Coolier - 新生・東方創想話

お茶と梅干しと憂鬱

2007/01/25 09:59:44
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今日は、何もなかった。

もう少し付け加えるなら、私の行動に世界が何のリアクションもくれなかった日。
何も始まらず、何も終わらない。そんな、記憶の隙間に埋もれてしまいそうな日。





最近は目だった異変も宴会もなく、魔法や魔法薬の研究をして過ごす事が多い。
独りの時間は滞りなく問題を解く助けになるが、解けた問題は課題を生む要因になる。
穴を掘って、埋めて、また掘り返したり、自分も一緒に埋まったり。
その繰り替えしの果てに何かを見出すのが研究という物で、その瞬間の喜びを得るために続けているんだと思う。
もちろん、有効利用することも考えるんだが。
まぁ、そうは分かっていても、独りで考え事を続けていると心に澱が溜まる。
ついでに物も入り用になる。
普段なら、そういう時は神社や紅魔館、香霖堂に遊びに行くついでに色々と借りたりするのだけど。
もうすぐ私の苦手な冬。本格的に雪が積もるようになれば、外で研究に使えそうな物を収集するのが辛くなる。
それ以前に、寒い中そんな事をする奴の気が知れないと思う。

まぁ、そんな訳で日がな一日山や森を散策して、今は帰路に着いている所だ。
今日は秋晴れで暖かく、外を出て歩くには良い日で。お陰で寒がりの私も途中で萎えてしまうこと無く収集に勤しめた。
今はもう快適な暖気を提供してくれた太陽はもう大分傾いている。もう少し経てば、綺麗な夕焼けを見せてくれるだろう。
箒にぶら下げた大き目のバスケットがひっくり返らないように、ゆったりした速度で飛んでいるのもあって、普段なら見過ごしてしまうような風景もじっくり見ることができる。
ふと下を見ると、人里の上空を飛んでいるのに気づいた。
里から離れた場所に出かけていたのか、集落に続くあぜ道を子供たちが駆けている。
その少し後方で歴史の半獣と思わしい人物が見守りながら歩いている。それぞれに帰る家がある事を歌いながら、長くなり始めた影を引き摺り楽しそうに駆けていく。
それに、懐かしさと共に複雑な気分を感じてしまう。

私も人間である以上、生まれは人里で。幼い頃はあんな風に歳の近い子達と遊んでいた。
悪戯をしたり、男の子とケンカして相手を泣かしたりと、絵に描いたようなお転婆だったけど。
忙しそうに働く両親を見ては、いずれは家業を継ぐんだろうと考えていた。
でも、十を迎える前に、私の進む道は大きく変わることになる。
里の祭りで見た魔法使いの興行。夜の闇に映える、鮮やかで力強い光の魔法に私は心を奪われて。
人間でも修行さえ積めば魔法を使えるようになると聞いた時、私は魔法使いになる事を決めた。
他の子供たちが家の手伝いを覚え、生きていく術を学んでいくのに、私が覚えていったのは魔法の扱い方で。
人間にしては高い魔力と、持ち前の負けず嫌いで覚えた人外の力で得られたのは、周囲の奇異の目と両親の反感だけ。
そして、私はそのどちらにも堪えられずに家を飛び出した。
そうやって手に入れた生活は自由で、退屈で。
私に出来る事は魔法しかなくて。今でもこうやって魔法使いをしている。

里を去った事を後悔はしていない。孤独であることより、大勢の中で独りである方が私には耐えられなかったから。

考え事をしている内に、家の近くまで飛んできていたようだ。
箒に込めた魔力を少しずつ解放し、着陸。バスケットから地面に着けてもひっくり返さない絶妙な降下。
普段からスピードばっかりで細かい制御が出来ないと思われているぽいけど、なかなかのモンだろう。
意気揚々とバスケットを持ち上げようとすると、片手では重くて持ち上げられないほどの重量があった。
ひっくり返らなかったのはそういうことか…。
ちょっとふらつきながらも玄関まで行き、魔法でドアを開ける。さすがにもう一回持ち上げる動作をするのはしんどい。
ついでに、箒も定位置まで飛ばしておく。
リビングに着き次第、八卦炉に灯を入れて、ある程度部屋が暖まったら纏っていた外套をその辺に引っ掛ける。
ちなみに、この外套は撥水性や保温性を良くする処理、果ては耐魔力性の強化なんてものまでしてある。
つくづく、魔法に頼って生活してるなぁ、私。
取り敢えず、早速拾ってきた物を検分しよう。そう思い立って、私はバスケットの中身を広げた。





◇ ◆ ◇




「…すっぱい」

カップの中身を飲み干して、思わず一言。
種を口から出し、小皿の上に避けておく。
前に、魔理沙が「番茶に梅干し入れて飲むと美味いのだぜ?」なんて言いながら瓶を一個渡して寄こした。
唐突なのはいつもだけど、あまりに不自然な贈呈物に不審感が溢れたが、中身は梅干しだった。
当人に言わせれば善意の賜物をお裾分けとの事だが、大方神社か道具屋からの強奪品だろう。
突っ返さないで貰っている時点で私も同罪かもしれないけど。
取り敢えず、口の中が酸っぱくて仕方ない。

いつもは紅茶ばかりだけど、偶には日本茶もいいものだと思う。まぁ、茶器が紅茶用なのはご愛嬌で。
ガラス製のティーポットから、萌黄色の液体をカップに注ぐ。
普段使っている道具から、普段と違う物が出てくる。普段と同じ淹れ方をしているけれど、漂う香りは違う。味も違う。
根源的には同じ種類の茶葉のはずなのに、至る過程が違えば別物に感じてしまうのか。
今日の昼に赴いた、無名の丘に棲む人形の事を思い出す。
正直なところ、自律する人形が居るという話を聞いてはいたものの、信じてはいなかった。
どうせ棄てられた人形に、未練がましい魂が取り憑いただけだろう、と。
薄紫の霧になって見えるほどに鈴蘭の毒が立ち込める花畑の中、彼女は居た。
最初は当然の如く警戒されたが、意外にも敵意が無いことを示すだけで周辺の毒を引いてくれた。
彼女が言うには、人形解放に向けての社会勉強に、訪れる者はなるべく受け入れることにしているとの事。
無防備に見えるが、自分のホームグラウンドなら簡単に負けることは無いという自信なのだろう。
事実、全周囲に毒の霧が停滞している状態では、手を出そうという気は起きない。
ついでに、人形遣いですとも言える訳がなかった。

しばらくの間、他愛も無い世間話をして、色々な事を聞いた。
周囲を認識出来る様になった頃にはすでにこの鈴蘭畑に居たという事、植物に限らず様々な毒を操ることが出来る事、最近は引き篭もるのも止めて永遠亭に遊びに行ったり、ここに来る妖怪と交流を持つようにしたりしている事。
また、私のする魔法の話や、これまで会った人妖の話を彼女は夢中で聞き入っていて。
その姿は純粋だった。

やはり、実際に見てみないと分からないと言う事は往々としてあるのだと思う。
私の仮定は的外れもいいところだった。
魂の容れ物としての人形などではなく、彼女は確実に『生きて』いる。
偶々体として選ばれたのが人形だったというだけで、何らかの意味を持って自然が生み出した純粋な命。
少なくとも私にはそう視えた。

まぁ、要するに、私の自律人形の研究にはあまり役に立ちそうも無い。



ゴン。と机に頭を落とす。
純粋な生命を前にして、役立たずと判じる自分の思考に少し自己嫌悪。
こんな事を考えているのが閻魔に知られたら、たっぷり三時間は説教される気がする。
気分を変えるために、普段飲まないお茶をまずしないような飲み方をしたのが裏目に出たのか。
結局考えているのは昼間の事。
注いだお茶を飲むまでもなく、口の中から酸味は消え失せていた。
伏せていた顔を横に向け、窓から外を見ると、景色は茜色に染まりつつある。
森の中の我が家では、夕日を見ることはできないが、あの鈴蘭畑でははっきりと見えているだろう。
鈴蘭の白と、漂う毒の薄い紫に朱が混じった幻想的な光景を思い浮かべる。
メディスンは今頃、今日も自分を誰かに表現することが出来た事、知らない事を知ることが出来たのを喜んでいるのだろうか。
それなのに、同じ時間を過ごした私はこんなにも憂鬱で。
私の勝手な想像でしかないけれど、あまりの差に思わず自嘲が漏れる。
こんなにも鬱屈としている理由は、彼女の存在が自律人形の研究の参考にならなかった事ではない。何かを期待をしていたのなら、もっと肯定的な仮定を立ててたいたはずだ。
なら、何故か。
私は『生きている人形』を見たくなかったのだろう。自分の研究が完結するイメージを持ちたくなかった。
きっと、自律する人形が完成したら、メディスンのような存在になる。
人為的に創られた物だろうと、自然に生まれた物だろうと、自らの意思を以て動くのなら大差はない。
私は、無機物から生命を創出する研究をして、それが何時までも成し遂げられない事を望んでいるのだろうか。
そうやって、自分が無から造られた「シャンハーイ」


ガターン


いきなりの物音に思考が中断する。
机に伏せていた上半身を起して、溜息をひとつ。どうにもさっきから思考が憂鬱な方向に行ってどうしようもない。
一応、毒への対策はして行ったのだが、あまりに濃い鈴蘭の毒に中っただろうか。
ああ、そういえば、念のために人形達に解毒剤の調合をさせていたのだっけ…。
意識が偏ったせいで魔力の供給が疎かになり、人形の動きが悪くなったのだろう。
心持ちのせいか、やたらと重たい体を持ち上げて音のした台所へと向かう。
音の感じから調合中だった薬がダメになっているのは避けられないだろうけど、その他の物まで被害が行っていたら堪えるなぁ。
そんな事を考えつつリビングとの仕切りになっているカーテンを捲り台所を覗くと、薬を作るための道具が置いてあったトレイが丸ごとひっくり返っていて、その傍で人形達がオロオロしたり、片づけを始めたりしていた。
今ここで作業をしていた人形達には、簡単な学習機能を付与してある。
既に片づけを開始している人形とそうでないものの差は『失敗した経験』があるかどうかだ。
マスターである私が『命令』を出すことによって、不測の事態に行動が停滞していた人形達も片付けに入るだろう。
そうやって色々な経験を積み重ねて行くことで、いずれ私が細かい指示を出さなくても的確な行動が取れる人形が出来上がるはずだ。
それでも、その人形は私が魔力を供給しなければ動くことは無い。
マスターとスレイブという関係が覆ることは無い。

私の使う人形の中には、言い方は悪いが使い捨てのような物もある。
片や目の前に居る人形達は修理や点検を日々欠かさずしているし、間違っても矢面に立てることなどない。
でも、前者をぞんざいに扱っているわけでも、後者を優遇しているわけでもない。ただ、人形に与えた役割に準拠しているだけ。
弾幕ごっこで盾になるのも、自爆するのも、人形の整備をして自らが壊れるのも、愛玩用や研究用として大事にされるのも。全てその人形がそうなる故を持っているから。
きっと、メディスンの体になった人形は、道具としての役割を最後まで果たせなかったのだろう。
人形を解放しようとするのは、彼女の人形としての部分と、生命体としての部分が生み出した新たな意義なのか。

十分な経験を得た人形が完成して、それに何らかの形で生命を与えたとして。
そうなったときに、自らの意思を得て、スレイブとしての制約を振り切った『彼女達』はどうするのだろう。
私に感謝するだろうか。
私を憎むだろうか。
それとももっと別の故を見つけるのか。


ふと視線を下げると、人形達が作業を止めてこちらを見ていた。どうやらまた魔力の供給が乱れていたらしい。
人形の顔には心配しているような、申し訳ないような表情が浮かんでいる。
それを見て、溜息を一つ。
その表情も、私が宴会で皆を驚かせるためにつけた反応の一つに過ぎないけど。
私が原因で人形達の行動が失敗して、作業が停滞しているのに、自分達が悪いような表情をされると私が傲慢であるような気がする。
役割通りに動くことと、それを全うさせること。それが使用者と道具の正しい関係。
そう分かっていても、さっきまであんなことを考えていたせいで余計にそう思ってしまう。

魔力の供給を再開し、待機状態だった人形達が片づけに戻る。
さっきから思考が変な方向に走るのは、鈴蘭の毒のせいだ。うん、きっとそうだ。
とはいえ、解毒剤に使える物は見事に床の上にぶちまけられていて予備も無い。
人形達に、作業が終わったら保管部屋に戻るように命令を出し、自室へ向かう。
解毒剤になりそうな物がある場所といえば、永遠亭か魔理沙の家。
仮に毒が全然関係なかったとしても、一人で家に篭っていたら気が滅入りそうなので、今から出かけよう。
永遠亭はこの時間から行っても迷って辿りつけるか分からないから、行き先は魔理沙の家でいいか。
魔理沙が居なかったら神社にでも行けばいいや。

身だしなみを整えるために姿見の前に立つ。そこに写る私の姿は、あの時から殆ど変わっていない。
それは捨食、捨虫の法を得て人間である事を辞めた日。そして、独立することを決めたあの日から。
物心ついた頃には、私は魔法使いの娘だった。
父親らしき人物は見たことがなく、母も私とは違う薄い青色の髪と瞳をしていて。
幼い頃よくその事を母に聞き、その度に少し困ったように曖昧な笑顔を浮かべるのを見て、何となく血の繋がりがない事は気づいていた。
それでも、実の親子と比べても遜色ない生活を送ってきたと思う。
朝は早く起きて私を起こす。毎日三食の食事を作り、一緒に食べる。私が幼かった頃は魔法の研究もそこに遊び相手をして。そして夜は一緒に睡眠を取る。
魔女としてはまったく必要のないことなのに、生活の全てをまだ人間だった私に合わせてくれていた。
そんな緩やかな母一人子一人の生活の中で、私は自然に母に憧れを持ち、母が日常的に使う魔法に惹かれていく。
母は私に魔法を学ぶように勧める事はなかったけど、私から師事を仰いだ時は本当に嬉しそうだった。
そうして母は私の魔法の師匠になり、普段の生活の中に魔法の授業が入るようになる。
とは言え、教えて貰うことはあくまで基礎の部分であって、具体的な魔法は殆ど習っていない。
母曰く、魔法は術者のオリジナルであるべきだ。との事らしい。
まぁ、それは今の私にも根付いている部分だけど。人形躁術は私のオリジナルである。
それはさておき、母は特に自分の研究していた錬金術の事はまったく教えてくれず、研究室にも絶対に入らないようにと念を押されていた。それは唯一、私に母ではなく師として下した命令だった。
でも、それは今だから分かることで。当時の私が抱いたのは母だけが私に秘密を作っている事への反抗。
それと母への憧れと、魔法使いとしての好奇心が綯い交ぜになり、私は母の目を盗んで研究室に入ってしまう。
そして、差し込む光の少ない、私の持っていた母の印象とかけ離れた無機質な部屋で見つけた物は、完全な人体を持つホムンクルスのレポート。
周囲を見回しても作成中の物はなく、研究がレポートとして纏められている事の意味。
頭の中が真っ白になったのだけは覚えている。一応目を通しては見たものの、そんな状態では文章を目で追うのが関の山だったらしくて、内容は殆ど覚えていない。
その後で、私が部屋に勝手に入った事を知った母が怒ることはなく、ただ「ごめんね」と私を抱いて言っただけだった。
その時の母の悲しそうな表情と、自分のした事に後悔したのは今でもはっきり思い出せる。
そして、お互いにその事には触れないように、何もなかったかのように時間が過ぎていき、私は魔法使いになると同時に独立する事を決めた。
でも、今まで母を心から憎んだりした事はない。これだけは自信を持って言える。
私を本当の子供のように大事に育ててくれた事だけは消えないから。

一人で暮らすようになってから、母の元には一度も帰ってない。
それが出来るのは、今の研究に自分なりの回答を出せたときだと思う。
そしてその時には、母に「ありがとう」と心から言える気がする。
幸い、私にも母にも時間だけはたっぷりある。焦らずに真摯に人形と向き合って居れば、私が母を想うように、私を慕う人形になってくれるだろうか。
そうなって欲しいと思う。

簡単に外出の準備を済ませてリビングに戻ると、台所の片付けは既に終わり、人形達は部屋に戻っていた。
せっかくだし、今日は人形を連れずに行こう。
部屋を出ようとして、テーブルにティーポットとカップが出しっ放しだったのに気づく。
そうだ、魔理沙に変なお茶の飲み方を吹き込まれた事で文句の一つでも言ってやらないと。
台所に茶器を片付けようと持ち上げると、カップにお茶が入れっぱなしだった。
もう冷めてしまっていたが、勿体無いので一気に飲み干す。

「…渋ぅ」

魔理沙に言う文句が、一つ増えた。





◆ ◇ ◆





「番茶に梅干し入れて飲むと、美味しいのよ」

前に博麗神社に行ったとき、帰り際に霊夢がそう言って梅干しがみっしり詰まった瓶を二個寄越した。
珍しいお土産に驚いていると、余って仕方が無いのよという返答。
そういえば花映事件の後に、宴会に参加していた幽香が酔った勢いで「見るのが桜ばかりじゃ面白みが無いわ」とか言い出して神社の敷地の桜の半分を梅に変えるという事件があった。
その時は場の勢いで盛り上がったし、その後元に戻したのだろうと思っていたが、どうやら青梅の実る時期に収穫が出来るほどに放置していたようだ。
「だって勿体無いじゃない」
とは霊夢の談だが、自分の家の敷地を勝手に変えられても、気に入れば容認してしまうのがあいつらしい。
まぁ、そんなこんなで手に入れた梅干しだけど、さすがに瓶二つは持て余し気味だったので、一つはアリスに押し付けた。

その梅干しの瓶と急須と湯飲み。そして昼間に拾ってきた色んな物の山。ついでに私の頭。紅で全てを染めていた夕日は既に世界の反対側に消えて、今は魔力式のランプの淡い光がそれらの影を机上に作っている。
顎をテーブルに直接乗せた状態の、机上を這うような目線で収集してきた物を見やる。
それら検分を済ませた結果は、半分だけ目的を果たしたと言ったところ。
当初の予定通り、研究によく使うような雑多な物品は確保できた。
普段より大き目のバスケットに目一杯詰め込んできただけあって、今年の冬の間は屋外で収集に勤しむ必要がなさそう。
でも、それは半分でしかない。
さっきのような表現をするなら、私の研究は穴の底で埋まって身動きが取れない状態になっている。
新しく掘り返す場所が見つからないからと前に掘った穴を更に掘っていれば、土を外まで放れずに自分が埋まるだろう事には気付いていた。
それでも、何かあればと思えば掘り続けるしかなくて、結局は今に至ると。
要は手詰まりで、新しい土台としてこれまでになかった材料が見つかればと期待して収集していたのだが…。
まぁ、結果はお察しくださいって奴だ。
こういう時に限って、珍しいと思って拾う物が多いのに、実際は大して使い道がなかったりして悲しくなる。
自分で思っているより、焦れているのか。

蛇腹をめくるような日々と誰かが言っていた。
ここのところ意地になって実験を繰り返していたせいか、その言葉を不意に思い出す。
霊夢は参拝客の来ない神社でお茶を飲んで掃除をする毎日。パチュリーは毎日本を読んでいるだけ。アリスも最近は研究が捗らないような事を言っていた気がする。
私に近いところだけ挙げてみても、皆同じような生活を繰り返しているのだって。
そんなことは分かっている。
でも、霊夢はそれを享受している。アリスには私より多くの時間がある。パチュリーは両方。
そう考えると、私だけが繰り返しの生活を辛く感じているように思ってしまう。
軽く息を吐出し、程よく温くなったお茶を口に含む。渋みと酸味、塩味がほどよく口の中に広がって気分を落ち着けてくれる。
霊夢の真似をしてお茶でも飲めば気分を変えられるかという思い付きの行動だったけど、思いのほか効果があるらしい。

一つの物事を究めるのに、どのくらいの時間が必要なのかは分からない。なにせ、幻想郷屈指の魔法使いであろうパチュリーでさえ、未だ研鑽を繰り返しているくらいだ。少なくとも、人の生では真理の片鱗でさえ見られるは怪しいと思う。
私は魔法の修行を始めて以来、形振り構わず自身の糧になるものを得ようとしてきた。
他人の使う魔法でも使えると思えば取り込むし、魔道書やマジックアイテムを手に入れる為に強硬な手段に出た事もある。
そうしてきた結果が今の私で。いつの間にか人間の魔法使いではトップクラスになっていたらしい。
だからこそ、人の身で何処まで行けるかを疑問に思う。
もちろん、この歳で限界を決める気は更々無い。
でも、強力な魔法になるほど、キノコ燃料や八卦炉といった媒介を使わなければ魔法を制御出来ていないのも事実。
人間で在る以上、魔力とは異質な力であって、直截身体から放つことは難しいらしい。
恐らく、これからもずっと魔法の研究を続けていけば自身をより魔に近づけることは叶うだろう。
でも、それと同じか、より高い効果をすぐにでも出せる方法がある。
捨食の法による魔女化。最も容易に自分を魔力と同化させる方法。

それは文字通り、人生の岐路になる。



トン、トン。



軽いノック音。誰か来た。
霊夢はノックの前にドアを開けようとするだろうし、時間的に里の人間が依頼に来るとも思えない。
妖怪連中だったら、大半は素直に玄関から入るという礼儀は持ち合わせてないし。
消去法で行けば、恐らくアリスだろう。この時間帯に来るのは珍しいが。
そういえば、少し前には小悪魔が錐揉み回転しながら窓を突き破って侵入してきて。
「魔理沙さん、貴女は狙われています。主に私に!本返せッ!」
とかのたまったので箒で掃き出すという騒動があった。
この家の散らかり具合で、借りてきた本を探すのは無理があるってのに懲りないモンだ。
「魔理沙ー。いるー?」
おお、やっぱりアリスだった。私の推測も中々の物じゃないか。せっかくなので適当な事を言っておこう。
「ただいま絶賛居留守中だぜー」
「あっそ、じゃぁ遠慮なく入らせて貰うわね」
むぅ、つれないな。
扉が開いて、廊下を歩いてくるのが音で分かる。そういや鍵を掛けるのを忘れてた。
「入って良いって言った覚えはないのだがな。不法侵入だぜ」
「いいじゃない、目の前にちゃんと家主がいるのだから。それに不法侵入はあんたの得意技でしょうに」
「堂々と正面から入っているからいいのだよ」
アリスが居間に入ってくるなり、いつものように軽口を叩く。
正直、さっきのまま考え事をしていても思考が纏まりそうもなかったから、いいタイミングで来てくれたと思う。
堂々巡りをしている時は、自分一人の力で環から抜け出す事が出来ない物だ。
「今日は珍しく人形が居ないのだな、逃げられでもしたのか?」
「道具に逃げられるほどぞんざいに扱ってはいないわ、私は。今日は偶々よ」
「いやいや、近頃夜毎に妖怪が人形のある家を訪れては、人形を唆して無名の丘に連れて行くという都市伝説がだな」
「はいはい」
アリスは私の適当な話に呆れたような顔をしながらテーブルの向い側に座り、一頻り机上を見回す。
そして、湯飲みに目を留めると何が気になったのか自分の方に引き寄せ、中を覗いてから驚いたような表情を作る。
「ねぇ、魔理沙。梅干しって潰して入れるの…?」
私も驚く羽目になった。
自分で押し付けといて何だが、まさかアリスが梅干し使っているとは思わなんだ。
「そうだが、もしかしてお茶に梅干し入れて飲んでみたのか?」
「いつも紅茶じゃ味気ないと思ってやったのだけど、渋いわ酸っぱいわで散々だったのよ…」
しかも理由はどうあれ、気分転換の為に飲んだらしい。普段は共通項が少ない癖に、変なところだけ一致するのも考え物だと思う。
まぁそれはともかく、あんまり美味しく頂けなかったのか、私に「あんたが妙なこと教えるから」的な視線を送っている。
だが、梅干しを潰して入れる事も知らなかったくらいだから、恐らくこういう事だろう。
「なぁ、渋かった、って。番茶を紅茶と同じ淹れ方したんじゃないか?」

「…」
「…」

沈黙。どうやら的中だったようだ。
「…それの何が悪いのよ」
「紅茶とは出方が違うからな。番茶は熱湯で淹れてもいいけど、紅茶並みに蒸らしたりしたら出すぎなんだよ。」
「…」
さらに沈黙。表情は相変わらずだが、現在のは「何で渡したときに言ってくれないのよ」と言ったところか。
「いやぁ、わざわざ教えなくても、神社でよく日本茶飲んでるから淹れ方くらい知ってるモンだと思ったんだがな」
「自分でやらなきゃ分かるわけないでしょ。というか先読みで答えないでよ」
「へいへい、残り物でよけりゃそれ飲んでもいいぜ」
「何で私があんたの飲みかけを飲まなきゃならないの」
そう言って、アリスは湯飲みを私の方に戻した。まぁ、私もアリスが飲みかけた物を飲んでもいいと言われても断るが。

「で、わざわざそんな文句を言いに来た訳じゃないんだろ?」
こいつがそれだけの為にこの時間に外出したとしたら、明日辺り博麗神社の賽銭箱が満タンになったり、紫が早朝から元気にラジヲ体操したりするだろう。
「あ、そうだ魔理沙。何か解毒薬に使えそうな物持ってない?」
「んー。昼間に収集してきた物の中に使えそうなのがある気がするぜ」
中毒してる割には元気そうにしか見えないんだがな。
「じゃあ、探させてもらうわ」
そう言って、アリスはテーブルの脇に小高く積まれた物の山を崩し始めた。
検分は終わってるから何があるかは大体分かってるんだけど、分別は面倒でしなかったので何処にあるか分からない。勝手に探して貰った方がいいだろう。下手なこと言うと私も手伝わされそうだし。
「どうでもいいけど、検分したんなら簡単な分別くらいしなさいよ」
バレてら。
「ま、あんたに言っても詮無い事ね」
その通りだ。それが出来るなら部屋の中はもっとすっきりしてる。


黙々とした時間が過ぎる。アリスが手に取った雑品を見て何を拾ったか確認していたが、半分に辿り着く前に飽きた。
ぼけーっと椅子に座ったままで、小物が移動する音と、作業するときの癖なのか、アリスが歌い始めた鼻歌を聞く。
ちなみにアリスは自分で釘を刺した手前か、いつもそうしてるのか、大まかな分類毎に物を置いている。
何となくその姿を見て、母親が売り物の仕分けをしているのを思い出してしまった。
実家には一度も帰ってないし、人里に行くことも殆どないが、霧雨道具店に何かあったという噂も聞かない。
私には兄弟もなかったし、きっと両親だけで店を続けてるんだろう。
勘当だと言われ家を飛び出て、何で自分の夢を理解してくれないんだと恨んだが、今になってみれば両親の反対も当然だろうと思う。
当時は考えてもなかったけど、魔法使いになるってことは人間を辞めると言ってるようなモンだ。
人間と妖怪が半ば共存してるような幻想郷であっても、自分の子が妖に染まるのを容認するような親はいない。
妖怪は人間にとって未知と恐怖の対象であり、そして退治されるものでなければならないから。
まぁ、私みたいにある程度妖怪に対抗できる力を持った人間にしてみれば、そこまで忌避するものでもないと思うが。
事実、目の前で暢気に鼻歌を垂れ流してるのが妖怪だとは思えない。
「…ん、私の顔に何か付いてる?」
不意に上げたアリスの視線が、私の視線とかち合う。
「ん?ああ、相変わらず日光に弱そうな肌の色だと思ってな」
「大きなお世話よ、これは生まれつき」
さすがに、アリスに母親の姿を重ねてたとは言いたくない。
そういえば、アリスも元人間の魔法使いだ。こいつも、今の私と同じような事を悩んだのだろうか。
分からなかったら人に聞く、と何処ぞの黒猫の言葉が頭をよぎった。せっかく目の前に意見を求められるのが居るんだから、聞かないのは損だろう。意地を張るような所でもないし。
「なあ、アリス」
「何」
「親っているか?」
アリスの動きが一瞬止まる。が、下を向いてるので表情は見えない。
「いるわよ。その辺の木の股から生まれたとでも思った?」
「誰もそんなこと言ってないぜ」
タブーにでも触れたかと思ったが、そうでもなかったようだ。本当に木の股出身だとしたらそれはそれで興味深いが。
「で、どうしたの」
「ああ、アリスが魔女になった時、どんなこと考えたのかと思ってさ」
「んー、私は魔法を学び始めたのも、人間から魔女になろうって決めたのも、お母さんの影響かな」
「主体性のない話だぜ」
「魔法使いになったのは私の意志よ。誰かに強制された訳じゃない」
手にしていたキノコから視線を上げたアリスは、少しムッとしたような表情をしていた。地雷だったか?
「そうだな、そんな従順な娘だったらこんな捻くれなかっただろうに」
「あんたも人のこと言えたもんじゃないでしょ」
おお、ジト目になった。これ以上話をそらすと弾幕ごっこに突入しそうだし話を戻そう。
「まぁ、魔理沙がどうするのかは知らないけど、如何にも出来なくなる前にちゃんと話くらいしておくべきだと思うわよ。友達は増えても、親が増えるって事はそうないんだし」
と、思ったらアリスに先を越された。
「そんなモンかね。あと先読みで答えを言うもんじゃないぜ」
「そんなモンよ。内容があってたらさっきのお返し。そうじゃなかったらただの独り言」
アリスの言葉には妙に実感が篭っている。こいつも、何か自分の親との間に思うところがあるんだろうか。まぁ深く追求はしないが。
「ついでに、もう一つ聞いていいか?」
「はい、魔理沙さんどうぞ」
いきなり堅苦しい声色と口調で返事をするアリス。
「寺子屋の先生には向いてない感じだな」
「…うっさいわね」
俯いてても分かるくらい顔が赤くなった。恥ずかしがるくらいならやらなければいいと思うんだが。

「今日がダメな日だったら、明日はどうだと思う?」
「なによそれ」
「いいから」
「そうね…今日が駄目な日だったら、明日はいい日になればいいと思うわ。っと、ねぇ魔理沙、これって…」
返答と同時に差し出だされた手の平には、小さな木の実が乗っていた。
「ん、ああ、これはやるせない気分に効く団栗だな。そのまま飲み込んでも効果があったと思うが」
「そう、じゃぁちょっと台所借りるわね」
アリスはそう言って席を立ち、勝手知ったる何とやらとばかりに足元のガラクタを避けて台所に向かう。そして、リビングから出る直前に、私の方を向きなおしてこう言った。
「で、魔理沙はどうなの?さっき私にした質問の答え」
「ただいま絶賛居留守…」
「どれだけ音速遅いのよ」
「んー、お前と同じだ、おおよそ」
「そう」
「そうだぜ」
それだけ聞くと、アリスは台所に消えた。
ちなみに、私が真っ先に思いついた答えは「今日が駄目な日だったら、明日はいい日にすればいい」だ。
アリスの答えと字面はほぼ一緒だが、意味はおおよそ違う。
魔女として生きるのであれば、アリスのような考えの方がいいんだろう。長い尺の時を急いで生きる必要なんてない。受身で生きる日々もいずれ後悔しなくなると思う。
でも、今の私はそうやって生きるのはもどかしかろうと感じている。
まだ他人より早い速度で先に進もうとすることに疲れてない。
生き急ぐことも後悔はない。
なら、まだヒトのままで居よう。
いつか疲れて立ち止まって、選択を迫られるまでは。
その時までには、意地を張らなくても、魔法使いである事を両親に誇れるようになっていたい。
今はまだ、それまでの猶予期間だと思っておこう。


「何を黄昏てるのよ」
「うぉ!?」
急に首の裏に冷たい物が触れたのに驚き、椅子から半分ずり落ちた。
そのまま背もたれに首の裏を引っ掛けるようにして上を見やると、いつの間にか戻っていたアリスの手には水の入ったコップが握られている。首の裏に当てられたのはそれのようだ。
「不意打ちとは悪趣味だな」
「あら、不意打ちは魔法使いに勝つ常套手段よ」
そう言いながらコップの水を一気に呷り、続ける。
「それに、台所にキノコが山積みになってる方が悪趣味だと思うけど」
「あれは全部調理用だぜ」
「私にしてみれば悪趣味が過ぎるの、という訳でもう一回台所借りるわね。ご飯作ってくるわ」
「は?」
ちょっと待ったコール。アリスも不思議そうな顔するな。
「だって、魔理沙が作ったキノコ料理だと幻覚見そうだし?」
「いや、そうじゃなくてだ」
「じゃぁ、毒に中った私を魔法の森に放り出そうって言うのね」
わざとらしく泣き真似をするな。絶対コイツ健康状態だ。
「そうでもなくて、普段人形に料理作らせてるお前の腕が信じられん」
「あら、その人形を操ってるのは私だから大差ないわよ」
「信じられないぜ」
「あっそう、じゃぁ勝手に作るから勝手に手伝ってよ」
「そうさせてもらいますわ」
売り言葉に買い言葉で二人して台所に向かう。
ちなみに、アリスが家に帰る気がなさそうなのは、日が沈んでから来た時点で大体分かってた。
まぁ、これで今日はもう余計なことを考えずに済みそうだから良しとしとこうか。





今日は、何もなかった。
何が始まることも、終わることもなかった。
でも今日は勝手に終わって、取りとめもなく考えていたこともすぐに忘れる。
それでは、また、明日。
それで、いいだろう。





先ずはここまで読んでくれた人に感謝。
内容飛ばしてあとがきを見てる人にも感謝。

・ある曲のオマージュとしてプチ用に書き始める。
・アリスが出てきた辺りで興が乗って方向転換。
・方向転換はいいんだが、このままじゃおさまりがつかないんだよな。色々修正。
・寝正月を越えて求聞史記が到来。更に修正。

という4ステップをこなしてるうちに2ヶ月が過ぎ、出来上がったものは季節感も無く、家出少女が悩んだ挙句に開き直るという内容に。
自分では色々纏めたつもりですが、年単位で久しぶりの長文なので何処かでボケかましてそうな予感が。
何かお気づきの点があれば、ご指摘いただけたら幸いと思います。



ボドボドダ
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コメント



0.960簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
いいんじゃね?
18.無評価名前が無い程度の能力削除
力作だと思うし丁寧に作られてると思うんですが、展開が遅すぎます。
魔理沙視点だけにして、アリス視点は別の作品で書いたほうがよかったんじゃないでしょうか。
作品に流れる雰囲気はよかっただけに、もったいなく感じました。
22.100名前が無い程度の能力削除
最新作が良かったので来てみたけどこっちもいいなあ