Coolier - 新生・東方創想話

私たちはここに在る 前編

2007/01/27 22:01:52
最終更新
サイズ
17.61KB
ページ数
1
閲覧数
261
評価数
0/9
POINT
340
Rate
7.30




――――プリズムリバー――――

――――あなたたちは――――



――――はい、もう――――






「……夢、起きなさい妖夢」

魂魄妖夢は、いつもとは違う穏やかな声で目を覚ました。
薄く目を開けると、そこには美しい女性がいた。

「起きたみたいね。おはよう妖夢」
「? おはようございま……」
「これ妖夢、お嬢より遅く起きるとは何事か」

聞こえてきた厳しい声は、妖夢の師匠、妖忌のものだ。
寝ている場合ではない。
妖夢は飛び跳ねるようにして布団から抜け出た。

「もぅ、妖忌ってば厳しいんだから」

慌てて着替え始めた妖夢を、その女性は微笑みながら見つめていた。
優しさにあふれた、柔らかい笑顔だ。

「どうかしら妖夢。ここにはもう慣れたかしら?」
「は、はい、おかげさまで」

妖夢はようやく思い出した。ここは白玉楼だ。
先日お師匠様に連れてこられたのである。

「はい、ではない。全くそんなことでは西行寺家の専属庭師として……」
「もういいじゃない。それに妖夢はまだ来たばかりなんだからしょうがないわよ」

魂魄家は代々、この屋敷に住む西行寺家に仕えている。
妖夢も数日前から、見習いとしてここで修行をしているのだ。

「それじゃあ顔を洗っていらっしゃい。朝ご飯にしましょ」
「はい」

そしてこの美しい女性が、屋敷の主。

「幽々子様」


あまり時間をかけているとまた怒られてしまう。
妖夢は駆け足で水場へ向かった。
深い井戸から水を汲むのに苦労したが、なんとか朝の行事を済ませて食卓へと急いだ。
既に二人とも正座をして待っていた。

「お、遅くなって申し訳ありません」
「あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのよ」

妖夢は幽々子の顔を見ると少し安心できた。
だがもちろん、妖忌の顔は直視できなかった。

「頂きます」

今日の朝食は野菜の味噌汁と焼き魚。
どうやら作ったのは妖忌のようだ。
そうでなければ、こんなに大きな人参が入っているわけがない。
実は妖夢は人参があまり好きではない。もう少し小さくしてほしいと思った。

「妖夢」
「はい?」

声が裏返ってしまった。
妖夢は焦げかけた焼き魚をつついていた箸を慌てて止めた。

「食べ終わったら、お庭にいらっしゃい」
「はぁ」
「今日は素敵な人たちを呼んであるの」

いつもなら、この後は剣のお稽古の予定である。
しかし幽々子の口ぶりからすると、今日は別の予定があるようだ。
あの厳しいお稽古が無いなんて、何ヶ月ぶりのことだろうか。
妖夢はいつもの数倍の早さで朝食を済ませ、軽い足どりで庭へと出た。

「幽々子様、素敵な方々は」
「慌てないの…………来たわ」

視線を追って空を見上げると、人の形をした何かが三つ、こちらに飛んできていた。

「あれは……?」
「騒霊。ポルターガイストの一種よ」

三人の騒霊は妖夢たちの上まで来ると、ゆっくりと地面に降り立った。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

中央――――鮮やかな金髪に黒服の少女が深く頭を下げた。
両隣の二人もそれに倣う。

「いつもお世話になっています、幽々子嬢。そちらは?」
「この子は妖夢。うちの新しい庭師よ」
「そうですか」

その少女は一呼吸置いて妖夢に向き直ると、再び頭を下げた。

「お初にお目にかかります。私たちは騒霊楽団プリズムリバー三姉妹。私はルナサ」

次いで右――――淡い水色髪に薄桃色の服の少女が笑顔で挨拶した。

「私はメルラン。よろしくね、妖夢ちゃん」

左――――艶のある茶髪に赤い服の少女も帽子をとった。

「私はリリカ。リリカ、でいいよ」

それぞれと握手を交わした後、妖夢は敷いてあった茣蓙の上に座らされた。
これから何が起こるのだろう。
しばらく見ていると、三人の手元に楽器が現れた。
ルナサにはヴァイオリン。メルランにはトランペット。リリカにはキーボード。
ルナサがマイクを手にとった。

「それでは自己紹介代わりに一曲演奏させていただきます。曲名は――――」

その日は妖夢にとって、とても素敵な一日になった。
三人の演奏は、今までにないほど興奮するものだった。
音と音とが交錯し、ぶつかり合う。
音がいくつも重なり合い、曲を創り出す。
たった三つの楽器から生み出される音の神秘。
それはとても幻想的で、騒がしかった。


「……以上をもちまして、今日の演奏は終了させていただきます」

我に返って周囲を見回すと、もう日が暮れかかっていた。
楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。

「あの」

妖夢は帰ろうとする三人を慌てて呼び止めた。

「また……来てくれますよね」

つい泣きそうな表情になってしまう。
そんな妖夢に、三人は笑顔で応えてくれた。

「もちろん!」

微笑んでくれた。微笑んで、指切りをしてくれた。
三人は遠くから手を振ってくれた。
妖夢もいつまでも、空に向かって手を振った。
いつまでも、三人の演奏が耳に残っていた。

それ以来、妖夢は彼女たちと会うことが楽しみになった。
月に数度しか会えないが、その分いつも有意義な時間を過ごしている。
共に演奏してみたり、歌ったり――――
時には一緒に夕飯を食べて、いろいろ話したり――――
妖夢は彼女たちが大好きだった。





***





咲きかけの桜の花弁が、風に揺られて青空に舞った。
白玉楼の広大な庭の一角に設けられたステージ。
その周囲を無数の霊魂が埋め尽くす。中には人妖もぽつりぽつり。
主役が現れた。
観客が拍手と声援を送る。音も無く騒ぎ出す会場。
三人が楽器を手に取った。
静まる会場。張り詰める空気。
妖夢は、ふと隣に居る我が主人を見上げた。

「……?」

幽々子は不安な目をしていた。何か、何かを心配している――――
妖夢は声をかけるべきか迷ったが、演奏が始まりそうなのでやめておいた。
視線を舞台へと戻す。
赤い服の少女が二本の棒を叩いた。
カッ
三回叩いたら演奏開始。
カッ
さぁ始まる。
…………
…………
少女の手が震え出した。
三回目を叩こうと必死なのが、誰の目にもわかる。
しかしそれが叶わない。
…………カラン
白玉楼に乾いた音が響いた。

「――――!」

信じられない、という表情で黒い服の少女が後ろを振り返る。
ガシャン
続いて、その少女の手からヴァイオリンが落ちた。

「姉さ…………」

バリン
もう一人の少女のトランペットも砕け散った。
無音のどよめきが、舞台でうずくまる三人の少女を包み込んでいた。

「妖夢」

振り向く。

「ルナサ・プリズムリバーを、あとで私の所へ」

哀れみなのか悲しみなのか、それとも何なのか。
そんな、主の表情だった。





***





「あー」

間の抜けた声を出したのは一番下の妹、リリカ。
服をかなりはだけた状態でソファに横になっていた。

「今日は調子が悪かったなー」
「ほんとねぇ」

やや大袈裟に頷くのは次女、メルラン。
壊れてしまったトランペットを大事そうに抱えていた。

「それにしてもメル姉」
「ん?」
「なんか最近体が重いんだけど……」
「そうねぇ」

三女に倣って肩を回す次女。
同時に首も捻る。やはり重いようだ。

「ルナ姉は?」
「うん、少しね」

長女、ルナサも首を捻ってみる。やはり重い。
そのせいか妙な脱力感もある。
今日ヴァイオリンを落とした時もそうだった。
突然体に力が入らなくなり……

「そっかー」
「みんな風邪でもひいたのかしらね」

背伸びをするリリカ。
欠伸をするメルラン。
それを見守るルナサ。

「まぁいいじゃん。ところでメル姉、今日の晩御飯は?」
「んー今日ぐらいは簡単なものでいいわよね」
「うぇ~それじゃいつもと一緒じゃん」

いつもと一緒。

「我侭言わないの。たまには姉孝行しなさい」
「それ、ずっと前から言ってるじゃん。もう聞き飽きましたぁ」

ずっと。

「リリカ! いつまでも甘えないの! 永遠に子供のままでいる気!?」
「わけがわからないよメル姉~」

いつまでも。
永遠に。

「本当にあなたは昔からそうなんだから! ちっとも変わらない!」
「……いい加減殴るよ?」

ちっとも変わらない。
変わらない。
そう、変わらない筈なのだ。
いつもと一緒。
ずっと。
いつまでも。
永遠に。
変わらずに。

「あれ? どうしたの姉さん」
「…………いや」

突然立ち上がったルナサを、妹達は不思議そうな目で見つめる。
何も知らない目。とても眩しくて愛しい――――それがルナサには辛い。

「なんでもないっ…………」

ルナサは走って部屋に飛び込んだ。

「…………」

部屋の明かりも点けずに、冷たい床に座り込んだ。

(一緒なのに)
(妹達はいつもと一緒なのに)
(妹達はいつも通りに泣き、笑い、喧嘩して)
(何も、変わらないのに)

「ううっ…………」

口から、僅かな嗚咽が漏れた。

(変わらない。だから言えない)
(言えるわけが無い)
(だっていつもと一緒だから)
(妹達は変わらないのだから)
(だから)
(だから)

「…………うわぁぁっ!」

それはすぐに叫び声に変わった。
ルナサは一度、思い切り床を叩いた。
そしてもう一度拳を振り上げようとして……泣いた。

(言えるわけが無いだろう?)
(私達がもうすぐ消滅するなんて)





***





「……幽々子様」
「あら、どうしたの妖夢」

どうした、ではない。
妖夢は間を空けずに言った。

「これは一体どういうことで……」
「立ち聞きはよくないわよ。部屋に戻っていなさい」

幽々子は振り向きもせずに言い放った。
いつもの妖夢ならばこの一言で片がつく。
申し訳ありません、と言って襖を閉じてしまう。
だが今日の妖夢は違う。

「幽々子様」

譲れない物がある。

「ご説明をしていただけますか」





***





重い。

ルナサはなんとか起き上がったものの、立ち上がることはできなかった。
窓から見える空は暗く、夜はまだ明けていないように見える。
とりあえず自分はまだ「在る」ようだ。
どうせなら寝ている間にいってしまえばよかったのに。
ルナサは少しだけ、そう思った。

「あ……」

窓の外から聞こえてきた音色で、ルナサの頭はようやく目覚めた。

「メルラン」

別段不思議なことではなかった。
メルランは、時折一人で演奏をする。
夜中に、決まってヴァイオリンを。
ルナサは常々思っていることだが、メルランは上手い。
それを主旋律とする自分にも劣らないくらいに。
しかしルナサには、今日の演奏は少しだけ音が低く聞こえた。

「ふぅ……」

ルナサはなんとか部屋を出たが、体調が悪いことに変わりは無かった。
いつも下りている階段が、今日はとても急傾斜に見える。
一段下りる度に響く足音ですら、大きな雑音に聞こえた。
息を切らしつつも、ルナサはリビングまで辿り着いた。
とりあえず二番目の棚、薬入れを開ける。
取り出した黒い小瓶。永遠亭の薬師に譲ってもらったものだ。
効果の程はよく知らないが、飲んでおくにこしたことはない。
水を汲みにキッチンへ足を向けると、そこにはメモと共に皿が置いてあった。
『ルナ妹のぶん』
思わず苦笑が漏れた。
おいおいリリカ、姉という字ぐらい書けないのか?
ルナサは呆れつつも皿に乗っていたサンドイッチを口にする。
美味い。素直にそう思った。

「――――ん」

音が止んだ。
階段を下りる音が聞こえてくる。
どうやら、今日のソロライブは終了のようだ。
顔を合わせるのがなんとなく嫌だったので、ルナサは外出することにした。
行き先は未定。帰る時間も未定。
見つからないように窓から外へ。
薬を飲み忘れたことに、外に出てから気がついた。





***





「そんなことがっ…………」
「あるのよ」

妖夢は言葉が出なかった。
文字通り、絶句。

「あの三人はある人間の強力な思念によって生み出された存在よ。それは知っているでしょう?」

そうなのだ。
プリズムリバー三姉妹は人間でも妖怪でも亡霊でもない。
思念によって存在する生命体、ポルターガイスト。騒霊である。

「そしてその人間はとうの昔に亡くなり、その思念も弱まってきている」

妖夢は静かに頷く。

「さらにあの三人は自分たちの存在理由すらわかっていない」

これも頷くしかない。

「力も、存在理由も失ってしまった騒霊はどうなるか。わかるわよね?」
「…………」

認めたくなかった。
だが妖夢がいくら下唇を噛もうとも、現実は変わらないのだ。

「…………消滅…………します」





***





『ルナサ・プリズムリバー』

ルナサの頭に、あの時言われたことが甦ってきた。

『あなたは自分が今、何故ここに存在しているかわかっているの?』

わからなかった。
四女――――レイラ・プリズムリバーによって生み出されたのは知っている。
しかしそれは家族と一緒にいたい、というレイラの純粋な想いによるものだったはず。
ならば自分達の役目は、レイラと一生を共にすること。
レイラが亡くなった今となっては、役目は終わったようなものだ。

『そう……わからないのなら仕方が無いわね』

そして幽々子は告げた。
三人の演奏会での失態、三人の身体に圧し掛かる倦怠感。
その全ての元凶を。

『あと数日かしら。まぁ有意義に在りなさい』

その言葉の意味を理解するのに、数刻を要した。
呆けた表情のルナサに、とどめの一撃。

『わかる? あなたたちは消滅するのよ』

消滅。
消える。滅する。消滅。
消滅。消え去ること。
死とは違う、恐怖。
体が震え出した。
嫌だ。
消えたくない。

『二人にも伝えておきなさいね』



無理だ。
こんなに恐ろしいことを、伝えられるわけがない。
消えることは恐ろしい。死ぬことよりもずっと。
怖い。怖い。恐ろしい。
嫌だ。

「メルラン…………リリカ……」

ルナサの目からまた涙が溢れ出した。
何故まだ涙が出るのだろうか。
さっき出し尽くした筈なのに。枯れている筈なのに。

「レイラ……」

その場にうずくまった。
自分がどこにいるのかもわからない。
とにかく怖かった。
今この瞬間に無くなるかもしれない。
全てが消え去るかもしれない。
それはもう言いようの無い恐怖で――――

「珍しい顔だな」
「え?」

ルナサが振り向くと、そこには一人の人間がいた。

「なんで貴方がここに……」
「ここは私の家だぜ」

ルナサは慌てて周囲を見回した。
そこでようやく、自分がいるのが森だということに気がついた。
眼前には一軒の家がある。『霧雨』の文字がプレートに書かれていた。

「んー、まぁあがってけよ。こんな時間だが茶くらいは出すぜ?」

ルナサは曖昧に頷いた。そして魔理沙に連れられるまま霧雨邸へと入った。
本来、こんな場所を訪ねるつもりなどなかった。
だがもうどうでもいい。
家に帰らない理由ができた。それだけのこと。

「とりあえずそれでも飲んでてくれ。私は少しやることがあってな」

そう言うと、魔理沙は別の部屋に入っていった。
魔理沙は茶と言ったが、目の前にあるのは明らかに水の入ったグラス。無味無臭である。
ルナサはそれでも一応飲んでみた。やはり味は無かった。

「唸れ~スパーク~~」

部屋から元気な歌声が聞こえる。
それは、ルナサがまだ聞いたことの無いリズムだった。
世の中にはこんな曲もあったんだな…………知らなかった。
自分が知らないことなんて、まだたくさんあるのにな…………
ルナサの手元のグラスに、波紋が広がった。
まだ、消えたくない。

「魔理沙!」

ルナサは思い切りテーブルを叩いて立ち上がった。
何事かと魔理沙が部屋から飛び出してくる。

「おい、どうし……」
「聞きたい事がある」

ルナサは静かに歩み寄った。

「貴方ならどうする」
「は」
「貴方のとても大切な人……そうだあの紅白……」

霊夢の名が出た瞬間、魔理沙の表情が一変した。
半笑いを作っていた口元が引き締まり、目に光が灯る。
本気だ。

「博麗霊夢が、なんらかの理由であと数日の命だとする。そしてその事実を貴方は知ってしまう」

張り詰める空気。互いの緊張感が痛いぐらいに伝わる。
静かに息を呑む。

「しかし霊夢自身は何も知らずに過ごしている。貴方はどうする? そのまま黙っているか……」
「言うぜ」
「え?」
「全部伝えるぜ。ありのままに」

即答だった。
ルナサは思わず魔理沙の顔を見つめた。
何の疑問もない、さも当然と言うかのような魔理沙の表情。
迷いなど一切感じられない。

「…………どうして」

どうして、どうして。
純粋な言葉が、ルナサの心を締め付ける。
痛い。猛烈に痛い。

「どうしてそんな簡単に言えるの?」

魔理沙の胸倉を掴んだ。

「あと数日で死ぬなんて怖いじゃない! そんな思いを大切な人にさせるの!」

もう何がなんだかわからない。

「気が狂うかもしれないのよ! 心は痛まないの! そうか、他人のことだから……」
「馬鹿か!」

魔理沙の大声に、ルナサの体が仰け反った。
同時に力が抜ける。
ルナサは、積んであったガラクタにそのまま頭から突っ込んだ。
魔理沙の言葉は続いていた。

「私はただ…………信じているだけだ!」

信じる。

「あいつはそんなやつじゃない。あいつなら、受け止めてくれる」

受け止める。

「そう信じている。だから私は真実を話す」

真実を。

「あいつもきっと……それを望むはずだ」

望む。

「……っと大丈夫か?」
「うん」

ルナサは差し出された手を掴んだ。
力強く。

「……ごめんなさい」
「構わないぜ」

魔理沙が拾ってくれた帽子をかぶり直した。

「少しは落ち着いたか?」
「うん」

魔理沙が視線を向けてくる。
ルナサははっきりと頷いた。

「ありがとう」

にいっと笑った魔理沙の笑顔が眩しかった。

「ん……」

窓から光が差し込んでくる。夜が明けるようだ。
そろそろ帰ることにしよう。
ルナサは今一度魔理沙に礼を言い、霧雨邸を後にした。
信じよう。
もうルナサに迷いはなかった。





***





「うん、だいぶ上手くなった」
「そうかな?」
「そうよ。やっぱり妖夢ちゃんはすごいわ」
「ねぇねぇ、次はみんなで弾いてみましょうよ!」
「そうだね――――」

とてもいい日差しが差し込んできている。
妖夢を囲んでいるのは、ルナサ、メルラン、リリカ。
三人は、とても優しく微笑んでいた。

「ねぇルナサ」
「なぁに?」
「もう一度、お手本を見せてくれない?」
「わかった。それじゃいくよ、メルラン、リリカ!」
「OK姉さん!」

妖夢は思った。
彼女たちにはこの姿が一番似合っている。
それぞれが自分の得手である楽器を構え、時を待つその姿。
空気、風、空――――その全てが彼女たちと合致する。
その瞬間を、待ち続けている姿。

「綺麗……」

口から自然と漏れた。
本当に、綺麗な光景だった。

目を閉じるルナサ。全身の神経が研ぎ澄まされている。
空気を肌で感じ、その流れを感じる。この世界を感じる。
自分の交わる感覚を忘れないように。

同じく目を閉じるメルラン。こちらは聴覚に精神が集中している。
風の音を聴き、その言葉を聴く。この世界を聴く。
自分の交わるタイミングを聞き逃さないように。

同様に目を閉じるリリカ。目蓋の下の瞳には確かな輝きを持っている。
空間を見つめ、その向こう側を見据える。この世界を見つめる。
自分の交わる姿を見失わないように。

最近は妖夢にも少しわかるようになった。
その瞬間が近づいてきている。

「……メルラン?」

その時、妖夢は違和感を感じた。
最初はメルランからだった。
いつもと違う。次いでルナサ、リリカからも。
妖夢は始まらない演奏に耳を傾けるのを止めた。
声をかけた。いつもと同じように、ごく自然に。
しかしその声は自然と震えていた。

「ねぇメル……」

メルランの肩に置こうとしたその手が、空を切った。

「ルナ……リリ……」

妖夢が掴んだのは虚空のみ。
届かなかった。目の前にいるのに、誰も居なかった。

「おい、冗談は」

妖夢はもう一度手を伸ばした。しかし何も無かった。
騒霊でも温かい筈の彼女たちの体を、その右腕が貫いていた。
ぬくもりなど微塵もない。ただ冷たい外気の温度だけ。
彼女たちの瞳には何も映っていなかった。
空虚なモノが、そこには広がっていた。
そして次の瞬間。


彼女たちの命は落下した。
妖夢は地面に転がったそれに目を向ける。
そしてそれを拾おうとして……やめた。
視線を上げる。
そこにはもう、何も無かった。

「あ…………」

薄く、細く、淡く、静かに、彼女たちは消えていった。
妖夢は言った。

「待って……」

言った。

「待って」

言った。
彼女たちの命に縋りつきながら。
叫んだ。

「待ってよ――――――――!」





妖夢は目を覚ました。
今まで自分が縋りついていた楽器――――もとい枕は、驚くほど湿っていた。
余りにも嫌な夢だった。思い出したくもない。

「……くっ」

それでも妖夢は、寝て忘れてしまおうとする体を無理矢理立ち上がらせた。
忘れてしまうのは危険だ。今のは本当に…………

「お暇を頂きます!」

静まりかえった白玉楼にそう叫び、妖夢は明け方の空の下へ飛び出した。
寝巻き姿のまま、刀も持たずに。
あられもない今の姿はスクープものだったが、悠長なことは言っていられない。
このままでは危険だ。本当に夢なのだろうか。
いや、夢であってほしい。
そう願いながら飛び続けるしか、妖夢にはできなかった。




一身上の理由で削除したものを、再投稿させていただきました。
後編に続きます。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.340簡易評価
0. コメントなし