Coolier - 新生・東方創想話

ちょっとした水遊び

2007/08/02 21:54:54
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 妖怪の山、木々に覆われた、静かな小径をゆく。

 そこで射命丸文は、いつもの池の方から、いつも以上にひんやりとした空気が漂ってくるのを感じ取った。
「ちぇすとー!」
 なる叫び声も。
 よっしゃ、とガッツポーズ。

 氷精チルノはある時、趣味の蛙いじめを、事もあろうに神聖な池で行い、池の主の大蝦蟇に油を絞られた。
 ところがこれを逆恨みしたのか、はたまたマゾに目覚めたのか、それ以後事ある毎に大蝦蟇に因縁を付けては丸呑みにされる事を繰り返すようになった。
 文はこれを初期から新聞の記事にしている。読者からは不評なのだが、自分としては痛く気に入っており、昨今ではその場に居合わせたなら毎回記事にするに至っている。
 かてて加えて、今日は暑い。池のほとりは、戦いの余波も相まって大層涼しい事だろう。文の肚は決まった。

 少し横道に逸れ、みずみずしい葉をつけた楓の枝を持ち上げると、視界が一気に開ける。

 しかし、目に飛び込んで来たのは、信じられない光景だった。

「っ、らあっ!」
 放たれたのは、そこそこの大きさと速さの冷気弾。天狗烈風弾に近い。ただしその分、動作が大振りでコントロールがよろしくない。やけくその部類だろう。苦し紛れに放り出したら偶然に標的の方に飛んで行った、というのが正確なところか。
 しかし兎にも角にも、その冷気弾は大蝦蟇に命中し、その力を大幅に削った。
「あれ? えーと……そう、あきらめなければチャンスは来るのよ!」
 ちょうど良い口上を考えるのに、時間を要してしまうような体たらく。その後、弾の出が鈍ったところを同種の気弾で攻めるが、狙って撃っても命中率が芳しくない。

 しかし、大蝦蟇が勝負をひっくり返されたのは紛れもない事実。
 何かが変だ。
「待って、その勝負……」
 文は駆け出した。しかしその言葉を遮って、最後の気弾はうなりを上げ、命中と同時に、大蝦蟇の全ての使い魔が爆散した。



 そもそも。
 あの溜め動作の長い気弾をチルノに撃たせるほど、普段の大蝦蟇の弾幕は緩くない。文の目算だが、先ほどの弾幕は、弾数にして平時の6割ほどしか無かった。
 間違いなく、力が弱まっている。
 重大なのは、単にチルノが大蝦蟇に勝ったという事ではなく、その原因になった何かだ。
 ゆえに。
「あ、ぶんぶん! 珍しくいい所にいるじゃない。写真撮れた?」
「今は、それどころではありません。大蝦蟇さん、大丈夫ですか?」
 まことに残念ながら、今日はフィルムの残りが少ないのだ。

 大蝦蟇は大儀そうに、岸の方に振り返ろうとする。
 が。
「いつもより力が弱いのはどうしてですか? 今後もこのような事が続きますか? 再戦のご予定は? チルノさんに負けての感想は? ていうかぶっちゃけチルノさんの事どう思ってます?」
 文が質問を立て続けに浴びせると、そのままぶくぶくと泡を立てて沈んだ。
「あれ、本当に大丈夫ですか大蝦蟇さん」
「今のはあんたがボケたせいでしょーに」
「え?」
「まったく、これだから天狗は」
 低い声。大蝦蟇がのそのそと陸に姿を現した。

 チルノが割って入り、両手を腰に当てて大蝦蟇をキッと睨み上げる。
「今日は間違いなくあたいが一本取ったからね。今から目の前でくつじょくを味あわせてやるんだから、邪魔しないこと!」
 そう言うと、池の縁に腹這いになって、右手を水に突っ込む。
「味わわせて、です。あ、また蛙凍らせるんですね。悪趣味ですよ。まして同族の目の前でなんて」
「おっし、来た!」
 聞く耳を持たないまま、チルノは手を水から引き上げた。
「ぶんぶん、撮り逃したんだったら、とくべつにチャンスをあげるわ、ほーら」
 文の方に向き直り、左手を腰に当て、片目をつぶってはいポーズ。だが、問題は右手で高く掲げているモノだ。

 蛙ではない。なんか赤いし、ギチギチ動いている。
 一言でいえばザリガニ、二言でいえばアメリカザリガニだ。

「うーん、まあ、いいですけど」
 覗いたファインダーの向こうでは、ザリガニが尚もギチギチと脱出手段を探っている。そしてふと、自分を縛っているものを認識したかのように、ハサミを構え。

 サクッ
「痛ぁ!?」
 パシャッ

 チルノの間抜け面が、綺麗にフィルムに焼き付いた。
「っ、ちょっ、何よこれ!」
 あわてて指からザリガニを外し、池の中心へと綺麗なフォームで遠投するチルノ。不運な点を挙げるなら、そのフォームを後ろから見るとパンツ丸見えだった事と、それを文に激写された事、そのまま足を滑らせ池に転落した事か。
「っごぼがばばびばばっ!?」
 水中で叫び声を上げようとした模様。
 大蝦蟇に咥えられ救出されたチルノの体には、これまた3匹ほどザリガニが食い付いていた。



「むー」
 全身びしょ濡れのまま頬を膨らますチルノを後目に、文が手で弄ぶのはまた一匹のザリガニ。ギチギチ。
「要するに、これが貴方の力が弱まった原因ですね」
「まあ、そういう事になるかな」
 見下ろすと、水面下はまさにザリガニパラダイスの様相を呈していた。
 この池でザリガニを見たことはなかった。彼らは外から入ってきたのだろうか。外というのが幻想郷の他の場所か、大結界の外かは分からないが、文は後者の可能性が多いと踏んだ。どちらにせよ、そういう生物が急に入ってきた場合、天敵がいないせいで大量に繁殖する事があるのだ。
 大量に繁殖した外来種は、やがて餌の不足などによって個体数を減らし、自然の形へと収斂していく。しかし、その過程で餌にされたり、餌の取り合いになったりした種のいくつかは、大幅に個体数を減らすか、下手をすると死に絶えてしまう事もありうる。
 どうやら今回は蛙がその危機に瀕しているようだ。その事は逆に、大蝦蟇の様子を見れば瞭然である。大蝦蟇の妖力はこの池の神通力に由来するところが多く、それはこの池に蛙が多く棲む事によって供給されているのだ。
「神聖な池にザリガニとは、ちょっと問題ですね」
「なに、一つも問題はないよ」
 大蝦蟇は笑って言った。
「ザリガニに神性が足りないなどという認識は、歴史の浅さから来るにすぎないさ。時間が経てば、やがてこの池にザリガニがいる光景も普通になり、中から妖力を帯びた存在も出てくる。そいつがわしを凌ぐようなら、この池を任せて出ていくさ」
「潔いですねえ。妖怪の鑑ですよ」
「まあ、悔しい気持ちが無くもないがな。去年のうちにもっと蛙の数を増やしておけば、幼生のうちに彼らの数を抑える事も出来たのだが。こればっかりは、未来の事は分からんとしか」
「ウシガエルでも連れてきたらどうです? 成体でも余裕で捕食しますよ?」
「いや、アレは他の蛙も食うからなあ」
「黙って、聞いてればさー」
 チルノが立ち上がって、割って入った。
「ようするに、あんたはザリガニとの喧嘩に負けた訳でしょう。いいの? それで」
「それで良いって彼は言ってるんですよ、チルノさん」
「あたいが良くない。ようやく勝ったと思ったのに、そいつはもうザリガニなんかに負かされてたなんてさ……ん?」
 チルノはふと何か思い当たったのか、近くに落ちていた木の枝を拾うと、地面に図形を描き始めた。三角形に組んだ矢印のようなものを中心にして、「あたい」「おおがま」「つよい」「いけ」「ざりがに」などの平仮名が周辺にどんどん書き足されていく。
 最後に全体を大きな円で囲むと、
「つまり、あたいがザリガニを倒せば、あたいが最強なのね!」
 と締めくくった。
「おー、凄いです。三段論法ですね」
 その結論に至るまでの思考過程は地面に刻まれている訳だが、常人には理解できない。
「出来るかな? こいつらは手ごわいぞ」
「なによ、不意打ちさえされなければ、こんなに弱っちいわ」
 そう言って、先ほどのように池に手を突っ込む。 
 が。
「あれ、あれ、いない?」
「雰囲気を察知されたんですかね」
 そんなはずは、と、チルノは浅瀬に足を踏み入れる。
 その瞬間。
「っひぎゃぁぁぁっ!?」
 足をはさまれた。
「おちょくられとるな」
「ふ、ふざけやがってー」
 こうして、チルノとザリガニの戦いが始まった。



 日が高くなり、日光が真上から降り注ぐようになると、霊験があろうと無かろうと、池の温度は容赦なく上がる。
「飽きないんですか?」
「うるさいよ」
 文が声を掛けても、チルノの視線は足下の水中に固定されたままだ。
 その熱意に反して、漁果が芳しくないのは歴然だった。
 膝までの深さの浅瀬を漁場に決めたチルノだが、水底に足をつく度、どんどん泥が舞い上がってくる。その度に底が見える所まで移動するものだから、これはもう池を荒らしているのと変わらない。
「あまりバシャバシャやると、奴らは隠れてしまうぞ。それに日が高くなると、奴らは浅い所には出てこなくなる」
「だから、うっさいってば、分かってるよ」
 威勢だけはよいのだかな、と大蝦蟇は文の方を向いて苦笑した。
「私たちは、自然のイタズラを見守っているだけですからね」
「ああ」
 自然の中の小さな歪み、といわれるチルノ。
 しかし、歪んでいようが自然は自然。私は本来の自然しか認めぬ、などと言う偏狭な者は、妖怪として暮らしてはいけない。
 まあ、多かれ少なかれ誰にでもそういう傾向があるから、妖怪には天下が取れないのだが。過去の新聞に目を通していると、文自身そうである事をしみじみ感じる。
「では、昼間ザリガニは何処にいるんですかー?」
「深い所や、木の陰になった所、あとは小川が池に注ぎ込む辺りなんかかのー!」
 わざとチルノに聞こえるように大声で会話した。チルノは聞いていない振りをしながら、だんだんと捜索範囲を言われた方にずらしていく。
「ところで、ええと、射命丸だったか?」
「はい、そうです」
「失礼、いかんせん池に来る烏天狗は多いものでな。では射命丸。あれは、捕ったザリガニをどうするつもりなのだ?」
 聞かずとも、答えには予想をつけているのであろうが。
「考えてないでしょうね。まあ、この位は、力を貸してあげても良いと思っています」
「というと?」
「知り合いに、うってつけのがいるんです」



 なおもバシャバシャと水音高く奮闘するチルノであったが、少し経って突然岸辺の二人の方に向き直り、
「謎は、すべて解けたわ!」
 と言い放った。
「謎なんてありましたっけ?」
 ちっちっちっ、と人差し指を立てる。
「深い所、木の陰になった所、小川が池に注ぎ込む辺り。これらにきょーつーする点は! なんと、水が冷たい所、これよ。どうかしら」
 どうかしら、と言われても。
「それが分かったからといって、どうするつもりですか?」
「見てなさい」
 チルノは宙に浮き、池の真ん中に陣取ると。
「パーフェクト、ストーム、マイナス、ブリザード!」
 全力で冷気を開放。急激に気温が下がることにより、空気にたっぷり含まれた水蒸気が、白い爆風になる。
「うわー涼しー、あと名前のマイナスが無駄くさーい」
 わざとらしくスカートを押さえ、髪を振り乱す文。

 冷気は日が傾く頃、ようやく収束した。
 完全に力を使い果たした氷精を後目に、ザリガニたちは快適な水温にて活動を再開した。
「いやあ、冷たい所にはザリガニが多い、なら池全体を冷やしちゃえ、とは」
「池全体のザリガニの数は変わらんからな。集まっていたものを散らしただけだ」
「冷気を使うのは一瞬考えたんですけどね。ああやって池全体を冷やしても駄目ですし。では局所的に冷やせばどうかと思いますが、それでは効果の方も局所的ですよね。いったい、ザリガニはどうやって冷たい所に集まるんです?」
「なんだ、お前さんも少し頭が固いな。最初は冷たい池がだんだん温まっていくだろう。そうすると段々ザリガニの行動範囲が、冷たい所に限定されていく訳だ」
「ああ、そうか、なるほどです」
 メモメモ。
 チルノは水面にうつ伏せで浮かんでいる。風に揺れるリボンに、一匹のザリガニが果敢に戦いを挑んでいる。
「あれ、どうします?」
「一晩くらいは浮かべておいても構わんよ。どうせ今の池に対しては害もないしな」
「そうですか。あ、あと取材に協力ありがとうございます。明日も来ますので」



 別れてから考えた。さきほどの話を総合すると、あのままチルノを浮かべておけば明日には。



「まあ、こうなりますよねえ」
 ある意味、凄惨な光景であった。
 日は既に高い。
 葦の根にひっかかっているチルノを中心に、その周囲だけが赤くどす黒い。そして、蠢いている。
 池のザリガニ全部という訳ではないが、相当な数だ。ちなみに、ザリガニを一箇所に詰め込むと、ケンカや共食いを始める。
「ねーぶんぶん、ふんっ、あたいが動くと逃げちゃいそうなんだけどさあ、ろうひようか」
 チルノの身体の水面から出た部分でも、ザリガニが元気に活動している。たまに言葉が乱れるのは、鼻めがけて襲いかかってくるザリガニに対し、鼻息と舌で応戦しているせいだ。
「大したもんじゃないですかー、偉いですよチルノさん」
 葦のせいで近くに寄れないので、岸辺から声を張り上げる。
「え、そう? あたいってば偉い?」
「無心の勝利というか、ケガの功名というか、棚からぼたもちだな」
 ザパリと水面が割れ、大蝦蟇も姿を表した。
「さて、あとはあれを捕獲するだけなんですが」
「そちらが一肌脱ぐという話だしな。わしも少しだけ力を貸すとするか」

 そういうと、大蝦蟇の巌のような体が、す、と静かに動いた。
 波を立てる事もなく、チルノのいる方へと進んでゆく。
 巨体から想像するよりさらに大きく、口を開く。
 瞬発的に、陸に襲いかかるシャチのような動きで、すべてを薙いだ。ザリガニたちはなす術なく、その中に吸い込まれた。

 もちろん、チルノごと。
「アッー!」




「という訳で、これが収穫です」
「おー」
 背負い籠の半分ほどを満たすザリガニを、文は屋台に担ぎ込んだ。
 籠の中に、保冷剤としてチルノが一緒に放り込まれているのは言うまでもない。
「チルノさん、これを何回か繰り返せば、きっと池は元通りになりますよ」
「別に、あたいは池の為にやった訳じゃないわ。それに何か納得いかないし」
「まあまあ、これで美味しいエビフライが食べられますし」
「何よエビフライって」
「多分、気に入ると思いますよ」
 海が無いため、幻想郷では海産物に絡んだ料理は希少である。大々的に宣伝すれば、きっと受けるに違いない。ザリガニは若干泥臭いのが問題だが、そこは八目鰻や泥鰌を料理するミスティアのスキルがあれば問題はない。
 以上が、文の目算である。

 店主ミスティアは、物珍しげに赤い甲殻を突っついていたが、一匹を取り上げて両手で片方のはさみをチルノの顔に向けた。
「な、何よ、やるってゆーなら相手に、痛っ、動いたら足挟まれたっ!」
 しかしミスティアの手に持つザリガニも、チルノに向けられていないもう片方のはさみは自由なわけで、それでがっちりとミスティアの指を挟んだ。
「痛ぁ!?」

「同レベルか……そうだ、せっかくだから茣蓙でも借りてきましょうか」
「そんなにお客さん来るの?」
「この後、号外出しますから。期待していて下さいね」
 期待できるかなあ、と微妙な表情のミスティアを尻目に、帽子の紐を締め直した。

 ここからは、スピード勝負。

「では、お互い商売繁盛を祈って!」

 文は地を蹴って飛び立った。



なんか夏っぽいことしたいです。
リコーダー
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コメント



0.1330簡易評価
5.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷入りしたということはニホンザリガニなんでしょかね?
9.90名前が無い程度の能力削除
アメリカザリガニに追い出された二ホンザリガニは
幻想郷入りか…
見た目的にはアメリカザリガニのほうが立派だが
なんだか切ないものだね
11.80浜村ゆのつ削除
大蝦蟇と文にチルノがうまく使われた気がしてならないですw
まぁ本人が満足(?)ならいっかw
16.無評価名前が無い程度の能力削除
何故ニホンザリガニではなくアメリカザリガニなのか
そして何故前の人たちは文中のザリガニがニホンザリガニかのような感想を書いているのか
18.無評価リコーダー削除
アメリカザリガニなのは、ニホンザリガニだと大量発生は無いだろう、等の理由からです。
幻想郷入りしているのは、単純に水辺が減ったとか、生活から縁が薄くなったとかその辺りの事情です。外でどの程度減れば幻想郷に行くのかは諸説あるっぽいので、この作品中でのルールは作中で示しておくべきだったかも知れません。ここで補足させて頂きます。
25.80名前が無い程度の能力削除
微笑ましくてよかった。ケガの功名なあたりがチルノっぽいな とかw
幻想郷入りルールは特に決まってないけど、昨今の子供はザリガニ釣りとかして遊んでるのかな? 特にそういうことがなくなったのなら、たとえ絶滅してなくても幻想入りしても良いと思ったり。
 読んで情景を想像するだけで涼しくなるような作品でした。