Coolier - 新生・東方創想話

失格者、魂魄妖夢 上 -『生命賛歌』-

2007/08/27 10:25:43
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  ※注意1 作品集42『その紫陽花の色は?』及びそれ以前の美鈴物語の設定及び流れを引き継いでいます。
       一話(もしくは上下など)完結型で書いています。詳しく知りたい方は上記のお話をお読みください

  ※注意2 作者が書いている美鈴物語の1話は作品集39『門番誕生物語』となっております。



  (前回までのあらすじ)
  自分で起こした事件の清算をすべく、迷惑をかけた各所に回ることになった紅美鈴。
  最初の訪問先は最も被害を出した永遠亭。自身をレポート(正確には調査・監視)しに来た小町と共に暫く働くことに。
  ある日イナバが一匹消息不明になってしまう。美鈴は探しに行くことになり、別行動をとっていた小町、鈴仙も後に続く。
  そして犯人である風見幽香との出会いを含め、無事事件は解決に向かい、美鈴の永遠亭での仕事は終了。
  
  さて、次に向かったのは白玉楼。ここには西行寺幽々子と、魂魄妖夢がいる。
  果たして美鈴と、彼女について回る小町の身に一体何がまっているのだろうか




  ◆  ◆
  





  え~んやこ~ら……っと。

  ふぃー、そろそろ休憩にするかい。全く、ここ最近は霊が多くてかなわないね。
  抗争が人間の性とはいえ、いくらなんでも死にすぎだよ…全く。
  ま…死神にとっちゃあ良い給料相手だから良いのかもしれないけど。
  さて……そろそろ昼食にしようか…午前のノルマは達成してるわけだし、四季様も何も言わないだろう。

  ん? ……あれは…まさか。
  おい、そこのあんた……ああ! やっぱ旦那だったかい。覚えてるかい? あたいのこと。
  あはは! そうかそうか、覚えていてくれて嬉しいよ! 
  ところでどうしたんだい? こんなところで。……なるほど、順番待ちか。
  まぁ仕方ないねぇ。外の世界では毎日相当量の人間が死んでいてさ…得にここ最近は爆発的に増えてるのよ。
  しかも、以前ちょっとした出来事があって、ただでさえ霊が多くなってたからねぇ…。
  ま、それでもその内閻魔様が会ってくれるだろうよ。

  そうだ! 旦那。ちょっと付き合いなよ。近くに良い茶屋があるのさ。
  え? 幽霊が物を食えるのかって? あはは、ここを忘れたのかい? あの世だよ?
  それにその程度のことどうにでもできるのさ。で、どうする? よし! 良いねぇ、ノリの良さは重要だよ。

  ここさ、ここの茶と団子は格別でね。店員さん、茶と団子、2人分頼むよ。ああ、何時ものさ。
  ん? ああ、あたいはここの常連でね。すっかり顔覚えられちまってるのさ。
  この店かい? いやいや、ここの店員たちは死神じゃないよ。旦那と同じ幽霊さ。
  ただし少し事情が違う幽霊でね。

  そうだ、旦那。ここであったのも何かの縁。この間の続きを話そうか。
  ちなみにここの店員たちにも関係する話さ……お、良いねぇ。そうでなくっちゃあ。

  ここいらで出店とかを開いて働いている霊たちはね、ちと特殊な霊なのさ。
  旦那は冥界ってのを知ってるかい? そう、その冥界だよ。
  彼等は普段そこにいるんだ。そこの管理者が結構気さくな存在でね、基本楽しく暮らしてる。
  でもね、その中に居るのは大抵律儀な奴が多くてね。
  タダ飯かっ食らう訳にも行かないからって家賃代わりに働いてるのさ。
  その家賃がそのままその冥界の管理費に使われるからってことで管理者は何も言わないんだけどね。
  それに、そういう行為はどうしたわけか閻魔様たちにも認められてるのさ。
  善行…ってことなんだろうねぇ。ま、そこんところあたいは知らないけどさ。
  
  お、ありがとう店員さん。ほら、旦那も食べなって。
  モグモグ…で、今日の本題だよ。今回の話はその冥界…白玉楼って所の話さ。
  ま、お茶や団子でも食ってゆっくり聞いていきな。
  御代はあたい持ちだからね、どうせだし好きなだけ食べて行っておくれよ。
  なに、気にしちゃ駄目さ…あたいにとっては旦那のような幽霊と話をするのが楽しみなんだから。



  ◆  ◆
  

  
  今回の物語が始まる、その少し前。

「……無いわ」

  ここは紅魔館の地下にある図書館。そこの顔とも言えるパチュリー・ノーレッジは一人書斎で難しい顔を浮かべていた。
  
「どう? 小悪魔」
「だめです~…一通り検索掛けてみましたけど、パチュリー様が求めるような資料はヒットしませんでしたぁ」
「そう……」

  彼女は現在とある本を探していた。それはとある概念について述べた本だ。
  
「やっぱりあのハクタクに『美鈴物語』を貸したのは早急すぎたかしらね。あれになら多分載ってるんでしょうけど……」
「返却日はまだ大分先です。流石に返却期日内に返せ~って押しかけるわけにも行きませんし。
 第一あれの所有権は美鈴さんにありますから…。彼女がOKといった手前、私たちには何も出来ませんよ」
「そうね……」

  今彼女が調べているのは『武人』…それも『生命賛歌』と呼ばれるものだ。
  青春賛歌と同じように生命に対する賛美の意を表した歌…なのだろうがパチュリーの好奇心を刺激するには十分だった。
  そこで調べようと、この知識の宝庫と呼べる図書館で記されている本を探したのだが……見つからない。
  唯一、この紅魔館でかつて『武人』でありそれに関する知識を著したという紅美鈴の本『紅美鈴物語』を探した。
  がなんとその本…美鈴が紅魔館にまだ居た頃、突然やってきた上白沢慧音によって全巻貸し出しされてしまったのだ。
  紅魔館の貸し出しは基本一、二週間だ。ただし慧音は歴史という知識の一環でパチュリーとは個人的に仲がよい。
  それゆえに彼女や、アリスなどは特別に貸し出し期限が長い。魔理沙は論外だ。
  作者が貸した事や、その貸し出し期限もあり、直に返却を迫るのはかなり厳しいといえる。
  
「でも、何で突然その事項について調べたいと思ったんですか?」
「ま、何時ものことよ。この私が知らない知識があるなんて、悔しいじゃない? それに探究心がね」

  ノーレッジは知識だ。ゆえに、彼女は自身が知らない知識に対する探究心の持ちようはすごい。
  その気になれば3日3晩寝ずにその知識を得ようと本を読み漁るくらいだ。
  そんな彼女の探究心を刺激したその『生命賛歌』という知識……一体何なのだろうか。

「あの~パチュリー様、今じゃなきゃいけないんですか? 本もあの上白沢さんですから必ず返してくれると思うんですけど」

  そう、借りているのは魔理沙ではなく、慧音だ。彼女はそういったところはきちんとしている。
  必ず期日までに『美鈴物語』を返してくれるだろう。が、それでは遅いのだ。

「あのね小悪魔。探究心というのはね、直に満たさなければ意味が無いのよ。
 食べ物と同じよ。取れたてが一番美味しいの」
「はぁ……でも手詰まりですよ。咲夜さん曰く、上白沢さんは数日前から里から出てるみたいですし」
「里から? 防備はどうしてるのかしら」
「何でも妹紅さんが代わりにやってくれているそうですよ」
「何処に行ったか分からない?」

  小悪魔はコクンと頷く。さあ…困ったものだ。
  慧音のことだから、本だけ持って逃げるなどという芸当は絶対にしないだろう。
  が、少なくともすぐに居場所を特定するのは難しそうだ。

「そうだわ! いいことを思いついた」
「……なんだかすごく嫌な予感がするんですが」
「確か今美鈴は白玉楼に居るのよね?」
「昨日咲夜さんが永遠亭に薬を貰いに行ったところ、場所名は分からないが、方向から見てそうだろう…と」
「…あの幽霊が居る場所ね……丁度いいわ」

  ニヤリ、と笑みを浮かべるパチュリーに小悪魔は不安を覚えた。

「あの~何が丁度いいんですか?」
「小悪魔、ちょっと私、出かけてくるから」
「はぁ………って、えぇ!!?」

  パチュリーの言葉に小悪魔は驚いた。それはもう、銀河をすっ飛ぶほどに。
  なんと、あの喘息持ちで本があれば外に出なくていいと豪語するほどの彼女が外に出るというのだ。
  驚かないはずが無い。というより、外に出ることのほうがまず無いのだから。

「何よ……」
「だ、だって! あのパチュリー様がですよ!? 第一身体はいいんですか!?」
「ええ、ここ最近は調子がいいのよ」
「で、でもなんで今更……」
「事前調査では『生命賛歌』は『死』に関係していることが分かってるの。
 つまり『死』が三途の川並に蔓延る冥界に行けば、きっと『生命賛歌』についての情報が得られるはずよ。
 それに、あそこにはそれについて書いている美鈴本人が居るんだしね。
 『百聞は一見にしかず』『事実は小説よりも奇なり』というでしょう?」
「はぁ……じゃあ、準備してきます」
「ああ、あなたは残って頂戴」
「へ?」

  どうやら小悪魔も一緒についていこうとしていたらしい。パチュリーの言葉に頭に?マークを浮かべる。

「私だけで行くから」
「そ、それは危険ですよ! 万が一途中で発作が起こったらどうするんですか!?」
「あのねぇ……私もそこまで身体は弱くなくってよ。それに白玉楼には魂魄妖夢が居るでしょう?
 彼女なら色々としてくれるでしょうし」
「うわぁ…世話になる気満々ですね」
「とにかくそういうことよ。それに近々アリスが本を返しにくるの。管理者が居ないと色々と面倒でしょう?」
「はぁ…図書館管理部隊の子達が居れば大丈夫だと思うんですけど」
「貸した本、かなり魔力の高いものなのよ。いくらあの子達でも魔力にあてられて狂ってしまうわ」
「……そういうことなら分かりました」

  確かに図書館管理部隊の中で一番魔力とかそういうのに耐性高いのは小悪魔だ。
  パチュリーの口ぶりでは相当強い魔導書を貸したらしい。ならば、自分が残らなければならないのも無理は無い。

「分かりました……くれぐれも無理はしないでくださいね」
「分かってるわよ」

  そっけなく答えるとパチュリーは図書館から出て行った。

「まぁ……外の空気に当たるのも身体にはいいですし。……これがパチュリー様にとっても良い事になればいいですけど」

  ため息をつく小悪魔の表情は不安半分、パチュリーが外に自分から出るということに対する嬉しさ半分のものだった。



  ◆  ◆


  
  チョキンチョキン、と鋏の鳴る音が広い庭園に響き渡る。
  ここは白玉楼にある庭園の一つ。そこの一角で妖夢は一人、木の剪定を行っていた。
  庭師である彼女はこんな時でも愛刀を手放さない。魂魄一族の家宝だからだ。
  普段は充実な表情を浮かべながら、この仕事に誇りを持って行っている彼女だが、今日は違った。

「はぁ……」

  時折ため息と共に何か思いつめた表情を浮かべるのだ。

「『武人』……か」

  彼女が悩む理由…それは自身のことであり、同時に今ここに訪れているとある訪問者のことだった。

『私はあなたを『武人』とは認めない』

  これは先の『紅魔館門番異変』において、美鈴が妖夢に対していった言葉だ。
  人生の、そして『武人』としての経験がとてつもなく長い紅美鈴から言われたその一言が彼女を大きく揺さぶっていた。
  無理も無い、かつて妖夢が美鈴に試合を申し込んだとき、美鈴は『武人』として戦ってくれたのだ。
  だがあの時、彼女ははっきりと拒絶してしたのだ、妖夢が『武人』であることを。
  
「……美鈴さんのあの目」

  あの時の目は普段の優しい目ではなく、敵としてでもない、侮蔑を込めた目つきだった。
  そして、その後の彼女との戦い……妖夢は恐怖を感じた。死への恐怖だ。
  間違いなく美鈴は自分を殺しに来ていた…。自分はその姿勢に恐怖し何もできなかった。

「…………」

  悔しかった……一度は認められたのに、拒絶されたのだ。
  誇りと思っていた『武人』としての自分を拒否されてしまったのだ。
  ……だが、何が悪いのか分からない。自分の一体なにが悪いのか……。
  腕が未熟なのは分かっている。日々精進しているし、美鈴もそのことは理解している。
  でも、あのときの台詞は明らかにそれとは違っていた。つまり…他にあるのだ。

「どうすれば良い…お爺様。どうすれば、私は…」

  美鈴に認められるのだろうか、と口に出す前に本来切るべきところではない場所まで枝を切ってしまった。
  これでは全体のバランスが悪くなってしまう。庭師としてはらしくないミスだった。
  妖夢は枝切り鋏を見て、大きくため息をついた。

「全く……らしくない」

  静かな庭園にポツリとつぶやいた声が響いた。





  パチン パチン

  妖夢が働いているその頃、館では主である幽々子と訪問者である紅美鈴が碁を打っていた。
  
  美鈴と小町が次に向かったのは白玉楼であった。理由は残っているほかの場所よりも比較的楽に謝罪ができるからである。
  永遠亭とは違い幽々子の寛大な対応と、美鈴を悪く思っている者が余りいなかったため楽に滞在することができた。
  妖夢のお供に小町を、幽々子の遊び相手及び門番に美鈴を…という構図になった。
  無論色々といざこざがあったのだが、そこはそれ、主である幽々子の巧みな言動により押し通されたのだ。
 
「なるほどね……紫があなたに目を掛ける理由も分かる気がするわ。
 それにしても…普段の生活から猫をかぶってるなんて…面白い存在ね」

  そして現在の状況に至る。戦局は五分五分だが一手でも間違えて打ってしまえばそれだけでも戦局は一気に傾いてしまう。
  手に持っていた扇子をパチンと閉じ、難しい顔をして幽々子は相対している美鈴に言った。

「それはどうも…でも、それを言うならあなただって。普段ボケボケっとしていてなかなか鋭い手を打ってきますね」

  美鈴は表情には出さないが、それでも内心はあせっていた。
  幽々子は彼女で、どうやら美鈴と似たタイプの存在らしい。いわゆる猫かぶりというのだ。
  普段は大食らい天然娘を演じているが、その実は冷静な判断をする存在。
  第一、先の手を読むやりかたが尋常ではなく上手かった。

「ところで、小町ちゃんは何処に行ったのかしら?」
「妖夢さんの所です。仕事を手伝いに。あと、様子を見に行くといっていましたよ」
「あら……やっぱり気づいてた?」

  コクリ、と頷き美鈴は次の一手を打つ。

「原因もあらかた想像がつきます」
「そう……で、それに対しあなたはどうするわけ?」
「どうもこうもありません。私は何もしません」

  幽々子は訝しげな表情を浮かべながら、また一手打つ。

「何もしない? ……原因はあなたにあるんでしょう? それくらいの責任は……」
「とってもらわないと困る、ですか? 甘いですね。
 確かにそのことを気づかせたのは私ですが、根本的な原因を作ったのは…魂魄妖忌、彼ですよ」
「…………」

  そういいながら美鈴は最後の一手を打つ。ここで終局だ。お互いに地の目数を数えていく。

「……幽々子さんの勝ちですね」

  数え終わり、美鈴が言うと、幽々子も頷いた。半目勝ちだ。お互い姿勢をただし、礼をする。
  ここで幽々子は大きく息を吐くと、今まできちんとした体勢だったのを崩した。

「いやぁ~……強いわ…流石ねぇ~♪ ぎりぎりだったわよ」
「それはどうも」

  扇子でパタパタと自分を扇ぎながら、幽々子は傍においてあった湯飲みに手を掛ける。
  妖夢が剪定に向かう前に淹れた物なので既にぬるくなっていた。
  幽々子は美鈴に対し強かった、と言うが果たして本当なのだろうか。何せ美鈴は半目に何とかかじりついたのだから。
  むしろ半目負けですんだことこそが幸運である。
  幽々子の頭の良さはぴか一のようだ。なるほど、紫が気にかけるのも分かる…と美鈴は思った。

  一口飲んだ幽々子は湯飲みを置き、その隣においてあった煎餅を食べながらお茶を飲んでいる美鈴に話を続ける。

「ここにいない人に文句を言っても仕方ないでしょう? 問題なのはこれからどうするか…ということよ」
「基本、私は何もしませんよ。大事なのは自分で何とかすることです」
「あの子がそこまで器用に見える?」
「……見えませんね」

  何処からどう見ても、妖夢が器用な存在であるようには見えない。
  考え込むととにかく酷いもので、特に『武人』という己の目標については最早言うまでもない。
  基本が優しく、純粋ゆえの欠点だった。

「つまり、こうなった責任は私にあるのだから、私に何とかしてくれ…とそう言いたいのですか?」
「平たく言えばね。酷なようだけど、下手に悩んで庭師という仕事に支障をきたされると困るのよ。
 それに『武人』関係の問題は私は専門外だから…『武人』じゃないもの」

  本来ならば主である自分がすべきことである。だが彼女は『武人』ではない。
  『武人』を一から十まで知っている存在ではないため、指導することにためらいを感じているのだ。
  ようは権利を持っていないと考えているのだ。ならば、美鈴に頼もうと言う結論に至ったのだ。
  かつて『武人』をやめたと言っている彼女にも、その精神は確実に残っているのだから。

「……そう聞くと確かに私に責任があるように聞こえますね。ですが私はそこまで世話焼きではありませんよ」

  どうやら今回ばかりは美鈴は妖夢に関してどうこうしようという気はないらしい。その言葉に幽々子はシュン、とうなだれる。
  彼女の考えていることが分かったのだろう、美鈴はため息をつくとわざと仕方なさそうに言った。

「でも……仕方ありませんね、下手に放っておくと、後々面倒なことになりかねませんから」
「面倒なこと?」
「ああいう中途半端な存在を放っておくと、修羅を始めとする面倒な存在が出来上がってしまいますから」
「ふうん……複雑なのね」
「はい。言っておきますが私はあくまでも手伝うだけです。その後のことはあの子に任せます」
「……分かったわ」
「それと、私が行うことに絶対にケチをつけず、従うこと。私に頼むからには私の流儀に従ってもらいます」

  碁石を片付けながら静かに言う美鈴に、幽々子はおとなしく首を縦に振るのであった。
  それを確認した美鈴は静かにその策について話し始めた。







  美鈴の口から告げられた策を聞いた幽々子は絶句していた。

「……それ、本気でする気なの?」

  言葉の真意を確かめるかのように恐る恐る聞くと、美鈴はしっかりと頷いた。

「それが最良の手段ですから」
「それにしては……かなり残酷や過ぎないかしら」
「生半可なことをして、後々面倒なことになられると面倒ですよ」
「……分かったわ、任せる」

  幽々子は紫からの話や実際に付き合ってみて、ある程度美鈴の特性を理解していた。
  故に任せることにしたのだ。先ほども言ったが彼女は『武人』の領域は自分が関与できるほどの能力を有していない。
  こういったことは、かつて『武人』であり、今もその魂を持っている美鈴がやるのが最良なのだ。
  無論……最も効果的なのは、妖夢を鍛えていた師匠である魂魄妖忌なのだが……。

「とはいえ、まずは妖夢さんにある程度説明をしましょう。
 本人が自分の何がいけないかを理解していなければ、全く意味がありません」
「そうね…」
「そして、彼女の成長を促すのは私ではありません。おそらく…彼がします」
「彼?」
「あなたが最もよく知る……彼ですよ」
「……まさか! いや…でも、『生命賛歌』ならありえる……」

  その彼が一体誰なのか……おそらくこの場にいる2人にしか理解できないだろう。
  幽々子には思い当たる人物がいるのか、最初は驚きの表情を見せ、そして納得したのか頷いた。

「それにしても……驚きました」
「何が?」

  扇子で扇いでいる幽々子に感心したように説明する美鈴。

「まさかあなたが『生命賛歌』を知っているとは思いませんでした」
「あら……そんなこと」

  何を言われるか、と用心していた幽々子は肩透かしを食らったかのような表情を浮かべた。

「これでも私、『死』をつかさどる者なのよ。『死』に関係する知識なら何でも知ってるわ」
「そういえばそうでしたね」
「ま…『武人』においてもまさか『生命賛歌』が重要なものだったとは思わなかったけど」
「あなたは『武人』をどこかの超人と思ってませんか?」
「あら、違うの?」
「違いますよ。『武人』はあくまでも精神的な面で形成された集団です。
 『武人』という概念だって元々は普通の人々という存在から生まれたわけですから。根本的な精神構造は同じなんですよ。
 ですから普通の人々にとって大切なものならば、『武人』にとっても大切なものなんです」
「ふうん」

  そこらへんの精神云々かんぬんの世界は生憎幽々子は興味がなかったため、適当に頷いておいた。

「『武人』の立ち位置はともかくとして、『生命賛歌』に対する知識なら、あなたと同等程度に持ってるわ。
 ただし、『武人』として影響を与える側面の内容は知らないけどね」
「それは仕方ありません。あなたは『武人』ではないのですから。
 そうですね……なら、そちらの面の説明は私が行いましょう」

  どうやら妖夢に対する今後の算段はすんだようだ。
  美鈴は彼女なりに策を弄しているだろうし、覚悟を決めた幽々子は何もいわないだろう。
  後は小町をどうにかしなければならない。彼女の性格を考えるとこの策には渋るだろう…と美鈴は考えていた。

  
 
  ◆  ◆



「ったく……毎度思うがどうしてここはこんなに広いかねぇ」

  そしてその小町はというと……白玉楼の余りの広さに呆れていた。

「ま…その内妖夢もこっちにくるだろうし、おとなしく掃除でもしてようか」

  そう、彼女は今から掃除をせねばならないのである。だが、この白玉楼の余りの広さは何だ。
  一日で終わるのかどうかも微妙なところである。
  手に持っていたちりとりを地面に置き、その周囲を箒で掃き落ち葉などを一つに纏めていく。
  とはいえ、今は落ち葉のシーズンではなく、結構早く掃除を終えることが出来た。

  白玉楼は小町にとってとても住み心地のよいところであった。やはり三途の川と同じ臭いがするのだろう。
  あちらと同じでこちらも霊がいるためか、掃除が終わった後はここにいる霊たちと会話を楽しんでいた。
  本来の任務である美鈴の調査は今はお休みだ。下手に張り付くと勘ぐられる可能性があった。
  美鈴には一応それなりの理由を説明しているが、万全は期しておかなければならない。
  それにあちらには幽々子がいるので後で彼女から話を聞けばよかろう…と彼女は考えていた。

『というわけで、姐さん…どうかよろしくお願いいたしやす』
「はいよ。今度上に掛け合ってみるよ」

  今話をしていたのは、ヤクザの幽霊。ドスを片手に持った男である。彼も三途の川にて出店を開いている幽霊の一人だ。
  請け負っていた話はいざこざが起きていた隣の出店との仲介を頼もうとしたものだった。
  小町はこう見えて色々なところで顔が広い。故にこういった話も受けていた。


  
  さて、そんな幽霊たちとの会話は今回の話には含まれない。あくまでも、その後でやってきた客人のための前振りだ。
  あらかた幽霊たちと話を終え、そろそろ戻ろうか…と掃除道具を持ちその場を離れようとしたとき、突如後ろから声がかかった。

「あなたここの従業員?」
「いいや、違うよ」

  やってきたのは何時もの服装のパチュリーである。脇には大事そうに本を一冊抱えていた。

「あたいは小野塚小町。わけありでここにいるのさ」
「そう…私はパチュリー・ノーレッジよ」
「へえ……噂はかねがね聞いてるよ。でも、確か病弱だったはずだろ? どうしてここに?」
「西行寺幽々子と、ここにきているはずの美鈴に会う為よ。いるんでしょ?」
「ああ、いるよ。よく知ってるね」
「紅魔館の情報収集能力を侮ってもらっては困るわ」

  それを聞いた小町は苦笑しながら、彼女を連れて屋敷へと戻ることにした。
  客人を通す……これならば後で妖夢から文句を言われることはないだろう。

「ああ、そういえば……あなた三途の川の死神よね? なら『生命賛歌』について知ってる?」
「『生命賛歌』? ……ああ、まあね」
「できれば知っている情報だけでいいから教えてもらえないかしら。
 様々な人に聞くことにより知識というのは増幅され、そして信憑性を帯びていくものなのよ」
「はあ……まあ、あたいは余り詳しくないんだ。だから余り期待しないでよ」

  そういいながら頭をぽりぽりと小町は掻く。何処から話せばいいのか困ってしまった。
  無理もない、何しろ説明するのは概念なのだ。しかも、『生命賛歌』は人によっては全く違う受け取り方をする概念。
  ならば、下手に説明するのは不味いかもしれない。だが、それではパチュリーは納得しないだろう。
  では……どうするか。そう思ったとき、彼女は思いつく。
  ありとあらゆる事象は千変万化だが、時に共通する点もまたあるのだということに。
  映姫なども『生命賛歌』を知っている存在。彼女との内容と照らし合わせ、共通点を探す。
  共通している点ならば、間違いはない…そこを教えればいいだろう。

「『生命賛歌』を経験した人によりけりだからなんとも言えないけど」
「まずはそこよ。今あなたは経験…と言ったわね。『生命賛歌』は経験する概念なの?
 言葉の意味から考えて、経験する概念のようには聞こえないんだけど」

  ああ…なるほど、まずはそこから話さなければならないのか…と小町は思った。

「そう、本来『生命賛歌』は経験するものではないよ。ただし、経験の意味合いが違うのさ。
 『武人』の様な生まれ持ったものや『狂気』の様に成長・経験していく上で得る云わばスキルのようなものではないんだ。
 スキルのような概念とは別の……そう、あえて言うならば、関所のようなものさ。
 わかるかい? お話で言う敵を倒し、手に入れた経験地で覚える『スキル』ではなく、
 ダンジョンそのもの(仕掛けだとか、そういうもの)を攻略する関門のようなもの。
 そういえば分かるだろう? 経験の意味合いの違いが」
「なるほどね、大体は。それで続きは?」
「続きといわれても……なんていうか……『生命賛歌』は……この世で最も美しく、すばらしいもの…かな」
「美しく、すばらしい?」

  『生命賛歌』が美しく、綺麗? それもこの世で最も…だと? 
  理解できない。一体この概念のどのへんが美しくて…そして綺麗なのか、分からない。
  だが、興味深い感想だ。これは知識として頭に入れて置いて損はない。
  
「……もしかしてここに来た理由はそれなのかい?」
「ええ。『生命賛歌』…それについて記した本はちょっと今ないの。その代わり、ここにその著者である美鈴がいる。
 そして、死をつかさどる能力を持つ幽々子がいるわ。話を聞くには丁度良いと思ってね」
「ふうん……なるほど。なら当人たちに聞いたほうがいいね、きっと詳しいはずだから」
「ええ、でもあなたのもなかなか参考になるお話だったわ」

  そんな会話をしながら館に向かう2人であった。
 
 

  ◆  ◆


  
  剪定を終えた妖夢は次の仕事に取り掛かる前に、幽霊から幽々子が呼んでいると聞いて一度仕事を中断した。
  どうせまた何時もの我侭なお願いなのだろう……と思いながら館に戻る。
  幽々子の部屋に向かった彼女を出迎えたのは、難しい表情を浮かべた幽々子と美鈴だった。
  2人の威圧感のある眼差しに一歩後退するが、座るように促されたためおとなしく従う。
  暫く場の空気がとまった後……口を開いたのは幽々子だった。

「『生命賛歌』よ…妖夢。全ての鍵はそれが握ってるわ」
「え?」

  突然告げられたその言葉にキョトンとした表情を向ける妖夢。
  なお美鈴は幽々子の隣に座り、隣に戟を置いたまま微動だにしていない。

「一体何があなたの成長を止めているか、わかる?」
「いえ……」
「でしょうね。回りくどい言い方をしても意味がないわ、簡潔に言います。あなたは死を恐れているのよ」
「死を……ですか?」

  そう、と幽々子は首を縦に振る。確かに…と妖夢は感じる。先ほども思っていたが、自分は死に対しての恐怖を感じていた。
  だが、何故今更死に対して恐怖心を持ったのか…そこはわからなかった。
  そして幽々子はその原因すらも見抜いているかのように言ってみせる。

「そしてあなたは何故今更恐怖心を持ち始めたのか分からない……と。無論、それは当たり前よ。それこそが魂魄一族の欠点」

  え? と妖夢は首を傾げる。どういうことだ? 恐怖心を今持ち始めた、それの何が魂魄一族の欠点なのだ?

  欠点……それは誰しもが持つ欠点。そして、魂魄一族が生まれついて持っている欠点が死への考え。
  半人半霊であるが故に、彼等は死について他の生物よりも疎い。
  普通、生物は生きながら他の生物が死ぬ様を見ていつか自分もこうなると、死に対して恐怖を得る。
  勿論例外もいるが、基本はそう……死に対して恐怖心を得なければならないのだ。
  生物は死ぬことに対して恐怖を抱く、では逆に幽霊はどうだろう?
  幽霊は基本、生者が死者に変わる段階でなるカタチだ。故に、既にその存在に死に対しての恐怖感が植えつけられている。
  第一、この世に存在する段階ではじめから死者、つまり幽霊だった存在は本来ありえない。

  が、魂魄一族はどうだろうか? 半人半霊、それはつまり生きているようで死んでいる存在。
  これがどういうことを意味するか。それは死に対する感覚が非常に曖昧だということだ。
  死に対しての感覚が曖昧とは、例えるなら地面に立っているのか寝ているのか分からない立場と同じような形。
  言っておくがこれは決して大げさなことではない。死に対しての感覚が曖昧と言うのはそれだけ危険なのだ。
  ちなみに、幽々子はその能力ゆえに、最も死に対しての理念を分かっている存在といえよう。
  そして、小町は死神であり霊を三途の川の向こうに連れて行くという仕事上、死についての理解を十分にしている。
  更に閻魔である映姫たちはその職務上、転生という生と死に関する概念をそのまま扱うため知識を得ている。
  また、他の妖怪たちも日常生活を生きているうえで常に生と死の境をさまよっている。
  彼等は思っていなくとも、精神の根本部分で人間と同じように死に対して恐怖を抱いているのは間違いない。
  無論、この世界には死を乗り越えた存在がいるのも事実だが…その説明は又後ほどしよう。

  とにかく今は魂魄一族の話だ。彼等はその死に対しての感覚が非常に曖昧だ。
  それは時には利点だが、時に弱点にもなる。今回がその最たる例だろう。
  
「『武人』はありとあらゆる戦いで己を高めようとする集団ですから、常に死がつき物です。
 いわば死と決別し、死を乗り越えた存在にならなければなりません。それは、死に纏わりつく恐怖を払拭したということ。
 つまり、死に対する恐怖心を払拭せねば、真実の意味で『武人』とはいえません。
 また、その他にも色々と要素はありますが、あなたはその殆どをクリアしています。
 ですから、今一番重要なのが死を克服すること」

  と、今度は美鈴が説明する。『武人』に対しての知識は美鈴のほうが高いので、間違いなく真実だ。

「あなたは私との模擬戦の際、死に対しての覚悟を決めたといいました。
 その時私はその覚悟からあなたは既に死を乗り越えた存在だと予測してしまった」

  このような事態の原因となった一つは間違いなく美鈴にもあった。
  死を克服することをは『武人』として最も重要なことだ。ましてやそれに対して覚悟を決めることは大変貴重なこと。
  かつての戦いで妖夢が言った覚悟から既に、彼女が死を乗り越えたと勝手に予測をしてしまったのだ。
  無論、理由はある。あのときの妖夢の覚悟の決め方はとてつもなく重いものだった。それがどういうことを意味するか…。
  簡潔に言ってしまえばそのときの妖夢の覚悟の決め方が『武人』の覚悟の決め方と非常に似ていたのだ。
  
  つまり妖夢は既に半端な存在だったのだ。『武人』として初歩的段階ともいえる死に対しての恐怖心は乗り越えていない。
  いや、そもそも彼女は死についての理解を中途半端にしかしていないのである。
  だというのに、ここぞというときに『武人』と同等の覚悟を決めることができる。
  皆には分かるだろうか、この半端さが。例えるなら外側から見れば強固な要塞、しかし内側は今にも崩れそうなジェンガ。
  矛盾しているのだ。今の例えもそうだ。今にも崩れそうなジェンガならば、外側から見たって変わりはない。
  そのジェンガが強固な要塞に見えることは決してないのである。
  
  そう、矛盾なのだ。

  半人半霊である魂魄一族が持つ最大の弱点…それが矛盾なのだ。
  死に対しての感覚の違いも、その矛盾が出した一つの例に過ぎない。
  だが、その矛盾は決定的な差を生む。美鈴と、妖夢のような存在に決定的な差を。

「死に対しての恐怖感を持つのは非常に重要なことよ。その成長は主である私から見ても、非常に喜ばしいこと。
 でもね、あなたの場合は少し勝手が違ったの」
「え?」
「魂魄一族で、死に対して真剣に考えるようになった存在はかなりまれだと妖忌様から聞いてるわ。
 一族に関する本を読んでもそれは事実だとわかる。
 そしてその中で最も死に関して哲学的にも考えていた人は妖忌様だった」
「お爺様が?」
「そう。だからでしょうね、美鈴さんの言葉から推測して彼が中途半端である魂魄一族の中で『武人』となりえたのは。
 全く……奇妙なことだわ。本来ありえるはずのないことが起こっているのだから」
「…………」

  『武人』の魂はこの世界に生まれた段階でその者の魂に刻み込まれている。つまり、資格を持つということだ。
  だがもって生まれた才能を開花させずに堕落する存在がいるように、『武人』の資格を持ちながら堕落する存在もいる。
  本来魂魄一族もそちら側の存在だった。つまるところ『武人』になることこそ珍しいといえたのだ。

「そんな中途半端な存在なのだから、いずれは壁にぶち当たる。今がその時期よ。
 だからあなたは選ばなければならない。『武人』になるか、ならないか」

  『武人』になれば目標である魂魄妖忌においつけるだろう。彼がそうしたように妖夢もその道を歩めるのだ。
  だが、その代償は何時か必ず支払うことになる。それもかなり重いものを。
  安全策ならばただの庭師を選ぶべきだ。幽々子をはじめ、他の幽霊はそれで何かしらのリスクを負うことはない。
  普通に何の不便もなく毎日を過ごせるだろう。ただし、『武人』の妖忌を目指すという長年の目標は失われるだろうが。

「人生には岐路があるわ。二者択一……でも、とても重大で、今後のことに大きくかかわる二者択一よ。
 選びなさい、妖夢……これは私から与えるものではない、あなた自身が決めること」

  はっきり言って妖夢に理解できたのはかなり少ないが、これだけは分かった。今の自分は『武人』ではない。
  『武人』を気取ったただの刀を振り回す勘違い庭師だということだ。
  死んでも構わないと、覚悟を決めることはあっても、それはよほどのことがない限りしない。
  『武人』のただのなりそこない……不憫な存在。  

  美鈴はその一面に腹を立てているのではないかとも予測できた。妖夢やと、そのことを見抜けなかった自分自身に。

  そして今、時分は試されている……と。庭師としてではなく、魂魄妖夢という存在そのものが試されている。
  安易な回答はできないとすぐにわかった。これから先の処遇が決まるのだから。
  『武人』でありたいといえばそれは簡単だ……しかし、試されている。
  この魂魄妖夢が主に試されている。それはつまり、安易に物事を決めるなという証。
  その状況で妖夢は答えた。力強く。

「私は……『武人』になりたいです。『武人』になって何時かお爺様を越える…それが、目標なんです」
  
  どのような状況であろうと、どんな質問をされようともとより答えは決まっている。
  いや、むしろそれ以外の道を進むことなどありえない。
  死を恐れ『武人』でないというのであれば、死を乗り越え、改めて『武人』になればいい。
  そして改めて、美鈴に認めてもらおう。

「……後悔しないわね」

  厳しい表情で幽々子は問うと、妖夢は静かに頷いた。

「そう……わかったわ。なら……」

  そのとき、ピクン…と妖夢はかすかに感じ取った。…殺気をである。
  かすかに、本当にかすかにであるが、幽々子と美鈴から殺気が放たれたのである。
  今思えば、これを感じ取れたのは幸運といえよう。
  無論、そんなことに幽々子たちは気づくはずもなく…幽々子は何時もの扇子を持つと、宣告した。






「死になさい、妖夢」





  瞬間、反射的に妖夢は正座の体勢から後ろに転がった。座布団に縦の線が入り、切り裂かれ綿が飛び出る。

「なっ!」

  突然の攻撃…その主は美鈴だった。一瞬の間に戟を持ち、刃の部分を被っていた袋を外し超人的な速さで振り下ろしたのだ。
  起き上がる妖夢の目の前には、埃がまう畳に戟を叩きつけたまま、殺気を込めた目をギロリと向けている美鈴の姿が。
  先ほどの殺気を感じ取っていなければ、間違いなく避けれなかっただろう。驚きは更に続く。
  今度は真上から殺気を感じ取り、真横に飛んで避ける。片手を突き立ち上がった。

「幽々子様!?」

  そう、今度の攻撃は彼女のものだった。彼女の蝶が攻撃を仕掛けたのだ。

「…………」

  喋らない幽々子は、厳しい目を依然妖夢に向けている。

「!!」

  攻撃はやまない。体勢を立て直した妖夢に胴を真っ二つにしようとする美鈴の横なぎの一撃が襲い掛かる。
  立て直したばかりだったため、避けることもできず、楼観剣を鞘から抜ききらぬまま、受け止めてしまった。
  しかも片手であったため、衝撃を流しきれず続けて放たれた回し蹴りをモロに腰に食らってしまった。
  まるで丸太でぶん殴られたような衝撃が骨の髄まで沁みこみ、胃の中のものが暴れまわる。
  吹き飛ばされた妖夢は障子をブチ破り、庭に叩きつけられる。

「あうっ!!」

  背中を強く叩きつけてしまったため、むせてしまうがそんなことを気にしてはいられない。
  すぐに起き上がり、2本の刀を抜く。
  その直後、部屋の中から美鈴が投擲してきた戟を刀を交差させて受け止め、弾いた。

「くっ……どうして!」

  一息つけたところで部屋にいる2人に向かって叫んだ。
  …美鈴はともかくとしても、幽々子が殺しにかかってくるとは思わなかったのだ。

「まさかその程度の覚悟もなく決めたのかしら? 不憫ね、妖夢。そう…全く不憫」

  部屋の中では未だに埃と煙がまい、視界が悪い。その中から幽々子はフワリと浮き上がると屋根の上に降り立った。

「言ったはずよ。とても重大なことだと…それ相応の覚悟があって決めたのでしょう?」

  それは当たり前だ。妖夢には先ほどの質問に対しての返答には確かに覚悟があった。
  だがそれとこれとは話が別だ。おかしいではないか! 何故彼女たちが自分を殺そうとするのだ!

「あなたのもう一つの欠点。死に対する意識のおかしさもそうですが、あなたはここぞという時の覚悟の決め方が甘い。
 特に、身内が敵になったときは……ね」

  続けて答えたのは歩いて部屋から出てきた美鈴であった。彼女はゆっくりと庭に降り立つ。

「前のときもそうでしたが、あなたは余りにも突然の事態が起こった場合、気持ちを切り替えるのが遅い。
 無論、受け入れがたい気持ちも分からないでもないですが、こと戦闘においてそれは致命的なまでの欠陥です」
「美鈴さん……」
「特に『武人』として戦う場合、常に一定以上の覚悟を決めておかねばなりません。
 死ぬのを恐れず、後悔しない…そしていつでも身内が敵になるかもしれない…そこまでの覚悟を決めるのですよ。
 そのくらい重いものを持たなければ精神の成長は望めません」

  美鈴が歩くごとに妖夢は距離をとろうと一歩ずつ後退する。
  無論、彼女はそんなことに目もくれず、戟が突き刺さっている部分まで歩くと拾い上げた。

「下手な小細工で死を克服してもらおうとは思っていません。前にも言いましたね?
 一度死を体感してきてください。生半可な覚悟では死ぬ、まさに綱渡りのような状況を味わいに。
 そしてそれを乗り越えたとき、あなたは『生命賛歌』に出会い、新たなステップを踏めるでしょう」
「…………」

  流れから言って主の助けは期待できない。いや、むしろ彼女も自身を殺そうとしているはずだ。
  何故か? おそらく…成長してほしいからか? それとも、自分に見限りをつけたからか?
  
  妖夢の頭に『紅魔館門番異変』時の情景が思い描かれる。
  あのときに味わった恐怖が…初めて体感した死ぬということが……思い出される。
  体が、震える。あの時と同じだ…美鈴に対して恐怖を味わっているのが分かる。

「今回の件は私にも責任がある。あなたの矛盾を見抜けなかったのはかなり大きな問題です。
 ですが、分かった以上絶対的な力を持ってそれを正すか、もしくは排除します。
 あなたは精神的にもろいですから、色々と考えるでしょう。ですからこれだけは言っておきます」

  戟を構え、妖夢がキチンと刀を構えるのを待った後、彼女は言った。



「私は今のあなたを認めない。これは私の思いと、そして魂魄妖忌という『武人』に対する敬意を表しての判断です」



  その言葉と地面を削りながら踏み込むのは同時だった。ギリギリの線で受け止める。
  その一撃は間違いなく自分を殺そうとしている一撃だった。
  あの模擬戦のような殺そうとしている攻撃の中に、どこか手加減をしている…そんなような面は一切ない。
  完全なる敵として自分を殺そうとしている…例えるなら、そう『紅魔館門番異変』のときと同じだ。

  この戦いは考えるよりも見るだけで分かるほど明らかなものだ。
  妖夢一人で美鈴と幽々子に勝てるか? ……否、勝てるはずがない。
  彼女たちからすれば妖夢はまだ幼く、精神的にも未熟だ。経験から言っても負けるはずがない。
  よほどの天変地異が起こらない限り、この結果が逆転することはない。

  上空からは幽々子の弾幕、そして地上からは美鈴からの肉弾攻撃。
  幽々子の弾幕には容赦がない。美鈴を巻き込もうという意思が見え隠れしている。
  それでも美鈴に直撃していないのは……美鈴の能力が優れているからだろう。
  『気』を操り身体に直撃する前に弾の軌道をそらせているのだ。無論限界はあるため避けてはいる…がその避け方も又上手い。
  いや、それだけではない。美鈴ははなから弾幕に『当たる気』で攻撃している。
  わが身を省みない、相手を殺すと言うそれだけの思考を持っての攻撃だ。
  動き次第では自分が死ぬかもしれないのに、その恐怖感をみせもしない。

  とはいえそんなこと確認するまでもなく、自分が彼女と戦って強いと感じていたのだから最早他人の意見はどうでもいい。
  この戦闘を終わらせる方法は…ある。自分がおとなしく殺される…勿論却下だ。
  他にあるとすれば、それは今この白玉楼の何処かで掃除をしているであろう小町が戻ってくること。
  彼女の肉弾及び弾幕戦闘での強さには定評がある。なにせ死神なのだから。
  合流できれば…少しはこの事態も好転できるだろう。
  
「ほかの事を考えている余裕…あるんですか?」

  もしこの世界に神と呼ばれる絶対的存在(絶対運命を操る存在)がいるとしたら、皮肉なものだ。
  その神は妖夢に対し既に宣告をしていたのだ。……ここで死ねと。

  どこぞの漫画的展開は決しておきない。絶望的状況とはまさにこのことだろう。
  妖夢にもっと力があればまだやりようはあっただろう。だが圧倒的に経験が不足している。
  RPGでいうなら低レベルでラスボスに挑むようなものだ。
  回復魔法もなければ、死者蘇生の道具もあるはずがない。そんな便利道具は存在しない。
  コンテニューだってない。そう、ないない尽くしだ。

  今までと違い、妖夢にとって精神的ショックを大いに与えたのは幽々子の存在である。
  幽々子は妖忌の次に付き合っていた存在で、幼い妖夢を育ててきた母親ともいえる幽霊だ。
  それゆえに、戦いの癖も全て知っている。妖夢からして見れば既に手の内がばれているのだ。
  精神的ショックというのは、そんな最も心を開いている存在の幽々子が裏切りとも呼べる行為をしていること。
  『紅魔館門番異変』で言う紫と藍の立ち居地と同じだ。
  一行で述べると、最も親しいものに裏切られるとその分精神的苦痛は計り知れない…というものである。
  ただし、八雲一家と唯一違うところは、策が始まる最初から幽々子が敵としての立ち居地を明確にしているところだ。
  そこを考えれば妖夢の精神的ダメージの比率でいけば幾分藍よりかは軽い。だが妖夢は何分藍よりも幼い。
  それらを総合すると、結果的に言えば藍よりも受けた苦痛は大きかった。
  故に技に切れが出ない。ただでさえ劣っているというのにこれではジリ貧だ。
  美鈴は弾幕戦が弱いのだから、そちらに持っていくこともできたのだが、前回と違い今回は幽々子がいる。
  つまり肉弾戦では美鈴が、弾幕戦では幽々子がいるため、既に八方塞状態なのだ。
  
  無論ここも美鈴と幽々子が分担して決めたことである。流石に考えていたといえるだろう。
  美鈴なりの弱点の対処なのかもしれない。確かに上手いやり方だ。
  まあ、そんなこんなで妖夢は弾幕戦と肉弾戦の両方をしなければならなくてはならかった。
  一人の相手に肉弾弾幕戦ならばまだしも、2人の相手に別々の攻撃をするのはやはりなれていなかったのだろう。
  体中の痛みによるのもそうだが、顔に苦悶の表情がうかがえる。

「一体何分持つでしょうねぇ」

  不敵な表情を浮かべながら幽々子がいう。正直なところ、分ではなく秒だろうと妖夢は思った。
  だが退くことは心のどこかで避けようとしていた。それが何故なのか…妖夢には分からない。
  美鈴にはそれが分かるのか、戟を器用に回しながら告げた。

「なるほど……やはり、無意識の内に『武人』としての心構えが発生している。妖忌さんの教えの結果ですかね」
「どういう…ことです?」
「布に巻かれた物体を思い浮かべてくださいな」
 
  皆さんには代わりにアルミホイルに巻かれたお握りを想像していただきたい。
  アルミホイルが表面的な人格でお握り本体が内心的な本来の精神である。
  巻かれているだけだから変な衝撃を与えればアルミホイルは破れてしまう。
  すると人はその穴を隠すため、残ったアルミホイルでふたをするか新しいもので巻く。
  そうやって本質を隠そうとしているのだ。
  妖夢の場合、この破れている部分を覆っているのが妖忌によって無意識に植えつけられた『武人』の心構えなのである。
  偶然かどうかは分からないが、美鈴と相対したときはその面が丁度表れていたため美鈴は気づけなかったのだ。

「私が……それだというんですか?」
「ええ。分からなければ結構。あちら側でウンと教えてもらったほうがいいですね」

  どうやらお得意の気配察知能力で小町が近づいてくるのが分かったのだろう。
  妖夢の質問にぶっきらぼうに答え、攻撃の速度を増す。

(……もう一人、パチュリー様? 何でここに……まぁ…いいです、急ぎましょう)

  小町がこの現場を見れば止めに入るのは明白だ。それまでのことを済まさねばならない。

「じゃあ……あなたは良いのですか? あなたはかつて『武人』で、今は違う、ただの門番です。
 『武人』であるのに『武人』ではないという。そんな矛盾だらけのあなたが、私に対して矛盾だといえるんですか?」

  妖夢としては、そこまで言われてしまっては確かに自分にそのような欠点があるのかもしれないと思うようになっていた。
  だがその前に一つ疑問が浮かんだのだ。それは美鈴のこと。普段はただの門番として(自分でも自覚・認識して)働いている。
  美鈴曰くかつての『武人』としてはやってはいけない残虐行為から、その自責の念で『武人』としての身を退いたのだという。
  それ以来『武人』の面はよほどのことがない限り、基本表には出さないのだという。
  よほどのこととは、自分とは別の『武人』から試合を申し込まれたりなど、『武人』としてしか対処できないことをさす。

  何時だったか藍に聞いた話によれば、一度『武人』になると、その魂はその者に永遠に付くらしい。
  美鈴は自身を今は『武人』ではなくただの化け物だと称しているが、その魂には『武人』の誇りが染み付いている。
  一度『武人』を経験したものは決してそれから脱することはできない。
  『武人』に最も近い存在があるとすれば…あえて言うならそれは騎士だとか、侍だろう。
  主君がいれば主君に仕え、絶対的な忠誠心と誇りを持ち、死を恐れず、絶えず相手を尊重しお互いに成長しあう戦闘集団。
  確かに何の考えも無しに一般市民を惨殺してきた美鈴が自身がその罪を悔やみ、『武人』であったことを放棄したのは頷ける。

  だが考え方が変わったとしても、根本で影響が出る。妖夢はそこを問いたかった。
  自分がなりそこないの『武人』なら、その『武人』であることを放棄している美鈴は一体何者なのか。
  魂は『武人』であるのに対し、意識及び肉体の活用は全く違うそれ。理解できない。
  意識も肉体も当たり前だが魂が前提にして成り立っているはずだ。

  それを美鈴は断言する。

「私は存在自体が矛盾してますから。矛盾している以上、その上に矛盾を重ねたところで別に問題はありません。
 確かに権利はないかもしれませんね。しかし、それは他人が与えるものであり、私はそれを拒否できる。
 他人など関係ない。私が必要だと感じたからあなたの矛盾を指摘しているまでです」

  その目は怖いほど純粋で…そして悲しいほどに冷たく、うつろなもの。

  そう…そんな前提条件を矛盾させるためには、その根本部分から矛盾している存在でなければすることはできない。
  生まれてきたときから意図的に矛盾を抱えた存在として育てられてきた美鈴にならば可能だ。
  もしくは、そういった境界を操れる紫など、超人的な能力を持ったものにしかなしえない。
  重要なのは美鈴の矛盾と妖夢の矛盾は同じ言葉でも決定的な差があるということだ。
  美鈴からしてみれば妖夢の矛盾など簡単なものでしかなく、妖夢からしてみれば、美鈴のそれはまずありえないものなのだ。

  では何故美鈴がここまでして妖夢の矛盾を正そうとしているのか、結論を言おう。
  簡単なことだ…『見ていられなかった』のである。無論、責任などもあるが、重要なのはこれだ。
  ただし、これは美鈴の無意識の部分が決断した結果であり、彼女はあくまでも責任を果たすためにしていると考えている。
  策士である美鈴であっても、さすがに無意識の部分までは操れない…重要で貴重な例だろう。
  
「フンッ!」

  まずは刃の長い楼観剣を戟で弾きバランスを崩したところを拳底で一蹴、楼観剣が手からはなれる。
  妖夢はそれを側転で弾幕を避けながらとろうとするが、その前に美鈴が蹴りで遠くに吹き飛ばした。
  いくらなんでも短刀で彼女等に立ち向かうのは不可能だ。妖夢は完全に守りに回るしかなくなってしまった。
  そうなってしまえばもう美鈴と幽々子の思いのまま。
  美鈴は戟と巧みな体術ですぐさま白楼剣も叩き落とし、妖夢の体勢を崩すと懐に飛び込み上空に蹴り上げる。
  実を言うと美鈴の仕事はここまで。後の作業は全て幽々子が行う。

  上空で何とか体勢を立て直す前に幽々子に首を掴まれてしまった。
  片手だというのに恐ろしいほどの力が込められており、メリメリと首が絞まっていく。

「あっ……かっ…………」

  足をバタバタと動かしたり手ではがそうとするが、瞬間接着剤でくっついているかのように全く動かない。
  力は更に強まっていき、呼吸をするのも困難になる。このままでは本当に死ぬ。

「怖い? 死ぬのが」
  
  そんな彼女に、まるで無機物を見るかのように冷たい表情で幽々子は問う。
  もちろん首を絞められている妖夢に答えられるほどの余裕はない、そしてそれは彼女も知っている。
  そのまま幽々子は続ける。

「私は死を扱うから、今はあなたを正真正銘の死人にはしないわ。私たちはあなたに道を作るだけ。
 そこから先は妖夢、あなたが進むの。死の恐怖を乗り越え、精神が成長し『生命賛歌』を見たとき、あなたは一歩成長する。
 あなたは初めて本物の『武人』になれるはず。小さな一歩かもしれないけどあなたにとってはとてつもなく大きいものよ。
 それに主人としてこれ以上従者の不憫な姿を露呈させるわけにも行かないの」

  首を掴んでいない左手を開くと、そこに一匹の蝶が表れた。

「……恨むなら恨んでくれていいわ…妖夢。これもまた、主人の役目なのよ」

  人差し指に蝶はヒラリと止まるとジッと妖夢を見つめていた。

「後はあなたしだい。主人としては成長してもらわないと困るの。西行寺家に仕える庭師で不安定な存在は看過できないわ」
「中途半端な成長は時として思いもよらない事態を引き起こす可能性があります。
 あなたのような『武人』のなりそこないは特に…ね」
「がっ……」

  息ができない、返事をする事も……。幽々子はその蝶を妖夢に向ける。
  
「じゃ……覚悟しなさい妖夢。私たちが連れて行くのは『生命賛歌』の入り口の扉まで。後はあなた次第なんだから」

  そういうと、蝶はゆっくりと羽ばたき指から離れ、まっすぐ妖夢に向けて飛び始めた。そしてピトリと額に止まる。
  瞬間、妖夢はそこから大量の血液が抜かれるような錯覚に陥った。

「あ……ああああああ!!!」

  既に幽々子は手を離し、妖夢は落下している。だが、この異常事態のせいで妖夢は飛ぶことも忘れ絶叫している。
  手足の指先からドンドン力が抜けていく。まるでなくなっていくかのように。痛みがない……それがなお恐ろしい。
  心臓は張り裂けんばかりに鼓動している。自分が死んでいく……それが実感できた。

「あ…ああ……ああ……………」

  力の限り絶叫した後、糸の切れた人形のように妖夢は倒れた。
  美鈴は戟を背中に背負うと妖夢の元へ歩き、しゃがむと脈を計る。
  ……まだ、かすかにだが脈はある、ギリギリだが生きている。

「どう?」
「大丈夫、成功ですね」
「そう…後は紫が来るまで待ちましょう。運んでくれる?」
「分かりました」

  実は今後のことは境界を操る紫の手がないと難しい。
  ちなみに紫はまだ知らず、この後話すのだが…友人二人の頼みとあれば引き受けるだろう。

「じゃあ、運ぶのお願いね。それと……あの子たちには私から話しておくわ」
「……お願いします」

  丁寧に妖夢を抱き上げると、美鈴と幽々子はある一点を見つめる。
  そこには今の出来事に驚き、目を点にして突っ立っているパチュリーと小町の姿があった。



  ◆  ◆


  
  妖夢はその後、自室の布団に寝かされた。幽々子いわく、今は安定期に入っているらしい。
  目覚めるには彼女が自分なりの決着をつけた時らしく、できなければ即死亡なのだという。
  本来ならばかなり危険なラインなのだというが、そこは死を操る幽々子。上手く操っているようだ。

「なるほどねぇ……まさかそんな強攻策に出るなんて、あなたらしくない。美鈴の入れ知恵ですか?」
「策はね。けど頼んだのは私。そしてケリをつけたのも私。あの子は手伝ってくれただけよ」
「…………」
  
  それで美鈴の罪が消えるというわけではないだろうが……かなり少ないといいたいのだろう。

「さて……小町ちゃんはともかくとして、紅魔館の魔女がどうしてここに来たのかしら?」

  小町に向けていた目を今度はパチュリーに向ける。パチュリーは毅然とした表情で答えた。

「死を操る幽霊にして、白玉楼の主であるあなたに聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「ええ。『生命賛歌』について今調べてるのよ」
「ふうん……けど変ね、そんなことを聞いて何の意味があるの?」
「あら、意味はあるわよ」

  何時もかぶっている帽子を脱ぎ、宣言する。

「パチュリー・ノーレッジのノーレッジは知識という意味なのよ。知識を求めて行動するのは当たり前でしょう?」

  胸を張ったその発言に一同は絶句する。なんと大胆なことか。
  意味を違えれば、すなわち相手が望まなくとも無理やり知識を得ようとする、ということではないか。
  
「……まあいいわ。別に禁則事項、というわけでもないし、教えてあげる」
「よろしく頼むわ、そこにいる死神にはある程度聞いたのだけれど、やはり複数の人材の声が必要なのよ」

  この2人の会話にはまるで妖夢の存在がもうないかのように話を進める2人。
  小町にとってこの状況は大変面白くない。

「パチュリーさんよ……お前さんはいいのかい? 仮にも知り合いなんだろう? あの子」
「ええ。だからといって私になにかできるのかしら?」
「む……」

  文句を言ってみたがすぐに返されてしまった。そしてその答えは至極ごもっとも。
  実際パチュリーができることは少ない、というよりむしろないに等しい。
  そしてそれは自分にも言えることだった。だから彼女は一人頭の中で完結する。
 
「ま……あたいはどうでもいいけどね。あたいに迷惑がかかりさえしなければさ」
「あら、あなたのほうがひどいじゃない。友達なんでしょ?」
「それ以前に仕事仲間さ。死神と、白玉楼の庭師であり門番というね。
 あたいはあくまで中立でね。死神と、閻魔ってのは本来あんたらの抗争に一方的に介入するのは禁止されてるんだよ」
「そう…面白いわね、また一つ知識が増えたわ」

  無論厳密ではないため、規制されているのかと聞かれればそれは違う。
  ただ、死神・閻魔共にそういった抗争に余り興味がないため結果的に見れば介入することは殆どないのだ。
  小町のようにお節介焼きの者のみ介入したりするのである。

「で、『生命賛歌』についてだっけ?」
「ええ。先ほどそこの死神さんに美しいものだと聞いたわ」
「ふうん、なるほどね。確かに的を射てはいるわ」

  妖夢のことは彼女に任せるとして、早速パチュリーは質問に移る。
  幽々子は何時もの扇子でパタパタと自分を仰ぎながら、考えながらポツポツと説明しだした。

「正直な話、私は概念の説明は苦手だし、経験もしてないわ。実際に経験した美鈴に聞くのが一番よね。
 とはいえ私が知っている程度のことは教えてあげる」

  幽々子が知っている『生命賛歌』の情報……。

  『生命賛歌』、それは霊魂の行く場所の一つ。ただし、この場所は少し違う。
  魂と霊は根本的には同じだが、『生命賛歌』へ向かうものはどちらかというと霊魂というよりも精神に近い。
  ここでは下手に区別すると分かりにくいのであえて霊魂として扱う。
  唯一違うのは、地獄や天国、冥界に向かう霊魂が既に死んでいるのに対し、『生命賛歌』に向かう霊魂は生きている。
  故に、その霊魂は三途の川を渡ったり、彼岸花となって存在するようなことはない。  
  『生命賛歌』はいうなれば世界が記憶した図書館のようなところだ。
  霊魂には質がある。その質は生前行った行動、罪、精神から変わる。
  人徳もその一つだ。人徳があり、簡単に川を渡れるものは霊魂の質が高い。閻魔たちはそれを見て裁くのだという。

  『生命賛歌』はその霊魂の中でも特に質が高いものが向かう場所だ。ただし、地獄や天国、霊界と決定的に違うところがある。
  この3つはあくまでも『死亡した霊魂』が最終的に行き着く場所なのは言うまでもない。
  それに対し『生命賛歌』はゲームで言うセーブデータのように、道中で保存される情報に過ぎない。
  つまり、一定の条件で『生命賛歌』にたどり着いた『生きた霊魂』の情報が記録される媒体だ。
  だから『生命賛歌』に記録されている霊魂の中には今現在も生きている存在がいる、それが大きな違いだ。
  一度『生命賛歌』に登録される…つまり、たどり着くと、その霊魂の情報は死ぬまで記録され続けることになる。
  そして死んだ後はじめて本のように一つのデータ群となって保管されるのである。
  そういう面ではどこか居心地が悪い感じがしないでもない。

  『生命賛歌』に向かう方法はとても簡単で、ようは極限までに己の精神を痛みつけ、成長すればいい。
  言うなれば、自分が自己の精神に向き合える存在、精神が肉体を凌駕した存在、そして精神力が強ければ向かうことはできる。
  その上で最も近い存在がカリスマであり英雄だ。ただし、この部類は本当に少ない。
  そして『武人』もまたこの部類に入る。彼らは生まれた時の魂に『武人』のシステムが組み込まれている。
  故に生まれたときから『生命賛歌』に向かう権利を持っていた。勿論、訓練しなければならないが。
  もちろん『生命賛歌』は全ての存在が見ることができる。何しろ霊魂の質は先ほども言ったように生前の行動で変わるからだ。
  カリスマや『武人』はただ単に生まれたときから質が普通の霊魂よりも高いだけなのだ。
  だから彼らが『生命賛歌』に行きやすいといわれているのである。

  データバンクであるため、死神はおろか、閻魔でさえ干渉することはできない。
  死神も閻魔も、世界というシステムの一部に過ぎないのだから、世界そのものに対し反抗することはできないから。
  難しいようだが、実は簡単。この世で最もセキュリティの高い図書館、ただし、一定の存在のみが回覧することができる。
  魂が記録されているということは、すなわちそのものが行った行動そのものが記録されていることになる。
  だから、知識を求めるパチュリーならば、ここには最高峰の知識が納められているため正に卒倒するだろう。

  総じて言えば『生命賛歌』は、まさにこの世界に存在するものが向かう場所としては最高とも呼べるところ。
  世界に登録されると言うことはすべてにおいて自身の存在が認められ、敬意を表せられている形なのだ。
  『生命』ある者たちが辿り着く最高の極地。迎え入れられた存在は世界から褒め称えられ、記録と言う名の『歌』を受け取る。
  それが『生命賛歌』なのである。

「……ふうん。その概念…私でも行き着くことが可能なのね?」
「ええ。理論上は……ただし、今のあなたでは無理よ」
「何ですって?」
「こんなことを言うのは何だけど、あなたの精神は弱いのよ。全般的にね。
 精神には覚悟をはじめとする部類がある。あなたはそれらが総合的に低いの。だから、今はいけない」
「妖夢はいけると?」
「『武人』の資格を持っているから、彼女は生まれたときから魂の質が高いわ。
 でも、まだだめ。『生命賛歌』は簡単にいける場所じゃないの。私だって言ったことは無い」
「なのに、知識は知ってるのね?」
「ええ。それが仕事だからね。冥界にも時々来るのよ。『生命賛歌』を経験した霊魂が」
「今は?」
「いないわ」

  転生したらしい。パチュリーは残念そうにため息をついた。そして悔しかったが……納得した。
  確かに自身は知識に関してはあらゆる努力をしてきた。その面の精神は高いと自負している。
  しかし、そのほか…例えば、喘息で死に掛けている時に死闘ができるか、と問われると躊躇してしまう。
  それは覚悟がないからだ。だから確かに……自分は妖夢よりも劣っている。

「それで…そこの死神が言っていた美しい…というのは?」
「さあ。おそらく……何かしらの達成感…かしらね」

  マラソンでゴールまで走りきったときに感じる達成感。
  その他にも、自身にとって正に限界に挑戦し、それを達成したときに感じることが出来る爽快感。
  そういったものを含めて美しいと表現したのではないか……。

「あながち間違ってはいませんね」

  と、そこに障子を開けて美鈴が入ってくる。後ろには藍と紫がいた。
  藍は何時もどおりだが……紫はどこか疲れた表情をしている。

「早かったわね」
「偶々そこを藍さんが歩いてましたから。助かりました」
「ああ。彼女のおかげで紫様を無事起こせたよ」
「無事…ですってぇ!?」

  紫はプクーッと膨れながら文句を言い始めた。

「寝ていたらいきなり肘をみぞおちに落とされ、2人からスペルカードよ。
 ギリギリでスキマに逃げたから良かったものを、頭が消し飛んでたわ!」
「紫様はその程度では死なないでしょう?」
「はい。紫さんの耐久力を考えればあの程度どうって事ないでしょう」
「あなたたち…私を何だと思ってるのよ」
「私の主で、ぐうたらで、どうしようもない人です」
「頑丈なスキマ大妖怪」
「…………」

  まあ、あながち間違っていないのだが、紫は固まっている。
  やはり、藍からは敬愛すべき主で、美鈴からはそれなりに友人として高評価をもらえる回答をしてもらいたかったのだろう。

「も、もういいわよ! ほら、幽々子! 何のようで呼んだのよ!」

  ああ、すねている。まあ、これが紫の可愛いところだというのをパチュリーと本人を除く全員が理解していた。
  故に微笑ましく眺めているのだが、それが更に紫をすねらせた。   
  とはいえ、流石にずっと続けさせるわけにも行かないため、美鈴が説明をしだす。


  
  ◆  ◆



  それから時間は少し経った後。
  もちろん経過した時間など彼女に分かるわけもなく、暗闇の中、水中にいるかのように体は浮いていた。

「…………」

  妖夢は一人、その暗闇の中で目を閉じていた。下手に考えては混乱を招くことを知っているからだ。

  状況の把握を行う。

  自分は美鈴はおろか、幽々子までにも殺された。いや…正確には殺されかけた? か。
  別に2人に対し怒りとかの感情はわかない。2人なりの考えがあるのだ。
  『生命賛歌』……詳しくは知らないが、『武人』になるために必要ならば、ぜひとも通らなければならない。
  やり方が強引過ぎたにせよ、あの2人は自身の欠点を指摘し、ある種の激励をしてくれたのだ。
  ならば……絶対にこの期待には応えねばならない。そして、その仮は絶対に返してみせる。

「…………」

  『紅魔館門番異変』を含む過去の出来事があったからだろうか。
  確実に彼女の精神は少しずつ成長していた。まあ、それも幽々子達からすれば甘いのだが。
  落ち着き、状況判断を行わなければ大変な事態を招くことは容易に判断できる。
  だからまずは深呼吸を2、3回行ってからゆっくりと改めて目を開けた。

  途端、今まで身体を纏っていた浮遊感がなくなり、一気に落下した。 
  ゴン、と鈍い音をして、頭から地面に叩きつけられる。思わぬ出来事に受身も取れず、まともに衝撃を受けてしまった。

「……!!」

  心頭滅却をしようとしたその矢先の衝撃…足をばたつかせながら声にならない悲鳴を上げる。

「全く……なっとなんな……お前は」

  突然頭のある方向から声がかかってきた。慌てて起き上がると、そこには一人の男が立っていた。

「あ……」

  その顔を見て妖夢は絶句する。だって、そこには……絶対にいるはずのない人が立っていたから。

「どうした? 私の顔に何かついているか?」

  男は不思議そうな顔をしている。まるで妖夢自身がおかしいような言い方だ。
  だが妖夢は反応できない。無理もなかった、目の前にいるのは自分が目指していた老人。

「……どうした? 魂魄妖夢」

  身体はまだ固まったままだが……意を決して何とか口だけでも動かしていく。
  返事をせねば、久しぶりに会ったのだから。

「……いえ…なんでも、ありません…お師匠様」

  そう、そこには先代庭師であり、魂魄妖夢の師である男、魂魄妖忌が突っ立っていたのである。




  ◆  ◆



  時間は少し戻り、紫に説明を終えた部分に戻る。

「あ~なるほどねぇ……美鈴。またあなたは分の悪い賭けに出たのね」
「まあ、慣れてますから」
「それで、八雲紫。本来『生命賛歌』に向かうには十分な霊魂の質が要求されていると聞いてるわ。
 でも、妖夢はその規定に達していないというじゃない。できるの?」
「あのね、私を何だと思ってるのかしら?」

  元に戻った彼女は簡単だ、と胸を張った。

「私はこれでも能力を完成させてる身でね。概念すらもいじくれるわよ」
 
  概念……それは完成された能力でのみ扱うことが出来る究極の形。
  幻想郷にはたくさんの能力者たちがいるが、未だにその能力が含まれる概念そのものを完全に操ることの出来る存在は少ない。
  例えばレミリア。彼女は運命を操ることが出来るが、絶対運命は操れない。出来るものと出来ないものがある。
  咲夜は時を操ることが出来るが、それはあくまでも時という概念がある世界でのみ通じる。
  自身で時という概念を作り出したり、なくしたりということは出来ない。

  大妖怪と呼ばれる紫だからこそ完成できたその能力、概念という全ての境界、スキマを弄れる能力は正に最強だ。
  それに唯一勝てる相手がいるならば、それはフランドール・スカーレットのあらゆるものを破壊する程度の能力しかない。
  だが現時点では不可能だ。彼女は最近になってようやくその危険すぎる能力を操れるようになってきたばかりなのだから。


  
  ◆  ◆



  再び時間は現在へ。

「ははは、なるほど……まぁ、驚くのも無理はない」

  妖夢が倒れた場所は誰もいない庭園だった。近くにはかなり大きなお寺があった。
  2人はその後お寺の縁側に移動し、茶もないがそこで話をする事になった。
  妖忌は普段通りなのに対し、妖夢はかなり緊張している面持ちだった。
  何故彼が出てきたのか、彼女には分からなかったからだ。

  横目で彼の姿を確認する。……姿形は変わっていないように見える、老人だ。
  いや、魂魄の者は半人半霊だから、歳のとり方が違う。
  きっと出て行ったときよりも老けているのだろう。

「それで……妖夢よ、お前がここに来たということは『生命賛歌』を迎えるためか?」
「……はい」

  あらかたの事情を聞いた妖忌はポリポリと頬を掻きながら質問する。

「ふむ……まあ、仕方あるまい。今回の件は私にも責任がある。ちと自己中だったか」

  どうやらそれなりに責任は感じているようだ。

「美鈴殿と幽々子様には感謝をせねばならんな」

  己の非は認め、それを気づかせてくれた2人の存在に対し、あごひげを撫でながら感心したように言う。
  そんな彼に対し、妖夢は難しい顔をしながら問う。

「……教えてください。お師匠様は、お師匠様なのですよね?」
「ん? 言いたいことが分からんな」
「ここにいるお師匠様は、本物なのでしょうか?」

  そう、それが聞きたい。あの時自分は確かに幽々子に殺されかけた。いや、もしかしたら殺されたのかもしれない。
  というなら、ここはあの世の一歩手前か、それこそあの世なのかもしれない。
  幽々子は自分を『生命賛歌』の入り口まで連れて行くといっていたが、ここがそうなのだろうか。

「正確には違うな。私はこの世界が記憶し、生んだ産物に過ぎない。
 ああ……そうか、お前が一番聞きたい答えは、私が生きているか死んでいるか…ということか?」

  妖夢は無言だ。それを肯定だと受け取った妖忌は続ける。

「生きておるよ、私は。本人にしか分からない肉体、魂が放つ波動…といえばいいか?
 とにかく、私には分かる。現実世界にいる私もおそらくまだ生きているとな」
「……そうですか」

  真意はともかくとして、この妖忌が言っていることは信じれそうな気がした。
  この世界は夢ではない、いや、夢のようで夢ではない世界だというのは既に気づいている。
  なら…どうして妖忌が出てきたのだろうか?

「……お師匠様、ここは一体どこなのでしょう?」

  まずはそこからだ。『生命賛歌』の入り口に連れて行くといっていた。
  しかし、扉のようなものは一切見えない。そしてここは一体何処なのか、見覚えもない。

「お前には分かっているはずだろう? ここは『生命賛歌』の一歩手前の世界だ。
 この世界は…おそらく私に合わせて作られた空想の産物だな」

  作り物の世界。本来は何もない真っ暗闇の無空間ということ。
  そこでは活動ができないために作られた世界ということか……。

「さて、長話をしても無駄だな。お前にはこれから試験を受けてもらわねばならない」

  試験? 一体何のことだろうか。

「え?」
「簡単な話だ。これに乗り越えられればお前は『生命賛歌』にたどり着き、真の『武人』となることができる。
 失敗すれば……死がまっている。お前には拒否する権利はない。逃げるという選択肢はない」

  一体どういうことなのか想像出来なかったが、『武人』と死という言葉には敏感に反応できた。
  
「それを乗り越えれば…私は『武人』の精神を手に入れることができるんですか?」
「手に入れるのではない。成長するのだよ」

  妖忌は立ち上がるといつの間にか手に持っていた刀……魂魄の家宝である白楼剣を鞘から抜く。

「いくぞ?」

  と、おもむろに座っている妖夢に対して斬りかかった。
  驚くほど洗練された動作に妖夢は一瞬反応できなかったが持ち前の反射神経で後ろに飛び避ける。

  一体何が起きた? 妖忌が斬りかかって来た? 自分を? 師匠である彼が?
  
  わけが分からない。これで何度目だろうか。

「お前の試験……それは私を、『生命賛歌』に記録されておるこの『武人』魂魄妖忌を殺すことだ」

  そんな彼女に対し妖忌は静かに告げた。



  ◆  ◆



  三度時間は過去へさかのぼる。

「けどね、やはりリスクは出てしまうわ」

  自信たっぷりに豪語した直後に難しい顔をする紫。パチュリーは不思議な顔をする。

「リスク? 妖夢に危険が?」
「そうね、直接的には彼女が請け負うでしょうね。何しろ、概念をぶっ壊して『生命賛歌』に向かおうってんだから。
 それを抑えようとする番人のような存在が出るわ。それを倒せなければ、彼女は死ぬ」
「番人? ガーディアンってこと?」
「そう。あちら側としてみれば、自分たちが認めていない異分子が突然やってくるんですもの。
 それを排除するための存在が出てくるのは間違いないわ」
「それって…危険じゃないの? 相手は概念よね?」
「ええ」

  紫は頷いた。本当は危険なんてものじゃない。避けて通るべき道なのだ。
  しかしそうしなければならないほど、実は妖夢の状況は切羽詰っていたのだ。

「彼女が本当に『武人』として確立したいのならば、今しか時間はありません。
 今回の件まで陥ってしまったのは私の責任です」
「別に美鈴の責任じゃないわ。主として妖夢を監督できなかった私と、死である妖忌様の責任」

  そう、本来ならば妖忌が消えた時点から対策を練るべきだった。しかし、時は遅すぎたのだ。
  今は正に正念場。そして最後のチャンスとしかいえない。

「まあ……別にその番人に勝たなければいけないといえば、そういうわけでもないわ」
「? どういうことだい?」

  今度は小町が聞く。

「忘れたの? 目標は妖夢の精神の成長、そしてそこから『生命賛歌』に向かうことよ。
 番人はあくまでも妖夢の精神的未熟さを攻めて来るのだから妖夢の精神が一定に足せば何もしてこないわ。
 だから番人に勝つことよりも、彼女が彼女自身で自身を高めればいいの」
「なるほどねぇ……」
 
  勝利条件は勝つことではなく、成長すること。敗北条件は負けて死ぬこと。

「まあ……それが難しいんだけどね。あの子、精神的にもろい部分があるから、そこを責められたら大変よ」
「そうですね」
「ましてやその条件が番人を殺すことだったりしたら…最悪よ」
「ええ……」

  できればそうならないことを願うばかりだ。

「おそらく番人に選ばれる霊魂は、彼女にとって最もつらい相手になるはず」
「? 番人は選ばれるの?」
「はい。番人が弱い存在では意味がありません。相手をしとめるだけの力が必要です。
 『生命賛歌』に保存されている情報から侵入者に合った番人が召喚されます」
「ふうん……」

  確かに下手に何かしらの存在を作るよりか、記録として残っている存在を使ったほうが効率がいい。
  しかし…そうなると一体だれが彼女の相手をするのだろう?
  美鈴、幽々子、紫の3名は誰が相手になるか分かっているようだった。薄々ながら小町と藍も。

「私たちが思うに、召喚される番人が彼なら、絶対に妖夢をただ殺すような真似はしないでしょう。
 おそらく最大限成長させるところまでもって行き、そして結果的に殺す」
「そうね。『生命賛歌』が求めるのは異分子の排除。その過程はどうでもいいのよ」

  番人のマスターはあくまでも『生命賛歌』と呼ばれる概念。
  だが彼らにも意思はあり、命令を実行するまでの経緯は彼らの自由となっている。

「とにかく、はじめるわ」
「はい」
「藍、あなたはここで待機していなさい」
「わかりました」

  そういうと紫は幽々子と共に妖夢の眠る部屋に向かっていった。
  ちなみにパチュリーはその様子を見守るために一緒についていった。


 
  ◆  ◆



  全くわけが分からない。説明してくれる親切な人がいれば今この場で教えてほしい!
  どういうことだ? 自分の師であり、血族である魂魄妖忌が殺しに来ている!
  自分で言うのもなんだが、一緒に住んでいた頃は可愛がられたのだ。
  修行のときはもちろん厳しかった……しかしこれほどではない!
  あの眼は本気だ! 確実に殺しに来ている。

「…………」

  頭が混乱している妖夢にとって、今は距離をとることしかできない。
  刀を抜き、防御したりはしているが、彼に刀を向けることができない。

「……なるほど、彼女たちがお前に危惧を抱くのも頷けるな」

  一度攻撃をやめ、静かにつぶやく。その息は全く切れていない。
  老体とは思えぬ動きの仕方に妖夢は驚く。前々から超人的だとは思っていたが、改めて実感した。

「お前は何から何までが甘すぎる。身内が敵になったとき、お前は何ら覚悟ができていない。
 いわば逃げ惑う子羊だ。そんなもの、牙を向けた狼にはたやすく狩れる」

  美鈴が行ったのとまるで同じようなことを告げた。
  だが……それが何だというのだ。驚くのは当たり前ではないか、躊躇するのは当たり前ではないか!

「例え…偽者だとしても、幻想だとしても、私にお師匠様を殺すことはできません! 
 それにおかしいじゃないですか! 身内殺しは『武人』のみならず、外道のする事なんですよ!」

  それはまるで泣き叫ぶような言葉だった。信じられないのだ、妖夢にとっては今の現状が。
  それに対し妖忌は冷たい眼を向けて宣告する。

「だからお前は甘いのだ。『武人』とは普通にあらず。金剛石並みの覚悟を常時持ち続けなければならない。
 決して曲げてはいけない覚悟が、精神力がなければならない。それは身内が敵になった状況でもだ!」

  覇気が込められたその言葉は妖夢を後退りさせるのには効果てきめんだった。
  ようは…怖いのである。避けているだけなのに汗が滴るほど、怖いのだ。

「確かに身内殺しはこの私も心苦しい面がある。私にとっても孫を殺すことになるからだ。だがそうも言っておられん。
 この機を逃せば、きっと更に厳しい現実がお前を待つだろう。『武人』ではない幽々子様もそれを理解しておられるのだ。
 妖夢よ、お前が本当に『武人』を目指したいと言うのであれば、私を倒すことだ」

  耳から入っても頭で理解することができない。いや、したくない。
  今彼女の心は恐怖心が覆っていた。……そう、死に対する恐怖心である。

「『武人』にとって必要なのはありとあらゆる状況でも揺るがない精神力、覚悟が必要なのだ。
 だがお前にはそれが足りない。だから今も混乱しているのだ。
 最悪な状況、最悪な場面の中でそれを乗り越えてこそ、初めてお前は成長する!」

  妖夢にとっての最悪な状況は心を開いている人物、つまり身内が敵になること。
  特に幽々子や妖忌が敵に回ることだけは嫌だった。何故なら、家族だからだ。
  人が持つ絆というものを彼らに感じていた妖夢はそれが切れるような状況だけは想像したくなかったのだ。

「怖いか妖夢、死が……。だが『武人』は死を恐れてはいけない。
 死を乗り越えることが最初の条件なのだ。…生憎私はお前が自発的に乗り越えるだろうと思い、何もしなかった。
 それが間違いだったことは認めよう。私の見解は甘すぎた。故に彼女等もこういう行動に出たのだろうからな」

  ふう、とため息をつき妖忌は続ける。

「だが、その面で言えば確かにこれはいい効果だ。いいか妖夢。
 私を殺すということは、己の中の甘い精神力を消し去り強固なものとするのと同時に、死の恐怖も乗り越えるのだ。
 何故なら、これから私はお前を殺す気で向かうのだからな」

  その言葉に偽りはない。殺気が十分に自身に向けられているからだ。 
  退路はない。あるのは彼を殺すか、殺されるかの2択のみ。
  そんな絶望的な状況だが、裏を返せば確かに精神を成長させるいい機会といえる。
  己の弱点を克服し、死という『武人』が最低限に乗り越えなければならない壁を乗り越える正に一石二鳥の策。
  番人である妖忌もそれを理解し、賛同し、そして己の意思で実行する。

「お師匠様…」
「言っておくが妖夢よ。私は本気だ。本気でお前を殺しに行く。
 だが妖夢よ。お前はそれでいいのか? 逃げ続けるつもりか? それでは誰も守ることはできない。
 そう、そんな半端な精神力と覚悟ではいずれ、幽々子様をも失う結果になってしまうだろう」

  その言葉を聞き、妖夢の肩はブルッと震えた。幽々子が自分の甘さで死ぬ?
  彼女は幽霊だし、死を操るため死ぬという概念はおかしいが、世界から存在が消えないと言う保障はできない。
  自分のせいで彼女が死ぬ。絆がまた一つ消えてしまう。

  ……嫌だ! 無意識に柄を握る手に力がこもった。この戦いで初めて切っ先を彼に向ける。

「無論、ここで私に殺されるということは、死ぬと同意…現世には戻れんがな。
 そういうことだ妖夢。お前に残された時間は余りないということを実感せよ」
  
  妖夢の眼に闘気が芽生えたことを感じ取った妖忌は薄く笑うと再び刀を振るった。



  ◆  ◆



  さてそのころ。

「しかし、久方ぶりだな。あの時以来か?」
「はい。その節は大変ご迷惑をおかけしました。身体のほうは大丈夫でしたか?」
「ああ。薬のおかげでな。……それと、別に私のことに対しての責任は考えなくてもいい。
 レミリアや紫様と違って一応私はお前を友人だと認識している。…謝ってくれただけでいいさ」
「……ありがとうございます」

  藍と美鈴の2人は縁側で静かに茶を飲んでいた。幽々子と紫は既に妖夢の制御に付きっ切りである。

「先ほどの話だが、その方法危険なのだろう? 美鈴、お前は試したことがあるのか?」
「いいえ、私は普通になりましたから。言いましたよ? 緊急の措置だったと」

  藍の質問に美鈴は首を振りながら答えた。

「じゃあ、何か? どういうことかも知らずにやったのか?」
「知識などは得ていましたから、問題はありません。実際、今回と同じような事例は何件も過去にはあるんですよ。
 勿論、実験的なことも行いました」
「実験的なこと?」
「私と紫さんがまだ外の世界にいた頃…妖夢さんのように、精神が未熟な『武人』もどきがいましてね。その人で試したんですよ」
「……人体実験か」

  美鈴は元々人間だ。それが化け物に変わっただけであり、そのような非人道的なことを行うとは信じられなかった。
  少なくとも、藍はそう思っている。美鈴は涼しい顔をして続けた。

「勿論相手の承諾を得ました。むしろ相手から願ってきましたからね。私たちはそれを手助けしたに過ぎません。
 両者の相互関係から得られた結果ですよ」
「結果論に過ぎんな。どの道その人間を利用したことには変わりあるまい」
「そうですね……そうかもしれません」
「で…その人間は?」
「クリアしました。まあ…その後精神を消耗しすぎて廃人になりましたが。
 彼が経験したことは紫さんが境界を弄って調べてくれました」
「……死んだのか?」
「いいえ、いかなる理由があるにせよ、私たちは協力関係にそのときはありましたから。
 境界を弄って回復はさせました。まあ…どんな副作用があったかは知りません」
「…………」

  殺さなかったのはそれなりの経緯か……あのグウタラな主のことを考えると殺そうと提案もしただろう。
  もしくは、そこまでする義理はない……と。それを美鈴はとめたのだと推測できた。
  やはり、根本的なところで優しい性格は消えていないようだ。そこが少し嬉しかった。

「まあ、データはとってありますから可能です。ですから後は妖夢さん次第なんですよ、本当に」
「そうだな……」

  ズズズッと音を立てて茶を飲む2人。場の空気は重い。それを払拭するために勢いをつけて藍は立ち上がった。

「どうだ? これから一戦、殺りあわないか?」
「? どうしたんですか、いきなり」
「なに……気まぐれさ。それに、あの時お前には思い切り負けたからね。倍返しにさせてもらうよ」

  藍なりの気の遣い方なのだろう。ただでさえ憂鬱な空気の中にいるのだから、少しでも紛らわせたかったのだ。
  それは美鈴にも伝わったのか、彼女は軽く息を吐くと立ち上がる。

「いいでしょう? で、どうします? 試合形式は」
「気絶が敗北条件、降参は無しだ。許容範囲は殺す半歩手前まで」
「また難しいことを言ってくれますね」
「ふん、お前ならそこらへんの微調整はできるだろう? 時間は無制限。お互いの体力が続く限り殺りあうってのは?」
「わかりました。勝負は肉弾戦ですか? 弾幕戦ですか?」
「肉弾戦にしよう」
「いいんですか?」
「馬鹿にするな。そこは頭の使いようさ。伊達に私も紫様の元で生きてはいない。少なくとも楽しめる闘いにはするが?
 それに弾幕戦で勝っていても、肉弾戦ではお前に負けているんだ。式としてそのような状況は許せん」
「言いましたね。いいでしょう……まぁ、門番として言うなら、弾幕戦が弱いのも不味いんですけどね」

  弾幕戦では藍が勝ち越している。時々美鈴の突飛な攻撃方法で負けることがあっても回数は少ない。
  弾幕戦のほうが肉弾戦よりも遠距離で攻撃することが多いため、その点で言えば藍に分があるからだ。
  逆に肉弾戦では美鈴が上だ。藍もかなりの使い手だが、まだまだ美鈴には及ばない。
  弾幕ごっこは無論肉弾戦も多少含まれるが、やはり弾幕でケリをつけねばならない。
  弾幕が下手な美鈴はその点で言えば、勝率は低くなってしまう。
  無論藍としてはそれは面白くない。彼女は自分よりも美鈴のほうが上だと認識しているからだ。
  美鈴には底なしの力と体力があるし、藍は弾幕・肉弾戦共に技術力、応用力がある。
  幻想郷で最強と名を挙げる紫や、幽香らを除けば、おそらく一番肉弾戦で美鈴に近いのは藍なのだ。

「じゃあ、はじめよう。10分後にな」
「はい」

  以前白玉楼の異変が起り、公式にマヨヒガの存在が認められた後はちょくちょく2人はこうして互いを高めあっていた。
  その度に藍は強くなり、美鈴としては微笑ましい結果となるのだが、まだまだ甘い。
  おそらくこの決闘という遊びも、藍が完全に美鈴を超えるまで続くのだろう。 
  こうして、妖夢が闘っている間に2人は死合というなの試合をはじめることになった。







  ちなみに、その間門番は小町が行うことになった。哀れ小町、一人だけ除け者である。


  


                             続く
忘れている人もいるかもしれません、お久しぶりです。長靴はいた黒猫です。
美鈴物語、第九話になります。

本当はお盆前に出す予定でしたが、祖母が倒れ入院したので帰省したため、かなり遅れました。
とりあえず落ち着いたため投稿します。

今回のテーマは『生命賛歌』と『武人』。
メインはもうお分かりになるように妖夢です。
妖夢の精神の成長が目的となってます。
かなり作者の見解が多いので、そこはお許しください。

次回もかなり時間が経つと思いますが、早めに出したいと思います。
では、次回をお楽しみに
長靴はいた黒猫
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コメント



0.770簡易評価
4.100一君削除
私だって言ったことは無い→行ったこと
妖夢は立派な『武人』となれるのでしょうか、終始どきどきしながら楽しんでいます。
美鈴VS藍のバトルも期待して次回も楽しみにして待っています。
6.100時空や空間を翔る程度の能力削除
美鈴は奥深いな~~・・・
謎多い人です、その生き方に・・
7.無評価床間たろひ削除
ふむん……
すいません、これが続き物とは知らず、今回初めて読ませて頂きました。
物語の方向性、テーマをかっちりと決めて進められる物語で、内容的にはかなり惹かれるものがあります。生命、武、克己……難解なテーマではありますが、それに正面から挑まれている。その点に関しては素直に続きを楽しみにしております。
ですが、如何せん描写が甘い。
概念や状況説明に終始し、彼女たちの行動や思いは全て台詞や地の文における独白でしか語られない。これでは物語そのものに読者を引き込むことは難しいと思います。描写が足りないからキャラが何を考えているかを全て書き出さなくてはならなくなり、そのせいで描写を入れる余地がなくなるという悪循環。
拳を握り締める、目を細めるなどの行動で、キャラの心理を伝える事ができるのです。そこらへんのメリハリを意識すれば、この物語をもっと魅力的なものに出来ると思います。
後編楽しみにしております。頑張ってください。
15.100名前が無い程度の能力削除
死→師じゃないかなと
全シリーズ読んでますが相変わらず引き込みが最高でs