Coolier - 新生・東方創想話

永遠の繭 ~居なくなった兎の話

2007/04/01 05:11:06
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                 Imperishable Cocoon ― We missed nothing but a rabbit.


 話の最初にほんの少しだけ、俺の経歴について聞いてもらう必要がある。
 みんな俺みたいなちんけな妖怪の生い立ちや、これまでどんな顛末で落ちぶれてきたかなんていう退屈などこにでもある昔話を、長々と拝聴したくないのはわかっている。
 だって、そんなの聞いてもつまらないしな。
 だからその部分は簡潔に済ませて、手早く状況を理解してもらって、早く本題に入りたいと思う。

 まず、俺は幻想郷のほぼ中央に位置する竹林の中の、永遠亭という屋敷で飼われている妖怪兎の一羽で、妖怪として覚醒して数十年たつ。生まれてから最初の数年間は、普通の兎として人間に飼われていたが、妖怪としては新米で、若造もいいところだ。
 もしあんたが永遠亭に侵入しようっていう勇気と無謀を兼ね備えているいっぱしの弾幕使いなら、あんたがやってきた折には俺も防衛隊の一員として、あんたに妖力を固めた饅頭をぶつけにいくことになるだろう。いや、なっていたと言ったほうが正確だ。最も、俺の弾はそれほど避けにくいものじゃないけど。
 とにかく俺は何の変哲も無い妖怪兎であり、文面に書くことのできる俺の個性の中で唯一珍しいこと、他のごまんといる兎達と違っていることと言えば、それは俺が雄の兎であるということだけだ。
 なぜだかはわからないが、幻想郷の妖怪兎のメッカである永遠亭で飼われている妖怪兎は、圧倒的に雌のほうが多い。というよりは、もともと妖怪になる兎は雌が多く、雄の三倍ぐらいの割合になっている。なぜそうなるのかと理由を聞かれても、やっぱり俺にはわからないが、多分、女性は情念が深いから妖怪になりやすいのではないだろうか。幽霊もそうであり、女性のほうが化けて出やすいと言うし。まあ、大した問題ではないので、そんな程度の理由だと思ってくれればいい。

 俺が永遠亭に迎えられたときには、この屋敷の情勢は少々複雑だった。それはトップに座っている者に原因があった。といってもお館様、うるわしの月姫様であらせられる、なよ竹の輝夜姫様に問題があるわけじゃない。姫様の性格については、新参の俺はあまり深く知らないが、永遠亭の当主という立場であるのにお祭り好きで、気さくで親しみやすい方だという。典型的な和風美人で、流れるような長い黒髪がとても美しい。とんでもない威力の月の神宝をたくさん持っているし、能力でも人格でも十分忠誠に値する人と言えるだろう。
 じゃあ、ナンバーツーである永琳様なのか、と言えばそうでもなく、彼女は自分にとっても恩人であり、姫様とともにずっと昔から永遠亭を治めてきた人物だし、誰も彼女のことを不満に思っていたりなんかしない。
 力も知恵も備えているし、皆の信望も厚い。俺が生まれる前の永遠亭の拡張工事も、彼女の力無しではできなかったという。食って寝て、後はその他のことをしているだけの、その日暮しかしてこなかった兎達に農耕を教え(おそらくそれはこの世でもっとも困難な事業のうちの一つだ)、館の裏地に人参の畑を整備したのも彼女の仕事だ。だから、元々人間であるとはいえ、彼女らが俺たち妖怪に命令するのは当たり前のこととして受けいられてきた。基本的に妖怪の世界は実力第一主義だから、力のあるやつについていくのが普通だ。

 だが、数年前に月からやってきたという鈴仙に対してだけは、皆少々その立場に納得できないものがあった。
 聞けば、彼女は月の国から亡命してきた兎だという。つまりは祖国を見捨てて自分だけの安全を求めた逃亡者だ。声を出して卑怯者だなどと、ののしったりはしないが、道義にもとると思っている仲間はたくさんいた。そんな悪評のある人物が、今まで全兎の憧憬の対象であったてゐ様の上に立ち、幻想郷の妖怪兎のトップに君臨するというのだ。
 当然、古株の妖怪兎たちは面白くない。どこの馬の骨ともわからない兎に、命令されるのは我慢がならない。それにもともと彼女さえ永遠亭にやって来なければ、永夜のときに騒ぎ立てる必要だってなかったのだ。
 ところが、てゐ様はこの月兎のことを自分の家族として愛でられている上に、いたずらに彼女のことを立てようとする。鈴仙の命令を皆が聞いているふりだけをして、その実ボイコットしていると、てゐ様がまた同じことを代わりに命令するという有様だ。鈴仙がてゐ様より強ければ、皆も鈴仙のことを認めるだろうからということで、一時はてゐ様自身が鈴仙と勝負しようとしたぐらいだ。さすがに長老たちも、てゐ様のお体を心配してそれだけはやめて欲しいと懇願した。
 結局そんなこともあったので、皆もてゐ様の言うことなら、ということで渋々鈴仙を認めるようになって、この問題は落ち着いた。永夜の変のときにも、鈴仙の命令を聞いて、皆で侵入者と戦った。藤原妹紅の襲撃の折、鈴仙の指示の元に竹林の鎮火作業を行なったりもした。収穫祭の時には彼女もみんなに混じって土いじりをし、あの小奇麗なブレザーを汚していた。彼女の考えた兎鍋反対運動には、俺もプラカードを持って参加した。最も、これはあまり周りに受けがよくなかったが。そんな風にしているうちに、みんな鈴仙の指示を受けることに慣れていき、彼女への反感も収まっていった。彼女の統率者としての能力も、そう悪いものではなかったから。
 それでもイナバ達は、地上の兎としての自分たちの矜持を守りたいという思惑と、子供じみた反抗心から、鈴仙の悪口を言うことがしばしばあった。また、上の人たちがいない場所での会話では、鈴仙に対して敬称を用いず呼び捨てにしていた。俺が今まで鈴仙にだけ敬称をつけてこなかったのも、古株達にそうしろと命令されて、普段そうしているうちに癖になってしまっているからだ。

 また俺自身のことを話させて欲しいのだが、個人的に彼女のことをどう思っていたかと言うと、皆には秘密にしていたが、実際彼女には早いうちからかなり憧れていた。といっても、異性としてどうしたいとかいう対象ではなく、なんとなく姉というものがいたら、あんな風なんだろうな、と思っていたぐらいだ。
 前にこんなことがあった。永琳様は、自分たちが使用している図書室を普通の因幡兎達にも開放していたのだが、妖怪兎なんてのは皆だいたいは読書なんてまどろっこしいことは嫌いだし、若い兎は文盲の者も多いし、長老連中は自分の書斎を持っているということで、誰も近づこうとしなかった。
 ただ、俺は飼われていた家が学者さんの家だったので、前々から書籍というものに興味があった。それで仲間の目を盗んでは、仕事の合間にこっそりその図書室に入り、本棚から適当な本を取り出して読んでいた。
 イナバのなかで、その図書室を使っているのはてゐ様を除けば俺だけだった。立派な図書室で、ひのきの長机に席が十六席あり、蔵書は十万冊ほどあった。窓の少ない永遠亭にしては珍しく高価なガラス窓がふんだんに使われ、採光が豊富で南側に面しているため、いつも暖かかった記憶がある。他では読めない月の書物の翻訳物があり、これは大変に価値のある知識の泉だった。
 あるとき俺がいつものように図書室の席に座って本を読んでいると、鈴仙が入ってきた。まだ彼女が月からやってきて、間もないころだ。彼女は意外そうに俺の顔を見た後、同じように書架から本を選び、俺の斜め前の席に座ってその本を読み始めた。
 そのとき俺はまだ子供だったから、身長も彼女の腰ぐらいまでしかなかった。古株達の噂から、鈴仙は元軍人であり、かなり厳格で恐ろしい妖怪だと聞いていたので、俺は特に悪さをしたわけでもないのに、いつか怒られるんじゃないかとびくびくしていた。
 それでも、皆が恐れる年上の女性に興味があったし(しかもきれいなお姉さんだ)、怖いもの見たさで本で目線を隠しながら、彼女のことをちらちらと盗み見していた。三回ぐらいちら見した時点で彼女に気づかれた。
 鈴仙は読んでいた本をぱたんと閉じると、無表情のまま俺のところまで静かに歩いてきて、立ち止まった。

 殺される。
 きっと、知らないうちに何か彼女の気に入らないことをしてしまったんだ。

 俺はあのとき何の根拠もないのに、本気でそう思った。すぐ目の前にある、彼女のどこまでも紅い両眼から視線を離すことができなかった。体中が総毛だち、手足が今にも痙攣しだしそうで、氷精ににらまれた蛙のようにぴくりとも身動きできなくなった。
 鈴仙が片手を上げた。ついにその時が来たのだ。俺は両目をつぶった。
 その次の瞬間、鈴仙がしたことは、にっこり笑って何も言わずに、ただ俺のちっこい頭をなでてくれただけだった。
 そしてブレザーのポッケから小さな飴玉を一個取り出して、俺の手のひらの上に置いた。その後は、また黙って静かに自分の席に戻って、読書を続けだした。包みを開けてみると、その飴玉は彼女の瞳のように、透き通った赤色で、口に入れるととても甘くて、清清しいくだものの味がした。今まで食べたことのない味だった。

 その時以来、ひそかに俺は彼女のファンになった。

 鈴仙は運動好きな兎だったが、定期的に図書室にやってきては読書の時間を持つことを習慣としていた。彼女は本を読んでいるときはとても姿勢がよく、物静かで、俺はその凛としたたたずまいに毎回見とれていた。
 ある時いつものように俺は図書室で借りた本を返しに行くと、入り口のところで鈴仙とばったり会った。
 おれはあわてて、腕に抱えていた本やノートを床に落としてしまった。あわててしまったのは、古株達に鈴仙に話しかけられても、人語が理解できないふりをして無視しろ、なんて言われていたせいもあり、自分のことではないにしろ、後ろめたく思っていたからだ。
 鈴仙は俺の落とした本を丁寧に拾ってくれた。そしてこう言った。

 「本が好きなのね」

 それが鈴仙と始めて交わした言葉だった。
 しわしわの耳がぴこぴことゆれていた。不思議な形だった。
 形がよくない、年配の兎は言っていたが、とんでもない話だ。あんな素晴らしい形のものを、おれは今まで見たことが無い。
 それから、鈴仙と日常会話をすることが何度かあり、俺と鈴仙にどういう繋がりがあるか知らない同年代の兎たちからは奇妙な目で見られた。遠めで観察していると、彼女はてゐ様以外の兎とは、雑談をしたり友達同士の会話をしたりしないようだ。兎のリーダーという立場もあるが、月から来た兎ということで、やはり周りにどうしてもなじめない部分があるのだろう。そうしているときの彼女はさびしそうに見えた。
 しばらくして俺は、鈴仙を通して永琳様に紹介された。読書好きの珍しい兎がいる、いろいろ教えてあげればものになるのではないか。そう鈴仙が口ぞえしてくれたらしく、今学習しているところで分からないことがあったら永琳様が直々に教えてくれるというのだ。
 これは大変名誉なことだ。俺はわくわくを抑え切れなくて、誰も見ていないことを確認した後、すすき野原で喜びを表現する跳躍の儀式を数十回催したぐらいだ。
 永琳様が万能の天才だと言うことは、既に永遠亭の全ての妖怪が知るところとなっていたが、実際に物を習ってみると、その多才ぶりは、博覧強記という言葉が裸足で逃げ出すほどだった。
 幻想郷中の人間の学者を集めて、やっと彼女一人の知識量に匹敵するぐらいだろう。これはお世辞でもなんでもない。真実だ。
 俺は彼女の指導を受けながら、初歩の算数や書き取りから進んで、妖術や薬学、数学、物理学、魔法力学、農学、軍学や情報戦や政治学などを学んだ。そして彼女がどれだけ多くのことを、この屋敷のために成してきたかを知った。
 もちろん、べったり付きっ切りで教わるなんて勿体ないことをしてもらっていたわけではない。俺が独学で勉強していたところで、どうしてもつっかえて先に進めないものがあったら、彼女の暇を見つけては質問しに行っていた。
 永琳様は人に物を教えるのが好きなタイプの人間だったらしい。好きこそ物の上手なれ、と言うわけで、実際彼女の教え方はわかりやすかったと思う。曖昧な称え方になってしまうのは、兎に物を教えてくれるような知識人は彼女ぐらいしかいないので、比較の対象がいないためだ。
 一文で言えば、彼女は俺にとって魚の釣り方を教えてくれるタイプの人間だった。まさに恩人だ。
 そんな風にして、永夜の変までは充実した黄昏のような落ち着いた時間が流れた。

 ある日を境に、といっても永夜の変が終わり、花の異変を過ぎてしばらく、去年に入ってからぐらいのことだが、鈴仙の俺に対する態度が急に冷たくなった。
 それはちょうど俺の身長が彼女に並んだぐらいの時からのことだった。
 面と向かってあんたのここが気に入らない、などと鈴仙は言わなかったが、彼女が俺を嫌う理由はなんとなく想像が付いていた。
 そのころ俺は、永琳様に教えてもらって簡単な薬の調剤を手伝うようになっていた。器材を用いて、素材をすり潰したり、薬品を混ぜ合わせて素体を精製する程度の単純な仕事だったが、これは今まで鈴仙の仕事だった。
 永琳様としては、鈴仙にはもっと高度なステップに進んでもらおうと考えて、単純作業は俺にまかせて鈴仙の負担を軽減しようという心づもりだったのだろう。鈴仙の前にも、永琳様は薬作りの弟子を抱えていたので、俺は当初、弟子にしてもらえる可能性がでてきたということで、大変に嬉しく思った。崇拝している永琳様に一歩近づけると思った。ところが、鈴仙にとっては、自分の仕事をぽっと出の野良兎に取られたように感じるわけで、内心穏やかではなかった。
 また、永琳様が俺に指示したり指導している時間がなければ、彼女はもっと師匠と時間を共有できるのだ。俺以上に永琳様を敬愛している鈴仙が、俺のことをうとましく思うのは時間の問題だった。投げかけられる言葉の節々が事務的になり、温かみがなくなった。
 姉のように慕っていた女性に、冷たくあたられるのは少々つらいものがあった。それで俺は年の初めに、永琳様に薬作りの助手を辞退したいと申し出ることにした。
 自分には薬学は向かないので、他の分野で永遠亭に貢献したいと伝えた。永琳様は失望を隠しきれない様子だったが、俺の決意が固いと知ると、快く受け入れてくれた。他の分野の学問でも、自分に助言できそうなことがあったら、遠慮なくいつでも聞きに来てほしいとまで言ってくれた。

 それ以来俺は図書室を利用するときも、鈴仙とブッキングしないように心がけた。鈴仙がその場に居合わせたら気まずくなるだろうと思って、永琳様に学問のことで質問しに行くこともやめてしまった。
 鈴仙とは上司と部下という関係で、廊下で会えば挨拶を交わす程度で、だんだんと疎遠になっていった。
 もともと彼女は永遠亭の兎の最高指揮官でもあるのだし、兎のリーダーとして名実共に受け入れられるようになってきてからは、俺のような若造の平の兎は口を聞くこともはばかられるような存在になってきていた。永琳様の弟子候補という立場を失うことは非常につらかったが、元の状態に戻っただけなんだから、気にすることではない。学問なんて、やる気さえあればどこでだってできるじゃないか。俺はそう自分に言い聞かせることにした。
 そうして、今に至るというわけだ。

 さて、簡潔に話すといっておきながら、ずいぶん長々としゃべってしまった気がする。
 まあ、登場人物の舞台背景を知ってもらう必要があったし、俺のことばかり喋っていたわけではないと思うので、ご容赦願いたい。無駄な時間を取らせやがって、とお怒りの方もいらっしゃるかもしれないが、どうか、また嘘吐き兎に騙された、とでも思ってあきらめてほしい。妖怪兎はみんな嘘好きなんだから。
 そしてもしいま少しのご容赦をいただけるのであれば、どうか俺の話を続けて聞いていただきたいと思う。


 *


 それで此処からが本当の本題。
 ある日のこと、俺はてゐ様に直々に呼び出された。そのころ、俺は永遠亭で諜報活動を主に行うポジションにいたが、てゐ様が直接俺に指令を出すことは今まで無かった。
 最近では鈴仙のファンも増えてきたが、やはりてゐ様の根強い支持層にはかなわない。千年以上生きてらっしゃる大妖である上に、あの愛らしいお姿だ。若い妖怪兎の中では、てゐ様への人気はもはや偶像崇拝の域に達しているといっても過言ではない。内外を問わず、兎の聖母として、てゐ様は幻想郷中の妖怪兎に広くあがめられていた。
 ともかくも、俺は忠誠の対象であるてゐ様に直に呼び出されるという光栄をいただいて、舞い上がっていた。
 そして、憧れのてゐ様に失望されないように、できる限りクールに振舞おうとしていた。結局そういう態度は、世慣れした人達から見れば、余計こっけいに見えてしまうだけなのだが、そのときははやる気持ちを抑えられなかった。

「久しぶりね」

 永遠亭の一室。愛用の切り株に座った愛くるしいてゐ様のお姿がそこにあった。姫様はイナバ一匹一匹のことをいちいち覚えていたりしないが、てゐ様は全ての新しく生まれたイナバのことをちゃんと覚えているという。

「あんた、また背がのびたんじゃないの? 主より高くなるなんて、なまいき」

 そう言っててゐ様は俺にでこぴんをくれた。

「たかだか数十年しか生きてないのに、どうしてこんなでかくなるのかしら? 男の子ってずるいわよね」

 涙が出そうになったのは痛みのためじゃない。光栄のあまりだ。顔がほころびそうになったが、気合を入れて引き締めた。にやついていたら、あきれられてしまう。

「呼び出したのは他でもないわ。実は、個人的なお願いがあるの」

 もし俺のしっぽが犬みたいに長かったら、喜びのあまりそれをちぎれるほどさかんにぶん回していたことだろう。
 てゐ様が俺に頼みたかった個人的な依頼とは、永夜結界の再調査だった。永夜の変の時にはられた結界の効果をご存知の方もいるかもしれないが、それは偽の満月を作り出して幻想郷を月世界から隔離する、という類のものだった。永琳様の万物を超越した絶大なお力あっての秘術だ。

「なぜだかはわからないけど、永夜のときの結界の構造図は永琳さまが全て処分してしまったらしいの。だから資料は一切残っていない。それでも、現場に行けば何らかの手がかりが見つかるかもしれない」

 なぜ自分に? 直接てゐ様の指令を受けたことが無いので、それは当然の疑問といえるだろう。

「結界術に詳しい者。月の言語を読み解きできる者。諜報活動に加わったことのある者。全ての条件にあてはまるのが、あなたしかいなかったからよ」

 そこまで自分のことを認識してくれていたとは意外だったが、てゐ様が言うには、永琳様の直接指導を受けた兎なんて前足の指で数えられるぐらいしかいないらしい。

「それから言い忘れたけど。この調査は、あなただけで行って。ほかの誰にも話さないで。特に、鈴仙や永琳様には絶対に気取られないようにしてほしいの」

 不可思議な依頼だった。なぜいまさらになって、永夜の時の結界(俗に永夜結界と呼ばれている。まぎらわしい呼称だがこの際、しょうがないのでこれを使うことにする)の性質調査などをしなければならないのか。俺にはさっぱりわからなかった。
 そういえば最近妖怪仲間で結界シンポジウムというやつが開かれているらしいが、てゐ様はそれに出展するおつもりなのかもしれない。それにしても、鈴仙にも永琳様にも秘密にしておけとは、一体どういうことだろうか。
 調査に関してはてゐ様から、ある程度自由裁量の権利を与えられていた。何かわかったら報告しろ、といった程度の命令しか受けていない。つきない疑問はあったが、ともかくも俺は命令どおり永夜結界を探るために、結界の張られていた幻想郷の東のはずれに赴くことにした。

 調査は難行した。結界の芯として使用した神木は、全て永琳様の命令によって念入りに処分され、焼却されていたからだ。おまけに一人でやっているのだから、はかどらない。

 永夜の時に作られた、偽の満月を作り出す結界は、八卦を利用した高度な結界術だという。八卦とは万物の理を抽象的に表現した図式のことだ。易学とかの占いや、風水なんかで用いられるものと同一だ。
 この結界術では、八卦をかたちどった八芒星の多重結界を作り、術式の回路を作る。
 それぞれの結界には各方位に意味のある重み付けがなされており、その偏りによって性質が異なってくる。結局のところ八卦結界は符術による集積回路兼増幅装置と言ってもいい。
 結界の大まかな効果は結界の柱、結界芯に使った神木に刻まれた術式によって決まる。空中に投影される八芒星に映し出される術式は、神木に刻まれた術式と符合する。俺はこういった結界術の知識を、全て永琳様に教わった。
 で、通常この種の結界を破る術を試みるときは、結界の肝となる巽の方角、つまり中心から見て東南の方向からアタックを試みる。永夜の折にも、博麗霊夢と八雲紫のコンビ、いわゆる結界組が、一度だけ永夜結界への内側からの直接攻撃を試みた。そのときに、かなりの負荷をかけたはずだ。
 結界芯そのものは焼かれてしまったが、負荷がかかった時に、幾分か飛び散った木片が処分されずに残っているかもしれない。急激な力は、通常結界の震の方角、つまり東へと流れる。つまりは破損しているとすれば、東の結界芯の周りを探せばよいということになる。
 俺は結界の東の芯が埋まっていた場所の周辺を重点的に探索した。そこは樫の木が主に茂る広葉樹林帯になっていて、探索は困難を極めた。神木にはいわれのある霊力が漂っている。破片にもそれは多少残っているのでそれを頼りに探すのだが、なにぶん永夜の変から半年以上の時間がたっている。強力な結界芯と言えど、霊力が弱まっているかもしれない。夕暮れ時まで森の中をくまなく探したが、何も見つからなかった。日が落ちて赤みが差した空に、カラスの鳴き声が聞こえてくる。その間抜けな響きは、あきらめてとっとと家に帰れって言っているみたいだ。キャンプまで戻って、明日また仕切りなおすことにした。

 次の日も朝早くから探索を続けた。すると、森の中に木こりの小屋を見つけた。中を覗いてみると、ちょうど木こりが朝食をとっている途中だった。
 渡りに船とはこのことだ。俺は人に危害を加えるような妖怪ではないことを木こりに説明してから、神木の破片について心当たりがないかたずねた。すると、一ヶ月ほどまえに沢の上の方で光を発する木の破片を見かけたと言うのだ。有力な情報が入って、何週間もかかるかもしれないと思っていた探索が一足飛びに進展したと思った。
 俺は木こりの言っていた沢まで行くことにした。随分と山奥だ。もう結界の芯が埋めてあった場所から一里は離れている。
 ふと耳を傾けると、沢の岩の上にかすかだが霊力が漂っているのを見つけた。
 あった!
 霊力を帯びた木片は、手の平に収まる程度のサイズで、ちょうど沢の岩と岩の間に挟まっていた。そのために風雨によって流されなかったのだろう。こんな距離まで飛んでいるとは思わなかった。どうやら結界組は予想以上の負荷を結界にかけたらしい。しかし、発見した木片は小さすぎて、これだけでは俺にはどんな性質を持つ結界だったのか復元できない。
 もっと詳しい専門家に見せて分析してもらえば、もしかしたら何かわかるかもしれない。

 符呪結界の専門家と言えば、幻想郷に何人かいるが、そのうち有名な人物といえば、やはり幻想の結界組である、博麗の巫女かスキマ妖怪・八雲紫だろう。どちらもおいそれとは会えない人物だ。
 八雲紫は居場所を特定することが難しいので、まずは博麗の巫女に頼みに行くことにした。
 正直言って、あまり行きたくない。巫女は妖怪退治をしている妖魅の天敵だ。ただ、理由無く妖怪を襲うことはないらしいので、礼儀正しくして人間に危害を与えなければ、そう無法なことはしない人物であるとも聞いている。
 幻想郷のはずれからはずれに移動するために、妖力をほぼ使い切ってしまったために、俺はわざわざ博麗神社の階段を歩いて上らなければならなかった。へとへとに疲れきった体を押しているうちに、やっぱり後日改めて出直せばよかったと後悔した。
 階段の途中に石灯籠があったが、その全てに同じ格好をした小さな女の子がしがみついていた。あるものは灯篭のてっぺんに腹ばいになり、あるものは横面につくつくぼうしのように張り付いていた。
 一、二、三、八人。いや、八体?
 女の子の頭には変わった形の角がついていた。皆同じ顔をしている。姉妹だろうか? 変化の術を使った狐たちの集団だろうか? 不思議でシュールな光景だ。何をしているのかとても気になったので聞いてみると、「こまいぬのまね」と言われた。何かちがわないかと思ったが、楽しそうなので何も言わないことにしていたら、「似てる?」と聞かれた。お愛想で似ていると答えておいたら喜んでいた。
 同じ顔をしているのは皆彼女の分身みたいなものだそうだ。

 階段を中途まで昇り、鳥居のすぐ下まで来たときに後ろから幼い歌声が聞こえてきた。
 あの角の生えた女の子達が歌っているのだ。

「とぉりゃんせ、とぉりゃんせ。 ここは何処の細道じゃ。博麗さまの細道じゃ」

 鬼門に赴くときに、物悲しい響きの歌を歌わないで欲しい。神隠しにあうかもしれないじゃないか。


 博麗神社の神殿は、木造の古風な作りで、派手な装飾も塗装もされておらず地味だったが、それなりに年季が入っていて古くなった木材の良い色が出ていた。それほど神聖さは感じないが、なかなかの趣がある場所だ。なんというか、居心地の良い場所だ。妖怪にとって居心地が良いというのは、神社としてはどうかと思うが。
 姫様や永琳様を下した幻想郷最強の英雄が住む場所というから、もっと威圧感のある場所かと思っていた。
 神社に参拝した記念に、本殿の前に添えつけられている賽銭箱に五十円玉を一枚入れた。

「あら、お客さん?」

 いきなり声をかけられたので、びっくりした。振り向くと、箒をもった十代前半くらいの人間が立っていた。
 紅白の派手な服を着ている。この人が博麗の巫女だろうか。

「妖怪兎? もしかしててゐの仲間かしら?」

 俺は巫女に自分の名を名乗り、てゐ様に派遣されてきたことを伝えた。
 
「あら、あなた。もしかして男の子なの?」

 ええ、雄の兎です。俺はそう答えた。

「へー、初めて見たわ。ま、今まで見ていても気づかなかっただけなのかもしれないけど」

 抱えていた包みを促し、こちらの結界芯についてご意見を伺いたく、お邪魔しました。もちろん、お礼として御代をお支払いいたします。俺は巫女にそう伝えた。巫女への依頼の礼金、相場が不明なので足りるかはわからないが、今月永遠亭でもらったなけなしの給金を全て包んできた。

「いいわよ、そんなの」

 そういうわけにはいかないと俺は食い下がった。巫女は聞いているのかどうかわからず、東屋の方へ歩いていった。

「ま、とりあえずあがりなさいな」

 俺は巫女が自分の寝所としている建物に招かれた。永遠亭に比べればもちろんそんなに広くは無いが、純和風の部屋の中は良く片付いていた。綺麗好きな性格なのだろう。

「いま、お茶を入れるわね」
 
 あの、おかまいなく。自分はただの下男ですので、巫女様にそんなことをしていただくのは勿体ない。
 俺は巫女にそう訴えた。

「あなた、妖怪のくせにずいぶん固いのね。巫女様なんていわれたのは始めてだわ。」

 巫女の口調に半分あきれた様子が混じった。卑屈に過ぎただろうか。

「気にしなくていいわよ。お賽銭を入れてくれた人にはお茶を淹れてあげるのがうちのしきたりなの。それにちょうど私も休憩の時間だしね」
 
 それでは仕方ない、ということでご相伴にあずかることにした。お茶を飲みながらしばしの間、巫女と他愛の無い閑談をした。永夜の折のこととか、てゐ様の賽銭詐欺事件のことなんかだ。俺は巫女とは直接対峙したことがなかった。永夜の変の時に、俺の分隊が駆けつけたころには、既に巫女は姫様の所まで突破していたからだ。

「そう言えば、あなたのところの薬師さん、ときどきおかしなことを言うわよね。自分が人間が生まれる前から生きているみたいなこと言ってなかったけ? 蓬莱の薬って知ってる?」

 巫女の言いたいことはわかる。蓬莱の薬を飲むと不老不死になる。輝夜様はこの薬を飲んだ罪によって地上へ追放されたと聞いている。人類生誕って、何年前だ。もし月人がそんなに長く生きる連中なら、それはもう不老不死と変わらない。
 不老不死に近い連中が大勢いる社会で、不老不死の薬が禁忌とされるのは論理的に矛盾している。蓬莱の薬が禁止される理由が一番ある社会。それは人にあまり長く生きていてほしくない世界だ。人口統制をしてでも何とか口減らしをしたいと思っている国だったら。そういう場所なら、蓬莱の薬の服用が禁じられ、違反者には厳しい罰が与えられるようになる可能性は十分にある。話に寄れば月とは、随分と暮らしにくい場所だったそうだし。
 まあ、永夜の時の永琳様は、単にはったりをかますために言っただけなのかもしれないし。

 妖怪は皆巫女を恐れると言うが、彼女は聞いていた話とは違ってずいぶん妖当たりがよい人間だった。
 彼女の入れてくれたお茶は、疲れた五体に染み渡って、とても心地がよかった。
 小さな女の子が、お茶請けの大福を咥えながら、神社の廊下をはだしでぺたぺたと駆けていた。先ほどこまいぬの真似をしていた、あの角の生えた女の子だ。神社に住んでいる子だったのか。

「こら! 食べながら走るんじゃないの!」

 彼女もお茶していたらしい。

「さてと、じゃあうかがいましょうか」

 座を改めて、俺は巫女の対面に座った。持ってきた包みを解き神木の切れ端を取り出して彼女に見せる。

「ずいぶん劣化しているわね。大変な負荷がかかったみたい」

 そう言った後、巫女はお払い棒を取り出し、木片に掲げたあと何度か棒を空中で振って、祝詞を唱えだした。
 その途端、神木の周りにぼやけた青白い光が浮かぶ。その光は、呪符の模様のようなものを形作る。
 巫女はその様子を見て、何事かを読み取っているようだ。
 今のは何をしていたのかと、巫女に尋ねてみた。

「言霊を呼び出していたのよ。この木片の完全だったときの姿を知るために」

 こともなげに巫女は言った。そんな術があるとは驚きだ。ここに来て正解だった。
 ずいぶんととんとん拍子に進んだものだ。後は、この巫女に結界の性質を調べてもらったら、術式と材料を調べ上げ、レポートを取って終わりだ。早くすんで、てゐ様もお喜びになるに違いない。

「これはとても強力な結界芯よ。破片になっても霊力が大分残っている。そうね、一本だけだと全体的な効果はわからないけど。この数式だと、たいていは既に張られている結界の効果を無効化するための用途に使われるものだわ」

 無効化?
 どういうことだ? この木片は、永夜結界の一部だったはず。
 そんなはずはない、俺は思わず口に出してしまった。
 それが本当なら、永夜のときに張られた結界は月の使者の侵入をはばむためのものではなかったのか?
 背筋に冷や汗が走った。
 自分はとんでもないことに首をつっこんでいるのではないか? 
 月を隠す作戦を主導したのは永琳様だ。結界芯も永琳様が自ら作って埋めたという。結界の力を無効化。月の使者が入ってこれなくするのではなく逆に……

「どうしたの?」

 俺は動揺していたが顔には出していないつもりだった。気がつくと巫女が心配そうに顔をのぞきこんでいた。
なんでもない、気にしないで欲しいとだけ伝えた。

「ふーん、ま、詮索はしないけどね」

 巫女は勘が鋭いという。俺の態度の変化に気づいただろうか。

「ああ、結界っていえば。永夜のときに、誰かさんが張った結界の影響で、博麗大結界に歪みができてしまっていたわ。てっきりそのせいで満月が歪んで見えたのだと思っていたのだけれど。あの結界、あなたのところの薬師さんが張ってたんでしょ? 元凶をとっちめて術を解かせればいいや、って思ってたから、張られている結界については詳しく調べなかったけど、たぶんあなたが持ってきたその結界芯みたいな術だったと思うわ。
 まあ、ゆがんでいるって言えば元々大結界の効果で、幻想郷で見える月は外の世界で見える月とは若干違うのだけど。要するに幻想郷で見える月は幻想の月でしかないのだけれど、それについてはみんなあまり知らないしね」

 心臓をつかまれたみたいな気分だ。
 この人はどこまで気づいているのだ。全部知っているんじゃないのか?

「それから、あの夜変なこと言ってたわよね。満月を隠せば地上は月に対して密室になるとかなんとか。どうして満月を隠した程度で出たり入ったりできなくなるのかしら。わけがわからないわ。元々幻想郷は大結界で隔離されているから、その中で使った術は幻想郷の中でしか効果が無いはずなのに」

 やめてくれ。俺は心の中で叫んだ。
 巫女の口調はいたって普通で、悪意は感じられなかったが、俺は嘲笑されているような気がした。

「ああ、ごめんね。別にあなたのご主人様を悪く言うつもりはないのよ。ただ、ちょっと不思議だったから」

 居心地が悪くなってきたので、木片を元通り布切れに包み込み、巫女にお暇することを告げた。

「待って。これをもっていきなさい」

 立ち上がって玄関に向かったときに、走ってきた巫女は俺に一枚の紙を手渡した。これは何かとたずねる。

「お守りみたいなものね。これはまったくの勘なんだけど。近々あなたの身に危険が訪れそうな気がする」

 物騒な予言と不安を残して、巫女は御札を一枚くれた。
 信じていた世界観が瓦解したような気分だった。今まで永琳様の言うことは絶対で、彼女は間違いなんておかさない、彼女の言うことに従っていれば何の問題も起こらない。そう思っていたからだ。
 永夜の時に行った術は、「月と地上を行き来する唯一の鍵である満月を隠して、地上を密室にする術」。そう信じ込んでいた。
 俺はほうぼうのていで永遠亭への帰路についた。
 途中、巫女が言った言葉を反芻する。
 「無効化」「結界の歪み」「満月を隠した程度では、地上は月に対して密室にならない」
 永琳様は、一体あのとき、俺達に何をさせようとしていたのか?

 永夜の事変の時にひとつの噂が流れた。月の使者は鈴仙を狙ってきたのではなく、本当は姫様を連れ帰ることが主目的だったのではないかと。
 何故月の使者が姫様を狙うのか。月の王家には王族しか封印を解くことができない超兵器が眠っていて、月の軍隊はその封印を解いて月に攻め込んだ地上人に対する反撃を計画しているのだ、などという噂も、まことしやかにささやかれた。そのために月の使者は、蓬莱山の血に連なる、過去に地上に追放されたという姫様の身柄を狙っているのだと。近習の兎が、姫様と永琳様がそんな風に話しているのを偶然聞いたというのだ。
 いかにもSF的な空想に聞こえるし、やはりそんな噂達の真偽は図りようもないが、それだけ疑われるほどの不自然さが永遠亭の上層部には横たわっていた。
 なぜなら、永夜の時の布陣は不自然なものだったからだ。
 最初、兎たちに与えられた命令は、次のようなものであった。
「鈴仙を迎えに月の使者が侵入してくるから、姫様を隠せ」
 なんともちぐはぐな命令だ。鈴仙と、姫様と、どちらを重点的に守ればよいのかさっぱりわからない。どう判断してよいものか、指揮の兎たちも戸惑った。
 確かに姫様から明かされた月の使者の言上といわれるものは、鈴仙を迎えに来ると言っているだけで、姫様のことについては全く触れていなかった。
 それなのに、永遠亭に訪れた侵入者を最初に迎え撃ったのはてゐ様で、二番目が鈴仙だった。
 永琳様も鈴仙も、最初から姫様を使者から隠すように指示していた。部屋の封印も、姫様を隠すことを主目的に行っていた。月の使者のメッセージといっても、それを実際に聞いたのは鈴仙だけという話なので、真実どんなことを言っていたのかは彼女にしかわからないということが、余計疑惑に拍車をかけた。
 当時の結界術の責任者は、因幡捨という名の兎だったが、この人は永夜の変からしばらくして消息を絶っている。なんでも里に置いてきた子が気になったが、暇をいただくことができず、こっそり夜逃げ出したのだと言われていた。それにしても奇妙な失踪の仕方だった。じゃあ、実際その兎が帰ったという里はどこなのか。そういう話になると、誰も知っているものはおらず、皆で顔をあわせて不思議がるだけだった。
 もう一つ不自然なことがあった。兎の斥候は、幻想郷全体に施されているいわゆる博麗大結界の性質について事細かに調べ上げていたはずだ。永遠亭が周囲から隠れ住む者の集団とは言え、外部の情報にうとければ、有事の時に色々と支障が出てくる。隠れ住む者は、追手が迫ってきたらすぐに察知して、隠れ家を立ち去る必要があるかどうかを判断しなければいけないから、外部の情報に無頓着ではいられない。当然、それらの情報は作戦の主導者である永琳様の耳にも入っているはずだ。
 軍事に通じ、情報の持つ重要性を熟知している永琳様が、自分の住む郷を覆っている有名な大結界の性質を知らないはずがないのだ。それなのに、実際永夜結界が破られてみれば、そんな結界は実は必要なくて、博麗結界だけで外界からの隔離は間に合ってましたと言う。そのときは気づかなかったが、これは今から考えると、随分とおかしな話だ。


 永遠亭に帰った俺は、てゐ様に巫女から聞いたことを全て報告した。

「そう、わかったわ。この調査はこれで打ち切り」

 突然打ち切りを宣言したてゐ様に、俺はちょっとだけ食い下がった。そもそもてゐ様はどういうつもりで、この依頼を俺に課したのか。それも気になったからだ。

「この件については忘れなさい」

 てゐ様はそう言うだけだった。強い口調だった。
 俺は巫女から御札をもらったことをてゐ様に告げた。

「この札を巫女がくれたというの? ……そう、これはあなたが持っていなさい。肌身離さずね」

 気のせいだろうか。てゐ様の表情に一瞬だけ、悲しみの色が浮かんだように見えたのは。

 てゐ様との謁見を終えた俺は、神木を倉庫へしまいこんだ後、永遠亭の地下にあるマシンルームへと向かった。
 ランタンを片手に携えながら、地下室の壁を擦りつつ先へと進む。
 永遠亭の中で、この部屋にだけは、電気が引かれている。ここは永遠亭が誇る、月のテクノロジーの宝庫だ。電灯も添え付けてあるが、きらすと再生産するのに手間がかかるため、普段はあまり使っていない。
 地下室は二十畳ほどの広さがあるが、所狭しと姫様と永琳様が共同で自作した電子設備が置かれているために、間取りほどの広さは感じない。月の使者が乗っていた船から道具を運び出して、設備を再現するのに五百年以上かかったと永琳様が言っていた。基幹生産設備(確かそんな言葉を使っていた)がほとんどない幻想郷では、基本的なトランジスタ一つ補給するのに多大な労力を要したのだ、そんな風にご自分の苦労を語っていた。
 机の上にはモニタのついた端末が五つおかれている。俺はこのコンピュータというやつの使い方を一通り教わっているが、今は起動することはできない。こいつの電源をつけてしまうと、電力量の目減り分から、使用したことが一発でばれるからだ。一台一台の電力使用量は、幻想郷の滝に沈めてある発電機や、地熱設備の総容量からすれば、大した量ではない。肝心なのは量の過多ではなく、変化そのものだ。以前は姫様が四六時中パソコンゲームというやつに熱中していたときがあったが、今はやっていないので、普段使う者がいない分、変化があると使用量の折れ線グラフを見ればすぐわかってしまう。
 永琳様は、高度な薬の設計をするときにだけ、ここのコンピュータを使用している。なんでも、分子レベルで構造を編成しなければならないような薬は、机上の計算だけでは無理で、コンピュータを用いてグランドデザインをする必要があるのだそうだ。俺にはまだ何のことかわからないが。
 俺がなんのためにこの部屋に来たかというと、永夜の時の資料を探しに来たのだ。永琳様や鈴仙が月の使者と交信したという、通信記録があるかもしれない。それを読めば、永夜の時の真相に近づけるかも。
 持ち込んだ灯り以外に照明がないので、資料の内容を確認するのには結構手間取った。
 二刻ほどかけて、本棚の中の資料を一通り探ったが、目当てのものは見つからなかった。やはり機密は全て電
子化して、パスワードロックをかけてあるのだろうか。永琳様か、鈴仙が自分の書斎に隠し持っているのかもし
れない。あきらめて地下室を出ようと思った。
 そのときに、マシンルームの入り口あたりでことんと音がした。俺は思わず息を殺す。
 誰かいるのか? 
 暗がりの先にランタンを掲げる。
 目を凝らして確かめようとするが、人影らしきものは見当たらなかった。
 様子を見るためにしばらくじっとしていたが、何も起こらない。
 周囲に目を配りながらおそるおそる部屋を出た。入り口には特に誰も見当たらなかった。

 地下室を出て、普段の持ち場に戻ろうとするとき、廊下を歩いていく永琳様の姿を見つけた。とっさに隠れようとした自分を戒めた。そんなことをすれば余計な勘繰りを受けるだけだ。永琳様はちょうど、来客をもてなすために用いられている四季の間から出てきたところだった。
 永琳様の後を追って、頭に角が生えた小さな女の子が、永遠亭の長い廊下をはだしでぺたぺたと駆けていった。

 神社にいた女の子だ!
 
 あの子はもしかして永琳様の知り合いなのか?
 俺は近くを歩いていた女中の兎にたずねた。

「ああ、あれは伊吹萃香様。幻想郷で一匹だけの鬼で、てゐ様とも古い知り合いらしいわ。以前のお月見の時にもいらしていたわよ。あんた、知らなかったの?」

 問題だった。俺が神社に行っていた事が、あの子の口を通して永琳様に伝わるかもしれない。そういえばやばい橋を渡っているとは思っていなかったので、目撃されないような工夫は全くしてこなかった。
 俺は探りを入れるために、あの子がどれくらい前から永遠亭に来ていたのか続けてたずねた。

「どれくらいって、えっと。お昼前だから三刻くらい前かしら。一刻半ほどしてから鈴仙が途中で退室したから……」

 鈴仙が途中で退室した?
 その時間はちょうど俺がマシンルームにいた時間だ。まさか誰かに見られているような気がしたあれは……

 俺は頭を冷やすために、竹林を出たところにある、すすき野原へと散歩に出た。
 ここのすすきは異常に良く育ち、高いものでは三メートル程度にも成長する。
 永遠亭の妖怪は、ここをよく涼みに利用していた。竹林の方から見ると、茂みのせいでそこにいる者の姿が見えないので、仕事をさぼって一息つくときにも使われている。
 深呼吸して、体の調子をととのえる。今後のことについても良く考えなければならない。
 いろいろと謎が多すぎる。
 もとはと言えば、鈴仙の来訪にしたって、不自然なことが多すぎた。月から逃亡してきたというが、どんな伝手があって幻想郷に入ることができたのか。
 地上に来て偶然幻想郷を見つけ、偶然永遠亭に入り込んだら、そこには月の姫様である輝夜様が住んでいた。あまりにも出来過ぎだ。それより、鈴仙は最初から輝夜様を探す目的で地上に下りたとすればどうか。そっちの方が自然な気がする。 
 それに、月人というのは一体どんな連中なのかも気になる。大昔は地上に干渉し人間を妖怪化させていたほどの実力の持ち主だったというのに、今では地上人に侵略を許すほどだという。閉鎖社会だから、文明が退化でもしいるのだろうか? 月人の住んでいるところは、月の幻想郷みたいな場所だというし、この幻想郷と同じように外の世界から置いていかれているのかもしれない。
 永夜の時に張られたという結界。永夜結界は永遠亭を中心とする巨大な正八角形の形をしている。てっきり、永遠亭の上空に偽の満月を投影するためのものだと思っていた。それがもし永夜のときに張られたかもしれないという、結界を無効化する結界なら、博麗結界の永遠亭上空部分にだけぽっかりと穴があく。その影響で博麗結界にひずみが生じ、満月の像を微妙ながら歪ませる。結界にあいた穴は、外部からの侵入ルートとなり、そこを通ってやって来るものは……

 結局俺は好奇心に流されて、永夜の時のことを色々と詮索し始めている。
 冷静に考えるならば、この件からはなるべく離れたほうがいい。危険すぎる。いらない敵を増やすかもしれない。最悪の場合、あの永琳様を敵に回す可能性があるのだ。
 やはり全て忘れて今までどおり平穏に暮らすのが一番良い、そう思った。永夜の時の資料を探すのはやめにしよう。



 そのときだった。唐突に目の前に映るものの像が、全てゆがんで見えた。

 方向感覚を失っている? 足元がふらつく。
 奇妙な耳鳴りが聞こえた。風の音じゃない。聞いたことの無い音だ。
 視界にあるヴィジョンが浮かんだ。つりあがった赤い眼。深層心理に植えつけられたかのような、恐怖の画像。
 幻覚催眠!?
 こんなことができるのは…… 催眠術を得意とする狂気の月の兎、鈴仙だ! 彼女しかいない!
 まさか……鈴仙が俺を狙っている?
 あわてて周囲を見渡す。
 すすきの茂みから、無数の弾丸が俺めがけて飛んできて、脇腹の肉をえぐった。周囲を見渡すために身をよじったせいで狙いがそれたのだろうが、これは威嚇じゃない。殺す気だ!
 ただの妖怪兎にすぎない俺が、鈴仙のような戦闘能力でトップクラスにある兎に狙われたら、とても太刀打ちできない。とにかく、逃げなくては。とっさに、身を低くして周囲に生えていたすすきの林に飛び込む。

 茂みの隙間からのぞくと、野原の上には円形状に無数の弾丸が飛び交っていた。
 そのいくつかがうなりを上げてこちらに向かってくる。
 慌てて身を低くし腹ばいになる。近くにあった岩陰に転がり込む。狙いをそれた弾頭が、野原の草花を刈り取る音が聞こえた。
 この視界のゆがみ方、散布された膨大な量のゆるやかな速度の弾幕。俺は永夜の折に鈴仙がこの符陣を巫女にしかけるのを見た。彼女の得意技、真実の月・インビジブルフルムーンだ!
 俺の思っていたことは、疑念ではなく真実だったのだろうか。
 こうやって、鈴仙が追ってくるというのは、当たらずも遠からずといった所か。永夜結界は、月の使者から姫様を隠すためのものではなかった。幻想郷が博麗大結界によって外界から隔離されていることを、永琳様は元々知っていたのだ。
 永夜のときの結界は博麗大結界を部分的に無効化して、外から侵入可能にするためのものだった。
 その目的は…月の使者を幻想郷に招き入れること。
 永琳様は姫様やてゐ様を謀っていたのだ。
 鈴仙も共謀していたのだろうか? 今こうして襲ってきていることを見ると、そう考えるのが妥当だ。
 しかし、しかし、やっぱり疑問は残るのだ。
 永琳様は一体何のためにそんなことを? あの姫様を欺いてまで?

 また視界がゆがんだ。最近は鈴仙と目を合わせた覚えが無いのに! 彼女の得意とする瞳術は、直接彼女の瞳を見ないと効果を発揮しないはずだ。いつ、幻覚催眠をかけられたというのだ!?
 一つの可能性に思い当たった。これは仮定だが、もし彼女が普段から危険と目している者には常に催眠を掛け続けていたとしたら? 潜在的な催眠術が、何らかのきっかけで発動するようにしていたとしたら……そう、例えば先ほどから聞こえているこの耳鳴りとか。
 俺は戦慄した。もしそうなら、戦う前に勝敗は決しているとはこのことじゃないか。
 畜生! こんなことに関わらなければよかった。マシンルームになんて行かなければ。巫女に結界のことなんて、尋ねに行かなければ。そもそもてゐ様の依頼を受けていなければ!
 気がつくと、手の平が汗だらけになっていた。考えている場合じゃない、現状をなんとかしなければ。
 懐に入れていたドラゴンバレッタを取り出し、弾を装填する。ドラゴンバレッタといっても、こいつはブリリアントじゃないほう。永琳様が作った模造品。どこがブリリアントじゃないかというと、連射が効かない点だ。要するに失敗作だが、弾速が速くてまんじゅう弾やアーモンド弾よりは頼りになる。先ほど屋敷に帰ったときに、念のため倉庫から拝借しておいた。それでも、鈴仙相手ではまったく心もとないが。

 展開されている弾幕に対して、初見じゃないのが唯一の救いだった。鈴仙の弾幕は非常に強力だが、注意深く観察すると一定のパターンやリズムがある。といっても、そう簡単なパターンじゃない。これを初見で見抜いた巫女が異常なだけだ。はたして俺に上手く避けられるだろうか。
 冷静になれ。自分にできることを考えろ。そう言い聞かせた。
 獅子には獅子の、兎には兎の戦い方がある。
 今の俺にできる最善の策は、文字通り脱兎のごとく逃げ去ることだけだ。
 確か鈴仙はそんなに足が速くなかったはずだ。
 と言っても、もう弾幕の届く範囲まで接近されているから、彼女の弾幕をかいくぐった上で射程圏外に離脱し、なおかつ彼女をまかなければならない。幻覚催眠に侵されたこの体で? 至難の業だ。待宵級だ。汗がとめどなく額を伝う。
 野原の空間のあちこちに、散開していく鈴仙の弾が撃ち下ろされた。肉眼で確認できる程度の速さの弾が、まるで水面の波紋のように次々と広がっていくのは異様な光景だった。
 本人から聞いたことだが、鈴仙の放っている大量の弾幕はそのほとんどが幻覚がもたらす作用で、本物の弾は数発しかないそうだ。催眠に掛けられた者は、本物の弾に自ら当たってしまうように誘導されてしまうと言う。とすると、安易に隠れている場所を動くのは危険だ。

 伏せている俺の右腕に、また銃弾がかすった。皮膚が破れ、肉が裂けて血が流れる。痛みに思わずうめき声をあげそうになったが、必死で口をふさぐ。鈴仙が位置を変えて射撃してきた。
 長けの高いすすきに隠れて、俺の姿は見えないはずなのに、この正確さは一体どういうことだろうか?
 そういえば月兎の耳は地上の妖怪兎とは異なって、それ自体が空間に対する触覚器の役割を果たしているという話を聞いたことがある。とはいえ、抵抗するまもなく殺されていないところを見ると、それほど万能のものでもないようだ。以前永琳様に、鈴仙は月兎としては本調子ではないと聞いたことがある。

 妖怪は普通体表に防御結界をはっているから、よほど接近しないと彼女の弾でも致命傷にはならない。だが、結界によってはじかれた跳弾を観測することによって、鈴仙は俺のより正確な位置を知ることができるのだ。

 俺は弾の飛んできた方角めがけてドラゴンバレッタを撃った。一瞬、目の前の茂みが揺れた気がする。予想外の攻撃が飛んできて、鈴仙が驚いたのだろう。だが手ごたえは感じなかった。こちらから彼女の正確な位置がわからない以上、いくら攻撃しても威嚇程度にしかならない。それでも、彼女が一挙に飛び込んでくることに対するけん制にはなるだろうか。懐に入られたら格闘能力のない俺には成す術がない。

 そのとき、また、脳裏にあの赤い眼が浮かんだ。瞬間、胸に焼けるような痛みを覚えて悶絶する。
 鈴仙の弾丸が、背後から俺を襲い、右肩を貫通したのだ。
 目をこらすと、微妙にぶれたいくつもの弾頭が俺の背後を飛び交っていた。
 どういう原理かはさっぱりわからないが、敵を包囲するように発生した無数の円状弾幕が、術者を中心として交差するように運動するスペル。アイドリングウェーブだ。
 多重の布陣。正面からのインビジブルフルムーンと、後背からのアイドリングウェーブ。
 絶体絶命の包囲陣だ。

 ふと思いつき、懐を探る。巫女から貰った札が入っている。時間が無くて、札の効果を聞く暇が無かった。それでも巫女がくれたものだ。なんらかの役に立つだろう。一か八か、この札の効果にかけてみよう。
 俺は札の裏に書かれた祝詞を読み上げる。
 !?
 何も起こらない!
 このフダは一体なんだ? 役に立たないものを巫女はくれたというのか?
 俺は生き残るために、頭をひねくり回した。なぜ生き残りたいのか? そんなことは生き残った後に考えれば良いではないか。鈴仙がすぐそこまで迫ってきている。直接、視認できる距離まで追い詰めて、確実に殺す気だ。

 そうか! このフダは……
 俺は御札の裏に書かれていた祝詞を唱え直してから、それを鈴仙のいる原に向かって投げた。
 そして飛び交う弾幕に体を切り刻まれながらも、なんとかかいくぐり、札を投げた方向と逆の方向に走った。


 *


 鈴仙の眼は、すすきの林を抜け出して駆けていくオス兎の姿を捉えた。
 持久戦にこらえきれずに、隠れていた場所を出て賭けに出たのだろう。
 甘い考えだ。彼我の距離は三十メートル程度。
 有効射程距離内。開けた視界。この距離では百発百中。はずしたことはない。
 撃った。続けざまにもう一発撃つ。
 彼女の放った二発の弾丸は、冷酷に、正確にオス兎の両足を撃ち抜いた。
 刹那、月兎のスマートな体躯が空を舞う。

 撃ち抜かれてもまだその脚を引きずって逃げようとするオス兎。
 その背中を、宙を駆ってきた鈴仙の強烈なとび蹴りが襲う。
 そのまま鈴仙は体重を乗せ、オス兎の体を地面に引き倒す。
 その首に脚を引っ掛けてねじり、自分の顔に向けさせて、相手の瞳をのぞきこむ。
 なぜ自分の瞳を見させたか。彼女の魔眼に魅入られた者は、動作を縛られてしまう。
 弱い妖怪ならにらむだけで即死させることも可能なのだ。
 脚に傷を負い、瞳術によって身動きの取れないオス兎に馬乗りになって拘束する。
 もはや叫び声をあげて、助けを呼ぶことすらできまい。
 両足でオス兎の腕を押さえる。容赦の無い、徹底した、訓練された動作。それが完璧に行使された。
 両手には銃を構える。額の中心、一点に狙いを定める。
 月面においては、何人もの地上人を撃ち抜いた彼女愛用の魔銃。
 弾丸には妖怪に効果のある、いわれのある符力が込められている。

 鈴仙は大きく眼を見開いて、オス兎の顔を凝視した。
 自分と同じ、妖怪兎の象徴たるもちのような耳をみた。

 しばしの時が流れた。
 野原は無音の結界に包まれた。


 堰を切ったように、赤い眼からぼたぼたと涙がしたたり落ちだした。
 戦闘に緊張して、麻痺していた精神に、感情の波がまた荒れ狂って戻ってきたかのように。
 ひらいたままの目から、大粒の雫がこぼれて地面をぬらした。
 それでも、彼女は眼を閉じようとはしなかった。
 眼に映る何もかもを捉えなければいけない。そう覚悟しているかのように。
 彼女は自分が何を殺すのかを知っていた。何のために殺すのかも知っていた。
 自分はまた仲間を殺すのだ。今までも何回もやってきたことじゃないか。







「ごめんなさい」

 そうして鈴仙は引き金をひいた。
 撃鉄が打ち下ろされた。
 銃口から圧縮されたガスが抜ける音が鳴った。
 オス兎の額に穴が空き、その後ろの果実が炸裂する音がすすき野原に響いた。

 余韻があった。

























「……!?」

 変異を感じ、鈴仙が瞬時に体を跳ね起し、飛び退る。
 撃ちぬいた額の傷口から、もうもうと白煙が舞い上がった。オス兎の体中からも煙が湧き出てきている。気がつくと、辺りは白煙に包まれていた。
 煙がさめるころには、鈴仙の眼下には地面が広がっているだけで、オス兎の死体などどこにもなかった。ただ中心に丸い穴の空いた一枚のお札が、ひらひらと空中に舞っているだけだった。

「幻覚の…符術!」


 *


 鈴仙は今頃、あの札を追っているはずだ。幻覚催眠を得意とする自分が、まさか幻覚に惑わされているとは思いも寄らないだろう。巫女が札をくれなかったら、俺は確実に鈴仙に殺されていた。あの御札は、術者の身代わりに死んでくれる御札だったのだ。てゐ様はあの札の効果を知っていた。だからあんな顔を俺に向けたのだ。
 鈴仙の催眠がまだ効いているのだろうか、どこを歩いているのかどこへ向かっているのか、視界がゆがんで良くわからない。俺は鼻を頼りに、血が流れる体を引きずりながら、竹林の反対側にある魔法の森の方角へと必死で歩いた。できるだけ永遠亭から離れなくてはならない。一歩一歩、流れ出す血液を失うごとに意識が遠のいていく。
 もう永遠亭に戻ることはできない。改めてその事実に気づきとても悲しくなった。
 俺は皆で飲んだ人参のスープのことを思い出していた。訓練でうまくいって、てゐ様にほめられて嬉しかったときのことを思い出していた。そしてあの図書室のひだまりの中で、本を読んだ時のことも思い出した。
 姫様は口に出してはイナバのことをペットだと言うけれど、内心は違っていて、本当は永遠亭は一つの家族みたいなものだと思ってきた。
 もうあのころには戻れないのだ。
 今日は本当に厄日だった。俺はかつては姉のように慕っていた人と、母親のように慕っていた人と、人生の師として慕っていた人の三人を同時に失ったのだ。
 ああ、そういえばもう一つ失ったものがあったけな。前の三つも結局それに含まれるのだ……
 そこまで考えて、俺の意識は途絶えた。


 *


「あの子を殺そうとしたというの!? なんておろかな事を」

 永琳は鈴仙からの一連の事後報告を聞き、驚愕した。

「口を封じるべきです」

 師の怒りの視線をその身で受けながらも、鈴仙はたじろがなかった。自分の主張が正しいと信じていた。永遠亭の平穏を維持するには、ああするしかなかったのだ。

「この件でもう犠牲者を出さないで」

 そう永琳は声をひねりだした。悲痛な叫びにも似た響きだった。

「しかし!」
「……わたしはいずれ姫様にも打ち明けるつもりよ」
「師匠! だめですよ、そんなの!」
「あなたは、家族を守りたいと思っているのだろうけど」

 そう言って永琳は悲しそうに目を伏せた。

「あの子も私達の家族の一員だったのよ」
「わかっています。私だってあの子のことを、一時は弟のように思っていた」
「それじゃあ、なぜ?」
「それでも、師匠と姫様の仲が、永遠亭が壊れるような事態を招くよりはましだからです」

 そう、自分は地獄に落ちてもいい。
 自分は仲間を見捨てて逃げ出した卑怯者だ。その罪はどうしたって購うことはできないだろう。
 自分には、身勝手に生き永らえてしまった報いを受ける義務がある。
 でも、永遠に生き続けるであろう師匠にだけは、幸せなままでいて欲しかった。
 永琳のやってきたことを全て知ったとき、自分は彼女に命を捧げることを誓ったのだ。
 もし永琳が姫様に真実を打ち明けたらどうなるだろうか。結果的に何も面倒なことは起きなかったのだから、ということで姫様は許してくれるかもしれない。しかし、杓子定規に主従関係を捉える永琳の性格を考えると、永琳は姫様に自分を処罰してくれるように願い出るに違いない。蓬莱の薬の効果によって、永琳に肉体的な罰を与えても意味はないから、結果として反逆に与える最高刑は、追放ということになる。そうでなくても、永琳は自分で永遠亭を去るかもしれない。そんなことだけは許せない。
 全てはあいつが、あいつが過去のことさえ探らなければ。なんであいつはあんなことをしたのか。諜報活動なんかに携わらなければ。おとなしく薬作りの助手だけをしていれば自分だって。
 鈴仙の心のうちには、オス兎への憎しみと、仲間へ向ける愛情と、そして自分では説明のつかない感情がないまぜになっていた。
 鈴仙はなぜ自分があのオス兎をそれほどまでに憎んでいるのか気づいていなかった。
 結局、それは性別のせいだった。
 あの兎がメスであったならば、鈴仙はそうまでの激情を抱かなかっただろう。
 今はまだ、未熟な若者だ。だが、将来は?
 自分は女だ。どうあがいたところで、師匠にとっては女としての役割しか演じてあげられない。
 弟子、従者、友、妹、娘? その程度だろう。いつか、あのオス兎が、師匠にとって自分より大きな存在に取って代わらないとは言い切れないではないか。しょせん、生き物は異性の存在を必要とするのだ。それが逃れられないサガではないか。
 そんな得体の知れない危惧感が、無意識のうちに彼女の冷酷さを加速させていた。
 オスの兎が、ただオスであるというだけで彼女にとっては不倶戴天の敵に変わってしまっていたのだ。
 それでも、彼女の心を悩ませる、彼女の中に浮かんでくるいくつかの光景があった。
 銃を構え、追いかけてくる過去の影を殺そうと決意したときに流した涙の奥に見えた、ひとつづりの映像があった。
 日のあたる図書室で、姿勢を正して読書にいそしんでいたときのこと。
 月から逃げてきて、地上の兎達になじめなかったときに、ほんの少しだけ自分の心をなぐさめてくれた小さな頭のこと。
 それは、あいつじゃなかったかと。
 それらが、彼女の心からわずかながらも殺意をそぎ、手段の徹底をさまたげていたのだ。
 それさえなかったら、鈴仙はあのオス兎を取り逃がすことなどなかったのだ。


 *


 天井。永遠亭の和風建築じゃない。はじめてみる天井だ。

「気がついた?」

 気がつくと、帽子を被った赤い髪の女性が俺を介抱してくれていた。

「ここは紅魔館。名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」

 ここがあの紅魔館。吸血鬼が住むという。噂にはきいていたが、訪れるのは初めてだ。
 俺は気がつかないうちに、魔法の森を抜け、紅魔館の湖のほとりにまでたどり着いていた。行き倒れていたところを、この女性が拾ってくれてから、既に三日がたっているという。

「あなた、どこからきたの? 永遠亭?」
 
 いいえ、とだけ答えた。

「あなた、妖怪兎でしょう? だったら永遠亭で暮らしていたんじゃないの?」
 
 起き上がろうとしたが、撃ち抜かれた肩の痛みに耐えかねてすぐに臥せってしまった。
 永遠亭で暮らしていたとは言わなかった。怪我が落ち着いて、歩けるようになったらお暇する。それまではご迷惑をおかけする。俺はそれだけを伝えた。

「気にしなくていいわ。行き倒れの一人ぐらい抱え込んだからって、紅魔館が傾くことはないから。さしあたり、その格好じゃなんだから、着るものを持ってくるわね。あなたの服はぼろぼろになっていたから」

 着替えろと言われて渡された服は、メイドの服だった。もちろん、メイド服だから女ものだ。
 チュニックのような衣類なら身につけたことはあったが、スカートなんて初めてだ。
 勘弁して欲しいとやんわり抗議したが、男物なんてないと言われたので黙って着るしかなかった。
 あのドロワーズとかいう奴の変わりに、今まではいていた袴を着ているが、ところどころ、無くてはいけないものが無いような気がする。不思議な着心地だった。落ち着かない。
 着替えた俺は、しばらく頭が働かなくてぼうっとしていた。赤い髪の女性が、食事などを運んできてくれた。彼女の名前は紅美鈴といい、この紅魔館で門番をしているという。

「ねえ、行くところがないんだったら」

 食事が済むと、美鈴さんが話しかけてきた。

「もしあなたさえよければ、上の人に仕事が無いかどうか聞いてあげようか?」

 意外な申し出だった。
 ここは男子禁制じゃなかったのか、そう俺はたずねた。

「別に文書化されているわけじゃないわ。ただ自然にそうなっちゃっただけ。実際、メイドの人たちも男っ気がないから、里から適当なのをみつくろって雇ってきてくれって、うるさいのよ。館に執事や下男が一人ぐらいいたっておかしくないでしょう?」

 俺はどっちになるのだろうか。個人的には下男の方が性に合っているだろうと思う。永遠亭でも下男をやっていたし。執事なんて、かしこまった服を着ていつも折り目正しくしていなければならないのはごめんだ。どうせもう行くところはないんだし、俺は一連のできごとから受けたショックでなかば呆然としていたので、ここで働かせてくれるのであれば、それが丁度良いような気分になった。

 四、五日たつと怪我も落ち着いて起き上がれるようになった。
 美鈴さんに、面接を受けるためにいちおう履歴書を書くようにいわれた。とは言っても、そもそも妖怪が履歴書に書くことなんてほとんどない。今の俺は住所不定だし、永遠亭で働いていたことを公式に書くと色々と詮索されてしまう。結果、てゐ様の依頼や永琳様の疑惑、ことによっては鈴仙に命を狙われたことについてまで、全て話す必要がでてくるかもしれない。
 なぜだかはわからないが、そうはしたくなかった。そのせいで、殺されかけたというのに。
 結果できあがったものは、空欄がいっぱいのなんとも見栄えのしない履歴書だった。これでは、不採用は決定だろう。もっとも、そっちの方が気楽だが。
 この人たちに迷惑をかけるよりは、どこか山奥に隠れ住む場所を探したほうがよいだろう。俺の知らない事実も全て知った、因幡捨と言う名の妖怪兎がそうしたように。結果、のたれ死にするかもしれないが、そのときはそのときだ。少なくとも、俺に死んで欲しいと思っている人間が、幻想郷には既に二人いるのだから。

 何故、永琳様が姫様を欺いてまで結界の無効化を行ったか。今となっては、わかる気がした。
 あの人が何を欲していたかを。
 結局永琳様は、今の俺と同じ気持ちだったのだ。
 失ってみて、はじめて気付いた。帰れなくなってみて、始めて抱いた。
 永琳様をして、月の使者を共に殺してまで、寄り添おうと決めた主をあざむかせたもの。
 それは耐えがたい、郷愁の念ではなかっただろうか。
 鈴仙を迎えに月の使者が来ると聞いたとき、永琳様は本当は月に帰りたかったのではないだろうか。
 千年。口に出してみればなんと拍子の抜けた響きだろうか。千年の間、片時も故郷のことを忘れることがなかったとしたら。その想いは、望郷の念は一体どれほどの大きさになっていたのだろうか。想像もつかない。
 いつか、永琳様に聞いたことがある。月とはどんなところなのかと。彼女はこう言っていた。月には空気もないし、都市を一歩外に出れば凍てつくような寒さの無限の荒野が広がっている。人間は都市の中でないと生きられないし、都市の内部も、苛酷な環境で、資源も少なく、人々は毎日の糧を得るためにぎりぎりの生活をしていたと。
 俺はそれを聞いて無思慮にもこう言った。そんなひどいところでは、もう戻りたいとは思わないだろう、と。
 永琳様はこう答えた。それは違う。過酷だからこそ、生きるのが厳しい場所だからこそ、余計に懐かしく思い出すのだ。私ももう一度あの月面の寒々とした荒野に立ってみたい。自分が必死に精一杯生きたあの大地をもう一度踏みしめてみたい。どれだけ月が住むものを無慈悲にさいなむとしても、あそこが自分の生まれた場所であるという事実にはかわりはないのだから。そこに住む者が、自らの故郷を愛する想いは決して消えないのだから。結局、私の心が帰る場所は、あの荒れ果てた大地なのだ。でも、もうその夢はかなわないだろうし、今となっては全てが遅く、あきらめている。そう言っていた。
 月へ帰るには宇宙船が必要だ。幻想郷にはそんなものはない。歳月がたち、月の人々が輝夜様や永琳様のことを忘れてしまったとしても、永琳様には月に帰る手段が無いのだ。

 ここからは全て俺の仮説で、推測も交えている。鈴仙が月からやってきて以来、永遠亭の裏側で何が起きていたのか。あの永夜の変のときに、永琳様は本当は何をしようとしていたのか。
 事の起こりは、数年前に鈴仙が輝夜様を探索する密命をおびて月からやってくるところから始まる。何故鈴仙が幻想郷を探り当てて入ることができたのかは不明だが、月兎は普通の妖怪と違って色々と特殊能力を持っているというし、何らかの手段で結界を越えることができたのだろう。鈴仙は首尾よく輝夜様を発見するものの、幻想郷での生活があまりに心地よく、元々月での生活に嫌気がさしていたので、戻りたくなくなってくる。そのまましばらく時間がたつ。
 そして永夜の変の直前に、鈴仙に状況を報告するように催促の連絡がくる。一体なにをやっているのか。目当ての王族は見つかったのかどうなのか。最終決戦が近いので、我々は早く結果が知りたい。今度の満月の晩に迎えの使者を派遣するから、おまえも戻って戦線に復帰しろ。たぶんそんな内容だろう。
 鈴仙は輝夜様や永琳様に恩義を受けてしまい、彼女達を裏切ることができず、使者には輝夜様を見つけたことは秘密にし自分だけ帰還することにしたと、お二人に打ち明ける。輝夜様は幻想郷が外界から隔離されていることを知らないから、鈴仙を迎えに使者が来たら自分の存在もばれてしまうと思い、永琳様に相談する。
 月へ帰りたくても手だてがなかった永琳様は、そこで一計を案じる。
 この際、月の使者を幻想郷に招きいれてしまい、鈴仙や姫様と共にその使者をまた皆殺しにし、船を奪って月へと帰還する。そして月の軍隊から政権を奪い取る。現在の月は地上人に圧倒される程度に弱体化しているし、鈴仙から聞いた話によれば、自分たちが月にいたころよりも大分文明が退化している。全盛期の神宝をたくさん保持し、地上で霊力を蓄えた自分たちならば、現在の月人を支配化におくのはそう困難なことではないだろう。
 その後は封じられているとかいう最終兵器で、本当にあればだが、それを使って地上人を撃退すればよい。
 月に戻ってみたい気持ちを抑えられないし、故郷が侵略されて危ないというのに、自分だけ地上でのうのうと平和に暮らしていられない。鈴仙が言うように、戻って祖国のために働くべき時ではないだろうかと。
 ところが、姫様には月へ帰る意思がなかった。姫様は一度地上で生まれ変わって、地上人の世話を受けて暮らしていた経験があるので、もうここを第二の故郷のように考えている。永琳様よりは地上に愛着を持っている。それにもし使者を皆殺しにするのが失敗したり、月の政権を奪い取るのに失敗したらどうするのか。自分たちが、とらわれの身になったら? 蓬莱山の王族を探し当てたいという月の軍隊の目論見がどこにあるのかは正確にはわからないが、どうせ碌なことではないのだろう。地上人を撃退した後は、きっと自分たちの私利私欲のために姫様の立場を利用するに違いない。
 永琳様には姫様がそう言って反対することがわかっていた。だから全て秘密にして、自分だけで幻想郷の結界を無効化する術の準備をはじめる。姫様には、自分が今やっている術は、偽の満月を作り出し地上を密室にする術であると伝える。実際に使者が来てしまえば、他にどうしようもなくなるのだから、姫様も自分の策に乗ってくれるだろう。そうして満月の夜、あの永夜の夜を迎える。
 侵入者を発見した当初は、月の使者がやってきたのかと思っていたが、それは違っていて、満月を隠した事を抗議しに来た単なる人妖の集団だった。それでも月の使者に扇動された連中という可能性もあるので、永遠亭の兎たちは必至に防衛を行った。
 永琳様のほうはと言えば、せっかく姫様を欺いてまで幻想郷の結界に穴を開けたのに、肝心の月の使者が訪れる様子がない。
 結果として月の使者は幻想郷に訪れなかった。元々地上人との戦争で忙しくて、郷に使者を派遣する余裕などなかったのかもしれない。
 自分のやってきたことが無意味だと知って、永琳様の無念はいかばかりだったか。呆然自失となり侵入者相手の戦いに全力を尽くすこともやめてしまい、永遠亭は巫女に敗れてしまう。

 誇大妄想がかった予測であることは認める。結局、月の事情も永琳様の心のうちも、俺みたいな矮小な妖怪に読み取ることはできないのだ。永琳様が本当に輝夜様を裏切っていたと断定する確かな証拠はない。鈴仙が月の工作員かもしれないなんていうのも、俺の勝手な想像だ。月面に最終兵器が埋もれているなんて証拠も無い。
 永琳様が実際いつごろ生まれたのかはわからないが、少なくとも千年以上生きていらっしゃるのだ。
 自分の百倍生きた人の心のうちを読みとおすことのできるものが果たしているだろうか。人は千年生きると、その精神性はどれほど拡大するのだろうか。あまり変わらないのだろうか。
 結局のところ真実はわからないが、鈴仙が死に物狂いに俺を追ってきたことを見ると、事がもれれば確実に永遠亭が二つに割れかねないような事実が隠されていたことだけは、確かなのだろう。


 数日して動けるようになると、美鈴さんが口を利いてくれたらしく、俺はメイド長の十六夜咲夜という人物に紹介された。人間ではあるが、スレンダーな、とても魅力的な女性だった。銀色の髪といい、知的なしゃべり方といい、どことなく永琳様に雰囲気が似ていた。
 メイド長は早速就職の話を持ちかけてきた。聞くと、お嬢様が直に面接するらしい。当主自らが面接すると言うのは驚きだった。が、お嬢様に会う前に受けたメイド長の説明によって、だいたいの事情が飲み込めてきた。ここのお嬢様は永遠亭の姫様と同じく、大の好事家なのだ。要するにお金持ちのお嬢様というのは、どこも退屈をもてあましているのだろう。

 謁見室に座したレミリア=スカーレットは眠そうに俺の履歴書を眺めていた。白皙の美貌と漂う妖気から、大吸血鬼の貫禄は感じたが、なにぶん容姿が子供なので、そう恐ろしい妖怪には見えなかった。
 それにしても、本当に書面を読んでいるのだろうか? 
 寝ているんじゃないだろうかと疑っていたら、空欄にしていた職歴について聞かれたので、以前の職場は一身上の都合で退職した、とだけ伝えた。

「なるほど。自分は素性の知れない妖怪兎ですが、それでも雇ってください、か。あなた料理やお裁縫はできる?」

 多少はできる、と答えた。

「あと出来ることは?」
 
 下男の仕事をやっていたので、その部分については偽りなく答えた。そのほかに畑仕事に、狩猟、読み書き、算盤と永遠亭で教わったことを一通り答える。弾幕は……
 心のうちに鈴仙に追われたときの恐怖がよみがえってきた。トラウマになったのだろうか。
 弾幕は苦手だが、たしなむ程度にはやる、とだけ伝えた。

「ふーん。まあ、妖怪兎ならメイドとしてそこそこ役に立つでしょう。少なくとも今雇っている妖精メイドよりは期待できそうね」

 メイド?

「そりゃ、そうよ。うちはメイドしか募集していないんだもの」
「そうだったんですか? 初耳です、お嬢様」

 咲夜さんが言った。

「そりゃ、そうよ。今決めたんだもの。だいいち、この子メイドの格好をしているじゃない。」

 お嬢様はとがった爪をやすりで整えながら、退屈そうにそう答えた。
 でも、自分は男なんですけど。
 そう言い終える前に、メイド長が俺の口をふさいだ。

「それでは採用決定ですね。この子は私のほうで預かって、新人研修に入ってもらいます」
「あなたにまかせるわ」
 
 部屋を退室してから、メイド長に訪ねた。お嬢様は俺が男だと気づいていないのだろうか。

「いいえ、あれは気づいていて、気づかないふりをしているのね」

 なぜそんな?

「なぜって、その方が面白そうだからに決まっているじゃない」
 
 ……そんな理由なのか。
 俺はしばらく絶句した。この就職斡旋が、手の込んだいたずらのように思えてきた。
 門番長にしろ、メイド長にしろ、退屈しのぎに俺を女装させてからかいたかっただけじゃないのか?
 この人達は、俺みたいな得体の知れない妖怪を雇い入れて、危険だとは思わないのだろうか?

「あなたは自分が採用された理由がわからないようね。レミリアお嬢様は、運命を司るデーモンロード。少し先の未来だったら、多少なりとも見えるのよ。だから、あなたが危険な人物かどうか、お嬢様にはちゃんとわかっているってわけ」

 女装して働くことが自分の未来なのか?

「似合ってるわよ、それ」

 メイド長は俺のつま先から頭のてっぺんまでを一瞥して、そういった。

「人間にしたら十二、三歳ってとこ? まあ、妖怪だから年はわからないけど。別に、くれぐれも間違いだけは犯さないように、なんて念を押すつもりは無いわ。妖精メイド相手だったら自由に恋愛してくれて結構。お嬢様だって、そんなことまで干渉するつもりはないわ。むしろあの調子だと、ぜひとも間違いがおこってくれ、と、心の底から退屈しのぎの材料を探しているわね。ただ、血迷ってお嬢様や妹様に」
 
 そこまで言って、メイド長は眉と首を同時にひねる。

「……手を出そうなんて考えても、消し炭にされるだけだったわ」

 そう言って彼女は両手を広げた。
 俺はただただ顔を青くするしかすることがなかった。ようするに体のいいおもちゃじゃないか。
 忘れていた、ここは吸血鬼が支配する悪魔の館なのだった。

 それから俺はメイド長の元で、しばらくの間新人研修を受けた。ここの連中は配属先というものが明確に決まっていないらしく、めいめいがその時々で適当な持ち場についている。というよりも、配属先を決めたところで妖精だから勝手気ままに動いてしまうだけなのかもしれないが。
 助けてもらった恩を返すために、何日かはただ働きをしなきゃいけないだろうと考えて、必死に働いた。
 紅魔館の労働事情は良くもなく、悪くもなくというところだった。
 間違い。良いところと悪いところのギャップが激しすぎるために、平均すると普通になるだけだった。
 女の園である紅魔館で働けるのに、何を贅沢なことを言っているのか、とお思いの諸兄もいらっしゃるかもしれないが、そういう方には過ぎたるは及ばざるが如し、とだけ言っておこう。

 何日か経って、紅魔館の少ない窓を掃除していると、咲夜さんが俺を呼び止めた。

「あら、あなたやっぱり永遠亭の兎だったんじゃない」

 !?

「永琳が来て、あなたに会いたがってるわよ」

 しまった! 何をのんきなことをやっていたのか。永琳様が紅魔館の連中と交流がないとは限らないじゃないか。こんなところでメイドの真似事なんかやってないで、さっさと逃げるべきだった。
 いざとなったらお嬢様が保護してくれる? それは甘い考えだ。たかがメイド一匹のために、永遠亭と事を構えるだろうか。あの人たちにそんな義理はない。
 たぶん俺に飽きたら即座に放り出すだけだろう。
 心の中に、すすき野原で鈴仙に追われたときの恐怖がよみがえってきた。またあの狂気の赤い眼が見えたような気がして、身震いした。もう催眠は解けているはずなのに。

 来客用の応接室に通されて、俺は永琳様と二人きりになった。正直メイド長には隣にいて欲しかったが、そこまで頼るわけにも行くまい。俺は殺される覚悟をきめた。
 いつ弾幕が飛んでくるのかと気が気でなかったが、殺気というか、俺を殺そうとしている雰囲気は感じなかった。いや、正直殺意というものがどういうものか、弱小妖怪である俺にはわかりかねるが。
 さすがに永琳様でも、紅魔館内部で物騒な真似に走る気はないのかもしれない。

「久しぶりね」
「……」
「その服、似合ってるわね」
「からかいにきたんですか?」
「いいえ」
「俺の口を封じに来たんですか?」
「ウドンゲから聞いたわ。あなたを殺そうとして失敗したって」
「……あなたの命令ではないと?」
「ええ、違うわ」
「それを俺に信じろっていうんですか」
「……これからのことは心配しなくてもいいわ。もう、あなたを狙わせたりなんてしないから。信用してもらえないかもしれないけど……私は姫様に全てを打ち明けるつもりだったの」

 そう言って、永琳様は目を伏せた。こんな態度の彼女を見るのは生まれて初めてだ。

「鈴仙には私から言い聞かせるから…もし、永遠亭に帰ってくる意思があるのだったら」

 とたんに、俺は永琳様が真実しか口にしていないように思えてきた。考えてみれば、永琳様が本気になれば何の証拠も残さずに俺を消し去ることなんて、たやすいことじゃないか。
 永琳様の言葉には、俺を弟子候補として扱っていてくれたときと同じ暖かさがこもっていた。
 俺はいつかの図書室を思い出していた。永琳様に指導を受けた調剤の工房の風景を思い出していた。だから、なおさらのこと、その申し出を受けるわけにはいかなかった。

「彼女に伝えてください。俺はもう、あんなことに関わるのはごめんだって。誰にも漏らしたりしないから、俺のことはどうか忘れてほしいと。鈴仙様が俺を認めてくれるかどうか、わかりませんが……」
「……ごめんなさい」
「残念です。なんていうか、俺はあなたのことを」

 師として慕っていた? 母親のように思っていた? 俺はどっちの言葉を言うつもりだったのだろうか。でかかった言葉を俺はすんでのところで飲み込むことができた。

「あの子から、あなたにこれを渡して欲しいと頼まれたわ。私にはどういう意味があるのかわからないけど」

 そう言って、永琳様は俺に包みをくれた。

「きっと、あの子もあなたを狙ったことを後悔しているんだと思うわ。もうちょっと上手いやり方があったんじ
ゃないかって……私達は、色々とまずいことばっかりやってるわね」

 どうか、そんな風にしないで欲しい。あなたはいつも偉大で、美しくて、賢くて、永遠亭に住む者にとっては女神のようで……
 彼女のような人を苦しめる俺はなんだというのか。生きる意味を教えてくれた恩人を苦しめている俺は。
 俺は価値の無いむしけらじゃないか。あの時鈴仙に殺されてあげればよかったんだ。そうすれば誰も悩まずにすんだのに。そんな風に頭に浮かんできて、いたたまれなくなって、何か行動をせずにはいられなくなった。
 もらった包みをあけてみる。

「これは…」


 *


 メイド長の元での二週間の研修期間が終わり、俺は正式な配属先として、屋敷内にあるヴワル図書館付きを言い渡された。配属先を決めない流儀じゃなかったのか、と尋ねたが、あなただけは特別だと言われた。良い意味ではないだろう。
 図書館長のパチュリー=ノーレッジとは新任の挨拶のとき二言三言会話しただけだったが、メイド長が自分を紹介してくれたらしい。聞くところによると、永琳様が「あの子は本が好きだから、本に触れられる仕事にしてあげれば喜ぶと思うわ」と、そう言い残してくれたという。それで図書館に配属されたのか。俺はちょっとだけ永琳様に感謝した。
 ヴワルの暫定責任者は型どおりの挨拶をすませた俺に向かってこういった。

「ところで、あなたの名前なんだったっけ?」

 やっぱり覚えていなかった。この人たちにとっては、メイド一人一人の名前などどうでもいいのだろう。改めて自己紹介することとなった。
 俺の名前は……

 俺の性別が男だと知ると、パチュリー様はこう聞いてきた。

「あなたは性転換の魔法と、ホムンクルスの醸造と、どちらに興味があるのかしら」

 何かのジョークだと思いたい。いつもパチュリー様の隣にいる小悪魔さんはそんなことにはお構いなく

「あなたの夢を応援する新時代のサイドビジネス・でーもん☆ネットワークに入会する気はないかしら? いえいえ、決してマルチ商法なんかじゃ」

 先行きが不安だ。無事やっていけるだろうか。


 その後、永琳様が姫様に真実を打ち明けたのかどうかはわからない。とにかく、あの赤い眼が俺を狙ってくるということはなくなった。
 時々、俺は思う。あの人たちにとっては、俺は最初から居ないほうがよかったんじゃないかって。
 もしくは、やっぱりあの時殺されていればよかったのかもしれない。
 永夜のときに張られたという結界が、繭のようにあの人たちを包んでいてくれた方が、誰も不幸せにならずにすんだのかもしれない。俺は無遠慮にも自分の下種な好奇心を振りかざして、その繭を切り裂こうとした。
 真実が本当に誰かを幸せにするだろうか?
 幸福を維持するためには、付き続けなければならない嘘もあるのではないか。そう考えた。優しい嘘ってやつも、世の中にはあるって言うじゃないか。

 ……だけど、心の底ではやはり信じていたのだ。
 もしどこかに罪を犯した人がいるならば、そしてその罪をその人が悔いているならば、真実はいつかは罪を犯した人々の影を捉えるものなのではないだろうか。
 彼女達のやってきたことを、罪と断定する権利も根拠も俺にはないが、当事者はどう思うのだろうか。
 姫様は? てゐ様は。
 例え真実をしゃべったとしても、俺の想像する程度のことだったら、あの姫様なら許すかもしれないと思った。騙されていたと知った永遠亭の兎たちも、最初は怒るだろうが、やがては鈴仙と永琳様をまた再び受け入れるだろう。永遠亭というのはそういう場所だ。
 それに、もしかしたら姫様は全てに気づいていて、ただ黙っているだけなのかもしれない。なんとなくそんな気がした。直接お話したことは数えるほどしかないけれど、あの人はなんだかそんな不思議な雰囲気がある方だ。
 とすると、俺がここに避難している意味もあまりないのではないかと思ったが、深く考えないことにした。まあ、鈴仙も俺が永遠亭に帰ったら不安でいてもたまらなくなって、また俺を狙い出すかもしれないし。それに、全てを打ち明けたあとに永琳様がどうしたいと思うかが一番の問題だろう。と言っても、俺は彼女達の隠している真実の全てを把握しているわけではないから、永遠亭の主従の関係がこの先どう転ぶのかは、結局わからないのだ。
 さしあたり、自分のことを考えよう。生き抜くために明日のことを考えなくてはならない。
 いつまでも女装してここで働いていると、なにか大切なものをなくしてしまいそうな気がする。
 しばらく働いて、まとまった金ができたらどこか家でも借りて、他の職を探そう。永琳様に教わった知識を活かして、妖怪相手の薬剤師でも営んでみようか。妖怪の山にでも行けば、求人があるかもしれない。
 紅魔館の給金は永遠亭と比べて……これは伏せておこう。

 さて、これで俺のお話は終わりだ。
 それからもしばらくの間、俺は紅魔館で働いていた。結局永遠亭に戻ることは、なかった。
 もしあんたが、紅魔館に招待されるようないっぱしの紳士淑女ならば、図書館を訪れた際に、部屋の片隅に本の山の中から、ぴょこんととりもちみたいな兎の耳が立っているのを見つけるかもしれない。そうしたらきっとそれは俺だ。
 もしどこを探しても兎の耳が見つからなかったなら、きっと無事にお金を貯めて他の場所へ移ることができたか、もしくは鈴仙の気が変わってこっそり処分されてしまったか、お嬢様の気まぐれで兎鍋にされてしまったか、パチュリー様の実験で何か別のモノに変えられてしまったか、それともひょっこりと顔を出した、破壊をつかさどるという悪魔の妹のご遊戯に付き合わされてしまって、哀れにも消し炭にされてしまったのか……そのうちのどれかだ。紅魔館にとっても得体の知れないメイドが一人いなくなるだけ。まあ、そんな程度だろう。
 結局、幻想郷全体にとっては大した問題じゃないわけだ。
 この郷には、伝承に語られるわけでもなく誰にも知られること無く、この楽園の生活を楽しんでいるだけのその他大勢の妖怪がごまんといる。俺もその一匹だ。姫様や永琳様や鈴仙やてゐ様や、今の主の吸血鬼嬢みたいな、偉大な妖怪になることに憧れたときもあったけど、今回のこともあって、結局そういうのは俺にとっては分不相応だってわかった。
 だから俺はこれからも、身の丈にあった生き方を模索することにする。
 ちんけな妖怪の、陳腐な生き方ってやつを。
 そう、もうあの赤い眼につけ狙われるような目に会うのは、こりごりだからな。
 そう思ってから、俺は包みを開けて、赤い飴玉を空高く放り投げた。

 落ちてきた月兎の目玉みたいに赤いあいつを、上手く口でキャッチできるだろうかって考えながら。
 たいていは失敗して、いつもとりこぼしてしまうのだが。





 *



 この記憶はいつ、どこで仕入れたものだったか、確かには思い出せない。
 天の川が全天を覆っていて、星達が色の音階を奏で、群雲に顔を出した月が妖しく光り輝いている夜。
 辺りには蛍が大勢舞っていて、夜空に対抗するように、地上の星海を形づくっている。
 そんな野原に、姫様と永琳様と鈴仙の三人が共に立っている。
 鈴仙はぼうっと月に見入っている。私は彼女の隣へ駆けていき、一緒に彼女の見ている方角を眺める。
 振り返ると、姫様は満月に背を向けて、まるで視野に入れようとしていない。
 その二人の中間で、永琳様はどちらを見てよいものか、その眼に何を映せばよいものかどうか逡巡している。
 あの光景はいったい、何を意味していたのだろうか。


 ある十五夜の晩、永遠亭に近いすすき野原で、月見の宴が催された。
 永遠亭主催で、盛大に行われた。
 巫女もスキマ妖怪も、魔術師達も吸血鬼達も幽霊連中も、郷中の知人を招いて行った。
 永夜の変で、郷中に迷惑をかけた、謝罪の意味も含めていた。
 みんなそんな事は気にも留めない連中ばっかりだったけど。
 出し物が終わり、宴の片付けが始まり、皆が酔っ払って宵かがりに涼んでいたころ。
 すすき野原の片隅に、鈴仙だけが体育座りで一人ぽつんと座っていた。
 御台にまんまるい月見団子を備えて、中秋の満月が浮かぶ方角を向きながら。
 先のそろった美しい薄紫の髪の毛が、秋の夜風に流れた。
 彼女の座っている場所は、そこだけぽっかりと切り取られた、一枚の絵の様になっていた。
 そのときの彼女の後ろ姿は、例えようがなかった。
 その足で歩んできた道の、その眼で見てきたものの、
 その耳で聞いてきたことの、その手で触れてきたものの、
 誰にも話すことのできない彼女の人生の物語を、その後姿は無言で語っていた。
 月に残してきたと言う、仲間のことを思っていたのだろうか。
 失ってしまった故郷のことを想っていたのだろうか。

 彼女は泣いていたのだ。

 無心な様子で、何事かをしきりに口にしていたが、意味までは聞き取れなかった。
 そのつぶやきのあらわすところを、聞きとってはいけないような気がした。
 すすり泣く涙の音色だけが、確かに聞こえた。
 まるで幽世からささやきかけられているかのような、物悲しい響きだった。
 明らかにそのときの彼女は死と向き合っていた。
 その重々しさは、彼女の犯したという取り返しの付かない、
 ぬぐいようのない罪の大きさを、否がおうにも感じさせた。
 彼女にそんな姿は似合わない、そう思うと胸が痛くなった。
 なんていうか、彼女は初夏の透き通る青空のように、爽やかに、晴れやかに微笑んでいるのが似合うのに。
 そうしていて欲しかった。
 その笑顔を守るためならば、私は、私にできることならなんだってしてあげるのに、そう思った。
 そんな風に思ったのは、やっぱり赤い眼の見せる幻覚のせいだったのだろうか。
 見たもの全てを眩惑するという、狂気の赤い眼に、ただ魅せられていただけなのだろうか。
 全ての答えはわからないままだった。
 永夜の繭は今でも、彼女と私達との関係を、優しく包み込んでいた。
 それは結局のところ、幻想郷の始まりから今までの間ずっと、
 その下に住まう者たちにとってのゆりかごとなっていてくれたのだから。





 He told a story for All Fool's Day.


 初恋は報われないほうがきれいじゃないかと信じている、チープな乳脂固形分です。
 今回のお話はオリジナルキャラクターの一人称をメインにしたので、物語として破綻しないように工夫したつもりですが、上手くできていたでしょうか。
 主人公は幻想郷に住む妖怪兎の一匹ですが、大した力も無く、人一倍の好奇心を持っているものの、杜撰で、浅はかで、そのために命を狙われますが、知人の助けを得て何とか生き残ることができる程度の能力の持ち主です。

 永夜抄の登場人物の台詞は結構矛盾が多く、例えば永琳などはしゃべっていることが全て真実だとすると、彼女は人類の誕生以前から生きている神様のような存在で、地上と月を隔絶するような大規模な術をこともなげに行うことができるが(そういうフリをしているだけかもしれませんが)、自分が住んでいる幻想郷が結界によって外界から隔離されていることには気づいていない程のうっかりさんで、輝夜をはるかにしのぐほどの力を持っているのに、異変を解決しにきた巫女に負けて術も解かれてしまう程度の能力の持ち主、ということになります。
 そこでもし永琳に二心があったとしたらどうなるだろうか、という思い付きから作っていったのがこのお話です。まあ、永琳は二心どころか八心まであるわけですが(うまく言ったつもりか?)(いや、別に、さあ)

 結界術に関するうんちくを語っている部分がありますが、これはオリジナル設定でほとんどいんちきです。あまり真剣に受け止めないでいただいて、適度に読み飛ばしていただければ幸いです。
 オリキャラということで、その時点でご不満に思われ、読む気をなくすという方もいらっしゃるかもしれません。そういう色々と問題のありそうな話なので、投稿しようかどうしようかはかなり悩みました。今でも本当によかったのか、悩み続けています。

 (後悔するなら書くなよ。そして投稿するなよ)
 (まあいいじゃん)
 (それでも投稿したくなるのが、読んでもらいたくなるのが、抑えがたいこのきもち)まるで(おもち)
 (これが物書きのサガか)
 (しかしウドンゲ。過去のある女に惹かれる私は病気ですか頭ですか直りませんか)


 何はともあれ、お読みいただきました皆様方、本当にありがとうございました。


2007/04/03 ご指摘を頂き、誤字脱字一部表現を修正いたしました。ありがとうございました。
      録なことでは → 碌なことでは
乳脂固形分
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コメント



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1.100つくし削除
これは面白かったッ……!

東方という作品の持つ、テキスト解釈の恣意性を最大限に利用し、キャラを掘り下げた、とても良いお話でした。名もなき妖怪兎の視点がそれを上手く相対化していて、しかも彼自身にも物語があったので、物語に夢中になって読めました。

なんか小賢しいことを書きましたが、つまりは、面白かった、と。
5.90名前が無い程度の能力削除
個人的にツボにはまった一作。よきかなよきかな。
6.80名前が無い程度の能力削除
元々結界の調査を試みたのはこの兎さんではなくて
てゐの筈ですが、投げっぱなし?

それは置いて、中々面白い解釈でした。
7.50名前が無い程度の能力削除
面白かったかと聞かれればそうでもなかった。
そうでもなかったがすごく力の感じられる一作でした。
ネックだったのはやはり雄兎の想察の強引さでしょうか。
8.70名前が無い程度の能力削除
幻想郷にだって雄はいるよ派な自分としてはうれしいオリキャラでした。
9.100aki削除
長いかなあ…とか思ってたんですが、いつの間にやら引き込まれて読み切ってしまいました。
設定も無理なく受け入れられたので楽しめました。
名も無き雄兎の視点からここまで話を作り上げるとは凄いなぁ…羨まし。
14.100名前が無い程度の能力削除
…いい。すごくいい。
面白かったです。
てい(携帯だから変換がorz)の依頼について語られなかった事が、私には
すごく想像をかきたてられて◎。
実は輝夜からの依頼で…。
報告を受けたテイが、それを自分の中にしまって…。
嘘の報告を受けた輝夜は、それを察して何も言わない。
永琳がどうするのか黙って待っているのか…、などとetc。
主と従者たちの関係、各キャラの心。
楽しめました。ありがとうございます。
次、待ってますよ。
16.80名前が無い程度の能力削除
違和感を全く感じないので時間を忘れて読みふけってしまいました。
ほんのちょっとだけ悲しさが残る読後感、素晴らしいものです。
>録なことではないのだろう
「陸」あるいは「碌」みたいです、一応。
22.90名前が無い程度の能力削除
止まることなく一気に読めた。
なんか上手く言えないけど一般兎(雄)の話の進め方が綺麗で詰まることなく読むことが出来ました。

ただもうちょっと鈴仙の心情を語って欲しかったかなぁ…と思ったかも。
とはいえそれも過ぎると蛇足になりかねないのでこれくらいでよかったのかもしれませんね。

最後に一言、とても面白かったです!正にそれに尽きますよ!
29.90名前が無い程度の能力削除
雄兎の視点で語られる物語にぐいぐい引き込まれてしまいました。…しかし完全な真実は闇の中、かな。一読者としては、鈴仙視点での思考と真実ももっと知りたかったような、そうでないような…うーん、どっちやねん(笑
30.100名前が無い程度の能力削除
切ない
39.100名前が無い程度の能力削除
うまく言えないけど。
これはとても良い話です。
42.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラの主人公が良い味を出してました
良い作品をありがとう。
50.90名前が無い程度の能力じゃねぇ!削除
何て言うんだろう、こう、オリキャラ主人公でここまで夢中になったのは初めて。また何回か読んで、自分なりの解釈を出してみたい。
とにかく物凄く丁寧に作り込まれた創想話でした。面白かった。
51.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラということで最初「どうかな・・・」と思いましたが、
素晴らしかったです。
物語にどんどん引き込まれていって気付いたら読み終わってました。
ありがとう!素晴らしい作品。ありがとう!
59.無評価ルドルフとトラ猫削除
エイヤッショーは妄想をかりたてられていいですねぇ
とおいものにも、近いものにも想いを馳せてしまう
いい作品でした。感謝
61.90名前が無い程度の能力削除
かなり面白かった。こういうの…好きだな…。
美しき失恋か…。ふっ。
62.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラといえば目立たぬ程度がほとんどだったのに…

に、してもすごい作品だった。GJ!
違和感がほとんど無いよ
69.70削除
このお話は永夜抄の解釈としてめずらしいものですね。
永琳が輝夜を裏切り月に帰ることを望んでいた――。
ぐぐっと読ませる力のある解釈でした。
序盤での鈴仙と雄兎との交流や、鈴仙の孤立した立場などは感情移入して読んでいました。
細かいところでは、萃香が石灯籠にわらわらと鎮座し、わらべうたを謡うシーンがなんとはなしに不気味であったり。(雄兎は自分が妖怪だからかスルーしてたけどw)
てゐがアイドルだったりw

それでも70点なのは、紅魔館でのあれこれや、消化されない永夜結界の真意、てゐの依頼理由があったりするからです。
あとは、時々雄兎が読者視点というか、プレイヤー視点になっているように感じられたことが微妙なひっかかりになったからです。
(結界組という単語や、弾幕戦になってからが)

えー。長々と感想、批評書かせて頂きましたのでこれにておいとまいたします。
72.100deso削除
うん、これは面白かったです。
考察の内容についてもそうですが、描き方が上手い。とても楽しめるミステリー。
主人公も魅力がありますね。読みながら、がんばれーと応援してしまいましたよw
77.無評価乳脂固形分削除
 ご感想、コメントありがとうございました。
 思った以上の高評価を得られて舞い上がっております。
 真相やてゐの依頼理由が未消化であることを気にされる方がけっこういらっしゃったみたいで、それは自分にとっては予想外で、勉強になりました。当初書いていた段階では、長くなってきたので二部に分けて、前半は雄兎の話、後半はてゐや輝夜の視点から永夜異変の真相を語る、という構成にしようかとも思っていたのですが、どうも後半をダレないように書ける気がしなかったし(筆力不足のようです)、オリキャラメインで独自考察が入った話をそこまで長くするのもどうかと思ってやめてしまいました。しかしながら一か月たった今、読み返してみると確かに強引な部分が多々見受けられましたし、今のままの長さでも、もう少し違和感のないように練れたんじゃなかったかと反省しております。やはりミステリー仕立てにした以上、すっきり整合性が取れた形で真相を明らかにしないとだめなのだろうか…などといろいろ考えました。
 次回は、今作の問題点を解消できるようにチャレンジいたします。

>引き込まれて これはもう、最高に嬉しい讃辞です。本当にありがとうございました。

>雄兎が読者視点というか、プレイヤー視点になっているように感じられた
 結界組という単語は、永遠亭側が敵集団を識別するためのコードネームとして(第二次大戦のときにアメリカ軍がゼロ戦のことをジークと勝手に名前を付けて呼んでいたように)普通に使っているのだ、という風に考えて書いてました。また、雄兎は永遠亭の訓練である程度、鈴仙の弾幕を見た経験があるという設定でしたが、読み返してみるとそんな説明はどこにもなくorz……確かにひっかかるかもしれません。

78.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラ一人称、独自考察ありでここまですごい物語を組立てたことに驚きです。
垣間見られた鈴仙や永琳の心情も切なくていい。楽しめました。ありがとう
79.90名無し毛玉削除
同じ名も無い妖怪(?)として親近感を持ちました。
こういう視点での話の場合、物語の主役たるオリジナルキャラが
無駄に自己主張する作品が多い中、ストーリーテラーとしての役割をまっとうし
なおかつ既存の世界観に新たな広がりを感じさせてくれる…いいですね。
80.100名前が無い程度の能力削除
心地よい読後感を感じました。
84.90とらねこ削除
いい感じのオリキャラですね、自分の書いてきた文章が薄っぺらに見える……。 
謎解きの展開と雄イナバの思い、永夜抄に関する独自の考察。鈴仙の悲しみ、
お見事です。彼女達に幸あれ。

89.100名前が無い程度の能力削除
今更だけれど、これは面白い。
SFチックな部分も興味深く、乳脂さんの独自の見解も趣がある。
オリキャラが主人公だけれど、特別何かが突出しているわけでもエゴがある訳でもなくすんなり読めました。永夜後の永遠亭を別視点から楽しめる、素晴らしい一品だと思います。
95.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷の名も無き妖怪でこんなに感動するなんて・・・
オリジナル設定というのも、色々考えさせられて良いですね
読み終わった後にも妄想が止まらない・・・!
96.80名前が無い程度の能力削除
何故もっと早くにこの作品を読まなかったんだ…!

私の中で大変印象に残る一作となりました。
105.70名前が無い程度の能力削除
面白かったです。永琳の二心や鈴仙の心情変化など
とても引き込まれました。
ただ他の方も言ってますが、余韻としてではなく無意味に
回収されなかった謎(てゐの調査依頼など)が少しだけ
引っかかりました。オス兎の視点が時折神の視点(作者視点?)に
なっているところも、物語への没頭を妨げてしまっているように
思えました――が、それでも十分以上おもしろかったです!
108.100名前が無い程度の能力削除
こんな面白いのに気付いてなかったなんてorz





永琳も輝夜も鈴泉
130.90名前が無い程度の能力削除
いつのまにか引き込まれた
145.90名前が無い程度の能力削除
確かに永のバックストーリーは解釈の余地が広く存在してそうですね。
語り手の兎さんの解釈もアリだと思うくらいに、お話に引き込まれました。
そして最後のシーンの鈴仙の姿を思い浮かべるとどうしようもなく切なさが込み上げてくる。
私も作者さんと同じ病気のようです。
155.90名前が無い程度の能力削除
エイヤッサ組は相変わらず縦方向に幅が広い。オリキャラ兎の一人称故の、思い込みと憶測にみちあふれた“決して真実ばかりではない物語り”。
しかし、本来物語とはそういう曖昧なものをあらゆる視点から見ることで組みあがってゆく、偶像的な要素を多分に含んでいるのも、また事実。
サスペンスの面と、ある種の求聞史記的な面白さが楽しかったです。