Coolier - 新生・東方創想話

Demonic Scarlet / Lunatic Servant -1-

2004/05/04 00:49:15
最終更新
サイズ
30.23KB
ページ数
1
閲覧数
758
評価数
1/18
POINT
760
Rate
8.26
※このお話は以前書いた「Captive of the Infinite Library」の後の話になっております。
 が、作風とかストーリーとか設定とかほとんど関係なくなっているのであまり気にせずにお読みください。
※オリジナルキャラ・オリジナルスペル嫌いな人は回避推奨。


■1-1■

「メイド秘技『操りドール』!」
 瞬間、すべての時間が静止する。
 ただ一つの例外のみが加速する。
 幾百本もの刃がまるで機械人形のような計算し尽くされた動きによって配置される。
 メイドの声が響き終わったとき、すべての凶器は、眼前の目標めがけて死の行進を開始していた。
 避けられる隙間はない。撃ち落とすにも反応が遅れすぎている。
 剣の檻に囚われた姫、羽ある彼女の命運は尽きた、と思いきや。
「……ふうん。あなた、少しは面白い芸当ができるのね」
 レミリアという名の少女は少しも動じる様子を見せなかった。十代半ばより少し手前といった風貌にはいささかそぐわない、大人びた微笑を浮かべている。
 なぜなら、かわすまでもなかったから。
 特注の銀製ナイフが、主を前にした従者のように自ら避けて背後の古びた本棚に次々と突き刺さったとき、十六夜咲夜(いざよい・さくや)はそう悟った。
「……あなたこそ、少しは出来る手品師みたいね」
 今は戦い、何があっても平静を装わなければならない。されど十代後半から二十歳前後のメイド姿の娘は、動揺の色を隠しきれなかった。
 ――あまり信じたくはないが、否定するには別の仮定を提示し、立証しなければならない。そしてその当ては、今の咲夜にはまったくなかった。
「お代は見てのお帰りよ。……もしも、命がまだあったら、の話だけれど」
 レミリアは楽しそうに微笑むと、右手を音もなくひらり、と掲げた。
 刹那、彼女を中心として光のごとき矢が、四方八方に散る。光の軌跡はまるで爆発した打ち上げ花火のようだった。だが、弾幕の形状に気をとられている場合ではない。
 一本目をかわし、二本目を弾き、三本目を飛び越えると、咲夜は反撃へと転じた。
 再び大量のナイフをばらまく。三分の一は光の矢と相殺し、三分の一は明後日の方角へと飛んでいき、残る三分の一が敵へと肉薄する。
 レミリアは動かなかった。再び、凶器はまるで自らの意思であるかのように、彼女を避けて飛んでいく。おそらく、それだけで十分だとレミリアは踏んでいたのだろう。
 だから、ナイフに紛れて咲夜が飛び込んできたとき、彼女は驚愕の表情を浮かべた。
「チェックメイト」
 渾身の力を込めて、咲夜は手に握った一本のナイフを、敵の心臓めがけて深々と突き立てた。
 ――手応えが、違った。
 これまでに何度も行ってきた行為だから間違えるはずはない。そこに血肉はなかった。あったのは、一冊の分厚い本。
「ちっ!」
 咲夜はナイフから手を離す。その拍子に紅色の本は相手の胸元からこぼれ落ちる。
 すぐに時間を止めて、体勢を。
「遅い」
 レミリアは、右手を咲夜の胸に押し当てた。
 瞬間、猛烈な激痛が背中から胸にかけて走り回る。前方を向いた視界には、先にレミリアの放った矢の集団が彼女の下へと戻る様子が映った。おそらく、背後でも同様のことが起きたのだろう。単に回避をした時点で失敗だったのだ。
 痛みに咲夜は悲鳴を上げようとした。しかしそれは叶わなかった。声帯部分を喉ごときつく締め上げられたから。
「……ぐ、ぐぁ……ぁ……」
「ふふ。私、こうして人間の首を絞めるのが好きなの。一番、殺しているんだって実感できるから。人の生と死の境界が一番曖昧だから。ねえ、あなたもそう思わない? いざよい、さくや」
 咲夜とレミリアの目が合う。
 紅色の悪魔の瞳は狂気じみていた。
 そこには咲夜が映っていた。
 彼女の知る誰よりも、それは狂気そのものだった。


■1-2■

 時間は数週間ほど巻戻る。
 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は、主の友人に呼ばれて図書館へとやってきていた。
 呼ばれた理由はだいたい予想がついていた。午後三時にきっかりと始まるお茶の席でも、主人の身体的な都合上、朝昼晩深夜と四回ある食事の席においても、これまでに何度か、彼女はそのことについて話題を振っていたから。
「パチュリー様、いらっしゃいますか?」
 時間の流れを元に戻してから、咲夜は図書館に設けられているパチュリーの部屋の前に立った。
 居住者の数に対し広大な敷地面積を持つ紅魔館では、一人が複数の部屋を持つのは珍しいことではなかった。特にパチュリーは、図書館の中に七つの私室を持っていた。ただしそれらをきちんと使いこなせているかといえば、咲夜には甚だ疑問であったが。
 今にもガタが来そうな古びた扉をノックをする。返事はなかった。
「いらっしゃいませんか、パチュリー様? ――入りますよー」
 咲夜は音を立てずに扉を開けたが、やはりそこにはパチュリーの姿はなかった。あるのは無造作に積み上げられて今にも崩れそうな本の山と、素人の目にはちんぷんかんぷんな魔法アイテムがあちらこちらに。
 これは後で気合いを入れて掃除しなければいけないわね、と咲夜は思った。それはともかく。
「やれやれ、どこにいるんだか」
 まあ彼女がここにはいないのは、予想の範疇である。先にも言ったとおり、図書館だけでも七つの部屋があったし、そもそも部屋にいる時間自体がそんなにないことを咲夜は知っていた。
 書物は書物の中で読んでこそ味わい深い趣があるのだとは、パチュリーの弁である。要するに部屋でなく図書館の内部にいる時間の方が遙かに多いということであった。
 咲夜は再び時間を止めると、パチュリー探しを開始することにした。
 部屋を見渡す。入ってきた扉の他に、この部屋には数多くの扉が設けられていた。壁はともかく、床や天井にまでそれらは存在していた。
 咲夜は飛翔すると、天井に取り付けられた扉の取っ手をつかんだ。それから、年代物の扉に傷がつかないよう、そうっと回して押し開く。
 その先は、広大な空間が広がっていた。本と棚と、あとついでに埃だけが存在する、静寂の世界。
 そのまま浮いて中に入ると、咲夜は優雅な身のこなしで床へと降り立った。こちらから見ると、扉はまるで絵のように床の中に埋め込まれていた。
 扉は、図書館の至る所へ通ずるワープゲートの役割を担っていた。それらが集うパチュリーの七つの部屋は、いわば駅に当たる。
 何故そんなものがあるのかといえば、単に広すぎて一々飛んで回るのも面倒だから、というのが理由であった。
 咲夜は周囲を見回す。パチュリーはおろか、誰の気配も感じられなかった。
 一度パチュリーの部屋に戻ると丁寧に扉を閉め、次の扉を音もなく開く。そんな作業を十回ほど繰り返した後だろうか。
 ようやく、咲夜は目標の人物を含めた二人組を見つけた。彼女らは図書館のどこにでもある十字路で、しゃがみ込み何かをしている途中であった。
 音もなく咲夜は二人の背後に立つと、時間停止を解除した。
「お呼びでしょうか、パチュリー様」
「きゃああっ!?」
 パチュリーでないもう一人、赤い髪の毛をした黒服の少女が素っ頓狂な声を上げた。背中と頭部に生えた蝙蝠状の翼がびくっと震える。
 対して紫色の髪を持つ幼き魔女、パチュリー・ノーレッジは、特に動じる様子も見せず、床に敷いた図面に視線を注ぎながら会話を開始する。
「用件は、言わなくてもわかってるわよね?」
「はい。私の記憶が正しければ、図――」
「あ、ちょっと待って」
 左手で咲夜の言葉を制する。それからパチュリーは傍らの少女の方を振り向いた。
「リトル、ペン取って。それから図面のそっち側、押さえててくれる?」
 リトルと呼ばれた小悪魔は、言われるままに一本のペンをパチュリーに渡した。
 それからパチュリーは、図面にペンを走らせると次々に新しい情報を書き加えていく。
「よろしいですか? パチュリー様」
「……うーん、そうね、とりあえずこんなところかしら。後のことは後で考えるとしますか」
「では、始めますね」
「うん、まずはこの図面通りにお願い」
 咲夜は図面を受け取ると、いったん時を止めて、それから時空間の操作を開始した。
 今日の咲夜の仕事とは、図書館の拡張工事である。
 つい先頃、幻想郷で久方ぶりの古本市が開かれた。それにはパチュリー、リトル、咲夜の三人で赴いたのだが、初めての幻想郷での古本市にパチュリーが完全に舞い上がってしまい、それで止める人間もいなかったので――止めようとした小悪魔は一人いたが結局聞き入られなかった――半ば衝動買いで蔵書を豪快に増やしてしまった。その結果、図書館が手狭になってしまったので、この機会に改築を行うことにしたというわけである。
 改築とはいえ実際に行うのは土木工事でなく、時空間工事である。図書館の空間をねじ曲げてより多くのスペースを確保しようというのがパチュリーの魂胆のようであった。
「完了しました」
 他者時間できっかり零秒後、咲夜は時間の流れを元に戻した。
「さすがに仕事が早いわね」
「ええ、本職ですから」
 咲夜はにっこりと笑った。
「ならば今度は見直しね。机上の論理は組み立ててみたけど、実際目に見て気に入るかどうかは別問題だから」
 それから三人はより広大になった図書館をさまよい始めた。パチュリーが先頭に立ち、すぐ後を咲夜が、少し遅れて荷物持ちのリトルと続く。
 基本的な行動パターンとしては、まず最初にパチュリーが空中で足を止める。
 次に周辺の本棚をぐるりと二、三周し、図面を書き換えると咲夜に見せ、絶対時間の一瞬で光景を別物へと変える。
 時折リトルが新しいインクや紙を取り出す。
 以上のような行動を繰り返し、紅魔館が一応誇っている魔法図書館は次々にその内部をいじられていった。
 端から見ていると行き当たりばったりの突貫工事に見えなくもないなと咲夜は思った。実際、三分の二ほどはその通りである。

 咲夜が異常に気づいたのは、ようやく作業も終わりに近づいてきたかなという頃であった。
「どうかしましたか?」
 急に立ち止まった咲夜に気づき、リトルが肩を並べてくる。
「……ごめん、ちょっと待って」
 それから咲夜は全身の神経を研ぎ澄まし、異常の原因を探る。
 それはすぐに見つかった。彼女らが今いる場所から右に本棚を二つ越えた場所、そこから風が吹いている。
 咲夜は風の源へと近づいた。リトルがそれに続き、遅れてパチュリーもやってくる。
「これは……」
 パチュリーも異常に気がついたようだ。
 それは時空間の綻びと呼ばれるもの。ここではないどこか別の場所へと通ずる道。
 自然現象で生ずることもあるが、それは様々な偶然が重なってこそ起きるのであり、滅多にあることではない。
「……ちょっと派手にやりすぎたかしら」
「……かもしれません」
 パチュリーと咲夜は目を合わすと、同時に失笑した。
「あ、でも」
 風をその身に受けて、リトルは言った。
「少し、懐かしい感じがしますね。……でも、どこだったかな、この感じ」
 リトルは頭を捻るが、それ以上は思い出せないようだった。
「そういうことでしたら」
 咲夜はリトルの前に立ち、再びそれと向かい合った。
 吹く風が頬を撫でる。それはなんらの感情も呼び起こさず、ただ何か予感めいたものを運んできているように咲夜には思えた。
「よろしいですか、パチュリー様?」
「いいわよ、でもまだ作業が残っているから手早くね」
 主の友人の了承を受けて、咲夜は時空の綻びへと手を伸ばした。その向こう側にある風の源を探るために。
 手を伸ばすとは比喩でもある。実際には能力だけを伸ばせばいい。ただ、人間の感覚として、手も連動した方が都合がいいというのがこれまでの咲夜の経験であった。
 時間を操る能力が、綻びにほんの少し、触れた。
 ばちん。
 火花が散った。それは時空を知覚するものだけが知り得る異常現象。触れてはならないもの同士が触れてしまったときに起こる事象。
 咲夜は驚いて、思わず手を引っ込める。
 刹那、綻びはダムが決壊するがごとく、一気に裂けた。
 突風が巻き起こった。重量があるはずの棚は次々に倒れ、そこから飛び出した本たちが鳥のように舞い上がり、埃が急な来客に叩き起こされて嵐となる。
 少女たちは飛ばされないよう咄嗟に伏せた。約一名間に合わずに飛んでいきそうになったが、時間を止めた隙に咲夜が慌てて連れ戻した。
 風は三十秒ほど吹き続けた後、ようやく身を起こしても平気なほどには治まった。ただ、風自体は今もある。どうやら向こう側にいる風の精霊たちは余程やんちゃのようだ。
 綻びは今や一つの扉となって、少女らの目の前に開け放たれていた。図書館に張り巡らせたものとは比べものにならないほどの巨大な入り口であった。
「これは……」
 咲夜が疑問に思う間もなく、動いた影があった。
 パチュリーである。彼女はそれが扉となるや、一目散にその中に飛び込んでいった。リトルも慌ててそれに続く。
 咲夜は、すぐには続かなかった。いや、絶対時間で言えばすぐなのだが。
 彼女は、風で吹き飛んだ本と棚の後片づけをしてから、後を追った。静止した時間の中を。

 最初に目に飛び込んできたのは、扉の手前にあったのと同じ、本棚であった。ごく普通の代物だった。たった一つの特徴を除いては。
 咲夜は天を仰ぎ見る。首が痛くなる。
 本棚はその先、遙か空の彼方まで高く高くそびえ立っていた。たぶん天井自体はあるのだろう、雲も太陽も見えない。ここが夜だという可能性もありえるが、それならそれで星明かりの一つも存在するはずだった。
 咲夜は横に目を向ける。
 その先には同じく本棚が、天空にまで届く建造物が所狭しと並んでいた。それの果てもまた見えない。無限に高い本棚が無限の列を作っているように見えた。
 咲夜は飛び上がると、本棚の崖に沿って上昇を開始する。上方にパチュリーとリトルの姿を見つけたから。
 二人に追いつくと、咲夜は時間停止を解除した。リトルはまたも驚き、パチュリーは平然としていた。
 並んで飛びながら、咲夜は話しかける。
「これからどうされるおつもりで?」
「とりあえず登るわ」
「なぜ?」
「そこに本棚があるからよ」
 シンプルな回答だと、咲夜は思った。
「きりがなさそうですが」
「ちゃんとあるわよ。すぐそこに、ね」
 パチュリーが指さした先には、確かに切れ目があった。本棚の山はそこで一度頂点を迎え、若干のスペースを挟んだ後、虚空から新たな本棚が再び遙か天井めがけて続いていた。
 いや、あるいは、目の前のスペースこそが天井そのもので、上の本棚は自分たちから見て上に存在する別の床から伸びているのかも知れない。そんなことを咲夜は思った。
 三人はそこに到達すると、とりあえず棚の上に乗って佇んだ。
 咲夜は、ぐるりと周囲を見渡した。どちらを見ても、本、本、本。本を積んだ本棚、それだけが存在していた。
 人間と妖怪は、自分を含めて三人のみ。
 ここでは時間の流れがないように咲夜には思えた。あまりにも静寂しきっている。音のない世界、動きのない世界、それは時のない世界と如何ほどの違いがあるだろうか。
「ここは……どこでしょうか?」
 誰に問うわけでもなく、咲夜は一人呟く。
 そこは静寂の世界。そこは時間のない世界。
 そこは本の世界。
「ここは、ありえる本、ありえない本、過去から未来まですべての本が集う場所」
「そして、私たちの思い出の場所」
 謡うように唱えると、パチュリーは棚の端から下を覗き込み、腕を伸ばして一冊の本を引き抜いた。
 それは何千年の歳月を眠り続けた本のようであったのに、塵一つ立てることはなかった。
 魔女が本を開く。
 そこには世界が存在していた。
 比喩ではない。無限の言葉を書き連ね、それは世界を世に顕す。幻想郷とは似て非なる、少しだけ異なった世界の形。
 久方ぶりの読者の出現に、本達が呼応した。彼らは意志を持って本棚から飛び出て、舞うように空間へと躍り出た。力強く表紙を開き、自らの頁を誇示した。そこにはまた別の形の世界が広がっていた。
 本達がパチュリーらを取り囲む。祭りのように陣を組み、それぞれの世界を舞い踊る。
 そこは本の世界。
 世界が本を記し、本が世界を語る場所。

「再び開きましたね」
 リトルは、パチュリーの隣に並ぶと本達の舞踏を共に見上げる。
「そうね」
「……大丈夫、でしょうか」
 リトルは眉を曇らせる。それはパチュリーを案じてのこと。歴史が繰り返されるのを恐れてのこと。
「大丈夫よ。また囚われるようなへまはしないから」
 そういって、パチュリーは微笑んだ。


■1-3■

「……はあ」
 リトルは本の山を抱えたまま、ため息をつく。
 あれから七日。彼女の主の友人かつ友人は、今日も帰ってこなかった。
(思いっきりへましてるじゃないですか~)
 と嘆いても、パチュリーは紅魔館になかなか戻ってこなかった。
 もっとも、会いに行こうと思えばすぐに行ける。つい三十分ほど前にも朝食か昼食かいまいち判断のつきかねる時間帯の食事を運んだばかりである。
 杞憂といえば杞憂なのかも知れないが、いつか一線を越えてしまうことにならないか、それがリトルの心配だった。
 とはいえそんな気苦労をしているのはリトルだけのようだった。
 主人のレミリアはあっけらかんとした態度で、
「パチェがそうしたいっていってるんでしょ? だったら、そうしておけばいいじゃない」
 と放任主義に徹していた。それはパチュリーのことを信頼しているからかもしれないが、暗に面倒くさいと言っているようにも見えた。
 咲夜や美鈴はといえば、今ひとつあの図書館の持つ危険な側面に疎く、真剣に心配するまでには至ってなかった。せいぜいパチュリーの持つ本の虫を再認識するに至った程度のようだ。
「はあ~」
 もう一回、リトルは深くため息をついた。手に持った本から埃がいくつか立ち上った。
 ――くいっ、くいっ。
 不意に、リトルはスカートの裾を引っ張られていることに気づいた。
 視線を下に向けると、リトルの膝の高さぐらいまでの身長しかない精霊が、一冊の本を抱えて不安そうな表情を浮かべている。
 彼は、パチュリーが召喚した精霊の一人であった。彼らは主に、図書館全体の掃除と整頓を携わっている。今でこそ時間を操る能力を持つ咲夜がいるが、それ以前のメイド隊ではどうあがいてもこの巨大図書館を相手するには力不足であった。そのため、こうしてパチュリーが精霊や使い魔など専用の労働力を召喚していたのであった。その習慣が今も続いているというわけである。
 ちなみに、大量に召喚する都合上、精霊らはコストを抑えてすべてミニサイズであった。
「えーとその本は中世欧州の恋愛小説に当たるから……うん、ここをまっすぐ行くとやがて風景が切り替わるから、左に曲がって二番目の棚の一番下ね」
 リトルが教えると、精霊はぱっと顔を輝かせて深く深くお辞儀をすると、ぱたぱたと走っていった。
 とりあえず転びそうにない気配を確認すると、リトルは自分の仕事、本の整頓に戻ろうとする。精霊らに任せっきりにしてもよかったのだが、毎回適当に召喚するため勝手の分からない者が多く、自然とリトルが仕事の説明係を務めることになってしまっていた。
 ――仕事に戻ろうとしたのだが、少し歩いた先で丁度というか運悪くというか、うごめく本の山を見つけてしまった。
 リトルはうつむくとこめかみの当たりをとんとんと叩いた。それから本を手際よくどけて、中で下敷きになっていた一匹の使い魔を助け出す。先ほどの精霊より指二本分ぐらいは背が高いが、リトルから見ればやはりミニサイズの悪魔であった。
「だめでしょ、一人でこんなに持とうとしちゃ」
 リトルは叱るが、使い魔は意に介さず、どけられた本を再び積み重ねては運ぼうとする。
 仕方なく、リトルはそのうち四分の三ほどを半ば奪い取ると、自分の運んでいたものに重ねた。
「はい、これで運べるでしょう? いつも言ってるけど、無理しちゃダメだからね」
 リトルが諭すように話しかけると、使い魔はしばし思案顔を浮かべたのち、うんと頷いた。それから小さな羽で、ふらふらしながら飛んでいった。
(やれやれ……)
 今度こそ、自分の仕事に戻ろう。
 リトルがそう思って積み重ねた本を再び手に取ったときだった。

 爆音、そして衝撃波。二つが一度に飛んできた。
 足下が大きく揺れ、バランスを崩した。手に持った本が半ば吹っ飛んでいくような動きで落ちていく。
 最初の一回に止まらず、更なる揺れが広大な図書館を襲った。いや、この規模では紅魔館中が揺れているかもしれない。
 音のした方角を見れば、本棚がドミノ倒しの要領で次々に倒れていく。次の棚にぶつかると同時に轟音が響く。
 数百年ものの塵が煙となって舞い上がり、視界を遮ると同時に呼吸器系を害する。
 目と鼻を手でかばいながら、リトルは最初の爆音が轟いた方角を見やった。そこにあるのは――あそこへと、通ずる扉。
 考えるより先に、翼が動いた。一瞬で飛翔すると、最高速でそこへと向かう。
 上から見下ろせば、一直線に倒れていく本棚の列が三本ほど見て取れた。その数は今も増え続けている。
 精霊や使い魔たちは無事だろうか。リトルはそんなことを考えた。いや、それよりも、パチュリーは?
 視線を目的地に向ける。
 爆発の中心部は、最も煙がひどかった。視界が完全に遮られ、様子が掴めない。
 嫌な予感がした。手前で着陸すると、リトルは徒歩で慎重にそこへ近づいていく。
 少しずつ煙が晴れていく。最初に見えてきたのはクレーターだった。例の扉を中心として、半径十メートルほどの床がえぐり取られている。
 そのとき、リトルは精霊の一人が足下に倒れていることに気がついた。先ほど案内をしてあげた子だった。
 その身体を、これ以上傷つけないよう慎重に持ち上げる。全身傷だらけで、服がぼろぼろに焦げていた。
 精霊はうつろな目でリトルを見上げた。焦点があってない。
 声をかけようとして、リトルは何も言葉が出ないことに気がつく。
 しばしののち、その瞳から光が消える。
 手の中の重みが増し、そして次の瞬間消失した。
 リトルは、血の跡だけが残る両の手をじっと見つめた。
 ――いったい、だれが、こんなことを。
 リトルはクレーターの中心をきっと睨みつける。
 人影が見えてきた。リトルよりほんの少し背の高い、紅い装束に身を包んだ少女。蝙蝠状の翼を持つ彼女。唇の端より牙を見せる娘。存在するだけですべてを揺るがしかねない悪魔。
 紅色の双眸が小悪魔を突き刺す。
 それは――。
「レミリア……様!?」
 疑問に思う間もなく。
 無数に現れた光弾が、一斉に彼女へと襲いかかった。


■1-4■

 時間が静止した。
 比喩ではない。それこそが彼女の能力だ。
 だが、時の流れない場所においても、その腕は振りほどけなかった。どんなに抵抗しても、喉笛に食い込んだ小柄な手は固定され離れなかった。いや、そもそも身体に力が入らなくなってきている。
 酸素を求めて咲夜は口を開く。しかし吸うことも吐くこともできない。惨めに涎をまき散らすことぐらいしか、できることはない。
(……まずったわね……)
 後悔しても、それで危機が打開されるわけではない。
 何とか次の手を打とうとは思うが、頭の回転も衰えを見せ始めていた。
 ――このままでは、残るは死。
 果たして今、自分は死ぬべきなのだろうか。妙な考えが頭をよぎった。いよいよ脳がおかしくなり始めたか。
 死ぬ前には走馬燈が見えると言うが、今の咲夜にはろくなものが見えなかった。何せ思い出がない。
 人の世にあったとき、彼女の人生は空虚そのものだった。あるのは血だ。受動的に血にまみれる自分。
 妖の世に身を移してからも、あるのは血だ。はじめは受動的に、それから能動的に血にまみれる自分。
 ――受動と能動の合間だった。そうだ。思い出した。私の、懐中時計が時を刻み始めたのは。
 主人の顔が思い浮かんだ。強大な紅色の悪魔。気まぐれで我侭な娘。放っておけない少女。
 私に第二の生が与えられたのは――むしろ第一の生と言うべきかもしれない――あのときではなかったか。与えられたものであるなら、今ここで捨てることは、信頼に背くことになる。
 咲夜の目に光が戻った。脳が、残されたすべての力に招集をかけ、回転を始める。
 眼前の悪魔をきっと睨んだ。彼女は、子供特有の無邪気な薄笑いを浮かべながら、咲夜をじっと見つめている。
 咲夜の耳が、小さな空気の流れを察知した。
 視線を完全にレミリアへと固定する。彼女の五感を自分に釘付けにするために。
 やがて、時が来た。

 紅色の悪魔は、それが届く寸前で身をかわした。
 数十本の紅色の矢が飛来した。そのうち一本が右の袖をかすめる。
 力が緩んだ一瞬の隙を突き、咲夜が腕を引き離した。彼女は自由の身になるや、すべての支えを失って床に落ちた。かろうじて受け身は取ったようだが、そのまま横たわって動きを止める。
 レミリアは矢の飛んできた方角を見やった。
 暗い図書館の宙に浮かんでいるそれは、もう一人の紅色の悪魔。
「何か騒がしいと思ったら……まさか、私のまがい物が暴れていたなんてね」
 ウェーブのかかった髪をすくいながら、レミリアは冷ややかな目で彼女を見下ろした。
「妙な力を感じるなとは思っていたけど……まさか、私のまがい物がここにいるなんてね」
 ストレートの髪をかき上げながら、レミリアは不敵な目で彼女を見上げた。
「参考までに名前を伺っておこうかしら?」
「あら、人に名前を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀よ。ここの私はそんな作法も身につけていないのかしら?」
「あいにく、名乗りもせずに人の家でいきなり暴れ出すようなやつに対する礼儀なんて知らなくてね。……まあ、いいわ。私はレミリアよ。レミリア・スカーレット」
「奇遇ね。私もレミリアよ。レミリア・スカーレット」
 二人のレミリアは、その場で対峙する。
「私は二人も必要ないわ」
「それはこちらのセリフ。世界はもっと単純であるべきなのよ」
 互いに数百の光弾を従えて。
「「――さっさと消えな、まがい物!」」
 戦闘の火蓋が、切って落とされた。

 光弾の合間を飛び交いながら、レミリアはすぐにある事実に気がついた。
 効いていない。
 逃れようのないはずの弾が、相手に当たらなかった。
 当たるはずのない弾が、私に食らいつこうとしていた。
 二つの能力は相殺しあい、展開されたのは普通の紅色の弾幕。
 運命はどちらに決することもなく、純粋な回避力、命中力のみが問われていた。
「どうやらただのまがい物というわけではなさそうね」
「ようやく気がついたのかしら? 私にしては、あまり頭の方はよろしくないようね」
 数本のナイフが、蛇のようにのたうち回りながらレミリアめがけて放たれた。彼女は、十分引きつけたのち最小限の動作で次々と回避する。
 その途中、視界が図書館の光景を映し出した。
 煙は舞い上がり、本棚は今も倒れ続け、絨毯は焼け焦げている。
 パチュリーの使い魔が片腕をかばいながらふらふらと彷徨い、小柄な精霊が弱々しく光を点滅させた後に消滅する。
 咲夜が、気を失って倒れている。喉にはくっきりと無礼者による痣が刻み込まれていた。
(許さない)
 レミリアの怒りは頂点に達していた。
 館も、従者も、名前も、容姿も、すべて含めて私の領域を侵したこと。それがどんなに重大な罪かを、目の前の無礼者に徹底的に教育してやらねば。
 一枚の符を取り出す。長期戦に持ち込む気は、レミリアにはさらさらなかった。相手もそのつもりだったらしく、同時に符を取り出している。
「天罰『スターオブダビデ』!」
「神理『ドミネイターオブフェイト』!」
 紅の陣より蒼の星が生まれる。
 蒼の陣より紅の文字が生まれる。
 二つの陣とその子らが激突する。蒼と紅の衝突は無数の火花となり、その関門をくぐり抜けた攻撃が、二人のレミリアを互いに捕らえようとする。
「――っ!」
 紅色の文字の一つが、レミリアの左腕に焼きつけられた。小さな白い煙が上がり、古の文字が刻印となって残る。その意味はわからないが、気にくわないことだけは確かである。
 もう一人のレミリアは、すべての蒼の星を右に左にと器用にくぐり抜けていた。外れた星は図書館に激突し、レミリアの領域を自ら傷つけた。
「……少しはやるようね、まがい物のくせに」
「攻撃も回避も甘いわね。それでも私のまがい物のつもりなのかしら? ……運命を操る能力が効かないくらいで、根を上げているようじゃあね。ふふっ」
 もう一人のレミリアは、大げさに口を押さえて笑いをこらえる。
 それが挑発のための仕草であることはわかったが、しかしレミリアは乗らずにはいられなかった。それほどに彼女は腹が立っていた。
 偽者が本物の上位に立つことなど、あってはならなかった。
「私の顔して笑うんじゃないわよ。沈黙しな、獄符『千本の針の山』!」
 容赦のない、本気の一撃をレミリアは展開した。
 彼女を中心として、紅色の針は連なり山となる。凶器の山を従えて、確実に仕留めるべく自ら敵めがけて突進した。
「そう、そっちがそう来るのなら……煉符『死色の我城』!」
 もう一人のレミリアを中心として、幾千もの紅弾が出現した。弾は煉瓦となって建造物を映し出す。
 自分の左右にできつつあった弾幕の壁を無視して、レミリアはまっすぐ敵へと肉薄した。
 弾幕の形が完成する。それは確かに、もう一人のレミリアを包む城の様相を呈していた。上下左右どこを見回しても、びっしりと敷き詰められた弾幕の形だけが目に映る。
「城と呼ぶにはお粗末な形ね」
 自分と相手を取り囲む紅弾を見て、レミリアは言った。
「これはあなたに譲るぶん。城が嫌なら棺桶にでも使ってちょうだい。代わりに、私の本物をいただくから」
 弾幕の向こう側、すなわち紅魔館を見つめながら、もう一人のレミリアは言った。
 瞬間、互いの弾幕が雪崩と化す。
 山と城がぶつかり合って、紅の中に紅い火花を散らす。
 二人の悪魔が踊り狂う。右に左に弾を捌き、新たな弾を撃っては身を翻し。
 観客は互い、敵も互い。
 相手のために、己のために、舞踏はいつ果てるともなく繰り広げられた。

 終わりは突然だった。
 レミリアの左肩に激痛が走った。右をかわしたと思って油断した。紅弾の直撃を受けたのだ。
 痛みに気を取られてほんの一瞬だけ動きが止まる。それが命取りになった。
 城の崩壊速度が一気に加速し、レミリアを飲み込んだ。

「口ほどにもないわね。もう一人の私だと言うのに」
 もう一人のレミリアは、口元に手を当ててあざ笑った。
 右肩に激痛が走った。
「……え?」
 見れば、巨大な針が突き出ている。背中側から貫通していた。
「……あ? あ、あ……」
 一瞬何が起きたのかわからず、彼女は動きを止める。
 針たちの旋回速度が一気に加速し、もう一人のレミリアを飲み込んだ。

 弾幕の海が消え去ったとき、宙には二人の悪魔の姿があった。
 互いに髪も衣服もぼろぼろになり、身体の至る所から紅い血の流れ出た跡があった。
 傷自体は既になくなっている。それは妖怪としての彼女らの特権であった。
「まあ、まがい物にしてはよくやったと褒めておくわ。お返しのレートは百万倍でいいかしら?」
 レミリアの言葉に対し、もう一人のレミリアは何も返さない。
 信じられないといった顔つきで、全身に残る傷の跡、というか服の破れを、しげしげと眺めていた。
「沈黙は肯定と見なす。それじゃあ――」
 ぱちん。
 もう一人のレミリアは、おもむろに指を鳴らした。
「何のまね?」
「もう容赦はしないって合図」
「あら。それはこちらのセリフよ」
 拝むように両手を合わせ、レミリアは身構えた。
 そのまま手を相手に向ける。灼熱の炎が吹き出した。
 もう一人のレミリアは、回避行動をとらない。
 まるで目の前の火炎弾が見えないかのように無視して、一寸前のレミリアと同様に両の手を合わせる。
 炎が彼女を飲み込もうとしたとき、突如一冊の本が、彼女と火炎弾の間に飛び込んできた。それは頁を開いて淡く輝くと、光の魔法陣を背負って結界を展開する。
 火炎弾は奴に届くことなく、すべて受け止められてしまった。
(あれは……?)
 その結界は、どこかで見た覚えのある技だった。しかしそれ以上考える暇はレミリアにはなかった。
「――――いっけぇぇぇっ!!」
 もう一人のレミリアが両手を開いて突き出す。そこから――レミリア一人を、いや百人を飲み込んで余りあるほどの巨大な弾が放たれた。
「なっ!?」
 回避することは不可能だった。巨大すぎて効果範囲の外に出る余裕はない。
 レミリアは全神経を両手に注ぐと、正面から巨大弾を受け止めた。全力で結界を生成する。
「……くっ……」
 とはいえこれではじり貧である。早いところ何とかしなければ、相手の次の攻撃が。
(……ほんとに来たわね)
 振り向く余裕はないが、立ち上る魔力の気配でわかった。背後で、何事かしようとしているのを察知する。
 ええいままよ、来るなら来い。レミリアは気力を振り絞ると背中からの攻撃に身構えた。
「――『操りドール』!」
(……え?)
 本当に、今日は驚きの連続だった。しかし、さいわい頭の理性的な部分は冷静に対処法を弾き出す。
 よく見知った技が背後から迫るのを察知する。レミリアは前を向いたまま、神経の一部を背中にも集中させる。前の結界が一部薄くなるが、これはもう賭けだった。
(ナイフよ、退け!)
 運命を刻む。寸分の狂いもなく放たされたはずのナイフが、勝手にはずれていく。
 だが、それも初めの十二本目までだった。
 あのレミリアが運命に干渉してきたのか、それとも正面の巨大弾を防ぎながらというのがそもそも無茶だったのか、ともあれ十三本目のナイフが、寸分の狂いもなくレミリアの背中に突き刺さった。
 あとは堤防の決壊した洪水のごとし、である。百本近くの刃に滅多突きにされると同時に、巨大弾が爆発する。
 正面と背後の衝撃に押し潰されたのち、レミリアの肉体はごみのように落下した。
 受け身も何も取れず、木偶人形のように床に投げ出される。
 もう一人のレミリアは優雅に着地すると、何のためらいも見せずにレミリアの顔を足蹴にした。
 レミリアは顔をしかめる。かろうじて意識はまだ残っていた。
 もう一人のレミリアは、足下に残る意識を踏みつぶすように力を込めてくる。
「さて、遊びはここでおしまい。ここは私の世界となる。だから私は二人もいらない。……さようなら、レミリア・スカーレット」
 もう一人のレミリアの右手に炎が宿る。それは太陽の十八番を奪うかのような、高熱と閃光を放っていた。術者自身すら傷つけるほどの。
 彼女は、右手をもう一人の彼女に向けてくる。
 死をも超越する無へと、私を返すために。
(……やれやれ。まさかあいつ以外の同族にやられることになるとは、思っても見なかったわ)
 炎の輝きを眺めながら、レミリアはそんなことを考えていた。
 死は、いや無は、そんなには怖くない。もう五百年近くも存在し続けてきたし、数え切れないほどの命を奪ってきた。いくつかの魂を輪廻から外した記憶もある。誰だったかまでは覚えていないが。
 レミリアは瞳を閉じる。
 思い浮かんだのは、今日のおやつのことだった。そういえばこの騒ぎで食べ損ねていたのだ。
(咲夜に、お茶を入れ替えるよう命じなくちゃね)
 彼女なら言われずともこなすだろうが、レミリアはそんなことを思った。
 風が吹いた。
 全身が暖かい感触に包まれるのを、レミリアは感じた。

 一陣の風が吹いた後。
 もう一人のレミリアは、炎を携えたまま立ちつくしていた。
 まだ乾ききっていない血だけが残る床を見つめる。
「……逃がした、か」
 おそらくは、向こう側に。
 視線を動かさず、眉間にしわを寄せると、彼女は力一杯右手を振り切った。
 灼熱の力が離れていく。倒れずに残っていた本棚に命中した。直接命中した棚は中の蔵書ごと燃焼を通り越して炭化する。火種は周辺にあった棚へと移り、燃え広がった。
 その体勢のまま、続いて光弾を連続して放った。その数と無秩序さたるや、まさに滅茶苦茶に。
 棚と本が踊るように次々吹き飛び、館を轟音が揺るがし、ついでに先ほどの炎を消火する。
 ここが火事になるのは、彼女の本意ではなかった。
「……お嬢様、その辺にしておかれた方がよろしいかと。このままでは城が廃墟になります」
 何者かの声が、彼女の側でささやいた。
「わかってるわよ、そんなこと」
 図書館の右半分を廃墟にしたところで、ようやく彼女は攻撃の手を緩めた。つまりまだ攻撃は続けている。
 天井にひび割れが走った。
「あの二人は?」
「まずは捨て置く。先にここを手中に収めるわ。戻ってきたときに居場所がなくなっていることを思い知らせてやりたいから」
「かしこまりました」
 一人と、もう一人は、それで会話を終えると飛び上がった。
 最後の一発とばかりに、もう一人のレミリアは、一際大きな光弾を勢いよく放った。
 既に炭と灰しか残っていない床に着弾すると爆発し、もうもうと煙を上げる。
 それは、侵攻を告げる狼煙であった。


-続く-
久しぶりの投稿です。(何ヶ月ぶりだろう……)
たまには長編にチャレンジをということで、今回の話は4話構成になっています。
第2話は、できれば連休中にはあげたいところ(あとがき書いている時点で一文字も書いてませんが(汗)。プロットは最後までできてるけど)。

あとついでに「Captive of the Infinite Library」のURLを貼っておきます(検索で簡単に出るけど、一応)
http://cgi.www5d.biglobe.ne.jp/~coolier2/cgi-bin/anthologys.cgi?action=html2&key=20030911231436&log=2003092603

2004/05/05 17時:タイトルほんの少し変更及び本文の誤字修正
イースタンセラフ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.710簡易評価
1.無評価イースタンセラフ削除
タイトルで半角の「,」が出ないー。なんでだー。
5.無評価IC削除
大作の予感。続き待ってます。
13.50裏鍵削除
かなりいいです!ちょっと前半は読み飛んでましたがw