Coolier - 新生・東方創想話

『狂気』を持つ者たち ACT3 『覚悟』を決めろ

2007/04/05 03:17:10
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  ※注意 作品集その39にある{『狂気』を持つ者たち ACT2}を先にお読みください。





  『罪』は認めなければならない。『罪』から逃げるということは最も恥じるべき行為だからだ。
  そして『罰』もまた逃げることは許されず、必ず受けなければならないものだ。
  私は生きてきた分、非常に多くの『罪』を犯して、それを報いるための『罰』を受けてきている。
  だがその『罪』は私が自分から選んだもの。それを『後悔』してはいけない。
  『後悔』は一度経験すれば十分だ。今も、そしてこれからも決してしない。
  『罪』はたくさん、『後悔』は一つだけ。だがその『後悔』一つだけで、明らかにその『罪』を凌駕している。
  私は死ぬまでその『後悔』だけで苦しんでいくだろう。その『後悔』は忘れてはいけないからだ。
  これ以上『後悔』を作りたくはない。そこで私は決心した。
  今も、そしてこれからも自身で決断することに対して絶対に『後悔』しない…と。
  その際に生じた『罪』と自身が受けるべき『罰』に対しては一身に受けよう…と。
  それが『罪滅ぼし』になるかは分からないが、少なくとも他人が抱く恨みと憎しみが和らぐならばそれでいい。
  重要なのは立ち止まらないことである。貴君等が自身の精神の成長を願うならば、
  『罪』を犯し『後悔』したとしても立ち止まってはならない。
  世界はそれでも動いていくし、その『罰』はなくなることはないからだ。
  とはいえ考え悩むことは必要だ。その『罪』を償うための方法を見つけるために考えるのは正しいこと。
  もう一度だけ述べる。『罪』は受け入れ、『罰』は必ず受けること。
  『後悔』するのであれば、とことん悩み考えよ。そして『後悔』を乗り越えたとき、貴君等は更に成長する。
  精神が成長している者ならば、その『後悔』を生まない方法も心得ている。その方法とは……また後に述べよう。


  ~~~~~~~『中略』~~~~~~~


  そしてもう一つ重要なことがある。それは拭えないほど大きな『後悔』があるということだ。
  その『後悔』を生む『罪』はその人によって様々なため詳細は語れない。
  私にも訪れた。そしてその一つだけの『後悔』を悩みに悩み、悩み続けながら生きている。
  未だに『後悔』し続けている『罪』はおそらくどんなに『罰』を受けても消えることはないだろう。
  貴君等に望むのは、そのような『後悔』を生む『罪』を作らないことだ。
  私は私と同じ者たちを作りたくない。
  かといって私が自身が犯したその『罪』について詳細を述べることはしてはならない。
  私に訪れたその『罪』がどのようなものかは教えてはならないからだ。
  上記で述べたが、必要なのは考えることだからだ。  
  あえて教えないのは、私が教えることで貴君等の成長を妨げる可能性があるからだ。
  人に物を教えるということは、相手を成長させる反面、成長を止めてしまう可能性があるというリスクを伴う。
  だから貴君等が自身の精神の成長を望むのであればこれから先、私の本を読む上で、
  その『罪』についてよく考えながら読んでもらいたい。
  この永遠に終わることのない『後悔』を生む『罪』が貴君らにとって、
  何時何処でどのような形で発生するのか分からないからだ。
  その時に私が綴るこの本が役に立つことを切に願う。それが私が貴君等に求めることである。
  


  ―――『紅美鈴物語』第1巻第2章『精神の成長を望む上で必要なこと』より現代語訳に変換し一部抜粋―――










  
  その日の朝は非常に静かなものだった。美鈴は永遠亭の一室で眠っていた。
  昨日の傷がまだ響いているのだろう、永琳の処置と自己修復でほぼ治っていたが、包帯が巻かれていた。
  ただ起きて下手に暴れても外にはでられないように、その部屋には強固な結界(紫印)が張ってあった。
  紫、永琳、幽々子は永琳の一室で静かに茶を飲んでいた。そばには鈴仙が控えている。

「それで……そのワクチンが完成しない限り、私たちはここで待機というわけね?」
「そうなるわね。まぁ、永琳がワクチンに変わる薬を作れれば一番早いんだけど」
「時間をかければやってみたいところだけど、今日の夜までに…ってのは不可能ね」
 
  永琳が紫に問う。流石に永琳とて一日で新たな、それでいて即存のものより効果が高い物を作ることはできない。
  
「それに私としてはそのワクチン、本当に作れるの? 話を聞いている限りでは……」
「さあ?」
「さあって、あなた」
「そこはほら、レミリアの力の見せ所でしょ。彼女とて、いい加減この馬鹿喧嘩は止めたいでしょうし。
 そろそろ頃合かもしれないわね」
「頃合?」
「隠し事と言うのは永遠に隠せるものではないと言うことよ」
「なるほど……ね」

  ここで一度会話がとまる。彼女たちが言う隠し事、それは一体何なのかここでは述べない。
  ただしそれが非常に重要なものだと言うのは会話から推測できる。

「とりあえずウドンゲの魔眼である程度は抑えたわ。
 仮に今眼が覚めたとしても、完全に暴走するまで少なからず時間がある」
「そのタイムリミットは?」
「今日の満月が南中する12時。奇しくも紫、あなたが言ったタイムリミットと同じね? これも分かってたの?」
「色々なことを想定しておくのは当たり前のことよ?
 ここに運べばあのイナバがある程度やってくれると予想していたからね」

  彼女たちが美鈴に対して行ったのは出来る限りの抑制だった。 
  昨日の時点で彼女は半ば暴走していた。起床してもおそらくまだ余波はあるだろう。
  軽い暴走状態でも『狂気』と共に破壊衝動までかねそろえてしまっている彼女だ。
  おそらくと言うか、間違いなくとんでもない被害がでてしまう。
  少しでも暴走する大きさを減らすためにこうやって色々と対策を練っていた。
  減らすことで、彼女が完全に暴走するまでの時間を稼ぐためである。

「でも『狂気』を操るウドンゲでもそこまでしかやれなかったと言うだけでも相当なものよ?
 何処まで染みてるのかしらね、彼女の『狂気』は」
「いうなれば魂ね。それもフランドールよりも濃く、深く浸透しているわ。
 彼女に比べればフランドールが『狂気』から脱出するのは簡単なことよ」
「で……その彼女は?」
「さあ?」
「…………」

  その間にてゐがやってきてお茶を出してきた。幽々子は一緒に飲もうか? と誘ったが、
  やんわりと断るとてゐは仕事に戻っていった。

「一つだけ問題があるわ。今の状態ではいつ『渇き』が起きるか分からない。
 12時までのどこかの時間帯で起こる、ということはわかるんだけど」
「安心しなさいな、そこも考えてきちんと対策は打ってるわ」

  そのワクチンの欠点は美鈴が『渇き』が発動するときにしか効果がないこと。
  なぜならば彼女の『渇き』は普段の紅美鈴と『白昼の吸血鬼』の紅美鈴が最も近づく境界なのだ。
  つまり言ってしまえばある種の境界線だ。普段の美鈴から暴走する美鈴への境界線。
  だから『渇き』が発動する前にワクチンを打っても、発動し終わった後に打っても全く意味がない。 
  そして今の時点では、完全に暴走するのが12時と言うだけで何処で『渇き』が起きるか分からなかった。
  だから永琳は紫に聞く。だがそれに対しても大丈夫、と紫は言った。

  昨日の『渇き』はまだ前兆だ。でなければ昨日の時点で完全に美鈴は我を失っていただろう。
  それがなかったということはあれはまだ本当の『渇き』ではない。だからウドンゲの力で弱めることが出来た。
  本当の『渇き』が起きるのは今日だ。なぜなら…今日は満月。吸血鬼としての血が最も騒ぐ日だ。
  様々な予想をしても、今日というのは分かっていた。

「さて……そろそろ来る頃なんだけど」
「来る……って今度は誰が?」

  外を見てつぶやく紫に幽々子はたずねた。

「今言った『渇き』を確実に出す時間帯を作り出す人材よ。
 そして美鈴が完全暴走したときのリスクを少しでも減らすために役立つ人材」
「ふぅん」
「ほら、来たわよ」

  障子が開き、入ってきたのは慧音だった。

「慧音が?」
「いらっしゃい、待ってたわよ」
「本当は来たくなかったんだがな、ここには。だが美鈴殿が危ないと聞いたからな。
 友人として手伝えることがないかと思いここに来た。それだけさ」

  慧音は永琳にそういうとどっかりと座る。輝夜を狙う気はないという意思表示であった。
  呼んだ理由が分かったのか幽々子はポンと手を叩く。

「なるほど、『暴走するまでの経緯』の歴史を食うのね? それで時間の空白を作る。
 そしてその時間帯を『渇き』が発動する時間帯に当てる」
「そういうこと。事情は事前に話してあるわ。どう思う?」
「確かに不可能じゃないわ。でもそれなら『渇き』と『狂気』そして『暴走』の歴史を食らったほうが早くない?」

  紫の言葉に頷くと、永琳は聞く。だが慧音は難しい顔を崩さずに言った。

「彼女の『渇き』、『狂気』と共存していた歴史は長すぎる。いくら私でも食らい切れない」
「そうなの? せめて今回の件は食べれないかしら」
「がんばってはみるが、どうも事情が事情でな、お前が言う彼女の歴史は重すぎて、しかも濃いんだ。食い切れん」
「歴史に濃いとかそういうのあるの?」
「あるんだよ。お前たちには分からないかもしれんが。
 その歴史の内容の濃さや、『罪』と『罰』など本人の思い入れが多いほどに食べるのが難しいのさ。
 それを全部と言うと、流石に今の私のキャパじゃ無理だ。今回の件も、少なくとも今日だけで食うのには無理がある」
「ふぅん……じゃあ、やっぱり今日中には無理?」
「頑張ってはみるが……先ほど幽々子殿が言った『渇き』の時間帯を決定し、
 『渇き』が始まり、終わる時間帯を延ばすくらいしか無理だ」
「結構、時間は?」
「美鈴殿の精神力にもよるが、私の見立てでは約30分」
「それだけで十分よ」

  勝利への算段がついたのか、パチン、と扇子を閉じる。

「12時をすぎれば『渇き』が始まるわ。そして『渇き』が終わり、
 『狂気』が発動して『暴走』するまで約30分。その間にケリをつける。
 ワクチンを打てる時間帯はその『渇き』が起こっている30分間だけよ。それ以前でも以後でもだめ」
「30分……厳しいわね、美鈴の戦闘能力を考えるに」
「そうだな、一応最悪の場合を想定して紅魔館には妹紅を送った。あちらの戦力も大分あがるだろう」
「なるほど。私たちが失敗した場合、おそらく美鈴はまず自身にとって最も危険な存在である
 フランドールを殺しに行く。理由は彼女が持つ『ありとあらゆるものを破壊する能力』は危険すぎるから。
 そしてその彼女がいるのが紅魔館。あそこにいる全員が力を合わせれば止めれるというわけか……。
 とはいえ最悪の事態が起こらなければそれはそれでいいんだけど。紫、あなたの張った結界、本当に破れないの?」

  最悪の事態とは紫の結界を美鈴が破り、幻想郷で暴れること。
  『狂気』は今封じているとはいえ、破壊衝動までは抑えきれないのだ。
  また、美鈴は今のところこれといった問題はないが、それはあくまでも意識がないからだ。
  起きればまた、ところかまわず破壊してしまう可能性がある。そのため紫は直々に強力な結界を張ったのだ。
  
「少なくとも私が解除しない限りは…ね」
「美鈴殿が自力で破る可能性は?」
「普通ならありえないわね。彼女、そういったものに耐性が余りないもの」
「『脳ある鷹は爪を隠す』……のようなことにならなければいいがな」
「そうね…彼女、そういったことは天才的に上手いから」

  ふぅ、とため息をつくと紫は立ち上がる。

「何処に行くの?」
「美鈴のところよ。一応監視しておいたほうがいいでしょ? 何かあったら呼びに来なさいな」
「わかったわ」

  永琳と軽く言葉を交わすと紫は他の者に目配せし、部屋を出て行った。



  ◆  ◆



  さて、そのやりとりから一時間後、紅魔館のロビーでは、咲夜、小悪魔、妹紅、霊夢、妖夢、藍
  といった異色のメンバーがそろっていた。ちなみにパチュリー、そして魔理沙はワクチンの精製に向かっていた。
  レミリアはあらかたワクチンの精製に付き合った後、フランドールのもとに行くといってここにはいない。
  かなりの実力者ばかりをこちら側に置いたのもきちんと理由がある。
  もし永遠亭から美鈴が抜け出すとしたらそれこそ館を消滅しかねない勢いで行うだろう。
  その時、あちら側に戦力が傾いていたらその奇襲で戦力を下手に削られかねない。
  そこでリスクは背負うものの、あえて永遠亭よりも紅魔館の戦力を大きくしておいた。
  例え永遠亭が落とされても、その道中、消耗した美鈴は
  イナバたちから脱走の報告を受け、万全の体勢になっている紅魔館組と戦う。
  そうすれば美鈴を倒せる可能性が増える、というものだった。

「つまり紫たちが美鈴を抑えているからワクチンの精製が終わったら私たちが永遠亭に向かうと…そういうことね」
「ええ」

  永遠亭から派遣された鈴仙がとりあえずの作戦を伝える。

「しかし、永琳がきてくれれば、もっと早くワクチンが作れるんだが」
「師匠もそうしたかったらしいんだけど……美鈴さんの容体はかなり微妙なのよ。
 紅魔館でワクチンを作っている代わりに永遠亭で少しでも『暴走』の状態を和らげるための薬を師匠は作ってるの。
 だから無理は言わないで頂戴。師匠も体は一つなんだから」
「まぁ……仕方ない」

  永琳たちとてただ美鈴を見ているわけではない。少しでも時間を稼ぐためにあらゆる手を尽くしているのだ。
  そんな話の流れを変えるがごとく、今度は霊夢が藍に問う。

「それで、その結界が外れる可能性は?」
「紫さん曰く自分が外さない限りは外れない……と」
「まぁ、紫が言うんだから間違いないでしょうね」

  霊夢はフゥ、とため息をつきながら頷く。彼女の傍には美鈴のトレードマークの帽子が置いてあった。
  昨日の戦闘の際、脱げ落ちたのだろう。なくしても困るため、分かる場所においていた。

「だとすると、どうして私たちをここに置いたんだ? 紫様の結界は絶対だ。美鈴が破れる筈がない」
「ただ単に念のため、というだけじゃないの?」
「いいや、紫様はああ見えて色々と考えている御方だ。絶対に何かある」

  藍とて伊達に長年紫の下で働いてきたわけではない。紫のすごさは誰よりも良く知っているつもりだ。
  たとえ紫が自身よりも美鈴を信頼している点があったとしても。

「そこまで言うってことは、何か考えられる理由があるの?」
「……美鈴に関してなら、一つだけ」

  咲夜の問いに人差し指だけ立てて藍は言う。

「『意外性』だ」
「『意外性』?」
「咲夜、お前なら感じているはずだ。普段は物凄く弱く、存在感までないといわれている門番が、
 実はとんでもなく強かったという事実が発覚した。お前はそれを意外だと思っただろう?」
「ええ…そうね」
「他にも魔理沙がやられたとき、幻想郷中が震えた。まだある、妖夢との戦いで更に美鈴は株を上げた。
 それは何故か? それはあいつにとんでもない『意外性』があったからだ」
「なるほど……その底知れない『意外性』を考えて、幽々子が私たちをここに呼んだのね」
「そういうことだ。そしてその『意外性』を生む原因となっているのが、美鈴の『謎』だ」
「謎?」
「あいつ、自分のことまず話さないだろう?」
「そういえば……私もお嬢様が話さなければ知らなかったわね、彼女のこと」
「昔からそうなんだ。あいつはまず自分のことを話そうとしない。だから『謎』を生む。
 更にはあえて自分を偽って生きている節がある。だから本筋を見せたときに『意外性』が生まれるんだ」
「……そう考えると私たちはかなり扱いにくい人物を雇っているわけね」
「そういうことだな」

  フランドールのほかにも爆弾を抱えているとは……意外だった。
  いや、もはや意外という言葉を使ってはいけないのかもしれない。
  美鈴に対しては意外という言葉はそれが当たり前と考えるべきなのだろう。

「しかし……解せないのはなぜ暴走した美鈴がフランドールを殺しに来るのか、ということだ」
「それなら私が説明します」

  藍の呟きに答えたのは小悪魔だった。手には一冊の分厚い本を持っている。
  
「なぜ吸血鬼には貴族や、何者かを支配しようとする者が多いか、知ってます?」

  ページをめくりながら皆に問う。もちろん知るはずもなく、全員が首を横に振った。
  小悪魔は悪魔である、まぁそれは言うまでもない。
  彼女は数少ない美鈴の正体(吸血鬼だったこと)を知る者の一人だった。
  どうやら以前レミリアから咲夜よりも前に、話を受けていたらしい。

「基本吸血鬼という種族は他の種族を圧倒している存在です。成長速度は遅いにしろ能力が高いのは間違いありません。
 それゆえか妙なプライドが芽生えるんです。いわば他を支配する支配欲ですね」
「それが何の関係があるの?」
「支配するに当たって必要なことはなんだと思います? 富? 名声? 確かにそうでしょう。  
 ですが支配する前にどうしてもなさなければならないことがあります」
「どういうこと?」
「自身の障害になる存在を消すことですよ」

  そう、支配するにはまず自身の障害となる存在を殲滅せねばならない。
  そうしなければ、いつかその障害が自身に牙を向くことになるからだ。

「『ありとあらゆるものを破壊する能力』は間違いなく吸血鬼の天敵となる能力です。
 暴走した美鈴さんはまずそこを考え、支配するに辺り邪魔な妹様を殺しに来るはずです」
「確かに理にかなってるわね。でも、一つだけその説にも解せない点があるわ。
 それはなぜ美鈴が今の今までそれを実行しなかったのか。吸血鬼なんでしょう? 彼女」
「私も全てを説明するのは難しいんですが……私が感じるに美鈴さんは吸血鬼であって吸血鬼でない存在……。
 そんな感じがします」
「また凄く不透明な説明ね。それにもう一つ。今あっちでは鈴仙たちが色々と対策を打っているのでしょう?
 その状態で脱走しても、妹様を殺しに来るの?」
「そこまでは……」
「来るわ、師匠がそういうんだから間違いない」
「かなり買ってるのね?」
「こういうときの師匠の言うことは当たるのよ」

  要はどういうわけか美鈴は今までそういった支配欲というものが無かったが、
  『暴走』するとその支配欲も現れて、その障害となるフランドールを殺す、そういうこと。
  そして例え『狂気』が抑えられていても、絶対にフランドールを殺すことに変わりは無い、ということだ。
  
「とにかく私たちに出来るのは、ここでワクチンが出来るのを待って、
 それまでの間妹様を守ればいい……そういうことよね?」
「ええ。むしろ美鈴さんが飛び出してきたら逆にこちらから出向いて戦ったほうがいいと思うわ。
 でないと、紅魔館が消し飛ぶ」
「それは困る……分かった。もしもの時はこちらで何とかするわ」
「よろしくね」

  最後の締めに咲夜が鈴仙と確認を取ると、彼女は永遠亭に戻っていった。

「藍さん、美鈴さんの戦闘能力は……」
「間違いなく私よりも、そしてお前よりも高い。以前お前は美鈴と戦ったが…あれとは比にならないと思ったほうがいい。
 何しろ端から全力で来るだろうからな……私も勝てるかどうか、分からない」

  二本の刀を背負った妖夢が藍に聞くと、彼女は難しい顔で言う。
  その言葉に妖夢もまた、難しい顔をする。美鈴が強いことは身をもって体験している。
  だが藍よりも強いとなると……果たして自分がまともに戦えるのか心配になった。
  藍は妖夢よりも強い。紫と幽々子の付き合いが始まり、妖忌がいなくなってからは
  たびたび藍が妖夢の稽古に付き合っていた。だから未だに妖夢は彼女に勝ってないし、
  藍の強さも痛いほど分かっていた。

「とにかく……基本私が何とかする。お前は援護するなり、そこのところを頼む」
「……分かりました」

  自分が前に出るから、相手の隙を討て……という藍の作戦にゆっくりと頷く妖夢だった。



  その頃フランドールは当に起床し、動けるまでになっていた。
  早朝に紫がスキマから放り投げてきた永琳印の薬で驚異的な回復力をもって意識は回復した。

「…………」

  しかし彼女は起きるなり、誰とも会話しようとせず、咲夜が持ってきた食事にも手をつけずにベッドの上で膝を抱え
  なにやらずっと考え込んでいた。無論、昨晩言われた美鈴の言葉である。
  『狂気』に侵されていない。彼女の心は今最高にCOOLだった。

「…………」

  美鈴に対する憎しみは已然なくなってはいないが、何故か、どうしてか心の中に空洞が出来ていた。
  殺す気が起きなかった、昨日はあれほどまでに心で燃え盛っていた殺意がいつの間にか消えていた。
  非常に奇妙な気分だが、それよりも昨晩の言葉が気になっていた。

「道が……自由への道は既に私の中にある?」

  わからない、どうしても分からない。どういうことなのか? 全く見当がつかない。
  『狂気』への自覚? それすらも理解できない。
  もしかして『狂気』に支配されることを恐れ、抗っていることを指すのだろうか?
  『狂気』に気付く…それを自身は既に完了している。
  ならばその次があるはずだ。『狂気』に気付き、その次に行動すべきステップが。

「結論はでてる……考えろ、私」

  結論は『狂気』からの脱却、そして自由。抜けているのはその過程だ。
  その証明を完結させるためにはどうしてもまだ材料が足りない。
  とはいえゼロではない。『狂気』を自覚する、という材料がある。
  ならばそこから派生する次のステップを見つけなければならない。
  顔を両膝の間に生めながら、考え込む。

  あの時の美鈴の表情は詳しく覚えてないが、その言葉ばかりは頭にこびりついている。
  彼女は自身が憎み、恨む領域の更に先に行っている。自分が恨んでいることが馬鹿に思えるくらい先にだ。
  自身がいつか殺されるかもしれないのに、そんな状況なのに美鈴はフランドールに忠告した。
  まるでフランドールがそれを乗り越え、いつか自身を殺すことを望んでいるかのような感じ。
  気に食わなかった。だが年長者の忠告は受け止めておくべきだ、そのくらいの礼儀はある。
  彼女がわざわざ教えるくらいだ、ならばその好意を受け止め、彼女が望んでいる以上の結果を導いてやる。
  そしてその時の驚いた表情を見て、少しでも気分を晴らそう…起きた当初はそう思っていた。

  しかし、考えてみるとこれが難しい。分からないのだ。
  余りにも重要な要素が抜けているような気がする。自身が忘れてそうで、どこかにあるその要素。
  それがなければどうしようもない。絶対にあるはずなのだ。

  そんな時である。

  コンコン

  扉がノックされ、人が入ってきた。外側から鍵がかけられているのだ。
  自身がどう返答したところで相手が勝手に入ってくる。いちいち反応する必要はなかった。

「フラン……」

  入ってきたのはレミリアだった。自身で淹れたのであろう紅茶の入ったカップが乗せられたお盆を持っている。
  
「……叱りに来たの? それなら後にして。今考え事してるから」

  普段の彼女なら喜んでレミリアに飛びついていただろう。
  幼いときから、閉じ込められたときもそれに反対し、ずっと味方してきた唯一の人。
  レミリアもそれを喜んでいたし、逆に心の中ではまだ閉じ込めなければならないことに悔いていた。
  普段ならば、そこらにいる姉妹のような会話をする。

  が、今日は違った。フランドールは冷たい声で追い出そうとした。
  喧嘩をして追い出そうとしたことはあったが、こういう心の底から邪魔だと思い冷たい声を姉に対して出したのは
  たぶん初めてだろう。だがレミリアもレミリアで、普段出す姉の表情ではなかった。
  威厳と品格に満ちた貴族の表情、そしてそこに少なからず姉の感情をこめた顔つきで立っていた。

「そう……なら私が、ヒントをあげる」
「?」

  そういうとお盆を近くの机に置き、いつも彼女が座る椅子をフランの前に置く。
  そして紅茶を淹れるとカップをフランドールに渡す。

「飲みなさい。砂糖が入ってるから糖分補給には役立つわよ」
「……ありがとう」

  飲んでみるととてつもなく甘かった。それでいて滅茶苦茶濃い。
  おそらく紅茶を淹れるという行為にまず慣れていないのだろう。何しろいつもは咲夜がやっているのだから。
  でもその心遣いには感謝し、紅茶を続けて飲む。次第に慣れていった。

「それで……ヒントって?」
「本当は話してはならないって…お父様からは言われてたんだけど、そろそろ私の我慢も限界だから話そうと思ってね」
「お父様に止められた話?」
「そうよ。だから約束しなさい。これから話すことはむやみやたらと誰かに言わないように。
 そして後悔しないように、真正面から受け止めなさい」
「?」

  何が言いたいのだろうか? この人は。
  不振な眼を向けるが、それに気付かないのかあえて無視しているのか……
  レミリアはポツポツと話し出した。


  
  ◆  ◆



  それはフランドールの能力が発現しだした頃のこと。暗い書斎に若き日の美鈴とランドがいた。

「…………」

  部下から渡された報告書を読みランドは頭を抱えた。眼にはクマも出ている。
  明らかに寝不足だった。そして彼が悩んでいるのは、自身の娘のことだった。

  コンコン

  ドアをノックする音がする。ランドは何も言わずに中に入れる。
  入ってくる人物は分かっていたからだ。その人物は部屋に入ると、中ほどで立ち止まる。

「……67だ」
「…………」
「これで67件だ。フランドールが破壊した数は……」

  沈痛な声で言う。

「そろそろ外界に対しての情報操作も限界に来ている。異常に気付き始めている人間たちも少なくない。
 ……美鈴、お前の説得どおりにことを進めてみたが、結局何の効果もないぞ」

  回転椅子に座ったまま180度回り、部屋から入ってきた人物…美鈴を向く。

「どうするつもりだ? こうなることも予想できただろう? 君には」
「ええ、予想はしてました」
「君の望みは、君の願いは失敗したわけだ」
「はい……残念です」

  美鈴の願いとは、今の状態で、フランドールが自分から自身の能力に立ち向かい能力を制御すること。
  そうすれば暴走もしなくなり、昔と同じ生活が出来ると考えていた。

「私としてもその願いには賭けたかった。だがそれも失敗した今、新たな対策を練らなければならない」
「……はい」

  ランドは分かっていた。自身がその能力の詳細を教えてしまうとフランドールが潰れてしまう事に。
  親の責務として、子供に物を教える、というのがある。が、それも時と場合による。
  フランドールは自身の能力で母親を殺したことを理解していた。だがそれを心の何処かでは否定しているのである。
  ランドは本来ならばここで、本人が拒絶したとしても教えなければならない。
  だがそれには大きなリスクが発生する。そのリスクの最も高いのが、フランドールの成長が止まってしまうということだ。
  ランドはフランドールが将来姉であるレミリアを支え、共に生きていくことを望んでいる。
  レミリアはしっかりしているが、やはりどこか抜けている。そこをフランドールがふさげば……そう考えていた。
  そのためにもフランドールの成長、精神の成長を止める可能性のあるリスクは犯したくなかった。
  こういった場合の対処は明らかに分かっていたのだが、できるだけ他の手で対処したかった。

  それを美鈴は支持した。彼女も同じ考えだったのだ。
  更に彼女はこの問題はフランドール自身が自分の力で解決しなければならないと決めていた。
  そのためランドには決して教えないように、といっていたのだ。

  とはいえランドの責任として、こういった問題(フランドールの暴走)が起これば頭首としてとめねばならなかった。
  そのためありとあらゆる手を尽くして問題を解決しようとした。
  だが部下の中にはそれを不快に思うものもいた。そのため上ではかなりのゴタゴタが起こった。
  フランドールを処罰しようとする動きもあったがそれを止める者もいた。
  レミリアだ。彼女はフランドールが父親たちに取られると思っていたのだ。
  従者は頭首の命令で動く。この時は従者の勝手な行動により発生したのだが、
  彼女はこのゴタゴタを父親にフランドールが処罰されると思い込んだため、レミリアは強く反発した。
  これにはランドも困った。この従者たちは皆処罰したが、このせいで自分が
  フランドールに近づけなくなった。彼女ためにやろうとしたことをとめられているのだ。これでは八方塞だった。

  そんな現状を止めに入ったのが美鈴だった。彼女はあえてレミリアの味方をすることで現状を打破しようともくろんだ。
  はるかに年上の美鈴に対してはランドも頭が上がらない、それがたとえ従者であってもだ。
  これでレミリアの安心と信頼を勝ち取り、少しでもフランドールに接触する機会を得、治療を行おうとしたのだ。
  また、ランドにも少なからず選択肢が増えるとも考えていた。
  結果、美鈴の説得によりランドは『静観』という2番目に効果のある選択肢を選ぶことになり、
  その結果は同時にその他の従者を説得する成果を挙げた。このことによりレミリアは美鈴を味方だと思い込んだ。

  グルという言葉を使うと不本意だが、少なくとも美鈴はレミリア側にはいなかった。
  彼女はあくまでもフランドールの成長を考えて行動を行ったのだ。

  だがそんな『静観』も長くは続かない。2人の目論見は外れ、フランドールの症状は侵攻していった。
  長く生きてはいるが、精神は幼かったのだ。そこのところを考えてやるべきだった。

「私はフランドールを処分する、という最悪の選択肢だけは取りたくない。
 だがこのままでは部下の死亡者が増え続けてしまうし、外からの圧力も厳しくなる」

  傍に置いてあったグラスに酒をいれ、一息に飲む。

「……何か無いか?」

  ランドにとって美鈴は最後の砦だった。知識としても、その全てを尊敬している。
  美鈴はランドが切羽詰ったとき、答えは言わないでも助言をしていた。美鈴は少し考えた後、言う。

「あります」

  一言、きっぱりと断言した。

「ただし、条件があります」

  頭首を見つめるその眼には、強い意志が秘められていた。

「『覚悟』……これが必要になります」
「『覚悟』?」
「そうです、『覚悟』がなければこの対策は完遂しません」
「……まずは……聞こう」

  その内容はランドを狼狽させるのには十分だった。
  
  まずはフランドールを誰も手の届かない場所に幽閉させる。
  そしてその場で自身の能力を自分で抑え込み、全てを自分のものにする。
  
  言葉で表せばたったの2文、非常に簡単なものである。だが、それは非常に難しいものだった。
  まずそれには莫大な時間がかかるということ。そしてその行為は抑制ではなく、
  間違いなく一度フランドールの自我を破壊する、ということ。
 
  無論美鈴も分かっていた。だからこそ行う策だと。
  この頃美鈴は少なからず理解していた。抑制するのは不可能だということに。
  ならば一度破壊してしまえば良いと考える。
  『ありとあらゆるものを破壊する能力』。確かにそれは全てを破壊するものだ。
  だが、破壊されたものは必ず修復される。
  嵐で木が折れたとしても、時がたてばそこからその木の子供が生まれるように。
  たとえ自我が破壊されても、その自我の根は決して破壊されることは無い。
  完全に元に戻ることは無いかもしれないが、いつかまたフランドールの自我は大きな大木になる。
  そしてその大木はいつかフランドールを覆っている『狂気』を乗り越えるだろう。
  可能性は低い。だが、やってみる価値はある。やらないよりかはやれ、だった。
  
  そしてその決断を下すのは父親であるランドだった。殺すよりもこの決断は酷なものだ。
  幽閉ということは外に出してもらえなくなるということだ。
  もしかしたらその一生をずっとその場所で過ごさなければならなくなる。
  刑務所で言う無期懲役と同じようなものだった。だから美鈴の策は非常にランドを狼狽させた。
  
  ランドの決定でこの策は簡単に施行できるという。だが、それは間違いなく
  父親から娘に対する死刑宣告と同義だった。

「ま、待て! そ、それは……」
「だから言ったでしょう? これには『覚悟』が必要になる…と」
「…………」
「無論、この策が施行されれば、フランドール様を今いる場所から連れ出し、幽閉されるまでの行動は
 全て私が行います。ランド様はその決定を下した、というだけになります。
 今現在私は彼女たちに味方だと思われてます。それを裏切るわけですから
 彼女たちは間違いなくランド様よりも私を恨みます。ランド様には何の損もありません」
「だが…それでは」
「そうです。あなたのことですから間違いなくその策を決定したことに対する『罪悪感』を覚えるでしょう。
 そしてこの決定を下したことに強い『罪』の意識と『後悔』を持つはずです。するとどうなるか? あなたは潰れます」
「いや…私は」
「否定しないで結構。伊達に長年生きてなく、あなたの部下をやっているわけではありません。
 観察するのは得意分野です。ランド様の性格も把握しています。あなたの精神の強さは良く分かっています」
「そ…それよりも、君は良いのか? 長年培った彼女たちから得ていた信頼を裏切るんだぞ?」
「かまいません」

  きっぱりと、この上ない絶対的な意思でうろたえているランドの言葉に頷いた。

「私は既に『覚悟』しています。この決定をしたことにより間違いなく私は妹様に恨まれるでしょう。
 ですが、そのことを『後悔』することはしません。『罪』は感じることがあったとしても」

  断言する。ランドにはその真意が見えなかった。
  どうしてそこまで断言できるのか分からなかった。なぜなら彼女の決断は彼女の命を脅かすことにもなるのだ。
  使用人とはいえ赤の他人の少女のためにどうしてそこまでするのか分からなかった。

「分からない…という顔をしてますね」

  美鈴は一度ランドに背を向けると、その部屋を回るようにして歩き出しながら説明する。

「『覚悟』ある行動は、決して『後悔』を生みません。
 『罪』に対しての『罪悪感』は多少ながら生まれるかもしれませんが、
 成り行きで決定し発生した『後悔』『罪悪感』よりははるかに少ない。いいですか?」

  そういうと彼女はおもむろに部屋に置いてあった花瓶を手に取る。

「たとえばこの花瓶を割ったとしましょう。予期せぬことだった場合、私はうろたえ、
 主であるあなたに対して罪悪感を覚えます。ですが」

  ゆっくりと花瓶から手を離す。当たり前だが花瓶は重力に従い床に落ち割れた。
  パリン、と高い音を立てて割れた花瓶からは水が流れ、花が散乱した。

「みて分かるとおり今花瓶を割りました。これは意図して行動した結果です。
 私たち人が意図して行動する、その心理には必ず『覚悟』があります。
 行動には必ずそのリスクがついてきます。これをこうするとあれはああなる、といったリスクです。
 分かりやすく例を挙げると、その者を殺そうとするならば逆に殺されるかもしれない、といったリスクです。
 それを分かって行動することを『覚悟』といいます」

  ランドは黙って聞いている。

「良いですか? ここで重要なのは、『覚悟』から生まれた行動というのには一切の躊躇がないということです。
 そして心の底から『覚悟』し、生じた結果ならば、それに対して『後悔』が生まれることはありません。
 たとえ『罪』や『罰』が生まれたとしても、それはその者にとって微々たる物です。
 躊躇が無い、ということは残酷さに繋がります。ですが時には最大の効果を発揮することになります」

  つまりこういうことだ。『覚悟』して決めた行動ならば決して『後悔』は生まれない。
  それはつまりランドも美鈴やレミリアたちに対して『後悔』しないということになる。
  躊躇を今は捨て、氷のような心で絶対の決断をする。
  たとえそれが今後どのような結果になったとしても、『覚悟』した彼らはその全てを受け入れる。

「もし『罪』や『罰』を受けなければならないというのであれば、それはその時が来た時に受ければいい。
 うろたえ、間違った判断をして彼女を破滅させるのであれば、
 『覚悟』を決め、躊躇を捨ててその道を切り進み、少ない希望にかける方がはるかにマシです。
 もし私たちが『覚悟』して決めた道が間違っていたならば、それこそ命を賭けてその道を修正するのです。
 この世に『手遅れ』だとか『不可能』という言葉はありません。
 もしあるとすればせいぜい死人を生き返らせること位です。全ては『可能性』から出来ています」

  その眼には決心が伺えた。『覚悟』から生まれる決心が。
  これから先『覚悟』から生まれた事柄が美鈴を襲ってもその全てを受け入れるという決心が伺えた。

「現段階では妹様の治療はそれしかないといって良いでしょう。
 ですがこの方法がこれから先、実は間違いだとしても、必ずその頃には他の方法を見つけ、修正出来ます。
 この世の全ては『可能性』で出来ています。『可能性』こそ最も必要な要素なのです」

  折れた木は何度でも生えるように、壊れた街は何度でも再興するように、
  何度でも再生するように『可能性』は一時期『不可能』と呼ばれても必ず新たな可能性が生み出される。
  だからこそ、人類は今も長い弱肉強食の世界を生き残っているのだから。

「だから私は最初に言いました。この策……『覚悟』が必要となります。
 しかも中途半端なものではいけません。絶対の『覚悟』が必要になります」
「…………」
「もしこの策を遂行するというのであれば、あなたも『覚悟』を決めてください」

  と、そこにメイドが一人入ってきた。花瓶の割れる音を聞いたのだろう。
  ランドは追い出そうとしたが、美鈴はそれを制し、逆に自分が出て行こうと扉に手をかける。
  そして振り向きざまにいった。

「とはいえいきなり『覚悟』を決めろとはいえません。時間を与えます。明日までに考えてください。
 返答はその時に聞きます」

  そういうと美鈴はメイドに一礼し、去っていった。

 
  その夜、ランドは悩んだ。『覚悟』を決めることとはいえ、自身がすることは間違いなく
  娘の命に対する冒涜であり、愛していた妻を裏切る行為になる。
  結局……彼は一睡もせず、悩みに悩み、考えに考えた結果、結論を出した。






「良いだろう、その策、実行に移そう」

  次の夜、美鈴を呼び出したランドはそう告げた。彼女は難しい顔を崩さない。
  ランドが中途半端な『覚悟』をしているのではないか…と考えていたからだ。
  だがそれをランドは否定する。

「私は私なりの『覚悟』を決めた、それだけだ」

  その眼には昨日の美鈴と同じく、絶対的な決心から生まれる『覚悟』が現れていた。
  純粋に『覚悟』を決め、これからを生きようとする濁りの無い澄んだ瞳だった。

「ただし、条件がある」

  美鈴が発言しようとすると、それをランドは止めた。

「何です?」
「レミリアにだけは話しておきたい。彼女は次期頭首だ。知っておくべき情報だ。
 それにフランを幽閉した後には、君を彼女の世話役をつける予定だ」
「…………」
「レミリアは優しい子だ。理解するだろう。それに君だけに全責任を押し付けるのは
 頭首としてもあまり許せることではない。今回の『覚悟』から生まれた『罪』と『罰』……君だけが受ける必要は無い」
「…………」
「私もあの子たちの親だ。その『罪』と『罰』…受ける権利もある。いや、義務なのだ」
「……そこまで言うなら分かりました。今のあなたの眼には『覚悟』がある。
 その『覚悟』なら『後悔』はしないでしょう」
「悩んだ結果だ。それに死んだ妻も、フランが処分されるよりかはこの決定を良しと思うはずだ」
「ならば決行はすぐに行いましょう」
「わかった」

  準備をします、といって美鈴は書斎から出ようとする。
  そんな彼女をランドは呼び止めた。

「一つだけ聞きたい」
「何です?」
「なぜ赤の他人にそこまで出来るのか? 使用人とはいえ、娘たちにそこまでする義理は君には無いはずだ」

  もっともらしい意見だった。そして一番気になった言葉だった。

「妹様と私は似ているんですよ。ですからお助けするんです」

  美鈴はその言葉に笑顔で答えた。




  そして作戦決行の夜。

「お嬢様」

  今まさにフランドールの部屋に入ろうとしたレミリアは美鈴の声に気付き、彼女に向いた。

「あら、こんばんわ。どうしたの?」
「いえ……今日も妹様と?」
「ええ。日課だから」

  そういって彼女はコンコンと扉をノックする。
  もし彼女は『運命』を完全に操れていたら、この先のことを読めていただろう。
  だがやはり幼い……彼女の能力は発現する時としない時があった。
  くしくも今日はまさに発現していない時だったのだ。

(お嬢様……お許しを)

  トン、と音も無く後遺症も残らないように、かといって確実に意識を刈り取れるほどの早さで手刀をかます。
  反応するのが得意なレミリアもさすがの攻撃に対処できず、簡単に地面に倒れ、昏倒した。
  鍵がかかっているため、それも無理やり壊し、ギギギッと扉を開ける。

「めい……りん?」

  その少女は驚いた顔で自身を見つめていた。普通のものならばここで『罪悪感』を覚えるのだろう。
  が、『覚悟』を決めた美鈴の心は今、刃のように冷たく鋭かった。

「美鈴? これは……」

  後ろに倒れているレミリアの姿を見つけ、不安な声を出すフランドール。
  だが余り時間をかけるのは良くないと考えた美鈴は直に行動に出た。

「妹様」

  トン、と軽い音共に手刀をかます。フランドールは言葉を発することなく、倒れた。
  意識が無いのを確認した美鈴は2人を抱え、歩き出す。
  暫く歩くと従者たちがいた。ランドの命令を受けたものたちである。
  美鈴は2人を彼らに引き渡す。一人は自室に、もう一人は地下室に。
  ある意味運命を分かたれた

  その後が大変だった。フランドールは気絶している間に、レミリアが大暴れしたのだ。
  だがそれを2人は甘んじて受けた。罪を受け入れるために。
  大分ほとぼりが冷めた頃にランドは彼女に説明した。
  説明を受けた後、レミリアは父親を追い出し、一人泣いた。
  ランドは心配したが、それも『覚悟』を決めていたため『後悔』は無かった。
   
  周りは素直に心配した。そしてランドと美鈴の決定に恐怖した。
  この2人の『覚悟』から生まれた決断は二人の株を裏の世界では更に大きくする結果となった。
  だが2人はそれを喜んだりはしない。ただただ事態を『静観』することにした。
  そして周りは驚いたが、レミリアは3日で回復した。
  ランドの説明をきちんと理解し、頭の中で正しいことだと判断したのだ。
  美鈴に対しても激昂して殺そうとしたことを謝った。美鈴は普段どおりの態度で彼女に接した。
  全て『覚悟』していたため全く彼らはこの事態を驚かなかった。
  その後、レミリアは美鈴のもとで鍛錬を積み、無事スカーレットとしての責務を行えるようになったのである。


    
  ◆  ◆



「……つまり、美鈴が私を幽閉したのは私が成長し、『狂気』を乗り越えるために?」
「そうよ」

  レミリアの話が終わり、フランが少なからずショックを抱えながら聞く。

「……お姉様、それで私に彼女を恨むのを止めろというの?」
「いいえ、私にそんなことをいえる権利は無い。ただ、憎んでいる相手が最もあなたのことを考えていた、
 ということを知っておいてほしいだけよ」
「…………」

  今の今まで最大の敵だと思っていた人が、実は最も自身を考えていた味方だった。
  滅茶苦茶だ、とフランドールは素直に思った。

「なんて……ペテン師」
「そうね、全くたいしたものよ。彼女が言うに、これもまた一つの『気』を遣うことらしいわ」
「…………」
「私はあなたに美鈴を恨むのを止めろとは言わないわ。なぜなら美鈴が言わなかった、嘘をついていたということは
 『罪』だからよ。彼女はその『罰』を受けねばならない。そしてその『罰』を与えるのはあなた」

  美鈴のしたことは許されることではない、とレミリアは断言する。
  自分たち2人の信頼を、例えフランドールの成長のためとはいえ裏切ったのは事実。
  裏切りという行為は絶対に裁かれなければならない。
  だからレミリアはフランドールに『恨むことを止めろ』とは一度も言わなかった。

「いい? 私が言いたいのは、これからのことよ」
「これから?」
「真実を知ったあなたがこれからどうするのか? 私は気になるの。あいにく今の私は紫のせいで『運命』が見えないから、
 今の話が本当はあなたの未来にとって正しいのかどうかはわからない。
 でも、私は、『運命』が導いたのではなく私の判断であなたに話すべきだと決意しあなたに話した。
 今度はあなたの番、私の話した過去の内容があなたを成長させるかどうかは分からない。
 でも必要なのは、あなたがこの話を糧にすること。過去を知ることは『罪』ではないわ。
 いいえ、むしろ知らなければならないことよ」

  この話、レミリアもまた大きな賭けに出ていた。
  『運命』が見えないため、内心ではかなりオドオドしているのである。
  普段ならば持ち前の考え方で何とかするのだが、今回、特にフランドールが関わっている時だけは違った。
  それほどまでにフランドールを大切に思っているのだ。彼女は二度とフランドールを壊したくなかった。
  フランドールは暫く考えた後、伏せていた顔を上げて聞く。

「つまり…お姉さまが言いたいヒントは『事実』と『覚悟』?」
  
  自分が知らなかった舞台裏を知ることでこれから先考え方に様々な道が現れる。
  そしてその中で最も適切な道を選ぶ『覚悟』。レミリアが与えたいヒントはこれなのだろう。

「そうよ。特に必要なのは『覚悟』。今のあなたには絶対的に『狂気』に対する『覚悟』が足りない」
「『狂気』に対する『覚悟』?」
「私がいえるのはここまでよ。いえ、むしろ最も重要なヒントを与えたといって良いわ。
 後は自分で考えること。そしてQEDまで行くことにより、あなたは更に成長する」
「…………」

  話し終わった後、レミリアは立ち上がった。そんな彼女にフランドールは聞く。

「ねえお姉様。お姉様は美鈴を恨んでないの?」
「昔は恨んだわ。でも…恨んだからと言って元のあなたが帰ってくるわけではない。
 ならば素直に前を向いて歩くだけよ。『運命』もそう言うはず」
「…………」

  そして今度はレミリアが聞く。

「フラン、あなたは自分の能力が嫌い?」
「当たり前よ。この能力のせいで、私は何も守ることが出来なかった。
 守ろうとしても、みんなを壊すだけで結局守ることは出来ない。好きにはなれないわ」
「そう……」

  レミリアはカップを片付けながら続けた。

「なら、まずはその嫌悪している能力と向き合いなさい。あなたは誰かを守れないんじゃない、守らなかっただけよ。
 守ろうと今までしていたようだけど実際は守らなかったの、ただ逃げてただけ。
 美鈴も言ってたでしょう? 逃げないで、向き合いなさい。その先にQEDは待っている」
「…………」
「そろそろ行くわ。パチェたちも気になるし」
「お姉様……」
「フラン、最後にもう一度だけ言ってあげる。これから先何が起こるかわからないわ。
 でも、『後悔』したくないのなら『覚悟』を決めてかかりなさい。その先にあなたの未来があり、
 あなたは初めて他人を救える存在になる」

  最後にレミリアはそういい残すと、羽をパタパタと羽ばたきながら出て行った。
  向かうは図書館、パチュリーと魔理沙の仕事を手伝うためだった。

「……『覚悟』を決めろ……か」

  まだ口の中に残る変な感じをかみ締めながら、フランドールは一人呟く。
  そしてベッドの隅の方でまた膝を抱えると、考え出した。
  どこか……レミリアの話を聞いたことで、心の何処かに現状から先に進む道が見出せたような、
  暗闇に一筋の光が現れたような、そんな清々しい気分がしていた。



  ◆   ◆



  日が沈む頃、永遠亭では各々が戦闘の準備を整えていた。最悪の事態を想定して……ということらしい。
  特に最も被害が出ると予想されている妖怪ウサギ(以後イナバ)たちは緊張した顔でそれぞれの任務についていた。
  ちなみに輝夜はこんなかなり重たい雰囲気が漂っているというのに寝ている。
  
  永遠亭に仕えているイナバたちにもそれぞれ様々な部隊がある。その中でもてゐと鈴仙はかなりの実力者だ。
  ちなみにここで働いている年数で言えば、てゐの方が上なのだが、
  永琳の弟子的存在であり、側近である鈴仙が実質的なイナバたちのトップに位置している。
  
  だが彼女は何時も何時も弄られているため、部下たちには目上の妖怪として接されていない部分がある。
  彼女としてはそれが一番の悩みの種なのだ。ちなみに彼女を最も弄っているのがてゐだ。
  何しろ彼女の弄り方はかなり半端無い。そのため鈴仙はいつもボロボロなのだ。
  ではなぜその対抗策を練ろうとはしないのだろうか?
  それは……鈴仙にしか分からない、彼女なりの考えがあるのだろう。
  
  まとめると、てゐはその気さくな態度で人望を持つ実質的なイナバのリーダー格。
  対する鈴仙は一応最も上の位にいる存在なのだが、普段の弄られようからそうは思われず、
  部下たちからはてゐが隊長、鈴仙はその側近、と逆の立場で見られている。
  とはいえそんな鈴仙も他のイナバたちにとってみれば目上の存在なので、命令は聞くのだが……。
  どこか舐められた感がある彼女は非常に不憫だと思える。
  だが美鈴や紫は彼女を実は高く評価している。その理由は全くもって不明だ。

  この日の鈴仙はいつもと違った。普段の笑顔など何処にも無く、感覚を研ぎ澄まし、
  何時も以上にキリッとした厳しい表情で任に当たっていた。
  その彼女を包んでいた張り詰めた雰囲気に他のものは圧倒されていた。
  これが何時も弄られ続け、座薬娘とまで罵られた鈴仙なのか? ……と。
  ちなみにそんな彼女に最も驚かされたのがてゐである。流石に今日は弄るのは拙い…と直感で分かっていた。

  鈴仙はあることを考えていた。無論、美鈴が逃げ出したときの対処法もあるが、
  それよりも自分の師である永琳のことだ。どうも今日の永琳の様子はおかしい。何かを隠している。
  
(師匠は分からないかもしれませんが、私も伊達に師匠の下で修行を積んできたわけではありません)
 
  永琳だけではない。他の妖怪たちにも何かおかしな感覚を覚えていた。
  全員が全員、何か隠し事をしているような、そんな感覚。が、例え聞いたとしても教えてはくれないだろう。
  永琳に話したとしても、絶対にはぐらかされるに決まっている。

(まあ良いさ。いずれ教えてもらえるだろうから)

  隠すということはそれなりの考えがあるはずだと彼女は思うことにした。とりあえず今はこの永遠亭を守ることが先決だ。
  普段以上の警戒を敷く様に彼女は部下たちに命令し、永琳たちがいる部屋に向かった。



  その頃永琳たちは外でせわしなく動いているイナバたちとは違い、のほほんとすごしていた。

「……ねえ永琳、あなたのお弟子さん…」
「鈴仙のこと?」
「ええ。あの子、隠し事に気付き始めてるんじゃ……」
「そうね……でもなんとしても隠し通すのよ。少なくとも明日になるまでは」

  煎餅をボリボリかじりながら聞く幽々子に永琳は茶をズズズッと飲みながら答える。

「確かに。もしこれが彼女にバレれば、色々と面倒なことになる」
「ええ…そうね。……帰ってきたわ」

  その言葉から数秒後、障子が開き鈴仙が入ってきた。
  彼女は邪魔にならないよう隅に座る。今の彼女の役目は永琳たちの護衛だったからだ。
  この部屋に立ち込める微妙な空気を読み取り、やはり変だと鈴仙は思うが、とりあえず頭の隅に置く。 
  と、ここでこの場に紫がまだ帰ってきていないのに気付いた。

「あの……師匠、紫さんは?」
「そういえば……遅いわね、相当時間経ってるし」
「一度様子を見てきたほうがいいんじゃない?」
「そうね……鈴仙、頼むわ」
「分かりました」
「あ~後お煎餅の追加よろしく~」
「…幽々子殿、もう少し客としてわきまえたほうが……」

  ドッと笑いが起きる。鈴仙は苦笑しながら立ち上がると、後でもち煎餅でも持ってきてあげようと心の中で思い、
  廊下に出た。先ほどまでの疑問は今は放置しておいた。

「あ…そうだ、紫さんにも差し入れをしないと……結界維持で疲れてるだろうから大福をつけようっと」

  先に台所に出向き、茶と大福を用意すると、紫と美鈴がいる部屋に向かう。
  念のためということで彼女たちがいる部屋はこの屋敷の外れ、被害が出ても周りに影響があまり出ない
  場所に位置している。そのため移動するのがかなり大変だ。

  暫く歩くうちにようやくその部屋に向かうための最後の曲がり角を曲がる。
  そうすれば部屋は眼と鼻の先だ。部屋には気配が2つ感じ取れた。
  どうやら紫はまだ部屋にいるようだった。

  部屋まで後5メートル…というところで変な感覚を感じ取る。何か…巨大な力が大きくなっている……。
  それを頭で『危険だ!』と判断するよりも体が先に反応した。
  お盆に乗っている茶などを無視して、後ろに思い切り飛んだ。

  その直後、


  
  ドォオン!!


  
  部屋が大爆発し、鈴仙は逃げ切れずその閃光に巻き込まれた。






  その爆音は勿論永琳たちのいる部屋にも聞こえた。瞬時に各々の武器を持つと一目散にその部屋目指して走り出す。
  途中騒ぎを聞きつけたてゐと合流し、更にスピードを上げる。
  周りのイナバたちは慌てていたが、すぐに的確な判断を与えることで混乱を収めた。

  走りながら外を見ると、その部屋がある部分から煙がモウモウと吹き上がっていた。
  焦げた臭いもする。これは早いところ消火活動も行ったほうがいい。
  輝夜は……放っておいても良いだろう。もし最悪の事態だったとしても彼女が今狙われる可能性は限りなくゼロだ。
  もうすぐ部屋、その最後の曲がり角に差し掛かったところで、てゐが声を上げる。

「お師匠様、あれ!?」
「ウドンゲ!」

  曲がり角からかすかに足が見えた。間違いない、鈴仙の足だった。
  曲がると、彼女は血を流して倒れていた。血が出ているのは額と、左肩。
  頭は吹き飛ばされたときに切ったのだろう、そこまでひどくは無い。
  左肩には爆発の際に生じた木の破片が刺さっていて、傷も深い。後は全身に火傷やら切り傷擦り傷ばかりだった。
  意識は無く、グッタリとしている。永琳はすぐさま破片を抜き、血を拭い応急処置を行おうとする。
  が、状況はそれすらも許さなかったようだ。

  バァン

  爆発源の部屋が再度大きな音を立て、入り口から天井を形成していた木が吐き出される。
  その際、足が見えたことからどうやら邪魔だった木をどかそうとして蹴ったようだ。
  そしてその足が紫のものではないと分かった一同は身構える。

「…………」

  出てきたのは案の定、美鈴だった。先ほどの大爆発は美鈴が結界を破壊した際の物のようだ。
  美鈴は何処から持ってきて、何処から持って来たのか背中に戟を背負っていた。
  もう一人部屋にいたはずの紫の姿は見えない。
  美鈴の瞳の色は紅色だった。ただし昨晩に比べて色が薄いところを見ると防衛策が少なからず功を奏しているようだ。

  今、明確に美鈴は脱走した。それが事実だった。そしてそれだけで彼女たちが現状を認識するには十分だった。

  永琳たちに気付くと、ゆっくりと彼女はそちらに向く。

「…………」

  その表情は厳しいもの。何かを決断したような表情をしていた。

「美鈴……紫は?」

  そんな彼女に最も冷静だった幽々子が問う。彼女は友人であり未だに姿を見せない紫を心配した。
  美鈴は目線だけを動かし、後ろに散乱している木材に眼をやる。


  その中に……ボロボロになっている帽子と、バキバキに折れている傘が落ちていた。


  一同戦慄する。つまり……そういうことだ。

「やったのね?」

  感情を押し殺した声で幽々子が問う。美鈴は否定も肯定もせず、黙ったままだ。
  が、それを肯定と受け取った幽々子は続ける。

「なぜ?」

  それには美鈴も答えた。

「『覚悟』を決めたからです」

  ただ一言そう答えると、彼女は背中にしょっていた戟を握る。

「『覚悟』を決めたからには絶対に遂行します。邪魔な存在は排除します。彼女と同じ結果になりたくないのであれば、
 眼を閉じ、口を噤み、耳を塞ぎ、誰にもこの事を告げず、今私を黙って通してください」

  最後通告だった。邪魔するならば……排除する、といっている辺り確実にそれを実行するはずだ。

「……断るわ」

  美鈴の放つ殺気は永琳さえうろたえさせたが、それでも彼女は憮然と構え、言った。
  それは他の者も同じで未だに意識を回復していない鈴仙と、てゐを守るように前に出た。

「暴れすぎよ。あなたの目的を遂行させるわけにも行かないし、とめさせてもらうわ」
「そうですか……他の方は?」
「右に同じく。今の美鈴殿からは邪悪な『歴史』が生まれるという予想が出来る。させるわけには行かない」
「紫が死んだとは思えないけど……敵討ちはさせてもらうわ」

  続いて慧音、幽々子と答える。

「そうですか……残念です」

  そういいながら彼女は戟をもち、構えた。それをみて全員がいつでも弾幕を出せるように構えた。
  そんな中、永琳は後ろにいるてゐを見ずに言う。

「てゐ、あなたは鈴仙を連れて紅魔館に行きなさい」
「え?」
「あなたたちイナバで敵う相手ではないわ。それよりも急いでこの状況を彼女たちに伝えるほうが大事よ」
「メッセンジャー…ですか?」
「そう」

  確かに、ここで美鈴が脱走したとしても、それを紅魔館側に伝えに行く存在が必要になる。
  ここで永琳がてゐを選んだのは、そのイナバたちの中で最も足が速いからである。
  そして負傷している鈴仙もつれて、というのは、とにかく現状での負傷者をここから離す事が必要だった。
  特に、鈴仙に関しては。

「逃がしませんよ」

  その会話を聞いたのか、美鈴が言った。

「今ここであなた方を逃がし、紅魔館側に知らされると後々色々と面倒です。
 今ここで私と相対しているあなた方を見る限り、主力はほぼ全てあちらですね。
 私の見立てが正しければ、あちら側にいるのは精鋭ばかり…それにあの娘もいます」
「あの娘?」

  口ぶりからフランドールではないことは確かだ。
  となると、美鈴が脅威に思っている存在がその精鋭の中にいるのだろうか……と思い永琳は聞く。

「教える必要は無いですね」
「…………」
「話を戻しますが、もし彼女たちが時間稼ぎなどをされると面倒なことになります。
 私としたらタイムリミットまでに事を終わらしたい。
 だからここであなた方を、そこにいる2人も含めて戦闘不能に陥れるという結果にせねばいけません。
 もしくは、あなた方を暫く動けないようにし、その間に紅魔館に向かえばいい。
 紅魔館についてしまえば、そこは私のホーム…造られた時より過ごしてきた家ですから、
 入ってしまえば後は簡単です。その時点で私の望みは半ば達成されます」

  門番という仕事上、ある意味メイド長よりも細かく館の構造を把握しなければならない。
  それは侵入者が門以外から入って来る可能性を見越してのことであり、
  門番はあらゆる場所から入ってくる侵入者を駆逐するのが任務だからだ。
  故に、頂点に位置している咲夜よりも美鈴は紅魔館の構造を理解していた。
  隠し通路も、近道も、一体どのように進めば最も地下室のフランドールの場所に近いのか。
  主であるレミリアも、咲夜も知らない道を彼女は知っていた。

「……一つ聞きたいことがあるわ、今のあなたはどっち? 『狂気』に支配されたあなたか、普段のあなたか……」

  タイムリミット、という言葉を口にしている辺り、どうやら自身の身体を分かっているらしい。
  『狂気』に支配されているのであれば、自身の身体を全く気にしない輩が多い。
  永琳は確認しておきたかった。今彼女がどちら側の存在なのか。

「さあ……気分は高揚してますね、ですが今の私は驚くくらい冷静ですよ。
 明確に道が見えてますし、自身の『覚悟』を最もよく理解してます」
「『狂気』に侵された者は、自我を失う……」
「そう…その点で言えば、私の自我はまだ『狂気』には侵されていないのでしょうね、完全には。
 ただし、身体は違うようです。どうも身体は破壊を欲している。今は私が抑えてますから分からないと思いますが」
「つまり……半分あなたで半分『狂気』のあなたね」
「そう思いたければどうぞ、まぁ…昨晩に比べれば大分マシになったといえるでしょう、さすがは鈴仙さん。
 昨晩のピークでは実に8割がた侵されてましたからね。それでも彼女の能力をもってしても5割までしか
 戻せない、という辺り、予想通りというか、残念だったというべきか……」
「……つまり、本来のあなたは破壊を望んでいない?」
「ふふふ、破壊を望む者はそれこそバーサーカーくらいですよ? ま、今の私にとってはそんなこともどうでも良いですが」
 
  ブン、と戟を振るう。

「ただし、これだけは宣言しておきましょう。今回のことに関しては『狂気』に侵された私よりも、
 通常の私が望んだことです。それ以上も、それ以下もありません」

  てゐは驚きのあまり言葉を失う。『狂気』を鈴仙の次によく知っている彼女が、
  まだ『白昼の吸血鬼』に侵されていないと言うのに『自分から』それを選んだということに。
  なぜだ? と彼女は思う。
  たとえ恨まれることになったとはいえ、フランドールが彼女にとって家族だったのには変わりない。
  それはつまり、彼女は『自分から望んで』その家族を壊そうとしている。
  美鈴はフランドールを壊したことに『後悔』をもっていないにしろ『罰』は受けようとしていた。
  だからその『罰』を受ける前に『自分から望んで』殺そうとしている。
  美鈴はフランドールが成長することを願っているのであって、死ぬことは願っていない。
  その願いはある意味姉のレミリア以上だということも、今までの永琳からの話から理解していた。
  だが、あろうことかそんな彼女が『自分から望んで』殺そうとするなんて! そこが理解できない。
  そして、それ以上に、それが望みだとしても、関係ないものを巻き込むとは……!

「あなたは……!」
「てゐ」

  激情に駆られ、叫ぼうとしたてゐを永琳はたしなめる。そして眼ではこういっていた。
  『さっさと行け』と。てゐが言おうとしたことを察したのか、

「鈴仙さんは、今の私にとってかなりの脅威です。私の算段では2番目ですね。
 だから早々にこの舞台から退場していただいた、それだけのことです」

  そう、ただそれだけだった。折角気分が乗ってきているときに邪魔されては困る、そういう考えだった。
  その言葉が更にてゐを激昂させるが、永琳は眼で言った。
  『落ち着け』…と。その言葉が今まで爆発しかけていたてゐの心を一気に落ち着かせる。
  そうなのだ、ここで一番いけないのは、彼女が望んでいるのは
  自身が激昂し彼女に歯向かう事で、ここからの脱出者を出さない、ということだ。
  そんな策に嵌ってはいけない。必要なのは、ここはクールに、この怒りを抑えて脱出することなのだ。
  てゐは未だに意識を回復していない鈴仙の肩を担ぐと、永琳に一瞥しその場から走って立ち去った。

「さすがは教育が行き届いてますね、さすがに最初から最後まで思い通りには行きませんか」
「そういうことよ。そして、鈴仙のことは間違いなく本当のことね?」
「そうですね……そうですよ」
「弟子のことをそこまで馬鹿にされると流石に師匠としても黙ってはいられなくてね?
 悪いけど……本気でとめるわよ、それこそあなたを殺すつもりで」
「どうぞ……それに元々そのつもりだったのでしょう? その後ろの方々も」

  片手で戟をもち、大胆不敵にも微笑む彼女に対し、他の者たちは明らかに怒気を含んでいた。

「話は終わりですね、早々にあなた方にはこの舞台から降りてもらいます」
「やってみなさい!」

  その言葉と共に両者、1VS3の戦いが始まった。
  圧倒的美鈴不利だというのに、なぜか……美鈴は結果が分かっているのか不適に笑っていた。



  ◆  ◆



  ガサガサガサ


  てゐが鈴仙を担ぎ、竹林を走っている。空を飛ぶのは危険だった。
  永琳たちが負けるとは思っていないが、万が一美鈴が追いかけてきた場合、一発で発見される。
  それよりかは多少時間がかかったとしても低空で地上スレスレを飛行したほうがいい。
  
  ガサガサガサ

  この音は自身が竹を蹴り、飛んでいる際に生じる葉の音だった。

「…………」

  その音にゆっくりとだが鈴仙は意識を取り戻した。とはいえまだ現状を認識できず頭は朦朧としている。

「気付いた!?」

  安堵の声をてゐは漏らす。

「これは……どうして私」

  右目の視界が赤い。そして左肩に激痛が走ったことで大部分意識は覚醒した。
  永琳も流石に傷を治す、更には止血する暇は無かったのだろう。
  血が再度流れていたのだ。とはいえ致死量ではなく、持ち前の自己修復能力でそこまで流れてはいない。

「お師匠様の命で紅魔館に向かってるの。美鈴はお師匠様たちが止めてる」
「……逃げてる…の? 私たち」
「仕方ないでしょう!? 私たちには彼女に敵う力は無い」

  確かに、今の美鈴にはどう頑張ってもてゐが負傷している鈴仙を守りながら戦うというのは不可能だ。
  それは十分すぎるほど鈴仙にも分かっていた。




  だがこのとき、鈴仙は何故か昔のことを思い出していた。


  昔……それは鈴仙が月から逃げ出したときのこと。
  あのときの彼女は全てを恐れ、仲間を見捨てて逃げ出した。
  
  ハアッ  ハアッ

  あのときの恐怖は未だに忘れられない。立ち止まれば捕まると思った。
  立ち止まっては終わりだ、立ち止まったら死ぬ!

  ハアッ  ハアッ

  我武者羅に彼女は走った。何処に行くか、それすらも分からず彼女は走った。
  逃げて、逃げて、逃げて……逃げに逃げた。

  近づけばこの地に下りていた。それでも彼女は逃げることを止めず、走って走って、走り続けた。
  怖かったから、全てが怖かったから。

  でも無限に走り続けられる存在なんて居はしない。
  足は悲鳴を上げ、体中は傷つき、ついに彼女は力尽きて倒れた。
  だが、それでも彼女は逃げることを止めず、這ってでも前に進んだ。
  でなければ捕まるから……その『恐怖』に捕まってしまうから。

  その日は雨、それも土砂降りの豪雨で、川は氾濫し、土は泥水となってたまっていた。
  倒れ、這って逃げる彼女の綺麗な髪は泥水で汚れ、月で過ごしていた頃の綺麗な彼女の姿は何処にもなかった。
  そんなときだった。不意に、自分の身体に叩きつけられる豪雨がやんだ。
  無論、道ではまだ振っている、自分の身体の上だけやんでいた。
  気配で自分の後ろに誰か居るのが分かった。でも、怖くて振り向く気にはなれなかった。
  するとその人は自分から前に歩き、鈴仙の前に立つと、ゆっくりとしゃがみ言った。

『大丈夫?』

  と。その声はとてつもなく優しくて、冷たかった鈴仙の心を暖めた。
  そこで溜まった疲労が一気にあふれ出し、彼女は意識を失った。

  次に目覚めたのはどこかの豪邸の一室だった。呆気に取られていると、障子が開き、
  昨日声をかけてきた女性が入ってきた。名は、八意永琳といった。
  彼女は何も聞かず、鈴仙に暖かいミソスープを手渡した。
  なぜこんなものを? と鈴仙は思ったが、永琳はニコッと笑うだけ。
  仕方なく一口含むと……

  ポロポロポロ

  何故か、涙が出てきた。慌てて拭こうとしたが、どんなに拭いても涙は流れ続けた。
  永琳はそんな彼女を胸に抱くと、『もう大丈夫よ』と、それだけ言った。
  その言葉が鈴仙の心の防波堤を切り崩したのか、鈴仙は声を出して、大泣きした。

  暫くしてようやく泣き止んだ鈴仙は永琳という女性に全てを話した。
  月に侵略者が現れて、自分は何もかも捨てて、逃げ出したということを。
  そんな彼女を、黙って永琳は話を聞いていた。そして、最後に彼女は言った。
  『なら、ここにいなさいな』と。

  それから鈴仙はここ、永遠亭に住むことになった。勿論最初は客扱いで、今のような待遇は受けていない。
  動けるようになってから、数日でずっとここで働いている因幡てゐに会い、
  それから暫くして、この館の主、輝夜に出会った。だが、そんな主よりも彼女には永琳が気になった。
  どうして彼女は裏切り者のような自分をかくまったのか……最初気になった。
  そこで意を決して聞いてみた。すると彼女は自分も同じような存在だといった。
  鈴仙には彼女が凄く、大きな存在に見えた。無論、体格的には永琳のほうが大人だ。
  が、鈴仙には永琳の姿が存在という形で大きく見えた。
  このときからだろう、鈴仙が永琳にあこがれ始めたのは。

  程なくして鈴仙は永琳に弟子入りを申し込んだ。勿論最初永琳はそれを断った。
  だが鈴仙は決して引き下がらず、結局永琳は折れ、承諾した。
  勿論弟子入りしたということで、彼女は客ではなく使用人としてここに住み始めた。
  てゐにはその頃から弄られていた。だが、それを苦とは思わなかった。
  てゐの他人に対する友人としての接し方だと分かったからだ。
  2人はすぐに仲良くなり、親友とも言える存在になった。嬉しかった、彼女たちが普通に接してくれることが。

  鈴仙は最初、恩返しのつもりで永琳に弟子入りしたつもりでいた。客ではどうも居心地が悪かった。
  それよりかは従者として働くことで、少しでも恩に報いようとした。
  彼女は必死に頑張った。どんなことにもめげず、頑張った。
  するとそれに褒美を与えるかのように彼女の持ち前の能力も開花した。
  『狂気を操る程度の能力』。無論最初、鈴仙も『狂気』に飲まれかけた。
  だがそれを押し留め、助けたのもまた永琳だった。
  能力の開放もあり、メキメキ従者としての強さを得ていった彼女は何時しかてゐと並ぶ
  永遠亭のイナバ部隊のトップになっていた。

  今ではマッドサイエンティストという嫌な称号を持っている永琳で、
  鈴仙はそのパシリという考えを持たれているが、鈴仙には分かっていた。
  永琳は、本当は心の優しい人だということが。確かに度が過ぎている部分はあるが……。
  鈴仙の永琳に対する尊敬の念は決してゆるぎない。
  鈴仙は当初恩を報いることを一番に考えていたが、何時しか永琳のような存在になりたいと思うようになった。
  永琳は自分のことをどう思っているのかはわからないが……自分を信頼してくれていることは理解していた。
  だから……その信頼が鈴仙には嬉しかった。
 
  間違いなく彼女の居場所はここにあった。永琳のもとで修行し、てゐに弄られることも
  輝夜の突拍子も無い命令に付き合わされることも、苦ではなかった。
  彼女にとってはこの永遠亭が自分の家で、そこに住んでいる者全てが家族だった。

  だから、今度こそ彼女は守ろう、と心に決めていた。
  決して今度は逃げない、例えこの身を犠牲にしても、絶対に守ろうと決めていた。
  それが自分が逃げた『罪』に対する唯一の罪滅ぼしだと確信したからだ。




  そんな鈴仙にとって今の状況はまさにかつての再現だった。
  勿論昔と違い今は紅魔館に助けを求めるための『逃げ』であって、真実の『逃げ』ではない。戦略上撤退というものだ。
  だが鈴仙はこの時そうは思わなかった。永琳は今命をかけて戦っているとてゐは言う。
  だというのに自分は爆風で気絶して、それだけの傷で逃げているのだという。
  それが許せなかった。無論、自分がだ。

「……てゐ」

  後々考えればこの決断は決して正しくないのかもしれない。だが鈴仙はこの時『覚悟』を決めていた。

「放して」
「え?」

  言うなり自分を抱えていたてゐの手を振りほどく。てゐを前に突き飛ばし、自分は来た道を戻ろうと背を向けた。

「ちょ!! 何を考えてんのよ!」

  突然の行動にてゐは驚く。

「師匠が負けることは考えられないけど…もし追いかけられたとして、私を抱えて逃げるのは分が悪い」
「あんたねぇ! それどういうことか分かってるの!?」
「十分すぎるほど理解しているわ。だからこうするの。てゐ、あなただけが行って。
 そのほうが成功率が上がる」
「馬鹿言わないで! それなら私も「だめよ!!」っ!?」

  背を向けている鈴仙からは今までに無い迫力が醸し出されていた。
  それに怒鳴ったてゐはひるむ。

「私の心は一度死んだの。かつて、月から逃げたときに。でも私は師匠に助けられたことで、生き返った。
 確かに今は戦略上撤退なのかもしれない。立ち止まったら師匠の命令に背く事になるかもしれない。
 でも、それでも今この作戦は私にとっては逃げと同じなの。
 もしここで逃げたら……私の心はまた死ぬ。私はまた何処にもいけなくなる。
 それは嫌だ。永遠亭のみんなは私の家族なんだから」

  怒声から反転、悲痛な叫びがてゐを驚かせる。
  てゐは自分の親友的存在の鈴仙がそこまで思いつめているとは思わなかった。

「もう逃げたくない。今度は私が守るんだ。だから、あなたは先に行って。ここは私が抑える」
「鈴仙……」
「お願い。お礼はどんなことでもする。だから……お願い」
「……分かった、ただし! 死なないでよ!」
「……うん、分かった」

  てゐは後ろ髪ひかれる思いだったが、ここを鈴仙に任せ全力で走り出した。

  てゐが自分の気配探知から外れたのを確認した鈴仙は大きく深呼吸をする。

「師匠が負けるとは思えない。それでも……来るならば、来なさい! これ以上は、絶対に通さない!」
 
  誰も居ない、でもこれから来るであろう美鈴に対して告げる。
  その心には今までに無い位強い決断から生まれる『覚悟』があった。


  




  数分後、やはりというか、できれば起きてほしくない事態が当たってしまった。
  今2人は竹林の上空におり、鈴仙の前には美鈴が立っている。
  服には至る所に破れた後があったが、大きな負傷箇所は無い。
  
「……師匠たちを、やったの?」

  戟を背中にしょい、あられもない方向を見ている美鈴に鈴仙は問う。

「時間がかかったけどね。室内というのが逆に効をそうしました。
 ああいう手合いでは、多人数で一気に襲うよりも少人数で、多少のリスクを犯してでも1人ずつ襲うのが良いんです」

  肯定だった。とはいえ、そうでなければここにいるはずがない。

「ですが…流石は永琳さんのお弟子さんですね、こういう時の対処法は分かってらっしゃる」
「…気安く師匠の名前を出すな。お前はここで止める」
「……出来ますかね? その傷で」

  今度は戟を使わない様だ。それが逆に鈴仙を刺激する。
  使う必要が無いのか、それくらい鈴仙は美鈴にとって脅威ではないのか……。
  だがすぐに鈴仙は気持ちを落ち着かせる。策に乗ってはいけない。
  今の自分の任務は時間稼ぎだ。増援が来るまでに何としてでも止めなければならない。

  が、やはりかなり無理があった。先ほどの爆発での怪我は思いのほか大きい。
  厳しいというのが実情だった。何分もつか分からない。
  だがその眼には明確な意思があった。『死なない』と『絶対に止めて見せる』…と。
  それを読み取った美鈴は静かに頷く。

「良いでしょう、少なくともあなたにはここで脱落してもらわなければならない。
 あなたの能力は私にとって危険すぎる」
「そう……ならそのあなたが怖がる能力、存分に味わうと良いわ!」

  こうして、圧倒的不利な状況の中両者はぶつかった。



  ◆  ◆



  それから少し前、紅魔館でも既に動きがあった。

「!!」

  ガタン、と妹紅が突然立ち上がったのだ。

「どうしたの? 突然」

  驚いた霊夢が声をかけるが、聞こえていないのか、まるで何かを確かめるように妹紅は空を眺める。
  そして何かを確信したのか部屋を出ようと扉に手をかける。

「ちょっと! 何処に行くの!?」

  それを咲夜がとめる。

「慧音が危ない!」

  妹紅はそう言うと、扉を開けた。

「どうしてそう思うの?」

  冷静な霊夢が聞くと

「私は伊達に長生きしてない。だから慧音の生命の『気』が分かるんだ。勿論本家本元の美鈴には敵わないけどな。
 そんな慧音の生命の『気』が弱まってる。何かあったんだ、彼女の身が危ない」

  そういうと、静止も効かずに部屋から飛び出て行った。
  
「……慧音に何かあったってことは、美鈴が脱走したのかしら?」
「それはありえないはずだ。紫様の結界が破れるはずがない」
「でもそれだと現状を説明できないでしょう?」
 
  霊夢の質問に藍はすぐさま反論するが、咲夜がさらに反証する。

「とにかく……嫌な予感がするわ。私たちも出向いたほうが良いかもしれない」
「そうね…ここは魔理沙とお嬢様に任せましょう」
「ああ。妖夢…妖夢? 大丈夫か?」

  藍が咲夜の提案に頷き、妖夢に向くと……彼女は固まっていた。

「あ…はい。大丈夫です」
「なら急ぐわよ!」

  声をかけられ、慌てて正気に戻った妖夢はすぐに用意する。何か考えていたのだろうか?
  咲夜たちはそこに居た平メイドに状況を伝えると妹紅の後を追うため館を出る。だが既に妹紅の姿は無い。
  何しろ今の彼女は友人である慧音の身を案じるあまり、幻想郷最速の文びっくりの速度で飛んでいたのだから。




  永遠亭まで半分の距離を超えた所で、見知った顔に出会った。
  てゐだった。全身汗だくで、息も絶え絶えに彼女たちのところに向かってきたのだ。
  状況を聞いた咲夜たちは戦慄する。幻想郷内でも最強の紫の結界が破壊され、
  現在は永琳たちが戦っている(この時てゐは気が動転しているあまり、既に永琳たちがやられたことに気付いていない)
  ことに。妹紅の発言を聞いたてゐは更にうろたえた。鈴仙が危ない目にあっていることが眼に見えたのだろう。
  うろたえている彼女を咲夜がたしなめている中、霊夢は藍に聞く。

「まさか……紫がやられるなんて。藍」
「ああ…いや、大丈夫だ、紫様はまだ生きておられる。私との契約が続いているからな」

  おそらく、生きてはいるが動けない状態なのだろう。藍が言うのだから間違いない。
  そして、てゐは妹紅にもかなり前にあったことを伝えていた。

「拙いな……これだと鈴仙が危ない」

  藍はそういうなり一足先にとんだ。

「幽々子様……」

  既に死んでいるためそれ以上は行かないことは分かっているが、それでも心配だった。
  妖夢もまた、慌てて藍の後を追いかけていった。

「霊夢、私は……」
「てゐ、あなたはすぐに紅魔館に行って。後は私たちで何とかする」
「……分かった。お師匠様たちをお願い」
「OK」

  てゐは休むことなくすぐに紅魔館へ向かい、霊夢たちは永遠亭に向けて歩を速めた。



  ◆  ◆



  既に結果は決まっていたこの勝負、鈴仙は体中ボロボロで意識を保っているのもやっとというところだった。
  肉弾戦で勝てるはずは無いのだ。だというのに、その口は不敵にも笑っている。
  対する勝っているはずの美鈴はあせっていた。明らかに逆の立場のはずなのに、2人はそんな表情をしていた。

  なぜなら既に鈴仙の目論見は達せられていたのだ。
  今の彼女にしてみれば十分すぎるほどに時間稼ぎをしていた。
  この状態でもし美鈴が勝ち、全力で飛んだとしても、てゐには追いつけない。
  既に美鈴でも追いつけない場所までに到達していたのだ。

  だがそれでも鈴仙は戦いを止めなかった。完全に意識が断ち切れるまでは戦うことを止めなかった。

「…………」

  そんな戦い方…まさに背水の陣を敷いている彼女に美鈴は尊敬の念を感じた。
  そこまでして、圧倒的な戦力差で戦う目の前のウサギを素直に尊敬した。
  が、今はそれで歩みをとめるわけには行かなかった。

「また戦う気らしいけど……どうするの? そんな身体で」

  そう、元々負傷していた部分もあるが、それ以上に負傷箇所は増えていた。
  無事な場所など何処にもなく、血もかなりの量が流れている。
  この状態で意識があり、飛んで戦うことさえ明らかに異常だった。

「ハアッ、ハアッ……まだ、終わってない。まだ私は意識をなくしていない」

  何よりもこの眼だった。戦いを止める気が無いこの眼。この眼が美鈴を更に奮い立たせた。
  『覚悟』を決めた目……そう、自身と同じ『覚悟』を決めた眼だった。

「そう…でもこれでおしまいよ」

  スペルカードを一枚取り出す。ここでスペルカードを使うのは後々のことを考えたら大変なリスクなのだが、
  『覚悟』を決めた人間に対するせめてもの礼儀だと思った。

「華符」

  そう言いながら、一気に間をつめる。既に鈴仙には対抗する術が無い。
  スペルカードも使い切っていた。だがモロに受けても、決して意識は刈り取られないようにしよう、と 
  決心していた。

「『破山砲』」

  ドゴン、と突き上げがモロに腹に入り、彼女は空高く吹き飛んだ。
  口から血が吐き出され、危険域を超える。手ごたえも抜群、明らかに勝負があった。
  が、鈴仙は意識を断ち切らなかった。この勝負、精神の戦いでは鈴仙に軍配が上がった。

  このまま地面に叩きつけられるのだろう……と鈴仙は思ったが、
  そんな彼女を突如誰かが抱えた。

「遅くなったわね」
「えっ……?」

  予想外の人物の登場に鈴仙ばかりか美鈴ばかりも驚いた。

「かぐ……や……様?」

  そう、決して自分に関係の無い戦いには無闇に首を突っ込むはずが無い輝夜がそこに居た。
  血だらけの鈴仙をお姫様抱っこで抱え、自分の服が血で汚れることも意に介さなかった。
  
「あまりの音に起きたら永遠亭がボロボロ、永琳も、幽霊も他のお客も全員ノビてるんだもの。
 流石にあせったわ。そこらに居る平のイナバたちに聞いて状況を把握、それで今来たわけ」

  状況がつかめていない2人に説明する。

「間に合って……間に合ったのかしらね? これは」
「あ…ああ……」
「ご苦労様イナバ、あなたはよくやった、本当に。あなたはあなたの誇りを守ったわ」
「あ……輝夜………様」
「もう眠っても良いわ。後は私が行うから」

  暫くポケーッと眺めたところで、ようやく自分は守れたんだ、と気付いた鈴仙は
  張り詰めた緊張が解けたのか、ガクッと気絶した。

「全く……柄にも無いことをするんだから」

  そんな彼女を優しい顔で、それこそ母親のように撫でる輝夜。

「…………」

  対する美鈴は未だに動けないで居た。明らかに彼女の策にはなかった存在が居るため、頭を整理していた。

「……さて、イナバが世話になったわね」

  優しい顔からいっぺん、この世の敵を見つめるような表情で美鈴をにらみつける。

「……どうしてあなたが? 私の策では、あなたは出てこないはず」
「そうね……私は外のことに関してはあまり積極的に接触しようとはしないわ……。外はね。
 でも、気付かなかったの? あなたは既に、私にとっての中のことに関しても傷つけた」
「……?」
「永琳を傷つけた、鈴仙を傷つけた。私の家族とも言える永遠亭を傷つけた。
 その時点であなたは私の介入する口実を与えていたのよ」
「……クソッ」

  流石にそこまで考えては居なかったのか、悪態をつく。
  無理も無い、何しろ輝夜のことは数少ない情報をもとに推測して策を立てたに過ぎないのだから。

「でも、どうする気ですか? 手負いの子を抱えて戦う気ですか?」
「そうね……」

  すると何処から現れたのか、彼女の後ろに平のイナバが一人たっていた。
  そんな彼女に鈴仙を渡す。イナバは走って紅魔館めがけて飛んでいった。
  美鈴は追おうとするが、輝夜に阻まれる。

「さて……これでお互いフリーよ。さあ、殺しあいましょう」
「…………」

  輝夜を倒さずしてこの先進めないと分かったのか、戟を手に取り、構える美鈴。
  そんな彼女を不敵に笑うと、輝夜は襲い掛かった。



  こうしているうちにも月は無常にも昇る。



  運がいいのか悪いのか、その日の月は、紅い紅い満月だった。




                                続く
どうも、ACT3のあとに3FREEZEと書きそうになった長靴はいた黒猫です。
すみません、自分もあの作品のファンなので。

今回は昔話の真実~脱走までをかきました。
一応最後の伏線は次回で明かしますので。
なお話の中に鈴仙の昔話も入れました。
最初入れるかどうか悩んだんですが、てゐを先に行かせ、
自身が残る、という話の流れ上組みました。この長さはそれも原因の一つです。

今回のテーマは題名にかかれてあるとおり『覚悟』。
『覚悟』ある行動は決して『後悔』を生まない、私はそう思います。
なぜなら『覚悟』とは、その後のことも考えて決心することなのだから。
『後悔』を生むということは『覚悟』がなく、心に隙があるから……だと思います。
この『覚悟』は『罪』に直結するためACT1のあとがきではかきませんでしたが、
ある意味これが物凄く大きなもの、これから先の話でも根っこの部分になると私は考えています。

すみません、えらそうに言ってしまいました。
こういった考えはジ○ジョを読んでからよくもつようになりました。主に人間の精神について。
そのせいかかなりあの作品の影響を受け、参考にしてはいますが、
あくまでもこの作品は自分なりに考えて書いてますのでご了承ください。

長いあとがきで失礼しました。
それでは、次で終了しますので、もう少しお付き合いしてくださいませ。

07年4月15日修正
長靴はいた黒猫
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コメント



0.1520簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいですっ!
6.100名前が無い程度の能力削除
ありがちなコメントですいませんが最高っす
7.100草な木削除
全部話が終わってから入れようと思ってたんですが
我慢できませんでした。
あ ん た は 最 高 だ !
14.100一君削除
最高です。
美鈴もですが、鈴仙の『覚悟』がすごくかっこいいです。
あのニート姫まで動かせるとは、美鈴おそるべし。

なんか、このシリーズの話、全部が良すぎて、言葉が出ないですです。
17.100時空や空間を翔る程度の能力削除
それぞれの「覚悟」を・・・・
それぞれの「運命」を・・・・・
彼女たちの「総て」を・・・・・・
・・・・・「未来」を・・・・・・・
見届けさせて頂きます・・・・・・・・
20.100名前が無い程度の能力削除
はじめに間違ってると思ったところを2、3。
>続いて永琳、幽々子と答える。→ここは慧音、幽々子ですよね
>1VS4の戦いが始まった。→紫が倒れてるので1VS3のはず
>室内というのが逆に効をそうしました。→功を奏し

鈴仙といい輝夜といいかっけぇ!と思いました。
あと姉妹の会話に愛を感じました。

美鈴暴走編もいよいよ佳境とのことで、非常に楽しみにしております!