Coolier - 新生・東方創想話

秘封夢蓮華

2007/09/06 12:48:32
最終更新
サイズ
33.5KB
ページ数
1
閲覧数
502
評価数
7/30
POINT
1630
Rate
10.68

 卵が先か? 鶏が先か?

 ――私達はいわば二度この世に生まれた。

 くるりと回せば、世界が一変する。


 ・《夜のデンデラ野を逝く》

 嗚呼、ここはどこだろうと己に問いながら、乱れた歩を持って曖昧な色彩の風景を行く。
 うつし世は夢、夜の夢こそまこと。どこかで聞いた言葉が脳裏をよぎる。
 それはいつ頃聞いたものだったろうか。記憶の奥底にすら、もう掠れていてはっきりとした覚えがない。
 そしてそれを、なぜ今思い出したのか解らない。
 息を深く吸い込む。どこか懐かしい味だった。
 風景も良く目を凝らせば、やはりどこか懐かしい景色だった。
 だというのに、私以外の誰も居なかった。
 まるで生き物が住む事を許されない湖を見たような――澄んだ水のような悲しみ。
 人恋しい。誰かの声が聞きたくて、誰かの姿が見たくて、私は足を速める。

 ふわりふわり、といつのまにか地面には薄桃の花弁が敷き詰められていた。
 ざっざっざっ、といつのまにか地面には黄金の熱砂が敷き詰められていた。
 みしりみしり、といつのまにか地面には深紅の落葉が敷き詰められていた。
 さくりさくり、といつのまにか地面には純白の六花が敷き詰められていた。

 春の青を見たかと思えば、夏の朱を見て、秋の白、そして冬の玄と移り変わっていく。
 夜は無かった。気がつけば、既に世界が変わっていた。そうして、何度も繰り返す。
 最初はそれを数えていた。そうでもなければ気が狂いそうだった。
 だが。
 千を超える春夏秋冬の繰り返しに、数える事を止めてしまった。
 その頃には、私は何もかもに諦めを抱いていた。
 けれども、足を止める事は出来なかった……どうしてだろうか。
 何か、大事な、何か、大事な、何か諦めてはいけない大事なものがあるという事を、魂が訴えているから。
 そうして、また春夏秋冬の繰り返しを独り逝く。
 一つ巡る度に、一つの季節を巡る旅に、私が消えていくのが解る。
 あらゆる感覚が途絶えていく。見えない、聞こえない、感じない。
 私は今、歩いているのか倒れているのか、生きているのか死んでいるのか解らない。
 一切が曖昧な中に意識だけがここにある。
 何も見えなくなって、私は暗闇の夜を得た事に気づいた。
 星もない、夜だけど。――ねえ。それも悪くない。――――聞いてる? 星があれば、もっと良かったけどね。
「メリー? 今度……の入り口を見に行かない?」
 聞こえないはずの声が響いて、開かないはずの瞼を持ち上げれば、そこには少女が居た。
「寝ていたの? あんまり、ここで眠るのは感心しないね」
 ああ、彼女の名は何だっただろうか。記憶の底に、彼女の名はあるだろうか。
「まだ寝ぼけているの? ほら、コーヒーでも飲んで目を覚ましなさい」
 薦められるままに、渡された缶の中にある液体を飲んだ。
「苦いわ蓮子」
 思わず、口をついて出た。おそらく、彼女の名前が。
 その一言、一言が私の中の彼女を全て思い出させた。
 あたかも、始動キーのようにカチリと嵌って。
「……目は覚めた?」
 彼女の一言で、完全にエンジンが意思を持って回り始める。
 風景が、曖昧でなく確固たる色彩を持って目に映り、脳へ届く。
 耳に響くのは、人々のざわめき。楽しげな、生きる日々の会話。
 私の手には、冷たくてとても苦い缶コーヒー。
 口の中に感じる、苦味。周囲に満ちる、懐かしき匂い。
 いつのまにか失ってしまったかのように思っていた、かつての世界。
 そして、私の親友で、最愛で、気持ち悪い目を持っている蓮子がそこに居た。
 ああ、なんて素敵な夢。
「そうね、色々と覚めた。起きて見る夢、あるいは幸せな夢。こういうのが見れるなんてね」
「……何を言っているの? メリー大丈夫?」
「大丈夫よ。そうね、貴方だけよね、私をメリーと呼んだのは」
「悪戯なら怒るけど。もう一度聞くわよ、大丈夫なのメリー?」
 あまり出来ていない言葉のキャッチボールに、蓮子は怒っているようだ。
 ふむ。夢なのに、これは実に現のようね。確かに蓮子ならこういう時、怒るわ。
 自分の記憶力も案外と捨てたものじゃない。実に再現性が高い。
 いつもこういう夢を見れるなら、ずっと寝ていたい。
 今の生活に不満はないけれど、蓮子のいた生活にはかなわない。
 そう思っているから、この過ごした日々の記憶が消えていない……のだろう。
 ぼうっとそんな想いだけが心を巡る。
「返事しなさいよ。まったく、本当はやりたくないんだけど」
 蓮子はそう言いながら、右手の人差し指と親指で私の頬を掴む。
 私が次に知覚したのは、凄まじい痛みだった。
「痛い! 痛い痛いって!」
「夢じゃないでしょ?」
 なんて古典的な方法で確かめるのかしら。これ、赤くなっているだろうなあ……。
 ――あれ? 痛い? という事は夢、じゃ、ない、の?
 いやいや、これは夢だ。痛覚が存在するだけ。
 そも、夢にいるからと言って必ずしも痛覚が消える訳ではない。
 ある程度のはっきりとした意識を持っていれば、例え夢の中でも痛みというものは発生しえる。
 そこまで意識が覚醒しているというのは珍しい。これ、夢と現の境なのかしら。
 どれ、ここを今後の夢見の始点にしておこう。
 ん? んん?
 それを知覚した瞬間、ぞくりと、周りの空気が凍ってしまったかのような悪寒が通り抜けた。
 扇子、はないか。しょうがない。あまり優雅じゃないけれど。
 人差し指と中指だけを立てて剣印を作り、九字を切るように走らせる。
「何をしているの? メリー」
「……スキマが作れないなんて」
 八雲紫という名にして久しい私がこんなに驚いた事は後にも先にも、これぐらいじゃないだろうか。
「メリー?」
 再び頬に走る痛みを感じながら、さてどうしたものかと考える。
 それにしてもなんて痛さ。本気ね、蓮子。なんて恐ろしい子。夢でも変わらないわ。
「ああ、うん。ちゃんとどういう事か話すから……とりあえず頬から指を離してくれない?」


 ・《幻視の夜-Ghostly Eyes》

 こんな夢を見た。
 月へ行こう、月で遊ぼう、と人でないもの達に声をかけて。
 水面に映った月という虚像から、中天に浮ぶ月へと実像の境を越えて。
 兵器の前に、愚かな自尊心は粉々に砕け散って。

 こんな夢を見た。
 消えそうな私達のようなものを救おうと。
 幻想を呼び込む境界を作ろうと。
 ここを真に幻想集まる郷にしようと。

 こんな夢を見た。
 そこを楽園に、と提案し。
 そこを永遠に、と奔走し。
 そこを幻想に、と創りし。

 こんな夢を見た。
 そんな夢も見た。
 夢を夢見ていた。
 こんな――夢を――見た。
 夢を――こんな――見た。
 見た――夢を――こんな。

 こんな夢を見た。
 ――その間――冥界と月を花見をする為に私はそれはそれでおかしくなったり――
 ――彼女の居た世界には鬼と宴会をしたり――肝試したり、結界修復に少しばかりの穴を空けたり、――
 ――けれども、そんな日々をしたり。――確かに、それは楽しかった。――
 ――大抵において境界を弄り、――だから、夢は早く来いと言いながら、――
 ――結界が死んでしまったら悲しいから、ほど遠かった。――
 ――いつもゆっくり来いと何十年か顕界の彼女と、私は願って深い眠りにつく。――
 ――見れなかった。――けれども、それだけで良かった。――ときたま夢の断片だけが見れた。――
 ――そこには彼女の残滓があったから。――それからさらに待つ。――

 いつでも夢見は私にとって荒唐無稽で、何かを一年ただ一念待つ屍のような日々。 
 周りに生者は多かったけれど、私はその中にあって、常に孤独を携えていたのだ。
 生きているのに、死んでいるような、ゆらゆらと揺れるだけの不安定な私の日々。
 手慰みに、狐を式に。私を支える何かが欲しかった――心の底から欲しかった!
 夢は現、現は夢。夜の夢は虚、うつし世こそ真。夢も現、現も夢。解って、いる。

 何が夢で、何が現?
 どちらでも同じ事。
 どこからか、子供達の笑い声が聞こえる。

「ちょっと、あんたこんなところで寝ないでよ」
 ゆさりゆさりと身体を揺さぶられている。
 ああ、蓮子が来たのね。
 起きなくちゃ。
 重たい瞼を持ち上げると、そこには見た事のない紅白の少女が居た。
 ずいぶんと変わった格好をしているが、巫女のようにも見える。
 日本はいつからこんな人間が街中にいるようになったのだろうか。
「……誰?」
「面白くない冗談ね。流行らないわよ、そんなの」
 相手はこちらを知っているらしい。けれども、私には見覚えが――あれ?
 仄かだがやがてそれは輪郭を得て。
 何故か名前を知っている? どうして?
「ええと、霊、夢?」
 そう、多分にこの少女の名前は霊夢、だ。
「うん? なにその言い方。変なところで区切るな」
 果たして記憶の通りであった。
「ああ、ごめんね。どうも確証が持てなくて」
「寝ぼけているのか、いつもどおりからかっているのか……判断に迷うわ」
 どうも信頼がないようだ。この少女と自分はどういう関係なんだろうか。
 ううん。これはとにかく現状を把握するのが先ね。
 体を起こし、伸びをする。背骨から感じられる心地良い痛み。
 んー、というか、良く見るとここは外?
 景色を構成するパーツから察するに、神社なのね。
 えーと、もしかしてまた夢の中? 眠りに落ちるまでは大学のベンチにいたはずだし。
「何でも良いけど、桜の下で眠らないでよ。珍しく参拝客が来ているのに」
 見れば、拝殿前に子供三人に大人二人……家族のようだ。
 先程の笑い声はあの子供達が、か。
「どこかの法師の入寂じゃあるまいし。寝るならもっとマシな場所で寝なさいよね紫」
 あれ。
「昼に起きてきたのは珍しいとか思っていたのにねえ……眠りに来たとは」
「霊夢、今私のことなんて呼んだの?」
「八雲紫だから、紫って呼んだのよ紫。当たり前でしょ?」
 そういえば、いつもよりちょっと視点が高いなあと思っていたんだ。
 自分の服装を確認。……なにこの格好。そして、扇子を持っていることにも気づいた。
 おかしい、夢にしてもいつもの夢とは違う。
 今までは夢であっても、自分の姿そのままだった。
 だというのに、なぜ今回に限って、別の姿になっているのだろうか?
「それにしても、紫じゃないって言うんならいったい何なのよ」
「マエリベリー・ハーンよ。霊夢。出来ればそれで呼んで欲しいけど」
「マエリ……発音しにくいわね。面倒だから、紫で良いと思うわよ」
 それだけ言って背を向け、霊夢は参拝を終えた家族の方へ向かっていった。
 あとには、さてどうしようかと悩む私だけが残った。
 桜の花弁がふわりふわりと目の前を落ちていくのが、やけに印象的だった。


 ・《少女秘封倶楽部》

 外では落ち着いて話せないから、と馴染みのある喫茶店へ移動して私は口を開いた。
「まあ、おそらくなんだけど精神が入れ替わったみたいね」
 過去を懐かしむ夢とまさか入れ替わるとは思ってもみなかった。
 夢と現が繋がっているのは知っていたけど、起こりうることなのね。
「……いや、誰と?」
 ああ、最初の最初から話を始めるべきか。これは失敗失敗。
「蓮子、最初からきっちり説明するけど、その前にいくつか質問があるわ。私と貴方は月面ツアーについて話をしたかしら」
「月面ツアー? ああ、したじゃない。そういう話」
 蓮子の答えにコーヒーを一啜り。
 うん、缶も悪くないけどやはり挽き立ての方が美味しいわね。
 おっといけない。今の返答から考えなくては……月旅行については話している、か。
「ヒロシゲには乗ったかしら」
「それは大分前に乗ったじゃない」
 ヒロシゲには乗っている。なるほど、時間の流れは把握した。
 ヒロシゲ以後は一つを除けばそこまで大きな出来事はない。これで十分だ。
 ちなみにその一つとは、私が蓮子と別れて妖怪になるまでのこと。考慮から外しても良い。
 ふむう、さてどこから話したものかしら。
「この前は、夢の品物を持ってきてたじゃない。なんだっけ、紅いお屋敷のクッキーとか」
 ――? 意味が解らない。いや、解るように考えてみよう。
 出来事はあったが、その出来事が私の記憶から消えている?
 だが、こんな重要そうな、しかも蓮子が関わっているとあれば私が思い出せないという道理はない。
 仮定――そもそも出来事はなかった。蓮子の思い違い。
 これなら解るが、気に掛かる。何と思い違いを……。いやまて、紅いお屋敷? 紅魔館の事?
 だとすれば、この線は間違っている。
「この前は冥界寺。あれはなかなか良かった」
 ――ヤハリ、ナニカガオカシイ。
「ああ、そうだ。最初に言おうと思っていた事を忘れていたから先に言うわ。ちょっとこの写真を見てよ」
 言われるがままに、蓮子がテーブルの上に置いた写真を見――博麗神社……!
「今度、星を見に行くなんて言ったけど本命はこっちね。夢の世界を現実に、よ」


 おかしい。
 これはおかしい。これは、こんなのは、この出来事は!
 私の記憶にない。私の過去にない――私の過去はマエリベリー・ハーン。
 マエリベリー・ハーンであった時の蓮子との記憶は確かに覚えている。
 けれど、これは記憶にない。私の記憶に一切ないのだ!
 これが過去の夢であるならば、間違いなく私が知っていなければならない。
 なぜ、私はこれを知らない? なぜ、なぜ、どうなっている?
 思考を巡らせろ。
 どこかで前提が狂っている。
 どこで?


 ……ああ。

 そうか。これをまだ夢だと思うのが間違いなんだ。
 ここは過去の夢じゃない。進行している現在なのだ。
 それも、私が幻想郷を成立させたという前提があっての現在。
 そうでなければ、博麗神社に行こうという理由がない。
 私一人で張った訳じゃないけど、それでも博麗大結界の成立には私が大きく関わっている。
 自負しているからこそ言える。私が居なければ、そもそも今の形での幻想郷は存在し得ないはずだと。
 それが真理であるというのは、私が蓮子と過ごしていた記憶に博麗神社の結界を越えたという記憶はない事で証明できる。
 だってその時――私がメリーだった頃には、まだ八雲紫という妖怪は存在していなかったのだから。

 違う結界を蓮子と越えたりしたことぐらいはある。
 ただ、それはあくまで幻想郷と関わりのないもので。
 ……まあ、そういうサークル活動が原因で、私は最終的にメリーから紫にならざるを得なかったんだけども。

 よし、一通りの整理はついたわ。
 つまり、私と今のメリーは別存在ね。
 元が同じ個体であったとしても、経験している事が違えば、それだけで違う存在だ。
 同じ株の花でも、肥料や栽培方法が違えば、咲く花は完全に同一とならない。
 似てはいるし、品種も一緒だ。けれど、もはや別の存在。

 とはいえ、精神が入れ替わる程度には似ているのだろうか。
 どうにも細かいところが綺麗に収まらない。あるいは魂ごと?
 何かしらの意味があってなのは間違いない。どの世にも真に無意味な事象なんてのはない。
 意味、か。それはいったいなんだろう。

 と、一秒弱とはいえ思考に浸ってしまった。これ以上蓮子の誘いに何も答えないのはいけないわね。
「解ったわ。細かい予定は任すからよろしく」
「任された。さて、それじゃメリーの話の続きを聞くよ」
「話せば長くなるんだけど……」
 話しても信じてもらえるか微妙なところだけど。

 私がメリーから紫へ至るまでの経緯を話すとしよう。


 ・《魔術師メリー》

 石段をゆっくりと降りながら、眼下に広がる風景に感嘆の吐息が漏れる。
 今私が居る場所をなんというか、それを知らないのが非常にもったいない。
 これをあるがままの自然というべきなのだろう。あまりにも、私の見知っている風景と違う。
 陽光に照らされた世界の美しさたるや。
 ヴァーチャルだけども、私の心への映像刺激はリアルを超えて。
 ああ、まさに夢であるからこその風景だわ。現実がどこにあるのか解らなくなる――惑う景色ね。
 
 ここから見える、あの街へ行ってみよう。
 そこで地図でも見せてもらってどこへ行くかを決めよう。
 どこへ行っても楽しめるのは間違いなさそうね。

 最後の石段を一段飛ばして、踏み固められた土の獣道へ。
 風に揺れる葉のざわめきを聞きながら、私は街へ向かって歩きはじめる。

 人々の声が祭歌さながらに響き渡っていて、街は活気に満ちていたわ。
 私はものめずらしさから、当てもなく彷徨うように街を見て回る。その途中で地図が見れればいいけれど、なんて思いながら。
 どうも私の姿が珍しいのか、人が次々に道を譲ってくれて、とても楽に歩けるわ。
 夢の中の人達はとてもやさしいのね。でも、悲鳴を上げながら道を譲るなんて変わった風習だわ。
 そうして一通り見て回ったところで、木陰で一休み。
 日差しが遮られただけで、ずいぶん涼しくなるものね。
 そんな事を考えつつ、扇子でパタパタと自分を扇ぐ。
「あれ? 紫様じゃないですか。何をなさっているんですか?」
 背後から声をかけられたので振り返ってみると、私よりも年下と思しき女の子。
 歳は……十歳かそこらだろう。その割には、きちんとした言葉遣いだけど。
「見ての通り、木陰で休憩中ってだけよ?」
「そうですか。それは失礼しました。……ああ、そういえば、幻想郷縁起に追記があるのでそこを見てもらいたいのですが」
 はて、それはいったいなんなのかしら。でもせっかく見せてもらえるのなら断る必要もないわ。
 どうせ予定なんてあってないようなもの。なら、せめてこの夢に浸れる内に楽しめるだけ楽しまなくちゃ。
「ええ解ったわ。それじゃ見せてもらえる?」
 そう答えると、目の前の女の子は素敵な笑顔で「ありがとうございます。今日は暑いですから、冷たい飲み物もお出ししますよ」と言ったのだった。


 ・《月の妖鳥、化け猫の幻-Easy》

 蓮子は憮然とした表情で、私を見ている。
 まあそれはそうなるだろう。なにせ――
「妖怪になる事が定められている、だって? そう言ったの? メリー」
 ああ、私の台詞が。
「蓮子、何度聞いても答えが変わる事はないわ。そして、もう私はメリーじゃない。八雲紫よ」
「そう」
 蓮子は少しばかり帽子を目深に被りなおして頬杖をついた。
 そして、沈黙によって静寂が訪れる。
 おそらく、色々と考えを巡らせているのだろう。
 手持ち無沙汰になった私は空になったコーヒーカップを弄りながら、蓮子の言葉を待つ。
 ゆっくりとした時間の流れ。悩んでいる蓮子には悪いけれど、こういう時間も悪くないわ。
 眠くなっちゃうけれど、それもまた良いわね。
 うとうと。ふわあ、とあくびを一つ。ううむ、どうも眠気が酷い。
「……ごめん。今日は家に帰るね」
 蓮子は眠気に負けそうな私にそう言って席を立った。
 静かな場所で考えたいのだろう。
「ああ、蓮子」
 けれど、そこをあえて呼び止める。
「なに?」
「あのね、そろそろ私とメリーが元に戻ると思うわ」
 こんな現象は長く続くはずもない。
「な、え? どういう事?」
「そのまんまの意味。それだけよ」
「そう、それはそれで困るわね。まだ聞きたい事あるんだけど……でも考えたい状況でもあるし」
「だからね、ちょっとお願いを一つ聞いてちょうだい。そうしたら、良い方向に話が進むわよ」

 伝えるべき事を伝え、彼女の後姿を見ながら手を振って送り出す。

 しばしのさようなら。
 また会う事もあるでしょう。

 夢が私の意識を……。


 ・《月の妖鳥、化け猫の幻-Normal》

 ぱらりぱらりと、好奇心の赴くままにページを捲ってしまう。
 なんて面白い読み物なのだろうか。あまりにも新鮮すぎるわ。
「……紫様、一度目を通した箇所も多いでしょうに。今回付け加えた箇所だけでも良いのですよ?」
「いや、興味深い話ばかりよ。凄く、凄く面白いわ」
「はあ。それは嬉しいのですが……まあ良いです」
 それでは飲み物を持ってきますねと言って、阿求という名前らしい女の子は部屋から出ていった。
 それにしても、若く見えるのにこんな話を書けるだけの知識があるなんて。人は見かけによらないものね。
 おっと。
 八雲紫と書かれているページを見つけた。
 ここで私が呼ばれる時の名前じゃない……なんて書いてあるのだろう。
 なんとなく、見ない方が良いような、そんな予感が背筋を通り抜ける。
 けれども、もう私の瞳は文字を映している。
 映された文字は、もう私の意識の中に。
 境界の妖怪――八雲紫。
 妖怪?
 私が?
 夢の中では?
 ――夢は現、現は夢――
 良く、解ら、ない。
 ――表と裏、裏と表――
 ちりちりと、脳が焼けるような痛み。
 目の前が揺らぐ。眼の奥が軋む。
 その瞬間に、今まで見えなかったはずの綻びが見えた。
 いつも見える境目より、おぼろげに、赤い糸筋のようなそれ。
 私は、そこに指を刺し入れ――開いた。いや、自身の意思で開く事が出来た。
 これがきょうかいをあやつるという、事?




 ――あ。




 昼だというのに、ふっと明かりが消えたかのように。
 ああ目の前が真っ暗闇……。


 ・《過去の花-Fairy of flower-Easy》

 歳を重ねる事に、私の能力は派手さを増していった。
 気がつけば、容易く――それこそ意識もせずに結界を越える事も出来るように。
 蓮子はそれを聞いて、サークル活動を控えようと言った。このままでは、貴方が人じゃなくなってしまうからと。
 けれども、一度坂を転がったボールが何かに行き着くまで止まらぬように。
 私の能力はさらに、私自身でも御しきれぬほどに高まっていった。
 気がつけば、どこか見知らぬ風景の中に居た。
 私は元の世界に帰る道を探して、足の動くままに彷徨った。
 しかし、元の世界に帰る道は見当たらなかった。

 何故なら、その世界は過去で。
 私の居た現代ではなかったのだから。

 まだ現代へと続く道は出来ていない。
 いつか出来るその日まで、待たなければならない。
 けれども、それを成しえるためには二つの条件があった。
 生きうる為の力、生きうる為の寿命、どちらもなかった。

 ただ力尽きるまで歩き、崩れ落ちるその瞬間までは。


 ・《過去の花-Fairy of flower-Normal》

 この人は、誰だろう。
 私の視線の先には、ぼろい布を纏っただけの女性が居た。
 長く伸びきった髪はボロボロに痛み、くすんだ金色の様相。
 木を杖のように突きながらふらふらと歩き、何度も転んで立ち上がる。
 その度に、どこかへ行ってしまった杖を手探りで探し抱き締める。
 ああ、目も見えていないのか。
 そうして少しばかりの休息をとって、また立ち上がり歩く。
 目的地はどこだろう。彼女の歩みはどこを目指しているのだろう。
 その旅に、意味などあるのだろうか。
 ああ、彼女はそれを求めていないのか。
 もはや、それはただの惰性。死するその瞬間まで続く生き様。
 目的地はあるが、ないに等しい。そう、彼女は死に向かって歩き続けている。

 生きている内にその目的地には辿り着けない。
 死んでしまったら旅は終わってしまう。

 それを知っているのだろうか。
 
 知らずにいられるのだろうか。


 ・《過去の花-Fairy of flower-Hard》

 ――夢想と現想の境界。
 ああ、これが夢か現かなぞ些事なのだ。

 ――生動と死静の境界。
 常に二つと触れ合って、曖昧なままに。

 ――正気と狂気の境界。
 くるうていないのかくるうているのか。

 ――人間と妖怪の境界。
 人から妖へ。戻れぬ旅路を終えようと。


 ・《過去の花-Fairy of flower-Lunatic》

 何もかもがあやふやな中、私はソレへと変わりゆく。
 しかしそれは、決して完全なものではない。
 私は境界を操るがゆえに、何もかもが触れ合って交わる境界のような存在へ……なってしまった。
 自身が自身を生かす意思は人としてのもの。けれども、生きうる為の力や寿命は妖としてのもの。
 引き裂かれそうだ。だから私は仮面を被る。出来うる限りに妖のように振舞おうと、何よりも妖らしく。
 どちらかに寄らなければ、もう生きていけないから。


 ・《古の冥界寺-Easy》

 妖になり、境界を操る術を手に入れようとも時間を越えるという事はしたくなかった。
 こんな姿になり、今更あの子の前にも行けるはずもない。それに何より、私の矜持が許さない。
 逢いたい。逢いたい。逢いたい。けれど、けれど、けれど。
 ふらりふらりと知らぬ過去を彷徨い、今日も人であった頃の過去を夢見れぬかと静かな場所で眠りにつく。
 はらはらと散る、桜に己の夢を重ねてどこまでも深く深く。
「ここで眠るのは良くないわ」
 声をかけられた瞬間に瞼を持ち上げた。顔を上げると、一人の人間が居た。
「ん……」
 体の上に幾重にも花弁が降り積もっている事から、大分眠ってしまっていたらしい。
「そうね。桜の下で眠るのは歌聖にしか許されないわね」
「貴方は……人じゃないのね?」
「そうよ。怖いこわーい妖怪だから、さっさと逃げないと取って食べちゃうわよ?」
 しかし、私の言葉に少女は動じず。「それはむしろ望みたい」と、ただ愁いを帯びた微笑で返した。
 どうにも調子が狂う。
「もっと人間らしく悲鳴を挙げて逃げるなりなんなりして欲しいの」
「きゃあー」
 ……何いまの。
「これで満足かしら。私、妖怪を見たのは初めてだけど上手く出来たと思うわ」
「心が篭っていない悲鳴ねえ。初めて聞いたわよそんなの」
「あら、内心のところ会心の一品のつもりだったのだけど」
 少女はまた笑う。先程と同じように、どこか愁いを帯びて。
「変わった人間ね。興が削がれてしまったから、食べないでおいてあげるわ」
「それはまた残念。もしかして、ここはお礼を言うべきところかしら」
「ええ、ええ。ここでお礼を言わなければ、もう何にもお礼の言えない無作法者になるわよ」
「あは、それは怖い事。それじゃ、改めましてお礼を。食べないでいてくれてありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀まで。ああ、その優雅さたるや。
「名前は?」
 気がつけば、口からそう漏れるほどに。
「名前を聞く時は自分から名乗るものよ、妖怪さん」
 無礼をたしなめられた。それもそうね。
「マエリベリー・ハーンよ」と名乗ろうかと考えたが、これは発音しにくいだろう。
 何か他に良い名前を考えなければ。……しかしそう簡単には思いつかない。
 しょうがない、昔読んだ書物から色々引用させてもらおう。
「八雲紫よ。八雲でも紫でも、何でも好きに呼ぶと良いわ」
「良い名前ね。私の名前は……富士見で良いわ、よろしくね紫」
「不死身ねえ、素敵なご利益が溢れていそうね」

 そう? 意外とそうでもないわよと微笑んだ富士見はこれ以後、頻繁に私の元に訪れるようになる。
 長年、話す相手の居なかった私にはそれが心地よく、決して彼女を食べる事なく迎え入れる。
 酒を飲み、月を眺め、春を謳い、夢に溺れ。
 それはそれは、途方もなく楽しき日々だった。


 ・《古の冥界寺-Normal》

 ――ねえ紫。
 ――もし、もしだけど。
 ――私が死のうと思ったら。


 ・《古の冥界寺-Hard》

 歌聖の名を冠し、妖しく咲き誇るその桜の下で、富士見は自ら命を絶とうとしていた。
 だが、その方法はとても褒められたものじゃない。それでは苦しみが強すぎる。
 だから私はその桜の下で、少女を抱えるようにして、境界を揺らめかせる。

 苦しみのないように、生から死へ。
 幽明境を分かつ――私の領分だから、それは容易く行う事が出来る。
 彼女は私に微笑みながら、瞼を閉じた。

 しばらくして、天よりの使いが降り、彼女の魂を使い桜を鎮めていった。
「願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れさせてほしい」
 彼女からの言付けに、使いは首を縦に振った。
 まばたきの一瞬、光が満ちて――それが過ぎ去った景色には、桜と富士見の身体は存在せず。
 目の前にひとひら、蝶の様に桜の花弁が舞って消えていった。

 ――これで良かったのよね。

 富士見の、死して色の抜けた顔とその前の生きた笑顔を思い出しながら。

 涙がこぼれているのに気づいたのだ。

 そうやってぽろぽろと童のように泣きながら、まあた一人ぼっちになってしまったかあと自嘲してみた。
 寂しい、ねえ。虚しい、ねえ。哀しい、ねえ。ああ。
 けれど、死ねば会えるんだ。そんな程度の距離しかない。
 なんなら冥界へ至る道筋さえも作ってみせましょう。


 ・《蓮台野夜行-Easy》

 昼を流れ夜を流れ、北へ、東へ、南へ、西へ。
 行く当てのない旅路を相変わらず、繰り返して。
 気がつけば、私はそこに居た。

 幻想郷と呼ばれる場所に。
 そしてそこで鬼と出会った。
 鬼との出会い、それがその後の私の生涯を決めたのだ。


 ・《蓮台野夜行-Normal》

「貴方とお酒を飲むのも久しぶりね」
「そうだねぇ。ここのところ、準備で忙しかったから」
 瓢箪から杯へ酒を移しながら、鬼は答える。
「ほら、紫。まずは一献」
「ありがとう」
 杯を満たした色戻りの液体をぐっと一息に呷る。喉を焼くような感覚。
「五臓六腑に染み渡るわ」
 言葉と同時に杯を鬼に突き出す。
「気に入った?」
「ええ、とても」
 こぽこぽと音と共に、杯にまた赤みがかった琥珀が満たされる。
「夜が明けるまで付き合いなよ、紫」
「あら大変。酔いつぶれないように気をつけなくちゃ」

 そうやって私達は酒を酌み交わす。
 知り合ってから、毎度の事だ。

「ああ――そういえば、結界はどうなの?」
「順調よ。あとは龍に認めてもらうだけ……それも問題ない。もうじきここは本当の意味での幻想郷になるわ」
「幻想となったものが集まるようにねえ。賑やかになりそうだよ」
「あっちで暇になったら戻ってきなさいよ。その頃には、今よりもきっと賑やかだから」
 鬼は笑ってそうしようそうしようと答える。
「何せ私も少しは関わっているからね……まあ、どうなるのかは興味あるさ」
「貴方の存在がなければ、私もあんな結界を考え付かなかった。ある意味では、貴方が全ての鍵だったわ」
 幻想となりしものを集める結界――目の前にいるこの鬼の能力という見本があったからこそ、あれは成り立った。
「そんなに褒めないでよ。ほら、もっとお酒を飲みなさい」
「ええ、それじゃ日が昇るまで」


 ・《蓮台野夜行-Hard》

 まどろみのなか、わたしはうそをついたことをおもいだす。
 あいにいった。けれども、あえなかった。じかんをこえても、あのこには。
 きっと、こんなそんざいになってしまったわたしにはもうとどかないんだとりかいした。

 それでも、わたしがあのこにほこれるなにかをてにいれたくて。
 あのこと、かすかにつながるいとがほしくて。


 ・《蓮台野夜行-Lunatic》

 目を覚ませば、そこは明かり一つだけ灯る暗闇だった。
 その中で目の前に少女が一人、テーブルに突っ伏すように寝ている事が解った。
「蓮……子……?」
 口に出して、私は意識を覚醒させ、そして目の前の少女が口に出した彼女でない事に気づく。
「稗田の……ああ、夢は覚めた、か」
 儚いものだ。私は夢のような現実から真の現実へ戻ってきてしまった。
 もう少し、もう少しだけはあの子と遊びたかったな。せめてあの子の返答が聞くまでは。
 とはいえ、戻ってきてしまったのは仕方がない。次はこちらで会えるのを期待しておこう。
 それにしても、どうして私はここに居るのか。
 かつての私であって、現在進行形のメリーが私と入れ替わってここに?
 きっとそういう事なのだろう。しかし、また変わった場所にいるものだ。
 身体に掛けられた毛布に気づく。春の宵はまだ仄かに冷える。それを思って、稗田が掛けたのだろう。
 私みたいな、妖怪にねえ。
「稗田も変わったものね」
 好ましい事ではあるけれど、いやはや稗田の者がねえ……。
「あはは、いや、うん……傑作だわ」
 この調子で、人間と妖怪のスキマを埋めていければ、ここはそのうち幻想郷から理想郷へと変われるかもしれない。
 自分の、当初は夢物語に思っていた目論見も、今では手を伸ばせば届きそうな距離にあるみたい。
 かつては妖怪に対する為に幻想郷縁起を書いていた、御阿礼の子の寝顔を見ながら私はその未来に思いを馳せる。
 ああ、そうなれば、私も蓮子に胸を張ってこの生き方を自慢できるかしら。
 ……さてと、考え事はここまでにして、そろそろ戻りましょう。
 その前にとスキマを開いて、紙と筆、それととっておきのお礼を取り出す。
 明日、目が覚めた稗田が喜ぶと良いけど。
 さらりと紙に筆を走らせ、お礼の下に敷く。
「それでは、またね」
 別れの言葉を述べて、私は外へ歩く。
 そうして屋敷から出たところでスキマを開こうとし――止めた。
 空には月が浮んでいた。手を伸ばせば、届きそうなほど大きく。
 月がとっても丸いから、遠回りして帰りましょう。

 ついでに、戻った時、心に決めた計画を月と語らいながら帰りましょう。

 ・

「……ん。ああ、朝か」
 昨日は紫様に毛布を掛けて……あー、そのままここで寝てしまったか。
 既に紫様はいなかった。そして紫様に掛けたはずの毛布が私の身体に掛かっていた。
 目をこすり、もう一度紫様のいたところを見ると、そこには金属製の缶とその下に手紙が添えられていた。
 毛布のお礼。中身はきっと貴方も気に入る茶葉
「律儀な人……もとい、妖怪の賢者」
 これではまるで人みたいだ。
 それでも問題ないか。とりあえず、これはありがたく頂いておこう。
 それと、幻想郷縁起に追記でもしておこう。
 八雲紫はわりと義理堅いとか、そんな感じのを。前の人情がないとかの箇所はちょっと書きなおそうっと。


 ・《少女幻葬》

 ――結界を越えた瞬間――

 ・《Necro-fantasy》

 桜が、はらはらと
 櫻が、ゆらゆらと
 さくらが、ふわふわと
 サクラが、くるくると

 ――瞳に映る世界が、花の嵐に飲み込まれているかのようにその色に染まっていた。

「二度目だけど、やっぱり言葉もないわ……」
「二度目だけど、本当にねえ……」
 少女二人は、惚けるようにその光景に釘付けとなる。
 その瞳で、その皮膚で、その耳で、その五感全てで味わって。

 その中にひとつ、足音が響いた。
 降り注ぐように散る花弁が、足音の主を避けるように分かれる。
 花を雨と見立てているかのように、その少女は傘を差していた。

「紫……」
「お久しぶり、蓮子。約束を守ってくれて嬉しいわ。博麗神社ではなくこちらの方が今は見ごろなのよ、桜。だからここで話をしたかった」
 それと姿が変わった私が良く解ったわね? と傘の下で少女は微笑む。
「貴方が、妖怪となった私……?」
「そうよ。そしてこれから消えゆくものね」
 そうして傘を持った少女は空を見上げる。
「今までとこれからをお話しましょうか」
 傘をくるくると一度回して閉じ、手招きをして少女を呼び寄せる。
「ねえメリー。ここは気に入ったかしら」
 問われた少女は、はいと素直に答える。
「そう。それは良かった。ではメリー、貴方にお願いがあるの」
 何でしょうか? と少女は聞き返す。
「貴方にこの幻想郷の結界管理を委譲したいの」
 少女は沈黙で返す。
「いきなり言われても解らないわよね。でも、詳しい事は藍が教えてくれるわ」
 私の可愛い式なの、そこそこ頭も良いのよ? と紫は笑う。
「何故? 何故ねえ……。そうね、あえて一言で言うなら、私は私の世界の蓮子に会わなくちゃいけないの」


 ・《少女幻葬-Necro-fantasy-Normal》

 貴方と一緒に今居る蓮子ももちろん蓮子よ?
 でもね、前に会った時に気づいたの。既にその子は、私と同じ時代を生きていた蓮子じゃない。
 貴方としか体験していない記憶が、貴方と共に潜り抜けた経験がある。
 そして――まだメリーという存在を失っていない。
 蓮子がメリーという存在をどれくらい大切に思っていたとかは解らない。
 それでもきっと、メリーという存在がいなくなれば悲しいでしょうし、泣くかもしれない。
 私は、私と共に居た蓮子に、きっとそういう思いをさせてしまっている。
 それに気づいていて、なのにまだそれを拭ってあげてもいない。
 妖怪になったから会えなかった。違うわ、会う勇気が持てなかった。
 人じゃない私を見て、彼女は拒絶しないだろうかとね。
 何もかも、言い訳にすぎない。
 会えないのは、私の思い込みなんだ。
 まだ会ってもいない。拒絶されないかもしれない。何も試していない。
 そのくせに、私はあの子の反応を決め付けている。
 でもね、貴方とこちらの蓮子に会って気づいたの。
 ああ、会うべきなんだろうなってね。遅いわよね、何千年もかかってようやく気づいた。
 きっとあの子は遅い! って怒るでしょうね。
 怖いわ……それでも、貴方にここの管理を任せて、私は蓮子に会いに行きたい。

 それに今まで思い違いをしていたの。
 境界を揺らめかせて超えるべきは時間ではない。
 境界を揺らめかせて超えるべきは次元だった。
 平行に存在する多層の次元の中から、元居た私の次元を捜しきれるかは解らない。
 でも、私は妖怪だから寿命も長い。いつか、探し当ててみせる。
 待つのでは会えないと知ったから、私からあの子に会いに行かなくちゃ。
 ――あの子に謝りに行くわ。


 ・《少女幻葬-Necro-fantasy-Hard》

「貴方はいずれ妖怪になるでしょう。きっと。だから私はここの管理を頼みたい」
「……」
「貴方なら私と同じ事が出来るから。そして、ここは妖怪にとっての理想郷なの。でもね、貴方が妖怪になるのは遠い先」
「……」
「それまでの間なら、藍がどうにかしてくれるわ。私も出来る限り、綻びが出ないように仕上げて行くから」
「……」
「だから、貴方は蓮子と――蓮子の寿命が尽きるまで、あっちを楽しんできて」
「……」
「そして、もし妖怪になってしまったら、ここに来てくれないかしら?」

 問われた少女は、口を開き答えを発した。


 ・《魔法少女十字軍》

「ここを全て知るのにどれくらい掛かるかしら」
「メリー、そんなのは歩いてみれば解るさ。私と一緒に歩けば良いのよ」
 少女二人は、顔を見合わせて笑う。
 声が空に木霊し、雲が流れていった。


 ・《幻想の永遠際》

 メリーが消えてから、そろそろ十年が経とうとしている。
 ふと、コーヒーを飲もうとする時にそれを思い出した。
 いったい、どこに消えたのか。この現代において神隠しなんて――まあ私達からしたら有り得る話よね。
 ともかく彼女はいなくなってしまった。
 今でこそ平静でいられるが、居なくなってしまった当時の私はとても酷い有様だった。
 記憶にも残らないぐらい、私はその時狂乱していただろう。
 ……あの子は今頃、どこで何をしているのだろうか。
 テーブルの上に置かれたコップにコーヒーを注ぎ、ゆらめく湯気を眺める。
 今度、あの喫茶店に行ってみよう。
 昔を懐かしむ、それでも良い。あの子と過ごした記憶の残滓を手繰れれば……。

 玄関のドアがノックされる音が響いた。
 何だろう。集金か勧誘でも来たのだろうか。
 開いた先には、箱だけがあった。
 差出人の名が書いた紙が貼り付けてある。

「八雲、紫……?」
 誰だろうか。とりあえず、箱を持ち上げてみる。ずしりと重みがあった。
 良く解らないが一旦預かって、コーヒーを飲み終えたら管理人にでも届けに行こう。
 廊下から玄関に箱を移し、私は居間に戻る。

 そこには。
「良い豆ね。薫り高くて、なかなかの味よ」
 ――。
「久しぶり。元気だったかしら」
 ――――。
「何その顔。久々に親友と会えたのに言葉も無いの?」
 ――――――!
「メリー!?」
「ええ、そう。貴方だけが私をそう呼んでくれる。蓮子、待たせてごめん――ただいま」
 変わらぬ笑顔がそこにあった。
 言葉が脳を駆け巡る。言いたい事が山ほどある。けれども、まずはとりあえず。
「おかえり。おかえりなさい、メリー」
「さあー、今日は酒宴よー。さっきの箱の中にはあっちこっちで頂いた極上酒がみっちりあるんだから」
 いっぱい飲みましょ? とメリーはまた懐かしい笑みを浮かべる。
 それにつられて、私まで笑みが自然とこみ上げてくる。
 こんな風に笑顔になったのはどれくらい久しぶりだろう。
「今までの長い旅を語るのに一日で足りるかしら。私は蓮子の今までも聞きたいのよね」
 コーヒーを啜るメリーの前に座って、その疑問に私は答える。
「メリー、そんなのは話してみれば解るさ。足りるまで、私と話し合えば良いのよ」
 それもそうね、とメリーは笑って。そうよ、と私も笑った。

 そうして私達は、いつかと同じように酒を酌み交わすのだ。
 十年分笑って語って、とめどなく。

自分自身の書きたいものをただ書く。
そして幻想郷を気取って、批判も苦情も感想も批評も何もかも全て受け入れる。
なんにせよ読んでいただけたのならそれだけで幸いです。できれば、またの機会を。

フォントサイズ参考・「時をかける兎」
乳脂固形分様に感謝。
名前は捨てた
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1040簡易評価
3.無評価藍王削除
内容の良し悪しは別としてあとがきの貴方の考えには深く同意できます
8.50名前が無い程度の能力削除
死にかけて、意識があやふやな状態の時に妖怪になることを選んだということですか??
まあ、それならなるかならないかの選択を意識して選ぶ事はできませんね。

元の世界に帰る道は見当たらなかった・まだ現代へと続く道は出来ていない
というのは、どういうことでしょう?
この時メリーは自分で結界を越える事ができたようですが、自分の意思で未来(時間を越える)へ移動するやり方が分からなかったということでしょうか?
他のSSと違い、過去とびした時点でメリーの力がかなり高まっていたので疑問に思いました。
それとも、『出来ていない』ということは、過去に越えれても未来には越えれない一方通行?

後、何故に唐突に龍???

批判も苦情も感想も批評も何もかも全て受け入れる
これは、批判も苦情も批評も何もかも全ての感想を受け入れる、とかの方がいいかと。

よく分からない感想になっちゃったかな?
10.80イスピン削除
ついこの間『蓮台野夜行』を買った自分にジャストミート。
龍など求聞史記などの内容も踏まえてあり、とても読み応えがありました。

過去と現在・夢と現・人と妖・生と死・そして彼岸と此岸……
八雲紫を主題においた小説らしさが出ていたと思います。
11.100露鳩出煮郎削除
 紫が境界を越えメリーになったのかメリーが境界を越え紫になったのかはたまた別個の存在が互いに意識を共有しているのか……
 紫=メリー説は良く聞きますが、蓮子と稗田を対応させたり、平行世界のような解釈や、
過去と現在に同時に意識が存在していそうだったりなど、謎が一杯あって自分のようなあれこれ作品の裏を妄想して楽しむ
種類の人間にとってはツボに入りまくりです。
 文章の妙、夢違科学世紀のメリー一人称に似せてある部分など、原作の幻想感をふんだんに取り入れてある部分もポイント高いです。
 脱帽です。おみそれしました。
16.100無を有に変える程度の能力削除
圧倒されてしまい、もはや言葉では表せません・・・
17.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。面白かったのですがいまいちよくわかりませんでした。
伏線らしきものを張り巡らせて一妻回収しない。考察の余地を残してそのまま終わらせる。
一つの技法としてはすばらしいのですが、それでももうちょっと補足が欲しかったところ。
なにかの完結編が欲しいなぁ、と思う次第にあります。
19.90泥棒かささぎ削除
漂う雰囲気が素敵ですね
28.90名前が無い程度の能力削除
曲名と上手くリンクさせたりだとか、並行世界を持ち出したりするのが新鮮な感じ
こういう解釈があってもいい
感情表現がえらく淡々としていたけど面白いかったのでこの点数です