Coolier - 新生・東方創想話

素いお宇佐さまの慕情

2007/07/23 20:22:02
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フカに噛まれ、塩水が擦り込まれた傷は焼け爛れたように熱い。
少し風が吹き付けただけで、私は気が狂いそうな痛みに耐えなければならなかった。


ねぇ、あなた、あなたはある?皮を剥がれて…痛いわよぉ。
今度試してみる?
…冗談だってば。


フカめ。私の肌に傷をつけるなんて、騙されるあいつらの方がバカなのに。
そして人間に騙されて傷口に塩水を塗ったのは私。
だとするとバカなのは結局。
そこから先は、もう考えられない。あぁ痛い、痛い。


衣も剥がれ、あられもない姿で伏していたときだったの、
私の前に一人の男が現れてね、「大丈夫ですか、可愛らしいお嬢さん」


「「きゃ~~っ」」


てゐの十八番の昔話。
何回も聞かされているだろうに、兎達はだいぶ話題に飢えているらしかった。
部屋の隅、得意げに語るてゐの周りに集まる兎、ざっと20羽。


一日が終わろうとしている時間で、私は同じ部屋で文机に向かい日誌を書いている。

「れーいせーんちゃんっ」

話が終わって、こっちに来たてゐに後ろからがばりと手を回された拍子、
筆が大いに横滑り。

日誌の今日の頁から文机にかけて長い墨の線が…

「何をする」

ぺたり

てゐの額に一筆啓上。

「あーっ!もぉ、お風呂入った後なのにー!えーりん様に言いつけるよー!」

「書き物してるときは抱きついちゃダメっていつも言ってるでしょう?」

「分かってやってるんだよ?」

「…」


ぺたり
二筆目も啓上。
おお、額に黒々、不夜城レッド。


おおかた次は私のブラウスで顔を拭くに決まっている。
先読みして濡らした手ぬぐいをてゐに渡した。
そんな矛盾した行いが悲しい。適応よ、頑張れ私。



顔を手ぬぐいでごしごし拭った後でてゐが言う。

「鈴仙ちゃんはもう聞きたくないの?私の若かりし頃の一夏の浜辺のロマンス」

「あのね、すっごく気になってるんだけど」

「うん」

「本当なら、あんたあの紅魔のお嬢様の五倍か十倍生きてない?って目を反らすな」


ぐいっとほっぺたをはさんでこちらを向かせる。
てゐの顔立ちはどう見ても幼い。ロマンス、ねぇ…。
オオクニヌシ、とかって神様そういう趣味なのかしら。

「…ら…」

目なんてほら、こういうときすこし怯えてて小動物チックなかわいらしさが、って目?


あ。


「らめぇーっ!」

てゐが狂った。


「あーッ!わかりもはん!あげもこげもわかりもはん!」

「ししょーっ!ししょぉーっ!てゐがー!」

てゐを両手に抱きかかえて廊下を走る。ええい、遠い!廊下が長い!




「もうてゐも落ち着いたみたい」

「ゴメンナサイ」

薬を呑み、すやすやと寝息を立てているてゐ。
それにしても不便なのは私の眼だ。

ふぅっとため息を吐く美貌の女医、もとい師匠。

「まぁ、今さらどうとも言わないけどどういう経緯だったの?」

「ちょっと、てゐの年が気になって、
ほら、てゐってよくあの話をするじゃないですか。
この星の神話に出てくるウサギと神様の話、あれが本当なのか気になって」

師匠の声が針のような冷たさを帯びた。

「それでついつい相手の目を?
ウドンゲ、貴方いつからそこらの兎みたいにゴシップ収集に熱を入れるようになったのかしら」


ぶんっ、と頭を下げる。

「すいません師匠っ」

すいません、だから治験は、治験だけは勘弁です。



顔を上げると、予想とは裏腹に師匠はクスクスと笑っている。

「まぁ、気になるわよねぇ」

え?

「てゐの方が貴方よりいろいろ成熟してるかも。なんて思ったんでしょう?」


「いえ、そんなことはないです、本当に、ええ。それはもうちっとも。本当なんです」

図星。

「そうねぇ、てゐの小物入れ。大部屋の押し入れの下段にあるわ。ちょっと覗いてみたらどうかしら。
ええ、構いやしないわよ。どうせてゐはこの通りすやすや。明日の朝までは起きないわ」

師匠の口から出るとは思ってもいない言葉だった。他人から干渉されるのを嫌う師匠なら、他人が他人に干渉するのも嫌がるとばかり思っていたけど。

「わかりました。ではちょっと見てみます。てゐをよろしくお願いしますね」

実質、この提案は「見てこい」という指示と同義だ。
引け目を感じないでもないが、私は素直に従った。

「ウドンゲ」

「はい」

「お休みなさい」

―はい、師匠もお休みなさい…





ウドンゲの足音が遠ざかっていく。

「貴方、まだあれはとってあるのかしらね。てゐ」

「永琳の、おしゃべり」

てゐはうっすらと目を開けて天井を見ている。
ふうっとため息をついたのはてゐ。

「あら、やっぱり起きてた?気分はどうかしら」

「まだ頭がガンガンするわ。最悪の気分。鈴仙に教えて、どうする気なのよ」

「さぁ?面白そうだったから、かしらねえ」

いつの間にか、てゐは体を起こして私の方をじっと見ている。

「永琳」

「あの話は結局、貴方自身を騙して茶化してるだけじゃないの。
見てられない」

ぼふ、と投げやりに仰向けになったあと、
もぞもぞと寝返りを打って、てゐは私に背中を向けた

「…大きなお世話よ」

やれやれ。
一夏どころじゃないロマンスだこと。




大部屋の、押し入れの下段。
てゐの小物入れは少し年季の入った漆塗りの箱だった。

幸い、兎たちはまだ部屋の隅で話に花を咲かせている。
座薬、というワードが聞こえた気もするが、私は耐えた。


箱の中身は、考古学的、といっても通じるくらい古びた品だ。

中の紅い羅紗の上には、ぼろぼろに朽ちた植物。
穂の残骸みたいなものが伺える。蒲、かしら。


「あとは…翡翠…かな。良い色…」

翡翠がはめ込まれた素朴な腕輪。
古い古い品。これが答えなんだろうか。

てゐの持ち物にしては、

「大きさがぜんぜん合ってない…けど」

大人の女性がつけるサイズの腕輪だった。
てゐではたぶん肩でも余る。


結局何が本当なのかよく分からなくなった。
あの話、てゐのお母さんとかの話なのかしら。

それともやっぱりてゐが?

「まさか、ね。師匠も実のところはこんなもんだって言いたかったのかな」

本当だとしたら、あの詐欺兎には上出来すぎる純愛だ。
これが本当だった日にゃ、私はてゐさんとか呼ばなきゃいけなくなる。

箱をしまって、日誌の、墨で汚れた次の頁に“異常なし”。
そろそろ寝よう。明日てゐに眼のこと謝らなくちゃ。








私は幸運を与える兎。
だから大国主様、あなたにも幸運を。
私を助けてくれたあなたにだから、
最上の幸運を与えなければいけない。

「ヒメはあなたを選びます」

だからあなたは私を選ばない。
だから看病してもらったことも、
翡翠を贈られたことも、全部は箱の中。

それだけのことなのに、私はまだ。




まだ。




気がつくと涙が少し。
鈴仙の目のせいだ。



「大黒様はなかなか幻想入りはしないわよ?何せまだまだ外でも有名だから」

「…………」

「巫女に頼んで勧進してもらうってのはどう?」

「うるさいなぁ、寝かせてよ。頭が痛いんだから」

「たまには、大きな貴方も見たくなるわね」

「もう寝るっ」
などと妄想を垂れ流しており詳しい動機は未だ不明。
まのちひろ
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コメント



0.1580簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
何だか昔読んだ作品を思い出しましたよ。
具体的にいうと作品集12とか13とかそのへん。

てゐはきっと凄く愛いやつだと思うんだ。
11.90名前が無い程度の能力削除
よい余韻でした、てゐせつねー
18.無評価まのちひろ削除
つまらないもので、しかも初投稿ですが、
けっこう好意的な評価を頂けて何よりでございます。少し多
めに自分の勝手な解釈が入り込
んでしまっているのが、こういうことに
食傷ぎみの人の反感を買ってしまうのではと、文章力とは
べつの部分でも心配でした。
たのしみながら書くことができましたので、
いこうも頑張りたいと思います。今後ともよしなに。
20.60名前が無い程度の能力削除
夏といったら冷し中華でしょう。
24.90名前が無い程度の能力削除
短いけどいい読了感でした
26.70名前が無い程度の能力削除
テンポが良く読んでて楽しめました。
自分の想いより相手の幸せを願ったてゐに幸あれ。
次の作品も期待してます。
27.40反魂削除
 語りきらない部分が古き良き奥ゆかしさを感じられて雰囲気があります。
 短編として楽しめる作品でした。
30.90名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー( ´Д⊂ヽ
健気なてゐに感動した
永琳と対等な言葉遣いなのも良かった