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霊夢推理劇場 紅魔館の犯罪~誰がレミリアを殺したか?~ 《事件編》

2007/11/17 10:18:37
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《注 この作品はプチミニ作品集15の『霊夢推理劇場 『中』の悲劇』と地続きになっています。内容はこの作品中でも補完していますが、読んでおくともしかしたら推理がスムーズになったりするかもしれません》

 空は快晴だった。
 がたがたと音を立てながら、博麗霊夢は雨戸を開くと目を細めながら空を仰いだ。
「ん~……昨日のいきなりの嵐が嘘みたいな快晴ね」
 両手を腰に当てて、ふんと息を吐く。
 そう、昨晩はここ最近では類を見ないほどの大荒れの天気だった。台風の季節…という訳でもないのに強烈な風が吹きつけ、激しい雨が建物を叩いた。何か人為的な異変なんじゃないかといぶかしんでいたが…こうして夜明けごろにはすっかり晴れてしまったあたり、そういう訳でもなかったらしい。
「さぁ、もうすっきり晴れたんだからあんたもとっとと帰りなさい」
 霊夢は後ろに振り返りながら言う。
 そこには布団が敷かれており、その中で埋まるようにして何者かが寝ているのだ。
「………ん~……」
 くぐもった返事だけは聞こえてくるが、しかし布団の中の人物は一向に動こうとはしない。
「っもう!」
 その態度を腹に据えかねた霊夢は一気に上布団を剥ぎ取った。
「ぎゅう」
 変な悲鳴を上げながら八雲紫が布団から転がり出てくる。…普段の妖艶な姿からは想像できないほどの寝惚けっぷりだ。
「別に昼まで寝ようが夜まで寝ようがそれはあんたの勝手だけど…ただ寝るなら自分の寝床で寝なさい!」
「う~ん…仕方ないわね……」
 のそのそと紫は起き上がり、寝巻きのまま欠伸をしながら洗面所へと歩いていった。
「全く……」
 霊夢は腕を組んで唸る。
 昨晩、嵐が吹き出すちょっと前ぐらいだっただろうか…紫はいきなり神社を尋ねてきた。
 来訪の理由を問うてものらりくらりと質問をかわし、これまたいきなり麻雀をしようじゃないかと提案してきたのだ。
 別に霊夢が紫と二人きりでの麻雀に付き合ってやる理由はなかったけれど、紫は麻雀をやりながら呑もうじゃないかとこれは上物のお酒をちらつかせてきた。露骨に何か裏がありそうな誘いではあったが、警戒したところで解りそうもないし、霊夢も退屈はしていたし、それに何より誘いを断ってはお酒が呑めないとあって、霊夢は紫の提案を承諾した。
 しばらくして嵐が吹き始め……結局二人が麻雀を止めたのは深夜かなり回ってからだった。
 追い返してやろうと思ったのだが、紫は今夜は神社で泊まると主張しだし…もうそれを追い出すのも億劫になっていた霊夢は紫を一晩神社に泊めてやり現在に至っているのである。


 二人が朝食を終え、食後の茶を啜っている時だった。
「た……大変ですよ!!!大変なことが起こりました!!」
 超スピードで何事かを叫びながら、黒い影が二人の居る居間に突っ込んできた。
「……何?何が大変だって?」
 霊夢は顔を顰めながら部屋に飛び込んできた人物を睨みつける。
 飛び込んできた人物…射命丸文はガバッと顔を上げると一気に霊夢に詰め寄った。
「たいへんなんです!大変なことが…!」
「大変は解ったから、ちょっとは落ち着きなさい」
 紫が卓袱台に片肘付きながら冷静にツッコミを入れる。
「は…はい…あ、お茶をいただきます」
「それ私のなんだけど…」
 霊夢の制止も聞かずにお茶を飲み干すと、文はふぅと一息吐いた。それから、改めて霊夢に顔を寄せる。
「大変なことが起こったのです」
「それはもう散々聞いたわ…」
「話が進まないわねぇ。そんなんでよく記者が務まるわ…」
「あれ?どうして八雲紫さんがこんな朝っぱらから神社に居るんですか?」
「色々あるのよ…言いたい事があるなら早く言ってよ」
 霊夢に促され、文はきっぱりと言った。

「実は、レミリア・スカーレットさんが昨夜何者かに刺殺されました」

「あら」
「まぁ」
「二人とも反応薄い!!」
 もっと派手なリアクションを期待していた文は、ガンッとショックを受けたように身体を仰け反らせる。
「薄いと言われてもねぇ…まぁいつかはそんなこともあるんじゃないかとは思っていたわ。あの性格だし…」
「性格を言うなら霊夢だっていつ刺されてもおかしくないわよねぇ」
「それを言うならあんたもでしょ、紫」
「そんな言い合いはどうでもいいですよぅ!」
 文が二人の不毛な言い争いを割って止める。それから一度ごほんと咳をすると「ともかく…」と言って話を戻した。
「事件は昨夜の紅魔館のパーティーで起こりました…」
「誰もそんな詳細聞いてない」
「って言うか、紅魔館でのパーティーって何よ!私聞いてないわよ!知ってたら一晩中紫の相手なんてしなくて済んだのに…!」
「あぁっもう!ちゃんと聞いて下さい!……事件はパーティーの終わった深夜に起こったのですが…これが後で事件の関係者全員で検討したところ…とんでもない不可解な点が浮かび上がって来たんです」
「不可解なところ?」
 霊夢の反応に文は満足そうに頷く。
「ふふふ…食いついてきましたね。そうなんです…事件について知りたいですよね?」
「別に知りたくない」
 霊夢を無視して文は勝手に喋りだす。
「私は直接事件について知っているわけではないですので、これからの話はあくまで関係者からの証言に因ることになります。そのことを重々留意しておいて下さいね」
 そう前置きすると文は懐から手帳を取り出し、語り始める。

  *

「中々良さそうじゃないか」
「そうね。料理も美味しそうだわ」
 霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドはパーティー会場のホールを見渡しながら満足そうに言った。もうすでに結構な数のメイドやら妖怪やらが集まっており、ホール内はがやがやと賑やかしかった。
「でも最初って野外でのパーティーって言ってなかったか?」
 早速料理に手を伸ばしながら、魔理沙がふと思い出したように言った。
「そうね…なんで屋内でのパーティーに切り替わったのかしら…」
 アリスも不思議そうに首を傾げる。
「それはパチュリー様のご進言ですわ」
 二人の背中に声が掛かった。振り返ると、そこにはこの紅魔館の一切を任されているメイド長…十六夜咲夜の姿があった。
「パチュリーの?あいつ何考えてんだ?」
「パチュリー様が言うには今夜夜半にも天気が荒れるそうなんです。だからパーティーをするなら屋内でやるべきだって…外で用意していたのをいきなり中ですることになったから色々と骨が折れましたわ」
 咲夜はちょっと肩を竦めながら言う。…外で用意していたものを、短時間で屋内に移してしまうなどという芸当は、時間を操れる咲夜をおいて為せる者は居ないだろう。
「天気が荒れる?別に出て来た時はそんな風に見えなかったけどなぁ…」
「間違いないわ…今夜は荒れるはずよ」
「うわっ!」
 いきなり後ろで声がしたものだから魔理沙は軽く飛び上がった。後ろにはいつの間に現れたのやら、パチュリー・ノーレッジがじっと立っている。
「パチュリー!黙って真後ろに立つなって!お前別にそういうキャラじゃないだろ」
 魔理沙のツッコミなど聞いていないかのように、レミリアはぼそぼそとした口調で言う。
「気圧とか油圧とか…そういうので解るの。今夜は大荒れになる…」
「油圧は関係ないだろう。…しかしそうか…パーティーの日に雨が降るなんてこれはまた気分まで湿気るぜ」
「屋内のパーティーなんだから別に関係ないでしょ?」
 唸る魔理沙にアリスは呆れたように言う。
 …ふと見るとパチュリーは心なしか薄っすらと口の端を引いていた。普段の彼女の表情を知っていなければ気付けないような微妙なものだったが…確かに彼女は笑っていた。
「なんだ?お前雨が嬉しいのか?」
 パチュリーはゆるりと首を振る。
「まさか。雨は本に悪いし全然嬉しくないわ。…でも、こんな日に嵐が吹くと…」
「吹くと?」

「何かが起こりそうじゃない……」

「はぁ?」
 魔理沙は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「何かってなんだよ」
「さぁ?…何かは何かよ」
 薄っすらと、本当に薄っすらと笑うと、パチュリーは魔理沙たちに背を向けてゆっくりとホール出口へ向かって歩き始めた。
「あ、パチュリー様どちらに?」
「図書館に戻るわ」
 慌てて問いかける咲夜に、パチュリーは振り返ることもなくそう答えた。
「……何しに来たんだ、あいつ…」
「…さぁ?」
 パチュリーの姿を見送ると、咲夜も「さて」と踵を返した。
「私もお嬢様のところへ戻るわ」
「あぁ、レミリアによろしく言っといてくれ」
 咲夜とも別れ、魔理沙とアリスは本格的にパーティーを満喫することにした。
「パーティーと言えばアリス」
 ワインを勝手にグラスに注ぎながら魔理沙がいきなり言った。
「年の瀬に隠し芸大会することになってたけどさぁ…もうそんなに時間ないけどあれ何か考えてるか?」
「あぁ、あれ?えぇ、もう用意は出来てるわよ」
 ワイングラスをくるくる回しながら、アリスは素っ気無く答える。
「早いな!けどどうせお前、人形劇とかじゃないのか?」
 魔理沙のちょっと馬鹿にしたような言葉に、グラスを回していたアリスの手がぴたりと止まった。
「ぐっ…!で…でも、今年は趣向が違うのよ!特別な人形を手に入れたから…去年までのただの劇とは違うわ!」
「アリスは『ぐ』が大きい」
「ふ…ふん!今年は度肝抜いてあげるから楽しみにしてなさい」
 ちょっと動揺したようだが、しかしアリスの言葉には自信があった。
「まぁ、期待はし過ぎないで待ってるよ」
「っくーっ!殊更に悔しいわ!絶対に驚くんだから!」
 そんな調子でしばらく食ったり呑んだり話したり笑ったりしていると咲夜を従えたレミリア・スカーレットが現れた。
「パーティーは楽しんで貰えているかしら?」
「ようレミリア。楽しんでるぜ」
「楽しんでいるのは結構だけど、主催者に一言の挨拶も無しとは礼儀知らずね」
「あぁ、だから今した」
「自分からしに来なさい」
 と、文句を言いながらもレミリアも別に不機嫌そうではない。寧ろ自分のパーティーが盛況なのを受けて機嫌はよさそうだ。
「…霊夢の姿が見えないわね」
 レミリアがきょろきょろと会場を見回しながら言う。
「あぁ、そう言えば確かに……幻想郷で一番暇なはずのあいつが来ていないとは…」
 言われて気付いたように魔理沙も申し訳程度に周囲に霊夢の姿を探す。
「咲夜、ちゃんと手紙は出したのよね?」
「はい、それはもう…私が自分の手で配りましたから。キチンと神社に置いて来ましたわ」
 直接手渡しではない辺りに手紙というものへのこだわりを感じられる。
「…とするなら霊夢が単純に手紙を見落としたのか、それとも誰かが霊夢の読む前に手紙を握りつぶしたのか…ね」
「霊夢への手紙をわざわざ握りつぶす理由がある奴が居るとは思えないけどな…」
 真面目くさって言うアリスに、魔理沙が呆れたようにツッコミを入れる。
「そうなると理由は前者ね…霊夢のことだから掃除のゴミと一緒に読まずに捨てたのかもしれないわね…」
「いや、もしかして読まずに食べたのかも知れないぜ。なにせ霊夢だからな」
「と言うか、誰も霊夢が単純に忙しかったとは考えないんですね…」
 一応咲夜がフォローを入れる。
「まぁまぁ、いない人のことを言っても仕方がないでしょう?」
「ぐぇ…」
 言葉と共に、ずしりと魔理沙の背中に誰かが圧し掛かってきた。レミリアはいきなり割り込んできた人物を認めて少し眉を寄せる。
「西行寺幽々子じゃない…あなたに招待状出した覚えはないんだけど…?」
「ちょっと小耳に挟んだのよ。そんな招待状が有るとか無いとか些細なことじゃない。折角のパーティーなんだから野暮は無しで楽しみましょう」
「自分で言うな」
 幽々子を退かしながら魔理沙がつっこむ。
「まぁお邪魔させてもらってるわけだし~、お酌ぐらいならしてあげるわよ~」
「…ふぅ、もう何でもいいけど…」
 レミリアは少し肩を竦めて、幽々子の酌を受けた。


「ふぁ……」
 パーティーも中ごろに差し掛かったところで、レミリアが欠伸をした。
「お嬢様?」
「…ん…今日は随分呑んだからかしら…ちょっと眠くなってきたわ…」
 目をしょぼしょぼさせながら、レミリアはもう一度欠伸をする。
「もうお休みになりますか?」
「今から寝たら朝寝れないじゃない…」
 そうは言うものの、レミリアは咲夜のエプロンを掴んでこっくりこっくりと船を漕いでいる。
「ですが…」
「それに、私が居なくなったら……」
 喋りながらレミリアはふら~っと後ろへ倒れそうになってゆく。
「お…お嬢様っ」
「パ…パーティーはどうするのよ…」
 呼ばれてハッとしたように頭を起こすが、すぐにまた首が傾いてゆく。咲夜はやれやれとため息を吐いてから、お嬢様を諭すように…
「お嬢様、パーティーの方は私がどうにかしますわ。適当なところで切り上げさせます。ですからもう今日はお休みください。別にパーティーは今日に限ったことじゃないですし、心残りならまた後日に改めて開きましょう。そんな状態で起き続けるのは身体にも悪いですわ」
 子供に言って聞かせるかのような態度はちょっと気に入らなかったが…レミリアは「解ったわよ…」と、憮然としながらも承諾した。
 実際それほどに眠かったのだ。
 レミリアは咲夜から離れて一人、ホールの出口へと向かう。
「あ、お嬢様…」
「一人で大丈夫よ。途中で寝たりなんかしないから…咲夜はパーティーの方お願いね…」
 付いて来ようとする咲夜を制し、ちょっとふらつく足取りでレミリアはホールから出て行った。
「何だ?レミリアの奴、主催のくせに途中退場か?」
 見送る咲夜の背中に魔理沙とアリスが声を掛ける。
「何だか急に眠そうにしだしたから…お嬢様には寝室でお休みになって貰ったのよ」
「吸血鬼のくせに早寝なのね」
 アリスは呆れたように言いながら、手にしていたグラスのワインをくぃと飲み干す。
「普段は寧ろこれからが本番なんだけど…今日はお酒呑みすぎたのかしら」
 咲夜も少しだけ首を傾げた。
「まぁ何にしろ、お嬢様がお休みになっちゃったんだから、適当なところでパーティーも切り上げてね」
「努力はするぜ」


 あれだけ居た妖怪達も何時の間にやら全員帰ってしまい…残っているのは魔理沙とアリスだけになっていた。
「あー…さすがに今日は呑みすぎた…」
 テーブルに突っ伏しながら、魔理沙は呻くように呟く。
「自分の限界も見極めずに飲むからよ…」
 魔理沙の隣でアリスは残ったワインをちびちびと飲んでいた。かく言うアリスも、頬はほんのりと紅く染まり結構な量のワインを飲んだことを伺わせる。
「さって…私もそろそろ帰ろうかな…」
 起き上がり、ぶるぶると顔を振ると、魔理沙は部屋の隅っこに立て掛けて置いた箒を取る。
「んじゃな、私は先に上がるぜアリス…」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!それなら私も帰るわよ」
「外は大雨よ」
「うわっ!」
 またしてもいつの間にやらホールに入ってきていたパチュリーが、背後から声を掛けてきた。
「びっくりさせるなよ…で、何だって?外は大雨?」
「えぇ、私の予報どおり…にわか仕込みでも結構中るわね」
 ちょっと思い出すようにしていた魔理沙だったが、すぐにパチュリーの天気予報のことを思い出して手を打った。
「そういやそんなことも言ってたな……大雨ってどれぐらい降ってるんだ?」
「未曾有」
「そりゃ大変だな…」
「冗談はともかく、かなり降っているわ。湖の中央にある紅魔館としては不安になるぐらいにはね。現在美鈴に至急土嚢を用意させているところだから大丈夫だろうけど」
 それほどの大雨の中で、一人土嚢を積まされる美鈴…
「風も吹いてるし、しばらく帰るのは見送った方が良いのじゃないかしら?」
「しばらくって…この雨はいつ頃止むの?」
 アリスが顔を顰める。
「明日の朝には止むはずよ」
「明日の朝ですって?そんなのもう濡れて帰るしかないじゃない」
「いやいやアリス…パチュリーは明日の朝には止むと言っているんだぜ。それなら明日の朝に帰ればいいだけのことだぜ。一晩雨宿りだ」
 いきなりの魔理沙の提案に、しかしパチュリーは首肯する。
「それしかないわね。酒の入った状態でこんな天気の中に飛び出していくのはよほどの馬鹿しかいないわ」
「…そうだけど…いいの?」
 まだアリスはどこか躊躇っている。
「レミィの許可は取ってないけど、別にゲストルームは沢山余ってるし問題は無いんじゃない?ねぇ、咲夜……って、咲夜はどこに居るのかしら?」
 咲夜に同意を得ようとしていたパチュリーは、すでに咲夜の姿がホールにないことに気付いて周囲をきょろきょろと見回す。
「あれ?居ないのか?」
「…パーティーの途中までは確かにいたんだけど…」
 魔理沙とアリスも周囲を見回すが、確かにホール内にメイド長、十六夜咲夜の姿は見つけられなかった。
「レミリアの様子でも見に行ったのかしら?何か様子おかしかったし…」
「レミィの様子が?レミィどうかしたの?ホールに居ないとは思っていたけど…」
「何か途中で眠くなったとか言って寝室に行ったんだ」
「……レミィが…?」
 ちょっと得心が行かないようにパチュリーは少しだけ眉を寄せたが、しかしすぐに話を切り替えた。
「レミィはともかく、部屋はさっきも言ったとおり沢山あるから、別に泊まっていけばいいわ。別にレミィも怒ったりはしないでしょうし」
「そういうことなら言葉に甘えるぜ」
「あなたは最初から甘える気だったでしょ…ともかく、それじゃあ部屋の案内は咲夜に……って、居ないんだったわね…こんな時にどこに行ったのかしら…」
「なに、今更この館に案内なんていらないぜ!どこの部屋に何があるかなんてとっくの昔に把握済みだ!これぞまさに勝手知ったる他人の家って奴だな」
 魔理沙はあまり無い胸を張って自慢げに言う。盗みに繰り返し入ることで得た知識であるとか、そんな負い目はあるはずがない。
「…まぁ、それなら問題は無いわね」
 こうして魔理沙とアリスは紅魔館に一泊することになった。

 誰も知る由も無い…
 しかし、このとき確実に紅魔館には悲劇の足音が近づいていた…

 魔理沙とアリスはゲストルームへの廊下を並んで歩いていた。
「…全く…どうして魔理沙と二人っきりで一晩明かさなくちゃならないのかしら…」
 アリスはぶつぶつと文句を垂れている。しかし、その頬は未だに酒が抜けきっていないからだろうか、紅く色づいてる。
「そんなに嫌なら別に一人で一部屋借りればいいじゃないか。ゲストルームはいくらでも余ってるんだからわざわざ二人で一つの部屋を使う必要は無いぜ」
 魔理沙が気を利かせたつもりでそう助言してやると、アリスは焦ったように両手を無意味に振り出した。
「い…いや!あくまで私たち部屋を借りている立場なのよ?そんな一人で一部屋使うのも悪いでしょう?」
「咲夜にしたら一部屋も二部屋も掃除するのは変わらないぜ、多分」
 あっけらかんとしている魔理沙に、アリスは怒ったよう言った。
「あぁもう!とにかく、無駄に部屋は使わないのよ!だから嫌だけど今晩はあなたと一緒に過ごすわ!文句あるの!?」
「いや…文句言ってるのはお前だし…」
「そっ…それにしても…」
 魔理沙が軽く引いているのに気付いてアリスは慌てて話題を切り替えた。
「随分と歩くのね。もういくつかゲストルーム過ぎてるんじゃない?」
 思いつくままに言ってみただけの言葉だったが…しかし、よくよく考えれば確かに変だった。紅魔館の構造には疎いアリスだったが…以前に来た記憶の限りでは、この最奥の階段を上がったところにレミリアの寝室があったように思う。
「ふっふっふ…よくぞ気付いた…」
 魔理沙が笑う。何か不気味だ。
「実は、この紅魔館のゲストルームって何種類かあるんだ。私が目指しているのはその中でも一番いい部屋だぜ。前々から目は掛けていたんだが、中々どうして泊まるとなると機会が無かったからな…今夜はうってつけのチャンスだったてワケだ。咲夜とかが居たらどうせ普通の部屋に泊まるように言われてただろうから、居なくて逆に良かったのかもな」
「………」
 なるほど、とアリスは思う。
 どうりで最初から泊まることに対して乗り気だったわけだ。
「この部屋だぜ」
 魔理沙は一つの扉の前で泊まった。
 レミリアの寝室への階段のすぐ脇の部屋。もしかしたらレミリアの寝室に近いほど部屋の内装は豪華なのかもしれない。
「ばーん!」
 魔理沙は勢い良く扉を開いた。
 その瞬間…
「……え?」
 魔理沙は固まった。
「…?何?どうかしたの?戸口で立ち止まらないでよ」
 アリスも後ろから部屋の様子を覗き見て……目を見開いた。
 部屋に 設えられた天井付きの豪奢なベッド…その中央に、銀のナイフを左胸に付きたてた誰かが倒れている。足元はシーツで覆われていて、投げ出された手はまるで死んでいるかのようにピクリとも動かない。ナイフの刺さっている周辺の服は、紅魔館の内装よりも、紅く染まっている。
 部屋の入り口からは倒れている人物の顔を見ることは出来ないが…その服装はまさしく館の主人、レミリア・スカーレットのものだった。
「レ……レミリア…!!?」
 魔理沙が叫ぶ。
「おい、大丈夫か!?」
 レミリアの元に駆け寄ろうとした瞬間だった。
「っぐぅ…!」
 後ろに立つアリスが突然呻いた。
「!?」
 慌てて振り返ると、アリスは苦悶の表情を浮かべて後頭部を押さえていた。がくりと膝と付くと、そのままうつぶせに倒れてしまう。
「アリス?おい、アリスどうしたんだ?」
 慌ててアリスを引き起こそうと魔理沙が手を伸ばす……と…
「っぁ……!」
 いきなり視界が大きく揺れた。後頭部への強烈な衝撃……魔理沙もアリスと同様に倒れてしまった。
 途切れそうになる意識の中、魔理沙は何が起こったのかを確認しようとしたのだが…まるで深い海へと引きずりこまれるかのように、その魔理沙の意識は途切れてしまった。

  *

「何かしらないけど勝手に始めた上にえらく長い話ね…」
 霊夢は卓袱台をこつこつと指で叩きながら不機嫌そうに言う。
「出来る限り事件の詳細を知っていただこうと思いまして……」
 文は取り成すように言う。
「魔理沙がパーティーを楽しんでるくだりとか要らないから。それから、パーティーの招待状だけど、ほんっとうに私は貰ってないから!絶対にゴミと一緒に捨てたりなんかもしてないし!」
 バン!と卓袱台を叩く。よほどパーティーに呼ばれなかったことに腹を立てているらしい。
「そんなこと私に言われても知りませんよ!」
 両手を卓袱台につけていた霊夢だったが…もう過ぎたことをとやかく言っても仕方ないと思ったのか、体勢を崩して頬杖を付いた。
「………まぁ良いわ。レミリアも刺されて、漸く事件らしい事件も起こったことだし…続き話なさいよ」
「あ、ようやく聞く気になって貰えました?」
「こんな話の途中で聞くのやめたら気持ち悪いじゃない」
「了解しました…では…」

  *

「う……ん…んん……」
 魔理沙は薄っすらと意識を取り戻した。
 起き上がろうとすると後頭部にずきりと鈍い痛みが走る。
「ったた……」
 後頭部を擦りながらゆっくりと身体を起こした。
 一瞬思考がぼやけて、自分がどこに居て何をしていたのかが解らなかったが…気絶する前に見た光景を思い出して一気に覚醒した。
「そうだ!レミリア!」
 慌てて部屋の中に振り返るが……
「…あれ?」
 部屋には誰の姿も無かった。
「????」
 魔理沙は首を傾げた。
 確かに気を失う直前まではそのベッドの上にレミリアの姿があったはずなのだが……現在そのベッドは完全にものけの殻となっている。
「まさか見間違いってことは無いはずだけど……」
 ふと、そう言えば自分よりも先に頭を打たれて倒れたアリスのことを魔理沙は思い出した。
「おい、アリス。生きてるか?」
 ゆさゆさと身体を揺すってやると、「う~ん」と小さく呻いた。
「ったた……一体何なの…?」
 頭を軽く振りながらアリスは起き上がった。
「大変だぜ、アリス」
「…え?」
「レミリアが消えてる」
「は?」
 アリスは呆けたような顔をしてから、室内に目を見渡した。
「……本当…何処行ったの?」
「私が知るか」
「何で知らないのよ。この部屋に居たんでしょ?」
「私も気絶してたんだ。お前が倒れた殆ど直後に」
「え?…どうして…?」
「解らない…ともかく頭をガツンとやられたのは確かだぜ」
「…私と同じね…」
 アリスは人差し指を顎に当てて思考のポーズを取る。
「…う~ん…私、どれぐらい気を失ってたのかしら…」
「それも解らないぜ。とにかく状況がさっぱりだ」
 魔理沙も腕を組んで唸る。
「ちょっと整理するぜ。…私たちがこの部屋に最初に来たときベッドの上でレミリアがナイフを左胸に突き立てられていた…」
「そう…ね」
 アリスは引き継ぐ。
「で、次の瞬間に私はいきなり後頭部にすごい衝撃を感じて…そこで気を失った…あれ、結局なんだったのかしら…魔理沙は見た?」
「いや、私もいきなりやられたから解らなかった…全く、本当痛かったからなぁ…やった奴見つけたら許さんぜ…」
 唇を尖らせて魔理沙は忌々しげに後頭部を擦る。
「魔理沙も気絶させられて……どれぐらいか時間が経って気が付くとレミリアの姿は消えていた…ってことなの?」
「あぁその通りだ。で、ここが一番謎なところだぜ。レミリアは一体どこに消えたのか…見間違いなんかじゃ絶対になかったし、そうである以上はレミリアはどっかに自力で行くなり連れて行かれるなりしたはずってことだ。まぁ自力でどっかに行くって雰囲気じゃなかったから誰かに連れて行かれたので当たりだと思うが……自然に考えて、私たちを殴った奴と同一犯だろうな」
「…そう…なんでしょうね」
 アリスも忌々しげに言う。
「…そういやおかしいな…」
 ふと、思い出したように魔理沙は言った。
「え?」
「レミリアの奴…そもそも自分の部屋に戻るって言ってたんじゃないのか?それなのにどうしてこのゲストルームで寝てたんだ?」
「確かにそうよね。我慢が出来ないぐらい眠くなって、この部屋に転がり込んだのかしら…?」
「そりゃ不自然だぜ。もうすぐそこの階段上がれば寝室だろ。いくら眠くってもここまで歩いてこれるなら寝室までは持つんじゃないか?」
「…う~ん…」
 アリスは再び唸る。
「不自然なことばっかりだけど…とりあず、レミリアを探しましょう。ここでぐだぐだ言っていても仕方が無いわよ」
「そうだな…とりあえず最初にレミリアの寝室を見ておくか…あんまり戻っているとは考えにくいけどな」
 二人はゲストルームから出ると、すぐ脇の階段を上がり、レミリアの寝室へと向かった。
 とりあえず、確認程度の気持ちで居た魔理沙はさっさと扉を開けたのだが…
「……え?…」
 レミリア自身の寝室、そのベッドを真っ赤な血で染めて……レミリア・スカーレットは横たわっていた。左胸にはやはり深々と銀のナイフが突き立っている。
「レミ……リア………」


「どうして…どうしてなんだよ!!」
 紅魔館の応接間。
 魔理沙はテーブルを両手でばんと叩いた。その手は遣り切れない憤りのためだろうか、ふるふると小刻みに震えている。
「…こうなったからには仕方が無いわ…」
 ソファに腰掛けていたパチュリーがゆっくりと口を開く。
「魔理沙とアリス…あなたたちを、もうおいそれと帰すわけには行かなくなったわ…」
「じゃ…じゃあ何?パチュリー…私達の中にレミリアを刺した犯人が居ると言いたいの!?」
 少し腰を浮かせるアリスに、パチュリーは落ち着いた口調で宣告するように言う。
「…そうとしか考えられないわ…外は嵐だったのよ。何者かが外から侵入したなら、絶対に何らかの痕跡が残るわ…けれど、そんな様子はない以上、この中の誰かの犯行と考えるしかない」
「そんなことはどうだっていいんだっ!」
 魔理沙が叫ぶ。
「……魔理沙…」
「レミリアが刺されてたんだぞ……それなのに…………どうして……」
 ぎゅっと拳を握る。

「どうしてレミリアの奴生きてんだよっ!!」

「何よ…」
 皆の視線がソファに憮然として座っている少女…レミリア・スカーレットに注がれる。
「生きてちゃ悪いわけ?大体、吸血鬼の私が心臓をたかがナイフで突かれたぐらいで死ぬわけが無いでしょう。それなのに何よ、この『お前そこはちゃんと死んどけよ』的な空気は……」
「だってレミリア…お前が死んでさえいれば立派な殺人事件として成立してたんだぞ?それなのにお前はどうして…っ!」
「もういいわよそれは…それより、誰なのよ私の心臓刺したの…!」
 ぎろりとレミリアはこの部屋にいる一同を睨み付けた。
「あれ?なんだお前…別に刺した犯人の顔は見てないのか?」
「…見てないわよ。だって私寝ていたのよ…」
 レミリアはテーブルに肘を突いて手のひらに顎を乗せた。怒っている…というよりは肝心なところで犯人を見過ごすというポカをしてしまったことへの羞恥の方が強いように見える。
「心臓刺されても寝てるって…大した心臓だぜ…」
 魔理沙の皮肉にレミリアは言い訳のように言う。
「刺されてからは気絶してたのよ!あなたは心臓を貫かれる痛さを知らないからそんなことが言えるのよ!なんなら私が一度やってあげましょうか!?」
「解った解った…」
 魔理沙はふらふらと手を振ってみせる。
「ともかく、そういうわけだから私は私を刺した犯人については何も知らないから」
 吐き捨てるようにそう言うと、レミリアはそっぽを向いてしまった。
「それより、咲夜はどこに行ったのよ!私が刺されたっていうのに治療にも来ないで一体何をやってるの?」
 レミリアの言葉に、魔理沙たちは全員顔を見合わせた。
「咲夜?あぁ、そういやずっと前から行方不明だぜ」
「…は?咲夜が行方不明?」
 レミリアは片眉を吊り上げる。
「私に黙ってどこに行方不明になっているって言うのよ」
「何処に行くかを誰かに事前に告げてたら行方不明じゃないぜ」
「…それにしても…このタイミングでの失踪……」
 アリスは誰に言うとも無く呟くが、まるで水面に石でも投じたかのようにその言葉は部屋中に静かに響いた。
「………え?いや、別に何が言いたいってことはないのよ!?」
 慌ててフォローするが、もはやここにいる全員が一つの見解に達していた。…要するに、

 十六夜咲夜が犯人なんじゃないのか?

 …ということである。
「この際だから言うけど……普段こき使われてることへの意趣返し……動機としては十分にあるんじゃないかしら?」
 アリスが神妙な口調で言う。
「いや、動機云々以前に……そうか!咲夜が犯人なら納得出来ることがあるぜ…!」
 魔理沙が立ち上がる。
「最初にレミリアを発見したとき、私はアリスが倒れた直後に振り返ったのに犯人の姿を目撃出来なかった…しかも、その直後に『後ろから』一撃食らわされて気絶したんだ!」
「何よ、魔理沙なんて殴られただけで気絶しているじゃない」
 レミリアの横槍を無視して、魔理沙は話を続ける。
「私はこれが気になっていたんだ…『犯人はどうやって背後に回りこんだのか?』……時間を操れる咲夜なら可能だぜ!!」
 確かに筋が通っている…そんなことが出来るのは、この面子の中では咲夜以外には考えられない。
「馬鹿ね」
 魔理沙の意見を、ばっさりと切り捨てたのは咲夜の主人であるレミリアだった。
「咲夜がこんな中途半端なことするはずないでしょう?やるならもっと完璧にこなすわ。そして何より、咲夜が私を刺すはずがない」
 信頼しているとか、そういう感情すらレミリアの表情にはない。ただただ、当たり前のように咲夜が犯人ではないと確信しているのだ。一パーセントほども疑ってはいない。
 そんなレミリアを見て、パチュリーも頷く。
「レミィがそう言うなら信じるわ……ただ、そうなると一体誰がやったのか…」
「まぁ犯人を許すつもりはないけど、とりあえず一時保留よ。まず咲夜を探しましょう」
「私達も手伝うのか…?」

  *

「どこが刺殺事件よ。レミリア生きてるじゃない!」
 霊夢が文を睨む。
「あれ?私刺殺なんて言いました?」
「言ったわよ。あーあ、もしこれば推理小説なら本を壁に叩きつけてるところよ?誇大広告もいいところじゃない」
「興奮のあまり言葉の選択を誤ったようです」
「金返せ」
「もともと貰っていませんが…まぁ、生きていても犯人も見てなければ何も真相を知らないので死体も同然です。結局、レミリアさんを刺した犯人は謎のままなのですから」

  *

 十六夜咲夜はワイン庫で発見された。
 外傷や拘束された跡などは全く無かったのだが…ただひたすら不機嫌だった。
「誰!?ワイン庫に南京錠なんか掛けたのはっ!」
 そう、咲夜は閉じ込められていたのだ。
「なんだってお前あんなところで…」
 咲夜を発見し、解放したのは魔理沙だった。寝ていたメイド達も起こして、総動員で館を探し回った挙句に、ようやく魔理沙がワイン庫から漏れてくる声に気付いたのだった。
「何でも何も…パーティーの途中、ワインが無くなってきたから追加をワイン庫に取りに入っていたのよ。中に入って選んでいたら、いきなり扉を閉められて…外から鍵を掛けられたわ。あそこは窓とかの出口もないし、扉は頑丈だし、もう脱出のしようがない状況になっていたのよ」
 よほどのこと閉じ込められたことに対して腹が立っているのだろう、咲夜は憤懣やるかたなしと言った口調で言った。
「それより、どうしてあなたまだ帰っていないの?パーティーはまだ終わっていないのかしら?」
 ふと、魔理沙がこの場にいることの不自然さに気付いた咲夜が今更のようにそんなことを尋ねてくる。
「暢気だなぁ。お前の居ない間に大変なことがあったんだぜ」
 やれやれと首を振る魔理沙に、咲夜は少し眉根を寄せる。
「大変なこと?幽々子がパーティーの食事全部を一気食いでもしたの?」
「いやぁ、それに比べればまぁどうでもいいことなんだけど…」
「それよりランクの低い出来事なの…」
「レミリアが誰かにナイフで刺された」
「そういうことはさっさと言いなさいよ!」
 言うが早いか咲夜はレミリアの名を叫びながら駆け出した。


「レ…レミリア様!?大丈夫ですか?血は出ていませんか!?」
 咲夜が見つかった報を受けて再び全員が応接間に集まっていた。
「血は出たけどもう止まってるわよ…それより、咲夜は何処に行っていたのよ」
「それなのですが…」
 咲夜は自分の身に起こっていたことを説明した。
「…ワイン庫に閉じ込められていた…?」
 パチュリーが言う。
「……なるほど、そうなると色々ややこしくなるわね…」
「ややこしく…?」
 咲夜が首を傾げる。まぁ事情を知らない咲夜からすれば当たり前と言えば当たり前のことなのだが…
「さっきまで咲夜がレミリアを刺した犯人ってことになってたんだ」
「な…なんですって!?」
 いきなりの容疑者呼ばわりに、咲夜はぎょっとなる。…が、そこですかさずパチュリーが付け加えた。
「でも、それが間違いだってことがさっきの話で決定的になったわ…だって、咲夜はレミリアが刺された頃にはもうすでにワイン庫の中に閉じ込められていたんだから」
「むぅ…」と、魔理沙は唇を窄める。
「不在証明って奴か…うぅん…しかしゲストルームでアリスを気絶させた直後に私も気絶させるなんて所業…時間を止められる咲夜にしか出来ないぜ…」
「ゲストルーム?魔理沙が殴られたのは私の部屋じゃないの?だって私を見つけた時に気絶させられたんでしょう?」
 レミリアが不思議そうに尋ねてくる。
「え?お前ゲストルームで寝てたんじゃないのか?」
「どうしてゲストルームで寝なくちゃならないのよ」
「……寝ぼけてたんじゃないのか?」
「階段を上がったかどうかぐらい覚えてるわよ」
 断言するレミリア。間違いはなさそうだ。しかしそれでは辻褄が合わない。魔理沙は腕を組んで言う。
「……とすると…こりゃどういうことだ?最初にレミリアが刺されたのがレミリアの寝室で…私達がレミリアを最初に見つけたのがゲストルーム…で、最終的にレミリアを見つけたのがやっぱりレミリアの寝室ってことか?」
「正確にはレミィは寝ている状態から刺されて気絶したわけだから自分がどこで刺されたのかはわからないはずだわ。つまり可能性としては刺す前にレミィをゲストルームに運び、そこで刺してからもう一度寝室に戻した…というのも考えられる…」
「いいえ」指を顎に当てて思考のポーズを取っていたアリスが言う。
「やっぱり刺されたのはレミリアの寝室よ……今思えばゲストルームのベッドには心臓を刺されたにしては出血の跡は全く無かったもの。逆にレミリアの寝室のベッドには血がべっとりだった…だからレミリアが刺されたのはやっぱり寝室だわ」
 なるほど、確かにそうなるだろうと全員が納得する。
「いずれにしたって不自然だなぁ…なんだってそんなにレミリアを行ったり来たりさせる必要があるんだ?どうしても一時レミリアの部屋から移動させなきゃならない事情でもあったのか…?そこで死体を発見されてりゃ世話無いが…」
「生きてるわよ」
 話が混線してきてもそこはきっちりと訂正するレミリアだった。
「それと、新しい情報だけど…」パチュリーが言う。
「レミィが寝室に行って以降、レミィの寝室へ向かう廊下を通ったのは魔理沙とアリスだけだそうよ」
 魔理沙は片眉を上げた。
「なんでそんなことが解るんだ?」
 …と、隣のアリスがぽんと手を打った。
「あぁ…そう言えばレミリアの部屋に行く途中、立ち話している何人組みかのメイド達を見たわね…あいつらの証言?」
「そう」
 こくりと頷くパチュリー。
「でもあいつらが居たのは結構私達がレミリアの死体を見たゲストルームからは離れてるぜ……だからこそ連中も私達の騒ぎに気付かなかったんだろうけど……」
 魔理沙の言葉に、パチュリーが淡々と反論する。
「距離は関係ないじゃない。寝室やゲストルームへと行くには建物の構造上どうしてもそのメイド達の前を通らなくちゃならない…そこが重要なのよ。要するに、仮にレミィを刺した人物が居たとして……そいつはメイドたちに気付かれないようにそこまで行かなくちゃならないのよ」
 魔理沙は腕を組む。
「う~ん……それこそ咲夜にしか出来ない芸当だと思うんだけどなぁ……」
「私はその頃ワイン庫の中よ。…すごい不本意ではあるけど、不在証明ね」
 言葉通り、咲夜の顔はどこか釈然としないものである。
「こういうのはどうかしら」アリスがピンと人差し指を立てる。
「パーティーが始まる以前からゲストルームに潜んでおくのよ。そうすればメイド達の問題も解決出来るわ」
「あのね、そんな不法侵入者を放って置くほどウチの警備は甘くないわよ。パーティー前にすべての部屋の掃除だってしているわ」
「へぇ、知らなかったぜ」
 にやにやと笑う魔理沙に咲夜はちょっと「う…」と言葉を詰まらせる。毎度突撃を許してしまっている魔理沙を前にしてはちょっと説得力がない台詞だったか…
「ともかく、パーティー前の侵入者なんて居なかった。それはメイド長としての誇りに賭けて保障するわ」
 そこまで言い切るものを否定も出来ない。アリスも再び考え込む。
「ところで…さっきからお嬢様のことばっかりだけど、私が閉じ込められていたのも一応問題なのよ」
 全く話題に上げられないのが不満であるかのように咲夜は言う。しかし確かに言われてみればごもっともだ。誰かが殺傷されたなどは全く無いが、これだけレミリアの事件と同じタイミングで起こっているのだ。これを無関係と考える方が不自然だろう。
「とは言っても咲夜を閉じ込める理由ねぇ……」
 アリスはう~んと唸る。
「動機の面から言えば美鈴とか……」
 魔理沙が何気なく言った一言に、この場に居る全員が「…有り得る」と呟いてしまう。
 直接的な報復ではなく、こういうバレても辛うじて説教で済みそうなぎりぎりの嫌がらせまがいの報復は如何にも美鈴がやりそうではないか。
 …と、その時。
「ふぇ~…土嚢積みようやく終わりました~……外はすごい嵐ですよ~…」
 …タイミングが良いのか悪いのか…手ぬぐいで髪を拭きながら美鈴が応接間に入ってきた。
「………え?」
 いっきに突き刺さる全員の視線に美鈴は一歩引いてしまう。
「な…何ですか?皆さんおそろいで……あ…あはは、まさか私の努力を労うために集まってくれた~…なんて……は…はは…」
 ちょっと冗談を言ってみたのだが、まるで場の空気が和むことは無い。寧ろ……更に温度を下げたようだ。
「美鈴」
 咲夜が微笑む。
「は…はい!?」
「私のこと、ワイン庫に閉じ込めたの…あなた?」
「ひぇ?な…何のことですか?」
「正直に言えば、今なら許してあげるわよ?」
「し…知りません!何の話ですか?」
「そう」
 トスン…と、美鈴の頭にナイフが立つ。
「…最後まで知らないの一点張りだったわね…どうも本当にこのことについては心当たりがないようだわ」
 ぴゅーぴゅー頭から血を噴出す美鈴を見下ろしながら咲夜はうーんと考え込む。
「……やってもいない報復の処罰をされたらたまらないわね」
「…もしかして私すごい余計なこと言ったか?」
「いつものことよ」
 アリスや魔理沙に比べ、パチュリーやレミリアは平然としていた。…これが日常的に行われているのだとすれば、美鈴の我慢強さには本当に頭が下がる……
「しかし美鈴が犯人じゃないとすれば…咲夜への復讐で閉じ込めたんじゃないのかもしれないわね」
 パチュリーは人差し指を唇に当てる。
「レミリアを刺すのに咲夜が邪魔だった……とかね」
「ん~……」
 腕を組んで考え込んでいた魔理沙は頭を掻いた。
「あーもう!解らん!不自然なことが起こりすぎてるぜ!」
「ちょっと整理しましょう」
 咲夜が棚から紙とペンを取り出し、テーブルの上に置いた。
「起こったことを順番に書き出します。…えっと…まずは…」

 一、レミリア 寝室へ行く。

 さらさら書き記す。
「とりあえずここをスタートにしましょう。このことで何か付け足すことはありますか?」
「その姿を立ち話をしていたメイド達が目撃しているわ」
 パチュリーが紙とペンを自分の前に取り、補足を書き加える
 
 一、レミリア 寝室へ行く。(この様子をメイド達が目撃)

「それからしばらくして私がパーティーを抜けてワイン庫へ…っと…」
 咲夜は自分でもう一度紙を受け取り書き加える。

 二、咲夜 パーティーを抜けてワイン庫へ。(ここで誰かに閉じ込められる)

「それから私達か?えっと、パーティーが終わってゲストルームへ…っと…」
 紙を取ろうとした魔理沙を、パチュリーが制する。
「なんだよ」
「その前に、嵐が起こる……」
「はぁ?それ書くのか?」
「書くわ…この事件に、嵐が重要なファクターを占めている気がするの…」
 静かだが、どこか確信をもってパチュリーは言う。

 三、嵐が起こる。

「勘は巫女の専売特許だぜ?まぁいいけど…次こそは私達だ」
「次は時系列的に私でしょう、馬鹿ね」
 レミリアは紙を奪うとさらさらと書き込む。
「そう言えばレミィ、正確には嵐との前後関係は解らないんじゃない?」
 パチュリーの言葉にレミリアは自信を持って首を振った。
「いいえ、これで正しいわ。私、寝ている途中で嵐の雨音を聞いているもの。刺されたのはそれから…だから嵐以降ね」

 四、レミリア 心臓を刺される。
 五、レミリア 寝室からゲストルームへ運ばれる。

「で、魔理沙達ね」

 六、魔理沙とアリス ゲストルームへ。(メイド達が目撃。尚、これ以降は誰も見かけない)
 七、魔理沙とアリス ゲストルームでレミリアの死体を発見。(死体ではない!)
 八、魔理沙とアリス 何者かに気絶させられる。(相当に素早い?)
 九、魔理沙とアリス 気が付くと死体消失。(死体ではない!)
 十、魔理沙とアリス レミリアの寝室に死体が移動。(いい加減にしろ!)

「ふむ、こんなもんか…この後は咲夜が発見されたぐらいだからな」
 魔理沙は紙を眺める。…因みに、七、九、十の括弧は魔理沙が死体と書くたびにレミリアが紙を奪い取って書き足したものである。
「整理したは良いがやっぱりわけわからんぜ…」
 こりこりとペンの尻で頭を掻く魔理沙から、パチュリーが紙を奪う。
「いいえ…これに纏めた事で、犯人の可能性が浮かんできたでしょう」
「あ?」
「咲夜を閉じ込められるということはパーティー会場に居なかった…つまりは参加していなかった人物…そしてメイド達に気付かれることもなくレミィの寝室へと入ることが出来る能力を持つ人物…さらに、魔理沙とアリスに姿をみられずに気絶させる…というのもあるわね。これだけの条件が当てはまる能力を持っている人物はそうそう居ないわ…」
「……なるほど。透明になれるとか…そういうのもあるしな」
 頷く魔理沙にパチュリーは首を振る。
「もっと簡単な話……要するに何処にでも神出鬼没に現れることが出来れば何の問題も無いでしょう?」
「……あ!」
 パチュリーの言葉に、全員が一つの可能性に気が付いた。

「八雲紫…」

  *

「あらあら」
 それまで黙って話を聞いていた紫はそこで始めて声を出した。いきなり容疑をかけられた割に、気分を害した様子も無く、寧ろそのことを楽しんでいるようだ。
「まさかそんなところで私の名前が出てくるなんて、これはそれだけ私の力を評価してもらっている…と解釈して良いのかしら?」
「前向きすぎです。…で、まぁそのまま嵐も止んだわけですが…紅魔館の異変をいち早く聞きつけた私がこうして証言を集め、ここに来た次第です。いや、ここで最有力容疑者本人に会えるとは…運がいいのか悪いのか…」
「なんで悪いの?捕まえなさいよ」
 まるで他人事のように霊夢は茶を啜りながら文に言う。
「い…いえ、それはちょっと証拠の問題とか、それ以前にもろもろの諸問題により遠慮させていただきます…」
「そうよね。それに、私には不在証明があるじゃない」
 紫は妖しげな笑みを浮かべたまま、文に言う…はずなのだが、その視線は霊夢に向いている。まるで、文に言うのに託けて、霊夢に言っているかのようだ。
「え?そうなんですか?」
「ねぇ霊夢」
「………そう、ね」
 霊夢は目を閉じたまま興味なさそうに短く答える。
「レミリアが刺されたのは嵐が起こってからでしょう?…でも紫は嵐の前からずっとここに居たわ…」
「それは完璧な不在証明ですね……完璧すぎて逆に怪しいですが…」
「ミステリの読みすぎじゃないかしら?」
 口元を扇で隠しながら、紫はくすくすと笑う。…と、
 カン!
 いきなり空気を振り払うかのような硬い音が響いた。
 霊夢が湯のみを卓袱台に置いたのだ。
「……良いわ、異変でも何でもないただのつまらない事件だけど、解決してあげようじゃない」
 そう言うと、霊夢は強い光を瞳に宿し、立ち上がった。


《推理編》に続く…
 最初はちょっとした軽い気持ちで書き始めた作品でしたが…やたらと長くなってしまったので初の分割をしてみました。

 東方のキャラクターは言わずと知れて、各キャラ能力を有しています。設定資料集の充実などもあって、ある程度解明はされましたが、それでもまだ東方シリーズに接する全ての人が能力について共通認識を持つには謎なところが多いでしょう。そんな曖昧なものを利用して、推理小説を書こうというのはかなり自分でも無茶な行為だと思っています。僕は『こうは出来ないだろう』と思っていることでも別の人は『いや、それは出来る』と認識している場合も確実に有り…僕が成立すると思っている出来事も、あるいは世間一般の認識では「ねーよ」と言われるかもしれません。この作品はあくまで僕個人の能力の解釈に依るものであることをご理解お願いします。…いや、短い作品ならなぁなぁでも良いと思っていたのですが、あまりにも長い話になったのでそこは事前に断っておかない悪いと思いまして……事前と言いつつあとがきですが。

 さて、《事件編》が終了しました。さっそくこの時点でタイトルが誇大広告だったわけです。一瞬のサプライズが取れればと、タイトルを賭けましたよ!…まぁあまり驚かないと思いますが…
 本作は解けるミステリを目指していますので、あるいはこの時点で殆どネタに気付いてしまう人もあるいは居ると思います(それはミステリの永遠の憂鬱…)。そういう解った人も、まだ解らない人も、次の《推理編》で考えをまとめてください!
 かなり淡々とした話ですが、出来ればあと少しばかりのお付き合いを……

 ネタバレと『これ~~とトリック同じじゃね!?』っていうのはマジ勘弁な!!
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コメント



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2節の21行目
> 魔理沙のツッコミなど聞いていないかのように、レミリアはぼそぼそとした口調で言う。

レミリア?