Coolier - 新生・東方創想話

妖夢がんばった【前】

2007/08/05 00:17:15
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*作品集33『妖夢がんばる』とは繋がってないです。



「うーん」

冥界、白玉楼。
今妖夢は、片付けを頼まれて幽々子の部屋に来ていた。
幽々子曰く、隅から隅まで、プライバシーの限界を超えてやってくれ、とのことだった。
それを聞いた時点で嫌な予感がしたのだが、部屋に踏み込んで予感は確信へと変わった。

「腐臭がする……」

妖夢は『何を持ち込んだんだ、あの人……』と思った。
腐ると言うことはおそらく、有機物の類であろう事が考えられる。
というより、極端な話、食い物か生き物かのどちらかだと思う。
或いは両方に属するものかもしれない、肉的なものとか。

「しかし、肉が腐った臭いとは違うなぁ」

料理もするのでわかる。肉が腐ったならばもっと強烈な刺激臭を放つだろう。
だから、まぁ、良い臭いでないのは確かだが、鼻をつまむほどのものでもなかった。

『可愛いわあ』

などと言って顕界から拾ってきた子猫が死んで腐ってるとか、そういうことは無さそうだ。
そういう展開は勘弁してもらいたい。多分、食い物だろう。

それにしても部屋中に充満してしまっていて、臭いの元がどこだかわからなかった。

『夏場は食べ物が腐りやすいですから、顕界で買ってきたものはすぐ食べましょう』

と、散々言っていたのだが。幽々子は忘れっぽい。
冥界で手に入れたものは、腐敗などとうに超越しているので腐ることは無い。だから別に気にすることないのだが……。

「こういうときは……」

妖夢はおもむろに目を閉じ、耳を塞いだ。
視覚や聴覚を断つことにより、残った五感が強化されると、どこかで聞いたことがある。
つまり、この場合味覚と触覚と嗅覚が強化されるわけだ、今、腋を触られたりしたら相当びっくりするだろう。
幽々子ならやりかねないので恐ろしい。

(あそこか……)

そんなセクシャルハラスメントはともかく、妖夢は臭いの元と思しき箇所を見事に探り当てた。
それは幽々子の机……日記を書いたり、詩を書いたりするのに使っているものだ。

妖夢がまだ、祖父の金魚のフンをやっていた頃には『冥界へご案内☆リスト』という物騒な手帳もあった。
一回『紫と旅行に行ってくるわ~』と出かけて、戻ってきて、泣きながら処分していた。
何があったのか知らないが、人を殺める事に多少の罪悪感を感じたようだった。

「ふぅ、ふぅ……」

昔話を思い出しつつ、香霖堂で買ってきた『軍手』と『マスク』を装着し、引き出しを一つ一つ確認してみることにした。
見た感じ、外観では腐るようなものは見当たらない。筆やら鉛筆やら、筆記用具の類だけである。それなりに整然としていた。

まず一番上の引き出し……ここには、とりたてて気になるものは無い。
使い古した過去の書類やら、筆記用具やら……机の上に載っている筆記用具は、普段よく使うものだろう。
使用頻度が高いから、いちいちしまうのをやめて机の上に放置しているものだと思われる。

しかし、一段目を開けた時点で周囲に漂う悪臭が強まった。
一段目に原因があるわけではないが、やはり引き出しのどこかに原因がある。それが明らかになった。

(こんな臭いところで寝てたのか……)

なんだか最近幽々子の元気が無かったが、どうも原因はこれらしい。
もっと早く言ってくれれば良いのに……空いてる部屋などいくらでもあるのだし、そこに寝かせてもいい。

(幽々子様……)

思わず、目からほろりと。
いつでも申し付けて下されば、この魂魄妖夢、幽々子様の悩みの種を排除してさしあげたのに……。

二段目を開けたら、腐った茶菓子が大量に出てきた。

どう考えても幽々子の自業自得だった。

「ウッフ!!」

ああ、なんかお茶菓子の減りが早いと思ったら、キープしてらしたんですね、幽々子様。
でも、幽々子様は美食家だけど、そこまで大食でもありませんから、消費し尽せなくなったんですね。
そして今更私に突き返すのもためらわれて、こんなことになってしまったのですね。

涙が出てきた。



目にしみる悪臭のせいで。



「幽々子様、お部屋の片付け終わりまし……」
「あ、お疲れ様。妖夢妖夢、客人が見えているわ」

ちゃぶ台には、幽々子の正面に二名の客が座っていた。
シャープな耳と、もちのような耳が、妖夢の方を向いてピョコピョコと動いている。

「おはようむ」
「おはようむ」
「……おはようございます」

妖夢は『なんだ、馴れ馴れしい……』と思った。
客人は宇宙兎の鈴仙・U・イナバと、地上兎の因幡てゐだった。何が目的なのだろう。

「妖夢、お茶菓子は無かったかしら?」
「腐ってるやつなら」
「……ごめんなさい」

左耳にぶら下がるマスクを胸ポケットにしまい、外した軍手もそこに押し込んだ。
はぁ、と一つため息をつくと、幽々子が申し訳無さそうに萎縮してしまった。

「幽々子様、私はそんなにお菓子を食べませんから、以後ああいうことはなさらないでくださいね」
「うん」
「何の話かしら」
「ね」

食べ物が出てこないと見るや、てゐは懐から生にんじんを引っ張り出して、かじり始めた。
横で眺めている鈴仙にも一本渡したが、鈴仙はそれを食べることなくちゃぶ台の上にそっと置いて、呟く。

「本題に入っていい?」
「……はぁ?」

鈴仙は客の癖にやけに態度が悪い。愛想も無いし……妖夢は思わず眉間にしわを寄せた。
そしてもう一人の客、てゐも口を開く。

「んっ……喉に詰まっちゃう、お茶ちょうだい。にんじんジュースでもいいよ」
「……」

てゐはにこにこしているが横柄だ。ここをどこだと思っている。
そんなに腹が減っているなら、いっそお茶漬けでも出してやろうかと思ってしまう。

「妖夢、お願いね。話は私が聞いておくから」
「……わかりました」

鶴の一声、幽々子に言われては仕方ない……妖夢はしぶしぶと、台所へ引っ込んでいった。



妖夢がお茶を手に戻ると、既に『本題』とやらが進行中の様子だった。
幽々子は腕組みをし、うんうんと頷きながらウサギ達の話に耳を傾けている。

「そろそろいい季節だからね。夏といえば肝試しでしょ?」
「そして肝試しって言ったらお化けでしょ?」
「うんうん」

頷く幽々子。
しかし不死身の超人、蓬莱人相手の肝試しの方が幽々子にとっては嫌だろう。
とはいえそれは一般的ではない。通常、肝試しとは生きた人間が亡霊やら妖怪やらを相手に度胸を試すものである。

「そこで、お化けのプロフェッショナルに協力してほしい、ということなのよ」
「お願いしていいですかー?」
「なんだか妙な話ね。どういうことですか? 幽々子様」
「あ、妖夢。それをこれから聞くところよ」

お茶を配り終え、妖夢はお盆を胸に抱えて幽々子の斜め後ろに正座した。
鈴仙とてゐは、ずず、と一口、お茶を口に含んでから話を続ける。

「永夜異変のときは妹紅相手に肝試しをやったけど、今回は普通に、ね」
「あれは怖かったわー。ねえ、妖夢」
「そうですねぇ。私はお化けの方が苦手ですけど」

妖夢は、頼りないお化けのプロフェッショナルだった。

「姫が、永遠亭を利用しての一大アミューズメントパークを開くと言ってきかないのよ」
「博覧会はあんまり人来なかったしね。今回はエンターテイメント性を重視しようかな、って」
「へえー」
「いや、あれは……」
「何?」
「なんでも……」

妖夢は『あんな辺鄙なところに住んでるからだろ』と言おうとして口ごもった。
普通の人間が行こうとして行けるような立地条件ではない、妹紅に見つかって保護されるのがオチだ。
もしくは遭難。

それに運良く永遠亭にたどりつけても、そのあまりの広さに、今度はそこで遭難するのではなかろうか。
肝試しというよりも、遭難の恐怖を乗り越えるサバイバルである。エンターテイメント性なんかありゃしない。

「で、具体的に私達は何をすればいいのかしら?」

だが幽々子は乗り気なようである。出不精にも見えるが、意外と好奇心旺盛なところもある。
それを見た鈴仙は赤い目を鋭く光らせた。それはまさに『食いついた!』といわんばかりの邪悪な表情だった。

「まず、今回は永遠亭を使っての『大規模なお化け屋敷、兼、肝試し』イベントなのよ、それは良いかしら?」
「うん」
「そこで貴女はお化け役をする下っ端のイナバ達への指導、そして開催中はお化けとして、実際に参加してもらうわ」
「わ。楽しそうだわ、妖夢」
「……待て、お前ら」

乗り気な幽々子とは対照的に、妖夢は眼光鋭くてゐを睨みつけている。
鈴仙を睨んじゃうと、また目がやられるからである。結構情けなかった。

「幽々子様はこう仰っているが……それに参加することで生じる、私達の利点を聞かせてもらおう。
 信用ならないのよ、お前達は……それに八意永琳はどう絡む? 事と次第によってはここで断らせてもらう」
「妖夢、そうつっけんどんになることないじゃない」
「いいえ。なりません、幽々子様」

この手の騒ぎは大体ろくなことにならない、妖夢はそのことを身をもって知っていた。
しかしそんな妖夢のトゲトゲしい態度を鼻で笑い飛ばし、鈴仙は得意げに語る。

「フッ……」
「……なんだ?」
「この月兎、鈴仙・U・イナバが手ずからついたもちを報酬にすると言ったら、どうかしら?」
「ふん、月兎がつこうが、地上兎がつこうが……もちはもちよ」

以前、家出をした妖夢は永遠亭に拾われたことがあった。

「それに、私も魂魄家秘伝のもちつき法を継承されているわ」

そのときに授けられたウサミミヘアバンドをそっと頭に装着し、イナバ妖夢は鈴仙の目を見るフリをして額を睨んだ。
危ないんだ、あの目は。

「妖夢、あれはノビがすごすぎて喉に詰まるわ」

魂魄もちは即座に却下された。
それを聞いた二名のウサギ達は、妖夢を蔑んで高笑いを放つ。

「ははははは!! 笑止千万ね……魂魄家は代々、殺人もちを継承しているそうよ、てゐ!!」
「あはははは!! 刀よりも、もちの方が殺傷力が高かったりしてね、鈴仙!!」
「く、お、お前ら……」

交渉しに来た身のくせにやたら強気だった。
二名の兎は、邪魔者である妖夢を追い詰めている。

鈴仙は博覧会のときも、もちをつかされていた。
自分自身はものすごい嫌々やっていたのだが、その異常な繁盛っぷりは、
もちのつき手としての鈴仙の株を上げると共に、鈴仙のもちつき技術に対する過信へと繋がっていた。

はっきり言って、普通のもちである。

だが、ネームバリューとは恐ろしいものなのだ。

「よっ、妖夢!! 食べたいわ!! 月兎のおもちを……ッ!!」
「魂魄家ので我慢してください!!」
「嫌よ!!」
「こ、こっ……!?」

幽々子に全力で否定され、妖夢は言葉を失った。
幽々子の目には涙が浮かんでいる、魂魄家のもちが本気で嫌らしい。
妖夢はそれを見て『来年からはやめよう』と心に誓った。

こうして幽々子と妖夢の助力を得て、永遠亭でのイベントが行われることになった。

ウサギ達は嬉しそうにハイタッチを重ねている、妖夢はそれを見て悔しそうに歯を食いしばった。



一方、永遠亭の輝夜の部屋では、輝夜と永琳、二名の首脳による会議が開かれていた。
輝夜は永琳の持ってきた茶請けをちまちまとつまみながら、愉快そうに呟く。

「どのような手はずになってる? 永琳」
「はい、ウドンゲとてゐが白玉楼へ交渉に」
「どうなったの?」
「交渉は成立しました。魂魄妖夢が警戒心をあらわにしているようですが、西行寺幽々子は抑えたので問題ありません」
「白玉楼そのものが、ある意味じゃお化け屋敷だものね。頼もしい」

輝夜はにこにことご機嫌な様子で湯のみに手を伸ばす。
このイベントはきっと成功するだろう。

「ふふふ……」
「どうなさいました、姫?」
「きっと、また永遠亭に来ようとして、竹林の迷い人が増える」
「でしょうね」
「妹紅のやつ、うんざりするわ」
「あははは、そうですね」
「ま、それが目的ってわけではないけれど」

やはり、多少の私情は絡んでいるらしい。
話を聞いている永琳も、どこか目つきが怪しい。

「以前の……妹紅の肝試しの時の連中は、全員辿り着くでしょうね」
「永夜異変の後のあれね……霊夢、紫、魔理沙、アリス、咲夜、レミリア……」
「ええ、奴らへの対策も練ってあります……滅茶苦茶にされては敵いませんから」
「どうするの?」
「こちらをご覧ください」

そう言って永琳は巨大な模造紙を広げる。それは永遠亭の見取り図だった。
その見取り図には永琳による注釈があちこちに入っており、それこそがこの計画の緻密さを感じさせた。

「肉体的、精神的ダメージを与える罠を……ウドンゲとてゐに命じて、仕掛けさせようかと」
「一般人が引っかかって死ぬようなのはダメよ」
「もちろんです、次回のイベントへの布石でもありますから……事故は起こしません」
「流石は永琳ね」
「今回のイベントを開催するに当たって、心理学の知識を一通り洗い直しました。
 一般人のパターン、そして英雄と呼ばれる者や大物妖怪の行動パターン、全て把握済みです」
「ふむ」
「どのような経路を通り、お化け屋敷を突破するか……例えば、これ」
「ふんふん?」

永琳が指差した先には、赤い線で何者かが通るであろうと予測された脱出経路が記してあった。
その線を辿り……永遠亭の入り口に視線を向けると『マリアリ』と殴り書きしてあった。
そして永琳は腕を組みながら淡々と語る。

「魔理沙のことです、このイベントに乗じて窃盗を試みると思われます。ま、比較的予測しやすい部類ですね」
「あいつは前回の博覧会のときもやろうとしたわね、うちの頼もしいイナバ達にやられて未遂に終わったけど」
「ええ、ですからおそらく永遠亭内の地理もある程度抑えているでしょう」
「紅魔館の連中は……なるほど、堂々と中央突破してくるわけね」
「咲夜は慎重ですから、かなり周囲を警戒して動くでしょうけれど……レミリアには絶対に逆らいません」
「結界コンビは?」
「八雲紫が、仕掛けを片っ端からいじり倒しての突破を行うでしょう」
「怖いもの知らずだものね」
「ええ……」

そう言うと、永琳は胸の前で両手の指を組み、手首をぐりぐりと回し始めた。

「八雲紫には私が」
「なるほど」
「やつが怖がるであろうものをいくつか予測、ピックアップは済んでいます」

しかし、いかな永琳とは言え、アテが外れることもあるだろう。
そう思う輝夜は話半分で聞き流しつつ、見取り図をまじまじと眺めている。
一般人が通るであろう経路も、パターン358まで書き出してあった。

そして一般人は通らず、宴会で顔を合わせるような連中が通る経路。
そこに重点的に、ピンポイントで……連中が嫌がる罠を仕掛ける。
怖いもの知らずばかりだから……そのぐらい局所的、効果的に仕掛けなければ肝試しの意味が無い。

「妹紅のところにけしかけたら、見事にやっつけてしまったものね」
「ええ……まぁ、それはそれで良いのですが」

なんとなく納得の行かないものが残っていた。
輝夜はそこまで気にしていなかったが、永琳にとっては主を危険に晒してしまった苦い思い出……。
ペットのウサギ達もこてんぱんにされたし、何らかの形で報復したいと思っていた。
妹紅のためではないが、妹紅があっさりとやられてしまったのも面白くない。

考え込む永琳をよそに、輝夜は不思議そうに首を傾げる。

「あれ……これって、二人一組なの?」
「ええ、肝試しにはやたらと不謹慎な者、主に男性にそういう者が多いので」
「?」
「意中の女性を誘って、怖がって抱きつかれるのを喜ぶような……」
「あー、そうね」
「そういう薄汚い欲望を打ち砕くぐらい、強烈なお化け屋敷にします」
「流石永琳! 容赦無い!!」
「もう永夜異変のときのペアにはそれぞれ、ペア招待券を配ってあります……冥界組は別ですが」
「一般からはいくら取るの?」
「お子様連れは安くなっています」

意外と普通のイベントっぽかった。

別に、永遠亭も金に困っているわけではなかろうし、単にお祭り好きなのかもしれない。
ついでに再戦しようとか、その程度の認識なのかもしれない。



薬売りのついでにウサギ達が宣伝してきたせいもあって、このイベントへの期待はうなぎ上りに高まっていった。

もちろん人里も、最近はこのイベントの話題で持ちきりである。
まず、永遠亭へ辿り着くのが並の難しさではないのだが。

「慧音先生のオッパ……ッ!! 慧音先生、俺と一緒に行こうよ!!」
「やだ」

そんなやりとりもあったとか無かったとか。



「夜の王たる私にこんな招待状をよこすとは……面白いじゃない」
「お嬢様、嫌な予感がしますわ」
「ふん、怖いものなど無いわ。お豆ぐらいよ」

あるじゃん、怖いもの。

さておき、紅茶を啜るお嬢様もご機嫌そうだった。



「これ知ってるかアリス? 参加して、ついでにあれこれちょっぱってこようぜ」
「行っても良いけど……あんたのためじゃなくて、お宝のために行くんだからね!!」
「へへ、アリスったら、素直じゃないんだから」
「な、なによ?」

見え見えなツンデレだったり。



「ねぇねぇ霊夢、行きましょうよ。これ、とても面白そうなの」
「肝試しねぇ。前回の妹紅も、たいしたことなかったじゃない」
「リタイアせずに突破できたら、ご褒美があるそうよ?」
「え、何をもらえるの?」
「おもちとか、いろいろもらえるみたいよ」
「なによー、意外と地味ね」

博麗神社の縁側に並んで座る二人。
しかし、困ったように頬をかく霊夢もまんざらではなさそうだった。



夏の夜には不思議な高揚感が湧くものである。
皆、そんな雰囲気に呑まれつつあるのかもしれない。



永遠亭では、そんな期待に応えようと日夜忙しく準備を行っていた。
大広間では小さなウサギ達を相手に、幽々子が熱の入った指導を行っている。

「体の透かし方はこうよ!!」

そう言ってスーッと薄まる幽々子。
そんなこと教えられても、生きてるウサギ達には再現不可能である。
そうとも気付かずに幽々子は一生懸命薄まっていた。

妖夢は楼観剣を抱きながら壁にもたれかかって、その様子を面白くなさそうに眺めている。
協力要請に来たウサギ達の態度の悪さもさることながら、輝夜や永琳も信用ならない。
幽々子が油断しているようだから、騙されないように……と、目を光らせていた。

そんな妖夢に、鈴仙が困り果てた様子で歩み寄る。

「どうしたのよ妖夢。不機嫌そうね」
「……」
「あんたのご主人様はあんなに乗り気じゃない?」
「私はこういうのが得意じゃない」

野菜ジュースを二本、両手にそれぞれ持ち、妖夢の左横に寄りかかった。
そして左手に持った野菜ジュースを一口飲んで、右手に持っていたもう一本を妖夢に渡す。

「日頃溜まった鬱憤を晴らす良い機会だと思いなさいよ」
「別に鬱憤なんて溜まってない」
「ふーん」

妖夢は、訝しがりながらも野菜ジュースに口を付ける。
生意気言っていても喉は渇くようだ、鈴仙はそんな妖夢を見てクスッと笑った。

「……怖いんでしょ?」
「……!!」
「知ってるのよ、あんた……かなり、お化け苦手なんだってね」
「……べ、別にそこまでじゃない」

妖夢のしかめっ面がどんどん赤く染まっていった。

お化けが得意でないことは知り合い内には認知されているが、実際どの程度なのかは明確でなかった。
せいぜい怖い話できゃあきゃあ騒ぐ程度かと思ったが、それどころではないらしい。

変に気位が高いからやせ我慢しているが、根底にあるのはそんな子供っぽい理由だったようだ。
また、幽々子を取られたような気持ちや、ウサギ達の態度の悪さがそれに拍車をかけたのもあるだろう。

しかし鈴仙にはしっかり見抜かれていた、鈴仙とて伊達に永琳の側に居るわけではないのだ。

「怖くないなら協力してよ。本当に他意なんか無いのよ」
「……」
「適任じゃないあんた達。だから誘ったのよ、霊夢とか魔理沙とか、強力な奴も来るだろうから。
 ……私達だけじゃちょっと不利だと思ったの」
「……わかった」
「うん、もちとは言ったけど、それ以外にもなんか考えておくから」

そう言って柔らかく微笑んだ鈴仙は、腰に巻いた工具ベルトをガチャガチャといじりながら、妖夢に背を向けた。

「じゃ、私はトラップの設置担当だから……細かいことはてゐに言ってね」
「……うん」

立ち去る鈴仙。さらに噂をすればなんとやら、てゐも丁度大広間へとやってきたところだった。
そして鈴仙はすれ違いざま、てゐに囁く。

(……引き込んどいた、あとよろしくね)
(うん)

恐るべしイナバ連携。
てゐがタイミングよく出てきたのも、恐らく偶然ではないのだろう。

「怖いポーズはこうよ!!」

そんなこといざ知らず、幽々子はハイテンションで怖いポーズの実演をしている。

大して怖く見えないのだが、大丈夫なのだろうか。



それから。

ようやく少し乗り気になってきた妖夢は、ある物を前に困っていた。
目の前に鎮座する甲冑……西洋風のものではなく、もちろん、和風の甲冑である。

てゐが手を叩くと、部下のウサギ達が宝物庫かどこかから……しんどそうに担いで持ってきたのだ。

「こ、これをどうしろと……」

横で、腕を組んでふんぞり返っているてゐに恐る恐る尋ねる。
てゐは何故そんな質問をするのか、と、不思議そうに首を傾げて言った。

「え、着るに決まってるでしょ? ああ、お面もあるから、怖い奴」

そう言って指さした先には鬼面が転がっていた。
随分と価値の高そうなものだが、ぶっきらぼうに転がっていた、なんだか哀れだった。

「これらを装備して、客を追っかければいいよ」

指示もすごく適当だった。
こんなの着て追いかけるとか、冥界の住民じゃなくてもできるだろう。
妖夢の心にそんな疑問が浮かぶ。

「う、うーん……」

しかも鬼面が本気で怖かった。こっちに向けないでほしいと思った。
遠くを見やると、幽々子は猫耳と尻尾を二本ぶら下げてご機嫌そうだ。
猫娘という設定らしい。

(全然怖くないじゃんあれ……)

それに対して、目の前の甲冑と鬼面を見よ。
仮に妖夢自身がこんなものに追いかけられようものなら、即座にチビる自信がある。
まして、薄暗い永遠亭……てゐの話では、イベント中はさらに暗くするらしい、永琳の術だろうか。

(嫌がらせ……?)

こいつら、本当に協力の要請に来たのだろうか……妖夢は目を細めててゐを睨む。
どうも胡散臭い、先ほどは鈴仙の巧みなリードにしてやられたが……。
訝しがりながらも、幽々子が承諾してしまった以上は仕方がない。

妖夢は甲冑を確認しようとして、ゆっくりと歩み寄った。

「う、くさっ!!」

しかし甲冑に近づいてびっくりした、ものすごく汗臭かった。
確かに自分は剣士だが、その前に女の子であることを忘れないで欲しい。
よくよく見ると、持ち主らしき者の名前が首の辺りに書いてあった。

『刺激 臭太郎』

嘘だろこれ。

後から誰かが書いただろ、これ。妖夢は即座に見抜いた。
というかそんなのどうでも良い。まず臭すぎて着たくない、こんなの。

「も、もうちょっと臭くないのにしてください……」
「えー? まだあったかなぁ……ま、いいや、探してきて」

泣きながら哀願する妖夢が流石に可哀想だったので、てゐは部下に別の甲冑を探しに行かせた。
代わりに出てきた甲冑は多少マシだったが、やはり臭めだった。

そっちには『アンモニア 臭太郎』と書いてあった。
誰だ、こういうことをするバカは。

妖夢は辟易しながらも、頑張ってそれを日干し脱臭し、着用することにした。

鬼面は本当に怖いので、袋に包んで持ち運んだ。



そんな些細ないざこざはあったものの、幽々子は基本的にノリノリだし、
妖夢も持ち前の従順さか、イラついている様子はあったがそれなりに素直に従った。

そしてついに、皆が待ちわびた永・冥合同企画『永玉怖い亭』が開催される。

ネーミングセンスゼロだった。



「ちょっとあなた達!!」
「ん?」

ようやく開場した永玉怖い亭。
受付係をしているてゐと鈴仙の元に、ピッピッとホイッスルを吹きながら歩いてくる者の姿があった。
それは四季映姫・ヤマザナドゥ。わざわざ彼岸からオーバーラップしてまで注意しにきたのだろうか。
鈴仙は眉間にしわをよせ、反抗心むき出しで対応する。

「なんですか?」
「亡霊嬢は勝手に冥界を留守にしているし……顕界に出てきてみれば、これは何の騒ぎです!!」
「騒ぎも何も、ただの楽しいイベントですよ」
「本当ですか? 本当なら、善行と見なすわ」
「善行って……」
「立ち入り検査します!!」
「……」

そう言って映姫は姿勢正しくお化け屋敷の門をくぐって行った。

なんだ、入りたかっただけか。

しかし、二人一組で入っても余裕でチビりそうなぐらい怖いトラップを大量に仕掛けたのだが。
まぁ、幻想郷の死者を裁く閻魔様が、まさかお化け屋敷ごときで……。

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
「……え?」

入り口付近で?

てゐが無言で手を打つと、腰を抜かして半べそをかく映姫がウサギ達に引きずられ、救出された。
そのあまりに強烈な光景は、入場を待つ他の客を震え上がらせた。

「これは期待できそうだ……」
「や、やっぱり入るのやめようよ……」

そんな声が随所から上がっている。
一般人も結構いるのは、妹紅がわざわざここまで導いてくれているからのようだ。意外と親切だった。

「ふふふ、咲夜……これは期待できそうよ」
「お嬢様、やっぱり嫌な予感がしますわ。引き返すなら今だと思いますが……」
「咲夜はいつからそんな腰抜けになったのかしら?」
「いえ、私は……まぁ、良いですけど……」

その声を聞いて、入場をためらう一般客が思わず道を空けた。

紅魔館を統べる吸血鬼レミリア・スカーレット。そして紅魔の番犬、十六夜咲夜の登場である。
一般客からしてみれば、彼女達の方がよほど恐ろしく見えたかもしれない。

「あら、いらっしゃい。来てくれたのね」
「来てやったわよ、ねえ、咲夜」
「ええ」

受付の鈴仙とレミリアの間に火花が散った。
鈴仙はまるで「かかってこい」と言わんばかりに、レミリアは「こんなの怖いものか」と言わんばかりに。

「咲夜」
「はい」

咲夜が懐からペア入場チケットを取り出し、鈴仙に渡す。
鈴仙は手馴れた様子で入場券を引きちぎり、下っ端のウサギに入り口を開けさせた。

「二名様入場よ……楽しんできてね、ふふふ」
「あはははは」

高笑いするイナバズ。
それを見てレミリアは不愉快そうに眉をひそめ、額に青筋を浮き立たせながら咲夜の手を引いた。

「こんなの、すぐに突破してやるわ!! 行くわよ咲夜!!」
「お嬢様、落ち着いて……何があるかわかりませんから」

息巻いて入っていくレミリアと、警戒する咲夜。
鈴仙とてゐはにやにやしながら二人の背を見送った。



二人が入り口をくぐると、中は真っ暗で、かすかに足元が確認できる程度だった。
なるほど、人間ならば恐ろしいだろうが……。

「ふん、かえって居心地が良いわよ。ねぇ咲夜」
「そうですねぇ」

ここなら日傘を差す必要も無いな、と、咲夜も落ち着いた様子で日傘を畳む。
永遠亭の敷地面積を考えると、相当な広さのお化け屋敷だろう。一体どんな仕掛けがあるのだろうか。

「見なさいほら、咲夜」
「ん? どうしました?」

レミリアの指差す先に、人一人ぐらい入れそうな大きさの箱が置いてあった。
どうせ中にお化け役でも潜んでいるのだろう、と高をくくって、レミリアは嘲笑している。

「は! ばかばかしい! こんなので私が……ヒッ!?」
「お、お嬢様!?」

レミリアは中を覗き込み……怖がっているというよりは、心底驚いた様子で尻餅をついた。

「さ、ささ、咲夜!!」
「な、何があったんですか……? ひいっ!?」

咲夜が箱の中を覗き込むと、ものすごくやる気の無さそうなルナサ・プリズムリバーが体育座りをしていた。
そしておもむろに傍らに立てかけてあったバイオリンを手に取り、演奏を始める。

「……いらっしゃい」
「な、なんて禍々しい怪奇音楽なの……!!」

咲夜は思わず耳を塞いだが、ルナサの奏でる音色は耳を塞いでも脳に直接響く。
そしてどんどん気分が沈んでいき、慣れているはずの暗闇に恐怖を感じ始めた。

「さ、咲夜ーっ!!」
「お嬢様……閻魔はこれでやられたんです、きっと……!!」

二人は手をつなぎ、ルナサを無視して……少しでも遠くへと逃げる。
なまじっかおどろおどろしいものではなく、ルナサが静かに入っているのが本気で心臓に悪かった。
脅かすでもなく、ただ体育座りをしているのが不気味である。

そのバイオリンが奏でるは鬱の音色。
そして意気揚々と入ってきた客の気勢を一気にそぎ落とす怪奇音楽。

天才・八意永琳のセンスが光る、キツい先制パンチである。



そしてルナサは二人の背を見送り、手をひらひらと振りながら呟く。

「……演奏は、妖怪及び強い霊力を持った人間に対してだけ行います。お子様連れの、一般のお客様も安心ですよ」

プリズムリバー騒霊楽団は、人間にも妖怪にも友好的です。

そう呟いて、ルナサは再び箱の中に戻っていった。



「ささささ咲夜!! もっと近づきなさい!!」
「ここ、これ以上密着したら、ががが、合体してしまいます!!」

ルナサ効果で一気にパニックに陥った紅魔組は言うことも支離滅裂だった。
ぬいぐるみでも抱くようにレミリアを抱える咲夜は、腕でレミリアを圧迫しまくっていた。
その腕力たるや、たまにレミリアが呼吸困難を起こして苦しそうに呻くほどだった。

脂汗をだらだらと垂らしながら、周囲を警戒する咲夜。
レミリアは両手で顔を覆い、震えながら咲夜に寄り添っている。

まだ、始まったばかりだというのに……。

「お、おじょ、お嬢様!! 強行突破しますわ!!」
「お願いよぉ、咲夜……」

力の無いレミリアの声を受け、使命感を燃やした咲夜の目が赤く輝く。
そして永遠亭内の空間を……その能力で一度に把握した。

「最短ルートは……そこ!!」

咲夜が選んだのは、最短のルート、中央突破……。



――紅魔館の連中は……なるほど、堂々と中央突破してくるわけね――



……だが、天才・八意永琳には読まれている。
もちろん、そこに然るべき罠が仕掛けてあるのは言うまでもなかった。

「ばーっ!!」

全力で駆け出した咲夜の顔面に、生暖かい、ぬるぬるした何かが直撃した。

「うわああああああっ!?」
「さっ、咲夜!?」

猫耳幽々子が突然飛び出し、咲夜の顔面に向かって、まさかり投法でこんにゃくを投げつけたのだ。
そして咲夜は、そのまま驚きのあまり卒倒した……まるでレミリアをかばうように、優しく抱きかかえたまま。
レミリアは咲夜の腕の中でもがきながら、上体を乗り出して敵を確認する。

そして生き残ったレミリアにも、幽々子の魔の手が迫っていた。

「ゆっ、ゆゆっ!?」
「こっちのこんにゃくはニンニク醤油に漬け込んだやつよ!! それいっ!!」
「わーっ!? く、くさーっ!!」

今度はトルネード投法で、ニンニク臭いこんにゃくを投げつけた。
咲夜に引き続き、レミリアもニンニク臭に苦しみながら気を失った。

「よし!!」

――紅魔組リタイア。お化け屋敷達成率、わずか4%。

幽々子は小さくガッツポーズをし、尻尾をふりふり、再び闇の中へと溶けていく。

その場には、気を失ってなおレミリアを守るように抱く咲夜と、咲夜にしがみつくレミリアが残された。



一般客も次々にリタイアし、非常出口から吐き出されていく。

動かなくなったレミリアと咲夜も運び出されたのだが、レミリアは日光から保護するために、
全身を黒い布でぐるぐる巻きにされているので、それはそれで怖かった。

そしてそんな様子を面白そうに眺めていた鈴仙とてゐに歩み寄る者があった。

「おう、ウサギども。VIPの登場だぜ」
「ン……?」

帽子のツバを掴み、深々とかぶりなおしながら登場したのは、優待二組目、マリアリの禁呪組だった。
傍らに佇むアリスも、不敵に胸を張りながらイナバズを見下ろしている。

「まったく、しょうもないお祭り騒ぎが大好きよね、どいつもこいつも」
「何言ってるんだアリス、私もこういうのは大好きだぜ?」
「え? あ、わ……私も好きよ!! ……あんたとじゃなきゃ、嫌だけど……」
「へへ」

なんだこれ。

イナバズは閉口した。
こいつら、いつからこんなに親しくなった。

「それじゃ、ほい、招待券だ。文句あるとは言わせないぜ?」
「ふふふ、むしろ大歓迎よ」

鈴仙はくしゃくしゃになったペア招待券から入場券をもぎ取り、残った部分を魔理沙に返す。

「せいぜい、かっこ悪いところさらさないように気をつけることね」
「あー? 客に対して随分な台詞だな。とっとと突破して、ほえ面かかせてやるぜ」
「行こっ! 魔理沙!」
「おう!」
「……チッ!!」

てゐが真っ赤な顔して殴りかかろうとしたので、鈴仙はその肩を必死に押さえつけた。
確かに、確かにイラッとする。それはわかるから、客に手を出してはダメよ、てゐ。

「鈴仙、奴らのルートには……?」
「鬼面武者が」
「ふ……ふふっ、あはははは!!」

てゐの用意したリーサルウェポン、鬼面武者・妖夢が控えているとあれば安心だ。
てゐは腕組み、足組みをし、パイプ椅子にどっかりと座り込んだ。

あんなのに追いかけられたら自分でもチビる、とてゐは思っていた。
永琳でも危ないんじゃなかろうか。

ほんと怖い、あれ。



一方、中に入ったマリアリ。

「魔理沙、あの箱何かしら?」
「ん? なんだろうな、これ見よがしに置いてあるが……」

言うまでも無くルナサ箱である。

「うわぁーーーっ!?」
「キャーッ!?」

ドゴン!! と乱暴に箱を蹴り鳴らし、ルナサが勢い良く立ち上がった。
彼女なりに多彩なバリエーションを用意しているらしい。
こんな、真面目なルナサには好感が持てる。

客にとったら迷惑極まりないが。

「……いらっしゃーい……」
「いやぁっ!! 魔理沙!!」
「い、行くぞアリス!!」

ギーギーと不協和音を奏でるルナサを尻目に、二人は逃げ出した。

だがこのお化け屋敷、先発のルナサに出鼻をくじかれたらもうアウトである。

あとは弱ったところを『こんにゃくカタパルト・幽々子』か『鬼面武者・妖夢』、
『???・永琳』辺りにキッチリ抑えられてゲームセット。
漏れなくこの必勝パターンにハマったマリアリも、すぐに地獄を見るだろう。

「いってらっしゃーい」

次の客を待つために、ルナサは箱へと戻っていく。
まさにいぶし銀の活躍だった。



ルナサを引き離した……と言っても別にルナサは追いかけてきたりはしないのだが。
とにかく、ルナサの鬱演奏の射程外に逃げることに成功した二人は、床にへたりこんで呼吸を整えていた。
アリスは魔理沙にしがみつき、魔理沙はそんなアリスの肩を抱きながら、もう片方の手で自分の心臓を押さえている。

「く、くそ……こいつは思ったよりしんどいぞ……」
「魔理沙……」
「あいつら……ッ!!」

受付のウサギ達のいやらしい笑顔を思い出し、憤る魔理沙。
方やアリスは『早く出たい』という表情、今にも泣き出しそうだった。

「……このままじゃ引き下がれない、いろいろちょっぱって帰るぜ」
「えっ!? もう良いじゃない魔理沙、早く出ましょうよ!」
「悔しくないのか! アリス!」
「そりゃ、く、悔しいけど……」

泣きそうになるアリスの手を引き、魔理沙はどんどん奥へと突き進んでいく。
その先にさらなる恐怖『鬼面武者・妖夢』が待ち受けるとも知らずに……。



手を引き、怒ったように床を踏み鳴らしながら歩いていく魔理沙。
アリスの表情は相変わらず優れない、しかし、先ほどとは少し様子が違っていた。
アリスはしきりに鼻をヒクつかせては、不安そうに辺りを警戒している。

「ねぇ、魔理沙……なんだか、すえた臭いがしない……?」
「……やっぱりわかるか、アリス……何かが居るぜ」
「い、いやよ……」

それに先ほどから、がちゃがちゃ、びたびた、と何かがこすれ、ぶつかるような音がする。

そう、鬼面武者・妖夢である。

ヤケクソになっている妖夢は、せっかくだからと二人をこてんぱんに怖がらせるつもりだった。
だからすぐには姿を見せず、じわじわ追い込んでいるのだ。
先ほどから二人の耳に届いている奇妙な音は、言うまでもなく妖夢の甲冑の音である。

(だんだん近づいてくるな……)
(やだ……魔理沙……)

ほんっとイライラする、こいつら。
妖夢はこそこそと隠れつつ、鬼面の奥で歯を食いしばり、額に青筋を浮き立たせた。

『すえた臭い』とか言われるし。

悪いのはA(アンモニア)・臭太郎であって、これは自分の体臭ではない。
普段の妖夢はストイックに石鹸の良い匂いがするんだ。普段は見せない乙女心が傷ついて、涙が出そうだった。

「アリス……何があっても守るぜ」

魔理沙の口からその言葉が吐き出されたとき、妖夢はプッツンした。

がちゃ、びたっ……がちゃがちゃがちゃがちゃびたびたびたびた。

「来たか!! よし、やっつけてや……って怖ァァァァァァッ!!」
「キャアアアアアアア!!」

妖夢自身気付いていないが、鬼面武者・妖夢は『永玉怖い亭』に潜むお化け、トップ3に入る怖さだった。

「おーっ!!」
「こわあああああ!!」

少しでも怖がらせるように、腹の底から声を響かせて突進する鬼面武者、妖夢。
それまで活きの良かった魔理沙も一瞬で青ざめ、アリスの手を引いて全力で逃げ出した。

「あ、足速ぁぁぁぁっ!?」

しかし妖夢の俊足は甲冑の重量ごときには屈しなかった。
それに、甲冑をつけての訓練も幼い頃に経験している、さほど邪魔にはならない。

まさか妖夢にしてもこんな、実戦でもなんでもないイベントでその技術が役に立つとは思わなかったが……。
そう思うと涙が出そうだった。

「ま、魔理沙、私もう……」
「アリス! 諦めるな……捕まったらやばいぜ!?」
「そんなこと言っても……んっ!?」

ついに蹴つまづいて転ぶアリス。妖夢はそのスキを逃さず、アリスに飛びかかる。
脅かすだけが目的だったが、かなりイラッと来たので何発かげんこつでも入れてやろうという気持ちだった。
しかし、そこに割って入る魔理沙が妖夢を返り討ちにしようと、掴みかかった。

「逃げろアリスー!! 痛ぁっ!?」

妖夢はすばやい身のこなしで魔理沙の懐に入り、一本背負いで投げ落とした。そう柔術。妖夢は武人なのだ。
そしてすかさずキャメルクラッチの体勢に入った。

返り討ちになったのは魔理沙だった。

「いだだだだだだだ!! いっ、行けーっ!! アリスー!!」
「イチャつくな……ッ!!」
「魔理沙……いや、いやぁっ!!」
「わ、私の死を無駄にするなぁー!!」
「う、うぅ……」

アリスはためらいながらも、必死の形相の魔理沙に気おされ、ひょこひょこと足を引きずって逃げ出す。

しかし、いくら妖夢が怒ってたって、殺害まではしないだろう。
変なムードだった。

「うぎゃあああああ!!」

そして必死に逃げるアリスの後方から、魔理沙の断末魔が響き渡った。

この手のホラーな展開で、カップルが両方無事に助かることは、まず無い。
まずは男、もしくはそれに近い位置付けの者がやられる……この場合、コンビの主導権を握る魔理沙がそれに該当した。
つけ加えれば、かっこつけはさらに死亡率がハネ上がる。

そう、妖夢はお約束を忠実に守ったに過ぎないのだ。



「う、うぅ、魔理沙、まりさぁ……」

最愛の人を失ったアリスは、それでも希望の光を求めて真っ暗な永遠亭をとぼとぼ歩く。
魔理沙の想いを無駄にするわけにはいかない……その心には、かすかな勇気が芽生えつつあった。

しかし、そんなかすかな勇気を打ち砕く守護神が永遠亭側には存在する。

「ばーっ!!」
「きゃあああああ!?」

幽々子が投げたこんにゃくを、咄嗟にしゃがんで避けようとするアリス、意外と反射神経が良かった。

しかし幽々子のこんにゃくは鋭いフォークボール変化をし、しゃがんだアリスの顔面を逃さなかった。

素晴らしい読み、そして『変化こんにゃく』の鋭さだった。

「ゲッツー!!」

両拳を胸の前に突き出し、腰を落としながら右腕だけをぐいっと折り曲げる、それが幽々子ガッツポーズ。
なかなかの突破力を見せた禁呪組だったが……妖夢、幽々子の『幽冥・勝利の継投術』の前に倒れた。

禁呪組リタイア。お化け屋敷達成率、22%。

それにしても、何故こんにゃくをぶつけられて失神するのかは不明である。



入り口では、下っ端ウサギがてゐにごにょごにょと耳打ちしていた。
小さく頷きながらそれを聞くてゐはニヤニヤとしている。

「そう、そう……うん……鈴仙」
「どうしたの?」

話しかけられ、問いかけ返す鈴仙の顔にも笑顔。
良い報告しか予想できなかった……何せ、鬼面武者まで出動したのだから。

「マリアリを獲ったわ」
「やっぱり……ふふっ、てゐったら顔に出てるもん」
「あれ? わかっちゃう? やっぱり……あはははは」



……楽しそうね。



一般客も、はけ始めた夕刻……ついに真打ち登場。
イナバズは即座にその声の方へ向き直り、最後の刺客をその目で確認する。

そこには、日傘を差して優雅に佇む紫、そして楽しそうに笑顔を浮かべる霊夢が立っていた。
二人を見て、イナバズの表情が強張る。

「来たわね、八雲紫」
「そして、博麗霊夢……」

永夜異変のときは、見事にしてやられた。

――最強の妖怪と最強の人間……――

そう、これはあの夜の続き、雪辱戦だ……と思っているのかどうかは不明だが、イナバズは妙に気合が入っていた。

「入るわよ、文句無いでしょ?」
「ええ、大切なお客様ですから」

てゐが紫を睨み付ける。
しかし紫の威圧感は半端ではなかった、徐々にてゐの耳が……普段以上に力なく垂れ下がり、弱々しく震え始めた。

「負けないで、てゐ!! 年齢的にはイーブンよ!! 多分!!」

それは鈴仙による応援のはずだが、てゐは『余計なこと言うなよ……』としか思わなかった。
そうとも知らず、鈴仙は『ドゥーイット!』と叫びながら腕を振り上げている。

「何盛り上がってんのよ、まったく……はい入場券。楽しみにしてたんだから、変な騒ぎにしないでよね」

霊夢はからっとしているが、そういう態度がなんだか気に入らない。盛り上がってるんだから空気読め。
『まったく』と言いたいのは鈴仙の方だった。この巫女のマイペースっぷりったら、無い。

「……ふふふ、あんたが『キャー』とか叫ぶ声、聞いてみたいもんだわ」
「……あのさ、なんでそんなに突っかかってくるの? そろそろ殴るわよ、お払い棒で」

霊夢のドスの効いた声を聞き、天に向かって伸びていたシャープウサ耳は即座にしおれ、くしゃくしゃになった。

「ちょ、調子に乗ってすいませんでした……」
「わかればいいのよ、わかれば」

ヘタレイセンだった。

霊夢がお払い棒で鈴仙の腹をドスドスと突付いているのだが、まったく抵抗できない。情けない。

霊夢にしたら、身に覚えの無い私怨をぶつけられても困る。
そう、遊びに来ただけだ。ペアチケットだったから、ついでに紫を連れてきただけである。

「じゃ、お邪魔するわ。行こ、紫」
「ええ……さて、鬼が出るか蛇が出るか……うふふ」

鬼は出ないが、鬼面武者は出る。

果たして紫に通用するのかはまだわからないが……。

紫と霊夢が完全に中に入ったのを確認し、てゐが下っ端を呼び集める。
最後の決戦を前にしての緊急招集だ、下っ端達は即座にてゐの周りに集合し、膝をついた。

そしててゐは声高に叫ぶ。

「伝令!! 最後の刺客、結界組が来たわ! ……お師匠様に出動依頼を出して!!」
「イエス、マム!!」

なんで英語かぶれなのか。
どうもしっくりこないな……と思いつつ、てゐは自分の耳を撫でた。

「師匠……どうか、私達の仇討ちを……」

方や鈴仙は、手を合わせて祈っている。
もう頼りになるのは内部の連中だけだ……下っ端では話にならないだろうし……。
『VS八雲紫』に特化したという永琳と、白玉楼の二人……あとはルナサ箱。

すぐに中からギィギィと鬱演奏が始まったが、直後に霊夢の「うるさい!!」という怒号が響き、鳴り止んだ。

「ば、バカな……勝利の方程式、ルナサ箱が……」

てゐがワナワナと震えている。
鈴仙も、そんな様子を苦しそうな表情で眺めていた。

先発、ルナサ箱は無残に打ち崩された……。

やはり最強ペアは、霊夢と紫の結界組なのだろうか……。

にしたって、お化け屋敷の中に出てくるお化け役に文句を言うとは、大胆極まりない。
これは『お化け屋敷』というアトラクションの存在意義を根底から覆す暴挙である。

ルナサが可哀想。



「プリズムリバーの長女が……そうか」

鬼面武者・妖夢の元にも伝令が来た。最強最後の相手が現れた、ルナサ箱も通用しなかった、と。

だが妖夢に連絡しに来たウサギはもう半泣きだった。本気で妖夢が怖いらしい。しかも臭いし。
そして、そんな気持ちを悟った妖夢は意地悪してやりたくなって、少時黙ってから……突然、床を踏み鳴らした。

ドスン!

「ぎゃああああああっ!?」

途端、下っ端ウサギは腰を抜かしてしまい、逃げることもできずに大声で泣き叫んだ。

「うえぇぇぇぇぇん!! 怖いよー!!」
「あ、あの、その……ごめん」
「う、うぅ……二滴ぐらいやっちゃった……」
「……」

(そんなに怖いのか……)

妖夢はへこんだ。
中身は可愛らしい小柄な庭師だって言うのに……。



一方、幽々子にも伝令が来ていた。
こちらは普段の格好に耳と尻尾がついているだけなのでどうということはない。
ウサギの様子も、至ってキリッとしている。

「ふ……紫、友達だからって容赦はしないわ」

幽々子はこんにゃくを、ロージンバッグのようにべちゃべちゃと弄び、不敵に呟く。
何故かいつの間にか野球キャラになっていた。

そしてウサギは、そんな幽々子をこの上なく頼もしく感じた。

「報告ありがとう、持ち場に戻って良いわよ」
「はい」
「紫の顔面か霊夢の顔面か知らないけど、変幻自在、私の『魔こんにゃく』からは逃れられないわ!!」

幽々子は興奮して飛び跳ねていたが、亡霊なのでポスポスと情けない音しか立たなかった。



そして今まで息を潜めていた、総司令・八意永琳も伝令を受け、その重い腰を上げた。

「え、永琳様、その格好は……」
「ふふふ、懐かしいわ……あの頃を思い出す」

永琳は宝物庫から引っ張り出してきた怪しげな道具を操作し、ガチャリ、と音を鳴らした。
伝令に来たウサギはそれがなんだかよくわからず、訝しげに目を見張っている。

「あ、これ……? 大丈夫、もう壊れてて使えないわ。これはハッタリよ……うふふふふ」

永琳の背後には、見慣れない永琳の格好と同様の姿で、鋭い目をしているウサギ達が構えていた。

「八雲紫はこれを見て震え上がるはずだわ……上手く行かなければ、力ずくでもいい」

見慣れない、無機質な道具を肩に担ぎ……永琳は腕を上げてウサギを先導し、持ち場へと移動を始めた。

(目がいつもと違う……)

伝令にきたウサギは、移動を始める永琳隊の背を静かに見送った。
永琳の目は鋭く輝き……じっと見ていたら、危険なような気がした。



たかがお化け屋敷のはずなのに、気付けば大騒動になりつつあった。

果たして永冥連合は最後の刺客、結界組を追い返すことができるのか。
はたまた、自慢のお化け屋敷を突破されてしまうのか……。



そして永遠亭の威信と収入をかけた最終決戦が、今始まる。



~続く~
お久しぶりです(礼

タイトルはふざけてつけてます。
ただ『怖いもの』を題材として扱ったと言う点については、まったく別物というわけでもないつもりです。
本編は全然怖くはないんですが。

初め、40kbぐらいの短編でサクっと終わらせるつもりだったんですが、70kbを超えてしまったので分けました。
キャストが多いと、やはり短くまとめるのは難しいですね。

物語の骨子は、作品集38の『レミリア様にお豆をぶつけ大会』に酷似しています。
落とし方は変えていったので、ちょっと違った味わいになると思います。

分量は多目ですが、物語としては総じて軽いです。
学生には長すぎる夏休み、暇な時間のちょっとした清涼剤になれば……と。
社会人ならば、週末のちょっとした楽しさを演出できれば、嬉しいです。


さてそれでは後半戦。
後半も読んでいただければ、光栄です(礼
VENI
http://www.geocities.jp/hurkai732/index.html#
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コメント



0.2130簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
>机の上に載っている
乗るの方がよいのでは?
21.80名前が無い程度の能力削除
>鬱演奏が始まったが、直後に霊夢の「うるさい!!」という怒号が響き──

霊夢ひでえw
24.100名前が無い程度の能力削除
ルナサが演奏した禍々しい怪奇音楽は、
かつて幾人もの勇者を地獄のどん底に叩き落としたというあれ

でろでろでろでろ でんでんでん♪

に違いない(笑)
25.80名前が無い程度の能力削除
体育座りしているルナサを想像してフイタw