Coolier - 新生・東方創想話

願いと正義と在り方と -6-

2007/07/28 03:47:08
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――「魔浄閃結」
 私から放たれた浄化の光は天までそびえる大いなる壁となって魅魔を押し潰そうと迫る。
 神社全てを覆いつくそうとする光から逃れる術は無い。
 そんな光の壁が押し迫る中、魅魔は手にした剣を持ちかえる。
「――私は、大義を捨てるッ」
 一喝と共に私に向って投擲する。
 悪意を纏って飛来する剣は、光の壁に突き刺さると易々と光を切り裂く。
 それだけでは無かった。
 切り裂いた余波が光の壁に巨大な穴を穿つ。
 ――謂れの在る剣とでも言うの?
 疑問に思ったその時、霊夢の直感が単語を拾い集め組み合わせる。
 謂れ、骨肉……、――そうか、投げられた剣は
「草薙剣……ッ」
 それならば、スペルを切り裂く理由も、魅魔の目的も判明する。
 ここまで大掛かりな儀式は復活の儀式の為であり、
 その復活の対象こそ、剣の所有者である八岐大蛇。
 そしてその骨肉は草を薙いで火を退けた神の剣。
 相対するモノが火ならば、その一振りで掻き消されてしまう。
 そしてスペルの殆どは相手を攻撃する為の『火力』であり、美しき『花火』である。
 あの神剣を前にしてスペルが無力化するのは当然だった。
 魅魔の――分霊の最後のあがきに相応しい武器である。
 霊夢は手に陰陽玉を握りこむ。
 魅魔を救い、ルーミアを助ける事になる最後の一手。
 力を吸収し、臨界まで満たされた時に一度だけその力を放出できる陰陽玉。
 今までの戦いを経て、蓄えたその絶大な力ならば、神霊の加護すら打ち破るだろう。
「さぁ――」
 霊夢は悪意を渦巻かせて迫る剣を避けると同時に地を蹴り、間合いを詰める。
「――これで終わりよッ」
――宝具「陰陽鬼神玉」
 突き出した手の先で陰陽玉が巨大化し莫大な霊気を放つ。
 しかし、剣を投げた魅魔は避けることも防ぐこともしなかった。
 大きく体が揺らぐと、そのまま倒れこみ、陰陽玉の霊気に巻き込まれ、吹き飛ぶ。
「――!?」
 吹き飛んだ魅魔の体はまるで糸の切れた操り人形の様に、ピクリとも動かなくなる。
 何かがおかしいと感じた瞬間、霊夢の直感が背後を見ろと残酷に囁く。
 攻めの手を止め、立ち止まった霊夢は、
 ゆっくりと、振り返る。
 視界の淵に、その姿が――、映る。
「……ぁ」
 ……嘘、よ……
 霊夢の体が背後に向きなおり、その姿が視界の淵から――
「ぁ、ぁあ……ッ」
 そんな……、事が……
 視界の中央へ――、その姿が映る。
「ぁぁあッ、ああぁ……」
 霊夢の顔から血の気が引き、全身が小刻みに震え始める。
 どうして……
 全身に張り詰めていた霊気が瞬く間に霧散する。
 霊夢の眼前には境内に描かれた巨大な魔法陣と――横たわるルーミアの姿が。
 結界を切り裂いた剣はルーミアに深々と突き立ち、鮮やかな赤色を零し続ける。
 霊夢は膝から崩れ落ち、頭を掻き毟る。
「ぁあぁああッ、イヤぁああぁあ――ッ」
 絶望に満ちた霊夢の絶叫が神社に響いた。


 § § §


 崩れ落ち泣き叫ぶ霊夢に反応するように、ルーミアの体に異変が起きる。
 零れた血液が、ボコリ、ボコリ、と沸き立ち空へと昇ったかと思うと、
 血液が剣が纏っていた悪意と共に渦巻き、凝縮され、人の姿へと変化する。
 地面に横たわるルーミアと同じ真っ黒な衣装に、腰まで伸びた長い金髪を翻す。
 そして、赤い瞳が開かれると瞬く間に空は光を失い夜へと移る。
「――……っ」
 その姿は、昨夜霊夢が出会ったもう一人のルーミアだった。
 呆然と見上げる霊夢を余所に、長髪のルーミアは手を握る。
 まるで自らに漲る力――神性を確かめる様に。
「実に――、素晴らしい……」
 オロチという大義の為、肉体の復活の為に血と肉を確保し、
 魂の目覚めの為に闘争という鐘を仕組んだのだが、
 圧倒的な霊夢の力の前に甕星は大義を捨てることを決意した。
 剣に憑依した甕星は、ルーミアの血液を媒介として封印されていた力の全てを乗っ取ることに成功した。
 どんなに強大な力であっても、眠ったままでは抗えない。
 それを抑え付ける事など分霊でも容易い事だった。
「が、全てが無駄になったか……」
 その言葉通り、体の乗り換えはオロチ復活計画の失敗を意味していた。
 仮初の不死と完全な変化を手にし、赤い悪魔と互角以上の戦いを見せていた魔女。
 自らの力を出し惜しむ事無く披露し、死人嬢を苦戦させた魔法使い。
 圧倒的実力でもって蓬莱人二人を同時に相手にし、手玉に取った天才。
 戦いの発端であった三人は、衝動の枷を外し焚き付けていた魅魔が意識を失い昏倒した事によって
 魅魔と同じ様に意識を失い倒れたのだった。
 これによって各地で繰り広げられていた闘争はあっけなく終焉を迎えていたのだった。
 それでも得られた力に満足そうに微笑んだ甕星は、横たわるルーミアの傍らに降り立つ。
 深々と突き刺さった剣に手を掛けると剣を引き抜き、ルーミアの体を掴み上げる。
「……ふっ、まさに残りカスね……」
 全身の血を失ったルーミアを一瞥し、吐き捨てる。
「か、返してっ、ルーミアを返してっ」
 泣き崩れていた霊夢は駆け出す。
「そんなにこの残りカスが心配なの?」
 甕星はクスクスと笑うとルーミアの体を投げつける。
「あぁッ」
 悲鳴のような声をあげて、霊夢はルーミアを抱きとめる。
「わ、私が剣を避けたせいで……、ごめんね、ごめんねルーミア……」
 冷たくなったルーミアを掻き抱き、霊夢は狂ったように謝罪する。
 守る対象を得た霊夢は圧倒的な力を見せ付けたが、その支えでもあった存在が無くなってしまったのだ。
 思いの深さによって力を増した者は、支えを失うとその思いの深さによって縛られる。
 今の霊夢はあまりにも非力で、あまりにも脆く危うかった。
 甕星はそんな霊夢を哀れむような目で見る。
「無様ね……、そして邪魔をした報いを受けなさい」
 甕星の突き出された掌の上で夜が集まり、漆黒の鳥となる。
 それこそ、封印されていたルーミアの力の一部だった。
「さようなら」
――神夜「女神ニュクス」
 大きく翼を広げた大きな鳥が飛翔する。
 霊夢を飲み込もうとしたその時、それを遮るように人影が割り込む。
――国符 「三種の神器 剣」
 突如乱入した人物はスペル宣言と共に、手にした剣で黒鳥を一撃で斬り伏せる。
「――貴様、巫女に何をするっ」
 弾幕ごっこにおいて、決着が決まってから止めを刺す事は禁止されている。
 橙の式神を下し、ここまで追いかけてきた慧音が介入したのも当然だった。
「あら……、その剣は……」
 慧音の持つ剣は、甕星の持つ剣とまったく同じだった。
 それは当然である。
 三種の神器の一つである剣の名称は草薙の剣。
 甕星の握る天叢雲剣と同一の剣だからだ。
「どうして同じ物を持ってるの?」
 甕星は剣を構えると慧音に斬りかかる。
「――くぅッ」
 大上段から振り下ろされる強烈な一撃を剣でもって受け止める。
 剣と剣がぶつかり合った瞬間、慧音の持つ剣が一瞬だけその姿を歪ませる。
「――成る程、本物であり、紛い物であるのね」
 慧音の能力は歴史を喰らい、創る事。
 過去の記憶を具現化した存在である為に本物ではあるが、同時に現在の物とは異なる「紛い物」となる。
 それでも本物と同じ物に変わりはなく、草を薙いで火を退けた謂れを持つ為に黒い鳥を一刀の元に切り伏せる事ができたのだ。
「つまらないわ」
 甕星が天叢雲剣を薙ぎ払う。
 当然、本物と競り合えば――
「ぐ――ぅ」
 慧音の持つ草薙剣はその衝撃に耐え切れず、砕け散ってしまう。
 しかし慧音もやられるだけではない。
 飛び退りながら迎撃の為のスペルを宣言する。
――光符「アマテラス」
 太陽の如き眩い光が矢の様に慧音から放たれる。
「む――ッ」
 天叢雲剣を振るい、光をかき消す。
 が、それも一瞬でしかない。
 放たれる光は膨大であり、消された倍の光が甕星を襲う。
「これはこれは尊大な……、だが」
 迫り来る光の帯を避け、掻き消しながら甕星は取り込んだばかりの力を振るう。
 甕星の周囲に真っ黒な煙がたち込める。
――黒夜「黒色テスカトリポカ」
 太陽の光が煙に触れた途端に拡散し、甕星に届かなくなる。
 しかしそれだけでは終わらなかった。
 突然光が、あらぬ方向から跳ね返り慧音の四肢を掠める。
「――な、なにッ」
 煙状の黒い力の正体は極小の鏡。
 煙に触れて拡散し消え去ったかのように見えた光は、漂う煙の内部で乱反射し慧音自身へと反射したのだ。
 まさにその名のとおり、「煙の立つ鏡」を体現していた。
「この程度で破れるという事は、分霊を持たない名前だけという事ね……」
 慧音の放つ太陽の光が黒い鏡に反射して慧音自身を撃つ。
「ぐぁあああ――ッ」
 光に全身を焼かれ、貫かれた慧音はそれでも霊夢を守るために踏みとどまる。
「倒れてしまえば助かったものを……」
「ハァ――、ハァ――ッ、私は、倒れんッ」
 それは人間を守る立場を貫く慧音の意地だった。
「そう、ならば本物の神器で止めを刺してあげるわ」
 甕星は天叢雲剣を構え、止めを刺す為に地を蹴る。
「く――ッ」
 死を覚悟した慧音だったが、迫る剣は振るわれなかった。
 甕星と慧音の間に、一人の少女が割って入ったのだ。
「へへッ」
「いつの間に!?」
 頭に大きな角を二本生やした、背の低い少女の姿に慧音は見覚えがあった。
「おまえは……」
「えぇい、邪魔だッ」
 沸いて出たような少女を払いのけようとした甕星の手を、少女は手に持った瓢箪で弾く。
「な――ッ」
 次の瞬間、少女の拳が振るわれる。
「ぐが――ッ」
 隙だらけだった甕星の腹にめり込み、その体を境内の端まで吹き飛ばす。
「萃香……、ど、どうして?」
「少し遅れてしまったけど、間に合ったようね」
 その問いに答えた人物は、慧音の背後から現れる。
 日傘を差し、洋風の衣装に身を纏った妖怪の賢者だった。
「ゆ、紫どの……」
 倒れそうになる慧音の体を紫の式――藍が抱きとめる。
「ここは私達に任せてくれ」
「突然集まりだして……、何だお前達は?」
 鬼である萃香の一撃をまともに受けたにも関わらず、甕星は何事も無かったかの様に立ち上がる。
 その問いに紫が答える。
「初めまして、天津甕星。それとも天香香背男かしら?」
「お前も神話を知るか……」
 霊夢に苦戦した事を思い出し、甕星は名を看破した紫を睨みつける。
「巫女への止めと、その――ルーミアの体の奪取。 これらの行動は見過ごせないという事よ」
 それはつまり、妖怪の賢者による討伐宣言だった。
「ふふん、成る程。 私の邪魔をするのね?」
 神性を全身に漲らせた甕星が境内へと歩を進める。
「あぁそうさ、あんたはやっちゃいけ無い事をしたんだ」
 甕星の前に萃香が立ちふさがる。
「頼むわ萃香。 私はこっちをどうにかするから」
 紫は霊夢とルーミアを見る。
「任せてっ。それよりもお酒の事忘れないでよ?」
「判ってるわ」
「ふぅん、あなたのようなお子様が私の相手になるの?」
 お子様といわれて萃香は頬を膨らませて怒る。
 紫は藍にも指示を出すが、それは妙な指示だった。
「藍、あなたは盾になりなさい」
 萃香と共に戦うのではなく、自らを守る為に傍らに居ろという事だった。
「はい、紫様」
 それでも藍は一つ返事でその命令に忠実に従う。
 紫の考えと言葉は式である藍にとって絶対であるからだ。
「あら、九尾はお守りなの? 子鬼が一匹だけとは随分と寂しい余興ね」
「鬼の力を目の当たりにしてもその余裕があるのかい?」
 甕星と萃香の間に一触即発な空気が漂う。
 今にも爆発しそうな緊張状態の中、第三者の声が響く。
「その余興、私も混ぜてもらうわ」
「――え?」
――大輪「極光ノ開花」
 甕星、萃香の双方が見上げた瞬間、天から眩い光が膨大な熱量を伴って甕星へ降り注ぐ。
 避けようとした甕星だったが、光はその半身を飲み込んだ。
「――っ」
 半身を失った甕星は体を支えきれずその場に崩れ落ちる。
「良かった、来てくれたみたいで……」
 安堵する紫とは対照的に、
「ちょ、ちょっと――、どうして来るんだよぉッ」
 突然目の前の敵を倒された萃香は空に佇む少女に向けて頬を膨らませる。
 空に浮かぶ少女――風見幽香は傘をクルクルと回して微笑み返す。
「いいじゃない別に。 来て欲しいって言ったのは紫なんだし、それに……」
 幽香の向ける視線が萃香から甕星へと移る。
 崩れ落ちた筈の甕星は瞬く間に失った半身を復元させ、声をあげて満足げに笑う。
「あははははッ、いいわ、遊んであげるッ」
 後背に浮かぶ漆黒の翼が炎の様に揺らめき噴出す。
「ほらね、まだまだ楽しめそうでしょ?」
「みたいだねッ」
 幻想郷でも最強を誇る鬼と妖怪の二人は、嬉々として戦いへと身を投じたのだった。


 § § §


 紫が藍に護衛を命じたのも、萃香と幽香に甕星の相手を任せたのにも理由があった。
 ぶつかり合う莫大な妖気と神性に背を向けた紫は、蹲り動かないルーミアを抱きしめる霊夢を見つめる。
「ぅう……っ、私がっ、私のせいで……」
 ポロポロと零れ落ちる霊夢の涙が冷たくなったルーミアに落ち、頬を濡らす。
『空は夜色に染まる』
 ぽつりと紫は呟く。
「やっぱり、その思いに縛られたわね。 その結果、重力に囚われない筈のあなたは重石を背負い、飛べなくなった」
 紫の言葉を聞いているのかいないのか、霊夢はただひたすらにルーミアを抱きしめ続ける。
「でもね、霊夢。 だからこそ助けられる」
「――ぁ、ぁ……ッ」
 ――助けられる。
 その言葉に、霊夢の俯いていた顔が紫を見上げる。
 戦火に巻き込まれそうになっても眼中に全く入らなかった霊夢が、初めて反応したのだ。
「で、でも、……冷たくて、グスっ、目も開けてくれない、のに……?」
 霊夢はあえて、その言葉を避ける。
「大丈夫。安心して、ルーミアは死んでなんかいないわ」
 死と言う言葉に一瞬怯えるが、霊夢の目は半信半疑に紫を見つめる。
「境内で暴れるアレもルーミアなのは知っているでしょ?」
 それは昨夜に見た大人びたルーミアの姿、声とまったく同じ。
「あなたの抱くルーミアと同じ存在ならば、どちらか片方だけが死ぬなんて事はありえない」
 つまり、甕星が大人の体を乗っ取っている限り、霊夢の抱くルーミアは決して死ぬ事は無いのだ。
「あぁ……」
 霊夢の顔に初めて希望が差し込む。
「ど、どうすれば、どうすればいいの?」
「霊夢、その子をしっかりと抱きしめていなさい。そして思いを強く持つ事」
 妖怪は概念や謂れ、信念に影響される存在である。
 たとえ五体がバラバラであっても、心さえ健在ならば決して死なない。
 逆に、死んでいないという事は心が今だ健在であり、心さえ回復すれば目を覚ますという事だった。 
 霊夢はぎゅっと、ルーミアの体を抱きしめる。
「強く……、思う……」
「そう、早く意識が戻るように願うの」
 今までの霊夢は自責の念に駆られ、冷たくなり、動かなくなった事と原因に悲しむだけだった。
 紫はその負の方向に逸れてしまった思いを正の方向に。
 回復への希望へ修正させる。
「おねがい、目を覚まして……、おねがい……」
「飛べなくなる程の思いを持つ貴女だから、その子を呼び戻すことが出来る」
 霊夢は一心に願い続ける。
「ルーミア……」
 最愛の少女にもう一度微笑んでもらう為に。


 § § §


 幽香の放った花の弾幕が、甕星の眼前を埋め尽くす程に増殖する。
「これで逃げ場は無いわよ?」
 避けられない弾幕を前にしても甕星は余裕である。
「無ければ切り開くだけッ」
 手にした天叢雲剣は草を薙いだ神剣である。
 言葉通り、花の壁は容易に切り裂かれてしまう。
「相性が悪すぎるんじゃなくて?」
 花を突破した甕星は幽香に殺到する。
 が、その横合いから萃香が妖気を纏った剛拳を繰り出す。
 凝縮された妖気が爆発し、衝撃を伴い甕星を襲う。
「その程度ッ」
 衝撃を天叢雲剣で斬り消した甕星はその場から飛び退り、鳥居の上に飛び移る。
 鳥居の上で甕星の体に宿る神性が急激に高まる。
 後背に浮かぶ漆黒の翼が炎の様に揺らめき立つ。
「何をするのかしら?」
 幽香はお手並み拝見とばかりに見物を決め込む。
 甕星の視線は幽香達ではなく、その奥の紫と霊夢に注がれる。
「あっちで何か相談しているようだからねぇ、皆平等に死なせてあげるわっ」
 全身に漲らせた膨大な神性が大きく開かれた翼と共に放たれる。
――神々「夜の系譜」
 『光輝』『昼』『不和』『宿命』『非難』『命運』『死』
 『眠り』『悲哀』『欺瞞』『愛欲』『老醜』『憤慨』『渡守』
 夜の女神が産み落とした光と運命と死の神々。
 総勢十四柱もの神の分霊が力の渦となって甕星の周囲に出現する。
「これは……、ちッ」
――「幻想春花」
 事の重大さに気がついた幽香は中断させる為に巨大花の弾幕を繰り出すが、既に遅い。
 甕星の周囲に漂う『光輝』が花を尽く焼き焦がす。
「させないッ」
 幽香を援護する為に萃香もスペルを宣言する。
 甕星の背後に莫大な妖気が出現し、収束、圧縮される。
――「追儺返しブラックホール」
 超高密度の力が臨界を越えて小型の超重力場を作り出す。
 『光輝』『昼』より放たれる光の矢を吸い込み、幽香の花弁を加速させる。
「あははは、無駄よ無駄無駄ッ」
 花弁が甕星の体を切り裂くが、たちどころに傷が癒えてしまう。
 それどころか超重力に晒されているというのに涼しい顔をしている。
「この体は『夜』そのものよ。そんな攻撃で止められるとでも?」
 色濃く漂う死の気配、覆すことの出来ない運命に力が漲ってゆく。
 この状況を打破できるであろう三人――
 運命を操れるレミリアも、死を操れる幽々子も、死を物ともしない蓬莱人の誰一人としてこの場には居ない。
「プレゼントよ、受け取りなさいッ」
 抗うことの出来ない死の運命。
 その絶対的な神の力が神社に集まった妖怪たちに向けて放たれる。
 しかしこの場にはたった一人だけ、唯一死も運命も光も防ぎ抗う術を持った人物が居た。
 その人物が傘をクルクルと回すと、煌々と輝く神性はその力を見せる事無く終息してゆく。
「なん、だと……?」
 呆気にとられた甕星は不発に終わらせた原因を睨みつける。
「あなたね……」
「えぇ、そんな事させませんわ」
 その人物は妖怪の賢者――八雲紫。
 ルーミアの封印されていた正体を知り、
 境界を操作する彼女の力ならば、全ての死を、運命を遠ざけることが可能である。
 しかし、境界操作が万能だとはいえ、その全てを打ち消すには集中しなければならない。
 その為に萃香と幽香を説得し、藍を護衛につけたのだ。
 しかし紫はそんな事を億尾にも見せず、逆に余裕を見せ付ける。
「ついでにその剣も謂れ無き剣にさせてもらいましたわ」
「貴様……ッ」
 甕星が掲げた手に淡い光が集まる。
――月夜「ツクヨミの贖罪」
 放たれた閃光が地面を焼き裂き、巨大な光の柱を噴出させながら紫に迫る。
「――藍ッ」
「はい――、紫様っ」
 紫の言葉に従い、式である藍が迫り来る閃光と光柱の前に出る。
 妖獣の中でも最強とされる九尾が、神の力に立ちはだかる。
 護摩木を手にした藍がスペルを宣言する。
――行符 「八千万枚護摩」
 護摩木が眼前で円を描きながら増殖し、巨大な障壁となり閃光を阻む。
 護摩木の壁が光を、煩悩を消し去る荒行が概念を阻む。
「ぐ――ッ」
 光が触れた先から護摩木が燃え尽きてゆく。
 焼かれてゆく護摩木を増殖させ、維持する為に藍は持てる力の全てをつぎ込み主人を守る。
「ならばお前から消し飛べッ」
「おぉおおおおッ」
 護摩木の障壁を消し飛ばさんと巨大な光の柱が立ち昇り、夜空が眩く照らされる。
「ハァ――ッ、ハァ――ッ」
 光の柱が消えうせた跡、消耗しきった体を両の足で支えて藍は立っていた。
 藍は消耗しきった体に鞭打ちながら、主人を守る壁であり続ける。
 紫は賞賛の言葉を呟く。
「……流石は私の式。それでこそ私の藍」
 そんな藍の境界を弄り、疲労した体を元通りにする。
「藍、そのまま盾になりなさい。壁になりなさい」
「はい、紫様ッ」
「……なら、力比べでもしましょうか?」
 甕星は夜空から力を取り込み、両手に黒色の神性を漲らせる。
「――ッ」
 更に強力な弾幕が来る――ッ
 そう覚悟した藍だが、巨大な光の奔流がそこに割り込む。
――大輪「極光ノ開花」
 幽香はスペルを中断し、甕星は鳥居から飛び退く。
「む……ッ」
「――忘れているようだから教えてあげるわ」
 鳥居から飛び退った甕星を狙い打つ様に幽香の傘から光の激流が放たれる。
――大輪「極光ノ開花」
 大出力の光は見た目相応に妖気を消費する。
 にも関わらず、幽香は無尽蔵かと疑う程、妖気を放出し続ける。
「あなたの相手は私よッ」
 事実、幽香の妖気はほぼ無尽蔵である。
 花が大地の色を吸い上げるように、枯れない花である幽香の傘が大地から力を汲み上げ、そして放たれる。
 幽香の無尽蔵な力のカラクリに気がついた甕星は舌打ちする。
「ちぃ、その傘、神代の花かッ!」
「そんなの知らないわよッ」
――大輪「極光ノ開花」
 夜から力を吸い上げた甕星の手に、漆黒の神性が漲る。
「ふん、早々に順うた癖にッ」
 迫り来る光の奔流に対し、甕星はスペルを宣言する。
――蝕星「ラーフの憎悪」
 放たれたのは、光を消し去る闇の奔流。
 月と太陽を飲み込む羅喉の闇が、幽香の放った光の奔流とがぶつかり合う。
 が、激しい干渉は発生せず、闇が静かに光を蝕み始める。
「――なっ、くぅ……ッ」
 光が徐々に飲み込まれる事に、流石に幽香も焦りを見せる。
 これでは力比べに持ち込んで圧倒的な供給量の差で押し切る算段が成り立たない。
 かといって放出を止めれば闇の奔流に飲み込まれてしまう。
 無駄と判っていても、出力を更に上げるしか無かった。
「ははっ、どんなに頑張っても光じゃ無理だよッ」
 その言葉通り、どんなに光量が増しても闇の侵食は止まらなかった。
 光ごと幽香を飲み込もうと甕星は神性を篭める。
「まずは一人……ッ」
 闇の侵食が増した時、どこからとも無く飛来した鎖が甕星の手に絡む。
「む?」
「私を忘れるなんてヒドイんじゃないかなぁ?」
 鎖を握る萃香はニヤリと笑う。
「――くッ」
 幽香と撃ち合っている今、甕星は隙だらけである。
 絶好のチャンスに萃香がスペルを宣言する。
――酔夢『施餓鬼縛りの術』
 漲る甕星の神性が鎖を通して萃香に萃まる。
「力が……ッ!?」
 萃まるなんて生易しいものではない。
 急速に力が流れ出て行き、奪われてゆく。
 光を蝕んでいた闇の侵食がピタリと止まり、極光と闇はお互いに霧散する。
「まだまだァッ」
 萃香は鎖を手繰り寄せる。
「ぐ――ッ!?」
 その細腕からは考えられないような剛力を発揮し、萃香は鎖で捕らえた甕星を振り回す。
「しっかり味わいな、これが神代の、――鬼の膂力ッ」
――萃鬼「天手力男投げ」
 甕星の体が萃香によって回されるごとに、石畳が捲れ上がりその身に萃まる。
「うぉおおお!?」
 鎖から手が離され、遠心力から解き放たれた甕星はとんでもない速力で地面に叩きつけられる。
「――が……っ」
 石畳を砕き、甕星の体が地にめり込む。
「これもプレゼントよッ」
 そこに幽香が畳み掛ける。
 地面に倒れ伏す甕星に投げ込まれる花の蕾。
「く……ッ」
「綺麗に咲きなさい……」
――花符「幻想郷の開花」
 膨大な妖力を篭められた蕾が、開花とは名ばかりの大爆発を起す。
 爆心地は光に包まれ、その余波が境内を薙ぎ払う。
 今までは半身を吹き飛ばすだけだったが、今回は違う。
 今度は避ける間も無く全身が光に包まれ吹き飛んだ筈である。
「流石にこれで……」
 終わっただろうと二人が思ったとき、爆心地から、ゆっくりと甕星が起き上がる。
 周囲の夜が集まり、消失した筈の肉体を繕い、甕星は完全復活を遂げていたのだ。
「これで――、終わりかしら?」
 甕星の背に揺らめく黒い翼が再度出現する。
 不死である蓬莱人ですら体力を消耗するというのに、目の前の存在は疲労すらしていないように見える。
 疲労する事無く、何度も復活する甕星に対し、幽香は初めて脅威を抱く。
「……まるでバケモノね」
 甕星はその言葉に嬉しそうに微笑む。
「ふふ、こんな事もできるのよ?」
 途端に甕星の姿が紐解かれ、夜の中に溶け込んでいく。 
「な――ッ」
「驚く事かしら? 私は夜そのものだと言った筈」
 その言葉を最後に、甕星の姿が完全に消えてなくなってしまう。
「どこから……ッ !?」
 全周囲に気を配り、奇襲を警戒する。
――神夜「女神ニュクス」
 突如幽香の頭上に巨大な黒鳥が現れる。
「幽香、上っ!」
 萃香の声を受けて幽香が反応する。
「来たか――っ」
 巨大花を呼び出し、鳥にぶつける。
「まだ来るっ」
 夜空のいたる所から黒い鳥が現れ、幽香と萃香に襲い掛かる。
「く――ッ」
 飛来する鳥を撃ち落とし、避け続ける。
 幽香と萃香の実力ならば、鳥自体の相手はそんなに難しいことじゃない。
 向ってきた所を撃ち払えばいいのだ。
 しかし、その数が多すぎた。
「こいつら……、どんどん増えるッ」
 沸き続ける鳥の数を前に処理の限界を迎えてしまう。
 処理し切れなかった鳥が体を掠める。
「うぐ――ッ」
 衝撃と共に、力が奪われる。
 色はその性質もあらわす。
 白は光を反射し、黒は光を吸収する。
 力を掠め取られる度に、迎撃能力が落ちてゆく。
 それは、より多くの鳥に啄ばまれる事になる悪循環。
 甕星の放つ黒い鳥はまさに獲物を喰らう猛禽類であった。
「随分と大変そうね」
 甕星が姿を現し、幽香をあざ笑う。
「あぁそうか、お日様が出てなきゃお花は枯れちゃうものね」
 傘による無尽蔵の供給も、漆黒の鳥に覆われてしまっては止まってしまう。
 同じく鳥に襲われている萃香は奪われた力を集めなおす事で迎撃していた。
「このおぉおおッ」
 次第に幽香の体が鳥達に覆われてゆく。
「まずは、一人」
 鳥が群がり、幽香を埋め尽くした後、地面に横たわる幽香の姿があった。
 消耗しきった幽香は、かろうじて息があると言った所であり、戦闘不能に近かった。
「幽香ぁあッ」
「心配している暇があるの? あなたもコレで終わりだと言うのに」
 鳥の迎撃に追われる萃香に向けて、甕星はスペルを宣言する。
――暗闇「深淵のエレボス」
 突如萃香の足元に神性が奔り、黒く巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「――っ」
 魔法陣が黒く発光し、陣内に変化が起こる。
 石畳が黒色に染まったかと思うと、泥状に変化し萃香の足が沈み込む。
 黒鳥よりもより吸収に特化した深淵の力が萃香を引きずり込む。
「ゆっくりと、暗黒に飲み込まれなさい」
 嘲笑と共に、飲み込まれ行く萃香を見下す。
「鬼の力を……、舐めるなぁああ」
 萃香の身から発せられた妖気が神性へと変化し、瞬く間に巨大化する。
――鬼神「ミッシングパープルパワー」
 太古からの存在である鬼の力は神にも匹敵する。
 萃香は神話に語られる巨人の力をその身に宿したのだ。
「さぁ、鬼の力を刮目せよっ」
 萃香の足が地を踏み割る程に踏み付ける。
 黒い泥が、魔法陣ごと砕かれ、消失する。
 そして巨大な拳が空を薙ぎ払う。
 腕の軌道上を舞い飛ぶ鳥達が霧散する。
「これは、すばらしい……」
 甕星は神話の力を目の当たりにして感動する。
「次はあんただっ」
 全てを打ち砕く萃香の巨腕が甕星に繰り出される。
「でもね、巨大化したら最後は敗北するものなのよ」
 迫り来る破壊を大きく避けて、甕星はスペルを宣言する。
――大黒「マハー・カーラ」
 宣言と共に、甕星の手に夜が集まり束ねられ、三叉戟と成る。
 それは、千の相を持つ破壊神の象徴でもある。
「それがどうした!」
 続けて繰り出される萃香の剛拳をひらりと避けると、甕星は間合いを詰める。
「凄い力だけれど……ッ、隙も大きい!」
 甕星の繰り出した三叉戟が轟雷を纏って萃香に奔る。
「ぐ――っ、うぁああッ」
 肩口を抉られた萃香の体を轟雷が貫く。
「ぐッ……」
 傷口から全身を雷に撃たれ、萃香の体が動きを止める。
「これが止めよッ」
 大きく振りかぶられた戟が、袈裟に振り下ろされる。
 鎖骨から入った斬撃は脇腹に掛けて真っ直ぐに萃香の体を切り裂き、雷が迸る。
「が……ァっ」
 二度の雷撃に晒された萃香は体をよろめかせると、巨大化が解けてそのまま倒れ伏す。
「ふぅ……」
 一息ついた甕星は残った藍と紫を見据える。
「残る邪魔者はあなた達だけ……」


 § § §


「ゆ、紫様……っ」
 目の前で二人が苦戦しているのを見て、藍が拳を握り締める。
 今にも飛び出しそうな藍に、紫は釘を刺す。
「ダメよ藍」
「しかし、このままではっ」
 紫はちらりと後ろを見る。
 二人の後ろでは霊夢がルーミアの復活を必死になって願っている。
 抱かれているルーミアは目を覚ます気配は無いが、血の気を失っていた顔に温かみが戻ってきていた。
「あと少し、あと少し……」
 霊夢の思いが通じたのか、既に体は息を吹き返している。
「後は目を覚ましてくれさえすれば……」
 紫はその時を頑なに待つ。
 しかし、既に幽香が倒れ、残る萃香もたった今目の前で倒れ伏す。
「――来ますっ」
 藍の声に緊張が混じる。
 甕星は紫と藍を見据える。
「残る邪魔者はあなた達だけ……」
 その言葉と共に、甕星の手が頭上に掲げられ神性が立ち昇る。
「これで全部終わりよ」
――「天津甕星」
 甕星から立ち昇った神性に応え、天空に輝く星々が一斉に瞬く。
 幾千の星の瞬きは幾千の光の槍となって地上に降り注ぐ。
「――これは……ッ」
――境符「四重結界」
 星が瞬いた瞬間、紫が結界を張り巡らせる。
「くぅ――っ」
 数千もの光の槍が舞い降り、周囲全てを覆うように張り巡らされた四重の結界が軋み、砕け散る。
「相殺された……ッ」
 霊夢にも防がれ、こんどは妖怪にも術を防がれた甕星は驚きを隠しきれないでいた。
 星が瞬いた一瞬で術の特性を看破し、藍の張り巡らせる障壁では防げないと判断した結果だった。
 しかし、十以上の夜の眷属を押さえ込みながらでは結界の強度、出力に問題がでてしまい、結果、砕かれる事になった。
「なら、こんどのはどうかしら?」
 甕星の手の中に膨大な量の神性が収束し、圧縮される。
 星の術につぎ込まれた神性を軽々と凌駕する圧倒的なまでの力が渦巻く。
 四重結界では防ぎきれないのは目に見えていた。
 が、紫には境界操作の能力がある。
 万物に線引きし、制限する事も、線引きをなくし曖昧にする事も全てが自在である。
 甕星の手の中にある渦巻く力も紫の手に掛かれば意味を成さなくなる。
「藍、下がってなさい」
 藍を下がらせた紫は、手にした扇子で渦を指す。
「――……!?」
 しかし渦は止まる素振りも、威力が減衰する気配も無い。
「これは対立する存在を一体化する力」
 光と闇、夜と昼、男と女、秩序と混沌といった対立を内包する根源的な力。
「つまり――、境界という線引きができないという事」
「――くっ」
 境界操作による絶対防御ができない事実に緊張が走る。
 大破壊をもたらすであろうその攻撃を純粋に耐えなければならないのだ。
 それも、後ろにいる霊夢とルーミアを庇いながら。
「ふふ、いい表情……、受けなさいっ」
 紫は咄嗟に結界を張り巡らせる。
――光闇「二元神オメテオトル」
 力の渦が解き放たれ、大破壊と言うに相応しい不可視の衝撃が周囲全てを薙ぎ払う。
 衝撃が触れた途端結界は解けるように消え去り、その余波をまともに受けてしまう。
「ぐ――っ」
 衝撃に吹き飛んだ紫は全身を強かに打ち付けて地面を転がる。
 力をぶつけるという単純な攻撃であるが故に、
 避けることの出来ない状況下では耐え抜く事でしか対処できない。
「――ハァ、――ハァ、霊夢はッ」
 唇から滲んだ血を拭うよりも先に、
 甕星の次の一手を警戒するよりも先に、紫は霊夢の――、ルーミアの無事を確認する。
「大丈夫、です……、紫様……っ」
 振り向いた先には、衝撃によってズタズタになった藍の姿があった。
 二人を庇い、立ち尽くした藍の姿が大きく揺らぎ、その場に倒れ伏す。
 藍は紫の真意を汲み取り、主人ではなく二人の盾になったのだった。
「――藍」
 藍が倒れ、霊夢とルーミアの姿が紫の目に映る。
「……良く、やったわ」
 傷つき倒れた藍に労いの言葉を送り、傘を杖代わりにして紫が立ち上がる。
「さぁ、次でチェックメイトね」
「それには少し遅かったみたいね……」
 紫の顔に、胡散臭い不敵な笑みが戻る。
「へぇ……、まだ何かあるのかしら?」
「いいえ、もう全てが終わったのよ」
 紫は甕星に背を向けると霊夢に語りかける。
「ほら霊夢、もう大丈夫なんでしょ」
「……えぇ、もう大丈夫っ」
 泣き崩れていた霊夢の目に生気が宿る。
 空っぽだったルーミアは思いによって満たされ、霊夢の腕の中で遂に目を覚ましたのだ。
「ぅ……ん、れい……む?」
 寝ぼけ眼のルーミアを抱いたまま霊夢が立ち上がる。
 大切な存在を取り戻し、四肢に力が漲り、その身を廻る霊気も充実する。
「巫女を復活させて……、二人で私に勝てるとでも思っているの?」
 心の折れた巫女と、手負いの妖怪である。
 たとえ二人が万全の状態であったとしても、甕星には負ける要素が思い当たらなかった。
「あら、私の役目はもう終わりよ。もちろん、霊夢の役目もね」
「何を……、言っているの?」
 甕星の疑問は当然だった。
 今この場で甕星と戦える存在は霊夢と紫の二人しかいないというのに。
「霊夢、あなたなら解るでしょう? その子とあいつ、どちらが勝るのか」
 霊夢は腕の中のルーミアを見つめる。
「ぅ……?」
「……えぇ、当然。 ルーミアに決まってるでしょ」
「……あはは、あはははははははッ」
 甕星は声を上げて笑う。
 ルーミアは手も足も出ずに囚われた弱小妖怪である。
 それが甕星に勝るなんて事は冗談が過ぎる。
「あははは……、そんな残りカスに? ふふん、戦いにすらならないわね」
「そうね、戦いにすらならず、あなたはこの子に敗北する」
「もう――、面白く無い冗談はやめにしてくれるかしら?」
 甕星は威嚇するかのように、後背に浮かぶ揺らめく翼を大きく噴出させる。
 甕星の手に夜が集まり、巨大な黒鳥が現れる。
――神夜「女神ニュクス」
 甕星の手から放たれた黒鳥は咆哮をあげながら霊夢に向かい飛翔する。
 霊夢は避ける素振りも見せず、ルーミアに優しく語りかける。
「ねぇルーミア、あの鳥に向って手を伸ばしてくれる?」
 迫り来る鳥は巨大で、強大で、ルーミアは恐怖すら感じる。
 一瞬の戸惑い。
 でも、ルーミアは信頼する霊夢の言葉を信じて覚悟を決める。
「……うん」
 しっかりと頷き、突き出されるルーミアのか細い手。
 嘴を大きく開いた黒鳥は構わず二人を飲み込む。
「――んっ」
 次の瞬間、黒鳥がルーミアの体に取り込まれてしまう。
「うわぁ……、入ってきた……」
「ば、莫迦な――ッ!?」
 甕星は我が目を疑った。
 幻想郷でも屈指の実力を誇る幽香を撃ち破ったスペルが、取り込まれてしまったのだ。
 傷を負わす事も、力を奪う事も無く、神剣で切払われるのでも無く、相殺されるのでもなく、
 ただ、取り込まれたのだ。
「そうそう、知ってるかしら?」
 倒れた藍を介抱する紫が甕星に話しかける。
「封印ってのはね、文字通り封をして、外れないようにする為の印なのよ」
「そ、それがどうしたっ」
「あなたの体はあの子――、ルーミアに封じられていた力な訳だけど……」
 紫の目が妖しく輝く。
「今まで『あの子の中に居た』あなたが、あの子に勝てる筈が無いでしょ?」
「――それならば、外から壊すだけッ」
 甕星は手に夜を集め束ねる。
――大黒「マハー・カーラ」
 夜を束ねてピナーカとしただけではない。
 周囲には夜によって具現化した独鈷ヴァジュラ、戦輪チャクラムが浮かぶ。
 雷の象徴であるヴァジュラ、日輪の象徴であるチャクラム。
 二種類の神の武具がルーミアに殺到する。
「ルーミア、話は聞いてた?」
 霊夢は抱いていたルーミアを降ろす。
「うん、私が触ればいいんだよね」
 迫り来る神の武具を前に、霊夢は笑顔でルーミアを送り出す。
「えぇ、頑張ってね」
「うん」
 頷き、振り返ったルーミアにヴァジュラとチャクラムが触れる。
「うわッ」
 驚いたルーミアだが、それだけだった。
 二つの武具は触れた途端にルーミアの中へと溶け込む。
「――そんなッ、莫迦な事が――ッ」
 驚き、隙だらけのルーミアにピナーカを繰り出す。
 紫電の一閃はルーミアの眉間を捉えるが、やはり傷を負わすどころか干渉する事無く取り込まれてしまう。
「中から壊れなかった容器が、同じ力を外から加えて壊れる筈が無いでしょ?」
 紫が楽しそうに呟く。
「ぅ……っ、ぁ……ッ」
 戦いにならないという言葉を思い出した甕星は恐怖を覚える。
「何なんだ……、こいつは……、一体何者なのよ……ッ」
 歩み寄るルーミアに怯え、甕星は後ずさる。
「あら、自分で言ってたじゃない……、あなたの残りカスよ」
「く――ッ」
 しかしまだ甕星には手が残っていた。
 この体の力で壊れないのならば、他の力を使えばいいのだ。
 まっすぐ追いかけてくるルーミアを睨みつける。
「コレなら――ッ」
 天高く掌を掲げ、神性を放つ。
――「天津甕星」
 肉体の――夜闇の力では無く、甕星自身持つ星の力ならばルーミアを打倒しうると考えたのだ。
 しかし、待っていたかのようにもう一つの神性が放たれる。
――「倭文神建葉槌命」
 瞬き、降り注ぎ、ルーミアを貫くはずだった星の槍は突如空を覆った黒い雲によって遮られてしまう。
「役目は終わったって言ったけど……、ごめん、あれは嘘だったわ」
 霊夢は悪びれる事無く言い放つ。
「き――、貴様ぁあああッ」
 怒り狂った甕星は霊夢に飛びかかろうとするが――、
 柔らかで暖かな感触が腰に抱きつき、思わず動きが止まる。
「――っ!?」
「やっと捕まえたっ」
 ルーミアは嬉しそうに、捕まえた甕星を見上げる。
「は――、放しなさいッ」
 逃げようともがくが、体から急速に力が抜けてゆく。
「ぐぅ――っ」
 足がガクガクと震えだし、立っていられなくなる。
 甕星は自分の体が薄まりゆくのを実感する。
 力どころか、存在が喰われているのだ。
「イヤ……っ、イヤだッ、私にはやらなければならない事があるんだッ」
 既に体の半分を取り込まれた甕星は喉を枯らして叫ぶ。
 往生際の悪い甕星に、紫は吐き捨てる。
「大人しく元に戻りなさい」
「くぅ――ッ」
 取り込まれてゆく体と一緒に、甕星の分霊もルーミアの中に取り込まれる。
「――っ、ッ」
 ついに甕星の全てがルーミアの中へと消え去った。


 § § §


 神社での戦いが終わった頃、紅魔館は静まり返っていた。
 屋敷をも変化させつつあったパチュリーが突然気を失って倒れたことにより、全てが終息していたのだ。
 パチュリーの呪いによって黄金の塊に変えられていたレミリアの両手もすっかり元通りに戻っていた。
 今ではレミリアもフランドールも、気を失ったパチュリーと共に気持ち良さそうに眠っている。
 しかし、従者――メイド長は大変だった。
 荒れに荒れた寝室その他を元に戻さなければならないのだ。
「咲夜さーん、お呼びですか?」
「えぇ、この部屋の掃除、整理、整頓をお願いね」
 外でのんびりしていた門番を呼び出しその仕事を任せる。
「え、ちょ……、咲夜さーん」
 そんな美鈴の泣き言を背にして、咲夜は呟く。
「そうだわ、三人が起きたら仲直りのケーキを焼かないと」


 § § §


 同じ頃、白玉楼の座敷では閻魔である映姫に、幽々子、小町、アリスの三人がお説教を受けていた。
「どうにか終わって良かったわね」
「あはは、一時はどうなる事かと思いましたよ……」
 長く退屈な説教が続く中、幽々子と小町は小声でお互いに労いあっていた。
 それもそうだろう。
 小町は映姫が来なければ人形の波に飲み込まれていただろうし、
 アリスの童話になぞられた魔法は多彩で様々な呪いがあり、幽々子も窮地に立たされていたのだ。
 結局、映姫の助っ人と、アリスの気絶によってあっけなく幕を下ろしていた。
「な、なんで私がこんな所で説教なんか……」
 アリスは訳がわからないまま渋々と話を聞いていた。
「こら、三人とも、ちゃんと聞いていますか?」
「「「はーい」」」
「返事は短くはっきりとしなさいっ」


 § § §


 そして永遠亭では……
 眠ったままの永琳を、輝夜と妹紅が見つめていた。
「それにしても……、まさかこんなに強いとは……」
 妹紅がしみじみと呟き、
「そ、そりゃあ私の永琳ですもの……」
 誇らしげに答えようとした輝夜は顔を引きつらせる。
 二人は永琳に強化されはしたが、本気を出した永琳は更に凄まじく、
 終始圧倒されっぱなしの殺され続きだった。
 身をもって狩られる側を体験した二人は永琳が気を失って倒れた後も警戒して暫くは近寄らなかった程で、
 完全に動かなくなったのを確認して、漸く永遠亭に運び込んだのだった。
「起きたら……、どうする?」
「とりあえず怒らせたくは無いわ」
「……それはそうね」
 身動き一つ取れないように拘束した永琳を前に、頷きあう二人だった。


 § § §


 戦いが終わったあとの神社の母屋では霊夢とルーミアは当然手当てに奔走していた。
 何せ負傷者ばかりなのである。
 元気なのは霊夢とルーミアと紫くらいなものである。
「霊夢、包帯もう無いよー?」
「はいはい、ちょっとまっててっ」
 ルーミアが手伝ってくれてはいたが、霊夢と二人では手が足りなさ過ぎた。
 動ける最後の一人である紫は面倒事が嫌いなのかいつの間にか姿を消していた。
「あぁもうっ、居て欲しい時に居なくなるんだからっ」
 とは言え負傷者は全員が人外で、治癒力も生命力も人間以上にある。
 戦いも終わり、ゆっくりとしていられる今ならば、傷の心配はそこまで必要なかったりする。
 そして、ドタバタしながらも全員の手当てが終わる。
 手当てを受けたばかりだと言うのに、慧音が立ち上がる。
「私は少し用事があるから先に失礼させてもらう」
 そういい残すと慧音は神社を後にする。
「私達もそろそろ帰ろうか」
 同じく手当てを受けた式神主従藍と橙も帰るようだった。
「あの藍様、私買い物がまだ終わってないから一人で帰ってくださいっ」
 そう早口で捲くし立てた橙は、慧音の後を追って飛び出していった。
 その手に一振りの剣を握り締めて。
「ぁ……、あれ……?」
 ぽつんと残った藍の背中に萃香が飛び乗る。
「ねぇねぇ、お酒の件は~?」
 紫の代理は式神の藍の仕事でもある。
「はいはい、それでは一緒に行きましょうか」
「おーっ、今日は飲んで飲んで飲みまくるぞーっ」
「はぁ……」
 萃香をつれて、藍も神社を去る。
 妖夢と鈴仙は動けるようになると矢の様に神社を飛び出していった。
 主人の事が心配だったのだろう。
 幽香も手当てを受けた後はいつの間にか姿を消してしまっていた。
 負けたのが悔しかった様だった。
 そして、魅魔は……
 手当てを受ける事もなく神社の屋根の上で一人佇んでいた。
「こんな所にいたのね」
 どこからとも無く紫が姿を現し、魅魔の隣に腰掛ける。
 そして、単刀直入に切り出す。
「全て、解っててやってたのでしょう?」
「……」
「分霊とはいえ、神は神。
 唯一の悪神とまで言われたその最高純度の正義に利用されてまで、自分の正義を成そうとした。
 そうでしょう?」
 魅魔は否定しない。
 それを肯定と受け取った紫は小さく溜息を漏らす。
「はぁ、あなたは真面目すぎるのよ」
 どんなに正しくても、巨大な正義に真っ向からから抗うだけでは押しつぶされてしまう。
 それはあなたも解っていた事でしょう?」
 沈黙を守っていた魅魔が口を開く。
「もう私だけなんだよ……。記憶に残しているのも、仇を討てるのも……ッ」
 巌のように強固な意志も、悠久の時の流れの前には砂の様に崩れてしまう。
 忘却の彼方に消え去る事は、恐怖以外の何者でもなかった。
「確かに、あの神やあなたの正義が実現すれば妖怪にとっての楽園が築けるでしょう」
 今の人間と天津神を駆逐し、山の民、土蜘蛛、と言われる先住民と国津神だけの国。
 つまり、葦原中国平定以前の完全に分け隔てられた世界に戻すという事だった。
 その世界には妖怪を否定し、脅かすような思想、思念は無いまさに妖怪の楽園となる。
「でも、それは今の時代にはそぐわない」
 天神地祇として外の神も順うた神も同じように祭られ、人間が繁栄した今、それは遅すぎたのだ。
 今となっては山の民は誰一人として残っていないだろう。
「その事も判っていたのでしょう?」
 二人の間を沈黙が支配する。
 その沈黙を破るように、紫が口を開く。
「あなたはもう答えを見つけていたと言うのに。
 その答えならば、あなたは正義を――全人類を恨み続ける理由を失わない。
 その答えならば、忘れ去られる事も無い。」
「あぁ、わかっていたさ……」
 解っていても、納得し切れなかったのだ。
 それは紫の言ったとおり、魅魔が真っ直ぐすぎるから。
 魅魔はふらりと立ち上がると、どこへとも無く去ってゆく。
「……ふぅ」
 ようやく動いた頑固者に、紫は溜息を吐く。
 霊夢が境内の方から声を掛ける。
「あんたそんな所でサボってたわね!」
「あははは、いいじゃないの少し位」
 カラカラと笑って霊夢の怒りを横へ流す。
「そういえば……、魅魔を見なかったかしら?」
 手当てした覚えが無いのよね、と霊夢が続ける。
「あの悪霊なら消えたわ」
 紫は魅魔の去っていった方角を眺める。
「……そう」
 腐れ縁でも縁は縁である。
 感慨深いものがあるのか、霊夢もしんみりと空を見上げる。
「れーいむー」
 そこに、母屋からルーミアの呼ぶ声が聞える。
「ほら、あなたの大事な人が呼んでるわよ」
 ニヤニヤと紫がからかう。
 それに真っ赤になって霊夢が喚く。
「う、煩いっ、あんたも早く帰れっ」
「はいはい、邪魔しちゃヤボってものだからねぇ」
 隙間の中にその身を滑り込ませ、紫は神社から姿を消した。
 これでようやく、博麗神社は普段通りの、客の居ない静かな姿を取り戻したのだった。


 § § §


 母屋に帰ってきた霊夢に、ルーミアがぴったりと寄り添う。
「えへへ……」
「な、なぁにルーミア?」
 霊夢は思わずドキリとしてしまう。
「今日は霊夢にぎゅーってしてくれたから、そのお返し」
 ほんのりと頬を染めながら、ルーミアは霊夢にきゅっと抱きつく。
「ルーミア……」
 霊夢はそんなルーミアの髪をそっと、愛おしそうに撫で付ける。
「ルーミア、もう、今日みたいな事は絶対にさせないから……」
 失う事の恐怖を知った霊夢は誓う。
「絶対に……」
「……うん」
 霊夢に抱きついたルーミアは、そのまま小さく頷いた。
「仲が良いのはいいけど、そういうのはせめて私が寝てからにしてくれないかねぇ」
 そんな雰囲気の中、興味なさそうな口調でやんわりと注意された二人は素直に離れる。
「はーい」
「あ、ごめん……」
 離れてようやく、声の主に霊夢が噛み付く。
「って、なんであんたが居るのよぉおお!?」
 顔を真っ赤にして抗議する相手は、どこかへ消え去った筈の魅魔だった。
 どこから持ち出したのか、勝手に酒まで飲んでいる。
「ん? そりゃあ屋根から居なくなったって意味だろ」
 そう言い放つと手酌で酒を呷る。
「あぁ、それと……」
「何よ、まだあるの?」
「今日からここの祟り神になるからよろしく」
 ――祟り神。
 人々に恐れられ、祭らない者に祟りを成す荒ぶる神。
 それこそ、魅魔の願いと正義と在り方の答えだった。
最終話です。
最後まで読まれた方、お疲れ様でした。


ネタ出ししてからほぼ一年も掛かってしまいました。
過去に人形で連続物を書きましたが、今回は話数で区切らず全部繋げてみました。
当初は普段通りの短い話の予定だったんですが、
いろいろとネタ帳に書き加えていくうちに話が膨らんだのでこんな量になったり。

今まで書いてきたssの小ネタもちりばめたり。
(話の発端でもある魅魔の過去とか、霊夢ルーミアとかアリスの人形の設定とかw


今回は初投稿したssと同じように、出来る限りキャラクターを登場させようと思ったのですが、
チルノ、レティ、リグル、ミスティア、プリズムリバー3姉妹、メディスン、文など登場させれませんでした。

当初の構想では、
龍は百足(の毒)に弱いというネタを使って、終盤にリグルとメディスン大活躍とかも考えたんですよ?w
文は天狗でサルタヒコなネタで出したかったのですが、登場する機会無しでした。

美鈴は出す予定無かったんですが、一応登場してもらいました。
扱いが酷い?
門番ってそういうものでしょ?(違


あと、REXで霊夢が神様使役してて凹んだりしました。
霊夢が強いのは神様降ろせるからって設定で書いてたので(´・ω・`)
まぁ、REXは修行の末に神を支配下においてる、このssでは借りてる程度と区別しました。

あー、まだイロイロ書きたいけどまぁいいや。
そんな感じで。

普段の文量の10倍は疲れました、イロイロと。
EXAM
exam0@hotmail.co.jp
http://homepage3.nifty.com/exam-library/
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コメント



0.790簡易評価
4.無評価脇役削除
見せてもらいましたなかなか面白かったです、ただ紅魔館で美鈴がまったくでてこなかったことが少し不思議だったかな
11.20名前が無い程度の能力削除
登場キャラを絞るかいくつかのバトルをすっ飛ばすかしたほうがよかったんじゃないかなと思いました。
どうもバトルが続いてストーリーが追いづらくなってます。
バトル自体が面白ければそれでも気にならないんですが、これはちょっと。

あと本筋に心情分や回想分や起伏分や非バトル分が足りないかなと。
そのせいで物語の核が放つ魅力が弱いです。
もっとこう、ハートを揺さぶって欲しい。

ていうか、
読者を楽しませる事、考えていますか?
と、読んでてとても聞きたくなりました。
23.100名前が無い程度の能力削除
26.70ウルフレッド削除
長々と一貫して読まさせて頂きました。
当方も、物書きではありますが下手なもので。
バトル面で、会話と状況が書き分けられないんです、えぇ。
その点から見て、良く書き分けられるなぁ、と評価させて頂きました。
内容も、個人好みでしたし。

ただ、強いて挙げるのであれば
もう少し『過激』ないし『苛烈』でも良かった気がします。