Coolier - 新生・東方創想話

桜ちらちら

2004/04/24 10:10:53
最終更新
サイズ
7.78KB
ページ数
1
閲覧数
526
評価数
2/29
POINT
1150
Rate
7.83
春といえど、まだその日の空気は少し冷たかった。
今まさに生まれたばかりの朝靄が地面を撫でる。それはまるで我が子を包むかのように優しく、また優しく。
少し前に目の覚めた日の光がそれらによって反射され、まるでそれは純白の花畑のようだった。
そしてその眩しいまでの花畑が掻き分けられ、一人の少女がそこにやってきた。

  
靄の中、ぽつんと一つの影 思う中は一つ、今日はきっと晴れ
     今の望みも一つ、ただ待つだけ 今は何にも替え難い、時は金


うっすらと花畑が消えてゆく。ふと見ると、もう日の光はその力強さを増していた。
なくなってゆくその花畑の感覚を味わうかのように、その少女は歩き出す。

気配──────・・・

今向かっている方向から、つまりは正面から自分以外の気配。
しかしそれは異質なる物ではない。
なぜなら彼女にはそれがなんだかわかっているからだ。つい足早になる。


それもそのはず、その気配の持ち主こそ・・・彼女が今か今かと待ちわびた彼女だったから・・・


「あら、遅かったじゃないの」
「・・・朝っぱらに呼びつけておいて出会い頭の第一声はそれかしら?」

ぷちっと血管が切れる音が聞こえた気がする。あくまで気がする。

「・・・で、何の用なのかしら?」

誰が見ても不機嫌そうに見える顔で彼女は聞いてきた。

「庭でお花見しようと思っ───」
「帰る」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

しかしここで引き下がってはいけない。再度挑戦。

「庭でお───」
「帰る」

今度は三文字しか喋らせてもらえなかった。
こうもすっぱりと話の腰を骨ごと折られては、勢いにも乗せにくい。
そうこうしてるうちに、背を向けられてそのまま飛び立たれ・・・

「帰ってもどうせ暇でしょう?」

その言葉に彼女が振り返る。どうやら痛く自尊心を傷つけたようだ。

「少なくともここはお茶とお茶菓子が勝手に出てくるわ」
「そんなものに釣られると思ってるなら本気で帰るわよ」

風がびゅうと吹く。桜の花びらがちらちら舞う。その桜の軌跡を目で追う。
見ると彼女もそれに釘付けになっていた。

「今年はここの桜ももう今日辺りで終わりなのよ、だから・・・ね?」
「あぁもう・・・わかったわよ、付き合えばいいんでしょ付き合えば」

靄はもうすっかり晴れ、石畳が顔をのぞかせていた。
さらに風がびゅうと吹き、また桜の花びらがちらちらと舞った。









春といえど、その日の陽射しは少し暑かった。
真上からじりじりくる熱の波紋は容赦なくこちらを照らす。光の結晶の多さに比例して瞬きの回数も多くなる。
瞬きついでに目を瞑ったままにすると、よりいっそう風を感じることができる。
春一番とは言うけれど、ここの風はいつもそれに近いものであった。しかし不思議と鬱陶しい気はなく、どちらかといえば心地のよいものだった。
リボンがパタパタと音を鳴らすのを風鈴代わりに、くつろぐことにした。


桜の向こう、集う二つの影 向かい風の音は、優しく頬を撫で 
     座り込む根、裸足になれ 宴の始まり、日が暮れるまで


その場所は桜を見るにはとっておきの場所だった。
もっとも場所を取り合うほかの客はいないわけなのだが。

「しかし騙されたわ」
「あら何がかしら?」

惚ける彼女。しかしそれはわざとではなく本当にわからないといった様。
言葉にするのもなんだか癪な気がしたので、指差しで伝える。

「ああ、桜かしら?」

そこでやっとわかったようだった。
事実、彼女たちは桜の木の下に座って茶菓子なんぞをつまみつつ、桜を見上げている。
だがその視線の先に・・・花はほとんど残っていなかった。
庭園に入ったときにうすうすとは気づいていたのだが・・・。

「これじゃ、花見じゃなくて一割花見よ、残りの九割は葉っぱ」
「そう、あなたにはこの良さがわからないかしら」
「毛虫が落ちてこないかと心配で心配で仕方ないわ」
「ふふふ」

何がおかしいのか彼女は笑い出す。
桜の木にもたれかかるように彼女は体を預けた。

「もちろん、満開の桜も好きよ。生命に溢れて、みんなに祝福されて、存在を確認されて、何よりも綺麗」

風が吹き、残り少ない花びらがさらに舞う。
なんとなく彼女の云わんとしていることがわかった。

生きるものにとって、その一瞬一瞬は常に最高のもの。それは花であっても葉であっても変わりはない。
桜にとって花が散ることは終わりではない。彼女の言葉を少し借りるなら、その存在が誰からも確認されなくなった時が終わりなのだ。

「まぁ・・・そう考えると贅沢なのかもね、一割花見は」
「・・・根に持つわね」
「桜なだけにね」

笑いながら桜の根元をぽんぽんと叩いてやる。
また風が吹き、最後の一枚が散った。
それはちらちらと舞い、彼女の掌に吸い込まれた。

「・・・あなたはこの一枚を見て何を思うのかしら?」

彼女はそう言って、また最後の一枚を風に帰す。

「そうね・・・」

「私も考えてみよっかな・・・うーん」

二人して首をひねって考える。
同時に口は開かれた。


「「掃除が大変」」


どこかで庭師が躓く音が聞こえた。








春といえど、その日の闇は少し深かった。
空に浮かぶ丸い砂の船は、淡く輝きこちらを照らす。その光は回廊に散りばめられた宝石に呼応し、またいっそう輝く。
それはまるで桜色の絨毯を敷き詰めたようで、不思議とついつい目を誘う。
二人は縁側に所を移してそれらを眺めていた。


社の中、寄り添う二つの影 見上げて映る、月日の壁
     移るその手の中、肴の飴 重なるその手を今確かめて


ここからは屋敷周りがほぼ見える。時折くるひんやりとした風が二人の髪を撫でる。

「やはり散ってしまうと悲しいものよね」
「散らない桜よりましじゃない?」
「それは言えてる」

ふふ、とお互い笑う。

「しかし今年の桜は綺麗だったわね」
「あら、うちの桜は毎年綺麗よ」
「・・・屍でも仕込んでるんじゃないでしょうね」
「よくある話よね、本当なのかしら」

桜の下には屍が眠っていて、だから桜はこんなにも妖しく美しい。どこにでもある話。
だからといってわざわざ桜を掘り返したことは二人にはなかった。

「本当だとしたら・・・きっと屍の血を吸っているのね」
「それだと真っ赤な花びらができそうなものだけど・・・」
「・・・それもそうね、白色が足りないわ」

なんだかくだらないことを真剣に考えている。そんな時間がなんだか楽しい。

「あ、わかった」
「・・・?」

息を大きく吸ってという彼女。よくわからないけど吸い込む彼女。

「ふひゃひゃひょ(吸ったわよ)」
「そうそう、そのままよー」

手を服でごしごしと拭く彼女。そしてその手が伸びて・・・

ぶみっ

「・・・ぶっ」

吹いた。

「何すんのよ」

からかわれたと思ったのか、彼女の両手は目の前の頬をロックオンする。

「ふぉれよ、ふぉれ(これよ、これ)」

伸びきったままの頬で答える彼女。
頬を掴んでいた手をはなして、指をさす方向を見つめる。

「あ・・・なるほど」

そこには今吐き出したばかりの白い息が流れていた。桜のほうへまっすぐと、それはまるで吸い寄せられているかのようだった。
息が白く見えるなど寒いとき限定だ。これは当てはまらないんじゃないかと一瞬思ったが、何かしらひきつけられる魅力がそこにあった。
もう一度息を吐く。それはやはり桜の木に吸い込まれるようにそちらへ向かった。
この双方が交わって桜の色ができるのだといわんばかりに・・・。

「死と生が交わって桜が生まれる・・・ロマンチックよね」
「うまくまとめたわね」

恍惚の表情を浮かべている。よっぽど自分の考えが気に入ったらしい。
しかしよくよく見るとどこか寂しげであった。

「・・・桜が散ったのがそんなに悲しいのかしら?」
「感傷に浸っていない、といったら嘘になるわね・・・でもこれは桜に対してではないの」

そう言って立ち上がり、庭に出る。そしてくるりと振り返り・・・

「花見ができなくても、あなたはまたここにきてくれるかしら?」

彼女は笑顔でそう言った。

「まぁ、茶菓子が出るなら・・・ね」

ここにくる度に紫に借りを作るので、正直天秤がぐらつくところだったが今は考えないようにする。
いささか含んだ言い方だったが、彼女は満足そうだった。

「ふふふ、じゃあ特別にいいものを見せてあげる」
「桜は散っちゃってるけど、まだ見るものがあるの?」
「ひどい言われようね・・・ほら、こっちよ」

手を引っ張って連れて行かれる。そこは庭の真ん中だった。
何もない石の回廊。周りにはもう花のない桜。ないない尽くしで見るものなど何もないように思える。

「毎年これは一人で見てたんだけど、本当に特別ね」
「だからなにも───────」

次の言葉を紡ぐ前に、足元が輝きだす。ほんのり淡い桜色。
突如として光り輝く石畳。見ると光っているそれは、散って落ちた桜の花びらだった。
光を纏い、ふわりと浮かび、その軌跡を残すかのように舞う。

「これは・・・」
「そう、霊化よ。この一枚一枚から花びらとしての魂が抜け出るの」

人間界や幻想郷の桜にも同じ事が起こるのだが、目に見えるようなものではない。
ここが冥界だからよと、彼女は言う。

「冥界は一粒で二度おいしい、あなたもいかが?」

そう言って桜色の飴を彼女の手のひらに乗せる。

「・・・悪くはないわ」

口の中に放り込み、ころころと転がす。それは桜のようにほんのり甘い。







桜は舞う 宙に舞う 空を裂き 空に咲き 色が映り 季節が移る 



桜ちらちら ちらちら桜



来年 来年 また来年
桜が咲いているところはまだあるのでしょうか。
こちらはとっくの昔に完膚なきまでに散りきっています。

今回のSSはいろいろ遊んでみたところがあるので、意外に満足してます。
その分難産でしたけど(;´д`)
例大祭前に仕上がるはずだったんだけどアルェー?

しかしよくよく考えてみるとあれですね。
私名前出さないで書き続けるパターン多すぎ_| ̄|○ハンセイ
鷲雁
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1080簡易評価
2.40IC削除
こんな雰囲気がすごく好きです。久々に優しい気持ちに…。
しかし、結界くらい飛び越えろとか思ってみたり(話と全然関係ないね)。
これで今日は気持ちよく寝れそうです。

14.30勇希望削除
分かり難い部分が結構有りますが、締めがきれいです。
にしても、幽々子様はSSに使いやすそうだ・・・。