Coolier - 新生・東方創想話

春を待つ亡霊

2007/09/04 14:05:44
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*本作品では作中における場面転換の際、便宜的に直前で***の記号を用いています。また「」で括られる会話の前後を一行空けています。作法に沿わない形式ではありますが、見た目の分かりやすさを重視しあえてそのように構成しました。お手数ですが、あらかじめご留意ください。

*作中の設定は『東方妖々夢』を基準にしています。当該ゲーム、および『東方紅魔郷』中に登場する以外の設定は全て作者の妄想であり、一連の『東方Project』作品群とは何の関係もありません。ただ、もしも作中に公式設定を逸脱する表記が存在していた場合でも、それは当方の無知に起因する瑕疵であり、作者側に東方作品を不当に貶める、ないしは改変する意思が一切ないことを、ここにあらかじめお断りいたします。なにとぞ、ご容赦ください。
























 空中楼閣を夜桜が舞っている。庭には椿。道端には福寿草。水辺には水仙。冬の終わりを告げる草木が一斉に芽を吹き花をつけ、死後の世界を華やかに彩った。
 あの世に春がやってきた。幻想郷中からかき集めた、少々早めの春だった。
 やわらかい風が吹く。舞い散る花弁が全てを蔽う。咲き誇る花に囲まれながら、少女は枯れた大樹を見つめていた。
 西行妖。魂を喰らい死を纏った、呪われた一本の桜。歌聖の墓は生を謳歌する大地の上に、蕾もつけずに立っている。まるで周囲から取り残されたかのように、老木は節くれた体を晒していた。
 春は、まだ足りない。

 ***

 戦いは佳境を迎えていた。満身創痍の魂魄妖夢は、最後のスペルカードを詠み上げた。

「六道剣、一念無量劫」

 満を持して展開した弾幕は、さながら光の壁だった。
 前後左右、四方八方から断続的に迫り来る光弾が、脱出不可能な檻を形成する。一撃で相手を死に至らしめる光の矢が、空間のあらゆる場所に現れ獲物を狙う。たとえどこにいようとも避けられる筈の無い、必殺の技だった。
 紫色の光が乱れ飛んでいる。妖夢を回転の中心として、槍の穂先のような光弾が、嵐のように渦巻いていた。一つ刀を振るうごとに弾幕は密度を増していき、相手の逃げ場を奪って行く。勝利は時間の問題だった。
 程なく全弾の配置は完了した。もう相手は逃げられない。後は死ぬのを待てばいい。妖夢は勝利を確信した。

「え?」

 思わず声を上げる。光の竜巻の隙間から、信じがたいものを垣間見た。
 避けている。迫り来る無数の弾丸を、ほとんど体も動かさず、最低限の動きだけで完全に回避している。
 掠りさえもしていない。測ったような正確さで、無数の光が敵の真横をすり抜けて行く。まるで弾幕の方が相手を避けて通っているようだった。
 奥義はあっけないほど簡単に突き破られた。暴風のような攻撃は、相手に一発も当たらずに、全てどこかへ通り過ぎてしまっていた。
 後に残ったものは、夜の闇と狂い咲く桜、そして春風に着物をはためかせる紅白の巫女の姿だけだった。
 何もかもが非現実的だった。あまりの光景を前に妖夢は絶句し、棒立ちになった。
 巫女はまっすぐにこちらを見据えている。月明かりに白々と照らし出されたその顔には、いかなる表情も浮かんでいなかった。
 初めて見る能面。戦いの前の空とぼけた表情はどこにも無い。感情の篭らない視線は、まるで物か何かを見つめているようで、対象に少しの尊厳さえも認めていないようだった。
 妖夢の背筋を脂汗が伝った。渾身の一撃はむなしく外れ、こちらは相手に無防備な姿を晒している。
 頭の中に警鐘が鳴った。

 三つ。そう、僅かに三つだ。それは到底弾幕ともいえないほどささやかな、子供だましの花火のような規模だった。たとえ当たったところで別になんともなさそうな、何の変哲も無い光が三つ。これまで受けてきた機関銃じみた射撃とは比べものにさえならない、あえて躱すまでもなく剣の一振りで掻き消えてしまいそうな、取るに足らない攻撃に見えた。
 ひどい錯覚だった。放たれた攻撃は、明確に予想を超えていた。
 予備動作は無かった。女の白い巫女服の裾が夜の闇に翻ると、音も無く霊符が展開された。瞬きする間に虚空に生じた赤い光は、いずれも信じられない速さと正確さで、まっすぐにこちらへと向かっていた。妖夢の全身は総毛だった。
 初撃を躱せたのは奇跡としか言いようが無い。咄嗟に飛びのいたすぐ横の空間を、何かが削っていくのが分かった。どうやら僅かに掠った様で、ちりちりと音が聞こえてきた。繊維の焼ける嫌な臭いが奇妙なほどに鮮明で、ああこの服は気に入っていたのにと、一瞬妖夢は場違いなことを考えた。
 全ては急激に推移した。最初の攻撃が通り過ぎて間もなく、対処のしようが無いタイミングで、第二撃が真正面から現れた。反射的に目を凝らしてその軌道を見極める。塗りつぶしたような宵闇に、虚ろな赤が薄ぼんやりと映えていた。
 これまで培ってきた剣士の勘は、こんなときでも嫌になるほど正確に現状を捉え、ともすればパニックを起こしかねない意識に、これまた嫌になるほど冷静な分析を送ってきた。たちどころに理解する。これはあまりにも速すぎる。被弾はもう避けようが無い。だが光弾の線条はどう考えても腹か頭に向かっていて、直撃すれば致命傷を免れない。状況は既に絶望的だった。
 下から這い上がってくる弾の威力が、どれ程のものかは分からない。戦いの主導権は完全に相手が握っていた。自分に与えられた選択肢は驚くほどに少なく、しかもどれもが犠牲を強いる。妖夢は必死に体を捻りながら、この一撃で体が粉々にならないよう祈るしかなかった。

 肩に突き上げるような衝撃が走った。間を置かず鋭い痛みが全身を支配し、思考が赤く染まる。
 熱い。まるで焼き鏝を押し付けられたような、耐え難い熱さだった。
 度を超えた激痛に目からは意思と無関係な涙が流れ、視界をじわりと歪ませる。今この場で叫びだしたい衝動に駆られながら、魂魄妖夢はそれでも前を見据え続けた。
 まだ終わっていない。先ほど見た限り、敵の発した光弾は三つあった。第一撃はかろうじて回避し、続く次弾は致命傷を避けられた。だがまだ一発、敵の放った攻撃は生きている。闇を切り裂き、紅の尾を引きながら鎌首をもたげ、手負いの獲物に向かって一直線に迫っている。ほとんど視認さえも不可能な速さで己に肉薄する魔弾は、さながら死の具現だった。
 そして第三撃、最後の光が現れた。やはり速い。コースは顔面。視界の僅かに上の方から、まるで鷹のように滑空してきている。もう笑うしかなかった。ここまで容赦がないと、いっそ清々しい。

「―――――」

 口が勝手に何かをつぶやいている。消え入るように小さな声は、自分の耳にすら届かなかった。
 思考がまとまらない。破滅が目の前まで来ているのに、冷静さを保てない。あんなに小さな光の玉が、どうしてこれほどの威力を持ち得るのだろうか。こんなにも体中が痛いのに、被弾した左肩の感覚が全く無い。まるで体の一部が根こそぎ削り取られてしまったようだった。自分が剣を握っているのか、あるいは手放してしまっているのか、それさえも分からない。左腕は完全に使い物にならないだろう。そして右腕に握られた楼観剣も、既に棒切れ同然だった。動かそうにも体が言うことを聞かない。構えているだけで精一杯だ。たったの一撃で、妖夢の戦闘力はほとんど喪失していた。

「――――ま」

 時間がゆっくりと動いていた。心臓の音は大きく響き、傷ついた体は鉛のように重く、取り巻く世界は緩慢に移ろい、現実感は喪失していた。全ては朧で茫洋としており、まるで夢の中にいるようだった。
 目に映る光は、もう円の形を成していない。輪郭が滲み、見る影も無く歪んだ赤い球体は、さながらいつか見上げた月のようだ。
 自分を育て導いてくれた存在が去ったあの日、妖夢は冥界の孤児になった。凍えるような夜だった。幼い自分はどうすることも出来ない孤独に直面し、ただ悄然と、退くことも進むこともままならずに立ち尽くし、滲んだ大きな月を見ていた。同じだった。無力であった子供の頃と自分は何一つ変わっていない。
 一体今まで何をしてきたのか。自分は何のためのここにいるのか。あの時の自分を抱きしめ、生きる希望をくれたのは、一体誰であったのか。熱に浮かされたように、妖夢は自問し続けた。

「ゆ――――」

 赤い光が迫る。遠目からはあんなに弱々しく見えたのに、今はもう全てを飲み込むほどに強く輝いている。停滞した時間の中を、禍々しい光芒だけが移動していた。
 でこぼこした円がゆっくりと大きくなっていく。刻一刻と、着実に視界が赤に占められていく。徐々に徐々に、まるで真綿で首を絞めるように、避けようの無い死がひたひたと忍び寄ってくるのがわかった。
 恐怖は無い。ただ無念だった。自分はまだ何もしていない。蒙った大きすぎる恩を、言うに尽くせぬ感謝の気持ちを、肝心の彼女に少したりとも返していない。頼るだけ頼って、恩人に何も報いずに死ぬなんて、そんなのはあまりにひどすぎる。情けなくて悔しくて、このままでは死んでも死に切れない。
 第一、ここで自分が倒れたら、一体誰が彼女を守るのか。もうこの先には、彼女以外に誰もいない。あの騒がしい幽霊三姉妹はとっくの昔に敗北し、大勢いた妖精たちは一撃を掠らせる事さえままならずに一匹残らず倒された。こちらに残された戦力は、こうして無様に半死半生になっている庭師と、あとは白玉楼の主しかいないのだ。正真正銘、妖夢は最後の砦だった。西行妖は目と鼻の先で、もしここが突破されたなら、最早奴らの道を遮るものは何も無い。それが何を意味するのか、そんなことは考えるまでも無かった。ここで博麗を看過することは、大きな仇でしかない。
 実際、博麗の巫女は化け物だった。こちらが放つ攻撃は決して当たらず、向こうの攻撃は恐ろしい頻度で命中する。どれ程の密度の弾幕を展開しても顔色一つ変えず、何事も無かったかのようにすり抜けてくる。まるでこちらの行動パターン全てが読み切られているようだった。奴の前では防御も回避も攻撃も、戦闘行為全てが無意味だった。これでは自分たちは、奴にやられるために出てきたようなものだ。行く手を阻むものは、奴にとって皆単なる的に過ぎないのだろう。確かに主は妖夢よりも強かったが、まさかこの反則的な存在に敵うとは思えない。戦えば間違いなく負ける。それも完膚なきまでに叩きのめされ、痛めつけられて。
 全身の痛みがぶり返す。まるで全身が灼熱するような、ひどい痛みだ。敬愛する彼女が自分と同じ苦痛を味わうのだと想像しただけで、妖夢の心は震えた。
 気が付くと妖夢は懇願していた。それは決して届くはずのない、徹頭徹尾無意味な願いだった。
 逃げてください。敵が来ます。大結界を張り幻想郷の理を定めた、博麗の巫女がやってきます。私がここで食い止めますから、今のうちに逃げてください。お願いします。逃げてください。私がここで頑張りますから。私がいる限り、あなたには指一本触れさせはしません。あなたの痛みは、私が全て受け止めます。だからお願いです。逃げてください。お願いします。

「―――さま」

 体が動かない。攻撃はもう目の前だった。勝敗はここに決した。全てはもう手遅れで、逆転の余地は微塵も残されていない。
 彼女の剣にはなれなかった。相手に一太刀も浴びせられない存在が、剣を名乗っていいはずが無い。かくなるうえは盾として、彼女が被る筈の弾幕を一発でもこの体に受け止めるより他に無かった。彼女から貰った救いはこんな程度で購えるほど軽くないが、泣こうが喚こうが自分はもうここまでだ。それがどれ程不足していようとも、出来ることに全力を尽くすしかなかった。せめて目だけはそらすまいと決め、妖夢は迫り来る死を睨みすえた。

 不意に、風が吹いた。暖かく優しい春の風だ。それは妖夢の頬を、髪を、全身を撫で、閃光と闇が支配する戦場を、目もくらむような美しい花びらを伴って、一瞬のうちに駆け抜けた。視界をピンク色の花びらが覆い隠す。月の光さえも消し去るほど強烈な紅が、跡形も無く桜の色に飲み込まれた。果たせなかった夢、遠からず潰える彼女の願いの残骸が、妖夢を守り包み込んでいるようだった。
 その時妖夢の目を、痛みとは全く違った種類の涙が潤ませた。それは情けなさと安心感が入り混じった、これまで流したことの無いような涙だった。全く格好がつかない。こんなときまで、自分は彼女に守られている。結局本当に頼っていたのは、いつだって自分の方だった。空回りする誓いが滑稽なものにしか思えず、一体どうしたらいいのかも分からないままに、妖夢は声も無く泣いた。

「――こさま」

 何のために生きるのか。何のために死ぬのか。答えはどこにも無い。生と死の境界上にありながら、自分には全てが胡乱だった。明確な判断を下すには、まだ妖夢は未熟にすぎた。
 彼女の孤独は、ほんの僅かでも癒えたのだろうか。全てが死に絶えた西行寺の庭を、自分は少しでも賑わせることが出来たのだろうか。庭師として、剣士として、果たして自分はどうあるべきであったのだろう。多分なすべき事は山のようにある。目指す先人の背中は、いまだ遥かに遠い。代用にさえなれない自分は、一体何をなしえたのだろう。分からなかった。自分に何が出来るのか。手の届く範囲に、一体どれ程の選択肢があったのか。既に標は消えていて、教えを請うべき相手もいない。問答に出口はなかった。
 だが、それでも。歩むべき道が分からなくても、自分は何がしたいのか、それだけはずっと鮮明だった。何がしたい? 答えは簡単だ。自分は彼女の笑顔が見たかった。結局は、ただそれだけだった。

 終わりはコンマゼロ秒先にある。
 最後に一度、妖夢は万感の思いを込めて、自身の全てを捧げたかけがえの無い人の名を呼んだ。

「ゆゆ―――」



 そして、桜は散った。

 ***

 閑話休題。

「おいおい、まだ伸びてるぜ。流石にやりすぎたんじゃねえの?」

「別にあれくらい普通じゃない? だいたい元から半分死んでるんだし、そう簡単にくたばりはしないわよ。手加減無用」

「そんなこといってもなあ。……うわっ見ろよ。鼻毛にまでパーマかかってる。サービスが細やか過ぎてカリスマ美容師も真っ青だぜ」

「何馬鹿な事言ってるのよ。ほら、あんまりじろじろ見ない。さっさと行くわよ」

「おお怖い。殺人禰宜の御宣託だ。気をつけろよ咲夜、こいつに下手なこと言うと顔面にドカンだ。お嫁にいけなくなっちゃうぜ」

「殺人禰宜に殺人メイド。ずいぶん結構な取り合わせね。家のお嬢様が好きそうな響き」

「殺人魔法使いも忘れてもらっちゃ困るぜ」

「ああ、そういや前回散々屋敷を引っ掻き回してくれたのはあんた達だっけ。いろいろ立て込んでて忘れてたわ」

「霧雨魔理沙はいつでもどこでも他人のご厄介になる気構えを忘れないぜ」

「言いえて妙ね」

「別にいいわよ。結局お嬢様も妹様も喜んでたし。また今度遊びにいらっしゃい。ぶぶ漬けと出涸らしの番茶くらいご馳走するわ」

「そりゃすごい。まるで博麗神社並みの厚待遇だぜ」

「なにそれ。博麗神社ってそんなにひどいの?」

「草木一本生えない凍餒無比なる蛮野だぜ」

「本当?」

「嘘よ。風光明媚極まりないわ」

「下着もつけないんだぜ。一族みんな露出狂」

「本当?」

「嘘よ。むしろこだわってるわ」

「神社なのに一年間で貰えたお賽銭が五円玉一つしかなかったんだぜ」

「本当?」

「……それは本当。しかもそれ私が入れた奴。験かつぎに。あまりにも人来ないから」

「不憫ね」

「まさに極貧。食える雑草を求めて野山を駆け回る生活だぜ」

「野人?」

「むしろ野巫女だ。新種」

「マスメディアが放っておかないわね」

「大衆の玩具だぜ」

「ああもう、いいかげん黙って! 少しは慎みなさい! いいからとっとと帰るわよ。もう真夜中じゃない。良い子は寝る時間よ、もちろん悪い子も」

「普通の魔法使いには関係ないぜ」

「もちろんメイドにもね。家は全員夜行性だし。……でもすんなり帰れるのかしらね。何かもう一波乱ありそうだけど」

「ちょっと、変な事言わないでよ」

「あ~、そうだな、確かに。そういえば来る途中黒猫にもあったし。うん、黒猫は不吉だ。どうしようもない。まだまだ家は遠そうだな、霊夢。今夜は夜通しハッスルだ。ハッスルハッスル」

「……はあ。まあそうなるわよね、たぶん。認めたくないけど。なんだかんだで前回もそうだったし」

「そうだぜ霊夢。ハッスルハッスル」

「まあここまで来たら一緒よね。お嬢様へのいい土産話になりそうだし。ハッスルハッスル」

「……はあ」

「ハッスルハッスル」

「ハッスルハッスル」

「……」

「ハッスルハッスル。さあ御一緒に」

「ハッスルハッスル」

「……ハッスルハッスル」

 ……そして、喧しい三人組は奇妙な反復運動を繰り返しながら、空の彼方へ飛んでいった。
 まるで酔っ払っているかのような大声を上げて宵闇を疾駆する彼女たちの姿は、それを目撃した多くの人間と妖怪たちを驚かせた。後に『ハッスル騒動』と呼ばれ世間を震撼させたこの祭りは、時間を追うごとにその規模を拡大し、最後には周辺住民を巻き込んだ一夜限りの乱痴気騒ぎへと変貌するに至るのだった。
 一連の騒動の中心となったのは博麗神社の巫女、博麗霊夢であった。
 徹夜により神経をすり減らしていた彼女は単純な反復行動を続けるうちにトランス状態、俗に言う狐憑き(単純にマジ切れしたとも言う)に陥り、突如東の空に向かって「やってらんねえよ!」「腋巫女ってなんだよ、糞野朗!」「最萌? 何だよそれ、いつやってんの? 有明?」などと意味不明な言葉を絶叫。仲間たちの制止を振り切り、ハッスルダンスで幻想郷中を所狭しと行脚した。
 丑三つ時をまわった頃、博麗霊夢は当時酒盛りの真っ最中だったマヨヒガの八雲邸を襲撃。折り悪く当主の八雲紫は在宅しており、騒動はここにクライマックスを迎える。乱れ飛ぶ弾幕。とどろく絶叫。そして何故か急速に減っていく酒樽の中身。二人の邂逅をもって事件の始まりとする向きもあり、その意味ではこれを盛大なオープニングセレモニーと呼ぶ事もあながち的外れではあるまい。とにかく、宴は始まった。巻き込まれた式神、八雲藍の心中は察するに余りあり、彼女に対する深い哀悼の念は到底禁じえないものであろう。彼女の式たる黒猫がそもそも乗り気であったから、まさしく孤立無援であった。
 ここから先の顛末は、最早語るに忍びない。瀟洒な屋敷の中に、酒池肉林の地獄絵図が展開された。仲間たちが駆け込んだ時にはもう全てが終わっており、アルコールの臭いが立ち込める大広間には、妖精たちの累々たる屍、そしてゆらゆらと揺れる四つの影が踊っていた。それはまさしくサバト。かつて酸鼻を極めし中世欧羅巴の暗黒時代、退廃と享楽の探求の果てに魂までも膿み爛れた特権階級が催した悪名高き背徳の黒ミサを髣髴とさせる、清代の阿片窟もかくやという魔界である。まあそれは言い過ぎかもしれないが、とにかくその光景が目に飛び込んでくるや否や即座に障子を閉めてそれぞれ家に帰った二人を、一体誰が怯懦と誹れるだろうか。いや、無理ぽ。
 彼女たちの奇行は後日新聞にすっぱ抜かれ、長く巷をにぎわせる事になる。またこれを期に八雲紫が博麗霊夢に目をつけ、後々まで付きまとう事になるのだが、それはまた別の話である。まあ全部嘘だけど。
 閑話休題終了。

 ***

 ひりつくような感覚が、意識を闇から引き上げる。さらさらと、顔の上を何かが滑っているようだった。羽毛とも紙切れとも知れない物が、顔面を行ったり来たりしている。なにやらくすぐったいような痒いような居心地の悪い感触が伝わって来て、魂魄妖夢はたまらず首を振った。
 とたんに動かした場所がぎしりと痛む。鈍い刺激が体を走り、ようやく妖夢は覚醒した。
 顔をぬぐいながら目を開けた。焦点を結んだ視界に、真っ暗闇が飛び込んでくる。星さえも見えない、本当の闇だった。一瞬まぶたがもう一つあるような錯覚にとらわれ、妖夢は目を擦ろうとした。とたんに目の前を白いものが通過し、肝を冷やす。自分の右手だった。目は開いているようだ。あまりに間抜けな行動に、自分で自分に苦笑した。

 感覚が徐々に戻ってきていた。体を介して、脳に情報が集まってくる。視覚、聴覚、嗅覚、触覚が、魂を世界に手繰り寄せていく。どうやら自分は生きているらしい。左肩の激しい痛みが、五体の健在を伝えていた。
 体を起こそうとして、思わずうめき声を上げた。背骨が軋んだような気配がして、一瞬息が出来なくなる。傷はかなり深いようだ。無理をすれば動けないこともないだろうが、当分はこのままでいたほうがよさそうだった。ギクシャクとした動きで、妖夢は再び体を横たえた。
 背中に固い地面の感触を予想したが、意外にも寝床は柔らかかった。何かが敷かれているようで、まるで布団のような弾力が返ってくる。一体誰がこんなことを不思議に思ったが、妖夢はすぐに考えるのをやめた。少なくとも今の自分には喜ばしい。周囲の状態が飲み込めないが、とりあえずは体を休めるのが先決だった。
 力を抜いて体を楽にする。こうしていると、全身が強張っているのがよく分かった。よほど緊張していたのだろう。危険が去った今になっても、戦闘気分が抜けきらない。まだ敵が目の前にいるような、落ち着かない気分だった。
 敵? そう、敵だ。ほんの少し前まで、自分は誰かと戦っていた。

 空気の流れを感じた。同時にピンク色の何かが視界をよぎる。桜だった。どこからともなく流れてきた花びらが妖夢の目の前をひらひらと舞った。
 首を捻って辺りを見回す。地面は淡い桃色をしていた。目を疑らして見ると、表面が不確かに揺れている。ゆらゆらと流れ移ろうそれは、全て桜の花びらだった。月明かりを浴びて仄かに光る春の残滓は、まるで穏やかな水面のようだ。広大な桜の海の上を、妖夢はたゆかっていた。

 一体どうなったのだろう。ぼやけた頭は前後の脈絡を喪失している。記憶がめちゃくちゃに混線して、出来事が時系列に並んでいない。妖夢は寝転んだまま、これまでの出来事を反芻した。
 確かこうだった。侵入者の迎撃に出て、そう侵入者がいたのだ、そして一度敗れて、桜が綺麗で、倒れ伏して、ひとつだけ枯れていて、起き上がって、赤い光が迫って、前を行く敵の背中を追いかけて、敵、そうだ博麗の巫女、前に回りこみ立ちふさがって、刀を振り回して、攻撃が空を切って、並んで桜を見上げながら、並んで? 誰とだ? 分からない、とにかく博麗霊夢の攻撃が直撃して、それから――それからの記憶が、全く存在しない。
 これで全てだろうか。到底そうは思えなかった。何かが抜けているような気がする。それも一番大切で重大な何かが。
 そうだ。そもそもの話、何故自分は侵入者の迎撃に出たのだろう。一体何を求めて、何を守ろうとして相手に向かっていったのだろう。何を? あるいは誰を。
 過去を細かくなぞるうち、妖夢の思考に原因不明の焦りが生じ始めた。まずい。本能的な危機感が沸き起こる。一刻も早く思い出さなければ、取り返しのつかないことになりそうな気がした。

 ――西行妖。決して咲かない死の桜。

 思い出す。枯れ果ててなお天高く聳え、傲岸なまでにその存在を主張する老木の姿を。これだと思った。おそらく西行妖こそが、全ての核心に違いなかった。一連の事件は、全てこのために起こったのだ。
 怪異の中心には西行妖がいる。巡る季節の取り残された、齢千年の大木。三百年の長きにわたり西行寺の庭一切を差配した卓越せる庭師、あの魂魄妖忌をして二度と咲かぬと言わしめた、不毛の枯れ木だった。自分はそれを咲かせようとした。他でもない彼女がそう言ったからだ。満開の西行妖。それが彼女の願いだった。不可能を可能にせよと、彼女はそう命じたのだ。だから集めた。幻想郷中から、ありったけの春を。叶わぬはずの願いの成就を自分の腕に託してくれた、主人の信頼に報いるために。
 連鎖的に記憶が結線していく。妖夢は急速に自分を取り戻し始めた。
 反射的に跳ね起きる。体がバラバラになりそうな痛みを感じたが、構ってなどいられなかった。矢も楯もたまらず立ち上がり、妖夢は周囲を探った。春。集めた春はどうなった。私が冥界に運び込んだ、幻想郷の春は。

 そして、妖夢は目覚めてから初めてまともに自分の周囲を見渡した。それは彼女が知る白玉楼と、何もかもが違っていた。
 花びらだった。幾千幾万、あるいはもっと多くの、まさに無限に等しい数の桜の花びらが一面を蔽っている。大地が輝いているようだった。むき出しの場所は一つもない。地面は夥しい残骸に支配されていた。
 認識の限界を超えた数だった。ただ漠然と多いとしか感じられない圧倒的な規模の現象を前に、妖夢は眩暈を感じた。かさかさと蠢く無数の花弁は、それ自体が生理的な嫌悪感を掻き立てずにはおかなかった。
 度を越していると思った。一つ一つは美しいのに、それを節度を失した量で集めてしまったばかりにひどく全体としての調和を欠いている。その結果として発揮される過剰な個々の自己主張からは、ただ全てを飲み込もうとするような貪欲さと醜悪さだけしか感じ取れない。つまるところ目の前にあるのは華美を極めた芸術の成れの果て、美しさの死骸でしかなかった。
 桜の風情は散り際の美に集約される。それは流転する万物の儚さを象徴する幽玄の美だ。目の前の無粋な光景は、庭師として度し難かった。
 風が吹いた。肌寒さを感じるような、どこか冷たい風だった。花びらが一斉に舞い上がり、視界を遮る。まるで何か巨大なものが襲い掛かってきたようで、妖夢は思わず右手で顔を覆った。
 途切れた視界の合間から、所々で間欠泉のように吹き上がる桜色の柱が見えた。竜巻のように、花びらが乱舞し渦巻いている。それはあたかも肥大化しすぎて動けなくなってしまった怪物が、断末魔の叫びと共にのたうちまわっているようだった。知らずため息が漏れる。醜美の判断を別にしても、妖夢はこれほど壮大な光景を見たことがなかった。
 風が治まり、花びらが地面に落ちていく。呆然とする妖夢の目の前を、いくつもの花弁が落ちていった。そのうちの一つが鼻の頭に乗り、痛みに顔をしかめる。
 そういえば、空はどうなっているのだろう。ふと気になって頭上を見上げると、そこには暗闇が広がっていた。
 空には月以外に何もなかった。星も飲み込む暁闇が、ただ横たわるだけだった。まるで祭りの後のようだ。地面の華やかさとは打って変わって、地味で寂しげな姿だった。
 本当に何もない。桜は、残らず散っていた。

 ――桜が散っている。
 その意味に気付いた瞬間、妖夢はわき目も振らず駆け出した。
 春は、一体どこへ行った。

 痛い。足が千切れそうだ。左肩は熱を持って、思うように動かない。
 上手くバランスが取れず、気を抜けばすぐ転んでしまいそうだった。気持ちばかりがはやって、一向に前へ進めない。呼吸が荒くなる。空気を吸い込むだけで肺が軋みをあげる。
 足元を埋め尽くす桜の海が恨めしかった。ほんの僅かな距離が、途方もなく遠い。
 地面に何かを引き摺る感覚があった。目を転じると、左手で握られたままになっている刀が鈍い光を放っていた。人の迷いを断ち切る刀、白楼剣。妖夢が両の腕と頼む、二振の魂の片割れだった。
 道理でバランスがおかしいはずだった。知らないで左に鉄塊を抱えていたのだから、まっすぐ歩けないのも無理はない。
 吹き飛んだ際、何処かにぶつけでもしたのだろう。きつく握り締めた手には血が滲んでおり、赤くなった指はほとんど柄自体に張り付いていた。血まみれの拳は見るからにひどい有様で、流石の妖夢も思わず目を背けたくなるほどだった。左腕の感覚がないのは、ある意味不幸中の幸いと言えた。
 妖夢は柄にへばりついた指を一本一本はがして、刀を動く方の右手に持ち替えた。左側に重石がなくなって、ずいぶんと歩きやすくなったように感じられる。それでも歩みは遅かったが、そもそもの体の状態を考えればそれは当然のことだった。無理はとっくに承知の上だ。妖夢はのろのろと、膝頭の辺りまで積もっている花びらを掻き分けながら、愛刀を杖代わりに目的の場所を目指した。
 ざくりざくりと地面を突き刺す音が嫌に大きい。まるで永遠にたどり着けないのではないかと疑いたくなるほど、行けども行けども景色は変わっていかなかった。暗くて何も見えない。桜色の地面だけが幽かに光っている。文字通り一寸先も分からない闇の中を、妖夢は這う様にして駆けた。

 そして、妖夢は始まりの場所にたどり着いた。今回の騒動の発端となった、西行妖の幹の麓だ。
 やはり咲いていない。枝はどれも丸裸で、ようやく芽吹いたはずの蕾さえ、跡形もなく消えていた。西行妖だけではない。妖夢が丹念に世話し手塩にかけて手入れした草木は、その全てが見るも無残に枝をさらし、冷たい風に揺れていた。かつて優美であった庭園の一角は見る影もなく寂れ、荒涼としていた。

「ああ」
 
 何が起こったのかは自明だった。目に見える光景が、全てを物語っていた。
 そこには地面を埋め尽くす桜の絨毯と、白く薄ぼんやりと輝く月と、黒く沈んだ夜と、生首のように地べたに落ちた紅い椿の花と、全てを背負い黙ってたたずむ薄茶色の巨木と、そして――

「ああ、そんな」

 そして、巨木の幹に力なく寄りかかって目を閉じる、西行寺幽々子の姿があった。

 呼吸が乱れる。自分の吐息がやけにうるさい。胸が詰まって、上手く空気が吐き出せない。

「――幽々子様」

 妖夢はよろめきながら、一歩一歩主のもとに歩んでいった。
 目をそらせない。どんなに辛くても、そらすわけにはいかない。見る影もなくぼろぼろになったその姿は、紛れもなく自分の不明の証だった。妖夢は間に合わなかった。全てはもう終わっていた。

「しっかりしてください、幽々子様」

 もどかしい。距離が縮まらない。

「大丈夫ですか、返事をしてください」

 膝が笑っている。刀だけが頼りだった。

「お願いします、返事をしてください、幽々子様」

 力いっぱい声を張り上げる。おかしい。喉が枯れるほど叫んでいるはずなのに、蚊の鳴くような声しか聞こえてこない。

「幽々子様、声を聞かせてください。妖夢はここです。ここにいます。答えてください。幽々子様、ご無事ですか、お怪我はありませんか、幽々子様」

 刀を持つ手が震えている。腕に力が入らない。全身のあちこちが悲鳴を上げている。手負いの体はもう限界で、異常でない部分を探すほうが難しかった。
 左肩が燃えるように熱い。頭が朦朧とする。目が霞む。一歩進むごとに、足が重くなっていく。全身が痙攣しているのが分かった。関節が軋む。錆びた鉄にでもなった気分だった。
 実際自分は鉄くずと変わらないだろう。剣にもなれず盾にもなれず、結局何の役にも立たないガラクタだ。自分のふがいなさが憎らしい。後悔と無力感の板ばさみで発狂してしまいそうだった。
 許されるならば、この場で倒れ伏してそのまま消えてなくなりたかった。主人をこんな目に合わせて、一体どの面を下げて生きていけばいいのだろう。自分の罪を贖うに足る罰は、おそらく死だけだ。生きているのが辛い。自分の存在が許容できない。恥辱にまみれた剣士の誇りが、妖夢に死ねと命じていた。

「――待っていてください。今お側に行きます。大丈夫です。私が来たからにはもう安心です。もう誰にもあなたを傷つけさせません。あなたの前に立ちふさがるものは、皆私が倒します。本当です。見てください。こうして刀もあります。左腕は動かないけど、手足だってちゃんとついてます。守って見せます。もう誰にも負けません。だって私はあなたの、あなたの剣ですから。役に立たなくても、どうしようもないガラクタでも、それで私は、あなたの剣ですから。ふがいなくても、情けなくても、たとえあなたに愛想を尽かされたとしても、それでも、私は」

 だが、それでも立ち止まることが出来なかった。弱音を飲み込み奥歯をかみ締め、顔を上げて前を向き、妖夢は体を引き摺った。
 妖夢を突き動かすものは、非常に単純な思いの数々だった。しがらみも見栄も一切ない。心の底からあふれる想いが、傷だらけの体を前に進め、死を願う心をねじ伏せ、妖夢の魂を支えていた。
 ただ声が聞きたかった。笑って欲しかった。側にいたかった。自分で自分が許せなくても、生き恥をさらしても、それでも受け止めたい幸せがあった。自分は救われた。安らぎを得た。初めから重要だったのはそれだけだ。それがあったから頑張れた。それがあるなら、これからだって頑張れる。
 そう、結局はエゴにすぎない。ただ自分は、施された希望を手放したくなかっただけだった。恩を受けただの、剣を捧げただの、主従関係だの、そんなものはお題目に過ぎなかった。

 要するに、魂魄妖夢は西行寺幽々子のことが大好きだった。それ以外に、命を賭ける理由は要らなかった。いつも自分に笑いかけてくれた彼女のことが、妖夢は心から好きで好きでたまらなかった。満開の桜のように儚げで美しい彼女は、妖夢の見た夢だった。

「目を開けてください、幽々子様。こっちを向いてください。お願いします。もう一度笑顔を見せてください。幽々子様。お願いです。こっちを見て笑ってください。いなくならないでください。置いていかないでください。一人にしないでください。あなたがいないと、私は一歩も進めません。妖夢はあなたに命を貰いました。生きているのか死んでいるのかも分からない私に、あなたが希望をくれました。あなたがいないと、どうしていいのか分からないんです。お願いします。一緒にいてください。私にはこれしかないんです。ここしかないんです。失いたくないんです。大切なんです。幽々子様。どうか」

 気付けば、もう目の前だった。桜を纏った姫の亡骸は、すぐ手の届く場所にある。妖夢は右腕に渾身の力を込めた。
 金属音が響いた。澄んだ音を残しながら、愛刀白楼剣が根元から折れた。
 体が支えを失う。ゆっくり視界が傾いていく。妖夢は最後の力を振り絞って、幽々子の傍らに倒れこんだ。
 僅かに青い衣が見える。冷たい風に揺れる標に、縋るように片手を伸ばした。

「――どうか、一緒に生きてください」

 寒い。春はもう行ってしまった。あんなにも華やかだったのに、どこを探してもその名残しか見出せない。皆どこかへ消えてしまう。自分一人を置き去りにして、何もかもが移ろっていく。指先が冷たい。凍えるようだ。どうしようもなく温もりが恋しい。孤独だ。一人は寂しい。
 光が途切れていく。全てが闇に没していく。走馬灯のように、いつかの記憶が蘇る。

「妖夢」

 ――え?

「妖夢、泣かないで」

 温もりを感じた。そして、意識が途切れた。 
 
 ***

 大きな月。冴え冴えとした冷たい空気。あれはまだ春の遠い、白い季節のことだった。真夜中の冷気に身をさらしながら、妖夢は何をするでもなく、縁側で庭を眺めていた。
 傍らには誰もいない。妖夢は一人だった。
 朝方から降り続いた雪はとうに止み、きらきらと輝く冬の夜空はどこまでも澄んでいた。牡丹雪を纏った赤松が、暗がりに薄ぼんやりと立っていた。瀟洒な庭池は凍りつき、水中に閉じ込められた錦鯉が、緩慢な泳ぎを見せていた。一面を蔽う銀色の雪が、淡い光を放ちながら、黙って月を見上げていた。
 白玉楼が静寂に包まれていた。草も木も花も虫も、狐も狸も鳥たちも、皆眠っていた。屋敷は暗く沈んでいる。誰も起きている者はいない。広大な白銀の世界は、その時妖夢一人のものだった。
 西行寺の庭は、冬化粧を整えて尚美しかった。確かに目のくらむような絢爛さは存在しない。だがそこにあるパーツ全てが調和を保ち、素朴な美しさを醸している。今あるものを有るがままに。そんな作り手の精神が伝わってくるようだった。
 それは妖夢の目から見ても、全てが計算しつくされた見事な庭園だった。造り上げたのは魂魄妖忌、彼女の父親だ。目の前に広がる飾らない芸術は、彼の残した最後の作品だった。

 隣で寝ているはずの父親がいないことに気付いたのはついさっきだった。二人で寝ていたはずの布団からは、あるべき温もりが消えていた。
 特に前触れはなかった。明確な別れの挨拶も交わしていない。なんとなく頭を撫でられた覚えはあるが、それだって夢の中の出来事なのかもしれなかった。ただ、ふと夜中に目を覚まし隣にいた父親が消えているのを見つけたとき、なんとなくこれが今生の別れになるだろうと、幼いながらに思っていた。
 いつだって一緒だった。苦しいときも楽しいときも、妖夢の隣には父親がいた。大きな背中はいつか越えるべき目標で、授けられる教えは妖夢の全てだった。父親は妖夢の寄る辺であり規範だった。
 置いていかれたと知ったとき、妖夢は涙を流さなかった。父親がそう言ったからだ。決して自分のために泣いてはならない。他人をいたわり、他人のために涙を流せ。それが父の教えであり、生き方だった。困難な教えだと思う。元々泣き虫な自分が全うできるとは思えない。未熟な妖夢にはその真意さえ不明だった。ただ、それでも今夜だけは守ろうと思った。父親のいた最後の夜を、せめて汚さないようにしたかった。

 視界が滲んでいる。こんなにも美しい庭なのに、どういうわけか良く見えない。妖夢は何度も目を擦った。これは涙ではないと、そう自分に言い聞かせた。ぬぐってもぬぐっても、景色はぼやけたままだった。
 妖夢は自分を叱咤した。大切な時間を台無しにしたくない一心で、必死に唇をかみ締めた。それが幼い自分の行なえる、精一杯の努力だった。
 風景は何も変わらない。相変わらずぼやけている。
 どうしてだ。自分はただ、父親との別れを、綺麗なものにしたいだけなのに。今夜だけでいい。太陽が昇るまで、せめて庭が今ある美しさを保っている間だけでいいのに、たったそれっぽっちの我慢がどうして出来ない。何故教えを守れない。
 妖夢は強く手のひらを握り締めた。だが止めようと思う端から生暖かい液体が目を覆い、冷たくなった頬を濡らした。泣いては駄目だ。泣いては駄目だ。念仏のように唱え続ける。
 駄目だった。父の残した作品を見ているだけで、胸が熱くなって息が出来なくなる。視線を留めていられなかった。妖夢は逃げるように空を見つめた。
 冴え渡る夜の空に、曲がりくねった満月が浮かんでいた。見たこともないほど、それは孤独な月だった。
 
 不意に空気が揺れた気がした。音もなく、誰かが後ろに立っていた。振り向く間もなく、背中が何かに包まれた。
 温もりを感じた。あるはずのない温もりだった。なぜなら彼女は死んでいる。幽霊に体温などあるはずがない。
 だがそれでも、その時の妖夢は確かに暖かさを感じた。冬の寒さ、肌の冷たさを補って余りあるほどに、抱擁は慈愛に満ちていた。思わず妖夢は身をゆだねた。目の前には月が輝いていた。
 そして、彼女は言った。

「――」

 それがきっかけだった。全てはその時を境に始まった。己の根本を支える、かけがえの無い救いを、妖夢はその時得たのだった。
 
 遠い日の記憶。未だ色褪せることなく残り続ける、宝物のような思い出。愛おしむ様に抱きしめながら、妖夢は桜の夢を見た。

 ***

 空中楼閣を夜桜が舞っている。庭も、道端も、水辺も、白玉楼にあるもの悉くが、春の残骸に包まれる。巡り行く花びらは老木の根元にも降り積もり、下で眠り続ける数多の亡骸を覆い隠した。偽りの季節が終わりを告げ、あの世は静寂を取り戻す。吹きすさぶ風はどこか冷たく、まるで冬のようだった。
 幻想郷に春は帰った。膨大な残滓をその場に置いて、あとを濁さず消え去った。暖かさの失われた冥界で、少女が二人身を寄せ合って、本当の春を待っていた。
 桜の季節は、もうすぐそこだった。
 
 <了>
 
 どうも、はじめまして。冒頭の糞長くてタールのようにくどい言い訳で一体どれ程の読者が離れてしまったのか気になって仕方がない作者です。

 冗長で稚拙な文章が催す睡魔に耐えながら拙作にここまで付き合ってくださった、七つの海よりも広い心をお持ちの聖人君子たる読者の皆様方に、まず感謝の意を示します。
 そしてあとがきから読んでる奴は冒頭に帰れ。そして俺の堂々たる自慰を見ろ。目を皿のようにして。

 さて、内容の方はいかがだったでしょうか。実は当作品、二次創作物でありながら、作者が生まれて初めて書き上げた小説であり、執筆中は試行錯誤の連続でした。
 もしも拙作を読んで少しでも面白いと思っていただけたなら、駆け出しながらも創作活動に携わる者としてこれほど嬉しいことはありません。
 そして辛気臭いばかりの糞駄文だと思われた方。後半の妖夢がずっと鼻毛パーマであるという事実を頭に入れてもう一度拙作を読み返せば、おそらく違った見方が可能になるかと思われます。参考までに。

 至らない点などがありましたら、後学のためご指摘くださると幸いです。酷評おk。ただし「気持ちが悪い」とか「作者がうざい」とか、心にくるのはやめてくれ。できれば。

 それでは最後になりますが、東方に携わる全ての方々に幸多からんことを祈って。
 長文失礼。眠いのにOKボタンがなかなかクリックできない作者でした。
燕京アヒル
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コメント



0.80簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
酷評以前の問題です。
作品によせる感想はあっても自慰によせる感想はありません。
卑下のつもりかもしれませんが、人を不快にさせるモノもあると知って下さい。ここは作品を投稿する所です。作者自身が作品と認めていないようなものに感想なんて下せる訳がありません。そもそも規約違反です。
指摘を、と書かれていますが、他者を必要としないからこその自慰行為であって、貴方がなにかを求める事自体が矛盾しています。
堂々たる自慰は結構ですから、稚拙であっても貴方が作品と言い切れる作品を
投稿して下さい。
3.20名前が無い程度の能力削除
むしろ鼻毛パーマが無ければ及第点だったのに……
冒頭読んだうえでの老婆心ですが、
妖忌は妖夢の祖父という事に現在ではなっています。
ttp://th-radio.hp.infoseek.co.jp/library/memo.html
5.40名前が無い程度の能力削除
鼻毛パーマ云々の必要性がまったく不明なのが残念でした。全体としてはやや読みにくくも綺麗な表現もあるというのに、蛇足のような余計さを感じてしまいます。
あとがきもふくめ、作者様の照れ隠し的なところが見受けられ、いまひとつ作品に没入できませんでした。
6.無評価名前が無い程度の能力削除
あとがきで-10000点