Coolier - 新生・東方創想話

天まで届け、我が想い【四】

2007/09/03 01:37:35
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「先生。妹紅さん、最近こっち来てくんないね」
「先生。妹紅さん、どうしちゃったのかな?」
「俺たちのこと嫌いになっちゃったのかな?」
「もう火の鳥見せてくれないの?」
「お話聞いてくれないの?」
「妹紅どのには妹紅どのの都合があるのだろう。……授業を進めるぞ」
「でも……」

 慧音は言い募る子供を一度睨んで黙らせてから、厳しい表情で窓の外の景色を一瞥した。
 勿論、其処に妹紅の姿は無かった。




 天を見上げても虚しさばかりが募った。
 月が太りはじめ、慎ましい造りの自宅から見上げる夜空は日々、優雅な明るみを増して行く。しかしいつも心を慰めてくれた筈の月光が思い起こさせるのは、出会った日の上白沢慧音の笑顔。
 嘘を吐き続けるよりも、あのほうが良かった。
 だが結局、自分は答えを聞かずに逃げたのだ。その態度だけでも、彼女を失望させるには十分だろう。

「……私は本当に愚か者だ」

 あの日以来、寺子屋には近付いていない。里の者を送るときも、落ち合う場所は外れの方にして、可能な限り慧音と合うことを避けていた。慧音もまた、妹紅の住居を訪ねることは無かった。
 今の所、自分を排除する結界等が張られてはいないため、里ごと拒絶すべしと断じたわけではないようだ。しかし里にとって役立つ存在であることと、慧音個人との繋がりを維持することは全く別の話である。
 慧音に拒絶されれば、結局元に戻ることになる。里の人々は自分を受け入れてくれているが、それを続けることは、騙し続けることと同義であろう。余所余所しいくらいが丁度いい。
 矢張り自分には、輝夜しか居ないのか――そう思い、皮肉な笑みが浮かんだ。また、敵に縋ろうとしてる。何処まで恥知らずなのか。慧音ならば、こんなことは考えない。きっと自分の力で立って、堂々と生きる。
 そうして慧音の凛とした佇まいを思い出した時、妖気に気付いた。

「誰?」
「失礼します」

 竹林の間の闇から融け出るように現れたのは、長い不思議な色合いの髪と、頭部に大きな兎の耳、そして妹紅のそれより更に紅い瞳を持つ少女であった。幻想郷では他に見ない、特異な格好をしている。

「鈴仙。輝夜の使いが何の用? また私を殺しに来たのかしら?」

 知らぬ者ではなかった。永遠亭の天才薬師・八意永琳の弟子であり、波を操る程度の能力を持つ月から来た妖兎。名を、鈴仙・優曇華院・因幡と言う。
 この地にて再会した輝夜との戦いは、輝夜自身と見えることは殆ど無く、大抵はこの不気味な妖兎かその相棒である地上の妖兎、時には八意永琳が相手を務めてきたのである。
 丁度いい、と思う。輝夜の刺客と決闘でもすれば、鬱々とした気分も少しは晴れるかも知れない。

「いえ。伝言を言付かってきました」

 しかし鈴仙の答えは淡々とした事務的なものであった。

「伝言? 珍しい。何かしら」
「三日後の夜、輝夜様と師匠……永琳様が、いつもの場所にて、妹紅さんに最後の戦いを仕掛けます」
「何ですって?」

 一瞬、文意を把握し損ね、思わず妹紅は聞き返していた。

「三日後の夜、輝夜様と永琳様が、妹紅さんに決闘を申し込みます。最後ですので、思い残しが無きよう、準備をしっかりとしておくように、とのことでした。場所はいつも通り、」
「最後とはどういうことよ!」

 思わず荒げた声に、妹紅の力量を知る鈴仙は思わず肩を跳ねさせた。しかし瞬時に落ち着きを取り戻すと、再び事務的な口調で言葉を紡ぐ。

「もう、妹紅さんと戦う理由も無くなってきたので一段落、だそうです。私も詳しくは知りません」
「そんな、勝手に……!」
「兎も角、お伝えしました。それでは」
「待て!」

 叫んだ時には、消えている。位相をずらすことで不可視の存在となる程度、位相を操る狂気の兎にとっては造作も無い。 
 再び独りに戻った妹紅は、手近な青竹を力任せに殴りつけた。
 輝夜だけは、絶対に裏切らない、裏切れないと思っていた。宿敵でありながら同じ運命を背負っていると思っていた。それすらも、甘えに過ぎなかったのか。

「何だっていうのよ。何もかも、どこかへ行ってしまう! 私は……!」

 血を吐くような呻きを、誰も聞く者は無い。





 約束の刻限まであと少し。約束の場所。空には、明日には満月になろうという程までに膨らんだ月がある。
 この数日は、あっという間に過ぎた。準備など必要なかったが、気付くとぼうっとしている事が多く、気付けばこの日この時になっていたのだ。
 ポケットに手を突っ込んだいつもの佇まい。その手の中には数枚のスペルカードが握られており、紅い瞳は空に向けられている。
 その瞳が、きゅっと細められた。

「来たか」

 夜空を悠々と進み来る人影は、二つ。一人は長く艶やかな黒髪を夜に溶けさせた少女、永遠亭の主たる月人、蓬莱山輝夜。もう一人はその従者にして、天才的な頭脳を誇る薬師、八意永琳。妹紅も、この二人の相手を同時にするのは初めてのことである。
 二人はある程度近付くと、舞うように優雅な所作で止まった。守るように前に出た永琳の後ろで、輝夜が月の如く微笑んだ。

「ごきげんよう、妹紅さん。ご機嫌いかがかしら」
「まったく、最悪だよ。色々と上手く行かないことがあってね。あんたとの腐れ縁が此処で終わるらしいのだけは吉報だが、一体どんな事情なの?」
「あら、寂しい?」
「そんなわけがあるものか。ただ気になるだけだ」
「そう」

 くすくすと笑みを深める輝夜を、妹紅は睨み付ける。

「おお怖い。そう睨まないでくださいな。理由は簡単よ。もう、私は永遠亭に篭る必要もなくなった。これからは外と関わっていこうと思うの。あなたとの決闘は楽しい娯楽だったけれど、もっと面白そうなことが出来そうなのよ」
「……そうか」

 何一つ否定する材料の無い、あってはいけない言葉。

「だから、一つの記念として、妹紅さんを完全に、徹底的に、完膚なきまでに倒して、景気付けにしようと思うの。私と永琳二人同時に決闘を仕掛けるなんて例の無いことよ。今までの礼とでも思ってほしいわ」
「相変わらずふざけた奴め。だけれど、私は負けないよ。倒されるのはそっちの方だ」
「あら、二対一なのに強気ねえ。因幡たちなら兎も角、永琳の力を知らない貴女ではないでしょうにね。それに今日は――」

 にや、と歪む輝夜の顔。

「この前と違って、一人なのにねえ?」

 胸に突き刺さった言葉。動揺を露わにせずに済んだのは、仮にも宿敵の前という意地ゆえだったのだろう。

「……黙れ。誰かいなきゃ何もできないお姫様に言われたくないね。もう御託はいいだろう!」
「一人は寂しいわよね。そんなにムキになって」
「黙れと、言っているんだよ」

 闇夜が突然紅く照らされる。妹紅の火の鳥が顕現したのだ。

「そうねえ。ふふっ……まだ約束の時間まで少しあるけれど……永琳、行くわよ」
「御意」

 それを見下ろし、八意永琳は静かに丸薬を取り出した。

「天丸――『壷中の天地』」
「!」

 永琳の繊細な指先が丸薬を潰した瞬間、妹紅の視界は白に染まった。




「ここは何処だ?」

 気付けば妹紅は、見知らぬ場所にいた。夜はそのままに、目の前に広がるは幻想郷には無い広大な海原。振り向けば、竹林とは似ても似つかぬ鬱蒼たる森林。
 踏みしめる大地も、竹の根が張った堅いものではなく、白く柔らかな砂浜である。潮風が肌を撫でていく。
 八意永琳、蓬莱山輝夜の姿は無い。何事かと身構える妹紅の耳に、声は届いた。

「どう? 中々居心地が良いでしょう。永琳の作り出した仮想空間は」
「世界そのものを作り変えるスペルカードか」
「その通り。貴女は今、永琳の作り出した壷中天にいるのよ。竹林を燃やしてしまう心配もないわ」

 油断無く周囲を見渡せども姿は無い。警戒態勢を維持したままで、声を聞くしか無いことを理解する。

「仮想空間と言っても、実物と変わりはしないわ。一点を除いてはね」
「一点?」
「この空間内では、全てが永琳の思い通りに動くのよ」

 咄嗟に背後に跳躍すると、砂浜の砂の一分が刃となって、一瞬前までいた空間を薙いだ。本能的な危機感を覚え、そのまま宙を舞う。着地していれば其処にいたであろう場所の土が槍のように盛り上がり、空を裂く。
 
「っく……」
「空は安全と思う? 残念ね」

 月光が遮られ己に被さった影。見上げると、輝夜と、月よりも輝かしい七色の弾幕が鎮座していた。

「光の屈折を操れば、姿を隠すなんて造作も無いのよ。――神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』」
「しまった!」

 凄まじい勢いで、光の群れが妹紅に殺到する。不意を撃たれた妹紅にかわす術はなく、無慈悲を感じさせる速度と密度で、弾幕が叩き込まれた。彼女を中心とした爆発が連続して巻き起こる。輝夜はその様に苦笑した。

「あら。呆気なかったわね」
「――不死」
「なんて、これで終わるわけが無いけれど」

 爆煙を消し飛ばす勢いで急上昇するのは妹紅。その両手には大量の符が握られており、更に傷ついた肉体は次々に再生していく。

「『徐福時空』!」

 両手を広げ、周囲に符を撒き散らすと、それらは数条の帯として連なり、四方八方から輝夜へと迫った。しかしその顔から笑みは消えない。

「神宝『ブディストダイアモンド』」

 輝夜の周囲に突如現れた無数の金剛石が、光の槍を幾筋も撃ち出した。その光に符の帯は焼き切られ、咄嗟に身を反転させた妹紅の腕をかすめていく。

「ぐっ!」
「いつもなら相打ちなんでしょうけれど、此処では私と永琳の力は増幅されているのよ」

 永琳。バランスを崩して落下しながらも、疑問を抱く。永琳は何処だ?

「此処です」

 冷静な声は下から。永琳は、落下地点で待ち受けていた。全てを予測していたかのように。
 その両手には引き絞られた弓矢があり、更に彼女の前には、天球儀を思わせる複雑な機構を持った呪具が浮かんでいた。

「――操神『オモイカネディバイス』」

 矢が打ち出されると同時に無数に分裂し妹紅に殺到、更に呪具は純粋な呪力の弾幕を形成し、空間全体を埋め尽くすように追撃した。
 
「――虚人『ウー』!」

 妹紅が落下しながら符を三枚空間に投擲するや、三匹の使い魔――小さな火の鳥が現れ、弾幕を食い尽くしていく。だが、『オモイカネディバイス』の面制圧能力は圧倒的であった。喰らい切れなかった弾幕が、妹紅の体を掠めていく。

「く……!」
「こういうとき」

 絶望の声は背後から。

「一人って、不便よね」
「輝夜!! く――滅罪『正直者の死』!!」

 不死鳥が羽ばたき、撒かれた符が火炎弾へと姿を変える。連なった光の帯が複雑な軌道を描き、周囲の空間全体を鞭のように薙ぎ払う。

「残念ながら、私は余り正直者じゃないわ。貴女のようにね――神宝『サラマンダーシールド』」

 だが、必殺のスペルカードは、爆発的に燃え上がった火炎の壁に遮られた。

「……!」
「前々から思っていたのよ」

 強大な力と力のぶつかり合いの中でも、輝夜の余裕は揺らがない。

「貴女、私と相性悪いわよね。――永琳」
「承知。――秘術『天文密葬法』」

 空が翳る。天球儀を思わせる永琳の呪具が、無数に展開されていた。
 決闘のスペシャリストである妹紅はすぐに気付いた。この呪具の配置は、自分が何処にどう逃げても必ず届くよう意図されている。
 丸で予知――考えてできるようなものではない。天に問うたか、月の頭脳の賜物か。
 本能的に最も被害が少なくなる位置を探し、力を込めて宙を舞う。

「遅いわ、妹紅さん」

 それでも間に合わず、無数の弾幕の直撃を受け、妹紅の体は真横に吹き飛んだ。砂浜に激突し、ごろごろと跡を残しながら数回転し、岩場にぶつかってやっと止まった。
 その手には、スペルカード。

「――不滅『フェニックスの尾』」
「頑張るわねえ」

 傷が急速に癒えて行く。まさに不死鳥の如き再生力である。だが――

(どうする? どうする? どうする?)

「でも、もう気付いているわよね。一人ぼっちの貴女では、私と永琳に決して敵わない」
「何を……まだまだこれからよ」
「本当にそうとは、思っていないのではなくて?」

 図星を射抜かれ、動きが止まる。

「実際その通り。私と永琳二人を一度に相手にする時点で敗色濃厚に加え、この空間内ではね。貴女との遊びも楽しかったけれど、割と呆気ない幕切れになりそうね」

 くすくす笑いを漏らす輝夜の姿が、滲んだ。

(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう)

 切り札はまだ残っている。しかし、勝てる目が見当たらない。もう、妹紅の心はほぼ折れていた。
 何一つ得られない。何一つ成せない。何て無様。敵にまで見限られ――惨めにも程がある。
 無力感に打ちひしがれ、輝夜が新たなスペルカードを取り出した時も、動くことができなかった。

「それじゃあね、妹紅さん」
「……姫!」 

 突然、永琳が焦りを滲ませた時も、何が起こっているかなど、もう興味が失せていた。
 その声が響くまでは。
 
「――国符『三種の神器 剣』」

 瞬間、永琳の仮想空間が砕け散り、再び妹紅は光に飲まれた。




 夢ではないかと思う。
 「かくあれかし」と望んだ幻影を見ているのではないかと思う。
 周囲には再び竹林が戻り、夜風が火照った肌を冷やす。潮騒は聞こえず、鳥の声が響く。
 仮想空間から、幻想郷へと戻ってきたのだ。
 ただ、違う点が一つ。
 永琳と輝夜の間に、一つの背中があった。
 凛として伸びた背筋。豊かに流れる、妹紅のそれに似た色合いの髪。妙に仰々しい造形の帽子。

「慧……音?」

 妹紅の呼びかけに慧音は答えず、代わりに輝夜が笑みと共に問いを投げる。

「上白沢慧音さんですね」
「如何にも。壷中天の歴史は、私が喰った。歴史とは誰かの視点から事実を綴ったものであり、喰った所で存在が消えるわけではないが……歴史の裏打ちが無い仮想空間では、存在自体が崩壊してしまったようだな」
「妹紅さんへの加勢に来られたのかしら?」
「然り」

 耳朶を打つ声は、矢張り清廉。一片の躊躇も無い、慧音の言葉そのものだ。

「どうして……」
「それは、妹紅さんが人間だからですね?」

 永琳が声を出す。
 そうなのだろうか。妹紅の心臓が撥ねる。
 慧音は、自分のような存在でも、守るに足る人間と認めてくれるのだろうか。
 慧音は、落ち着いた声で返事をした。

「違う」
「!?」
「あら、ではどうしてですか?」
 
 輝夜の更なる問い掛けは、妹紅の思いそのものだった。
 慧音は一度間を置いた。答えを探しているわけではないことが背中でも分かった。
 ふと、妹紅に訪れる既視感。この沈黙は――
 ――慧音が大声を出して、寺子屋の子供を叱り付ける時の前触れだ。

「――友を助けに来るのは当然のことだろう!!」

 果たして、慧音の大音声が夜の竹林に響き渡った。

「……友」

 呆然とする他無い妹紅に、慧音が振り返った。その瞳は真っ直ぐに妹紅を見据え――
 ごつん、と重い音。

「あだっ!? け、慧音!? 何を」
「何を、じゃない! 全く、人の話も聞かないで! 貴女にはしなきゃならない話が山ほどある!!」

 寺子屋の子供そっくりに、頭突きをされて叱り付けられ、返す言葉が無い妹紅。構わず慧音は言葉を続ける。

「だが先ずは――、あの二人を倒してからだな、妹紅どの」
「……」

 妹紅は目を瞬かせ、慧音と二人の敵を見た。
 今の思いを、上手く言えない。言葉にできない。
 だが、自分に何が起こったかだけは理解できた。
 腕に力が篭る。口元に笑みが宿る。目に光が戻る。
 胸の奥から、炎が燃え上がってくる。

「そうね、慧音。私も言いたいことがあるし、ゆっくりと話したいわ」
「うむ」

 二人は、永琳と輝夜を見据えた。

「あら。これで、正真正銘の二対二ね」
「少々厳しくなるかも知れませんね、姫」

 対し、永遠亭の月人たちは心底楽しそうな笑みを浮かべる。
 その笑みをかき消してやると心に誓いながら、妹紅は、高々と宣言した。

「それじゃ、第二ラウンドよ!!」

 


「とは言え、さっきまでの戦いで大分スペルカードも使ってしまったわね。永琳、短期決戦で行くわよ」
「御意」

 月の主従がカードを構え、

「妹紅どの、行けるな?」
「まだ切り札は残ってるわ」
「よし」

 妹紅と慧音がそれに応える。

「――神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』」
「――薬符『壷中の大銀河』」

 慧音が叫ぶ。 

「妹紅どの気をつけろ、あの神宝は、本物だ! 永琳どのは私が抑える。」
「分かってる! 任せるよ、慧音」
  
 任せる。この言葉も、初めてだ。誰かが背中を守ってくれることの安心感を、生まれて初めて知った。
 慧音がいてくれる。共に戦ってくれる。それだけで――決闘にも、何者にも、負ける気がしない!

「永琳の壷中での“本物”の弾幕、不死ごと貴女を撃ち落すわよ」

 たちまち景色が移り変わり、先ほどとはまた違う、星辰の世界に塗り替えられていく――

「そうさせぬための私だ! ――虚史『幻想郷伝説』!」

 此処を幻想郷ではない仮想空間へと変化せしめていた永琳の呪力が止まり、押し返されていく。宇宙空間は縮小し、やがて元通りの竹林が戻った。

「そんな脆弱な世界は、なかったことにしてやる!」

 こと、この幻想郷において、“幻想郷の歴史”は全て慧音の味方となる。歴史喰いの面目躍如。永琳は笑みを崩さないが、冷や汗を一滴落とした。

「流石ですね」
「光栄至極。――行け、妹紅!!」
「任せろ! ――『パゼストバイフェニックス』!!」

 遮るもの無き無人の野を行く妹紅に、不死鳥が重なった。背中からは強大にして美麗な炎の翼。長い紅い尾を引き、火の粉を散らしながら、輝夜目掛け舞い上がる。
 これが藤原妹紅の切り札、不死鳥を憑依させ不滅と化す最強のスペルカードである。
 初めて、輝夜の顔から笑みが消えた。

「貴女の炎を試してあげるわ。来なさい」

 掲げられた“本物の”蓬莱の玉の枝。瞬時に展開される、極彩色の弾幕。畏怖すら呼び起こすそれらが夜に舞う夢色の光景は、まさしく伝説の蓬莱の如し。
 指揮棒のように振られる枝に合わせ、夢色の空間全体が妹紅の敵になったかのように、その身に襲い掛かっていく。

 直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃直撃。

 不死身と化した身にも関わらず、その攻撃は重く、鋭く、妹紅の体を痛めつけた。しかし、それでも妹紅は止まらない。

「うおおおおおおおお!!」
「永琳の術があればまた違ったのでしょうけれどね……」 

 最早散弾で仕留めきれぬと見た輝夜は、弾幕を収束させた。場所は一点、己が眼前。妹紅が飛び込んでくるのを迎撃する形である。
 妹紅は、更にスペルカードを取り出した。

「これで正真正銘最後……『蓬莱人形』!!」

 己が身を焦がすほどに更に炎を増した妹紅――不死たる蓬莱人でなくば決して仕えぬ捨身の技。
 対し神宝の力を凝縮させ待ち受ける輝夜。

「来なさい、妹紅!!」
「輝夜!!」

 両者が激突し、極彩色の爆発が巻き起こった。




(勝った!)

 妹紅の確信。間違いなく、手応えがあった。
 爆炎の中、輝夜が穏やかな笑みを浮かべ、力を失い、落下していく。
 己もまた余力など無い。しかし、ゆるゆると落ちる体を何とか制御できる。
 輝夜が意識を失うまでは、自分の意識を保たせることができる――詰まり、勝利だ。

(やったよ、慧音)

 妹紅はこの瞬間、忠実にして有能な従者の存在を完全に忘れていた。




「――禁薬『蓬莱の薬』」




「え」

 空から落ちた一滴の雫。八意永琳の、あの呪わしい蓬莱の薬であることが妹紅にも解った。
 妹紅はそれが輝夜の口元に届くのを阻止しようとした。しかし緊張の糸が切れていたため、もう手も上げられない。輝夜の口元に、雫が届くのを見ているしかない。
 此処まで来たのに。最後まで届かない――
 雫はきらきらと光ながら、にやりと笑う輝夜の口元に吸い込まれて行った。




「――未来『高天原』」




 凛とした声。突然、周囲の竹林が消失した。永琳が目を瞠る。
 輝夜もまた、呆然とした顔で、口の中を舐めた。今口に入った筈の雫の感触が、無い。
 慧音が、スペルカードを発動させていた。

「服用の一瞬を狙って、“薬を飲まなかった未来”を顕現させ、現実の歴史を打ち消したのね!」
「妹紅――未来は、自分たちで作るものだ、後は、貴女次第だ!!」

 永琳と慧音の声が重ね響き渡る。全てを理解した妹紅は、一瞬で奮起した。
 あと一発くらいなら。力が込められる。
 もう駄目だと思ったけれど、慧音が、そのチャンスをくれた。時間も、力も、思いも、全部くれた。

「姫!!」
「これで……終わりよ!!」

 拳に纏った炎の向こうに、未来が見えたような気がして。
 妹紅は其処に向かって踏み出すように、渾身の一撃を見舞った。




「大丈夫か。酷い有様だぞ、妹紅」
「……慧音の頭突きが一番効いたわよ」
「……それは、すまん」
「冗談よ」

 台風一過。再び静まり返った迷いの竹林。不死鳥の憑依が解け、フィードバックで全身が痛い妹紅は竹に背を凭れ休んでいる。一方、慧音は無傷だった。
 永琳は、輝夜が負けを認めると、勝負は此処までとし、それ以上戦わずに二人で帰って行ったのである。

「……慧音」
「なんだ?」

 やがて落ちた一言は妹紅の疑問。

「どうして此処に来れたの?」
「ああ、それか。実は、鈴仙どのが教えてくれた」
「鈴仙が!?」

 鈴仙は、妖獣ながら、人の里に永遠亭の薬を売りに来ることがあり、それで慧音とは顔見知りだったのだという。

『先生。妹紅さん、どうしちゃったのかな?』
『妹紅どのには妹紅どのの都合があるのだろう。……授業を進めるぞ』

 子供たちの授業の合間、ふと外に目を遣ると鈴仙が居り、決闘の場所と時刻を伝えてくれたのだという。

『妹紅さんのお知り合いですよね。お知らせしたいことがあって来ました』

 慧音は苦笑いする。

「遅れてしまってすまなかったな」
「いや。いいんだ。しかし……だとすると、この状況まで、輝夜や永琳の思惑通りだったかも知れないということか」
「酔狂なあの二人のことだ。単に二対一ではつまらぬと思ったのかも知れないが」

 どうだろうか、と思う。結局輝夜は、自分のことを全て解った上で、あんなことをしたのではないだろうか。
 踏ん切りのつかぬ自分と慧音を再会させるために。鈴仙は人里にも来るし、姿も消せる。内偵させる要員としてはこれ以上無い。
 だが、今考えても答えが出る問題ではなかった。結果だけが重要だった。

「……慧音」
「何だ」

 もう一度その名を呼ぶ。

「ありがとう」
「ああ」

 素直な謝辞に、慧音は満足げに頷く。しかし妹紅は再び不安顔を晒した。

「どうした?」
「私のこと……友って言ったわよね。良いの? 私は……」
「妹紅。確かに貴女は大罪人かも知れない」

 先日と逆。今度は、慧音が妹紅の言葉を遮り、言葉を紡ぐ。

「だが私は、今の貴女しか知らない。
 私の知る今の貴女は、時々酷く抜けていて、不器用で、直情的で……真面目で、誠実で、とても思いやりの深い、優しい人だ。
 貴女の罪の意識を減じることは私にはできない。だが、貴女は罪を知るが故に、償いもまた知ったのではないか。
 己を許せず、悩んでいる者を突き放すことは、私には出来ない」

 慧音の一言一言が染み入る。胸が痛かった。でもそれは棘が刺さるようなものではなく、突き立った刃を抜く時に似た痛みだった。 

「逆に問おう。私は、半分妖怪で、乱暴で、怒りっぽく、融通が利かない。
 妹紅。私を友にしてくれるだろうか?」
「……慧音」

 悲しみや痛み以外で流れる、久方ぶりの涙を見せたくなくて、妹紅は俯き、応える。

「当たり前じゃないか。当たり前じゃ、ないか……」
「ありがとう」

 肩に置かれる慧音の掌。今はその温かさに縋ってしまおうと思う。
 そして次立ち上がる時は、真に誇れるような友として隣に立ちたいと、心底、思った。
 



「あーあ、負けてしまったわね。永琳。わざわざ二人で出向いたというのに。もう、メイン娯楽は一旦御終いだわ。それにしても手の掛かる人だこと」
「これからどうなさるのですか? 姫」

 永遠亭に戻った月人二人は、休みながら会話を楽しむ。

「もう、月から身を隠す必要は無いのだから、もっと幻想郷の人や妖怪とも交流していくべきだわ。
 折角の永遠なのだから、一瞬一瞬を全部大切にしないと。限りがあれば効率という言葉で切り捨ててしまうものが、私たちは全て手に入るのだもの。
 そうね……持ってきた月の物品を展示して皆に見せるというのはどうかしら。きっと喜ばれるわ」
「流石です、姫」
「月都万象展、なんてどう? 妹紅のやつを呼んだら、きっとびっくりするわね。外と繋がり出すのは、あいつだけじゃないっていうことよ」

 永琳が噴出し、輝夜は悪戯めいて片目を瞑る。

「姫は本当に妹紅さんが好きですね」
「貴女の次くらいにはね」
「光栄です。……しかし、もう本当に決闘は行わないのですか?」
「何を言っているのかしら、永琳」

 輝夜は、一転怒ったような顔になり――

「私は勝って終わりにする主義よ。負けたら、勝つまでやるに決まっているじゃない」
「姫らしいですね」
「そう。私は見た目に拠らず負けず嫌いなのよ」

 そう言って、朗らかに笑った。
   



「ずっと私を探していたって?」
「仕事が無いときはな」

 あれから数日後の夜。人の里。寺子屋の授業も終えた慧音の所へ、久々に妹紅が訪れていた。
 子供から聞いた事実に、妹紅は驚きを隠せない。

「それなら、私の家に来てくれれば……」
「妹紅の家を教えて貰ったことなど無かった」

 むくれる慧音に、妹紅はあ、と口を押さえた。誰かに自宅を教えたことなど、そう言えばなかった。

「面目ない……」
「まあ良いさ。今度、教えて欲しい。いいか?」
「もし時間があるなら、今度と言わず今でも構わない」
「本当か! では、思い立ったが吉日だ」

 喜び勇んで、確認していた書物を仕舞い、出かける支度を始める慧音。

「まあ、落ち着いて」
「落ち着いているぞ。喜んでいるだけで」

 そして二人は外に出る。空には、満月を過ぎた月が堂々とした姿を見せていた。
 その月を見上げ、妹紅は、あの日の決意を新たにする。

 自分は弱く汚い人間だ。それでも、慧音と一緒なら、どんなことでも出来る気がする。
 その慧音に相応しい自分になれるよう、今からの一瞬一瞬全てを、大切に生きていこう。
 罪から逃げず、何ができるかを考えて、生きていこう。
 今まで与えられた艱難辛苦全てを飲み込めるだけの強さを、手に入れよう。
 何かが離れていっても追いかけられるように。何かを失っても誇れるように。

 歴史喰いから教えられたこと。藤原妹紅の歴史は、これから始まるのだ。
 永劫の時が過ぎ、もし慧音との別れの日が来ても、忘れない。

「……天よ。私の想いを、そこで見ているがいい」
「妹紅?」
「何でもない。ただ、月が綺麗だと思ってね」
「ああ……そうだな」
 
 慧音の微笑みに妹紅は微笑み返し、歩き出した。
 自分の歴史を、自分で作り出すために。


(了)
 続きを投稿させていただきます。
 予定ではもう少し短くなる予定だったのですが、大分長くなってしまいました。
 慧音と妹紅はとても好きな二人組みで、台詞も強い繋がりを感じさせるけれど、公式では一回も接触していません。
 なら、出会う話を書いてしまえと思い立ったのがこの話です。

 力を入れたつもりでしたが、見返すと拙い文章です。綺麗な文章、面白い作品を書かれる他のSS作家さんは本当に凄いなあ、と思います。

※最初から数えて四回投稿させて頂きました。一度でも読んで下さった皆様、ありがとうございます。
 点数評価して下さった方やコメントを下さった方のお陰で、書く意欲が沸き、いつも以上の力が出せました(元がアレなのですが……)。面白い所があったなら、それは全て皆様のお陰です。
 そして最初から最後まで付き合って下さった方に、最大限の感謝を。本当に有難うございます。

 もし少しでも楽しんでいただけたのなら、望外の喜びです。
 それでは。ありがとうございました。
熊の人
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コメント



0.570簡易評価
6.100道端から覗く程度の能力削除
ウドンゲいい仕事してますなぁ。
9.100FP削除
最初から最後まで読ませていただきましたが良いお話だと思います。
慧音と妹紅のはじめてがこんな感じなのも良いですよね。妹紅と慧音の出会い話は私自身書いていますが流石にここまで上手くはいきませんよ。
一日でこれを書き上げるのは本当にすごいです。

最後のスペルカードによる戦闘も私的に燃えさせていただきました。

本来、90で止めようかとも考えましたが最後のコメントで100にさせていただきました。

月並みですがこれからも頑張ってくださいね。