をしてからにして頂戴」
「ふぁ……ん、いいだろ別に減るもんじゃなし。気にすんな」
「気にするわよ、まったく」
 朝であるためか、欠伸混じりながらも、いけしゃあしゃあと言ってくる魔理沙である。
 遠慮と言うものがまるでないが、まあ、そういうところがらしいと言えばらしいか。
「っと、今から朝メシか?」
「そうよ。今さっき起きたところ。昨日はちょっと遅かったから」
「おお。もしかしなくとも、自動人形の研究か。まだ続けてたんだな」
「まあね。あんまり進展の兆しはないけど」
 魔力供給ではなく、魂を使った半永久機関の人形を作り出す研究。
 アリスや魔理沙といった魔法使いが棲家としている魔法の森はいやに湿気が高いので、アリスの家にある人形達は一定の期間で手入れを行わないとその湿気にやられてすぐに痛んでしまう。
 近頃のアリスはその人形の手入れを自動で行ってもらうための人形を作るため魂の研究を突き詰めているのだが、怨霊や悪霊などの憑依の可能性、人形の身体と魂の整合性など課題は山盛りで、実現にはまだ遠い。
「魔理沙、朝食は? なんなら、ついでに作ってあげるけど」
「おう、遠慮なく頂くぜ。あと、特に欲しいものと言ったら熱々の緑茶だな」
「うちに緑茶は置いてないわよ。神社じゃあるまいし。洋式でお願い」
「しょうがないなぁ。じゃあ紅茶だ。うん、ホットな紅茶を一つだ。砂糖とミルクはナシだぜ」 
「はいはい」
 リビングホールに常備している客人用のソファ(三人掛け)の真ん中に座ってすっかりくつろいでいる魔理沙に、アリスはやれやれと溜息を付きつつも『ちょっと待っててね』と言い置いて台所に立ち、カップを棚から二つ用意してから冷蔵庫を開ける。
 今日の朝食は……よし、サンドイッチにしよう。
 用意するの材料は、耳を切り取った食パンと、シャキシャキのレタスとトマト、薄切りの生ハム。紅茶のための湯を沸かすついでに、ゆで卵も作っておいて、と。 
 パンに塗るマーガリンとバターの比率は1:2。隠し味にマスタードを少々。そのパンで具を挟んで、適した形にカットすれば出来上がり。
 作っている間にゆで卵も完成。半熟が好みなので十分もかからない。
 紅茶のための湯も既に沸いている。自家製の茶葉と魔法の森で取ってきた茶葉をブレンドさせたパックを使って、コポコポコポと……。
「おまたせ」
 お盆に朝食と紅茶二つを乗せながらリビングホールに戻ってくると、魔理沙がソファでうたた寝をしていた。
 カクン、カックン、カク、と実に不規則なリズムで舟を漕いでいるが、そういうところが彼女の型破りを象徴しているかもしれない。
 ふてぶてしいわね、などと思いつつも、待たせたという概念はないので気持ちは軽い。
「魔理沙、朝食よ」
 もう一度声をかけてやると、魔理沙はピクリと目を覚ましてこちらに気付いた。
「ん……おおぅ、アリス。早かったな」
「こういうのは慣れってもんよ。あんたもそんな感じでしょ?」
 ちゃぶ台くらいのテーブルにお盆を置いて、アリスは一息。テーブルを挟んで、魔理沙とは対面のソファに座る。
 いつもは食堂のテーブルで食べるのだが、今みたいな来客中はリビングのテーブルでお茶、もしくは軽食と言うのが通例だ。
「ううむ、私が作ったのよりも美味そうに見えるって言うのがなんだかシャクだぜ」
「そう? ありがと」
 そんな、まったりとした空気の中、魔理沙と談笑しながら朝食。
 一応、サンドイッチは多めに作っておいたつもりなのだが、どうにも魔理沙の食欲が旺盛だったためか、十数分もしないうちになくなってしまった。
 本当に遠慮を知らないやつだ、と改めて認識しつつ。
「そういえば、こんな朝から何しに来たの?」
 ある程度の片づけを済ませ、食後のお茶タイムに入ったところで、アリスはそのように問うたが。
「ふぁ……んあ? なんだって?」
 タイミングよく大きく欠伸をしていた魔理沙には、どうも聞こえてなかったようだ。
 さっきもうたた寝をしていたことから、寝不足なのだろうか、と思いながら同じことを問うてやると、魔理沙は『おお、そうだった』とポンと手を打った。
「この前の宴会のとき、交換条件でアレ貸してくれるって言ってたろ? 私が持ってない分のやつ」
「? ……ああ、『暴れんGo!将軍』のことね」
「そう、それだ。やけにハイテンションな将軍様が世界各地に蔓延る悪事をぶった斬る痛快アクションだぜ」
「痛快とか言いながらも、一話目から誤認で一般人を斬り殺しかけて、後に出た台詞が『斬らなかったことにしよう! キミも斬られなかったことにしよう! オッケーィ?』とノリで押し切ってたのにはさすがに理不尽を感じたんだけど」
「でも、それ以降はギリギリながらも何とかこなしてるだろ? だから『今度はいつやらかすか?』と言う点にどうしても注目してしまうぜ」
「ホントギリギリよね。テンションが最高潮になったときは『ゴーフラッシャー!』とか叫んで妙なトランス状態になったりもするし。雄叫びの意味が未だに謎のままだわ」
「読者間ではいろいろと考察は立てられてるみたいだけどな。まだ判然としてないのが現状だ。シリーズ読み進めるうちにわかるんじゃねーのか?」
「といっても、あのシリーズ自体、希少で手に入りにくいのが難よね。紅魔館の図書館に置いてないのかしら?」
「この前に行ったときは、どこ探しても置いてなかったぜ。となると、やっぱレアものなんだな」
 滅多に手に入らない書物のことを思いながら、蒐集家の二人はしみじみと頷きあう。
 ともあれ、今度魔理沙が手に入れる予定の魔法書の貸出最優先権を条件に、こちらもその書物を貸す約束をしていたのをアリスは思い出した。
「じゃあ、ちょっと待っていてくれる? アレ、ちょっと解りにくいところに保管してるのよね」
「できるだけ早くしてくれよな。眠いから、早く帰りたいんだ」
「? そういえば、さっきも居眠りしてたわね。朝も食べてなかったし。寝てないの?」
「ああ、昨日、蒐集が絶好調だったんだけどな。戦利品の大半が、攻城魔法兵器の不発弾とかタチの悪い怨念が混じった古美術とかで……まあ、いろいろあって、除去作業せざるを得ない状況になったんだ。おかげで家に帰らず徹夜だぜ」
「…………」
 そういえば、昨夜は遠く――といっても、魔法の森の中なのだが、その遠くからいろいろ騒がしい物音が聞こえていた。
 花火みたいにパンパンと断続的で響いていたのだが、騒音と呼べるものでもなかったので、アリスはさして気に留めなかったが。
 どうやら、その場では魔理沙がいろいろと苦労していたようだ。
「なら、一休みしてからウチに来ても良かったんじゃない?」
「いやもう、ほとんどついでだったからな。『暴れんGo!将軍』のことも気になったしでだな」
「『ついで』とか『めんどい』とか、なんだかシャクな物言いね」
「? なんのことだ?」
「なんでもないわよ」
 魔理沙に見えないところでこっそりと溜息をつきつつ、アリスは書庫に割り当てている部屋へと足を向ける。
 ちゃんと魔法書貸してくれるのかしら、だの、徹夜ってそんなにも大変だったのかな、だの、知らないうちに魔理沙のことばかりを考えながら、アリスは書庫の本棚から目的の本――『薄氷の巻』と『綱渡の巻』と『胃痛の巻』とサブタイトルのあるハードカバーの新書を探し出す。
 三冊の本を簡単に布に包み、ものの数分で、再びリビングホールに戻ってくると。
「あら?」
 魔理沙は、またも目を閉じて居眠りをしていた。
 今度は先程のような船漕ぎではなく、ソファに身を沈み込ませている。
 ホントにふてぶてしいわね、と思いつつも、それだけ疲れていたのかもしれない、ともアリスは思った。
 ここで寝かせていこうかしら……と一瞬考えたのだが、今日も研究があるからこのまま放置しておくわけにも行かないので、やはり起こすことにする。
「こら、魔理沙。起きなさい」
「…………」
「魔理沙」
 呼びかけても、応答なし。
 どうも眠りが深くなっているらしい。
 ……こういう場合、頬を叩くとかそんなのよりも、引っ張ったりしてやった方が効果的よね。
 即断し、アリスは魔理沙の隣に座って、左の頬をつまんでギュイーッと引っ張ろうとしたのだが。
「んぅ……」
 引っ張られることにまるで抵抗が働かなかったためか、魔理沙はそのまま体勢を崩し、
「あ…………」
 アリスのささやかな胸にボフッと寄りかかり、そのままズリズリと滑って、最終的にはアリスの太ももの方に魔理沙の小さな頭が収まった。
 言わば、膝枕の状態だ。
 ある意味とんでもないことになってしまったのに、アリスは顔を紅くして慌てた心地になるのだが、
 すー……すー……。
 さっきとは違って規則的な寝息と、魔理沙の無防備で穏やかな寝顔なんかを見ていると、ぐるぐるしていた気持ちがわずかばかり落ち着いた。
 本当に、よく眠っているようだった。
「しょうがないわねぇ」
 研究のことは後回しにしておいて、アリスは溜息と共に身を落ち着かせる。
 体勢を直す際、朝から感じていた甘酸っぱい香りを改めて感じ取る。
 リビングにもおいてある、疲労回復のお香の置物。
 魔理沙が眠ってしまった理由はこれなのかなと、アリスはふと思った。疲れてるときの、眠りの誘発効果もあるようだ。
「…………」
 それにしても。
 他人に膝を貸す、というのはアリスにとっては初めてのことだ。こういう状況なんて想像もしてなかったし、ガラでもない。
 こんな時、借りる側はただ眠っていればいいのだろうが、貸す側はどうすればいいのだろうか。しかも貸している相手が魔理沙であるだけに、その、なんだ、生殺し……と言うには大袈裟なのだが、何かをしていないと落ち着かない。
 耳掃除をする、と言うのは眠っている相手にすることではないから没。
 膝をゆすって頭をフライパン返しー……は考えるだけでも莫迦だ。
 そのまま自分も眠る、と言うのは無理だ。それに、なんかだ勿体無い。
 ……となれば、頭を撫でてみてはどうか。こう、彼女の金髪のクセッ毛を梳いてやるかのように――
「ん……ふぅ……」
「わ……」
 なんだか、魔理沙がとても気持ち良さそうだったのと同時に、こっちも和らいだ気分になる。
 コレは新たな発見かもしれない。
 もう少し、試してみたい気持ちになる。
 クセッ毛なのにわりと触り心地が良い髪の毛を始めとして。
 少し広めの額なんかをひたひたと触ってみたり。
 実は柔らかい頬を指先でつんつんと突いてみたり。
 静かに呼吸するその小さな唇に――
「――――」
 指先が少し触れて、アリスは思い出す。
 夢の中であった顛末の、終わりの方を。
 体当たりをされるかと思ったらいきなり抱き締められて、耳元で愛をささやかれて、そしてこの唇を――
 って、何を考えてるのよ、私。自重しろ私。
 だが、しかし、これは……。
 再び落ち着かない気分になって、アリスはキョロキョロと周囲を見渡してみると、上海人形が中空にパタパタと漂って無機質な視線でこちらを見ていたが。
 こちらと視線がかち合うと、何を思ったのか、ヒュイーッとどこかに飛び去ってしまった。
 ……これはもしかしなくとも、気遣ったつもりなのかしら? 『頑張ってー』なんて言ってるのかしら?
 何を頑張るのかを解らないが、それはともかく、どうしよう。本当に、どうしてくれよう?
『いいじゃんいいじゃん、そのままぶちうと一発やっちまえ』
『落ち着きなさい、ここは一つ深呼吸して、それからそっと一発行くのです』
 いや、それ葛藤になってないからね。
『裁判長。誰も見ていない、誰も来る様子はない、相手は無防備。これらの要素を鑑みるに、ドーンと一発行っても仕方のないものと思われます』
『では、判決。――ズガーンと一発』
 いや、わけわからないからね。
『純粋に一発行ける者こそ!』
『己を捨てて一発行ける者には!』
 あーもう、黙りなさい、あんたら。
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
 六人揃って謝ってきた。
 とまあ、遊ぶのは程々にしておいて。本当に自分がどうしたいのかというと。
 ……ちょっとくらいなら。
 やっぱり、抗えないのであった。
 髪を掻き上げ、頬にそっと手を触れて。そのまま、アリスはゆっくりとその寝顔に接近しようとしたところで――
「ん……駄目だぜアリス……」
「!」
 いきなり、魔理沙の唇からそんな言葉が漏れたのに、アリスはギクリとなってピョコンと飛び上がりたい気分になった。体勢が体勢なので飛び上がらなかったが。
 バクバクする鼓動をなんとか鎮めつつ、魔理沙の寝顔を覗き見ると……彼女は未だに熟睡中で、そして、
「アリス……そこは駄目だ……大きすぎるぜ……」
 寝言を口走っているようだった。
「そんなにもかき混ぜたら……やめろ……やめろったら……」
 しかし、その寝言は実に耳に毒な内容であった。
 なにやら悩ましげに身体をモゾモゾと動かしたりしているし、心なしか、頬が上気しているような気もする。
「もう充分だって……アリス、まだやるのか……?」
 何より、妙に切なげに自分の名前を呼んできているときたら。
 無意識のうちにゴクリと唾を飲み込み、その寝言の続きに耳を傾ける。
 い、一体、どんな夢を……?
「ほら言わんこっちゃない……それだけ火薬多くしたら、爆発するに決まってるじゃないか……」
 ……如何にも平凡な夢だった。
「ははは、莫迦だなぁ……アリスは……」
 こっちが言いたい。
 さっきまで葛藤なり何なりしていた自分が、なんだか急にアホらしくなって来た。
『はあぁぁぁ……』と長い溜息を付いて、ソファの背もたれに身を預け、片手で頭を抱える。
 一瞬、起こしてやろうかと思ったが、そこまでする気にはなれなかった。
 まったく……なんで、私はこんな人間の娘のことを気にしているのかしら。
 投げやりな気持ちのままで、そんなことを考える。
 霧雨魔理沙。魔法の森に住む人間の魔法使い。
 わりとひねくれ者で、負けず嫌い。
 勝手に人の家に上がりこんだりもしてくるし、借りたものを返さない癖だってある。
 言ってみれば性格が悪い部類に入る。
 しかし、強い。
 そのデタラメとしかいえない魔力の域を天賦ではなく努力で到達させることが出来たのは、相当に根性が据わってないと出来ないことだ。
 何より、楽しい。
 明るく、陽気で、人当たりが良く、宴会の幹事などもたいてい仕切ってくれるし……彼女と一緒に居ると、妙に楽しい気分にさせられる。
 そんなところに惹かれる者だって少なくなく、現に、彼女のことを気にしている者は沢山居る。
 紅白の巫女然り、大図書館の主然り、吸血鬼の妹然り。
 そして自分もまた、このように。
「どうも……敵わないのよねぇ」
 今更のことを思い直して、アリスは苦笑した。
 恐らくは、これからも何度もそう思わされるかもしれない。
 彼女とは、喧嘩だって弾幕ごっこだって何度もするだろう。
 だけど、先程のように笑いあうこともあれば、今もこのように穏やかに過ごせることだって、また何度もあるだろう。
 それら全てひっくるめて、楽しい時間が少しでも長く続くのであらば……自分は、幸せなのかも知れない。
「ま、今のコレは、一種の役得よね」
 頬で見ながら呟き、アリスは彼女の額にそっと口付ける。
 ドキドキもせずに、自然に出来た動作。
 魔理沙がわずかに唸っていたが、一瞬のことで、すぐに穏やかな寝顔に変わる。
 見ているだけで、胸中はとても和やかだった。
「さて……」
 まだ、魔理沙は起きそうにない。
 これからどうしようかと思ったが……そのまま眠ってしまおう。
 研究とかのこともあるけど、それは今すぐしないといけないことではないので、問題はない。
 起きたばかりなので別段疲れても居ないが、こういう二度寝もまた良いものだ。
 膝元にある彼女の寝顔の温かさに誘われて。
 柑橘系の香りをどこからかまた感じながら。

 アリス・マーガトロイドは、ゆるりと目を閉じた。
こんちは、阪木と申します。
ここには約半年振りの投稿ですが、初めましての人は初めまして。

なんだか終始まったり空気で、ヤマがないなーというのが書き終わって気付いたことなのですが。
まあ、何となくニヤニヤしながら読んでもらえたのならば、それはそれで幸いであります。

ではでは。
また半年後……ではなく、また近いうちに投稿したいなぁと思いつつ。
阪木洋一
[email protected]
http://www.geocities.jp/ocean_sakaki/index.htm
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コメント



0.890簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
これはいいマリアリ
12.90名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤしながら読ませて貰いました。次作も期待してます。