Coolier - 新生・東方創想話

小悪魔さーど

2007/02/13 08:25:34
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 四方を囲むはただひたすらに本、書籍、図書。そこは昼なお薄暗く、静謐な空気が漂う知識の集積所。背高く、大きな本棚が無数に林立する広大な空間。
 幻想郷は紅魔館の地下に存在するこの施設は、『ヴワル魔法図書館』と呼ばれている。
 その魔法図書館には一人の魔女が住み、ただただ本を読み続けていた。
 魔女はただただ読んでは次、読んでは次と読み散らかし、整頓のなされていない図書館をより酷い、広大な本置き場と変貌させた。
 度重なる本雪崩で三度ばかり死に掛けた魔女は、これはいかんと、整頓用の使い魔を求めて召喚の儀式を行った。
 召喚に応じたのは、赤い髪を靡かせた名も無き悪魔。
「こんにちは悪魔です。お呼びですか?」
 にこやかに魔女へ問う彼女は魔界からやってきたという。
 魔女は召喚した悪魔を足の爪先から頭の天辺まで見分してこう言った。
「あなたでいいわ」

 それが、二十年以上前の話――。





 今日も、ヴワルの空は荒れていた。

 半地下に設けられた図書館で『空』という表現はおかしいが、空間をいじることにより実現した『弾幕ごっこ』が自在にできる程の異常な広さは、やはり空という表現が分かりやすい。
 そんなヴワル魔法図書館の空に一人の魔法使いが軌跡を描いていた。
 黒くとがった形状に白い大きなリボンをあしらったウィッチハットを被り、黒と白のエプロンドレスを纏って、穂先から星屑の尾を引く箒に跨った魔法使いは、名前を『霧雨魔理沙』といった。長い金髪を靡かせ、赤いリボンと青いリボンで彩った髪の一房を耳の前から垂らして躍らせ、空を裂く音と衝撃を撒き散らして魔理沙は飛ぶ。風呂敷に包んだ図書十数冊ばかりを戦闘機の増槽――外付け燃料タンク――のように箒へぶら下げ、獲物を仕留めてほくほくした笑みを浮かべて。
「真っ赤な表紙♪ 分厚い魔導書♪ 優しく、読み解いて、くれと、ねだる~♪」
 楽しげに歌う魔理沙の後方から猛然と追い上げてくる影があった。
「ほーん! 返してくださーい! 持ってかないでくださーい!」
 背中に蝙蝠のような翼を生やし、頭部にも同じ形状の小翼を生やした悪魔だ。黒い司書服を隙なく着こなし、顔には鋭利な印象を与える眼鏡を掛けている。背中では腰まである鮮やかな赤髪が長くたなびいていた。
「あー? 聞こえんなぁー『小悪魔』ァ?」
「嘘ばっかりー! 思いっきり聞こえてるじゃないですかーっ!」
 ロングスカートの裾を風圧でばたばたとはためかせながら、ヴワル魔法図書館司書の『小悪魔』が叫ぶ。頭部小翼と背部翼を後退させて空力抵抗を軽減、脚部より高圧魔力を噴出し、さらに加速。先を行く流星の魔法使いにリトルデビルが迫る。
「いやいや聞こえてないぜ。今日は耳が一部日曜日でな。一部の言葉が聞こえないんだ」
「一部の言葉ってなんですかっ!?」
「『返して』と『持っていかないで』だ。というわけで何を言っているのか一部聞こえないが、真っ赤な表紙の分厚い魔導書その他数点の図書を借りてくぜ」
「それらは貸し出し禁止どころか持ち出し禁止です!」
「アーアーキコエナイー」
 高速飛行中だというのに魔理沙は両手を離して耳を塞いだ。余裕綽々いけしゃあしゃあ。
「返さないのなら実力行使に訴えますよ!」
 最後通牒を行い、小悪魔は右手に魔力を集束させる。撃墜するつもりだ。
 耳塞ぎ魔理沙はちらりと小悪魔を窺うと、両手で箒を掴んだ。箒が大量の星屑を吐いて爆発的な勢いで加速。二人の距離が開き始めていく。
 小悪魔は既に限界速度。これ以上は速く飛べない。魔理沙が速度で逃げを打つなら射程外に脱される前に撃墜するしかない。
「逃がしません!」
 小悪魔が魔弾を放つ。魔理沙はぎりぎりまで引き付け、背中に眼でもついているかのように左へくるくるとローリングして回避。高速の魔弾が魔理沙の右を抜けていった。
「このぉっ!」
 右の魔弾が外されるなり小悪魔はさらに左の魔弾を放った。魔理沙はちらりとも顧みることなく再び引き付け、くるんと左ロール一回でかわしきる。
「おーお。危ねえ……なっと!」
 魔理沙は急に箒の機首を上げ、急減速を掛けつつさらに左へロール。くるくると側転するような形で小悪魔の視界から消える。
「しまっ……!」
 限界まで加速していた小悪魔は咄嗟に反応しきれず、魔理沙を追い越してしまう。
 急減速から一秒と掛けずに魔理沙は小悪魔の後ろへ回った。ロックオン。
「ケツについたぜ小悪魔。相変わらずいい尻と尻尾してるなァ」
 小悪魔が回避行動を取るより早く、躊躇なく、ショットを掃射。
「あ!」
 形のいい尻から麗しき背中に掛けて被弾。ショットが爆ぜて小悪魔の背中を焼き叩いた。目に見えて失速する小悪魔の上を黒白の高速魔法使いが追い抜き、飛び去っていく。
 痛みに顔をしかめながら小悪魔はタダで逃がすかと無防備に尻を見せた魔理沙を狙った。後ろ姿をレーザー魔法陣の照準に捉え、撃とうとしたところで、
 ――星屑の詰まった小瓶が目の前に降ってきた。
 霧雨魔理沙が対地攻撃手段、星屑爆弾『グラウンドスターダスト』である。
「あ゙ー!」
 炸裂、今。

「あーばよー小悪魔ー!」
 どばんという爆発音を背中に聞き、魔理沙は煙を噴いて墜ちる小悪魔にひらひらと手を振って図書館より飛び去っていった。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 図書館の一角に設けられた閲覧者用の読書スペース。ずらりと規則正しく並べられた椅子と机。
 その一つを図書館の主『パチュリー・ノーレッジ』は本の山で占拠していた。
 パチュリーはぺらりぱらりとページを捲り、記された先人の知識を読み、己が知識へと変換していく。
 へむ、とした無表情からは到底思えないが、パチュリーは読書を非常に楽しんでいた。読むという行為自体は変わらないが、対象たる書物が変われば楽しみも変わる。読書続けてウン十年になるが、まだまだ飽きそうにない。
 ぺらりとページを捲り、パチュリーは卓上に置かれたマグカップに手を伸ばす。黒いカップには白い塗料で星と雲を伴った三日月が描かれていた。夜を描いたこのマグカップは魔理沙からの贈り物だ。贈り手曰く、入館と貸し出し許可のお礼とのこと。
 お気に入りのカップの来歴を思い出してパチュリーはくす、と小さく微笑んだ。持ち手に指を掛けて口元へ運び、注がれた紅茶の香りを嗅ぐ。悪くない。温かみを帯びたカップを傾け、中身を口にする。

「――ぶぱっ」

 噴いた。噴霧した。光の当たり加減によっては虹が出来そうな按配で霧噴いた。
 意図せず口から紅茶を噴霧したパチュリーだったが、顔は本の存在しない方へ向けていた。流石は『動かない大図書館』。本能的に本を守っていた。
「げほっ、ごほっ、うぇっ、うぇぇ……。なにこれぇ……」
 涙目で口を押さえ、右手に持ったままのカップの中身を注視する。見た目と香りはいつも通りの紅茶だ。問題は――。
「なんでこれ……うぇぇ……すごくしょっぱいのよぉ……」
 味である。思わず紅茶を噴霧させる程のしょっぱさにパチュリーは舌を犯されていた。
 少量で充分に味を発揮する塩、ある程度の量を入れないと充分な甘味を発揮しない砂糖。
 この二つを取り違えて入れたかのような激烈な塩味。パチュリーはこれにヤられた。
「小悪魔……間違えたのかしら……。うぅぇぇ……」
 舌を洗いたいが図書館は水気がない。目の前にある水気は海水も裸足で逃げ出す高濃度塩紅茶。飽和量限界までぶち込まれてるんじゃなかろうかとパチュリーは思った。
「……これで舌洗ったら笑い話ね」
 しょっぱい、洗う、しょっぱい、洗う、――エンドレス舌洗いである。
 塩味に喘ぐ舌をぺろりと口から出して、パチュリーは念話で小悪魔を呼んだ。
(小悪魔、小悪魔ー?)
 応答がない。再びコールする。――応答なし。
 三度試して繋がらないのでパチュリーは念話を切った。小悪魔がチャンネルを閉じているらしい。
「むー……困ったわ」
 繋がらないということは、着信拒否か意識が無いかのどちらかだ。どちらにせよ小悪魔は来ない。
「うー……」
 来ないのなら仕方が無い。パチュリーは自力でこの状況をどうにかしなければならない。
 ふわふらと給湯室へ行こうとしたパチュリーの目の前をちんまい影が横切った。
「……でしたらご心配なく♪ 既に充分すぎるほどいただいておりますので♪」
 揺れるショートの赤い髪。頭に小翼、背中に主翼。黒の司書服をその身に纏い、尻で踊るは悪魔の尻尾。
 構成しているパーツはパチュリーに仕える小悪魔と殆ど同様だが、鮮やかな赤い髪は短く、瞳は赤く。――なにより、全体的に小さい。
 悪戯を好む猫のような雰囲気を漂わせた、ちっこい悪魔だ。
「待たらっしゃい」
「うみゃら」
 パチュリーは手を伸ばしてちっこい悪魔の首根っこを捕まえた。ぶらーんと猫のようにぶら下げられるちんまいの。
「あらパチュリーさまご機嫌麗しゅう」
 はんぐどりとるでびるは襟首をつかまれたまま背後を顧みて微笑んだ。
「なにが御機嫌麗しゅうよ“子”悪魔。あんたの仕業ね?」
 向けられた微笑にジト目睨みで答え、パチュリーは容疑者の『子悪魔』を問い質した。
「何が?」
 きょとんと、あどけなさの溢れる顔で首を傾げる子悪魔。
「私の紅茶に塩を盛ったでしょ」
「んーにゃ。あたしはやってないですわよ」
「――今『あたしは』って言ったわね」
 子悪魔の言葉に何かを感じ、パチュリーは「待った!」とばかりに突っ込んだ。
「ん。言いましたけどぉ」
 それとなく眼を逸らして子悪魔は人差し指で頬を掻く。気まずそうなその動作がパチュリーの何かに引っ掛かる。
「私が見るに、あんたは一服持った犯人を知ってる……」
 カマかけにびくと子悪魔が震えた。パチュリーは薄笑みを浮かべて続ける。
「教えなさい」
「えーと……」
「吐け」
「黙秘権を……」
「さもないとパチュリーアサルト」
「こぁ姉がやりましたっ!」
 びしっと敬礼ざまに子悪魔はゲロした。神速の裏切り。――僅か一秒の間もなく成立した見事な司法取引であった。
 ――パチュリーアサルト。
 ウィンターエレメントで浮かせ、オータムエッジで刻み、サマーレッドで追撃し、倒れたところにドヨースピアでトドメを刺す情け無用の猛撃である。
 そんなもん叩き込まれるのは誰だってごめんであろう。子悪魔を責めることが誰にできようか。
「小悪魔――『こぁ』が?」
 子悪魔の自供にパチュリーは怪訝そうに眉をしかめた。その顔が物語るは半信半疑。
 何せ悪魔は『欺くもの』である。
 加えて眼前の子悪魔は悪戯とサボりを日常的に行うダメ司書である。悪戯があれば九割がたコイツの仕業と見て間違いない。
 ――残りの一割が小悪魔こと『こぁ』の仕業なのもまた事実なのだが。
「ホントホントマジマジ。ポットからスプーンでざばーっと」
 わたわたと身振り手振りを交えて子悪魔は説明する。ここで信用できぬとパチュリーが判断すれば賢者の猛撃がその身を襲うことになる故、必死である。
「……『ここぁ』。その手に持ってるものは何?」
 疑いの眼差しで子悪魔こと『ここぁ』を見定めていたパチュリーは、その右手に握っているものに気がついた。
 王冠の蓋がついた小瓶である。身振り手振りで振られ、橙色の液体が中でちゃぷちゃぷと揺れていた。
 ここぁは小瓶を一度見て答えた。
「オレンジジュースですが何か」
 その言葉にパチュリーの目が鈍く光る。口直しが出来れば給湯室まで行かなくて済む。そしてすぐに読書が再開できる。
 パチュリーにとってそれは非常に重要な事柄であった。
「ここぁ。それを寄こしなさい」
「え」
「そうすればあんたの証言を信じてあげるわ」
「うわ悪役の笑み」
「パチュリーアサ……」
「どうぞどうぞつまらないものですが!」
 山吹色のお菓子でございますとばかりに、ここぁは神速でオレンジジュースを献上した。へへぇ、と敬うようにして差し出すあたり心得ている。
「くるしゅうないわ」
 襟首を掴んでいた手を離し、パチュリーはオレンジジュースを受け取った。オータムエッジで栓を抜き、口づけてラッパ飲む。
 一口、二口、三口――。
「ぶぱらぷ! げほっ! お、えっ! げほっ! がふぉっ!」
 噴いた。噴水した。ぱちゅしゅっと中庭の泉に置けそうな勢いでオレンジジュース噴いた。
 喉を押さえパチュリーは激しく咽る。咳き込みが止むと、今度は口を押さえて震えだした。
「かっ、はっ、辛っ! 辛ぁっ!?」
 ――オレンジジュースには、大量の辛子が混入されていた。
 ツンと来る独特の辛さが、塩辛さに疲弊したパチュリーの舌を容赦なく襲う。なまじオレンジジュースの甘味を浴びていた分、その辛さが殊更に効いた。
 膝をつき唇を押さえて涙目でぶるぶる震えるパチュリー。
「……残念だったね♪」
 策略が完全に成功した時の快感にほころぶ顔を、何時の間にか装着した仮面で隠してここぁは笑った。
「残念だったね♪ ん、残念だったね♪ ん~ん残念だったね♪」
 笑いながら歌いステップを踏んで踊る。何時の間にかうさんくさいマントまで羽織っていた。やりおる。
 くるくるーっと楽しそうに回り、パチュリーに背中を向ける仮面の少女。
 ――燃えるように背中が熱い。
「ってか燃えてるし!」
 その背中には火が点いていた。めらめらと燃え上がるうさんくさいマント。手早く留め具を外し火元から逃れる仮面のここぁ。
 火の熱が生み出す陽炎越しにここぁは見た。右手で口元を押さえながら、立てた左人差し指の先に火の玉を漂わせる魔女を。
 魔女はシニカルな笑みを浮かべながらゆらりと立ち上がった。中指、薬指、小指、親指と順に立てて指先に焔を漂わせる。
(やべ……)
 ここぁは逃げるべく背を向けて地を蹴った。翼を羽ばたかせ子悪魔緊急発進(リトルデビルスクランブル)――。
「遅い」
 逃げ切る前にウィンターエレメントがここぁを襲った。
「ふぎゃ!」
 直下から噴き上げた高圧の水流が小さな悪魔の動きを止め。
「パチュリー――」
 賢者の周囲へぐるりと展開された秋の刃が八つ、踊り掛かって刻み散らし。
「――アサルト」
 束ねられた五指から放たれた火球が追い撃ち。
「負けて終わりよ」
 水に打ち据えられ、刃に刻まれ、火炎に焼かれて落ちたここぁへ五つの土槍が降り注ぎ、とどめを刺す。
「うわらばっ!」
 猛撃で外れた仮面がどこへともなく飛んで消えた。

 焦げ焦げここぁをドヨースピアで服ごと床に縫い付けて拘束し、パチュリーは精霊魔法で水を作って口を洗浄した。
 最初からこの手を使えば面倒はなかったのだが、パチュリーは出来るだけこれを使いたくなかった。
 如何せんこの水、不味いのである。口に出来ない程ではないがすすんで口にしたいものではない。
 図書館の不味い水で口をゆすぎ、舌に応急処置を施して、パチュリーはここぁの前に降り立った。
 うつ伏せに拘束されたここぁが目の前にふわりと現れた白く細い足首の持ち主を見上げる。
「謎は全て解けたわ。わざわざ辛子を仕込んだオレンジジュースを用意していたことによって全て繋がった」
 見上げる視線と見下ろす視線が交錯した。
「紅茶に塩を盛ったのはこぁじゃなくてあんた。それだけでも十分な悪戯だけど、あんたはそれを布石にしてさらにとどめを用意した。それがあのオレンジジュース」
 パチュリーは続ける。
「塩紅茶で私の舌をおかしくして口直しをするように仕向け、辛子入りのジュースを持って現れる。全く――やられたわ。まだ口の中がぴりぴりする」
「残念ですがパチュリーさま。証拠がございませんわ」
「そんなもの必要ないわ。どっちにしろあんたは私に辛子入りオレンジジュースを飲ませたわけだし、お仕置きは確定事項よ」
「うわひでえ」
「どっちがよ」
「あーもう。お仕置き確定ならいいや。いいっすよゲロしますよ。確かに概ねパチュリーさまの考え通りです。ですが間違ってるところが一点」
 一点、とここぁは人差し指を立てた。
「あたしは紅茶に塩盛ってません。塩と砂糖をすり替えただけです」
「同じようなもんじゃない」
「いんえ、違います。少なくとも塩紅茶で霧吹パチュリーさまんところで満足してればあたしがパチュリーさまに怒られることはありませんでした」
「私に怒られなくてもこぁに怒られるわよ」
「……まぁその」
 言われて思い至ったかのように苦笑して頬を掻くここぁ。パチュリーはやれやれと溜息を吐いた。
「さて、なんでこんなことをしたの?」
 パチュリーが問う。その声は事件を解決した探偵のような空気を帯びていた。犯人がこんな凶行に及ばざるを得なかった事情、それを聞いて話させるところまでが探偵の仕事なのである。解決すれば終わりというわけではないのである。バーロー。
「ふふふ……別に理由なんかないです。強いてあげるなら……単にパチュリー様の悶える姿が見たかっただけっすよん」
 にこっと微笑む犯人ここぁ。
「ここぁ……」

 理由の性質がよろしくないのでセントエルモピラー。

「あ゛ーーーーーー」


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――パチュリー・ノーレッジは悩んでいた。





 セントエルモピラーでこんがりと焼き上げたここぁを、パチュリーは読書スペースへ戻って吊るし上げた。
 天地逆さまとなった“はんぐどりとるでびる”は、こんがり香ばしく焼かれた上に手足を拘束され、何も出来ずただ揺れるだけである。
 時折「あー……」だの「うー……」だのと鳴き声を発するはんぐどりとるでびるを背景扱いにパチュリーはぺらぱらとページをめくっていた。
 二刻もすれば血管が破裂したりとちょっと大変なことになるかもしれないが悪魔なので死にゃしないだろう。……多分。
 ゆっくりと小一時間ばかり掛けてパチュリーは読みかけの本をやっつけた。
「『俺も――もう少し見ていたかった』……二巻はここでおしまい。えっと、三巻はどこかしら?」
 天井から吊り下げられたここぁがうめき声一つあげなくなっていたが、パチュリーは気づいているのかいないのか、積み上げた読了済み図書の山をさらに高くして、現在消化中のシリーズの続きを探した。……見当たらない。
 机上には見当たらず、思い返してみれば持ってきたかどうかもあやふやだった。これは持ってきていないと考える方が自然か。
 パチュリーはやれやれとため息をついて小悪魔ことこぁへ念話で呼び掛けた。
(小悪魔。こぁー?)
「なんでしょうかパチュリーさま……」
「ひきゃあ!!」
 唐突に背後、それも耳元から亡霊のような声に返答されパチュリーは悲鳴を上げて飛び上がった。驚きの余りに椅子を蹴倒し、本の山を崩して机上へ転がるパチュリー。彼女が心臓をどきどき云わせながら自身を掻き抱いて振り返るとそこには――。

 乱れた長い赤髪の女が焼け焦げた服を着て、半裸同然の姿で立っていた。
 だらりと垂れた両腕。虚ろに開いた唇。傾いだ頸。墓場から蘇ってきた亡者のような、生気の感じられないその様相。
 顔は垂れた髪に覆い隠され窺えない。だが赤い幕に幽された金色の禍々しい光がその間から覗いていた。

 三日前に読んだ『洒落にならないぐらい怖い話』の内容がパチュリーの脳裏をよぎる。
 ――これは見てはいけないものだ。

「む……」
 パチュリーはぎゅうと自分を抱いて、
「むきゅー」
 失神した。ばたりこと背中から後ろに倒れて目を回す。
「パ、パチュリー様!? パチュリー様! しっかりしてください!」
 わたわたと慌ててパチュリーを介抱する『見てはいけないもの』こと――小悪魔、『こぁ』。
 第八次持ち出し禁止図書防衛戦で魔理沙に撃墜された彼女は、被弾と墜落の影響で所謂“目も当てられない”状態になってしまっていた。
 ショットをくらった臀部から背部、グラウンドスターダストの爆発から顔を庇った両腕と上半身にかけての司書服は焼け焦げて吹き飛び、上下ともに赤い下着と艶めかしい曲線が覗いている。さらに墜落時の衝撃で頭部小翼を損傷、被弾でやられた背中の羽と併せて上手く飛べなくなっていた。おかげでこぁは墜落地点からパチュリーの居る読書スペースまで徒歩での帰投を余儀なくされた。いくら頑強な種族である悪魔で、此処を己の領域とする司書とはいえちょっと勘弁してもらいたいところである。図書館の広さは半端でないのだ。
 そして疲労困憊でやっとこさ戻れば、今度は念話で呼ぶ主。ヘトヘトに疲れた身体と胡乱な頭は呼ばれるがままに近くへ寄らせ、亡霊じみた雰囲気で返答させた。
 結果パチュリーが失神こいた。呼んでおいてこれなんだから困ったもんである。

「ああもう。仕事増やさないでくださいよぉ……」
 乱れた髪を手櫛で簡単に直し、こぁは失神したパチュリーを抱き起こした。「むきゅー……」と漏れ聞こえる鳴き声。大事はなさそうである。
 ほっとすると同時にパチュリーの唇が目に留まった。やや病弱気味ではあるものの充分に魅力的な色を宿し、薄く開いて吐息を漏らすそこが蠱惑的にこぁを誘う。

 ――魔力補給しないか。

 こく、とこぁは口中の唾を飲み込んだ。無視するには余りにも魅力的な誘いに動きが止まる。
 ……ゆっくり五秒おいて再びこぁは動き出した。
「まだ日は高いけど……ちょっとぐらいはいいですよね。契約結んでますし、負傷箇所治したいですし、体力の消耗分を補わないと仕事を続けるの難しそうですし……」
 小声でエクスキューズを並べてこぁはそっとパチュリーに覆い被さった。自らの唇をパチュリーのそれと重ね合わせるべくゆっくり顔を近づけていく。薄く唇を開いた辺り初撃から“深く”いくつもりらしい。
 二人の距離が狭まっていく。あと十センチ。五センチ。三センチ……。
 不意にこぁが動きを止めた。吐息が互いの唇をくすぐるほどの距離まで近づいておきながら。
 パチュリーが目を覚ましたわけではない。ラクトガールは身じろぎ一つすることなく穏やかに失神している。
 何かの視線を感じたのだ。
 こぁはゆっくりと視線を感じた方、背後へと振り返る。

 ……天井から吊り下げられたここぁと目が合った。

「…………」
「…………」

 きまずいちんもく。

 長いような短いような見つめ合い図書館に終止符を打ったのはここぁだった。
「……ごゆるりと」
 眦から朱の線を垂らしたここぁはそう言って、逆さ吊りのままスルスルと蜘蛛の様に魔法図書館の天井へ消えていった。
 ここぁの気配が消える。
 天井の梁を伝っていずこかへと去ったのか、それとも気配を消して覗き見ているのか。
 こぁはどちらでもいいか、と思った。少なくとも視界の中に入ってこなければ、視線を感じさせなければ見ていても構わない。
 では続きを、とパチュリーへ向き直りこぁは眼を閉じて唇を重ねた。
 触れた唇からパチュリーが伝わってくる。――仄暖かい体温。吸いつくような肌触り。古書の香り。そして、魔導書の表紙を思わせる革の味。
 ……革の味?
(あれ?)
 ぱちとこぁは目を開いた。ジト目で使い魔を睨む主と目が合った。
「…………」
「…………」
 二人の間にはパチュリーが常に携帯する魔導書が存在していた。魔導書を介しての接吻とはなかなか洒落ている。この二人ならなおのことだ。
「……おはようございます……」
 魔導書から唇を離し、微笑を貼り付けた顔で取り繕うこぁ。攻める機を逸したら速やかに防御へ移行するのが生き残る知恵であると彼女は知っていた。
「白々しいわ」
 言い捨ててパチュリーはこぁの額にデコピンを喰らわせた。ぺちんと額の真ん中を弾かれて「あう」とこぁが小さく仰け反る。その隙にパチュリーは悪魔司書の腕から逃れ机上から床へ足を下ろした。
「酷い格好ね。念話も通じなかったしどうしたのかしら?」
 蹴倒した椅子を起こして座り、パチュリーは問う。胸元で抱えた魔導書で身を庇うようにしてジト目で睨みつつ。
 少女の外見とは裏腹に高階梯の力量を持つ主に睨まれながらもこぁは平然としていた。至って普通にパチュリーの問いに答える。
「魔理沙さんが持ち出し禁止の図書を」
「理解したわ」
 パチュリーは眼を閉じて額を押さえた。――これで八度目である。
 確かにパチュリーは魔理沙に入館及び貸し出し許可を与えた。だが持ち出し禁止図書については閲覧はともかく貸し出しの許可は出していない。
「今回の被害は?」
「持出禁止図書は『アトラク=ナクア』、『デュプリケイター作成法』、『地上空母設計図』の三点。それから貸し出しに籍の移ってない新刊が幾つか」
「新刊の詳細は?」
 なんとなく嫌な予感がしてパチュリーは聞いた。こぁは珍しくカテゴリ貸し出し可に(一応)含まれる図書に関心を向けたパチュリーに少し驚き、詳細を読み上げる。
「『鋼鉄蛞蝓X』、『宇宙戦艦大和』、『南瓜鋏』、『装甲核-最後の黒鳥-』、『ジャグワァvs虎眼』、『リボン付きの軌跡』、『リボン付きの軌跡「カティーナ作戦」』、『南十字の凶星』、修復の完了した『遠野物語』の初版。『サイレントサービス』と『戦域88』、は前編後編。『ラーズグリーズの悪魔』が後編。それから『円卓の鬼神』の最終巻。以上です」
 パチュリーは顔を押さえて大きく溜息をついた。
「よりによって最終巻持ってくなんて……」
「不幸にも読み途中でしたか」
「こぁ。奪還してきて」
「出来ると思いますか?」
「無理ね」
「なら言わないでください……」
 主従共々に二人は溜息をついた。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 召喚された悪魔は、悪魔族の割には力が弱いところから『小悪魔』と安直に名を与えられ、図書館の管理を命ぜられた。
 初めは蔵書の整理を。次はパチュリーの身の回りの世話を。
 ――気付けば小悪魔はパチュリーの従者と図書館の司書という二役を担わされていた。
 何時の間にか増えた仕事に人員の増強を訴えるも、それを聞き入れないパチュリー。
 対する小悪魔はサボタージュと塩紅茶を主軸とするテロを敢行。
 本雪崩を筆頭とするサボタージュの影響と塩紅茶やイチゴがないショートケーキを出されるテロにパチュリーは三日で音を上げた。降伏を宣言し、小悪魔の要求通り二人目の使い魔を召喚。

「ちわーすご用命の悪魔でーす。って、え……お姉?」

 魔界で小悪魔の妹分だったという『子悪魔』を新たに雇い入れ、小悪魔の負担は軽減される――はずだった。
 子悪魔を雇い入れて早々に、図書館への来訪者が急増。これにより来訪者への対応という仕事が増加。
 そして増強人員の子悪魔にはサボり、悪戯癖があった。小悪魔の負担はある意味では軽減され、ある意味では加重された。
 さらに持ち出し禁止図書を巡る霧雨魔理沙との攻防戦。
 未だに一度の勝利も得られぬ常敗無勝の戦いに、小悪魔は徒労感を覚えながらも戦わないわけにはいかなかった。
 抵抗をやめたとき、この図書館は陥落するのだ。戦い続ける限り、本質的な意味では負けていないのだから――。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――小悪魔こぁは思っていた。『そろそろヤキを入れておかないといけませんね』と。





 望んだ接吻や体液交換ではなく、魔力供給ポートを介して与えられた魔力で負傷を治し、こぁはパチュリーの元を辞した。自室に戻り服を着替え、給湯室に向かって紅茶の淹れ直しにかかった。パチュリーからここぁの悪戯について知らされたが故である。
「ここぁの悪戯癖にも困ったものですね」
 苦笑を浮かべてシュガーポットの中身を確認する。中身は既に砂糖へ戻っていた。迅速な証拠隠滅である。
「考えナシの仮面を被った策士、か。全く。魔界に居た頃から変わらないんだから」
 昔を懐かしみながらこぁは新たな紅茶の入ったティーポットを筆頭にティーセット一式を支度する。お茶請けは林檎のタルトと盛り皿いっぱいのラングドシャクッキー。三人分を用意して一式を盆に載せ、零さないように気をつけながらこぁは図書館へ戻った。


「それにしても……魔理沙にも困ったわね。どうしたものかしら」
 金色のティーフォークでタルトを一口大に切って口に運びつつパチュリーが言う。
「いっそ出入り禁止にしてしまいませんか?」
 小さな口でゆっくりと咀嚼し、目尻を下げる主を見つつこぁが提案した。ちなみにお茶請けは彼女のお手製である。
「それぐらいで来なくなるようなタマじゃないでしょ。むしろ潜られる方が厄介だわ」
 もくもくと静かにタルトを噛んで飲み込み、パチュリーは静かに紅茶を啜った。
「では戦力の増強を」
「したじゃない。貴女の妹分を召喚して」
 こぁの要望にパチュリーはティーフォークで真上を指して答えた。示すライン上には天井の梁にうつ伏せで身を預けて寝息を立てるここぁの姿がある。
「まだ足りないんです。もっと強力な味方が必要なんですよ」
 紅茶で唇を湿らせ、暖かな芳香で心を落ち着かせてこぁは続ける。
「召喚できませんか?」
「無理ね」
 即答だった。
「……何故です?」
「魔力供給ポートが足りないのよ。召喚したって維持できなくちゃ話にならないでしょ」
「三人目を召喚しようと思ったら私達のどっちかがお役御免ですか……」
「そういうことよ。それは望むところじゃないでしょ?」
「ええ……」
 こく、と難しい顔でこぁは紅茶を飲む。砂糖とレモンを入れた紅茶なのに渋みと苦味が先に来た。
「戦力増強なしに魔理沙の撃退は無理かしら?」
「持ち出し禁止書物周辺に対策は掛けてるんですけど……ここぁ!」
 真上を向いてこぁは妹分を呼んだ。「ふひぇ!?」と寝惚けて跳ね起きたここぁは梁を綺麗に踏み外し悲鳴の尾を引いて逆さに垂直落下。あわやテーブルに突き刺さって犬神家かと思いきや、翼を広げて滑空飛行。くるんと優美な曲線を描いて宙返り一回転ののち両の足で床へ降り立った。
 ここぁ、大地に立つ。
「おー……おはよござーましゅ」
 寝ぼけ眼をぐしぐしと袖でこすり、くわぁと欠伸をする。
「真昼間から仕事もせずにお休みとはいい身分ね」
「有事の際以外はパチュリー様も似たようなものでしょうに」
「むきゅ……」
 妹分へのもっともな揶揄を流し返し、こぁはここぁへ席を勧め、カップに紅茶を注いだ。席に着いたここぁはラングドシャを一つ摘み、サクと齧る。軽く口の中で溶ける食感と程よい甘さがささやかな幸せをご提供。いやぁ……いい仕事してますねぇ。
「で、対策って何?」
「ここぁ手製のトラップワークスです」
 パチュリーの問いにはこぁが答えた。ここぁが二つ目のラングドシャをハムスターか何かのようにサクサクと齧りながら「はーい自分が対策してまーす」とばかりに軽く挙手する。
「効果の程は?」
「絶賛敗北中」
 即答するここぁにパチュリーは指先から圧縮水弾を叩き込んだ。ヘッドショットボーナスでプラス百点。
「いったぁーい! あよん」
「門番といいあんたといい使えないわね」
「相手が悪いんですよ。妹様とガチで戦って勝てる魔理沙さんに対抗できる人がどれだけいると思ってるんですか」
 涙目で撃たれた額を擦るここぁ。ジト目で呆れたような視線を送るパチュリー。溜息混じりにこぁ。
「フォローさせてもらいますけど、ここぁのトラップワークスは本物です。ベトナムじゃ『トラップ魔のここぁちゃん』って呼ばれてたんですよ」
「ベトナムって何」
「間違えました。魔界では『トラップ魔のここぁちゃん』って呼ばれてたんですよ」
「なんでそんな異名持ちなのに魔理沙に対してなんの戦果も上げられないわけ?」
「いえ、初めの頃はある程度撃退出来てたんです。初めの頃は」
「それがなんで今は出来ないのかしら?」
「……えーと」
 パチュリーに不信の眼差しを送られてこぁは明後日の方向へ視線を逃がす。
「トラップ魔のここぁちゃんも地に落ちたってことでしょうか」
「ちゃうわい」
 姉貴分の発言にここぁちゃんが裏手ツッコミで否定を入れた。なんでやねん。
「じゃあどういうことなの?」
「……ありゃカンがいいなんてもんじゃないね」
 外見不相応に大人びた声が答えた。
「視えてるよ。じゃなきゃ納得いかない」
 茶席の空気がキシリ、と凍る。
 燻し銀の雰囲気を纏ったその声は聞く者に冬の木枯らしを思わせた。寒さと冷たさを纏って秋を殺す冬の死に神。
 ここぁが今日までにかいくぐってきた死線が垣間見える、そんな声だった。
「あーんもぉー!」
 しかし、次に発せられたここぁの声はあっさり冬の死神を蹴り飛ばし、凍てつきかけた場の空気を溶かし尽くした。
「視えてなきゃ対空地雷の範囲内に入るはずなのに! 視えてるかのように安全圏を抜けて行くってどういうことよ!」
 突っ伏してバンバンと悔しげにテーブルを叩くちっこいあくま。その姿は駄々っ子に似ている、というか駄々っ子そのものだ。
「いっそ飽和攻撃でも掛けたら?」
 パチュリーの提案に、ここぁは叩く手を止めて顔を上げて答える。
「あんまり頭に来たんで移動用の空域も全部塞いだら、たまたま次に来た咲夜んが引っ掛かりました」
 その際は初弾が命中したものの、残りは全弾かわされた。時止め恐るべし。
 ちなみに咲夜んこと十六夜咲夜メイド長は「バカな。どこにもランチャーなぞ無かったのに……」というコメントを残している。
 余談になるが、この誤爆事故によりここぁはメイド長自らの手で尻叩き三九八回の刑に処された。
 さらに余談になるが、びーびー泣くここぁにメイド長は大変ご満悦だったとか。
「味方識別術式ぐらい組み込んでおきなさいよ」
「図書館人員は全員識別するんですけどネェ」
 もっともなパチュリーの言に、けけけと変な笑いを浮かべて嘯くここぁ。
 ちなみに対空地雷とは地中に潜み、上空を通りかかった敵へミサイルを発射する自律兵器である。ここぁが使うのは魔法の兵器なので死人は出ない。――はずだ。
「しっかしまー。霧雨のあんにゃろ仕掛け爆弾から地雷、ブービートラップまでかわしやがんの。見破られてる様子全くないのによ? 絶対発動させないの」
 ラングドシャを三枚口に放り込んで紅茶を啜り、ここぁは続ける。
「動体センサーの範囲ギリギリを通って敷設した地雷原悠々歩いて、不可視ワイヤーのブービー跨いで六割ダミーの罠本棚から当たりだけを何冊も引き抜いて、読んでまたトラップ原抜けて帰ってくのよ」
 ずすーっと紅茶を啜って口を湿らせ、立て板に水とばかりに言葉を続ける。
「よっぽどの幸運に守られてっか、あるいは何らかの手で見破ってっかだね。問題はどっちもありえないっつーことだけど。……ったく。どーなってんだか」
 テーブルに顎を載せてここぁはぶーたれた。
「オートがダメならマニュアルでやるっていうのは?」
 パチュリーが人差し指を立てて発案するが、ここぁはふるふると首を横に振った。
「一回それやったんですけどね、トラップと霧雨の見える範囲内にあたしが居なきゃならないわけですよ。で、先制の一発はともかく二発目以降は向こうも目ざとくこっちを見つけてくるわけで。霧雨の足の速さは知ってるでしょ?」
 そこで言葉を切って、ここぁはちびちびと紅茶を口にした。が、そこで眉をしかめて、シュガーポットとミルクピッチャーから砂糖とミルクを入れる。
 赤と白、二色が混ざり合う液面に目を落とし、スプーンを入れて掻き混ぜた。
「――勝負にならんのよ。どっかに隠れようにも、あちらさん秘匿物を見つけるのが得意なもんだからなかなか欺けないし。どーにかトラップ原に誘い込んだら今度は手前で止まって、ミサイルとナパームで根こそぎ吹き飛ばしてきやがるし。もーう、じぇんじぇんだめ。お手上げー。わたしははいぼくしゅぎしゃですー」
 ここぁは両手を挙げて、あっけらかんと言った。おふざけのオブラートに包んでいたが、「無理なものは無理」、とでも言いたいのかもしれない。
「一度、私とここぁの二人がかりで待ち伏せを仕掛けたのですが……」
「あたしとこぁ姉が同一線上に並んだところでますたーすぱーくぅー……」
 ミルクティーへ姿を変えたカップの中身に口付けつつ「しおしおのぱー」とここぁ。
「…………つまり対策と言っても全然ダメなわけね」
「んにゃ一概にそういうわけでもないっぽいのですよパッチュリーさま」
 んぁっ、と口を開いて林檎のタルトに齧り付き、もっきゅもっきゅと頬を膨らませながらここぁが反論する。
「はほへはひほふほほんははをひゅうへんへひに」
「「食べてから喋りなさい」」
 主人と姉からの突っ込みにここぁはもぎゅもぎゅもぎゅっとタルトを噛んで飲み込んだ。
「うむ。デリシャス。こぁ姉のお菓子は最高だね」
「それはいいから続き」
 パチュリーに促され、ここぁはミルクティーをくーっと飲み干して口を開いた。
「例えば。一つの本棚を重点的に守るようにトラップを展開すると、そこには手ぇ出してこないのですよ。カンに従ってるんだか見破ってんだか知らないけど、一応抑止にはなってるみたい」
「全くの無駄ではないってこと?」
「まったくのむだではないってことです。こぁ姉、おかわり」
「はいはい」
 こぁは身を伸ばして、差し出されたここぁのカップにおかわりを注ぐ。甘い芳醇な香気がふわりと鼻腔をくすぐった。
「二人がかりで待ち伏せを仕掛けてもダメ、となると……困ったわね。どうしたものかしら」
 ティーフォークを置いてパチュリーはゆっくりとカップを傾けた。清んだ紅色の液体を味わい、思考を整頓する。……はてさてどうしたものかしら。
 思考演算に意識を落とし込んだパチュリーが沈黙を保つこと三分。
 こぁが唇を開いた。
「――問題なのは私達が本気で掛かっても魔理沙さんは掻い潜れるだけの実力を有しているということです。その点において私達は舐められてます」
 不意に喋り始めたこぁに、パチュリーは思考を、ここぁはラングドシャをひょいぱくひょいぱくと貪る手を、それぞれ止めて目を向けた。
「効果的に持ち出し禁止書物を守るには阻止するだけでなく抜本的な対策が必要です」
 二人の視線を浴びながらこぁは筋の通った声で意見を述べていく。
「私が今までに見分したところ、魔理沙さんは『どうしても読みたいから強奪する』というより、本の稀少さと蒐集欲から毎度の行動に及んでいると思われます。どうしても読みたいのなら連日通ってこの場で読むことだって厭わないはずです」
「つまり?」
 その分析を下敷きにどうするつもりなのかをここぁは問う。
「ならばその行動を阻止して、どれだけ高くつくかを一度身体に教え込ませればいい。痛い思いをすれば獣だって学習します」
 こぁはここぁを見、そしてパチュリーを見つめた。見つめられたパチュリーは肩を竦める。
「で、私にどうしろっていうの?」
「実力行使で魔理沙さんを止められる人材を遣してください。図書館専属で」
「私じゃダメかしら?」
「ストッピングパワーはともかく。稼働率、稼働時間に問題が。さらにメンタル面でも」
「……ズケズケ言うわね」
「ライブラリーアドミニストレータとして事実を述べているだけです。必要な時に確実に動作する信頼性、実用に耐える堅牢さ。そして有効にして強力な打撃力。魔理沙さんの強奪を抑止するにはそういったシステムが必要なのです」
 ぐぐっと拳を握って力説するこぁに、ここぁはうんうんと頷いて同意を示した。
「う~ん……」
 パチュリーは椅子の背もたれに身体を預けて天井を仰いだ。こぁからの要望にどう答えればいいかを検討する。
 紅魔館の人員で魔理沙に対して抑止力となりうる存在がいないわけではない。いないわけではないが、さりとて図書館専属で使えるわけでもない。

 十六夜咲夜はメイドの仕事が忙しい。さらに行動ルーチンの最優先にレミリアが存在するので専属で使うのは無理だろう。
 レミリア・スカーレットは館の主でお嬢様でわがままだ。親友の頼みを無碍にしたりはしないだろうが、アテにするには不安が過ぎる。
 フランドール・スカーレットは問題外。魔理沙を慕っているし、何より不安定かつ強力すぎる。守るべき本を周辺諸共吹き飛ばしかねない。
 紅美鈴も問題外。門番の仕事を蹴って図書館専属にできるとは考えにくい。近接戦闘なら互角以上に持ち込めるだろうが、それでは信頼性に欠く。
 パチュリー・ノーレッジもまた問題外。こぁの指摘に間違いはない。事実だ。いくら有効な打撃力があっても信頼性が低くては抑止力にはならない。

「……やっぱりどこからか調達するしかないわね」
 一通りの人材を思い浮かべて考察した結果、紅魔館内では捻出できないという結論が出た。
「そうなると……」
 魔理沙に対して有効そうかつ図書館専属で使えそうな存在をパチュリーは思いついた順にリストアップ。先の紅魔館人員のように検討にかけていく。
「あの、パチュリー様」
「何かしらこぁ。考え事の最中だから後にして欲しいんだけど」
「せっかく専属人員として組み入れるんですから力仕事が出来る人にしてくれると嬉しいです。倒れた本棚を一人で起こせるぐらいならパーフェクトです」
「…………はぁー…………」
 にっこりと笑顔で要望を出してきたこぁと、その中身にパチュリーは眉根を押さえて溜息をついた。
 ヴワル魔法図書館の本棚はどれも巨大にして重厚である。中は殆ど例外なく書物が満杯であり、本棚と合わせると想像し難いまでの重量に至る。そのおかげでちょっとやそっとのことではびくともしない頑強さと安定っぷりを有しているが、……稀に倒れることもある。原因は魔理沙とこぁの攻防戦の影響だったり、魔理沙の気配を嗅ぎつけてやってきたフランドールの仕業だったり、ここぁの工作ミスだったりするのだがそれはさておく。
 問題は本棚が倒れた場合である。前述の通り本棚とその中身の重量は凄まじい。力自慢の吸血鬼であるフランドールが「せっえ、の!」と気合を入れて唸り声を上げつつ両手を使って漸く起こす事が出来る程度に重い。
 そんなものを一人で起こせるような人材はスカーレット姉妹か、あるいは鬼の伊吹萃香ぐらいしかパチュリーには思いつかなかった。
 そして三人とも図書館専属では使えそうにない。
「こぁ。その条件は飲めないわ。それに本棚だったら現状でもなんとか復旧できるでしょ」
「その度に凄い時間と労力を払ってますけどね。使えそうな位置の梁の強度測定と計算とか梃子と滑車の原理を応用したりとか……少しは楽させてくださいよぅ」
「それもあなたの仕事でしょう。給料の内よ」
 パチュリーの言にこぁは俯いた。小悪魔の顔に影が差す。
「………………紅茶にタバスコ落としちゃいますよ?」
 ぎくりとパチュリーが止まる。
「寝てるところにコショウ落としちゃいますよ?」
 みるみるうちにパチュリーの顔が青くなっていく。
「こ……こぁ?」
「はい? なんでしょうかパチュリー様」
 恐る恐る声を掛けたパチュリーにこぁはとびきりイイ笑顔で応じた。
 ――この笑顔は危険である。
 こぁは、要求が飲まれねば間違いなくやる。パチュリーはそう感じた。伊達に一度テロられてはいない。
「……倒れた本棚を一人で起こせる程度の力持ちだったわね」
「はい。よろしく御願いします。パチュリー様♪」
 病弱で白い肌を青白く染めてパチュリーはこぁの要求を飲んだ。対照的にこぁはニコニコと笑みを浮かべる。
 ここぁは我関せずとタルトをもっきゅもっきゅしていた。触らぬこぁ姉に祟りなしなのである。

 ――数分後。

 紅茶を満タンにしたティーポットがすっかり軽くなる頃にパチュリーが口を開いた。
「結論として。要望に沿えるような人材は幻想郷――私達の交友範囲にはいないということが判明したわ」
「……タバスコ……コショウ……ハバネロ……」
「待って待って待って。まだ続きがあるのよ」
 俯いて物騒な単語を呟きだした司書を館主は慌てて取り成し、顔を上げさせる。
「ひとつだけ」
 ぴ、とパチュリーは右手の人差し指を立てた。
「ひとつだけ案があるわ。いないのならば作ってしまえばいいのよ」
「作る、と言いますと?」
「魔力供給ポートを必要としない独立タイプの使い魔を錬成する」
「――できるんですか?」
「理論上可能よ」
「魔理沙さんに対して有効な戦力となりうる使い魔ですよ?」
「……こぁ」
 諭すような口調でパチュリーは語る。
「使い魔の力は使い手に劣ると決めてないかしら?」
「え……」
「思いもしなかった、って顔ね。……至極単純にして合理的な事よ」
 残り少なくなった紅茶をく、と干してパチュリーはティーカップを置いた。
「『自分の力で勝てないのなら、勝てる力を用意してそれを振るえばいい』。そういうことよ」
 にま、と悪戯をした猫のような笑みを浮かべる。
「なるほど。合理的ですね」
「予定もないし、さっそく作成に掛かるとしましょうか」
「楽しみにしてます。頑張ってくださいね」
「何言ってるのかしらこぁ」
「はい?」
「貴女達も手伝うのよ」
 パチュリーの言葉にこぁとここぁの二人は顔を見合わせた。そして異口同音にこう言った。

「「……What?」」


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――子悪魔ここぁは思っていた。『いつかグチャグチャのドロドロにしてやる』と。





 パチュリー、こぁ、ここぁの三人は、ヴワル魔法図書館実験室にやってきた。
 そこそこに広い石造りの部屋である。壁際には実験台やいくつもの棚、木箱が無造作に置かれ、それぞれ得体の知れない物品が載せられ詰められ放り込まれしていた。部屋の中央には炉があり、その上には如何にもといった雰囲気の大釜が載せられている。
 そこは照明の明るさを除けば、紛うことなき魔女の工房だった。
「手伝うのは構いませんが、何をすれば?」
「そのときが来たら言うわ。それまでその辺に座ってなさい」
 有無を言わせず連れてきた割にはぞんざいな扱いだったが、小悪魔二人は割と慣れっこだったので文句一つ言わなかった。手近な椅子に腰を下ろし、出番を待つ。
 小悪魔たちが見守る中、パチュリーは棚から木箱から様々なものを取り出して次々に大釜へ放り込んでいく。
 薬品と思しき液体、何かの葉、美しく光る鉱石、白く濁って粘性を持つ液体、宿した光が躍る赤石、鮮やかな青のメビウスリボン、炎の色をした獣の尾、四足獣の肝、火竜の舌、はるのうぶげ、うみのさる、骨の粉、ヤモリの黒焼き、など等――――兎に角、得体の知れないモノである。
 拳程度の緋金色インゴットを最後に放り込み、パチュリーは投入の手を止めた。はあ、と一息ついてこぁの隣の椅子に座り込む。
「終わりですか?」
「まだまだ……これから」
 座ったままパチュリーは指で宙に魔法陣を描き、歌う様に短く呪文詠唱。魔法陣から勢いよく水が溢れ出し、ありえない流れを描いて大釜を満たしていく。程よく満ちたところで水を止め、パチュリーは椅子から立ち上がった。
「……35リットル、と……。さて、二人とも出番よ」
 先の物とは違うとは呪文を詠唱しながら戸棚の一つへと歩いていく。こぁとここぁの二人も椅子から尻を上げて後へ続いた。
「――――」
 悪魔の聴覚をもってしても意味のある言葉として聞き取ることが出来ない高速で呪文を紡ぎ、魔力を一つの魔法として特化させる。
 並大抵の魔法ならば無詠唱で発動させる程の高階梯にいる術者が高速で長々と呪文を詠唱する。これは非常に強力な魔法が発動することを意味していた。
 集中し高められた魔力が、魔法としての発現を待てぬとばかりに集束点であるパチュリーを中心に緑の微風を起こす。ふわりと三者の衣服が舞った。
 小悪魔二人は踊るスカートの裾にごくりと唾を飲んだ。発現前でこの余波。発動するは如何な大魔法か――。

「ひらけごま」

 小悪魔二人がひっくり返った。
「騒々しいわね」
 先ほどまで立ち込めていた魔力はどこへやら、雲散霧散してあとには何も残っていない。仰々しい前振りは一体なんだったのか。
「ひ、ひらけごまって……」
「パチュリー様、あれだけの詠唱の意味は……」
「ちゃんとあるわよ」
 三人の目の前で軋む音を立てて戸棚が開いた。途端、戸の内から魔力が漂い出す。
「この戸棚は中身が貴重な品ばかりだから厳重に封印施錠してあるのよ。それと分からないように擬装もかけてね。ほら、寝てないでこっちくる」
 ちょいちょいと招かれ、小悪魔二人は戸棚に上半身を突っ込んだパチュリーの左右に立った。
「えーと、ハイドラ、デビルウィング、チタンアルミナイド、フェニックス、サラマンダー」
「パチュリー様……一体何を作るつもりですか……」
「頑丈で強力で信頼性の高い専属人員でしょ?」
「こ、この材料で?」
「この材料で。あ、大釜に放り込んでちょうだい」
 指示されるがままにパチュリーの手で戸棚から取り出された材料をこぁとここぁは次々と大釜へ放り込んでいく。パチュリーはその間に「とじろごま」と戸棚を再封印。
「これで出番は終わりですか?」
「むしろこれからよ」
「一体なにをしろってんで?」
「大釜の中に血を。ちょっとでいいわ」
 怪訝に思いながらも二人は自前の刃物(こぁは苦無、ここぁはスローイングナイフ)を使って左手の人差し指を傷つけ、大釜へ数滴ばかり血を垂らした。
「そんなものでいいわ。それじゃ……下がりなさい」
 お互いの傷を舐め合いながら背後へ下がる小悪魔二人に妙なものを感じながらパチュリーは大釜の前に立つ。
「さて……」
 スペルカードを取り出して発動。火水木金土符『賢者の石』を顕現させた。赤、青、緑、黄、紫の五色五属性の魔石がパチュリーを中心に宙を漂う。
「使い魔を作るのに詠唱は要らない」
 魔石を次々に大釜へと飛び込ませ、魔法陣より生み出した水(魔力を豊富に含んでいる)の中心で一纏めにして結晶化させる。
「情報を与えて肉体を形成させ魂を誕生させるだけでいい」
 お互いの指をしゃぶっていた小悪魔二人の見つめる中で、パチュリーは、結晶化することにより真の意味で完全な物質となった賢者の石を媒介兼触媒に、『使い魔組成術』を発動した。
 ――ごぼり、と幾多の材料を平らげた大釜から気泡が上がる。

 パチュリーの口の端に笑みが浮かんだ。想定通りに術式が作動し、要求水準を満たした使い魔を作り上げていくのが手に取るように分かる。
「あぁ……。いいわ。そう、そう……。うまいわ……。きっと、いい子が出来るわよ……」
 魔女は眼を閉じて恍惚とした声を漏らす。その脳裏に浮かぶは鮮明なる使い魔の幻。

 ――大釜から溢れ出した眩い閃光が、魔女の工房を染め上げた。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――パチュリー・ノーレッジ曰く、『我が、ヴワルの魔学力ァァァァァァァァアアア! 世界一ィィィイイイイ!』





 工房内に太陽が降りてきたかのような強い光は、現れたときと同様に突如として掻き消えた。
 ヴワル魔法図書館実験室にしてパチュリー・ノーレッジの工房が、細かな手作業に支障がない程度の明るさを取り戻す。
「目が……目がぁ……」
「目がー、目がやられたー。こぁねえー」
 咄嗟に身体を丸めて閃光から目を庇った小悪魔二人だったが、浴びせられた光量が多すぎた。失明に至るほどではなかったものの、真っ当に目が機能するようになるまではしばらくかかりそうだ。
「パチュリー様……どこですか。大丈夫ですか?」
「パチュリー様ー、目ぇ見えてないから黙られてると無事かどーかわかんないんですがー」
 盲目状態なので手探りと声で二人は主を無事を確かめようとする。ここまでの閃光を至近からノーガードで浴びれば失明しかねない。ましてやビタミンAが足りないパチュリーである。完全な失明には至らなくとも目には深刻な影響が出るだろう。
 そんなことになれば読書が命のパチュリーは狂うか死ぬか、あるいはその両方かである。
「大丈夫よ。なんともないわ」
 小悪魔二人の危惧をよそに、パチュリーは至って平然とした声で答えた。その顔には黒い何かが掛けられている。
「対閃光防御ゴーグル。二人の分も用意しておけばよかったかしら」
 両眼を完全に覆うゴーグルを外しながらパチュリーは嘯いた。
「そんなものがあるなら先に渡してくださいよぅ」
「てーか出るの知ってるなら「対ショック対閃光防御」ぐらい言えよう」
「錬成は成功のはずだけど、何も出てこないわね……」
 目を瞬かせながら抗議する二人を「今日耳日曜日」とばかりに黙殺し、室内を見渡す。室内には『使い魔組成術』発動前と後で変わった場所は見られない。何かが潜んでいる様子もない。
「大釜の中にいるんちゃいますのん?」
 しぱしぱと目を瞬かせ、自分の手を見て視力の復活を確認しつつここぁが言う。
「たぶんそうでしょうね……」
 ここぁ同様に視力の復活を確認しながらこぁも同意した。
 ふむ、と一言答えてパチュリーは考える素振を見せる。数秒間の沈黙の後、口を開いた。
「こぁ。確認して。もし失敗してたら人型を成してない異形が息も絶え絶えに横たわってるかもしれないけど」
「あー、目がー目がみえないーー」
「じゃここぁ」
「目がー目がみえないよーーこぁねえー」

 ごっすんごっすん分厚い本。

「あからさまな嘘は叩いて見破るものらしいわね」
 頭を押さえてうずくまる小悪魔二人に、やれやれと分厚い本で肩を叩きながらパチュリーは言った。

 ――きぃ、と大釜から異音。

 三人の動きが止まる。
「…………聞こえた?」
「聞こえました」
「聞こえた」
 三つの視線が一斉に大釜を見つめた。外見上の変化はない。震えたり、揺れたり、そういった動きもない。
「こぁ、ここぁ。どっちでもいいから様子を見てきなさい」
「イヤです」
「ヤです」
 即答だった。ジト目でパチュリーは二人を睨む。
「……死亡フラグだから?」
「「Exactly(そのとおりでございます)」」
 慇懃にお辞儀をする小悪魔二人。なまじその頭の下げっぷりが瀟洒なものだからまた一段とパチュリーの癪に障る。
 叩き飛ばして強引に覗かせたろか、と実力行使に訴えようとしたところで――。

「こぁー」

 第三者の声がした。……大釜から。
 再び三つの視線が大釜へ向かう。大釜の縁に手が掛かっていた。人の五指を備えた右手である。
 三人の見ている前で次いで左手が掛かった。こちらも人の五指を備えている。
 ごくり、と誰かが喉を鳴らした。

 ――どんなヤツが出てくるというのか。

 ――手だけがまともな、異形のクリーチャーが出てきたらどうすればいいのか。

 三人の間に異様な緊張が走る。
 大釜の中身は、両手を縁に掛けた。次に出てくるのは――。
「こぁー」
 赤い髪に赤い瞳。そして頭には一対の小さな悪魔の羽。
 小悪魔二人は呆気にとられ、パチュリーは安心したように笑みを浮かべた。
「三人目の小悪魔、作成成功ね」
 大釜の縁に掛けた手を使って前転気味に細い裸身が躍り出てきた。
「こぁー」
 ぺたりと床へ座り込み、犬猫の子供のように三人目の小悪魔が鳴く。パチュリーは近寄って、その頭を撫でた。
「私の名前を言ってみなさい」
「パチュリーご主人こぁ」
「あっちの二人は?」
「こぁ姉とここぁ姉こぁ」
「あなたのお仕事は?」
「ヴワル魔法図書館に仇為す愚者の撃滅と力仕事こぁ」
「結構」
 ぽんぽんと三人目の小悪魔の頭を軽く叩いてパチュリーは二人の小悪魔を見た。
「お望みの『頑丈で強力で信頼性の高い専属人員』よ。基礎的な事に関する情報は組み込んであるから、必要があれば順次教育しなさい」
「こぁー」
 三人目の小悪魔が裸のまま無邪気に笑う。
 こぁとここぁの二人は顔を見合わせた。
「どうしよっかこぁ姉」
「どうしましょうかここぁ」
 二人はそのまましばし考え、
「……とりあえずさ」
「……まずはとりあえず」
 人差し指を立てて言った。
「服を着せようか」
「名前をつけましょうか」
 こぁ、ここぁ、双方沈黙。
「……意外と噛み合ってないのね」
「こぁー」


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――小悪魔こぁ曰く、『いい娘ですよ。ちょっとお馬鹿ですけど』





「ところであなた。お名前は?」
 ここぁがどこからとなく取り出した深い黒に緑を帯びたマントで細身の裸を包んだ三人目の小悪魔へ、こぁは問い掛けた。
 先ほど「名前をつけましょうか」と発案したものの、考えてみれば名前があるのかないのかはまだ定かではなかったからである。
「名前はまだないこぁ」
 身体を屈め、目線を合わせて放たれた問いに、ぺたこんと工房の床へ座り込んだまま三人目は答えた。
「まだない、ですか」こぁは首を傾げる「――『まだない』。ユニークな名前ですね」
「いやいやこぁ姉。それ名前じゃないでしょ」
 ここぁが突っ込みを入れた。いくらなんでも『まだない』が名前というのはないだろう。
「え、でも今『まだない』って」
「それはまだ『ない』って言ってるんだって」
「だから『まだない』じゃ?」
「違うて。『まだ』と『ない』だよ」
「……あ。なるほど、そういう意味でしたか」
「いや分かるでしょ普通」
「ん、普通ならそうでしょうけど……パチュリー様が創造主ですから」
「あ、納得。なんか縁起がいいとかってだけでとんでもない名前つけそうだもんね」
「それこそ『まだない』と名付けても不思議じゃありませんからね」
 くすくすふふふ、と小悪魔二人は笑いあう。
 その頭頂部へ『かど』が襲いかかった。

 ハイホー。 ガツン!
 ハイホー。 ガツン!

 星が散った。

 二人の小悪魔は頭を押さえて跪き、床へ突っ伏して呻き声を漏らす。
「本人を前にしてよく言えるわね」
 創造主にして下手人のパチュリーは怒りをたたえて、なお静かに言った。うるさくするのは好みでない。
 ずきずきと痛む頭を押さえつつ、微笑みを貼り付けてこぁが顔を上げた。
「いえいえ。わたくしどもといたしましてはたとえあるじのきにさわるみみにいたいことであってもあえてつつみかくさずぐちょくなまでにしょうじきにはなすことによってしんのいみでのしゅじゅうかんけいをこうちくしたいとおもいまして」
「営業スマイルかつ棒読みで内容も胡散臭いことこの上ないわよ」
「本心なんですけどね」
 そう言ってこぁは営業外の苦笑を浮かべた。
 嘘は言っていない。それなりに付き合いの長いパチュリーにはそれが分かっていた。
「……痛い思いしたくないのなら少しは控えなさい」
 軽くデコピンを喰らわせて、パチュリーは三人目の小悪魔へ視線をやった。
「こぁ?」
 顔を上げて視線を合わせてくる。
「名前……ねえ」
 顎に手をやってパチュリーは考える。

 一人のうちは小悪魔で済んだ。

 二人になって、小悪魔では区別がつかないので、こぁ、ここぁに変えた。

 では三人目はなんと呼ぼう。

「こここぁ……、じゃ呼びにくいし……身長もこぁより大きいし……」
 こぁはパチュリーより身長が高く、紅魔館でもそこそこにある方だ。しかし、三人目はパチュリーの見たところでさらに十センチぐらい高い。
 その長身はこここぁという名前から想像されるイメージにはそぐわないだろう。
 よってこここぁはボツ。言いにくいし。
「こぁここぁ系統の名付けから離れる必要があるわね」
 そして別方面からのアプローチが必要だった。
 分かりやすく、一音節であることが理想であるが、なかなかどうしてしっくりくる名前が浮かばない。
「面倒くさいから小悪魔一号、小悪魔二号、小悪魔三号にしちゃおうかしら」
 ――あんまりである。
「待った!!」
 流石に黙ってられぬとばかり、『かど』の一撃から回復したここぁが鋭く突っ込んだ。
「三号はV3じゃないのん?」
「……突っ込むところそこじゃないでしょ」
 額を押さえ、的のズレにこぁが突っ込む。ため息ひとつ。
「私は嫌ですよ、一号なんて呼ばれ方」
「どっちかっていうとあたしの方が技師だから一号っぽいしねー」
 技の一号、力の二号。そして両方の特長を併せ持つV3。
「三人目はV3で丁度よさそうなんだけどね」
「そうじゃなくて……」
 こぁはため息をついた。ため息ふたつ。
 不満げなこぁにパチュリーは少し考えて新たに提案した。
「なら瞳、泪、愛は?」
「キャッツアイですか……」
 街はきらめくぱっしょんふるーつ♪ ウィンクしてるえぶりなーい♪
「問題はここぁと三人目のポジションが合わないことね」
「あたしは末っ子の位置だねえ」
「こぁー」
「というかなんで私達の名前まで変えるんですか」
「三人目の名前だけが思いつかないからよ。三人セットならいくつか浮かぶのだけれどね。パオラ、カチュア、エストとか」
「ペガサスナイト三姉妹ですか」
「ペガサス乗ってないね」
「ガイア、マッシュ、オルテガとか」
「ここぁが最初に堕ちる星ですか」
「そしてこぁ姉が踏み台にされるんだね」
「ベム、ベラ、ベロとか」
「「ようかいにーんげん♪」」
「気に入ってもらえたかしら?」
「気に入りませんね。残念ながら」
「気に入らないんだなあ。残念だったね♪」
「むきゅー」
 思いつきのタネが尽きたパチュリーは口をへの字にして眉根を寄せた。
「じゃあどうしろっていうのよ」
「とりあえずセットで名前を変えるところから離れてください」
 こぁの言葉にここぁも首を縦に振って同意を示した。むー、とへの字口で不満げにするも二人の言い分ももっともなのでごねずに引き下がる。
「必要なのは三人目の名前なんですから」
「そだねー。あんまりコロコロ変えられちゃうと名前に力が宿らないし」
 そう言ってここぁはしゃがみこんで床に座りっぱなしの三人目で遊び始めた。目の前で人差し指をくるくる回してみたり、頭を撫でたり髪をとって遊んでみたり。
 三人目はこぁこぁと不思議そうに鳴いて、されるがままにされている。
「面倒だから三人目でいいかしら」
「それはちょっと酷いのでは……」
「なら三番目」
「殆ど同じじゃないですか」
「じゃあどうしろっていうのよ」
 パチュリーは、むむー、とした表情でこぁを見る。
「もうちょっとらしい名前をですね」
「ならあんたも何か提案しなさいよ」
「むぐ。……うーんとぉ……」
 パチュリーのもっともな反撃にこぁが詰まり、天井を仰いで考え込む。
「三番目改め『さーど』でいいんじゃん?」
 今までアウトサイドで遊んでいたここぁが提案した。三人目で遊ぶ手は止めないままで。
「……さーど?」
 異口同音にパチュリーとこぁが復唱する。
「そ。三番目だからさーど。こぁ、ここぁ、さーど。悪くないでしょ?」
「ねー、さーどー」、とここぁはにこやかに三人目へ同意を求めた。
「さーどこぁー」と、名付けられた本人も嬉しそうに答える。
 パチュリーとこぁはその光景を見て、顔を見合わせ、
「じゃ、『さーど』で」
 と言った。

 かくして、荒事と力仕事担当の小悪魔『さーど』が誕生した。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――子悪魔ここぁ曰く、『いい娘だよ。おもちゃによし、パシリによし』





 名付けが済んだあと、こぁ、ここぁはパチュリーより図書館に付随する空き部屋の一つを片付けるよう命じられた。さーどに割り当てるためである。ベッド、机、クローゼットと最小限の家具しかない殺風景なワンルームだが、暮らすのに支障はない。必要が出れば調達すればいいだけの話である。ちなみに右隣がここぁ、もう一つ隣がこぁの部屋となっている。
 こぁとここぁが部屋を支度する間に、パチュリーは白布の仕切りや薬ビンの入ったガラス棚、寝台などが並んだ診療所のような別室でさーどのチェックを行った。本当は錬成直後に行うべきなのだが、ドタバタしていたこともあり、後回しになっていたのである。
 背もたれのない丸椅子に向かい合って座り、眼鏡を掛けたパチュリーはさーどに質問していく。
「どこか身体に違和感を感じるところはない?」
「ないこぁ」
「気分が悪かったりは?」
「しないこぁ」
「今どんな感じ?」
「寒いこぁ」
「その格好じゃね……」
 未だにさーどはここぁのマント一枚である。そりゃ寒いに決まっている。
 カリカリとペンの擦れる音を立てて、パチュリーはバインダーに挟んだ紙へ質問とさーどの返答を書き込んでいく。その姿はまるで女医のよう。
「次は視診。それ脱いで」
「寒いこぁ」
「いいから脱げ」
 渋るさーどから半ば強引に引ん剥くようにしてマントを奪い、視診開始。
 ……その後、視診から聴診、触診、打診を行ってパチュリーはチェックを終えた。
「問題ないわね」
 紙改めカルテにサインを記してペンとバインダーを置き、眼鏡を外す。
「うー……お嫁に行けないこぁー……」
「……大分目が覚めてきたみたいね。そんなことが言えるなんて」
 引ん剥かれたマントを再び巻きつけ、頬を赤くして涙目で睨んでくるさーどに肩を竦めた。
 錬成した段階で多量の情報を詰め込まれていても、産声を上げたばかりの魂にそれを使いこなすことは出来ない。器が急激に与えられる情報量に耐えられないのだ。
 まずは単純な感情から。そして高度な思考、判断が出来るまで緩やかに成長させ、下地を整える。その上で情報を少しずつ引き出して己の物とする。
 ――そういった手順を踏む必要があるのだ。
 錬成直後のさーどが幼稚で犬猫の様だったのにはこのような理由があった。
「いい加減このカッコ寒いし恥ずかしいこぁ。ちゃんとした服が欲しいこぁ」
「ふむ。羞恥心が芽生えたか。順調に成長してるわね」
 使い魔の成長を喜びながら、さて服をどうしたものかと考える。こぁ、ここぁ同様に司書服を着せるつもりだったが……何せさーどはでかい。
 仮想敵を魔理沙及びフランドールと想定し、荒事時に優位を保てるよう考慮して体格を設定したためである。女性として長身に分類されるその体躯は、戦闘では有利だが日常においては少々不便なところもあった。
 例えば服のサイズである。
「ふくぅー。寒いこぁー」
 マントに覆われていない胸元や腕を撫でさすりながらさーどは服を要求する。いかにパチュリーとて服をすぐ用意できるような魔法の持ち合わせは流石にない。代わりに小さなロイヤルフレアを作ってストーブ代わりに放ってやった。さーどの少し手前に留まり、程よい暖かさを放つ小さな太陽。
 さーどは手をかざして暖を取り、目を細めた。
「あったかいこぁー」
 しかしこれはその場しのぎにしかならない。早急に服を用意する必要がある。パチュリーは念話で片付けを終えたこぁ、ここぁに事情を説明し、さーどの身体スペックを通知。それを元に服を用意するように命じた。

 さて、困ったのはさーどの部屋にいた二人である。自分の服を貸そうにも、身長差が大きい。ここぁに至っては頭一つ分の開きがある。
 色々と考えて相談した結果、正式な物が出来るまではこぁの司書服で凌ぐことになった。
 紅魔館のメイド服を借用するという案もあったのだが、さーどの体格に合う様なサイズは全て特注で用意されており、借用できる物がそもそもなかった。しかし下着と靴下はここぁが合うサイズを紅魔館内の支給品からちょろまかしてきた。員数合わせなどは特に行っていないザルな管理なので、現行犯でパクられなければ問題にもならない。
 こうして服、下着、靴下は調達できた。
「あ。靴がありませんね」
 並べられた衣類を見て、こぁが今気付いた様子で言った。――失態である。
 そんなこぁを見てここぁは猫口の笑みを浮かべた。
「んふふふのふ。実は、別口でちょろまかしてきてたりして」
 じゃんっ、とここぁは紙箱に入った新品同様の靴をこぁに見せた。こげ茶色のローファーである。
「時計塔の倉庫に遊びに行ったときに見つけたんでちょーっと、拝借してきました」
「こらこら」
「大丈夫。埃が数センチも積もってたから。多分放り込んで忘れられてるんだと思う」
 あっけらかんという妹分にこぁは溜息をついた。だからといってかっぱらってきちゃだめだろう。
 しかし、全く使われないで放置されている道具をそのままにしておくのも忍びない。念話でパチュリーに事情を説明し、どうするか聞いてみると「全く問題なし」という答えが返ってきた。
 なんだかなぁ、と思いつつこぁは靴のチェックに掛かった。
「……保存状態はいいみたいですね」
 見た目は新品同様。しかし、中身はボロボロかもしれない。そっと指で触れ、持ち上げようと力を込めた。――重い。持ち上がらない。
「あ、あれ?」
「重たいでしょ」
 にま、とここぁの口元に悪戯好きの笑み。
「この靴ね、中に鉄板が仕込んであるの。あたしも初めて持ったときにびっくりしたよ。重たくてさ」
「安全靴ですか」
「そそ。それそれ。なんかねばねばした床の上も歩けるらしいよ。サイズもぴったりだし、荒事専門には丁度いいんじゃないかな」
 こぁは相槌を打ち、今度はしっかり力を込めて安全靴を持ち上げた。全体的に見て、触って、チェックする。……問題なし。
「――この状態ならいいでしょう。これで靴も揃いましたね」
 服、下着、靴下、靴。
 完璧である。
「んじゃ、かわいい妹を着飾りにいきましょか」
「いもうと?」
「うん。さーどのこと。こぁ姉、ここぁ姉ってあたしらのこと呼んだじゃん。だから妹」
 満面の笑みを浮かべるここぁ。それに引っ張られたのか、こぁも笑みを浮かべた。
「こぁ、ここぁ、さーど。小悪魔三姉妹ですね」
「いい響きだねー。小悪魔三姉妹」
 衣類一式を携えて、二人は別室で待つ主と末妹のところへ向かった。

 お待ちかねの衣服を土産に、パチュリーとさーどの待つ部屋にやってきたこぁ、ここぁは、寄り添うようにして寝息を立てる二人を発見した。
「あらあら」
「あらら」
 疲れが出たのか、二人とも深く静かに寝息を立てている。――熟睡である。
 こぁとここぁは顔を見合わせた。お互いに肩を竦める。
「どっちにします?」
「あたしの身長じゃさーど運べないんだなぁ」
「ですね。ではパチュリー様を御願いします」
「あいまむ」
 二人はそれぞれの腕に寝こける妹と主を抱き上げ、各々の自室へと運んでいった。



 ――そして次の日。



 お昼過ぎのヴワル魔法図書館を、東地区方面に向かって歩く三つの影があった。
 こぁ、ここぁ、さーどの小悪魔三姉妹である。
「こぁー」
 こぁの司書服で窮屈そうに身を包み、さーどはこぁ、ここぁの後について歩いていた。服の丈が合っていないために、長袖にも関わらず袖口が手首まで届いていない。
「……なんかさ」
「ええ」
「あたしらが教えるようなことって、ないんじゃないのん?」
 背後できょろきょろと周りを見回すさーどをちらりと窺ってここぁが言った。
「ないみたいですね」
 こぁも妹同様に窺い、同意した。
「こぁー」
 パチュリーが基礎的な事に関する情報は組み込んであると言っただけあって、さーどは図書館から紅魔館で生活するに当たって必要なことはほぼ全て知っていた。
 食事をする場所から命に関わる危険地帯の所在。一日のタイムスケジュールと仕事のやり方。そして逆らってはいけない相手まで。
 それこそ、おはようからおやすみまでバッチリである。
 どうやら一晩の休眠時間を置いたことで、与えられた情報全てを理解したらしい。
 そして、こぁ、ここぁの二人は午前中一杯を使ってそれを把握した。
「まあ、楽っちゃ楽なんだけど」
「少し寂しいですね」
 二人して苦笑する。
「こぁ?」
 さーどは不思議そうに首を傾げた。
 そうこうしているうちに三人は目的地へ到着した。

 ――そこはひどく荒涼としていた。

 目を引くのは、中身を空にして横たわり、傾ぎして林立する幾つもの巨大な本棚。重厚なつくりとがらんと空いた棚が相まって、白骨と化した巨人の屍を思わせる。
 一帯の本棚の多くがまともな角度で立っていない。
 倒れているか。
 倒れ込んでまともに立っている本棚へ寄りかかっているか。
 倒れ合ってお互いを微妙なバランスで支え合っているか。
 この三つだ。
 エリアC8S――通称『朽木林』

 かつてパチュリーとこぁが“やんちゃ”を繰り広げた跡である。

 もともとは復旧がなされるはずだったのだが、多大な労力が掛かることと咲夜が紅魔館にやってきたことで放棄されていた。
 特に咲夜が来た事が大きい。
 殆どノーリスクで空間を拡張、固定できるため、復旧に多大な労力の掛かる区域に拘泥する必要がなくなったのである。
 放棄の決まったエリアC8Sからは全ての書物が運び出され、新たに拡張された空間へと移されていった。
 残ったのは本が一冊もない本棚だけの一角。
 来訪者もなく、本の息吹もないそこは異様な雰囲気が漂っていた。
 屋内にもかかわらず、屋外にいるかのような、岩だらけの荒野に佇んでいるかのような、そんな錯覚を起こす寂しい雰囲気である。
 時折パチュリーがスペルの射爆場に使う以外は、全く人気がない場所なのでそのような雰囲気が漂ってしまうのも仕方ないかもしれない。
 さーどは目の前に広がる荒涼としたエリアを、先程より一層キョロキョロ見回していた。
「知らない場所こぁ。ここ、ドコこぁ? なんでわたし連れてこられたこぁ?」
 さーどの問いにはこぁが答えた。
「ここはエリアC8S、通称『朽木林』。復旧が面倒なので放棄された場所です」
「『くちきばやし』……」と、口中で繰り返すさーど。字面が想像できていないらしい。
「なぜ連れてきたかというと――貴女の力を見せてもらうためですよ」
 こぁはさーどに微笑みかけると背後の屍群を指した。
「さーど、倒れてる本棚を立て直しなさい。朝昼と山ほど平らげた食事の分以上の働きを期待します」
「うぃるこぁー」
 右手を「はーい」とばかりに挙手してさーどは前に出る。
「“了解し実行する”の略語なんて誰が教えたんだろ……」
 ここぁの呟きに答える者はいない。さーどはてくてくと横倒しになった本棚へ歩んでいき、手を掛けた。本棚という名称ではあるが、その大きさは常軌を逸している。
「……起こせると思いますか?」
「スカーレットのお嬢さん方が起こせるんだから不可能ではないんじゃないかな。パワーさえあれば」
「そうですね、パワーさえあれば」
 こぁとここぁが見守る中、さーどは腕に力を込めた。
「よっこぁー」
 永劫に横たわり続けるだろうと思われていた本棚が……起きた。
 見守る二人が息を呑む。
 さーどは自身の十倍以上はあるであろう巨大な本棚を引き起こしていく。それも片手で。冗談じみた光景だった。
「しょっと」
 ずずん、と巨体が直立する音。衝撃で埃が舞い、足元が揺れた。
「……わあぉ」
「起こしやがった……」
『倒れた本棚を一人で起こせる程度の力持ち』。それだけのスペックを要求したのは自分だが、こぁは信じられずにいた。
「これでいいこぁ?」
 けろりとした顔でさーどは問う。汗一つかいていない。
「えー……と、横のまともに立ってるのとラインを合わせてもらえますか」
「らじゃー」
 一つ返事でさーどは本棚を“持ち上げ”、ラインを合わせて下ろした。
「うそん……」
 中身が入っていないとはいえ、超重量であることには変わりない。それを、今度は持ち上げて移動させた。
「おっけーこぁ?」
 確認を問うさーどには疲労の色など微塵もない。
「ええ……、おっけーです。その要領で他のもオネガイシマス」
 文字通り悪魔の妹に匹敵するパワーを見せ付けられ、こぁは思わずイントネーションが狂ってしまった。
「あいまーむ」
 元気よく返事をしてさーどは作業を再開した。超重巨大の本棚が軽量小型の本棚同様にあっさりと扱われ、次々と正しい場所へと据え直されていく。
「むーざんむざんー♪ あーかいはーなーさーいーたー♪」
 こぁが挫折し、ここぁが断念し、パチュリーが放棄したエリアC8Sがさーど一人の手によって復旧されている。それも、鼻歌交じりに。
「……こぁ姉」
「……何かしら」
「ほっぺたつねっていい?」
「こんな風に?」
 先手を打ってこぁはここぁの頬を左右に引っ張った。ぐーい、と。
「いひゃいいひゃいいひゃいい!」
「心配しなくても夢じゃないですよ」
 にこ、と笑いかけてこぁは手を離した。
「……みたいだね」
 ひりひりする頬を撫でながらここぁ。――こぁ姉がはっちゃけてる。
 さーどが本棚を次々と立て直していくに連れ、一帯には埃が舞い始めた。
 埃が舞い、毛埃が舞い、そして『毛玉』が舞った。
 埃を栄養源とするのか、はたまた埃の化生なのか、埃汚れのあるところには毛玉が発生しやすい。
 そしてエリアC8Sは放棄されていた区域だけあって、埃汚れもひどい。
 ――つまり、毛玉の数も凄い。
 さーどが本棚を一つ二つと立て直していくごとに埃が立ち、その中からは毛玉がいくつも現れていた。
 発生する毛玉を気にもとめず、ひょいずずんひょいずずんとさーどは本棚を立て直し続け、全ての作業を完了した。
「ふいー。おしまいこぁ。……こぁ?」
 最後の本棚を立て直し、意識を本棚以外に向けたところで、さーどは初めて自分が毛玉に囲まれていることに気づいた。
「こぁぁ?」
 きょろきょろと辺りを見回す。ぐるりと毛玉はさーどを囲い、陣を組むようにして漂っている。
 そのうちの一つが前触れ無くさーどへ弾を放った。3WAY弾だ。
「こぁっ!?」
 背後から奇襲気味に撃たれながらも、さーどは飛び退くようにして回避する。そこへさらに別の毛玉達から散発的な3WAY弾攻撃。
「わたっ、うわわわっ!」
 住処の本棚を追われた恨みか、毛玉群はばらばらと弾を散らしてさーどを襲う。
 さーどは危なっかしい身のこなしで弾幕をかわし抜け、最初に攻撃を仕掛けてきた毛玉へ向かっていく。
「何すんだこぁー。蹴っ飛ばすぞこぁー!」
 距離を取ろうとしているのか、弾幕を張りつつ後退する毛玉。さーどは逃がすかとばかりに速度を上げた。弾幕を真っ向から危うげなく避け、踏み抜くような前蹴りをぶち込んだ。
 安全靴の底を蹴り込まれた哀れな毛玉が弾けて尽きる。
 左右の毛玉がさーどへ弾幕を放つ。が、それよりさーどの両手の方が速い。拳が左右へ疾り、毛玉を殴り抜いた。シャボン玉のように弾けて消える毛玉。
 残る毛玉群はたまたま多くがいたところからさーどの背後の空間へ集結した。天敵に襲われた小動物が互いに身を寄せ合うように。
 ぬう、とさーどが振り返る。
「だーおら。やんのかこぁー」
 ガラの悪いツラと声。
 毛玉群は密集隊形のまま弾幕をばら撒きつつ急ぎ後退する。今までの中で最高密度の弾幕だったが、さーどにはかすりもしない。
 そも、対霧雨魔理沙、フランドール・スカーレットを想定してパチュリー・ノーレッジが錬成した小悪魔が、毛玉などに遅れを取るはずが無いのである。
「やんなら消し飛ばすこぁ。喰らいやがれこぁー」
 さーどは右腕を横一文字に振るった。振るった軌跡に六つの光球が点々と現れる。白いその光球は瞬時にその姿を光の矢へと変えた。
「だーいゆーえすおーびー」
 魔力で作った光の矢は撃ち放たれ、六つの毛玉へ高速で飛翔した。
 速度で毛玉を上回る矢は回避の暇さえ与えなかった。速やかに命中。命中した矢は炸裂し、矢の難から逃れた毛玉も巻き込んで全てを一掃した。
 攻撃に転じてから僅かな時間で、さーどは毛玉群を掃除して見せた。
「……すごい制圧力」
 ここぁはほうとしてつぶやく。
 さーどは本棚を相手にすることで腕力面のスペックを実証してみせた。
 しかし、それだけでは『有効かつ強力な打撃力』足りえるとは言えない。『倒れた本棚を一人で起こせる程度の能力』の証明ぐらいである。
 必要なのは、強力な打撃力を有効に使い、目標を撃破する能力なのだ。
 さーどの魔力その他を主とする弾幕戦でのスペックは全く未知にして不明のままであった。パチュリーも聞かれなかったので答えていない。
 そこに現れた格好の実験台、エリアC8Sの毛玉群。
 的が弾を撃ってくる程度ではあるが、さーどの弾幕戦スペックを測るには悪くないといえた。
 そしてさーどはその能力の片鱗を見せ付けた。――霧雨魔理沙のマジックナパームにも似た性能の光の矢である。
 集束、充填時間なしに六発を纏めて打ち出し、密集隊形の毛玉群を完全に掃討して見せた。
 こぁ、ここぁには、マジックアイテムの補助なしには出来ないマネである。
「……ここぁ」
「なに、こぁ姉?」
「――さーどを主軸として霧雨魔理沙ヤキ入れ作戦を実行します」
 真剣な表情を浮かべ、こぁは言った。ここぁが眼を見開く。
「このパワーなら、霧雨魔理沙に対抗しうる。私達に欠けていた有効な打撃力。それが手に入った以上負ける理由はありません」
 こぁは人差し指を立ててここぁの鼻先にちょんと触れた。
「午後の仕事は全部お休みです。作戦を練りましょう」
 ここぁが了解の返事をするのとほぼ同時に、さーどが二人の元へ降りてきた。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――霧雨魔理沙曰く、『……デタラメだぜ』





 小悪魔さーどが錬成されてから一週間後。
 霧雨魔理沙はひょっこり図書館に顔を出した。逃げも隠れもせず正面玄関から「こんにちはだぜ」である。
「……門番は何やってるのかしら」
「入館許可はもらってるからな。フリーパスだぜ」
 いつものように読書スペースの一角に陣取り読書を楽しんでいたパチュリーはジト目で睨み迎えた。
 対照的に魔理沙はニッと不敵な笑みで応えた。耳の前から垂らした髪の一房をパチュリーに見せ付けるように振る。房は赤いリボンと青いリボンで彩られていた。
「それに貸し出し許可もな」
「それは入館許可証と貸し出し許可証であって、持出禁止図書の持ち出し許可証は兼ねてないのだけれど」
「固いこと言うなよパチュリー。たまに稀少品を持ってくる魔理沙さんを無下にするもんじゃあないぜ?」
「むきゅ……」
 そこを突かれるとパチュリーは弱い。
 出歩き能力が低いパチュリーにとって魔法に使うアイテムは、実は得難いものなのだ。
 ある程度までのものならば、咲夜なりこぁなりに頼んで入手できる。
 だが、それ以上(つまり希少価値が高いもの)になると、専門的な知識が必要になるため入手難度が跳ね上がる。こうなると咲夜ではアイテムに気づく事ができず、気づけるこぁではアイテムに近づく事が難しい(稀少品が眠る場所には得てして強力な妖怪だの原住生物がいるのだ)。
 そこにきて魔理沙は、咲夜並みの戦闘能力とこぁを上回る知識と眼を併せ持ち、さらに泥棒稼業(「泥棒? 私を呼ぶならトレジャーハンターと言ってくれ」)の経験も備える。魔術的な稀少品を入手するにはまさにうってつけの人材であり、パチュリーにとっては非常に得難い流通ルートを握る人間なのであった。
 故に、少々ばかり強硬な泥棒を敢行されても文句止まりなのだ。無論これは許可を出す際に交わされた約束ではなく、約束後に魔理沙がその範囲を逸脱しているという形である(そのためにこぁが持出禁止図書防衛戦を展開する)。
 魔理沙もその辺りが分かっているため、本当に稀少な――それこそ手を掛ければパチュリーが全力で阻止に掛かるような――ものには手を出していない。研究に必要となれば図書館へ通って読むか、写本をこしらえる。その線引きを守っているために入館及び貸出許可を取り消されることがない。
 逆に言えばパチュリーは一度出した許可を取り消せない。もし取り消せば魔理沙が(総合的に判断してまずありえないが)稀覯本を盗み出す可能性があるためだ。
 二人の間にはそういう利害関係と、それを超越した同業者としての仲間意識があった。

 ――閑話休題。

 口をバッテンにして黙ったパチュリーに魔理沙はクッ、と笑った。ダークヒロインなお嬢さんである。
「さぁッて、今日は何を借りていこうかね」
「――その前に持っていった本を返してください」
「おぅわっ!」
 背後から不意に亡霊の様な声を掛けられ、魔理沙は飛び上がった。振り向けばそこには小悪魔こぁの姿。
「おおう、お前さんか。おどかすなよ」
 持ってきてるぜ、と魔理沙はどこからとなく風呂敷包みを取り出して机上に広げた。重ねた本をバラして一冊ずつ置く。
 こぁは黒いフレームの丸眼鏡を掛けた。広げられた図書に目を配り、先週持ち出された図書リストと比較してチェックする。
「……。なにやら冊数が足りないように見えるのですが」
 眉をしかめてこぁが言った。魔理沙は特に思うところもないような表情で答える。
「そうか? 『鋼鉄蛞蝓X』、『宇宙戦艦大和』、『南瓜鋏』、『装甲核-最後の黒鳥-』、『ジャグワァvs虎眼』、『リボン付きの軌跡』、『リボン付きの軌跡「カティーナ作戦」』、『南十字の凶星』、『遠野物語』。『サイレントサービス』、『戦域88』の前編後編。『ラーズグリーズの悪魔』の後編。それから『円卓の鬼神』の最終巻。全部あるだろ?」
「『アトラク=ナクア』、『デュプリケイター作成法』、『地上空母設計図』の持出禁止図書がないのですが?」
「ああ、そいつらは借りるぜ。私が死ぬまでな」
 ざわ、とこぁの纏う雰囲気が変化する。パチュリーは図書館司書の赤髪が戦慄くのを見て、本の山と一緒に退いて距離を開けた。巻き込まれてはかなわない。
「魔理沙さん、何度も言わせないでください。持出禁止指定の図書は貸出はやってないんです。持ち出さないでください。パチュリー様から出された許可の内容には含まれていないでしょう」
「“貸し出さない”、とも“持ち出すな”とも、許可をもらうときの契約と誓約にはなかったがな」
 相対する魔理沙は不敵な空気を纏ったままだ。何せ相手は魔理沙が全勝を誇る小悪魔である。こぁ、ここぁの二人掛りでも魔理沙を落とせなかった相手に何を恐れろというのか。
「屁理屈ですね」
「屁理屈も理屈だぜ」
「図書館のルールは守ってください」
「それも契約してないし誓約もしてないぜ」
「では契約と誓約の変更を」
「それには双方の同意が必要だぜ。そう契約して誓約したからな」
 にぃぃ、と魔理沙が笑む。残念だったなあ小悪魔。魔女ってのはズルイんだぜ?
「…………」
 こぁは魔理沙の向こうで本の山中にひそむパチュリーを見た。なんでそういう余計な一文追記しちゃうんですか!
「だって……しょうがないじゃない……」
 パチュリーは読んでいた本で顔を隠し、誰にも聞こえないような声で口の中で呟いた。魔理沙、上手いんだもの……。
「さあって、納得したか? まあしてなかろうがしてようが私には関係なく今日も借りていくわけだが」
 さっくりもらってくぜ~、と魔理沙はこぁに背を向けた。
「くぬ……」
 悪魔は契約という言葉に弱い。悪魔にとって契約は絶対であり、破ってはならないものだからだ。もし破れば一生爪弾きものとして惨めな生を送らねばならない。
「悔しそうだな、こぁ。文句があるなら力に訴えたっていいんだぜ? ――もっとも。お前さんに私をどうこうできるとは思わんが」
 くく、と嗤って魔理沙は床を蹴った。宙で愛用の箒へ跨り、一気に高度を上げる。障害物になる本棚より高く高度を取ったところで、図書館深部の持出禁止図書が蔵された区画へと針路を定めた。
「じゃあなー小悪魔ー。ま、悪いようにはしないから諦めてくれー」
 見返り魔理沙はそう言ってこぁに手を振った。
 図書館内の魔力を吸い込み、魔法の箒が穂先から星屑を吐く。推力マックス。
 魔理沙が手を振るのをやめ、両手で柄を握るのに合わせて箒はスタート。
 流星の魔女は瞬く間にこぁとパチュリーの視界から消え失せた。
「…………さて、どうするの。こぁ?」
 本から顔を上げ、パチュリーが静かな声を出した。
 こぁは深呼吸を一つして、平静な気持ちと表情を取り戻す。
「パチュリー様、言質は取りました。後は如何様にでも出来ます。よって――仕掛けます」
 こく、とパチュリーは頷いた。
「やりなさい。いい薬だわ」
「それでは――」
 こぁは眼を閉じて意識を集中させる。程なくして待機中のここぁ、さーどとの念話回線が開通する
(小悪魔こぁより各位へこれより作戦を開始します。所定の位置につきなさい)
(子悪魔こぁ、ラジャー)
(小悪魔さーど、うぃるこぁー)
 二人からの返事を確認して、念話を終了。
「作戦を開始します」
「グッドラック、小悪魔三姉妹」


 子悪魔ここぁは持出禁止図書が多数蔵されている区域に潜んでいた。
(領域内、感知。敵影一。霧雨魔理沙、捕捉)
 霧雨魔理沙ヤキ入れ作戦が練られ、案が決定して以来、ここぁはこの区域に篭り、トラップ陣地を構築していた。
 お手軽簡単その上おいしいものから、面倒で億劫でおいしいけど当てるのがむずかしいものまで、多種多様のトラップを張り巡らせ 巧みに擬装を施し、罠の守りを作り上げた。
 今までの傾向からゴテゴテに罠を張り巡らせた区域に魔理沙が踏み込んでこないことは分かっている。ここぁはそれを逆手にとって、魔理沙を誘導するようにトラップを配置した。もちろん魔理沙が腕のいい墓泥棒である点も考慮して、怪しまれないように細心の注意を払って配置してある。
(いくら腕がいいって言っても所詮20年も生きてない人間。ウン百年の悪魔は年季が違うってのよん)
 魔理沙はそんなここぁの思惑は露知らず、「いつもより罠の数が多いぜ?」などと言いつつ速度は落とすことなくお目当ての本棚へと向かっていく。道中には自動で作動するタイプの罠もあったのだが、魔理沙はいつものように作動させることなくすり抜けていった。程なくして本棚へ到着。五割がトラップの本で占められている本棚から魔理沙は続々と当たりの本棚を引き出して、唐草模様の風呂敷に包んでいく。
 ここぁは区域内に敷設した索敵結界で魔理沙の位置を特定し、密かに追尾。魔理沙の後方へついた。眼を凝らし、風呂敷に包まれていく本を数える。
(ひーふーみーよーのー……二十冊と申したか)
「大漁大漁っと。んじゃ帰るかね」
 大小合わせて総計二十冊を数える持出禁止図書を一週間前同様、箒へ増槽のように括り付け魔理沙は離陸した。
 ここぁは退避用に空けた棚へ、ちっこい身体を潜めて魔理沙をやり過ごす。通り過ぎる魔理沙の尻を見送って棚から這い出した。
「……さって、作戦開始といきますか……」
 立ち上がって身体を埃を払い、ここぁはちろ、と唇を舐めた。
「一番から八番、発射」
 高度を上げようとした魔理沙上方の本棚から八冊の本が這い出で、一斉にページを開いた。散弾状に魔力弾がばら撒かれる。
 距離は近く、弾速も早め、さらに密度の高いスプレッド。落とす気満々の攻撃である。
「とはっ!?」
 だが、魔理沙は咄嗟に身体を左へロールさせつつ箒の機首を下げ、捻るようにして散布界の外へ脱し、魔力弾を回避した。
 この回避だけでも充分評価に値する。しかしこれだけに留まらないのが霧雨魔理沙だ。
 回避をうったその体勢のまま上方の本へレーザーを撃ち放つ。高火力の魔理沙のレーザーはただの一射で同一線上に並んでいた三冊を焼き尽くした。さらに立て続けに三連発。本達は次弾を撃つ間もなく真下から撃ち抜かれ、その役目を終えた。
「くそ。油断してたな。危ないところだったぜ」
 身体を定位置に起こし、魔理沙はぼやいた。あそこに罠があることは分かっていたのだ。本を大漁に手に入れたことで少々気が緩んでいたのかもしれない。
 魔理沙は箒の機首を起こした。早いところ高度を上げて、速度を上げて、早々の離脱を図る。
 その行く手を阻むかのように、再び上方の本棚から本が零れ落ちてきた。先と同様に散弾状の弾幕を放つ。
 舌打ちにして魔理沙、上昇をキャンセル。高度を維持したまま速度を上げ弾幕外に逃れつつ、本の下を潜り、真上へマジックミサイルをばら撒いて撃墜する。
 機首上げ。仰角四十五度にスイッチ。魔理沙の眼前に再三本が現れた。しかし今度は数が多い。さっきまでの倍だ。
「くそったれ!」
 三度、魔理沙は回避機動。しかし三度目は数だけでなく攻撃法も違う。
 散弾を掻い潜り、お返しのナパームを叩き込もうと構えたところで、直下の自分にページを開いている本と魔理沙は相対した。
(やべ)
 撃ち放たれる散弾。魔理沙はロールを打って身体を床側へ倒しこみつつ、行きがけの駄賃にナパームを放つ。散弾の何割かをナパームで散らしつつ、速度を上げて機首下げ。散弾何発かが箒の穂先部分に当たった。被弾。されど損傷は軽微。
 魔理沙はくるくると回転しながら高度を落としていく。本棚の半ばより下まで高度を落としたところで機首を起こし、水平飛行へ。
「っぶは! あ、危ないところだったぜ」
 デジャヴを感じる台詞を言いながら魔理沙はバクつく胸を押さえた。
 しかし図書館は休ませてくれない。次は低空へ下りてきた魔理沙を狙って対空地雷による魔法のミサイル攻撃。
 次々に打ち出されるミサイルを、時に撃ち落とし、時にフェイントをかけて凌ぎつつ、魔理沙は自身がはめられたことを悟った。
 本棚上方にはさっきからずっと罠が見える。散弾で攻撃を仕掛けてくるあの本だ。一定以上に高度を取ると発動するらしい。
 そして高度を下げると今度は地上の罠からミサイル攻撃。さらには時折正面に魔法陣が現れ行く手を阻む。
 上にも下にも動けない。さらに速度も迂闊に上げられない。
「センサー範囲が見えないのに発動してるってことは……スイッチを入れてるやつがいる。見える範囲のどこかにここぁがいるはずだ」
 看破した魔理沙だが、状況は変わらなかった。ここぁが見えないのだ。左右は見渡す限りの本棚。前方にいれば魔理沙が速度で追い抜いている。後方に食いついているのかとミサイル攻撃の合間に最小半径宙返りで上方から後方まで索敵したが、発見できない。
「くそ。一体、何だと言うんだ?」
(単に一本横のラインにいるだけだったりして)
 ――魔理沙は本来碁盤目状に配置されているはずの本棚が、全ての横道を塞いで一本道を作るように配置されていることに気づいていなかった。
 罠の数が多い事と、普段は高度を高くとって移動していること、奇襲を受けたことなどが重なって魔理沙の注意力を削いでいた。
 ここぁはトラップ配置を調整することによって、魔理沙を一本道へ誘導することに成功した。一本道には、数は多くないものの、効果的な間隔にトラップが配置されており、魔理沙を上下から挟みこんで疲労させるように仕組まれていた。
(これがトラップワークスってやつよ)
 しかし魔理沙には種が不明の『罠避け』があった。これを破るには自動ではなく手動で罠を作動させなくてはならない。この問題を解決するために、ここぁは一本道のすぐ横のラインで魔理沙を追跡しつつ、索敵結界で魔理沙の位置を把握して、トラップを作動させていた。速度で引き離される危惧もあったが、それは魔法陣トラップを配置することにより解決した。速度を奪えれば、ここぁは一本道が終わるまで魔理沙を押さえ込める。
(こちら子悪魔ここぁ。霧雨は網にかかった。繰り返す。霧雨は網にかかった)
(小悪魔こぁ、了解。フェーズ2に移行します)
(小悪魔さーど、らじゃーこぁ)

 魔理沙は疲労を感じ始めていた。
 魔法図書館は元々広い。それこそ凄まじくといっていいほどに広い。下手に迷うと脱出できないですよ、と冗談交じりにこぁが言うぐらいに広く、魔理沙は事実迷ってえらい目にあったことがある。
 持出禁止図書の多数が蔵されている区域は、魔理沙の持出によって度々移動がなされていた。魔理沙は三度目に移動があった際に図書の一冊に位置を知らせるマジックアイテムを仕込んでこれに対抗。それ以降は移動させてもバレバレとなった。今回は移動させても看破するところから図ったらしく、持出禁止図書は出入口から遠く離れた場所に配置されていた。それこそ図書館の端っこのような場所である。
 それは魔理沙にとってのゴールが凄まじく遠いことを意味していた。障害物のないところまで高度を上げられればあと幻想郷(元)最速のスピードであっという間にゴールできるのだが……。
 今魔理沙が飛行を強いられているのは、罠が邪魔をして高度も速度も上げられない一本道である。ここをゴールまで延々と飛び続けるのは魔理沙といえど堪えた。よくよく考えてみればゴールに繋がっているのかどうかすら怪しいのだが、魔法図書館とて無限の空間ではない。いつかは一本道の終わりがくる。終わりがくれば上から本は来ない。そうなれば高度を存分に取って、出入口まで最速で飛べる。魔理沙にはそう信じて飛ぶしかなかった。
「しかしくそ。しくじったぜ。なんで今日に限って『ブレイジングスター』も『オーレリーズサン』も用意してないんだ私は」
 回避パターンを身体で覚えたために、半ばルーチンワークと化した飛行をこなしながら魔理沙はぼやいた。
 ――高速突撃ラストワード『ブレイジングスター』。
 自身をマスタースパークという彗星の核として全てをぶち抜く魔理沙の秘奥である。このスペルの前に障害は存在しない。出来ない。許されない。
 しかしながらスペルカードなしの発動にはかなりの手間がかかり、そして今のようなコンディションではその手間をこなせない。
 もう一方の『オーレリーズサン』はビットを纏うスペルだ。ビットにはいくつかの使い道があり、それらを活用すれば高度上昇を阻む本を掃討して強引に抜けることも不可能ではない。
 しかしながらこちらはスペルカードなしに発動させるためにはビットそのものが必要であり、今日の魔理沙はそのビットを携帯していない。弾幕戦闘補助用の宝玉ビット二つは持っているが、こちらはオーレリーズサンのビットとは規格が違うために使えない。
「次からはどっちも持ち歩くことにするぜ。転ばぬ先の杖の大事さがよーくわかったからな」
 ルーチンワーク気味に魔法陣からの弾幕を凌ぎつつ魔理沙は言った。疲労とストレスが溜まるくそったれなフライトに心中で毒づく。チクショウメ。
 回避を続けるうちに魔理沙は二つ発見をしていた。
 一つは上下のトラップは一定の高度ラインに触れなければ作動しないこと。
 もう一つは正面からの魔法陣トラップは一定の間隔で現れること。
 これに気づいた魔理沙は散弾もミサイルも来ない高度を保って飛行を続けた。あとは魔法陣の間隔にだけ気をつければいいのだから、ぐっと楽になる。
(やれやれ、抜けてるぜここぁサンよ)
 心中で一息つき、幾分穏やかに飛行する魔理沙。

 ――しかし。ここぁはそれさえも図って行っていた。

(あ、よーやく気づいた。おっそいねえ。速さとは対照的な遅さだよ霧雨さんちの魔理沙ちゃん)
 にゅふふ、と一本横のラインを飛行するここぁは笑った。
(ま、仕方ないやね。幻想郷じゃこういうことってまずないみたいだし)
 魔理沙が作られた安地に入ったことで手隙になったここぁはおやつの林檎スティッククッキーをポケットから取り出してポリポリやりはじめた。戦闘では暇があるときに食べておくものなのだ。ってけーね軍曹がゆってた。
(こちら小悪魔こぁ。配置に着きました。霧雨とエンゲージまであと4000。ここぁ、さーど、用意はいいですか?)
(小悪魔さーど、おっけーこぁ)
 何時の間にか作戦フェーズ2のポイントまで近づいていたらしい。ここぁは慌ててスティッククッキーを口へ押し込み、返答する。
(――子悪魔ここぁ、いつでもどうぞ)
(…………何か食べてました?)
(あ、ずるいこぁ。ここぁ姉、わたしにもおやつ食べさせるこぁ)
(タベテナイ! 食べてないよ!)
(一回目の「たべてない」が裏返ってたこぁ)
(さ、さーどの分際で生意気な……)
(次のお茶のとき、ここぁはお茶菓子なしですね)
 そんな殺生な。
(アッアー! こぁ姉、距離距離! そろそろエンゲージポイントだよ!)
(おっと。さーど。いいですか?)
(だーいじょうぶ。まーかせてこぁ)
(では、作戦フェーズ2。スタート!)
(子悪魔こぁ、ラジャー)
(小悪魔さーど、うぃるこぁー!)

 幾つ目かの魔法陣をやり過ごし、魔理沙は一息ついた。次が来るまではしばらく楽が出来る。
「とはいえ。さっさとオワリにして欲しいもんだぜ」
 そんな言葉を誰かが聞き入れたのか。
「お?」
 魔理沙の弾幕少女としてのカンがアラートを鳴らした。
 遠方で何かが光る。その数、四。
 状況の変化に魔理沙は目を凝らした。慣れてきたところに強襲奇襲があるのは弾幕におけるセオリーである。
「あれは……矢か?」
 遠方から飛んでくるのは白い光の矢だった。魔理沙のマジックナパームと同等の大きさがある。速度もおそらく同等。撃ち手の姿は見えなかった。超長距離攻撃だ。
 魔理沙は回避方法を瞬時に選択。上下への回避はトラップの作動を招くおそれがあった。ならば左右しかない。
 両サイドを本棚に押さえられた魔理沙は一本道の真ん中を飛行していた。光の矢は魔理沙が直進を続ければ当たるコースを飛んできている。
 魔理沙は左への回避を選択した。紙一重で避ける必要もないので、大きく、しかし地形に近づきすぎない程度に回避する。
 だがここで魔理沙は自身の目を疑った。直進していた矢が角度を変えて、進路上に魔理沙を再び捉えたのである。
 ――ホーミングか!
 矢は既にかなり近くまで迫っていた。魔理沙は急機動を取って大きく、右の本棚ギリギリまで動いた。
 進路修正が間に合わず、矢は先ほどまで魔理沙が居た位置を貫いて本棚へ突き刺さった。矢は炸裂し魔力の爆風を辺りにばら撒いた。
 爆風に煽られながらも水平飛行を維持しつつ、魔理沙が怒鳴る。
「っ……! マジックナパームのパクリじゃないか! 特許の侵害だぜ!」
(あんたが言うなよ)
 一本横ラインのここぁは思った。
 しかしながらマジックナパームより光の矢の方がある意味では高性能だった。何せ緩めだがホーミングが付いている。
「くっそぉ……どこのどちらさんだ。魔理沙さんの技を盗む不届きモンは」
 唸る魔理沙は第二波の矢を視界に捉えた。回避機動を取ると、矢はしっかりと進路を修正し、魔理沙を捕捉し続けてくる。
「上等だぜ。使い手叩いてマジックナパームを改良するぜ」
 避けるのが癪に障ると魔理沙は対決を挑むことにした。マジックナパームvs光の矢である。
 手早くマジックナパームを四発編み上げ、矢が射程内に入るより早く魔理沙は撃ち放った。マジックナパームと矢は射程内に入った瞬間に正面からぶつかり合った。
 ――炸裂、今!
 マジックナパームの爆発と、光の矢の爆発がぶつかり合い、魔理沙の視界を眩く、白く染め上げる。
 その白光の中、黒いシルエットが踊った。
 黒い翼、尖った尻尾、腰まで届く長い髪。
「小悪魔……!」
「返していただきます」
 眩い光を盾に小悪魔こぁは正面から魔理沙に挑みかかった。――正確には、魔理沙が箒へ吊り下げた持出禁止図書に。
 右手に持った苦無で風呂敷と箒の継ぎ目を切断し、本が重力に引かれるより早く全身で抱き留める。
 こぁは両腕両膝で風呂敷包みを抱き締めて、魔理沙の後方彼方へと落ちていった。
 咄嗟にブレーキを掛けて旋回する魔理沙だったが、光に目が眩んでこぁを捉えられない。手で覆いを作り、その場を旋回してこぁを探し続ける。
 そうこうしているうちに眩い光が消え、図書館が再び薄暗さを取り戻した。その頃には、魔理沙は完全にこぁと盗果を見失っていた。
 旋回を止め、滞空状態で閃光にしぱしぱする目を擦り、瞬きを繰り返しながら魔理沙は憤りを感じていた。
「散々不自由のフライトの上これか? 冗談じゃないぜ!」
 吐き捨てるように言う魔理沙。

「冗談じゃないのはこぁ姉も同じこぁー」

 その背中へ初めて聞く声が掛けられた。魔理沙は背後へ振り返る。
 こげ茶色のローファー。黒いロングスカート。尖った黒い尻尾。黒い大きな翼。背中の半ばまである赤い髪。頭に生えた黒い小さな翼。
「……小悪魔、か?」
「小悪魔、さーど……こぁ」
 さーど、と固体識別名を名乗った小悪魔を魔理沙は見つめた。
 服の丈が合ってない。白いブラウスの袖は手首まで届いていないし、スカートの丈もロングスカートなのにどうもハンパだ。
 ――何より。
「その、『こぁ』ってのはなんなんだ?」
「こぁ? わたし『こぁ』なんて言ってるこぁ?」
「思いっきり言ってるぜ」
「こぁ。あ、言ってるこぁ」
「無意識かよ……」
 その語尾が魔理沙の気勢を削いだ。どこか間抜けでなにやら笑いを誘うというかなんというか。
「あー、なんかどうでもよくなったな。帰って休むぜ」
「そうはいかないこぁ!」
 こぁこぁと無意識に語尾がつく小悪魔――さーどは魔理沙に『びしす!』と指を突きつける。
 胸を張り、足を肩幅に開き、左手は腰にやり、右手を真っ直ぐに伸ばしたそのポーズは非常にさまになっていた。
 が、それはまあどうでもいい。
「霧雨魔理沙!」
「はいはいだぜ」
「返事は一回こぁ!」
「ほーい、だぜ」
「返事ははいこぁ!」
「やかましいやつだな。一体なんだよ」
「えーと、お前のらっかろーぜきせんまんの振る舞い許しがたく、ここにてんちゅーを下すこぁ」
 言ってる本人は大真面目のようだが、どうにも魔理沙はしまらないと感じた。あと何を言ってるのかちょっと分からない。
「えーと。つまりやるっていうのか?」
「そうこぁ。持ってっちゃダメな本持ってったり、借りたもの返さなかったり、それはとてもひどいことこぁ」
「亜阿相界」
「よって!」
 だだん、とさーどが一歩踏み込む。
「こぁ姉、ここぁ姉、パチュリーご主人に呼ばれたわたし、さーどがおんどりゃあどついて地面にキスさせるこぁ!」
「あー。なんかお前とはどこかで会った気がするぜ。その辺の湖とかで」
 苦笑して魔理沙はくるんと旋回。正面にさーどを捉えた。
「ま、とっとと終わらせて帰らせてもらうぜ」
「おまえに帰るなんて選択肢は存在しないと思い知るがいいこぁー。その身でつぐなうこぁー」
 ぴり、と空気が張り詰める。戦闘開始前の緊張感が辺りに漂い、一帯を覆い、戦闘のフィールドを作り出す。


「さて、あの娘の初仕事。どうなるかしらね」
 遠見の水晶球で魔理沙と相対するさーどを見ながらパチュリーは呟いた。


 先手を打ったのは魔理沙だった。ぱん、と両手を打ち鳴らしざまに右手からストリームレーザーを放つ。さーどは瞬時に反応して右へステップを踏むように動き、レーザーの射線から逃れた。それは織り込み済みだとばかりに魔理沙は即座に左でレーザーを撃ち放つ。射線上にさーどを捉えた完璧なタイミングでの一撃。
 かわせない。
「こぁぁぁ!」
 レーザーが当たり、弾ける。高出力を誇る魔理沙のストリームレーザーはさーどに傷を――つけられなかった。
「ちょ、待てこら! なんだよそれ!」
 魔理沙が珍しくうろたえの色を帯びた声を上げる。
「どうしたこぁ。レミリアお嬢が大蒜エキスかけられたみたいな顔して」
「見たことあるのか?」
「ねーこぁ」
「ならいうな。じゃなくて! なんだよその鉄の塊!」
「『小悪魔ハンマー』こぁ」
「ちょっと待てそんなのありか!?」
「ありこぁ!」
「納得いくか!」
「だいじょうぶ! 理屈じゃないこぁ!」
 さーどの右手は徒手ではなく得物があった。長い鎖の先端にいくつものトゲが生えた鉄球が着いた見るからに痛そうな――そんな得物である。
 レーザーを回避位置に合わせられたさーどは、これを防ぐべく、どこからとなく取り出したハンマーを振るってレーザーに合わせた。如何なる物質で出来ているのか、トゲ付き鉄球は魔理沙のレーザーと真っ向から打ち合い、これを相殺、霧散させた。
「てか、それ弾幕じゃないだろ」
「誰も弾幕でしょーぶするとは言ってないこぁ」
「っが。そうだったな……。デファクトスタンダードだから忘れてたぜ」
「でふぁ……?」
「気づけば標準って意味だぜ」
「こぁー」
 すごいー、とばかりにさーどは魔理沙を尊敬の色を含む目で見つめた。
 見つめられる魔理沙はどうにもさっきから調子が狂いっぱなしだった。やばい、こいつすごいやりづらい。
「ええいくそ。仕切り直すぜ」
「こぁ」
 バックステップのように魔理沙は後退し、さーどとの距離を置いた。「弾幕で勝負するとは言ってない」の言から読むに、あの痛そうなトゲ鉄球――『小悪魔ハンマー』で仕掛けてくると見たためである。
「んじゃ、いくこぁー」
 スペルカード合戦でもここまで明確に宣言するやついないぜ、と魔理沙は思った。
 次の瞬間、魔理沙の目の前に『小悪魔ハンマー』があった。
『本棚を一人で起こせる程度の力持ち』が腕力をフルに使って得物を振るった場合、その速度はハンパではないものになる。
「え」
 咄嗟に両手で受け止められたのは魔理沙の反射神経と動体視力、そして運のよさが作用した結果だった。だが馬鹿力の鉄球は止まらない。魔力を纏った両手でトゲから柔肌を守り、非力な乙女の腕力を補い、魔理沙はさーど脅威の一撃を止め――切れなかった。
 受け止めた手もろともにハンマーは魔理沙の胸を打つ。フランドールとの格闘もかくやというインパクトが魔理沙の全身を駆け巡った。
「くは……っ」
 衝撃で肺から呼気が押し出される。身体が箒から浮き、仰け反りそうになる。
 だが、魔理沙は耐えた。箒を足でつかまえ、腕に力と魔力を込め、押し返すようにして込められたエネルギーを相殺。辛うじて魔理沙は吹き飛ばされることなく耐え抜いた。
「へへっ……。さすが普通の魔法使い、なんともないぜ」
 強がりである。
 強がりがモルヒネのように激痛を麻痺させているのだ。
 魔理沙の手から離れたハンマーをさーどは引き戻し、身体の右で遠心力を与えるべく唸りを上げて振り回す。
「ほほー。んじゃもーいっぱついくこぁ」
「冗談きついぜ」
 文字通り冗談ではなかった。防御障壁がもう少々薄ければ決着していた程の一撃である。もう一発たりとも喰らえない。
 魔理沙は右手で懐中から相棒を取り出した。緋々色金の輝きがまぶしいミニ八卦炉である。八卦炉を持つ手指の間にはスペルカードが覗いていた。
 カードに魔力が通され眩い光と共に封じられたスペルを解放する。解放されたスペルは活性し、誘導されミニ八卦炉へと注ぎ込まれた。膨大な魔力を優しく流し込まれた緋々色金が淡くオーラが立ち昇らせ、白い光を帯びる。
 ――マスタースパーク、発射準備よし。
「吹き飛べ新型小悪魔!」
 ミニ八卦炉最大稼動。出力120%。
「マスタースパークッ!!」
 撃発の叫びと共に、ミニ八卦炉から山一つを焼き払うと謳われる白光が撃ち放たれ、正面のさーどを濁流の如く飲み込んだ。

 ――光が消える。

 迫る強大なエネルギーに逃げる時間も場所も見出せず、さーどは白い奔流に飲み込まれた。
 魔砲の後にはぺんぺん草一本残らないとの言葉通り、そこには何も残って――いた。
「ちょっと焦げたこぁ」
 ぷすぷすと身体の何箇所かから焦げ臭い煙を上げながらも、さーどはマスタースパークを耐え切った。
「ま、マスタースパークが通じない……だと」
 魔理沙の十八番にして切り札の一つ、マスタースパーク。
 さーどは魔理沙対策として作り出された小悪魔である。そんなさーどが、魔理沙の十八番に対しての備えがないはずがない。
「わたしにマスタースパークは通じないこぁ。ちょっと焦げたけど。あとハンマーぶっ壊れたけど」
 さーどは右手に握っていた鎖を手放した。さっきまでトゲ付き鉄球だった先端部は小さな鉄球に変化している。溶けたのか、はたまた何か別の要因でもあったのか。
 とにかくさーどはマスタースパークを凌ぎ、ハンマーを失った。
「次を出すこぁー」
 さーどの言葉に魔理沙は消沈しかけた意気を取り戻す。まだ終わっていない。マスタースパークが破られたのはショックだが、魔理沙はマスタースパークだけの少女ではないのだ。
「へっ、次は何を出すんだ! なんでもこいだぜ!」
 自身を焚きつける様な台詞を吐き、魔理沙はさーどに相対する。
「これこぁー」
 そう言ってさーどが取り出したのは……それは剣と言うにはあまりに大きすぎた。大きく分厚く重く。そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
 ドラゴンを殺せる大剣――『ドラゴン殺し』である。
「ちょっと待て! お前それどっから出した!?」
「それは秘密だこぁー」
 先のハンマーといいこのドラゴン殺しといい、この娘デタラメである。
 どっからとなく取り出したドラゴン殺しをよっこらせと持ち上げてさーどは背中に担いだ。
「刃引きはしてあるから死にゃしないこぁ。多分」
「それだけの質量になるとそんなの最早関係ないと思うんだが」
「そんなさまつなことはどうでもいいから喰らって落ちるこぁー!」
 さーどが宙を蹴った。かなり速い。対魔理沙を想定したさーどのスペックは速度にも発揮されていた。流石に上回るところまではいかなかったが、食い下がれる程度の速度はある。
 四つ首竜(ハイドラ)のパワーが生み出す速度と驚異の腕力を存分に活かし、さーどは魔理沙へ袈裟懸けに斬りかかった。
 今までさーどは魔理沙にその速さを意図せずして秘匿していた。それゆえ、魔理沙には殆ど奇襲のように思える速度であった。回避が間に合わない。
「んなくそっ!!」
 咄嗟に魔理沙は跨っていた箒を股の間から引き抜くようにして、さーどのドラゴン殺しと刃を合わせた。
 箒と大剣。普通に考えればぶつかり合った段階で鉄塊の大剣が箒を叩き斬るところだが……ここは幻想郷である。
「こあぁっ!」
「ぬらぁぁっ!」
 霧雨魔理沙が毎日、空を飛ぶ相棒として、チャンバラのお供として、ここ一番の格闘武器として、ブレイジングスターの弾芯として使っている魔法の箒が、ドラゴン殺しと鍔競り合えぬわけがない!
「こぉあああああ!!」
「おおりゃあああああ!!」
 パワータイプの少女達が、己の全力をぶつけ合い、相手を組み伏そうとする。
 双方のパワーは互角に見えたが、僅差でさーどが押していた。
 人間の魔理沙と、悪魔のさーどでは元より肉体面での差がある。魔理沙は魔力をパワーに変換することでその差を補っているのだ。
 そして腕力より魔力の比率が高い魔理沙に対し、さーどは逆で魔力より腕力の比率が高い。
 使えばみるみる目減りしていく魔力の分、魔理沙がさーどより不利である。
 しかし、魔理沙は魔力キャパシティが非常に大きい。並の妖怪では勝負にならない程である。対するさーどの魔力キャパシティは不明だが、群を抜いて大きい魔理沙に匹敵するとは考えにくい。
 つまり、消費は大きいが容量の大きい魔理沙か、消費は少ないが容量で劣るさーどの勝負ということになる。
 加えて魔理沙には不利な点があった。
 一本道を長々飛んだことで疲労していること。マスタースパークを撃っていること。
 この二点である。
「くぬ……く、ぅ……!」
 徐々に魔理沙は押されつつあった。前述の不利な点が響いているのか。
 しかし、これで終わるような魔理沙ではない。彼女はタフで機転が利いて、お茶目でお転婆な少女なのだ。
 魔理沙のパワーが落ちたのを見て取って、さーどはここぞとばかりに力を込めた。

 ――だが。


「……仕損じたわね」
 水晶球でその光景を眺めていたパチュリーがぽそ、と呟いた。
「仕損じた?」
「どういうことですパチュリー様?」
 何時の間にやらパチュリーの元にやってきたこぁ、ここぁが水晶球から目を放し、主に問う。
「見てみなさい」


 一気に押し込もうとしたさーどの手に、魔理沙の指が絡みついていた。
「こ、こぁ……?」
 さーどは手から背筋にかけて走った未知の感覚に不安げな声を漏らしていた。それと同時に、さーどの力が緩みを見せる。
「悪いな」
 言い様に魔理沙はさーどの胸へ手を伸ばした。黒いベストとブラウス、下着越しに膨らみに触れる。
「ふひゃ……」
「ブレイク!」
 零距離でさーどに特大のマジックナパームを撃ち込み、魔理沙は諸共に大爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ――小悪魔さーど曰く、『小悪魔三姉妹が一番下。えーと、末妹のさーどこぁ』。





 遠見の水晶球越しに勝負の終わりを見届けるなり、こぁとここぁはスクランブルで飛び出した。安否を確認しようにも念話は通じず、特大マジックナパームの影響で遠見の仲介をしていた精霊が吹き飛んでしまったからである。二人はお互いに出せる最高速を発揮して、さーどの墜落地点へと急行していった。
 慌しいわね、と思いつつパチュリーも舞い上がった。図書館内における魔理沙の撃墜はこれで二度目である。もっとも、自爆を含むのであれば、であるが。
 本来ならばパチュリーが向かう必要はないのだが、如何せんこぁとここぁのあの様子では魔理沙のことなど意識の外に放り出してしまいかねない。というか既に放り出している気がする。
 パチュリーが慌てず騒がずそれでも少しは急いで現場に着く頃には、事態はほぼ決着していた。
「やっつけたこぁー」
 ボロボロの司書服の上にこぁからベストを掛けられ、その小脇には「ギブギブ、参ったぜ……」と漏らす魔理沙を抱えたさーどが立っていた。
「やっつけたって、貴女は魔理沙の自爆に耐えただけでしょう」
「じばくは耐えれば勝ちこぁっ」
 えっへん、と焦げ焦げの有様で胸を張るさーど。
「それは間違ってないけどね……」
 パチュリーは苦笑を返した。
「なんにせよ無事でよかったです。さーども本も」
「わたし本と同列こぁ?」
「言葉のあやですよ」
 にこやかに笑むこぁ。
「しっかし、やったねー。初勝利じゃん。よくやったさーど! あとでおやつを分けてやろう」
 わしわしとここぁはさーどの頭を撫でた。くしゃくしゃの赤髪がさらにくしゃくしゃになっているがさーどは嬉しそうに笑う。
 さて、締めるところね、とパチュリーは思った。魔理沙に勝ったのはいい事だが、これで浮かれたり調子に乗られても困る。主人的に。
「綿密な作戦と準備が勝利のカギね」
 そう、パチュリー本人は会心と思う締めの台詞を言った。
 小悪魔三人はきょとんとした後に、左右に首を振った。
「いえいえ」
「違うんだなーこれが」
「パチュリーご主人、間違っちゃダメこぁ」
「えええ?」
 小悪魔すべてから違うとダメ出しをされ首を傾げるパチュリー。何か間違ったかしら?
「パチュリー様はソロプレイヤーですからね」
「わかんないのも無理ないかなー」
「んじゃ正解を言うこぁ」
 せーの、と前おいて小悪魔三姉妹は異口同音にこう言った。

「「「チームワーク!!!」」」



誰かその1「ktさんは嫁誰ですか?」
kt-21「小悪魔です」
誰かその2「あー、小悪魔は誰々さんと誰誰々の嫁だからダメだなあ」
kt-21「なんだとうっ! だがしかしっ、小悪魔が二人だけだと誰が決めたぁッ!!」

こんな感じの会話がきっかけでこの話を書き始めました。
長期に渡る執筆期間の甲斐あって、とんでもなく長い話になってしまいました。だがしかし後悔はしていない。
バカじゃねーの、という声もあるだろうし、アホ乙という声もあるだろう。
だがしかし、その声は甘んじて受けよう。
私の名は『kt-21』。『小悪魔に魂を売った男』だ。
kt-21
redeye719@hotmail.com
http://exaudi-nos.hp.infoseek.co.jp/
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コメント



0.2520簡易評価
1.100猫の転がる頃に削除
いやもう、この三姉妹はどうしろと、素晴らしくて言葉も出ますがどうしてくれますか!?
しかし、チームワークとは的を居ていて素晴らしい。是非続編をーっ!
4.80Admiral削除
GJ!

今後の展開に蝶期待。
さーどかあいいいよさーど。
10.80マムドルチァ削除
随所に盛り込まれた小ネタもさることながら、豪快で骨太な
筆致が心地よかったです。みんなが活き活きと勝負している
のが目に浮かぶようです。続編を熱望します。
15.80蝦蟇口咬平削除
いや咲夜さんにお尻たたかれるって所をもう少し

三悪魔に振り回されるパチェリーさまが可愛く思えました
19.90名前が無い程度の名前削除
ああ…なんて愛らしい三姉妹。
堪能させていただきました。
20.90名前が無い程度の能力削除
>>魔理沙、上手いんだもの……。
詳細を、お願い申す!
実に良い小悪魔’sでした~
23.90名も無き猫削除
>>お互いの指をしゃぶっていた小悪魔二人の見つめる中で

えろすぎます。アウトです。
そんなわけでこの三悪魔は没収s(ウボァー
27.無評価名前が無い程度の能力削除
もうよかったとしか言えないw
しかし、デュプリケーターという単語がでてくるとはw
28.100名前が無い程度の能力削除
っとと、点数忘れ
38.80名前が無い程度の能力削除
小ネタ大杉。
>残念だったねぇ
のくだりのせいで、ここぁ嬢の脳内ビジュアルが小悪魔風司書ルックのじまんぐ氏になっちまいました。ひどく冒神的ですな。
40.90世界爺削除
 三人目の設定の理由付けも、その後の流れも自然で、気がつけばぐいぐい引き込
まれていました。難を言えば時々出てくる文章の読みづらさなどですが、それを差
し引いたとしても気にならず読み終えられてしまいました。小悪魔三姉妹のキャラ
付けも絶妙で、それぞれきっちり自己主張出来てたので混乱するようなこともあり
ませんでした。なにより、ラストの攻防戦の熱さ。
 発想と、パワーと、きちんとした骨組み。
 とても気合いの入った、三人目の小悪魔「さーど」活劇物語、誕生編。
 余すことなく楽しませていただきました。
42.80名前が無い程度の能力削除
こぁ。
よくできている喃
49.80おやつ削除
小悪魔三姉妹の序章ですね!
それぞれの登場にいたる過程に違和感を感じなかった為、ストレス無く読みきれました。
それにしてもさーど……原材料がすげぇw
51.70翔菜削除
若干冗長にも感じたけれどもそれにも増してしっかりした展開と魅力的なキャラ。
かっこかわえぇわー。
54.90ドライブ削除
最初は少し読みずらいかなと思ったのですが、だんだんと引き込まれてしまいました。三人の小悪魔というアイディアをうまくまとめてあって、いい作品でした。
68.100名前が無い程度の能力削除
感動した