Coolier - 新生・東方創想話

直径120cmの幻想

2007/07/19 08:59:54
最終更新
サイズ
20.56KB
ページ数
1
閲覧数
648
評価数
0/21
POINT
940
Rate
8.77

「ああもうっ!何だってこんなにぃぃぃっ!」

無数、という言葉すら陳腐なほどの弾幕に私は苦しめられていた。
それは圧倒的な密度と範囲で辺り一帯を蹂躙し、それを回避しきれない私は弾幕に対し手でなけなしの防御をしながら少しでも安全な場所を探し森の中を逃げ惑うのみ。その一発一発は体のどこで受けても痛くも痒くもないのだけど、それが何十発、何百発ともなると私の心身は少しずつ消耗していき、足元から体がだんだん重くなっていき・・・
いけない。ここで立ち止まってしまったらそれこそ一巻の終わり、最悪魔法の森の肥やしになってしまう。
既に弾幕で視界すら霞んでしまっているが、目を細めて何とか視界を確保し不安定な地面を蹴って進む。

……あった。視界の先にある一本の巨木、その根元付近に大きな洞が見えた。
私の体を入れる程度の広さはあるだろうか、とにかくそこに飛び込むしかない。顔をかばう手を精一杯振るい、
力の限り地を蹴って思い切り跳ぶ!

「くっ!…ふぅ」

なだれ込むようにして、どうにか洞の中に入る事ができた。この洞がもっと小さかったら色んな意味で私は大変な事になっていただろう。やれやれと安堵の溜息をつき、そっと外の様子を覗き見る。
はるか上空から降り注ぐ弾幕は一向に止む気配がなく、地で撥ねた残滓でさえ私の足元に容赦なく襲いかかる。最初のうちはそれに気づく事はない。しかし、気づかぬままボーっとしていると絡みつくような重い感触に長く悩まされる事となるのだ。

詰まる所、私は大雨に降られていた。
今日は人里まで降りて人形作りの材料や食材を買い出しに出ていたのだが、家を出発する段階――朝のうちは雨は降っていなかった筈だ。深い森の中では晴れか曇りかまでは分からなかったが。
雨が降り出したのはその帰り道、森に入って少し経ってからの事だ。だが森の木々がある程度雨滴を遮ってくれるだろうと考えていたし、実際最初のうちは私の予想通りになっていた。だから少々濡れたとしても慌てるほどではないと高を括っていたのだが…
これほど降ってくれるとは完全に私の想定外だ。むしろ、誰もこんな事は予想できるはずがない。


「上海、大丈夫?」

胸のリボンをほどいてやると、服の中から上海が這い出てきた。このひどい雨に濡れては大変だからと咄嗟に私が服の中へ匿ってやったのだ。出てきた上海は私の問いかけに無言で頷く。体のどこも濡れていないようだし、どうやら無事のようだ。
人里で買った物は全て包みやら鞄やらで厳重に守っている。こちらも、何かよほどの事がない限り中身が濡れる事はまずないだろう。雨に打たれてずぶ濡れなのは私だけ、だが逆に言えばそれだけで済んだのだから御の字だ。

「アメ ヤマナイネー」
「止まないわねぇ…仕方ないわ、落ち着くまで待ってみましょ」



*  *  *  *  *



「ヤマナーイ」
「な、なんて土砂降りっ…」
「アリス ドウスルノー」
「どうしたもんかしらね……上海、何かいい手はある?」

流石に無茶な質問だっただろうか、上海はぷるぷると首を横に振る。
私が避難してからも雨はずっと降り続いていた。三十分くらいは経っているだろうか、地面は何処も彼処も泥濘となり、雨音以外の音などロクに聞こえない。私の知る限りでは魔法の森でこれほどの雨が降った事はないはず。ただの異常気象か、さもなくば何者かの仕業か、いずれにせよ無事に家に帰れないというのは困りものである。

「はぁ……」

私が今身を潜めている木の洞とて絶対に安全というわけではない。確かに今のところ雨は防いでくれているが、地面の泥濘化は止められない。
雨水は泥濘の上を滑ってどんな狭い所にでも――それこそ、木の洞の中にまでも入り込み、触れた所を容赦なく濡らし、泥濘に変えていく。
汚れてしまわないようにと鞄を持ち続けている手が痛い。左、右、左…と何度も持ち手を変えてはいるがそろそろ両手とも痺れてきた。この中であまり長く待ってはいられないようだ。昼なお暗い魔法の森、こういう雨の日は昼間でも本当に夜のような暗さになってくる。
あまつさえ日が落ち本当の夜になってきたら…空のご機嫌次第ではこの雨の中を走る覚悟を決めなければならない。

「仕方ないわ…上海、もう少し待って雨が止まないようだったら無理にでも行くわよ」
「エー」
「雨で濡れちゃうのも嫌だけど、何とかして暗くなってしまうまでには帰らないと。上海だっていつまでもこんなジメジメした所にはいたくないでしょ?」
「ウー」
「大丈夫、上海はまた私の服の中に隠れてくれればいいから」





「なんだ」
「え?」

雨音の向こうから、確かに人の声が聞こえてきた。
この轟音の中だからハッキリとは聞き取れなかったが、それがよく通る人の声だという事だけは分かる。そして上海のような子どもの甲高い声でもない。
聞こえてきたのはそれよりもう少し大人びた印象…そう、ちょうど私と同じくらいの年頃の女の子の声。

「ついに私にも森の声が聞こえるようになったのかと思えば」
「ま……魔理沙?」

外の様子を伺おうと首を伸ばしてみると、金髪のおさげが一つ見えた。魔理沙だ。大きな雨傘をさした魔理沙がこちらを覗きこんでいる。
彼女がここを通りかかったのも私に気づいたのも完全な偶然だろうが、ともあれそれが私には天の助けにも見えた。

「こんな所で何やってるんだ、アリス」
「…あんたには何やってるように見えるのよ」
「んー……服の色が周囲から完全に浮いちゃってるな、それじゃ良くて20点ってところだ」
「何の点数よ!ていうかこんな時に好んで外で隠れんぼなんかする馬鹿はいないわよ!」
「冗談だよ冗談。でもまあ、なかなかいい雨宿りスポットじゃないか」
「ええ。お陰様でとッッッても快適ですわ」

皮肉は皮肉を、精一杯返してやる。


「…ほれ」
「え?」

唐突に、魔理沙が傘を差し出してきた。
いかにも魔理沙らしい黒い生地の雨傘はなかなかの大きさで、私が入ってもさほど問題はないだろう。
……いや、しかし、何のために?
普段の魔理沙ならここぞとばかりニヤニヤするものと思っていたのに。

「何ボーっとしてんだ、入れよ」
「い、いいの…?」
「構わないさ。これ以上濡れるのは嫌だろ?」
「そりゃまあ……魔理沙こそ何よ、どういう風の吹きまわし?」
「ん?んー…それはだなぁ……」

言葉を詰まらすなんて魔理沙らしくもない。
恥ずかしさは確かにあるんだろうけど、それでもいつもの魔理沙が傘を貸すつもりならぶっきらぼうに傘を差し出して『いいから入れ』の一言で済ますだろうに。

「んあー…あー、あれだ。濡れネズミってのは見ていて辛い」
「それだけ?」
「本心だぜ」
「ふぅん…」

少なくとも嘘ではないのだろう。
照れを隠して(全然隠しきれてないけど)受け答えするあたりはまさにそう。
ともあれ魔理沙が好意で傘を貸してくれるというのならここは喜んで受けなければ。私もそうだけど、上海も早くこの雨から解放されたいだろうし。

「…ありがと、それじゃお邪魔するわね」



*  *  *  *  *



傘が雨滴をはじく音がパラパラと小気味いい。
少しずつ雨の脅威は弱まりつつあるようで、雨の恐怖から半ば解放された上海も自分の羽で飛んでいるし、これで足元が長靴だったなら雨の中を歩くのもまた乙な物なのだが、あいにく今履いてるのはお出かけ用の普通の靴。側面から水が浸み入り、靴下ごしに水の冷たさが伝わってくる。
だが私の事は割とどうでもよく、それよりも気になる事が一つあった。

「ねえ魔理沙…興味本位で聞きたい事があるんだけど」
「んー?」

「……なんでそんなに離れてるの?」

魔理沙の立ち位置が妙に私から離れているのだ。
自分の傘なのだから堂々と入っていればいいのに、まるで私に傘を押しつけるようにして自分は体を半分ばかり雨に晒し黙々と歩いている。腕から肩のあたりまではずっと雨の弾幕を受け続け、帽子にまで雨がかかっている。純白のブラウスが透けて腕のラインがはっきり見え、その一部分だけに限って言えば私よりもひどい濡れようだ。

「あんまり気にするな。それよりお前は大丈夫か?」
「ええまあ、濡れてはいないけど…そんなに遠慮する事ないじゃない。二人で入っても大丈夫よ?」
「いいんだよ。私が差し出した傘なんだ、お前が大丈夫なら私はな…」
「気になるわよ。何かあったの、魔理沙?」
「…気に…するなっ……!」
「ちょ………っ」


中途半端に伸ばした手は魔理沙の肩に一歩届かず、吐き捨てるような魔理沙の言葉で思わず引っ込めてしまった。

いったい何?
こんなのも私の知る魔理沙らしくない。どこか不貞腐れているというか、自棄になっているというか…

「アリスは今まで散々雨に打たれてきたんだろ?それを私だけ抜け抜けと傘に守られて…」
「べ、別にそんな事気にしなくても」
「私は気にするんだよ。なんというか…お前に対して申し訳ないっていうか」
「何よそれ…わけ分からないわ」
「分かってくれなくていい。私がやりたくてやってる事なんだから、アリスは気にするな」


私に対する同情か憐みのつもり?
魔理沙には失礼だが、彼女はどちらかといえばそういった感情とはちょっと遠い存在。他人に対して全く同情の念を抱かないほどの冷血ではないだろうけど、だからといってここまで自虐じみた自己犠牲をするようなタマでもない…はず。

私に対して何か負い目がある?
私が雨に散々降られた事ならそれはお門違いというものだ。私が降られた事と魔理沙は全然無関係なのだから。
それともそれ以外で何か…?そうなると私には全く想像もつかない。


しかし、そして、魔理沙は近づいてくれない。
傘が雨滴をはじく硬い音と泥濘を踏みしめる柔らかい音だけが響き、魔理沙の息遣いも温もりも感じない。
この雨の中、私だけが抜け抜けと傘で身を守り、魔理沙は一人雨に打たれて…



「ッ……」
「…わっ」

思わず私は腕を伸ばしていた。
魔理沙の背に触れるためじゃない、肩に手を置き気を引くためでもない。
魔理沙を体ごと引き寄せるために。

不意を打たれた魔理沙は成す術もなく私の腕の中へ。
ずっと雨に打たれていた腕が不自然なほど冷たい。帽子もブラウスもエプロンも濡れ放題に濡れ、このままではいつ風邪を引いてもおかしくなかっただろう。私の行動は間違っていない筈だ。

「気にするわよ、魔理沙っ…!」
「ぁ、アリス…?」
「あんたが何を突っ張ってるのかは知らないけどね、私だってあんたがそうやって濡れネズミになっていくのには堪えられないって言ってるのよ!」

ぎゅ、と魔理沙を抱き寄せる腕に力を込めた。
魔理沙にこれ以上の自虐をさせないため…いやそれ以前に、冷え切った魔理沙の体を少しでも温めたい。
雨が降っていなかったら、私が大荷物を持っていなかったら、それこそ私は両腕で魔理沙を抱きしめていた事だろう。
片腕で抱き寄せる程度しかできないのがもどかしくてしょうがない。

「そんなの…カッコよくも何ともないんだからっ……!」





ザァァァァ......................





雨音だけが響き渡る。
魔理沙は私の腕の中で動かないし、一言も発しない。
そして俯き気味の顔からでは表情を読み取る事もできないが、彼女の息遣いを感じる事はできた。
浅く速い呼吸の連続は雨に打たれて体力を消耗しているからだろう、そしてこの状況に戸惑っているからだろう。
自分が今何をしていたのか、そして次に何をすべきか、思いを巡らせているのだろう。

だがそれでいい。きっと。
だから私もこれ以上は慌てず騒がず、腕をいっぱいに伸ばして魔理沙を抱き続ける。



「……アリス」

俯いたままの魔理沙が呟いた。小声と雨音のせいで、すぐ傍を飛び続ける上海にも聞こえていないようだ。
だが私には魔理沙の言葉がしっかりと聞こえる。
立ち止まって耳を澄ませ、彼女の息遣いのたった一つも聞き漏らしてはならない。


「悪ィ。馬鹿やってたな」

魔理沙の体がほんの少しだけ動き、かすかに横顔が見えた。
顔が濡れている。泣いている?それとも雨で濡れているだけ?
どちらともつかないが魔理沙の声はとても穏やかで、しかもどこか照れを隠した感じで悲愴な感じではない。

こうでなくては。
私の知る魔理沙は人前で…特に、私の前では弱い面など見せないはずだ。
自分から雨に打たれていた事やその理由など、もうどうでもいい。いつもの魔理沙の姿を確かめる事ができただけで私は十分なのだ。思わず声を荒げてしまったけど、とりあえず言う事言ってスッキリできたので良しとしておこう。自分の顔から強張りが抜けていくのがよく分かる。

こういう時は、そう。
笑顔を見せてやればいい。

「本当に馬鹿やってたわね」
「ああ、だからそれはゴメンって…そろそろ放してくれないか、お前結構腕力強い」
「あんたが小さいのよ。だからこうやって腕が回っちゃうんじゃない」
「う、うるさいうるさい。そのうち見返してやるんだからな」
「はいはい」

もぞもぞと窮屈そうに動くので少し腕を緩めてやると、魔理沙は自力で私の腕から抜け出し傘を構え直した。
今度は魔理沙も傘の中。流石に二人並んで入ると私も魔理沙も腕が少しずつ傘からはみ出て濡れてしまうが、これくらいが丁度いい。二人して対等な条件というのがいいのだ。



「それにしても、魔理沙が通りかかってくれて本当に助かったわ」

再び雨の中を歩き始める。
心なしか魔理沙の足音が軽くなったような気がして、私の足取りも思わず弾みそうになる。しかしこんな時にこんな所でスキップでもしようものなら傘を吹き飛ばしてしまいかねないから自重せざるをえないのだが、その分口が達者になりそうだ。

「もっと感謝していいんだぜ……って、そろそろ傘は必要なくなるか」
「え、どうして?」
「ほれ、前」
「ん…あっ」

魔理沙に促されて前をよく見てみると、欝蒼とした森の中に開けた空間と家が一軒見えてきた。
白亜の壁に小さな尖塔、そして窓にいくつか見えるのは小さな人の形……どう見ても私の家だ。
雨に打たれて半ば迷走し、魔理沙と会ってからはしばらく黙々と歩き、そもそもこの雨では視界もなかなか開けず、恥ずかしながら私は自宅までの距離感をすっかり見失ってしまっていたようだ。
雨もずいぶん小降りになり、家が見えてきて安心したのだろう。上海はいつも以上に羽を大きく速く羽ばたかせている。私だって心の中は安堵と開放感でいっぱいだ。

…欲を言えば、もう少しだけこのままでいたかったけど。

「この辺まで来ればいいだろ、それじゃそろそろ失礼するぜ」
「あ、待って、魔理沙」
「んあ?」
「あんた、そんなずぶ濡れで帰るつもり?」
「そんなに遠くないし大丈夫さ」
「また突っ張って…服くらい乾かしていったらどう?何も取ったりしないから」
「ほう?」
「お、お返しの一つでもしないと気が済まないだけよ。あんたが来なかったら私、どうなってたか……とにかく風邪引きたくなかったら早く来なさいってば」
「へいへい」


妙にニヤつく魔理沙を置いて私は傘から飛び出した。飛び出し際に上海が私にしがみつき、雨を嫌って私の胸元に潜り込み顔だけひょっこりと出す。
早口になってこんな真っ赤になった顔なんて、魔理沙にはとても見せられやしない。それに、せっかく魔理沙が家に来てくれるのだから、私は一秒でも早く家に上がって一秒でも長く部屋の片づけをしなければ。

しかし、泥濘を蹴って進む足音とリズムが我ながら心地よく感じられた。



*  *  *  *  *



家に入るなり私は人形総出で部屋の片づけを済ませ、間髪入れずに魔理沙が入って来て。濡れてしまった服は干す他ないとして、とりあえず雨と汗と泥で汚れた体を洗い流し私たちは寝間着に着替えた――当然、魔理沙も。
魔理沙の小さな体には私の寝間着は一回りほど大きいらしい。腕も脚も裾をまくって漸く普通に動けるようだが、三つ編みをほどいた姿というのがまた新鮮だ。
体は小さいくせに雰囲気だけはいつもより少し大人っぽくて、新鮮というよりはむしろズルい?

「はい、魔理沙。人里で見つけた上物のアールグレイよ」
「ほほう。こりゃレーザーがよく曲がりそうだ」
「なんで紅茶飲んだくらいでレーザーが曲がるのよ」
「でもそれが曲がったら面白いだろう?研究のし甲斐があるってものさ」
「だから曲がる筈がないって言ってるの。それでも曲げたらあんた、その時はレザマリ返上してビムマリだから」
「うぁ、それは何か響き的に勘弁」

柑橘と茶葉の上品な香りが辺りに立ち込める。
寒い時、体が冷えた時、疲れた時はやはり温かい物を摂るに限る。あいにくお茶受けを切らして買い損ねてしまっていたけど、こうやって話をしていればとりあえず口元が寂しくなる事はない。


「それにしてもよく降ったわよねえ」
「だなあ。魔法の森の記録更新ってところか?」
「かもねえ…明日には止むかしら」
「いや……もうすぐ止むよ。間違いない」
「分かるの?」
「ああ、分かるとも」

魔理沙はハッタリで誇張を使うような事はあっても、根拠のない事実を言ったりはしない筈。彼女が(平たい)胸を堂々と張って言い切ってしまうほどなのだから、何か確たる根拠があるのだろう。
しかし、森の中からでは雲の動きをじっくり観察する事はできないはず。確かに雨は小降りになってきているけど、それだけでは雨が止むという根拠とは言い切れない。

「そろそろだな、10...9...」
「本当に…止むの?」
「まあ、一秒くらいはズレるかも知れないけどそこは御愛嬌って事で頼むぜ。4...3...」

とんでもない、天気の変化を予測するなど一分の誤差でも十分驚愕に値する。
それを魔理沙は秒単位で予測するとまで言ってのけたのだ。外の世界の魔法でさえそこまでの事は無理だと聞く、ならばこれはもう幻想郷の魔法でも使わない限り無理だろう。どんな魔法なのかは分からないが、そう言う意味では魔理沙に対し俄然興味が湧いてくる。

カウントダウンは一つずつ減っていき、間違いなくゼロに近づいていく。
それが終わった時、果たしてどうなるか……?窓から身を乗り出さずにはいられない。



「1...ゼロだ」

パチン。

まるで手品をするように指を弾く。



「………ぁ、あっ……!」

その時、私は確かに魔法を見た。


魔理沙の合図を得たように、みるみるうちに雨足が弱まっていく。
そればかりか、木々の枝葉越しにかすかに見える雲も目で見て分かるほどの動きで退いていく。
そして雲が退いた所からは入れ替わるように陽の光が射してきた。
枝葉に残った雨滴が木漏れ日を受けて七色に輝いている。外に出てみれば虹の一つや二つは見られそうな光景だ。
満足げにふんぞり返る魔理沙が、その時私には魔法少女を超えた魔術師にすら見えていた。

「す…すごいわ魔理沙!一体どうやったの?」
「これか?あー……紅霧異変って知ってるか?」
「ああ、それなら」

紅霧異変。
紅魔館の吸血鬼が己の身勝手で広範囲に霧を出しまくり、あわや外の世界まで…という事件。
かの『幻想郷縁起』にも記されているほど人間にとっては重大な事件で、私も事の顛末は大まかながら知っている。確かあの事件は霊夢が吸血鬼を成敗する事で解決し、魔理沙が後始末をしたと聞くけど…この雨と何の関係があるのだろう。

「霊夢がレミリアを退治した後の事なんだけどな、フランを館の外に出すわけにはいかないってんでパチュリーが館を丸ごと封印したんだ」
「へぇ……でも、パチュリーの魔力でもあの子の力は抑えきれないんじゃ…?」
「なにも力を抑える方法は力ずくとは限らないぜ。例えばほれ、さっきのような」
「……雨?」
「ご名答。吸血鬼にはよく効くよな」

言いながら紅茶を一口すする魔理沙…ああ、答えが見えてきた。
だがいきなり話を遮るべきかどうか、少なくとも魔理沙は話を続ける事にノリ気と見える。
自白の意味も含めて、最後まで話させてみよう。

「パチュリーは降雨の魔法を使ってフランが外に出られないようにしたんだ。まさか魔法で天気まで操れるなんてその時は知らなくてな、何度もお願いして最近やっとその術のノウハウを教えてもらったんだ。外の世界でも降雨の魔法があるらしいけど、パチュリーから教えてもらったコイツはすごいぜ。何せ雨雲の召喚だから、晴れてる所へいきなり雨を降らせる事ができるんだからな」
「ふぅん……それで?」
「で、まあ、実験をしてたのさ。私の家の周りだけ、ほんの小雨を降らせるつもりで……」

魔理沙の言葉がだんだん弱々しく、後ろめたくなっていく。
やはり自白というのは魔理沙でも堪える物なのだろう。

「でも初めてだから加減も何も知らなくて…その、なんだ、思った以上に雨量と範囲が」
「…つまり、さっきの雨はあんたが降らせたものと?」
「うぅ」

バツが悪そうに俯き、冷汗が川の流れのように魔理沙の頬を伝う。
まるで猫のように小さく縮こまり、どうやら本当の本当に反省したらしい。

「わざと自分から雨に打たれに行ったのは?」
「だから言ったろ、『お前に対して申し訳ない』って」
「罪悪感からの行動ってわけね…私の前に傘を持って現れたのは?」
「雨の規模を調べようと外に出てたんだ。歩いてたのはただの気まぐれ、お前を見つけたのも偶然だぜ」

なるほど魔理沙の仕業となると、納得できなかった事も納得できるようになってくる。雨が止む時刻を正確に言い当てたのも、自分が雨雲を召還したのならそれが消えるタイミングもある程度分かるという事なのだろう。


「…な!この通り、すまん!」

頭を下げ手を擦る魔理沙の行動は本気とも冗談とも取れる。
でもまあ、私も真実を語った魔理沙に対して追い打ちをかけるつもりはない。とりあえず悪気はなかったわけだし。

「―――――」
「ッ…!」

ふわりと肩に手を乗せただけなのに、頭を下げたままの魔理沙の肩が撥ねた。
…私がまた怒るとでも思っているのだろうか。



「今度からは……雨を止ませる魔法も研究すればいいのよ」
「―――!」
「例えば召喚した雨雲を消せるようにするとか…そしたら、雨の加減が効かなくなっても大丈夫でしょ?」

魔理沙の耳元に顔を近づけ、そっと囁いてやった。鼻をくすぐる金色の髪がとても柔らかい。
……って、こんな事をしたらまた私の顔が真っ赤になってしまう。
既に胸はバクバク言ってるし、こうやってゆっくり囁くのだって大変なのだ。いきなり声が裏返ってしまったらどうしよう、いきなり魔理沙がこっちを振り向いたらどうしよう、などとは何度思った事か。



「……まったく」

合掌した手で魔理沙はそのまま顔を覆ってしまった。
表情が全然分からないし、短い一言ではその抑揚も聞き取れない。

「またどやし付けられるか引っ叩かれるかと思ったさ」
「…魔理沙?」
「そんなのよりよっぽど効いたぜ、ていうかその手を思いつかなかったなんてなあ……」
「それくらい最初から考えておくものよ…ホント、猪突猛進って言葉がぴったりよね」

「……よし!」
「わぶ!?」


覆った顔をこすり勢いよく立ち上がる魔理沙。しかしあまりにも勢いがよすぎたので私は避けきれず、魔理沙の肩で思い切りのいいアッパーカットを貰ってしまった。舌を噛まなかっただけまだマシだったがそれでも私の視界は一瞬ボヤけ、足が床から離れる感触を得て、頭は後ろに揺すられ…
危うく両脚で何とか踏ん張った。私の両脚偉い!

「…ったたたぁ」
「そうと決まったら早速次の研究だ!雨を止ませる研究だっけ、とりあえずマスタースパークで雨雲をぶっ飛ばす所からだな……っておいおいアリス、何ボサっと突っ立ってるんだ?言い出しっぺのお前も研究に付き合ってもらうぜ」
「は?今マスタースパークだって自分で言ったばかりじゃない、ていうか今の話聞いてた?」
「私はパワー担当、お前はブレイン担当だろ?何か頭脳的な作戦があったら言ってくれよ。『ファイナルスパークの方がいいかも』とかさ」
「何その役割分担、っていうか要するにレーザー撃ちたいだけじゃない魔理沙!」
「今の私は気分がいいんだよ。こういう時は大火力の一発でも撃っとくのが乙女の」
「嗜みなんかじゃないわよ!絶対!」
「いいから行くぜアリス、私の家だ!」
「あ、ちょっと、服!?まだ全然乾いて…」
「少しくらい構うもんか、早く来いってアリス」
「……んもぅ」





なんだかんだで魔理沙は騒がしい。紅茶の残りを一気に喉に流し込み、寝間着を無造作に脱ぎ捨て壁に掛けてあった自分の服をひったくるようにして取って着る。またさっきのような雨を降らせるつもりなのだろうか、そしてそれをやたら効率の悪そうな方法で本当に吹き飛ばすつもりなのだろうか。その様子を想像すると実に馬鹿馬鹿しい。
しかしその馬鹿馬鹿しさが魔理沙らしくもある。この立ち直りの速さ、切り替えの早さも含めて。


「すぐ行くわ。だからちょっと待ってて!」
「おーぅ」

奥の部屋から着替えを……いや、やっぱりいい。
言い出しっぺの手前、こうなったら魔理沙にとことん付き合ってやろう。私も壁に掛けてあった服を取って、まだ湿り気の残る袖に腕を通す。太陽が出てきたのだからそのうち自然に乾くだろう。生地が肌に張り付く感触が少々アレだが、しかしひんやりと妙に心地よかったりもする。

もう家の庭まで出て行ってしまった魔理沙を、私は手を振りながら追いかけて行った。
ラナリオン!(挨拶

ドライアイスやヨウ化銀を使った降雨の魔法は既に存在している雨雲に対してのみ実行可能。
しかも本来の雨量を一割増しにする程度の効果しかないようで、この点では幻想郷の魔法の方が進んでるな!


何番煎じか分からないくらいベタかも知れませんが、アリマリを書きたかったのでつい。
多少強引でお姉さん的なアリスもいいかも?
0005
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.940簡易評価
11.無評価名前が無い程度の能力削除
ラナリオーン!某竜の騎士のアドベンチャーですか!きっとそのうちマリサが箒に雷を帯電させて妖夢や美鈴に切りかかるようなスペルを開発したり、さらにアリスがその魔力をさらに強化できる鞘を作ったりするんでしょうなww