Coolier - 新生・東方創想話

誰がために咲き誇るか 序

2007/06/28 07:06:34
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「願わくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ」

 累々と重なる屍の中央にはただただ大きい桜と一人の少女。

「血は争えないわね……父様と、同じ……」

 右手に握った白刃には、冬の蒼い月が光っていた。











 1月も中旬に差し掛かった頃、珍しく庵の外が騒がしいことに気付いた西行寺幽々子は久方ぶりに外へ出てみた。彼女は人を死に誘うという己の能力を強く厭い、身内以外には姿を見せず、外出も極めて少なかった。

「では、くれぐれもよろしくお願いします」
「善処致します」

 見れば西行寺家家老の妖忌が客人と思しき二人組になにかしら頭を下げていた。家老とはいえ、妖忌はいまだ30代ではある。

「妖忌、どうしたの?」
「お、お嬢様……」
「客人?」
「左様でございますが……」

 何か、妖忌の様子がおかしい。怪訝に思いながらも幽々子は二人の客人に向き直って挨拶をする。この段になって初めて彼女は、目の前の二人が自分のすぐ側に立っていても平然としていることに気が付いた。

「はじめまして。ろくにおもてなしもいたしませんで……西行寺家が当主、西行寺幽々子でございます」
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。私は陰陽師などをやっております安倍清明と申します。こちらは同じく陰陽師の九条実伴でございます」

 紹介されて、九条という陰陽師が会釈をする。腰に差した太刀からして陰陽師というよりは武士といったいでたちの青年であった。

「安倍清明……様でございますか。しかし記憶では安倍清明という陰陽師は数十年前の……」
「確かにそうですな。ご存じないのも無理ないと思いますが、我々の陰陽寮においては物の怪の調伏などを専門とする者を束ねる者は安倍清明の名を継ぎます。称号のようなものと思っていただければ結構かと」
「なるほど……そうでしたか。しかし、京の方がなぜこのような場所に?」

 幽々子のその問いに彼らは顔を見合わせた。彼女の口からそのような言葉が出るとは思っていなかったかのように。
 その様子を見た妖忌が慌てて間に割って入ったため彼女はそれ以上追求することができなかった。

「お二方も長旅でお疲れでしょうし今日はこの辺で……」
「そうですな。それでは、失礼させていただきましょう」

 去り行く二人の陰陽師の背中を見据えたまま、幽々子は幾分堅い声音で妖忌を詰問する。

「あの二人を呼んだの、妖忌でしょう」
「……左様で」
「理由は……西行妖ね」
「すべてお見通しですか。いや、それ以外に理由が……ございませんね」

 ため息を一つついて妖忌は肩を落とす。
 今、彼の主人である幽々子は自身の能力と西行妖の妖力のせいで精神的にかなり辛い状況に置かれているといっていい。
 生者を死へと誘う能力。強大な妖力を以って人を惹きつけ、力持たぬものを死に至らしめる妖怪桜。
 どちらも心優しい幽々子には重荷であった。西行妖の方は立ち入りを禁止してしまえばある程度問題ないといえるが、幽々子はそうはいかない。妖忌は、彼女に歳相応の生活を謳歌して欲しかったのだ。
 そのためにはまず、心労の一因である西行妖を封じる。あまりにも強大ゆえに今まで封じることができなかったが、京の陰陽師であるならば、あるいは……そう考えたのだ。

「妖忌、気持ちは嬉しいけど……そういうことは事前に相談してね」
「はい……気をつけます」
「それに、無理に封印なんてしようとしてまた誰かが……」

 西行妖の強大さは二人とも身に染みてわかっている。それでも、例え僅かでも希望があるのなら、すがりたいと思うのが人間というものだろう。
 冬の西行妖に花はない。基本的に春に咲くのは他の桜と変わらないが、妖力が高まれば稀に咲くことがあるという。
 今はただ、静かに荘厳に根を地に下ろしている。嵐の前の、静けさのようであった。





「封印、できそうですか?」
「無理だ」

 あまりにもきっぱりとした否定に九条実伴は呆れてしまった。

「無理、なんですか? 本当に?」
「無理だな。あれは人の身には余る。目の前で立っているだけで精一杯だったろう?」
「確かにそうですが……」
「それに妖怪とはいえ木だ。動かぬものゆえに危害がそうそうあるとも思えぬ。むしろあの娘御の方が、な」
「幽々子嬢ですか? お綺麗でしたが……」

 清明は深くため息をついた。

「お前ほどの者がそれくらいの感想しかないのか? 彼女の妖力の凄まじさ、間近で感じただろう」
「あ、そうですね、はい……」
「接するだけで人を魅了し死に誘う姫君か……あちらの方がよっぽど封印対象だと思うがね」

 彼らほどの力が無ければ彼女とまともに話すことなど不可能だろう。清明は久方ぶりにただの人間に脅威を感じた。人間に脅威を感じるなど、先代の安倍清明以来ではないだろうか。

「しかし……まさかいくら名家の要請とはいえあなたが直接赴くとは……」
「封印はあくまでついでに過ぎん。使えるかどうか、この目で確かめたかったのだが……思わぬ収穫があったな。あの西行寺の娘の力は危険だが使える」
「使える……と申しますと?」
「大妖怪、八雲紫を仕留めるのには人間の範疇の力では無理だからな」
「清明様、まだ諦めて……」
「諦める? 安倍清明の名を継いだ者は、あらゆる妖怪を調伏せねばならんのだ。たとえそれが最強と言われるものでも、な。いや、最強と言われるものだからこそか」

 数ヶ月前、彼は境界の大妖怪、八雲紫に勝負を挑んだ。数々の謀略を張り巡らせ、数多の式神を使役し、古の結界を仕掛けた末に、彼は敗れた。彼の判断能力の素早さと護衛の優秀さが彼の命を救ったのだが、このときの屈辱を忘れた日などは無い。
 ちなみに、九条実伴はそのときの護衛であり、妖刀一本で八雲紫の攻撃から清明を救っている。しかしあのときは横合いからの不意打ちが成功したから清明を守りきれたものの、まともにやり合えば勝てる見込みはないと実伴は実感していた。

「必ずや仕留める。それだけの策と用意はある。そして、それを実行に移すだけの力を手に入れつつあるのだ」

 清明の八雲紫に対する妄執は、西行寺家にとって災厄となるに違いない。実伴はただただ雪辱を期するこの男の側に侍る一方で、先ほどの幽々子の幽雅な所作、そして微笑を思い浮かべていたのだった。





「小賢しいだけで何の力も持たぬ人間風情がまだ懲りないようね」

 清明と実伴の様子を隙間から観察していたのは八雲紫その人である。いや、人というのは間違っている。彼女こそは境界を操る最強の大妖怪に他ならないのだから。

「今叩きのめすだけなら私だけでも十分でしょうが、どうしますか?」

 側に侍るは八雲藍。紫の式神である。式神とはいえ、使役するのが最強の妖怪である。更に九尾を持つ最高位の化け狐。そこらの妖怪では太刀打ちできない強さを誇っているのだ。紫の式神となって随分と経ち、野性味が抜けてきた頃である。

「やめておきなさい。力は無いが、狡猾な今代の清明はどんな手を使ってくるかわからないし……たかが人間相手に奇襲するまでもないわ」
「わかりましたけど……私はあの男嫌いですよ」
「私もよ」

 正味の戦いであれば彼女たちが清明に負けることは万に一つもありえない。だが先の戦いで彼がいかに用意周到で狡猾であるか彼女たちは思い知らされたのだ。

「噂の妖怪桜と死の姫に目をつけたのね……どうやってその力を使うのかわからないけれど……」

 興味深いことには変わりは無い。それに、清明が計画通りに何かことを為すのも気に入らない。

「西行寺の死の姫君か……暇潰しにはなるだろうし、先手を打っておくのも悪くは無いわね」
「紫様?」
「藍、ちょっと西行寺家まで行って来るわ。ご挨拶に、ね」

 すーっと隙間を開いて西行寺家へと赴く八雲紫。境界を操ることの出来る彼女は、空間の隙間を通って如何な場所へも即座に行くことができるのだ。
 開いた先には純和風の庭園が見える。その中に、ぽつんと孤立した庵が存在するのを認めた彼女は、その側へ移動する。
 ふと縁側に目をやれば、着物を着た少女が陽だまりの中で昼寝をしていた。気配を感じたのか、ぴくり、と体を反応させた後、ゆっくりと目を開いた少女は、隙間に腰掛けて微笑む大妖怪と対面する。

「ごきげんよう。私もご一緒していいかしら?」





 生前の幽々子。
 人間だった頃の妖忌。
 幽々子と出会ったばかりの紫。

 まるで運命であったかのように集い、収束する者たち。知らず知らずのうちに西行妖に惹きつけられていった彼らは何を思い、何を考え、何を選択していったのか。
 
 幽々子と紫の出会いによって、この物語は幕を開けたのだった。

 

こんにちは、ゆん太です。

今回は前々からずっとやりかたっかゆゆ様の過去話となっております。今回は予告編のような感じで。

随分突飛な設定になってしまいました。陰陽師として安倍清明氏(ばったもん)にご登場していただいたり。
こいつのせいでバトルがほとんどなく、ただの謀略戦に終始しそうな勢いです。誰だ、こんなの出したの。

皆さんもご存知の通り、如何なプロセスを歩もうと、西行妖に関する物語の結末は「幽々子の自刃」という悲劇に収斂することは変わりません。
そこに至るまでの幽々子、紫、妖忌の葛藤や成長、絶望などを書くことが出来ればいいなと思っております。

しばらく続きますが、どうかお付き合いください。

ご意見ご感想があれば遠慮なく。

ゆん太
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