Coolier - 新生・東方創想話

幽明の剣

2007/08/31 12:46:50
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 目前の相手と向き合ったまま、一体どれほどの時間が過ぎただろうか。
 自分でも驚く程に、心は澄んでいた。
 全てがそこに在り、同時に全てがそこに無い。
 目を閉じ、全てを自己の内に向けたまま、無の境地に至るという事はこういう事なのかもしれないと、妖夢は思った。
 無論、人としても剣士としても未熟である自分が、そのような悟りの扉を開けるとは思っていない。

 いかなる時でも傲る事なかれ。

 それは師の言葉であったか、それとも主の言葉であったか、或いは他の誰かの言葉であったか。
 しかし、大切なのは誰に言われたかではなく、何を言われたかという事。
 剣を扱う者であれば、刹那の間であろうとも、全てを失うには十分過ぎるのだ。

「傲る事なかれ」

 内なる自己に言い聞かせるように、声に出して繰り返す。
 己を知る。相手を知る。土地を知る。風を知る。そうして万物を知って尚、傲る事なかれ。
 心の迷いは、太刀の迷い。
 無心のままに放つ一撃こそが。
 全ての想いを込めて放つ一撃こそが。
 完全なる矛盾をも超えたそんな一撃こそが、魂魄の剣。
 未だ掴む事の叶わぬ、理想の剣。
 いつか掴まねばならぬ、至高の剣。

 それでも。

 本当に、いつか掴める時がくるのだろうか。
 具体的な事など何一つ知らず、今やそれを教えてくれる師もいない。
 一日たりとも鍛錬を欠かさないとはいえ、やっている事はといえば基礎の繰り返し。
 それに意味が無いと思った事など一度も無いが、それだけでどうにかなるとも思えないのだ。
 どれだけ己を鍛えたところで、いつかの師の背中には遠く及ばず。
 不安など感じないと言えば、嘘になるだろう。
 むしろ、いつだって不安に押し潰されそうなのだ。
 己の身にまとわりつくそれらを振り払うために更なる鍛錬に励み、そして修行を積めば積むほど、目指すものの遠さにまた不安がまとわりつく。
 それでも逃げ出すというような選択肢は存在しない。

 そう、彼の人がいる限り、そのような事はあり得ないのだ。

 我が身は全て、彼女の為に。
 言われた事でもなければ、定められた事でもない。
 貫き通すと決めた、ただ一つだけの想い。
 そこまできて、妖夢は初めて構えを取った。
 右手に握る楼観剣は、既に鞘から抜かれている。
 だがまだその眼を開くには及ばず、心眼を用いて相手を見やれば、その相手もまた静かに佇んだまま、ただその身に纏いし青の衣を風に揺らしている。

 そう、彼の人がいる限り――

 太刀を振るうには、まだ至らない。
 さもすれば弾けてしまいそうな程に張り詰めた場の空気は、静かな闘気によって更に研ぎ澄まされていく。
 五行、六道、森羅万象をその手中に収め、それでいて尚傲る事なかれ。
 何故己は剣を振るうのか。
 何故己は剣と成るのか。
 全ては無の中に有り。
 全ては無の中に在り。
 剣は如実に心を表す。
 即ち、剣とは己であり、己とは剣である。
 故に、万物は切る事で初めて理解できるのだ。

「――いきます」

 だから妖夢は。
 魂魄妖夢は。
 今日もまた、その剣を振るう。
 万物を知る為に。
 そして、内なる己を知る為に。






「よーうーむー」
「あ……幽々子さま」
 不意に後ろからかけられた声に振り向くと、そこには何やら小さな盆を持った幽々子の姿があった。
「そろそろ終わる頃だと思ったのだけど、早かったかしら?」
「あぁいえ、丁度今し方片付いたところです」
 なら良かったわ、と鈴の転がるような声で答えながら、幽々子がどこから取り出したのか、これまた小さな卓袱台の上に盆を置く。
 見れば、そこには茶と羊羹。
 聞くまでもなく、ここで一息入れようという事なのだろう。
「今日のは中々の自信作よ」
「わざわざ幽々子さまがこのような事をなさらずとも……」
「あら、妖夢は私から趣味を奪おうと言うの?」
「そういう事ではなくてですね」
 とは言いつつも、妖夢もそれ以上苦言を呈するような事はしない。
 ただ本当に、彼女の純粋な心から生まれた行いだと、知っているから。
「それにしても」
「どうかされましたか?」
「今日はまた一段と可愛らしくなったわねぇ……」
「う……」
 何時の間にか敷かれていた茣蓙に座った幽々子が見上げた先には、一本の立派な木があった。
 夏も盛りを過ぎたかどうかという今自分。その身は青々と茂った葉に覆われていたのだが、どうにも妙な形に切り込まれている。
「ヒヨコ?」
「……」
「この前のお祭りで見たカラーヒヨコがそんなに可愛かった?」
「そういう訳では……」

 無心の内に放つ一撃こそが。
 全ての想いを込めて放つ一撃こそが。
 完全なる矛盾をも超えたそんな一撃こそが、魂魄の剣。
 剣は己の心であり、己の心もまた剣である。

 だから妖夢は今日もまた剣を振るう。

 万物を知る為に。
 そして、内なる己を知る為に。

 いつかに見た師の太刀には、未だ遠く及ばず。

 それでも、照りつける真夏の陽光をも吹き飛ばしてくれそうな彼女の笑顔を見ていると、今はまだこれでいいのかもしれないと、そう思えてくる。


 魂魄妖夢、修行中。

 本日の成果、植木のヒヨコ狩り。




たまにはそんな、幻想郷。頑張る人は好きなんですけどね。
お読みいただけたのであれば幸い。ありがとうございました。
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コメント



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4.100ライス削除
これはいい。
こういうの大好きです。
量も私にとっては丁度良かった。
5.40床間たろひ削除
ふむぅ、ちょっとオチが弱いような。
求めるべき一撃、一刀の重さを語る割には、出来上がったヒヨコを作るためには一刀だけでって訳にもいかず。その辺りでちょっとちぐはぐな感じが。
こういう真面目に見せかけて、最後に落とす話は好きなんですけどね。
次も期待しています。頑張ってください。