Coolier - 新生・東方創想話

Demonic Scarlet / Lunatic Servant -2-

2004/05/06 02:33:21
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※このお話は続き物です。「Demonic Scarlet / Lunatic Servant -1-」を未読の方は先にそちらをお読みください。


■2-1■

 紅色の双眸が小悪魔を突き刺す。
 それは――。
「レミリア……様!?」
 疑問に思う間もなく。
 無数に現れた光弾が、一斉に彼女へと襲いかかった。

 ――それは、悪夢の始まり。

 いったいどうやったかは覚えていない。
 ただ、リトルが気がついた次の瞬間には、すべての弾は床や棚を穿つと動きを止めていた。
 蜂の巣となった図書館の中央にて、無傷の小悪魔は佇む。いや、無傷とは身体的な意味で、衣服には切り裂かれた跡がいくつも残っていた。つまり、紙一重のところで奇跡的に回避した、というわけである。
 眼前の彼女は動かない。まるで値踏みするように、リトルのことを見つめていた。
 リトルもまた動けない。目の前の少女が誰であるか、未だに判断がつきかねていた。
 あれはレミリア様なのか、それとも単に瓜二つなだけの侵入者であるのか。あるいはレミリアを騙ろうとする偽者なのか。
 十秒ほど、二人は互いを見つめ合う。
 リトルの額を汗が伝った。悪魔の少女は何一つ表情を変えなかった。
「――ただのまぐれね」
 ぽつりと、そんな言葉を少女は発した。
 次いで右手を振りかぶる。
 先ほどの倍以上の光弾が図書館の中を埋め尽くす。
 ――次でやられる。リトルはそう悟った。
 何とかしないといけない。理性はそう思っているのだが、本能が足をすくませていた。
 目の前の悪魔は、やばい。直感が全方位からそう告げている。あれがスカーレット・デビルにしろそうでないにしろ、恐ろしさは確実に本物だ。
「そうね。最後に一つだけ訊いておきたいことがあるわ」
 悪魔は、無表情のまま質問を投げかけてきた。
「ここは、いったいどこなのかしら?」
 それは、この場には、この空気には、まるでそぐわない迷子の質問。
「ここは……紅魔館」
 何故か率直に答えてしまうリトル。まるでそう喋らされるのが初めから決まっていたかのように。
「……紅魔館……そう、ここは紅魔館というの。うん、悪くはない名前ね」
 その言葉を聞いて、リトルは彼女が自分の知るレミリアではないことを悟った。
 だが、一つの答えがわかったところにしろ、時は待ってくれない。彼女は十六夜咲夜のような能力を持ち合わせていなかった。
 悪魔の少女は、知りたいことはすべて訊いたというようなさっぱりした顔つきで、右手を翻す。
 紅色の弾幕が動き出そうとしたとき――。

 不意に、リトルの意識はそこで途切れる。
 最後に目に入ったのは、飛来する一冊の書物の姿であった。


■2-2■

(……う、うん……)
 リトルは目を覚ました。
 上体を起こしながら、大きく頭を振る。何だか妙に頭が重かった。鉛の塊を脳内に突っ込まれたような気分だった。
 何かを思い出そうとしたが、頭は全然言うことを聞いてくれなかった。ただ、今の状況がなんだか落ち着かないことが、視神経を通して思考に伝わってくる。
 ここは、いったいどこだろう。リトルは周囲を見渡した。
 そのとき、ようやく彼女は周囲の異常さに気がついた。
 床がない。壁がない。天井がない。
 リトルは、虚空に浮かんでいた。空間は純白の背景だった。それに漆黒の模様が刻まれている。模様は、時折波のようにうねってはその形を変えた。その黒には何かの法則性があるように見えたが、リトルにはそれが何かわからなかった。
「どこよ、ここ……」
 リトルはその場にへたり込みたかった。しかし床の感触はなく、無重力空間に身体を投げ出す他なかった。
「夢なら覚めてよぉ……」
 なんだか無性に泣き出したくなった。何か悲しい思いが記憶に残っている気がしたが、それが何かすらも今の彼女には思い出せなかった。
 不意に、リトルの頭の中に直接誰かの声が響いてきた。
「――そういうときは、まずは深呼吸だ。心を落ち着ける第一の秘薬はそれだと、私の記録はそう述べている」
(深呼吸……)
 声が誰なのか、それを疑問に思う気力すら今のリトルにはなかった。
 ただ、言われるままに深呼吸を開始する。
 すー……はー……すー……はー……。
「少しは落ち着いたかね?」
 一段落ついた頃に、先ほどの声は語りかけてきた。彼女のことを気遣っていることが、声色からリトルにはよくわかることができた。
「うん、少しは……ありがとう」
 ひとまずリトルは礼を言う。
 頭がいつもの回転を取り戻してきたところで、彼女の記憶が明滅する。

 無数の紅色の光弾。
 一冊の飛来する本。
 手の中で消えた小さな働き者。
 レミリア似の侵入者。

 すべての働きが正常に戻ったとき、リトルは勢いよく立ち上がった。正確には、虚空の中で背筋をピンと伸ばした、だが。
「そうよ、あの侵入者は? 紅魔館は? パチュリー様は? レミリア様は? あの子たちは? ねえ、いったいどうなったの!?」
「……質問は一つずつ順番にしてくれないか。すべての問いに同時に答える方法というのを、私はあいにく持ち合わせていない」
 心底困ったように、声の主は言った。
 リトルも、少し取り乱しすぎたなとちょっとだけ反省した。しかし、緊急を要する事態は少しも変わっていない。
「そうね……まずは、今の私の状況よ。ここは、いったいどこなの? 紅魔館の中じゃないみたいだけど」
「紅魔館の中ではない、というのは偽だ。ここは紅魔館という建物の中でもある」
「なんだかずいぶん遠回しな言い方ね」
 それが少し、リトルの癪に障った。こちらは急いでいるというのに。
「すまないが、これが私の性分なのでね。主人にも何度か注意されたことはあるが、根本的な部分で変更を加える気はない」
「なんでもいいから、単刀直入に答えて。ここはいったいどこなの? 紅魔館にこんな場所があるなんて、私は聞いたこともないわよ」
「きみが目にするのは、私の記録が正しい限り初めてのことだ。ここは、正確に言えば、紅魔館にいる私の内部だ」
(私の内部……って)
「もしかして、私食べられたの!?」
 なんとも間抜けな問いであったが、それは無意識のうちに彼女の口の中からこぼれ出てきた。
「うむ、その表現は当たらずとも遠からず、といったところか。なお、きみを消化する器官を私は持ち合わせていない、その点は安心してくれていい」
「……安心って。そもそも、なんで私が食べられなくちゃいけないのよ!? 人食いはよく聞くけど、小悪魔食いは滅多に聞かないわよ」
 その言葉に、声の主は反応した。白の景色に描かれた黒がざわめく。
「滅多に、ということは、きみはごく少数ながらも『小悪魔食い』の例を知っているということか? それは実に興味深い、よければ詳しい話を聞かせてくれないか」
 相手の言葉を聞いて、リトルは頭が痛くなってきた。何なんだ、この変な声の主は。
「あのね、今のは単なる言い回し。小悪魔食いなんて例、私は一つも知らないから」
「むむ、そうか。それは残念だ。……ふむ、考えてみればもっともな話であるな」
 声の主は心底残念そうだった。
「……もういい、急いでるからさっさと話を戻す。というか、そもそもあなた誰なの?」
「私か? 私の名はクリムゾン。生まれてからこの方、本の妖怪とお嬢様の従者を兼任している。以後お見知り置きを」
(本の妖怪……なら、私が意識を失う最後に見たあれが?)
 リトルの思考を余所に、クリムゾンは話を続ける。
「そうだな、次は一度に投げかけられた先の質問の一部に答えよう。きみから見た侵入者だが、あれが私の主人だ。そして紅魔館はお嬢様のものとなった」
 いきなりの返答に、リトルは絶句した。
「……なによ、それ……」
 ようやく、その言葉だけを振り絞る。
「ここから先は、外を見ながらの方が早いと判断する」
 言うが早いか、白と黒の空間は一瞬にして見慣れた光景に切り替わった。
 そこは紅魔の間。レミリアが一日の大半を過ごす、紅魔館で最も高い位置に存在する大ホール。
 何百年もかけて館の歴史を見てきた柱の群れ。人妖の力で染められた紅色のカーテン。星と月の光しか通さない、夜にだけ輝く天井のステンドグラス。
 だがしかし、その室内には見慣れない、あってはならないものが転がっていた。
 全身に傷を負って倒れたメイドや妖怪たちの姿。皆かろうじて虫の息で生を繋いでいる。
「……なに、これ……」
 リトルの声が震える。
「我が主に刃向かったことへの代償だ。おとなしく逃げるか、軍門に下るかすれば、無駄な血は流さずに済んだのだがな」
 至って冷静な口調でクリムゾンは語った。
「……あんたたちがやったっていうの?」
「基本的にお嬢様が、だがな」
「その『お嬢様』って誰なのよ!? あのレミリア様の姿を騙った侵入者のこと!?」
 十中八九そうだと確信していたが、それでもリトルは問いつめずにはいられなかった。
「……きみ自身の目で見た方が早いと推測する。くれぐれも、粗相のないように」
 それから、風景がゆっくりと旋回した。これがクリムゾンの内部から見た視点であるなら、彼自身が回っているということだろうか。
 今まさにホールの奥を映し出そうとしたときだった。
 闇の奥に、虹色の輝きが灯った。それが消えると同時に、何かがまっすぐこちらに飛んでくる。
 光景が急激な速度で回った。それはリトルの目と鼻の先を飛んでいった。ホールの壁に激突すると、巨大なひび割れを作り、ずるずると床に落ちた。
「――美鈴さん!?」
 それは、リトルのよく見知った女性であった。
 慌てて駆け寄ろうとするが、走っても走っても彼女に近づくことは叶わなかった。
「きみが見ているのは私を介した映像だ。いくら移動しても、その妖怪に近づくことは不可能だ」
 クリムゾンの声はリトルに届かなかった。いや無視した。
 そうこうしているうちに、紅色の弾がいくつか飛んできた。
 傷だらけの紅美鈴(ほん・めいりん)に直撃し、爆音と同時に彼女の身体がはねて、はねて、はね上がった。
 弾幕が途切れると、彼女の肉体は床に激突し、それからぴくりとも動かなくなる。
「あ……あ……」
 リトルの声は言葉にならない。
 何者かが歩いてくる音がした。あまりの光景に、リトルはしばらく反応できなかった。
 それが背後に立ったところで、ようやくリトルは振り向いた。
 そこには、あの――レミリアによく似た悪魔が、氷よりも冷ややかな微笑を浮かべていた。
「あらら、はじめの威勢はいったいどこにいったのかしら? 元門番さん」
 悪魔は美鈴に歩み寄ると、腰をかがめて顔を覗き込む。
「……あ、あ、あの……で、ですから」
 あれだけの攻撃を受けながらも美鈴はまだ意識があった。震える言葉で、なんとか目の前の悪魔に立ち向かおうとしている。
「ですから……なに?」
 悪魔はそっと美鈴の頬を撫でる。その手が紅く染まっている。それは美鈴の血か、それとも他の者のか。
「……いえ、で、ですから……あ、あの……」
「はっきりしなっ!」
 悪魔は思いっきり美鈴の頬をはたいた。手が当たると同時に爆発が起き、美鈴の身体は大きく放物線を描きながら吹き飛んで、遙か彼方の柱に叩きつけられた。
「まったく……優柔不断な妖怪だこと。ここの私は、なんであんなもん雇ってたのかしら」
 レミリアによく似た悪魔は、やれやれと肩をすくめた。
「や――」
 言葉が紡がれる。
「やめ――」
 感情の赴くままに。
「やめろぉぉぉっ!!!」
 腹の底から大声で、リトルは叫んだ。
 悪魔は驚いてこちらを振り返った。その表情はすぐに冷たく不機嫌なものに変わる。
「そいつを出しなさい、クリムゾン」
 次の瞬間、リトルの身体は宙に投げ出された。
 リトルはくるっと身を翻すと、華麗に着地して、目の前の悪魔を見据えた。
 もう、足はすくまなかった。恐怖を上回る怒りが彼女の中に渦巻いていた。
「いったい、あなたは誰なのっ!」
 負けてたまるかと、リトルはこちらから問いつめにかかった。
 悪魔の少女はやや呆気にとられた表情を浮かべる。
「……やれやれ、主人も主人なら従者も無礼者が多いようね、ここは」
 ふうとため息をつくと、まあいいわと彼女は言った。
「せっかくだし、冥土のみやげで教えといてあげるわ。私の名前はレミリア・スカーレット。元いた世界では『紅色の悪魔』とか『魔王』とか呼ばれていたわ」
「元いた……世界?」
 リトルには聞き慣れない言い回しだった。
「そう。元いた世界は征服し尽くしてしまったから、今度は別の世界に手を広げようと思ってね。あの無限の図書館を越えて、最初にたどり着いたのがここだったの」
 そういうと、魔王レミリアはおかしそうに微笑を浮かべた。
「な……何がおかしいのよ!?」
 気味悪くなって、リトルはつい叫んでしまう。
「ふふ……だってね」
 その後の一瞬は、まさに時の止まったごとしだった。
 リトルが気がついたときには、彼女は片手で首を絞められながら、天高く掲げられていた。
「私、冥土のみやげを言ったのはあなたがはじめてだったんだもの。これまでに何度だって機会はあったはずなのに。これって、運命的な出会いだと思わない?」
 リトルの首に焼けるような痛みが走る。いや、実際焼けていた。高熱の業火が魔王レミリアの手から吹き出しつつあった。
「まあ、その出会いも蜻蛉の命よりもはかなく消え失せてしまうんだけどね。さようなら、リトルという名の小悪魔さん」
 リトルの身体は大きく投げ上げられた。頂点で静止したところで、炎を伴った魔王レミリアの手が狙いを定めて――。
「お待ちくださいませんか、お嬢様」
 クリムゾンが割って入った。
 リトルの身体は何事もなく床に叩きつけられた。背中を強く打ってしばらく呼吸に困る。
「……なによクリムゾン。せっかくいいところだったのに」
「この者ですが、館の案内役に仕立ててはどうでしょうか?」
「案内?」
「はい。お嬢様が盛大に暴れられた結果、力が弱く、かつ五体満足で残っているのは、もうそこの小悪魔ぐらいのものですから」
 魔王レミリアは、値踏みするような目つきでリトルを見下ろす。
「まあ、それも一興かしら。後で殺してしまえば冥土のみやげは成立するし」
 彼女の目は、リトルを一つの命と見なしていないようだった。使い捨てですらない、最初から塵と見ているようにリトルには思えた。
「……断る」
 荒く息をつきながら、それだけの言葉をリトルは振り絞った。
「立場のわかっていない小悪魔に対する言葉は持ち合わせていないわ」
 それだけ言うと、魔王レミリアは未だに倒れているリトルの額に人差し指を伸ばし、つんと突いた。
 リトルは全身を違和感が駆け抜けるのを感じた。見えない鎖に絡め取られるような。
「何をしたの?」
「少しばかり呪いをかけさせてもらったわ。あなたは、私の命令を聞かずにはいられなくなる」
 なにを――リトルは反論しようとした。
 刹那、焼けた杭がリトルの腹部に突き立てられた。
 いや、反射的に見下ろした視界には何物も映っていない。だのに痛みだけは、熱さだけは、容赦なくリトルの精神をかきむしる。
「くぅ、いや、あ、あ、ああぁ――!」
 リトルはのたうち回った。全身が熱いのに、悪寒が止まらなかった。異物を取り出そうと胸部をかきむしる。指が身体に触れているという感触はなく、体内に突っ込まれた異物の圧迫感だけが心を苦しめる。
「わかったかしら? 呪いの効果」
 魔王レミリアは楽しそうに笑うと、リトルの顎の下に手を添え、視線を合わせてきた。
 瞬間、リトルの全身を走り抜けていた苦痛の類は一切消え失せる。
「改めて問うわ。紅魔館の案内、してくれるかしら?」
 それにリトルは。
「――は……い」
 承諾する他なかった。
「ああ、あとお約束ついでに警告しておくわ。私の命令に反したら、ここに生きている全員、殺すから。それこそ転生もできないくらい、完膚無きまでに」

 身体を起こしながら、リトルは思考をフル回転させる。
 このままで終わる気は、彼女にはさらさらなかった。
 今自分のできる最善の行動、それは――。

 彼女は、パンドラの箱を開ける。


■2-3■

 暗黒と静寂の支配する限られた空間。
 かすかな吐息だけが、そこに時間が流れていることを教える。ひどくゆっくりと。
 やがて光と共に扉が開かれ――時間の流れは、正常へと戻る。

 そこは魔法図書館の一角、度重なる拡張工事の副産物としてできた隠し部屋。
「お待たせしまして申し訳ありません、お嬢様」
 救急箱と裁縫箱を携えた咲夜は、うつぶせに寝ているレミリアに声をかける。
 二人は、一度例の扉の向こう側に避難したのち、再び紅魔館へと戻ってきていた。その方が、相手の裏をかけると思ったからだ。
「……あなたが私を待たせたことが、これまでにあったかしら?」
 唇の端から血を垂らしながら、レミリアは不敵な笑みを浮かべた。
「喋らないでください、傷に障ります」
「こんなの、しばらく放っておけば治るわよ」
「それで済みそうなら、わざわざ医療道具取りに戻りはしませんよ」
 それから咲夜は、レミリアの背後に突き立てられた百本近くのナイフを抜きにかかった。
 一本抜く毎に吹き出る返り血を、咲夜は時間停止を巧みに使って空中にあるうちに拭き取った。おかげで重傷吸血鬼を相手に彼女のメイド服は一切血で汚れることはしなかった。先の戦闘での汚れはあちらこちらに残っていたが。
 すべてのナイフを抜き終えたところで、咲夜は本格的な治療にかかる。
 とはいえ相手は妖怪、基本的に治癒能力は高い。一応消毒をして、あとは傷口を縫い包帯を巻くだけであった。
 針と糸を持ってきたついでに、咲夜はレミリアの服も補修する。
 ナイフに刻まれ爆発に包まれて、高貴な装束は見る影も残っていなかった。それでも修繕するのは、これがレミリアのお気に入りと知っていたからだった。
(まさか、お嬢様の怪我の治療をする日が来るなんて思っても見なかったわ)
 新しい糸を針に通しながら、咲夜はそんなことを思っていた。
 レミリアは、咲夜の作業をぼんやりと眺めている。
「どうかしましたか? お嬢様」
 ふと、様子が気になって咲夜は声をかけた。
「ええ……私の服の色を見ていたの」
 レミリアの服は、真紅に染まっていた。
「それ、他の誰でもなく、私の血の色なのよね……」
 レミリアがすっと目を細める。それは咲夜でも彼女の服でもなく、部屋の外のどこかにいる敵を見つめていた。
 咲夜は手早く服の補修を終えると、レミリアにそれを着せようとする。レミリアは咲夜に身を任せた。
「……それで? 単に、道具を取りに戻ったわけじゃないんでしょう」
 レミリアの問いに、咲夜は時間停止能力を使って行った諜報活動の結果を報告する。
 敵は別世界のレミリアを名乗っていること、戦力はクリムゾンという名の本の妖怪を含めて二人だけであること、彼女らの目的は幻想郷の征服であること、館にいる力の弱い妖怪や人間たちは可能な限り避難させたこと、一部逃げ遅れた者のために紅美鈴に囮役を命じたこと――等々。
「あいつが、別の世界の私だっていうの?」
 それを聞いたとき、レミリアはこれ以上ないというくらい大変不機嫌な表情を浮かべた。
「私はもっと雅やかでエレガントよ。あなたもそう思うでしょう、咲夜?」
「はい、少なくとも彼女に比べたら」
「……ちょっと引っかかる言い方だけど、まあいいわ」
 それ以上に、レミリアには一つ気がかりなことがあった。
「それで、パチュリーは?」
「それが……現在、どこにも見当たりません」
 紅魔館の内部は一通り巡ったが、咲夜はとうとうパチュリーを見つけることができなかった。
 となると、考えられるのは。
「そのことも含めて、あいつらを締め上げなくちゃね」
 レミリアはゆっくりと立ち上がる。途中、傷の痛みに顔をしかめる。
「駄目ですよ、もうしばらく寝てなくちゃ」
「何言ってるの、これだけ不愉快な思いをさせてくれたのよ? 真っ正面からぶっつぶしてけちょんけちょんにしてやらなくちゃ、腹の虫が治まらなくておちおち血液も喉を通らないわ」
「ですが」
「ですがも何もなし、とにかく行くったら行く。あなたは行かないっていうならここで留守番してなさい」
 頑として考えを変えないレミリアを前に、咲夜はふうとため息をついた。
「仕方がないですね」
 時間を止めると、咲夜は手早く当て身を食らわせた。
 気絶したレミリアを、部屋に備え付けてあった布団に寝かせる。
 予想通りの展開になったことに、つと笑みがこぼれた。
 が、すぐに真面目な表情に戻る。
「連中はあの扉を通って現れました。――ということは、始末をつけるのは私の役目です」
 咲夜は手持ちのナイフを数え直すと、音もなく部屋を出る。

 再度舞台に立つのは瀟洒なメイド、主との逢瀬は一時の休息。
 いざ、決戦の場へと赴かん。


-続く-
せっかくなんでタイトルちょこっと変えました。
全4話中この第2話が一番短い……かも。
イースタンセラフ
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コメント



0.770簡易評価
7.50いち読者削除
後半の盛り上がりに向けて、間を取った印象。「決戦前」な感じがいいですね。とくにシメが。
というわけで今後の展開を楽しみにしています。
13.60裏鍵削除
続き、読んでもらえました。今度は無駄が無くて読みやすいです。
楽しみです~