Coolier - 新生・東方創想話

山巫女、はじめてゐのおつかい

2007/10/14 05:01:02
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 ※風神録のキャラクターが登場します。











 風向きが晩秋から初冬へと変わり始めた日。八坂神奈子様は、東風谷早苗に買出しを命じた。
「そろそろ冬支度しないと。火鉢用の木炭と、餅米と、吟醸酒と……何買ってくればいいかはその紙に書いてあるわ」
 買い物リストは約三十行にも及ぶ壮大なものだった。これも巫女の務めと、恭しく受け取る。問題は金の出所。
「神奈子様、これはどう見ても諏訪子様のお財布なのですが」
 蛙の顔型、掌サイズの平べったいコインケース。幼児が首から提げて持ち歩くに相応しいデザイン。縁に「もりや」と黒糸で刺繍してある。
「共同出資だから安心なさい。中に私のお金も入ってる多分」
 ちゃぶ台に肩肘をつき、神奈子様はさあ行ってこいと早苗を促した。
「余ったお金でお菓子を買っていいわよ」
 まるで子供のお使いだ。神奈子様、私のこと幾つだと思ってます? そんな些細な疑問を蛇の如く飲み込み、早苗は山の社を後にした。


 人里に買い物に出ることは、今までに何度かあった。ただ、此処まで大規模なのは初めてだ。
「まさかこっちには、スーパーマーケットなんて無いわよね」
 妖怪の山を下りながらリストに目を通す。炭やお酒、蜜柑は楽に手に入るだろう。造り酒屋と雑貨屋の場所はわかるし、青果店もあるはずだ。固形墨や毛糸、編み棒もおそらく可。
「でも、これは……」
「んー、カレールーは難しいかもしれませんね」
 頭上から秋風めいた軽い声がかかる。見上げると山の新聞天狗・射命丸文が、難しい顔で飛んでいた。
「その高さで読めるんですか」
 パンツ見えますよ、と言いかけてやめた。清楚な白だった。
「記事は足と眼で稼ぐものです」
 手帳に驚異的なスピードでメモを取っている。リストを写しているのだろう。少し前の宴会で、文々。新聞は読ませてもらった。幻想郷の少女の珍しい行動は、彼女にとっては格好のネタ。早苗の買出しも遅かれ早かれ記事になるに違いない。
「『山の巫女、はじめてのおつかい』」
「別に初めてじゃありませんよ。それより、カレールーは人里に売っていませんか」
 文に合わせて早苗も空を飛んだ。ひんやりとした風が頬を叩く。
「カレーって料理自体はあるのですけれど。ルーは外の世界の料理時間短縮アイテムでしょう? 味のついた粘土みたいな」
 新聞記者の飛行速度はかなり速い。追いかけていたら、いつの間にか大滝を越えていた。叩きつけるような水音が遠ざかる。眼下に緩やかな川の流れが広がった。
「此方では、スパイスを調合して作るのが普通ですか」
「まあ。何をどの位混ぜるのかは知りませんが」
 早苗も詳しく知らない。此方に来る前にもう少しアナログな技術を習得しておくのだった。
 買い物リストには、人参、玉ねぎ、じゃが芋、鶏肉、そしてカレールーが連続して書かれていた。神奈子様ご所望の料理は、間違いなくカレー。フランクなようできついところもある方だ。ルーがありませんでした、別の料理にしました――では、神祭りの餌食になりかねない。
「とりあえず、頑張ってみます」
「ん。私は上から取材させて貰います。何かあっても助けません」
 そんなことを宣言されても。記者たる者、ネタに必要以上に手を加えないのが決まりか。
 渓流地帯を抜けたところで高度を上げた。暗い樹海と裾野の遥か向こうに、博麗神社の赤い鳥居が見える。
 新聞記者に一礼すると、早苗は鳥居を目印に大空を蹴った。


 最初に幻想郷の人里を訪れたとき、早苗は古の日本にタイムスリップしたかのような気持ちになった。人々の服装や店の商品もそうだが、人と人との間柄がとても懐かしかったのだ。まるで全ての人が自分の知り合いであるかのよう。外にあった対人の壁が、此処にはない。
 今日も、人里はそんな和やかな空気に包まれていた。空は曇る気配のない青。太陽は南の空高く。
(これで買い物さえ終われば、とても気分が良いのだけれど)
 菓子店の店先。長椅子に腰を下ろして、早苗は溜息を吐いた。両脇には限界まで品を詰め込んだ紙袋が二つ。問題のカレーの素以外は全て手に入った。
 人里の食料店で話を聞いて、早苗は早々にルー購入を諦めた。代わりに香辛料を集めて、自分なりに調合しようとした。だが、
(売っているのが山葵と芥子と生姜では)
 それと唐辛子。
(カレーって、もっと色々入ってたよね)
 頭が痛い。幻想郷の食品事情を、外の自分は舐めていた。
「お待ちどおさま」
 一時休憩。菓子店の売り子から葛湯の椀を貰う。冷たくなった手を木の椀で温める。
 そういえば、新聞記者の取材はどうなったのだろう。近くに文の姿はない。上空にも見当たらない。飽きて帰ったか、彼女も休憩中か。
「葛湯、ご一緒にいかがですか」
 呟くように声を掛けてみた。「当然誘った側持ちよね」という軽やかな返事はなかった。代わりに、
「くださいな」
 カラフルな飴玉を思わせる、子供っぽい声の返事があった。長椅子にふんわりした黒髪の少女が座っていた。頭から二本、真白い兎の耳が生えていた。目が合うと、彼女は両手を胸の前に出した。
「え、あの」
「くださいな。くれるんでしょ、それ」
 小さな手が迫る。今にも椀を引っ手繰りそうなくらいに。
「あのね、私は貴女に向かって言ったんじゃないの」
「えー」
 兎少女が口を尖らせる。身を乗り出して、顎を早苗の買い物袋に載せた。行儀のなっていない獣だ。ベビーピンクのワンピースの先で、足を交互にばたつかせている。
「私にあげると、とっーてもいいことがあるのに」
 触り心地の良さそうな白耳が左右に揺れる。早苗は椀で頭を軽く叩いてやった。てっ、と兎が声を漏らす。
「お行儀悪しないの。信用ならないわ」
「不幸になっても知らないよ。おばちゃん、葛湯と人参酒とおはぎ!」
 買い物袋に両手をついて、兎は売り子に注文を告げた。反省を知らないのか、反省する脳味噌が無いのか。早苗は奪われないように急いで葛湯を啜った。悪戯兎は売り子の女性に早口であれこれ話している。喉を大事にしない甲高い声で、聞き取るのも一苦労だ。
 彼女も買い物に来たらしい。隣に野菜の入った紙袋を置いている。頭の弱そうな娘だ、大事なものを買い忘れないと良いが。

「ご馳走様でした」
 椀と匙と置いて早苗が帰ろうとすると、
「そう、てゐちゃんの家は今日はカレーなの」
「うん。ウドンゲがきのこをいっぱいとって来たの。きのこカレー」
 そんなやり取りが耳に飛び込んできた。
「か、カレー?」
 思わず問いかける。てゐちゃん、と呼ばれた兎少女は大きく頷いた。小豆のついた指を舐めながら、
「知らないの? とっても美味しいんだよ。永琳がたくさん辛いの混ぜてつくる」
 自慢げな笑みを浮かべた。
 何という幸運。神奈子様のご加護に違いない。早苗は少女の両肩を掴んで言った。
「お願い、その永琳って人のところに案内して」
「いいよ」
 にやりと顔を歪めて、兎は手を挙げた。
「お汁粉追加ね。お団子も」
 菓子屋から離れるまでしばらくかかった。諏訪子様の悲鳴が聞こえた気がした。


「離れないでついてきてね」
 兎の少女・因幡てゐは、妖怪の山と反対の方向に進んでいった。此方に来るのは初めてだ。湿った落ち葉を踏みしめて進むと、淡い緑の空間に出た。
「竹ばかりね」
 幹の青い竹がどこまでも背を伸ばしている。竹の網の中を、てゐはスキップで進んだ。目を離すと見失いそうで怖い。両脇に抱えた荷物も厄介。

 日は西に傾いていた。竹やぶの隙間から橙色の光が見える。夜までには帰りたい。
「ねえ、あとどの位あるの」
「もうちょっとで着くよ」
 そんなやり取りが五回ほど交わされた。霧が出てきた。白い霧に紛れて、動物の兎も出てきた。色は皆白。
「悪い兎じゃないよ。みーんな私の部下。ほらどいてどいて」
 てゐが命じると白兎は左右に退いた。数匹の兎が、彼女の前を走る。
「屋敷に案内してくれてるの。もうすぐだよ」
「お屋敷?」
 湿った風の先に、巨大な影が姿を現した。
「ただいま!」
 霧の海を兎が飛び越える。外の世界で見られなくなって久しい、純日本風の家屋が建っていた。瓦屋根の屋敷の周囲を植物の柵が囲む。如何なる術か、この周囲だけは霧が薄くなっていた。

 兎達に続いて中に入る。縁側で女性が石臼を回していた。香辛料を挽いているのかと思ったら、緑茶だった。抹茶の香りが漂う。
「お帰りてゐ。お使いは全部終わったの」
 品のいい優しい声に、高い声が答える。
「お客様を連れてきたよ。名前は、えっとね」
 何て言ったっけ。促されて、早苗は荷を置いて頭を下げた。
「はじめまして、東風谷早苗と申します。山の上の神社で巫女をしています」
 銀髪をひとつに纏めて編んだ女性は、
「ああ、あなたが青い方の巫女さんなのね。永遠亭へようこそ」
 石臼の手を止めずに、此方を見上げた。外の世界の看護婦さんのような格好。
「勝手に山に越してきて、天狗や河童の親玉になったそうね。もう手打ちになったの?」
 見た目と口調は看護婦さんなのに、言うことは何だか物騒だ。神奈子様が居なくてよかった。売り言葉に買い言葉、弾幕喧嘩になりかねない。
「永琳、早苗はカレーの香辛料が欲しくて来たんだって」
 てゐが言うと、永琳さんは「薬が欲しいのね」と立ち上がった。
「あ、いえ、薬ではなくて調味料――」
 お下げの後姿が屋敷の中へ消えていく。
「追いかけて。はぐれちゃうよ」
 早苗の背中をてゐが押した。


 居間を抜けた。折れ曲がる廊下を進んだ。書斎を通過した。角を曲がった。
竈の並ぶ土間を過ぎてしまった。
「永琳さん、台所はあそこなんじゃ」
 早苗の家では、料理に使う香辛料は調理場に置いてあった。
「いいの。こっちにあるから」
 カラフルな看護服の彼女は、突き当りの部屋の襖を開けた。蜂蜜と消毒用アルコールと野草を混ぜたような、料理とは程遠い臭いがした。
「いらっしゃい」
 早苗の手を引いて、室内に入れる。理科室と保健室を足して二で割ったような部屋だった。硝子のはまった戸棚に、見覚えのある実験器具が並ぶ。反対側の壁には、同じ大きさの引き出しが幾つもついた箪笥。人体図と折りたたみ式の衝立。正面に窓があった。
「貴女は、お医者様なのですか」
「そんなところ」
 永琳さんは引き出しを取り出し始めた。出した先から机に置いていく。中身は植物の種や根、つぼみ、草だった。シナモンの筒やターメリックなど、見覚えのあるものも混ざっている。
 でも、それならどうして台所に置かないのだろう。怪しいものを掴まされているのではないか。不思議そうにしている早苗に、
「お薬にもなるのよ。カレーの原料でもあるけど。ほら」
 そう言って、永琳さんは引き出しの表示を指差した。
「……あ」
 シナモンの入っている箱には「肉桂」とあった。漢方薬の原材料表記で見た気がする。薬とカレーの繋がりにようやく合点がいった。
「そっか、良かったー……」
 ほっとした。これで神奈子様の要望に応えられる。張っていた気が抜けた。
「優しい顔になったわね」
 棚から天秤を取り出して、永琳さんが笑った。
「きつい顔、してましたか」
「焦ってた」

 机に秤を置いて、座る。
 分銅を摘んで片方の皿に載せる。もう片方には白い種を。針が中央を指したら下ろす。その繰り返し。永琳さんの仕草はゆったりしていて、眺めると安心できた。
「外から来たのよね」
 それが独り言ではなく問いかけだと理解するまで、少しかかった。
「外の世界から、来ました」
 手持ち無沙汰で、机の向かいの椅子に座った。
「結界の外がどんな世界かは知らないけれど。此処ではゆっくり生きていいのよ」
 分銅を軽い重石板に取り替える。玩具を扱うような、楽しそうな作業。
「お使いが一日で終わらなかったら、麓の巫女のお世話になっちゃいなさい。疲れたら思い切って、丸一日休んじゃいなさい。うちのお姫様はそうしてる」
 そうだ、窓を開けてくれないかしら。乞われて、長方形の窓を開け放った。冷たさを含んだ風が入り込む。庭の隅でてゐが兎の軍団に何やら命じていた。兎型の影が沢山伸びていた。夕陽が青緑の竹林に沈んでいく。
「いい時間ね。これから空が瑠璃に変わるわ」
 外の世界では見られなかった、色とりどりの世界。幻想郷に来てからも、見逃していた。
「悔しいです、今までよく見てなかった」
「時間はたっぷりあるわ」
 まだまだ若いんでしょ。年齢不詳の永琳さんは、婉然と微笑んだ。


 スパイスの調合後、夕飯をご馳走になって。ウドンゲさんの食器洗いを手伝って。
 帰る頃には月が出ていた。
「泊まっていけばいいのに」
「うちの神様が待っていますので」
 見送りの永琳さんに深くお辞儀をした。そこに、白兎を連れたてゐがやってくる。
「帰りはこの子について行って。山の入り口まで案内してくれるよ」
「ありがとう。貴女と会えて幸運だったわ」
 てゐは聞くなり、
「違うよ、私と会えたから幸せになったんだよ」
 訂正して胸を張った。幸福の白兎。幻想郷には居るのかもしれない。重ねてお礼を言うと、偉そうにふんぞり返った。その頭を永琳さんが撫で付ける。
「道中気をつけて。また来てね」
 暴れる兎と押さえる薬師。楽しそうなやり取りに背を向けるのは、ちょっと残念だった。今度は神奈子様を連れて来たい。


「おつかい、お疲れ様でした」
 山道の途中で、フラッシュが焚かれた。烏天狗が姿を現す。
「今までどこに行っていたんです。昼間、一度声かけたんですよ」
「ええ知ってます。面白そうだから黙って見てました」
 大変愉しそうな笑顔。何か言い返したくなる。
「普通の買い物だったでしょう。記事にならなくて残念でしたね」
 一日密着取材でしたのに。皮肉の弾を投げると、
「うんにゃ、見事な記事になりました。オチまでついて。感謝します」
 ペンを回して一層朗らかに笑った。
「何か、変なことしてましたか」
「とても」
 解らない。案内の白兎は返したし、永琳さんにスパイスは貰ったし、着物は肌蹴ていないし。
 しばし黙考していると、
「早苗さん、身体軽くありません?」
 新聞記者がヒントを出した。
 理解するや、早苗は山道を反対方向に走り始めた。


「てゐー、私毛糸なんて頼んでないわよー?」
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 風神録ハードに挑戦中の深山咲です。
 
 外出身の早苗が世界に溶け込む様を描いてみたくて、時間を早めたり緩めたり。
 もっと痛みや辛さのあるお話も書いてみたいのですが、気付くと甘口になっています。

 新しいキャラクターもいつの間にか馴染んでいる。幻想郷って素敵な場所です。
深山咲
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コメント



0.2060簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
カレーを作るのにも一苦労ですね。
外の世界から来た早苗ならではのネタでした。
諏訪湖様の財布でいきなり吹いたwwww
3.80名前が無い程度の能力削除
これは良い幻想郷ですね。まったり。

>縁に「もりや」と黒糸で刺繍してある。
ちょwww
10.70名前が無い程度の能力削除
なんだか平和でいいですねー。
19.90名前が無い程度の能力削除
カレーと幻想郷、俺も考えた事がある・・・
それはともかく、面白かった
24.60名前が無い程度の能力削除
読み物としてはほのぼのとして非常に楽しめたのですが
どうしても文の喋り方に違和感が…
取材の時は丁寧語ですよ
25.無評価深山咲削除
>取材の時は丁寧語ですよ
ご指摘ありがとうございます、うっかり失念しておりました…
26.80名前が無い程度の能力削除
落ちの毛糸の意味がわからず。酔いが醒めたらまた来ますw
ほのぼの早苗さん話が好きなので面白かったです。
37.100名前が無い程度の能力削除
ナイス甘口です.
ごちそうさまでした.

私も落ちの毛糸の意味がわからんのですが,
毛糸,体が軽くなったということは,毛糸のほつれか何かで着物がはだけたのでしょうか?
38.無評価深山咲削除
>落ちの毛糸の意味
何年越しものレスですみません。
前半のおつかい部分で出てきた品物を思い出してください。
早苗さんは買ったものを永遠亭に忘れてきてしまったのです。
39.無評価名前が無い程度の能力削除
37のものです
>リストに目を通す。炭やお酒、蜜柑は楽に手に入るだろう。造り酒屋と雑貨屋の場所はわかるし、青果店もあるはずだ。固形墨や毛糸、編み棒もおそらく可。

なるほど,確かに毛糸とありますね.

2年も前の作品だから,落ちは私のそうぞうするだけかなと思っていた中の作者様からの返事,
とっても嬉しいです.

これからも,作品楽しみに待っています.
53.90ばかのひ削除
よかったや
58.100名前が無い程度の能力削除
初々しい早苗さんが見れてとても良かった