Coolier - 新生・東方創想話

願いと正義と在り方と -5-

2007/07/28 03:46:19
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 魔理沙と対峙する中、一つの情報が私の元に舞い込む。
 紫の様に式神を使っている訳でも、レミリアの様に使い魔を放っている訳でもない。
 神社を発つ前にルーミアに渡した護符。
 危険が迫れば結界を発動する護符であり、発動すれば私もそれを知覚できる。
 結界が張られるという事は、神社で何か事が起こったという証拠である。
 それは同時に、ルーミアが襲われた事も表す。
「――っ」
 このタイミングで神社に向い、騒動を起す人物――
 私を誘い出し、分霊と魔理沙を残し別行動を取っている、魅魔に他ならない。
 居場所が判ったのは僥倖だが、どうしてルーミアが?
 嫌な予感がする……、早く、早く戻らなきゃ……
「おやおや? 表情が険しくなったねぇ」
 八卦炉を弄びながら魔理沙は私の表情を覗き込む。
「煩いわね」
 先ずは魔理沙をどうにかしないと……
「おぉ怖い、何を怒ってるのか知らないけれど……」
 魔理沙は弄んでいた八卦炉を私に向けて構える。
 どうやらただ弄んでいた訳ではないようだ。
 既に八卦炉には十分な魔力が集まっている。
「考え事する余裕があると思うのかい?」
 臨界に達した八卦炉は煌々と輝き、光を奔らせる。
「まず……ッ」
 私はすぐさまその場――光の奔った場所から退避する。
 直後に魔理沙のスペルが宣言される。 
――恋符「マスタースパーク」
 刹那、光の指し示した先に向け極光が放たれる。
 膨大な量の魔力光の奔流はその熱量で空間を焼き尽くし、その余波は大気をも震わせる。
 光と熱の奔流から逃げられたが、大気の震動からは逃げられない。
 術者の魔理沙ですら帽子は吹き飛び、ローブははしたなく暴れる。
「くぅ……ッ」
 魔砲の余波に耐えながら私は飛び続ける。
 圧倒的な火力は当然脅威であるが、その範囲に入らなければ良い。
 しかし、大気の震動はそうはいかない。
 魔理沙と対峙し、魔砲を放たれる度に行動を阻害されるのだ。
 動きが制限されるという事は、そこに漬け込まれる事も意味する。
「きゃははっ、動かないと当たっちゃうよッ」
 魔理沙の周囲を漂う宝玉が星を大量にばら撒く。
 余波に抗い続けながら、私はばら撒かれる星を掻い潜る。
「それはあんたも同じでしょ」
 余波を潜り抜け、連射に優れる退魔の針を魔理沙に向けて放つ。
 魔砲を放っている八卦炉を砲身とするなら、魔理沙は台座だ。
 つまり、極光が輝いている間は魔理沙自身も動きを制限されるのだ。
「その程度でッ ほらっ」
 魔理沙は魔砲の照射を即座に切り上げて針を避けると、こちらに向かって小さな箱を放り投げる。
 小箱は放物線を描くが、どう考えても私には届かない。
 彼女の周囲を旋回する宝玉といい、八卦炉といい、魔理沙は道具を扱う魔法使いである。
 今投げた箱も何か魔法の道具な筈……。
 近寄らないほうが良いと判断した刹那、投げられた箱が炸裂して眩い光を発する。
「うわッ、目が……ッ」
 突然の目くらましを受けて思わず顔を覆ってしまう。
 一瞬とは言え、目を閉じてしまっては致命的である。
「きゃはははッ、ほぉら今度はどうする?」
 笑いながら、魔理沙は八卦炉に臨界まで魔力を注ぎ込み、魔砲を発動させる。
――恋符「マスタースパーク」
 八卦炉から膨大な熱量を伴った光が放たれ、私を包み――、込まれなかった。
 極光を防いだ訳では無い。移動したのだ。
 スペル宣言と同時に、零時間移動で魔理沙の背後に姿を現す。
 それは未来を見て行動でもしない限り避けられない絶対的なタイミング。
 手にもった陰陽玉は魔理沙の八卦炉と同じく臨界まで私の霊気を吸い上げている。
 後はスペル宣言をして、叩きつけるのみッ
 それは神社で永遠亭の兎に対して取った戦術と同じだった。
 この一撃で魔理沙を下して、私は神社に――ルーミアの元に急ぐ!
「こうするのよッ!」
「――ッ!」
 魔理沙がこちらを振り向くが、もう遅い。
――宝符「陰陽宝――
 スペル宣言を終える直前、嫌な予感がして私は宣言を中断し体を捻る。
 刹那、地面から伸びた光が掠める。
「く……ッ」
 光を避けながらざっと地面を確認すると、光の発動元である宝玉が帽子と共にそこかしこに転がっていた。
 マスタースパークの余波で飛んだ帽子……
 まさかあの中に仕込んであったの?
「断りも無く後ろに立つと撃たれるって――知らないのかい?」
 魔砲を切り上げた魔理沙は振り返りながらスペルを宣言をする。
――光符「アースライトレイ」
 地上に転がった宝玉が星のような輝きを起こすと、次々に光の帯が立ち昇り、私を襲う。
「くぅッ」
 私が光の帯を避けているその隙に、魔理沙は離脱してしまう。
 奇襲は一度しかできない。
 成功すればその一度だけで良いし、失敗すれば警戒され、対策されてしまう。
 それにこの場所――、魔理沙の家の敷地内じゃこっちが不利か……
 抜け目無い魔理沙の事、森の中にも仕込んであるに違いない。
 距離をあけた魔理沙は再び八卦炉を構える。
「まるで檻の中ね! 避けられるかしら?」
 そこに注ぎ込まれる莫大な魔力。
 奇襲は失敗したけれど、魔理沙の魔砲もこれで三度目。
 魔理沙の消耗も馬鹿に鳴らない筈。
 現に魔理沙の額には玉のような汗が浮かんでいる。
 私の記憶する限り、撃てて後一発。
 ――つまり、これを避けきれば私の勝利。
 臨界に達した八卦炉から、光が漏れる。
――魅恋「魅力的なマスタースパーク」
 収束した光が光の奔流となって放たれる。
 しかし、今までとは様子が違った。
 放たれる極光に巻きつくように魔術的な記号の描かれた魔力の帯が現れていた。
 でも、何が仕掛けられていてもあたらなければ良いのだ。
 圧倒的な光と熱の渦が私の居た空間を押し流そうと迫る。
 大気を揺るがす余波に抗い、地上から立ち上る光の檻を掻い潜り、空を駆ける。
 迫り来る巨大な光が私のすぐ近くを舐め、翻った袖を焼き焦がす。
 避けた――ッ
「よし――」
 私は飛びながら、手にした御祓い棒を構えて霊気を漲らせる。
 すると、霊気の塊が八つの宝珠となり、私周囲に現れる。
 魔砲を放つ魔理沙を見据え、反撃のスペルを放つ。
――霊符 「夢想妙珠」
 放たれた宝珠は魔理沙がどこまで逃げようとも追い続け、必ず命中する。
 八つの宝珠は魔理沙目掛けて飛び交うが、途中で軌道が逸れる。
 それた宝珠はその全てが例外なく極光に自ら飛び込み、霧散する。
「え――?」
「きゃはッ」
 驚愕し、立ち止まった瞬間、私の体も極光に引き寄せられる。
「な、なにこれっ」
 必死に飛んで光から逃げるも、引き寄せられる力が強く、距離を離せない。
「きゃはははッ、これが魅魔様にもらった力! 引き寄せる呪いッ」
 それは引き寄せる魅力と魔砲による魅魔の名を体現するスペル。
 魔理沙の笑い声に呼応して、極光に巻きつく魔術の帯が輝きだす。
 吸引の呪力が増したのか、遠ざかるどころか留まる事すら出来なくなる。
「くっ」
「ようこそ、私の魔砲へ」
 まずい、このままじゃ光に巻きこまれる……ッ
――夢符「二重結界」
 展開させた結界が魔砲を防ぐ盾となる。
 全力で結界を維持し、どうにか均衡を保つ。
「ぐ……ぅ」
「随分辛そうだね」
 魔理沙は結界を貫こうと八卦炉に更なる魔力を篭める。 
 限界まで出力を上げた魔力の奔流は張り巡らされた結界を震わせ、一枚目の結界を容易く打ち砕く。
「なんて威力なの……ッ」
 二重結界じゃ、耐えられない……!?
「く……ぅ」
 霊力をつぎ込んで支えていた二枚目の結界が軋みはじめる。
 破られる……ッ
 眼前に幾つもの警醒陣張り巡らせる。
「――ッ」
 結界が砕かれ、敷き詰めた警醒陣が瞬く間に蒸発した所で魔砲の光が途絶える。
 魔力が切れたのか、八卦炉が停止したようだった。
 荒い息を整えながら距離を取る。
 本当に、本当に危なかった……。
 けれど……、これで魔理沙は八卦炉を起動できない。
 つまり、魔砲を撃ち尽くしたという事。
「――はッ、ハァ、どうやら魔力切れのようね……」
 肩で息をする魔理沙はその事を否定しなかった。
 八卦炉の燃料は魔力であり、火力に比例してその代償は高くなる。
 付き合いの長い私は当然その事を知っているし、魔理沙もその事は承知だった。
「まだだっ」
 それでも魔理沙は戦う意志を見せる。
 懐から緑色の液体の入った小瓶を取り出した。
「まだ戦える……」
 魔理沙は憑かれた様に呟くとそれを飲み干す。
「んくっ……」
 途端に魔理沙の体に魔力が漲る。
 しかしそれは魔力の回復ではない。
 残る魔力を搾り出す為の薬。
 そんな事をしては自滅に繋がるというのに、それを知った上で……
 つまり、彼女は今後の事は考えていない。
 全ては今、この戦いを勝利する為に――。
「魔理沙、そこまでして……」
 小瓶を捨て去り、魔理沙は空高く舞い上がる。
「さぁ、この一撃で決めてやる!」
 八卦炉に魔力が注ぎ込まれる。
 普段の魔砲とは違い、魔力を星の気に加工し注ぎ込む。
 さらに、八卦炉を取り巻く魔力に例の魔術記号の帯が現れる。
 つまり、あのスペルも吸引の呪いがあるという事。
 それは先程同様、避けることが出来ない証である。
 この後の事を……、魅魔の考えてちゃ――、魔理沙に勝てないッ
 こちらも全力で迎え撃つ――。
「いいわ、来なさい!」
 私も霊気を漲らせた御祓い棒を地に突き立てる。
 瞬時に足元に広がる巨大な八卦図。
 対する魔理沙の八卦炉も臨界を向かえ、眩い輝きを放つ。
――魅星「魅惑的なドラゴンメテオ」
 八卦炉から放たれた光は名の通り、龍が吐き出す焔の吐息。
 大気を焼き、織り込まれた星を撒き散らしながら大地を焼き尽くさんと降り注ぐ。
 付与された吸引の呪力も凄まじく、地に転がる宝玉を吸い寄せ次々と飲み込む。
 そんな龍の一撃に私は真っ向から勝負を挑む。
 足元に広がった八卦図に霊気が漲り光を放ち、私を覆うように空へと浮かび上がる。
――神技 「八方龍殺陣」
 浮かび上がった光が眩く輝くと、天を衝かんと立ち昇る。
 降り注ぐ光の吐息を迎え撃つのは、龍をも殺す光の結界。
 二つの光が激しくぶつかり合う。
 龍の吐息は結界を押し破らんと無数の星を撒き散らし、
 光の結界は龍――、魔理沙を捕らえんと吐息に抗う。
「ぐ――ッ」
「――くッ」
 出力の差では八卦炉を持つ魔理沙に分があるが、
 相性の点では龍殺しの術を放つ霊夢が優れる。
 つまり、二人は全くの互角。
 となれば、勝負の行方は純粋な力勝負となる。
 二人は均衡を打ち破らんとしてお互いに魔力と霊気を注ぎ続ける。
 光と光のせめぎ合いはいつまでも続くと思われたが、意外な展開を見せた。
「ぐ――ぅッ!?」
 呻き声が聞え、降り注いでいた膨大な光が僅かながらに緩む。
「――ッ!」
 まさか、薬の――?
 緊張状態における一瞬の緩みはそのまま結末となる。
 攻め勝った光の結界は龍の吐息を巻き返し、苦悶の表情を浮かべる魔理沙を飲み込んだ。


  § § §


 案の定、薬の副作用で魔理沙はスペルの維持ができなくなり、敗北した。
 それでも咄嗟に障壁を張り巡らせ、被害を最小限に抑えきったのは普段の努力の賜物だろう。
 私は地面に横たわる魔理沙の傍らに立つ。
「は……、ハハっ、また、負けちゃったか……」
 ヘラヘラと笑う魔理沙の顔はどこか清々しく、彼女の目にあった『良くないモノ』も消え去っていた。
「どうやら元に戻ったみたいね」 
 相変わらず髪は赤いままだったが。
 『良くないモノ』の正体は抗えない程凄まじい衝動である。
 何かを成そうとする意志の力を暴走させるモノ。
 それがあの悪霊の『魅』の力である。
 月の兎は贖罪の念に駆られて、冥界の庭師は人斬りの衝動だった。
 では、魔理沙は……
「……」
 聞いても魔理沙はきっと答えないだろう。
 それに、聞かなくても答えは……
「何やってるんだ……、魅魔様を追っかけるんだろ?」
「……えぇ、もちろんそうするわ」
 私は魔理沙をそのままにして空に浮かぶ。
 魔理沙なら一人で傷を癒せるだろうし、この森にはアリスも居る。
 そのまま森を離れようとすると、魔理沙が不意に声を掛ける。
「霊夢――」
「……うん?」
「魅魔様は、何かをしようとしてる……」
 やっぱり、何か裏があるのね……
「でも――、きっと、魅魔様は……魅魔様じゃないんだ」
「――魅魔が、魅魔じゃ……ない?」
 普段の魔理沙ならとんちの聞いたことを良く言うが、この状況でそんな事は言い出さないだろう。
 つまり、それは言葉通りという事――?
 地に寝たまま、魔理沙は声を絞り出す。
「頼む、魅魔様を……」
「……判ったわ」
 私は短く答えると、振り返る事無く私は飛び立ち、神社へと急ぐ。
 ――待ってなさい、魅魔。


  § § §


 魔法の森で決着がつき、霊夢が神社へと飛び立った頃
 人間の里と魔法の森を分かつ様に作られた一本の道を少女が東へと向かっていた。
「はぁ、はぁっ」
 二本の黒い尻尾を揺らし、大事そうに荷物を抱えて走る少女は化け猫の橙だった。
 息を上げながら、大事に抱いた荷物を見て橙は期待に胸を膨らませる。
「これを、これを届ければ……」
 きっかけは妙な夢。
 猫達が言う事を聞かない事で悩んでいた私に、夢が答えを教えてくれた。
 それはとっても単純な答え。
 強くなればいいんだ。
 それは私も判ってる。
 毎日ちゃんと修行して、妖術も沢山覚えて、藍様みたいな立派な妖怪になれば――
 ……でも、それじゃあすぐに強くなれない。
 私はすぐにでも猫達を従えて、藍様のお役に立ちたいのに……。
 そう思ったら、夢が教えてくれた。
『――を神社に持ってこれば、きっと力を与えてくれる』
 藍様に教えてもらって荷物は手に入ったし、後はコレを神社に届ければ……
「私もこれで藍様みたいに――」
「おーい」
 その時、そんなに遠くない場所から声が聞えた。
「……なんだろ?」
 立ち止まって振り返ると、人影が一つこちらに向かってきた。
「もしかして……」
 一瞬、店主が追いかけてきたかと思い身構えるがすぐに人違いと判明した。
 人影の髪が腰まであるのだ。
「ふぅ……、お店の人は男の人だったもんね」
 声を掛けた人物は振り返った橙の後ろに降り立つ。
「ふぅ……、よかった……」
 降り立った女性は安堵の息を漏らす。
 振り向きなおした橙も内心安堵していた。
 なぜなら女性が顔見知りだったからだ。
「何かあったんですか? ――慧音さん」
 女性の名前は上白沢慧音。
 里で先生をしている人で藍様のお手伝いで人間の里で知り合った人だ。
「あぁ、先程小柄な子にぶつかりそうになったんだけど、その時に落し物を拾ってね」
「ぶつかりそうに……、あっ」
 そうだ、お店を出たときに誰かにぶつかりそうになったっけ……
「それで今店の周辺に居る小柄な子を見つけて呼び止めてたんだ」
「そ、そうなんですか……」
 慧音の視線が橙の抱える荷物に移る。
「おや、その荷物はどうしたんだい?」
「ど、どうしてそんな事聞くの……?」
 その声と目の鋭さに橙は後ずさる。
「ここに来る少し前にね、とある店で代金を受け取っていないのに、お客が品物を持って出て行ったんだ」
「ぁ……、ぅ……」
 落し物だなんて嘘だったんだ……
 慧音さん、店の人に言われて私を追いかけてきたんだ……
 橙は荷物を抱えて更に後ずさる。
「やっぱりな……」
 残念そうに呟きながら、慧音はゆっくりと歩み寄る。
「さぁ、一緒に謝ってあげるから返しに戻ろう」
 しかし橙は首を横に振る。
「藍殿には言わないと約束するから……」
 藍様……
 きっとこの事が藍様に知られればすっごく怒られると思う……。
 でも……
「……やだっ」
 今返しちゃったら、私は強くなれない……ッ
 怒った藍様は怖いけど、それでも藍様のお役に立てる様になるのなら、
 私は――ッ


  § § §


「ぜったいにイヤ!」
 橙が頑なに拒否する。
 どうあっても盗んだ品物を渡したくないらしい。
 こんなにも強情な子だとは思わなかった。
「――フゥゥウッ」
 橙は二本の尻尾の毛が逆立たせ、威嚇の声をあげる。
 徹底抗戦と言う訳か……、それならば仕方が無い。
「そうか……、ならば力ずくで捕まえようか」
 捕らえると言っても、相手は妖獣だ。
 大元が獣である為に身体能力は高く、
 特にその瞬発力は並みの妖怪では追いつけない程だ。
 それは半人半獣の慧音でも同じだった。
 満月の夜ならば話は違うが、今の慧音は『妖術が使える人間』でしかない。
 人間と変わりない私が素早い橙を捕らえるには――
「シ――っ」
 思案していると、橙が走る。
 そして、瞬く間に私の目の前まで詰め寄る。
「くっ」
 一撃を貰う代わりに捕らえる心算だったが、橙からの攻撃は無かった。
 目前まで迫った橙は速度を緩める事無く右へ飛ぶ。
 しまった……ッ
 動物的な考えならば、戦うより先ずは逃げる方を選ぶか。
 化け猫である橙の瞬発力ならば正面からでも私の脇をすり抜ける事ができる。
 それでも私は必死に右に手を伸ばすが、そこに橙は居なかった。
 気がついたと同時に、左側から橙の声が聞える。
「――バイバイ」
 動きの緩急を使った奇術か――ッ
 しかし、すり抜けられる事は百も承知している。
「――通さんっ」
 私は宣言をする。
 私が喰らった歴史の一部を。
 準備しておいた、逃げ道を塞ぐ為のスペルを――
――戦史「ハンニバルの全周包囲」
 宣言と共に私の後方に使い魔の軍が隊列を成して現れる。
 大きな盾と槍を持つ屈強な兵士達が道を封鎖する。
 軍隊を前にしてすばしっこい橙が足を止める。
「くッ」
 再度駆け出そうとした橙に私は告げる。
「逃げ場は全て封鎖した。諦めるんだ」
 その言葉と共に私と橙を遠巻きに囲むように、使い魔の軍勢が現れる。
 空を飛ぼうものなら全方位から狙い撃ちになる。
「さぁ、大人しく店に……」
「イヤ!」
 追い詰められた橙はポケットから人を模った紙のような物を取り出す。
「あれは形代……、式神か!」
 式神には二種類の使い方がある。
 人間や動物に式を憑ける事で使役する方法が一つである。
 式を憑けられた者は命令に従う限り、使役者の力量に迫る能力を発揮できる。
 橙自身はこちら式神であり、藍に憑けられ、使役される。
 二つ目の方法は、形代に式を憑ける事で、式に体を持たせて使役する方法である。
 形代とは自らの身代わりになる人形の様な物で、形代に憑いた式はこれを元に仮初の体を作り出す。
 ただしこの式神の場合は己の意志が無く、命令をこなすのみであり、式が剥がれれば大元の紙に戻ってしまう。
 未熟な橙には式を打つ事は出来ないが、元からある式を移し変えることなら可能である。
――鬼符「青鬼赤鬼」
 橙のスペル宣言と共に、形代は姿を変える。
 鉄の棍棒と角を持つ巨漢が二人、橙の左右に現れる。
 赤と青に染まった肉体は筋骨隆々で荒々しい。
 その姿はまさに――
「鬼か……」
 本物には及ばない式神とはいえ、その膂力と頑強さは鬼の名を冠するに相応しいものを持つ。
「お願い、この包囲を破って!」
 肩に飛び乗った橙のお願いに、咆哮を上げた赤鬼は狂ったように使い魔に殴りかかる。
 使い魔――それも人を模した存在では鬼に敵う筈も無い。
 突破されるのは時間の問題である。
「させるかッ」
 それを黙って見過ごす筈が無い。
 私は地を蹴り疾駆する。
「あなたは慧音さんを――、あいつをお願い!」 
 赤鬼と同じく、青鬼も咆哮をあげてその願いに答えて金棒を振るう。
 圧倒的な威圧感の前に、私は即座にその場から飛び退る。
 直後、豪腕から繰り出された必殺の一撃が地面を砕く。
 攻撃を避けられた青鬼は低く唸ると次の一撃を当てる為に間合いを詰めてくる。
「くッ」
 こいつに時間を掛けては橙を逃がしてしまう。
「えぇい、邪魔をするな」
 私の左右に使い魔を呼び出し、スペルを宣言する。
――葵符「水戸の光圀」
 使い魔が妖気を発し、光の刃を乱れ撃つ。
 が、流石は鬼の名を冠する者である。
 その巨体に光の刃が何本突き刺さろうともその歩みは止まらない。
「鬼の名の意地か? それとも藍殿の思いの強さか?」
 光の刃の援護の元、私はスペルを宣言しながら駆け出す。
――国符 「三種の神器 剣」
 手の中に光が収束し、一振りの剣に変化する。
 間合いを詰める私を迎え撃とうと、青鬼が金棒を大きく振りかぶり、豪腕でもって振り下ろされる。
 しかし、鬼は正直すぎる。
 振り下ろされる剛撃は触れただけでひき肉にされそうだが――
 その真っ直ぐ振り下ろされる軌道は分かっていれば避けられる程単純である。
「うぉおおおッ」
 紙一重で金棒を避けると懐に飛び込み、その喉に剣を突き立てる。
 声にならない悲鳴をあげた青鬼の姿が崩れ、紙切れに戻る。
 しかし、包囲の一角を崩そうと暴れる赤鬼が残っている。
「カルタゴの屈強なる兵士達よ、赤鬼を止めろッ」
 兵達が包囲を狭め、赤鬼に総攻撃を開始する。
 流石の鬼も数の暴力の前にはその歩みを止める。
 足の止まったその隙に橙を捕らえる為に私は飛ぶ。
「橙ッ、もう諦めろ!」
「こ、来ないでよ!」
 ポケットをまさぐった橙は形代を投げつける。
「また式神かッ」
――鬼神「飛翔毘沙門天」
 形代は姿を変え、手には槍と宝塔を持つ甲冑に身を包んだ武将となり、槍を繰り出す。
 その鋭い一撃をどうにか剣で受け止め、私は驚愕する。
「な――ッ、托塔李天王だと!」
 軍神であり、北方守護であり、十二天の一人であり、七福の一人でもある毘沙門天。
 先程の鬼とは比べ物にならない程の式神である。
「おねがい、足止めを……、ううん、倒しちゃって!」
 橙のお願いに毘沙門天はゆっくりと頷き、更なる槍を繰り出す。
 毘沙門天に足止めされる私の目の前で、兵士を相手に苦戦する赤鬼から橙が離れる。
 赤鬼にかかりきりになっている兵士達は逃げる橙を矢で射る事ができず、
 毘沙門天の槍を受ける私にも余裕は無かった。
「まて、橙!」
「みんなごめんね、でも……、お願いっ」
 どうにか毘沙門天の猛攻を防ぎきり、仕切りなおすも遅かった。
 荷物を抱いた橙が東の空へ飛び去った後だった。
「くぅ……、やってくれたな……」
 いや、私が侮りすぎたのか。
 しかし行き場所は判った。
 きっと神社だろう。
 ここから東に進んでも神社しか目だった施設は無い。
「さて、後でお仕置きの頭突き、決定だな……」
 そんな事を呟きながら、私は少々厄介な相手に集中することにした。


  § § §


 全速力で空を駆け、霊夢は神社へと急いでいた。
「――まってなさい……っ」
 今回の騒動はまったく先が見えない。
 私を足止めして神社に向かって……、一体何が目的なの?
 それに魔理沙の、魅魔が魅魔じゃないって言葉も気になる。
 そして――
「ルーミア……」
 彼女は無事なのだろうか?
 私の……大事な、大事なルーミア……
 大鳥居が見えてくる。
 そのまま境内を目指すつもりだったが、階段に人画倒れている事に気がつく。
「あれは――ッ!」 
 階段で倒れ伏していたのは、妖夢と鈴仙だった。
 境内から血が続いている。
 つまり、上で戦いが行われ、敗れた二人は階段に放り投げられ転げ落ちたようだった。
 私は二人の傍らに降り立ち、助け起す。
「――妖夢、鈴仙!」
「ぅ……、くぅッ」
 良かった、意識がある。
 妖夢と鈴仙を同時に相手にしてここまで圧倒するなんて……
「一体どうしたの?」
「ぁ……、す、すまない霊夢……、私達じゃ止められなかった」
「ルーミアが、捕まった……」
「――っ」
 どうしてルーミアが……?
「私達はいいから、早くッ」
「……わかったわ」
 二人を後にして大鳥居を潜る。
「――これはッ」
 目の前に広がるのは巨大な魔法陣。
 境内には見慣れない魔法陣が描かれていた。
「魅魔っ、……ルーミア!」
 そして陣の中央には魅魔と、横たわるルーミアの姿があった。
「おや……、来たのは霊夢、あんたかい」
 どうして――、ルーミアが……
「一体何が目的なのよ! 私を狙ってたんじゃないの?」
「あはは、私の目的はあくまでこの子。 一緒に居るあんたは少々邪魔だったってだけさ」
「……今すぐルーミアを放しなさい」
 自分でも驚くほど声に怒気が篭る。
 異変解決の邪魔をされるなどすれば、暢気な霊夢も怒る事はある。
 神社を壊されたり、お茶菓子を勝手に食べられたりとその怒りは常に自分の為だった。
 でも、今は違う。
 他人に関心を持たなかった少女は初めて他人の為に怒りを覚えていた。
「……ふふん、それはできない相談だ。 儀式の為に必要なんでね」
「儀式……?」
 魅魔は余裕からか饒舌に喋り始める。
「あぁそうさ」
 魅魔は境内に描かれた魔法陣を指差す。
「儀式には二つのチ――、私の持つ知(チ)識と、その子の血――霊(チ)が必要なんだ」
 血液は唯一肉と霊を結ぶ存在で、それだけで魔術的、魔力的な力をもつ。
 その為、血液を用いれば行使する魔法は更なる完成へと至るのだ。
 魔術的な儀式に血液が使われるのは、全ては行使する魔法を更なる完成へと至らせる為である。
 そして、大掛かりな魔法ならば相応の量が必要になる。
 それはつまり、
「――生贄にするって事!?」
 魅魔は答えず、ニヤリと笑う。
 よく見てみると、ルーミアの周りに防護の為の結界が敷かれていた。
 成る程、大事な生贄は捧げるまで大事にするという事なのね……
 しかしふと疑問が浮かぶ。
 どうしてルーミアなのか?
 この二点だった。
 血液ならば、妖夢も鈴仙も居たのに……
 そこでたった一つだけ、生贄になるに相応しい理由を思い出す。
 それは昨夜の出来事。
 ずぶ濡れになって神社にやってきたルーミアをお風呂に入れてた時におこった小さな異変。
「もしかして……、あんた、昨日の夜神社に……」
「あぁ、だから一緒に居るあんたが邪魔だったんだよ」
「く……っ」
 しかし、更に疑問が浮かぶ。
 どうして私が到着するまで無事だったのか?
 森へと誘われた時点で邪魔な私の排除は完了していた筈。
 それが未だに出来ていないという事は――
「そうか、儀式に必要な『何か』が足りないのね……」
「流石に鋭いね。 あんたが戦ってる間に持ってきてくれる手筈だったんだけどねぇ」
「あら、もうそんな心配しなくていいでしょ?」
 私は御祓い棒を構える。
「私があなたの計画を頓挫させるのだから」
 ルーミアを救うには邪魔する魅魔を打ち破らなければならず、
 魅魔が倒れれば儀式を行う者が居なくなる。
 結局、やることは決まっているのだ。
「ルーミアを返してもらうわ!」
「既に目覚めの鐘は各地で打ち鳴らされ、必要なチはこの地に全て揃っている」
 魅魔はどこからともなく降妖宝杖を取り出す。
「最後の骨肉が届くまで少し遊んでもらおうかねッ」


 § § §


 御祓い棒を構えた霊夢が針を連射して牽制する。
「その程度じゃ遊びにもならないね!」
 幽気を篭めた宝杖を大きく薙ぎ払う。
――「ワイドウェーブ」
 放出された衝撃波が針を軽々と吹き飛ばし、霊夢を襲う。
 破壊の波は広範囲に拡がり、地上での逃げ場を奪う。
「く――っ」
 霊夢は咄嗟に空に飛び上がって衝撃波を避ける。
「のろま過ぎるよッ」
 私も同じく飛翔し、宝杖の月牙で霊夢に斬りかかる。
「くぅ……ッ」
 霊気を通わせた御祓い棒で月牙の一撃を受けた霊夢は間合いを放そうと大きく跳び退る。
「逃がさないよッ」
 逃げた霊夢に向けて大きく宝杖を振るう。
――「ワイドウェーブ」
 それに対し、霊夢は御祓い棒を振るい、赤い刃を放つ。
「ハっ」
――「エクスターミネーション」
 霊気で編まれた赤い刃が幽気の衝撃とぶつかり合う。
 私と巫女の火力の差を考えれば、赤い刃は四散する筈だった。
 しかし、現実は私の予想を裏切った。
 赤い刃は衝撃波を衝き抜けて私の頬を掠めたのだ。
「――ちぃッ」
 拡散し、薄い部分を突破されたのだろう。
「そうこなくっちゃねぇ」
 宝杖に幽気を篭めて高くかざし、スペルを宣言する。
――儀符 「オーレリーズサン」
 篭められた幽気が四つの宝珠となって具現化し、旋回する。
 戦いでは手数と火力が重要である。
 手数の多さは隙を無くし、火力の高さは相手を打倒する打撃力に直結する。
 対する霊夢は袖から大量に護符をばら撒き始める。
 袖に仕舞い込める筈の無い量の護符がバサバサと音を発てて落ちる。
――霊符 「夢想封印 散」
 ……手数を増やす為の陰陽玉じゃない?
 自らの手数を増やすのではなく、増えたこちらの手数を押さえ込むつもりか。
 それは魅魔とは真逆の考えだった。
「面白い……」
 大量にばら撒かれ、舞い落ちる護符が意志を持ったかのように魅魔に殺到する。
 同じく意志を持ったかのように、旋回する宝珠が自ら動き出し、向い来る護符の尽くを迎撃する。
 護符の量には驚いたが、宝珠で十分に防ぎきれる。
「この程度で止められるとでも……ッ」
 私の言葉を遮り、霊夢は低い声で呟く。
「言い忘れたけど……、今の私は本気で怒ってるわ」
 その声にゾクゾクと体が震える。
 これが霊夢の、博麗の怒り……?
「だから、十二分に覚悟することね! ――疾っ」
 霊夢の気合と共に、迎撃し続ける宝珠に、全方位から護符が殺到する。
――霊符 「夢想封印 集」
 尋常でないその量に、迎撃していた宝珠が瞬く間に護符に覆われてしまう。
「――な、なんだと!?」
 最初のスペルは単なる準備だったというのかッ
 護符に張り付かれた宝珠は浮遊する力を無くし、ポトリと落ちる。
 私の周囲を旋回していた宝珠全てが瞬く間に護符の餌食になってしまった。
 宝珠を片付けた護符の群れは鎌首をもたげ、魅魔を包囲する。
「くそっ」
 襲い来る大量の護符に毒づいた魅魔は全身に幽気を漲らせる。
 漲る幽気は魅魔の中で悪意へと変換される。
――「イビルフィールド」
 スペルの宣言と共に、魅魔の体から全方位に向けて悪意の波動が放たれる。
 放たれた悪意は衝撃を伴う黒い力の渦となって迫り来る護符を一掃し、周囲を薙ぎ払う。
 当然その衝撃は霊夢を巻き込む。
 いくらあの巫女でも、無事では済まないだろう……
 しかし、またも予想は覆される。
「――ッ!」
 黒い渦が晴れたとき、巫女は既に目の前まで間合いを詰め、霊気を纏った御祓い棒を振りかぶっていた。
「ハァ――ッ」
「く……ぅッ」
 体が悪霊である為、まともに受ければただではすまない。
 紫電の速さで振り下ろされる一撃を宝杖で受ける。
 が、その瞬間バキリと音を発てて杖が砕け散る。
「な……ッ」
 呆気にとられた瞬間、霊夢の回し蹴りが私の腹を捉える。
「がは――ッ」
 境内の脇にそびえる大木に叩き付けられる。
「……ふんっ」
 追い討ちに放たれた赤い刃をどうにか避けて間合いを離す。
「……莫迦なっ、なぜ無傷なんだッ!」
 なぜ巫女は健在なんだッ。
 たとえ黒い渦の衝撃を結界で防いだとしても、共に放たれたのは全人類を恨む程の悪意だ。
 正常な人間ならば発狂してもおかしくないというのに……ッ
「そんなに驚くこと? 結界は中と外を隔てる境界だと言うのに」
 イビルフィールドに対し、霊夢が二重結界を張り巡らせる事は魅魔も想定していたことだ。
 たとえ大結界を展開されても、相殺するだけの火力は有していた筈だった。
 しかし、霊力が飛躍的に高まった霊夢は張り巡らせた結界により傷一つ負う事も、
 悪意によって気が狂う事も無かったのだ。
 それも、本来ならばワイドウェーブで十分切り裂ける筈の二重結界で防ぎきったのだ。
「魔理沙との戦いで消耗している筈なのに、どこにそんな余力が……っ」
 その時、魅魔の視界に境内中央に横たわるルーミアが映る。
「まさか……ッ」
 人は『守る対象』が在るからこそ、能力以上の力を発揮できる。
 それは自己の保身の為には決して発揮される事は無く、
 その力は想いの大きさに比例し、時に肉体をも凌駕する。
「く……っ」
 つまり、あの巫女にとってあの妖怪が『守る対象』だと言うのか……ッ
 倒し、倒される関係だと言うのにッ
「しかし、これで終わりだよ!」
 禍々しい悪意と共に体中に満ちていた幽気が変質する。
「……これは、神霊の気配――っ!?」
 悪霊である筈の魅魔から神性を感じ取った霊夢は驚愕する。
「幾千の星の煌き……、防げるものなら防いでみなッ」
「星……! そうだったのね……」
 霊夢は御祓い棒を構えなおし、何かを呟き始める。
 まだ何かしようと……?
 しかし、術が成れば関係ないッ。
 魅魔は両手を高々と掲げ、紡ぎだす。
 天津神でありながら国津神に味方し、圧倒的な力を見せつけた悪神。
 封印後も災いを成した唯一の星神でもある、自身に宿る分霊の名を。
――「天津甕星」
 掲げられた両手から、莫大な神性が空へと立ち昇る。
「星は……、雲に遮られるのよ……」
 同時に霊夢も構えなおした御祓い棒を振りかざし、神の名を唱える。
――「倭文神建葉槌命」
 霊夢の霊気が神性へと変質する。
 魅魔から立ち昇った神性に応え、天空に輝く星々が一斉に瞬く。
 幾千の星の瞬きは幾千の光の槍となって地上――、霊夢に降り注ぐ。
 その刹那、霊夢から立ち昇った神性が黒い雲のように上空に広がる。
 黒い雲は降り注ぐ光の槍全てを防ぎ、かき消してしまう。
「――莫迦なッ、何故だ! どうして?」
 魅魔は声を荒げる。
 どうして防げたのか、どうして『分霊の正体』を霊夢は知りえたのか?
「悪霊であるあんたが発した神性と、口にした星。 そして魔理沙の言葉よ」
 ま、魔理沙……、正気に戻ったのか……ッ
「正体が判れば、後はあなたを打倒し得る神に力を借りるだけ」
 天に輝く星には、刀剣も雷も届かない。
 しかし、星の光は日の光程強力では無いため、天の織物――雲には抗えない。
 それらは神代から語られる事実である。
 つまり、彼女――霊夢は……
「――神話を知る者かっ!」
 悪霊と巫女という最悪の相性を覆す筈だった分霊の存在。
 だが、それすらも看破され、相性の悪い神を出されてしまったのだ。
 完全に勝敗は決してしまった。
「大方魅魔を操ってたのでしょう? でもそれも此処までよ」
 霊夢の手から退魔の針が放たれる。
「さぁ、大人しく魅魔から離れるか、魅魔もろとも私に調伏されなさいッ」
「くッ」
 まさか、まさかこんな所で終わってしまうのか――?
 しかし、私の悪運はまだ尽きてはいなかった。
「ハァ、ハァ……ッ」
 針を避けた私の耳に、荒い息と共に石段を駆け上がる足音が聞える。
 まさか――ッ
 霊夢の猛攻を避けつつ、鳥居へと視線を向ける。
 荷物を抱えた少女が、今まさに石段を登りきった所だった。
 ついに――、ついに来たかッ!
「着いたー!」
 嬉しそうに声をあげる少女に霊夢が振り返る。
「――橙!?」
 その一瞬の隙を突いて、私は荷物を持った少女――橙へと殺到する。
「待ちくたびれたぞ!」
「うわわッ」
「――あ、待ちなさいッ」
 霊夢も動き出すが、いかんせん身体能力の差がありすぎた。
 私の方が確実に先に届く。
「さぁ、それを――、包みの中身を、――剣をこちらに渡せ!」
「え……、あなたが夢の――、きゃっ」
 橙から、布に包まれた荷物をひったくる。
 ついに、ついに手に入れたッ!
 神代から現代に残り続ける唯一の骨肉。
 大地の龍王であり、国津神を統べる王――、八岐遠呂智。
 オロチ――「遠呂智」の遠とは遥か彼方で空と地上を分け隔てる峰であり、
 山、谷、川を含む大地、地上そのものを意味する。
 そして智はチであるため血、すなわち霊――神性を意味する。
 つまり、天に住む龍神と対となる地の龍神なのである。
 オロチの尾から出た天叢雲剣――、草薙剣こそ現存する唯一の身片であり、復活の鍵となる。
「お願いッ、私を藍さまみたいに強く――」
「今はそれどころじゃないッ」
「ぎゃんッ」
 すがりつく橙を殴り飛ばし、迫り来る霊夢に備える。
「そんな剣一振り得た所で、覆らないわよ――、甕星ッ」
 霊夢は魅魔への止めとなるスペルを宣言する。
――「魔浄閃結」
 霊夢から放たれた光は巨大な壁となって押し迫る。
 甕星の悲願――。
 それは国津神が奪われ失ったモノを天津神から取り戻す事。
 天津神に謀られ、討ち破られたオロチの復活は国津神側にとって大いなる大義となる。
 しかし、怒りに燃える霊夢はそれほどまでに圧倒的であった。
 今の甕星は自身が天叢雲剣を持っていても霊夢に勝利することは難しいと悟る。
 ならば、私は――
 魅魔は天叢雲剣を逆手に持ち替え、大きく振りかぶる。
「――私は、大義を捨てるッ」
 そう叫ぶと、魅魔は逆手に持った天叢雲剣を霊夢に向けて投擲した。
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