Coolier - 新生・東方創想話

願いと正義と在り方と -4-

2007/07/28 03:45:37
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 人形に包囲された白玉楼。
 幽々子と小町の二人は苦戦を強いられながらも、奮戦し、抗っていた。
 襲い掛かる人形達が飛び道具を使わない事は幸いしたが、それでも数が多すぎた。
「これじゃあキリがないわねっ」
 死蝶が軽やかに舞い人形達を薙ぎ倒すが、壊れた人形を踏み潰し、新手が距離を詰めようとする。
 そこにすかさず死蝶を放つといったイタチごっこが続いていた。
 群がる人形達は亡霊である私を傷つける術を持っている。
 このまま消耗戦を強いられては圧倒的に不利だった。
「どうにかしてここを脱出しないと……」
「幽々子さん、庭に向けて人が通れる位の穴って開けられないですか?」
 銅銭、銀銭、金銭を駆使して人形を足止めしている小町が提案する。
 それは脱出のための通路の確保だった。
「それは可能だけど……、すぐに他の人形達が穴を埋めるわよ?」
「少しの間でいいんです。それに、あたいの本業はなんだと思います?」
「……渡し守、ね」
「そう、あたいは彼岸の渡し守。サボる時もあるけれど、かならず送り届けるのがモットーさ」
 つまり、考えがあり、現状を打破できると言うことかしら?
 自分では打破できない現状。
 ここは小町に頼ってみましょうか……
「……わかったわ。庭で良いのね?」
「お願いしますッ」
 と頼まれたけれど、回りを取り囲む人形が邪魔よね……
「先に周囲を片付けるわ」
 胸元で手を合わせ、幽気を集積する。
 隙ありと見た人形達が得物を手に殺到する。
「舞い散りなさい……」
 集められた幽気が無数の蝶となり、手の中から零れ出る。
――死符 「ギャストリドリーム」
 蝶の群れは舞い拡がると二重三重の輪を作り出し、擬似的な結界となる。
 優雅に舞う蝶は無情な防壁となり、攻め入ろうとする人形達を容赦なく破壊しつくす。
「行くわよッ」
 再度幽気を集積、凝縮して、小町の要求どおり庭に向けて解き放つ。
――未生の光
 五指から放たれた数条の光の帯は進路上の人形達を貫通し、薙ぎ倒し、庭先にまで到達する。
 その瞬間、確かに人形の海が断ち割られ、人一人が通り抜けれる道が存在した。
 しかし、溢れんばかりの人形達はその穴を埋めようと殺到する。
「閉じさせない――ッ」
 立て続けに私はスペルを宣言し、かざした手を振り上げる。
――冥符「黄泉平坂行路」
 埋められてゆく隙間から霊魂が沸き立ち、殺到した人形達を打ち砕いてゆく。
 これで――、道は開けた。
 不意に小町が私の手をぎゅっと握り締める。
「さ、行きますよッ」
「ぇ……」
 私の手を握った小町が走り出す。
 幾ら道が開けたとは言え、すぐに埋まってしまうというのに。
 それに釣られて私も走り出すが、人形達は圧殺しようと雪崩れ込んでくる。
 ダメ、どんなに早く走っても途中で人形に押しつぶされて――
「きゃっ?」
 急な浮遊感の後、とん、と地面に降り立つ。
「え……、え?」
 周囲を見わたせば庭先である。
 結局人形に潰される事も、ぶつかる事すら無かった。
 ほんの数歩走り出しただけだったのに脱出できてしまったのだ。
 後ろを振り向けば、人形達が雪崩れ込みあって穴を埋め尽くした所だった。
「一体どうして……?」
「へへ、距離を弄ったんですよ。その為には縮める為の通路が必要だったんで」
「すごい……、こんなこと出来たのね……」
「それよりも早くここから逃げましょう」
 言われて後ろを振り返れば、赤黒い得物を掲げて人形達は既にこちらに向かって動き始めていた。
「そ、そうね」
 私と小町は走り出す。
 人形達は健在とはいえ、包囲からは脱出できたのは大きい。
「このままアリスを探しましょう。操る存在さえ抑えればきっと終わるわ」
「場所は解るんですかい?」
「えぇ、それは大丈夫よ」
 これだけの人形を送り続けるには大掛かりな魔法が必要になるのは明白。
 となれば霊的に優れた場所に陣を構える筈。
 白玉楼で最も霊的に優れた場所といえば……、一箇所しか無い。
「きっと西行妖の付近よ」
 しかし問題もある。
 私達が走っている方向は西行妖からどんどん離れて行ってしまう。
「そうですか……」
 途端に小町は立ち止まる。
「それならあたいはここらで仕事をサボらせてもらいます」
 それだけを言うと小町は踵を返す。
 こんな時に何をと思い振り返ると、新手の人形の大群が迫ってきていた。
「まさか……っ」
 あの数を一人で留めようとでも?
 そんな、鬼や悪魔ならともかく、ただの妖怪――死神では無理だ。
 私の表情から言いたい事を悟った小町は、それでも笑う。
「いやー、あたいはサボタージュの泰斗なもので」
「でも、無茶よ……っ」
「どうせあの人形達は後を追ってくるんですよ?」
 それに、と小町は続ける。
「幽々子さんがちゃちゃっと解決してくれればいいんですから」
 カラカラと笑う小町の顔には、悲壮感は感じられない。
 そこにあるのは――私への揺ぎ無い信頼。
 ならば私も彼女を信じて、やるべき事をこなすのみ。
「……わかったわ」
 私は地を蹴り、空に浮かぶ。
「あー……、幽々子さん」
「何かしら?」
「あたいはこの後、四季様のお説教が待ってるんですよね」
 それはつまり――
「……ふふ、いいわ。私も一緒にお説教されてあげるわ」
「いやぁ、それはありがたいッ」
 お互いに笑い会うが、人形達はもうすぐそこまで来ていた。
 随分近くまで人形が迫ってきていた。
「着いてきちゃダメよ?」
 隊列を組む人形達に向けて扇子を翻す。
――再迷「幻想郷の黄泉還り」
 進軍を続ける人形達の足元から霊魂が沸き立ち、爆発する。
 それに乗じて、今度こそ私は小町と別れ、飛び立つ。
 アリスの居るであろう西行妖の元へと私は急いだ。


  § § §


 爆発に乗じて幽々子さんがアリスの元へと向かう。
 しかし、人形達の一部が飛び去ろうとする幽々子さんを追おうする。
「おぉっとお客さん、そっちは違うだろう?」
 あたいは大鎌を右から左へ大きく薙ぐ。
 届く筈のない距離だと言うのに鎌が薙ぎ払われると、その延長線上の人形達が両断される。
 距離という概念を無視した戦いこそが、距離を操る渡し守、小野塚小町の真骨頂だった。
 人形達は標的を小町に絞り、土煙をあげて迫る。
「そうそう、あたいの相手になってくれないとねぇ」
 迫り来るのは圧倒的な数の暴力。
 槍を掲げ、盾を構えて徒で進む。
 それでもあたいは臆さずスペルカードの宣言をする。
――古雨 「黄泉中有の旅の雨」
 俄かに空が曇りだし、雨がシトシトと降り注ぐ。
 その雨は三途の川辺に降りしきり、死者が浴びる黄泉の雨。
 霊すら凍える冷たい雨は、人形達の動力である魔力を蝕み、激しく浪費させる。
 屋敷の包囲から稼動していた人形達の動きが目に見えて悪くなる。
 中には機能を停止する人形もちらほら出てきた。
「さぁ、通行料の払えないヤツぁ、ここが終着点だよ」
 大鎌を振るい、視界に映る人形を片っ端から切り伏せる。
 その姿は御伽話や絵本に出てくる命を刈り取る恐怖の象徴――死神そのものだった。
 雨が降る注ぐ中、大鎌を振るい、銭弾を放って、文字通り小町は孤軍奮闘する。
 しかし、人形達もただやられる為に進むだけではなかった。
 動けなくなった人形を踏み越え、後続の人形の群れは包囲しようと遠巻きに回り込む。
「は……ッ」
――死神「ヒガンルトゥール」
 全方位に向けて銭弾の弾幕を張って包囲を妨害し、大鎌を振るって部隊を蹴散らす。
 弾幕で周囲を攻撃できても数が違いすぎるのである。
 正面を叩く事で精一杯な小町の顔に焦りの色が見え始める。
 能力を行使し続けながら、大鎌を振るうのは精神的にも肉体的にも消耗が激しいのだ。
 大鎌を構えなおして息を吐く。
「ハァ……、ふぅー……」
 疲れを訴え始めた四肢に力を漲らせる。
 辛くても止まれない。
 止まれば数に押し潰されてしまう。
 それよりも、あたいを信じて任せてくれた幽々子さんに申し訳無い。
 それに――こんな事でヘバってちゃ四季様に叱られるじゃないか!
 気合を入れなおし、大鎌を振るい、弾幕を張る。
 そのたびに人形達は胴を断たれ、首を刎ねられ、弾幕に打ち抜かれる。
 しかし、圧倒的な数の差というものはそう簡単に覆るものではない。
 恐怖も無く、士気も下がることの無い人形達ならば尚更だった。
 小町の奮闘は目覚しいものがあるが、真綿で首を絞めるようにゆるゆると追い詰められていた。
「ハァ、ハァ……」
 息があがっても攻撃の手を休める事無く、包囲されないように動き続ける。
 小町の体力は確実に限界に近づきつつあった。
「あたいもしかして、死亡フラグたててたかなぁ……」
 限界が近い事を察知され、三方から同時に隊列を組んだ人形が雪崩れ込んでくる。
 ついに人形達も勝負を決しにきたのだ。
「ぐ――ぅ」
 大鎌の一閃し、銭弾の弾幕が張られる中に遮二無二飛び入り、数の暴力で突破してくる。
 それは損耗を無視した突撃。
 あたいの処理能力の限界を看破した――?
 思わず後ずさり、手にした鎌を落としてしまう。
 たった今、圧倒的な数の前に心が折れたのだ。
 迫り来る人形の群れの前に、私は膝を屈する。
「やっぱりあたいは、サボっちゃうみたいだねぇ……」
 すみません、幽々子さん……、四季様……
 人形の群れに十重二十重と囲まれた私の目の前で、異変が起こる。
 眩い光が上空から降り注ぎ、眼前の人形達が薙ぎ払われてゆくのだ。
「ぁ……」
 この光……、知ってる……。
 厳正で、公正で、全ての者を平等に裁く絶対的な光。
 その光を持つ人物を、私は知っている……
 光が止むと同時に、私のすぐ傍らにあの人が降り立つ。
「まったく、だらしないですよ小町」
「し、――四季様ぁ!」
 幻想郷の最高裁判長――四季映姫・ヤマザナドゥその人だった。
「ど、どうしてここに?」
 四季様は仕事が忙しいって……
 それに、彼岸の者が幻想郷の異変が起こったからと言って動く事は無いのである。
 花が咲き乱れた異変の時は、彼岸側に原因があったので四季様は動かれたけれど。
「何を言ってるんですか、冥界も地獄も天界も私の管轄です。そこに土足で踏み入るのならば動いて当然でしょう」
 それに、と映姫は続け、手に持った悔悟の棒で小町を小突く。
「きゃん」
「誰かさんが帰ってこないから暇を持て余していたのです」
「す、すみません……」
「そんな事より小町、またサボろうとしてましたね?」
「へ?」
 サボろうとしてたというより、既にサボってたのですが……
「幽々子の為にこの場に残ったのでしょう? ならば最後まで仕事を全うしなさい!」
「は、はい!」
 ピシャリと言われて、しゃがみ込んでいたあたいは即座に立ち上がり、大鎌を構える。
 映姫が人形達を見据える。
 減ったとはいえ、その数は膨大。
 それでも先ほどの様な絶望は感じない。
 なぜならあたいの隣には――
「小町、さっさと終わらせますよ。そしてお説教です」
「はい、四季様!」


  § § §


 西行妖の元に案の定、アリスは居た。
「やっぱり……、ここに居たのね」
 周囲に人形を侍らせ、巨大な魔法陣の中央で私を待っていた。
「あら、ここまで辿り着けるだなんて以外だったわ」
 主人を護る為に人形達が赤黒い得物を手に向かってくる。
「でも、死神を死地においてくるなんて洒落た事して一人で来るなんて……、もしかして莫迦なの?」
「あらあら、その程度の護衛で私をどうにかできると思ってるのかしら?」
「欲張りさんね、望む数の人形を出してあげるわ……」
 侍っていた人形は片手で数えられる数だったが、足元に描かれた魔法陣に膨大な魔力が駆け巡る。
 魔法陣が光を放つと、次々に槍を持った人形が召還される。
「随分ふとっぱらなのね」
 足元のアレが人形を送り込んでいる元凶ね。
 まずはあの魔法陣を停止させなければ……
 幽気を漲らせ放出、そして具現化させて背後に扇を出現させる。
――蝶符「鳳蝶紋の死槍」
 扇が仄かに輝くと幽気が渦を巻いて槍を形作る。
 射出された死蝶の槍が迫り来る人形を貫き、破壊してゆく。
「あなたにもプレゼントしてあげるわ」 
 新手の人形を無視してアリスめがけて槍の雨を降らせる。
「……ふんッ」
 アリスは俊敏な動作で魔法陣から飛びのく。
 放たれた槍は地面に敷かれた魔法陣に突き刺さり、描かれた線を駆け巡る魔力と干渉しあう。
 さらに数本の槍を撃ち込んで魔力を打ち消すと、魔法陣はその機能を停止させる。
「もう、なんて乱暴な人かしら」
 魔法陣を崩されたというのに、アリスは余裕だった。
「爆発物を投げ込む人には言われたくないわね」
「あのプレゼントは気に入らなかった様ね」
 嘲笑するアリスを見て私は息を呑む。
「――あなた、それ……」
 アリスはなぜか血まみれだった。
 身に包んだメイドは血がべっとりと付着し、既に乾いて赤黒く変色していた。
 赤黒い――?
 そういえば、人形達の得物の色も……。
 成る程。
「そう、それが私を傷つけられたトリックという訳ね……」
 私はアリスの赤黒く変色した服を指差す。
 血は元来より魔術的な力を持ち、物質でありながら唯一肉と霊を結ぶ存在でもある。
 その為、血は命(チ)の力(チ)であり、霊(チ)となる。
 より強力な魔女の血ならば、霊に干渉する為の手段に成り得るだろう。
 つまり彼女は人形の得物に己の血を塗る事で幽体への干渉を可能にし、
 残る魔力の全てを人形操作につぎ込め、大群の指揮も可能にしたのだろう。
 それでも疑問は残る。
「あながち間違いではないけれど……」
 アレだけの数の得物に血を塗りたくれるのか?という疑問。 
「まさか、その魔法陣――」
 普通に陣図を描くよりも、血で魔法陣を描けばその効果はより確かなものになる。
 さらにその血が魔女の物ならば――、複数の魔法陣の同時制御、同時運営すら可能だろう。
「単なる転送装置という訳じゃなく、複製も兼ねていたという事……」
「察しが良いわね……、そのとおりよ」
 あなたが壊しちゃったけれどね、とアリスは私を睨む。
「謎もわかった所で人形の操作をやめてもらえないかしら?」
 転送を止めて増援がなくなっても、残っている数が膨大だ。
 彼女が停止命令を出して人形を止めなければ終わらない。
「イヤだと言ったらどうなるのかしら?」
「あら、選択肢は無いわよ? 止めないというのなら、あなたを死に誘うまで」
 それは、迅速に事を終わらせる為の最後の手段だった。
 能力――死の操作は最も恐れられる能力である為、使えば罰が待っている。
 即ち、生きている者達による誅殺、討伐である。
 死を操るという強力すぎる能力には相応の代償が必要なのだ。
 その為能力の使用を控え、殺す時はもっぱら毒殺だった。
 しかし、この脅しもアリスは笑い飛ばす。
「ふふ、イ、ヤ、よ。私の人形遊びに死ぬまで付き合ってもらうわ」
「そう……」
 幽体の発する音はより精神に響き、作用しやすい。
 それが力を持つ『言葉』ならば尚更であり、さらに幽々子は死に誘う能力を持つ。
 亡霊の『言葉』と誘う能力は相乗効果により命令を越え、強制にまで昇華する。
「ならば――」
 幽々子の唇が開き、絶対的な言葉が呪詛となって紡がれる。
「――死になさい」
 一瞬の静寂。
「……ふ、ふふッ、あははははっ」
 どういうわけか、アリスは声をあげて笑い出す。
「そんな……ッ?」
 私が死に誘えないのは蓬莱人だけの筈――ッ
「クク、どうして誘えないのか不思議そうな顔をしてるわね……」
 名に死を避けるような言葉や字が含まれて居ないし、どう見ても彼女は蓬莱人ではない。
 一体、――どうして?
「私の二つ名は『死の少女』よ。死に祝福された私を死に誘うなんて――、できるはずが無いわ!」
 祝福され、加護を得た者は降り注ぐ災厄から身を護られる。
 死に祝福された彼女を殺すには直接手にかける――、肉体の破壊によって殺すしかないのだ。
 ならばまだ手段はある。
「なら――、あなたを倒させてもらうわ」
 いくらかの時間は掛かるだろうが、仕方が無い。
 これが次善の策なのだ。
「随分と自信満々ね」
「えぇ、人形遣いは本体が弱点。私と対峙してる時点でチェックメイトよ」
 それに今の彼女は魔力の大部分を人形につぎ込んでいる筈。
 私と戦うのならば、人形が動きを停止させる必要がある。
 結局アリスは詰んでいるのだ。
「あなたは今きっとこう考えている筈……」
 アリスは続ける。
「私と戦う為に人形を停止させるか、それとも魔法を使えないまま戦うか」
「……あなた、占い師にでも転職した方がいいわよ?」
「あははは、でも残念。 その考えは根本で間違っているわ」
「なんですって……?」
 そんな筈は無い。
 確かに魔力の糸であの大群を遠隔操作する事はできないだろう。
 それでも、魔力を使い、何らかの形で操作していなければあんなに統率される筈が無い。 
「今の私は人形を操っていないし、魔力も送っていないそれでもあの子達は動く……、この意味が解るかしら?」
「まさか――、あの数全てに式神でも憑けたというの?」
 しかし式神といえど、実際に動くのは憑けられた対象である。
 これでは統率の問題は晴れても、魔力の問題は解決しない。
「近いけれど、ハズレ。 式神ではなく式、そして食」
「――ッ!」
 死に誘えなかった以上に、私は目の前の魔法使いに戦慄する。
 食とは動く為の燃料――魔力の携帯化だろう。
 そして式を使って行動をパターン化しての人形の『自動化』
 さらにそんな複雑なモノを複製し、転送を可能にする魔法技術。
 人形に固執、執着し、研究し続けて得た物――、今現在の彼女の魔道の全てである。
 個人でこれだけの成果を出した彼女の頭脳と技術と精神力は戦慄に値する。
「全ては魔法と舎密の研究の成果とでも言っておこうかしら?」
「……ご教授感謝するわ」
「どういたしまして。 今度は私の実力を見てもらうわ」
 アリスは微笑みながら手にした魔導書の封を解く。
 魔導書から発せられる魔力が七色に輝く。
 つまりそれは魔法使いとして戦うという事……。
 魔理沙の様に不器用ではなく、パチュリーの様に体が弱いわけでもない。
 器用で万能な魔法使い。
 それも人形操作に使う筈だった魔力の浪費が無く、動きも阻害されない。
 成る程、改めて考えれば弱点らしい弱点は消えるのね……
「さぁ、試してみるかい?」
 アリスは魔力を周囲に渦巻かせる。
「人形を持たない人形遣いに何ができるのかしら?」
「見くびらない事ね……ッ」
 私の挑発に乗ったアリスは魔力を光に変えて照射する。
「そんなに真っ直ぐじゃ当たらないわよ?」
 光の帯を避けると、私は幽気を手に灯す。
 狙いはアリスの足元。
「開きなさい、還りなさい!」
 そしてスペルを宣言する。
――再迷「幻想郷の黄泉還り」
 アリスの足元に『穴』が開き、幽気の噴出と共に霊魂が沸き立つ。
「く――ッ」
 この奇襲にアリスは魔力で障壁を作り出し、噴出と共に飛ぶ事で被害を軽減する。
「この程度、奇襲にすらならないわ!」
「奇襲? いいえ、あれは準備しただけよッ」
 私は続けて、本命であるスペルを宣言する。
――「白玉楼の垂れ彼岸」
 先ほど沸き立った霊魂が、更なる霊を呼び寄せて降り注ぐ。
 その霊の数は沸き立った量を遥かに越え、周辺一帯に及ぶ。
 防壁を展開して防ぎ、避けるアリスの顔が歪む。
「これは――、私の動きを……ッ」
 戦いには多大な集中力を要する。
 霊が身体に触れれば即座に憑かれ、精神的に消耗するだけでなく、その冷たさに凍える事になる。
 決定的なダメージにならなくとも、それは決定的な隙に繋がる。
 その霊が当り一体に雪の様に舞い降る。
 とても避けきれる数ではなく、アリスは防壁を展開して防がねばならない。
 そうなれば折角人形を捨てて得た機動力が阻害される事になる。
「さぁ、どんどん行くわよ」
 下からの攻撃を見せ、さらに上からは降らせ続ける。
 これで相手は前方のみでなく、上下にも気を配らなければならない。
 集中力を欠く状況を作り出した後は手数と火力勝負で押し切るのみ。
 私はスペルを立て続けに宣言する。
 途端に手の中から溢れ出る死蝶の群れ。
――死蝶「華胥の永眠」
 今までに放ってきた数の比ではない。
 視界を埋め尽くすほどの蝶がアリスに殺到する。
「このッ、この……ッ」
 照射される魔力の光に焦がされ、いくらかの蝶が消えるが焼け石に水である。
 それでもアリスは狂ったように蝶を迎撃する。
 確かに蝶を突破しなければ私にまで攻撃は届かない。
 が、成りたての魔法使いと数百年を経て在り続ける私との火力勝負では私に分がある。
 やはり彼女の真価は魔法の技術と器用さである。
 人形を使わなければこの程度……
「そのまま蝶に埋もれなさい……」
「……なぁんてね」
 そんな言葉と共に、蝶に埋もれる筈のアリスはスペルを宣言する。
――消符「ニヤニヤ笑うチェシャ猫」
 スペル名が耳に入ったかと思うと、蝶の向こう側に居た筈のアリスが、こちら側に立っているではないか。
 私は目を疑いながら距離をとる。
「――っ、瞬間移動?」
「正解。 そしてこんなことも出来るわよ?」
――狂符「時間を怒らせ狂った帽子屋」
 アリスの目が赤く輝く。
 あれは――、月の兎の瞳!?
 そう気がついた時には遅かった。
 私は彼女の目を直視してしまった。
「くぅ――ッ」
 視界が赤く染まり、上下左右に歪みを生じさせる。
 しまった、狂わされる――ッ
 集中力を鈍らせるのとは訳が違う。
 月兎ほど強力ではないけれど、視界が揺さぶられるのは圧倒的に不利になる。
「あはは、隙だらけね」
 振り上げられたアリスの手から、巨大なギロチンが幾つも出現する。
――刎符「首刎ねの妄想に耽るハートの女王」
 手が振り下ろされ、ギロチンの刃が唸りをあげて私の首目掛けて落ちてくる。
 魔力で編まれた刃は幽体を傷つけることが可能である。
「く――ッ」
 避けきれない……、なら――
 死槍を一本作り出してそれで避けきれない巨大な刃を受け止め弾く。
「ぐぅッ」
 あまりの重さに体勢を崩す。
 そこへ降り注ぐ次のギロチン。
 私は手にした槍を炸裂させ、その爆風で吹き飛び、ギロチンを避けきる。
「ハァ――、ハァ――」
「残念」
 腕一本を代償に狂気も解けて、仕切りなおしになる。
 とは言え、亡霊である私は本体さえ無事ならばすぐさま復元できる。
 場所が場所なので幽気も満ちており、復元は速やかに行われる。
 既に失った肩口から肘先までが形になっていた。
「随分と器用なのね……」
 正直、ここまで様々な事をされるとは想像以上だった。
「お褒めに預かり光栄。 まだまだ見せてあげられるけど……」
 アリスの視線が私の腕に注がれる。
「今度はその復元能力を奪ってあげるわ」
――卵符「塀の上のハンプティ・ダンプティ」
 大きな卵が現れたかと思うと私とアリスの間に漂った後、独りでに『グシャリ』と割れる。
 その音が妙に頭にこびりつく。
 すると、手首まで進んでいた復元がピタリと止まる。
「これでもう戻らない。たとえ王様であっても戻せない」
 私は復元の止まった手首を見つめる。
「これは……」
 失った部分が戻らない。
 それは圧倒的な利点である不死性が奪われた証拠だった。
「ふふ、吸血鬼も蓬莱人すらも抗えない不治の呪いよ」
「解呪の方法はあるのかしら?」
 ダメ元で聞いてみると、アリスは上機嫌に答えてくれる。
「当然術者の私なら解けるし、私を倒しても解ける親切設計よ」
「それは――、随分と親切ね……」
「倒れるのはあなたの方だけれど」
 本当、万能だこと……
 私は彼女の危険性を再認識し、対峙した。


  § § §


 轟音が響くたびに、竹林が揺れて葉が舞い散る。
 それは弾幕ごっこと言うには些か殺伐としており、
 戦いと言うにはあまりにも一方的だった。
 狩りと言った方が正しいようにも思える程に。
「ハァ――、ハァ――」
 私も妹紅も新しい体を作り出して、永琳と対峙する。
 魂を本体とする蓬莱人は、肉体に縛られない。
 しかし、肉体が無ければこの世に干渉できない為、自在に肉体を形成する事が可能である。
 さらに魂は大きさを持たない為、好きな場所に新しい肉体を作り出せる。
 その上作り出された肉体は病に冒されず、痛覚も大幅に減少する。
 これは肉体と魂の繋がりが最小限である為だった。
 普通の相手ならばこの圧倒的な利点を生かして優位に立てるのだが、
 対する永琳も不老不死の蓬莱人である。
 互いに固体としての優位が打ち消され、実力の優劣が如実に現れていた。
 個々の差は歴然であり、二人掛かりであっても彼女は涼しい顔をしている。
 蓬莱人であるからこそ戦いが成り立っているだけであった。
「これで二度目ですね」
 永琳が涼しい顔をしてそう呟く。
 それは蘇生した回数。
 たった一手で主導権を握られて以来、私も妹紅も既に二度殺されていた。
 まったく、これだけの力を持ってたなんて……
「私に隠してたの?」
「はい。姫の前ではそれ以上にならないよう勤めていたので」
 そう言って永琳は微笑む。
「まったく、妖怪どもが可愛く思えるよ」
 妹紅の意見には同感だ。
 こちらの放つスペルを受け止めるなんて馬鹿げてるわ。
 でも……、生身でスペルを受け止めるなんて出来る筈が無い。
 いくら死なない蓬莱人とはいえ、基本的には人間と変わりないのだ。
 それに受け止めた時の現象――スペルが渦巻き滞留する説明がつかない。
 となれば、何らかのスペルを使っている筈……
「さぁ、そろそろ休憩はお終いですよ?」
 永琳は手にした小瓶の封を開けると、地面に転がす。
――練丹「水銀の海」
 小瓶の口からは銀色の液体――、水銀が零れだす。
 瞬く間に零れ出た水銀は水溜りを作り出す。
 永琳が手をかざすと水銀の水溜りが隆起し、鎌首をもたげる。
 その姿はさなが蛇――、それも大蛇と言えた。
「う、動く水銀!」
 液状でありながら金属である為に重く、水よりも遥かに威力が大きい。
 それで居て水と同じで流動している為に扱い易い。
「さ、遊びましょう」
 その言葉は、突破してみなさいという挑発。
 永琳が手を振り下ろすと、水銀が蛇の如く私達に襲い掛かる。
「そんなものっ」
 常温で容易に気化する性質を知っているのか、それとも火剋金を知っているのか、
 妹紅は飛び掛ってきた水銀に炎弾を放ち、紅蓮の炎で包み込む。
 しかし永琳は余裕の笑みを浮かべる。
「その程度じゃあ、無駄よ」
 魔法か、それとも調合の為なのか、水銀は炎を物ともしなかった。
 炎の壁を容易に突破した水銀は妹紅を殴り飛ばす。
「うごッ」
 流動する重金属の一撃を受けて、妹紅は軽々と草むらへ吹き飛ばされる。
「妹紅!」
「心配する余裕があるのですか?」
 妹紅を殴り飛ばした水銀はそのまま地を跳ね、
 まるで意志を持っているかのように方向を変えて私に飛び掛る。
「ぅ……ッ」
 炎で焼けないのなら、皮衣じゃダメか……
 私は取り出した神宝――、玉を五つ、空中に放る。
――難題「龍の頸の玉 -五色の弾丸-」
 空中に放られた玉が輝きを発して龍の牙の如き光を撃ち出す。
 玉から放たれた尖光が、飛び掛る銀蛇の頭を不快な金属音と共に貫く。
 銀の飛沫を撒き散らして銀色の蛇は動きを止める。
「まだよッ、その頭潰してあげるわ!」
 間髪居れずに放たれた尖光の連射を受け、穴だらけになった蛇はブルリと震えるとバシャリと形を崩す。
 しかし、地面にぶちまけられた水銀の水溜りはお互いに結びつき合う。
「も、元に戻った……」
 そして水銀は何事も無かったかのように鎌首をもたげる。
 その数――三匹。
 増えた事で小型になった蛇達が同時に三方から飛び掛る。
 しかし、私は小さな発見をしていた。
 あまりにも細かく散った水銀は動けず、戻れないようだった。
 ――それなら、動けなくなるまで蛇を貫けばいい!
「このぉ」
 空中に浮かぶ龍の頸の玉が輝き、迫り来る蛇を迎撃する。
 正面と左から迫る蛇を穴だらけにして止める事ができたが、
 右から迫ってきた蛇は尖光を掻い潜る。
「しまっ――」
 無防備な私のわき腹に水銀の蛇が突き刺さる。
「っぐ――ぁっ」
 メキメキという嫌な音と共に血を吐いて私は地面を転がる。
「これで三回目ですね」
 永琳の非情な声が聞える。
 こ、このままじゃ……、水銀の蛇に釣瓶打ちに――ッ
 その瞬間、草むらが揺れ、飛び掛った蛇が爆発四散する。
「あら……」
 飛び出してきたのは先ほど吹き飛ばされた妹紅だった。
「頭がダメなら――、胴体ならどうだ!」
 そう叫ぶ妹紅の手には、火気の塊。
 それは私の迎撃を見ての判断だった。
――蓬莱 「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」
 放たれた火気が永琳――の足元、小瓶へ着弾する。
 それを見た永琳は満足そうに笑う。
「うん、それで正解」
 そして周囲を巻き込んで大爆発を起す。
 先ほど私に襲い掛かった蛇を爆破したのとは比べ物にならない火力だった。
 足元の小瓶と水銀の水溜りごと、永琳をも巻き込む一撃だった。
 しかし永琳は、妹紅の目的を看破していた為か一瞬早く飛び退り無傷だった。
「ちッ」
 舌打ちする妹紅だが、目論見どおり小瓶と水溜りを失った水銀は途端に形を維持できなくなりバシャリと音を発てて落ちる。
「さぁ、次はあんただ!」
「それは楽しみだわ」
 妹紅が火気の塊を両手に宿す。
「これなら……、このスペルなら受け止められないだろう?」
 確かに、あのスペルならば受け止められたところで爆破してしまえば良い。
 水銀を爆破された時に受け止めなかったのも理由が付く。
 放たれた火気は爆発を引き起こし、飛び退った永琳に向けて次の火気が放たれる。
 次々と爆発を引き起こす妹紅はまるで火薬庫の様だった。
「でも、受け止めなきゃいいだけでしょ?」
 火気の大きさから炸裂する範囲を見切っているのか、永琳は軽々と避ける。
「それに、私も避けてるままって訳じゃないわよ?」
 そう言うと永琳は避けながら弓を引き絞る。
 すると握りと弦の間に霊気が集まり、光の矢が形成される。
「ふふ、避けながら攻められるかしら?」
――神符 「天人の系譜」
 永琳の弓から放たれた光は次々に枝分かれ、増幅し、模様を描きながら空間を眩く染め上げ焼き焦がす。
「く……ッ」
 紙一重で避けた眩い光は文字通り瞬く間に通り過ぎ、すぐさま次の光が放たれる。
 これではまるで隙が無かった。
 攻めの手が止まってしまい、永琳に圧倒され始める。
 そして、光が妹紅の足を舐める。
「くっそ……ッ」
 足を負傷した妹紅は大きくよろける。
「妹紅!」
 そんな隙を逃す永琳ではない。
「これで、チェックメイト」
 体勢を崩した妹紅に、致命的な光が降り注ぐ。
――旧難題「優曇波羅華 -三千年に一度の開花-」
 妹紅を穿ち焼き焦がす筈の光は、中空に現れた無数の乳白色の花に遮られる。
「――ッ!」
 役目を終えた花が散り落ちる中、妹紅が驚いた顔で私を見る。
「ほら、私が手伝ってあげるんだからしっかり当てなさい!」
 スペルを放った直後ならば確実に――。
「言われなくても!」
 火薬庫と化した妹紅は特大の火気練り上げ、放つ。
――蓬莱 「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」
 今度こそ避けきれず、どう動いても永琳は確実に爆発に飲み込まれる。
 そんな中、永琳は逃げるどころか一歩前に出て手を差し出す。
 瞬間、轟音と共に爆発。
 周囲の竹を軋ませ、土煙を上げる。
「やった!」
 私は思わず声をあげて喜ぶ。
「む……、爆発の規模が小さい……?」
 しかし、妹紅がそんな事を呟く。
「まさか、あんな状況で何かできるはずが……」
 舞い上がる土煙と舞い降る笹の中、人影が見える。
「うそ……っ」
 なんと永琳は健在だった。
「ふぅ、受け止められるものね……」
「そんな馬鹿なッ」
 やっぱり何か術を――、スペルを使っている……
 どうして爆発の規模が小さくなったの?
 担がれたスペルが流転していた事と関係が……
 ――っ!
「妹紅、解ったわ……ッ」
 永琳に聞えないように私は小声で呟く。
「いい? 私が言ったとおりに動きなさい」
「な、なんで――」
「受け止める謎が判ったのよ」
「――ったく、判った」
 妹紅は不満そうに承諾する。
 よし、これできっと攻略できる……ッ
 戦いの最中だというのに、胸が高鳴る。
「相談は終わりですか?」
「えぇ、このスペルなら永琳でも受け止められないわ。 私が望んだ旧い難題の一つ――」
 私はスペルカードを宣言する。
――旧難題「空に鳴る雷 -雷神の生け捕り-」
 私の周囲に魔法陣が八つ浮かび上がり、轟音と共に魔法陣から八条の雷が順次放たれる。
「素晴らしい威力……でも残念、私は火も、水も、全部受け止められるわ――、当然雷もね」
 その言葉通り、永琳は両手を掲げると迸る雷を一条、また一条と受け止め、流転させる。
「――妹紅、今」
「あぁッ、任せろ!」
 私の言葉を受けて、妹紅が疾駆する。
「く――ッ」
 その行動に永琳は初めて焦りの色を見せる。
 しかしもう遅い。
 私の雷はまだ三条残っているし、妹紅も既に射程内だ。
 受け止めた雷を私に反しても、妹紅に放っても――結果は同じ。
 そして永琳のトリックを破る為、妹紅のスペルが発動する。
 无の文字を額に浮かび上がらせ、妹紅は腕を振りかぶる。
――虚人「ウー」
 振り降ろされた不可視の爪が永琳が両手を掲げ、雷が流転する『空間』を断ち切る。
 その瞬間、流転していた雷全てが永琳に向けて放たれる。
「――あッ」
 雷光に飲み込まれた永琳は一瞬で消し炭となった。
「やった……ッ、しかし、よく仕掛けが判ったな」
 妹紅がはしゃぎ気味に私に歩み寄る。
「えぇ、見る時間はあったから」
 私は妹紅に説明してあげる。
 障壁を作り出して受け止めていたのなら、爆発は周囲に半円や扇状に被害を及ぼす筈。
 それが全体的に規模が縮小したという事。
 それと、流転はある形――球形を作り出す事。
 永琳は空間遮断の術を応用して『壷』のような空間を作り出してスペルを受け止め、
 蓋をする事で完全な球形の中で流転させる事でスペルを停止させる事無く留めていたのだ。
 つまり、その『壷』を外側から壊してやれば良い。
「――という訳よ」
「ふぅん、成る程」
「それも正解よ」
 パチパチと拍手が聞える。
「――永琳!」
 浮かれていて忘れていたけど、永琳も蓬莱人で――不老不死だ。
 肉体の蘇生なんてたちどころに済んでしまう。
 つまり、仕切りなおし。
 私と妹紅は永琳から距離を取る。
「く……ッ」
「うふふ、私とっても嬉しいんですよ……」
 殺されたことに腹を立てるどころか、永琳は喜んでいた。
「二人が力を合わせて私を打倒しようとし、私はそれに応えて二人を撃ち払う……、あぁ、なんて楽しいのかしらッ」
 一人永琳は浮かれて悦に浸る。
「二人とも、私を打倒できた時は楽しかったでしょ?」
「ぅ……」
 私も妹紅も否定ができなかった。
 確かに、謎を解き明かした時、打倒した時は本当に楽しかった。
「これは更なる楽しみの為……」
 永琳はなにやら小瓶を取り出す。
 私も妹紅も、水銀の事を思い出して警戒する。
 そんな中、永琳は小瓶の封をあけてスペルを宣言する。
――神薬「狂神便鬼毒酒」
 小瓶から噴出した霧がたちどころに周囲に満ちる。
「これは――ッ?」
「――毒か?」
 死なないとは言え、毒は流石に堪える。
 ただでさえ永琳とは力量差があるというのに、毒のハンデを負ってしまっては手も足も出なくなる。
 しかし、永琳は意外なことを口にする。
「そんなつまらない物とは違いますよ」
 クスクスと永琳が笑う。
「これは人を強化し、鬼を衰弱させるお酒」
 そういえば――、伊吹童子を退治する為に使われたお酒がそんなような名だったかな……
 でも、私も妹紅も『鬼』でも『妖怪』でも、『人間』でもない。
 つまり、酒の効果は発揮されないのだ。
 一体なんの意味が……
「それを蓬莱人用に調合しなおしたもの。ほら、体に変化はないですか?」
 そう言われると、体が火照り、妙に力が漲ってくる。
「飲めば強くなる薬。 でも、私には毒も薬も効果は無い……」
 つまり、私と妹紅の強化……
「何の為にこんな事を?」
「あら、先ほど言いましたよ?」
 永琳は莫大な霊気を放つ。
 それは今までの比ではない、まさに圧倒的といえる実力の誇示。
 今までの戦いも彼女にとっては準備運動だったのかもしれない。
 その威容に気圧されそうになる。
 ――しかし、私も妹紅も一歩も退かない。
「そうね、確かに言ったわ」
「あぁ……」
 退くわけにはいかない。
 先ほどの酒の効果なのか、絶望的な実力差なのに、何故か気分が高揚する。
 こんなに楽しい事から逃げ出すだなんて、どうかしている!
 その様子を悟ったのか、永琳は目を細めて微笑む。
「もっと、もっと楽しみましょう……」
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