Coolier - 新生・東方創想話

夢を紡ぐもの

2004/04/27 02:05:11
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幻想郷の外れの森の奥に、その古い館はある。
表札の文字はすでにかすみ、読み取ることも出来ない。
いつからあるのかも分からないその館の一室で、古い楽器が眠り続けている。
糸巻きは錆び、渦巻きは欠け、それでも弦だけは切れていない。
古い楽器は音を抱きしめながら、遠い昔の夢を見る。


  ★


ギィ、と音を立てて館の扉が開いた。
館に入ってきたのは、黒服、黒帽子に金の髪の少女。
久しぶりに動いた空気に、周囲の埃が舞い踊る。
それを意にも介さず、勝手知ったるように少女は館の奥に進む。

たどり着いたのは、厚いカーテンに閉ざされ光も差さない部屋。
少女は部屋に入ると、その埃まみれのカーテンを力いっぱい開け放った。


シャッ…


途端に差し込む光に、少女は目を細める。
その光を受けて、舞っていた埃がきらきらと踊るように光った。
それを見ながら、少女は部屋の中に振り返る。
その眼差しの先には、古いクローゼットが静かに佇んでいた。

少女はゆっくりとクローゼットに近づき、ためらいがちに前面の扉に手を伸ばす。
その途端、パシン、と火花が散り、少女の手は弾かれた。
ため息をついて手を引き、少女はじっとクローゼットを見つめる。



クローゼットの前面にはガラスが張られ、中を覗き見ることが出来る。
そして、そのクローゼットの中には、ひとつの古いヴァイオリンが見えた。



古ぼけ、糸巻きも欠けたヴァイオリンを、少女はじっと見つめる。
その瞳に浮かぶのは寂しげな光。

ごめんね

囁くように呟いて、少女は右手を振った。
途端、空気がぐにゃりと歪み、そこにはヴァイオリンと弓が浮かぶ。
古ぼけたヴァイオリンと良く似た、しかし手入れの行き届いたヴァイオリンが。

ごめんね

もう一度呟き、少女は演奏を開始する。
光が差す部屋は、少女の奏でる音で満たされた。
その音の中で少女は、自分の中にある、しかし自分のものではない過去に想いを馳せる。


  ★


青い空の下、館の庭の芝生の上、4人の少女が座っている。
紅い服の少女は庭に置かれたオルガンに座り
白い服の少女の手にはトランペット
緑の服の少女の手にはトライアングル
黒い服の少女の手には───あのヴァイオリンがあった。


黒い服の少女が、緑の服の少女に向かい、小さく頷く。
緑の服の少女は頷き返し、ちん、と小さくトライアングルを鳴らした。
それを合図に、周囲には楽しげな協奏曲が流れ始める。
黒い服の少女は目を瞑り、微笑を浮かべて演奏を続ける。

3つの音が入り混じる中、綺麗な声がそれに加わった。
演奏を続けながら、黒い服の少女は目を開く。
顔を上げると、緑の服の少女と目が合った。
緑の服の少女は、恥ずかしげな表情でにこりと微笑む。
それに微笑み返し、黒い服の少女は再び目を閉じた。


お気に入りのヴァイオリンは、今日もよく彼女に応えてくれる。
まぶしい太陽の下、彼女とヴァイオリンはまるでひとつであるかのように音を紡ぐ。
それは、確かに在った、至福の時間。


  ★


きらきらと光の舞う埃まみれの部屋の中、少女は目を閉じたまま演奏を続ける。
つう、とその瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。
その跡に光を反射させながら、少女は再び呟く。


ごめんね
私では、あなたと一緒に音を奏でることはできない


目を開いて、前を見る。
その瞳に映るのは、古ぼけたヴァイオリン。
もう一筋、涙を流しながら、彼女はヴァイオリンに語りかける。



私は、あなたの持ち主ではないから



ルナサ・プリズムリバーはそう呟き、目を下に向ける。
窓からの光が差し込む部屋の中、騒霊である彼女の足元に影は無い。
確認するように足元を見た後、彼女は前に向き直り呟いた。


あなたの持ち主は、もう、居ないから


クローゼットの中には古いヴァイオリン。
4人の姉妹が一緒に住んでいた頃の、人間のルナサ・プリズムリバーのお気に入りのもの。
例えば、紅魔館の主が見れば、両者の間にある絆という名の運命が見えるかもしれない。
だが、その絆は、騒霊の少女との間にあるものではなかった。
彼女は、このヴァイオリンの持ち主ではないから。
このヴァイオリンの持ち主は、人間のルナサ・プリズムリバーだから。

だから、少女には、このヴァイオリンに音を奏でさせてやることが出来ない。
それが分かっていて、それでも少女はここに居る。
自分のものではない記憶であっても、そこにある想いは自分のものに間違いないから。


だから、せめて


再び目を閉じて、呟く。


だから、せめて
共にあった頃の曲を贈ろう───


少女の傍らに浮かぶヴァイオリンが奏でる曲は、記憶の中の曲。
体に刻み込まれた、原点とも言える風景。
想い出を振り絞るように、少女は音を紡ぎ続ける。



協奏であるはずの曲。しかし今は独奏で演奏される曲。
だが、いつの間にかそれが協奏となっていることに少女は気付いた。
驚いた表情を浮かべて瞳を開く。



そこには、少女の演奏に合わせて音を奏でる、古ぼけたヴァイオリンがあった。



少女の瞳から、再び涙が一筋こぼれおちる。
それに頓着せず、少女は微笑みを浮かべた。

再び瞳を閉じる。
ふたつのヴァイオリンから紡がれる音は絡み合い、さらに複雑な和音を響かせる。
彼女の閉じた瞳には、青い空の下で演奏をしている4人の姿がはっきりと見えた。
声、トランペット、オルガン、そしてヴァイオリン…
今、ここには居ないはずの、ありえないはずの音が響く。

それは、合奏を超えた、あるはずのない大合奏───



そして、曲は終演を迎える。


  ★


シャッ…

音を立ててカーテンを閉めると、部屋は再び暗闇に覆われた。
光に慣れた目では、部屋の状況を確認することも出来ない。
それを意に介さず、勝手知ったるように少女は館の出口へ向かう。

たどり着いたのは、扉が開いたままの館の玄関。
足跡ひとつ無い玄関では、外から来る空気の揺らめきに周囲の埃が舞い踊る。
少女は館の外へ出ると、もう一度、館の中に向き直った。

ありがとう

そう呟いて、扉に手をかける。
ギィ、と音を立てて館の扉は閉じ───
館の中は、再び静寂に包まれた。


  ★


幻想郷の外れの森の奥に、その古い館はある。
表札の文字はすでにかすみ、読み取ることも出来ない。
いつからあるのかも分からないその館の一室で、古い楽器が眠り続けている。
糸巻きは錆び、渦巻きは欠け、それでも弦だけは切れていない。
古い楽器は音を抱きしめながら、遠い昔の夢を見る。


遥か時は流れて、あの少女はもう居ない。
青い空の下で、奏でられる曲はもう無い。
カーテンに閉ざされ光も入らない部屋の中、
浅い眠りの底で夢の旅は続く。
年月の経ったモノには、神様が宿ることがあるそうです。
付喪神ってやつですね。
有名どころでは、唐傘お化けなんてそれっぽいですよね。
別に、このお話に関係があるというわけではないんですけれども。



ごきげんよう、TYLORです。
まずはこの文章をお読みいただきましてありがとうございます。

いい加減進歩が無いんですが、本文章は例によって、とある歌を聴きながら思いついたモノを文にしたものです。
とはいえ、思いついたのはワンシーンだけで、残りの部分をひねり出すのにやたらと時間がかかってしまったんですが…
まあそれはそれということで。
TYLOR
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コメント



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2.40IC削除
こういう話を見ると涙が出るルナサ好き人間の私。
ルナサ話書きたかったけど少し間をおこうかな。
14.無評価削除
過去のプリズムリバー家の話は
見たことがなかったので新鮮でした。