Coolier - 新生・東方創想話

昔話~カタチ無き物に終わりなし~ 前編

2007/03/23 11:13:14
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  ※注意1 『焼肉もバーベキューも戦争の一つである』の続きです。
  ※注意2 主役は藍と紫、美鈴です。
  ※注意3 なおこのシリーズは美鈴がもし本当はすごく強かったら、というIFの話です。





  ミスティアが経営している屋台『焼き八目鰻店』には常連というものが存在する。
  我々の一般的な焼き鳥屋で言うと仕事帰りのサラリーマンの中でもしょっちゅう来る人たちだ。
  そしてそういう人たちに限って経営者はそれなりのサービスを行う。  
  それはミスティアの店でも変わらない。特有の常連客が居る。

  さて、今回話す常連客は彼女の友人のチルノやルーミアをはじめとする普通の常連客ではなく、
  一風変わった、普段ミスティアと付き合うことは殆どない、それでもこの店にはよく来る、そんな常連客たちだ。
  
「さて…チルノたちも帰ったし、あの人たちもそろそろ来る頃かな」

  彼女の店にはそんな一風変わった常連客のみが現れる時間帯がある。夜、それも夜更け前の数時間の間。
  
  以前は様々な時間帯に現れたのだが、とある事件(その常連客が喧嘩騒ぎを起こした)をきっかけに
  それだと周りの客に迷惑をかけてしまう、ということで常連客はルールを決め、
  決められた日の決められた時間帯に集まることになった。
  何しろその騒ぎのせいでルーミアが全治一ヶ月に陥るほどの大怪我をおったのだ。
  それでその客たちを出入り禁止にしなかったのはミスティアの情が深いのか、
  もしくは利益を出すために客を減らしたくなかったかのどちらかだろう。

  さてそのルールとは、皆が寝静まっているこの時間帯にのみ集まる事にしようというものだった。  
  ちなみにミスティアだって休みたいため、毎日というわけにも行かず
  時間帯を決めてそれを店主であるミスティアに伝え、それから店に来ているのだ。
  一般客にはミスティアがその日になると直接伝えている事から
  そのルールはいつの間にか彼女たち以外の一般客、普通の常連客にも浸透し、
  その時間帯になると一切客がこなくなるようになった。完全に貸しきり状態になるのだ。

  そして今日はその常連客の集まる密やかな飲み会の日。
  普段博麗神社で行われている宴会とはまた違った宴会の姿が拝めるわけだ。  
  
「邪魔するぞ」
「いらっしゃ~い」

  最初に入ってきたのは藍。彼女は古参の常連組だ。
  普段は割烹着を着て主の紫や式の橙の世話を焼くことで精一杯なため息を抜く暇がない。 
  無論好きでやってることなのだが、それでも疲労はたまる。
  そんな彼女にとってここは数少ない憩いの場なのだ。心も体もリフレッシュされる。
  何というか……苦労人なのだ、彼女は。

「いつもの奴」
「はいはい」

  ジュウ、と鰻が焼かれる。非常に香ばしい匂いが屋台の中を立ちこめた。

「はい。まずはいつものお酒ね」

  熱燗で出された酒をお猪口に注ぐとクイッと藍は飲む。
  その動作を数度繰り返し、あっという間に飲みきってしまった。

「おかわり」
「はいよ、今日はペース早いね」
「気を抜くにはな、丁度いいんだ。偶には羽目を外して酒に浸りたい」
「店で暴れるのだけは勘弁よ」
「それは分かってる。あの時はその…不可抗力だ」

  新たに出された熱燗を持ちながら歯切れの悪そうに藍は言った。
  そう、何を隠そう彼女こそこの場で喧嘩を起こした張本人の1人。
  そしてもう1人は実は美鈴だったりする。彼女もまたこの店の常連だ。
  以前羽目を外して酒を飲みすぎ完全に酔ってしまった2人はつまらぬことからいい争いになり、
  それぞれ最も言って欲しくない事(美鈴は『中国』藍は『テンコー』)を言われてしまったため
  酔いが悪い方向に回ってしまい、つかみ合いになり最終的には拳で語り合う喧嘩になったのだ。

「まぁ、酔った人は皆そういうわよね」
「グッ……」
 
  店主としては酔った勢いで店を半壊されたのではたまった物ではない。
  責任深い藍もその罪は重々承知しているため強くは言えなかった。
  仕方なくチビチビと酒を飲む事にした。

「むっ、既に先客が居たか」
「いらっしゃ~い」

  次にやってきた常連客は慧音だった。妹紅と普段はいるのだが、時にはこうして1人でやってくる。
  里では子供たちに勉強を教えたりしており、里からは先生などと呼ばれている。

「店主」
「はいはい、いつもの奴ね」

  慧音にはグラスが渡される。グラスは升に入れられ、溢れるほど注がれた酒は升に溜まっていった。

「その顔を見るとまだ今来た、というところか?」
「まあな。慧音こそ今日は来るの早かったじゃないか」
「妹紅は輝夜殿と今日も決闘だ。どうせ何時もの事だから今日は外させてもらった」
「苦労しているんだな」
「それはお互い様だろう? お前も主には色々と苦労させられていると聞いている」
「まぁそれが仕事なのだから仕方ない」
「でもそれが好きでやっているのだろう?」
「お前だって好きで妹紅と付き合っているんだろうが」
「結局は」
「似たもの同士だな、我々は」

  どちらからともなく笑いあうと2人同時に酒を煽る。
  程なくして慧音の鰻が出来た。ホカホカの鰻をハフハフと口に入れる。

  2人の話は基本的に家庭の事と近所の事で占められている。
  慧音は人間の里の事件や風流、あった出来事や近況報告を、
  藍は基本的に橙の話や紫の話をはじめとするマヨヒガの話にその周辺の事を話す。
  基本的に2人は話し上手、聞き上手のため下手な摩擦は起きず円滑に話は進んだ。
  
  そして小一時間ほど時間がたったところで次の客がやってきた。

「ごめんねぇ、遅くなっちゃったわ」

  西行寺幽々子である。

「おそいぞ幽々子殿」
「先に始めさせてもらってます」

  そう、彼女もまた常連客だったりする。普段の彼女は能天気で天然と思われがちだ。
  そしてその影響で妖夢が迷惑を被り、何時も何時もゴーイングマイウェイを貫いている。
  だが彼女とて何百年も生きた幽霊だ。精神は妖夢よりも大人。
  妖夢に心配をかけないように振舞ってはいるが、彼女は彼女なりに悩みを抱えている。
  普段の悪戯行為はその悩みを何とか忘れようとしている行動から出たものだ。
  妖夢を誰よりも大事に思い、心配してきた幽々子もまた苦労人といえるかもしれない。

「妖夢が中々寝なくて、抜け出してくるのに苦労したわ」
「それはご愁傷様です。ですが普段の幽々子様の行動が原因だと思うんですが」
「むぅ……少しくらい気を抜いてもいいと思うんだけどね…あの子も」
「だったら少しいじるのをやめたらどうだ?」
「まぁそれが私のアイデンティティーだから♪」
「やれやれ」

  そうしている間に幽々子にも酒が出された。ただし、一升瓶とグラス。
  他の2人とはスケールが違った。さすがは大食らいで大酒飲み。
  ちなみに出された鰻は他の2人の倍はあった。それをペロリと平らげるのだから流石である。

「そういえば最後の一人はどうしたの?」
「確かに一番初めに来そうな奴が来ないな。藍殿、何か知ってないか?」
「まぁ…美鈴は最近体調悪いからな。来るとしても遅くなるだろう。それにちと頼み事をしてるんだ」
「ほう……」
  
  美鈴は表面上その気さくな性格ゆえメイドたちから人気がある。
  が、彼女自身はその一歩引いた性格ゆえか余り誰かと騒ぐという事をしたがらない。
  そのため何時も飯は食堂ではなく自室で摂っているし、宴会にも一度も出席した事はなかった。
  無論誰かから誘われでもすれば一緒に飯を取ることもあるのだが、それでも何処か一歩退いている。
  またその性格ゆえ他人に心配をかけまいと不調であっても決してそれを明かさない。
  どこか妖夢に似ているところがあるが、彼女なりの配慮なのだろう。
  なおこの店での集まりだけは彼女が唯一毎回出席している行事だ。
  似たような苦労を持つ者たちと話すことを好んだのかその真意を知る事は出来ないが
  彼女は休まず必ず出席している。

  慧音は藍から美鈴の話を聞いていた。
  藍とは彼女が里に買い物に来る際によく会っていたため妖怪の中では数少ない友人だ。
  そんな藍がよく話す美鈴について、慧音は気になった。
  美鈴の歴史について彼女は知っている。
  普段あんな気さくな態度をとっているが、その裏ではとんでもない人生を歩んできた。
  そこまで壮絶な人生を送っている人材は自分が知っている中でも上位に入るだろう。
  また彼女は人には話していない重大な物があるのも慧音は知っていた。
  歴史を操る程度の能力を有する彼女にとっては他人のプライバシーのへったくれもない。

「なぁ藍殿。あなたは美鈴殿とは旧知の仲と聞いたが、一体どのような形で出会ったのだ?」

  歴史を操るとはいえ、事細かに知るとなるとかなり疲れる。
  そのためどうでもいい事に関しては大雑把にしか把握していなかった。

「む、そうだな。以前彼女と出会ったのはマヨヒガだと里で軽く話したのは覚えているな?」
「うむ、覚えている」
「まぁアレは事故のような物…というか私がただ単に幼かったからなのだが……」
「?」

  そのとき、不意に背後に尋常じゃない殺気を感じた。ガタッと藍は慌てて立ち上がる。
  周りはいきなり動いた藍にどうしたのだ? と視線を向ける。
  この様に殺気を収束させて向けられる人物……それは藍の知り合いには1人しか居ない。
  殺気といったものにこの中ではいち早く気付きやすい藍が身構え振り向こうとした時には時既に遅く、
  彼女の首筋に冷たい感触が起こった。

「あはは、駄目ですよ。従者たる者何時いかなるときも決して気を抜いてはいけないんですよ?」

  それと同時に暖簾の向こうから女性の声がする。顔は見えなかったが服装だけで判断できた。

「勘弁してくれ美鈴。寿命が縮む」
「すみません」
  
  冷たい感触の正体は剣だった。美鈴は剣を引くと暖簾をくぐって入ってきた。

「こんばんわ皆さん、今宵も良い夜ですね」
「いらっしゃい美鈴さん。何時ものでいいんですよね?」
「はい。お願いします」

  藍の隣に座っていた幽々子が席を寄せ、その間に美鈴は座った。

(暖簾の隙間から見えた美鈴殿の眼……紅かったぞ。私の気のせいか?)

  普段美鈴の目は透き通った青色。が、一瞬だけ見えた彼女の目は紅かった。
  が、暖簾で隠れ、また見えたときには既に元の色に戻っていたため気のせいか…と慧音は思った。

「どうしたんです?」
「あ、ああ…なんでもない(気のせいだな、多分)」

  とりあえずこの場はそう思う事にした。
  老酒をコップに注ぎ、飲みだした美鈴は一息ついたのか藍のほうを向いた。

「ちょっと時間が掛かっちゃいましたけど、藍さん、頼まれたもの出来ましたよ」
「あ、ああ。礼は後日しよう」

  持っていた剣を藍に渡した。

「それが美鈴に頼んでいた物だったの?」
「はい。かなり古くから使っていましたから。一度本格的に手入れをしようと思いまして。
 新しいのを用意しようにもこれは色々と思い入れがあるんです。
 そこでこういった武器の手入れが得意分野な美鈴に頼み、手入れをしてもらったんです」
「それだけじゃないですよ。それなりの『気』を込めて鍛えましたから以前より丈夫になってますよ」
「ほ~う」

  その剣を藍は嬉しそうに触る。どうやら相当重要なものらしい。

「ねぇ藍、それに美鈴。私たちにも教えてもらえないかしら? あなたたちの出会い」
「え? もしかしてそんな昔の事を話してたんですか?」
「ああ。私としても人の口から語られる歴史には興味がある」
「え~っと、ですけどそんな昔の事って『コンビーフのあの形にはとんでもない秘密があるんですよ』
 というのと同じくらいどうでも良い様な話ですよ?」
「待て美鈴。私とお前の慣れはじめはそんなものだったのか?」
「ああ、いえ、比喩ですよ比喩。ですから剣を喉に押し当てないでください!!」
「ならなんでそんな事いった。私にとっては大事な過去だぞ?」

  どうやら藍は本気で怒っているようだ。

「お、怒らないでくださいよ。ただ私は余り昔の事を話したくないだけで……」
「そんなに私との出会いは嫌だったのか?」
「嫌とかそういうのでは…ただかなり衝撃的だったなぁというのは覚えてますけど」
「む……まぁ確かに。だがお前のほうにも非はあるだろう?」
「そうですね、ですけどそうしなければ目的は達成できませんでしたよ」

  口ごもる藍。どうやら出会った頃の件に関しては美鈴に一理あるらしい。
  そんな2人をワクワク顔で見る他3名。

「……どちらにせよ美鈴、話さなければならない空気になっている。
 『気』を操るお前ならこれくらい察知できるだろ」
「……分かりましたよ。そんなに面白い話じゃないですからね」
 
  最初に念を押すと2人は話し始めた。


 
  ◆  ◆



  それはレミリアたちが幻想郷に来てからまだ間もない頃。
  幻想郷という世界が確立された年からまだそこまで時間は経っていない。
  紫と博麗の巫女が創り出した大結界の中に出来たばかりの新たな世界にレミリアたちは招き入れられた。

  つまりそれは弾幕ごっこというルールが確立していない時期のこと。
  妖怪は人間を頻繁に襲っていたため人間は妖怪を恐れ、妖怪同士は血肉を争う肉弾戦をしていた。
  初期の幻想郷という世界は今とは思えないほど混沌としていた。
  これは、そんな頃の話である。

「ねぇ美鈴。一応貴族として、ここに来る手ほどきをしてくれた者たちには何か礼をした方がいいと思わない?」

  明け方となったころ、出来てまだ新しい紅魔館のレミリアの部屋に呼び出された美鈴は
  そんなレミリアのまるで思いついたような発言に口をポカン、とあけた。

「何?」
「いえ、何をいきなり言うのかと思いまして」
「物事というのは何時も急に起こるものでしょ? 引越し作業も大分落ち着いたからね。
 一応恩人には礼を言っておいた方がいいでしょう?」
「まぁそれはそうですが、知ってるんですか? その人のこと」
「私は知らないわよ。紅魔館にいる中でその恩人の名前や人相とか全部知ってるのはあなただけ」
「まぁ……そうですけど」

  彼女たちがここに来る手ほどきをしたのはスキマ妖怪こと八雲紫。
  なおレミリアは紫の事を当時は顔ばかりか名前すら知らなかった。
  なんでも彼女の知らない場所で美鈴とランドと紫の3人でポンポンポンと話が進んでいたらしい。
  
「頭首としてその恩人の名前くらいは知りたいものなんだけど」
「ああ……それは」

  何故ここまで美鈴がレミリアに紫の名を教えなかったのか。
  それは紫が協力する為の契約として自身の情報を一切教えるな、というものだった。
  何でもこの頃の紫は幻想郷の調整に関して色々とゴタゴタしていたらしく、レミリア等に教えたら
  またゴタゴタが増える、という理由らしい。

「申し訳ないのですが、お嬢様」
「やっぱ駄目?」
「好奇心旺盛なのは結構ですが、大人の世界にはルールというものも存在します。お許しを」
「まだ私を子ども扱いするんだから……。はぁ……分かったわ。
 じゃあ美鈴、悪いんだけど礼を言ってきてくれない?」
「私がですか?」
「当たり前じゃない、その人の事知っているのはあなただけなんだから」
「分かりました。今から行ってきます」
「いってらっしゃい。ああ、ゆっくりしてきなさいな。
 運命も私を狙ってくる妖怪は今日は来ないって言ってるし。私はそろそろ寝るから」
「分かりました」

  すると美鈴の姿がフッと消えた。

「全く……気配消して部屋から出て行くんならせめて窓を閉めてから行きなさいな」

  普段は閉めきられている窓の一つが開いていた。
  ため息をつくとレミリアは窓を閉め、厳重に封をした。



  自室から戟を取り彼女が向かったのはマヨヒガと呼ばれる場所。
  彼女は以前紫から住所を記された紙を受取っていた。
  というか紫の家に、むしろ幻想郷に住所というものがあったのか、と後に思うと驚く。
  
  何しろなれない土地のため迷ったりもしたが何とか辿り着いた。
  途中、幽霊が集まる館があったが、何か強固な意思の様なものがそっちに自身を行かせる事を拒んだ。
  この意思はまぁ…いわゆる大人の事情という事を彼女は知らない。
  
  最初は空を飛んでいた彼女だが、目的地が近くなったところで地面に降り立つ。
  そこは森だった。静かな森。だというのに奇妙な感覚がした。

「見られてるわね……」

  何者かが自身を監視しているのがわかる。
  だが何処に隠れているのかが分からない。上手い気配の消し方だ。

「まぁそれならそれで、いぶり出すんだけどさ」

  戟を突き立てると、両手の平を胸の前でパンと合わせると目を瞑り『気』を練る。
  その間に監視者が襲ってくる気配はない。好都合だ。
  上空に居ない事は先ほどまで空を飛んできて分かっているので、
  森の間、360度全てに『気』を張り巡らせる。
  
(あそこか……)

  どうやら相手は気配を消す事にまだ未熟なのだろう、簡単にいる場所が分かった。
  というよりも長年生き『気』に関することならば間違いなく
  誰にでも語れる彼女から逃げられる妖怪の方が少ないと思うが……。
  
(まずはどのような対応を見せるか…)

  パッと目を開くと同時に、その地点に莫大な量の殺気を向けた。
  ガサッとその地点……人一人が隠れられそうな茂みで音がした。
  今度はそこに向かって事前に手に入れておいた拳大の大きさの石を投げ入れた。
  いや、正確には茂みに入る直前……茂みに触れたと同時に石は真っ二つに切れた。
  美鈴は感嘆の声を漏らす。茂みを揺らさずに切るとはかなりの者だと彼女は感じ取った。
  
  もう一度ガサッと茂みがなるとその人物が出てきた。

「何者だ?」

  九つの尻尾を持った女性。手には大陸の物と思われる剣を持っている。

「…………」

  その剣と、その姿を見てなぜか美鈴は絶句していた。

「今の殺気……そしてこの匂い、お前吸血鬼か。吸血鬼がこの付近になんのようだ」
「…………」

  何を驚いているのか、殺気を込めた声で問う女性に美鈴は全く反応しない。

「……どうした?」

  さすがに困ったのか問うと、慌てて美鈴は意識を戻す。
  戟を手に持つと、ゆっくりと問う。

「あなた……私と以前会った事が?」
「? 何をいきなり。生憎お前のような吸血鬼とは面識がない。私は境界を操る八雲紫の式、八雲藍だ」
「……藍?」
「そうだ。見る限りお前は危険分子と判断する。冥土の土産に覚えておけ」
「…………」

  そう言って藍は剣を右手に持ち、左手には火が焚かれる。狐火という奴だろう。
  対する美鈴は何故か構えず、難しい表情を浮かべている。

「構えないのか?」
「別にあなたに用があるわけじゃない。用があるのはあなたの主。知り合いだから会いたいのだけれど」
「そんな戯言誰が信じるか。生憎似たような妄言を吐き襲撃してきた妖怪はたくさん居るんだ」
「ああ……そういうこと。こんなところまで荒れてるのね」
「遺憾ながらな。全く……下らん。紫様に勝てるはずないというのに。
 とにかくそういうわけだ。式として主にあわせるわけには行かない」

  言うなり斬りかかって来た。それを美鈴は戟を軽く振るっただけで受け止めると
  返しに横で斬ろうとする。がそんな彼女の目の前に藍は左手を向ける。
  その手の平に乗っかっていた狐火が爆発的な火力を持って襲い掛かる。
  だが直線的な攻撃だったため飛んで避けると空中で上手く体を捻り突きを繰り出す。
  それを藍はバックステップで避ける。

「……狐火ね…その尻尾の数どおり、九尾の式」
「お前…その口調や先ほどの口ぶりを見る限りでは、私を知っているのか?」
「さぁ、あなたが知らないんじゃ多分私の勘違いだと思うけど」
「…生憎私は式だからな。呼び出される前のことは知らない」
(なるほど。そういうこと)

  着地した美鈴は独特の構えを取る。
  藍は美鈴が今の流れで単に小手調べをしていた事に気付いた。
  どうやら遊ばれていたらしい。

「ならそれでいいじゃない。私は唯の勘違い、あなたは知らないんだから」
「……それもそうだな。しかし奇妙な女だな、お前は」
「よく言われる」
「名前を聞こう」
「別に他人に誇れるような名前など持っていないわ、特に敵に対しては。今はただの門番よ」
「……お前も従者か」
「そういうことで、話を戻すけど、通させてもらうわよ」
「…………同じ従者として通すわけには行かない」
「じゃあ……行くわよ」

  瞬間美鈴の体が消える。藍はすぐさま反応して剣を動かすとその突きをとめた。
  が完全にとめることは出来ず、かなりの距離を押された。

「へぇ…驚きね、今のを止めるなんて。私の人生でも数えるくらいしか居ないわ」
「伊達に……長く生きてはいなくてね。紫様にスパルタ教育を施されたから」
(まぁ…それだけじゃないんだけどさ)
「そういうお前こそ相当高度な戦い方をするじゃないか。手加減されているのは分かっている」
「まぁね、色々と事情があるの」
「みた感じでは私と同じくらいの容姿に見えるが……一体何年生きてる?」
「少なくともあなたよりは年上」

  言うなり今度は美鈴の方から攻撃を仕掛ける。
  流石にもう狐火を使う余裕はないのか、剣のみで戦う。
  
  それからの戦いは圧倒的なものだった。美鈴は藍の攻撃を受けとめながら
  まるでそれを味わっているかのように少しずつ、少しずつ力と速度、技術を上げて行く。
  藍は途中から本気と書いてマジと呼べる程の力で戦っていたのだが、
  美鈴の上昇傾向は止まるところを知らず、最終的には終始押され気味になった。
  そして最終的には持っていた武器を吹き飛ばされ、決着。
  蹴りで吹き飛ばされた藍の首筋に戟の刃の部分が当たる。

「はい、これまで」

  そう言うと美鈴は戟を戻した。

「何故殺さない」
「生憎私は殺人狂じゃないし、死にたがり屋を殺すほど落ちぶれてもないわ。
 それにあなたに案内してらった方が早く会えそうだし」
「クッ……」

  悔しそうに舌打ちをする藍。

「剣筋は悪くない。良い師を持ってるわね。さすが紫さんといったところかしら。
 ただどうもその眼と耳に頼ってる感が否めないわ。感覚に頼るのは捨てたほうがいいわね。
 感覚を奪われたらそれであなた終わりよ?」
「…………」
「まぁ、これは誰しもが一度は通る難関。でもあなたなら直にでも抜け出せるでしょう。
 あとその剣だけど、まだ上手く使いこなせてないわね。クナイとか、短刀とかそういうのがいいと思うけど」
「生憎この剣には思い入れがあるんだ。…まぁ助言はありがたく受取っておくがね」
「そうしなさいな」

  剣を美鈴は拾うとほうって藍に返す。

「……で、勝ったんだから案内よろしくね」
「……分かった。どうやら本当に紫様のお知り合いらしいからな」

  剣を鞘に収めるとついて来い、と眼で送りサクサク歩いて行く。
  美鈴は戟を背に背負うとそれについていった。



  マヨヒガの中にある八雲一家の住処。
  和風の家で、掃除が良く行き届いているのか非常に綺麗だった。
  ガララ、扉を開けると

「お帰り藍。あら、いらっしゃい美鈴」
「ええ、お久しぶりです紫さん」
「紫様、起きてらっしゃったんですか?」
「今日はどうも寝つきが悪くてね。誰かが来そうな気がしたのよ。まぁまさかあなただとは思わなかったけどね」

  出迎えたのは紫だった。
  藍は夜行性で一日の半分を寝て過ごし、グータラ生活を送っている彼女をずっと見てきたため、
  このように未だに起きていることに驚いていた。

「さ、上がりなさいな。藍、お茶の用意をお願い」
「は、はい分かりました。ささっ、どうぞ」

  客と分かるや否や先ほどと打って変わって藍は丁重にもてなした。
  美鈴は苦笑しながらもそれに続く。

  居間にはコタツが設置されており、ミカンが乗った籠が乗っている。
  その近くに皮が散乱している辺り今の今まで食べていたようだ。

  藍は割烹着を着ると急いで茶を入れに台所に向かう。
  その姿が何と似合っている事か。

「はぁ……グウタラに拍車がかかりましたね紫さん。藍さんが可愛そうですよ」
「あら、あの子も好きでやってるんだから。ねぇ藍?」
「ええ、まぁ。勿論もう少しマシになってくれればと思いますけど。
 例えば起きる時とか、毎回長時間かけて起こす私のことも考えてください」
「藍……言うようになったわね」
「事実です。あっ……それと……」
「まぁもう敵同士ではないですから教えてもいいでしょう。
 美鈴です、紅美鈴。美鈴で結構ですよ。何です?」

  狐火で一瞬にして湯を沸かしたのか、お盆に急須と湯飲みを置いた藍は
  コタツの上に置くと自身も座って聞いた。

「えっと……何故私にも敬語なんです?」
「さっきは敵だったから。今回の件に関してはお嬢様直々の命令だったから、それを邪魔する物は敵なんです。
 敵に対しては容赦はしないって昔から決めてまして。
 で、今はこうして紫さんの世話をする式なんだから私の敵ではありません。
 それよりも藍さんこそ私に対して敬語はやめてください。何というか、違和感を感じますし」
「は、はぁ……」

  美鈴は中立や味方に対しては非常に丁寧な態度をとるが、相手が敵だと断定した場合は
  敬語も何もかも止め、『紅美鈴』としての態度をとる。
  ただ今のように敵だったものが中立、味方に変わった時には
  冷たい態度から急変、丁寧な態度に戻るため、その態度の変貌振りを見るとまぁ驚くのは無理もない。

「藍、言うとおりにしなさい。
 普段の真面目モードのあなたを見ている者にとっては敬語はちょっと違和感あるわ」
「では……コホン」

  軽くせきをつくと、いつも通りの凛とした表情に戻った。
  使い分けが上手いのは良い事だ…と美鈴は素直に感心する。

「先ほどはすまなかったな、美鈴」
「別に構いませんよ~」

  頭を下げて無礼をわびる藍と笑いながら言う美鈴。
  先ほどの戦闘からは考えられないほどの付き合い方である。

「で、美鈴、一体何のよう?」

  このままでは話が始まらない、と紫は早く話せとばかりに言う。

「ほら、私たちがここに来るときに手ほどきをしてくれたじゃないですか。
 そのお礼に今日は来たんですよ。生憎みやげ物はないですけど」
「ああ、いいわよ別に。というかあなた唯それだけのためにここに来たの?」
「仕方ないじゃないですか。紫さんはこちらには暫く来ないって言ってたんですよ?」
「そういえばそうだったわね、わざわざご苦労様。
 まぁ、下手に暴れなければ私は何も言わないわ。今後ともよろしく」
「はい」

  なんとも簡単な用件である。たったこれだけのために美鈴ははるばる紅魔館からここにきたのだろうか?

「あと、紫さん」
「?」

  急に真剣な表情になった美鈴に驚く紫。美鈴はチラチラと藍を見ていた。
  ああ、なる程、と紫は納得する。当の藍は気付いていない。

「藍、悪いのだけれど買い物頼むわ」
「突然ですね」
「今思い出したのよ。ちょっと私たちは大人の大事な話をするから席を外してもらいたいの。
 お釣りであなたの好きな油揚げ買ってきていいから」
「あ、はい。わかりました」

  最初困惑した顔だったのに、油揚げという単語でパァーッと顔が明るくなる。
  藍は直ぐに買い物の用意をすると家から飛び出て行った。そんな彼女の後ろすがったをみて2人は苦笑した。



  ◆  ◆



  藍の話が終わった。

「とまぁこんな感じだ」
「へえ……美鈴さんと藍さんが知り合いだってのは聞いてたけど、
 あのスキマ妖怪とも知り合いだったのは知らなかったよ」

  鰻を焼きながら聞いていたミスティアは驚きの声を上げる。

「私がココの外にいた頃に紫さんと知り合ってね。それからずっと長い付き合いなんですよ」
「ちなみに2人が出会った時期は私が生まれる前だ」
「確か藍殿は既に式として生まれてから1000年を超えていると聞いたが」
「ああ。そう考えると私の人生以上に長い間2人は付き合っているということだな」
「あのグウタラな紫とねぇ……ねぇ美鈴。どんな出会いだったの?」

  お前がそれを言うか? と全員が幽々子を見るが、あえて口にはしない。

「外の世界で紫様と美鈴は会ったと聞いている」
「そうですよ。いやぁ会うなり戦闘になりまして。当時は今みたいなルールなんてなかったから
 一晩中殺し合いしてました」
「へぇ……結果は?」
「引き分けですよ。双方共に戦闘不能で。紫さんってやっぱ強いんですよ、何時も寝てますけど。
 本気出してやって、何とか引き分けに出来たという感じですね、あの頃は」
「やはり八雲の主は強かったか……」
「まぁ紫様は反則ぎみの力を持ってますから」

  ちなみに今の会話でも大分はしょっているが、実際はこうだ。
  紫は面白半分に様々な場所に現れる。
  その時はとある吸血鬼一族(スカーレット一族)にとんでもない大物(美鈴)が入ったと聞いたため興味本位で訪れた。
  丁度美鈴が封印から解かれスカーレット家の門番についてからまだ余り時間がたってない頃の事だ。
  噂というのはとんでもない速さで世界に駆け巡る物である。

  で、会ったのが自身と余り変わらない年頃に見える門番。
  それで更に興味を持った紫はそのまま戦闘モードに直行。
  美鈴は美鈴でその紫を敵として認識したため同じく戦闘モードに。
  暫く戦った後、美鈴は本気を出さなければならない、とランドに許可を貰い戦いは更に熾烈を極めた。

  結果、引き分け。美鈴が言っているように双方共に戦闘不能のためだ。
  美鈴はあの結果をかなり危ないものだといっていたが、実は紫も同じ事を言っている。
  ここから得られる情報は、当時の美鈴は紫と同等の力の持ち主だということ。

「で、当時の藍と今の藍を比べて美鈴はどう思う?」
「私ですか? 藍さんは強くなってますよ。妖夢さんなんて眼じゃないでしょう」
「うわぁ、酷い事いうわね」
「事実ですから。私も藍さんも紫さんも1000年以上生きている身ですし、
 それを越そうと思ったらそれ以上の量と質を持って訓練しませんと」
「それ、妖夢に言わないでよ? あの子本気にしちゃうから」
「はぁ、わかりました」

  その後はまた何時も道理の飲み会に戻った。
  藍は何時もの羽目を外して飲みまくり、幽々子と飲み比べまではじめてしまった。
  慧音は美鈴と人里についての話し合いをしている。
  その折、美鈴は思った。

(やはり、思い出していないのかもしれませんが、藍さん、あなたは私とその前にあっているんですよ?)

  隣で馬鹿飲みしている藍に向かって心の中で思った。


           

                             後編に続く
総括は後編でします。
なお、誤字脱字などの報告を前編から見つけた方は
こちらにお願いします。
長靴はいた黒猫
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コメント



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4.無評価名前が無い程度の能力削除
<美鈴は『中国』藍派『テンコー』
「藍は『テンコー』」だと思います。

相変わらずいい話ですね。
7.70名前が無い程度の能力削除
妖怪が全治一ヶ月って…。
あたりが焦土にならなかったんでしょうか?
9.100時空や空間を翔る程度の能力削除
作品必ず拝見してます。
読んでますと時間を忘れてしまうほど・・・・・・

応援してます。